特集2:自社株買いの論点

自社株買い等による短期の株主還元の議論
-長期のイノベーション循環とのバランス-

板津 直孝

要約

  1. 日本取引所グループ(JPX)が、2023年3月に資本コストや株価を意識した経営の実現を要請したことを一つの契機に、日本企業が積極的に自社株買いを実施している。2023年度の自社株買いの実施額は、過去最高だった2022年度の実績を超える勢いである。
  2. こうした状況において、剰余金の分配可能額を超えた、自社株買い等による過大な株主還元の事例も生じている。自社株買い等の財源には、会社財産を引き当てとする債権者の保護を図るために、会社法上一定の制限が定められている。
  3. 自社株買いはまた、発行体による企業価値向上や持続的な成長を促す積極的な企業行動とは異なり、効率的に利用できない資本を株主に返還する消極的な行為による場合がある。自社株買いの、これらの側面については、米国の規制当局においても議論が進められた。
  4. JPXは米国での議論と同様に、資本コストや株価に対する意識改革の要請に当たって、自社株買いや増配のみの対応や一過性の対応を期待するものではないとしている。現状では、プライム市場の約半数、スタンダード市場の約6割の上場会社がROE8%未満、PBR1倍割れと、資本収益性や成長性といった観点で課題が認識されている。
  5. 自社株買いもROEを高めPBRを上昇させる手段であるが、一過性の対応となり持続可能性を損なう懸念もある。日本企業においては、無形資産の投資や活用によって得られた知識・技術・製品・サービスの社会実装によって得られた収益を、新たなイノベーションに再投資することで、イノベーション循環を機能させることが課題のひとつであると言える。