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元 財務総合政策研究所 研究員 大川 隼人
要約
エビデンス(証拠)に基づく政策立案(EBPM)は、我が国の厳しい財政状況等を背景として、政治や行政の現場で重要な考え方になってきている。英国では2000年頃からEBPMが実施され、金融経済教育を巡る政策については、EBPMにおける課題の発見、政策の立案・実施に加えて、一部の政策では効果測定まで行われている。我が国では、国民の安定的な資産形成を実現するために金融リテラシーを高めることは重要な課題の一つとなっている。折しも2024年4月に金融経済教育推進機構が設立されるなど、日本の金融経済教育は大きな転換点を迎えている。英国のEBPMの取り組みは、日本にとって参考にできるところがあるものと思われる。
野村資本市場研究所 研究理事 齋藤 通雄
要約
- 日本銀行(以下、日銀)は、2024年7月31日に開催された金融政策決定会合で、同年8月以降、月間の長期国債買入額を毎四半期4,000億円程度ずつ減額し、2026年1~3月には3兆円程度とする旨を決定・公表した。
- この減額規模については、市場参加者の事前予想の範囲内であったことから冷静に受け止められており、国債の需給悪化懸念も足下では表面化していない。
- しかしながら、減額の影響は、日銀自身による説明ほど小さいものではなく、今後徐々に表れてくると考えられ、2025年度には、国債の消化に荷もたれ感が生じ、金利に上昇圧力がかかるなど、国債市場に変化が生じる可能性がある。
- 国債発行当局は、(1)減額される総額をどのように民間で吸収するのか(日銀に替わる買い手をどう確保するのか)、(2)年限別の需給の変化にどのように対応するのか(国債発行における年限構成をどうするのか)、という2つの側面で課題に対応する必要がある。
野村 亜紀子
要約
- 米国の職域確定拠出型年金(DC)プランは、401(k)プランの登場から40年余りを経て、成熟期に入り始めたと言える。そのような中で、個人が退職後、元の勤務先の401(k)プラン口座から資産を取り崩していくという選択肢への注目度が高まっている。加入者、雇用主双方にとってのメリットが意識されるようになっている。
- 金融サービス業者は、ターゲット・デート型運用(TDF)に匹敵するようなイノベーションを、資産取り崩しソリューションにおいて起こせるかが問われている。TDFにアニュイティ(個人年金保険)を組み込む、よりシンプルに、定期的な払い出し機能やアニュイティ選択プラットフォームを提供するなど、様々な方法が模索されている。
- 資産運用会社大手の事例として、ブラックロック、アライアンス・バーンスタイン、ティー・ロウ・プライス、フィデリティの取り組みを概観すると、TDFによる自動化とアニュイティによる終身給付保証の組み合わせの利点・難点が見て取れる。また、ソリューション開発と実装において、金融サービス業者と顧客企業の協働の重要性が窺われる。
- 退職世代の資産取り崩しの不安解消は、日本において米国以上に重要な課題と言える。顧客企業との協働が可能という、職場経由の取り組みの利点は日本にも当てはまる。先行者である米国の試行錯誤を参照しつつ、日本の実情に合わせた解決策が求められる。
野村 亜紀子
要約
- 企業の人的資本拡充策の一つとして、資産形成関連の福利厚生制度を提供し、従業員のファイナンシャル・ウェルネス向上を支援することが考えられる。従業員の生産性や帰属意識の向上、ひいては企業価値向上が期待される。
- 様々な資産形成関連の福利厚生制度があるが、新興勢力とも言えるのが職場つみたてNISAである。企業がNISA取扱業者と契約し、従業員は給与天引きでNISAを利用することができる。企業が奨励金を付与することも可能である。NISAが時限措置だった点が、福利厚生制度としての普及の障壁だったが、2023年の税制改正でNISAの恒久化が実現し、職場つみたてNISAは新局面を迎えている。
- 野村資産形成研究センターの「第3回ファイナンシャル・ウェルネス(お金の健康度)アンケート」(従業員1万人アンケート)を通じて、職場つみたてNISAの現状を確認したところ、利用者は、生産性、帰属意識が高く、ファイナンシャル・ウェルネスも高いといった傾向が見て取れた。他方、利用者のリスク・リターンに関する設問の正解率が全体平均よりも低いなど、金融知識面の課題も示唆された。
- 従業員1万人アンケートから、職場つみたてNISAを福利厚生制度のラインアップに追加することは企業の人的資本拡充策として有効なこと、その際、投資教育の提供を伴うのが重要であること等が示唆された。職場つみたてNISAが、確定拠出年金や従業員持株会と並び立つような存在になるのか、今後が注目される。
中村 美江奈
要約
- 日本の少額投資非課税制度(NISA)のモデルとなった英国の個人貯蓄口座(ISA)は、1999年の制度開始から20年以上経過し、英国民の資産形成で中心的な役割を果たしている。その中で、福利厚生制度の一環として「ワークプレイスISA」を提供する企業もある。
- ワークプレイスISAは、法制度として規定されているわけではなく、税制や非課税枠は一般のISAと変わらない一方で、給与天引きでの拠出が可能となる他、口座管理料や投資商品の取引手数料が割引になる等の特徴を有する。雇用主は、福利厚生パッケージの拡充による人材の獲得や雇用の維持等が期待できる。従業員側も、雇用主が選定した信頼できるプロバイダーを通じて給与天引きで貯蓄できるという手軽さ等がメリットとして挙げられる。
- ワークプレイスISA市場は、ISA市場全体に比して小さいものの、直近では、厳しいインフレ環境下において従業員のファイナンシャル・ウェルネス向上を企図した企業による導入もあり、拡大基調にある。
- 日本においても、福利厚生制度として雇用主がNISAを提供する「職場つみたてNISA」がある。給与天引きによる拠出に加え、雇用主から補助金を付与することもできる。昨今、多くの日本企業は人的資本を重視する経営に取り組んでおり、その中で従業員のファイナンシャル・ウェルネス支援は重要な役割を占めている。自社の人材投資を充実させ、ステークホルダーにアピールする取り組みの一環として、「職場つみたてNISA」の提供は有用な選択肢となり得よう。
関根 栄一
要約
- 中国共産党は、2024年7月15日から18日の4日間、第20期中央委員会第3回全体会議(第20期3中全会)を開催し、「改革の更なる全面的深化、中国式現代化の推進に関する中共中央の決定」を採択し、21日に全文を公表した。同決定は、三期目に入った習近平指導部が、2027年秋開催予定の第21回党大会を越え、建国80周年に当たる2029年までの5年間で実現することを目標に設定した改革プランである。
- 第20期3中全会の改革プランは、計15分野(計60条)から構成される。2番目の「高水準の社会主義市場経済体制の確立」では、11年前の2013年11月の第18期3中全会の改革プランと比べて、市場メカニズムの活用についての表現が変更され、市場の秩序維持や市場の失敗への補完が明記され、行政による直接関与も選択肢として明記されている。
- 資本市場改革については、改革プランの第18条で、金融仲介における直接金融の役割を高めるとした上で、投資と融資(資金調達)が調和した資本市場の機能を強化するとしている。同時に、「新たな質の高い生産力」の発展推進では、VC等の投資を促進する方針である。資本市場の機能活用に当たっては、株価維持政策(PKO)の一環として、2023年夏以降行われている新規株式公開(IPO)・増資ペース規制の早期解除が不可欠である。
- 改革プランでは、不動産、地方債務、中小金融機関に関わる三大リスクの一体処理方針の継続も確認されている。他に、財政・税制改革での地方政府の財源強化、不動産開発融資モデル改革が提起されていることも注視される。
- 改革プランには、民生面で、所得分配、就業政策、社会保障、医療・衛生、人口政策といった、人々が生まれてから老後を迎えるまでの生活設計に直結する項目が盛り込まれている。中でも法定退職年齢の引き上げは、企業と協力しながら、退職後の生活に備えた資産形成の促進を資本市場の改革とセットで行うことで実現しやすくなる面もあろう。資本市場改革の議論の過程では、中国の当局や金融機関から海外の事例や経験も参照される可能性があろう。
関根 栄一
要約
- 中国では、2024年に入り、11年ぶりとなる中国共産党第20期中央委員会第3回全体会議が開催され、「新たな質の生産力」の発展を促進するという新たなイノベーション政策が打ち出され、私募ファンド投資に関するエコシステムを形成していく方針も確認された。そのための資本市場の機能活用では、機関投資家の株式運用を促進するとともに、上海の科創板(新興市場)改革を進めていく方針を確認した。
- 「新たな質の生産力」にふさわしいイノベーションの促進に向け、投資家から見て魅力的な銘柄への投資機会が提供されるエコシステムの形成が重要になっており、国務院(内閣)及び科創板を有する上海市政府は創業(起業)投資を促す為のガイドラインを策定し、M&Aや新規株式公開(IPO)を通じた投資の出口(エグジット)ルートを整備する方針でもある。
- 創業投資を担う私募基金の管理残高を見ると、新型コロナウィルス(新型コロナ)の流行防止に伴う行動制限の影響を受け、2022年以降、管理残高の伸びが鈍化傾向にある。投資案件数ベース(累計)でエグジット率を試算すると、2022年は平均で32.4%となっている。
- 他に、科学技術部系研究院のアンケート調査では、新型コロナ流行期間、2022年の出口ルートは、IPOの23.86%、M&Aの11.03%に対し、株式買戻しが51.09%と過半となった。同調査では、ベンチャーキャピタル(VC)が期待する政策として、キャピタルゲインの二重課税防止に向けた税制優遇政策の整備や、政策性基金の設立が挙げられている。そのうち後者では、上海市政府はアーリー期の科学技術企業向け基金を新たに設立する計画である。
- 一方、同調査によると、2022年の創業投資の資金提供者では、国有・政府資金が全体の54.54%を占め、新興企業への公的資金による支援度合いが高まっている。民間VCによる投資をクラウディングアウトしないよう、外資を含めた多様な投資家層が参加するエコシステムの形成が求められている。併せて、投資・回収サイクルを確立するため、投資銀行の機能をうまく使ったエクイティストーリーの描き方も重要となっている。
関根 栄一
要約
- 2024年8月22日、上海市の(地方議会常任委員会に相当する)市人民代表大会常務委員会は、「上海市国際金融センター建設推進条例」の改正版(以下、新条例)を可決し、公布した(同年10月1日施行)。新条例は、旧条例が2009年6月に制定されて以来、15年を経て、初めて、かつ抜本的に改正されたものである。
- 国務院(内閣)や上海市は、従来、2020年を目標に上海の国際金融センターを構築するとしてきたが、2023年10月末に約5年ぶりに開催された中央金融工作会議の新たな方針や、2024年4月に制定された国務院の資本市場改革に関する指針を踏まえ、旧条例を抜本的に改正する必要が出ていた。
- 新条例では、上海の国際金融センター化の進め方を、従来の「構築する」から「加速する」に変更した。また、金融分野での「上海プライス」、「上海指数」といった指標体系を増やし、グローバルな人民元建て資産取引センターを目指す方針を明記した。
- 新条例上、重点分野として、科創板(新興市場)上場企業の支援、5大分野(フィンテック、グリーン金融、金融包摂、年金金融、デジタル金融)での取り組み促進が明記されている。また、新条例では、人民元国際化の推進、及びデジタル人民元の研究開発・応用の段階的推進を、独立したテーマとして取り上げた。他に、金融市場でのリスクの発生防止・処理に向け、中央の金融当局と協働した管理監督体制や協議体を構築するとした。
- 新条例では、特に外資系金融機関のみを対象とした規定は書き込まれていない。一方、外資系金融機関は、ライセンスの取得、データの越境管理、海外の金融人材の導入に向けた利便性について、国際金融センターとしてふさわしい支援を関係当局に求めていると思われる。新条例の公布後、金融当局は適格投資家制度の最適化に着手し、上海の国際金融センター化を側面支援しているが、海外投資家の集積度合いを更に高めるための取り組みも課題である。
宋 良也
要約
- 中国の国家発展改革委員会(発改委)・投資司は2024年7月26日に、「公募型インフラREITプロジェクトの恒常化発行を全面的に推進することに関する通知」(以降、1014号通知)を公布した。これにより、中国における公募型インフラREITの3年間の試験運用は終わり、恒常的な発行の段階へ移行することとなった。
- 3年間の試験運用を経て、中国における公募型インフラREIT市場は順調に成長してきた。試験運用期間中、地方国有企業は保有する大規模なインフラを裏付けに、公募型インフラREITを活用して資金調達を行ってきた。一方で、公募型インフラREITは、(1)原資産となる対象施設の種類が不十分であること、(2)上場要件が厳しい、(3)審査期間が長いなど上場審査プロセスが冗長、といった課題を抱えている。
- 今般の1014号通知では、これらの課題を解決するためのプロジェクトの申請要件に関する改正を打ち出している。具体的には、(1)ホテル・オフィスビルを条件付きでREITの原資産として容認、(2)市場メカニズムを重視した上場要件の緩和、(3)複雑な審査プロセスの簡素化、等が挙げられる。
- 今後は、中国における公募型インフラREIT市場において、上海(深圳)・香港ストックコネクトの投資対象としてREITが容認されたことにより、海外投資家の拡充が見込まれる。また、石炭火力発電の規模が大きい中国のグリーン・トランジションにおいて、如何に公募型インフラREITが活用されていくのか、注目される。
竹下 智
要約
- 日本の伝統工芸産業には、需要の減少、後継者不足、原材料・用具不足といった課題があり、生産額や従業員数の減少が続いている。これらの課題を克服するために、海外市場での需要開拓策を実施すべきである。
- 欧州で実施された調査によると、工芸品の需要拡大に向けた施策として、工芸品に関するストーリーの積極的な伝達、実物に触れる機会の提供、関連産業との連携による波及効果の拡大、国外市場の開拓、後継者育成のための仕組みの整備、等があげられている。
- 日本の工芸品の海外需要開拓においても、客観的データに基づいた現地市場の状況を十分にリサーチした上でのマーケティング戦略、ストーリーを絡めたブランディング、実店舗を含む流通網・販売チャネルの整備、後継者の育成、が重要となる。
- 上記の施策を実施するためには、資金調達も重要な課題であり、公的資金と民間の投資・融資を組み合わせたブレンデッド・ファイナンスの活用が効果的な手段となりうる。さらに、地域社会や文化に貢献することで、民間からの投資がインパクト投資でもあることをアピールすることも出来よう。
- 日本文化の美意識と精神性を象徴する「KOGEI」の可能性の追求は、日本の工芸のブランド価値向上につながるとともに、地元 の観光資源の創出を含む地域活性化に寄与することが期待される。
小立 敬
要約
- EUでは2024年6月19日、銀行規制改革パッケージとして第3次資本要求規則(CRRIII)および第6次資本要求指令(CRDVI)がEU官報に掲載され、7月9日に施行された(CRRIII/CRDVI)。
- CRRIIIは、バーゼルIII最終化の域内適用を規定するものであり、バーゼル銀行監督委員会が定めたバーゼルIII基準に準拠しながら規定している。ただし、銀行の所要資本を大きく増加させる分野や経済への影響が大きい分野に関しては、EU独自の経過措置を設けていることが特徴である。CRRIIIは2025年1月1日から適用されるが、マーケット・リスクの枠組みの改定、いわゆるトレーディング勘定の抜本的改定(FRTB)については欧州委員会が1年延期する方針を明らかにしている。
- 一方、CRDVIは、バーゼルIII最終化以外の銀行規制改革を規定するものであり、(1)環境/社会/ガバナンスに関するリスク(ESGリスク)の管理・監督の強化、(2)銀行の取締役等のフィット・アンド・プロパーを含む監督権限や制裁の強化、(3)EU域外国(第三国)の銀行の域内業務に関する規制強化を主な内容としている。CRDVIによってEUの銀行においてはESGへの配慮が不可欠なものとなる。また、支店形態で加盟国に進出する域外国の銀行は、銀行サービスのあり方に一定の影響が生じる可能性がある点に留意が必要である。
- CRRIII/CRDVIによって金融危機以降10年に及ぶ改革プロセスを完了することになることから、欧州委員会はEU銀行システムの全体的評価とプルーデンス規制と監督要件の枠組みに関する包括的レビューを実施する予定である。今後、欧州委員会による評価、レビューの結果にも注目する必要があるだろう。
小立 敬
要約
- バーゼル委員会は2024年7月16日、銀行勘定の金利リスク(IRRBB)の計測において金利ショック・シナリオを生成する際に、インプットとして必要な各通貨に係る金利ショックを改定する最終文書を公表した。本件については、バーゼル委員会が2023年12月に市中協議文書を公表しており、今般の最終文書は市中協議プロセスを経て最終化されたものである。
- 市中協議文書は、時系列データを2022年末まで拡張して金利ショックの水準を再調整することに加えて、金利ショックを決定する際の計測手法を見直すことを提案していた。今般の最終文書では、市中協議文書が提案した計測手法の改定についてはそのまま採用されているが、(1)時系列データを2023年末まで延長し、(2)金利ショックの数値を50ベーシスポイント(bp)から25bpの単位で丸めるよう変更したことから、金利ショックの大きさは市中協議文書が提案したものとは一部異なるものとなっている。
- 米ドルやユーロ、英ポンド、スイスフランを含む一部の通貨では金利ショックの水準が引き上げられることから、計測される一部通貨のIRRBBの水準に影響が生じることが考えられるが、円金利については現行の水準から変更はなく、日本の金融機関が計測するIRRBBの通貨合計値には大きな影響は生じないものとみられる。
- なお、2023年3月の銀行危機の背景の1つに、金利リスク管理の失敗が指摘されており、バーゼル委員会が現行のIRRBBの枠組みに関して見直しを行うのかどうかについても今後注視していく必要があるだろう。
岡田 功太
要約
- 世界最大の資産運用会社となったブラックロックのビジネスは、主力の資産運用事業に加え、テクノロジー・サービス事業、資産評価事業から成る。元々は年金基金等から主に債券アクティブ・ファンドの運用を受託するブティック運用会社であったが、(1)上場投資信託(ETF)を含む株式ファンドやオルタナティブ・ファンド事業を展開する資産運用会社等を買収、(2)金融機関及び政府系ファンドとの提携を通じて、インハウス運用の拡張・強化を図っている。
- その上で、ブラックロックは、アラディンというブランド名でテクノロジー・サービス事業を運営している。買収や提携を通じて、アラディンの機能拡充に取り組み、資産運用業とテクノロジー・サービス事業間のシナジーを生み出し、今や大規模銀行グループに匹敵する存在になっている。
- 他方で、日本の大手資産運用会社は、(1)ファンドの販売促進・企画立案業務、(2)外部の資産運用会社のファンドの精査・選定業務 、(3)ミドル・バックオフィス業務など、運用以外の業務にリソースを配分・強化している。こうした既存の強みを活用し、他の資産運用会社やアセットオーナー等から運用以外の業務のアウトソースを請け負うことを目的としたビジネス(資産運用支援プラットフォーム事業)の展開を検討してもよいのではないだろうか。
- 加えて、日本の資産運用会社は、インハウス運用の拡張・強化にリソースを配分することも必要であろう。外部委託運用ファンドの運用資産総額の増加は、営業収益だけではなく、委託調査費の増加にも寄与するため、営業利益の増加に繋がりにくい。運用力の向上及び収益構造上の課題解決の観点から、運用対象資産・運用戦略の多様化や運用人材の獲得を目的とした資産運用会社の買収等に取り組むことも、選択肢の一つではないだろうか。
橋口 達、坂上 聖奈
要約
- 近年、金融市場におけるデータの重要性が一層高まっている。規制当局に提出するデータの粒度や頻度は高まり、他社との差別化のためのデータへの投資の重要性も増している。データ事業を巡る買収は活発化しており、その中で格付会社が重要な役割を担っている。
- 信用格付市場は、金融危機以降、米国の証券規制における格付の参照が取り除かれるなどの環境変化があったが、現在もS&Pグローバル、ムーディーズ、フィッチの寡占が続いている。他方、S&Pグローバルとムーディーズは、データ事業を中心とする新たなビジネスモデルを構築することで、市況に左右される格付事業への依存度を下げてきた。
- S&Pグローバルは、不採算事業の売却やIHSマークイットとの合併を通じて、信用格付以外の事業に注力してきた。現在は、金融市場においてデータ販売に留まらない、金融市場の業務効率化を図るソリューションの提供者として、グローバル市場の活性化に寄与している。
- ムーディーズは、統合リスク評価を標榜し、現在では、信用リスクに留まらず、気候変動リスクやサードパーティ・リスクの理解、評価、管理、低減を支援する企業に変貌した。
- 金融危機以降の両社の株価は、大手金融機関を大きくアウトパフォームする。格付事業の高収益性や、格付以外の事業の安定性や成長性が市場から高く評価されている様子が窺える。両社の取組は、市況に影響を受けやすい金融グループにとっても、金融資本市場における自身の役割を再定義し、市場から評価される事業ポートフォリオを構築するにあたり、参考になるものと思われる。
北野 陽平
要約
- アジアを代表する国際金融センターの1つであるシンガポールでは、2024年6月にマネー・ローンダリングのリスク評価報告書が10年ぶりに公表された。同報告書では、マネー・ローンダリングのリスクが高い金融事業者として銀行が挙げられており、特にウェルス・マネジメント分野において同リスクが高いとされている。
- シンガポールは、国際的なウェルス・マネジメントのハブとしての地位を確立している。アジアにおける超富裕層の増加や世代交代の進展を背景として、シンガポールでは超富裕層一族の資産管理・運用等を支援するファミリーオフィスの設立が増加している。シンガポール金融管理局(MAS)は、ファミリーオフィスを誘致するため、税制優遇を行っている。
- 2023年8月にシンガポール最大となるマネー・ローンダリング事件が発覚し、外国籍の10人が逮捕された。押収資産総額は、2024年1月時点で30億シンガポールドル超となった。当該事件を受けて、MASは、ウェルス・マネジメント業界の質の向上を図るべく、国内金融機関に対してマネー・ローンダリング対策を強化するよう指導しており、顧客の資産の出所を確証することを促している。
- ウェルス・マネジメント業界におけるマネー・ローンダリングの取り締まり強化は、同業界の健全性及び信頼性の向上を通じて持続可能な成長につながることが期待されている一方、短期的には成長を阻害する可能性もある。今後シンガポールが、量と質の両面でウェルス・マネジメント業界の持続的な発展を目指す上で、金融機関のコンプライアンス負担も考慮しつつ、適切なマネー・ローンダリング対策が講じられるよう、バランスの取れた規制対応が求められよう。
野村 亜紀子
要約
- 5年に1度実施される公的年金財政検証の結果が、2024年7月3日に公表された。財政検証では、人口動態及び経済状況に関する一定の前提の下で、長期の財政収支を計算し、給付抑制措置であるマクロ経済スライドにより財政均衡に到達する年度、及びその際の所得代替率を確認する。
- 今回は、(1)高成長実現、(2)成長型経済への移行・継続、(3)過去30年投影、(4)1人当たりゼロ成長という4つの経済シナリオの下で検証が行われ、(1)~(3)のケースでは財政が均衡し所得代替率が50%を上回るとされた。また、厚生年金の適用拡大、国民年金の加入期間延長といった制度変更を行った場合の効果について、オプション試算も実施された。
- 財政検証結果から、公的年金の持続可能性は経済成長次第であることが改めて確認された。今後、年末にかけて制度改正が議論され、2025年に必要な法令改正が行われる見込みだが、国民年金の低年金化対策が一つの焦点になると見られる。また、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)及び公務員年金等の基本ポートフォリオの見直しも実施されるが、岸田政権の資産運用立国の施策の下、公的アセットオーナーの運用高度化に関連した政策的な要請が、どのように取り込まれていくものかも注目点となろう。
- 私的年金改革の議論を、公的年金の持続可能性向上と併せて本格化させることも重要である。6月21日閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針2024」及び「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画2024改訂版」に、確定拠出年金の改革事項が盛り込まれている。団塊ジュニア世代が50代に入ることを踏まえ、大胆な改革の推進が期待される。
関田 智也
要約
- 欧州では、資産運用業に強みを持つ国際金融センターとして、ルクセンブルクが大きな存在感を有している。ルクセンブルクは、欧州で最大のファンド本籍地(ファンド・センター)であり、欧州以外の地域を含めた世界全体で見ても、米国に次ぐ第2位となっている。
- ルクセンブルクのファンド・センターとしての特徴は、先進的な規制の整備により海外からのファンド誘致に成功していることである。これを実現させた要因として、ルクセンブルクが汎EUの公募ファンド(UCITSファンド)を巡る規制環境の整備で先行者利益を享受したことの他、同国が(1)柔軟な規制環境の整備、(2)資産運用業界の潮流やニーズの制度への反映、を行ってきたことが指摘できる。後者につき、ルクセンブルクが金融危機後に創設した2つの官民パートナーシップ組織が大きな役割を果たしている。
- ルクセンブルク政府は2023年、ファンド規制の近代化を企図した改革を実施した。こうした後押しもあり、近年、米国のプライベート・エクイティ(PE)ファームは、米国外でのオルタナティブ投資の販路拡大のために、ルクセンブルクを選択している。
- ルクセンブルクは、ミドル・バックオフィス業務や資産管理(カストディ)業務のサービスを提供する事業者の集積地としての特徴も有しており、ルクセンブルクに所在するファンド・マネジメント・カンパニーのサービス提供事業者は、海外/新興運用会社に対して、運用以外の業務を包括的に提供している。
- 日本では、資産運用立国実現プランを通じて、資産運用業への国内外からの新規参入と競争の促進が図られている。この目的を実現していくにあたり、ルクセンブルクの官民パートナーシップ組織やファンド・マネジメント・カンパニーの事例は参考になろう。
塩島 晋
要約
- 近年、中国の地方債務問題が深刻化している。背景としては、不動産市場の不調や、ゼロコロナ政策による費用負担の増加等が挙げられる。
- 不動産市場の低迷を受けて、地方政府の土地使用権売却収入の減少が生じている。減少した歳入を充当するべく地方政府専項債の発行が増加しており、地方財政を一層圧迫している。
- こうした債務問題に加えて、地方政府の予算会計上オフバランスとなる地方融資平台の隠れ債務問題も深刻化している。中央政府は、特殊再融資債(置換債)の発行等を通じた隠れ債務の解消を図っている。
- 今後、個別地方政府の財政危機や債務不履行(デフォルト)はあり得るが、中央政府による救済が期待されるため、システミックな金融リスクに発展する可能性は低い。中央政府による財政政策等にも注目する必要があろう。
坂上 聖奈
要約
- 生成AIの進化が目覚ましい。バーゼル銀行監督委員会は2024年5月16日に公表した「金融のデジタル化」で、新たなテクノロジーとして人工知能(AI)を取り上げ、金融機関における生成AIの活用事例を紹介した。そうした中、JPモルガンは2024年5月、生成AIを活用したテーマ型投資システム「IndexGPT(インデックスGPT)」を導入した。
- インデックスGPTの特徴として、投資テーマに基づいた銘柄選定を自動化する機能を具備しており、従来よりもキーワードの分布が拡大し、キーワードの特定を、より迅速に精度高く行えることが挙げられる。
- 背景には、インデックス商品全般にAIを統合し、AIを活用した金融サービス提供を目指していくというJPモルガンの狙いがある。JPモルガンは、AIの活用を成長戦略の一環として位置づけており、積極的な投資と予測AIや機械学習(ML)の探求が功を奏し、大手金融機関では初めて、顧客向けに生成AIを活用した金融サービスとしてインデックスGPTの開発に成功した。
- 米国金融業界において、生成AIの活用は大いに注目を集めている。今後、生成AIを顧客向けの金融サービスに導入することで、業務効率化だけではなく、顧客が銘柄選定に要する時間も短縮し、更には新たな付加価値も提供していくことができるのか、注目される。
板津 直孝
要約
- 欧州連合(EU)では、2024年6月22日以降に開始する事業年度より、税務情報の国別一般開示を求める、国別報告書(CbCR)に関する指令が適用される。同指令は、一定のEU域内の多国籍企業及びEU域内子会社等を有するEU域外の多国籍企業を適用対象とする。
- 米国では、2023年12月、会計基準更新書(ASU)第2023-09号「法人所得税:法人所得税の開示の改善」が公表された。米国会計基準の採用企業は、毎事業年度、税率調整における情報及び法人所得税の納付額を、税務管轄区域ごとに細分化して開示する必要がある。
- 税務情報を国別に報告するCbCRは、経済協力開発機構(OECD)による「税源浸食と利益移転(BEPS)」プロジェクトにおいて、国際的に整備された。BEPSは、多国籍企業が利益を海外に移すことで、納税額を大幅に削減、場合によってはほぼゼロにする活動を指す。税法上のCbCRは、租税条約等で定められた守秘義務の下、税務当局間での国際共有及び利用に制限されている。
- BEPSプロジェクトの国際的な推進により、多国籍企業が直面する税務上の課題が具体化されてきている。加えて、税務情報の国別一般開示については、税務当局から投資家等へ情報利用者を拡大する、国際的な潮流がある。多国籍企業は事業を行う各国での法人所得税の納税実績や国際的なタックスプランニングに関して、今後は税務当局だけではなく、投資家等に対して一層の説明責任を果たしていく必要がある。経営者の意思決定の基礎となる企業の構成単位においては、事業別セグメントとは別に、国別・地域別セグメントに基づくマネジメント・アプローチの重要性が高まってきていると言える。
板津 直孝
要約
- 米国財務省及び内国歳入庁(IRS)は、2024年4月、自社株買いに関わる物品税の新たな規則案を公表した。規則案は、原則として、米国内の内国法人である上場企業が、自社株買いをした場合又は特定関連者が当該上場企業の株式を取得した場合、株式の公正市場価値の1%に相当する物品税を課す。
- 本規則案は一定の条件下では域外適用の可能性がある。日本の会社法では、子会社による親会社株式の取得は原則として禁止されている。しかし、日本の上場企業が直接自社株買いなどをした場合に、資金調達方法によっては物品税の対象となりうる点には留意する必要がある。
- 資金調達規則では、米国子会社が物品税を回避することを主たる目的として、海外の親会社による自社株買いや米国外子会社による親会社株式の取得に、配当や貸付などの手段により資金を提供した場合、物品税が課税される。また、米国子会社が下位関連事業体に資金を提供し、当該資金提供が、下位関連事業体又は下位関連事業体の代理による日本の親会社株式の取得から2年以内に行われた場合、物品税を回避する主たる目的が存在すると推定される。
- 日本企業の自社株買いは、過去最高を更新している。国際収支を確認すると、日本の経常収支は近年、日本の親会社と海外子会社等との間の配当金や利子等を由来とする第一次所得収支の黒字を背景に、経常黒字が拡大している。海外子会社の配当政策においては、親会社の財務戦略に応じて配当が不定期となりやすく、米国子会社による当期に稼得した利益を上回る配当は、当該配当の主たる目的が、日本の親会社の自社株買いに対して資金を提供することであると判断される可能性もある。米国子会社からの配当などを通じた資金調達取引には、米国における物品税の観点から、留意することが重要である。
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