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野村資本市場クォータリー 2019年夏号
時流 今後の公営企業のあり方と水道事業の基盤強化の必要性 東洋大学大学院経営学研究科客員教授・博士(経済学) 石井 晴夫

地方公共団体が経営する公営企業は、一般行政事務に要する経費が法的に賦課徴収される租税によって賄われるのに対し、提供する財・サービスの対価である料金収入によって維持・運営されている。公営企業の代表格ともいうべき水道事業においては、最近の人口減少等に伴うサービス需要の減少や節水意識の醸成とそれに伴う給水収益の減少、さらには施設・設備等の老朽化や耐震化等に伴う更新需要の増大等、経営環境が厳しさを増している。水道事業においては国内外の経営環境が目まぐるしく変化する中で、全国の水道事業体が機敏に環境変化を察知し、地域住民の安心・安全や災害対応を志向しつつ、利用者ニーズの多様化・高度化に迅速に対応していく必要がある。

「農業・食」×「IT」×「金融」が描く未来
−AgriFood TechとFinTechを融合するスタートアップ−
竹下 智
  1. フィンテック(FinTech)がITを活用した革新的な金融サービスを指すように、「アグリフードテック(AgriFood Tech) 」が既存の農業・食に大きな変革をもたらすものとして期待されている。アグリフードテックが期待される背景には、人口増加と経済発展による先進国・新興国の食生活の変化にともなう「食料問題」がある。あわせて、単なる農作物の生産増、生産性の向上だけでなく、食の多様性、環境に対する関心の高まり等により農業や食を取り巻く状況は世界的に大きく変化してきている。
  2. 近年、アグリフードテック関連のスタートアップへの出資が増加してきている。2018年のアグリフードテック・スタートアップへの出資は前年比51億米ドル増の約169億米ドルと、フィンテック分野に迫る勢いとなっている。多額の出資を集めることが出来た理由の一つは、新しいテクノロジーを活用し、既存の農業現場の課題を解決するという発想だけではなく、流通、消費者を含めた市場構造そのものを変革しようとするビジネスモデルを打ち出したことにある。そして、その資金を使って対象となるマーケットをグローバルに拡大しようとしている。
  3. 農業と金融は一見かけ離れた産業のようにみえるが、農業には土地や資材等多くの初期投資が必要となり、売上が立つまで数カ月以上かかるという資金サイクルを持ち、また気候や価格リスクを抱えるなど、金融ノウハウが有効な産業ともいえる。具体的には、農業の天候リスクに対する保険、データを活用した農家の資金繰り支援、データを活用した農家への融資/融資サポートなどがあげられる。また、農業(農地、農業プロジェクト等)を投資対象とする金融商品もある。
  4. 農業金融というと、資材購入のための融資や生産物の買い取り・流通の仕組みに注目がいくことが多いが、エクイティ性の資金の活用・拡大に目を向けることも重要である。テクノロジーと同様に金融が農業の効率化および拡大に貢献できる機会を最大限活用しなければならない。それが金融分野の活性化および地域の活性化にも繋がると考える。
デジタルID時代の世界と日本 淵田 康之
  1. デジタル情報を用いて自分の身分を証明するデジタルID(Identification、身分証明)の重要性が高まっている。デジタルIDは、円滑なサービス提供に寄与するのみならず、アナログな身分証明よりも精度の高い本人認証につながりうる。
  2. デジタルIDの整備は、SDGs(Sustainable Development Goals、持続可能な開発目標)の実現やAML/CFT(Anti-Money Laundering and Counter Financing of Terrorism、マネーロンダリング防止とテロ資金対策)の強化という観点からも、不可欠である。
  3. 公的ID制度においても、デジタルIDへの対応が進展しているが、その仕組みは発展途上であり、国によって様々な試みがなされている。ペルー、インド、エストニア、英国などの仕組みは、それぞれ、他国においても参考になる特徴がある。
  4. 現時点では、ネット上の多くの取引において、本人確認はパスワード入力に依存し、カード決済もカード情報の入力のみで済むことが多い。これに対して、EUなどではSCA(Strong Customer Authentication、厳格な本人認証)を義務付ける動きがある。
  5. わが国においては、公的IDとしてマイナンバーカードが導入されたが、未だ普及率は低く、そのデジタルIDへの活用も途上である。アナログな身分証明や、昔ながらのパスワードやカード情報入力などに依存することの弊害も目立っている。デジタルIDを巡る世界の状況を踏まえた対応が求められる。
米国のIPO活性化及びスタートアップ企業への投資促進に係る政策
−JOBS法3.0を中心に−
岡田 功太下山 貴史
  1. 米国では、ドナルド・トランプ政権の下、米国資本市場の活性化を図るべく、「雇用及び投資家信認法案」(JOBS and Investor Confidence Act of 2018)の再提出と成立の機運が高まっている。同法案は、オバマ政権下の2012年4月に制定された「新規産業活性化法」(JOBS法)のアップデートとして位置づけられており、JOBS法3.0と呼称されている。JOBS法3.0は、連邦議会の2017〜18年会期に成立に至らず廃案となったが、トランプ政権下の金融規制改革の重要事項が盛り込まれており、同法案を見ることにより、今後の施策を理解することができる。
  2. JOBS法3.0の目的は、第一に、投資家による資本市場へのアクセスの拡大である。同法案は、証券取引委員会(SEC)に対して、レギュレーションDを改正し、発行体が有価証券の売り出しに関心がある投資家にプレゼンテーションを行うことを目的とする「デモ・デイ」の導入を要請している。また、個人による私募投資の拡大を促進するべく、自衛力認定投資家の定義を近代化している。
  3. 第二に、資本市場の活性化に向けた金融仲介の促進である。例えば、ベンチャー・キャピタル・ファンドに係る登録免除要件を緩和する。更に、JOBS法3.0は、1940年投資会社法の下、SECに登録するミューチュアル・ファンドに係る規制緩和についても規定し、中小規模企業への投資の拡大を促している。
  4. 第三に、IPOの活性化を目的とした発行体に対する規制緩和である。発行体のコンプライアンス・コストの削減や、内部統制要件の免除対象の拡大を規定している。加えて、JOBS法3.0は、SECに対して、中小規模企業がIPOする際の直接及び間接的なコストについて調査し、連邦議会に報告することを要請している。
  5. 他方で、JOBS法3.0は、投資家保護に係る規定も設けている。例えば、議決権種類株式の発行体に対する情報開示の強化である。議決権種類株式を発行する企業では、コーポレート・ガバナンス上の問題点が指摘されているためである。
  6. JOBS法3.0は、投資家保護を損なうことなく規制緩和を実現することで、米国の資本市場を活性化し、更なるダイナミズムを生み出すことを目指していると言える。刻々と変化する金融・資本市場の実態に合わせて法規制を適切に整備しようとする取り組みであり、今後の議論と法案の行方が注目される。
有価証券報告書による政策保有株式関連の開示拡充の状況
−「定量的な保有効果」の記載には消極的−
西山 賢吾
  1. 2019年3月期決算の有価証券報告書 から、いわゆる政策保有株式に関する開示が拡充され、純投資と政策投資の区分の基準や考え方、政策保有株式の減少・増加銘柄数、買い増した場合の理由の説明が求められた。さらに、個別銘柄の開示対象が原則60銘柄に拡大されるとともに、従来の保有目的に加え、定量的な保有効果の説明等も要請されている。
  2. 2019年6月24日までに有価証券報告書を公表した、3月が本決算であるRussell/Nomura Large Cap構成企業93社を対象に、今回の開示拡充を受けた政策保有株式に関する記載に関する変化を見たところ、(1)非金融企業では一部を除き純投資目的の株式は保有していない、(2)政策保有株式の保有合理性の検証に関しては、資本コストへの言及など具体的な説明は総じて少ない、(3)政策保有株式は減少銘柄数、金額が増加銘柄数、金額を上回っており、緩やかな保有圧縮が続いていることが分かる一方、比較的少額ではあるものの、取引相手先の取引先持株会を通じた株式の買い増しが見られる、などの特徴が見られた。
  3. さらに、(4)今回の開示拡充の中で注目度の高かった政策保有株式の定量的な保有効果については、「相手先との機密情報に当たる」ことなどを理由に記載は困難としている。この点については、企業側から記述は難しいとの声が聞かれていたこともあり、意外感はない。また、(5)保有目的の説明についてはセグメント別での説明が増加する一方、(6)相手先による自社株式の保有の有無については、持ち株会社傘下子会社が保有している場合の記述について有価証券報告書の利用者が混乱する可能性が懸念される。
  4. 全体的に見て、開示の拡充により期待された内容とは言い難い部分もあるが、純投資目的の株式に関する開示の拡充(銘柄数の開示)、政策保有株式の保有の増減に関する情報の拡充、特定投資株式の個別開示対象社数の拡充などは、各社の政策保有株式を分析する上で必要な情報の拡充につながると見られ、有意義と考える。今後、政策保有株式に関し企業と機関投資家の間で建設的な対話を行う上では、企業側では統合報告書など法定開示書類以外の書類等も利用した政策保有株式に関する説明の拡充、機関投資家側には政策保有株式に対する見解の一定の集約化、等が必要と考える。
テクノロジーの進化と共に新たな生態系を構築する米国債市場 岡田 功太
  1. 近年、米国債市場はテクノロジーの進化と共に大きな変貌を遂げている。2008年の金融危機以降の規制強化を受けて、インターディーラー市場における主たる流動性供給者は、「電話(ボイス)による相対取引を主体とするディーラー」から、「電子取引を主体とする高頻度取引(HFT)業者」にシフトした。HFT業者は、最新鋭のアルゴリズムを用いて高速取引を執行するブローカー・ディーラーであり、米国債オン・ザ・ラン銘柄の取引量のうち、40〜50%の値付けを行っている。
  2. 2015年以降、HFT業者は、ダイレクト・ストリーミングの提供を開始した。ダイレクト・ストリーミングとは、HFT業者が、指値注文板方式の電子プラットフォームを介さずに、ディーラーが提示する気配値等を参照することで、バイサイド顧客(資産運用会社等)との相対取引を成立させるマーケット・メイキングである。JPモルガンがHFT業者のバーチュ・フィナンシャルと提携することで、バイサイド投資家に対して競争力のある取引価格を提示するといった動きも出ている。
  3. 2017年以降、スタートアップ企業であるリクイディティエッジが「全市場参加者向けのプラットフォーム」の運営を開始し、全市場参加者間のダイレクト・ストリーミングを実現した。同社の米国債オン・ザ・ラン銘柄の取引量(日次平均)は、創業から約3年で約5%のシェアを獲得するに至っている。また、2017年創業のスタートアップ企業であるオープンドア・セキュリティーズは、米国債オフ・ザ・ラン銘柄等、比較的流動性の低い銘柄用の「全市場参加者向けのプラットフォーム」の運営を開始した。
  4. 米国債市場では、インターディーラー市場、ディーラー間市場、ディーラー顧客間市場という境界線が消滅しつつあると言える。同時に、HFT業者が中央清算機関の会員ではないことから、バイラテラル清算のシェアが2000年以前の約60%から約80%に増加した。テクノロジーの進化は米国債市場に多面的な変化をもたらしており、ディーラー、HFT業者、スタートアップ企業が構築する米国債市場の生態系が、今後いかにダイナミックな変貌を遂げるのか注目される。
ソーシャルインパクトボンドの発展と今後の課題
−地方公共団体の財源調達手段多様化の可能性−
江夏 あかね
  1. ソーシャルインパクトボンド(SIB)とは、従来行政が担ってきた公共性の高い事業の運営を民間組織に委ね、その運営資金を民間投資家から募る、社会的課題の解決のための仕組みである。
  2. SIBは、21世紀の新たな財源調達手段として誕生し、日本でも2017年度から本格導入され、一部で成果が上がっている。地方財政の今後を見据えた場合、SIBが地方公共団体による社会保障関連事業の財源調達の一手段として、活用されることが増えていく可能性もある。
  3. SIBが日本の地方公共団体にとって有効なツールであるためには、(1)個々が抱える社会的課題とSIBとの紐づけ、(2)評価指標の適切な選定及び標準化、(3)リスク管理、(4)地方財政措置の検討、(5)事業規模の確保、等の課題への対応を進めることが求められる。
  4. 日本においてSIBの歴史は幕開けして間もないが、地方公共団体が限られた財源の中で、質を維持・向上しながら適切に行政サービスを提供する手段の1つとしてのポテンシャルを秘めており、今後の動向が注目される。
地方公共団体によるキャッシュレス決済への挑戦
−韓国と日本における取り組み−
佐藤 広大江夏 あかね
  1. キャッシュレス決済への取り組みが各国で進む中、韓国ではキャッシュレス比率が約9割と世界的にも突出している。同国では、ソウル特別市が2019年3月に「ゼロ・ペイ」という新たな取り組みを始めたのが注目される。
  2. ゼロ・ペイは「全ての銀行・決済アプリで利用可能」、「共通QRコードを利用」、「決済手数料はゼロに近接」の三原則が掲げられたキャッシュレス推進施策である。特徴として、小規模事業者の加盟手数料引き下げに焦点を当てている点、地方公共団体が国税の仕組みも活用しながら推進する施策である点、標準化を進めている点が挙げられる。
  3. 日本でも近年、キャッシュレス化の取り組みを行う地方公共団体が増加している。主なアプローチとしては、地方税等の徴収に関するキャッシュレスへの対応、各地域におけるキャッシュレス化の推進、の2つが挙げられる。また、国においても、キャッシュレス化の推進に向けた取り組みが展開されている。
  4. 日本政府は、2025年6月までに、キャッシュレス決済比率を4割程度とすることを目標として掲げている。キャッシュレス化を推進する際には、住民、地元企業、地域金融機関等とも連携し、社会情勢や決済用途に応じて、変化への漠然とした不安感を解消しながら進めていくことが望ましいと言えよう。
相続税課税の現状
−過去最高となった課税割合と強化された税務調査−
宮本 佐知子
  1. 「相続」に対する関心が高まっている。わが国の人口動態上、相続を経験する人が増えていることがその背景にある。加えて、相続税法が改正され2015年1月から施行されたことや、40年ぶりに相続法(民法)が改正され2019年7月から施行されたことも、相続が広く耳目を集める理由である。本稿では、特に相続税に焦点を当てて、課税の現状について概観した。
  2. まず、最新の統計である2017年の相続税統計で全国の課税状況を見ると、相続税の課税割合は8.3%となり、現行課税方式の下では過去最高になった。課税対象となった被相続人を課税価格階級別に見ると、相続税法改正後は課税価格階級1億円以下の人数が特に増えている。また、相続財産を種類別に見ると、特に現金・預貯金が増加している。
  3. 次に、相続税の課税状況を地域別に精査した。課税割合は富裕層が多い大都市圏で高くなる傾向が見られるが、相続税法改正の影響は大都市圏だけでなく地方圏でも広く及んでいる。より詳細な地域別に課税割合を比べると、地域間の差は大きくなり、同一都道府県内でも地域によって大きな差が生じている。
  4. さらに、2017事務年度に国税庁が行った相続税の調査状況を見ると、実地調査に加えて簡易な接触による調査も行われ、それぞれ調査件数は増えている。また、国内資産だけでなく海外資産の調査件数も増えており、総じて相続税の税務調査は強化されている。
  5. 世論調査によれば、遺産として財産を残すことを考えている人は多いが、本稿の分析結果は、相続税にあらかじめ備えておくべき人は、超富裕層だけでなくマス富裕層にも、そして大都市圏だけでなく地方圏にも広がってきたことを意味している。そのため、家計の資産計画の中では、相続税問題については現実的な話として考えるべきなのだろう。
米中貿易摩擦の拡大化と長期化
−顕著になったデカップリング傾向−
関 志雄
  1. 米国は、1972年のニクソン大統領の訪中からオバマ政権時代までは、中国に対して関与政策を取っていたが、トランプ政権になってから、中国を戦略的競争相手としてとらえるようになり、対中政策を大きく転換した。中国の台頭を抑えようと、米中の経済関係の切り離しを意味するデカップリング政策を進めている。これを背景に、米中貿易摩擦は貿易戦争にエスカレートし、ハイテク戦争の様相を呈するようになった。
  2. 中国製品を対象とする米国の追加関税などの貿易障壁を回避するため、外資系企業による中国国外への生産移転は加速している。また、米国における対内直接投資への規制強化を受けて、中国企業が米国のハイテク企業を買収することを通じて技術を吸収することは難しくなっている。その結果、中国の経済成長率は従来と比べて低下せざるを得ないだろう。
  3. 米中両国の間で、ヒト、モノ、カネ、技術の流れに対する規制が一層強化され、経済関係のデカップリングがさらに進めば、世界経済は米国と中国を中心とする二つのブロックに分裂する恐れがある。その結果、多くの産業においてサプライチェーンが分断され、多国籍企業はサプライチェーンのグローバル展開を通じた資源の最適配分ができなくなる。また、世界貿易や直接投資、ひいては世界経済も停滞の道を辿っていくだろう。
5ヵ年プランを制定した中国CICによる今後の海外投資戦略
−非伝統的資産への投資比率の拡大−
関根 栄一
  1. 2018年12月、中国投資有限責任公司(China Investment Corporation、CIC)・屠光紹社長(当時) は、2018年から2022年までの発展目標及びプラン(5ヵ年プラン)を制定したと発表した。CICは、中国の外貨準備の運用の多様化と長期リターンの追求を目的に、資本金2,000億ドルを原資に設立された政府系ファンドであり、2017年末時点の連結ベースの総資産は9,414億ドルとなっている。
  2. CICの海外運用は、現在、公開市場での投資を行うCICインターナショナルと、長期の直接投資・ファンド投資を行うCICキャピタルによって担われている。5ヵ年プランでは、第一に、オルタナティブ資産及び直接投資を段階的に拡大し、2022年末まで海外投資ポートフォリオ全体に占める比率を50%前後まで引き上げる。これは、「一帯一路」等の政策的な背景を踏まえ、短期の市場変動による業績変動を避けるためである。
  3. 第二に、海外での投資機会の発掘と、中国国内向けの外資誘致を結びつける双方向の投資の流れを作る方針である。中国国内では、近年、海外での不動産投資等への行政指導を強化している一方、CICが重視している情報通信技術、先進製造業、消費、ヘルスケア向けの投資では、双方向でのバランスを欠いているためである。
  4. 第三に、海外の投資パートナーとの共同ファンドの組成に取り組む方針である。5ヵ年プランの公表に先立ち、2017年11月には米ゴールドマン・サックスとの間で「米中製造業協力ファンド」の設立に合意し、2018年には日本の大手金融機関5社との間で「日中産業協力ファンド」の設立覚書を交わしている。共同ファンドの設立には、海外ポートフォリオの変更や双方向の投資を着実にする狙いがある。
  5. 2019年4月には、CICの会長に交通銀行出身の彭純氏が、社長に中信(CITIC)グループ出身の居偉民氏が、それぞれ任命された。これまでの会長ポストには財政部出身者が就いていたが、今回の人事異動で初めて金融機関出身の人間が就いた。新たな経営陣の下、CICが、今後、5ヵ年プランに基づき、非伝統的資産への投資比率をどのように拡大していくかが注目される。
本格化する中国証券会社のウェルスマネジメントへの転換 宋 良也
  1. 中国の証券会社はブローカレッジからウェルスマネジメント(WM)へのビジネスモデル転換を試みはじめている。その背景には、手数料率引下げ競争の激化がある。
  2. 中国株式市場はすでに約1.4億人という多くの個人投資家層を抱えている。その9割は年収50万元以下の一般投資家だが、富裕層投資家も存在感を高めてきている。各種調査によれば、富裕層投資家は証券会社に対面でのサービスを求めている。また、一般・富裕層投資家とも、証券会社からアセットアロケーション(資産配分)に関するサービスを受けたいとしており、相応の報酬を支払っても良いと考えている。
  3. 証券会社はそれぞれ異なるスタイルでWMビジネスへの転換を図りはじめている。例えば、中信証券は、M&A戦略によって各地域に根付いた営業網を取り込むことで、対面コンサルティングの強化を図っている。中国銀河証券は、営業担当者に対して新しい評価基準を導入した。華泰証券は、自前の株式取引アプリの開発や、米国のTAMP(Turn-key Asset Management Platform)であるアセットマーク社買収を通じ、顧客への情報・アドバイス提供機能を強化している。
  4. 一方で、WMへの転換を成功させるには、預かり資産連動フィー型の口座に基づく資産管理サービスの推進、多様な金融商品・ポートフォリオを提供できるスキル獲得や、国外資産への運用ニーズを満たせる商品の開発・組成能力が必要である。組織・人事制度の再構築及び報酬体系の改革も必要不可欠となろう。銀行や今後参入が予想される外資系金融機関との競争が激化する中、中国の証券業界が今後どのような変貌を遂げていくのか、注目に値しよう。
転換期を迎えつつあるマレーシアの資産運用業界 北野 陽平武井 悠輔
  1. マレーシアの資産運用業界は、アジア通貨危機以降2桁成長を遂げてきており、2018年末の運用資産額(AUM)は7,436億リンギット(約20兆円)に達した。AUMの増加を牽引してきたのは主に個人投資家に販売されるユニットトラストであり、販売チャネルの広がりや従業員退職積立基金(EPF)の加入者による投資拡大等が貢献してきた。
  2. 他方、マレーシアの資産運用業界は、事業環境の変化を背景として、転換期を迎えつつある。運用会社は、向こう1〜2年間で事業環境に最も影響を及ぼす要因として投資家の選好の変化を挙げている。今後、SRI(社会的責任投資)ファンド、外国株式、オルタナティブ資産等への投資家ニーズが高まっていくと見られる中、運用会社は専門性の向上や適切な人材の確保・育成が求められている。
  3. また、資産運用業界のさらなる成長には、運用会社の競争力の強化が不可欠である。主な課題として、第一に国際化が挙げられる。現在、資産配分や投資家は国内に集中しており、投資家の海外投資ニーズに十分に対応するためには、投資の国際化がより重要となる。第二に、デジタル化の推進である。運用会社は今後テクノロジーが事業の成長に大きな影響を及ぼすと考えており、ターゲット顧客層のニーズに即したデジタル戦略の策定・実行が求められる。
  4. さらに、マレーシアでは少子高齢化が進展する中、国民の老後資金の確保に向けた資産形成の重要性も増している。現在EPFが主要な資産形成の手段となっているが、任意加入の積立制度である民間退職年金スキームへの関心も高まっている。個人の資産形成を促進するためには、金融リテラシーの向上が不可欠であり、金融規制当局による取り組みだけでなく、運用会社の積極的な関与も期待されている。
  5. 運用会社はこうした事業環境の変化に対応するため、マインドセットを変えるだけでなく、アセットオーナーや金融規制当局等との連携を強化することが重要である。今後もマレーシアの資産運用業界が持続的な成長を遂げていくのか注目される。
インドネシアにおけるP2Pレンディングの発展と金融包摂 北野 陽平
  1. 近年、インドネシアでは、銀行等の金融機関を通さずにインターネットを経由して資金の貸手と借手を結び付けるP2P(ピアツーピア)レンディングの市場が成長している。背景には、@国内経済を支える零細・中小企業の多くが銀行から十分に資金調達できていないこと、A過半数の国民が金融機関の口座を保有していないこと、がある。P2Pレンディング業者は、テクノロジーを活用し、既存の金融機関とは異なる手法により貸手と借手をマッチングする役割を担っている。
  2. P2Pレンディングに関する規制は、2016年にインドネシア金融サービス庁(OJK)により導入された。OJKによると、P2Pレンディングによる融資累計額は2016年末の0.3兆ルピア(22億円)から2019年5月末には41兆ルピアへと大幅に増加した。融資拡大を牽引しているのは借手の急速な増加であり、借手口座数は同月末時点で875万口座となっている。また、貸手口座数も着実に増加している。
  3. インドネシアにおける全てのP2Pレンディング業者は、OJKへの登録が義務付けられており、貸手と借手の保護に配慮した運営が求められる。OJKの登録を受けたP2Pレンディング業者の数はほぼ毎月増加してきており、2019年4月末時点で113社に達した。社数では個人向けに融資サービスを提供する業者の方が多いものの、零細・中小企業向け融資を主力サービスとする業者がより大きな存在感を見せている。
  4. P2Pレンディング業者は昨今、地場大手銀行、大手電子商取引プラットフォーム運営会社、大手電子決済プラットフォーム事業者と積極的に提携している。こうしたエコシステムの拡大は、P2Pレンディング市場の成長を後押しすると考えられる。インドネシアにおけるP2Pレンディングはまだ発展初期段階にあり、市場規模は銀行セクターと比較すると小さいが、代替的な資金調達チャネルとして金融包摂を促進することが期待されている。
東洋大学大学院経営学研究科客員教授・博士(経済学) 石井 晴夫
要約
時流 今後の公営企業のあり方と水道事業の基盤強化の必要性 東洋大学大学院経営学研究科客員教授・博士(経済学) 石井 晴夫

地方公共団体が経営する公営企業は、一般行政事務に要する経費が法的に賦課徴収される租税によって賄われるのに対し、提供する財・サービスの対価である料金収入によって維持・運営されている。公営企業の代表格ともいうべき水道事業においては、最近の人口減少等に伴うサービス需要の減少や節水意識の醸成とそれに伴う給水収益の減少、さらには施設・設備等の老朽化や耐震化等に伴う更新需要の増大等、経営環境が厳しさを増している。水道事業においては国内外の経営環境が目まぐるしく変化する中で、全国の水道事業体が機敏に環境変化を察知し、地域住民の安心・安全や災害対応を志向しつつ、利用者ニーズの多様化・高度化に迅速に対応していく必要がある。

「農業・食」×「IT」×「金融」が描く未来
−AgriFood TechとFinTechを融合するスタートアップ−
竹下 智
  1. フィンテック(FinTech)がITを活用した革新的な金融サービスを指すように、「アグリフードテック(AgriFood Tech) 」が既存の農業・食に大きな変革をもたらすものとして期待されている。アグリフードテックが期待される背景には、人口増加と経済発展による先進国・新興国の食生活の変化にともなう「食料問題」がある。あわせて、単なる農作物の生産増、生産性の向上だけでなく、食の多様性、環境に対する関心の高まり等により農業や食を取り巻く状況は世界的に大きく変化してきている。
  2. 近年、アグリフードテック関連のスタートアップへの出資が増加してきている。2018年のアグリフードテック・スタートアップへの出資は前年比51億米ドル増の約169億米ドルと、フィンテック分野に迫る勢いとなっている。多額の出資を集めることが出来た理由の一つは、新しいテクノロジーを活用し、既存の農業現場の課題を解決するという発想だけではなく、流通、消費者を含めた市場構造そのものを変革しようとするビジネスモデルを打ち出したことにある。そして、その資金を使って対象となるマーケットをグローバルに拡大しようとしている。
  3. 農業と金融は一見かけ離れた産業のようにみえるが、農業には土地や資材等多くの初期投資が必要となり、売上が立つまで数カ月以上かかるという資金サイクルを持ち、また気候や価格リスクを抱えるなど、金融ノウハウが有効な産業ともいえる。具体的には、農業の天候リスクに対する保険、データを活用した農家の資金繰り支援、データを活用した農家への融資/融資サポートなどがあげられる。また、農業(農地、農業プロジェクト等)を投資対象とする金融商品もある。
  4. 農業金融というと、資材購入のための融資や生産物の買い取り・流通の仕組みに注目がいくことが多いが、エクイティ性の資金の活用・拡大に目を向けることも重要である。テクノロジーと同様に金融が農業の効率化および拡大に貢献できる機会を最大限活用しなければならない。それが金融分野の活性化および地域の活性化にも繋がると考える。
デジタルID時代の世界と日本 淵田 康之
  1. デジタル情報を用いて自分の身分を証明するデジタルID(Identification、身分証明)の重要性が高まっている。デジタルIDは、円滑なサービス提供に寄与するのみならず、アナログな身分証明よりも精度の高い本人認証につながりうる。
  2. デジタルIDの整備は、SDGs(Sustainable Development Goals、持続可能な開発目標)の実現やAML/CFT(Anti-Money Laundering and Counter Financing of Terrorism、マネーロンダリング防止とテロ資金対策)の強化という観点からも、不可欠である。
  3. 公的ID制度においても、デジタルIDへの対応が進展しているが、その仕組みは発展途上であり、国によって様々な試みがなされている。ペルー、インド、エストニア、英国などの仕組みは、それぞれ、他国においても参考になる特徴がある。
  4. 現時点では、ネット上の多くの取引において、本人確認はパスワード入力に依存し、カード決済もカード情報の入力のみで済むことが多い。これに対して、EUなどではSCA(Strong Customer Authentication、厳格な本人認証)を義務付ける動きがある。
  5. わが国においては、公的IDとしてマイナンバーカードが導入されたが、未だ普及率は低く、そのデジタルIDへの活用も途上である。アナログな身分証明や、昔ながらのパスワードやカード情報入力などに依存することの弊害も目立っている。デジタルIDを巡る世界の状況を踏まえた対応が求められる。
米国のIPO活性化及びスタートアップ企業への投資促進に係る政策
−JOBS法3.0を中心に−
岡田 功太下山 貴史
  1. 米国では、ドナルド・トランプ政権の下、米国資本市場の活性化を図るべく、「雇用及び投資家信認法案」(JOBS and Investor Confidence Act of 2018)の再提出と成立の機運が高まっている。同法案は、オバマ政権下の2012年4月に制定された「新規産業活性化法」(JOBS法)のアップデートとして位置づけられており、JOBS法3.0と呼称されている。JOBS法3.0は、連邦議会の2017〜18年会期に成立に至らず廃案となったが、トランプ政権下の金融規制改革の重要事項が盛り込まれており、同法案を見ることにより、今後の施策を理解することができる。
  2. JOBS法3.0の目的は、第一に、投資家による資本市場へのアクセスの拡大である。同法案は、証券取引委員会(SEC)に対して、レギュレーションDを改正し、発行体が有価証券の売り出しに関心がある投資家にプレゼンテーションを行うことを目的とする「デモ・デイ」の導入を要請している。また、個人による私募投資の拡大を促進するべく、自衛力認定投資家の定義を近代化している。
  3. 第二に、資本市場の活性化に向けた金融仲介の促進である。例えば、ベンチャー・キャピタル・ファンドに係る登録免除要件を緩和する。更に、JOBS法3.0は、1940年投資会社法の下、SECに登録するミューチュアル・ファンドに係る規制緩和についても規定し、中小規模企業への投資の拡大を促している。
  4. 第三に、IPOの活性化を目的とした発行体に対する規制緩和である。発行体のコンプライアンス・コストの削減や、内部統制要件の免除対象の拡大を規定している。加えて、JOBS法3.0は、SECに対して、中小規模企業がIPOする際の直接及び間接的なコストについて調査し、連邦議会に報告することを要請している。
  5. 他方で、JOBS法3.0は、投資家保護に係る規定も設けている。例えば、議決権種類株式の発行体に対する情報開示の強化である。議決権種類株式を発行する企業では、コーポレート・ガバナンス上の問題点が指摘されているためである。
  6. JOBS法3.0は、投資家保護を損なうことなく規制緩和を実現することで、米国の資本市場を活性化し、更なるダイナミズムを生み出すことを目指していると言える。刻々と変化する金融・資本市場の実態に合わせて法規制を適切に整備しようとする取り組みであり、今後の議論と法案の行方が注目される。
有価証券報告書による政策保有株式関連の開示拡充の状況
−「定量的な保有効果」の記載には消極的−
西山 賢吾
  1. 2019年3月期決算の有価証券報告書 から、いわゆる政策保有株式に関する開示が拡充され、純投資と政策投資の区分の基準や考え方、政策保有株式の減少・増加銘柄数、買い増した場合の理由の説明が求められた。さらに、個別銘柄の開示対象が原則60銘柄に拡大されるとともに、従来の保有目的に加え、定量的な保有効果の説明等も要請されている。
  2. 2019年6月24日までに有価証券報告書を公表した、3月が本決算であるRussell/Nomura Large Cap構成企業93社を対象に、今回の開示拡充を受けた政策保有株式に関する記載に関する変化を見たところ、(1)非金融企業では一部を除き純投資目的の株式は保有していない、(2)政策保有株式の保有合理性の検証に関しては、資本コストへの言及など具体的な説明は総じて少ない、(3)政策保有株式は減少銘柄数、金額が増加銘柄数、金額を上回っており、緩やかな保有圧縮が続いていることが分かる一方、比較的少額ではあるものの、取引相手先の取引先持株会を通じた株式の買い増しが見られる、などの特徴が見られた。
  3. さらに、(4)今回の開示拡充の中で注目度の高かった政策保有株式の定量的な保有効果については、「相手先との機密情報に当たる」ことなどを理由に記載は困難としている。この点については、企業側から記述は難しいとの声が聞かれていたこともあり、意外感はない。また、(5)保有目的の説明についてはセグメント別での説明が増加する一方、(6)相手先による自社株式の保有の有無については、持ち株会社傘下子会社が保有している場合の記述について有価証券報告書の利用者が混乱する可能性が懸念される。
  4. 全体的に見て、開示の拡充により期待された内容とは言い難い部分もあるが、純投資目的の株式に関する開示の拡充(銘柄数の開示)、政策保有株式の保有の増減に関する情報の拡充、特定投資株式の個別開示対象社数の拡充などは、各社の政策保有株式を分析する上で必要な情報の拡充につながると見られ、有意義と考える。今後、政策保有株式に関し企業と機関投資家の間で建設的な対話を行う上では、企業側では統合報告書など法定開示書類以外の書類等も利用した政策保有株式に関する説明の拡充、機関投資家側には政策保有株式に対する見解の一定の集約化、等が必要と考える。
テクノロジーの進化と共に新たな生態系を構築する米国債市場 岡田 功太
  1. 近年、米国債市場はテクノロジーの進化と共に大きな変貌を遂げている。2008年の金融危機以降の規制強化を受けて、インターディーラー市場における主たる流動性供給者は、「電話(ボイス)による相対取引を主体とするディーラー」から、「電子取引を主体とする高頻度取引(HFT)業者」にシフトした。HFT業者は、最新鋭のアルゴリズムを用いて高速取引を執行するブローカー・ディーラーであり、米国債オン・ザ・ラン銘柄の取引量のうち、40〜50%の値付けを行っている。
  2. 2015年以降、HFT業者は、ダイレクト・ストリーミングの提供を開始した。ダイレクト・ストリーミングとは、HFT業者が、指値注文板方式の電子プラットフォームを介さずに、ディーラーが提示する気配値等を参照することで、バイサイド顧客(資産運用会社等)との相対取引を成立させるマーケット・メイキングである。JPモルガンがHFT業者のバーチュ・フィナンシャルと提携することで、バイサイド投資家に対して競争力のある取引価格を提示するといった動きも出ている。
  3. 2017年以降、スタートアップ企業であるリクイディティエッジが「全市場参加者向けのプラットフォーム」の運営を開始し、全市場参加者間のダイレクト・ストリーミングを実現した。同社の米国債オン・ザ・ラン銘柄の取引量(日次平均)は、創業から約3年で約5%のシェアを獲得するに至っている。また、2017年創業のスタートアップ企業であるオープンドア・セキュリティーズは、米国債オフ・ザ・ラン銘柄等、比較的流動性の低い銘柄用の「全市場参加者向けのプラットフォーム」の運営を開始した。
  4. 米国債市場では、インターディーラー市場、ディーラー間市場、ディーラー顧客間市場という境界線が消滅しつつあると言える。同時に、HFT業者が中央清算機関の会員ではないことから、バイラテラル清算のシェアが2000年以前の約60%から約80%に増加した。テクノロジーの進化は米国債市場に多面的な変化をもたらしており、ディーラー、HFT業者、スタートアップ企業が構築する米国債市場の生態系が、今後いかにダイナミックな変貌を遂げるのか注目される。
ソーシャルインパクトボンドの発展と今後の課題
−地方公共団体の財源調達手段多様化の可能性−
江夏 あかね
  1. ソーシャルインパクトボンド(SIB)とは、従来行政が担ってきた公共性の高い事業の運営を民間組織に委ね、その運営資金を民間投資家から募る、社会的課題の解決のための仕組みである。
  2. SIBは、21世紀の新たな財源調達手段として誕生し、日本でも2017年度から本格導入され、一部で成果が上がっている。地方財政の今後を見据えた場合、SIBが地方公共団体による社会保障関連事業の財源調達の一手段として、活用されることが増えていく可能性もある。
  3. SIBが日本の地方公共団体にとって有効なツールであるためには、(1)個々が抱える社会的課題とSIBとの紐づけ、(2)評価指標の適切な選定及び標準化、(3)リスク管理、(4)地方財政措置の検討、(5)事業規模の確保、等の課題への対応を進めることが求められる。
  4. 日本においてSIBの歴史は幕開けして間もないが、地方公共団体が限られた財源の中で、質を維持・向上しながら適切に行政サービスを提供する手段の1つとしてのポテンシャルを秘めており、今後の動向が注目される。
地方公共団体によるキャッシュレス決済への挑戦
−韓国と日本における取り組み−
佐藤 広大江夏 あかね
  1. キャッシュレス決済への取り組みが各国で進む中、韓国ではキャッシュレス比率が約9割と世界的にも突出している。同国では、ソウル特別市が2019年3月に「ゼロ・ペイ」という新たな取り組みを始めたのが注目される。
  2. ゼロ・ペイは「全ての銀行・決済アプリで利用可能」、「共通QRコードを利用」、「決済手数料はゼロに近接」の三原則が掲げられたキャッシュレス推進施策である。特徴として、小規模事業者の加盟手数料引き下げに焦点を当てている点、地方公共団体が国税の仕組みも活用しながら推進する施策である点、標準化を進めている点が挙げられる。
  3. 日本でも近年、キャッシュレス化の取り組みを行う地方公共団体が増加している。主なアプローチとしては、地方税等の徴収に関するキャッシュレスへの対応、各地域におけるキャッシュレス化の推進、の2つが挙げられる。また、国においても、キャッシュレス化の推進に向けた取り組みが展開されている。
  4. 日本政府は、2025年6月までに、キャッシュレス決済比率を4割程度とすることを目標として掲げている。キャッシュレス化を推進する際には、住民、地元企業、地域金融機関等とも連携し、社会情勢や決済用途に応じて、変化への漠然とした不安感を解消しながら進めていくことが望ましいと言えよう。
相続税課税の現状
−過去最高となった課税割合と強化された税務調査−
宮本 佐知子
  1. 「相続」に対する関心が高まっている。わが国の人口動態上、相続を経験する人が増えていることがその背景にある。加えて、相続税法が改正され2015年1月から施行されたことや、40年ぶりに相続法(民法)が改正され2019年7月から施行されたことも、相続が広く耳目を集める理由である。本稿では、特に相続税に焦点を当てて、課税の現状について概観した。
  2. まず、最新の統計である2017年の相続税統計で全国の課税状況を見ると、相続税の課税割合は8.3%となり、現行課税方式の下では過去最高になった。課税対象となった被相続人を課税価格階級別に見ると、相続税法改正後は課税価格階級1億円以下の人数が特に増えている。また、相続財産を種類別に見ると、特に現金・預貯金が増加している。
  3. 次に、相続税の課税状況を地域別に精査した。課税割合は富裕層が多い大都市圏で高くなる傾向が見られるが、相続税法改正の影響は大都市圏だけでなく地方圏でも広く及んでいる。より詳細な地域別に課税割合を比べると、地域間の差は大きくなり、同一都道府県内でも地域によって大きな差が生じている。
  4. さらに、2017事務年度に国税庁が行った相続税の調査状況を見ると、実地調査に加えて簡易な接触による調査も行われ、それぞれ調査件数は増えている。また、国内資産だけでなく海外資産の調査件数も増えており、総じて相続税の税務調査は強化されている。
  5. 世論調査によれば、遺産として財産を残すことを考えている人は多いが、本稿の分析結果は、相続税にあらかじめ備えておくべき人は、超富裕層だけでなくマス富裕層にも、そして大都市圏だけでなく地方圏にも広がってきたことを意味している。そのため、家計の資産計画の中では、相続税問題については現実的な話として考えるべきなのだろう。
米中貿易摩擦の拡大化と長期化
−顕著になったデカップリング傾向−
関 志雄
  1. 米国は、1972年のニクソン大統領の訪中からオバマ政権時代までは、中国に対して関与政策を取っていたが、トランプ政権になってから、中国を戦略的競争相手としてとらえるようになり、対中政策を大きく転換した。中国の台頭を抑えようと、米中の経済関係の切り離しを意味するデカップリング政策を進めている。これを背景に、米中貿易摩擦は貿易戦争にエスカレートし、ハイテク戦争の様相を呈するようになった。
  2. 中国製品を対象とする米国の追加関税などの貿易障壁を回避するため、外資系企業による中国国外への生産移転は加速している。また、米国における対内直接投資への規制強化を受けて、中国企業が米国のハイテク企業を買収することを通じて技術を吸収することは難しくなっている。その結果、中国の経済成長率は従来と比べて低下せざるを得ないだろう。
  3. 米中両国の間で、ヒト、モノ、カネ、技術の流れに対する規制が一層強化され、経済関係のデカップリングがさらに進めば、世界経済は米国と中国を中心とする二つのブロックに分裂する恐れがある。その結果、多くの産業においてサプライチェーンが分断され、多国籍企業はサプライチェーンのグローバル展開を通じた資源の最適配分ができなくなる。また、世界貿易や直接投資、ひいては世界経済も停滞の道を辿っていくだろう。
5ヵ年プランを制定した中国CICによる今後の海外投資戦略
−非伝統的資産への投資比率の拡大−
関根 栄一
  1. 2018年12月、中国投資有限責任公司(China Investment Corporation、CIC)・屠光紹社長(当時) は、2018年から2022年までの発展目標及びプラン(5ヵ年プラン)を制定したと発表した。CICは、中国の外貨準備の運用の多様化と長期リターンの追求を目的に、資本金2,000億ドルを原資に設立された政府系ファンドであり、2017年末時点の連結ベースの総資産は9,414億ドルとなっている。
  2. CICの海外運用は、現在、公開市場での投資を行うCICインターナショナルと、長期の直接投資・ファンド投資を行うCICキャピタルによって担われている。5ヵ年プランでは、第一に、オルタナティブ資産及び直接投資を段階的に拡大し、2022年末まで海外投資ポートフォリオ全体に占める比率を50%前後まで引き上げる。これは、「一帯一路」等の政策的な背景を踏まえ、短期の市場変動による業績変動を避けるためである。
  3. 第二に、海外での投資機会の発掘と、中国国内向けの外資誘致を結びつける双方向の投資の流れを作る方針である。中国国内では、近年、海外での不動産投資等への行政指導を強化している一方、CICが重視している情報通信技術、先進製造業、消費、ヘルスケア向けの投資では、双方向でのバランスを欠いているためである。
  4. 第三に、海外の投資パートナーとの共同ファンドの組成に取り組む方針である。5ヵ年プランの公表に先立ち、2017年11月には米ゴールドマン・サックスとの間で「米中製造業協力ファンド」の設立に合意し、2018年には日本の大手金融機関5社との間で「日中産業協力ファンド」の設立覚書を交わしている。共同ファンドの設立には、海外ポートフォリオの変更や双方向の投資を着実にする狙いがある。
  5. 2019年4月には、CICの会長に交通銀行出身の彭純氏が、社長に中信(CITIC)グループ出身の居偉民氏が、それぞれ任命された。これまでの会長ポストには財政部出身者が就いていたが、今回の人事異動で初めて金融機関出身の人間が就いた。新たな経営陣の下、CICが、今後、5ヵ年プランに基づき、非伝統的資産への投資比率をどのように拡大していくかが注目される。
本格化する中国証券会社のウェルスマネジメントへの転換 宋 良也
  1. 中国の証券会社はブローカレッジからウェルスマネジメント(WM)へのビジネスモデル転換を試みはじめている。その背景には、手数料率引下げ競争の激化がある。
  2. 中国株式市場はすでに約1.4億人という多くの個人投資家層を抱えている。その9割は年収50万元以下の一般投資家だが、富裕層投資家も存在感を高めてきている。各種調査によれば、富裕層投資家は証券会社に対面でのサービスを求めている。また、一般・富裕層投資家とも、証券会社からアセットアロケーション(資産配分)に関するサービスを受けたいとしており、相応の報酬を支払っても良いと考えている。
  3. 証券会社はそれぞれ異なるスタイルでWMビジネスへの転換を図りはじめている。例えば、中信証券は、M&A戦略によって各地域に根付いた営業網を取り込むことで、対面コンサルティングの強化を図っている。中国銀河証券は、営業担当者に対して新しい評価基準を導入した。華泰証券は、自前の株式取引アプリの開発や、米国のTAMP(Turn-key Asset Management Platform)であるアセットマーク社買収を通じ、顧客への情報・アドバイス提供機能を強化している。
  4. 一方で、WMへの転換を成功させるには、預かり資産連動フィー型の口座に基づく資産管理サービスの推進、多様な金融商品・ポートフォリオを提供できるスキル獲得や、国外資産への運用ニーズを満たせる商品の開発・組成能力が必要である。組織・人事制度の再構築及び報酬体系の改革も必要不可欠となろう。銀行や今後参入が予想される外資系金融機関との競争が激化する中、中国の証券業界が今後どのような変貌を遂げていくのか、注目に値しよう。
転換期を迎えつつあるマレーシアの資産運用業界 北野 陽平武井 悠輔
  1. マレーシアの資産運用業界は、アジア通貨危機以降2桁成長を遂げてきており、2018年末の運用資産額(AUM)は7,436億リンギット(約20兆円)に達した。AUMの増加を牽引してきたのは主に個人投資家に販売されるユニットトラストであり、販売チャネルの広がりや従業員退職積立基金(EPF)の加入者による投資拡大等が貢献してきた。
  2. 他方、マレーシアの資産運用業界は、事業環境の変化を背景として、転換期を迎えつつある。運用会社は、向こう1〜2年間で事業環境に最も影響を及ぼす要因として投資家の選好の変化を挙げている。今後、SRI(社会的責任投資)ファンド、外国株式、オルタナティブ資産等への投資家ニーズが高まっていくと見られる中、運用会社は専門性の向上や適切な人材の確保・育成が求められている。
  3. また、資産運用業界のさらなる成長には、運用会社の競争力の強化が不可欠である。主な課題として、第一に国際化が挙げられる。現在、資産配分や投資家は国内に集中しており、投資家の海外投資ニーズに十分に対応するためには、投資の国際化がより重要となる。第二に、デジタル化の推進である。運用会社は今後テクノロジーが事業の成長に大きな影響を及ぼすと考えており、ターゲット顧客層のニーズに即したデジタル戦略の策定・実行が求められる。
  4. さらに、マレーシアでは少子高齢化が進展する中、国民の老後資金の確保に向けた資産形成の重要性も増している。現在EPFが主要な資産形成の手段となっているが、任意加入の積立制度である民間退職年金スキームへの関心も高まっている。個人の資産形成を促進するためには、金融リテラシーの向上が不可欠であり、金融規制当局による取り組みだけでなく、運用会社の積極的な関与も期待されている。
  5. 運用会社はこうした事業環境の変化に対応するため、マインドセットを変えるだけでなく、アセットオーナーや金融規制当局等との連携を強化することが重要である。今後もマレーシアの資産運用業界が持続的な成長を遂げていくのか注目される。
インドネシアにおけるP2Pレンディングの発展と金融包摂 北野 陽平
  1. 近年、インドネシアでは、銀行等の金融機関を通さずにインターネットを経由して資金の貸手と借手を結び付けるP2P(ピアツーピア)レンディングの市場が成長している。背景には、@国内経済を支える零細・中小企業の多くが銀行から十分に資金調達できていないこと、A過半数の国民が金融機関の口座を保有していないこと、がある。P2Pレンディング業者は、テクノロジーを活用し、既存の金融機関とは異なる手法により貸手と借手をマッチングする役割を担っている。
  2. P2Pレンディングに関する規制は、2016年にインドネシア金融サービス庁(OJK)により導入された。OJKによると、P2Pレンディングによる融資累計額は2016年末の0.3兆ルピア(22億円)から2019年5月末には41兆ルピアへと大幅に増加した。融資拡大を牽引しているのは借手の急速な増加であり、借手口座数は同月末時点で875万口座となっている。また、貸手口座数も着実に増加している。
  3. インドネシアにおける全てのP2Pレンディング業者は、OJKへの登録が義務付けられており、貸手と借手の保護に配慮した運営が求められる。OJKの登録を受けたP2Pレンディング業者の数はほぼ毎月増加してきており、2019年4月末時点で113社に達した。社数では個人向けに融資サービスを提供する業者の方が多いものの、零細・中小企業向け融資を主力サービスとする業者がより大きな存在感を見せている。
  4. P2Pレンディング業者は昨今、地場大手銀行、大手電子商取引プラットフォーム運営会社、大手電子決済プラットフォーム事業者と積極的に提携している。こうしたエコシステムの拡大は、P2Pレンディング市場の成長を後押しすると考えられる。インドネシアにおけるP2Pレンディングはまだ発展初期段階にあり、市場規模は銀行セクターと比較すると小さいが、代替的な資金調達チャネルとして金融包摂を促進することが期待されている。

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