社長メッセージ

野村資本市場研究所は2004年の発足以来、「中立性」「専門性」「実践性」の三つを研究の基本方針として金融・資本市場および金融機関の制度・構造・動向などを専門的に調査・研究し国内外に発信してきました。実務に根差した調査研究と政策提言は主に日本における金融・資本市場の健全な発展を願い重視してきました。こうした姿勢は今後とも維持していきたいと考えています。

一方、金融・資本市場は資金が国境を越えて動く以上、グローバルな動向に大きく影響を受けます。野村資本市場研究所が設立された2004年には銀行の資本規制が国際合意(バーゼルII)され、米国SECによるCSE Program(Consolidated Supervised Entities Program)が導入されました。これらの制度変更は数理モデルを用いて所要資本計算をすることを可能とし、欧米の金融機関がレバレッジをかけて激しく競争するきっかけとなったと言われています。その後GFCと呼ばれる一連の金融危機が生じたことは記憶に新しいのではないでしょうか。
この金融危機の反省から強化された金融規制は、日本の金融・資本市場にも大きな影響を与えてきました。実にリーマン危機から約15年経過しているのですが、そのときに起草されたルールの中には今も導入を待つものがあります。

リーマン危機が生じた2008年にサトシ・ナカモトのホワイト・ペーパーが公表されビットコインの取引が始まりました。マイニングを経たブロック状のデータ構造がデータの真正性を担保する手法は、分散管理等従来の金融における常識を超えた概念を多く生み出し、今でも発展を続けています。何をもって分散台帳技術というのかその定義は定まっていないようですが、同技術の一部や概念を模した取り組みが多く行われています。AMM(Automated market-making)と呼ばれる自動で取引の付け合わせを行うプログラム化された取引所機能などは伝統的な金融取引形態にも影響を与えるでしょう。各国中央銀行もデジタル・カレンシー(CBDC)の実現に向けて多くの実験を行っています。実現するとなれば伝統的な銀行システムに組み込まれていた決済の概念と、与信の概念を変えていくことになるでしょう。

CBDC研究に各国が注力することになった背景には、IT企業大手による同技術の利用と共に中国によるデジタル・カレンシー実現の試みがあったと言われています。2004年以降の経済発展は中国を抜きには語れませんが、単なる経済発展に留まらず地政学的なリスクの観点や金融・資本市場に与える影響を考えるとその動向からは目が離せなくなっています。
別の観点では、ESGにかかる問題への関心が世界中で高まりを見せています。GHG(Green House Gas)削減努力は、様々な形態のファイナンスを促し金融・資本市場の新たな潮流となる可能性を秘めています。分散台帳技術の一つの応用として、GHG削減情報を容易に伝達する機能を備えた債券の発行も試みられています。
足元では金融システミック・リスクが顕在化し多くの関係者がリーマン危機以降整えてきた金融規制について見直しを始めています。そのきっかけは、2022年秋に破綻に追い込まれたFTXが起点になっているように見られます。

このように、金融・資本市場は世界中で繋がっており、ほんの小さな出来事が時間と共に大きな影響力をもってくることを私たちは認識しています。各国の金融制度や、金融市場におけるイノベーションを着実に追い続け、時宜を得た調査・研究、提言を行っていくことで、皆さんが制度設計を行い、ビジネス・プランを構築する一助になれば幸いに思います。こうした活動を通じて、日本、アジアのみならず世界的に金融・資本市場が発展していくことを支援していきたいと考えています。

2023年4月
取締役社長
大塚 徹