アセットマネジメント

新たなファンド形態の導入でさらなる発展が期待されるシンガポールの資産運用業界

北野 陽平

要約

  1. シンガポールでは2020年1月、投資ファンド(以下、ファンド)向けの新たな会社形態である変動資本会社(Variable Capital Company、VCC)の枠組みが正式に開始された。シンガポールは、アジアを代表する資産運用ハブだが、国内で提供されている多くのファンドはケイマン諸島やルクセンブルク等のグローバル・ファンド・センターに籍が置かれている。その一因として、同国の既存のファンド形態が柔軟性を欠くことが指摘されており、VCCの枠組みはそうした課題への対応を目的として導入された。
  2. VCCの主な特徴として、資本の柔軟な活用、構造の自由度の高さ、様々な種類のファンドに適用可能なこと等が挙げられる。VCC設立の際、国内のカストディアンを利用することとされており、国内の法律事務所やファンド事務管理会社等に支払われる費用は補助金の対象となる。VCCの利用拡大により、国内籍ファンドの増加を通じて、商品開発、ディストリビューション、ファンドサービス業務を含む、ファンド運用に関するバリューチェーンの強化が期待されている。
  3. また、VCCの導入は、国内のウェルス・マネジメント業界を進化させる可能性もある。シンガポールは、ウェルス・マネジメントのハブとしての存在感をさらに高めるため、富裕な一族の永続的な繁栄を多角的に支援するファミリーオフィスの誘致に積極的に取り組んでいる。昨今、複数の一族を支援するマルチ・ファミリーオフィスの間では、多様な資産運用ニーズを有する国内外の富裕層からより多くの資金を呼び込むため、VCCを利用する動きが見られている。
  4. 2020年10月中旬時点で約150のVCCが規制当局に登録されていることに鑑みると、総じて良い滑り出しと評価できる。シンガポールは、VCC導入を通じて、ファンドサービス業務を含むフルサービスを提供するグローバルの資産運用ハブとしての地位を確保するための前提条件をようやく整えたとも言える。今後、同国が資産運用業界及びウェルス・マネジメント業界をさらに進化させ、国際金融センターとしての地位向上につなげることができるか注目される。