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時流

日本経済の長期停滞と「新しい資本主義」

日本証券経済研究所 名誉研究員 佐賀 卓雄

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要約
 

日本経済はバブル崩壊以降の長い低迷を脱する兆しをみせているようにみえる。しかし、長期的にみれば、決して楽観できるような状況ではない。少子化・高齢化の進展、グローバルなインバランスによるデフレギャップ、リーマンショックの負の影響、そして格差の拡大が、生産性の向上、消費拡大のいずれにも抑制的な影響を及ぼすとみられるからである。

「新しい資本主義」構想は持続的な改革の方向性を示すものとして評価できるものの、それが成果を上げるためには国民の危機に対する認識の共有と既得権を打破する強いリーダシップが不可欠である。

特集1:暗号資産を巡る政策の進展

米国SECによるビットコイン現物ETFの承認-証券市場を介した暗号通貨投資への途-

橋口 達

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要約
 

  1. 米国証券取引委員会(SEC)は2024年1月10日、11本のビットコイン現物ETF(正確にはETP)の上場・取引申請を承認した。今般の承認により、米国の投資家は、株式と同様に証券口座を通じてビットコイン現物へのエクスポージャーを持つことができるようになった。
     
  2. ビットコイン現物ETF解禁までの道程では、イノベーションを巡る規制当局の姿勢に違いがみられた。米国商品先物取引委員会(CFTC)がビットコインとその関連商品に対して前向きな姿勢を示してきた中、SECは2017年来、ビットコイン現物ETFの承認に慎重な姿勢を維持した。しかし、2023年8月にビットコイン現物ETFへの不承認命令を無効とする判決を受けて、承認へと舵を切った。
     
  3. ビットコイン現物ETFは、多様な便益を投資家にもたらしてきたETFの進化の過程で誕生した運用商品と位置づけられる。投資家としては、投資家保護など証券市場を介した投資による利点がある一方、投機的な値動きなどビットコイン現物が内包するリスクもある。
     
  4. 米国のビットコイン現物ETFの日本での扱いに関しては、投資信託・投資法人法上の外国投資信託への該当性など不透明な点が多い。米国におけるビットコイン現物ETFの解禁をきっかけに、個人投資家が証券市場を通じた暗号通貨投資を受容するのか、機関投資家による暗号通貨市場への参入が加速化するのかなど、これからの動きに注目していきたい。

EU暗号資産市場規則(MiCA)の概要と今後の展望-規制明確化による金融事業者参入の可能性-

橋口 達

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要約
 

 

  1. EU(欧州連合)の暗号資産市場規則(MiCA)は、暗号資産市場のイノベーションと公正な競争の促進、投資家保護や金融安定の向上を目指している。世界的に暗号資産に係る規制の策定が進む中、暗号資産市場を包括的に規制する枠組みとしてMiCAは注目に値する。
     
  2. MiCAは、暗号資産のリスクに応じて募集者や発行者に異なる規制を課す。MiCAの暗号資産には、単一法定通貨に連動する電子マネー・トークン、その他の価値・権利等に連動する資産参照型トークンが含まれるが、後者への規制がより厳格に設定されている。
     
  3. また、暗号資産サービス・プロバイダーについては、提供するサービスに応じて異なる規制を課す。金融事業者は、既存の金融規制の下で認可を取得している金融サービスに相当する暗号資産サービスであれば、新規の認可を得ずに提供できる。
     
  4. MiCAを受けて、銀行がMiCAに準拠した暗号資産を発行したり、証券取引所が暗号資産取引プラットフォームを立ち上げる事例がみられる。規制の不明瞭さを理由に暗号資産分野に参入してこなかった金融事業者が、MiCAを契機に参入する動きが加速することも考えられる。
     
  5. 暗号資産業界の信頼を損ねる出来事がしばしば欧州域外で生じてきたことなどを踏まえれば、欧州における暗号資産市場が投資家の信認を得て成長するには、EU域外においても暗号資産に対する規制が確立し、市場の健全性と信頼性が向上していくことが重要と考えられる。

シンガポールで活発化する金融資産のトークン化-官民連携による資産トークン化プロジェクトを中心に-

北野 陽平

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要約
 

 

  1. シンガポールでは近年、ブロックチェーン上で金融資産をデジタル資産(トークン)へと変換するトークン化の動きが活発化している。トークン化の主な利点として、資産の小口化が可能になることで、流動性、価格発見機能、低流動性資産へのアクセスの向上につながり得ることが挙げられる。
     
  2. シンガポール金融管理局(MAS)が2017年にデジタルトークンに関するガイダンスを公表して以降、セキュリティトークン(トークン化証券)の発行・流通プラットフォームが増加傾向にあり、存在感を高めつつある。それに伴って、セキュリティトークンの発行・流通も拡大しつつある。
     
  3. MASは2022年5月、金融業界との連携による資産トークン化プロジェクトを開始した。同プロジェクトの下では、資産運用、債券、外国為替の3分野で様々な試験的取り組みが進められている。シンガポールの金融セクターにとって特に重要な資産運用分野では、トークン化された変動資本会社(VCC)ファンド持分の発行に重点が置かれているように見える。
     
  4. MASは、官民連携による資産トークン化のさらなる推進に向けて、他国の金融規制当局との協力を図っている。この一環として、2023年10月に日本の金融庁、スイスの金融市場監督機構(FINMA)、英国の金融行為規制機構(FCA)とともに政策当局グループを立ち上げ、各国制度の情報共有やクロスボーダー取引の基準等に関する議論を行っている。
     
  5. シンガポールは、デジタル資産のハブを目指していると同時に、グリーンファイナンスのハブになる目標も掲げている。今後、中長期的に環境分野における資産トークン化が進展する可能性も考えられよう。

銀行のプルーデンス規制における暗号資産の取扱い-現行のバーゼル基準と追加的な提案-

小立 敬

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要約

 

  1. バーゼル委員会は2023年12月、暗号資産に関するバーゼル基準の要件追加を提案する市中協議文書を公表した。現行のバーゼル基準は、銀行を対象とするプルーデンス規制(自己資本規制を含む)における暗号資産エクスポージャーの取扱いを明確化するために2022年12月に最終化されたものであり、2025年1月から適用されることになっている。
     
  2. 現行のバーゼル基準では、(1)トークン化された伝統的資産(セキュリティ・トークン)と、(2)伝統的資産や伝統的資産のプールに価値をリンクさせる上で常に有効な安定化メカニズムを持つもの(ステーブルコイン)が暗号資産に該当する。
     
  3. 銀行が保有する暗号資産は、バーゼル基準に定められた分類要件に照らして「グループ1」と「グループ2」に区分される。グループ1暗号資産は、既存のバーゼル基準に則った資本賦課が行われるが、一定の要件(ヘッジ認識基準)を満たさないグループ2暗号資産に関しては、1250%のリスク・ウェイトの適用という保守的な資本賦課が求められる。
     
  4. 今般の市中協議文書は、現行のバーゼル基準における技術的な修正に加えて、(1)ステーブルコインの準備資産の構成、(2)ステーブルコインの市場価値の安定性を評価する統計的テストの実施を含め、ステーブルコインがグループ1暗号資産に該当するか否かを判断する「分類要件1」について要件を拡充する提案を行っている。
     
  5. 現行のバーゼル基準においては、グループ1として分類されるセキュリティ・トークンを除けば、銀行が暗号資産を保有することはかなり難しいように窺われる。バーゼル委員会は暗号資産の中でも特に暗号通貨に否定的である。暗号資産市場の拡大に向けて追い風も吹いているが、バーゼル委員会の暗号資産に対する認識が変わらない限り、銀行が暗号資産を保有する際の厳格かつ保守的なプルーデンス規制上の取扱いは当面続くように思われる。

暗号資産の発行及び保有に係る開示規制-金融商品取引法及び資金決済法に基づく開示-

板津 直孝

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要約
 

  1. 暗号資産市場は急速に拡大し始めており、日本では、デジタル証券を扱う日本初のセキュリティトークン取引市場「START」が2023年12月に売買を開始した。企業においては、暗号資産を発行及び保有するに当たって、暗号資産に関する会計基準と金融規制の相互関係及び開示規制上の取扱いを踏まえることが重要となっている。
     
  2. 2020年5月に施行された改正金融商品取引法では、投資性ICOトークンが金融商品取引法上の暗号資産として規制対象となり、投資性ICO以外のICOトークンについては、併せて施行された改正資金決済法の暗号資産に該当する範囲において、同法の規制対象に含まれることとなった。
     
  3. 暗号資産に係る法令の整備が進んだことにより、企業会計基準委員会は暗号資産の財務報告上の取扱いについて、金融商品取引法と資金決済法ごとに実務対応報告を順次公表し始めた。
     
  4. 国外に目を向けると、米国証券取引委員会は2024年1月、ビットコイン現物ETPの上場申請を承認した。仮に日本企業の米国子会社が当該ETPを取得した場合、連結財務諸表上での取扱いが想定される。
     
  5. 金融商品取引法や資金決済法の暗号資産だけではなく、暗号資産を原資産としたファンドなど、現在観察できる取引事例だけでも暗号資産に関連する財務報告上の取扱いには、未だ多くの論点が残されている。

特集2:アセットオーナー改革の論点

アセットオーナーの行動原則に関する論点

野村 亜紀子

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要約
 

  1. 政府が2023年12月に策定した「資産運用立国実現プラン」に基づき、2024年夏を目処に、アセットオーナーの運用・ガバナンス・リスク管理の原則である「アセットオーナー・プリンシプル」が策定されることとなった。
     
  2. 多様なアセットオーナーの、資産運用のあり方に関する共通軸を見出すに当たり、国際的な枠組みや、目的の多様性を前提にした原則等を参照することが考えられる。OECDの私的年金に関するコア原則、米国の公益団体に関する統一州法、ソブリン・ウェルス・ファンド(SWF)に関する国際的な行動原則の内容を概観した。
     
  3. これらの事例を踏まえ、アセットオーナーの行動原則の骨格をなす内容を考察すると、(1)アセットオーナーの目的の明示と運用目標の設定、(2)受託者責任(忠実義務・注意義務)、(3)分散投資とリスク管理の責任、(4)受益者等への説明責任と一般向け情報開示の問題、(5)ガバナンス(統治と運営の分離)の有効性とリソースの問題、という5つの論点を抽出することができる。
     
  4. 行動原則の下で、いかに運用高度化を実現していくのかが最終的には重要と言える。その観点でも、諸外国のアセットオーナーにおいては、ガバナンス体制の下、新たな資産クラスや運用手法の活用、新興運用業者の発掘・育成の取り組みなどが行われており、参考にする余地がある。アセットオーナー・プリンシプルの策定は、継続的な議論の始まりと位置づけられよう。

米カルパースの新興運用会社促進プログラム(EMP)

岡田 功太、中村 美江奈

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要約
 

  1. 岸田政権は2023年12月13日に、資産運用立国実現プランを公表した。同プランは、日本における資産運用会社の新規参入や起業を促す施策の一つとして、金融機関やアセットオーナーによる新興運用業者促進プログラム(EMP)の運営を後押しするとしている。
     
  2. 米国では、主に公的年金基金がリスク調整後リターンの向上等を図るべく、EMPに投資している。EMPとは、一般的に、ゲートキーパーと呼ばれる資産運用会社が、年金基金等のアセットオーナーから運用資金を受託することでファンドを組成し、外部の新興ファンドに投資を行う仕組みを指す。
     
  3. 例えば、カリフォルニア州職員退職年金基金(カルパース)は、EMPを含む複数のファンド・オブ・ファンズを通じて、ゲートキーパーが選定した新興のプライベート・エクイティ・ファンドやリアルアセット・ファンド等に投資を行っている。
     
  4. 今後、日本においてEMPを普及させるには、年金基金がリスク調整後リターンの向上を図る取り組みの一環として、EMPに投資できるよう環境を整備する必要があるものと考えられる。すなわち、資産運用会社の新規参入及び起業の喚起というEMPの推進目的と受託者責任の整合性について整理を図る必要があるといえよう。

金融・証券規制

デジタル時代の新たな預金者保護-銀行の長期債と預金者優先-

小立 敬

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要約
 

  1. ソーシャル・メディアの社会的な普及と金融のデジタル化が世界的に進展し、バンクラン(預金取付け)が発生しやすくなっている可能性がある。そのような現代的な環境を踏まえると、預金保険ではカバーされない非保険対象預金者の引出しインセンティブをいかに抑えるかがバンクランのリスクを抑制する鍵になるように窺われる。
     
  2. 米国では、シリコンバレー・バンク(SVB)等のバンクランを受けて、すでに導入されている預金者優先の下、非保険対象預金者よりも先に損失吸収することを目的としたLTDという一定水準の長期債の発行・維持を大手地銀に求める規制が検討されている。また、バンクランのリスクを抑制する観点から、決済預金保護を含む預金保険制度の見直しも提案されている。
     
  3. 欧州では、ソーシャル・メディアが流動性リスクを顕在化させる事態がSVBの破綻以前にクレディ・スイスで発生したことから、スイス当局は預金引出しを抑制する措置を検討している。一方、EUの銀行規制では長期債を含むMRELが導入されており、欧州委員会が提案している一般預金者優先が導入されればバンクランのリスクをより抑制できる。
     
  4. バーゼル委員会は、ソーシャル・メディアと金融デジタル化が銀行のストレスの速さと影響を増幅させていることを指摘する。安定的な預金基盤を有するとされてきた日本の銀行システムでも社会や金融のデジタル化の影響からバンクランのリスクが高まっている可能性があるという問題意識の下、議論を始めることが必要ではないだろうか。

個人マーケット

アスリートのファイナンシャル・ウェルネス向上に取り組む米モルガン・スタンレー

岡田 功太、船津 太佑

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要約
 

  1. モルガン・スタンレーは、ウェルス・マネジメント部門内に、グローバル・スポーツ&エンターテイメント(以下、GSE)グループを設立し、アスリート及び元アスリートを対象としたウェルス・マネジメント事業を展開している。
     
  2. プロアスリートの多くは富裕層であり、学生アスリートはそうした富裕層の予備軍と位置付けられるが、アスリートは30代には現役生活を終える場合が多く、現役引退後の年収は、現役中の年収と比べて減少する傾向がある。また、プロアスリートの場合、年収が報道・公表されることがあり、詐欺的な勧誘などを受けやすい等の特殊な事情を抱えている。
     
  3. このような状況を踏まえ、GSEグループは、プロアスリート経験者をファイナンシャル・アドバイザーとして採用し、アスリート及び元アスリートに対して、自身の「お金」に関する経験を伝達し、健全かつ豊かな生活を送ることができるよう支援している。更に、GSEグループは、スポーツ関連団体及びスタートアップ企業との提携を通じて、アスリート及び元アスリートに対して、資産運用サービスや金融教育プログラムを効率的に提供している。
     
  4. 米国のアスリートと同様に、日本のアスリートも「お金」に関する悩みを抱えていると考えられる。日本の金融機関においても、アスリート及び元アスリートを対象としたウェルス・マネジメント事業を構築することで、アスリート特有の「お金」に関する課題解決に取り組むことを検討してもよいのではないだろうか。

英国の投資アドバイス・ギャップ解消に向けた試行錯誤-サービスの低コスト化と担い手確保の両立に向けた模索-

関田 智也

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要約

 

  1. 英国では、2012年から実施された金融商品制度改革(RDR)によりファイナンシャル・アドバイザー(FA)の負担が増えた結果、富裕層未満の個人への投資アドバイス供給が手薄になる「投資アドバイス・ギャップ」が生じた。これを解消すべく、英国政府・英国金融行為規制機構(FCA)はこれまで、試行錯誤を繰り返してきた。
     
  2. FCAは2022年11月、コア投資アドバイス制度の導入を提案した。同制度案は、株式型の個人貯蓄口座(株式型ISA)における初めての投資に限り、規制緩和を行うものであった。しかし、そのような投資アドバイスを事業として成り立たせるのは困難である等の見方から投資アドバイス業界の支持が限定的であり、同制度案はFCAによって撤回された。
     
  3. 英国財務省及びFCAは2023年12月、「アドバイスとガイダンスの境界に関するレビュー」のディスカッションペーパーを公表した。そこで提案された「対象を絞った支援」は、同質な特性を有する「ターゲット顧客群」を想定した投資行動の提案等を行うものである。また、「簡易アドバイス制度」は、コア投資アドバイス制度案を修正したものであり、シンプルなニーズ及び少額の投資資金を有する顧客に対して、一度限りの安価な投資アドバイスを提供するものである。
     
  4. 投資アドバイス・ギャップ解消に向けた最大の課題は、マスリテール層向けの支援の低コスト化と、担い手である金融事業者の支援提供意欲の両立にあると言えよう。投資アドバイス業界の初期的な反応等を鑑みると、今般の施策案によって英国の投資アドバイス・ギャップが劇的に解消へ向かうシナリオは、現時点では想定し難い。今後、英国政府・FCAとして、どのような施策を講じていくのか、日本の投資アドバイスを巡る制度設計の観点からも注目に値しよう。

英国の従業員所有信託-事業承継策としての可能性-

中村 美江奈

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要約
 

  1. 近年英国では、従業員が大株主となり、経営にも発言権を持つ従業員所有(EO)企業が増加している。事業承継における有力な選択肢としても活用される傾向にある。
     
  2. EO企業は、非EO企業に比べ生産性や利益率が高いこと、金融危機等の状況下でレジリエンスが高かったこと等を報告する研究もある。従業員に対する福利厚生制度が充実している、従業員のエンゲージメントが高い等の指摘もある。
     
  3. 英国には、EO企業の制度として、従業員個人が株式を所有する直接所有型、信託等が従業員に代わり株式を所有・管理する間接所有型、双方の制度を組み合わせるハイブリッド型が存在する。政府が2014年に導入した、信託を活用する間接所有型の「従業員所有信託(EOT)」が、近年のEO企業の拡大に寄与している。
     
  4. EOTは、会社の設定した信託が発行済み株式の50%超を所有し、信託管理人が従業員に代わって株式の管理を行うスキームである。オーナー等の株主が信託に株式を譲渡する際のキャピタルゲインが非課税になる他、従業員は年間3,600ポンドのボーナスを非課税で受領することが可能といった税制優遇措置が付与されている。
     
  5. 日本では中小企業を中心に事業承継の問題が深刻化しており、様々な対策が講じられている。そうした中、企業の抱えるニーズや英国経済の発展を考慮し、EOTという新スキームの導入に注力した英政府の取り組みは、日本においても参考となろう。

中国・アジア

5年ぶりに開催された中国・中央金融工作会議の概要と金融リスクの発生防止・解消に向けた動き

関根 栄一

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要約
 

  1. 2023年10月30日・31日、5年ぶりに中央金融工作会議が開催された。同会議は、2023年2月から3月に決定された中国共産党中央による金融分野への集中的・統一的指導体制を受け、開催主体が国務院(内閣)から党に、併せて会議の名称もそれぞれ変更された。同会議と前後して、党中央の金融分野の人事も固まり、党中央のトップダウン型指導体制が始動した。
     
  2. 中央金融工作会議の内容を見ると、まず、当面及び今後の一定期間において、システミックリスクの発生防止を最低ラインとした上で、金融分野の質の高い発展に向け、実体経済の資金調達構造の最適化、資本市場機能の活用、5大分野(フィンテック、グリーン金融、金融包摂、年金金融、デジタル金融)での効率性向上を進めていくとした。
     
  3. 同会議終了直後には、金融当局から、民間企業への金融サービスの目標値の設定を含む支援策が公表されている。不動産業では、開発業者の合理的な資金需要を満たす等の指針が繰り返される一方、市場関係者からは、不動産企業の連鎖破綻の回避策と住宅在庫の本格的解消に向けた措置について注視されている。また、中小金融機関の吸収合併や解散など、金融リスクの解消に向けた動きも出始めた一方、資本市場の対外開放策を使って、上海の自由貿易試験区で資産証券化商品の人民元建てクロスボーダー譲渡を展開する動きも出ている。
     
  4. 更に、同会議終了後の12月11日・12日に開催された党中央・国務院による中央経済工作会議では、不動産、地方債務、中小金融機関に関わるリスクを「三位一体」としてとらえ、トップダウンで総合的に解消していく方針が確認された。金融当局各トップの発言を見ると、地方債務のうち、融資平台公司を経由した隠れ債務については、合併・再編、資産注入等の方法を通じて、資金調達機能を段階的に切り離すとしている。中小金融機関のリスク解消に向けては、省別・金融機関別・企業別にきめ細かく処理プランを策定するとしている。
     
  5. 今後のリスク解消プランは、中央の指針を受け、党の地方金融委員会等が主導して策定していくことになろう。その過程で、世界各国の過去の経験や知見も参照される可能性もあろう。

新興国向け貿易等で2023年も増加を続ける中国・人民元の越境決済と今後の展望

関根 栄一

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要約
 

  1. 国際銀行間通信協会発表の世界の外国為替市場取引高統計によると、2023年11月から2024年2月まで4カ月連続で人民元が日本円を抜いて世界第4位となった。また中国人民銀行によると、人民元建てクロスボーダー決済金額は、2022年の42兆1,000億元(前年比15.1%増)に対し、2023年は52兆3,000億元(同24.0%増)と前年を更新し、過去最高となった。
     
  2. 人民元の国際化は、従来の「継続しかつ慎重に進める」方針から、2022年10月の中国共産党第20回党大会で「秩序立てて推進する」方針に変更され、スピードを着実に上げ、同時に主体的かつ系統的に取り組むものとなった。2023年の人民元建て貿易決済金額も、新興国向け・自動車関連で増加する貿易金額・伸び率を反映し、前年の記録を更新中である。
     
  3. 第20回党大会を経て、2023年は、上海外国為替市場の取引時間の延長や、中小企業向け人民元越境決済の宣伝強化、二国間の人民元クリアリング銀行設置・人民元建て通貨スワップ協定の継続が行われている。クロスボーダー人民元建て証券取引金額も、グロスの金額は増加の一方、外貨建てを含む対中証券投資全体では、同年7月~9月に純流出が発生している。
     
  4. 2023年10月末の中央金融工作会議では人民元国際化の方針の表現が再度変わり、「安定的・慎重かつ着実に推進する」とされた。また2024年1月、中国人民銀行はこの新たな方針を「重点企業、重点分野、重点地域での人民元の使用を推進する」と表現した。重点地域ではユーラシア大陸諸国と「一帯一路」構想のハブとなる新彊ウイグル自治区での人民元決済の拡大や、上海市ではデジタル人民元建てでの貿易決済や越境貴金属取引の実験、他に中国・シンガポール間での旅行者向けデジタル人民元決済の実験が始まろうとしている。
     
  5. 人民元建てクロスボーダー決済金額は、2022年の場合、資本取引は31兆7,000億元と全体の75%を占めている。このため、対中証券投資・直接投資の活発化度合いが、今後の人民元国際化の進展の鍵を握るものとなろう。その際、中国当局が、短期的な経済対策・市場対策とも連動させて人民元国際化をどのように進めていくのかも引き続き注目される。

中国本土投資家の日本株投資ブームと背後にある二国間ETFコネクティビティ

関根 栄一、宋 良也

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要約
 

  1. 中国本土の投資家の間で、2024年に入り外国株への投資ブームが過熱している。中でも、日中両国でETFを相互上場する「日中ETFコネクティビティ」に基づき、中国本土に上場する日本の株価指数連動型ETFに対する中国本土投資家の買付が殺到し、ETF基準価額と取引価格との乖離が急速に拡大した。その結果、管理会社として、投資家に冷静さを促すための警告や取引の一時停止等の施策を取らざるを得ない事態が生じた。
     
  2. 中国本土市場での適格国内機関投資家(QDII)の運用枠を使った海外株指数連動型ETFの上場は、海外株投信と比べ、流動性が高く、低コストで取引でき、中国本土の個人投資家にとって外国資産へのエクスポージャーを得る有力なツールとなっている。中国本土市場と海外市場でのETFの相互上場は、中国の双方向の資本市場の開放政策(第13次5カ年計画)とも連動し、中国から見て日本が最初の相手先として2018年に始まったものである。
     
  3. 日中ETFコネクティビティの下では、日中両国の管理会社は1対1で提携し、相手側が組成する指数連動型のETFを投資対象とするETFを組成し、自国で上場するスキームとなっている。その際に、中国の管理会社が組成するETFは、QDIIの運用枠を超えない範囲でしかETFを組成できない。このため、ETF市場本来の価格調整のための裁定メカニズムが機能せず、今般の中国本土での日本株指数連動型ETFの急騰につながった。
     
  4. 日中ETFコネクティビティが抱える課題の解決に当たっては、(1)短期的には越境ETF向けのQDII運用枠の拡大、(2)QDII運用枠の継続的な拡大、(3)ストックコネクトの考え方に基づく双方向での売買枠の設定への転換、が考えられる。基準価額と取引価格の大幅な乖離の緩和に向け、日中ETFコネクティビティの制度設計の最適化に関する両国関係者の検討が期待される。

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