トップページへEnglish中文よくあるご質問お問合せサイトマップ野村グループ
野村資本市場研究所
サイト内を検索
研究レポート統計・データ出版物のご紹介研究員のご紹介会社情報

[PDF] バックナンバー一覧
2018年

「要約」ボタンをクリックすると論文の要約をご覧いただけます。※一部要約のないものは、論文の冒頭数行を表示しております。
「PDF」ボタンをクリックすると論文の全文をご覧いただけます。
野村資本市場クォータリー2018年夏号 2018 Vol.22-1 SUMMER

時流
2025年にどのようにたどり着くか:財政健全化の今後の道行きについて 要約
時流 2025年にどのようにたどり着くか:財政健全化の今後の道行きについて 上智大学経済学部准教授、日本政策投資銀行設備投資研究所客員主任研究員
中里 透

量的・質的金融緩和の導入から5年、消費税率の8%への引き上げから4年が経過した。この間に物価上昇率はプラスに転じ、財政収支も大幅な改善をみたが、2%の物価安定目標は未達のままであり、基礎的財政収支(プライマリーバランス)の黒字化も達成時期の後ずれが生じている。こうした中、2019年10月には再増税(消費税率の10%への引き上げ)の実施が予定されており、その実施・延期の判断が今秋にもなされる見通しである。
そこで、本稿では財政健全化をめぐるこれまでの経過を振り返り、今後の道行きについて考えてみることとしたい。

投資家と企業との対話ガイドラインの策定とCGコードの改訂 西山 賢吾
  1. 我が国のコーポレートガバナンス改革はここまで一定の成果を上げているが、その水準をさらに高める上で残されている課題に対応するため、2018年6月1日、『投資家と企業との対話ガイドライン』が策定、公表されるとともに、コーポレートガバナンス・コードの改訂が実施された。
  2. 今回のガイドラインとコードの改訂で最も注目されるのは、『資本コストの的確な把握』であろう。今回資本コストの定義や明確な計算方法は示されていないが、重要なことは、資本コストの算出そのものに終始するのではなく、資本コストの計算に用いた各種数値の採用根拠やその背景にある中長期的な経営ビジョンを示し、投資家との対話を深めることである。
  3. 資本コストと並び注目される政策保有株式に関しては、保有すべきではないという意見と、合理性があれば一定量の保有を容認する意見がある。しかし、今回の対話ガイドラインの制定やコードの改訂により、保有の合理性に対し従来以上に納得感のある説明が求められると考えられるため、保有の合理性に乏しい株式の売却を求める声はさらに強まるであろう。
  4. 我が国企業ではコードの各原則について、まず遵守ありきという考えを持つ上場企業が少なくないように見えるが、具体的な対応をせず形式的な遵守に留まるよりは、明確な理由を説明した上で受け入れない原則があるという対応の方が望ましいと考えられる。さらに、これからは「コンプライ・オア・エクスプレイン」ベースから、原則受け入れの諾否にかかわらず企業の姿勢を主体的、かつ明確に示す「コンプライ・アンド・エクスプレイン」ベースでの対応が期待される。
機関投資家が注目し始めた気候関連財務情報
−ESG投資拡大に伴い重要性が高まる積極開示−
板津 直孝
  1. 金融安定理事会(FSB)が設置した気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)は、2017年6月、最終報告書を公表し、投資家やその他のステークホルダーが、重要な気候関連のリスク及び機会が企業にもたらす財務インパクトを理解する上で、有用な情報開示の枠組みを提言した。その後の1年間で、欧米の機関投資家は気候関連の情報開示に対する関心を着実に高めており、日本企業が注視すべき状況になっている。
  2. 背景には、世界各国で拡大し始めたESG(環境、社会、企業投資)投資がある。欧米の機関投資家の多くは、気候変動をポートフォリオの重要なリスク要因に位置づけ、投資で優先すべき一つに掲げている。そして、気候関連の情報開示が不十分な企業に対しては、議決権を行使して改善を求める集団的エンゲージメントや、気候変動に対する取り組みが不十分な企業への投資を引き上げるダイベストメントを拡大している。その対象は、日本企業にも広がっている。
  3. TCFDの最終報告書の公表により、開示の枠組みが提示されたことから、欧米の機関投資家のこうした動きは、具体性を伴ってますます盛んになると考えられる。こうした欧米の気候関連の情報開示に対する顕著な反応は、現在、日本企業が日本国内において得られる感触と大きく異なるため、株主構成において欧米の機関投資家の比率が高い日本企業は、特に注視する必要があろう。
  4. 気候関連の情報開示の国際的な方向性は、財務報告との一元化であり、日本企業にとっては、財務報告と気候関連財務情報との親和性を一層高める準備が必要である。日本企業と欧米の投資家との対話においては、投資家が、TCFDの提言に則した気候関連財務情報開示を期待していることを認識する必要があろう。
持続可能な社会の実現に向けて注目が集まるソーシャルボンド 江夏 あかね
  1. 社会的課題への対処に向けた事業を資金使途とする債券である「ソーシャルボンド」の発行が近年、増加し始めている。ソーシャルボンドは、2006年11月に発行を開始した予防接種のための国際金融ファシリティ(IFFIm)によるワクチン債が初めてとされる。国際資本市場協会(ICMA)によるソーシャルボンド原則(SBP)の存在もあり、2010年代半ば頃から認知度が上がっている。また、本稿でも取り上げた発行事例を踏まえると、発行体セクターは、国際機関、銀行、政府系機関、事業会社と拡大傾向にある。
  2. 日本では2018年6月末現在、国内債として国際協力機構(JICA)、サムライ債としてBPCEが発行している。日本国内の社会的課題のために発行された事例はまだ出ていないが、日本でソーシャルボンドが今後、どのように活用されていくか注目されるところである。
  3. ソーシャルボンドの発行に当たっては、(1)発行体として、社会的課題の解決が経営面での重要課題として位置付けられていること、(2)対象事業がSBPに掲げられるソーシャルプロジェクトに該当し、社会的課題の改善目標及び改善のためのプロセスが明確など、SBPに適合した内容であること、(3)投資家をはじめとしたステークホルダーに対して透明性かつ客観性を確保し、レポーティング等を通じて説明責任を果たすこと、が成功のカギになると考えられる。
ブロックチェーンで拡がるESGをテーマとした資金調達の未来
−オーストリアのフェアブントによるグリーン・シュルトシャイン−
江夏 あかね佐藤 広大
  1. オーストリアの大手電力会社フェアブント(Verbund AG)は2018年4月17日、世界初の取組みとなるブロックチェーン技術を活用した「グリーン・シュルトシャイン」(Grüner Schuldschein)による資金調達を実現させた。
  2. グリーン・シュルトシャインとは、債務証書とも呼ばれるドイツ法に準拠したローンで、調達資金の使途を環境に配慮したプロジェクトとする、環境・社会・ガバナンス(ESG)関連の金融商品である。今般の資金調達に当たっては、ブロックチェーン技術が活用され、発行体から投資家へのプロセスをデジタル化することで、コミュニケーション、透明性、自動化といった観点から、調達プロセスが改善された。
  3. 発行体・投資家等は、プロセスの改善により調達関連コストの縮減や利便性向上といったメリットを享受することとなった。今後、ESGをテーマとした負債性資金調達でも、デジタル・プラットフォームの一環としてブロックチェーン技術の活用が選択肢の1つとなる機会が増える可能性もあろう。
  4. 今般のグリーン・シュルトシャインによる資金調達は、将来的なESG関連データ蓄積・充実化といった観点からも、多くのESG市場参加者に対して考えるきっかけを与える事例になったと言える。
金融危機発生から10年間で再拡大する米連邦住宅貸付銀行制度 岡田 功太
  1. 近年、米連邦住宅貸付銀行制度(FHLBS)のバランスシートが再拡大している。FHLBSの資産は、2008年の金融危機時に約1.35兆ドルとピークに達した後に、2012年にかけて半減し、その後、過去5年間で約1.5倍に増加した。FHLBSは、政府支援企業(GSE)であるが、ファニーメイ及びフレディマックのように、証券化商品の発行・保証を担っているのではなく、住宅ローン貸出支援を目的に、会員である商業銀行等に対して、「アドバンス」と呼ばれる低利の貸出を行っている。
  2. アドバンスの残高は、過去5年間で約1.7倍となり、FHLBSの資産の約65%に相当する規模になった。その要因として、2014年9月に最終化された米国の流動性カバレッジ比率(LCR)が挙げられる。LCRにおける証券担保調達の流出率は、適格流動資産の要件を満たさない資産が担保の場合には100%、GSEとの取引の場合には25%と規定されており、大手米銀にとって、GSEと取引する方が有利であることから、FHLBSからアドバンスの借入額を増加させた。
  3. 他方で、FHLBSの負債も増加傾向にあり、特に、ディスカウント・ノートの発行残高は、過去5年間で約1.8倍となった。その要因として、2014年7月に最終化されたMMF規制が挙げられる。同規制において、FHLBSが発行するディスカウント・ノートは、ガバメントMMFの投資対象資産として分類されたことに加えて、同MMFは2015年7月から約2年間で約1兆ドル増加した。その結果、MMFによるFHLBS債の保有比率は、2011年末の約7%から、2017年末には約20%に増加した。
  4. FHLBSは、1930年代の世界恐慌以降、過去の金融危機において、大手米銀に対してアドバンスを提供することで、連邦準備制度理事会(FRB)に次ぐ最後から2番目の貸し手として、金融システムの安定化に貢献してきた。しかし、現在、FHLBSのバランスシートは再拡大し、特に短期調達比率が上昇したことによって、皮肉なことにFHLBS自身がシステミック・リスクの震源地として懸念材料となっている。つまり、大手米銀及びMMFが有していた同リスクの一部は、金融規制の進展によって、FHLBSにシフトしているとも言える。2008年の金融危機から10年が経過した現在、改めて、金融システムにとって最適な規制枠組みの構築が必要であると言えよう。
EUにおけるマクロプルーデンス政策
−世界に先駆ける実践的な取組み−
小立 敬
  1. 金融危機以降、世界の中央銀行や金融規制当局において金融システムの安定を政策目標とするマクロプルーデンス政策の重要性がより強く認識されている。EUでは、欧州システミック・リスク理事会(ESRB)のイニシアティブの下、マクロプルーデンス政策を実行するための域内共通の枠組みが整備され、加盟国では新たな政策ツールの適用も始まっている。
  2. 実際に加盟国で適用されている主なマクロプルーデンス・ツールとしては、代表的な政策ツールに位置づけられるバーゼルIIIのカウンターシクリカル・バッファー(CCyB)が7カ国で実施されている。システミック・リスクに対応するために自己資本の上乗せを要求するEU独自のシステミック・リスク・バッファー(SyRB)も14カ国で導入されている。担保評価額に対する融資の比率を表すLTVや債務者所得に対する債務返済額の比率を表すDSTIに上限を設定する国も多く、LTVリミットは17カ国において採用されている。
  3. マクロプルーデンス・ツールの適用に関する実務をみると、加盟国の間で違いが窺われる。例えば、CCyBのオペレーションに関しては、水準の設定に責任を有する当局、情報開示、政策目標、ルールか裁量かという運営方法、中立的なバッファーの水準、コア指標、フォワード・ガイダンスといった点において、加盟国によって対応や考え方が大きく異なる。今後、加盟国がマクロプルーデンス・ツールの適用の経験を積み重ねていく中で、加盟国間の差異が解消されていくのかどうかが注目されるところである。
  4. EUのマクロプルーデンス政策は、実行段階に入ったばかりとはいえ、世界に先駆ける実践的な取組みのように窺われる。EUの経験は今後、EU以外の国・地域に対しても議論の材料を提供していくことを通じて、マクロプルーデンス政策に係るグローバルな知見を高めていくことになるだろう。EUにおけるマクロプルーデンス政策は引続き注目していくべき重要な取組みである。
米モルガン・スタンレーのウェルス・マネジメント部門の取り組み 岡田 功太木下 生悟
  1. 米国モルガン・スタンレーのウェルス・マネジメント部門は、競合他社を上回る預かり資産や営業員数を有し、同社の主力ビジネスとしてグループを牽引している。2008年の金融危機以降、事業の選択と集中を進めるシティ・グループからのスミス・バーニー買収によって、同部門の基盤が形成された。また、同年に銀行持株会社への変更が行われたが、これにより、資産運用関連のサービスに加えて、預金の受け入れと融資も提供して家計全体にアプローチすることが可能となった。
  2. 同部門では、一貫して収益構造の改革に取り組んでいる。所属する営業員数及び店舗数の大幅な削減と同時に、顧客層を富裕層にシフトし、営業員一人当たりの預かり資産を増加させることで収益性を向上させている。営業員数は2009年末から約13%減少し、店舗数は同期間で約33%減少した。これらの結果、営業員一人当たりの収益が、過去8年間で約2倍となった。
  3. また、収益安定化や顧客との関係構築の強化に向け、顧客の資産残高に応じて手数料を得る残高フィー型サービスの提供に注力している。預かり資産総額に占める残高フィー型サービスの割合は、2009年末の約25%から2017年末には約45%に増加した。更に、営業員のサポートを主眼としたデジタル戦略に取り組み、自社開発に拘らず、他社との提携によって、より高度で効率的なデジタル戦略を採用する方向性を示している。
  4. モルガン・スタンレーは、ジェームズ・ゴーマン会長兼CEOの指揮の下、これまで一貫してウェルス・マネジメント部門の営業収益の利益率の増加という明確な経営目標を設定し、実行し続けてきた。引き続き収益性の向上を掲げており、今後も同部門の動向が注目される。
キャッシュレス化と決済改革 淵田 康之
  1. 今日、諸外国では一連の決済改革を通じて、キャッシュレス化が進展している。決済改革の柱は、銀行界による統一的なモバイル個人間送金サービスの導入や、決済関連FinTechの台頭を踏まえた、制度及びインフラの抜本的な見直しである。
  2. 英国では、2000年代に入り、政府主導の改革が展開され、2014年には銀行界による統一モバイル個人間送金サービスが導入された。
  3. さらに2016年末には将来戦略が策定され、新決済インフラの構築が始まった。2018年には、インフラの運営を担う、新決済ガバナンス機関が始動している。また歴史上初めて、ノンバンクによる、銀行間決済システムと中央銀行システムへの直接アクセスも実現した。
  4. 米国においても、銀行界によるモバイル個人間送金サービスが普及しつつある。また英国同様、将来ビジョンが策定され、新決済インフラが構築されつつある。2018年夏には、インフラの運営を担う新決済ガバナンス機関が設立される。
  5. シンガポールは、2016年8月に決済改革のロードマップを発表した。2017年には銀行界の統一的なモバイル決済サービス、PayNowが導入され、FinTechやユーザー代表も参加するPayments Councilも設置された。2018年には、新決済法が制定される予定である。
  6. シンガポールの新決済法案では、決済業者や決済システムに対し、インターオペラビリティの確保を義務づける規定が盛り込まれている。
  7. わが国では、2018年7月に「キャッシュレス推進協議会」が設立され、QRコードの標準化の検討が始まる。同協議会は、英国、米国、シンガポールにおける「決済ガバナンス機関」に似た面もあるが、位置づけは全く異なる。キャッシュレス化を真に推進するためには、銀行界の統一的モバイル個人間送金サービスの導入や、決済法制の抜本的な改革、決済インフラの見直しが不可欠である。
初の国内公募外貨建社債発行の意義 佐藤 淳
  1. 野村総合研究所は2018年3月、国内公募豪ドル建社債を発行した。これは、日本企業が初めて国内公募市場において外貨建で発行した社債である。
  2. 日本社会が成熟化し、経済成長率が低位安定で推移する中、日本企業の事業活動のグローバル化が進んでいる。海外企業を対象にした大型M&Aの増加は、グローバルな競争を有利に進めようという企業の経営判断の現れであり、多くの中堅・中小企業にとっても海外活動の拡大は重要課題となっている。
  3. そうした環境下、外貨建資産の増加にマッチした負債調達の多通貨化、簡便化の意義は大きい。今後、この枠組みを通じて、成長期待の高いタイやインドネシア等の現地法人向けのファイナンスが実施されることも考えられる。更に、アーリーステージ企業の資金調達手段として発展する可能性もある。
  4. 投資家にとっても、国内公募外貨建社債は、外貨建運用の新たな選択肢となる。投資対象が国内企業であれば状況を把握しやすいため、発行体の信用力を効率的に判断しつつ、成長力の高い新興国の通貨での運用を行うことも可能となる。今後の展開が注目される。
日本企業のM&Aにおけるプライベート・エクイティの台頭と今後の展望 吉川 浩史
  1. 近年の日本ではM&A件数・金額が増えており、特にプライベート・エクイティ(PE)の関与する案件の増加が顕著である。
  2. PEの関与するM&Aでは、成熟企業の事業再編に伴い売却される子会社・事業部門や、後継者が不在の中小・零細企業に対する買収が増加している。いずれのケースでもPEには資金に加え、買収後の成長戦略の策定・実行が期待されることが多い。
  3. 広義のPEとして、企業や大学の運用するベンチャー・キャピタルによるベンチャー企業投資も活発化している。今後は、投資先のエグジット(投資回収)時に、買い手としてのPEへのニーズが高まる可能性もある。
  4. 近年は地方創生の観点から、地域産業の振興や観光資源の開発を通じた地域経済の活性化を目的に、自治体、地域金融機関、地域企業等が出資するファンドが地域の企業・事業者に出資する案件もみられる。
  5. PEが関与するM&Aの増加の背景には、企業等からPEが企業価値向上に取り組むパートナーとみられ始めたこともあろう。足元では米系PEによるアジア地域を対象とする大型ファンドの組成が相次ぐが、日系PEの組成は活発とは言えない。経済の新陳代謝を促すためにも、日系PEによる規模拡大とM&Aのさらなる活発化が期待される。
相続制度をめぐる新たな動き
−相続税改正2年目の影響と40年ぶりの改正が決まった相続法−
宮本 佐知子
  1. 相続に対する関心が高まっている。人口動態上、相続を経験する人が増えていることが背景にある。加えて、地価の大幅下落等への対応や格差の固定化防止等の観点から、相続税が2015年から改正されたことや、高齢社会の実情を反映するために、民法の相続に関する規定(相続法)が40年ぶりに改正されることになり、広く耳目を集めていることも挙げられる。本稿では、まず2018年夏に公表された2016年の相続税統計の分析結果を示し、次に2018年7月に決定された相続法改正の注目点を示した上で、金融機関への示唆を検討する。
  2. 相続税については、2015年からの改正では、現行制度の下で初めて基礎控除額が引き下げられたため相続税課税対象者が増加し、課税割合は2015年に続いて2016年も過去最高を更新した。課税割合が増加した地域は、大都市圏のみならず地方圏でも増えており、総じて相続税改正の影響は更に広がっている。
  3. 相続法については、今般の改正では、残された配偶者が生活に困窮することを防ぐための仕組み作りが進められることになった。高齢社会の実情に合わせ、遺留分侵害額請求権や預貯金の仮払い制度など、相続をめぐる揉め事を回避しやすくする仕組みも整えられた。相続人以外の親族に対しても、故人の介護をめぐり認められにくい部分を補う配慮もなされた。この他、自筆証書遺言を法務局で保管し情報の管理を行う制度も新設されることになった。
  4. 多くの金融機関では、相続資産市場を重要な戦略市場に位置づけていることから、相続制度をめぐる新たな動きには注目しておくべきである。これらの改正は、総じて多くの人に影響が及び、相続を意識する人も一層増えていると考えられる。金融機関では、このような個人顧客側での意識の高まりを踏まえ、相続税および相続法の改正に係る正確な情報を提供することと、その上で、相続・贈与をめぐる顧客の金融ニーズを丁寧に引き出し、個々人の事情を踏まえた適切な提案を行うことが重要である。
発足5年目を迎えたNISA
−これまでの利用状況と普及へ向けた課題−
宮本 佐知子
  1. 2014年1月に開始された少額投資非課税制度(NISA)は、開始直後は投資経験者を中心に口座数が急増したが、その後は伸びが鈍化しており、普及へ向けた課題も多い。本稿ではまず、NISAの概要と2017年12月末時点の利用状況を示し、次に制度の設立背景と今後の普及へ向けた課題を論じる。
  2. NISAは現在、3種類あり、成年を対象とした「一般NISA」、積立投資に特化した「つみたてNISA」、そして未成年を対象とした「ジュニアNISA」がある。制度開始直後は一般NISAのみの取扱であり、2017年12月末時点での一般NISAの口座数は1,099万2,733口座、総買付額は12兆5,325億円である。また、一般NISAの普及率は対象人口の10.5%である。
  3. NISAは利用者にとっては複雑な仕組みになっている。これは、証券優遇税制を廃止し、配当・譲渡益の税率を10%から20%へ引き上げる際の激変緩和措置として導入されたという経緯と、政府関係者間での様々な思惑が絡んだ結果といえる。他方、それでも急速に普及が進んだ背景として、官民をあげた努力は見逃せない。
  4. 今後の普及へ向けた課題も多い。NISAを使いやすくするためには、家計の安定的な資産形成を支援するというNISAのそもそもの導入目的に立ち返り、簡素で分かりやすい制度にすべきであろう。現行制度を基に改善を進めるうえで特に急ぐべきは、「制度の恒久化」「スイッチングの認可」「相続時の対応」である。さらに、NISAの新規利用者を広げるにはより直接的な税制面でのアピールも必要になろう。
  5. 金融機関にとっては、まず現行制度の範囲内での真摯な取り組みは重要である。税制優遇が付されたNISAは、新規顧客開拓のための「ドアノック商品」としても利用価値は高い。金融機関にとって、家計の資産形成を支援することは、顧客本位の業務運営を進める上で求められている役割の一つだろう。
金融業への外資出資比率の緩和と同時に株主管理を強化する中国政府の動き 関根 栄一
  1. 2018年4月の中国・海南省で開催されたボアオ・アジアフォーラムでの習近平国家主席による対外開放の継続・拡大に関するスピーチを受け、中国人民銀行・易鋼総裁は、金融業の対外開放に関する12項目を発表し、2017年11月の米中首脳会談等での中国政府の公約内容を更に拡大し、期限を区切って実施することを確約した。
  2. 金融業の開放のうち、証券業では、従来の外資出資上限49%の51%への引き上げと3年後の撤廃とともに、業務範囲の拡大を容認した。保険業では、生命保険業への外資出資比率の緩和を前倒しで実現し、保険関連業務での国内資本との同一性を確保した。銀行業では、貸出債権の株式化に伴う受け皿会社への出資など、新規業務での外資進出を容認した。
  3. 対外開放の一方で、中国政府は過去の事件を教訓に、金融業に出資する株主への管理監督を強化する方針である。そのうち、証券業では、従来の「5%以上の保有株主」、「25%以上を保有する等の主要株主」に加えて、「5%未満の保有株主」と「50%以上を保有する等の支配株主」を加えて、株主を四つに分類し、保有比率が多いほど満たすべき基準を強化する方針である。
  4. また、中国では、既に50〜60社に上ると見られる金融持株会社に対する管理監督体制が整っておらず、グループ内の資金循環や関連取引、複雑な株主構成による大株主の権利濫用、銀行・保険・証券という業態別規制のアービトラージが発生し、レバレッジを効かせるなどして金融市場での潜在的なシステミックリスクを高めている。
  5. このため、2017年には業態別の管理監督の内閣レベルの調整機関として「国務院金融安定発展委員会」が創設され、2018年3月には銀行と保険の管理監督機関が統合され、「中国銀行保険監督管理委員会」が新たに発足し、それぞれ幹部人事の手当てもなされている。
  6. 金融業の対外開放の新たな方針の下、証券業では既に出資している外資持分の引き上げや、保険業では外資の新規進出や異業種の国内資本の進出が出始めている。3年後の2021年を目標に設定した金融業の対外開放の促進とシステミックリスクの発生防止に向け、中国政府にはバランスの取れた政策運営が求められている。
中国におけるハイテク企業を対象とする上場制度改革
−レッドチップ企業による中国預託証券(CDR)の発行が可能に−
関 志雄
  1. 近年、中国では、情報通信などの分野における技術革新を背景に、アリババ、テンセント、バイドゥなど、ニューエコノミーを牽引するハイテク企業が相次いで現れている。しかし、資本市場の改革は遅れているため、これらの企業は、レッドチップ企業として、ニューヨークなどの海外市場に上場している。また、急成長している多くのユニコーン企業も、海外上場の準備を進めている。
  2. 資本市場の活性化とニューエコノミーの更なる発展を促すべく、中国政府は、これらの企業が国内で上場できるように、環境整備を進めている。その大きな一歩として、当局はすでに海外市場に上場しているレッドチップ企業と、ユニコーン企業が中国国内市場に上場するための新しいルールを提示している。それにより、海外で登記しているハイテク企業でも、一定の条件を満たせば、株式、または海外で発行した株式などの証券に裏付けられる中国預託証券(CDR)を、国内市場に上場させることが可能になる。
タイの投資信託市場の展望と課題
−持続的な拡大をもたらし得る3つの要因−
井潟 正彦佐藤 広大
  1. 近年、タイの証券市場は活況を呈しているが、特に目を引くのが投資信託の拡大である。同国の2017年末投資信託残高は約5兆バーツ(約17兆円)で、過去5年間で年率約13.0%の成長を遂げ、ASEAN(東南アジア諸国連合)の投資信託市場の中でも抜きんでる存在になりつつある。
  2. これまで投資信託販売において牽引役を果たしてきたのは大手銀行グループである。今後もタイの投資信託市場が持続的に拡大し得るかについて、(1)オープン・アーキテクチャーが広がる動き、(2)税制優遇を伴う投資制度の役割、(3)海外ファンドが拡大する余地の3点に注目し、考察した。
  3. 1点目のオープン・アーキテクチャーが広がる動きは、健全な販売活動や競争の促進、品揃え拡充ニーズへの対応から既定路線になっており、今後数年間で本格化する見込みである。2点目の税制優遇を伴う投資制度の役割には、官民一体で期待を高めている。背景として、同国で高齢化が急速に進行することが挙げられる。国民全体が退職後の備えを充実できるようにと、民間企業における確定拠出型年金の従業員への提供義務化も予定されている。3点目の海外ファンドが拡大する余地は大きいと見る。同国の経済成長が引き続き期待できるとは言え、経済規模や産業構造などから生じ得る一定の制約に鑑みると、分散投資を伴いながら長期的に高い収益率を実現するには海外ファンドの役割は不可欠だからである。
  4. タイの投資信託市場の持続的拡大には、国民における金融リテラシーの向上、投資教育の強化が欠かせない。政府と業界関係者はその重要性を認識し、一体となって具体的な取り組みに注力し始めている。今後、より多くの同国国民が資産形成に取り組む基盤の形成が進み、投資信託市場の持続的拡大の実現可能性がより高まるか、注目される。
特集:ESGの新たな展開
時流 2025年にどのようにたどり着くか:財政健全化の今後の道行きについて 上智大学経済学部准教授、日本政策投資銀行設備投資研究所客員主任研究員
中里 透

量的・質的金融緩和の導入から5年、消費税率の8%への引き上げから4年が経過した。この間に物価上昇率はプラスに転じ、財政収支も大幅な改善をみたが、2%の物価安定目標は未達のままであり、基礎的財政収支(プライマリーバランス)の黒字化も達成時期の後ずれが生じている。こうした中、2019年10月には再増税(消費税率の10%への引き上げ)の実施が予定されており、その実施・延期の判断が今秋にもなされる見通しである。
そこで、本稿では財政健全化をめぐるこれまでの経過を振り返り、今後の道行きについて考えてみることとしたい。

投資家と企業との対話ガイドラインの策定とCGコードの改訂 西山 賢吾
  1. 我が国のコーポレートガバナンス改革はここまで一定の成果を上げているが、その水準をさらに高める上で残されている課題に対応するため、2018年6月1日、『投資家と企業との対話ガイドライン』が策定、公表されるとともに、コーポレートガバナンス・コードの改訂が実施された。
  2. 今回のガイドラインとコードの改訂で最も注目されるのは、『資本コストの的確な把握』であろう。今回資本コストの定義や明確な計算方法は示されていないが、重要なことは、資本コストの算出そのものに終始するのではなく、資本コストの計算に用いた各種数値の採用根拠やその背景にある中長期的な経営ビジョンを示し、投資家との対話を深めることである。
  3. 資本コストと並び注目される政策保有株式に関しては、保有すべきではないという意見と、合理性があれば一定量の保有を容認する意見がある。しかし、今回の対話ガイドラインの制定やコードの改訂により、保有の合理性に対し従来以上に納得感のある説明が求められると考えられるため、保有の合理性に乏しい株式の売却を求める声はさらに強まるであろう。
  4. 我が国企業ではコードの各原則について、まず遵守ありきという考えを持つ上場企業が少なくないように見えるが、具体的な対応をせず形式的な遵守に留まるよりは、明確な理由を説明した上で受け入れない原則があるという対応の方が望ましいと考えられる。さらに、これからは「コンプライ・オア・エクスプレイン」ベースから、原則受け入れの諾否にかかわらず企業の姿勢を主体的、かつ明確に示す「コンプライ・アンド・エクスプレイン」ベースでの対応が期待される。
機関投資家が注目し始めた気候関連財務情報
−ESG投資拡大に伴い重要性が高まる積極開示−
板津 直孝
  1. 金融安定理事会(FSB)が設置した気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)は、2017年6月、最終報告書を公表し、投資家やその他のステークホルダーが、重要な気候関連のリスク及び機会が企業にもたらす財務インパクトを理解する上で、有用な情報開示の枠組みを提言した。その後の1年間で、欧米の機関投資家は気候関連の情報開示に対する関心を着実に高めており、日本企業が注視すべき状況になっている。
  2. 背景には、世界各国で拡大し始めたESG(環境、社会、企業投資)投資がある。欧米の機関投資家の多くは、気候変動をポートフォリオの重要なリスク要因に位置づけ、投資で優先すべき一つに掲げている。そして、気候関連の情報開示が不十分な企業に対しては、議決権を行使して改善を求める集団的エンゲージメントや、気候変動に対する取り組みが不十分な企業への投資を引き上げるダイベストメントを拡大している。その対象は、日本企業にも広がっている。
  3. TCFDの最終報告書の公表により、開示の枠組みが提示されたことから、欧米の機関投資家のこうした動きは、具体性を伴ってますます盛んになると考えられる。こうした欧米の気候関連の情報開示に対する顕著な反応は、現在、日本企業が日本国内において得られる感触と大きく異なるため、株主構成において欧米の機関投資家の比率が高い日本企業は、特に注視する必要があろう。
  4. 気候関連の情報開示の国際的な方向性は、財務報告との一元化であり、日本企業にとっては、財務報告と気候関連財務情報との親和性を一層高める準備が必要である。日本企業と欧米の投資家との対話においては、投資家が、TCFDの提言に則した気候関連財務情報開示を期待していることを認識する必要があろう。
持続可能な社会の実現に向けて注目が集まるソーシャルボンド 江夏 あかね
  1. 社会的課題への対処に向けた事業を資金使途とする債券である「ソーシャルボンド」の発行が近年、増加し始めている。ソーシャルボンドは、2006年11月に発行を開始した予防接種のための国際金融ファシリティ(IFFIm)によるワクチン債が初めてとされる。国際資本市場協会(ICMA)によるソーシャルボンド原則(SBP)の存在もあり、2010年代半ば頃から認知度が上がっている。また、本稿でも取り上げた発行事例を踏まえると、発行体セクターは、国際機関、銀行、政府系機関、事業会社と拡大傾向にある。
  2. 日本では2018年6月末現在、国内債として国際協力機構(JICA)、サムライ債としてBPCEが発行している。日本国内の社会的課題のために発行された事例はまだ出ていないが、日本でソーシャルボンドが今後、どのように活用されていくか注目されるところである。
  3. ソーシャルボンドの発行に当たっては、(1)発行体として、社会的課題の解決が経営面での重要課題として位置付けられていること、(2)対象事業がSBPに掲げられるソーシャルプロジェクトに該当し、社会的課題の改善目標及び改善のためのプロセスが明確など、SBPに適合した内容であること、(3)投資家をはじめとしたステークホルダーに対して透明性かつ客観性を確保し、レポーティング等を通じて説明責任を果たすこと、が成功のカギになると考えられる。
ブロックチェーンで拡がるESGをテーマとした資金調達の未来
−オーストリアのフェアブントによるグリーン・シュルトシャイン−
江夏 あかね佐藤 広大
  1. オーストリアの大手電力会社フェアブント(Verbund AG)は2018年4月17日、世界初の取組みとなるブロックチェーン技術を活用した「グリーン・シュルトシャイン」(Grüner Schuldschein)による資金調達を実現させた。
  2. グリーン・シュルトシャインとは、債務証書とも呼ばれるドイツ法に準拠したローンで、調達資金の使途を環境に配慮したプロジェクトとする、環境・社会・ガバナンス(ESG)関連の金融商品である。今般の資金調達に当たっては、ブロックチェーン技術が活用され、発行体から投資家へのプロセスをデジタル化することで、コミュニケーション、透明性、自動化といった観点から、調達プロセスが改善された。
  3. 発行体・投資家等は、プロセスの改善により調達関連コストの縮減や利便性向上といったメリットを享受することとなった。今後、ESGをテーマとした負債性資金調達でも、デジタル・プラットフォームの一環としてブロックチェーン技術の活用が選択肢の1つとなる機会が増える可能性もあろう。
  4. 今般のグリーン・シュルトシャインによる資金調達は、将来的なESG関連データ蓄積・充実化といった観点からも、多くのESG市場参加者に対して考えるきっかけを与える事例になったと言える。
金融危機発生から10年間で再拡大する米連邦住宅貸付銀行制度 岡田 功太
  1. 近年、米連邦住宅貸付銀行制度(FHLBS)のバランスシートが再拡大している。FHLBSの資産は、2008年の金融危機時に約1.35兆ドルとピークに達した後に、2012年にかけて半減し、その後、過去5年間で約1.5倍に増加した。FHLBSは、政府支援企業(GSE)であるが、ファニーメイ及びフレディマックのように、証券化商品の発行・保証を担っているのではなく、住宅ローン貸出支援を目的に、会員である商業銀行等に対して、「アドバンス」と呼ばれる低利の貸出を行っている。
  2. アドバンスの残高は、過去5年間で約1.7倍となり、FHLBSの資産の約65%に相当する規模になった。その要因として、2014年9月に最終化された米国の流動性カバレッジ比率(LCR)が挙げられる。LCRにおける証券担保調達の流出率は、適格流動資産の要件を満たさない資産が担保の場合には100%、GSEとの取引の場合には25%と規定されており、大手米銀にとって、GSEと取引する方が有利であることから、FHLBSからアドバンスの借入額を増加させた。
  3. 他方で、FHLBSの負債も増加傾向にあり、特に、ディスカウント・ノートの発行残高は、過去5年間で約1.8倍となった。その要因として、2014年7月に最終化されたMMF規制が挙げられる。同規制において、FHLBSが発行するディスカウント・ノートは、ガバメントMMFの投資対象資産として分類されたことに加えて、同MMFは2015年7月から約2年間で約1兆ドル増加した。その結果、MMFによるFHLBS債の保有比率は、2011年末の約7%から、2017年末には約20%に増加した。
  4. FHLBSは、1930年代の世界恐慌以降、過去の金融危機において、大手米銀に対してアドバンスを提供することで、連邦準備制度理事会(FRB)に次ぐ最後から2番目の貸し手として、金融システムの安定化に貢献してきた。しかし、現在、FHLBSのバランスシートは再拡大し、特に短期調達比率が上昇したことによって、皮肉なことにFHLBS自身がシステミック・リスクの震源地として懸念材料となっている。つまり、大手米銀及びMMFが有していた同リスクの一部は、金融規制の進展によって、FHLBSにシフトしているとも言える。2008年の金融危機から10年が経過した現在、改めて、金融システムにとって最適な規制枠組みの構築が必要であると言えよう。
EUにおけるマクロプルーデンス政策
−世界に先駆ける実践的な取組み−
小立 敬
  1. 金融危機以降、世界の中央銀行や金融規制当局において金融システムの安定を政策目標とするマクロプルーデンス政策の重要性がより強く認識されている。EUでは、欧州システミック・リスク理事会(ESRB)のイニシアティブの下、マクロプルーデンス政策を実行するための域内共通の枠組みが整備され、加盟国では新たな政策ツールの適用も始まっている。
  2. 実際に加盟国で適用されている主なマクロプルーデンス・ツールとしては、代表的な政策ツールに位置づけられるバーゼルIIIのカウンターシクリカル・バッファー(CCyB)が7カ国で実施されている。システミック・リスクに対応するために自己資本の上乗せを要求するEU独自のシステミック・リスク・バッファー(SyRB)も14カ国で導入されている。担保評価額に対する融資の比率を表すLTVや債務者所得に対する債務返済額の比率を表すDSTIに上限を設定する国も多く、LTVリミットは17カ国において採用されている。
  3. マクロプルーデンス・ツールの適用に関する実務をみると、加盟国の間で違いが窺われる。例えば、CCyBのオペレーションに関しては、水準の設定に責任を有する当局、情報開示、政策目標、ルールか裁量かという運営方法、中立的なバッファーの水準、コア指標、フォワード・ガイダンスといった点において、加盟国によって対応や考え方が大きく異なる。今後、加盟国がマクロプルーデンス・ツールの適用の経験を積み重ねていく中で、加盟国間の差異が解消されていくのかどうかが注目されるところである。
  4. EUのマクロプルーデンス政策は、実行段階に入ったばかりとはいえ、世界に先駆ける実践的な取組みのように窺われる。EUの経験は今後、EU以外の国・地域に対しても議論の材料を提供していくことを通じて、マクロプルーデンス政策に係るグローバルな知見を高めていくことになるだろう。EUにおけるマクロプルーデンス政策は引続き注目していくべき重要な取組みである。
米モルガン・スタンレーのウェルス・マネジメント部門の取り組み 岡田 功太木下 生悟
  1. 米国モルガン・スタンレーのウェルス・マネジメント部門は、競合他社を上回る預かり資産や営業員数を有し、同社の主力ビジネスとしてグループを牽引している。2008年の金融危機以降、事業の選択と集中を進めるシティ・グループからのスミス・バーニー買収によって、同部門の基盤が形成された。また、同年に銀行持株会社への変更が行われたが、これにより、資産運用関連のサービスに加えて、預金の受け入れと融資も提供して家計全体にアプローチすることが可能となった。
  2. 同部門では、一貫して収益構造の改革に取り組んでいる。所属する営業員数及び店舗数の大幅な削減と同時に、顧客層を富裕層にシフトし、営業員一人当たりの預かり資産を増加させることで収益性を向上させている。営業員数は2009年末から約13%減少し、店舗数は同期間で約33%減少した。これらの結果、営業員一人当たりの収益が、過去8年間で約2倍となった。
  3. また、収益安定化や顧客との関係構築の強化に向け、顧客の資産残高に応じて手数料を得る残高フィー型サービスの提供に注力している。預かり資産総額に占める残高フィー型サービスの割合は、2009年末の約25%から2017年末には約45%に増加した。更に、営業員のサポートを主眼としたデジタル戦略に取り組み、自社開発に拘らず、他社との提携によって、より高度で効率的なデジタル戦略を採用する方向性を示している。
  4. モルガン・スタンレーは、ジェームズ・ゴーマン会長兼CEOの指揮の下、これまで一貫してウェルス・マネジメント部門の営業収益の利益率の増加という明確な経営目標を設定し、実行し続けてきた。引き続き収益性の向上を掲げており、今後も同部門の動向が注目される。
キャッシュレス化と決済改革 淵田 康之
  1. 今日、諸外国では一連の決済改革を通じて、キャッシュレス化が進展している。決済改革の柱は、銀行界による統一的なモバイル個人間送金サービスの導入や、決済関連FinTechの台頭を踏まえた、制度及びインフラの抜本的な見直しである。
  2. 英国では、2000年代に入り、政府主導の改革が展開され、2014年には銀行界による統一モバイル個人間送金サービスが導入された。
  3. さらに2016年末には将来戦略が策定され、新決済インフラの構築が始まった。2018年には、インフラの運営を担う、新決済ガバナンス機関が始動している。また歴史上初めて、ノンバンクによる、銀行間決済システムと中央銀行システムへの直接アクセスも実現した。
  4. 米国においても、銀行界によるモバイル個人間送金サービスが普及しつつある。また英国同様、将来ビジョンが策定され、新決済インフラが構築されつつある。2018年夏には、インフラの運営を担う新決済ガバナンス機関が設立される。
  5. シンガポールは、2016年8月に決済改革のロードマップを発表した。2017年には銀行界の統一的なモバイル決済サービス、PayNowが導入され、FinTechやユーザー代表も参加するPayments Councilも設置された。2018年には、新決済法が制定される予定である。
  6. シンガポールの新決済法案では、決済業者や決済システムに対し、インターオペラビリティの確保を義務づける規定が盛り込まれている。
  7. わが国では、2018年7月に「キャッシュレス推進協議会」が設立され、QRコードの標準化の検討が始まる。同協議会は、英国、米国、シンガポールにおける「決済ガバナンス機関」に似た面もあるが、位置づけは全く異なる。キャッシュレス化を真に推進するためには、銀行界の統一的モバイル個人間送金サービスの導入や、決済法制の抜本的な改革、決済インフラの見直しが不可欠である。
初の国内公募外貨建社債発行の意義 佐藤 淳
  1. 野村総合研究所は2018年3月、国内公募豪ドル建社債を発行した。これは、日本企業が初めて国内公募市場において外貨建で発行した社債である。
  2. 日本社会が成熟化し、経済成長率が低位安定で推移する中、日本企業の事業活動のグローバル化が進んでいる。海外企業を対象にした大型M&Aの増加は、グローバルな競争を有利に進めようという企業の経営判断の現れであり、多くの中堅・中小企業にとっても海外活動の拡大は重要課題となっている。
  3. そうした環境下、外貨建資産の増加にマッチした負債調達の多通貨化、簡便化の意義は大きい。今後、この枠組みを通じて、成長期待の高いタイやインドネシア等の現地法人向けのファイナンスが実施されることも考えられる。更に、アーリーステージ企業の資金調達手段として発展する可能性もある。
  4. 投資家にとっても、国内公募外貨建社債は、外貨建運用の新たな選択肢となる。投資対象が国内企業であれば状況を把握しやすいため、発行体の信用力を効率的に判断しつつ、成長力の高い新興国の通貨での運用を行うことも可能となる。今後の展開が注目される。
日本企業のM&Aにおけるプライベート・エクイティの台頭と今後の展望 吉川 浩史
  1. 近年の日本ではM&A件数・金額が増えており、特にプライベート・エクイティ(PE)の関与する案件の増加が顕著である。
  2. PEの関与するM&Aでは、成熟企業の事業再編に伴い売却される子会社・事業部門や、後継者が不在の中小・零細企業に対する買収が増加している。いずれのケースでもPEには資金に加え、買収後の成長戦略の策定・実行が期待されることが多い。
  3. 広義のPEとして、企業や大学の運用するベンチャー・キャピタルによるベンチャー企業投資も活発化している。今後は、投資先のエグジット(投資回収)時に、買い手としてのPEへのニーズが高まる可能性もある。
  4. 近年は地方創生の観点から、地域産業の振興や観光資源の開発を通じた地域経済の活性化を目的に、自治体、地域金融機関、地域企業等が出資するファンドが地域の企業・事業者に出資する案件もみられる。
  5. PEが関与するM&Aの増加の背景には、企業等からPEが企業価値向上に取り組むパートナーとみられ始めたこともあろう。足元では米系PEによるアジア地域を対象とする大型ファンドの組成が相次ぐが、日系PEの組成は活発とは言えない。経済の新陳代謝を促すためにも、日系PEによる規模拡大とM&Aのさらなる活発化が期待される。
相続制度をめぐる新たな動き
−相続税改正2年目の影響と40年ぶりの改正が決まった相続法−
宮本 佐知子
  1. 相続に対する関心が高まっている。人口動態上、相続を経験する人が増えていることが背景にある。加えて、地価の大幅下落等への対応や格差の固定化防止等の観点から、相続税が2015年から改正されたことや、高齢社会の実情を反映するために、民法の相続に関する規定(相続法)が40年ぶりに改正されることになり、広く耳目を集めていることも挙げられる。本稿では、まず2018年夏に公表された2016年の相続税統計の分析結果を示し、次に2018年7月に決定された相続法改正の注目点を示した上で、金融機関への示唆を検討する。
  2. 相続税については、2015年からの改正では、現行制度の下で初めて基礎控除額が引き下げられたため相続税課税対象者が増加し、課税割合は2015年に続いて2016年も過去最高を更新した。課税割合が増加した地域は、大都市圏のみならず地方圏でも増えており、総じて相続税改正の影響は更に広がっている。
  3. 相続法については、今般の改正では、残された配偶者が生活に困窮することを防ぐための仕組み作りが進められることになった。高齢社会の実情に合わせ、遺留分侵害額請求権や預貯金の仮払い制度など、相続をめぐる揉め事を回避しやすくする仕組みも整えられた。相続人以外の親族に対しても、故人の介護をめぐり認められにくい部分を補う配慮もなされた。この他、自筆証書遺言を法務局で保管し情報の管理を行う制度も新設されることになった。
  4. 多くの金融機関では、相続資産市場を重要な戦略市場に位置づけていることから、相続制度をめぐる新たな動きには注目しておくべきである。これらの改正は、総じて多くの人に影響が及び、相続を意識する人も一層増えていると考えられる。金融機関では、このような個人顧客側での意識の高まりを踏まえ、相続税および相続法の改正に係る正確な情報を提供することと、その上で、相続・贈与をめぐる顧客の金融ニーズを丁寧に引き出し、個々人の事情を踏まえた適切な提案を行うことが重要である。
発足5年目を迎えたNISA
−これまでの利用状況と普及へ向けた課題−
宮本 佐知子
  1. 2014年1月に開始された少額投資非課税制度(NISA)は、開始直後は投資経験者を中心に口座数が急増したが、その後は伸びが鈍化しており、普及へ向けた課題も多い。本稿ではまず、NISAの概要と2017年12月末時点の利用状況を示し、次に制度の設立背景と今後の普及へ向けた課題を論じる。
  2. NISAは現在、3種類あり、成年を対象とした「一般NISA」、積立投資に特化した「つみたてNISA」、そして未成年を対象とした「ジュニアNISA」がある。制度開始直後は一般NISAのみの取扱であり、2017年12月末時点での一般NISAの口座数は1,099万2,733口座、総買付額は12兆5,325億円である。また、一般NISAの普及率は対象人口の10.5%である。
  3. NISAは利用者にとっては複雑な仕組みになっている。これは、証券優遇税制を廃止し、配当・譲渡益の税率を10%から20%へ引き上げる際の激変緩和措置として導入されたという経緯と、政府関係者間での様々な思惑が絡んだ結果といえる。他方、それでも急速に普及が進んだ背景として、官民をあげた努力は見逃せない。
  4. 今後の普及へ向けた課題も多い。NISAを使いやすくするためには、家計の安定的な資産形成を支援するというNISAのそもそもの導入目的に立ち返り、簡素で分かりやすい制度にすべきであろう。現行制度を基に改善を進めるうえで特に急ぐべきは、「制度の恒久化」「スイッチングの認可」「相続時の対応」である。さらに、NISAの新規利用者を広げるにはより直接的な税制面でのアピールも必要になろう。
  5. 金融機関にとっては、まず現行制度の範囲内での真摯な取り組みは重要である。税制優遇が付されたNISAは、新規顧客開拓のための「ドアノック商品」としても利用価値は高い。金融機関にとって、家計の資産形成を支援することは、顧客本位の業務運営を進める上で求められている役割の一つだろう。
金融業への外資出資比率の緩和と同時に株主管理を強化する中国政府の動き 関根 栄一
  1. 2018年4月の中国・海南省で開催されたボアオ・アジアフォーラムでの習近平国家主席による対外開放の継続・拡大に関するスピーチを受け、中国人民銀行・易鋼総裁は、金融業の対外開放に関する12項目を発表し、2017年11月の米中首脳会談等での中国政府の公約内容を更に拡大し、期限を区切って実施することを確約した。
  2. 金融業の開放のうち、証券業では、従来の外資出資上限49%の51%への引き上げと3年後の撤廃とともに、業務範囲の拡大を容認した。保険業では、生命保険業への外資出資比率の緩和を前倒しで実現し、保険関連業務での国内資本との同一性を確保した。銀行業では、貸出債権の株式化に伴う受け皿会社への出資など、新規業務での外資進出を容認した。
  3. 対外開放の一方で、中国政府は過去の事件を教訓に、金融業に出資する株主への管理監督を強化する方針である。そのうち、証券業では、従来の「5%以上の保有株主」、「25%以上を保有する等の主要株主」に加えて、「5%未満の保有株主」と「50%以上を保有する等の支配株主」を加えて、株主を四つに分類し、保有比率が多いほど満たすべき基準を強化する方針である。
  4. また、中国では、既に50〜60社に上ると見られる金融持株会社に対する管理監督体制が整っておらず、グループ内の資金循環や関連取引、複雑な株主構成による大株主の権利濫用、銀行・保険・証券という業態別規制のアービトラージが発生し、レバレッジを効かせるなどして金融市場での潜在的なシステミックリスクを高めている。
  5. このため、2017年には業態別の管理監督の内閣レベルの調整機関として「国務院金融安定発展委員会」が創設され、2018年3月には銀行と保険の管理監督機関が統合され、「中国銀行保険監督管理委員会」が新たに発足し、それぞれ幹部人事の手当てもなされている。
  6. 金融業の対外開放の新たな方針の下、証券業では既に出資している外資持分の引き上げや、保険業では外資の新規進出や異業種の国内資本の進出が出始めている。3年後の2021年を目標に設定した金融業の対外開放の促進とシステミックリスクの発生防止に向け、中国政府にはバランスの取れた政策運営が求められている。
中国におけるハイテク企業を対象とする上場制度改革
−レッドチップ企業による中国預託証券(CDR)の発行が可能に−
関 志雄
  1. 近年、中国では、情報通信などの分野における技術革新を背景に、アリババ、テンセント、バイドゥなど、ニューエコノミーを牽引するハイテク企業が相次いで現れている。しかし、資本市場の改革は遅れているため、これらの企業は、レッドチップ企業として、ニューヨークなどの海外市場に上場している。また、急成長している多くのユニコーン企業も、海外上場の準備を進めている。
  2. 資本市場の活性化とニューエコノミーの更なる発展を促すべく、中国政府は、これらの企業が国内で上場できるように、環境整備を進めている。その大きな一歩として、当局はすでに海外市場に上場しているレッドチップ企業と、ユニコーン企業が中国国内市場に上場するための新しいルールを提示している。それにより、海外で登記しているハイテク企業でも、一定の条件を満たせば、株式、または海外で発行した株式などの証券に裏付けられる中国預託証券(CDR)を、国内市場に上場させることが可能になる。
タイの投資信託市場の展望と課題
−持続的な拡大をもたらし得る3つの要因−
井潟 正彦佐藤 広大
  1. 近年、タイの証券市場は活況を呈しているが、特に目を引くのが投資信託の拡大である。同国の2017年末投資信託残高は約5兆バーツ(約17兆円)で、過去5年間で年率約13.0%の成長を遂げ、ASEAN(東南アジア諸国連合)の投資信託市場の中でも抜きんでる存在になりつつある。
  2. これまで投資信託販売において牽引役を果たしてきたのは大手銀行グループである。今後もタイの投資信託市場が持続的に拡大し得るかについて、(1)オープン・アーキテクチャーが広がる動き、(2)税制優遇を伴う投資制度の役割、(3)海外ファンドが拡大する余地の3点に注目し、考察した。
  3. 1点目のオープン・アーキテクチャーが広がる動きは、健全な販売活動や競争の促進、品揃え拡充ニーズへの対応から既定路線になっており、今後数年間で本格化する見込みである。2点目の税制優遇を伴う投資制度の役割には、官民一体で期待を高めている。背景として、同国で高齢化が急速に進行することが挙げられる。国民全体が退職後の備えを充実できるようにと、民間企業における確定拠出型年金の従業員への提供義務化も予定されている。3点目の海外ファンドが拡大する余地は大きいと見る。同国の経済成長が引き続き期待できるとは言え、経済規模や産業構造などから生じ得る一定の制約に鑑みると、分散投資を伴いながら長期的に高い収益率を実現するには海外ファンドの役割は不可欠だからである。
  4. タイの投資信託市場の持続的拡大には、国民における金融リテラシーの向上、投資教育の強化が欠かせない。政府と業界関係者はその重要性を認識し、一体となって具体的な取り組みに注力し始めている。今後、より多くの同国国民が資産形成に取り組む基盤の形成が進み、投資信託市場の持続的拡大の実現可能性がより高まるか、注目される。
要約
時流 2025年にどのようにたどり着くか:財政健全化の今後の道行きについて 上智大学経済学部准教授、日本政策投資銀行設備投資研究所客員主任研究員
中里 透

量的・質的金融緩和の導入から5年、消費税率の8%への引き上げから4年が経過した。この間に物価上昇率はプラスに転じ、財政収支も大幅な改善をみたが、2%の物価安定目標は未達のままであり、基礎的財政収支(プライマリーバランス)の黒字化も達成時期の後ずれが生じている。こうした中、2019年10月には再増税(消費税率の10%への引き上げ)の実施が予定されており、その実施・延期の判断が今秋にもなされる見通しである。
そこで、本稿では財政健全化をめぐるこれまでの経過を振り返り、今後の道行きについて考えてみることとしたい。

投資家と企業との対話ガイドラインの策定とCGコードの改訂 西山 賢吾
  1. 我が国のコーポレートガバナンス改革はここまで一定の成果を上げているが、その水準をさらに高める上で残されている課題に対応するため、2018年6月1日、『投資家と企業との対話ガイドライン』が策定、公表されるとともに、コーポレートガバナンス・コードの改訂が実施された。
  2. 今回のガイドラインとコードの改訂で最も注目されるのは、『資本コストの的確な把握』であろう。今回資本コストの定義や明確な計算方法は示されていないが、重要なことは、資本コストの算出そのものに終始するのではなく、資本コストの計算に用いた各種数値の採用根拠やその背景にある中長期的な経営ビジョンを示し、投資家との対話を深めることである。
  3. 資本コストと並び注目される政策保有株式に関しては、保有すべきではないという意見と、合理性があれば一定量の保有を容認する意見がある。しかし、今回の対話ガイドラインの制定やコードの改訂により、保有の合理性に対し従来以上に納得感のある説明が求められると考えられるため、保有の合理性に乏しい株式の売却を求める声はさらに強まるであろう。
  4. 我が国企業ではコードの各原則について、まず遵守ありきという考えを持つ上場企業が少なくないように見えるが、具体的な対応をせず形式的な遵守に留まるよりは、明確な理由を説明した上で受け入れない原則があるという対応の方が望ましいと考えられる。さらに、これからは「コンプライ・オア・エクスプレイン」ベースから、原則受け入れの諾否にかかわらず企業の姿勢を主体的、かつ明確に示す「コンプライ・アンド・エクスプレイン」ベースでの対応が期待される。
機関投資家が注目し始めた気候関連財務情報
−ESG投資拡大に伴い重要性が高まる積極開示−
板津 直孝
  1. 金融安定理事会(FSB)が設置した気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)は、2017年6月、最終報告書を公表し、投資家やその他のステークホルダーが、重要な気候関連のリスク及び機会が企業にもたらす財務インパクトを理解する上で、有用な情報開示の枠組みを提言した。その後の1年間で、欧米の機関投資家は気候関連の情報開示に対する関心を着実に高めており、日本企業が注視すべき状況になっている。
  2. 背景には、世界各国で拡大し始めたESG(環境、社会、企業投資)投資がある。欧米の機関投資家の多くは、気候変動をポートフォリオの重要なリスク要因に位置づけ、投資で優先すべき一つに掲げている。そして、気候関連の情報開示が不十分な企業に対しては、議決権を行使して改善を求める集団的エンゲージメントや、気候変動に対する取り組みが不十分な企業への投資を引き上げるダイベストメントを拡大している。その対象は、日本企業にも広がっている。
  3. TCFDの最終報告書の公表により、開示の枠組みが提示されたことから、欧米の機関投資家のこうした動きは、具体性を伴ってますます盛んになると考えられる。こうした欧米の気候関連の情報開示に対する顕著な反応は、現在、日本企業が日本国内において得られる感触と大きく異なるため、株主構成において欧米の機関投資家の比率が高い日本企業は、特に注視する必要があろう。
  4. 気候関連の情報開示の国際的な方向性は、財務報告との一元化であり、日本企業にとっては、財務報告と気候関連財務情報との親和性を一層高める準備が必要である。日本企業と欧米の投資家との対話においては、投資家が、TCFDの提言に則した気候関連財務情報開示を期待していることを認識する必要があろう。
持続可能な社会の実現に向けて注目が集まるソーシャルボンド 江夏 あかね
  1. 社会的課題への対処に向けた事業を資金使途とする債券である「ソーシャルボンド」の発行が近年、増加し始めている。ソーシャルボンドは、2006年11月に発行を開始した予防接種のための国際金融ファシリティ(IFFIm)によるワクチン債が初めてとされる。国際資本市場協会(ICMA)によるソーシャルボンド原則(SBP)の存在もあり、2010年代半ば頃から認知度が上がっている。また、本稿でも取り上げた発行事例を踏まえると、発行体セクターは、国際機関、銀行、政府系機関、事業会社と拡大傾向にある。
  2. 日本では2018年6月末現在、国内債として国際協力機構(JICA)、サムライ債としてBPCEが発行している。日本国内の社会的課題のために発行された事例はまだ出ていないが、日本でソーシャルボンドが今後、どのように活用されていくか注目されるところである。
  3. ソーシャルボンドの発行に当たっては、(1)発行体として、社会的課題の解決が経営面での重要課題として位置付けられていること、(2)対象事業がSBPに掲げられるソーシャルプロジェクトに該当し、社会的課題の改善目標及び改善のためのプロセスが明確など、SBPに適合した内容であること、(3)投資家をはじめとしたステークホルダーに対して透明性かつ客観性を確保し、レポーティング等を通じて説明責任を果たすこと、が成功のカギになると考えられる。
ブロックチェーンで拡がるESGをテーマとした資金調達の未来
−オーストリアのフェアブントによるグリーン・シュルトシャイン−
江夏 あかね佐藤 広大
  1. オーストリアの大手電力会社フェアブント(Verbund AG)は2018年4月17日、世界初の取組みとなるブロックチェーン技術を活用した「グリーン・シュルトシャイン」(Grüner Schuldschein)による資金調達を実現させた。
  2. グリーン・シュルトシャインとは、債務証書とも呼ばれるドイツ法に準拠したローンで、調達資金の使途を環境に配慮したプロジェクトとする、環境・社会・ガバナンス(ESG)関連の金融商品である。今般の資金調達に当たっては、ブロックチェーン技術が活用され、発行体から投資家へのプロセスをデジタル化することで、コミュニケーション、透明性、自動化といった観点から、調達プロセスが改善された。
  3. 発行体・投資家等は、プロセスの改善により調達関連コストの縮減や利便性向上といったメリットを享受することとなった。今後、ESGをテーマとした負債性資金調達でも、デジタル・プラットフォームの一環としてブロックチェーン技術の活用が選択肢の1つとなる機会が増える可能性もあろう。
  4. 今般のグリーン・シュルトシャインによる資金調達は、将来的なESG関連データ蓄積・充実化といった観点からも、多くのESG市場参加者に対して考えるきっかけを与える事例になったと言える。
金融危機発生から10年間で再拡大する米連邦住宅貸付銀行制度 岡田 功太
  1. 近年、米連邦住宅貸付銀行制度(FHLBS)のバランスシートが再拡大している。FHLBSの資産は、2008年の金融危機時に約1.35兆ドルとピークに達した後に、2012年にかけて半減し、その後、過去5年間で約1.5倍に増加した。FHLBSは、政府支援企業(GSE)であるが、ファニーメイ及びフレディマックのように、証券化商品の発行・保証を担っているのではなく、住宅ローン貸出支援を目的に、会員である商業銀行等に対して、「アドバンス」と呼ばれる低利の貸出を行っている。
  2. アドバンスの残高は、過去5年間で約1.7倍となり、FHLBSの資産の約65%に相当する規模になった。その要因として、2014年9月に最終化された米国の流動性カバレッジ比率(LCR)が挙げられる。LCRにおける証券担保調達の流出率は、適格流動資産の要件を満たさない資産が担保の場合には100%、GSEとの取引の場合には25%と規定されており、大手米銀にとって、GSEと取引する方が有利であることから、FHLBSからアドバンスの借入額を増加させた。
  3. 他方で、FHLBSの負債も増加傾向にあり、特に、ディスカウント・ノートの発行残高は、過去5年間で約1.8倍となった。その要因として、2014年7月に最終化されたMMF規制が挙げられる。同規制において、FHLBSが発行するディスカウント・ノートは、ガバメントMMFの投資対象資産として分類されたことに加えて、同MMFは2015年7月から約2年間で約1兆ドル増加した。その結果、MMFによるFHLBS債の保有比率は、2011年末の約7%から、2017年末には約20%に増加した。
  4. FHLBSは、1930年代の世界恐慌以降、過去の金融危機において、大手米銀に対してアドバンスを提供することで、連邦準備制度理事会(FRB)に次ぐ最後から2番目の貸し手として、金融システムの安定化に貢献してきた。しかし、現在、FHLBSのバランスシートは再拡大し、特に短期調達比率が上昇したことによって、皮肉なことにFHLBS自身がシステミック・リスクの震源地として懸念材料となっている。つまり、大手米銀及びMMFが有していた同リスクの一部は、金融規制の進展によって、FHLBSにシフトしているとも言える。2008年の金融危機から10年が経過した現在、改めて、金融システムにとって最適な規制枠組みの構築が必要であると言えよう。
EUにおけるマクロプルーデンス政策
−世界に先駆ける実践的な取組み−
小立 敬
  1. 金融危機以降、世界の中央銀行や金融規制当局において金融システムの安定を政策目標とするマクロプルーデンス政策の重要性がより強く認識されている。EUでは、欧州システミック・リスク理事会(ESRB)のイニシアティブの下、マクロプルーデンス政策を実行するための域内共通の枠組みが整備され、加盟国では新たな政策ツールの適用も始まっている。
  2. 実際に加盟国で適用されている主なマクロプルーデンス・ツールとしては、代表的な政策ツールに位置づけられるバーゼルIIIのカウンターシクリカル・バッファー(CCyB)が7カ国で実施されている。システミック・リスクに対応するために自己資本の上乗せを要求するEU独自のシステミック・リスク・バッファー(SyRB)も14カ国で導入されている。担保評価額に対する融資の比率を表すLTVや債務者所得に対する債務返済額の比率を表すDSTIに上限を設定する国も多く、LTVリミットは17カ国において採用されている。
  3. マクロプルーデンス・ツールの適用に関する実務をみると、加盟国の間で違いが窺われる。例えば、CCyBのオペレーションに関しては、水準の設定に責任を有する当局、情報開示、政策目標、ルールか裁量かという運営方法、中立的なバッファーの水準、コア指標、フォワード・ガイダンスといった点において、加盟国によって対応や考え方が大きく異なる。今後、加盟国がマクロプルーデンス・ツールの適用の経験を積み重ねていく中で、加盟国間の差異が解消されていくのかどうかが注目されるところである。
  4. EUのマクロプルーデンス政策は、実行段階に入ったばかりとはいえ、世界に先駆ける実践的な取組みのように窺われる。EUの経験は今後、EU以外の国・地域に対しても議論の材料を提供していくことを通じて、マクロプルーデンス政策に係るグローバルな知見を高めていくことになるだろう。EUにおけるマクロプルーデンス政策は引続き注目していくべき重要な取組みである。
米モルガン・スタンレーのウェルス・マネジメント部門の取り組み 岡田 功太木下 生悟
  1. 米国モルガン・スタンレーのウェルス・マネジメント部門は、競合他社を上回る預かり資産や営業員数を有し、同社の主力ビジネスとしてグループを牽引している。2008年の金融危機以降、事業の選択と集中を進めるシティ・グループからのスミス・バーニー買収によって、同部門の基盤が形成された。また、同年に銀行持株会社への変更が行われたが、これにより、資産運用関連のサービスに加えて、預金の受け入れと融資も提供して家計全体にアプローチすることが可能となった。
  2. 同部門では、一貫して収益構造の改革に取り組んでいる。所属する営業員数及び店舗数の大幅な削減と同時に、顧客層を富裕層にシフトし、営業員一人当たりの預かり資産を増加させることで収益性を向上させている。営業員数は2009年末から約13%減少し、店舗数は同期間で約33%減少した。これらの結果、営業員一人当たりの収益が、過去8年間で約2倍となった。
  3. また、収益安定化や顧客との関係構築の強化に向け、顧客の資産残高に応じて手数料を得る残高フィー型サービスの提供に注力している。預かり資産総額に占める残高フィー型サービスの割合は、2009年末の約25%から2017年末には約45%に増加した。更に、営業員のサポートを主眼としたデジタル戦略に取り組み、自社開発に拘らず、他社との提携によって、より高度で効率的なデジタル戦略を採用する方向性を示している。
  4. モルガン・スタンレーは、ジェームズ・ゴーマン会長兼CEOの指揮の下、これまで一貫してウェルス・マネジメント部門の営業収益の利益率の増加という明確な経営目標を設定し、実行し続けてきた。引き続き収益性の向上を掲げており、今後も同部門の動向が注目される。
キャッシュレス化と決済改革 淵田 康之
  1. 今日、諸外国では一連の決済改革を通じて、キャッシュレス化が進展している。決済改革の柱は、銀行界による統一的なモバイル個人間送金サービスの導入や、決済関連FinTechの台頭を踏まえた、制度及びインフラの抜本的な見直しである。
  2. 英国では、2000年代に入り、政府主導の改革が展開され、2014年には銀行界による統一モバイル個人間送金サービスが導入された。
  3. さらに2016年末には将来戦略が策定され、新決済インフラの構築が始まった。2018年には、インフラの運営を担う、新決済ガバナンス機関が始動している。また歴史上初めて、ノンバンクによる、銀行間決済システムと中央銀行システムへの直接アクセスも実現した。
  4. 米国においても、銀行界によるモバイル個人間送金サービスが普及しつつある。また英国同様、将来ビジョンが策定され、新決済インフラが構築されつつある。2018年夏には、インフラの運営を担う新決済ガバナンス機関が設立される。
  5. シンガポールは、2016年8月に決済改革のロードマップを発表した。2017年には銀行界の統一的なモバイル決済サービス、PayNowが導入され、FinTechやユーザー代表も参加するPayments Councilも設置された。2018年には、新決済法が制定される予定である。
  6. シンガポールの新決済法案では、決済業者や決済システムに対し、インターオペラビリティの確保を義務づける規定が盛り込まれている。
  7. わが国では、2018年7月に「キャッシュレス推進協議会」が設立され、QRコードの標準化の検討が始まる。同協議会は、英国、米国、シンガポールにおける「決済ガバナンス機関」に似た面もあるが、位置づけは全く異なる。キャッシュレス化を真に推進するためには、銀行界の統一的モバイル個人間送金サービスの導入や、決済法制の抜本的な改革、決済インフラの見直しが不可欠である。
初の国内公募外貨建社債発行の意義 佐藤 淳
  1. 野村総合研究所は2018年3月、国内公募豪ドル建社債を発行した。これは、日本企業が初めて国内公募市場において外貨建で発行した社債である。
  2. 日本社会が成熟化し、経済成長率が低位安定で推移する中、日本企業の事業活動のグローバル化が進んでいる。海外企業を対象にした大型M&Aの増加は、グローバルな競争を有利に進めようという企業の経営判断の現れであり、多くの中堅・中小企業にとっても海外活動の拡大は重要課題となっている。
  3. そうした環境下、外貨建資産の増加にマッチした負債調達の多通貨化、簡便化の意義は大きい。今後、この枠組みを通じて、成長期待の高いタイやインドネシア等の現地法人向けのファイナンスが実施されることも考えられる。更に、アーリーステージ企業の資金調達手段として発展する可能性もある。
  4. 投資家にとっても、国内公募外貨建社債は、外貨建運用の新たな選択肢となる。投資対象が国内企業であれば状況を把握しやすいため、発行体の信用力を効率的に判断しつつ、成長力の高い新興国の通貨での運用を行うことも可能となる。今後の展開が注目される。
日本企業のM&Aにおけるプライベート・エクイティの台頭と今後の展望 吉川 浩史
  1. 近年の日本ではM&A件数・金額が増えており、特にプライベート・エクイティ(PE)の関与する案件の増加が顕著である。
  2. PEの関与するM&Aでは、成熟企業の事業再編に伴い売却される子会社・事業部門や、後継者が不在の中小・零細企業に対する買収が増加している。いずれのケースでもPEには資金に加え、買収後の成長戦略の策定・実行が期待されることが多い。
  3. 広義のPEとして、企業や大学の運用するベンチャー・キャピタルによるベンチャー企業投資も活発化している。今後は、投資先のエグジット(投資回収)時に、買い手としてのPEへのニーズが高まる可能性もある。
  4. 近年は地方創生の観点から、地域産業の振興や観光資源の開発を通じた地域経済の活性化を目的に、自治体、地域金融機関、地域企業等が出資するファンドが地域の企業・事業者に出資する案件もみられる。
  5. PEが関与するM&Aの増加の背景には、企業等からPEが企業価値向上に取り組むパートナーとみられ始めたこともあろう。足元では米系PEによるアジア地域を対象とする大型ファンドの組成が相次ぐが、日系PEの組成は活発とは言えない。経済の新陳代謝を促すためにも、日系PEによる規模拡大とM&Aのさらなる活発化が期待される。
相続制度をめぐる新たな動き
−相続税改正2年目の影響と40年ぶりの改正が決まった相続法−
宮本 佐知子
  1. 相続に対する関心が高まっている。人口動態上、相続を経験する人が増えていることが背景にある。加えて、地価の大幅下落等への対応や格差の固定化防止等の観点から、相続税が2015年から改正されたことや、高齢社会の実情を反映するために、民法の相続に関する規定(相続法)が40年ぶりに改正されることになり、広く耳目を集めていることも挙げられる。本稿では、まず2018年夏に公表された2016年の相続税統計の分析結果を示し、次に2018年7月に決定された相続法改正の注目点を示した上で、金融機関への示唆を検討する。
  2. 相続税については、2015年からの改正では、現行制度の下で初めて基礎控除額が引き下げられたため相続税課税対象者が増加し、課税割合は2015年に続いて2016年も過去最高を更新した。課税割合が増加した地域は、大都市圏のみならず地方圏でも増えており、総じて相続税改正の影響は更に広がっている。
  3. 相続法については、今般の改正では、残された配偶者が生活に困窮することを防ぐための仕組み作りが進められることになった。高齢社会の実情に合わせ、遺留分侵害額請求権や預貯金の仮払い制度など、相続をめぐる揉め事を回避しやすくする仕組みも整えられた。相続人以外の親族に対しても、故人の介護をめぐり認められにくい部分を補う配慮もなされた。この他、自筆証書遺言を法務局で保管し情報の管理を行う制度も新設されることになった。
  4. 多くの金融機関では、相続資産市場を重要な戦略市場に位置づけていることから、相続制度をめぐる新たな動きには注目しておくべきである。これらの改正は、総じて多くの人に影響が及び、相続を意識する人も一層増えていると考えられる。金融機関では、このような個人顧客側での意識の高まりを踏まえ、相続税および相続法の改正に係る正確な情報を提供することと、その上で、相続・贈与をめぐる顧客の金融ニーズを丁寧に引き出し、個々人の事情を踏まえた適切な提案を行うことが重要である。
発足5年目を迎えたNISA
−これまでの利用状況と普及へ向けた課題−
宮本 佐知子
  1. 2014年1月に開始された少額投資非課税制度(NISA)は、開始直後は投資経験者を中心に口座数が急増したが、その後は伸びが鈍化しており、普及へ向けた課題も多い。本稿ではまず、NISAの概要と2017年12月末時点の利用状況を示し、次に制度の設立背景と今後の普及へ向けた課題を論じる。
  2. NISAは現在、3種類あり、成年を対象とした「一般NISA」、積立投資に特化した「つみたてNISA」、そして未成年を対象とした「ジュニアNISA」がある。制度開始直後は一般NISAのみの取扱であり、2017年12月末時点での一般NISAの口座数は1,099万2,733口座、総買付額は12兆5,325億円である。また、一般NISAの普及率は対象人口の10.5%である。
  3. NISAは利用者にとっては複雑な仕組みになっている。これは、証券優遇税制を廃止し、配当・譲渡益の税率を10%から20%へ引き上げる際の激変緩和措置として導入されたという経緯と、政府関係者間での様々な思惑が絡んだ結果といえる。他方、それでも急速に普及が進んだ背景として、官民をあげた努力は見逃せない。
  4. 今後の普及へ向けた課題も多い。NISAを使いやすくするためには、家計の安定的な資産形成を支援するというNISAのそもそもの導入目的に立ち返り、簡素で分かりやすい制度にすべきであろう。現行制度を基に改善を進めるうえで特に急ぐべきは、「制度の恒久化」「スイッチングの認可」「相続時の対応」である。さらに、NISAの新規利用者を広げるにはより直接的な税制面でのアピールも必要になろう。
  5. 金融機関にとっては、まず現行制度の範囲内での真摯な取り組みは重要である。税制優遇が付されたNISAは、新規顧客開拓のための「ドアノック商品」としても利用価値は高い。金融機関にとって、家計の資産形成を支援することは、顧客本位の業務運営を進める上で求められている役割の一つだろう。
金融業への外資出資比率の緩和と同時に株主管理を強化する中国政府の動き 関根 栄一
  1. 2018年4月の中国・海南省で開催されたボアオ・アジアフォーラムでの習近平国家主席による対外開放の継続・拡大に関するスピーチを受け、中国人民銀行・易鋼総裁は、金融業の対外開放に関する12項目を発表し、2017年11月の米中首脳会談等での中国政府の公約内容を更に拡大し、期限を区切って実施することを確約した。
  2. 金融業の開放のうち、証券業では、従来の外資出資上限49%の51%への引き上げと3年後の撤廃とともに、業務範囲の拡大を容認した。保険業では、生命保険業への外資出資比率の緩和を前倒しで実現し、保険関連業務での国内資本との同一性を確保した。銀行業では、貸出債権の株式化に伴う受け皿会社への出資など、新規業務での外資進出を容認した。
  3. 対外開放の一方で、中国政府は過去の事件を教訓に、金融業に出資する株主への管理監督を強化する方針である。そのうち、証券業では、従来の「5%以上の保有株主」、「25%以上を保有する等の主要株主」に加えて、「5%未満の保有株主」と「50%以上を保有する等の支配株主」を加えて、株主を四つに分類し、保有比率が多いほど満たすべき基準を強化する方針である。
  4. また、中国では、既に50〜60社に上ると見られる金融持株会社に対する管理監督体制が整っておらず、グループ内の資金循環や関連取引、複雑な株主構成による大株主の権利濫用、銀行・保険・証券という業態別規制のアービトラージが発生し、レバレッジを効かせるなどして金融市場での潜在的なシステミックリスクを高めている。
  5. このため、2017年には業態別の管理監督の内閣レベルの調整機関として「国務院金融安定発展委員会」が創設され、2018年3月には銀行と保険の管理監督機関が統合され、「中国銀行保険監督管理委員会」が新たに発足し、それぞれ幹部人事の手当てもなされている。
  6. 金融業の対外開放の新たな方針の下、証券業では既に出資している外資持分の引き上げや、保険業では外資の新規進出や異業種の国内資本の進出が出始めている。3年後の2021年を目標に設定した金融業の対外開放の促進とシステミックリスクの発生防止に向け、中国政府にはバランスの取れた政策運営が求められている。
中国におけるハイテク企業を対象とする上場制度改革
−レッドチップ企業による中国預託証券(CDR)の発行が可能に−
関 志雄
  1. 近年、中国では、情報通信などの分野における技術革新を背景に、アリババ、テンセント、バイドゥなど、ニューエコノミーを牽引するハイテク企業が相次いで現れている。しかし、資本市場の改革は遅れているため、これらの企業は、レッドチップ企業として、ニューヨークなどの海外市場に上場している。また、急成長している多くのユニコーン企業も、海外上場の準備を進めている。
  2. 資本市場の活性化とニューエコノミーの更なる発展を促すべく、中国政府は、これらの企業が国内で上場できるように、環境整備を進めている。その大きな一歩として、当局はすでに海外市場に上場しているレッドチップ企業と、ユニコーン企業が中国国内市場に上場するための新しいルールを提示している。それにより、海外で登記しているハイテク企業でも、一定の条件を満たせば、株式、または海外で発行した株式などの証券に裏付けられる中国預託証券(CDR)を、国内市場に上場させることが可能になる。
タイの投資信託市場の展望と課題
−持続的な拡大をもたらし得る3つの要因−
井潟 正彦佐藤 広大
  1. 近年、タイの証券市場は活況を呈しているが、特に目を引くのが投資信託の拡大である。同国の2017年末投資信託残高は約5兆バーツ(約17兆円)で、過去5年間で年率約13.0%の成長を遂げ、ASEAN(東南アジア諸国連合)の投資信託市場の中でも抜きんでる存在になりつつある。
  2. これまで投資信託販売において牽引役を果たしてきたのは大手銀行グループである。今後もタイの投資信託市場が持続的に拡大し得るかについて、(1)オープン・アーキテクチャーが広がる動き、(2)税制優遇を伴う投資制度の役割、(3)海外ファンドが拡大する余地の3点に注目し、考察した。
  3. 1点目のオープン・アーキテクチャーが広がる動きは、健全な販売活動や競争の促進、品揃え拡充ニーズへの対応から既定路線になっており、今後数年間で本格化する見込みである。2点目の税制優遇を伴う投資制度の役割には、官民一体で期待を高めている。背景として、同国で高齢化が急速に進行することが挙げられる。国民全体が退職後の備えを充実できるようにと、民間企業における確定拠出型年金の従業員への提供義務化も予定されている。3点目の海外ファンドが拡大する余地は大きいと見る。同国の経済成長が引き続き期待できるとは言え、経済規模や産業構造などから生じ得る一定の制約に鑑みると、分散投資を伴いながら長期的に高い収益率を実現するには海外ファンドの役割は不可欠だからである。
  4. タイの投資信託市場の持続的拡大には、国民における金融リテラシーの向上、投資教育の強化が欠かせない。政府と業界関係者はその重要性を認識し、一体となって具体的な取り組みに注力し始めている。今後、より多くの同国国民が資産形成に取り組む基盤の形成が進み、投資信託市場の持続的拡大の実現可能性がより高まるか、注目される。
時流 2025年にどのようにたどり着くか:財政健全化の今後の道行きについて 上智大学経済学部准教授、日本政策投資銀行設備投資研究所客員主任研究員
中里 透

量的・質的金融緩和の導入から5年、消費税率の8%への引き上げから4年が経過した。この間に物価上昇率はプラスに転じ、財政収支も大幅な改善をみたが、2%の物価安定目標は未達のままであり、基礎的財政収支(プライマリーバランス)の黒字化も達成時期の後ずれが生じている。こうした中、2019年10月には再増税(消費税率の10%への引き上げ)の実施が予定されており、その実施・延期の判断が今秋にもなされる見通しである。
そこで、本稿では財政健全化をめぐるこれまでの経過を振り返り、今後の道行きについて考えてみることとしたい。

投資家と企業との対話ガイドラインの策定とCGコードの改訂 西山 賢吾
  1. 我が国のコーポレートガバナンス改革はここまで一定の成果を上げているが、その水準をさらに高める上で残されている課題に対応するため、2018年6月1日、『投資家と企業との対話ガイドライン』が策定、公表されるとともに、コーポレートガバナンス・コードの改訂が実施された。
  2. 今回のガイドラインとコードの改訂で最も注目されるのは、『資本コストの的確な把握』であろう。今回資本コストの定義や明確な計算方法は示されていないが、重要なことは、資本コストの算出そのものに終始するのではなく、資本コストの計算に用いた各種数値の採用根拠やその背景にある中長期的な経営ビジョンを示し、投資家との対話を深めることである。
  3. 資本コストと並び注目される政策保有株式に関しては、保有すべきではないという意見と、合理性があれば一定量の保有を容認する意見がある。しかし、今回の対話ガイドラインの制定やコードの改訂により、保有の合理性に対し従来以上に納得感のある説明が求められると考えられるため、保有の合理性に乏しい株式の売却を求める声はさらに強まるであろう。
  4. 我が国企業ではコードの各原則について、まず遵守ありきという考えを持つ上場企業が少なくないように見えるが、具体的な対応をせず形式的な遵守に留まるよりは、明確な理由を説明した上で受け入れない原則があるという対応の方が望ましいと考えられる。さらに、これからは「コンプライ・オア・エクスプレイン」ベースから、原則受け入れの諾否にかかわらず企業の姿勢を主体的、かつ明確に示す「コンプライ・アンド・エクスプレイン」ベースでの対応が期待される。
機関投資家が注目し始めた気候関連財務情報
−ESG投資拡大に伴い重要性が高まる積極開示−
板津 直孝
  1. 金融安定理事会(FSB)が設置した気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)は、2017年6月、最終報告書を公表し、投資家やその他のステークホルダーが、重要な気候関連のリスク及び機会が企業にもたらす財務インパクトを理解する上で、有用な情報開示の枠組みを提言した。その後の1年間で、欧米の機関投資家は気候関連の情報開示に対する関心を着実に高めており、日本企業が注視すべき状況になっている。
  2. 背景には、世界各国で拡大し始めたESG(環境、社会、企業投資)投資がある。欧米の機関投資家の多くは、気候変動をポートフォリオの重要なリスク要因に位置づけ、投資で優先すべき一つに掲げている。そして、気候関連の情報開示が不十分な企業に対しては、議決権を行使して改善を求める集団的エンゲージメントや、気候変動に対する取り組みが不十分な企業への投資を引き上げるダイベストメントを拡大している。その対象は、日本企業にも広がっている。
  3. TCFDの最終報告書の公表により、開示の枠組みが提示されたことから、欧米の機関投資家のこうした動きは、具体性を伴ってますます盛んになると考えられる。こうした欧米の気候関連の情報開示に対する顕著な反応は、現在、日本企業が日本国内において得られる感触と大きく異なるため、株主構成において欧米の機関投資家の比率が高い日本企業は、特に注視する必要があろう。
  4. 気候関連の情報開示の国際的な方向性は、財務報告との一元化であり、日本企業にとっては、財務報告と気候関連財務情報との親和性を一層高める準備が必要である。日本企業と欧米の投資家との対話においては、投資家が、TCFDの提言に則した気候関連財務情報開示を期待していることを認識する必要があろう。
持続可能な社会の実現に向けて注目が集まるソーシャルボンド 江夏 あかね
  1. 社会的課題への対処に向けた事業を資金使途とする債券である「ソーシャルボンド」の発行が近年、増加し始めている。ソーシャルボンドは、2006年11月に発行を開始した予防接種のための国際金融ファシリティ(IFFIm)によるワクチン債が初めてとされる。国際資本市場協会(ICMA)によるソーシャルボンド原則(SBP)の存在もあり、2010年代半ば頃から認知度が上がっている。また、本稿でも取り上げた発行事例を踏まえると、発行体セクターは、国際機関、銀行、政府系機関、事業会社と拡大傾向にある。
  2. 日本では2018年6月末現在、国内債として国際協力機構(JICA)、サムライ債としてBPCEが発行している。日本国内の社会的課題のために発行された事例はまだ出ていないが、日本でソーシャルボンドが今後、どのように活用されていくか注目されるところである。
  3. ソーシャルボンドの発行に当たっては、(1)発行体として、社会的課題の解決が経営面での重要課題として位置付けられていること、(2)対象事業がSBPに掲げられるソーシャルプロジェクトに該当し、社会的課題の改善目標及び改善のためのプロセスが明確など、SBPに適合した内容であること、(3)投資家をはじめとしたステークホルダーに対して透明性かつ客観性を確保し、レポーティング等を通じて説明責任を果たすこと、が成功のカギになると考えられる。
ブロックチェーンで拡がるESGをテーマとした資金調達の未来
−オーストリアのフェアブントによるグリーン・シュルトシャイン−
江夏 あかね佐藤 広大
  1. オーストリアの大手電力会社フェアブント(Verbund AG)は2018年4月17日、世界初の取組みとなるブロックチェーン技術を活用した「グリーン・シュルトシャイン」(Grüner Schuldschein)による資金調達を実現させた。
  2. グリーン・シュルトシャインとは、債務証書とも呼ばれるドイツ法に準拠したローンで、調達資金の使途を環境に配慮したプロジェクトとする、環境・社会・ガバナンス(ESG)関連の金融商品である。今般の資金調達に当たっては、ブロックチェーン技術が活用され、発行体から投資家へのプロセスをデジタル化することで、コミュニケーション、透明性、自動化といった観点から、調達プロセスが改善された。
  3. 発行体・投資家等は、プロセスの改善により調達関連コストの縮減や利便性向上といったメリットを享受することとなった。今後、ESGをテーマとした負債性資金調達でも、デジタル・プラットフォームの一環としてブロックチェーン技術の活用が選択肢の1つとなる機会が増える可能性もあろう。
  4. 今般のグリーン・シュルトシャインによる資金調達は、将来的なESG関連データ蓄積・充実化といった観点からも、多くのESG市場参加者に対して考えるきっかけを与える事例になったと言える。
金融危機発生から10年間で再拡大する米連邦住宅貸付銀行制度 岡田 功太
  1. 近年、米連邦住宅貸付銀行制度(FHLBS)のバランスシートが再拡大している。FHLBSの資産は、2008年の金融危機時に約1.35兆ドルとピークに達した後に、2012年にかけて半減し、その後、過去5年間で約1.5倍に増加した。FHLBSは、政府支援企業(GSE)であるが、ファニーメイ及びフレディマックのように、証券化商品の発行・保証を担っているのではなく、住宅ローン貸出支援を目的に、会員である商業銀行等に対して、「アドバンス」と呼ばれる低利の貸出を行っている。
  2. アドバンスの残高は、過去5年間で約1.7倍となり、FHLBSの資産の約65%に相当する規模になった。その要因として、2014年9月に最終化された米国の流動性カバレッジ比率(LCR)が挙げられる。LCRにおける証券担保調達の流出率は、適格流動資産の要件を満たさない資産が担保の場合には100%、GSEとの取引の場合には25%と規定されており、大手米銀にとって、GSEと取引する方が有利であることから、FHLBSからアドバンスの借入額を増加させた。
  3. 他方で、FHLBSの負債も増加傾向にあり、特に、ディスカウント・ノートの発行残高は、過去5年間で約1.8倍となった。その要因として、2014年7月に最終化されたMMF規制が挙げられる。同規制において、FHLBSが発行するディスカウント・ノートは、ガバメントMMFの投資対象資産として分類されたことに加えて、同MMFは2015年7月から約2年間で約1兆ドル増加した。その結果、MMFによるFHLBS債の保有比率は、2011年末の約7%から、2017年末には約20%に増加した。
  4. FHLBSは、1930年代の世界恐慌以降、過去の金融危機において、大手米銀に対してアドバンスを提供することで、連邦準備制度理事会(FRB)に次ぐ最後から2番目の貸し手として、金融システムの安定化に貢献してきた。しかし、現在、FHLBSのバランスシートは再拡大し、特に短期調達比率が上昇したことによって、皮肉なことにFHLBS自身がシステミック・リスクの震源地として懸念材料となっている。つまり、大手米銀及びMMFが有していた同リスクの一部は、金融規制の進展によって、FHLBSにシフトしているとも言える。2008年の金融危機から10年が経過した現在、改めて、金融システムにとって最適な規制枠組みの構築が必要であると言えよう。
EUにおけるマクロプルーデンス政策
−世界に先駆ける実践的な取組み−
小立 敬
  1. 金融危機以降、世界の中央銀行や金融規制当局において金融システムの安定を政策目標とするマクロプルーデンス政策の重要性がより強く認識されている。EUでは、欧州システミック・リスク理事会(ESRB)のイニシアティブの下、マクロプルーデンス政策を実行するための域内共通の枠組みが整備され、加盟国では新たな政策ツールの適用も始まっている。
  2. 実際に加盟国で適用されている主なマクロプルーデンス・ツールとしては、代表的な政策ツールに位置づけられるバーゼルIIIのカウンターシクリカル・バッファー(CCyB)が7カ国で実施されている。システミック・リスクに対応するために自己資本の上乗せを要求するEU独自のシステミック・リスク・バッファー(SyRB)も14カ国で導入されている。担保評価額に対する融資の比率を表すLTVや債務者所得に対する債務返済額の比率を表すDSTIに上限を設定する国も多く、LTVリミットは17カ国において採用されている。
  3. マクロプルーデンス・ツールの適用に関する実務をみると、加盟国の間で違いが窺われる。例えば、CCyBのオペレーションに関しては、水準の設定に責任を有する当局、情報開示、政策目標、ルールか裁量かという運営方法、中立的なバッファーの水準、コア指標、フォワード・ガイダンスといった点において、加盟国によって対応や考え方が大きく異なる。今後、加盟国がマクロプルーデンス・ツールの適用の経験を積み重ねていく中で、加盟国間の差異が解消されていくのかどうかが注目されるところである。
  4. EUのマクロプルーデンス政策は、実行段階に入ったばかりとはいえ、世界に先駆ける実践的な取組みのように窺われる。EUの経験は今後、EU以外の国・地域に対しても議論の材料を提供していくことを通じて、マクロプルーデンス政策に係るグローバルな知見を高めていくことになるだろう。EUにおけるマクロプルーデンス政策は引続き注目していくべき重要な取組みである。
米モルガン・スタンレーのウェルス・マネジメント部門の取り組み 岡田 功太木下 生悟
  1. 米国モルガン・スタンレーのウェルス・マネジメント部門は、競合他社を上回る預かり資産や営業員数を有し、同社の主力ビジネスとしてグループを牽引している。2008年の金融危機以降、事業の選択と集中を進めるシティ・グループからのスミス・バーニー買収によって、同部門の基盤が形成された。また、同年に銀行持株会社への変更が行われたが、これにより、資産運用関連のサービスに加えて、預金の受け入れと融資も提供して家計全体にアプローチすることが可能となった。
  2. 同部門では、一貫して収益構造の改革に取り組んでいる。所属する営業員数及び店舗数の大幅な削減と同時に、顧客層を富裕層にシフトし、営業員一人当たりの預かり資産を増加させることで収益性を向上させている。営業員数は2009年末から約13%減少し、店舗数は同期間で約33%減少した。これらの結果、営業員一人当たりの収益が、過去8年間で約2倍となった。
  3. また、収益安定化や顧客との関係構築の強化に向け、顧客の資産残高に応じて手数料を得る残高フィー型サービスの提供に注力している。預かり資産総額に占める残高フィー型サービスの割合は、2009年末の約25%から2017年末には約45%に増加した。更に、営業員のサポートを主眼としたデジタル戦略に取り組み、自社開発に拘らず、他社との提携によって、より高度で効率的なデジタル戦略を採用する方向性を示している。
  4. モルガン・スタンレーは、ジェームズ・ゴーマン会長兼CEOの指揮の下、これまで一貫してウェルス・マネジメント部門の営業収益の利益率の増加という明確な経営目標を設定し、実行し続けてきた。引き続き収益性の向上を掲げており、今後も同部門の動向が注目される。
キャッシュレス化と決済改革 淵田 康之
  1. 今日、諸外国では一連の決済改革を通じて、キャッシュレス化が進展している。決済改革の柱は、銀行界による統一的なモバイル個人間送金サービスの導入や、決済関連FinTechの台頭を踏まえた、制度及びインフラの抜本的な見直しである。
  2. 英国では、2000年代に入り、政府主導の改革が展開され、2014年には銀行界による統一モバイル個人間送金サービスが導入された。
  3. さらに2016年末には将来戦略が策定され、新決済インフラの構築が始まった。2018年には、インフラの運営を担う、新決済ガバナンス機関が始動している。また歴史上初めて、ノンバンクによる、銀行間決済システムと中央銀行システムへの直接アクセスも実現した。
  4. 米国においても、銀行界によるモバイル個人間送金サービスが普及しつつある。また英国同様、将来ビジョンが策定され、新決済インフラが構築されつつある。2018年夏には、インフラの運営を担う新決済ガバナンス機関が設立される。
  5. シンガポールは、2016年8月に決済改革のロードマップを発表した。2017年には銀行界の統一的なモバイル決済サービス、PayNowが導入され、FinTechやユーザー代表も参加するPayments Councilも設置された。2018年には、新決済法が制定される予定である。
  6. シンガポールの新決済法案では、決済業者や決済システムに対し、インターオペラビリティの確保を義務づける規定が盛り込まれている。
  7. わが国では、2018年7月に「キャッシュレス推進協議会」が設立され、QRコードの標準化の検討が始まる。同協議会は、英国、米国、シンガポールにおける「決済ガバナンス機関」に似た面もあるが、位置づけは全く異なる。キャッシュレス化を真に推進するためには、銀行界の統一的モバイル個人間送金サービスの導入や、決済法制の抜本的な改革、決済インフラの見直しが不可欠である。
初の国内公募外貨建社債発行の意義 佐藤 淳
  1. 野村総合研究所は2018年3月、国内公募豪ドル建社債を発行した。これは、日本企業が初めて国内公募市場において外貨建で発行した社債である。
  2. 日本社会が成熟化し、経済成長率が低位安定で推移する中、日本企業の事業活動のグローバル化が進んでいる。海外企業を対象にした大型M&Aの増加は、グローバルな競争を有利に進めようという企業の経営判断の現れであり、多くの中堅・中小企業にとっても海外活動の拡大は重要課題となっている。
  3. そうした環境下、外貨建資産の増加にマッチした負債調達の多通貨化、簡便化の意義は大きい。今後、この枠組みを通じて、成長期待の高いタイやインドネシア等の現地法人向けのファイナンスが実施されることも考えられる。更に、アーリーステージ企業の資金調達手段として発展する可能性もある。
  4. 投資家にとっても、国内公募外貨建社債は、外貨建運用の新たな選択肢となる。投資対象が国内企業であれば状況を把握しやすいため、発行体の信用力を効率的に判断しつつ、成長力の高い新興国の通貨での運用を行うことも可能となる。今後の展開が注目される。
日本企業のM&Aにおけるプライベート・エクイティの台頭と今後の展望 吉川 浩史
  1. 近年の日本ではM&A件数・金額が増えており、特にプライベート・エクイティ(PE)の関与する案件の増加が顕著である。
  2. PEの関与するM&Aでは、成熟企業の事業再編に伴い売却される子会社・事業部門や、後継者が不在の中小・零細企業に対する買収が増加している。いずれのケースでもPEには資金に加え、買収後の成長戦略の策定・実行が期待されることが多い。
  3. 広義のPEとして、企業や大学の運用するベンチャー・キャピタルによるベンチャー企業投資も活発化している。今後は、投資先のエグジット(投資回収)時に、買い手としてのPEへのニーズが高まる可能性もある。
  4. 近年は地方創生の観点から、地域産業の振興や観光資源の開発を通じた地域経済の活性化を目的に、自治体、地域金融機関、地域企業等が出資するファンドが地域の企業・事業者に出資する案件もみられる。
  5. PEが関与するM&Aの増加の背景には、企業等からPEが企業価値向上に取り組むパートナーとみられ始めたこともあろう。足元では米系PEによるアジア地域を対象とする大型ファンドの組成が相次ぐが、日系PEの組成は活発とは言えない。経済の新陳代謝を促すためにも、日系PEによる規模拡大とM&Aのさらなる活発化が期待される。
相続制度をめぐる新たな動き
−相続税改正2年目の影響と40年ぶりの改正が決まった相続法−
宮本 佐知子
  1. 相続に対する関心が高まっている。人口動態上、相続を経験する人が増えていることが背景にある。加えて、地価の大幅下落等への対応や格差の固定化防止等の観点から、相続税が2015年から改正されたことや、高齢社会の実情を反映するために、民法の相続に関する規定(相続法)が40年ぶりに改正されることになり、広く耳目を集めていることも挙げられる。本稿では、まず2018年夏に公表された2016年の相続税統計の分析結果を示し、次に2018年7月に決定された相続法改正の注目点を示した上で、金融機関への示唆を検討する。
  2. 相続税については、2015年からの改正では、現行制度の下で初めて基礎控除額が引き下げられたため相続税課税対象者が増加し、課税割合は2015年に続いて2016年も過去最高を更新した。課税割合が増加した地域は、大都市圏のみならず地方圏でも増えており、総じて相続税改正の影響は更に広がっている。
  3. 相続法については、今般の改正では、残された配偶者が生活に困窮することを防ぐための仕組み作りが進められることになった。高齢社会の実情に合わせ、遺留分侵害額請求権や預貯金の仮払い制度など、相続をめぐる揉め事を回避しやすくする仕組みも整えられた。相続人以外の親族に対しても、故人の介護をめぐり認められにくい部分を補う配慮もなされた。この他、自筆証書遺言を法務局で保管し情報の管理を行う制度も新設されることになった。
  4. 多くの金融機関では、相続資産市場を重要な戦略市場に位置づけていることから、相続制度をめぐる新たな動きには注目しておくべきである。これらの改正は、総じて多くの人に影響が及び、相続を意識する人も一層増えていると考えられる。金融機関では、このような個人顧客側での意識の高まりを踏まえ、相続税および相続法の改正に係る正確な情報を提供することと、その上で、相続・贈与をめぐる顧客の金融ニーズを丁寧に引き出し、個々人の事情を踏まえた適切な提案を行うことが重要である。
発足5年目を迎えたNISA
−これまでの利用状況と普及へ向けた課題−
宮本 佐知子
  1. 2014年1月に開始された少額投資非課税制度(NISA)は、開始直後は投資経験者を中心に口座数が急増したが、その後は伸びが鈍化しており、普及へ向けた課題も多い。本稿ではまず、NISAの概要と2017年12月末時点の利用状況を示し、次に制度の設立背景と今後の普及へ向けた課題を論じる。
  2. NISAは現在、3種類あり、成年を対象とした「一般NISA」、積立投資に特化した「つみたてNISA」、そして未成年を対象とした「ジュニアNISA」がある。制度開始直後は一般NISAのみの取扱であり、2017年12月末時点での一般NISAの口座数は1,099万2,733口座、総買付額は12兆5,325億円である。また、一般NISAの普及率は対象人口の10.5%である。
  3. NISAは利用者にとっては複雑な仕組みになっている。これは、証券優遇税制を廃止し、配当・譲渡益の税率を10%から20%へ引き上げる際の激変緩和措置として導入されたという経緯と、政府関係者間での様々な思惑が絡んだ結果といえる。他方、それでも急速に普及が進んだ背景として、官民をあげた努力は見逃せない。
  4. 今後の普及へ向けた課題も多い。NISAを使いやすくするためには、家計の安定的な資産形成を支援するというNISAのそもそもの導入目的に立ち返り、簡素で分かりやすい制度にすべきであろう。現行制度を基に改善を進めるうえで特に急ぐべきは、「制度の恒久化」「スイッチングの認可」「相続時の対応」である。さらに、NISAの新規利用者を広げるにはより直接的な税制面でのアピールも必要になろう。
  5. 金融機関にとっては、まず現行制度の範囲内での真摯な取り組みは重要である。税制優遇が付されたNISAは、新規顧客開拓のための「ドアノック商品」としても利用価値は高い。金融機関にとって、家計の資産形成を支援することは、顧客本位の業務運営を進める上で求められている役割の一つだろう。
金融業への外資出資比率の緩和と同時に株主管理を強化する中国政府の動き 関根 栄一
  1. 2018年4月の中国・海南省で開催されたボアオ・アジアフォーラムでの習近平国家主席による対外開放の継続・拡大に関するスピーチを受け、中国人民銀行・易鋼総裁は、金融業の対外開放に関する12項目を発表し、2017年11月の米中首脳会談等での中国政府の公約内容を更に拡大し、期限を区切って実施することを確約した。
  2. 金融業の開放のうち、証券業では、従来の外資出資上限49%の51%への引き上げと3年後の撤廃とともに、業務範囲の拡大を容認した。保険業では、生命保険業への外資出資比率の緩和を前倒しで実現し、保険関連業務での国内資本との同一性を確保した。銀行業では、貸出債権の株式化に伴う受け皿会社への出資など、新規業務での外資進出を容認した。
  3. 対外開放の一方で、中国政府は過去の事件を教訓に、金融業に出資する株主への管理監督を強化する方針である。そのうち、証券業では、従来の「5%以上の保有株主」、「25%以上を保有する等の主要株主」に加えて、「5%未満の保有株主」と「50%以上を保有する等の支配株主」を加えて、株主を四つに分類し、保有比率が多いほど満たすべき基準を強化する方針である。
  4. また、中国では、既に50〜60社に上ると見られる金融持株会社に対する管理監督体制が整っておらず、グループ内の資金循環や関連取引、複雑な株主構成による大株主の権利濫用、銀行・保険・証券という業態別規制のアービトラージが発生し、レバレッジを効かせるなどして金融市場での潜在的なシステミックリスクを高めている。
  5. このため、2017年には業態別の管理監督の内閣レベルの調整機関として「国務院金融安定発展委員会」が創設され、2018年3月には銀行と保険の管理監督機関が統合され、「中国銀行保険監督管理委員会」が新たに発足し、それぞれ幹部人事の手当てもなされている。
  6. 金融業の対外開放の新たな方針の下、証券業では既に出資している外資持分の引き上げや、保険業では外資の新規進出や異業種の国内資本の進出が出始めている。3年後の2021年を目標に設定した金融業の対外開放の促進とシステミックリスクの発生防止に向け、中国政府にはバランスの取れた政策運営が求められている。
中国におけるハイテク企業を対象とする上場制度改革
−レッドチップ企業による中国預託証券(CDR)の発行が可能に−
関 志雄
  1. 近年、中国では、情報通信などの分野における技術革新を背景に、アリババ、テンセント、バイドゥなど、ニューエコノミーを牽引するハイテク企業が相次いで現れている。しかし、資本市場の改革は遅れているため、これらの企業は、レッドチップ企業として、ニューヨークなどの海外市場に上場している。また、急成長している多くのユニコーン企業も、海外上場の準備を進めている。
  2. 資本市場の活性化とニューエコノミーの更なる発展を促すべく、中国政府は、これらの企業が国内で上場できるように、環境整備を進めている。その大きな一歩として、当局はすでに海外市場に上場しているレッドチップ企業と、ユニコーン企業が中国国内市場に上場するための新しいルールを提示している。それにより、海外で登記しているハイテク企業でも、一定の条件を満たせば、株式、または海外で発行した株式などの証券に裏付けられる中国預託証券(CDR)を、国内市場に上場させることが可能になる。
タイの投資信託市場の展望と課題
−持続的な拡大をもたらし得る3つの要因−
井潟 正彦佐藤 広大
  1. 近年、タイの証券市場は活況を呈しているが、特に目を引くのが投資信託の拡大である。同国の2017年末投資信託残高は約5兆バーツ(約17兆円)で、過去5年間で年率約13.0%の成長を遂げ、ASEAN(東南アジア諸国連合)の投資信託市場の中でも抜きんでる存在になりつつある。
  2. これまで投資信託販売において牽引役を果たしてきたのは大手銀行グループである。今後もタイの投資信託市場が持続的に拡大し得るかについて、(1)オープン・アーキテクチャーが広がる動き、(2)税制優遇を伴う投資制度の役割、(3)海外ファンドが拡大する余地の3点に注目し、考察した。
  3. 1点目のオープン・アーキテクチャーが広がる動きは、健全な販売活動や競争の促進、品揃え拡充ニーズへの対応から既定路線になっており、今後数年間で本格化する見込みである。2点目の税制優遇を伴う投資制度の役割には、官民一体で期待を高めている。背景として、同国で高齢化が急速に進行することが挙げられる。国民全体が退職後の備えを充実できるようにと、民間企業における確定拠出型年金の従業員への提供義務化も予定されている。3点目の海外ファンドが拡大する余地は大きいと見る。同国の経済成長が引き続き期待できるとは言え、経済規模や産業構造などから生じ得る一定の制約に鑑みると、分散投資を伴いながら長期的に高い収益率を実現するには海外ファンドの役割は不可欠だからである。
  4. タイの投資信託市場の持続的拡大には、国民における金融リテラシーの向上、投資教育の強化が欠かせない。政府と業界関係者はその重要性を認識し、一体となって具体的な取り組みに注力し始めている。今後、より多くの同国国民が資産形成に取り組む基盤の形成が進み、投資信託市場の持続的拡大の実現可能性がより高まるか、注目される。
要約
時流 2025年にどのようにたどり着くか:財政健全化の今後の道行きについて 上智大学経済学部准教授、日本政策投資銀行設備投資研究所客員主任研究員
中里 透

量的・質的金融緩和の導入から5年、消費税率の8%への引き上げから4年が経過した。この間に物価上昇率はプラスに転じ、財政収支も大幅な改善をみたが、2%の物価安定目標は未達のままであり、基礎的財政収支(プライマリーバランス)の黒字化も達成時期の後ずれが生じている。こうした中、2019年10月には再増税(消費税率の10%への引き上げ)の実施が予定されており、その実施・延期の判断が今秋にもなされる見通しである。
そこで、本稿では財政健全化をめぐるこれまでの経過を振り返り、今後の道行きについて考えてみることとしたい。

投資家と企業との対話ガイドラインの策定とCGコードの改訂 西山 賢吾
  1. 我が国のコーポレートガバナンス改革はここまで一定の成果を上げているが、その水準をさらに高める上で残されている課題に対応するため、2018年6月1日、『投資家と企業との対話ガイドライン』が策定、公表されるとともに、コーポレートガバナンス・コードの改訂が実施された。
  2. 今回のガイドラインとコードの改訂で最も注目されるのは、『資本コストの的確な把握』であろう。今回資本コストの定義や明確な計算方法は示されていないが、重要なことは、資本コストの算出そのものに終始するのではなく、資本コストの計算に用いた各種数値の採用根拠やその背景にある中長期的な経営ビジョンを示し、投資家との対話を深めることである。
  3. 資本コストと並び注目される政策保有株式に関しては、保有すべきではないという意見と、合理性があれば一定量の保有を容認する意見がある。しかし、今回の対話ガイドラインの制定やコードの改訂により、保有の合理性に対し従来以上に納得感のある説明が求められると考えられるため、保有の合理性に乏しい株式の売却を求める声はさらに強まるであろう。
  4. 我が国企業ではコードの各原則について、まず遵守ありきという考えを持つ上場企業が少なくないように見えるが、具体的な対応をせず形式的な遵守に留まるよりは、明確な理由を説明した上で受け入れない原則があるという対応の方が望ましいと考えられる。さらに、これからは「コンプライ・オア・エクスプレイン」ベースから、原則受け入れの諾否にかかわらず企業の姿勢を主体的、かつ明確に示す「コンプライ・アンド・エクスプレイン」ベースでの対応が期待される。
機関投資家が注目し始めた気候関連財務情報
−ESG投資拡大に伴い重要性が高まる積極開示−
板津 直孝
  1. 金融安定理事会(FSB)が設置した気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)は、2017年6月、最終報告書を公表し、投資家やその他のステークホルダーが、重要な気候関連のリスク及び機会が企業にもたらす財務インパクトを理解する上で、有用な情報開示の枠組みを提言した。その後の1年間で、欧米の機関投資家は気候関連の情報開示に対する関心を着実に高めており、日本企業が注視すべき状況になっている。
  2. 背景には、世界各国で拡大し始めたESG(環境、社会、企業投資)投資がある。欧米の機関投資家の多くは、気候変動をポートフォリオの重要なリスク要因に位置づけ、投資で優先すべき一つに掲げている。そして、気候関連の情報開示が不十分な企業に対しては、議決権を行使して改善を求める集団的エンゲージメントや、気候変動に対する取り組みが不十分な企業への投資を引き上げるダイベストメントを拡大している。その対象は、日本企業にも広がっている。
  3. TCFDの最終報告書の公表により、開示の枠組みが提示されたことから、欧米の機関投資家のこうした動きは、具体性を伴ってますます盛んになると考えられる。こうした欧米の気候関連の情報開示に対する顕著な反応は、現在、日本企業が日本国内において得られる感触と大きく異なるため、株主構成において欧米の機関投資家の比率が高い日本企業は、特に注視する必要があろう。
  4. 気候関連の情報開示の国際的な方向性は、財務報告との一元化であり、日本企業にとっては、財務報告と気候関連財務情報との親和性を一層高める準備が必要である。日本企業と欧米の投資家との対話においては、投資家が、TCFDの提言に則した気候関連財務情報開示を期待していることを認識する必要があろう。
持続可能な社会の実現に向けて注目が集まるソーシャルボンド 江夏 あかね
  1. 社会的課題への対処に向けた事業を資金使途とする債券である「ソーシャルボンド」の発行が近年、増加し始めている。ソーシャルボンドは、2006年11月に発行を開始した予防接種のための国際金融ファシリティ(IFFIm)によるワクチン債が初めてとされる。国際資本市場協会(ICMA)によるソーシャルボンド原則(SBP)の存在もあり、2010年代半ば頃から認知度が上がっている。また、本稿でも取り上げた発行事例を踏まえると、発行体セクターは、国際機関、銀行、政府系機関、事業会社と拡大傾向にある。
  2. 日本では2018年6月末現在、国内債として国際協力機構(JICA)、サムライ債としてBPCEが発行している。日本国内の社会的課題のために発行された事例はまだ出ていないが、日本でソーシャルボンドが今後、どのように活用されていくか注目されるところである。
  3. ソーシャルボンドの発行に当たっては、(1)発行体として、社会的課題の解決が経営面での重要課題として位置付けられていること、(2)対象事業がSBPに掲げられるソーシャルプロジェクトに該当し、社会的課題の改善目標及び改善のためのプロセスが明確など、SBPに適合した内容であること、(3)投資家をはじめとしたステークホルダーに対して透明性かつ客観性を確保し、レポーティング等を通じて説明責任を果たすこと、が成功のカギになると考えられる。
ブロックチェーンで拡がるESGをテーマとした資金調達の未来
−オーストリアのフェアブントによるグリーン・シュルトシャイン−
江夏 あかね佐藤 広大
  1. オーストリアの大手電力会社フェアブント(Verbund AG)は2018年4月17日、世界初の取組みとなるブロックチェーン技術を活用した「グリーン・シュルトシャイン」(Grüner Schuldschein)による資金調達を実現させた。
  2. グリーン・シュルトシャインとは、債務証書とも呼ばれるドイツ法に準拠したローンで、調達資金の使途を環境に配慮したプロジェクトとする、環境・社会・ガバナンス(ESG)関連の金融商品である。今般の資金調達に当たっては、ブロックチェーン技術が活用され、発行体から投資家へのプロセスをデジタル化することで、コミュニケーション、透明性、自動化といった観点から、調達プロセスが改善された。
  3. 発行体・投資家等は、プロセスの改善により調達関連コストの縮減や利便性向上といったメリットを享受することとなった。今後、ESGをテーマとした負債性資金調達でも、デジタル・プラットフォームの一環としてブロックチェーン技術の活用が選択肢の1つとなる機会が増える可能性もあろう。
  4. 今般のグリーン・シュルトシャインによる資金調達は、将来的なESG関連データ蓄積・充実化といった観点からも、多くのESG市場参加者に対して考えるきっかけを与える事例になったと言える。
金融危機発生から10年間で再拡大する米連邦住宅貸付銀行制度 岡田 功太
  1. 近年、米連邦住宅貸付銀行制度(FHLBS)のバランスシートが再拡大している。FHLBSの資産は、2008年の金融危機時に約1.35兆ドルとピークに達した後に、2012年にかけて半減し、その後、過去5年間で約1.5倍に増加した。FHLBSは、政府支援企業(GSE)であるが、ファニーメイ及びフレディマックのように、証券化商品の発行・保証を担っているのではなく、住宅ローン貸出支援を目的に、会員である商業銀行等に対して、「アドバンス」と呼ばれる低利の貸出を行っている。
  2. アドバンスの残高は、過去5年間で約1.7倍となり、FHLBSの資産の約65%に相当する規模になった。その要因として、2014年9月に最終化された米国の流動性カバレッジ比率(LCR)が挙げられる。LCRにおける証券担保調達の流出率は、適格流動資産の要件を満たさない資産が担保の場合には100%、GSEとの取引の場合には25%と規定されており、大手米銀にとって、GSEと取引する方が有利であることから、FHLBSからアドバンスの借入額を増加させた。
  3. 他方で、FHLBSの負債も増加傾向にあり、特に、ディスカウント・ノートの発行残高は、過去5年間で約1.8倍となった。その要因として、2014年7月に最終化されたMMF規制が挙げられる。同規制において、FHLBSが発行するディスカウント・ノートは、ガバメントMMFの投資対象資産として分類されたことに加えて、同MMFは2015年7月から約2年間で約1兆ドル増加した。その結果、MMFによるFHLBS債の保有比率は、2011年末の約7%から、2017年末には約20%に増加した。
  4. FHLBSは、1930年代の世界恐慌以降、過去の金融危機において、大手米銀に対してアドバンスを提供することで、連邦準備制度理事会(FRB)に次ぐ最後から2番目の貸し手として、金融システムの安定化に貢献してきた。しかし、現在、FHLBSのバランスシートは再拡大し、特に短期調達比率が上昇したことによって、皮肉なことにFHLBS自身がシステミック・リスクの震源地として懸念材料となっている。つまり、大手米銀及びMMFが有していた同リスクの一部は、金融規制の進展によって、FHLBSにシフトしているとも言える。2008年の金融危機から10年が経過した現在、改めて、金融システムにとって最適な規制枠組みの構築が必要であると言えよう。
EUにおけるマクロプルーデンス政策
−世界に先駆ける実践的な取組み−
小立 敬
  1. 金融危機以降、世界の中央銀行や金融規制当局において金融システムの安定を政策目標とするマクロプルーデンス政策の重要性がより強く認識されている。EUでは、欧州システミック・リスク理事会(ESRB)のイニシアティブの下、マクロプルーデンス政策を実行するための域内共通の枠組みが整備され、加盟国では新たな政策ツールの適用も始まっている。
  2. 実際に加盟国で適用されている主なマクロプルーデンス・ツールとしては、代表的な政策ツールに位置づけられるバーゼルIIIのカウンターシクリカル・バッファー(CCyB)が7カ国で実施されている。システミック・リスクに対応するために自己資本の上乗せを要求するEU独自のシステミック・リスク・バッファー(SyRB)も14カ国で導入されている。担保評価額に対する融資の比率を表すLTVや債務者所得に対する債務返済額の比率を表すDSTIに上限を設定する国も多く、LTVリミットは17カ国において採用されている。
  3. マクロプルーデンス・ツールの適用に関する実務をみると、加盟国の間で違いが窺われる。例えば、CCyBのオペレーションに関しては、水準の設定に責任を有する当局、情報開示、政策目標、ルールか裁量かという運営方法、中立的なバッファーの水準、コア指標、フォワード・ガイダンスといった点において、加盟国によって対応や考え方が大きく異なる。今後、加盟国がマクロプルーデンス・ツールの適用の経験を積み重ねていく中で、加盟国間の差異が解消されていくのかどうかが注目されるところである。
  4. EUのマクロプルーデンス政策は、実行段階に入ったばかりとはいえ、世界に先駆ける実践的な取組みのように窺われる。EUの経験は今後、EU以外の国・地域に対しても議論の材料を提供していくことを通じて、マクロプルーデンス政策に係るグローバルな知見を高めていくことになるだろう。EUにおけるマクロプルーデンス政策は引続き注目していくべき重要な取組みである。
米モルガン・スタンレーのウェルス・マネジメント部門の取り組み 岡田 功太木下 生悟
  1. 米国モルガン・スタンレーのウェルス・マネジメント部門は、競合他社を上回る預かり資産や営業員数を有し、同社の主力ビジネスとしてグループを牽引している。2008年の金融危機以降、事業の選択と集中を進めるシティ・グループからのスミス・バーニー買収によって、同部門の基盤が形成された。また、同年に銀行持株会社への変更が行われたが、これにより、資産運用関連のサービスに加えて、預金の受け入れと融資も提供して家計全体にアプローチすることが可能となった。
  2. 同部門では、一貫して収益構造の改革に取り組んでいる。所属する営業員数及び店舗数の大幅な削減と同時に、顧客層を富裕層にシフトし、営業員一人当たりの預かり資産を増加させることで収益性を向上させている。営業員数は2009年末から約13%減少し、店舗数は同期間で約33%減少した。これらの結果、営業員一人当たりの収益が、過去8年間で約2倍となった。
  3. また、収益安定化や顧客との関係構築の強化に向け、顧客の資産残高に応じて手数料を得る残高フィー型サービスの提供に注力している。預かり資産総額に占める残高フィー型サービスの割合は、2009年末の約25%から2017年末には約45%に増加した。更に、営業員のサポートを主眼としたデジタル戦略に取り組み、自社開発に拘らず、他社との提携によって、より高度で効率的なデジタル戦略を採用する方向性を示している。
  4. モルガン・スタンレーは、ジェームズ・ゴーマン会長兼CEOの指揮の下、これまで一貫してウェルス・マネジメント部門の営業収益の利益率の増加という明確な経営目標を設定し、実行し続けてきた。引き続き収益性の向上を掲げており、今後も同部門の動向が注目される。
キャッシュレス化と決済改革 淵田 康之
  1. 今日、諸外国では一連の決済改革を通じて、キャッシュレス化が進展している。決済改革の柱は、銀行界による統一的なモバイル個人間送金サービスの導入や、決済関連FinTechの台頭を踏まえた、制度及びインフラの抜本的な見直しである。
  2. 英国では、2000年代に入り、政府主導の改革が展開され、2014年には銀行界による統一モバイル個人間送金サービスが導入された。
  3. さらに2016年末には将来戦略が策定され、新決済インフラの構築が始まった。2018年には、インフラの運営を担う、新決済ガバナンス機関が始動している。また歴史上初めて、ノンバンクによる、銀行間決済システムと中央銀行システムへの直接アクセスも実現した。
  4. 米国においても、銀行界によるモバイル個人間送金サービスが普及しつつある。また英国同様、将来ビジョンが策定され、新決済インフラが構築されつつある。2018年夏には、インフラの運営を担う新決済ガバナンス機関が設立される。
  5. シンガポールは、2016年8月に決済改革のロードマップを発表した。2017年には銀行界の統一的なモバイル決済サービス、PayNowが導入され、FinTechやユーザー代表も参加するPayments Councilも設置された。2018年には、新決済法が制定される予定である。
  6. シンガポールの新決済法案では、決済業者や決済システムに対し、インターオペラビリティの確保を義務づける規定が盛り込まれている。
  7. わが国では、2018年7月に「キャッシュレス推進協議会」が設立され、QRコードの標準化の検討が始まる。同協議会は、英国、米国、シンガポールにおける「決済ガバナンス機関」に似た面もあるが、位置づけは全く異なる。キャッシュレス化を真に推進するためには、銀行界の統一的モバイル個人間送金サービスの導入や、決済法制の抜本的な改革、決済インフラの見直しが不可欠である。
初の国内公募外貨建社債発行の意義 佐藤 淳
  1. 野村総合研究所は2018年3月、国内公募豪ドル建社債を発行した。これは、日本企業が初めて国内公募市場において外貨建で発行した社債である。
  2. 日本社会が成熟化し、経済成長率が低位安定で推移する中、日本企業の事業活動のグローバル化が進んでいる。海外企業を対象にした大型M&Aの増加は、グローバルな競争を有利に進めようという企業の経営判断の現れであり、多くの中堅・中小企業にとっても海外活動の拡大は重要課題となっている。
  3. そうした環境下、外貨建資産の増加にマッチした負債調達の多通貨化、簡便化の意義は大きい。今後、この枠組みを通じて、成長期待の高いタイやインドネシア等の現地法人向けのファイナンスが実施されることも考えられる。更に、アーリーステージ企業の資金調達手段として発展する可能性もある。
  4. 投資家にとっても、国内公募外貨建社債は、外貨建運用の新たな選択肢となる。投資対象が国内企業であれば状況を把握しやすいため、発行体の信用力を効率的に判断しつつ、成長力の高い新興国の通貨での運用を行うことも可能となる。今後の展開が注目される。
日本企業のM&Aにおけるプライベート・エクイティの台頭と今後の展望 吉川 浩史
  1. 近年の日本ではM&A件数・金額が増えており、特にプライベート・エクイティ(PE)の関与する案件の増加が顕著である。
  2. PEの関与するM&Aでは、成熟企業の事業再編に伴い売却される子会社・事業部門や、後継者が不在の中小・零細企業に対する買収が増加している。いずれのケースでもPEには資金に加え、買収後の成長戦略の策定・実行が期待されることが多い。
  3. 広義のPEとして、企業や大学の運用するベンチャー・キャピタルによるベンチャー企業投資も活発化している。今後は、投資先のエグジット(投資回収)時に、買い手としてのPEへのニーズが高まる可能性もある。
  4. 近年は地方創生の観点から、地域産業の振興や観光資源の開発を通じた地域経済の活性化を目的に、自治体、地域金融機関、地域企業等が出資するファンドが地域の企業・事業者に出資する案件もみられる。
  5. PEが関与するM&Aの増加の背景には、企業等からPEが企業価値向上に取り組むパートナーとみられ始めたこともあろう。足元では米系PEによるアジア地域を対象とする大型ファンドの組成が相次ぐが、日系PEの組成は活発とは言えない。経済の新陳代謝を促すためにも、日系PEによる規模拡大とM&Aのさらなる活発化が期待される。
相続制度をめぐる新たな動き
−相続税改正2年目の影響と40年ぶりの改正が決まった相続法−
宮本 佐知子
  1. 相続に対する関心が高まっている。人口動態上、相続を経験する人が増えていることが背景にある。加えて、地価の大幅下落等への対応や格差の固定化防止等の観点から、相続税が2015年から改正されたことや、高齢社会の実情を反映するために、民法の相続に関する規定(相続法)が40年ぶりに改正されることになり、広く耳目を集めていることも挙げられる。本稿では、まず2018年夏に公表された2016年の相続税統計の分析結果を示し、次に2018年7月に決定された相続法改正の注目点を示した上で、金融機関への示唆を検討する。
  2. 相続税については、2015年からの改正では、現行制度の下で初めて基礎控除額が引き下げられたため相続税課税対象者が増加し、課税割合は2015年に続いて2016年も過去最高を更新した。課税割合が増加した地域は、大都市圏のみならず地方圏でも増えており、総じて相続税改正の影響は更に広がっている。
  3. 相続法については、今般の改正では、残された配偶者が生活に困窮することを防ぐための仕組み作りが進められることになった。高齢社会の実情に合わせ、遺留分侵害額請求権や預貯金の仮払い制度など、相続をめぐる揉め事を回避しやすくする仕組みも整えられた。相続人以外の親族に対しても、故人の介護をめぐり認められにくい部分を補う配慮もなされた。この他、自筆証書遺言を法務局で保管し情報の管理を行う制度も新設されることになった。
  4. 多くの金融機関では、相続資産市場を重要な戦略市場に位置づけていることから、相続制度をめぐる新たな動きには注目しておくべきである。これらの改正は、総じて多くの人に影響が及び、相続を意識する人も一層増えていると考えられる。金融機関では、このような個人顧客側での意識の高まりを踏まえ、相続税および相続法の改正に係る正確な情報を提供することと、その上で、相続・贈与をめぐる顧客の金融ニーズを丁寧に引き出し、個々人の事情を踏まえた適切な提案を行うことが重要である。
発足5年目を迎えたNISA
−これまでの利用状況と普及へ向けた課題−
宮本 佐知子
  1. 2014年1月に開始された少額投資非課税制度(NISA)は、開始直後は投資経験者を中心に口座数が急増したが、その後は伸びが鈍化しており、普及へ向けた課題も多い。本稿ではまず、NISAの概要と2017年12月末時点の利用状況を示し、次に制度の設立背景と今後の普及へ向けた課題を論じる。
  2. NISAは現在、3種類あり、成年を対象とした「一般NISA」、積立投資に特化した「つみたてNISA」、そして未成年を対象とした「ジュニアNISA」がある。制度開始直後は一般NISAのみの取扱であり、2017年12月末時点での一般NISAの口座数は1,099万2,733口座、総買付額は12兆5,325億円である。また、一般NISAの普及率は対象人口の10.5%である。
  3. NISAは利用者にとっては複雑な仕組みになっている。これは、証券優遇税制を廃止し、配当・譲渡益の税率を10%から20%へ引き上げる際の激変緩和措置として導入されたという経緯と、政府関係者間での様々な思惑が絡んだ結果といえる。他方、それでも急速に普及が進んだ背景として、官民をあげた努力は見逃せない。
  4. 今後の普及へ向けた課題も多い。NISAを使いやすくするためには、家計の安定的な資産形成を支援するというNISAのそもそもの導入目的に立ち返り、簡素で分かりやすい制度にすべきであろう。現行制度を基に改善を進めるうえで特に急ぐべきは、「制度の恒久化」「スイッチングの認可」「相続時の対応」である。さらに、NISAの新規利用者を広げるにはより直接的な税制面でのアピールも必要になろう。
  5. 金融機関にとっては、まず現行制度の範囲内での真摯な取り組みは重要である。税制優遇が付されたNISAは、新規顧客開拓のための「ドアノック商品」としても利用価値は高い。金融機関にとって、家計の資産形成を支援することは、顧客本位の業務運営を進める上で求められている役割の一つだろう。
金融業への外資出資比率の緩和と同時に株主管理を強化する中国政府の動き 関根 栄一
  1. 2018年4月の中国・海南省で開催されたボアオ・アジアフォーラムでの習近平国家主席による対外開放の継続・拡大に関するスピーチを受け、中国人民銀行・易鋼総裁は、金融業の対外開放に関する12項目を発表し、2017年11月の米中首脳会談等での中国政府の公約内容を更に拡大し、期限を区切って実施することを確約した。
  2. 金融業の開放のうち、証券業では、従来の外資出資上限49%の51%への引き上げと3年後の撤廃とともに、業務範囲の拡大を容認した。保険業では、生命保険業への外資出資比率の緩和を前倒しで実現し、保険関連業務での国内資本との同一性を確保した。銀行業では、貸出債権の株式化に伴う受け皿会社への出資など、新規業務での外資進出を容認した。
  3. 対外開放の一方で、中国政府は過去の事件を教訓に、金融業に出資する株主への管理監督を強化する方針である。そのうち、証券業では、従来の「5%以上の保有株主」、「25%以上を保有する等の主要株主」に加えて、「5%未満の保有株主」と「50%以上を保有する等の支配株主」を加えて、株主を四つに分類し、保有比率が多いほど満たすべき基準を強化する方針である。
  4. また、中国では、既に50〜60社に上ると見られる金融持株会社に対する管理監督体制が整っておらず、グループ内の資金循環や関連取引、複雑な株主構成による大株主の権利濫用、銀行・保険・証券という業態別規制のアービトラージが発生し、レバレッジを効かせるなどして金融市場での潜在的なシステミックリスクを高めている。
  5. このため、2017年には業態別の管理監督の内閣レベルの調整機関として「国務院金融安定発展委員会」が創設され、2018年3月には銀行と保険の管理監督機関が統合され、「中国銀行保険監督管理委員会」が新たに発足し、それぞれ幹部人事の手当てもなされている。
  6. 金融業の対外開放の新たな方針の下、証券業では既に出資している外資持分の引き上げや、保険業では外資の新規進出や異業種の国内資本の進出が出始めている。3年後の2021年を目標に設定した金融業の対外開放の促進とシステミックリスクの発生防止に向け、中国政府にはバランスの取れた政策運営が求められている。
中国におけるハイテク企業を対象とする上場制度改革
−レッドチップ企業による中国預託証券(CDR)の発行が可能に−
関 志雄
  1. 近年、中国では、情報通信などの分野における技術革新を背景に、アリババ、テンセント、バイドゥなど、ニューエコノミーを牽引するハイテク企業が相次いで現れている。しかし、資本市場の改革は遅れているため、これらの企業は、レッドチップ企業として、ニューヨークなどの海外市場に上場している。また、急成長している多くのユニコーン企業も、海外上場の準備を進めている。
  2. 資本市場の活性化とニューエコノミーの更なる発展を促すべく、中国政府は、これらの企業が国内で上場できるように、環境整備を進めている。その大きな一歩として、当局はすでに海外市場に上場しているレッドチップ企業と、ユニコーン企業が中国国内市場に上場するための新しいルールを提示している。それにより、海外で登記しているハイテク企業でも、一定の条件を満たせば、株式、または海外で発行した株式などの証券に裏付けられる中国預託証券(CDR)を、国内市場に上場させることが可能になる。
タイの投資信託市場の展望と課題
−持続的な拡大をもたらし得る3つの要因−
井潟 正彦佐藤 広大
  1. 近年、タイの証券市場は活況を呈しているが、特に目を引くのが投資信託の拡大である。同国の2017年末投資信託残高は約5兆バーツ(約17兆円)で、過去5年間で年率約13.0%の成長を遂げ、ASEAN(東南アジア諸国連合)の投資信託市場の中でも抜きんでる存在になりつつある。
  2. これまで投資信託販売において牽引役を果たしてきたのは大手銀行グループである。今後もタイの投資信託市場が持続的に拡大し得るかについて、(1)オープン・アーキテクチャーが広がる動き、(2)税制優遇を伴う投資制度の役割、(3)海外ファンドが拡大する余地の3点に注目し、考察した。
  3. 1点目のオープン・アーキテクチャーが広がる動きは、健全な販売活動や競争の促進、品揃え拡充ニーズへの対応から既定路線になっており、今後数年間で本格化する見込みである。2点目の税制優遇を伴う投資制度の役割には、官民一体で期待を高めている。背景として、同国で高齢化が急速に進行することが挙げられる。国民全体が退職後の備えを充実できるようにと、民間企業における確定拠出型年金の従業員への提供義務化も予定されている。3点目の海外ファンドが拡大する余地は大きいと見る。同国の経済成長が引き続き期待できるとは言え、経済規模や産業構造などから生じ得る一定の制約に鑑みると、分散投資を伴いながら長期的に高い収益率を実現するには海外ファンドの役割は不可欠だからである。
  4. タイの投資信託市場の持続的拡大には、国民における金融リテラシーの向上、投資教育の強化が欠かせない。政府と業界関係者はその重要性を認識し、一体となって具体的な取り組みに注力し始めている。今後、より多くの同国国民が資産形成に取り組む基盤の形成が進み、投資信託市場の持続的拡大の実現可能性がより高まるか、注目される。
時流 2025年にどのようにたどり着くか:財政健全化の今後の道行きについて 上智大学経済学部准教授、日本政策投資銀行設備投資研究所客員主任研究員
中里 透

量的・質的金融緩和の導入から5年、消費税率の8%への引き上げから4年が経過した。この間に物価上昇率はプラスに転じ、財政収支も大幅な改善をみたが、2%の物価安定目標は未達のままであり、基礎的財政収支(プライマリーバランス)の黒字化も達成時期の後ずれが生じている。こうした中、2019年10月には再増税(消費税率の10%への引き上げ)の実施が予定されており、その実施・延期の判断が今秋にもなされる見通しである。
そこで、本稿では財政健全化をめぐるこれまでの経過を振り返り、今後の道行きについて考えてみることとしたい。

投資家と企業との対話ガイドラインの策定とCGコードの改訂 西山 賢吾
  1. 我が国のコーポレートガバナンス改革はここまで一定の成果を上げているが、その水準をさらに高める上で残されている課題に対応するため、2018年6月1日、『投資家と企業との対話ガイドライン』が策定、公表されるとともに、コーポレートガバナンス・コードの改訂が実施された。
  2. 今回のガイドラインとコードの改訂で最も注目されるのは、『資本コストの的確な把握』であろう。今回資本コストの定義や明確な計算方法は示されていないが、重要なことは、資本コストの算出そのものに終始するのではなく、資本コストの計算に用いた各種数値の採用根拠やその背景にある中長期的な経営ビジョンを示し、投資家との対話を深めることである。
  3. 資本コストと並び注目される政策保有株式に関しては、保有すべきではないという意見と、合理性があれば一定量の保有を容認する意見がある。しかし、今回の対話ガイドラインの制定やコードの改訂により、保有の合理性に対し従来以上に納得感のある説明が求められると考えられるため、保有の合理性に乏しい株式の売却を求める声はさらに強まるであろう。
  4. 我が国企業ではコードの各原則について、まず遵守ありきという考えを持つ上場企業が少なくないように見えるが、具体的な対応をせず形式的な遵守に留まるよりは、明確な理由を説明した上で受け入れない原則があるという対応の方が望ましいと考えられる。さらに、これからは「コンプライ・オア・エクスプレイン」ベースから、原則受け入れの諾否にかかわらず企業の姿勢を主体的、かつ明確に示す「コンプライ・アンド・エクスプレイン」ベースでの対応が期待される。
機関投資家が注目し始めた気候関連財務情報
−ESG投資拡大に伴い重要性が高まる積極開示−
板津 直孝
  1. 金融安定理事会(FSB)が設置した気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)は、2017年6月、最終報告書を公表し、投資家やその他のステークホルダーが、重要な気候関連のリスク及び機会が企業にもたらす財務インパクトを理解する上で、有用な情報開示の枠組みを提言した。その後の1年間で、欧米の機関投資家は気候関連の情報開示に対する関心を着実に高めており、日本企業が注視すべき状況になっている。
  2. 背景には、世界各国で拡大し始めたESG(環境、社会、企業投資)投資がある。欧米の機関投資家の多くは、気候変動をポートフォリオの重要なリスク要因に位置づけ、投資で優先すべき一つに掲げている。そして、気候関連の情報開示が不十分な企業に対しては、議決権を行使して改善を求める集団的エンゲージメントや、気候変動に対する取り組みが不十分な企業への投資を引き上げるダイベストメントを拡大している。その対象は、日本企業にも広がっている。
  3. TCFDの最終報告書の公表により、開示の枠組みが提示されたことから、欧米の機関投資家のこうした動きは、具体性を伴ってますます盛んになると考えられる。こうした欧米の気候関連の情報開示に対する顕著な反応は、現在、日本企業が日本国内において得られる感触と大きく異なるため、株主構成において欧米の機関投資家の比率が高い日本企業は、特に注視する必要があろう。
  4. 気候関連の情報開示の国際的な方向性は、財務報告との一元化であり、日本企業にとっては、財務報告と気候関連財務情報との親和性を一層高める準備が必要である。日本企業と欧米の投資家との対話においては、投資家が、TCFDの提言に則した気候関連財務情報開示を期待していることを認識する必要があろう。
持続可能な社会の実現に向けて注目が集まるソーシャルボンド 江夏 あかね
  1. 社会的課題への対処に向けた事業を資金使途とする債券である「ソーシャルボンド」の発行が近年、増加し始めている。ソーシャルボンドは、2006年11月に発行を開始した予防接種のための国際金融ファシリティ(IFFIm)によるワクチン債が初めてとされる。国際資本市場協会(ICMA)によるソーシャルボンド原則(SBP)の存在もあり、2010年代半ば頃から認知度が上がっている。また、本稿でも取り上げた発行事例を踏まえると、発行体セクターは、国際機関、銀行、政府系機関、事業会社と拡大傾向にある。
  2. 日本では2018年6月末現在、国内債として国際協力機構(JICA)、サムライ債としてBPCEが発行している。日本国内の社会的課題のために発行された事例はまだ出ていないが、日本でソーシャルボンドが今後、どのように活用されていくか注目されるところである。
  3. ソーシャルボンドの発行に当たっては、(1)発行体として、社会的課題の解決が経営面での重要課題として位置付けられていること、(2)対象事業がSBPに掲げられるソーシャルプロジェクトに該当し、社会的課題の改善目標及び改善のためのプロセスが明確など、SBPに適合した内容であること、(3)投資家をはじめとしたステークホルダーに対して透明性かつ客観性を確保し、レポーティング等を通じて説明責任を果たすこと、が成功のカギになると考えられる。
ブロックチェーンで拡がるESGをテーマとした資金調達の未来
−オーストリアのフェアブントによるグリーン・シュルトシャイン−
江夏 あかね佐藤 広大
  1. オーストリアの大手電力会社フェアブント(Verbund AG)は2018年4月17日、世界初の取組みとなるブロックチェーン技術を活用した「グリーン・シュルトシャイン」(Grüner Schuldschein)による資金調達を実現させた。
  2. グリーン・シュルトシャインとは、債務証書とも呼ばれるドイツ法に準拠したローンで、調達資金の使途を環境に配慮したプロジェクトとする、環境・社会・ガバナンス(ESG)関連の金融商品である。今般の資金調達に当たっては、ブロックチェーン技術が活用され、発行体から投資家へのプロセスをデジタル化することで、コミュニケーション、透明性、自動化といった観点から、調達プロセスが改善された。
  3. 発行体・投資家等は、プロセスの改善により調達関連コストの縮減や利便性向上といったメリットを享受することとなった。今後、ESGをテーマとした負債性資金調達でも、デジタル・プラットフォームの一環としてブロックチェーン技術の活用が選択肢の1つとなる機会が増える可能性もあろう。
  4. 今般のグリーン・シュルトシャインによる資金調達は、将来的なESG関連データ蓄積・充実化といった観点からも、多くのESG市場参加者に対して考えるきっかけを与える事例になったと言える。
金融危機発生から10年間で再拡大する米連邦住宅貸付銀行制度 岡田 功太
  1. 近年、米連邦住宅貸付銀行制度(FHLBS)のバランスシートが再拡大している。FHLBSの資産は、2008年の金融危機時に約1.35兆ドルとピークに達した後に、2012年にかけて半減し、その後、過去5年間で約1.5倍に増加した。FHLBSは、政府支援企業(GSE)であるが、ファニーメイ及びフレディマックのように、証券化商品の発行・保証を担っているのではなく、住宅ローン貸出支援を目的に、会員である商業銀行等に対して、「アドバンス」と呼ばれる低利の貸出を行っている。
  2. アドバンスの残高は、過去5年間で約1.7倍となり、FHLBSの資産の約65%に相当する規模になった。その要因として、2014年9月に最終化された米国の流動性カバレッジ比率(LCR)が挙げられる。LCRにおける証券担保調達の流出率は、適格流動資産の要件を満たさない資産が担保の場合には100%、GSEとの取引の場合には25%と規定されており、大手米銀にとって、GSEと取引する方が有利であることから、FHLBSからアドバンスの借入額を増加させた。
  3. 他方で、FHLBSの負債も増加傾向にあり、特に、ディスカウント・ノートの発行残高は、過去5年間で約1.8倍となった。その要因として、2014年7月に最終化されたMMF規制が挙げられる。同規制において、FHLBSが発行するディスカウント・ノートは、ガバメントMMFの投資対象資産として分類されたことに加えて、同MMFは2015年7月から約2年間で約1兆ドル増加した。その結果、MMFによるFHLBS債の保有比率は、2011年末の約7%から、2017年末には約20%に増加した。
  4. FHLBSは、1930年代の世界恐慌以降、過去の金融危機において、大手米銀に対してアドバンスを提供することで、連邦準備制度理事会(FRB)に次ぐ最後から2番目の貸し手として、金融システムの安定化に貢献してきた。しかし、現在、FHLBSのバランスシートは再拡大し、特に短期調達比率が上昇したことによって、皮肉なことにFHLBS自身がシステミック・リスクの震源地として懸念材料となっている。つまり、大手米銀及びMMFが有していた同リスクの一部は、金融規制の進展によって、FHLBSにシフトしているとも言える。2008年の金融危機から10年が経過した現在、改めて、金融システムにとって最適な規制枠組みの構築が必要であると言えよう。
EUにおけるマクロプルーデンス政策
−世界に先駆ける実践的な取組み−
小立 敬
  1. 金融危機以降、世界の中央銀行や金融規制当局において金融システムの安定を政策目標とするマクロプルーデンス政策の重要性がより強く認識されている。EUでは、欧州システミック・リスク理事会(ESRB)のイニシアティブの下、マクロプルーデンス政策を実行するための域内共通の枠組みが整備され、加盟国では新たな政策ツールの適用も始まっている。
  2. 実際に加盟国で適用されている主なマクロプルーデンス・ツールとしては、代表的な政策ツールに位置づけられるバーゼルIIIのカウンターシクリカル・バッファー(CCyB)が7カ国で実施されている。システミック・リスクに対応するために自己資本の上乗せを要求するEU独自のシステミック・リスク・バッファー(SyRB)も14カ国で導入されている。担保評価額に対する融資の比率を表すLTVや債務者所得に対する債務返済額の比率を表すDSTIに上限を設定する国も多く、LTVリミットは17カ国において採用されている。
  3. マクロプルーデンス・ツールの適用に関する実務をみると、加盟国の間で違いが窺われる。例えば、CCyBのオペレーションに関しては、水準の設定に責任を有する当局、情報開示、政策目標、ルールか裁量かという運営方法、中立的なバッファーの水準、コア指標、フォワード・ガイダンスといった点において、加盟国によって対応や考え方が大きく異なる。今後、加盟国がマクロプルーデンス・ツールの適用の経験を積み重ねていく中で、加盟国間の差異が解消されていくのかどうかが注目されるところである。
  4. EUのマクロプルーデンス政策は、実行段階に入ったばかりとはいえ、世界に先駆ける実践的な取組みのように窺われる。EUの経験は今後、EU以外の国・地域に対しても議論の材料を提供していくことを通じて、マクロプルーデンス政策に係るグローバルな知見を高めていくことになるだろう。EUにおけるマクロプルーデンス政策は引続き注目していくべき重要な取組みである。
米モルガン・スタンレーのウェルス・マネジメント部門の取り組み 岡田 功太木下 生悟
  1. 米国モルガン・スタンレーのウェルス・マネジメント部門は、競合他社を上回る預かり資産や営業員数を有し、同社の主力ビジネスとしてグループを牽引している。2008年の金融危機以降、事業の選択と集中を進めるシティ・グループからのスミス・バーニー買収によって、同部門の基盤が形成された。また、同年に銀行持株会社への変更が行われたが、これにより、資産運用関連のサービスに加えて、預金の受け入れと融資も提供して家計全体にアプローチすることが可能となった。
  2. 同部門では、一貫して収益構造の改革に取り組んでいる。所属する営業員数及び店舗数の大幅な削減と同時に、顧客層を富裕層にシフトし、営業員一人当たりの預かり資産を増加させることで収益性を向上させている。営業員数は2009年末から約13%減少し、店舗数は同期間で約33%減少した。これらの結果、営業員一人当たりの収益が、過去8年間で約2倍となった。
  3. また、収益安定化や顧客との関係構築の強化に向け、顧客の資産残高に応じて手数料を得る残高フィー型サービスの提供に注力している。預かり資産総額に占める残高フィー型サービスの割合は、2009年末の約25%から2017年末には約45%に増加した。更に、営業員のサポートを主眼としたデジタル戦略に取り組み、自社開発に拘らず、他社との提携によって、より高度で効率的なデジタル戦略を採用する方向性を示している。
  4. モルガン・スタンレーは、ジェームズ・ゴーマン会長兼CEOの指揮の下、これまで一貫してウェルス・マネジメント部門の営業収益の利益率の増加という明確な経営目標を設定し、実行し続けてきた。引き続き収益性の向上を掲げており、今後も同部門の動向が注目される。
キャッシュレス化と決済改革 淵田 康之
  1. 今日、諸外国では一連の決済改革を通じて、キャッシュレス化が進展している。決済改革の柱は、銀行界による統一的なモバイル個人間送金サービスの導入や、決済関連FinTechの台頭を踏まえた、制度及びインフラの抜本的な見直しである。
  2. 英国では、2000年代に入り、政府主導の改革が展開され、2014年には銀行界による統一モバイル個人間送金サービスが導入された。
  3. さらに2016年末には将来戦略が策定され、新決済インフラの構築が始まった。2018年には、インフラの運営を担う、新決済ガバナンス機関が始動している。また歴史上初めて、ノンバンクによる、銀行間決済システムと中央銀行システムへの直接アクセスも実現した。
  4. 米国においても、銀行界によるモバイル個人間送金サービスが普及しつつある。また英国同様、将来ビジョンが策定され、新決済インフラが構築されつつある。2018年夏には、インフラの運営を担う新決済ガバナンス機関が設立される。
  5. シンガポールは、2016年8月に決済改革のロードマップを発表した。2017年には銀行界の統一的なモバイル決済サービス、PayNowが導入され、FinTechやユーザー代表も参加するPayments Councilも設置された。2018年には、新決済法が制定される予定である。
  6. シンガポールの新決済法案では、決済業者や決済システムに対し、インターオペラビリティの確保を義務づける規定が盛り込まれている。
  7. わが国では、2018年7月に「キャッシュレス推進協議会」が設立され、QRコードの標準化の検討が始まる。同協議会は、英国、米国、シンガポールにおける「決済ガバナンス機関」に似た面もあるが、位置づけは全く異なる。キャッシュレス化を真に推進するためには、銀行界の統一的モバイル個人間送金サービスの導入や、決済法制の抜本的な改革、決済インフラの見直しが不可欠である。
初の国内公募外貨建社債発行の意義 佐藤 淳
  1. 野村総合研究所は2018年3月、国内公募豪ドル建社債を発行した。これは、日本企業が初めて国内公募市場において外貨建で発行した社債である。
  2. 日本社会が成熟化し、経済成長率が低位安定で推移する中、日本企業の事業活動のグローバル化が進んでいる。海外企業を対象にした大型M&Aの増加は、グローバルな競争を有利に進めようという企業の経営判断の現れであり、多くの中堅・中小企業にとっても海外活動の拡大は重要課題となっている。
  3. そうした環境下、外貨建資産の増加にマッチした負債調達の多通貨化、簡便化の意義は大きい。今後、この枠組みを通じて、成長期待の高いタイやインドネシア等の現地法人向けのファイナンスが実施されることも考えられる。更に、アーリーステージ企業の資金調達手段として発展する可能性もある。
  4. 投資家にとっても、国内公募外貨建社債は、外貨建運用の新たな選択肢となる。投資対象が国内企業であれば状況を把握しやすいため、発行体の信用力を効率的に判断しつつ、成長力の高い新興国の通貨での運用を行うことも可能となる。今後の展開が注目される。
日本企業のM&Aにおけるプライベート・エクイティの台頭と今後の展望 吉川 浩史
  1. 近年の日本ではM&A件数・金額が増えており、特にプライベート・エクイティ(PE)の関与する案件の増加が顕著である。
  2. PEの関与するM&Aでは、成熟企業の事業再編に伴い売却される子会社・事業部門や、後継者が不在の中小・零細企業に対する買収が増加している。いずれのケースでもPEには資金に加え、買収後の成長戦略の策定・実行が期待されることが多い。
  3. 広義のPEとして、企業や大学の運用するベンチャー・キャピタルによるベンチャー企業投資も活発化している。今後は、投資先のエグジット(投資回収)時に、買い手としてのPEへのニーズが高まる可能性もある。
  4. 近年は地方創生の観点から、地域産業の振興や観光資源の開発を通じた地域経済の活性化を目的に、自治体、地域金融機関、地域企業等が出資するファンドが地域の企業・事業者に出資する案件もみられる。
  5. PEが関与するM&Aの増加の背景には、企業等からPEが企業価値向上に取り組むパートナーとみられ始めたこともあろう。足元では米系PEによるアジア地域を対象とする大型ファンドの組成が相次ぐが、日系PEの組成は活発とは言えない。経済の新陳代謝を促すためにも、日系PEによる規模拡大とM&Aのさらなる活発化が期待される。
相続制度をめぐる新たな動き
−相続税改正2年目の影響と40年ぶりの改正が決まった相続法−
宮本 佐知子
  1. 相続に対する関心が高まっている。人口動態上、相続を経験する人が増えていることが背景にある。加えて、地価の大幅下落等への対応や格差の固定化防止等の観点から、相続税が2015年から改正されたことや、高齢社会の実情を反映するために、民法の相続に関する規定(相続法)が40年ぶりに改正されることになり、広く耳目を集めていることも挙げられる。本稿では、まず2018年夏に公表された2016年の相続税統計の分析結果を示し、次に2018年7月に決定された相続法改正の注目点を示した上で、金融機関への示唆を検討する。
  2. 相続税については、2015年からの改正では、現行制度の下で初めて基礎控除額が引き下げられたため相続税課税対象者が増加し、課税割合は2015年に続いて2016年も過去最高を更新した。課税割合が増加した地域は、大都市圏のみならず地方圏でも増えており、総じて相続税改正の影響は更に広がっている。
  3. 相続法については、今般の改正では、残された配偶者が生活に困窮することを防ぐための仕組み作りが進められることになった。高齢社会の実情に合わせ、遺留分侵害額請求権や預貯金の仮払い制度など、相続をめぐる揉め事を回避しやすくする仕組みも整えられた。相続人以外の親族に対しても、故人の介護をめぐり認められにくい部分を補う配慮もなされた。この他、自筆証書遺言を法務局で保管し情報の管理を行う制度も新設されることになった。
  4. 多くの金融機関では、相続資産市場を重要な戦略市場に位置づけていることから、相続制度をめぐる新たな動きには注目しておくべきである。これらの改正は、総じて多くの人に影響が及び、相続を意識する人も一層増えていると考えられる。金融機関では、このような個人顧客側での意識の高まりを踏まえ、相続税および相続法の改正に係る正確な情報を提供することと、その上で、相続・贈与をめぐる顧客の金融ニーズを丁寧に引き出し、個々人の事情を踏まえた適切な提案を行うことが重要である。
発足5年目を迎えたNISA
−これまでの利用状況と普及へ向けた課題−
宮本 佐知子
  1. 2014年1月に開始された少額投資非課税制度(NISA)は、開始直後は投資経験者を中心に口座数が急増したが、その後は伸びが鈍化しており、普及へ向けた課題も多い。本稿ではまず、NISAの概要と2017年12月末時点の利用状況を示し、次に制度の設立背景と今後の普及へ向けた課題を論じる。
  2. NISAは現在、3種類あり、成年を対象とした「一般NISA」、積立投資に特化した「つみたてNISA」、そして未成年を対象とした「ジュニアNISA」がある。制度開始直後は一般NISAのみの取扱であり、2017年12月末時点での一般NISAの口座数は1,099万2,733口座、総買付額は12兆5,325億円である。また、一般NISAの普及率は対象人口の10.5%である。
  3. NISAは利用者にとっては複雑な仕組みになっている。これは、証券優遇税制を廃止し、配当・譲渡益の税率を10%から20%へ引き上げる際の激変緩和措置として導入されたという経緯と、政府関係者間での様々な思惑が絡んだ結果といえる。他方、それでも急速に普及が進んだ背景として、官民をあげた努力は見逃せない。
  4. 今後の普及へ向けた課題も多い。NISAを使いやすくするためには、家計の安定的な資産形成を支援するというNISAのそもそもの導入目的に立ち返り、簡素で分かりやすい制度にすべきであろう。現行制度を基に改善を進めるうえで特に急ぐべきは、「制度の恒久化」「スイッチングの認可」「相続時の対応」である。さらに、NISAの新規利用者を広げるにはより直接的な税制面でのアピールも必要になろう。
  5. 金融機関にとっては、まず現行制度の範囲内での真摯な取り組みは重要である。税制優遇が付されたNISAは、新規顧客開拓のための「ドアノック商品」としても利用価値は高い。金融機関にとって、家計の資産形成を支援することは、顧客本位の業務運営を進める上で求められている役割の一つだろう。
金融業への外資出資比率の緩和と同時に株主管理を強化する中国政府の動き 関根 栄一
  1. 2018年4月の中国・海南省で開催されたボアオ・アジアフォーラムでの習近平国家主席による対外開放の継続・拡大に関するスピーチを受け、中国人民銀行・易鋼総裁は、金融業の対外開放に関する12項目を発表し、2017年11月の米中首脳会談等での中国政府の公約内容を更に拡大し、期限を区切って実施することを確約した。
  2. 金融業の開放のうち、証券業では、従来の外資出資上限49%の51%への引き上げと3年後の撤廃とともに、業務範囲の拡大を容認した。保険業では、生命保険業への外資出資比率の緩和を前倒しで実現し、保険関連業務での国内資本との同一性を確保した。銀行業では、貸出債権の株式化に伴う受け皿会社への出資など、新規業務での外資進出を容認した。
  3. 対外開放の一方で、中国政府は過去の事件を教訓に、金融業に出資する株主への管理監督を強化する方針である。そのうち、証券業では、従来の「5%以上の保有株主」、「25%以上を保有する等の主要株主」に加えて、「5%未満の保有株主」と「50%以上を保有する等の支配株主」を加えて、株主を四つに分類し、保有比率が多いほど満たすべき基準を強化する方針である。
  4. また、中国では、既に50〜60社に上ると見られる金融持株会社に対する管理監督体制が整っておらず、グループ内の資金循環や関連取引、複雑な株主構成による大株主の権利濫用、銀行・保険・証券という業態別規制のアービトラージが発生し、レバレッジを効かせるなどして金融市場での潜在的なシステミックリスクを高めている。
  5. このため、2017年には業態別の管理監督の内閣レベルの調整機関として「国務院金融安定発展委員会」が創設され、2018年3月には銀行と保険の管理監督機関が統合され、「中国銀行保険監督管理委員会」が新たに発足し、それぞれ幹部人事の手当てもなされている。
  6. 金融業の対外開放の新たな方針の下、証券業では既に出資している外資持分の引き上げや、保険業では外資の新規進出や異業種の国内資本の進出が出始めている。3年後の2021年を目標に設定した金融業の対外開放の促進とシステミックリスクの発生防止に向け、中国政府にはバランスの取れた政策運営が求められている。
中国におけるハイテク企業を対象とする上場制度改革
−レッドチップ企業による中国預託証券(CDR)の発行が可能に−
関 志雄
  1. 近年、中国では、情報通信などの分野における技術革新を背景に、アリババ、テンセント、バイドゥなど、ニューエコノミーを牽引するハイテク企業が相次いで現れている。しかし、資本市場の改革は遅れているため、これらの企業は、レッドチップ企業として、ニューヨークなどの海外市場に上場している。また、急成長している多くのユニコーン企業も、海外上場の準備を進めている。
  2. 資本市場の活性化とニューエコノミーの更なる発展を促すべく、中国政府は、これらの企業が国内で上場できるように、環境整備を進めている。その大きな一歩として、当局はすでに海外市場に上場しているレッドチップ企業と、ユニコーン企業が中国国内市場に上場するための新しいルールを提示している。それにより、海外で登記しているハイテク企業でも、一定の条件を満たせば、株式、または海外で発行した株式などの証券に裏付けられる中国預託証券(CDR)を、国内市場に上場させることが可能になる。
タイの投資信託市場の展望と課題
−持続的な拡大をもたらし得る3つの要因−
井潟 正彦佐藤 広大
  1. 近年、タイの証券市場は活況を呈しているが、特に目を引くのが投資信託の拡大である。同国の2017年末投資信託残高は約5兆バーツ(約17兆円)で、過去5年間で年率約13.0%の成長を遂げ、ASEAN(東南アジア諸国連合)の投資信託市場の中でも抜きんでる存在になりつつある。
  2. これまで投資信託販売において牽引役を果たしてきたのは大手銀行グループである。今後もタイの投資信託市場が持続的に拡大し得るかについて、(1)オープン・アーキテクチャーが広がる動き、(2)税制優遇を伴う投資制度の役割、(3)海外ファンドが拡大する余地の3点に注目し、考察した。
  3. 1点目のオープン・アーキテクチャーが広がる動きは、健全な販売活動や競争の促進、品揃え拡充ニーズへの対応から既定路線になっており、今後数年間で本格化する見込みである。2点目の税制優遇を伴う投資制度の役割には、官民一体で期待を高めている。背景として、同国で高齢化が急速に進行することが挙げられる。国民全体が退職後の備えを充実できるようにと、民間企業における確定拠出型年金の従業員への提供義務化も予定されている。3点目の海外ファンドが拡大する余地は大きいと見る。同国の経済成長が引き続き期待できるとは言え、経済規模や産業構造などから生じ得る一定の制約に鑑みると、分散投資を伴いながら長期的に高い収益率を実現するには海外ファンドの役割は不可欠だからである。
  4. タイの投資信託市場の持続的拡大には、国民における金融リテラシーの向上、投資教育の強化が欠かせない。政府と業界関係者はその重要性を認識し、一体となって具体的な取り組みに注力し始めている。今後、より多くの同国国民が資産形成に取り組む基盤の形成が進み、投資信託市場の持続的拡大の実現可能性がより高まるか、注目される。
要約
時流 2025年にどのようにたどり着くか:財政健全化の今後の道行きについて 上智大学経済学部准教授、日本政策投資銀行設備投資研究所客員主任研究員
中里 透

量的・質的金融緩和の導入から5年、消費税率の8%への引き上げから4年が経過した。この間に物価上昇率はプラスに転じ、財政収支も大幅な改善をみたが、2%の物価安定目標は未達のままであり、基礎的財政収支(プライマリーバランス)の黒字化も達成時期の後ずれが生じている。こうした中、2019年10月には再増税(消費税率の10%への引き上げ)の実施が予定されており、その実施・延期の判断が今秋にもなされる見通しである。
そこで、本稿では財政健全化をめぐるこれまでの経過を振り返り、今後の道行きについて考えてみることとしたい。

投資家と企業との対話ガイドラインの策定とCGコードの改訂 西山 賢吾
  1. 我が国のコーポレートガバナンス改革はここまで一定の成果を上げているが、その水準をさらに高める上で残されている課題に対応するため、2018年6月1日、『投資家と企業との対話ガイドライン』が策定、公表されるとともに、コーポレートガバナンス・コードの改訂が実施された。
  2. 今回のガイドラインとコードの改訂で最も注目されるのは、『資本コストの的確な把握』であろう。今回資本コストの定義や明確な計算方法は示されていないが、重要なことは、資本コストの算出そのものに終始するのではなく、資本コストの計算に用いた各種数値の採用根拠やその背景にある中長期的な経営ビジョンを示し、投資家との対話を深めることである。
  3. 資本コストと並び注目される政策保有株式に関しては、保有すべきではないという意見と、合理性があれば一定量の保有を容認する意見がある。しかし、今回の対話ガイドラインの制定やコードの改訂により、保有の合理性に対し従来以上に納得感のある説明が求められると考えられるため、保有の合理性に乏しい株式の売却を求める声はさらに強まるであろう。
  4. 我が国企業ではコードの各原則について、まず遵守ありきという考えを持つ上場企業が少なくないように見えるが、具体的な対応をせず形式的な遵守に留まるよりは、明確な理由を説明した上で受け入れない原則があるという対応の方が望ましいと考えられる。さらに、これからは「コンプライ・オア・エクスプレイン」ベースから、原則受け入れの諾否にかかわらず企業の姿勢を主体的、かつ明確に示す「コンプライ・アンド・エクスプレイン」ベースでの対応が期待される。
機関投資家が注目し始めた気候関連財務情報
−ESG投資拡大に伴い重要性が高まる積極開示−
板津 直孝
  1. 金融安定理事会(FSB)が設置した気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)は、2017年6月、最終報告書を公表し、投資家やその他のステークホルダーが、重要な気候関連のリスク及び機会が企業にもたらす財務インパクトを理解する上で、有用な情報開示の枠組みを提言した。その後の1年間で、欧米の機関投資家は気候関連の情報開示に対する関心を着実に高めており、日本企業が注視すべき状況になっている。
  2. 背景には、世界各国で拡大し始めたESG(環境、社会、企業投資)投資がある。欧米の機関投資家の多くは、気候変動をポートフォリオの重要なリスク要因に位置づけ、投資で優先すべき一つに掲げている。そして、気候関連の情報開示が不十分な企業に対しては、議決権を行使して改善を求める集団的エンゲージメントや、気候変動に対する取り組みが不十分な企業への投資を引き上げるダイベストメントを拡大している。その対象は、日本企業にも広がっている。
  3. TCFDの最終報告書の公表により、開示の枠組みが提示されたことから、欧米の機関投資家のこうした動きは、具体性を伴ってますます盛んになると考えられる。こうした欧米の気候関連の情報開示に対する顕著な反応は、現在、日本企業が日本国内において得られる感触と大きく異なるため、株主構成において欧米の機関投資家の比率が高い日本企業は、特に注視する必要があろう。
  4. 気候関連の情報開示の国際的な方向性は、財務報告との一元化であり、日本企業にとっては、財務報告と気候関連財務情報との親和性を一層高める準備が必要である。日本企業と欧米の投資家との対話においては、投資家が、TCFDの提言に則した気候関連財務情報開示を期待していることを認識する必要があろう。
持続可能な社会の実現に向けて注目が集まるソーシャルボンド 江夏 あかね
  1. 社会的課題への対処に向けた事業を資金使途とする債券である「ソーシャルボンド」の発行が近年、増加し始めている。ソーシャルボンドは、2006年11月に発行を開始した予防接種のための国際金融ファシリティ(IFFIm)によるワクチン債が初めてとされる。国際資本市場協会(ICMA)によるソーシャルボンド原則(SBP)の存在もあり、2010年代半ば頃から認知度が上がっている。また、本稿でも取り上げた発行事例を踏まえると、発行体セクターは、国際機関、銀行、政府系機関、事業会社と拡大傾向にある。
  2. 日本では2018年6月末現在、国内債として国際協力機構(JICA)、サムライ債としてBPCEが発行している。日本国内の社会的課題のために発行された事例はまだ出ていないが、日本でソーシャルボンドが今後、どのように活用されていくか注目されるところである。
  3. ソーシャルボンドの発行に当たっては、(1)発行体として、社会的課題の解決が経営面での重要課題として位置付けられていること、(2)対象事業がSBPに掲げられるソーシャルプロジェクトに該当し、社会的課題の改善目標及び改善のためのプロセスが明確など、SBPに適合した内容であること、(3)投資家をはじめとしたステークホルダーに対して透明性かつ客観性を確保し、レポーティング等を通じて説明責任を果たすこと、が成功のカギになると考えられる。
ブロックチェーンで拡がるESGをテーマとした資金調達の未来
−オーストリアのフェアブントによるグリーン・シュルトシャイン−
江夏 あかね佐藤 広大
  1. オーストリアの大手電力会社フェアブント(Verbund AG)は2018年4月17日、世界初の取組みとなるブロックチェーン技術を活用した「グリーン・シュルトシャイン」(Grüner Schuldschein)による資金調達を実現させた。
  2. グリーン・シュルトシャインとは、債務証書とも呼ばれるドイツ法に準拠したローンで、調達資金の使途を環境に配慮したプロジェクトとする、環境・社会・ガバナンス(ESG)関連の金融商品である。今般の資金調達に当たっては、ブロックチェーン技術が活用され、発行体から投資家へのプロセスをデジタル化することで、コミュニケーション、透明性、自動化といった観点から、調達プロセスが改善された。
  3. 発行体・投資家等は、プロセスの改善により調達関連コストの縮減や利便性向上といったメリットを享受することとなった。今後、ESGをテーマとした負債性資金調達でも、デジタル・プラットフォームの一環としてブロックチェーン技術の活用が選択肢の1つとなる機会が増える可能性もあろう。
  4. 今般のグリーン・シュルトシャインによる資金調達は、将来的なESG関連データ蓄積・充実化といった観点からも、多くのESG市場参加者に対して考えるきっかけを与える事例になったと言える。
金融危機発生から10年間で再拡大する米連邦住宅貸付銀行制度 岡田 功太
  1. 近年、米連邦住宅貸付銀行制度(FHLBS)のバランスシートが再拡大している。FHLBSの資産は、2008年の金融危機時に約1.35兆ドルとピークに達した後に、2012年にかけて半減し、その後、過去5年間で約1.5倍に増加した。FHLBSは、政府支援企業(GSE)であるが、ファニーメイ及びフレディマックのように、証券化商品の発行・保証を担っているのではなく、住宅ローン貸出支援を目的に、会員である商業銀行等に対して、「アドバンス」と呼ばれる低利の貸出を行っている。
  2. アドバンスの残高は、過去5年間で約1.7倍となり、FHLBSの資産の約65%に相当する規模になった。その要因として、2014年9月に最終化された米国の流動性カバレッジ比率(LCR)が挙げられる。LCRにおける証券担保調達の流出率は、適格流動資産の要件を満たさない資産が担保の場合には100%、GSEとの取引の場合には25%と規定されており、大手米銀にとって、GSEと取引する方が有利であることから、FHLBSからアドバンスの借入額を増加させた。
  3. 他方で、FHLBSの負債も増加傾向にあり、特に、ディスカウント・ノートの発行残高は、過去5年間で約1.8倍となった。その要因として、2014年7月に最終化されたMMF規制が挙げられる。同規制において、FHLBSが発行するディスカウント・ノートは、ガバメントMMFの投資対象資産として分類されたことに加えて、同MMFは2015年7月から約2年間で約1兆ドル増加した。その結果、MMFによるFHLBS債の保有比率は、2011年末の約7%から、2017年末には約20%に増加した。
  4. FHLBSは、1930年代の世界恐慌以降、過去の金融危機において、大手米銀に対してアドバンスを提供することで、連邦準備制度理事会(FRB)に次ぐ最後から2番目の貸し手として、金融システムの安定化に貢献してきた。しかし、現在、FHLBSのバランスシートは再拡大し、特に短期調達比率が上昇したことによって、皮肉なことにFHLBS自身がシステミック・リスクの震源地として懸念材料となっている。つまり、大手米銀及びMMFが有していた同リスクの一部は、金融規制の進展によって、FHLBSにシフトしているとも言える。2008年の金融危機から10年が経過した現在、改めて、金融システムにとって最適な規制枠組みの構築が必要であると言えよう。
EUにおけるマクロプルーデンス政策
−世界に先駆ける実践的な取組み−
小立 敬
  1. 金融危機以降、世界の中央銀行や金融規制当局において金融システムの安定を政策目標とするマクロプルーデンス政策の重要性がより強く認識されている。EUでは、欧州システミック・リスク理事会(ESRB)のイニシアティブの下、マクロプルーデンス政策を実行するための域内共通の枠組みが整備され、加盟国では新たな政策ツールの適用も始まっている。
  2. 実際に加盟国で適用されている主なマクロプルーデンス・ツールとしては、代表的な政策ツールに位置づけられるバーゼルIIIのカウンターシクリカル・バッファー(CCyB)が7カ国で実施されている。システミック・リスクに対応するために自己資本の上乗せを要求するEU独自のシステミック・リスク・バッファー(SyRB)も14カ国で導入されている。担保評価額に対する融資の比率を表すLTVや債務者所得に対する債務返済額の比率を表すDSTIに上限を設定する国も多く、LTVリミットは17カ国において採用されている。
  3. マクロプルーデンス・ツールの適用に関する実務をみると、加盟国の間で違いが窺われる。例えば、CCyBのオペレーションに関しては、水準の設定に責任を有する当局、情報開示、政策目標、ルールか裁量かという運営方法、中立的なバッファーの水準、コア指標、フォワード・ガイダンスといった点において、加盟国によって対応や考え方が大きく異なる。今後、加盟国がマクロプルーデンス・ツールの適用の経験を積み重ねていく中で、加盟国間の差異が解消されていくのかどうかが注目されるところである。
  4. EUのマクロプルーデンス政策は、実行段階に入ったばかりとはいえ、世界に先駆ける実践的な取組みのように窺われる。EUの経験は今後、EU以外の国・地域に対しても議論の材料を提供していくことを通じて、マクロプルーデンス政策に係るグローバルな知見を高めていくことになるだろう。EUにおけるマクロプルーデンス政策は引続き注目していくべき重要な取組みである。
米モルガン・スタンレーのウェルス・マネジメント部門の取り組み 岡田 功太木下 生悟
  1. 米国モルガン・スタンレーのウェルス・マネジメント部門は、競合他社を上回る預かり資産や営業員数を有し、同社の主力ビジネスとしてグループを牽引している。2008年の金融危機以降、事業の選択と集中を進めるシティ・グループからのスミス・バーニー買収によって、同部門の基盤が形成された。また、同年に銀行持株会社への変更が行われたが、これにより、資産運用関連のサービスに加えて、預金の受け入れと融資も提供して家計全体にアプローチすることが可能となった。
  2. 同部門では、一貫して収益構造の改革に取り組んでいる。所属する営業員数及び店舗数の大幅な削減と同時に、顧客層を富裕層にシフトし、営業員一人当たりの預かり資産を増加させることで収益性を向上させている。営業員数は2009年末から約13%減少し、店舗数は同期間で約33%減少した。これらの結果、営業員一人当たりの収益が、過去8年間で約2倍となった。
  3. また、収益安定化や顧客との関係構築の強化に向け、顧客の資産残高に応じて手数料を得る残高フィー型サービスの提供に注力している。預かり資産総額に占める残高フィー型サービスの割合は、2009年末の約25%から2017年末には約45%に増加した。更に、営業員のサポートを主眼としたデジタル戦略に取り組み、自社開発に拘らず、他社との提携によって、より高度で効率的なデジタル戦略を採用する方向性を示している。
  4. モルガン・スタンレーは、ジェームズ・ゴーマン会長兼CEOの指揮の下、これまで一貫してウェルス・マネジメント部門の営業収益の利益率の増加という明確な経営目標を設定し、実行し続けてきた。引き続き収益性の向上を掲げており、今後も同部門の動向が注目される。
キャッシュレス化と決済改革 淵田 康之
  1. 今日、諸外国では一連の決済改革を通じて、キャッシュレス化が進展している。決済改革の柱は、銀行界による統一的なモバイル個人間送金サービスの導入や、決済関連FinTechの台頭を踏まえた、制度及びインフラの抜本的な見直しである。
  2. 英国では、2000年代に入り、政府主導の改革が展開され、2014年には銀行界による統一モバイル個人間送金サービスが導入された。
  3. さらに2016年末には将来戦略が策定され、新決済インフラの構築が始まった。2018年には、インフラの運営を担う、新決済ガバナンス機関が始動している。また歴史上初めて、ノンバンクによる、銀行間決済システムと中央銀行システムへの直接アクセスも実現した。
  4. 米国においても、銀行界によるモバイル個人間送金サービスが普及しつつある。また英国同様、将来ビジョンが策定され、新決済インフラが構築されつつある。2018年夏には、インフラの運営を担う新決済ガバナンス機関が設立される。
  5. シンガポールは、2016年8月に決済改革のロードマップを発表した。2017年には銀行界の統一的なモバイル決済サービス、PayNowが導入され、FinTechやユーザー代表も参加するPayments Councilも設置された。2018年には、新決済法が制定される予定である。
  6. シンガポールの新決済法案では、決済業者や決済システムに対し、インターオペラビリティの確保を義務づける規定が盛り込まれている。
  7. わが国では、2018年7月に「キャッシュレス推進協議会」が設立され、QRコードの標準化の検討が始まる。同協議会は、英国、米国、シンガポールにおける「決済ガバナンス機関」に似た面もあるが、位置づけは全く異なる。キャッシュレス化を真に推進するためには、銀行界の統一的モバイル個人間送金サービスの導入や、決済法制の抜本的な改革、決済インフラの見直しが不可欠である。
初の国内公募外貨建社債発行の意義 佐藤 淳
  1. 野村総合研究所は2018年3月、国内公募豪ドル建社債を発行した。これは、日本企業が初めて国内公募市場において外貨建で発行した社債である。
  2. 日本社会が成熟化し、経済成長率が低位安定で推移する中、日本企業の事業活動のグローバル化が進んでいる。海外企業を対象にした大型M&Aの増加は、グローバルな競争を有利に進めようという企業の経営判断の現れであり、多くの中堅・中小企業にとっても海外活動の拡大は重要課題となっている。
  3. そうした環境下、外貨建資産の増加にマッチした負債調達の多通貨化、簡便化の意義は大きい。今後、この枠組みを通じて、成長期待の高いタイやインドネシア等の現地法人向けのファイナンスが実施されることも考えられる。更に、アーリーステージ企業の資金調達手段として発展する可能性もある。
  4. 投資家にとっても、国内公募外貨建社債は、外貨建運用の新たな選択肢となる。投資対象が国内企業であれば状況を把握しやすいため、発行体の信用力を効率的に判断しつつ、成長力の高い新興国の通貨での運用を行うことも可能となる。今後の展開が注目される。
日本企業のM&Aにおけるプライベート・エクイティの台頭と今後の展望 吉川 浩史
  1. 近年の日本ではM&A件数・金額が増えており、特にプライベート・エクイティ(PE)の関与する案件の増加が顕著である。
  2. PEの関与するM&Aでは、成熟企業の事業再編に伴い売却される子会社・事業部門や、後継者が不在の中小・零細企業に対する買収が増加している。いずれのケースでもPEには資金に加え、買収後の成長戦略の策定・実行が期待されることが多い。
  3. 広義のPEとして、企業や大学の運用するベンチャー・キャピタルによるベンチャー企業投資も活発化している。今後は、投資先のエグジット(投資回収)時に、買い手としてのPEへのニーズが高まる可能性もある。
  4. 近年は地方創生の観点から、地域産業の振興や観光資源の開発を通じた地域経済の活性化を目的に、自治体、地域金融機関、地域企業等が出資するファンドが地域の企業・事業者に出資する案件もみられる。
  5. PEが関与するM&Aの増加の背景には、企業等からPEが企業価値向上に取り組むパートナーとみられ始めたこともあろう。足元では米系PEによるアジア地域を対象とする大型ファンドの組成が相次ぐが、日系PEの組成は活発とは言えない。経済の新陳代謝を促すためにも、日系PEによる規模拡大とM&Aのさらなる活発化が期待される。
相続制度をめぐる新たな動き
−相続税改正2年目の影響と40年ぶりの改正が決まった相続法−
宮本 佐知子
  1. 相続に対する関心が高まっている。人口動態上、相続を経験する人が増えていることが背景にある。加えて、地価の大幅下落等への対応や格差の固定化防止等の観点から、相続税が2015年から改正されたことや、高齢社会の実情を反映するために、民法の相続に関する規定(相続法)が40年ぶりに改正されることになり、広く耳目を集めていることも挙げられる。本稿では、まず2018年夏に公表された2016年の相続税統計の分析結果を示し、次に2018年7月に決定された相続法改正の注目点を示した上で、金融機関への示唆を検討する。
  2. 相続税については、2015年からの改正では、現行制度の下で初めて基礎控除額が引き下げられたため相続税課税対象者が増加し、課税割合は2015年に続いて2016年も過去最高を更新した。課税割合が増加した地域は、大都市圏のみならず地方圏でも増えており、総じて相続税改正の影響は更に広がっている。
  3. 相続法については、今般の改正では、残された配偶者が生活に困窮することを防ぐための仕組み作りが進められることになった。高齢社会の実情に合わせ、遺留分侵害額請求権や預貯金の仮払い制度など、相続をめぐる揉め事を回避しやすくする仕組みも整えられた。相続人以外の親族に対しても、故人の介護をめぐり認められにくい部分を補う配慮もなされた。この他、自筆証書遺言を法務局で保管し情報の管理を行う制度も新設されることになった。
  4. 多くの金融機関では、相続資産市場を重要な戦略市場に位置づけていることから、相続制度をめぐる新たな動きには注目しておくべきである。これらの改正は、総じて多くの人に影響が及び、相続を意識する人も一層増えていると考えられる。金融機関では、このような個人顧客側での意識の高まりを踏まえ、相続税および相続法の改正に係る正確な情報を提供することと、その上で、相続・贈与をめぐる顧客の金融ニーズを丁寧に引き出し、個々人の事情を踏まえた適切な提案を行うことが重要である。
発足5年目を迎えたNISA
−これまでの利用状況と普及へ向けた課題−
宮本 佐知子
  1. 2014年1月に開始された少額投資非課税制度(NISA)は、開始直後は投資経験者を中心に口座数が急増したが、その後は伸びが鈍化しており、普及へ向けた課題も多い。本稿ではまず、NISAの概要と2017年12月末時点の利用状況を示し、次に制度の設立背景と今後の普及へ向けた課題を論じる。
  2. NISAは現在、3種類あり、成年を対象とした「一般NISA」、積立投資に特化した「つみたてNISA」、そして未成年を対象とした「ジュニアNISA」がある。制度開始直後は一般NISAのみの取扱であり、2017年12月末時点での一般NISAの口座数は1,099万2,733口座、総買付額は12兆5,325億円である。また、一般NISAの普及率は対象人口の10.5%である。
  3. NISAは利用者にとっては複雑な仕組みになっている。これは、証券優遇税制を廃止し、配当・譲渡益の税率を10%から20%へ引き上げる際の激変緩和措置として導入されたという経緯と、政府関係者間での様々な思惑が絡んだ結果といえる。他方、それでも急速に普及が進んだ背景として、官民をあげた努力は見逃せない。
  4. 今後の普及へ向けた課題も多い。NISAを使いやすくするためには、家計の安定的な資産形成を支援するというNISAのそもそもの導入目的に立ち返り、簡素で分かりやすい制度にすべきであろう。現行制度を基に改善を進めるうえで特に急ぐべきは、「制度の恒久化」「スイッチングの認可」「相続時の対応」である。さらに、NISAの新規利用者を広げるにはより直接的な税制面でのアピールも必要になろう。
  5. 金融機関にとっては、まず現行制度の範囲内での真摯な取り組みは重要である。税制優遇が付されたNISAは、新規顧客開拓のための「ドアノック商品」としても利用価値は高い。金融機関にとって、家計の資産形成を支援することは、顧客本位の業務運営を進める上で求められている役割の一つだろう。
金融業への外資出資比率の緩和と同時に株主管理を強化する中国政府の動き 関根 栄一
  1. 2018年4月の中国・海南省で開催されたボアオ・アジアフォーラムでの習近平国家主席による対外開放の継続・拡大に関するスピーチを受け、中国人民銀行・易鋼総裁は、金融業の対外開放に関する12項目を発表し、2017年11月の米中首脳会談等での中国政府の公約内容を更に拡大し、期限を区切って実施することを確約した。
  2. 金融業の開放のうち、証券業では、従来の外資出資上限49%の51%への引き上げと3年後の撤廃とともに、業務範囲の拡大を容認した。保険業では、生命保険業への外資出資比率の緩和を前倒しで実現し、保険関連業務での国内資本との同一性を確保した。銀行業では、貸出債権の株式化に伴う受け皿会社への出資など、新規業務での外資進出を容認した。
  3. 対外開放の一方で、中国政府は過去の事件を教訓に、金融業に出資する株主への管理監督を強化する方針である。そのうち、証券業では、従来の「5%以上の保有株主」、「25%以上を保有する等の主要株主」に加えて、「5%未満の保有株主」と「50%以上を保有する等の支配株主」を加えて、株主を四つに分類し、保有比率が多いほど満たすべき基準を強化する方針である。
  4. また、中国では、既に50〜60社に上ると見られる金融持株会社に対する管理監督体制が整っておらず、グループ内の資金循環や関連取引、複雑な株主構成による大株主の権利濫用、銀行・保険・証券という業態別規制のアービトラージが発生し、レバレッジを効かせるなどして金融市場での潜在的なシステミックリスクを高めている。
  5. このため、2017年には業態別の管理監督の内閣レベルの調整機関として「国務院金融安定発展委員会」が創設され、2018年3月には銀行と保険の管理監督機関が統合され、「中国銀行保険監督管理委員会」が新たに発足し、それぞれ幹部人事の手当てもなされている。
  6. 金融業の対外開放の新たな方針の下、証券業では既に出資している外資持分の引き上げや、保険業では外資の新規進出や異業種の国内資本の進出が出始めている。3年後の2021年を目標に設定した金融業の対外開放の促進とシステミックリスクの発生防止に向け、中国政府にはバランスの取れた政策運営が求められている。
中国におけるハイテク企業を対象とする上場制度改革
−レッドチップ企業による中国預託証券(CDR)の発行が可能に−
関 志雄
  1. 近年、中国では、情報通信などの分野における技術革新を背景に、アリババ、テンセント、バイドゥなど、ニューエコノミーを牽引するハイテク企業が相次いで現れている。しかし、資本市場の改革は遅れているため、これらの企業は、レッドチップ企業として、ニューヨークなどの海外市場に上場している。また、急成長している多くのユニコーン企業も、海外上場の準備を進めている。
  2. 資本市場の活性化とニューエコノミーの更なる発展を促すべく、中国政府は、これらの企業が国内で上場できるように、環境整備を進めている。その大きな一歩として、当局はすでに海外市場に上場しているレッドチップ企業と、ユニコーン企業が中国国内市場に上場するための新しいルールを提示している。それにより、海外で登記しているハイテク企業でも、一定の条件を満たせば、株式、または海外で発行した株式などの証券に裏付けられる中国預託証券(CDR)を、国内市場に上場させることが可能になる。
タイの投資信託市場の展望と課題
−持続的な拡大をもたらし得る3つの要因−
井潟 正彦佐藤 広大
  1. 近年、タイの証券市場は活況を呈しているが、特に目を引くのが投資信託の拡大である。同国の2017年末投資信託残高は約5兆バーツ(約17兆円)で、過去5年間で年率約13.0%の成長を遂げ、ASEAN(東南アジア諸国連合)の投資信託市場の中でも抜きんでる存在になりつつある。
  2. これまで投資信託販売において牽引役を果たしてきたのは大手銀行グループである。今後もタイの投資信託市場が持続的に拡大し得るかについて、(1)オープン・アーキテクチャーが広がる動き、(2)税制優遇を伴う投資制度の役割、(3)海外ファンドが拡大する余地の3点に注目し、考察した。
  3. 1点目のオープン・アーキテクチャーが広がる動きは、健全な販売活動や競争の促進、品揃え拡充ニーズへの対応から既定路線になっており、今後数年間で本格化する見込みである。2点目の税制優遇を伴う投資制度の役割には、官民一体で期待を高めている。背景として、同国で高齢化が急速に進行することが挙げられる。国民全体が退職後の備えを充実できるようにと、民間企業における確定拠出型年金の従業員への提供義務化も予定されている。3点目の海外ファンドが拡大する余地は大きいと見る。同国の経済成長が引き続き期待できるとは言え、経済規模や産業構造などから生じ得る一定の制約に鑑みると、分散投資を伴いながら長期的に高い収益率を実現するには海外ファンドの役割は不可欠だからである。
  4. タイの投資信託市場の持続的拡大には、国民における金融リテラシーの向上、投資教育の強化が欠かせない。政府と業界関係者はその重要性を認識し、一体となって具体的な取り組みに注力し始めている。今後、より多くの同国国民が資産形成に取り組む基盤の形成が進み、投資信託市場の持続的拡大の実現可能性がより高まるか、注目される。
時流 2025年にどのようにたどり着くか:財政健全化の今後の道行きについて 上智大学経済学部准教授、日本政策投資銀行設備投資研究所客員主任研究員
中里 透

量的・質的金融緩和の導入から5年、消費税率の8%への引き上げから4年が経過した。この間に物価上昇率はプラスに転じ、財政収支も大幅な改善をみたが、2%の物価安定目標は未達のままであり、基礎的財政収支(プライマリーバランス)の黒字化も達成時期の後ずれが生じている。こうした中、2019年10月には再増税(消費税率の10%への引き上げ)の実施が予定されており、その実施・延期の判断が今秋にもなされる見通しである。
そこで、本稿では財政健全化をめぐるこれまでの経過を振り返り、今後の道行きについて考えてみることとしたい。

投資家と企業との対話ガイドラインの策定とCGコードの改訂 西山 賢吾
  1. 我が国のコーポレートガバナンス改革はここまで一定の成果を上げているが、その水準をさらに高める上で残されている課題に対応するため、2018年6月1日、『投資家と企業との対話ガイドライン』が策定、公表されるとともに、コーポレートガバナンス・コードの改訂が実施された。
  2. 今回のガイドラインとコードの改訂で最も注目されるのは、『資本コストの的確な把握』であろう。今回資本コストの定義や明確な計算方法は示されていないが、重要なことは、資本コストの算出そのものに終始するのではなく、資本コストの計算に用いた各種数値の採用根拠やその背景にある中長期的な経営ビジョンを示し、投資家との対話を深めることである。
  3. 資本コストと並び注目される政策保有株式に関しては、保有すべきではないという意見と、合理性があれば一定量の保有を容認する意見がある。しかし、今回の対話ガイドラインの制定やコードの改訂により、保有の合理性に対し従来以上に納得感のある説明が求められると考えられるため、保有の合理性に乏しい株式の売却を求める声はさらに強まるであろう。
  4. 我が国企業ではコードの各原則について、まず遵守ありきという考えを持つ上場企業が少なくないように見えるが、具体的な対応をせず形式的な遵守に留まるよりは、明確な理由を説明した上で受け入れない原則があるという対応の方が望ましいと考えられる。さらに、これからは「コンプライ・オア・エクスプレイン」ベースから、原則受け入れの諾否にかかわらず企業の姿勢を主体的、かつ明確に示す「コンプライ・アンド・エクスプレイン」ベースでの対応が期待される。
機関投資家が注目し始めた気候関連財務情報
−ESG投資拡大に伴い重要性が高まる積極開示−
板津 直孝
  1. 金融安定理事会(FSB)が設置した気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)は、2017年6月、最終報告書を公表し、投資家やその他のステークホルダーが、重要な気候関連のリスク及び機会が企業にもたらす財務インパクトを理解する上で、有用な情報開示の枠組みを提言した。その後の1年間で、欧米の機関投資家は気候関連の情報開示に対する関心を着実に高めており、日本企業が注視すべき状況になっている。
  2. 背景には、世界各国で拡大し始めたESG(環境、社会、企業投資)投資がある。欧米の機関投資家の多くは、気候変動をポートフォリオの重要なリスク要因に位置づけ、投資で優先すべき一つに掲げている。そして、気候関連の情報開示が不十分な企業に対しては、議決権を行使して改善を求める集団的エンゲージメントや、気候変動に対する取り組みが不十分な企業への投資を引き上げるダイベストメントを拡大している。その対象は、日本企業にも広がっている。
  3. TCFDの最終報告書の公表により、開示の枠組みが提示されたことから、欧米の機関投資家のこうした動きは、具体性を伴ってますます盛んになると考えられる。こうした欧米の気候関連の情報開示に対する顕著な反応は、現在、日本企業が日本国内において得られる感触と大きく異なるため、株主構成において欧米の機関投資家の比率が高い日本企業は、特に注視する必要があろう。
  4. 気候関連の情報開示の国際的な方向性は、財務報告との一元化であり、日本企業にとっては、財務報告と気候関連財務情報との親和性を一層高める準備が必要である。日本企業と欧米の投資家との対話においては、投資家が、TCFDの提言に則した気候関連財務情報開示を期待していることを認識する必要があろう。
持続可能な社会の実現に向けて注目が集まるソーシャルボンド 江夏 あかね
  1. 社会的課題への対処に向けた事業を資金使途とする債券である「ソーシャルボンド」の発行が近年、増加し始めている。ソーシャルボンドは、2006年11月に発行を開始した予防接種のための国際金融ファシリティ(IFFIm)によるワクチン債が初めてとされる。国際資本市場協会(ICMA)によるソーシャルボンド原則(SBP)の存在もあり、2010年代半ば頃から認知度が上がっている。また、本稿でも取り上げた発行事例を踏まえると、発行体セクターは、国際機関、銀行、政府系機関、事業会社と拡大傾向にある。
  2. 日本では2018年6月末現在、国内債として国際協力機構(JICA)、サムライ債としてBPCEが発行している。日本国内の社会的課題のために発行された事例はまだ出ていないが、日本でソーシャルボンドが今後、どのように活用されていくか注目されるところである。
  3. ソーシャルボンドの発行に当たっては、(1)発行体として、社会的課題の解決が経営面での重要課題として位置付けられていること、(2)対象事業がSBPに掲げられるソーシャルプロジェクトに該当し、社会的課題の改善目標及び改善のためのプロセスが明確など、SBPに適合した内容であること、(3)投資家をはじめとしたステークホルダーに対して透明性かつ客観性を確保し、レポーティング等を通じて説明責任を果たすこと、が成功のカギになると考えられる。
ブロックチェーンで拡がるESGをテーマとした資金調達の未来
−オーストリアのフェアブントによるグリーン・シュルトシャイン−
江夏 あかね佐藤 広大
  1. オーストリアの大手電力会社フェアブント(Verbund AG)は2018年4月17日、世界初の取組みとなるブロックチェーン技術を活用した「グリーン・シュルトシャイン」(Grüner Schuldschein)による資金調達を実現させた。
  2. グリーン・シュルトシャインとは、債務証書とも呼ばれるドイツ法に準拠したローンで、調達資金の使途を環境に配慮したプロジェクトとする、環境・社会・ガバナンス(ESG)関連の金融商品である。今般の資金調達に当たっては、ブロックチェーン技術が活用され、発行体から投資家へのプロセスをデジタル化することで、コミュニケーション、透明性、自動化といった観点から、調達プロセスが改善された。
  3. 発行体・投資家等は、プロセスの改善により調達関連コストの縮減や利便性向上といったメリットを享受することとなった。今後、ESGをテーマとした負債性資金調達でも、デジタル・プラットフォームの一環としてブロックチェーン技術の活用が選択肢の1つとなる機会が増える可能性もあろう。
  4. 今般のグリーン・シュルトシャインによる資金調達は、将来的なESG関連データ蓄積・充実化といった観点からも、多くのESG市場参加者に対して考えるきっかけを与える事例になったと言える。
金融危機発生から10年間で再拡大する米連邦住宅貸付銀行制度 岡田 功太
  1. 近年、米連邦住宅貸付銀行制度(FHLBS)のバランスシートが再拡大している。FHLBSの資産は、2008年の金融危機時に約1.35兆ドルとピークに達した後に、2012年にかけて半減し、その後、過去5年間で約1.5倍に増加した。FHLBSは、政府支援企業(GSE)であるが、ファニーメイ及びフレディマックのように、証券化商品の発行・保証を担っているのではなく、住宅ローン貸出支援を目的に、会員である商業銀行等に対して、「アドバンス」と呼ばれる低利の貸出を行っている。
  2. アドバンスの残高は、過去5年間で約1.7倍となり、FHLBSの資産の約65%に相当する規模になった。その要因として、2014年9月に最終化された米国の流動性カバレッジ比率(LCR)が挙げられる。LCRにおける証券担保調達の流出率は、適格流動資産の要件を満たさない資産が担保の場合には100%、GSEとの取引の場合には25%と規定されており、大手米銀にとって、GSEと取引する方が有利であることから、FHLBSからアドバンスの借入額を増加させた。
  3. 他方で、FHLBSの負債も増加傾向にあり、特に、ディスカウント・ノートの発行残高は、過去5年間で約1.8倍となった。その要因として、2014年7月に最終化されたMMF規制が挙げられる。同規制において、FHLBSが発行するディスカウント・ノートは、ガバメントMMFの投資対象資産として分類されたことに加えて、同MMFは2015年7月から約2年間で約1兆ドル増加した。その結果、MMFによるFHLBS債の保有比率は、2011年末の約7%から、2017年末には約20%に増加した。
  4. FHLBSは、1930年代の世界恐慌以降、過去の金融危機において、大手米銀に対してアドバンスを提供することで、連邦準備制度理事会(FRB)に次ぐ最後から2番目の貸し手として、金融システムの安定化に貢献してきた。しかし、現在、FHLBSのバランスシートは再拡大し、特に短期調達比率が上昇したことによって、皮肉なことにFHLBS自身がシステミック・リスクの震源地として懸念材料となっている。つまり、大手米銀及びMMFが有していた同リスクの一部は、金融規制の進展によって、FHLBSにシフトしているとも言える。2008年の金融危機から10年が経過した現在、改めて、金融システムにとって最適な規制枠組みの構築が必要であると言えよう。
EUにおけるマクロプルーデンス政策
−世界に先駆ける実践的な取組み−
小立 敬
  1. 金融危機以降、世界の中央銀行や金融規制当局において金融システムの安定を政策目標とするマクロプルーデンス政策の重要性がより強く認識されている。EUでは、欧州システミック・リスク理事会(ESRB)のイニシアティブの下、マクロプルーデンス政策を実行するための域内共通の枠組みが整備され、加盟国では新たな政策ツールの適用も始まっている。
  2. 実際に加盟国で適用されている主なマクロプルーデンス・ツールとしては、代表的な政策ツールに位置づけられるバーゼルIIIのカウンターシクリカル・バッファー(CCyB)が7カ国で実施されている。システミック・リスクに対応するために自己資本の上乗せを要求するEU独自のシステミック・リスク・バッファー(SyRB)も14カ国で導入されている。担保評価額に対する融資の比率を表すLTVや債務者所得に対する債務返済額の比率を表すDSTIに上限を設定する国も多く、LTVリミットは17カ国において採用されている。
  3. マクロプルーデンス・ツールの適用に関する実務をみると、加盟国の間で違いが窺われる。例えば、CCyBのオペレーションに関しては、水準の設定に責任を有する当局、情報開示、政策目標、ルールか裁量かという運営方法、中立的なバッファーの水準、コア指標、フォワード・ガイダンスといった点において、加盟国によって対応や考え方が大きく異なる。今後、加盟国がマクロプルーデンス・ツールの適用の経験を積み重ねていく中で、加盟国間の差異が解消されていくのかどうかが注目されるところである。
  4. EUのマクロプルーデンス政策は、実行段階に入ったばかりとはいえ、世界に先駆ける実践的な取組みのように窺われる。EUの経験は今後、EU以外の国・地域に対しても議論の材料を提供していくことを通じて、マクロプルーデンス政策に係るグローバルな知見を高めていくことになるだろう。EUにおけるマクロプルーデンス政策は引続き注目していくべき重要な取組みである。
米モルガン・スタンレーのウェルス・マネジメント部門の取り組み 岡田 功太木下 生悟
  1. 米国モルガン・スタンレーのウェルス・マネジメント部門は、競合他社を上回る預かり資産や営業員数を有し、同社の主力ビジネスとしてグループを牽引している。2008年の金融危機以降、事業の選択と集中を進めるシティ・グループからのスミス・バーニー買収によって、同部門の基盤が形成された。また、同年に銀行持株会社への変更が行われたが、これにより、資産運用関連のサービスに加えて、預金の受け入れと融資も提供して家計全体にアプローチすることが可能となった。
  2. 同部門では、一貫して収益構造の改革に取り組んでいる。所属する営業員数及び店舗数の大幅な削減と同時に、顧客層を富裕層にシフトし、営業員一人当たりの預かり資産を増加させることで収益性を向上させている。営業員数は2009年末から約13%減少し、店舗数は同期間で約33%減少した。これらの結果、営業員一人当たりの収益が、過去8年間で約2倍となった。
  3. また、収益安定化や顧客との関係構築の強化に向け、顧客の資産残高に応じて手数料を得る残高フィー型サービスの提供に注力している。預かり資産総額に占める残高フィー型サービスの割合は、2009年末の約25%から2017年末には約45%に増加した。更に、営業員のサポートを主眼としたデジタル戦略に取り組み、自社開発に拘らず、他社との提携によって、より高度で効率的なデジタル戦略を採用する方向性を示している。
  4. モルガン・スタンレーは、ジェームズ・ゴーマン会長兼CEOの指揮の下、これまで一貫してウェルス・マネジメント部門の営業収益の利益率の増加という明確な経営目標を設定し、実行し続けてきた。引き続き収益性の向上を掲げており、今後も同部門の動向が注目される。
キャッシュレス化と決済改革 淵田 康之
  1. 今日、諸外国では一連の決済改革を通じて、キャッシュレス化が進展している。決済改革の柱は、銀行界による統一的なモバイル個人間送金サービスの導入や、決済関連FinTechの台頭を踏まえた、制度及びインフラの抜本的な見直しである。
  2. 英国では、2000年代に入り、政府主導の改革が展開され、2014年には銀行界による統一モバイル個人間送金サービスが導入された。
  3. さらに2016年末には将来戦略が策定され、新決済インフラの構築が始まった。2018年には、インフラの運営を担う、新決済ガバナンス機関が始動している。また歴史上初めて、ノンバンクによる、銀行間決済システムと中央銀行システムへの直接アクセスも実現した。
  4. 米国においても、銀行界によるモバイル個人間送金サービスが普及しつつある。また英国同様、将来ビジョンが策定され、新決済インフラが構築されつつある。2018年夏には、インフラの運営を担う新決済ガバナンス機関が設立される。
  5. シンガポールは、2016年8月に決済改革のロードマップを発表した。2017年には銀行界の統一的なモバイル決済サービス、PayNowが導入され、FinTechやユーザー代表も参加するPayments Councilも設置された。2018年には、新決済法が制定される予定である。
  6. シンガポールの新決済法案では、決済業者や決済システムに対し、インターオペラビリティの確保を義務づける規定が盛り込まれている。
  7. わが国では、2018年7月に「キャッシュレス推進協議会」が設立され、QRコードの標準化の検討が始まる。同協議会は、英国、米国、シンガポールにおける「決済ガバナンス機関」に似た面もあるが、位置づけは全く異なる。キャッシュレス化を真に推進するためには、銀行界の統一的モバイル個人間送金サービスの導入や、決済法制の抜本的な改革、決済インフラの見直しが不可欠である。
初の国内公募外貨建社債発行の意義 佐藤 淳
  1. 野村総合研究所は2018年3月、国内公募豪ドル建社債を発行した。これは、日本企業が初めて国内公募市場において外貨建で発行した社債である。
  2. 日本社会が成熟化し、経済成長率が低位安定で推移する中、日本企業の事業活動のグローバル化が進んでいる。海外企業を対象にした大型M&Aの増加は、グローバルな競争を有利に進めようという企業の経営判断の現れであり、多くの中堅・中小企業にとっても海外活動の拡大は重要課題となっている。
  3. そうした環境下、外貨建資産の増加にマッチした負債調達の多通貨化、簡便化の意義は大きい。今後、この枠組みを通じて、成長期待の高いタイやインドネシア等の現地法人向けのファイナンスが実施されることも考えられる。更に、アーリーステージ企業の資金調達手段として発展する可能性もある。
  4. 投資家にとっても、国内公募外貨建社債は、外貨建運用の新たな選択肢となる。投資対象が国内企業であれば状況を把握しやすいため、発行体の信用力を効率的に判断しつつ、成長力の高い新興国の通貨での運用を行うことも可能となる。今後の展開が注目される。
日本企業のM&Aにおけるプライベート・エクイティの台頭と今後の展望 吉川 浩史
  1. 近年の日本ではM&A件数・金額が増えており、特にプライベート・エクイティ(PE)の関与する案件の増加が顕著である。
  2. PEの関与するM&Aでは、成熟企業の事業再編に伴い売却される子会社・事業部門や、後継者が不在の中小・零細企業に対する買収が増加している。いずれのケースでもPEには資金に加え、買収後の成長戦略の策定・実行が期待されることが多い。
  3. 広義のPEとして、企業や大学の運用するベンチャー・キャピタルによるベンチャー企業投資も活発化している。今後は、投資先のエグジット(投資回収)時に、買い手としてのPEへのニーズが高まる可能性もある。
  4. 近年は地方創生の観点から、地域産業の振興や観光資源の開発を通じた地域経済の活性化を目的に、自治体、地域金融機関、地域企業等が出資するファンドが地域の企業・事業者に出資する案件もみられる。
  5. PEが関与するM&Aの増加の背景には、企業等からPEが企業価値向上に取り組むパートナーとみられ始めたこともあろう。足元では米系PEによるアジア地域を対象とする大型ファンドの組成が相次ぐが、日系PEの組成は活発とは言えない。経済の新陳代謝を促すためにも、日系PEによる規模拡大とM&Aのさらなる活発化が期待される。
相続制度をめぐる新たな動き
−相続税改正2年目の影響と40年ぶりの改正が決まった相続法−
宮本 佐知子
  1. 相続に対する関心が高まっている。人口動態上、相続を経験する人が増えていることが背景にある。加えて、地価の大幅下落等への対応や格差の固定化防止等の観点から、相続税が2015年から改正されたことや、高齢社会の実情を反映するために、民法の相続に関する規定(相続法)が40年ぶりに改正されることになり、広く耳目を集めていることも挙げられる。本稿では、まず2018年夏に公表された2016年の相続税統計の分析結果を示し、次に2018年7月に決定された相続法改正の注目点を示した上で、金融機関への示唆を検討する。
  2. 相続税については、2015年からの改正では、現行制度の下で初めて基礎控除額が引き下げられたため相続税課税対象者が増加し、課税割合は2015年に続いて2016年も過去最高を更新した。課税割合が増加した地域は、大都市圏のみならず地方圏でも増えており、総じて相続税改正の影響は更に広がっている。
  3. 相続法については、今般の改正では、残された配偶者が生活に困窮することを防ぐための仕組み作りが進められることになった。高齢社会の実情に合わせ、遺留分侵害額請求権や預貯金の仮払い制度など、相続をめぐる揉め事を回避しやすくする仕組みも整えられた。相続人以外の親族に対しても、故人の介護をめぐり認められにくい部分を補う配慮もなされた。この他、自筆証書遺言を法務局で保管し情報の管理を行う制度も新設されることになった。
  4. 多くの金融機関では、相続資産市場を重要な戦略市場に位置づけていることから、相続制度をめぐる新たな動きには注目しておくべきである。これらの改正は、総じて多くの人に影響が及び、相続を意識する人も一層増えていると考えられる。金融機関では、このような個人顧客側での意識の高まりを踏まえ、相続税および相続法の改正に係る正確な情報を提供することと、その上で、相続・贈与をめぐる顧客の金融ニーズを丁寧に引き出し、個々人の事情を踏まえた適切な提案を行うことが重要である。
発足5年目を迎えたNISA
−これまでの利用状況と普及へ向けた課題−
宮本 佐知子
  1. 2014年1月に開始された少額投資非課税制度(NISA)は、開始直後は投資経験者を中心に口座数が急増したが、その後は伸びが鈍化しており、普及へ向けた課題も多い。本稿ではまず、NISAの概要と2017年12月末時点の利用状況を示し、次に制度の設立背景と今後の普及へ向けた課題を論じる。
  2. NISAは現在、3種類あり、成年を対象とした「一般NISA」、積立投資に特化した「つみたてNISA」、そして未成年を対象とした「ジュニアNISA」がある。制度開始直後は一般NISAのみの取扱であり、2017年12月末時点での一般NISAの口座数は1,099万2,733口座、総買付額は12兆5,325億円である。また、一般NISAの普及率は対象人口の10.5%である。
  3. NISAは利用者にとっては複雑な仕組みになっている。これは、証券優遇税制を廃止し、配当・譲渡益の税率を10%から20%へ引き上げる際の激変緩和措置として導入されたという経緯と、政府関係者間での様々な思惑が絡んだ結果といえる。他方、それでも急速に普及が進んだ背景として、官民をあげた努力は見逃せない。
  4. 今後の普及へ向けた課題も多い。NISAを使いやすくするためには、家計の安定的な資産形成を支援するというNISAのそもそもの導入目的に立ち返り、簡素で分かりやすい制度にすべきであろう。現行制度を基に改善を進めるうえで特に急ぐべきは、「制度の恒久化」「スイッチングの認可」「相続時の対応」である。さらに、NISAの新規利用者を広げるにはより直接的な税制面でのアピールも必要になろう。
  5. 金融機関にとっては、まず現行制度の範囲内での真摯な取り組みは重要である。税制優遇が付されたNISAは、新規顧客開拓のための「ドアノック商品」としても利用価値は高い。金融機関にとって、家計の資産形成を支援することは、顧客本位の業務運営を進める上で求められている役割の一つだろう。
金融業への外資出資比率の緩和と同時に株主管理を強化する中国政府の動き 関根 栄一
  1. 2018年4月の中国・海南省で開催されたボアオ・アジアフォーラムでの習近平国家主席による対外開放の継続・拡大に関するスピーチを受け、中国人民銀行・易鋼総裁は、金融業の対外開放に関する12項目を発表し、2017年11月の米中首脳会談等での中国政府の公約内容を更に拡大し、期限を区切って実施することを確約した。
  2. 金融業の開放のうち、証券業では、従来の外資出資上限49%の51%への引き上げと3年後の撤廃とともに、業務範囲の拡大を容認した。保険業では、生命保険業への外資出資比率の緩和を前倒しで実現し、保険関連業務での国内資本との同一性を確保した。銀行業では、貸出債権の株式化に伴う受け皿会社への出資など、新規業務での外資進出を容認した。
  3. 対外開放の一方で、中国政府は過去の事件を教訓に、金融業に出資する株主への管理監督を強化する方針である。そのうち、証券業では、従来の「5%以上の保有株主」、「25%以上を保有する等の主要株主」に加えて、「5%未満の保有株主」と「50%以上を保有する等の支配株主」を加えて、株主を四つに分類し、保有比率が多いほど満たすべき基準を強化する方針である。
  4. また、中国では、既に50〜60社に上ると見られる金融持株会社に対する管理監督体制が整っておらず、グループ内の資金循環や関連取引、複雑な株主構成による大株主の権利濫用、銀行・保険・証券という業態別規制のアービトラージが発生し、レバレッジを効かせるなどして金融市場での潜在的なシステミックリスクを高めている。
  5. このため、2017年には業態別の管理監督の内閣レベルの調整機関として「国務院金融安定発展委員会」が創設され、2018年3月には銀行と保険の管理監督機関が統合され、「中国銀行保険監督管理委員会」が新たに発足し、それぞれ幹部人事の手当てもなされている。
  6. 金融業の対外開放の新たな方針の下、証券業では既に出資している外資持分の引き上げや、保険業では外資の新規進出や異業種の国内資本の進出が出始めている。3年後の2021年を目標に設定した金融業の対外開放の促進とシステミックリスクの発生防止に向け、中国政府にはバランスの取れた政策運営が求められている。
中国におけるハイテク企業を対象とする上場制度改革
−レッドチップ企業による中国預託証券(CDR)の発行が可能に−
関 志雄
  1. 近年、中国では、情報通信などの分野における技術革新を背景に、アリババ、テンセント、バイドゥなど、ニューエコノミーを牽引するハイテク企業が相次いで現れている。しかし、資本市場の改革は遅れているため、これらの企業は、レッドチップ企業として、ニューヨークなどの海外市場に上場している。また、急成長している多くのユニコーン企業も、海外上場の準備を進めている。
  2. 資本市場の活性化とニューエコノミーの更なる発展を促すべく、中国政府は、これらの企業が国内で上場できるように、環境整備を進めている。その大きな一歩として、当局はすでに海外市場に上場しているレッドチップ企業と、ユニコーン企業が中国国内市場に上場するための新しいルールを提示している。それにより、海外で登記しているハイテク企業でも、一定の条件を満たせば、株式、または海外で発行した株式などの証券に裏付けられる中国預託証券(CDR)を、国内市場に上場させることが可能になる。
タイの投資信託市場の展望と課題
−持続的な拡大をもたらし得る3つの要因−
井潟 正彦佐藤 広大
  1. 近年、タイの証券市場は活況を呈しているが、特に目を引くのが投資信託の拡大である。同国の2017年末投資信託残高は約5兆バーツ(約17兆円)で、過去5年間で年率約13.0%の成長を遂げ、ASEAN(東南アジア諸国連合)の投資信託市場の中でも抜きんでる存在になりつつある。
  2. これまで投資信託販売において牽引役を果たしてきたのは大手銀行グループである。今後もタイの投資信託市場が持続的に拡大し得るかについて、(1)オープン・アーキテクチャーが広がる動き、(2)税制優遇を伴う投資制度の役割、(3)海外ファンドが拡大する余地の3点に注目し、考察した。
  3. 1点目のオープン・アーキテクチャーが広がる動きは、健全な販売活動や競争の促進、品揃え拡充ニーズへの対応から既定路線になっており、今後数年間で本格化する見込みである。2点目の税制優遇を伴う投資制度の役割には、官民一体で期待を高めている。背景として、同国で高齢化が急速に進行することが挙げられる。国民全体が退職後の備えを充実できるようにと、民間企業における確定拠出型年金の従業員への提供義務化も予定されている。3点目の海外ファンドが拡大する余地は大きいと見る。同国の経済成長が引き続き期待できるとは言え、経済規模や産業構造などから生じ得る一定の制約に鑑みると、分散投資を伴いながら長期的に高い収益率を実現するには海外ファンドの役割は不可欠だからである。
  4. タイの投資信託市場の持続的拡大には、国民における金融リテラシーの向上、投資教育の強化が欠かせない。政府と業界関係者はその重要性を認識し、一体となって具体的な取り組みに注力し始めている。今後、より多くの同国国民が資産形成に取り組む基盤の形成が進み、投資信託市場の持続的拡大の実現可能性がより高まるか、注目される。
要約
時流 2025年にどのようにたどり着くか:財政健全化の今後の道行きについて 上智大学経済学部准教授、日本政策投資銀行設備投資研究所客員主任研究員
中里 透

量的・質的金融緩和の導入から5年、消費税率の8%への引き上げから4年が経過した。この間に物価上昇率はプラスに転じ、財政収支も大幅な改善をみたが、2%の物価安定目標は未達のままであり、基礎的財政収支(プライマリーバランス)の黒字化も達成時期の後ずれが生じている。こうした中、2019年10月には再増税(消費税率の10%への引き上げ)の実施が予定されており、その実施・延期の判断が今秋にもなされる見通しである。
そこで、本稿では財政健全化をめぐるこれまでの経過を振り返り、今後の道行きについて考えてみることとしたい。

投資家と企業との対話ガイドラインの策定とCGコードの改訂 西山 賢吾
  1. 我が国のコーポレートガバナンス改革はここまで一定の成果を上げているが、その水準をさらに高める上で残されている課題に対応するため、2018年6月1日、『投資家と企業との対話ガイドライン』が策定、公表されるとともに、コーポレートガバナンス・コードの改訂が実施された。
  2. 今回のガイドラインとコードの改訂で最も注目されるのは、『資本コストの的確な把握』であろう。今回資本コストの定義や明確な計算方法は示されていないが、重要なことは、資本コストの算出そのものに終始するのではなく、資本コストの計算に用いた各種数値の採用根拠やその背景にある中長期的な経営ビジョンを示し、投資家との対話を深めることである。
  3. 資本コストと並び注目される政策保有株式に関しては、保有すべきではないという意見と、合理性があれば一定量の保有を容認する意見がある。しかし、今回の対話ガイドラインの制定やコードの改訂により、保有の合理性に対し従来以上に納得感のある説明が求められると考えられるため、保有の合理性に乏しい株式の売却を求める声はさらに強まるであろう。
  4. 我が国企業ではコードの各原則について、まず遵守ありきという考えを持つ上場企業が少なくないように見えるが、具体的な対応をせず形式的な遵守に留まるよりは、明確な理由を説明した上で受け入れない原則があるという対応の方が望ましいと考えられる。さらに、これからは「コンプライ・オア・エクスプレイン」ベースから、原則受け入れの諾否にかかわらず企業の姿勢を主体的、かつ明確に示す「コンプライ・アンド・エクスプレイン」ベースでの対応が期待される。
機関投資家が注目し始めた気候関連財務情報
−ESG投資拡大に伴い重要性が高まる積極開示−
板津 直孝
  1. 金融安定理事会(FSB)が設置した気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)は、2017年6月、最終報告書を公表し、投資家やその他のステークホルダーが、重要な気候関連のリスク及び機会が企業にもたらす財務インパクトを理解する上で、有用な情報開示の枠組みを提言した。その後の1年間で、欧米の機関投資家は気候関連の情報開示に対する関心を着実に高めており、日本企業が注視すべき状況になっている。
  2. 背景には、世界各国で拡大し始めたESG(環境、社会、企業投資)投資がある。欧米の機関投資家の多くは、気候変動をポートフォリオの重要なリスク要因に位置づけ、投資で優先すべき一つに掲げている。そして、気候関連の情報開示が不十分な企業に対しては、議決権を行使して改善を求める集団的エンゲージメントや、気候変動に対する取り組みが不十分な企業への投資を引き上げるダイベストメントを拡大している。その対象は、日本企業にも広がっている。
  3. TCFDの最終報告書の公表により、開示の枠組みが提示されたことから、欧米の機関投資家のこうした動きは、具体性を伴ってますます盛んになると考えられる。こうした欧米の気候関連の情報開示に対する顕著な反応は、現在、日本企業が日本国内において得られる感触と大きく異なるため、株主構成において欧米の機関投資家の比率が高い日本企業は、特に注視する必要があろう。
  4. 気候関連の情報開示の国際的な方向性は、財務報告との一元化であり、日本企業にとっては、財務報告と気候関連財務情報との親和性を一層高める準備が必要である。日本企業と欧米の投資家との対話においては、投資家が、TCFDの提言に則した気候関連財務情報開示を期待していることを認識する必要があろう。
持続可能な社会の実現に向けて注目が集まるソーシャルボンド 江夏 あかね
  1. 社会的課題への対処に向けた事業を資金使途とする債券である「ソーシャルボンド」の発行が近年、増加し始めている。ソーシャルボンドは、2006年11月に発行を開始した予防接種のための国際金融ファシリティ(IFFIm)によるワクチン債が初めてとされる。国際資本市場協会(ICMA)によるソーシャルボンド原則(SBP)の存在もあり、2010年代半ば頃から認知度が上がっている。また、本稿でも取り上げた発行事例を踏まえると、発行体セクターは、国際機関、銀行、政府系機関、事業会社と拡大傾向にある。
  2. 日本では2018年6月末現在、国内債として国際協力機構(JICA)、サムライ債としてBPCEが発行している。日本国内の社会的課題のために発行された事例はまだ出ていないが、日本でソーシャルボンドが今後、どのように活用されていくか注目されるところである。
  3. ソーシャルボンドの発行に当たっては、(1)発行体として、社会的課題の解決が経営面での重要課題として位置付けられていること、(2)対象事業がSBPに掲げられるソーシャルプロジェクトに該当し、社会的課題の改善目標及び改善のためのプロセスが明確など、SBPに適合した内容であること、(3)投資家をはじめとしたステークホルダーに対して透明性かつ客観性を確保し、レポーティング等を通じて説明責任を果たすこと、が成功のカギになると考えられる。
ブロックチェーンで拡がるESGをテーマとした資金調達の未来
−オーストリアのフェアブントによるグリーン・シュルトシャイン−
江夏 あかね佐藤 広大
  1. オーストリアの大手電力会社フェアブント(Verbund AG)は2018年4月17日、世界初の取組みとなるブロックチェーン技術を活用した「グリーン・シュルトシャイン」(Grüner Schuldschein)による資金調達を実現させた。
  2. グリーン・シュルトシャインとは、債務証書とも呼ばれるドイツ法に準拠したローンで、調達資金の使途を環境に配慮したプロジェクトとする、環境・社会・ガバナンス(ESG)関連の金融商品である。今般の資金調達に当たっては、ブロックチェーン技術が活用され、発行体から投資家へのプロセスをデジタル化することで、コミュニケーション、透明性、自動化といった観点から、調達プロセスが改善された。
  3. 発行体・投資家等は、プロセスの改善により調達関連コストの縮減や利便性向上といったメリットを享受することとなった。今後、ESGをテーマとした負債性資金調達でも、デジタル・プラットフォームの一環としてブロックチェーン技術の活用が選択肢の1つとなる機会が増える可能性もあろう。
  4. 今般のグリーン・シュルトシャインによる資金調達は、将来的なESG関連データ蓄積・充実化といった観点からも、多くのESG市場参加者に対して考えるきっかけを与える事例になったと言える。
金融危機発生から10年間で再拡大する米連邦住宅貸付銀行制度 岡田 功太
  1. 近年、米連邦住宅貸付銀行制度(FHLBS)のバランスシートが再拡大している。FHLBSの資産は、2008年の金融危機時に約1.35兆ドルとピークに達した後に、2012年にかけて半減し、その後、過去5年間で約1.5倍に増加した。FHLBSは、政府支援企業(GSE)であるが、ファニーメイ及びフレディマックのように、証券化商品の発行・保証を担っているのではなく、住宅ローン貸出支援を目的に、会員である商業銀行等に対して、「アドバンス」と呼ばれる低利の貸出を行っている。
  2. アドバンスの残高は、過去5年間で約1.7倍となり、FHLBSの資産の約65%に相当する規模になった。その要因として、2014年9月に最終化された米国の流動性カバレッジ比率(LCR)が挙げられる。LCRにおける証券担保調達の流出率は、適格流動資産の要件を満たさない資産が担保の場合には100%、GSEとの取引の場合には25%と規定されており、大手米銀にとって、GSEと取引する方が有利であることから、FHLBSからアドバンスの借入額を増加させた。
  3. 他方で、FHLBSの負債も増加傾向にあり、特に、ディスカウント・ノートの発行残高は、過去5年間で約1.8倍となった。その要因として、2014年7月に最終化されたMMF規制が挙げられる。同規制において、FHLBSが発行するディスカウント・ノートは、ガバメントMMFの投資対象資産として分類されたことに加えて、同MMFは2015年7月から約2年間で約1兆ドル増加した。その結果、MMFによるFHLBS債の保有比率は、2011年末の約7%から、2017年末には約20%に増加した。
  4. FHLBSは、1930年代の世界恐慌以降、過去の金融危機において、大手米銀に対してアドバンスを提供することで、連邦準備制度理事会(FRB)に次ぐ最後から2番目の貸し手として、金融システムの安定化に貢献してきた。しかし、現在、FHLBSのバランスシートは再拡大し、特に短期調達比率が上昇したことによって、皮肉なことにFHLBS自身がシステミック・リスクの震源地として懸念材料となっている。つまり、大手米銀及びMMFが有していた同リスクの一部は、金融規制の進展によって、FHLBSにシフトしているとも言える。2008年の金融危機から10年が経過した現在、改めて、金融システムにとって最適な規制枠組みの構築が必要であると言えよう。
EUにおけるマクロプルーデンス政策
−世界に先駆ける実践的な取組み−
小立 敬
  1. 金融危機以降、世界の中央銀行や金融規制当局において金融システムの安定を政策目標とするマクロプルーデンス政策の重要性がより強く認識されている。EUでは、欧州システミック・リスク理事会(ESRB)のイニシアティブの下、マクロプルーデンス政策を実行するための域内共通の枠組みが整備され、加盟国では新たな政策ツールの適用も始まっている。
  2. 実際に加盟国で適用されている主なマクロプルーデンス・ツールとしては、代表的な政策ツールに位置づけられるバーゼルIIIのカウンターシクリカル・バッファー(CCyB)が7カ国で実施されている。システミック・リスクに対応するために自己資本の上乗せを要求するEU独自のシステミック・リスク・バッファー(SyRB)も14カ国で導入されている。担保評価額に対する融資の比率を表すLTVや債務者所得に対する債務返済額の比率を表すDSTIに上限を設定する国も多く、LTVリミットは17カ国において採用されている。
  3. マクロプルーデンス・ツールの適用に関する実務をみると、加盟国の間で違いが窺われる。例えば、CCyBのオペレーションに関しては、水準の設定に責任を有する当局、情報開示、政策目標、ルールか裁量かという運営方法、中立的なバッファーの水準、コア指標、フォワード・ガイダンスといった点において、加盟国によって対応や考え方が大きく異なる。今後、加盟国がマクロプルーデンス・ツールの適用の経験を積み重ねていく中で、加盟国間の差異が解消されていくのかどうかが注目されるところである。
  4. EUのマクロプルーデンス政策は、実行段階に入ったばかりとはいえ、世界に先駆ける実践的な取組みのように窺われる。EUの経験は今後、EU以外の国・地域に対しても議論の材料を提供していくことを通じて、マクロプルーデンス政策に係るグローバルな知見を高めていくことになるだろう。EUにおけるマクロプルーデンス政策は引続き注目していくべき重要な取組みである。
米モルガン・スタンレーのウェルス・マネジメント部門の取り組み 岡田 功太木下 生悟
  1. 米国モルガン・スタンレーのウェルス・マネジメント部門は、競合他社を上回る預かり資産や営業員数を有し、同社の主力ビジネスとしてグループを牽引している。2008年の金融危機以降、事業の選択と集中を進めるシティ・グループからのスミス・バーニー買収によって、同部門の基盤が形成された。また、同年に銀行持株会社への変更が行われたが、これにより、資産運用関連のサービスに加えて、預金の受け入れと融資も提供して家計全体にアプローチすることが可能となった。
  2. 同部門では、一貫して収益構造の改革に取り組んでいる。所属する営業員数及び店舗数の大幅な削減と同時に、顧客層を富裕層にシフトし、営業員一人当たりの預かり資産を増加させることで収益性を向上させている。営業員数は2009年末から約13%減少し、店舗数は同期間で約33%減少した。これらの結果、営業員一人当たりの収益が、過去8年間で約2倍となった。
  3. また、収益安定化や顧客との関係構築の強化に向け、顧客の資産残高に応じて手数料を得る残高フィー型サービスの提供に注力している。預かり資産総額に占める残高フィー型サービスの割合は、2009年末の約25%から2017年末には約45%に増加した。更に、営業員のサポートを主眼としたデジタル戦略に取り組み、自社開発に拘らず、他社との提携によって、より高度で効率的なデジタル戦略を採用する方向性を示している。
  4. モルガン・スタンレーは、ジェームズ・ゴーマン会長兼CEOの指揮の下、これまで一貫してウェルス・マネジメント部門の営業収益の利益率の増加という明確な経営目標を設定し、実行し続けてきた。引き続き収益性の向上を掲げており、今後も同部門の動向が注目される。
キャッシュレス化と決済改革 淵田 康之
  1. 今日、諸外国では一連の決済改革を通じて、キャッシュレス化が進展している。決済改革の柱は、銀行界による統一的なモバイル個人間送金サービスの導入や、決済関連FinTechの台頭を踏まえた、制度及びインフラの抜本的な見直しである。
  2. 英国では、2000年代に入り、政府主導の改革が展開され、2014年には銀行界による統一モバイル個人間送金サービスが導入された。
  3. さらに2016年末には将来戦略が策定され、新決済インフラの構築が始まった。2018年には、インフラの運営を担う、新決済ガバナンス機関が始動している。また歴史上初めて、ノンバンクによる、銀行間決済システムと中央銀行システムへの直接アクセスも実現した。
  4. 米国においても、銀行界によるモバイル個人間送金サービスが普及しつつある。また英国同様、将来ビジョンが策定され、新決済インフラが構築されつつある。2018年夏には、インフラの運営を担う新決済ガバナンス機関が設立される。
  5. シンガポールは、2016年8月に決済改革のロードマップを発表した。2017年には銀行界の統一的なモバイル決済サービス、PayNowが導入され、FinTechやユーザー代表も参加するPayments Councilも設置された。2018年には、新決済法が制定される予定である。
  6. シンガポールの新決済法案では、決済業者や決済システムに対し、インターオペラビリティの確保を義務づける規定が盛り込まれている。
  7. わが国では、2018年7月に「キャッシュレス推進協議会」が設立され、QRコードの標準化の検討が始まる。同協議会は、英国、米国、シンガポールにおける「決済ガバナンス機関」に似た面もあるが、位置づけは全く異なる。キャッシュレス化を真に推進するためには、銀行界の統一的モバイル個人間送金サービスの導入や、決済法制の抜本的な改革、決済インフラの見直しが不可欠である。
初の国内公募外貨建社債発行の意義 佐藤 淳
  1. 野村総合研究所は2018年3月、国内公募豪ドル建社債を発行した。これは、日本企業が初めて国内公募市場において外貨建で発行した社債である。
  2. 日本社会が成熟化し、経済成長率が低位安定で推移する中、日本企業の事業活動のグローバル化が進んでいる。海外企業を対象にした大型M&Aの増加は、グローバルな競争を有利に進めようという企業の経営判断の現れであり、多くの中堅・中小企業にとっても海外活動の拡大は重要課題となっている。
  3. そうした環境下、外貨建資産の増加にマッチした負債調達の多通貨化、簡便化の意義は大きい。今後、この枠組みを通じて、成長期待の高いタイやインドネシア等の現地法人向けのファイナンスが実施されることも考えられる。更に、アーリーステージ企業の資金調達手段として発展する可能性もある。
  4. 投資家にとっても、国内公募外貨建社債は、外貨建運用の新たな選択肢となる。投資対象が国内企業であれば状況を把握しやすいため、発行体の信用力を効率的に判断しつつ、成長力の高い新興国の通貨での運用を行うことも可能となる。今後の展開が注目される。
日本企業のM&Aにおけるプライベート・エクイティの台頭と今後の展望 吉川 浩史
  1. 近年の日本ではM&A件数・金額が増えており、特にプライベート・エクイティ(PE)の関与する案件の増加が顕著である。
  2. PEの関与するM&Aでは、成熟企業の事業再編に伴い売却される子会社・事業部門や、後継者が不在の中小・零細企業に対する買収が増加している。いずれのケースでもPEには資金に加え、買収後の成長戦略の策定・実行が期待されることが多い。
  3. 広義のPEとして、企業や大学の運用するベンチャー・キャピタルによるベンチャー企業投資も活発化している。今後は、投資先のエグジット(投資回収)時に、買い手としてのPEへのニーズが高まる可能性もある。
  4. 近年は地方創生の観点から、地域産業の振興や観光資源の開発を通じた地域経済の活性化を目的に、自治体、地域金融機関、地域企業等が出資するファンドが地域の企業・事業者に出資する案件もみられる。
  5. PEが関与するM&Aの増加の背景には、企業等からPEが企業価値向上に取り組むパートナーとみられ始めたこともあろう。足元では米系PEによるアジア地域を対象とする大型ファンドの組成が相次ぐが、日系PEの組成は活発とは言えない。経済の新陳代謝を促すためにも、日系PEによる規模拡大とM&Aのさらなる活発化が期待される。
相続制度をめぐる新たな動き
−相続税改正2年目の影響と40年ぶりの改正が決まった相続法−
宮本 佐知子
  1. 相続に対する関心が高まっている。人口動態上、相続を経験する人が増えていることが背景にある。加えて、地価の大幅下落等への対応や格差の固定化防止等の観点から、相続税が2015年から改正されたことや、高齢社会の実情を反映するために、民法の相続に関する規定(相続法)が40年ぶりに改正されることになり、広く耳目を集めていることも挙げられる。本稿では、まず2018年夏に公表された2016年の相続税統計の分析結果を示し、次に2018年7月に決定された相続法改正の注目点を示した上で、金融機関への示唆を検討する。
  2. 相続税については、2015年からの改正では、現行制度の下で初めて基礎控除額が引き下げられたため相続税課税対象者が増加し、課税割合は2015年に続いて2016年も過去最高を更新した。課税割合が増加した地域は、大都市圏のみならず地方圏でも増えており、総じて相続税改正の影響は更に広がっている。
  3. 相続法については、今般の改正では、残された配偶者が生活に困窮することを防ぐための仕組み作りが進められることになった。高齢社会の実情に合わせ、遺留分侵害額請求権や預貯金の仮払い制度など、相続をめぐる揉め事を回避しやすくする仕組みも整えられた。相続人以外の親族に対しても、故人の介護をめぐり認められにくい部分を補う配慮もなされた。この他、自筆証書遺言を法務局で保管し情報の管理を行う制度も新設されることになった。
  4. 多くの金融機関では、相続資産市場を重要な戦略市場に位置づけていることから、相続制度をめぐる新たな動きには注目しておくべきである。これらの改正は、総じて多くの人に影響が及び、相続を意識する人も一層増えていると考えられる。金融機関では、このような個人顧客側での意識の高まりを踏まえ、相続税および相続法の改正に係る正確な情報を提供することと、その上で、相続・贈与をめぐる顧客の金融ニーズを丁寧に引き出し、個々人の事情を踏まえた適切な提案を行うことが重要である。
発足5年目を迎えたNISA
−これまでの利用状況と普及へ向けた課題−
宮本 佐知子
  1. 2014年1月に開始された少額投資非課税制度(NISA)は、開始直後は投資経験者を中心に口座数が急増したが、その後は伸びが鈍化しており、普及へ向けた課題も多い。本稿ではまず、NISAの概要と2017年12月末時点の利用状況を示し、次に制度の設立背景と今後の普及へ向けた課題を論じる。
  2. NISAは現在、3種類あり、成年を対象とした「一般NISA」、積立投資に特化した「つみたてNISA」、そして未成年を対象とした「ジュニアNISA」がある。制度開始直後は一般NISAのみの取扱であり、2017年12月末時点での一般NISAの口座数は1,099万2,733口座、総買付額は12兆5,325億円である。また、一般NISAの普及率は対象人口の10.5%である。
  3. NISAは利用者にとっては複雑な仕組みになっている。これは、証券優遇税制を廃止し、配当・譲渡益の税率を10%から20%へ引き上げる際の激変緩和措置として導入されたという経緯と、政府関係者間での様々な思惑が絡んだ結果といえる。他方、それでも急速に普及が進んだ背景として、官民をあげた努力は見逃せない。
  4. 今後の普及へ向けた課題も多い。NISAを使いやすくするためには、家計の安定的な資産形成を支援するというNISAのそもそもの導入目的に立ち返り、簡素で分かりやすい制度にすべきであろう。現行制度を基に改善を進めるうえで特に急ぐべきは、「制度の恒久化」「スイッチングの認可」「相続時の対応」である。さらに、NISAの新規利用者を広げるにはより直接的な税制面でのアピールも必要になろう。
  5. 金融機関にとっては、まず現行制度の範囲内での真摯な取り組みは重要である。税制優遇が付されたNISAは、新規顧客開拓のための「ドアノック商品」としても利用価値は高い。金融機関にとって、家計の資産形成を支援することは、顧客本位の業務運営を進める上で求められている役割の一つだろう。
金融業への外資出資比率の緩和と同時に株主管理を強化する中国政府の動き 関根 栄一
  1. 2018年4月の中国・海南省で開催されたボアオ・アジアフォーラムでの習近平国家主席による対外開放の継続・拡大に関するスピーチを受け、中国人民銀行・易鋼総裁は、金融業の対外開放に関する12項目を発表し、2017年11月の米中首脳会談等での中国政府の公約内容を更に拡大し、期限を区切って実施することを確約した。
  2. 金融業の開放のうち、証券業では、従来の外資出資上限49%の51%への引き上げと3年後の撤廃とともに、業務範囲の拡大を容認した。保険業では、生命保険業への外資出資比率の緩和を前倒しで実現し、保険関連業務での国内資本との同一性を確保した。銀行業では、貸出債権の株式化に伴う受け皿会社への出資など、新規業務での外資進出を容認した。
  3. 対外開放の一方で、中国政府は過去の事件を教訓に、金融業に出資する株主への管理監督を強化する方針である。そのうち、証券業では、従来の「5%以上の保有株主」、「25%以上を保有する等の主要株主」に加えて、「5%未満の保有株主」と「50%以上を保有する等の支配株主」を加えて、株主を四つに分類し、保有比率が多いほど満たすべき基準を強化する方針である。
  4. また、中国では、既に50〜60社に上ると見られる金融持株会社に対する管理監督体制が整っておらず、グループ内の資金循環や関連取引、複雑な株主構成による大株主の権利濫用、銀行・保険・証券という業態別規制のアービトラージが発生し、レバレッジを効かせるなどして金融市場での潜在的なシステミックリスクを高めている。
  5. このため、2017年には業態別の管理監督の内閣レベルの調整機関として「国務院金融安定発展委員会」が創設され、2018年3月には銀行と保険の管理監督機関が統合され、「中国銀行保険監督管理委員会」が新たに発足し、それぞれ幹部人事の手当てもなされている。
  6. 金融業の対外開放の新たな方針の下、証券業では既に出資している外資持分の引き上げや、保険業では外資の新規進出や異業種の国内資本の進出が出始めている。3年後の2021年を目標に設定した金融業の対外開放の促進とシステミックリスクの発生防止に向け、中国政府にはバランスの取れた政策運営が求められている。
中国におけるハイテク企業を対象とする上場制度改革
−レッドチップ企業による中国預託証券(CDR)の発行が可能に−
関 志雄
  1. 近年、中国では、情報通信などの分野における技術革新を背景に、アリババ、テンセント、バイドゥなど、ニューエコノミーを牽引するハイテク企業が相次いで現れている。しかし、資本市場の改革は遅れているため、これらの企業は、レッドチップ企業として、ニューヨークなどの海外市場に上場している。また、急成長している多くのユニコーン企業も、海外上場の準備を進めている。
  2. 資本市場の活性化とニューエコノミーの更なる発展を促すべく、中国政府は、これらの企業が国内で上場できるように、環境整備を進めている。その大きな一歩として、当局はすでに海外市場に上場しているレッドチップ企業と、ユニコーン企業が中国国内市場に上場するための新しいルールを提示している。それにより、海外で登記しているハイテク企業でも、一定の条件を満たせば、株式、または海外で発行した株式などの証券に裏付けられる中国預託証券(CDR)を、国内市場に上場させることが可能になる。
タイの投資信託市場の展望と課題
−持続的な拡大をもたらし得る3つの要因−
井潟 正彦佐藤 広大
  1. 近年、タイの証券市場は活況を呈しているが、特に目を引くのが投資信託の拡大である。同国の2017年末投資信託残高は約5兆バーツ(約17兆円)で、過去5年間で年率約13.0%の成長を遂げ、ASEAN(東南アジア諸国連合)の投資信託市場の中でも抜きんでる存在になりつつある。
  2. これまで投資信託販売において牽引役を果たしてきたのは大手銀行グループである。今後もタイの投資信託市場が持続的に拡大し得るかについて、(1)オープン・アーキテクチャーが広がる動き、(2)税制優遇を伴う投資制度の役割、(3)海外ファンドが拡大する余地の3点に注目し、考察した。
  3. 1点目のオープン・アーキテクチャーが広がる動きは、健全な販売活動や競争の促進、品揃え拡充ニーズへの対応から既定路線になっており、今後数年間で本格化する見込みである。2点目の税制優遇を伴う投資制度の役割には、官民一体で期待を高めている。背景として、同国で高齢化が急速に進行することが挙げられる。国民全体が退職後の備えを充実できるようにと、民間企業における確定拠出型年金の従業員への提供義務化も予定されている。3点目の海外ファンドが拡大する余地は大きいと見る。同国の経済成長が引き続き期待できるとは言え、経済規模や産業構造などから生じ得る一定の制約に鑑みると、分散投資を伴いながら長期的に高い収益率を実現するには海外ファンドの役割は不可欠だからである。
  4. タイの投資信託市場の持続的拡大には、国民における金融リテラシーの向上、投資教育の強化が欠かせない。政府と業界関係者はその重要性を認識し、一体となって具体的な取り組みに注力し始めている。今後、より多くの同国国民が資産形成に取り組む基盤の形成が進み、投資信託市場の持続的拡大の実現可能性がより高まるか、注目される。
金融・証券規制
時流 2025年にどのようにたどり着くか:財政健全化の今後の道行きについて 上智大学経済学部准教授、日本政策投資銀行設備投資研究所客員主任研究員
中里 透

量的・質的金融緩和の導入から5年、消費税率の8%への引き上げから4年が経過した。この間に物価上昇率はプラスに転じ、財政収支も大幅な改善をみたが、2%の物価安定目標は未達のままであり、基礎的財政収支(プライマリーバランス)の黒字化も達成時期の後ずれが生じている。こうした中、2019年10月には再増税(消費税率の10%への引き上げ)の実施が予定されており、その実施・延期の判断が今秋にもなされる見通しである。
そこで、本稿では財政健全化をめぐるこれまでの経過を振り返り、今後の道行きについて考えてみることとしたい。

投資家と企業との対話ガイドラインの策定とCGコードの改訂 西山 賢吾
  1. 我が国のコーポレートガバナンス改革はここまで一定の成果を上げているが、その水準をさらに高める上で残されている課題に対応するため、2018年6月1日、『投資家と企業との対話ガイドライン』が策定、公表されるとともに、コーポレートガバナンス・コードの改訂が実施された。
  2. 今回のガイドラインとコードの改訂で最も注目されるのは、『資本コストの的確な把握』であろう。今回資本コストの定義や明確な計算方法は示されていないが、重要なことは、資本コストの算出そのものに終始するのではなく、資本コストの計算に用いた各種数値の採用根拠やその背景にある中長期的な経営ビジョンを示し、投資家との対話を深めることである。
  3. 資本コストと並び注目される政策保有株式に関しては、保有すべきではないという意見と、合理性があれば一定量の保有を容認する意見がある。しかし、今回の対話ガイドラインの制定やコードの改訂により、保有の合理性に対し従来以上に納得感のある説明が求められると考えられるため、保有の合理性に乏しい株式の売却を求める声はさらに強まるであろう。
  4. 我が国企業ではコードの各原則について、まず遵守ありきという考えを持つ上場企業が少なくないように見えるが、具体的な対応をせず形式的な遵守に留まるよりは、明確な理由を説明した上で受け入れない原則があるという対応の方が望ましいと考えられる。さらに、これからは「コンプライ・オア・エクスプレイン」ベースから、原則受け入れの諾否にかかわらず企業の姿勢を主体的、かつ明確に示す「コンプライ・アンド・エクスプレイン」ベースでの対応が期待される。
機関投資家が注目し始めた気候関連財務情報
−ESG投資拡大に伴い重要性が高まる積極開示−
板津 直孝
  1. 金融安定理事会(FSB)が設置した気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)は、2017年6月、最終報告書を公表し、投資家やその他のステークホルダーが、重要な気候関連のリスク及び機会が企業にもたらす財務インパクトを理解する上で、有用な情報開示の枠組みを提言した。その後の1年間で、欧米の機関投資家は気候関連の情報開示に対する関心を着実に高めており、日本企業が注視すべき状況になっている。
  2. 背景には、世界各国で拡大し始めたESG(環境、社会、企業投資)投資がある。欧米の機関投資家の多くは、気候変動をポートフォリオの重要なリスク要因に位置づけ、投資で優先すべき一つに掲げている。そして、気候関連の情報開示が不十分な企業に対しては、議決権を行使して改善を求める集団的エンゲージメントや、気候変動に対する取り組みが不十分な企業への投資を引き上げるダイベストメントを拡大している。その対象は、日本企業にも広がっている。
  3. TCFDの最終報告書の公表により、開示の枠組みが提示されたことから、欧米の機関投資家のこうした動きは、具体性を伴ってますます盛んになると考えられる。こうした欧米の気候関連の情報開示に対する顕著な反応は、現在、日本企業が日本国内において得られる感触と大きく異なるため、株主構成において欧米の機関投資家の比率が高い日本企業は、特に注視する必要があろう。
  4. 気候関連の情報開示の国際的な方向性は、財務報告との一元化であり、日本企業にとっては、財務報告と気候関連財務情報との親和性を一層高める準備が必要である。日本企業と欧米の投資家との対話においては、投資家が、TCFDの提言に則した気候関連財務情報開示を期待していることを認識する必要があろう。
持続可能な社会の実現に向けて注目が集まるソーシャルボンド 江夏 あかね
  1. 社会的課題への対処に向けた事業を資金使途とする債券である「ソーシャルボンド」の発行が近年、増加し始めている。ソーシャルボンドは、2006年11月に発行を開始した予防接種のための国際金融ファシリティ(IFFIm)によるワクチン債が初めてとされる。国際資本市場協会(ICMA)によるソーシャルボンド原則(SBP)の存在もあり、2010年代半ば頃から認知度が上がっている。また、本稿でも取り上げた発行事例を踏まえると、発行体セクターは、国際機関、銀行、政府系機関、事業会社と拡大傾向にある。
  2. 日本では2018年6月末現在、国内債として国際協力機構(JICA)、サムライ債としてBPCEが発行している。日本国内の社会的課題のために発行された事例はまだ出ていないが、日本でソーシャルボンドが今後、どのように活用されていくか注目されるところである。
  3. ソーシャルボンドの発行に当たっては、(1)発行体として、社会的課題の解決が経営面での重要課題として位置付けられていること、(2)対象事業がSBPに掲げられるソーシャルプロジェクトに該当し、社会的課題の改善目標及び改善のためのプロセスが明確など、SBPに適合した内容であること、(3)投資家をはじめとしたステークホルダーに対して透明性かつ客観性を確保し、レポーティング等を通じて説明責任を果たすこと、が成功のカギになると考えられる。
ブロックチェーンで拡がるESGをテーマとした資金調達の未来
−オーストリアのフェアブントによるグリーン・シュルトシャイン−
江夏 あかね佐藤 広大
  1. オーストリアの大手電力会社フェアブント(Verbund AG)は2018年4月17日、世界初の取組みとなるブロックチェーン技術を活用した「グリーン・シュルトシャイン」(Grüner Schuldschein)による資金調達を実現させた。
  2. グリーン・シュルトシャインとは、債務証書とも呼ばれるドイツ法に準拠したローンで、調達資金の使途を環境に配慮したプロジェクトとする、環境・社会・ガバナンス(ESG)関連の金融商品である。今般の資金調達に当たっては、ブロックチェーン技術が活用され、発行体から投資家へのプロセスをデジタル化することで、コミュニケーション、透明性、自動化といった観点から、調達プロセスが改善された。
  3. 発行体・投資家等は、プロセスの改善により調達関連コストの縮減や利便性向上といったメリットを享受することとなった。今後、ESGをテーマとした負債性資金調達でも、デジタル・プラットフォームの一環としてブロックチェーン技術の活用が選択肢の1つとなる機会が増える可能性もあろう。
  4. 今般のグリーン・シュルトシャインによる資金調達は、将来的なESG関連データ蓄積・充実化といった観点からも、多くのESG市場参加者に対して考えるきっかけを与える事例になったと言える。
金融危機発生から10年間で再拡大する米連邦住宅貸付銀行制度 岡田 功太
  1. 近年、米連邦住宅貸付銀行制度(FHLBS)のバランスシートが再拡大している。FHLBSの資産は、2008年の金融危機時に約1.35兆ドルとピークに達した後に、2012年にかけて半減し、その後、過去5年間で約1.5倍に増加した。FHLBSは、政府支援企業(GSE)であるが、ファニーメイ及びフレディマックのように、証券化商品の発行・保証を担っているのではなく、住宅ローン貸出支援を目的に、会員である商業銀行等に対して、「アドバンス」と呼ばれる低利の貸出を行っている。
  2. アドバンスの残高は、過去5年間で約1.7倍となり、FHLBSの資産の約65%に相当する規模になった。その要因として、2014年9月に最終化された米国の流動性カバレッジ比率(LCR)が挙げられる。LCRにおける証券担保調達の流出率は、適格流動資産の要件を満たさない資産が担保の場合には100%、GSEとの取引の場合には25%と規定されており、大手米銀にとって、GSEと取引する方が有利であることから、FHLBSからアドバンスの借入額を増加させた。
  3. 他方で、FHLBSの負債も増加傾向にあり、特に、ディスカウント・ノートの発行残高は、過去5年間で約1.8倍となった。その要因として、2014年7月に最終化されたMMF規制が挙げられる。同規制において、FHLBSが発行するディスカウント・ノートは、ガバメントMMFの投資対象資産として分類されたことに加えて、同MMFは2015年7月から約2年間で約1兆ドル増加した。その結果、MMFによるFHLBS債の保有比率は、2011年末の約7%から、2017年末には約20%に増加した。
  4. FHLBSは、1930年代の世界恐慌以降、過去の金融危機において、大手米銀に対してアドバンスを提供することで、連邦準備制度理事会(FRB)に次ぐ最後から2番目の貸し手として、金融システムの安定化に貢献してきた。しかし、現在、FHLBSのバランスシートは再拡大し、特に短期調達比率が上昇したことによって、皮肉なことにFHLBS自身がシステミック・リスクの震源地として懸念材料となっている。つまり、大手米銀及びMMFが有していた同リスクの一部は、金融規制の進展によって、FHLBSにシフトしているとも言える。2008年の金融危機から10年が経過した現在、改めて、金融システムにとって最適な規制枠組みの構築が必要であると言えよう。
EUにおけるマクロプルーデンス政策
−世界に先駆ける実践的な取組み−
小立 敬
  1. 金融危機以降、世界の中央銀行や金融規制当局において金融システムの安定を政策目標とするマクロプルーデンス政策の重要性がより強く認識されている。EUでは、欧州システミック・リスク理事会(ESRB)のイニシアティブの下、マクロプルーデンス政策を実行するための域内共通の枠組みが整備され、加盟国では新たな政策ツールの適用も始まっている。
  2. 実際に加盟国で適用されている主なマクロプルーデンス・ツールとしては、代表的な政策ツールに位置づけられるバーゼルIIIのカウンターシクリカル・バッファー(CCyB)が7カ国で実施されている。システミック・リスクに対応するために自己資本の上乗せを要求するEU独自のシステミック・リスク・バッファー(SyRB)も14カ国で導入されている。担保評価額に対する融資の比率を表すLTVや債務者所得に対する債務返済額の比率を表すDSTIに上限を設定する国も多く、LTVリミットは17カ国において採用されている。
  3. マクロプルーデンス・ツールの適用に関する実務をみると、加盟国の間で違いが窺われる。例えば、CCyBのオペレーションに関しては、水準の設定に責任を有する当局、情報開示、政策目標、ルールか裁量かという運営方法、中立的なバッファーの水準、コア指標、フォワード・ガイダンスといった点において、加盟国によって対応や考え方が大きく異なる。今後、加盟国がマクロプルーデンス・ツールの適用の経験を積み重ねていく中で、加盟国間の差異が解消されていくのかどうかが注目されるところである。
  4. EUのマクロプルーデンス政策は、実行段階に入ったばかりとはいえ、世界に先駆ける実践的な取組みのように窺われる。EUの経験は今後、EU以外の国・地域に対しても議論の材料を提供していくことを通じて、マクロプルーデンス政策に係るグローバルな知見を高めていくことになるだろう。EUにおけるマクロプルーデンス政策は引続き注目していくべき重要な取組みである。
米モルガン・スタンレーのウェルス・マネジメント部門の取り組み 岡田 功太木下 生悟
  1. 米国モルガン・スタンレーのウェルス・マネジメント部門は、競合他社を上回る預かり資産や営業員数を有し、同社の主力ビジネスとしてグループを牽引している。2008年の金融危機以降、事業の選択と集中を進めるシティ・グループからのスミス・バーニー買収によって、同部門の基盤が形成された。また、同年に銀行持株会社への変更が行われたが、これにより、資産運用関連のサービスに加えて、預金の受け入れと融資も提供して家計全体にアプローチすることが可能となった。
  2. 同部門では、一貫して収益構造の改革に取り組んでいる。所属する営業員数及び店舗数の大幅な削減と同時に、顧客層を富裕層にシフトし、営業員一人当たりの預かり資産を増加させることで収益性を向上させている。営業員数は2009年末から約13%減少し、店舗数は同期間で約33%減少した。これらの結果、営業員一人当たりの収益が、過去8年間で約2倍となった。
  3. また、収益安定化や顧客との関係構築の強化に向け、顧客の資産残高に応じて手数料を得る残高フィー型サービスの提供に注力している。預かり資産総額に占める残高フィー型サービスの割合は、2009年末の約25%から2017年末には約45%に増加した。更に、営業員のサポートを主眼としたデジタル戦略に取り組み、自社開発に拘らず、他社との提携によって、より高度で効率的なデジタル戦略を採用する方向性を示している。
  4. モルガン・スタンレーは、ジェームズ・ゴーマン会長兼CEOの指揮の下、これまで一貫してウェルス・マネジメント部門の営業収益の利益率の増加という明確な経営目標を設定し、実行し続けてきた。引き続き収益性の向上を掲げており、今後も同部門の動向が注目される。
キャッシュレス化と決済改革 淵田 康之
  1. 今日、諸外国では一連の決済改革を通じて、キャッシュレス化が進展している。決済改革の柱は、銀行界による統一的なモバイル個人間送金サービスの導入や、決済関連FinTechの台頭を踏まえた、制度及びインフラの抜本的な見直しである。
  2. 英国では、2000年代に入り、政府主導の改革が展開され、2014年には銀行界による統一モバイル個人間送金サービスが導入された。
  3. さらに2016年末には将来戦略が策定され、新決済インフラの構築が始まった。2018年には、インフラの運営を担う、新決済ガバナンス機関が始動している。また歴史上初めて、ノンバンクによる、銀行間決済システムと中央銀行システムへの直接アクセスも実現した。
  4. 米国においても、銀行界によるモバイル個人間送金サービスが普及しつつある。また英国同様、将来ビジョンが策定され、新決済インフラが構築されつつある。2018年夏には、インフラの運営を担う新決済ガバナンス機関が設立される。
  5. シンガポールは、2016年8月に決済改革のロードマップを発表した。2017年には銀行界の統一的なモバイル決済サービス、PayNowが導入され、FinTechやユーザー代表も参加するPayments Councilも設置された。2018年には、新決済法が制定される予定である。
  6. シンガポールの新決済法案では、決済業者や決済システムに対し、インターオペラビリティの確保を義務づける規定が盛り込まれている。
  7. わが国では、2018年7月に「キャッシュレス推進協議会」が設立され、QRコードの標準化の検討が始まる。同協議会は、英国、米国、シンガポールにおける「決済ガバナンス機関」に似た面もあるが、位置づけは全く異なる。キャッシュレス化を真に推進するためには、銀行界の統一的モバイル個人間送金サービスの導入や、決済法制の抜本的な改革、決済インフラの見直しが不可欠である。
初の国内公募外貨建社債発行の意義 佐藤 淳
  1. 野村総合研究所は2018年3月、国内公募豪ドル建社債を発行した。これは、日本企業が初めて国内公募市場において外貨建で発行した社債である。
  2. 日本社会が成熟化し、経済成長率が低位安定で推移する中、日本企業の事業活動のグローバル化が進んでいる。海外企業を対象にした大型M&Aの増加は、グローバルな競争を有利に進めようという企業の経営判断の現れであり、多くの中堅・中小企業にとっても海外活動の拡大は重要課題となっている。
  3. そうした環境下、外貨建資産の増加にマッチした負債調達の多通貨化、簡便化の意義は大きい。今後、この枠組みを通じて、成長期待の高いタイやインドネシア等の現地法人向けのファイナンスが実施されることも考えられる。更に、アーリーステージ企業の資金調達手段として発展する可能性もある。
  4. 投資家にとっても、国内公募外貨建社債は、外貨建運用の新たな選択肢となる。投資対象が国内企業であれば状況を把握しやすいため、発行体の信用力を効率的に判断しつつ、成長力の高い新興国の通貨での運用を行うことも可能となる。今後の展開が注目される。
日本企業のM&Aにおけるプライベート・エクイティの台頭と今後の展望 吉川 浩史
  1. 近年の日本ではM&A件数・金額が増えており、特にプライベート・エクイティ(PE)の関与する案件の増加が顕著である。
  2. PEの関与するM&Aでは、成熟企業の事業再編に伴い売却される子会社・事業部門や、後継者が不在の中小・零細企業に対する買収が増加している。いずれのケースでもPEには資金に加え、買収後の成長戦略の策定・実行が期待されることが多い。
  3. 広義のPEとして、企業や大学の運用するベンチャー・キャピタルによるベンチャー企業投資も活発化している。今後は、投資先のエグジット(投資回収)時に、買い手としてのPEへのニーズが高まる可能性もある。
  4. 近年は地方創生の観点から、地域産業の振興や観光資源の開発を通じた地域経済の活性化を目的に、自治体、地域金融機関、地域企業等が出資するファンドが地域の企業・事業者に出資する案件もみられる。
  5. PEが関与するM&Aの増加の背景には、企業等からPEが企業価値向上に取り組むパートナーとみられ始めたこともあろう。足元では米系PEによるアジア地域を対象とする大型ファンドの組成が相次ぐが、日系PEの組成は活発とは言えない。経済の新陳代謝を促すためにも、日系PEによる規模拡大とM&Aのさらなる活発化が期待される。
相続制度をめぐる新たな動き
−相続税改正2年目の影響と40年ぶりの改正が決まった相続法−
宮本 佐知子
  1. 相続に対する関心が高まっている。人口動態上、相続を経験する人が増えていることが背景にある。加えて、地価の大幅下落等への対応や格差の固定化防止等の観点から、相続税が2015年から改正されたことや、高齢社会の実情を反映するために、民法の相続に関する規定(相続法)が40年ぶりに改正されることになり、広く耳目を集めていることも挙げられる。本稿では、まず2018年夏に公表された2016年の相続税統計の分析結果を示し、次に2018年7月に決定された相続法改正の注目点を示した上で、金融機関への示唆を検討する。
  2. 相続税については、2015年からの改正では、現行制度の下で初めて基礎控除額が引き下げられたため相続税課税対象者が増加し、課税割合は2015年に続いて2016年も過去最高を更新した。課税割合が増加した地域は、大都市圏のみならず地方圏でも増えており、総じて相続税改正の影響は更に広がっている。
  3. 相続法については、今般の改正では、残された配偶者が生活に困窮することを防ぐための仕組み作りが進められることになった。高齢社会の実情に合わせ、遺留分侵害額請求権や預貯金の仮払い制度など、相続をめぐる揉め事を回避しやすくする仕組みも整えられた。相続人以外の親族に対しても、故人の介護をめぐり認められにくい部分を補う配慮もなされた。この他、自筆証書遺言を法務局で保管し情報の管理を行う制度も新設されることになった。
  4. 多くの金融機関では、相続資産市場を重要な戦略市場に位置づけていることから、相続制度をめぐる新たな動きには注目しておくべきである。これらの改正は、総じて多くの人に影響が及び、相続を意識する人も一層増えていると考えられる。金融機関では、このような個人顧客側での意識の高まりを踏まえ、相続税および相続法の改正に係る正確な情報を提供することと、その上で、相続・贈与をめぐる顧客の金融ニーズを丁寧に引き出し、個々人の事情を踏まえた適切な提案を行うことが重要である。
発足5年目を迎えたNISA
−これまでの利用状況と普及へ向けた課題−
宮本 佐知子
  1. 2014年1月に開始された少額投資非課税制度(NISA)は、開始直後は投資経験者を中心に口座数が急増したが、その後は伸びが鈍化しており、普及へ向けた課題も多い。本稿ではまず、NISAの概要と2017年12月末時点の利用状況を示し、次に制度の設立背景と今後の普及へ向けた課題を論じる。
  2. NISAは現在、3種類あり、成年を対象とした「一般NISA」、積立投資に特化した「つみたてNISA」、そして未成年を対象とした「ジュニアNISA」がある。制度開始直後は一般NISAのみの取扱であり、2017年12月末時点での一般NISAの口座数は1,099万2,733口座、総買付額は12兆5,325億円である。また、一般NISAの普及率は対象人口の10.5%である。
  3. NISAは利用者にとっては複雑な仕組みになっている。これは、証券優遇税制を廃止し、配当・譲渡益の税率を10%から20%へ引き上げる際の激変緩和措置として導入されたという経緯と、政府関係者間での様々な思惑が絡んだ結果といえる。他方、それでも急速に普及が進んだ背景として、官民をあげた努力は見逃せない。
  4. 今後の普及へ向けた課題も多い。NISAを使いやすくするためには、家計の安定的な資産形成を支援するというNISAのそもそもの導入目的に立ち返り、簡素で分かりやすい制度にすべきであろう。現行制度を基に改善を進めるうえで特に急ぐべきは、「制度の恒久化」「スイッチングの認可」「相続時の対応」である。さらに、NISAの新規利用者を広げるにはより直接的な税制面でのアピールも必要になろう。
  5. 金融機関にとっては、まず現行制度の範囲内での真摯な取り組みは重要である。税制優遇が付されたNISAは、新規顧客開拓のための「ドアノック商品」としても利用価値は高い。金融機関にとって、家計の資産形成を支援することは、顧客本位の業務運営を進める上で求められている役割の一つだろう。
金融業への外資出資比率の緩和と同時に株主管理を強化する中国政府の動き 関根 栄一
  1. 2018年4月の中国・海南省で開催されたボアオ・アジアフォーラムでの習近平国家主席による対外開放の継続・拡大に関するスピーチを受け、中国人民銀行・易鋼総裁は、金融業の対外開放に関する12項目を発表し、2017年11月の米中首脳会談等での中国政府の公約内容を更に拡大し、期限を区切って実施することを確約した。
  2. 金融業の開放のうち、証券業では、従来の外資出資上限49%の51%への引き上げと3年後の撤廃とともに、業務範囲の拡大を容認した。保険業では、生命保険業への外資出資比率の緩和を前倒しで実現し、保険関連業務での国内資本との同一性を確保した。銀行業では、貸出債権の株式化に伴う受け皿会社への出資など、新規業務での外資進出を容認した。
  3. 対外開放の一方で、中国政府は過去の事件を教訓に、金融業に出資する株主への管理監督を強化する方針である。そのうち、証券業では、従来の「5%以上の保有株主」、「25%以上を保有する等の主要株主」に加えて、「5%未満の保有株主」と「50%以上を保有する等の支配株主」を加えて、株主を四つに分類し、保有比率が多いほど満たすべき基準を強化する方針である。
  4. また、中国では、既に50〜60社に上ると見られる金融持株会社に対する管理監督体制が整っておらず、グループ内の資金循環や関連取引、複雑な株主構成による大株主の権利濫用、銀行・保険・証券という業態別規制のアービトラージが発生し、レバレッジを効かせるなどして金融市場での潜在的なシステミックリスクを高めている。
  5. このため、2017年には業態別の管理監督の内閣レベルの調整機関として「国務院金融安定発展委員会」が創設され、2018年3月には銀行と保険の管理監督機関が統合され、「中国銀行保険監督管理委員会」が新たに発足し、それぞれ幹部人事の手当てもなされている。
  6. 金融業の対外開放の新たな方針の下、証券業では既に出資している外資持分の引き上げや、保険業では外資の新規進出や異業種の国内資本の進出が出始めている。3年後の2021年を目標に設定した金融業の対外開放の促進とシステミックリスクの発生防止に向け、中国政府にはバランスの取れた政策運営が求められている。
中国におけるハイテク企業を対象とする上場制度改革
−レッドチップ企業による中国預託証券(CDR)の発行が可能に−
関 志雄
  1. 近年、中国では、情報通信などの分野における技術革新を背景に、アリババ、テンセント、バイドゥなど、ニューエコノミーを牽引するハイテク企業が相次いで現れている。しかし、資本市場の改革は遅れているため、これらの企業は、レッドチップ企業として、ニューヨークなどの海外市場に上場している。また、急成長している多くのユニコーン企業も、海外上場の準備を進めている。
  2. 資本市場の活性化とニューエコノミーの更なる発展を促すべく、中国政府は、これらの企業が国内で上場できるように、環境整備を進めている。その大きな一歩として、当局はすでに海外市場に上場しているレッドチップ企業と、ユニコーン企業が中国国内市場に上場するための新しいルールを提示している。それにより、海外で登記しているハイテク企業でも、一定の条件を満たせば、株式、または海外で発行した株式などの証券に裏付けられる中国預託証券(CDR)を、国内市場に上場させることが可能になる。
タイの投資信託市場の展望と課題
−持続的な拡大をもたらし得る3つの要因−
井潟 正彦佐藤 広大
  1. 近年、タイの証券市場は活況を呈しているが、特に目を引くのが投資信託の拡大である。同国の2017年末投資信託残高は約5兆バーツ(約17兆円)で、過去5年間で年率約13.0%の成長を遂げ、ASEAN(東南アジア諸国連合)の投資信託市場の中でも抜きんでる存在になりつつある。
  2. これまで投資信託販売において牽引役を果たしてきたのは大手銀行グループである。今後もタイの投資信託市場が持続的に拡大し得るかについて、(1)オープン・アーキテクチャーが広がる動き、(2)税制優遇を伴う投資制度の役割、(3)海外ファンドが拡大する余地の3点に注目し、考察した。
  3. 1点目のオープン・アーキテクチャーが広がる動きは、健全な販売活動や競争の促進、品揃え拡充ニーズへの対応から既定路線になっており、今後数年間で本格化する見込みである。2点目の税制優遇を伴う投資制度の役割には、官民一体で期待を高めている。背景として、同国で高齢化が急速に進行することが挙げられる。国民全体が退職後の備えを充実できるようにと、民間企業における確定拠出型年金の従業員への提供義務化も予定されている。3点目の海外ファンドが拡大する余地は大きいと見る。同国の経済成長が引き続き期待できるとは言え、経済規模や産業構造などから生じ得る一定の制約に鑑みると、分散投資を伴いながら長期的に高い収益率を実現するには海外ファンドの役割は不可欠だからである。
  4. タイの投資信託市場の持続的拡大には、国民における金融リテラシーの向上、投資教育の強化が欠かせない。政府と業界関係者はその重要性を認識し、一体となって具体的な取り組みに注力し始めている。今後、より多くの同国国民が資産形成に取り組む基盤の形成が進み、投資信託市場の持続的拡大の実現可能性がより高まるか、注目される。
要約
時流 2025年にどのようにたどり着くか:財政健全化の今後の道行きについて 上智大学経済学部准教授、日本政策投資銀行設備投資研究所客員主任研究員
中里 透

量的・質的金融緩和の導入から5年、消費税率の8%への引き上げから4年が経過した。この間に物価上昇率はプラスに転じ、財政収支も大幅な改善をみたが、2%の物価安定目標は未達のままであり、基礎的財政収支(プライマリーバランス)の黒字化も達成時期の後ずれが生じている。こうした中、2019年10月には再増税(消費税率の10%への引き上げ)の実施が予定されており、その実施・延期の判断が今秋にもなされる見通しである。
そこで、本稿では財政健全化をめぐるこれまでの経過を振り返り、今後の道行きについて考えてみることとしたい。

投資家と企業との対話ガイドラインの策定とCGコードの改訂 西山 賢吾
  1. 我が国のコーポレートガバナンス改革はここまで一定の成果を上げているが、その水準をさらに高める上で残されている課題に対応するため、2018年6月1日、『投資家と企業との対話ガイドライン』が策定、公表されるとともに、コーポレートガバナンス・コードの改訂が実施された。
  2. 今回のガイドラインとコードの改訂で最も注目されるのは、『資本コストの的確な把握』であろう。今回資本コストの定義や明確な計算方法は示されていないが、重要なことは、資本コストの算出そのものに終始するのではなく、資本コストの計算に用いた各種数値の採用根拠やその背景にある中長期的な経営ビジョンを示し、投資家との対話を深めることである。
  3. 資本コストと並び注目される政策保有株式に関しては、保有すべきではないという意見と、合理性があれば一定量の保有を容認する意見がある。しかし、今回の対話ガイドラインの制定やコードの改訂により、保有の合理性に対し従来以上に納得感のある説明が求められると考えられるため、保有の合理性に乏しい株式の売却を求める声はさらに強まるであろう。
  4. 我が国企業ではコードの各原則について、まず遵守ありきという考えを持つ上場企業が少なくないように見えるが、具体的な対応をせず形式的な遵守に留まるよりは、明確な理由を説明した上で受け入れない原則があるという対応の方が望ましいと考えられる。さらに、これからは「コンプライ・オア・エクスプレイン」ベースから、原則受け入れの諾否にかかわらず企業の姿勢を主体的、かつ明確に示す「コンプライ・アンド・エクスプレイン」ベースでの対応が期待される。
機関投資家が注目し始めた気候関連財務情報
−ESG投資拡大に伴い重要性が高まる積極開示−
板津 直孝
  1. 金融安定理事会(FSB)が設置した気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)は、2017年6月、最終報告書を公表し、投資家やその他のステークホルダーが、重要な気候関連のリスク及び機会が企業にもたらす財務インパクトを理解する上で、有用な情報開示の枠組みを提言した。その後の1年間で、欧米の機関投資家は気候関連の情報開示に対する関心を着実に高めており、日本企業が注視すべき状況になっている。
  2. 背景には、世界各国で拡大し始めたESG(環境、社会、企業投資)投資がある。欧米の機関投資家の多くは、気候変動をポートフォリオの重要なリスク要因に位置づけ、投資で優先すべき一つに掲げている。そして、気候関連の情報開示が不十分な企業に対しては、議決権を行使して改善を求める集団的エンゲージメントや、気候変動に対する取り組みが不十分な企業への投資を引き上げるダイベストメントを拡大している。その対象は、日本企業にも広がっている。
  3. TCFDの最終報告書の公表により、開示の枠組みが提示されたことから、欧米の機関投資家のこうした動きは、具体性を伴ってますます盛んになると考えられる。こうした欧米の気候関連の情報開示に対する顕著な反応は、現在、日本企業が日本国内において得られる感触と大きく異なるため、株主構成において欧米の機関投資家の比率が高い日本企業は、特に注視する必要があろう。
  4. 気候関連の情報開示の国際的な方向性は、財務報告との一元化であり、日本企業にとっては、財務報告と気候関連財務情報との親和性を一層高める準備が必要である。日本企業と欧米の投資家との対話においては、投資家が、TCFDの提言に則した気候関連財務情報開示を期待していることを認識する必要があろう。
持続可能な社会の実現に向けて注目が集まるソーシャルボンド 江夏 あかね
  1. 社会的課題への対処に向けた事業を資金使途とする債券である「ソーシャルボンド」の発行が近年、増加し始めている。ソーシャルボンドは、2006年11月に発行を開始した予防接種のための国際金融ファシリティ(IFFIm)によるワクチン債が初めてとされる。国際資本市場協会(ICMA)によるソーシャルボンド原則(SBP)の存在もあり、2010年代半ば頃から認知度が上がっている。また、本稿でも取り上げた発行事例を踏まえると、発行体セクターは、国際機関、銀行、政府系機関、事業会社と拡大傾向にある。
  2. 日本では2018年6月末現在、国内債として国際協力機構(JICA)、サムライ債としてBPCEが発行している。日本国内の社会的課題のために発行された事例はまだ出ていないが、日本でソーシャルボンドが今後、どのように活用されていくか注目されるところである。
  3. ソーシャルボンドの発行に当たっては、(1)発行体として、社会的課題の解決が経営面での重要課題として位置付けられていること、(2)対象事業がSBPに掲げられるソーシャルプロジェクトに該当し、社会的課題の改善目標及び改善のためのプロセスが明確など、SBPに適合した内容であること、(3)投資家をはじめとしたステークホルダーに対して透明性かつ客観性を確保し、レポーティング等を通じて説明責任を果たすこと、が成功のカギになると考えられる。
ブロックチェーンで拡がるESGをテーマとした資金調達の未来
−オーストリアのフェアブントによるグリーン・シュルトシャイン−
江夏 あかね佐藤 広大
  1. オーストリアの大手電力会社フェアブント(Verbund AG)は2018年4月17日、世界初の取組みとなるブロックチェーン技術を活用した「グリーン・シュルトシャイン」(Grüner Schuldschein)による資金調達を実現させた。
  2. グリーン・シュルトシャインとは、債務証書とも呼ばれるドイツ法に準拠したローンで、調達資金の使途を環境に配慮したプロジェクトとする、環境・社会・ガバナンス(ESG)関連の金融商品である。今般の資金調達に当たっては、ブロックチェーン技術が活用され、発行体から投資家へのプロセスをデジタル化することで、コミュニケーション、透明性、自動化といった観点から、調達プロセスが改善された。
  3. 発行体・投資家等は、プロセスの改善により調達関連コストの縮減や利便性向上といったメリットを享受することとなった。今後、ESGをテーマとした負債性資金調達でも、デジタル・プラットフォームの一環としてブロックチェーン技術の活用が選択肢の1つとなる機会が増える可能性もあろう。
  4. 今般のグリーン・シュルトシャインによる資金調達は、将来的なESG関連データ蓄積・充実化といった観点からも、多くのESG市場参加者に対して考えるきっかけを与える事例になったと言える。
金融危機発生から10年間で再拡大する米連邦住宅貸付銀行制度 岡田 功太
  1. 近年、米連邦住宅貸付銀行制度(FHLBS)のバランスシートが再拡大している。FHLBSの資産は、2008年の金融危機時に約1.35兆ドルとピークに達した後に、2012年にかけて半減し、その後、過去5年間で約1.5倍に増加した。FHLBSは、政府支援企業(GSE)であるが、ファニーメイ及びフレディマックのように、証券化商品の発行・保証を担っているのではなく、住宅ローン貸出支援を目的に、会員である商業銀行等に対して、「アドバンス」と呼ばれる低利の貸出を行っている。
  2. アドバンスの残高は、過去5年間で約1.7倍となり、FHLBSの資産の約65%に相当する規模になった。その要因として、2014年9月に最終化された米国の流動性カバレッジ比率(LCR)が挙げられる。LCRにおける証券担保調達の流出率は、適格流動資産の要件を満たさない資産が担保の場合には100%、GSEとの取引の場合には25%と規定されており、大手米銀にとって、GSEと取引する方が有利であることから、FHLBSからアドバンスの借入額を増加させた。
  3. 他方で、FHLBSの負債も増加傾向にあり、特に、ディスカウント・ノートの発行残高は、過去5年間で約1.8倍となった。その要因として、2014年7月に最終化されたMMF規制が挙げられる。同規制において、FHLBSが発行するディスカウント・ノートは、ガバメントMMFの投資対象資産として分類されたことに加えて、同MMFは2015年7月から約2年間で約1兆ドル増加した。その結果、MMFによるFHLBS債の保有比率は、2011年末の約7%から、2017年末には約20%に増加した。
  4. FHLBSは、1930年代の世界恐慌以降、過去の金融危機において、大手米銀に対してアドバンスを提供することで、連邦準備制度理事会(FRB)に次ぐ最後から2番目の貸し手として、金融システムの安定化に貢献してきた。しかし、現在、FHLBSのバランスシートは再拡大し、特に短期調達比率が上昇したことによって、皮肉なことにFHLBS自身がシステミック・リスクの震源地として懸念材料となっている。つまり、大手米銀及びMMFが有していた同リスクの一部は、金融規制の進展によって、FHLBSにシフトしているとも言える。2008年の金融危機から10年が経過した現在、改めて、金融システムにとって最適な規制枠組みの構築が必要であると言えよう。
EUにおけるマクロプルーデンス政策
−世界に先駆ける実践的な取組み−
小立 敬
  1. 金融危機以降、世界の中央銀行や金融規制当局において金融システムの安定を政策目標とするマクロプルーデンス政策の重要性がより強く認識されている。EUでは、欧州システミック・リスク理事会(ESRB)のイニシアティブの下、マクロプルーデンス政策を実行するための域内共通の枠組みが整備され、加盟国では新たな政策ツールの適用も始まっている。
  2. 実際に加盟国で適用されている主なマクロプルーデンス・ツールとしては、代表的な政策ツールに位置づけられるバーゼルIIIのカウンターシクリカル・バッファー(CCyB)が7カ国で実施されている。システミック・リスクに対応するために自己資本の上乗せを要求するEU独自のシステミック・リスク・バッファー(SyRB)も14カ国で導入されている。担保評価額に対する融資の比率を表すLTVや債務者所得に対する債務返済額の比率を表すDSTIに上限を設定する国も多く、LTVリミットは17カ国において採用されている。
  3. マクロプルーデンス・ツールの適用に関する実務をみると、加盟国の間で違いが窺われる。例えば、CCyBのオペレーションに関しては、水準の設定に責任を有する当局、情報開示、政策目標、ルールか裁量かという運営方法、中立的なバッファーの水準、コア指標、フォワード・ガイダンスといった点において、加盟国によって対応や考え方が大きく異なる。今後、加盟国がマクロプルーデンス・ツールの適用の経験を積み重ねていく中で、加盟国間の差異が解消されていくのかどうかが注目されるところである。
  4. EUのマクロプルーデンス政策は、実行段階に入ったばかりとはいえ、世界に先駆ける実践的な取組みのように窺われる。EUの経験は今後、EU以外の国・地域に対しても議論の材料を提供していくことを通じて、マクロプルーデンス政策に係るグローバルな知見を高めていくことになるだろう。EUにおけるマクロプルーデンス政策は引続き注目していくべき重要な取組みである。
米モルガン・スタンレーのウェルス・マネジメント部門の取り組み 岡田 功太木下 生悟
  1. 米国モルガン・スタンレーのウェルス・マネジメント部門は、競合他社を上回る預かり資産や営業員数を有し、同社の主力ビジネスとしてグループを牽引している。2008年の金融危機以降、事業の選択と集中を進めるシティ・グループからのスミス・バーニー買収によって、同部門の基盤が形成された。また、同年に銀行持株会社への変更が行われたが、これにより、資産運用関連のサービスに加えて、預金の受け入れと融資も提供して家計全体にアプローチすることが可能となった。
  2. 同部門では、一貫して収益構造の改革に取り組んでいる。所属する営業員数及び店舗数の大幅な削減と同時に、顧客層を富裕層にシフトし、営業員一人当たりの預かり資産を増加させることで収益性を向上させている。営業員数は2009年末から約13%減少し、店舗数は同期間で約33%減少した。これらの結果、営業員一人当たりの収益が、過去8年間で約2倍となった。
  3. また、収益安定化や顧客との関係構築の強化に向け、顧客の資産残高に応じて手数料を得る残高フィー型サービスの提供に注力している。預かり資産総額に占める残高フィー型サービスの割合は、2009年末の約25%から2017年末には約45%に増加した。更に、営業員のサポートを主眼としたデジタル戦略に取り組み、自社開発に拘らず、他社との提携によって、より高度で効率的なデジタル戦略を採用する方向性を示している。
  4. モルガン・スタンレーは、ジェームズ・ゴーマン会長兼CEOの指揮の下、これまで一貫してウェルス・マネジメント部門の営業収益の利益率の増加という明確な経営目標を設定し、実行し続けてきた。引き続き収益性の向上を掲げており、今後も同部門の動向が注目される。
キャッシュレス化と決済改革 淵田 康之
  1. 今日、諸外国では一連の決済改革を通じて、キャッシュレス化が進展している。決済改革の柱は、銀行界による統一的なモバイル個人間送金サービスの導入や、決済関連FinTechの台頭を踏まえた、制度及びインフラの抜本的な見直しである。
  2. 英国では、2000年代に入り、政府主導の改革が展開され、2014年には銀行界による統一モバイル個人間送金サービスが導入された。
  3. さらに2016年末には将来戦略が策定され、新決済インフラの構築が始まった。2018年には、インフラの運営を担う、新決済ガバナンス機関が始動している。また歴史上初めて、ノンバンクによる、銀行間決済システムと中央銀行システムへの直接アクセスも実現した。
  4. 米国においても、銀行界によるモバイル個人間送金サービスが普及しつつある。また英国同様、将来ビジョンが策定され、新決済インフラが構築されつつある。2018年夏には、インフラの運営を担う新決済ガバナンス機関が設立される。
  5. シンガポールは、2016年8月に決済改革のロードマップを発表した。2017年には銀行界の統一的なモバイル決済サービス、PayNowが導入され、FinTechやユーザー代表も参加するPayments Councilも設置された。2018年には、新決済法が制定される予定である。
  6. シンガポールの新決済法案では、決済業者や決済システムに対し、インターオペラビリティの確保を義務づける規定が盛り込まれている。
  7. わが国では、2018年7月に「キャッシュレス推進協議会」が設立され、QRコードの標準化の検討が始まる。同協議会は、英国、米国、シンガポールにおける「決済ガバナンス機関」に似た面もあるが、位置づけは全く異なる。キャッシュレス化を真に推進するためには、銀行界の統一的モバイル個人間送金サービスの導入や、決済法制の抜本的な改革、決済インフラの見直しが不可欠である。
初の国内公募外貨建社債発行の意義 佐藤 淳
  1. 野村総合研究所は2018年3月、国内公募豪ドル建社債を発行した。これは、日本企業が初めて国内公募市場において外貨建で発行した社債である。
  2. 日本社会が成熟化し、経済成長率が低位安定で推移する中、日本企業の事業活動のグローバル化が進んでいる。海外企業を対象にした大型M&Aの増加は、グローバルな競争を有利に進めようという企業の経営判断の現れであり、多くの中堅・中小企業にとっても海外活動の拡大は重要課題となっている。
  3. そうした環境下、外貨建資産の増加にマッチした負債調達の多通貨化、簡便化の意義は大きい。今後、この枠組みを通じて、成長期待の高いタイやインドネシア等の現地法人向けのファイナンスが実施されることも考えられる。更に、アーリーステージ企業の資金調達手段として発展する可能性もある。
  4. 投資家にとっても、国内公募外貨建社債は、外貨建運用の新たな選択肢となる。投資対象が国内企業であれば状況を把握しやすいため、発行体の信用力を効率的に判断しつつ、成長力の高い新興国の通貨での運用を行うことも可能となる。今後の展開が注目される。
日本企業のM&Aにおけるプライベート・エクイティの台頭と今後の展望 吉川 浩史
  1. 近年の日本ではM&A件数・金額が増えており、特にプライベート・エクイティ(PE)の関与する案件の増加が顕著である。
  2. PEの関与するM&Aでは、成熟企業の事業再編に伴い売却される子会社・事業部門や、後継者が不在の中小・零細企業に対する買収が増加している。いずれのケースでもPEには資金に加え、買収後の成長戦略の策定・実行が期待されることが多い。
  3. 広義のPEとして、企業や大学の運用するベンチャー・キャピタルによるベンチャー企業投資も活発化している。今後は、投資先のエグジット(投資回収)時に、買い手としてのPEへのニーズが高まる可能性もある。
  4. 近年は地方創生の観点から、地域産業の振興や観光資源の開発を通じた地域経済の活性化を目的に、自治体、地域金融機関、地域企業等が出資するファンドが地域の企業・事業者に出資する案件もみられる。
  5. PEが関与するM&Aの増加の背景には、企業等からPEが企業価値向上に取り組むパートナーとみられ始めたこともあろう。足元では米系PEによるアジア地域を対象とする大型ファンドの組成が相次ぐが、日系PEの組成は活発とは言えない。経済の新陳代謝を促すためにも、日系PEによる規模拡大とM&Aのさらなる活発化が期待される。
相続制度をめぐる新たな動き
−相続税改正2年目の影響と40年ぶりの改正が決まった相続法−
宮本 佐知子
  1. 相続に対する関心が高まっている。人口動態上、相続を経験する人が増えていることが背景にある。加えて、地価の大幅下落等への対応や格差の固定化防止等の観点から、相続税が2015年から改正されたことや、高齢社会の実情を反映するために、民法の相続に関する規定(相続法)が40年ぶりに改正されることになり、広く耳目を集めていることも挙げられる。本稿では、まず2018年夏に公表された2016年の相続税統計の分析結果を示し、次に2018年7月に決定された相続法改正の注目点を示した上で、金融機関への示唆を検討する。
  2. 相続税については、2015年からの改正では、現行制度の下で初めて基礎控除額が引き下げられたため相続税課税対象者が増加し、課税割合は2015年に続いて2016年も過去最高を更新した。課税割合が増加した地域は、大都市圏のみならず地方圏でも増えており、総じて相続税改正の影響は更に広がっている。
  3. 相続法については、今般の改正では、残された配偶者が生活に困窮することを防ぐための仕組み作りが進められることになった。高齢社会の実情に合わせ、遺留分侵害額請求権や預貯金の仮払い制度など、相続をめぐる揉め事を回避しやすくする仕組みも整えられた。相続人以外の親族に対しても、故人の介護をめぐり認められにくい部分を補う配慮もなされた。この他、自筆証書遺言を法務局で保管し情報の管理を行う制度も新設されることになった。
  4. 多くの金融機関では、相続資産市場を重要な戦略市場に位置づけていることから、相続制度をめぐる新たな動きには注目しておくべきである。これらの改正は、総じて多くの人に影響が及び、相続を意識する人も一層増えていると考えられる。金融機関では、このような個人顧客側での意識の高まりを踏まえ、相続税および相続法の改正に係る正確な情報を提供することと、その上で、相続・贈与をめぐる顧客の金融ニーズを丁寧に引き出し、個々人の事情を踏まえた適切な提案を行うことが重要である。
発足5年目を迎えたNISA
−これまでの利用状況と普及へ向けた課題−
宮本 佐知子
  1. 2014年1月に開始された少額投資非課税制度(NISA)は、開始直後は投資経験者を中心に口座数が急増したが、その後は伸びが鈍化しており、普及へ向けた課題も多い。本稿ではまず、NISAの概要と2017年12月末時点の利用状況を示し、次に制度の設立背景と今後の普及へ向けた課題を論じる。
  2. NISAは現在、3種類あり、成年を対象とした「一般NISA」、積立投資に特化した「つみたてNISA」、そして未成年を対象とした「ジュニアNISA」がある。制度開始直後は一般NISAのみの取扱であり、2017年12月末時点での一般NISAの口座数は1,099万2,733口座、総買付額は12兆5,325億円である。また、一般NISAの普及率は対象人口の10.5%である。
  3. NISAは利用者にとっては複雑な仕組みになっている。これは、証券優遇税制を廃止し、配当・譲渡益の税率を10%から20%へ引き上げる際の激変緩和措置として導入されたという経緯と、政府関係者間での様々な思惑が絡んだ結果といえる。他方、それでも急速に普及が進んだ背景として、官民をあげた努力は見逃せない。
  4. 今後の普及へ向けた課題も多い。NISAを使いやすくするためには、家計の安定的な資産形成を支援するというNISAのそもそもの導入目的に立ち返り、簡素で分かりやすい制度にすべきであろう。現行制度を基に改善を進めるうえで特に急ぐべきは、「制度の恒久化」「スイッチングの認可」「相続時の対応」である。さらに、NISAの新規利用者を広げるにはより直接的な税制面でのアピールも必要になろう。
  5. 金融機関にとっては、まず現行制度の範囲内での真摯な取り組みは重要である。税制優遇が付されたNISAは、新規顧客開拓のための「ドアノック商品」としても利用価値は高い。金融機関にとって、家計の資産形成を支援することは、顧客本位の業務運営を進める上で求められている役割の一つだろう。
金融業への外資出資比率の緩和と同時に株主管理を強化する中国政府の動き 関根 栄一
  1. 2018年4月の中国・海南省で開催されたボアオ・アジアフォーラムでの習近平国家主席による対外開放の継続・拡大に関するスピーチを受け、中国人民銀行・易鋼総裁は、金融業の対外開放に関する12項目を発表し、2017年11月の米中首脳会談等での中国政府の公約内容を更に拡大し、期限を区切って実施することを確約した。
  2. 金融業の開放のうち、証券業では、従来の外資出資上限49%の51%への引き上げと3年後の撤廃とともに、業務範囲の拡大を容認した。保険業では、生命保険業への外資出資比率の緩和を前倒しで実現し、保険関連業務での国内資本との同一性を確保した。銀行業では、貸出債権の株式化に伴う受け皿会社への出資など、新規業務での外資進出を容認した。
  3. 対外開放の一方で、中国政府は過去の事件を教訓に、金融業に出資する株主への管理監督を強化する方針である。そのうち、証券業では、従来の「5%以上の保有株主」、「25%以上を保有する等の主要株主」に加えて、「5%未満の保有株主」と「50%以上を保有する等の支配株主」を加えて、株主を四つに分類し、保有比率が多いほど満たすべき基準を強化する方針である。
  4. また、中国では、既に50〜60社に上ると見られる金融持株会社に対する管理監督体制が整っておらず、グループ内の資金循環や関連取引、複雑な株主構成による大株主の権利濫用、銀行・保険・証券という業態別規制のアービトラージが発生し、レバレッジを効かせるなどして金融市場での潜在的なシステミックリスクを高めている。
  5. このため、2017年には業態別の管理監督の内閣レベルの調整機関として「国務院金融安定発展委員会」が創設され、2018年3月には銀行と保険の管理監督機関が統合され、「中国銀行保険監督管理委員会」が新たに発足し、それぞれ幹部人事の手当てもなされている。
  6. 金融業の対外開放の新たな方針の下、証券業では既に出資している外資持分の引き上げや、保険業では外資の新規進出や異業種の国内資本の進出が出始めている。3年後の2021年を目標に設定した金融業の対外開放の促進とシステミックリスクの発生防止に向け、中国政府にはバランスの取れた政策運営が求められている。
中国におけるハイテク企業を対象とする上場制度改革
−レッドチップ企業による中国預託証券(CDR)の発行が可能に−
関 志雄
  1. 近年、中国では、情報通信などの分野における技術革新を背景に、アリババ、テンセント、バイドゥなど、ニューエコノミーを牽引するハイテク企業が相次いで現れている。しかし、資本市場の改革は遅れているため、これらの企業は、レッドチップ企業として、ニューヨークなどの海外市場に上場している。また、急成長している多くのユニコーン企業も、海外上場の準備を進めている。
  2. 資本市場の活性化とニューエコノミーの更なる発展を促すべく、中国政府は、これらの企業が国内で上場できるように、環境整備を進めている。その大きな一歩として、当局はすでに海外市場に上場しているレッドチップ企業と、ユニコーン企業が中国国内市場に上場するための新しいルールを提示している。それにより、海外で登記しているハイテク企業でも、一定の条件を満たせば、株式、または海外で発行した株式などの証券に裏付けられる中国預託証券(CDR)を、国内市場に上場させることが可能になる。
タイの投資信託市場の展望と課題
−持続的な拡大をもたらし得る3つの要因−
井潟 正彦佐藤 広大
  1. 近年、タイの証券市場は活況を呈しているが、特に目を引くのが投資信託の拡大である。同国の2017年末投資信託残高は約5兆バーツ(約17兆円)で、過去5年間で年率約13.0%の成長を遂げ、ASEAN(東南アジア諸国連合)の投資信託市場の中でも抜きんでる存在になりつつある。
  2. これまで投資信託販売において牽引役を果たしてきたのは大手銀行グループである。今後もタイの投資信託市場が持続的に拡大し得るかについて、(1)オープン・アーキテクチャーが広がる動き、(2)税制優遇を伴う投資制度の役割、(3)海外ファンドが拡大する余地の3点に注目し、考察した。
  3. 1点目のオープン・アーキテクチャーが広がる動きは、健全な販売活動や競争の促進、品揃え拡充ニーズへの対応から既定路線になっており、今後数年間で本格化する見込みである。2点目の税制優遇を伴う投資制度の役割には、官民一体で期待を高めている。背景として、同国で高齢化が急速に進行することが挙げられる。国民全体が退職後の備えを充実できるようにと、民間企業における確定拠出型年金の従業員への提供義務化も予定されている。3点目の海外ファンドが拡大する余地は大きいと見る。同国の経済成長が引き続き期待できるとは言え、経済規模や産業構造などから生じ得る一定の制約に鑑みると、分散投資を伴いながら長期的に高い収益率を実現するには海外ファンドの役割は不可欠だからである。
  4. タイの投資信託市場の持続的拡大には、国民における金融リテラシーの向上、投資教育の強化が欠かせない。政府と業界関係者はその重要性を認識し、一体となって具体的な取り組みに注力し始めている。今後、より多くの同国国民が資産形成に取り組む基盤の形成が進み、投資信託市場の持続的拡大の実現可能性がより高まるか、注目される。
時流 2025年にどのようにたどり着くか:財政健全化の今後の道行きについて 上智大学経済学部准教授、日本政策投資銀行設備投資研究所客員主任研究員
中里 透

量的・質的金融緩和の導入から5年、消費税率の8%への引き上げから4年が経過した。この間に物価上昇率はプラスに転じ、財政収支も大幅な改善をみたが、2%の物価安定目標は未達のままであり、基礎的財政収支(プライマリーバランス)の黒字化も達成時期の後ずれが生じている。こうした中、2019年10月には再増税(消費税率の10%への引き上げ)の実施が予定されており、その実施・延期の判断が今秋にもなされる見通しである。
そこで、本稿では財政健全化をめぐるこれまでの経過を振り返り、今後の道行きについて考えてみることとしたい。

投資家と企業との対話ガイドラインの策定とCGコードの改訂 西山 賢吾
  1. 我が国のコーポレートガバナンス改革はここまで一定の成果を上げているが、その水準をさらに高める上で残されている課題に対応するため、2018年6月1日、『投資家と企業との対話ガイドライン』が策定、公表されるとともに、コーポレートガバナンス・コードの改訂が実施された。
  2. 今回のガイドラインとコードの改訂で最も注目されるのは、『資本コストの的確な把握』であろう。今回資本コストの定義や明確な計算方法は示されていないが、重要なことは、資本コストの算出そのものに終始するのではなく、資本コストの計算に用いた各種数値の採用根拠やその背景にある中長期的な経営ビジョンを示し、投資家との対話を深めることである。
  3. 資本コストと並び注目される政策保有株式に関しては、保有すべきではないという意見と、合理性があれば一定量の保有を容認する意見がある。しかし、今回の対話ガイドラインの制定やコードの改訂により、保有の合理性に対し従来以上に納得感のある説明が求められると考えられるため、保有の合理性に乏しい株式の売却を求める声はさらに強まるであろう。
  4. 我が国企業ではコードの各原則について、まず遵守ありきという考えを持つ上場企業が少なくないように見えるが、具体的な対応をせず形式的な遵守に留まるよりは、明確な理由を説明した上で受け入れない原則があるという対応の方が望ましいと考えられる。さらに、これからは「コンプライ・オア・エクスプレイン」ベースから、原則受け入れの諾否にかかわらず企業の姿勢を主体的、かつ明確に示す「コンプライ・アンド・エクスプレイン」ベースでの対応が期待される。
機関投資家が注目し始めた気候関連財務情報
−ESG投資拡大に伴い重要性が高まる積極開示−
板津 直孝
  1. 金融安定理事会(FSB)が設置した気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)は、2017年6月、最終報告書を公表し、投資家やその他のステークホルダーが、重要な気候関連のリスク及び機会が企業にもたらす財務インパクトを理解する上で、有用な情報開示の枠組みを提言した。その後の1年間で、欧米の機関投資家は気候関連の情報開示に対する関心を着実に高めており、日本企業が注視すべき状況になっている。
  2. 背景には、世界各国で拡大し始めたESG(環境、社会、企業投資)投資がある。欧米の機関投資家の多くは、気候変動をポートフォリオの重要なリスク要因に位置づけ、投資で優先すべき一つに掲げている。そして、気候関連の情報開示が不十分な企業に対しては、議決権を行使して改善を求める集団的エンゲージメントや、気候変動に対する取り組みが不十分な企業への投資を引き上げるダイベストメントを拡大している。その対象は、日本企業にも広がっている。
  3. TCFDの最終報告書の公表により、開示の枠組みが提示されたことから、欧米の機関投資家のこうした動きは、具体性を伴ってますます盛んになると考えられる。こうした欧米の気候関連の情報開示に対する顕著な反応は、現在、日本企業が日本国内において得られる感触と大きく異なるため、株主構成において欧米の機関投資家の比率が高い日本企業は、特に注視する必要があろう。
  4. 気候関連の情報開示の国際的な方向性は、財務報告との一元化であり、日本企業にとっては、財務報告と気候関連財務情報との親和性を一層高める準備が必要である。日本企業と欧米の投資家との対話においては、投資家が、TCFDの提言に則した気候関連財務情報開示を期待していることを認識する必要があろう。
持続可能な社会の実現に向けて注目が集まるソーシャルボンド 江夏 あかね
  1. 社会的課題への対処に向けた事業を資金使途とする債券である「ソーシャルボンド」の発行が近年、増加し始めている。ソーシャルボンドは、2006年11月に発行を開始した予防接種のための国際金融ファシリティ(IFFIm)によるワクチン債が初めてとされる。国際資本市場協会(ICMA)によるソーシャルボンド原則(SBP)の存在もあり、2010年代半ば頃から認知度が上がっている。また、本稿でも取り上げた発行事例を踏まえると、発行体セクターは、国際機関、銀行、政府系機関、事業会社と拡大傾向にある。
  2. 日本では2018年6月末現在、国内債として国際協力機構(JICA)、サムライ債としてBPCEが発行している。日本国内の社会的課題のために発行された事例はまだ出ていないが、日本でソーシャルボンドが今後、どのように活用されていくか注目されるところである。
  3. ソーシャルボンドの発行に当たっては、(1)発行体として、社会的課題の解決が経営面での重要課題として位置付けられていること、(2)対象事業がSBPに掲げられるソーシャルプロジェクトに該当し、社会的課題の改善目標及び改善のためのプロセスが明確など、SBPに適合した内容であること、(3)投資家をはじめとしたステークホルダーに対して透明性かつ客観性を確保し、レポーティング等を通じて説明責任を果たすこと、が成功のカギになると考えられる。
ブロックチェーンで拡がるESGをテーマとした資金調達の未来
−オーストリアのフェアブントによるグリーン・シュルトシャイン−
江夏 あかね佐藤 広大
  1. オーストリアの大手電力会社フェアブント(Verbund AG)は2018年4月17日、世界初の取組みとなるブロックチェーン技術を活用した「グリーン・シュルトシャイン」(Grüner Schuldschein)による資金調達を実現させた。
  2. グリーン・シュルトシャインとは、債務証書とも呼ばれるドイツ法に準拠したローンで、調達資金の使途を環境に配慮したプロジェクトとする、環境・社会・ガバナンス(ESG)関連の金融商品である。今般の資金調達に当たっては、ブロックチェーン技術が活用され、発行体から投資家へのプロセスをデジタル化することで、コミュニケーション、透明性、自動化といった観点から、調達プロセスが改善された。
  3. 発行体・投資家等は、プロセスの改善により調達関連コストの縮減や利便性向上といったメリットを享受することとなった。今後、ESGをテーマとした負債性資金調達でも、デジタル・プラットフォームの一環としてブロックチェーン技術の活用が選択肢の1つとなる機会が増える可能性もあろう。
  4. 今般のグリーン・シュルトシャインによる資金調達は、将来的なESG関連データ蓄積・充実化といった観点からも、多くのESG市場参加者に対して考えるきっかけを与える事例になったと言える。
金融危機発生から10年間で再拡大する米連邦住宅貸付銀行制度 岡田 功太
  1. 近年、米連邦住宅貸付銀行制度(FHLBS)のバランスシートが再拡大している。FHLBSの資産は、2008年の金融危機時に約1.35兆ドルとピークに達した後に、2012年にかけて半減し、その後、過去5年間で約1.5倍に増加した。FHLBSは、政府支援企業(GSE)であるが、ファニーメイ及びフレディマックのように、証券化商品の発行・保証を担っているのではなく、住宅ローン貸出支援を目的に、会員である商業銀行等に対して、「アドバンス」と呼ばれる低利の貸出を行っている。
  2. アドバンスの残高は、過去5年間で約1.7倍となり、FHLBSの資産の約65%に相当する規模になった。その要因として、2014年9月に最終化された米国の流動性カバレッジ比率(LCR)が挙げられる。LCRにおける証券担保調達の流出率は、適格流動資産の要件を満たさない資産が担保の場合には100%、GSEとの取引の場合には25%と規定されており、大手米銀にとって、GSEと取引する方が有利であることから、FHLBSからアドバンスの借入額を増加させた。
  3. 他方で、FHLBSの負債も増加傾向にあり、特に、ディスカウント・ノートの発行残高は、過去5年間で約1.8倍となった。その要因として、2014年7月に最終化されたMMF規制が挙げられる。同規制において、FHLBSが発行するディスカウント・ノートは、ガバメントMMFの投資対象資産として分類されたことに加えて、同MMFは2015年7月から約2年間で約1兆ドル増加した。その結果、MMFによるFHLBS債の保有比率は、2011年末の約7%から、2017年末には約20%に増加した。
  4. FHLBSは、1930年代の世界恐慌以降、過去の金融危機において、大手米銀に対してアドバンスを提供することで、連邦準備制度理事会(FRB)に次ぐ最後から2番目の貸し手として、金融システムの安定化に貢献してきた。しかし、現在、FHLBSのバランスシートは再拡大し、特に短期調達比率が上昇したことによって、皮肉なことにFHLBS自身がシステミック・リスクの震源地として懸念材料となっている。つまり、大手米銀及びMMFが有していた同リスクの一部は、金融規制の進展によって、FHLBSにシフトしているとも言える。2008年の金融危機から10年が経過した現在、改めて、金融システムにとって最適な規制枠組みの構築が必要であると言えよう。
EUにおけるマクロプルーデンス政策
−世界に先駆ける実践的な取組み−
小立 敬
  1. 金融危機以降、世界の中央銀行や金融規制当局において金融システムの安定を政策目標とするマクロプルーデンス政策の重要性がより強く認識されている。EUでは、欧州システミック・リスク理事会(ESRB)のイニシアティブの下、マクロプルーデンス政策を実行するための域内共通の枠組みが整備され、加盟国では新たな政策ツールの適用も始まっている。
  2. 実際に加盟国で適用されている主なマクロプルーデンス・ツールとしては、代表的な政策ツールに位置づけられるバーゼルIIIのカウンターシクリカル・バッファー(CCyB)が7カ国で実施されている。システミック・リスクに対応するために自己資本の上乗せを要求するEU独自のシステミック・リスク・バッファー(SyRB)も14カ国で導入されている。担保評価額に対する融資の比率を表すLTVや債務者所得に対する債務返済額の比率を表すDSTIに上限を設定する国も多く、LTVリミットは17カ国において採用されている。
  3. マクロプルーデンス・ツールの適用に関する実務をみると、加盟国の間で違いが窺われる。例えば、CCyBのオペレーションに関しては、水準の設定に責任を有する当局、情報開示、政策目標、ルールか裁量かという運営方法、中立的なバッファーの水準、コア指標、フォワード・ガイダンスといった点において、加盟国によって対応や考え方が大きく異なる。今後、加盟国がマクロプルーデンス・ツールの適用の経験を積み重ねていく中で、加盟国間の差異が解消されていくのかどうかが注目されるところである。
  4. EUのマクロプルーデンス政策は、実行段階に入ったばかりとはいえ、世界に先駆ける実践的な取組みのように窺われる。EUの経験は今後、EU以外の国・地域に対しても議論の材料を提供していくことを通じて、マクロプルーデンス政策に係るグローバルな知見を高めていくことになるだろう。EUにおけるマクロプルーデンス政策は引続き注目していくべき重要な取組みである。
米モルガン・スタンレーのウェルス・マネジメント部門の取り組み 岡田 功太木下 生悟
  1. 米国モルガン・スタンレーのウェルス・マネジメント部門は、競合他社を上回る預かり資産や営業員数を有し、同社の主力ビジネスとしてグループを牽引している。2008年の金融危機以降、事業の選択と集中を進めるシティ・グループからのスミス・バーニー買収によって、同部門の基盤が形成された。また、同年に銀行持株会社への変更が行われたが、これにより、資産運用関連のサービスに加えて、預金の受け入れと融資も提供して家計全体にアプローチすることが可能となった。
  2. 同部門では、一貫して収益構造の改革に取り組んでいる。所属する営業員数及び店舗数の大幅な削減と同時に、顧客層を富裕層にシフトし、営業員一人当たりの預かり資産を増加させることで収益性を向上させている。営業員数は2009年末から約13%減少し、店舗数は同期間で約33%減少した。これらの結果、営業員一人当たりの収益が、過去8年間で約2倍となった。
  3. また、収益安定化や顧客との関係構築の強化に向け、顧客の資産残高に応じて手数料を得る残高フィー型サービスの提供に注力している。預かり資産総額に占める残高フィー型サービスの割合は、2009年末の約25%から2017年末には約45%に増加した。更に、営業員のサポートを主眼としたデジタル戦略に取り組み、自社開発に拘らず、他社との提携によって、より高度で効率的なデジタル戦略を採用する方向性を示している。
  4. モルガン・スタンレーは、ジェームズ・ゴーマン会長兼CEOの指揮の下、これまで一貫してウェルス・マネジメント部門の営業収益の利益率の増加という明確な経営目標を設定し、実行し続けてきた。引き続き収益性の向上を掲げており、今後も同部門の動向が注目される。
キャッシュレス化と決済改革 淵田 康之
  1. 今日、諸外国では一連の決済改革を通じて、キャッシュレス化が進展している。決済改革の柱は、銀行界による統一的なモバイル個人間送金サービスの導入や、決済関連FinTechの台頭を踏まえた、制度及びインフラの抜本的な見直しである。
  2. 英国では、2000年代に入り、政府主導の改革が展開され、2014年には銀行界による統一モバイル個人間送金サービスが導入された。
  3. さらに2016年末には将来戦略が策定され、新決済インフラの構築が始まった。2018年には、インフラの運営を担う、新決済ガバナンス機関が始動している。また歴史上初めて、ノンバンクによる、銀行間決済システムと中央銀行システムへの直接アクセスも実現した。
  4. 米国においても、銀行界によるモバイル個人間送金サービスが普及しつつある。また英国同様、将来ビジョンが策定され、新決済インフラが構築されつつある。2018年夏には、インフラの運営を担う新決済ガバナンス機関が設立される。
  5. シンガポールは、2016年8月に決済改革のロードマップを発表した。2017年には銀行界の統一的なモバイル決済サービス、PayNowが導入され、FinTechやユーザー代表も参加するPayments Councilも設置された。2018年には、新決済法が制定される予定である。
  6. シンガポールの新決済法案では、決済業者や決済システムに対し、インターオペラビリティの確保を義務づける規定が盛り込まれている。
  7. わが国では、2018年7月に「キャッシュレス推進協議会」が設立され、QRコードの標準化の検討が始まる。同協議会は、英国、米国、シンガポールにおける「決済ガバナンス機関」に似た面もあるが、位置づけは全く異なる。キャッシュレス化を真に推進するためには、銀行界の統一的モバイル個人間送金サービスの導入や、決済法制の抜本的な改革、決済インフラの見直しが不可欠である。
初の国内公募外貨建社債発行の意義 佐藤 淳
  1. 野村総合研究所は2018年3月、国内公募豪ドル建社債を発行した。これは、日本企業が初めて国内公募市場において外貨建で発行した社債である。
  2. 日本社会が成熟化し、経済成長率が低位安定で推移する中、日本企業の事業活動のグローバル化が進んでいる。海外企業を対象にした大型M&Aの増加は、グローバルな競争を有利に進めようという企業の経営判断の現れであり、多くの中堅・中小企業にとっても海外活動の拡大は重要課題となっている。
  3. そうした環境下、外貨建資産の増加にマッチした負債調達の多通貨化、簡便化の意義は大きい。今後、この枠組みを通じて、成長期待の高いタイやインドネシア等の現地法人向けのファイナンスが実施されることも考えられる。更に、アーリーステージ企業の資金調達手段として発展する可能性もある。
  4. 投資家にとっても、国内公募外貨建社債は、外貨建運用の新たな選択肢となる。投資対象が国内企業であれば状況を把握しやすいため、発行体の信用力を効率的に判断しつつ、成長力の高い新興国の通貨での運用を行うことも可能となる。今後の展開が注目される。
日本企業のM&Aにおけるプライベート・エクイティの台頭と今後の展望 吉川 浩史
  1. 近年の日本ではM&A件数・金額が増えており、特にプライベート・エクイティ(PE)の関与する案件の増加が顕著である。
  2. PEの関与するM&Aでは、成熟企業の事業再編に伴い売却される子会社・事業部門や、後継者が不在の中小・零細企業に対する買収が増加している。いずれのケースでもPEには資金に加え、買収後の成長戦略の策定・実行が期待されることが多い。
  3. 広義のPEとして、企業や大学の運用するベンチャー・キャピタルによるベンチャー企業投資も活発化している。今後は、投資先のエグジット(投資回収)時に、買い手としてのPEへのニーズが高まる可能性もある。
  4. 近年は地方創生の観点から、地域産業の振興や観光資源の開発を通じた地域経済の活性化を目的に、自治体、地域金融機関、地域企業等が出資するファンドが地域の企業・事業者に出資する案件もみられる。
  5. PEが関与するM&Aの増加の背景には、企業等からPEが企業価値向上に取り組むパートナーとみられ始めたこともあろう。足元では米系PEによるアジア地域を対象とする大型ファンドの組成が相次ぐが、日系PEの組成は活発とは言えない。経済の新陳代謝を促すためにも、日系PEによる規模拡大とM&Aのさらなる活発化が期待される。
相続制度をめぐる新たな動き
−相続税改正2年目の影響と40年ぶりの改正が決まった相続法−
宮本 佐知子
  1. 相続に対する関心が高まっている。人口動態上、相続を経験する人が増えていることが背景にある。加えて、地価の大幅下落等への対応や格差の固定化防止等の観点から、相続税が2015年から改正されたことや、高齢社会の実情を反映するために、民法の相続に関する規定(相続法)が40年ぶりに改正されることになり、広く耳目を集めていることも挙げられる。本稿では、まず2018年夏に公表された2016年の相続税統計の分析結果を示し、次に2018年7月に決定された相続法改正の注目点を示した上で、金融機関への示唆を検討する。
  2. 相続税については、2015年からの改正では、現行制度の下で初めて基礎控除額が引き下げられたため相続税課税対象者が増加し、課税割合は2015年に続いて2016年も過去最高を更新した。課税割合が増加した地域は、大都市圏のみならず地方圏でも増えており、総じて相続税改正の影響は更に広がっている。
  3. 相続法については、今般の改正では、残された配偶者が生活に困窮することを防ぐための仕組み作りが進められることになった。高齢社会の実情に合わせ、遺留分侵害額請求権や預貯金の仮払い制度など、相続をめぐる揉め事を回避しやすくする仕組みも整えられた。相続人以外の親族に対しても、故人の介護をめぐり認められにくい部分を補う配慮もなされた。この他、自筆証書遺言を法務局で保管し情報の管理を行う制度も新設されることになった。
  4. 多くの金融機関では、相続資産市場を重要な戦略市場に位置づけていることから、相続制度をめぐる新たな動きには注目しておくべきである。これらの改正は、総じて多くの人に影響が及び、相続を意識する人も一層増えていると考えられる。金融機関では、このような個人顧客側での意識の高まりを踏まえ、相続税および相続法の改正に係る正確な情報を提供することと、その上で、相続・贈与をめぐる顧客の金融ニーズを丁寧に引き出し、個々人の事情を踏まえた適切な提案を行うことが重要である。
発足5年目を迎えたNISA
−これまでの利用状況と普及へ向けた課題−
宮本 佐知子
  1. 2014年1月に開始された少額投資非課税制度(NISA)は、開始直後は投資経験者を中心に口座数が急増したが、その後は伸びが鈍化しており、普及へ向けた課題も多い。本稿ではまず、NISAの概要と2017年12月末時点の利用状況を示し、次に制度の設立背景と今後の普及へ向けた課題を論じる。
  2. NISAは現在、3種類あり、成年を対象とした「一般NISA」、積立投資に特化した「つみたてNISA」、そして未成年を対象とした「ジュニアNISA」がある。制度開始直後は一般NISAのみの取扱であり、2017年12月末時点での一般NISAの口座数は1,099万2,733口座、総買付額は12兆5,325億円である。また、一般NISAの普及率は対象人口の10.5%である。
  3. NISAは利用者にとっては複雑な仕組みになっている。これは、証券優遇税制を廃止し、配当・譲渡益の税率を10%から20%へ引き上げる際の激変緩和措置として導入されたという経緯と、政府関係者間での様々な思惑が絡んだ結果といえる。他方、それでも急速に普及が進んだ背景として、官民をあげた努力は見逃せない。
  4. 今後の普及へ向けた課題も多い。NISAを使いやすくするためには、家計の安定的な資産形成を支援するというNISAのそもそもの導入目的に立ち返り、簡素で分かりやすい制度にすべきであろう。現行制度を基に改善を進めるうえで特に急ぐべきは、「制度の恒久化」「スイッチングの認可」「相続時の対応」である。さらに、NISAの新規利用者を広げるにはより直接的な税制面でのアピールも必要になろう。
  5. 金融機関にとっては、まず現行制度の範囲内での真摯な取り組みは重要である。税制優遇が付されたNISAは、新規顧客開拓のための「ドアノック商品」としても利用価値は高い。金融機関にとって、家計の資産形成を支援することは、顧客本位の業務運営を進める上で求められている役割の一つだろう。
金融業への外資出資比率の緩和と同時に株主管理を強化する中国政府の動き 関根 栄一
  1. 2018年4月の中国・海南省で開催されたボアオ・アジアフォーラムでの習近平国家主席による対外開放の継続・拡大に関するスピーチを受け、中国人民銀行・易鋼総裁は、金融業の対外開放に関する12項目を発表し、2017年11月の米中首脳会談等での中国政府の公約内容を更に拡大し、期限を区切って実施することを確約した。
  2. 金融業の開放のうち、証券業では、従来の外資出資上限49%の51%への引き上げと3年後の撤廃とともに、業務範囲の拡大を容認した。保険業では、生命保険業への外資出資比率の緩和を前倒しで実現し、保険関連業務での国内資本との同一性を確保した。銀行業では、貸出債権の株式化に伴う受け皿会社への出資など、新規業務での外資進出を容認した。
  3. 対外開放の一方で、中国政府は過去の事件を教訓に、金融業に出資する株主への管理監督を強化する方針である。そのうち、証券業では、従来の「5%以上の保有株主」、「25%以上を保有する等の主要株主」に加えて、「5%未満の保有株主」と「50%以上を保有する等の支配株主」を加えて、株主を四つに分類し、保有比率が多いほど満たすべき基準を強化する方針である。
  4. また、中国では、既に50〜60社に上ると見られる金融持株会社に対する管理監督体制が整っておらず、グループ内の資金循環や関連取引、複雑な株主構成による大株主の権利濫用、銀行・保険・証券という業態別規制のアービトラージが発生し、レバレッジを効かせるなどして金融市場での潜在的なシステミックリスクを高めている。
  5. このため、2017年には業態別の管理監督の内閣レベルの調整機関として「国務院金融安定発展委員会」が創設され、2018年3月には銀行と保険の管理監督機関が統合され、「中国銀行保険監督管理委員会」が新たに発足し、それぞれ幹部人事の手当てもなされている。
  6. 金融業の対外開放の新たな方針の下、証券業では既に出資している外資持分の引き上げや、保険業では外資の新規進出や異業種の国内資本の進出が出始めている。3年後の2021年を目標に設定した金融業の対外開放の促進とシステミックリスクの発生防止に向け、中国政府にはバランスの取れた政策運営が求められている。
中国におけるハイテク企業を対象とする上場制度改革
−レッドチップ企業による中国預託証券(CDR)の発行が可能に−
関 志雄
  1. 近年、中国では、情報通信などの分野における技術革新を背景に、アリババ、テンセント、バイドゥなど、ニューエコノミーを牽引するハイテク企業が相次いで現れている。しかし、資本市場の改革は遅れているため、これらの企業は、レッドチップ企業として、ニューヨークなどの海外市場に上場している。また、急成長している多くのユニコーン企業も、海外上場の準備を進めている。
  2. 資本市場の活性化とニューエコノミーの更なる発展を促すべく、中国政府は、これらの企業が国内で上場できるように、環境整備を進めている。その大きな一歩として、当局はすでに海外市場に上場しているレッドチップ企業と、ユニコーン企業が中国国内市場に上場するための新しいルールを提示している。それにより、海外で登記しているハイテク企業でも、一定の条件を満たせば、株式、または海外で発行した株式などの証券に裏付けられる中国預託証券(CDR)を、国内市場に上場させることが可能になる。
タイの投資信託市場の展望と課題
−持続的な拡大をもたらし得る3つの要因−
井潟 正彦佐藤 広大
  1. 近年、タイの証券市場は活況を呈しているが、特に目を引くのが投資信託の拡大である。同国の2017年末投資信託残高は約5兆バーツ(約17兆円)で、過去5年間で年率約13.0%の成長を遂げ、ASEAN(東南アジア諸国連合)の投資信託市場の中でも抜きんでる存在になりつつある。
  2. これまで投資信託販売において牽引役を果たしてきたのは大手銀行グループである。今後もタイの投資信託市場が持続的に拡大し得るかについて、(1)オープン・アーキテクチャーが広がる動き、(2)税制優遇を伴う投資制度の役割、(3)海外ファンドが拡大する余地の3点に注目し、考察した。
  3. 1点目のオープン・アーキテクチャーが広がる動きは、健全な販売活動や競争の促進、品揃え拡充ニーズへの対応から既定路線になっており、今後数年間で本格化する見込みである。2点目の税制優遇を伴う投資制度の役割には、官民一体で期待を高めている。背景として、同国で高齢化が急速に進行することが挙げられる。国民全体が退職後の備えを充実できるようにと、民間企業における確定拠出型年金の従業員への提供義務化も予定されている。3点目の海外ファンドが拡大する余地は大きいと見る。同国の経済成長が引き続き期待できるとは言え、経済規模や産業構造などから生じ得る一定の制約に鑑みると、分散投資を伴いながら長期的に高い収益率を実現するには海外ファンドの役割は不可欠だからである。
  4. タイの投資信託市場の持続的拡大には、国民における金融リテラシーの向上、投資教育の強化が欠かせない。政府と業界関係者はその重要性を認識し、一体となって具体的な取り組みに注力し始めている。今後、より多くの同国国民が資産形成に取り組む基盤の形成が進み、投資信託市場の持続的拡大の実現可能性がより高まるか、注目される。
要約
時流 2025年にどのようにたどり着くか:財政健全化の今後の道行きについて 上智大学経済学部准教授、日本政策投資銀行設備投資研究所客員主任研究員
中里 透

量的・質的金融緩和の導入から5年、消費税率の8%への引き上げから4年が経過した。この間に物価上昇率はプラスに転じ、財政収支も大幅な改善をみたが、2%の物価安定目標は未達のままであり、基礎的財政収支(プライマリーバランス)の黒字化も達成時期の後ずれが生じている。こうした中、2019年10月には再増税(消費税率の10%への引き上げ)の実施が予定されており、その実施・延期の判断が今秋にもなされる見通しである。
そこで、本稿では財政健全化をめぐるこれまでの経過を振り返り、今後の道行きについて考えてみることとしたい。

投資家と企業との対話ガイドラインの策定とCGコードの改訂 西山 賢吾
  1. 我が国のコーポレートガバナンス改革はここまで一定の成果を上げているが、その水準をさらに高める上で残されている課題に対応するため、2018年6月1日、『投資家と企業との対話ガイドライン』が策定、公表されるとともに、コーポレートガバナンス・コードの改訂が実施された。
  2. 今回のガイドラインとコードの改訂で最も注目されるのは、『資本コストの的確な把握』であろう。今回資本コストの定義や明確な計算方法は示されていないが、重要なことは、資本コストの算出そのものに終始するのではなく、資本コストの計算に用いた各種数値の採用根拠やその背景にある中長期的な経営ビジョンを示し、投資家との対話を深めることである。
  3. 資本コストと並び注目される政策保有株式に関しては、保有すべきではないという意見と、合理性があれば一定量の保有を容認する意見がある。しかし、今回の対話ガイドラインの制定やコードの改訂により、保有の合理性に対し従来以上に納得感のある説明が求められると考えられるため、保有の合理性に乏しい株式の売却を求める声はさらに強まるであろう。
  4. 我が国企業ではコードの各原則について、まず遵守ありきという考えを持つ上場企業が少なくないように見えるが、具体的な対応をせず形式的な遵守に留まるよりは、明確な理由を説明した上で受け入れない原則があるという対応の方が望ましいと考えられる。さらに、これからは「コンプライ・オア・エクスプレイン」ベースから、原則受け入れの諾否にかかわらず企業の姿勢を主体的、かつ明確に示す「コンプライ・アンド・エクスプレイン」ベースでの対応が期待される。
機関投資家が注目し始めた気候関連財務情報
−ESG投資拡大に伴い重要性が高まる積極開示−
板津 直孝
  1. 金融安定理事会(FSB)が設置した気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)は、2017年6月、最終報告書を公表し、投資家やその他のステークホルダーが、重要な気候関連のリスク及び機会が企業にもたらす財務インパクトを理解する上で、有用な情報開示の枠組みを提言した。その後の1年間で、欧米の機関投資家は気候関連の情報開示に対する関心を着実に高めており、日本企業が注視すべき状況になっている。
  2. 背景には、世界各国で拡大し始めたESG(環境、社会、企業投資)投資がある。欧米の機関投資家の多くは、気候変動をポートフォリオの重要なリスク要因に位置づけ、投資で優先すべき一つに掲げている。そして、気候関連の情報開示が不十分な企業に対しては、議決権を行使して改善を求める集団的エンゲージメントや、気候変動に対する取り組みが不十分な企業への投資を引き上げるダイベストメントを拡大している。その対象は、日本企業にも広がっている。
  3. TCFDの最終報告書の公表により、開示の枠組みが提示されたことから、欧米の機関投資家のこうした動きは、具体性を伴ってますます盛んになると考えられる。こうした欧米の気候関連の情報開示に対する顕著な反応は、現在、日本企業が日本国内において得られる感触と大きく異なるため、株主構成において欧米の機関投資家の比率が高い日本企業は、特に注視する必要があろう。
  4. 気候関連の情報開示の国際的な方向性は、財務報告との一元化であり、日本企業にとっては、財務報告と気候関連財務情報との親和性を一層高める準備が必要である。日本企業と欧米の投資家との対話においては、投資家が、TCFDの提言に則した気候関連財務情報開示を期待していることを認識する必要があろう。
持続可能な社会の実現に向けて注目が集まるソーシャルボンド 江夏 あかね
  1. 社会的課題への対処に向けた事業を資金使途とする債券である「ソーシャルボンド」の発行が近年、増加し始めている。ソーシャルボンドは、2006年11月に発行を開始した予防接種のための国際金融ファシリティ(IFFIm)によるワクチン債が初めてとされる。国際資本市場協会(ICMA)によるソーシャルボンド原則(SBP)の存在もあり、2010年代半ば頃から認知度が上がっている。また、本稿でも取り上げた発行事例を踏まえると、発行体セクターは、国際機関、銀行、政府系機関、事業会社と拡大傾向にある。
  2. 日本では2018年6月末現在、国内債として国際協力機構(JICA)、サムライ債としてBPCEが発行している。日本国内の社会的課題のために発行された事例はまだ出ていないが、日本でソーシャルボンドが今後、どのように活用されていくか注目されるところである。
  3. ソーシャルボンドの発行に当たっては、(1)発行体として、社会的課題の解決が経営面での重要課題として位置付けられていること、(2)対象事業がSBPに掲げられるソーシャルプロジェクトに該当し、社会的課題の改善目標及び改善のためのプロセスが明確など、SBPに適合した内容であること、(3)投資家をはじめとしたステークホルダーに対して透明性かつ客観性を確保し、レポーティング等を通じて説明責任を果たすこと、が成功のカギになると考えられる。
ブロックチェーンで拡がるESGをテーマとした資金調達の未来
−オーストリアのフェアブントによるグリーン・シュルトシャイン−
江夏 あかね佐藤 広大
  1. オーストリアの大手電力会社フェアブント(Verbund AG)は2018年4月17日、世界初の取組みとなるブロックチェーン技術を活用した「グリーン・シュルトシャイン」(Grüner Schuldschein)による資金調達を実現させた。
  2. グリーン・シュルトシャインとは、債務証書とも呼ばれるドイツ法に準拠したローンで、調達資金の使途を環境に配慮したプロジェクトとする、環境・社会・ガバナンス(ESG)関連の金融商品である。今般の資金調達に当たっては、ブロックチェーン技術が活用され、発行体から投資家へのプロセスをデジタル化することで、コミュニケーション、透明性、自動化といった観点から、調達プロセスが改善された。
  3. 発行体・投資家等は、プロセスの改善により調達関連コストの縮減や利便性向上といったメリットを享受することとなった。今後、ESGをテーマとした負債性資金調達でも、デジタル・プラットフォームの一環としてブロックチェーン技術の活用が選択肢の1つとなる機会が増える可能性もあろう。
  4. 今般のグリーン・シュルトシャインによる資金調達は、将来的なESG関連データ蓄積・充実化といった観点からも、多くのESG市場参加者に対して考えるきっかけを与える事例になったと言える。
金融危機発生から10年間で再拡大する米連邦住宅貸付銀行制度 岡田 功太
  1. 近年、米連邦住宅貸付銀行制度(FHLBS)のバランスシートが再拡大している。FHLBSの資産は、2008年の金融危機時に約1.35兆ドルとピークに達した後に、2012年にかけて半減し、その後、過去5年間で約1.5倍に増加した。FHLBSは、政府支援企業(GSE)であるが、ファニーメイ及びフレディマックのように、証券化商品の発行・保証を担っているのではなく、住宅ローン貸出支援を目的に、会員である商業銀行等に対して、「アドバンス」と呼ばれる低利の貸出を行っている。
  2. アドバンスの残高は、過去5年間で約1.7倍となり、FHLBSの資産の約65%に相当する規模になった。その要因として、2014年9月に最終化された米国の流動性カバレッジ比率(LCR)が挙げられる。LCRにおける証券担保調達の流出率は、適格流動資産の要件を満たさない資産が担保の場合には100%、GSEとの取引の場合には25%と規定されており、大手米銀にとって、GSEと取引する方が有利であることから、FHLBSからアドバンスの借入額を増加させた。
  3. 他方で、FHLBSの負債も増加傾向にあり、特に、ディスカウント・ノートの発行残高は、過去5年間で約1.8倍となった。その要因として、2014年7月に最終化されたMMF規制が挙げられる。同規制において、FHLBSが発行するディスカウント・ノートは、ガバメントMMFの投資対象資産として分類されたことに加えて、同MMFは2015年7月から約2年間で約1兆ドル増加した。その結果、MMFによるFHLBS債の保有比率は、2011年末の約7%から、2017年末には約20%に増加した。
  4. FHLBSは、1930年代の世界恐慌以降、過去の金融危機において、大手米銀に対してアドバンスを提供することで、連邦準備制度理事会(FRB)に次ぐ最後から2番目の貸し手として、金融システムの安定化に貢献してきた。しかし、現在、FHLBSのバランスシートは再拡大し、特に短期調達比率が上昇したことによって、皮肉なことにFHLBS自身がシステミック・リスクの震源地として懸念材料となっている。つまり、大手米銀及びMMFが有していた同リスクの一部は、金融規制の進展によって、FHLBSにシフトしているとも言える。2008年の金融危機から10年が経過した現在、改めて、金融システムにとって最適な規制枠組みの構築が必要であると言えよう。
EUにおけるマクロプルーデンス政策
−世界に先駆ける実践的な取組み−
小立 敬
  1. 金融危機以降、世界の中央銀行や金融規制当局において金融システムの安定を政策目標とするマクロプルーデンス政策の重要性がより強く認識されている。EUでは、欧州システミック・リスク理事会(ESRB)のイニシアティブの下、マクロプルーデンス政策を実行するための域内共通の枠組みが整備され、加盟国では新たな政策ツールの適用も始まっている。
  2. 実際に加盟国で適用されている主なマクロプルーデンス・ツールとしては、代表的な政策ツールに位置づけられるバーゼルIIIのカウンターシクリカル・バッファー(CCyB)が7カ国で実施されている。システミック・リスクに対応するために自己資本の上乗せを要求するEU独自のシステミック・リスク・バッファー(SyRB)も14カ国で導入されている。担保評価額に対する融資の比率を表すLTVや債務者所得に対する債務返済額の比率を表すDSTIに上限を設定する国も多く、LTVリミットは17カ国において採用されている。
  3. マクロプルーデンス・ツールの適用に関する実務をみると、加盟国の間で違いが窺われる。例えば、CCyBのオペレーションに関しては、水準の設定に責任を有する当局、情報開示、政策目標、ルールか裁量かという運営方法、中立的なバッファーの水準、コア指標、フォワード・ガイダンスといった点において、加盟国によって対応や考え方が大きく異なる。今後、加盟国がマクロプルーデンス・ツールの適用の経験を積み重ねていく中で、加盟国間の差異が解消されていくのかどうかが注目されるところである。
  4. EUのマクロプルーデンス政策は、実行段階に入ったばかりとはいえ、世界に先駆ける実践的な取組みのように窺われる。EUの経験は今後、EU以外の国・地域に対しても議論の材料を提供していくことを通じて、マクロプルーデンス政策に係るグローバルな知見を高めていくことになるだろう。EUにおけるマクロプルーデンス政策は引続き注目していくべき重要な取組みである。
米モルガン・スタンレーのウェルス・マネジメント部門の取り組み 岡田 功太木下 生悟
  1. 米国モルガン・スタンレーのウェルス・マネジメント部門は、競合他社を上回る預かり資産や営業員数を有し、同社の主力ビジネスとしてグループを牽引している。2008年の金融危機以降、事業の選択と集中を進めるシティ・グループからのスミス・バーニー買収によって、同部門の基盤が形成された。また、同年に銀行持株会社への変更が行われたが、これにより、資産運用関連のサービスに加えて、預金の受け入れと融資も提供して家計全体にアプローチすることが可能となった。
  2. 同部門では、一貫して収益構造の改革に取り組んでいる。所属する営業員数及び店舗数の大幅な削減と同時に、顧客層を富裕層にシフトし、営業員一人当たりの預かり資産を増加させることで収益性を向上させている。営業員数は2009年末から約13%減少し、店舗数は同期間で約33%減少した。これらの結果、営業員一人当たりの収益が、過去8年間で約2倍となった。
  3. また、収益安定化や顧客との関係構築の強化に向け、顧客の資産残高に応じて手数料を得る残高フィー型サービスの提供に注力している。預かり資産総額に占める残高フィー型サービスの割合は、2009年末の約25%から2017年末には約45%に増加した。更に、営業員のサポートを主眼としたデジタル戦略に取り組み、自社開発に拘らず、他社との提携によって、より高度で効率的なデジタル戦略を採用する方向性を示している。
  4. モルガン・スタンレーは、ジェームズ・ゴーマン会長兼CEOの指揮の下、これまで一貫してウェルス・マネジメント部門の営業収益の利益率の増加という明確な経営目標を設定し、実行し続けてきた。引き続き収益性の向上を掲げており、今後も同部門の動向が注目される。
キャッシュレス化と決済改革 淵田 康之
  1. 今日、諸外国では一連の決済改革を通じて、キャッシュレス化が進展している。決済改革の柱は、銀行界による統一的なモバイル個人間送金サービスの導入や、決済関連FinTechの台頭を踏まえた、制度及びインフラの抜本的な見直しである。
  2. 英国では、2000年代に入り、政府主導の改革が展開され、2014年には銀行界による統一モバイル個人間送金サービスが導入された。
  3. さらに2016年末には将来戦略が策定され、新決済インフラの構築が始まった。2018年には、インフラの運営を担う、新決済ガバナンス機関が始動している。また歴史上初めて、ノンバンクによる、銀行間決済システムと中央銀行システムへの直接アクセスも実現した。
  4. 米国においても、銀行界によるモバイル個人間送金サービスが普及しつつある。また英国同様、将来ビジョンが策定され、新決済インフラが構築されつつある。2018年夏には、インフラの運営を担う新決済ガバナンス機関が設立される。
  5. シンガポールは、2016年8月に決済改革のロードマップを発表した。2017年には銀行界の統一的なモバイル決済サービス、PayNowが導入され、FinTechやユーザー代表も参加するPayments Councilも設置された。2018年には、新決済法が制定される予定である。
  6. シンガポールの新決済法案では、決済業者や決済システムに対し、インターオペラビリティの確保を義務づける規定が盛り込まれている。
  7. わが国では、2018年7月に「キャッシュレス推進協議会」が設立され、QRコードの標準化の検討が始まる。同協議会は、英国、米国、シンガポールにおける「決済ガバナンス機関」に似た面もあるが、位置づけは全く異なる。キャッシュレス化を真に推進するためには、銀行界の統一的モバイル個人間送金サービスの導入や、決済法制の抜本的な改革、決済インフラの見直しが不可欠である。
初の国内公募外貨建社債発行の意義 佐藤 淳
  1. 野村総合研究所は2018年3月、国内公募豪ドル建社債を発行した。これは、日本企業が初めて国内公募市場において外貨建で発行した社債である。
  2. 日本社会が成熟化し、経済成長率が低位安定で推移する中、日本企業の事業活動のグローバル化が進んでいる。海外企業を対象にした大型M&Aの増加は、グローバルな競争を有利に進めようという企業の経営判断の現れであり、多くの中堅・中小企業にとっても海外活動の拡大は重要課題となっている。
  3. そうした環境下、外貨建資産の増加にマッチした負債調達の多通貨化、簡便化の意義は大きい。今後、この枠組みを通じて、成長期待の高いタイやインドネシア等の現地法人向けのファイナンスが実施されることも考えられる。更に、アーリーステージ企業の資金調達手段として発展する可能性もある。
  4. 投資家にとっても、国内公募外貨建社債は、外貨建運用の新たな選択肢となる。投資対象が国内企業であれば状況を把握しやすいため、発行体の信用力を効率的に判断しつつ、成長力の高い新興国の通貨での運用を行うことも可能となる。今後の展開が注目される。
日本企業のM&Aにおけるプライベート・エクイティの台頭と今後の展望 吉川 浩史
  1. 近年の日本ではM&A件数・金額が増えており、特にプライベート・エクイティ(PE)の関与する案件の増加が顕著である。
  2. PEの関与するM&Aでは、成熟企業の事業再編に伴い売却される子会社・事業部門や、後継者が不在の中小・零細企業に対する買収が増加している。いずれのケースでもPEには資金に加え、買収後の成長戦略の策定・実行が期待されることが多い。
  3. 広義のPEとして、企業や大学の運用するベンチャー・キャピタルによるベンチャー企業投資も活発化している。今後は、投資先のエグジット(投資回収)時に、買い手としてのPEへのニーズが高まる可能性もある。
  4. 近年は地方創生の観点から、地域産業の振興や観光資源の開発を通じた地域経済の活性化を目的に、自治体、地域金融機関、地域企業等が出資するファンドが地域の企業・事業者に出資する案件もみられる。
  5. PEが関与するM&Aの増加の背景には、企業等からPEが企業価値向上に取り組むパートナーとみられ始めたこともあろう。足元では米系PEによるアジア地域を対象とする大型ファンドの組成が相次ぐが、日系PEの組成は活発とは言えない。経済の新陳代謝を促すためにも、日系PEによる規模拡大とM&Aのさらなる活発化が期待される。
相続制度をめぐる新たな動き
−相続税改正2年目の影響と40年ぶりの改正が決まった相続法−
宮本 佐知子
  1. 相続に対する関心が高まっている。人口動態上、相続を経験する人が増えていることが背景にある。加えて、地価の大幅下落等への対応や格差の固定化防止等の観点から、相続税が2015年から改正されたことや、高齢社会の実情を反映するために、民法の相続に関する規定(相続法)が40年ぶりに改正されることになり、広く耳目を集めていることも挙げられる。本稿では、まず2018年夏に公表された2016年の相続税統計の分析結果を示し、次に2018年7月に決定された相続法改正の注目点を示した上で、金融機関への示唆を検討する。
  2. 相続税については、2015年からの改正では、現行制度の下で初めて基礎控除額が引き下げられたため相続税課税対象者が増加し、課税割合は2015年に続いて2016年も過去最高を更新した。課税割合が増加した地域は、大都市圏のみならず地方圏でも増えており、総じて相続税改正の影響は更に広がっている。
  3. 相続法については、今般の改正では、残された配偶者が生活に困窮することを防ぐための仕組み作りが進められることになった。高齢社会の実情に合わせ、遺留分侵害額請求権や預貯金の仮払い制度など、相続をめぐる揉め事を回避しやすくする仕組みも整えられた。相続人以外の親族に対しても、故人の介護をめぐり認められにくい部分を補う配慮もなされた。この他、自筆証書遺言を法務局で保管し情報の管理を行う制度も新設されることになった。
  4. 多くの金融機関では、相続資産市場を重要な戦略市場に位置づけていることから、相続制度をめぐる新たな動きには注目しておくべきである。これらの改正は、総じて多くの人に影響が及び、相続を意識する人も一層増えていると考えられる。金融機関では、このような個人顧客側での意識の高まりを踏まえ、相続税および相続法の改正に係る正確な情報を提供することと、その上で、相続・贈与をめぐる顧客の金融ニーズを丁寧に引き出し、個々人の事情を踏まえた適切な提案を行うことが重要である。
発足5年目を迎えたNISA
−これまでの利用状況と普及へ向けた課題−
宮本 佐知子
  1. 2014年1月に開始された少額投資非課税制度(NISA)は、開始直後は投資経験者を中心に口座数が急増したが、その後は伸びが鈍化しており、普及へ向けた課題も多い。本稿ではまず、NISAの概要と2017年12月末時点の利用状況を示し、次に制度の設立背景と今後の普及へ向けた課題を論じる。
  2. NISAは現在、3種類あり、成年を対象とした「一般NISA」、積立投資に特化した「つみたてNISA」、そして未成年を対象とした「ジュニアNISA」がある。制度開始直後は一般NISAのみの取扱であり、2017年12月末時点での一般NISAの口座数は1,099万2,733口座、総買付額は12兆5,325億円である。また、一般NISAの普及率は対象人口の10.5%である。
  3. NISAは利用者にとっては複雑な仕組みになっている。これは、証券優遇税制を廃止し、配当・譲渡益の税率を10%から20%へ引き上げる際の激変緩和措置として導入されたという経緯と、政府関係者間での様々な思惑が絡んだ結果といえる。他方、それでも急速に普及が進んだ背景として、官民をあげた努力は見逃せない。
  4. 今後の普及へ向けた課題も多い。NISAを使いやすくするためには、家計の安定的な資産形成を支援するというNISAのそもそもの導入目的に立ち返り、簡素で分かりやすい制度にすべきであろう。現行制度を基に改善を進めるうえで特に急ぐべきは、「制度の恒久化」「スイッチングの認可」「相続時の対応」である。さらに、NISAの新規利用者を広げるにはより直接的な税制面でのアピールも必要になろう。
  5. 金融機関にとっては、まず現行制度の範囲内での真摯な取り組みは重要である。税制優遇が付されたNISAは、新規顧客開拓のための「ドアノック商品」としても利用価値は高い。金融機関にとって、家計の資産形成を支援することは、顧客本位の業務運営を進める上で求められている役割の一つだろう。
金融業への外資出資比率の緩和と同時に株主管理を強化する中国政府の動き 関根 栄一
  1. 2018年4月の中国・海南省で開催されたボアオ・アジアフォーラムでの習近平国家主席による対外開放の継続・拡大に関するスピーチを受け、中国人民銀行・易鋼総裁は、金融業の対外開放に関する12項目を発表し、2017年11月の米中首脳会談等での中国政府の公約内容を更に拡大し、期限を区切って実施することを確約した。
  2. 金融業の開放のうち、証券業では、従来の外資出資上限49%の51%への引き上げと3年後の撤廃とともに、業務範囲の拡大を容認した。保険業では、生命保険業への外資出資比率の緩和を前倒しで実現し、保険関連業務での国内資本との同一性を確保した。銀行業では、貸出債権の株式化に伴う受け皿会社への出資など、新規業務での外資進出を容認した。
  3. 対外開放の一方で、中国政府は過去の事件を教訓に、金融業に出資する株主への管理監督を強化する方針である。そのうち、証券業では、従来の「5%以上の保有株主」、「25%以上を保有する等の主要株主」に加えて、「5%未満の保有株主」と「50%以上を保有する等の支配株主」を加えて、株主を四つに分類し、保有比率が多いほど満たすべき基準を強化する方針である。
  4. また、中国では、既に50〜60社に上ると見られる金融持株会社に対する管理監督体制が整っておらず、グループ内の資金循環や関連取引、複雑な株主構成による大株主の権利濫用、銀行・保険・証券という業態別規制のアービトラージが発生し、レバレッジを効かせるなどして金融市場での潜在的なシステミックリスクを高めている。
  5. このため、2017年には業態別の管理監督の内閣レベルの調整機関として「国務院金融安定発展委員会」が創設され、2018年3月には銀行と保険の管理監督機関が統合され、「中国銀行保険監督管理委員会」が新たに発足し、それぞれ幹部人事の手当てもなされている。
  6. 金融業の対外開放の新たな方針の下、証券業では既に出資している外資持分の引き上げや、保険業では外資の新規進出や異業種の国内資本の進出が出始めている。3年後の2021年を目標に設定した金融業の対外開放の促進とシステミックリスクの発生防止に向け、中国政府にはバランスの取れた政策運営が求められている。
中国におけるハイテク企業を対象とする上場制度改革
−レッドチップ企業による中国預託証券(CDR)の発行が可能に−
関 志雄
  1. 近年、中国では、情報通信などの分野における技術革新を背景に、アリババ、テンセント、バイドゥなど、ニューエコノミーを牽引するハイテク企業が相次いで現れている。しかし、資本市場の改革は遅れているため、これらの企業は、レッドチップ企業として、ニューヨークなどの海外市場に上場している。また、急成長している多くのユニコーン企業も、海外上場の準備を進めている。
  2. 資本市場の活性化とニューエコノミーの更なる発展を促すべく、中国政府は、これらの企業が国内で上場できるように、環境整備を進めている。その大きな一歩として、当局はすでに海外市場に上場しているレッドチップ企業と、ユニコーン企業が中国国内市場に上場するための新しいルールを提示している。それにより、海外で登記しているハイテク企業でも、一定の条件を満たせば、株式、または海外で発行した株式などの証券に裏付けられる中国預託証券(CDR)を、国内市場に上場させることが可能になる。
タイの投資信託市場の展望と課題
−持続的な拡大をもたらし得る3つの要因−
井潟 正彦佐藤 広大
  1. 近年、タイの証券市場は活況を呈しているが、特に目を引くのが投資信託の拡大である。同国の2017年末投資信託残高は約5兆バーツ(約17兆円)で、過去5年間で年率約13.0%の成長を遂げ、ASEAN(東南アジア諸国連合)の投資信託市場の中でも抜きんでる存在になりつつある。
  2. これまで投資信託販売において牽引役を果たしてきたのは大手銀行グループである。今後もタイの投資信託市場が持続的に拡大し得るかについて、(1)オープン・アーキテクチャーが広がる動き、(2)税制優遇を伴う投資制度の役割、(3)海外ファンドが拡大する余地の3点に注目し、考察した。
  3. 1点目のオープン・アーキテクチャーが広がる動きは、健全な販売活動や競争の促進、品揃え拡充ニーズへの対応から既定路線になっており、今後数年間で本格化する見込みである。2点目の税制優遇を伴う投資制度の役割には、官民一体で期待を高めている。背景として、同国で高齢化が急速に進行することが挙げられる。国民全体が退職後の備えを充実できるようにと、民間企業における確定拠出型年金の従業員への提供義務化も予定されている。3点目の海外ファンドが拡大する余地は大きいと見る。同国の経済成長が引き続き期待できるとは言え、経済規模や産業構造などから生じ得る一定の制約に鑑みると、分散投資を伴いながら長期的に高い収益率を実現するには海外ファンドの役割は不可欠だからである。
  4. タイの投資信託市場の持続的拡大には、国民における金融リテラシーの向上、投資教育の強化が欠かせない。政府と業界関係者はその重要性を認識し、一体となって具体的な取り組みに注力し始めている。今後、より多くの同国国民が資産形成に取り組む基盤の形成が進み、投資信託市場の持続的拡大の実現可能性がより高まるか、注目される。
金融機関経営
時流 2025年にどのようにたどり着くか:財政健全化の今後の道行きについて 上智大学経済学部准教授、日本政策投資銀行設備投資研究所客員主任研究員
中里 透

量的・質的金融緩和の導入から5年、消費税率の8%への引き上げから4年が経過した。この間に物価上昇率はプラスに転じ、財政収支も大幅な改善をみたが、2%の物価安定目標は未達のままであり、基礎的財政収支(プライマリーバランス)の黒字化も達成時期の後ずれが生じている。こうした中、2019年10月には再増税(消費税率の10%への引き上げ)の実施が予定されており、その実施・延期の判断が今秋にもなされる見通しである。
そこで、本稿では財政健全化をめぐるこれまでの経過を振り返り、今後の道行きについて考えてみることとしたい。

投資家と企業との対話ガイドラインの策定とCGコードの改訂 西山 賢吾
  1. 我が国のコーポレートガバナンス改革はここまで一定の成果を上げているが、その水準をさらに高める上で残されている課題に対応するため、2018年6月1日、『投資家と企業との対話ガイドライン』が策定、公表されるとともに、コーポレートガバナンス・コードの改訂が実施された。
  2. 今回のガイドラインとコードの改訂で最も注目されるのは、『資本コストの的確な把握』であろう。今回資本コストの定義や明確な計算方法は示されていないが、重要なことは、資本コストの算出そのものに終始するのではなく、資本コストの計算に用いた各種数値の採用根拠やその背景にある中長期的な経営ビジョンを示し、投資家との対話を深めることである。
  3. 資本コストと並び注目される政策保有株式に関しては、保有すべきではないという意見と、合理性があれば一定量の保有を容認する意見がある。しかし、今回の対話ガイドラインの制定やコードの改訂により、保有の合理性に対し従来以上に納得感のある説明が求められると考えられるため、保有の合理性に乏しい株式の売却を求める声はさらに強まるであろう。
  4. 我が国企業ではコードの各原則について、まず遵守ありきという考えを持つ上場企業が少なくないように見えるが、具体的な対応をせず形式的な遵守に留まるよりは、明確な理由を説明した上で受け入れない原則があるという対応の方が望ましいと考えられる。さらに、これからは「コンプライ・オア・エクスプレイン」ベースから、原則受け入れの諾否にかかわらず企業の姿勢を主体的、かつ明確に示す「コンプライ・アンド・エクスプレイン」ベースでの対応が期待される。
機関投資家が注目し始めた気候関連財務情報
−ESG投資拡大に伴い重要性が高まる積極開示−
板津 直孝
  1. 金融安定理事会(FSB)が設置した気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)は、2017年6月、最終報告書を公表し、投資家やその他のステークホルダーが、重要な気候関連のリスク及び機会が企業にもたらす財務インパクトを理解する上で、有用な情報開示の枠組みを提言した。その後の1年間で、欧米の機関投資家は気候関連の情報開示に対する関心を着実に高めており、日本企業が注視すべき状況になっている。
  2. 背景には、世界各国で拡大し始めたESG(環境、社会、企業投資)投資がある。欧米の機関投資家の多くは、気候変動をポートフォリオの重要なリスク要因に位置づけ、投資で優先すべき一つに掲げている。そして、気候関連の情報開示が不十分な企業に対しては、議決権を行使して改善を求める集団的エンゲージメントや、気候変動に対する取り組みが不十分な企業への投資を引き上げるダイベストメントを拡大している。その対象は、日本企業にも広がっている。
  3. TCFDの最終報告書の公表により、開示の枠組みが提示されたことから、欧米の機関投資家のこうした動きは、具体性を伴ってますます盛んになると考えられる。こうした欧米の気候関連の情報開示に対する顕著な反応は、現在、日本企業が日本国内において得られる感触と大きく異なるため、株主構成において欧米の機関投資家の比率が高い日本企業は、特に注視する必要があろう。
  4. 気候関連の情報開示の国際的な方向性は、財務報告との一元化であり、日本企業にとっては、財務報告と気候関連財務情報との親和性を一層高める準備が必要である。日本企業と欧米の投資家との対話においては、投資家が、TCFDの提言に則した気候関連財務情報開示を期待していることを認識する必要があろう。
持続可能な社会の実現に向けて注目が集まるソーシャルボンド 江夏 あかね
  1. 社会的課題への対処に向けた事業を資金使途とする債券である「ソーシャルボンド」の発行が近年、増加し始めている。ソーシャルボンドは、2006年11月に発行を開始した予防接種のための国際金融ファシリティ(IFFIm)によるワクチン債が初めてとされる。国際資本市場協会(ICMA)によるソーシャルボンド原則(SBP)の存在もあり、2010年代半ば頃から認知度が上がっている。また、本稿でも取り上げた発行事例を踏まえると、発行体セクターは、国際機関、銀行、政府系機関、事業会社と拡大傾向にある。
  2. 日本では2018年6月末現在、国内債として国際協力機構(JICA)、サムライ債としてBPCEが発行している。日本国内の社会的課題のために発行された事例はまだ出ていないが、日本でソーシャルボンドが今後、どのように活用されていくか注目されるところである。
  3. ソーシャルボンドの発行に当たっては、(1)発行体として、社会的課題の解決が経営面での重要課題として位置付けられていること、(2)対象事業がSBPに掲げられるソーシャルプロジェクトに該当し、社会的課題の改善目標及び改善のためのプロセスが明確など、SBPに適合した内容であること、(3)投資家をはじめとしたステークホルダーに対して透明性かつ客観性を確保し、レポーティング等を通じて説明責任を果たすこと、が成功のカギになると考えられる。
ブロックチェーンで拡がるESGをテーマとした資金調達の未来
−オーストリアのフェアブントによるグリーン・シュルトシャイン−
江夏 あかね佐藤 広大
  1. オーストリアの大手電力会社フェアブント(Verbund AG)は2018年4月17日、世界初の取組みとなるブロックチェーン技術を活用した「グリーン・シュルトシャイン」(Grüner Schuldschein)による資金調達を実現させた。
  2. グリーン・シュルトシャインとは、債務証書とも呼ばれるドイツ法に準拠したローンで、調達資金の使途を環境に配慮したプロジェクトとする、環境・社会・ガバナンス(ESG)関連の金融商品である。今般の資金調達に当たっては、ブロックチェーン技術が活用され、発行体から投資家へのプロセスをデジタル化することで、コミュニケーション、透明性、自動化といった観点から、調達プロセスが改善された。
  3. 発行体・投資家等は、プロセスの改善により調達関連コストの縮減や利便性向上といったメリットを享受することとなった。今後、ESGをテーマとした負債性資金調達でも、デジタル・プラットフォームの一環としてブロックチェーン技術の活用が選択肢の1つとなる機会が増える可能性もあろう。
  4. 今般のグリーン・シュルトシャインによる資金調達は、将来的なESG関連データ蓄積・充実化といった観点からも、多くのESG市場参加者に対して考えるきっかけを与える事例になったと言える。
金融危機発生から10年間で再拡大する米連邦住宅貸付銀行制度 岡田 功太
  1. 近年、米連邦住宅貸付銀行制度(FHLBS)のバランスシートが再拡大している。FHLBSの資産は、2008年の金融危機時に約1.35兆ドルとピークに達した後に、2012年にかけて半減し、その後、過去5年間で約1.5倍に増加した。FHLBSは、政府支援企業(GSE)であるが、ファニーメイ及びフレディマックのように、証券化商品の発行・保証を担っているのではなく、住宅ローン貸出支援を目的に、会員である商業銀行等に対して、「アドバンス」と呼ばれる低利の貸出を行っている。
  2. アドバンスの残高は、過去5年間で約1.7倍となり、FHLBSの資産の約65%に相当する規模になった。その要因として、2014年9月に最終化された米国の流動性カバレッジ比率(LCR)が挙げられる。LCRにおける証券担保調達の流出率は、適格流動資産の要件を満たさない資産が担保の場合には100%、GSEとの取引の場合には25%と規定されており、大手米銀にとって、GSEと取引する方が有利であることから、FHLBSからアドバンスの借入額を増加させた。
  3. 他方で、FHLBSの負債も増加傾向にあり、特に、ディスカウント・ノートの発行残高は、過去5年間で約1.8倍となった。その要因として、2014年7月に最終化されたMMF規制が挙げられる。同規制において、FHLBSが発行するディスカウント・ノートは、ガバメントMMFの投資対象資産として分類されたことに加えて、同MMFは2015年7月から約2年間で約1兆ドル増加した。その結果、MMFによるFHLBS債の保有比率は、2011年末の約7%から、2017年末には約20%に増加した。
  4. FHLBSは、1930年代の世界恐慌以降、過去の金融危機において、大手米銀に対してアドバンスを提供することで、連邦準備制度理事会(FRB)に次ぐ最後から2番目の貸し手として、金融システムの安定化に貢献してきた。しかし、現在、FHLBSのバランスシートは再拡大し、特に短期調達比率が上昇したことによって、皮肉なことにFHLBS自身がシステミック・リスクの震源地として懸念材料となっている。つまり、大手米銀及びMMFが有していた同リスクの一部は、金融規制の進展によって、FHLBSにシフトしているとも言える。2008年の金融危機から10年が経過した現在、改めて、金融システムにとって最適な規制枠組みの構築が必要であると言えよう。
EUにおけるマクロプルーデンス政策
−世界に先駆ける実践的な取組み−
小立 敬
  1. 金融危機以降、世界の中央銀行や金融規制当局において金融システムの安定を政策目標とするマクロプルーデンス政策の重要性がより強く認識されている。EUでは、欧州システミック・リスク理事会(ESRB)のイニシアティブの下、マクロプルーデンス政策を実行するための域内共通の枠組みが整備され、加盟国では新たな政策ツールの適用も始まっている。
  2. 実際に加盟国で適用されている主なマクロプルーデンス・ツールとしては、代表的な政策ツールに位置づけられるバーゼルIIIのカウンターシクリカル・バッファー(CCyB)が7カ国で実施されている。システミック・リスクに対応するために自己資本の上乗せを要求するEU独自のシステミック・リスク・バッファー(SyRB)も14カ国で導入されている。担保評価額に対する融資の比率を表すLTVや債務者所得に対する債務返済額の比率を表すDSTIに上限を設定する国も多く、LTVリミットは17カ国において採用されている。
  3. マクロプルーデンス・ツールの適用に関する実務をみると、加盟国の間で違いが窺われる。例えば、CCyBのオペレーションに関しては、水準の設定に責任を有する当局、情報開示、政策目標、ルールか裁量かという運営方法、中立的なバッファーの水準、コア指標、フォワード・ガイダンスといった点において、加盟国によって対応や考え方が大きく異なる。今後、加盟国がマクロプルーデンス・ツールの適用の経験を積み重ねていく中で、加盟国間の差異が解消されていくのかどうかが注目されるところである。
  4. EUのマクロプルーデンス政策は、実行段階に入ったばかりとはいえ、世界に先駆ける実践的な取組みのように窺われる。EUの経験は今後、EU以外の国・地域に対しても議論の材料を提供していくことを通じて、マクロプルーデンス政策に係るグローバルな知見を高めていくことになるだろう。EUにおけるマクロプルーデンス政策は引続き注目していくべき重要な取組みである。
米モルガン・スタンレーのウェルス・マネジメント部門の取り組み 岡田 功太木下 生悟
  1. 米国モルガン・スタンレーのウェルス・マネジメント部門は、競合他社を上回る預かり資産や営業員数を有し、同社の主力ビジネスとしてグループを牽引している。2008年の金融危機以降、事業の選択と集中を進めるシティ・グループからのスミス・バーニー買収によって、同部門の基盤が形成された。また、同年に銀行持株会社への変更が行われたが、これにより、資産運用関連のサービスに加えて、預金の受け入れと融資も提供して家計全体にアプローチすることが可能となった。
  2. 同部門では、一貫して収益構造の改革に取り組んでいる。所属する営業員数及び店舗数の大幅な削減と同時に、顧客層を富裕層にシフトし、営業員一人当たりの預かり資産を増加させることで収益性を向上させている。営業員数は2009年末から約13%減少し、店舗数は同期間で約33%減少した。これらの結果、営業員一人当たりの収益が、過去8年間で約2倍となった。
  3. また、収益安定化や顧客との関係構築の強化に向け、顧客の資産残高に応じて手数料を得る残高フィー型サービスの提供に注力している。預かり資産総額に占める残高フィー型サービスの割合は、2009年末の約25%から2017年末には約45%に増加した。更に、営業員のサポートを主眼としたデジタル戦略に取り組み、自社開発に拘らず、他社との提携によって、より高度で効率的なデジタル戦略を採用する方向性を示している。
  4. モルガン・スタンレーは、ジェームズ・ゴーマン会長兼CEOの指揮の下、これまで一貫してウェルス・マネジメント部門の営業収益の利益率の増加という明確な経営目標を設定し、実行し続けてきた。引き続き収益性の向上を掲げており、今後も同部門の動向が注目される。
キャッシュレス化と決済改革 淵田 康之
  1. 今日、諸外国では一連の決済改革を通じて、キャッシュレス化が進展している。決済改革の柱は、銀行界による統一的なモバイル個人間送金サービスの導入や、決済関連FinTechの台頭を踏まえた、制度及びインフラの抜本的な見直しである。
  2. 英国では、2000年代に入り、政府主導の改革が展開され、2014年には銀行界による統一モバイル個人間送金サービスが導入された。
  3. さらに2016年末には将来戦略が策定され、新決済インフラの構築が始まった。2018年には、インフラの運営を担う、新決済ガバナンス機関が始動している。また歴史上初めて、ノンバンクによる、銀行間決済システムと中央銀行システムへの直接アクセスも実現した。
  4. 米国においても、銀行界によるモバイル個人間送金サービスが普及しつつある。また英国同様、将来ビジョンが策定され、新決済インフラが構築されつつある。2018年夏には、インフラの運営を担う新決済ガバナンス機関が設立される。
  5. シンガポールは、2016年8月に決済改革のロードマップを発表した。2017年には銀行界の統一的なモバイル決済サービス、PayNowが導入され、FinTechやユーザー代表も参加するPayments Councilも設置された。2018年には、新決済法が制定される予定である。
  6. シンガポールの新決済法案では、決済業者や決済システムに対し、インターオペラビリティの確保を義務づける規定が盛り込まれている。
  7. わが国では、2018年7月に「キャッシュレス推進協議会」が設立され、QRコードの標準化の検討が始まる。同協議会は、英国、米国、シンガポールにおける「決済ガバナンス機関」に似た面もあるが、位置づけは全く異なる。キャッシュレス化を真に推進するためには、銀行界の統一的モバイル個人間送金サービスの導入や、決済法制の抜本的な改革、決済インフラの見直しが不可欠である。
初の国内公募外貨建社債発行の意義 佐藤 淳
  1. 野村総合研究所は2018年3月、国内公募豪ドル建社債を発行した。これは、日本企業が初めて国内公募市場において外貨建で発行した社債である。
  2. 日本社会が成熟化し、経済成長率が低位安定で推移する中、日本企業の事業活動のグローバル化が進んでいる。海外企業を対象にした大型M&Aの増加は、グローバルな競争を有利に進めようという企業の経営判断の現れであり、多くの中堅・中小企業にとっても海外活動の拡大は重要課題となっている。
  3. そうした環境下、外貨建資産の増加にマッチした負債調達の多通貨化、簡便化の意義は大きい。今後、この枠組みを通じて、成長期待の高いタイやインドネシア等の現地法人向けのファイナンスが実施されることも考えられる。更に、アーリーステージ企業の資金調達手段として発展する可能性もある。
  4. 投資家にとっても、国内公募外貨建社債は、外貨建運用の新たな選択肢となる。投資対象が国内企業であれば状況を把握しやすいため、発行体の信用力を効率的に判断しつつ、成長力の高い新興国の通貨での運用を行うことも可能となる。今後の展開が注目される。
日本企業のM&Aにおけるプライベート・エクイティの台頭と今後の展望 吉川 浩史
  1. 近年の日本ではM&A件数・金額が増えており、特にプライベート・エクイティ(PE)の関与する案件の増加が顕著である。
  2. PEの関与するM&Aでは、成熟企業の事業再編に伴い売却される子会社・事業部門や、後継者が不在の中小・零細企業に対する買収が増加している。いずれのケースでもPEには資金に加え、買収後の成長戦略の策定・実行が期待されることが多い。
  3. 広義のPEとして、企業や大学の運用するベンチャー・キャピタルによるベンチャー企業投資も活発化している。今後は、投資先のエグジット(投資回収)時に、買い手としてのPEへのニーズが高まる可能性もある。
  4. 近年は地方創生の観点から、地域産業の振興や観光資源の開発を通じた地域経済の活性化を目的に、自治体、地域金融機関、地域企業等が出資するファンドが地域の企業・事業者に出資する案件もみられる。
  5. PEが関与するM&Aの増加の背景には、企業等からPEが企業価値向上に取り組むパートナーとみられ始めたこともあろう。足元では米系PEによるアジア地域を対象とする大型ファンドの組成が相次ぐが、日系PEの組成は活発とは言えない。経済の新陳代謝を促すためにも、日系PEによる規模拡大とM&Aのさらなる活発化が期待される。
相続制度をめぐる新たな動き
−相続税改正2年目の影響と40年ぶりの改正が決まった相続法−
宮本 佐知子
  1. 相続に対する関心が高まっている。人口動態上、相続を経験する人が増えていることが背景にある。加えて、地価の大幅下落等への対応や格差の固定化防止等の観点から、相続税が2015年から改正されたことや、高齢社会の実情を反映するために、民法の相続に関する規定(相続法)が40年ぶりに改正されることになり、広く耳目を集めていることも挙げられる。本稿では、まず2018年夏に公表された2016年の相続税統計の分析結果を示し、次に2018年7月に決定された相続法改正の注目点を示した上で、金融機関への示唆を検討する。
  2. 相続税については、2015年からの改正では、現行制度の下で初めて基礎控除額が引き下げられたため相続税課税対象者が増加し、課税割合は2015年に続いて2016年も過去最高を更新した。課税割合が増加した地域は、大都市圏のみならず地方圏でも増えており、総じて相続税改正の影響は更に広がっている。
  3. 相続法については、今般の改正では、残された配偶者が生活に困窮することを防ぐための仕組み作りが進められることになった。高齢社会の実情に合わせ、遺留分侵害額請求権や預貯金の仮払い制度など、相続をめぐる揉め事を回避しやすくする仕組みも整えられた。相続人以外の親族に対しても、故人の介護をめぐり認められにくい部分を補う配慮もなされた。この他、自筆証書遺言を法務局で保管し情報の管理を行う制度も新設されることになった。
  4. 多くの金融機関では、相続資産市場を重要な戦略市場に位置づけていることから、相続制度をめぐる新たな動きには注目しておくべきである。これらの改正は、総じて多くの人に影響が及び、相続を意識する人も一層増えていると考えられる。金融機関では、このような個人顧客側での意識の高まりを踏まえ、相続税および相続法の改正に係る正確な情報を提供することと、その上で、相続・贈与をめぐる顧客の金融ニーズを丁寧に引き出し、個々人の事情を踏まえた適切な提案を行うことが重要である。
発足5年目を迎えたNISA
−これまでの利用状況と普及へ向けた課題−
宮本 佐知子
  1. 2014年1月に開始された少額投資非課税制度(NISA)は、開始直後は投資経験者を中心に口座数が急増したが、その後は伸びが鈍化しており、普及へ向けた課題も多い。本稿ではまず、NISAの概要と2017年12月末時点の利用状況を示し、次に制度の設立背景と今後の普及へ向けた課題を論じる。
  2. NISAは現在、3種類あり、成年を対象とした「一般NISA」、積立投資に特化した「つみたてNISA」、そして未成年を対象とした「ジュニアNISA」がある。制度開始直後は一般NISAのみの取扱であり、2017年12月末時点での一般NISAの口座数は1,099万2,733口座、総買付額は12兆5,325億円である。また、一般NISAの普及率は対象人口の10.5%である。
  3. NISAは利用者にとっては複雑な仕組みになっている。これは、証券優遇税制を廃止し、配当・譲渡益の税率を10%から20%へ引き上げる際の激変緩和措置として導入されたという経緯と、政府関係者間での様々な思惑が絡んだ結果といえる。他方、それでも急速に普及が進んだ背景として、官民をあげた努力は見逃せない。
  4. 今後の普及へ向けた課題も多い。NISAを使いやすくするためには、家計の安定的な資産形成を支援するというNISAのそもそもの導入目的に立ち返り、簡素で分かりやすい制度にすべきであろう。現行制度を基に改善を進めるうえで特に急ぐべきは、「制度の恒久化」「スイッチングの認可」「相続時の対応」である。さらに、NISAの新規利用者を広げるにはより直接的な税制面でのアピールも必要になろう。
  5. 金融機関にとっては、まず現行制度の範囲内での真摯な取り組みは重要である。税制優遇が付されたNISAは、新規顧客開拓のための「ドアノック商品」としても利用価値は高い。金融機関にとって、家計の資産形成を支援することは、顧客本位の業務運営を進める上で求められている役割の一つだろう。
金融業への外資出資比率の緩和と同時に株主管理を強化する中国政府の動き 関根 栄一
  1. 2018年4月の中国・海南省で開催されたボアオ・アジアフォーラムでの習近平国家主席による対外開放の継続・拡大に関するスピーチを受け、中国人民銀行・易鋼総裁は、金融業の対外開放に関する12項目を発表し、2017年11月の米中首脳会談等での中国政府の公約内容を更に拡大し、期限を区切って実施することを確約した。
  2. 金融業の開放のうち、証券業では、従来の外資出資上限49%の51%への引き上げと3年後の撤廃とともに、業務範囲の拡大を容認した。保険業では、生命保険業への外資出資比率の緩和を前倒しで実現し、保険関連業務での国内資本との同一性を確保した。銀行業では、貸出債権の株式化に伴う受け皿会社への出資など、新規業務での外資進出を容認した。
  3. 対外開放の一方で、中国政府は過去の事件を教訓に、金融業に出資する株主への管理監督を強化する方針である。そのうち、証券業では、従来の「5%以上の保有株主」、「25%以上を保有する等の主要株主」に加えて、「5%未満の保有株主」と「50%以上を保有する等の支配株主」を加えて、株主を四つに分類し、保有比率が多いほど満たすべき基準を強化する方針である。
  4. また、中国では、既に50〜60社に上ると見られる金融持株会社に対する管理監督体制が整っておらず、グループ内の資金循環や関連取引、複雑な株主構成による大株主の権利濫用、銀行・保険・証券という業態別規制のアービトラージが発生し、レバレッジを効かせるなどして金融市場での潜在的なシステミックリスクを高めている。
  5. このため、2017年には業態別の管理監督の内閣レベルの調整機関として「国務院金融安定発展委員会」が創設され、2018年3月には銀行と保険の管理監督機関が統合され、「中国銀行保険監督管理委員会」が新たに発足し、それぞれ幹部人事の手当てもなされている。
  6. 金融業の対外開放の新たな方針の下、証券業では既に出資している外資持分の引き上げや、保険業では外資の新規進出や異業種の国内資本の進出が出始めている。3年後の2021年を目標に設定した金融業の対外開放の促進とシステミックリスクの発生防止に向け、中国政府にはバランスの取れた政策運営が求められている。
中国におけるハイテク企業を対象とする上場制度改革
−レッドチップ企業による中国預託証券(CDR)の発行が可能に−
関 志雄
  1. 近年、中国では、情報通信などの分野における技術革新を背景に、アリババ、テンセント、バイドゥなど、ニューエコノミーを牽引するハイテク企業が相次いで現れている。しかし、資本市場の改革は遅れているため、これらの企業は、レッドチップ企業として、ニューヨークなどの海外市場に上場している。また、急成長している多くのユニコーン企業も、海外上場の準備を進めている。
  2. 資本市場の活性化とニューエコノミーの更なる発展を促すべく、中国政府は、これらの企業が国内で上場できるように、環境整備を進めている。その大きな一歩として、当局はすでに海外市場に上場しているレッドチップ企業と、ユニコーン企業が中国国内市場に上場するための新しいルールを提示している。それにより、海外で登記しているハイテク企業でも、一定の条件を満たせば、株式、または海外で発行した株式などの証券に裏付けられる中国預託証券(CDR)を、国内市場に上場させることが可能になる。
タイの投資信託市場の展望と課題
−持続的な拡大をもたらし得る3つの要因−
井潟 正彦佐藤 広大
  1. 近年、タイの証券市場は活況を呈しているが、特に目を引くのが投資信託の拡大である。同国の2017年末投資信託残高は約5兆バーツ(約17兆円)で、過去5年間で年率約13.0%の成長を遂げ、ASEAN(東南アジア諸国連合)の投資信託市場の中でも抜きんでる存在になりつつある。
  2. これまで投資信託販売において牽引役を果たしてきたのは大手銀行グループである。今後もタイの投資信託市場が持続的に拡大し得るかについて、(1)オープン・アーキテクチャーが広がる動き、(2)税制優遇を伴う投資制度の役割、(3)海外ファンドが拡大する余地の3点に注目し、考察した。
  3. 1点目のオープン・アーキテクチャーが広がる動きは、健全な販売活動や競争の促進、品揃え拡充ニーズへの対応から既定路線になっており、今後数年間で本格化する見込みである。2点目の税制優遇を伴う投資制度の役割には、官民一体で期待を高めている。背景として、同国で高齢化が急速に進行することが挙げられる。国民全体が退職後の備えを充実できるようにと、民間企業における確定拠出型年金の従業員への提供義務化も予定されている。3点目の海外ファンドが拡大する余地は大きいと見る。同国の経済成長が引き続き期待できるとは言え、経済規模や産業構造などから生じ得る一定の制約に鑑みると、分散投資を伴いながら長期的に高い収益率を実現するには海外ファンドの役割は不可欠だからである。
  4. タイの投資信託市場の持続的拡大には、国民における金融リテラシーの向上、投資教育の強化が欠かせない。政府と業界関係者はその重要性を認識し、一体となって具体的な取り組みに注力し始めている。今後、より多くの同国国民が資産形成に取り組む基盤の形成が進み、投資信託市場の持続的拡大の実現可能性がより高まるか、注目される。
要約
時流 2025年にどのようにたどり着くか:財政健全化の今後の道行きについて 上智大学経済学部准教授、日本政策投資銀行設備投資研究所客員主任研究員
中里 透

量的・質的金融緩和の導入から5年、消費税率の8%への引き上げから4年が経過した。この間に物価上昇率はプラスに転じ、財政収支も大幅な改善をみたが、2%の物価安定目標は未達のままであり、基礎的財政収支(プライマリーバランス)の黒字化も達成時期の後ずれが生じている。こうした中、2019年10月には再増税(消費税率の10%への引き上げ)の実施が予定されており、その実施・延期の判断が今秋にもなされる見通しである。
そこで、本稿では財政健全化をめぐるこれまでの経過を振り返り、今後の道行きについて考えてみることとしたい。

投資家と企業との対話ガイドラインの策定とCGコードの改訂 西山 賢吾
  1. 我が国のコーポレートガバナンス改革はここまで一定の成果を上げているが、その水準をさらに高める上で残されている課題に対応するため、2018年6月1日、『投資家と企業との対話ガイドライン』が策定、公表されるとともに、コーポレートガバナンス・コードの改訂が実施された。
  2. 今回のガイドラインとコードの改訂で最も注目されるのは、『資本コストの的確な把握』であろう。今回資本コストの定義や明確な計算方法は示されていないが、重要なことは、資本コストの算出そのものに終始するのではなく、資本コストの計算に用いた各種数値の採用根拠やその背景にある中長期的な経営ビジョンを示し、投資家との対話を深めることである。
  3. 資本コストと並び注目される政策保有株式に関しては、保有すべきではないという意見と、合理性があれば一定量の保有を容認する意見がある。しかし、今回の対話ガイドラインの制定やコードの改訂により、保有の合理性に対し従来以上に納得感のある説明が求められると考えられるため、保有の合理性に乏しい株式の売却を求める声はさらに強まるであろう。
  4. 我が国企業ではコードの各原則について、まず遵守ありきという考えを持つ上場企業が少なくないように見えるが、具体的な対応をせず形式的な遵守に留まるよりは、明確な理由を説明した上で受け入れない原則があるという対応の方が望ましいと考えられる。さらに、これからは「コンプライ・オア・エクスプレイン」ベースから、原則受け入れの諾否にかかわらず企業の姿勢を主体的、かつ明確に示す「コンプライ・アンド・エクスプレイン」ベースでの対応が期待される。
機関投資家が注目し始めた気候関連財務情報
−ESG投資拡大に伴い重要性が高まる積極開示−
板津 直孝
  1. 金融安定理事会(FSB)が設置した気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)は、2017年6月、最終報告書を公表し、投資家やその他のステークホルダーが、重要な気候関連のリスク及び機会が企業にもたらす財務インパクトを理解する上で、有用な情報開示の枠組みを提言した。その後の1年間で、欧米の機関投資家は気候関連の情報開示に対する関心を着実に高めており、日本企業が注視すべき状況になっている。
  2. 背景には、世界各国で拡大し始めたESG(環境、社会、企業投資)投資がある。欧米の機関投資家の多くは、気候変動をポートフォリオの重要なリスク要因に位置づけ、投資で優先すべき一つに掲げている。そして、気候関連の情報開示が不十分な企業に対しては、議決権を行使して改善を求める集団的エンゲージメントや、気候変動に対する取り組みが不十分な企業への投資を引き上げるダイベストメントを拡大している。その対象は、日本企業にも広がっている。
  3. TCFDの最終報告書の公表により、開示の枠組みが提示されたことから、欧米の機関投資家のこうした動きは、具体性を伴ってますます盛んになると考えられる。こうした欧米の気候関連の情報開示に対する顕著な反応は、現在、日本企業が日本国内において得られる感触と大きく異なるため、株主構成において欧米の機関投資家の比率が高い日本企業は、特に注視する必要があろう。
  4. 気候関連の情報開示の国際的な方向性は、財務報告との一元化であり、日本企業にとっては、財務報告と気候関連財務情報との親和性を一層高める準備が必要である。日本企業と欧米の投資家との対話においては、投資家が、TCFDの提言に則した気候関連財務情報開示を期待していることを認識する必要があろう。
持続可能な社会の実現に向けて注目が集まるソーシャルボンド 江夏 あかね
  1. 社会的課題への対処に向けた事業を資金使途とする債券である「ソーシャルボンド」の発行が近年、増加し始めている。ソーシャルボンドは、2006年11月に発行を開始した予防接種のための国際金融ファシリティ(IFFIm)によるワクチン債が初めてとされる。国際資本市場協会(ICMA)によるソーシャルボンド原則(SBP)の存在もあり、2010年代半ば頃から認知度が上がっている。また、本稿でも取り上げた発行事例を踏まえると、発行体セクターは、国際機関、銀行、政府系機関、事業会社と拡大傾向にある。
  2. 日本では2018年6月末現在、国内債として国際協力機構(JICA)、サムライ債としてBPCEが発行している。日本国内の社会的課題のために発行された事例はまだ出ていないが、日本でソーシャルボンドが今後、どのように活用されていくか注目されるところである。
  3. ソーシャルボンドの発行に当たっては、(1)発行体として、社会的課題の解決が経営面での重要課題として位置付けられていること、(2)対象事業がSBPに掲げられるソーシャルプロジェクトに該当し、社会的課題の改善目標及び改善のためのプロセスが明確など、SBPに適合した内容であること、(3)投資家をはじめとしたステークホルダーに対して透明性かつ客観性を確保し、レポーティング等を通じて説明責任を果たすこと、が成功のカギになると考えられる。
ブロックチェーンで拡がるESGをテーマとした資金調達の未来
−オーストリアのフェアブントによるグリーン・シュルトシャイン−
江夏 あかね佐藤 広大
  1. オーストリアの大手電力会社フェアブント(Verbund AG)は2018年4月17日、世界初の取組みとなるブロックチェーン技術を活用した「グリーン・シュルトシャイン」(Grüner Schuldschein)による資金調達を実現させた。
  2. グリーン・シュルトシャインとは、債務証書とも呼ばれるドイツ法に準拠したローンで、調達資金の使途を環境に配慮したプロジェクトとする、環境・社会・ガバナンス(ESG)関連の金融商品である。今般の資金調達に当たっては、ブロックチェーン技術が活用され、発行体から投資家へのプロセスをデジタル化することで、コミュニケーション、透明性、自動化といった観点から、調達プロセスが改善された。
  3. 発行体・投資家等は、プロセスの改善により調達関連コストの縮減や利便性向上といったメリットを享受することとなった。今後、ESGをテーマとした負債性資金調達でも、デジタル・プラットフォームの一環としてブロックチェーン技術の活用が選択肢の1つとなる機会が増える可能性もあろう。
  4. 今般のグリーン・シュルトシャインによる資金調達は、将来的なESG関連データ蓄積・充実化といった観点からも、多くのESG市場参加者に対して考えるきっかけを与える事例になったと言える。
金融危機発生から10年間で再拡大する米連邦住宅貸付銀行制度 岡田 功太
  1. 近年、米連邦住宅貸付銀行制度(FHLBS)のバランスシートが再拡大している。FHLBSの資産は、2008年の金融危機時に約1.35兆ドルとピークに達した後に、2012年にかけて半減し、その後、過去5年間で約1.5倍に増加した。FHLBSは、政府支援企業(GSE)であるが、ファニーメイ及びフレディマックのように、証券化商品の発行・保証を担っているのではなく、住宅ローン貸出支援を目的に、会員である商業銀行等に対して、「アドバンス」と呼ばれる低利の貸出を行っている。
  2. アドバンスの残高は、過去5年間で約1.7倍となり、FHLBSの資産の約65%に相当する規模になった。その要因として、2014年9月に最終化された米国の流動性カバレッジ比率(LCR)が挙げられる。LCRにおける証券担保調達の流出率は、適格流動資産の要件を満たさない資産が担保の場合には100%、GSEとの取引の場合には25%と規定されており、大手米銀にとって、GSEと取引する方が有利であることから、FHLBSからアドバンスの借入額を増加させた。
  3. 他方で、FHLBSの負債も増加傾向にあり、特に、ディスカウント・ノートの発行残高は、過去5年間で約1.8倍となった。その要因として、2014年7月に最終化されたMMF規制が挙げられる。同規制において、FHLBSが発行するディスカウント・ノートは、ガバメントMMFの投資対象資産として分類されたことに加えて、同MMFは2015年7月から約2年間で約1兆ドル増加した。その結果、MMFによるFHLBS債の保有比率は、2011年末の約7%から、2017年末には約20%に増加した。
  4. FHLBSは、1930年代の世界恐慌以降、過去の金融危機において、大手米銀に対してアドバンスを提供することで、連邦準備制度理事会(FRB)に次ぐ最後から2番目の貸し手として、金融システムの安定化に貢献してきた。しかし、現在、FHLBSのバランスシートは再拡大し、特に短期調達比率が上昇したことによって、皮肉なことにFHLBS自身がシステミック・リスクの震源地として懸念材料となっている。つまり、大手米銀及びMMFが有していた同リスクの一部は、金融規制の進展によって、FHLBSにシフトしているとも言える。2008年の金融危機から10年が経過した現在、改めて、金融システムにとって最適な規制枠組みの構築が必要であると言えよう。
EUにおけるマクロプルーデンス政策
−世界に先駆ける実践的な取組み−
小立 敬
  1. 金融危機以降、世界の中央銀行や金融規制当局において金融システムの安定を政策目標とするマクロプルーデンス政策の重要性がより強く認識されている。EUでは、欧州システミック・リスク理事会(ESRB)のイニシアティブの下、マクロプルーデンス政策を実行するための域内共通の枠組みが整備され、加盟国では新たな政策ツールの適用も始まっている。
  2. 実際に加盟国で適用されている主なマクロプルーデンス・ツールとしては、代表的な政策ツールに位置づけられるバーゼルIIIのカウンターシクリカル・バッファー(CCyB)が7カ国で実施されている。システミック・リスクに対応するために自己資本の上乗せを要求するEU独自のシステミック・リスク・バッファー(SyRB)も14カ国で導入されている。担保評価額に対する融資の比率を表すLTVや債務者所得に対する債務返済額の比率を表すDSTIに上限を設定する国も多く、LTVリミットは17カ国において採用されている。
  3. マクロプルーデンス・ツールの適用に関する実務をみると、加盟国の間で違いが窺われる。例えば、CCyBのオペレーションに関しては、水準の設定に責任を有する当局、情報開示、政策目標、ルールか裁量かという運営方法、中立的なバッファーの水準、コア指標、フォワード・ガイダンスといった点において、加盟国によって対応や考え方が大きく異なる。今後、加盟国がマクロプルーデンス・ツールの適用の経験を積み重ねていく中で、加盟国間の差異が解消されていくのかどうかが注目されるところである。
  4. EUのマクロプルーデンス政策は、実行段階に入ったばかりとはいえ、世界に先駆ける実践的な取組みのように窺われる。EUの経験は今後、EU以外の国・地域に対しても議論の材料を提供していくことを通じて、マクロプルーデンス政策に係るグローバルな知見を高めていくことになるだろう。EUにおけるマクロプルーデンス政策は引続き注目していくべき重要な取組みである。
米モルガン・スタンレーのウェルス・マネジメント部門の取り組み 岡田 功太木下 生悟
  1. 米国モルガン・スタンレーのウェルス・マネジメント部門は、競合他社を上回る預かり資産や営業員数を有し、同社の主力ビジネスとしてグループを牽引している。2008年の金融危機以降、事業の選択と集中を進めるシティ・グループからのスミス・バーニー買収によって、同部門の基盤が形成された。また、同年に銀行持株会社への変更が行われたが、これにより、資産運用関連のサービスに加えて、預金の受け入れと融資も提供して家計全体にアプローチすることが可能となった。
  2. 同部門では、一貫して収益構造の改革に取り組んでいる。所属する営業員数及び店舗数の大幅な削減と同時に、顧客層を富裕層にシフトし、営業員一人当たりの預かり資産を増加させることで収益性を向上させている。営業員数は2009年末から約13%減少し、店舗数は同期間で約33%減少した。これらの結果、営業員一人当たりの収益が、過去8年間で約2倍となった。
  3. また、収益安定化や顧客との関係構築の強化に向け、顧客の資産残高に応じて手数料を得る残高フィー型サービスの提供に注力している。預かり資産総額に占める残高フィー型サービスの割合は、2009年末の約25%から2017年末には約45%に増加した。更に、営業員のサポートを主眼としたデジタル戦略に取り組み、自社開発に拘らず、他社との提携によって、より高度で効率的なデジタル戦略を採用する方向性を示している。
  4. モルガン・スタンレーは、ジェームズ・ゴーマン会長兼CEOの指揮の下、これまで一貫してウェルス・マネジメント部門の営業収益の利益率の増加という明確な経営目標を設定し、実行し続けてきた。引き続き収益性の向上を掲げており、今後も同部門の動向が注目される。
キャッシュレス化と決済改革 淵田 康之
  1. 今日、諸外国では一連の決済改革を通じて、キャッシュレス化が進展している。決済改革の柱は、銀行界による統一的なモバイル個人間送金サービスの導入や、決済関連FinTechの台頭を踏まえた、制度及びインフラの抜本的な見直しである。
  2. 英国では、2000年代に入り、政府主導の改革が展開され、2014年には銀行界による統一モバイル個人間送金サービスが導入された。
  3. さらに2016年末には将来戦略が策定され、新決済インフラの構築が始まった。2018年には、インフラの運営を担う、新決済ガバナンス機関が始動している。また歴史上初めて、ノンバンクによる、銀行間決済システムと中央銀行システムへの直接アクセスも実現した。
  4. 米国においても、銀行界によるモバイル個人間送金サービスが普及しつつある。また英国同様、将来ビジョンが策定され、新決済インフラが構築されつつある。2018年夏には、インフラの運営を担う新決済ガバナンス機関が設立される。
  5. シンガポールは、2016年8月に決済改革のロードマップを発表した。2017年には銀行界の統一的なモバイル決済サービス、PayNowが導入され、FinTechやユーザー代表も参加するPayments Councilも設置された。2018年には、新決済法が制定される予定である。
  6. シンガポールの新決済法案では、決済業者や決済システムに対し、インターオペラビリティの確保を義務づける規定が盛り込まれている。
  7. わが国では、2018年7月に「キャッシュレス推進協議会」が設立され、QRコードの標準化の検討が始まる。同協議会は、英国、米国、シンガポールにおける「決済ガバナンス機関」に似た面もあるが、位置づけは全く異なる。キャッシュレス化を真に推進するためには、銀行界の統一的モバイル個人間送金サービスの導入や、決済法制の抜本的な改革、決済インフラの見直しが不可欠である。
初の国内公募外貨建社債発行の意義 佐藤 淳
  1. 野村総合研究所は2018年3月、国内公募豪ドル建社債を発行した。これは、日本企業が初めて国内公募市場において外貨建で発行した社債である。
  2. 日本社会が成熟化し、経済成長率が低位安定で推移する中、日本企業の事業活動のグローバル化が進んでいる。海外企業を対象にした大型M&Aの増加は、グローバルな競争を有利に進めようという企業の経営判断の現れであり、多くの中堅・中小企業にとっても海外活動の拡大は重要課題となっている。
  3. そうした環境下、外貨建資産の増加にマッチした負債調達の多通貨化、簡便化の意義は大きい。今後、この枠組みを通じて、成長期待の高いタイやインドネシア等の現地法人向けのファイナンスが実施されることも考えられる。更に、アーリーステージ企業の資金調達手段として発展する可能性もある。
  4. 投資家にとっても、国内公募外貨建社債は、外貨建運用の新たな選択肢となる。投資対象が国内企業であれば状況を把握しやすいため、発行体の信用力を効率的に判断しつつ、成長力の高い新興国の通貨での運用を行うことも可能となる。今後の展開が注目される。
日本企業のM&Aにおけるプライベート・エクイティの台頭と今後の展望 吉川 浩史
  1. 近年の日本ではM&A件数・金額が増えており、特にプライベート・エクイティ(PE)の関与する案件の増加が顕著である。
  2. PEの関与するM&Aでは、成熟企業の事業再編に伴い売却される子会社・事業部門や、後継者が不在の中小・零細企業に対する買収が増加している。いずれのケースでもPEには資金に加え、買収後の成長戦略の策定・実行が期待されることが多い。
  3. 広義のPEとして、企業や大学の運用するベンチャー・キャピタルによるベンチャー企業投資も活発化している。今後は、投資先のエグジット(投資回収)時に、買い手としてのPEへのニーズが高まる可能性もある。
  4. 近年は地方創生の観点から、地域産業の振興や観光資源の開発を通じた地域経済の活性化を目的に、自治体、地域金融機関、地域企業等が出資するファンドが地域の企業・事業者に出資する案件もみられる。
  5. PEが関与するM&Aの増加の背景には、企業等からPEが企業価値向上に取り組むパートナーとみられ始めたこともあろう。足元では米系PEによるアジア地域を対象とする大型ファンドの組成が相次ぐが、日系PEの組成は活発とは言えない。経済の新陳代謝を促すためにも、日系PEによる規模拡大とM&Aのさらなる活発化が期待される。
相続制度をめぐる新たな動き
−相続税改正2年目の影響と40年ぶりの改正が決まった相続法−
宮本 佐知子
  1. 相続に対する関心が高まっている。人口動態上、相続を経験する人が増えていることが背景にある。加えて、地価の大幅下落等への対応や格差の固定化防止等の観点から、相続税が2015年から改正されたことや、高齢社会の実情を反映するために、民法の相続に関する規定(相続法)が40年ぶりに改正されることになり、広く耳目を集めていることも挙げられる。本稿では、まず2018年夏に公表された2016年の相続税統計の分析結果を示し、次に2018年7月に決定された相続法改正の注目点を示した上で、金融機関への示唆を検討する。
  2. 相続税については、2015年からの改正では、現行制度の下で初めて基礎控除額が引き下げられたため相続税課税対象者が増加し、課税割合は2015年に続いて2016年も過去最高を更新した。課税割合が増加した地域は、大都市圏のみならず地方圏でも増えており、総じて相続税改正の影響は更に広がっている。
  3. 相続法については、今般の改正では、残された配偶者が生活に困窮することを防ぐための仕組み作りが進められることになった。高齢社会の実情に合わせ、遺留分侵害額請求権や預貯金の仮払い制度など、相続をめぐる揉め事を回避しやすくする仕組みも整えられた。相続人以外の親族に対しても、故人の介護をめぐり認められにくい部分を補う配慮もなされた。この他、自筆証書遺言を法務局で保管し情報の管理を行う制度も新設されることになった。
  4. 多くの金融機関では、相続資産市場を重要な戦略市場に位置づけていることから、相続制度をめぐる新たな動きには注目しておくべきである。これらの改正は、総じて多くの人に影響が及び、相続を意識する人も一層増えていると考えられる。金融機関では、このような個人顧客側での意識の高まりを踏まえ、相続税および相続法の改正に係る正確な情報を提供することと、その上で、相続・贈与をめぐる顧客の金融ニーズを丁寧に引き出し、個々人の事情を踏まえた適切な提案を行うことが重要である。
発足5年目を迎えたNISA
−これまでの利用状況と普及へ向けた課題−
宮本 佐知子
  1. 2014年1月に開始された少額投資非課税制度(NISA)は、開始直後は投資経験者を中心に口座数が急増したが、その後は伸びが鈍化しており、普及へ向けた課題も多い。本稿ではまず、NISAの概要と2017年12月末時点の利用状況を示し、次に制度の設立背景と今後の普及へ向けた課題を論じる。
  2. NISAは現在、3種類あり、成年を対象とした「一般NISA」、積立投資に特化した「つみたてNISA」、そして未成年を対象とした「ジュニアNISA」がある。制度開始直後は一般NISAのみの取扱であり、2017年12月末時点での一般NISAの口座数は1,099万2,733口座、総買付額は12兆5,325億円である。また、一般NISAの普及率は対象人口の10.5%である。
  3. NISAは利用者にとっては複雑な仕組みになっている。これは、証券優遇税制を廃止し、配当・譲渡益の税率を10%から20%へ引き上げる際の激変緩和措置として導入されたという経緯と、政府関係者間での様々な思惑が絡んだ結果といえる。他方、それでも急速に普及が進んだ背景として、官民をあげた努力は見逃せない。
  4. 今後の普及へ向けた課題も多い。NISAを使いやすくするためには、家計の安定的な資産形成を支援するというNISAのそもそもの導入目的に立ち返り、簡素で分かりやすい制度にすべきであろう。現行制度を基に改善を進めるうえで特に急ぐべきは、「制度の恒久化」「スイッチングの認可」「相続時の対応」である。さらに、NISAの新規利用者を広げるにはより直接的な税制面でのアピールも必要になろう。
  5. 金融機関にとっては、まず現行制度の範囲内での真摯な取り組みは重要である。税制優遇が付されたNISAは、新規顧客開拓のための「ドアノック商品」としても利用価値は高い。金融機関にとって、家計の資産形成を支援することは、顧客本位の業務運営を進める上で求められている役割の一つだろう。
金融業への外資出資比率の緩和と同時に株主管理を強化する中国政府の動き 関根 栄一
  1. 2018年4月の中国・海南省で開催されたボアオ・アジアフォーラムでの習近平国家主席による対外開放の継続・拡大に関するスピーチを受け、中国人民銀行・易鋼総裁は、金融業の対外開放に関する12項目を発表し、2017年11月の米中首脳会談等での中国政府の公約内容を更に拡大し、期限を区切って実施することを確約した。
  2. 金融業の開放のうち、証券業では、従来の外資出資上限49%の51%への引き上げと3年後の撤廃とともに、業務範囲の拡大を容認した。保険業では、生命保険業への外資出資比率の緩和を前倒しで実現し、保険関連業務での国内資本との同一性を確保した。銀行業では、貸出債権の株式化に伴う受け皿会社への出資など、新規業務での外資進出を容認した。
  3. 対外開放の一方で、中国政府は過去の事件を教訓に、金融業に出資する株主への管理監督を強化する方針である。そのうち、証券業では、従来の「5%以上の保有株主」、「25%以上を保有する等の主要株主」に加えて、「5%未満の保有株主」と「50%以上を保有する等の支配株主」を加えて、株主を四つに分類し、保有比率が多いほど満たすべき基準を強化する方針である。
  4. また、中国では、既に50〜60社に上ると見られる金融持株会社に対する管理監督体制が整っておらず、グループ内の資金循環や関連取引、複雑な株主構成による大株主の権利濫用、銀行・保険・証券という業態別規制のアービトラージが発生し、レバレッジを効かせるなどして金融市場での潜在的なシステミックリスクを高めている。
  5. このため、2017年には業態別の管理監督の内閣レベルの調整機関として「国務院金融安定発展委員会」が創設され、2018年3月には銀行と保険の管理監督機関が統合され、「中国銀行保険監督管理委員会」が新たに発足し、それぞれ幹部人事の手当てもなされている。
  6. 金融業の対外開放の新たな方針の下、証券業では既に出資している外資持分の引き上げや、保険業では外資の新規進出や異業種の国内資本の進出が出始めている。3年後の2021年を目標に設定した金融業の対外開放の促進とシステミックリスクの発生防止に向け、中国政府にはバランスの取れた政策運営が求められている。
中国におけるハイテク企業を対象とする上場制度改革
−レッドチップ企業による中国預託証券(CDR)の発行が可能に−
関 志雄
  1. 近年、中国では、情報通信などの分野における技術革新を背景に、アリババ、テンセント、バイドゥなど、ニューエコノミーを牽引するハイテク企業が相次いで現れている。しかし、資本市場の改革は遅れているため、これらの企業は、レッドチップ企業として、ニューヨークなどの海外市場に上場している。また、急成長している多くのユニコーン企業も、海外上場の準備を進めている。
  2. 資本市場の活性化とニューエコノミーの更なる発展を促すべく、中国政府は、これらの企業が国内で上場できるように、環境整備を進めている。その大きな一歩として、当局はすでに海外市場に上場しているレッドチップ企業と、ユニコーン企業が中国国内市場に上場するための新しいルールを提示している。それにより、海外で登記しているハイテク企業でも、一定の条件を満たせば、株式、または海外で発行した株式などの証券に裏付けられる中国預託証券(CDR)を、国内市場に上場させることが可能になる。
タイの投資信託市場の展望と課題
−持続的な拡大をもたらし得る3つの要因−
井潟 正彦佐藤 広大
  1. 近年、タイの証券市場は活況を呈しているが、特に目を引くのが投資信託の拡大である。同国の2017年末投資信託残高は約5兆バーツ(約17兆円)で、過去5年間で年率約13.0%の成長を遂げ、ASEAN(東南アジア諸国連合)の投資信託市場の中でも抜きんでる存在になりつつある。
  2. これまで投資信託販売において牽引役を果たしてきたのは大手銀行グループである。今後もタイの投資信託市場が持続的に拡大し得るかについて、(1)オープン・アーキテクチャーが広がる動き、(2)税制優遇を伴う投資制度の役割、(3)海外ファンドが拡大する余地の3点に注目し、考察した。
  3. 1点目のオープン・アーキテクチャーが広がる動きは、健全な販売活動や競争の促進、品揃え拡充ニーズへの対応から既定路線になっており、今後数年間で本格化する見込みである。2点目の税制優遇を伴う投資制度の役割には、官民一体で期待を高めている。背景として、同国で高齢化が急速に進行することが挙げられる。国民全体が退職後の備えを充実できるようにと、民間企業における確定拠出型年金の従業員への提供義務化も予定されている。3点目の海外ファンドが拡大する余地は大きいと見る。同国の経済成長が引き続き期待できるとは言え、経済規模や産業構造などから生じ得る一定の制約に鑑みると、分散投資を伴いながら長期的に高い収益率を実現するには海外ファンドの役割は不可欠だからである。
  4. タイの投資信託市場の持続的拡大には、国民における金融リテラシーの向上、投資教育の強化が欠かせない。政府と業界関係者はその重要性を認識し、一体となって具体的な取り組みに注力し始めている。今後、より多くの同国国民が資産形成に取り組む基盤の形成が進み、投資信託市場の持続的拡大の実現可能性がより高まるか、注目される。
金融イノベーション
時流 2025年にどのようにたどり着くか:財政健全化の今後の道行きについて 上智大学経済学部准教授、日本政策投資銀行設備投資研究所客員主任研究員
中里 透

量的・質的金融緩和の導入から5年、消費税率の8%への引き上げから4年が経過した。この間に物価上昇率はプラスに転じ、財政収支も大幅な改善をみたが、2%の物価安定目標は未達のままであり、基礎的財政収支(プライマリーバランス)の黒字化も達成時期の後ずれが生じている。こうした中、2019年10月には再増税(消費税率の10%への引き上げ)の実施が予定されており、その実施・延期の判断が今秋にもなされる見通しである。
そこで、本稿では財政健全化をめぐるこれまでの経過を振り返り、今後の道行きについて考えてみることとしたい。

投資家と企業との対話ガイドラインの策定とCGコードの改訂 西山 賢吾
  1. 我が国のコーポレートガバナンス改革はここまで一定の成果を上げているが、その水準をさらに高める上で残されている課題に対応するため、2018年6月1日、『投資家と企業との対話ガイドライン』が策定、公表されるとともに、コーポレートガバナンス・コードの改訂が実施された。
  2. 今回のガイドラインとコードの改訂で最も注目されるのは、『資本コストの的確な把握』であろう。今回資本コストの定義や明確な計算方法は示されていないが、重要なことは、資本コストの算出そのものに終始するのではなく、資本コストの計算に用いた各種数値の採用根拠やその背景にある中長期的な経営ビジョンを示し、投資家との対話を深めることである。
  3. 資本コストと並び注目される政策保有株式に関しては、保有すべきではないという意見と、合理性があれば一定量の保有を容認する意見がある。しかし、今回の対話ガイドラインの制定やコードの改訂により、保有の合理性に対し従来以上に納得感のある説明が求められると考えられるため、保有の合理性に乏しい株式の売却を求める声はさらに強まるであろう。
  4. 我が国企業ではコードの各原則について、まず遵守ありきという考えを持つ上場企業が少なくないように見えるが、具体的な対応をせず形式的な遵守に留まるよりは、明確な理由を説明した上で受け入れない原則があるという対応の方が望ましいと考えられる。さらに、これからは「コンプライ・オア・エクスプレイン」ベースから、原則受け入れの諾否にかかわらず企業の姿勢を主体的、かつ明確に示す「コンプライ・アンド・エクスプレイン」ベースでの対応が期待される。
機関投資家が注目し始めた気候関連財務情報
−ESG投資拡大に伴い重要性が高まる積極開示−
板津 直孝
  1. 金融安定理事会(FSB)が設置した気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)は、2017年6月、最終報告書を公表し、投資家やその他のステークホルダーが、重要な気候関連のリスク及び機会が企業にもたらす財務インパクトを理解する上で、有用な情報開示の枠組みを提言した。その後の1年間で、欧米の機関投資家は気候関連の情報開示に対する関心を着実に高めており、日本企業が注視すべき状況になっている。
  2. 背景には、世界各国で拡大し始めたESG(環境、社会、企業投資)投資がある。欧米の機関投資家の多くは、気候変動をポートフォリオの重要なリスク要因に位置づけ、投資で優先すべき一つに掲げている。そして、気候関連の情報開示が不十分な企業に対しては、議決権を行使して改善を求める集団的エンゲージメントや、気候変動に対する取り組みが不十分な企業への投資を引き上げるダイベストメントを拡大している。その対象は、日本企業にも広がっている。
  3. TCFDの最終報告書の公表により、開示の枠組みが提示されたことから、欧米の機関投資家のこうした動きは、具体性を伴ってますます盛んになると考えられる。こうした欧米の気候関連の情報開示に対する顕著な反応は、現在、日本企業が日本国内において得られる感触と大きく異なるため、株主構成において欧米の機関投資家の比率が高い日本企業は、特に注視する必要があろう。
  4. 気候関連の情報開示の国際的な方向性は、財務報告との一元化であり、日本企業にとっては、財務報告と気候関連財務情報との親和性を一層高める準備が必要である。日本企業と欧米の投資家との対話においては、投資家が、TCFDの提言に則した気候関連財務情報開示を期待していることを認識する必要があろう。
持続可能な社会の実現に向けて注目が集まるソーシャルボンド 江夏 あかね
  1. 社会的課題への対処に向けた事業を資金使途とする債券である「ソーシャルボンド」の発行が近年、増加し始めている。ソーシャルボンドは、2006年11月に発行を開始した予防接種のための国際金融ファシリティ(IFFIm)によるワクチン債が初めてとされる。国際資本市場協会(ICMA)によるソーシャルボンド原則(SBP)の存在もあり、2010年代半ば頃から認知度が上がっている。また、本稿でも取り上げた発行事例を踏まえると、発行体セクターは、国際機関、銀行、政府系機関、事業会社と拡大傾向にある。
  2. 日本では2018年6月末現在、国内債として国際協力機構(JICA)、サムライ債としてBPCEが発行している。日本国内の社会的課題のために発行された事例はまだ出ていないが、日本でソーシャルボンドが今後、どのように活用されていくか注目されるところである。
  3. ソーシャルボンドの発行に当たっては、(1)発行体として、社会的課題の解決が経営面での重要課題として位置付けられていること、(2)対象事業がSBPに掲げられるソーシャルプロジェクトに該当し、社会的課題の改善目標及び改善のためのプロセスが明確など、SBPに適合した内容であること、(3)投資家をはじめとしたステークホルダーに対して透明性かつ客観性を確保し、レポーティング等を通じて説明責任を果たすこと、が成功のカギになると考えられる。
ブロックチェーンで拡がるESGをテーマとした資金調達の未来
−オーストリアのフェアブントによるグリーン・シュルトシャイン−
江夏 あかね佐藤 広大
  1. オーストリアの大手電力会社フェアブント(Verbund AG)は2018年4月17日、世界初の取組みとなるブロックチェーン技術を活用した「グリーン・シュルトシャイン」(Grüner Schuldschein)による資金調達を実現させた。
  2. グリーン・シュルトシャインとは、債務証書とも呼ばれるドイツ法に準拠したローンで、調達資金の使途を環境に配慮したプロジェクトとする、環境・社会・ガバナンス(ESG)関連の金融商品である。今般の資金調達に当たっては、ブロックチェーン技術が活用され、発行体から投資家へのプロセスをデジタル化することで、コミュニケーション、透明性、自動化といった観点から、調達プロセスが改善された。
  3. 発行体・投資家等は、プロセスの改善により調達関連コストの縮減や利便性向上といったメリットを享受することとなった。今後、ESGをテーマとした負債性資金調達でも、デジタル・プラットフォームの一環としてブロックチェーン技術の活用が選択肢の1つとなる機会が増える可能性もあろう。
  4. 今般のグリーン・シュルトシャインによる資金調達は、将来的なESG関連データ蓄積・充実化といった観点からも、多くのESG市場参加者に対して考えるきっかけを与える事例になったと言える。
金融危機発生から10年間で再拡大する米連邦住宅貸付銀行制度 岡田 功太
  1. 近年、米連邦住宅貸付銀行制度(FHLBS)のバランスシートが再拡大している。FHLBSの資産は、2008年の金融危機時に約1.35兆ドルとピークに達した後に、2012年にかけて半減し、その後、過去5年間で約1.5倍に増加した。FHLBSは、政府支援企業(GSE)であるが、ファニーメイ及びフレディマックのように、証券化商品の発行・保証を担っているのではなく、住宅ローン貸出支援を目的に、会員である商業銀行等に対して、「アドバンス」と呼ばれる低利の貸出を行っている。
  2. アドバンスの残高は、過去5年間で約1.7倍となり、FHLBSの資産の約65%に相当する規模になった。その要因として、2014年9月に最終化された米国の流動性カバレッジ比率(LCR)が挙げられる。LCRにおける証券担保調達の流出率は、適格流動資産の要件を満たさない資産が担保の場合には100%、GSEとの取引の場合には25%と規定されており、大手米銀にとって、GSEと取引する方が有利であることから、FHLBSからアドバンスの借入額を増加させた。
  3. 他方で、FHLBSの負債も増加傾向にあり、特に、ディスカウント・ノートの発行残高は、過去5年間で約1.8倍となった。その要因として、2014年7月に最終化されたMMF規制が挙げられる。同規制において、FHLBSが発行するディスカウント・ノートは、ガバメントMMFの投資対象資産として分類されたことに加えて、同MMFは2015年7月から約2年間で約1兆ドル増加した。その結果、MMFによるFHLBS債の保有比率は、2011年末の約7%から、2017年末には約20%に増加した。
  4. FHLBSは、1930年代の世界恐慌以降、過去の金融危機において、大手米銀に対してアドバンスを提供することで、連邦準備制度理事会(FRB)に次ぐ最後から2番目の貸し手として、金融システムの安定化に貢献してきた。しかし、現在、FHLBSのバランスシートは再拡大し、特に短期調達比率が上昇したことによって、皮肉なことにFHLBS自身がシステミック・リスクの震源地として懸念材料となっている。つまり、大手米銀及びMMFが有していた同リスクの一部は、金融規制の進展によって、FHLBSにシフトしているとも言える。2008年の金融危機から10年が経過した現在、改めて、金融システムにとって最適な規制枠組みの構築が必要であると言えよう。
EUにおけるマクロプルーデンス政策
−世界に先駆ける実践的な取組み−
小立 敬
  1. 金融危機以降、世界の中央銀行や金融規制当局において金融システムの安定を政策目標とするマクロプルーデンス政策の重要性がより強く認識されている。EUでは、欧州システミック・リスク理事会(ESRB)のイニシアティブの下、マクロプルーデンス政策を実行するための域内共通の枠組みが整備され、加盟国では新たな政策ツールの適用も始まっている。
  2. 実際に加盟国で適用されている主なマクロプルーデンス・ツールとしては、代表的な政策ツールに位置づけられるバーゼルIIIのカウンターシクリカル・バッファー(CCyB)が7カ国で実施されている。システミック・リスクに対応するために自己資本の上乗せを要求するEU独自のシステミック・リスク・バッファー(SyRB)も14カ国で導入されている。担保評価額に対する融資の比率を表すLTVや債務者所得に対する債務返済額の比率を表すDSTIに上限を設定する国も多く、LTVリミットは17カ国において採用されている。
  3. マクロプルーデンス・ツールの適用に関する実務をみると、加盟国の間で違いが窺われる。例えば、CCyBのオペレーションに関しては、水準の設定に責任を有する当局、情報開示、政策目標、ルールか裁量かという運営方法、中立的なバッファーの水準、コア指標、フォワード・ガイダンスといった点において、加盟国によって対応や考え方が大きく異なる。今後、加盟国がマクロプルーデンス・ツールの適用の経験を積み重ねていく中で、加盟国間の差異が解消されていくのかどうかが注目されるところである。
  4. EUのマクロプルーデンス政策は、実行段階に入ったばかりとはいえ、世界に先駆ける実践的な取組みのように窺われる。EUの経験は今後、EU以外の国・地域に対しても議論の材料を提供していくことを通じて、マクロプルーデンス政策に係るグローバルな知見を高めていくことになるだろう。EUにおけるマクロプルーデンス政策は引続き注目していくべき重要な取組みである。
米モルガン・スタンレーのウェルス・マネジメント部門の取り組み 岡田 功太木下 生悟
  1. 米国モルガン・スタンレーのウェルス・マネジメント部門は、競合他社を上回る預かり資産や営業員数を有し、同社の主力ビジネスとしてグループを牽引している。2008年の金融危機以降、事業の選択と集中を進めるシティ・グループからのスミス・バーニー買収によって、同部門の基盤が形成された。また、同年に銀行持株会社への変更が行われたが、これにより、資産運用関連のサービスに加えて、預金の受け入れと融資も提供して家計全体にアプローチすることが可能となった。
  2. 同部門では、一貫して収益構造の改革に取り組んでいる。所属する営業員数及び店舗数の大幅な削減と同時に、顧客層を富裕層にシフトし、営業員一人当たりの預かり資産を増加させることで収益性を向上させている。営業員数は2009年末から約13%減少し、店舗数は同期間で約33%減少した。これらの結果、営業員一人当たりの収益が、過去8年間で約2倍となった。
  3. また、収益安定化や顧客との関係構築の強化に向け、顧客の資産残高に応じて手数料を得る残高フィー型サービスの提供に注力している。預かり資産総額に占める残高フィー型サービスの割合は、2009年末の約25%から2017年末には約45%に増加した。更に、営業員のサポートを主眼としたデジタル戦略に取り組み、自社開発に拘らず、他社との提携によって、より高度で効率的なデジタル戦略を採用する方向性を示している。
  4. モルガン・スタンレーは、ジェームズ・ゴーマン会長兼CEOの指揮の下、これまで一貫してウェルス・マネジメント部門の営業収益の利益率の増加という明確な経営目標を設定し、実行し続けてきた。引き続き収益性の向上を掲げており、今後も同部門の動向が注目される。
キャッシュレス化と決済改革 淵田 康之
  1. 今日、諸外国では一連の決済改革を通じて、キャッシュレス化が進展している。決済改革の柱は、銀行界による統一的なモバイル個人間送金サービスの導入や、決済関連FinTechの台頭を踏まえた、制度及びインフラの抜本的な見直しである。
  2. 英国では、2000年代に入り、政府主導の改革が展開され、2014年には銀行界による統一モバイル個人間送金サービスが導入された。
  3. さらに2016年末には将来戦略が策定され、新決済インフラの構築が始まった。2018年には、インフラの運営を担う、新決済ガバナンス機関が始動している。また歴史上初めて、ノンバンクによる、銀行間決済システムと中央銀行システムへの直接アクセスも実現した。
  4. 米国においても、銀行界によるモバイル個人間送金サービスが普及しつつある。また英国同様、将来ビジョンが策定され、新決済インフラが構築されつつある。2018年夏には、インフラの運営を担う新決済ガバナンス機関が設立される。
  5. シンガポールは、2016年8月に決済改革のロードマップを発表した。2017年には銀行界の統一的なモバイル決済サービス、PayNowが導入され、FinTechやユーザー代表も参加するPayments Councilも設置された。2018年には、新決済法が制定される予定である。
  6. シンガポールの新決済法案では、決済業者や決済システムに対し、インターオペラビリティの確保を義務づける規定が盛り込まれている。
  7. わが国では、2018年7月に「キャッシュレス推進協議会」が設立され、QRコードの標準化の検討が始まる。同協議会は、英国、米国、シンガポールにおける「決済ガバナンス機関」に似た面もあるが、位置づけは全く異なる。キャッシュレス化を真に推進するためには、銀行界の統一的モバイル個人間送金サービスの導入や、決済法制の抜本的な改革、決済インフラの見直しが不可欠である。
初の国内公募外貨建社債発行の意義 佐藤 淳
  1. 野村総合研究所は2018年3月、国内公募豪ドル建社債を発行した。これは、日本企業が初めて国内公募市場において外貨建で発行した社債である。
  2. 日本社会が成熟化し、経済成長率が低位安定で推移する中、日本企業の事業活動のグローバル化が進んでいる。海外企業を対象にした大型M&Aの増加は、グローバルな競争を有利に進めようという企業の経営判断の現れであり、多くの中堅・中小企業にとっても海外活動の拡大は重要課題となっている。
  3. そうした環境下、外貨建資産の増加にマッチした負債調達の多通貨化、簡便化の意義は大きい。今後、この枠組みを通じて、成長期待の高いタイやインドネシア等の現地法人向けのファイナンスが実施されることも考えられる。更に、アーリーステージ企業の資金調達手段として発展する可能性もある。
  4. 投資家にとっても、国内公募外貨建社債は、外貨建運用の新たな選択肢となる。投資対象が国内企業であれば状況を把握しやすいため、発行体の信用力を効率的に判断しつつ、成長力の高い新興国の通貨での運用を行うことも可能となる。今後の展開が注目される。
日本企業のM&Aにおけるプライベート・エクイティの台頭と今後の展望 吉川 浩史
  1. 近年の日本ではM&A件数・金額が増えており、特にプライベート・エクイティ(PE)の関与する案件の増加が顕著である。
  2. PEの関与するM&Aでは、成熟企業の事業再編に伴い売却される子会社・事業部門や、後継者が不在の中小・零細企業に対する買収が増加している。いずれのケースでもPEには資金に加え、買収後の成長戦略の策定・実行が期待されることが多い。
  3. 広義のPEとして、企業や大学の運用するベンチャー・キャピタルによるベンチャー企業投資も活発化している。今後は、投資先のエグジット(投資回収)時に、買い手としてのPEへのニーズが高まる可能性もある。
  4. 近年は地方創生の観点から、地域産業の振興や観光資源の開発を通じた地域経済の活性化を目的に、自治体、地域金融機関、地域企業等が出資するファンドが地域の企業・事業者に出資する案件もみられる。
  5. PEが関与するM&Aの増加の背景には、企業等からPEが企業価値向上に取り組むパートナーとみられ始めたこともあろう。足元では米系PEによるアジア地域を対象とする大型ファンドの組成が相次ぐが、日系PEの組成は活発とは言えない。経済の新陳代謝を促すためにも、日系PEによる規模拡大とM&Aのさらなる活発化が期待される。
相続制度をめぐる新たな動き
−相続税改正2年目の影響と40年ぶりの改正が決まった相続法−
宮本 佐知子
  1. 相続に対する関心が高まっている。人口動態上、相続を経験する人が増えていることが背景にある。加えて、地価の大幅下落等への対応や格差の固定化防止等の観点から、相続税が2015年から改正されたことや、高齢社会の実情を反映するために、民法の相続に関する規定(相続法)が40年ぶりに改正されることになり、広く耳目を集めていることも挙げられる。本稿では、まず2018年夏に公表された2016年の相続税統計の分析結果を示し、次に2018年7月に決定された相続法改正の注目点を示した上で、金融機関への示唆を検討する。
  2. 相続税については、2015年からの改正では、現行制度の下で初めて基礎控除額が引き下げられたため相続税課税対象者が増加し、課税割合は2015年に続いて2016年も過去最高を更新した。課税割合が増加した地域は、大都市圏のみならず地方圏でも増えており、総じて相続税改正の影響は更に広がっている。
  3. 相続法については、今般の改正では、残された配偶者が生活に困窮することを防ぐための仕組み作りが進められることになった。高齢社会の実情に合わせ、遺留分侵害額請求権や預貯金の仮払い制度など、相続をめぐる揉め事を回避しやすくする仕組みも整えられた。相続人以外の親族に対しても、故人の介護をめぐり認められにくい部分を補う配慮もなされた。この他、自筆証書遺言を法務局で保管し情報の管理を行う制度も新設されることになった。
  4. 多くの金融機関では、相続資産市場を重要な戦略市場に位置づけていることから、相続制度をめぐる新たな動きには注目しておくべきである。これらの改正は、総じて多くの人に影響が及び、相続を意識する人も一層増えていると考えられる。金融機関では、このような個人顧客側での意識の高まりを踏まえ、相続税および相続法の改正に係る正確な情報を提供することと、その上で、相続・贈与をめぐる顧客の金融ニーズを丁寧に引き出し、個々人の事情を踏まえた適切な提案を行うことが重要である。
発足5年目を迎えたNISA
−これまでの利用状況と普及へ向けた課題−
宮本 佐知子
  1. 2014年1月に開始された少額投資非課税制度(NISA)は、開始直後は投資経験者を中心に口座数が急増したが、その後は伸びが鈍化しており、普及へ向けた課題も多い。本稿ではまず、NISAの概要と2017年12月末時点の利用状況を示し、次に制度の設立背景と今後の普及へ向けた課題を論じる。
  2. NISAは現在、3種類あり、成年を対象とした「一般NISA」、積立投資に特化した「つみたてNISA」、そして未成年を対象とした「ジュニアNISA」がある。制度開始直後は一般NISAのみの取扱であり、2017年12月末時点での一般NISAの口座数は1,099万2,733口座、総買付額は12兆5,325億円である。また、一般NISAの普及率は対象人口の10.5%である。
  3. NISAは利用者にとっては複雑な仕組みになっている。これは、証券優遇税制を廃止し、配当・譲渡益の税率を10%から20%へ引き上げる際の激変緩和措置として導入されたという経緯と、政府関係者間での様々な思惑が絡んだ結果といえる。他方、それでも急速に普及が進んだ背景として、官民をあげた努力は見逃せない。
  4. 今後の普及へ向けた課題も多い。NISAを使いやすくするためには、家計の安定的な資産形成を支援するというNISAのそもそもの導入目的に立ち返り、簡素で分かりやすい制度にすべきであろう。現行制度を基に改善を進めるうえで特に急ぐべきは、「制度の恒久化」「スイッチングの認可」「相続時の対応」である。さらに、NISAの新規利用者を広げるにはより直接的な税制面でのアピールも必要になろう。
  5. 金融機関にとっては、まず現行制度の範囲内での真摯な取り組みは重要である。税制優遇が付されたNISAは、新規顧客開拓のための「ドアノック商品」としても利用価値は高い。金融機関にとって、家計の資産形成を支援することは、顧客本位の業務運営を進める上で求められている役割の一つだろう。
金融業への外資出資比率の緩和と同時に株主管理を強化する中国政府の動き 関根 栄一
  1. 2018年4月の中国・海南省で開催されたボアオ・アジアフォーラムでの習近平国家主席による対外開放の継続・拡大に関するスピーチを受け、中国人民銀行・易鋼総裁は、金融業の対外開放に関する12項目を発表し、2017年11月の米中首脳会談等での中国政府の公約内容を更に拡大し、期限を区切って実施することを確約した。
  2. 金融業の開放のうち、証券業では、従来の外資出資上限49%の51%への引き上げと3年後の撤廃とともに、業務範囲の拡大を容認した。保険業では、生命保険業への外資出資比率の緩和を前倒しで実現し、保険関連業務での国内資本との同一性を確保した。銀行業では、貸出債権の株式化に伴う受け皿会社への出資など、新規業務での外資進出を容認した。
  3. 対外開放の一方で、中国政府は過去の事件を教訓に、金融業に出資する株主への管理監督を強化する方針である。そのうち、証券業では、従来の「5%以上の保有株主」、「25%以上を保有する等の主要株主」に加えて、「5%未満の保有株主」と「50%以上を保有する等の支配株主」を加えて、株主を四つに分類し、保有比率が多いほど満たすべき基準を強化する方針である。
  4. また、中国では、既に50〜60社に上ると見られる金融持株会社に対する管理監督体制が整っておらず、グループ内の資金循環や関連取引、複雑な株主構成による大株主の権利濫用、銀行・保険・証券という業態別規制のアービトラージが発生し、レバレッジを効かせるなどして金融市場での潜在的なシステミックリスクを高めている。
  5. このため、2017年には業態別の管理監督の内閣レベルの調整機関として「国務院金融安定発展委員会」が創設され、2018年3月には銀行と保険の管理監督機関が統合され、「中国銀行保険監督管理委員会」が新たに発足し、それぞれ幹部人事の手当てもなされている。
  6. 金融業の対外開放の新たな方針の下、証券業では既に出資している外資持分の引き上げや、保険業では外資の新規進出や異業種の国内資本の進出が出始めている。3年後の2021年を目標に設定した金融業の対外開放の促進とシステミックリスクの発生防止に向け、中国政府にはバランスの取れた政策運営が求められている。
中国におけるハイテク企業を対象とする上場制度改革
−レッドチップ企業による中国預託証券(CDR)の発行が可能に−
関 志雄
  1. 近年、中国では、情報通信などの分野における技術革新を背景に、アリババ、テンセント、バイドゥなど、ニューエコノミーを牽引するハイテク企業が相次いで現れている。しかし、資本市場の改革は遅れているため、これらの企業は、レッドチップ企業として、ニューヨークなどの海外市場に上場している。また、急成長している多くのユニコーン企業も、海外上場の準備を進めている。
  2. 資本市場の活性化とニューエコノミーの更なる発展を促すべく、中国政府は、これらの企業が国内で上場できるように、環境整備を進めている。その大きな一歩として、当局はすでに海外市場に上場しているレッドチップ企業と、ユニコーン企業が中国国内市場に上場するための新しいルールを提示している。それにより、海外で登記しているハイテク企業でも、一定の条件を満たせば、株式、または海外で発行した株式などの証券に裏付けられる中国預託証券(CDR)を、国内市場に上場させることが可能になる。
タイの投資信託市場の展望と課題
−持続的な拡大をもたらし得る3つの要因−
井潟 正彦佐藤 広大
  1. 近年、タイの証券市場は活況を呈しているが、特に目を引くのが投資信託の拡大である。同国の2017年末投資信託残高は約5兆バーツ(約17兆円)で、過去5年間で年率約13.0%の成長を遂げ、ASEAN(東南アジア諸国連合)の投資信託市場の中でも抜きんでる存在になりつつある。
  2. これまで投資信託販売において牽引役を果たしてきたのは大手銀行グループである。今後もタイの投資信託市場が持続的に拡大し得るかについて、(1)オープン・アーキテクチャーが広がる動き、(2)税制優遇を伴う投資制度の役割、(3)海外ファンドが拡大する余地の3点に注目し、考察した。
  3. 1点目のオープン・アーキテクチャーが広がる動きは、健全な販売活動や競争の促進、品揃え拡充ニーズへの対応から既定路線になっており、今後数年間で本格化する見込みである。2点目の税制優遇を伴う投資制度の役割には、官民一体で期待を高めている。背景として、同国で高齢化が急速に進行することが挙げられる。国民全体が退職後の備えを充実できるようにと、民間企業における確定拠出型年金の従業員への提供義務化も予定されている。3点目の海外ファンドが拡大する余地は大きいと見る。同国の経済成長が引き続き期待できるとは言え、経済規模や産業構造などから生じ得る一定の制約に鑑みると、分散投資を伴いながら長期的に高い収益率を実現するには海外ファンドの役割は不可欠だからである。
  4. タイの投資信託市場の持続的拡大には、国民における金融リテラシーの向上、投資教育の強化が欠かせない。政府と業界関係者はその重要性を認識し、一体となって具体的な取り組みに注力し始めている。今後、より多くの同国国民が資産形成に取り組む基盤の形成が進み、投資信託市場の持続的拡大の実現可能性がより高まるか、注目される。
要約
時流 2025年にどのようにたどり着くか:財政健全化の今後の道行きについて 上智大学経済学部准教授、日本政策投資銀行設備投資研究所客員主任研究員
中里 透

量的・質的金融緩和の導入から5年、消費税率の8%への引き上げから4年が経過した。この間に物価上昇率はプラスに転じ、財政収支も大幅な改善をみたが、2%の物価安定目標は未達のままであり、基礎的財政収支(プライマリーバランス)の黒字化も達成時期の後ずれが生じている。こうした中、2019年10月には再増税(消費税率の10%への引き上げ)の実施が予定されており、その実施・延期の判断が今秋にもなされる見通しである。
そこで、本稿では財政健全化をめぐるこれまでの経過を振り返り、今後の道行きについて考えてみることとしたい。

投資家と企業との対話ガイドラインの策定とCGコードの改訂 西山 賢吾
  1. 我が国のコーポレートガバナンス改革はここまで一定の成果を上げているが、その水準をさらに高める上で残されている課題に対応するため、2018年6月1日、『投資家と企業との対話ガイドライン』が策定、公表されるとともに、コーポレートガバナンス・コードの改訂が実施された。
  2. 今回のガイドラインとコードの改訂で最も注目されるのは、『資本コストの的確な把握』であろう。今回資本コストの定義や明確な計算方法は示されていないが、重要なことは、資本コストの算出そのものに終始するのではなく、資本コストの計算に用いた各種数値の採用根拠やその背景にある中長期的な経営ビジョンを示し、投資家との対話を深めることである。
  3. 資本コストと並び注目される政策保有株式に関しては、保有すべきではないという意見と、合理性があれば一定量の保有を容認する意見がある。しかし、今回の対話ガイドラインの制定やコードの改訂により、保有の合理性に対し従来以上に納得感のある説明が求められると考えられるため、保有の合理性に乏しい株式の売却を求める声はさらに強まるであろう。
  4. 我が国企業ではコードの各原則について、まず遵守ありきという考えを持つ上場企業が少なくないように見えるが、具体的な対応をせず形式的な遵守に留まるよりは、明確な理由を説明した上で受け入れない原則があるという対応の方が望ましいと考えられる。さらに、これからは「コンプライ・オア・エクスプレイン」ベースから、原則受け入れの諾否にかかわらず企業の姿勢を主体的、かつ明確に示す「コンプライ・アンド・エクスプレイン」ベースでの対応が期待される。
機関投資家が注目し始めた気候関連財務情報
−ESG投資拡大に伴い重要性が高まる積極開示−
板津 直孝
  1. 金融安定理事会(FSB)が設置した気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)は、2017年6月、最終報告書を公表し、投資家やその他のステークホルダーが、重要な気候関連のリスク及び機会が企業にもたらす財務インパクトを理解する上で、有用な情報開示の枠組みを提言した。その後の1年間で、欧米の機関投資家は気候関連の情報開示に対する関心を着実に高めており、日本企業が注視すべき状況になっている。
  2. 背景には、世界各国で拡大し始めたESG(環境、社会、企業投資)投資がある。欧米の機関投資家の多くは、気候変動をポートフォリオの重要なリスク要因に位置づけ、投資で優先すべき一つに掲げている。そして、気候関連の情報開示が不十分な企業に対しては、議決権を行使して改善を求める集団的エンゲージメントや、気候変動に対する取り組みが不十分な企業への投資を引き上げるダイベストメントを拡大している。その対象は、日本企業にも広がっている。
  3. TCFDの最終報告書の公表により、開示の枠組みが提示されたことから、欧米の機関投資家のこうした動きは、具体性を伴ってますます盛んになると考えられる。こうした欧米の気候関連の情報開示に対する顕著な反応は、現在、日本企業が日本国内において得られる感触と大きく異なるため、株主構成において欧米の機関投資家の比率が高い日本企業は、特に注視する必要があろう。
  4. 気候関連の情報開示の国際的な方向性は、財務報告との一元化であり、日本企業にとっては、財務報告と気候関連財務情報との親和性を一層高める準備が必要である。日本企業と欧米の投資家との対話においては、投資家が、TCFDの提言に則した気候関連財務情報開示を期待していることを認識する必要があろう。
持続可能な社会の実現に向けて注目が集まるソーシャルボンド 江夏 あかね
  1. 社会的課題への対処に向けた事業を資金使途とする債券である「ソーシャルボンド」の発行が近年、増加し始めている。ソーシャルボンドは、2006年11月に発行を開始した予防接種のための国際金融ファシリティ(IFFIm)によるワクチン債が初めてとされる。国際資本市場協会(ICMA)によるソーシャルボンド原則(SBP)の存在もあり、2010年代半ば頃から認知度が上がっている。また、本稿でも取り上げた発行事例を踏まえると、発行体セクターは、国際機関、銀行、政府系機関、事業会社と拡大傾向にある。
  2. 日本では2018年6月末現在、国内債として国際協力機構(JICA)、サムライ債としてBPCEが発行している。日本国内の社会的課題のために発行された事例はまだ出ていないが、日本でソーシャルボンドが今後、どのように活用されていくか注目されるところである。
  3. ソーシャルボンドの発行に当たっては、(1)発行体として、社会的課題の解決が経営面での重要課題として位置付けられていること、(2)対象事業がSBPに掲げられるソーシャルプロジェクトに該当し、社会的課題の改善目標及び改善のためのプロセスが明確など、SBPに適合した内容であること、(3)投資家をはじめとしたステークホルダーに対して透明性かつ客観性を確保し、レポーティング等を通じて説明責任を果たすこと、が成功のカギになると考えられる。
ブロックチェーンで拡がるESGをテーマとした資金調達の未来
−オーストリアのフェアブントによるグリーン・シュルトシャイン−
江夏 あかね佐藤 広大
  1. オーストリアの大手電力会社フェアブント(Verbund AG)は2018年4月17日、世界初の取組みとなるブロックチェーン技術を活用した「グリーン・シュルトシャイン」(Grüner Schuldschein)による資金調達を実現させた。
  2. グリーン・シュルトシャインとは、債務証書とも呼ばれるドイツ法に準拠したローンで、調達資金の使途を環境に配慮したプロジェクトとする、環境・社会・ガバナンス(ESG)関連の金融商品である。今般の資金調達に当たっては、ブロックチェーン技術が活用され、発行体から投資家へのプロセスをデジタル化することで、コミュニケーション、透明性、自動化といった観点から、調達プロセスが改善された。
  3. 発行体・投資家等は、プロセスの改善により調達関連コストの縮減や利便性向上といったメリットを享受することとなった。今後、ESGをテーマとした負債性資金調達でも、デジタル・プラットフォームの一環としてブロックチェーン技術の活用が選択肢の1つとなる機会が増える可能性もあろう。
  4. 今般のグリーン・シュルトシャインによる資金調達は、将来的なESG関連データ蓄積・充実化といった観点からも、多くのESG市場参加者に対して考えるきっかけを与える事例になったと言える。
金融危機発生から10年間で再拡大する米連邦住宅貸付銀行制度 岡田 功太
  1. 近年、米連邦住宅貸付銀行制度(FHLBS)のバランスシートが再拡大している。FHLBSの資産は、2008年の金融危機時に約1.35兆ドルとピークに達した後に、2012年にかけて半減し、その後、過去5年間で約1.5倍に増加した。FHLBSは、政府支援企業(GSE)であるが、ファニーメイ及びフレディマックのように、証券化商品の発行・保証を担っているのではなく、住宅ローン貸出支援を目的に、会員である商業銀行等に対して、「アドバンス」と呼ばれる低利の貸出を行っている。
  2. アドバンスの残高は、過去5年間で約1.7倍となり、FHLBSの資産の約65%に相当する規模になった。その要因として、2014年9月に最終化された米国の流動性カバレッジ比率(LCR)が挙げられる。LCRにおける証券担保調達の流出率は、適格流動資産の要件を満たさない資産が担保の場合には100%、GSEとの取引の場合には25%と規定されており、大手米銀にとって、GSEと取引する方が有利であることから、FHLBSからアドバンスの借入額を増加させた。
  3. 他方で、FHLBSの負債も増加傾向にあり、特に、ディスカウント・ノートの発行残高は、過去5年間で約1.8倍となった。その要因として、2014年7月に最終化されたMMF規制が挙げられる。同規制において、FHLBSが発行するディスカウント・ノートは、ガバメントMMFの投資対象資産として分類されたことに加えて、同MMFは2015年7月から約2年間で約1兆ドル増加した。その結果、MMFによるFHLBS債の保有比率は、2011年末の約7%から、2017年末には約20%に増加した。
  4. FHLBSは、1930年代の世界恐慌以降、過去の金融危機において、大手米銀に対してアドバンスを提供することで、連邦準備制度理事会(FRB)に次ぐ最後から2番目の貸し手として、金融システムの安定化に貢献してきた。しかし、現在、FHLBSのバランスシートは再拡大し、特に短期調達比率が上昇したことによって、皮肉なことにFHLBS自身がシステミック・リスクの震源地として懸念材料となっている。つまり、大手米銀及びMMFが有していた同リスクの一部は、金融規制の進展によって、FHLBSにシフトしているとも言える。2008年の金融危機から10年が経過した現在、改めて、金融システムにとって最適な規制枠組みの構築が必要であると言えよう。
EUにおけるマクロプルーデンス政策
−世界に先駆ける実践的な取組み−
小立 敬
  1. 金融危機以降、世界の中央銀行や金融規制当局において金融システムの安定を政策目標とするマクロプルーデンス政策の重要性がより強く認識されている。EUでは、欧州システミック・リスク理事会(ESRB)のイニシアティブの下、マクロプルーデンス政策を実行するための域内共通の枠組みが整備され、加盟国では新たな政策ツールの適用も始まっている。
  2. 実際に加盟国で適用されている主なマクロプルーデンス・ツールとしては、代表的な政策ツールに位置づけられるバーゼルIIIのカウンターシクリカル・バッファー(CCyB)が7カ国で実施されている。システミック・リスクに対応するために自己資本の上乗せを要求するEU独自のシステミック・リスク・バッファー(SyRB)も14カ国で導入されている。担保評価額に対する融資の比率を表すLTVや債務者所得に対する債務返済額の比率を表すDSTIに上限を設定する国も多く、LTVリミットは17カ国において採用されている。
  3. マクロプルーデンス・ツールの適用に関する実務をみると、加盟国の間で違いが窺われる。例えば、CCyBのオペレーションに関しては、水準の設定に責任を有する当局、情報開示、政策目標、ルールか裁量かという運営方法、中立的なバッファーの水準、コア指標、フォワード・ガイダンスといった点において、加盟国によって対応や考え方が大きく異なる。今後、加盟国がマクロプルーデンス・ツールの適用の経験を積み重ねていく中で、加盟国間の差異が解消されていくのかどうかが注目されるところである。
  4. EUのマクロプルーデンス政策は、実行段階に入ったばかりとはいえ、世界に先駆ける実践的な取組みのように窺われる。EUの経験は今後、EU以外の国・地域に対しても議論の材料を提供していくことを通じて、マクロプルーデンス政策に係るグローバルな知見を高めていくことになるだろう。EUにおけるマクロプルーデンス政策は引続き注目していくべき重要な取組みである。
米モルガン・スタンレーのウェルス・マネジメント部門の取り組み 岡田 功太木下 生悟
  1. 米国モルガン・スタンレーのウェルス・マネジメント部門は、競合他社を上回る預かり資産や営業員数を有し、同社の主力ビジネスとしてグループを牽引している。2008年の金融危機以降、事業の選択と集中を進めるシティ・グループからのスミス・バーニー買収によって、同部門の基盤が形成された。また、同年に銀行持株会社への変更が行われたが、これにより、資産運用関連のサービスに加えて、預金の受け入れと融資も提供して家計全体にアプローチすることが可能となった。
  2. 同部門では、一貫して収益構造の改革に取り組んでいる。所属する営業員数及び店舗数の大幅な削減と同時に、顧客層を富裕層にシフトし、営業員一人当たりの預かり資産を増加させることで収益性を向上させている。営業員数は2009年末から約13%減少し、店舗数は同期間で約33%減少した。これらの結果、営業員一人当たりの収益が、過去8年間で約2倍となった。
  3. また、収益安定化や顧客との関係構築の強化に向け、顧客の資産残高に応じて手数料を得る残高フィー型サービスの提供に注力している。預かり資産総額に占める残高フィー型サービスの割合は、2009年末の約25%から2017年末には約45%に増加した。更に、営業員のサポートを主眼としたデジタル戦略に取り組み、自社開発に拘らず、他社との提携によって、より高度で効率的なデジタル戦略を採用する方向性を示している。
  4. モルガン・スタンレーは、ジェームズ・ゴーマン会長兼CEOの指揮の下、これまで一貫してウェルス・マネジメント部門の営業収益の利益率の増加という明確な経営目標を設定し、実行し続けてきた。引き続き収益性の向上を掲げており、今後も同部門の動向が注目される。
キャッシュレス化と決済改革 淵田 康之
  1. 今日、諸外国では一連の決済改革を通じて、キャッシュレス化が進展している。決済改革の柱は、銀行界による統一的なモバイル個人間送金サービスの導入や、決済関連FinTechの台頭を踏まえた、制度及びインフラの抜本的な見直しである。
  2. 英国では、2000年代に入り、政府主導の改革が展開され、2014年には銀行界による統一モバイル個人間送金サービスが導入された。
  3. さらに2016年末には将来戦略が策定され、新決済インフラの構築が始まった。2018年には、インフラの運営を担う、新決済ガバナンス機関が始動している。また歴史上初めて、ノンバンクによる、銀行間決済システムと中央銀行システムへの直接アクセスも実現した。
  4. 米国においても、銀行界によるモバイル個人間送金サービスが普及しつつある。また英国同様、将来ビジョンが策定され、新決済インフラが構築されつつある。2018年夏には、インフラの運営を担う新決済ガバナンス機関が設立される。
  5. シンガポールは、2016年8月に決済改革のロードマップを発表した。2017年には銀行界の統一的なモバイル決済サービス、PayNowが導入され、FinTechやユーザー代表も参加するPayments Councilも設置された。2018年には、新決済法が制定される予定である。
  6. シンガポールの新決済法案では、決済業者や決済システムに対し、インターオペラビリティの確保を義務づける規定が盛り込まれている。
  7. わが国では、2018年7月に「キャッシュレス推進協議会」が設立され、QRコードの標準化の検討が始まる。同協議会は、英国、米国、シンガポールにおける「決済ガバナンス機関」に似た面もあるが、位置づけは全く異なる。キャッシュレス化を真に推進するためには、銀行界の統一的モバイル個人間送金サービスの導入や、決済法制の抜本的な改革、決済インフラの見直しが不可欠である。
初の国内公募外貨建社債発行の意義 佐藤 淳
  1. 野村総合研究所は2018年3月、国内公募豪ドル建社債を発行した。これは、日本企業が初めて国内公募市場において外貨建で発行した社債である。
  2. 日本社会が成熟化し、経済成長率が低位安定で推移する中、日本企業の事業活動のグローバル化が進んでいる。海外企業を対象にした大型M&Aの増加は、グローバルな競争を有利に進めようという企業の経営判断の現れであり、多くの中堅・中小企業にとっても海外活動の拡大は重要課題となっている。
  3. そうした環境下、外貨建資産の増加にマッチした負債調達の多通貨化、簡便化の意義は大きい。今後、この枠組みを通じて、成長期待の高いタイやインドネシア等の現地法人向けのファイナンスが実施されることも考えられる。更に、アーリーステージ企業の資金調達手段として発展する可能性もある。
  4. 投資家にとっても、国内公募外貨建社債は、外貨建運用の新たな選択肢となる。投資対象が国内企業であれば状況を把握しやすいため、発行体の信用力を効率的に判断しつつ、成長力の高い新興国の通貨での運用を行うことも可能となる。今後の展開が注目される。
日本企業のM&Aにおけるプライベート・エクイティの台頭と今後の展望 吉川 浩史
  1. 近年の日本ではM&A件数・金額が増えており、特にプライベート・エクイティ(PE)の関与する案件の増加が顕著である。
  2. PEの関与するM&Aでは、成熟企業の事業再編に伴い売却される子会社・事業部門や、後継者が不在の中小・零細企業に対する買収が増加している。いずれのケースでもPEには資金に加え、買収後の成長戦略の策定・実行が期待されることが多い。
  3. 広義のPEとして、企業や大学の運用するベンチャー・キャピタルによるベンチャー企業投資も活発化している。今後は、投資先のエグジット(投資回収)時に、買い手としてのPEへのニーズが高まる可能性もある。
  4. 近年は地方創生の観点から、地域産業の振興や観光資源の開発を通じた地域経済の活性化を目的に、自治体、地域金融機関、地域企業等が出資するファンドが地域の企業・事業者に出資する案件もみられる。
  5. PEが関与するM&Aの増加の背景には、企業等からPEが企業価値向上に取り組むパートナーとみられ始めたこともあろう。足元では米系PEによるアジア地域を対象とする大型ファンドの組成が相次ぐが、日系PEの組成は活発とは言えない。経済の新陳代謝を促すためにも、日系PEによる規模拡大とM&Aのさらなる活発化が期待される。
相続制度をめぐる新たな動き
−相続税改正2年目の影響と40年ぶりの改正が決まった相続法−
宮本 佐知子
  1. 相続に対する関心が高まっている。人口動態上、相続を経験する人が増えていることが背景にある。加えて、地価の大幅下落等への対応や格差の固定化防止等の観点から、相続税が2015年から改正されたことや、高齢社会の実情を反映するために、民法の相続に関する規定(相続法)が40年ぶりに改正されることになり、広く耳目を集めていることも挙げられる。本稿では、まず2018年夏に公表された2016年の相続税統計の分析結果を示し、次に2018年7月に決定された相続法改正の注目点を示した上で、金融機関への示唆を検討する。
  2. 相続税については、2015年からの改正では、現行制度の下で初めて基礎控除額が引き下げられたため相続税課税対象者が増加し、課税割合は2015年に続いて2016年も過去最高を更新した。課税割合が増加した地域は、大都市圏のみならず地方圏でも増えており、総じて相続税改正の影響は更に広がっている。
  3. 相続法については、今般の改正では、残された配偶者が生活に困窮することを防ぐための仕組み作りが進められることになった。高齢社会の実情に合わせ、遺留分侵害額請求権や預貯金の仮払い制度など、相続をめぐる揉め事を回避しやすくする仕組みも整えられた。相続人以外の親族に対しても、故人の介護をめぐり認められにくい部分を補う配慮もなされた。この他、自筆証書遺言を法務局で保管し情報の管理を行う制度も新設されることになった。
  4. 多くの金融機関では、相続資産市場を重要な戦略市場に位置づけていることから、相続制度をめぐる新たな動きには注目しておくべきである。これらの改正は、総じて多くの人に影響が及び、相続を意識する人も一層増えていると考えられる。金融機関では、このような個人顧客側での意識の高まりを踏まえ、相続税および相続法の改正に係る正確な情報を提供することと、その上で、相続・贈与をめぐる顧客の金融ニーズを丁寧に引き出し、個々人の事情を踏まえた適切な提案を行うことが重要である。
発足5年目を迎えたNISA
−これまでの利用状況と普及へ向けた課題−
宮本 佐知子
  1. 2014年1月に開始された少額投資非課税制度(NISA)は、開始直後は投資経験者を中心に口座数が急増したが、その後は伸びが鈍化しており、普及へ向けた課題も多い。本稿ではまず、NISAの概要と2017年12月末時点の利用状況を示し、次に制度の設立背景と今後の普及へ向けた課題を論じる。
  2. NISAは現在、3種類あり、成年を対象とした「一般NISA」、積立投資に特化した「つみたてNISA」、そして未成年を対象とした「ジュニアNISA」がある。制度開始直後は一般NISAのみの取扱であり、2017年12月末時点での一般NISAの口座数は1,099万2,733口座、総買付額は12兆5,325億円である。また、一般NISAの普及率は対象人口の10.5%である。
  3. NISAは利用者にとっては複雑な仕組みになっている。これは、証券優遇税制を廃止し、配当・譲渡益の税率を10%から20%へ引き上げる際の激変緩和措置として導入されたという経緯と、政府関係者間での様々な思惑が絡んだ結果といえる。他方、それでも急速に普及が進んだ背景として、官民をあげた努力は見逃せない。
  4. 今後の普及へ向けた課題も多い。NISAを使いやすくするためには、家計の安定的な資産形成を支援するというNISAのそもそもの導入目的に立ち返り、簡素で分かりやすい制度にすべきであろう。現行制度を基に改善を進めるうえで特に急ぐべきは、「制度の恒久化」「スイッチングの認可」「相続時の対応」である。さらに、NISAの新規利用者を広げるにはより直接的な税制面でのアピールも必要になろう。
  5. 金融機関にとっては、まず現行制度の範囲内での真摯な取り組みは重要である。税制優遇が付されたNISAは、新規顧客開拓のための「ドアノック商品」としても利用価値は高い。金融機関にとって、家計の資産形成を支援することは、顧客本位の業務運営を進める上で求められている役割の一つだろう。
金融業への外資出資比率の緩和と同時に株主管理を強化する中国政府の動き 関根 栄一
  1. 2018年4月の中国・海南省で開催されたボアオ・アジアフォーラムでの習近平国家主席による対外開放の継続・拡大に関するスピーチを受け、中国人民銀行・易鋼総裁は、金融業の対外開放に関する12項目を発表し、2017年11月の米中首脳会談等での中国政府の公約内容を更に拡大し、期限を区切って実施することを確約した。
  2. 金融業の開放のうち、証券業では、従来の外資出資上限49%の51%への引き上げと3年後の撤廃とともに、業務範囲の拡大を容認した。保険業では、生命保険業への外資出資比率の緩和を前倒しで実現し、保険関連業務での国内資本との同一性を確保した。銀行業では、貸出債権の株式化に伴う受け皿会社への出資など、新規業務での外資進出を容認した。
  3. 対外開放の一方で、中国政府は過去の事件を教訓に、金融業に出資する株主への管理監督を強化する方針である。そのうち、証券業では、従来の「5%以上の保有株主」、「25%以上を保有する等の主要株主」に加えて、「5%未満の保有株主」と「50%以上を保有する等の支配株主」を加えて、株主を四つに分類し、保有比率が多いほど満たすべき基準を強化する方針である。
  4. また、中国では、既に50〜60社に上ると見られる金融持株会社に対する管理監督体制が整っておらず、グループ内の資金循環や関連取引、複雑な株主構成による大株主の権利濫用、銀行・保険・証券という業態別規制のアービトラージが発生し、レバレッジを効かせるなどして金融市場での潜在的なシステミックリスクを高めている。
  5. このため、2017年には業態別の管理監督の内閣レベルの調整機関として「国務院金融安定発展委員会」が創設され、2018年3月には銀行と保険の管理監督機関が統合され、「中国銀行保険監督管理委員会」が新たに発足し、それぞれ幹部人事の手当てもなされている。
  6. 金融業の対外開放の新たな方針の下、証券業では既に出資している外資持分の引き上げや、保険業では外資の新規進出や異業種の国内資本の進出が出始めている。3年後の2021年を目標に設定した金融業の対外開放の促進とシステミックリスクの発生防止に向け、中国政府にはバランスの取れた政策運営が求められている。
中国におけるハイテク企業を対象とする上場制度改革
−レッドチップ企業による中国預託証券(CDR)の発行が可能に−
関 志雄
  1. 近年、中国では、情報通信などの分野における技術革新を背景に、アリババ、テンセント、バイドゥなど、ニューエコノミーを牽引するハイテク企業が相次いで現れている。しかし、資本市場の改革は遅れているため、これらの企業は、レッドチップ企業として、ニューヨークなどの海外市場に上場している。また、急成長している多くのユニコーン企業も、海外上場の準備を進めている。
  2. 資本市場の活性化とニューエコノミーの更なる発展を促すべく、中国政府は、これらの企業が国内で上場できるように、環境整備を進めている。その大きな一歩として、当局はすでに海外市場に上場しているレッドチップ企業と、ユニコーン企業が中国国内市場に上場するための新しいルールを提示している。それにより、海外で登記しているハイテク企業でも、一定の条件を満たせば、株式、または海外で発行した株式などの証券に裏付けられる中国預託証券(CDR)を、国内市場に上場させることが可能になる。
タイの投資信託市場の展望と課題
−持続的な拡大をもたらし得る3つの要因−
井潟 正彦佐藤 広大
  1. 近年、タイの証券市場は活況を呈しているが、特に目を引くのが投資信託の拡大である。同国の2017年末投資信託残高は約5兆バーツ(約17兆円)で、過去5年間で年率約13.0%の成長を遂げ、ASEAN(東南アジア諸国連合)の投資信託市場の中でも抜きんでる存在になりつつある。
  2. これまで投資信託販売において牽引役を果たしてきたのは大手銀行グループである。今後もタイの投資信託市場が持続的に拡大し得るかについて、(1)オープン・アーキテクチャーが広がる動き、(2)税制優遇を伴う投資制度の役割、(3)海外ファンドが拡大する余地の3点に注目し、考察した。
  3. 1点目のオープン・アーキテクチャーが広がる動きは、健全な販売活動や競争の促進、品揃え拡充ニーズへの対応から既定路線になっており、今後数年間で本格化する見込みである。2点目の税制優遇を伴う投資制度の役割には、官民一体で期待を高めている。背景として、同国で高齢化が急速に進行することが挙げられる。国民全体が退職後の備えを充実できるようにと、民間企業における確定拠出型年金の従業員への提供義務化も予定されている。3点目の海外ファンドが拡大する余地は大きいと見る。同国の経済成長が引き続き期待できるとは言え、経済規模や産業構造などから生じ得る一定の制約に鑑みると、分散投資を伴いながら長期的に高い収益率を実現するには海外ファンドの役割は不可欠だからである。
  4. タイの投資信託市場の持続的拡大には、国民における金融リテラシーの向上、投資教育の強化が欠かせない。政府と業界関係者はその重要性を認識し、一体となって具体的な取り組みに注力し始めている。今後、より多くの同国国民が資産形成に取り組む基盤の形成が進み、投資信託市場の持続的拡大の実現可能性がより高まるか、注目される。
コーポレートファイナンス
時流 2025年にどのようにたどり着くか:財政健全化の今後の道行きについて 上智大学経済学部准教授、日本政策投資銀行設備投資研究所客員主任研究員
中里 透

量的・質的金融緩和の導入から5年、消費税率の8%への引き上げから4年が経過した。この間に物価上昇率はプラスに転じ、財政収支も大幅な改善をみたが、2%の物価安定目標は未達のままであり、基礎的財政収支(プライマリーバランス)の黒字化も達成時期の後ずれが生じている。こうした中、2019年10月には再増税(消費税率の10%への引き上げ)の実施が予定されており、その実施・延期の判断が今秋にもなされる見通しである。
そこで、本稿では財政健全化をめぐるこれまでの経過を振り返り、今後の道行きについて考えてみることとしたい。

投資家と企業との対話ガイドラインの策定とCGコードの改訂 西山 賢吾
  1. 我が国のコーポレートガバナンス改革はここまで一定の成果を上げているが、その水準をさらに高める上で残されている課題に対応するため、2018年6月1日、『投資家と企業との対話ガイドライン』が策定、公表されるとともに、コーポレートガバナンス・コードの改訂が実施された。
  2. 今回のガイドラインとコードの改訂で最も注目されるのは、『資本コストの的確な把握』であろう。今回資本コストの定義や明確な計算方法は示されていないが、重要なことは、資本コストの算出そのものに終始するのではなく、資本コストの計算に用いた各種数値の採用根拠やその背景にある中長期的な経営ビジョンを示し、投資家との対話を深めることである。
  3. 資本コストと並び注目される政策保有株式に関しては、保有すべきではないという意見と、合理性があれば一定量の保有を容認する意見がある。しかし、今回の対話ガイドラインの制定やコードの改訂により、保有の合理性に対し従来以上に納得感のある説明が求められると考えられるため、保有の合理性に乏しい株式の売却を求める声はさらに強まるであろう。
  4. 我が国企業ではコードの各原則について、まず遵守ありきという考えを持つ上場企業が少なくないように見えるが、具体的な対応をせず形式的な遵守に留まるよりは、明確な理由を説明した上で受け入れない原則があるという対応の方が望ましいと考えられる。さらに、これからは「コンプライ・オア・エクスプレイン」ベースから、原則受け入れの諾否にかかわらず企業の姿勢を主体的、かつ明確に示す「コンプライ・アンド・エクスプレイン」ベースでの対応が期待される。
機関投資家が注目し始めた気候関連財務情報
−ESG投資拡大に伴い重要性が高まる積極開示−
板津 直孝
  1. 金融安定理事会(FSB)が設置した気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)は、2017年6月、最終報告書を公表し、投資家やその他のステークホルダーが、重要な気候関連のリスク及び機会が企業にもたらす財務インパクトを理解する上で、有用な情報開示の枠組みを提言した。その後の1年間で、欧米の機関投資家は気候関連の情報開示に対する関心を着実に高めており、日本企業が注視すべき状況になっている。
  2. 背景には、世界各国で拡大し始めたESG(環境、社会、企業投資)投資がある。欧米の機関投資家の多くは、気候変動をポートフォリオの重要なリスク要因に位置づけ、投資で優先すべき一つに掲げている。そして、気候関連の情報開示が不十分な企業に対しては、議決権を行使して改善を求める集団的エンゲージメントや、気候変動に対する取り組みが不十分な企業への投資を引き上げるダイベストメントを拡大している。その対象は、日本企業にも広がっている。
  3. TCFDの最終報告書の公表により、開示の枠組みが提示されたことから、欧米の機関投資家のこうした動きは、具体性を伴ってますます盛んになると考えられる。こうした欧米の気候関連の情報開示に対する顕著な反応は、現在、日本企業が日本国内において得られる感触と大きく異なるため、株主構成において欧米の機関投資家の比率が高い日本企業は、特に注視する必要があろう。
  4. 気候関連の情報開示の国際的な方向性は、財務報告との一元化であり、日本企業にとっては、財務報告と気候関連財務情報との親和性を一層高める準備が必要である。日本企業と欧米の投資家との対話においては、投資家が、TCFDの提言に則した気候関連財務情報開示を期待していることを認識する必要があろう。
持続可能な社会の実現に向けて注目が集まるソーシャルボンド 江夏 あかね
  1. 社会的課題への対処に向けた事業を資金使途とする債券である「ソーシャルボンド」の発行が近年、増加し始めている。ソーシャルボンドは、2006年11月に発行を開始した予防接種のための国際金融ファシリティ(IFFIm)によるワクチン債が初めてとされる。国際資本市場協会(ICMA)によるソーシャルボンド原則(SBP)の存在もあり、2010年代半ば頃から認知度が上がっている。また、本稿でも取り上げた発行事例を踏まえると、発行体セクターは、国際機関、銀行、政府系機関、事業会社と拡大傾向にある。
  2. 日本では2018年6月末現在、国内債として国際協力機構(JICA)、サムライ債としてBPCEが発行している。日本国内の社会的課題のために発行された事例はまだ出ていないが、日本でソーシャルボンドが今後、どのように活用されていくか注目されるところである。
  3. ソーシャルボンドの発行に当たっては、(1)発行体として、社会的課題の解決が経営面での重要課題として位置付けられていること、(2)対象事業がSBPに掲げられるソーシャルプロジェクトに該当し、社会的課題の改善目標及び改善のためのプロセスが明確など、SBPに適合した内容であること、(3)投資家をはじめとしたステークホルダーに対して透明性かつ客観性を確保し、レポーティング等を通じて説明責任を果たすこと、が成功のカギになると考えられる。
ブロックチェーンで拡がるESGをテーマとした資金調達の未来
−オーストリアのフェアブントによるグリーン・シュルトシャイン−
江夏 あかね佐藤 広大
  1. オーストリアの大手電力会社フェアブント(Verbund AG)は2018年4月17日、世界初の取組みとなるブロックチェーン技術を活用した「グリーン・シュルトシャイン」(Grüner Schuldschein)による資金調達を実現させた。
  2. グリーン・シュルトシャインとは、債務証書とも呼ばれるドイツ法に準拠したローンで、調達資金の使途を環境に配慮したプロジェクトとする、環境・社会・ガバナンス(ESG)関連の金融商品である。今般の資金調達に当たっては、ブロックチェーン技術が活用され、発行体から投資家へのプロセスをデジタル化することで、コミュニケーション、透明性、自動化といった観点から、調達プロセスが改善された。
  3. 発行体・投資家等は、プロセスの改善により調達関連コストの縮減や利便性向上といったメリットを享受することとなった。今後、ESGをテーマとした負債性資金調達でも、デジタル・プラットフォームの一環としてブロックチェーン技術の活用が選択肢の1つとなる機会が増える可能性もあろう。
  4. 今般のグリーン・シュルトシャインによる資金調達は、将来的なESG関連データ蓄積・充実化といった観点からも、多くのESG市場参加者に対して考えるきっかけを与える事例になったと言える。
金融危機発生から10年間で再拡大する米連邦住宅貸付銀行制度 岡田 功太
  1. 近年、米連邦住宅貸付銀行制度(FHLBS)のバランスシートが再拡大している。FHLBSの資産は、2008年の金融危機時に約1.35兆ドルとピークに達した後に、2012年にかけて半減し、その後、過去5年間で約1.5倍に増加した。FHLBSは、政府支援企業(GSE)であるが、ファニーメイ及びフレディマックのように、証券化商品の発行・保証を担っているのではなく、住宅ローン貸出支援を目的に、会員である商業銀行等に対して、「アドバンス」と呼ばれる低利の貸出を行っている。
  2. アドバンスの残高は、過去5年間で約1.7倍となり、FHLBSの資産の約65%に相当する規模になった。その要因として、2014年9月に最終化された米国の流動性カバレッジ比率(LCR)が挙げられる。LCRにおける証券担保調達の流出率は、適格流動資産の要件を満たさない資産が担保の場合には100%、GSEとの取引の場合には25%と規定されており、大手米銀にとって、GSEと取引する方が有利であることから、FHLBSからアドバンスの借入額を増加させた。
  3. 他方で、FHLBSの負債も増加傾向にあり、特に、ディスカウント・ノートの発行残高は、過去5年間で約1.8倍となった。その要因として、2014年7月に最終化されたMMF規制が挙げられる。同規制において、FHLBSが発行するディスカウント・ノートは、ガバメントMMFの投資対象資産として分類されたことに加えて、同MMFは2015年7月から約2年間で約1兆ドル増加した。その結果、MMFによるFHLBS債の保有比率は、2011年末の約7%から、2017年末には約20%に増加した。
  4. FHLBSは、1930年代の世界恐慌以降、過去の金融危機において、大手米銀に対してアドバンスを提供することで、連邦準備制度理事会(FRB)に次ぐ最後から2番目の貸し手として、金融システムの安定化に貢献してきた。しかし、現在、FHLBSのバランスシートは再拡大し、特に短期調達比率が上昇したことによって、皮肉なことにFHLBS自身がシステミック・リスクの震源地として懸念材料となっている。つまり、大手米銀及びMMFが有していた同リスクの一部は、金融規制の進展によって、FHLBSにシフトしているとも言える。2008年の金融危機から10年が経過した現在、改めて、金融システムにとって最適な規制枠組みの構築が必要であると言えよう。
EUにおけるマクロプルーデンス政策
−世界に先駆ける実践的な取組み−
小立 敬
  1. 金融危機以降、世界の中央銀行や金融規制当局において金融システムの安定を政策目標とするマクロプルーデンス政策の重要性がより強く認識されている。EUでは、欧州システミック・リスク理事会(ESRB)のイニシアティブの下、マクロプルーデンス政策を実行するための域内共通の枠組みが整備され、加盟国では新たな政策ツールの適用も始まっている。
  2. 実際に加盟国で適用されている主なマクロプルーデンス・ツールとしては、代表的な政策ツールに位置づけられるバーゼルIIIのカウンターシクリカル・バッファー(CCyB)が7カ国で実施されている。システミック・リスクに対応するために自己資本の上乗せを要求するEU独自のシステミック・リスク・バッファー(SyRB)も14カ国で導入されている。担保評価額に対する融資の比率を表すLTVや債務者所得に対する債務返済額の比率を表すDSTIに上限を設定する国も多く、LTVリミットは17カ国において採用されている。
  3. マクロプルーデンス・ツールの適用に関する実務をみると、加盟国の間で違いが窺われる。例えば、CCyBのオペレーションに関しては、水準の設定に責任を有する当局、情報開示、政策目標、ルールか裁量かという運営方法、中立的なバッファーの水準、コア指標、フォワード・ガイダンスといった点において、加盟国によって対応や考え方が大きく異なる。今後、加盟国がマクロプルーデンス・ツールの適用の経験を積み重ねていく中で、加盟国間の差異が解消されていくのかどうかが注目されるところである。
  4. EUのマクロプルーデンス政策は、実行段階に入ったばかりとはいえ、世界に先駆ける実践的な取組みのように窺われる。EUの経験は今後、EU以外の国・地域に対しても議論の材料を提供していくことを通じて、マクロプルーデンス政策に係るグローバルな知見を高めていくことになるだろう。EUにおけるマクロプルーデンス政策は引続き注目していくべき重要な取組みである。
米モルガン・スタンレーのウェルス・マネジメント部門の取り組み 岡田 功太木下 生悟
  1. 米国モルガン・スタンレーのウェルス・マネジメント部門は、競合他社を上回る預かり資産や営業員数を有し、同社の主力ビジネスとしてグループを牽引している。2008年の金融危機以降、事業の選択と集中を進めるシティ・グループからのスミス・バーニー買収によって、同部門の基盤が形成された。また、同年に銀行持株会社への変更が行われたが、これにより、資産運用関連のサービスに加えて、預金の受け入れと融資も提供して家計全体にアプローチすることが可能となった。
  2. 同部門では、一貫して収益構造の改革に取り組んでいる。所属する営業員数及び店舗数の大幅な削減と同時に、顧客層を富裕層にシフトし、営業員一人当たりの預かり資産を増加させることで収益性を向上させている。営業員数は2009年末から約13%減少し、店舗数は同期間で約33%減少した。これらの結果、営業員一人当たりの収益が、過去8年間で約2倍となった。
  3. また、収益安定化や顧客との関係構築の強化に向け、顧客の資産残高に応じて手数料を得る残高フィー型サービスの提供に注力している。預かり資産総額に占める残高フィー型サービスの割合は、2009年末の約25%から2017年末には約45%に増加した。更に、営業員のサポートを主眼としたデジタル戦略に取り組み、自社開発に拘らず、他社との提携によって、より高度で効率的なデジタル戦略を採用する方向性を示している。
  4. モルガン・スタンレーは、ジェームズ・ゴーマン会長兼CEOの指揮の下、これまで一貫してウェルス・マネジメント部門の営業収益の利益率の増加という明確な経営目標を設定し、実行し続けてきた。引き続き収益性の向上を掲げており、今後も同部門の動向が注目される。
キャッシュレス化と決済改革 淵田 康之
  1. 今日、諸外国では一連の決済改革を通じて、キャッシュレス化が進展している。決済改革の柱は、銀行界による統一的なモバイル個人間送金サービスの導入や、決済関連FinTechの台頭を踏まえた、制度及びインフラの抜本的な見直しである。
  2. 英国では、2000年代に入り、政府主導の改革が展開され、2014年には銀行界による統一モバイル個人間送金サービスが導入された。
  3. さらに2016年末には将来戦略が策定され、新決済インフラの構築が始まった。2018年には、インフラの運営を担う、新決済ガバナンス機関が始動している。また歴史上初めて、ノンバンクによる、銀行間決済システムと中央銀行システムへの直接アクセスも実現した。
  4. 米国においても、銀行界によるモバイル個人間送金サービスが普及しつつある。また英国同様、将来ビジョンが策定され、新決済インフラが構築されつつある。2018年夏には、インフラの運営を担う新決済ガバナンス機関が設立される。
  5. シンガポールは、2016年8月に決済改革のロードマップを発表した。2017年には銀行界の統一的なモバイル決済サービス、PayNowが導入され、FinTechやユーザー代表も参加するPayments Councilも設置された。2018年には、新決済法が制定される予定である。
  6. シンガポールの新決済法案では、決済業者や決済システムに対し、インターオペラビリティの確保を義務づける規定が盛り込まれている。
  7. わが国では、2018年7月に「キャッシュレス推進協議会」が設立され、QRコードの標準化の検討が始まる。同協議会は、英国、米国、シンガポールにおける「決済ガバナンス機関」に似た面もあるが、位置づけは全く異なる。キャッシュレス化を真に推進するためには、銀行界の統一的モバイル個人間送金サービスの導入や、決済法制の抜本的な改革、決済インフラの見直しが不可欠である。
初の国内公募外貨建社債発行の意義 佐藤 淳
  1. 野村総合研究所は2018年3月、国内公募豪ドル建社債を発行した。これは、日本企業が初めて国内公募市場において外貨建で発行した社債である。
  2. 日本社会が成熟化し、経済成長率が低位安定で推移する中、日本企業の事業活動のグローバル化が進んでいる。海外企業を対象にした大型M&Aの増加は、グローバルな競争を有利に進めようという企業の経営判断の現れであり、多くの中堅・中小企業にとっても海外活動の拡大は重要課題となっている。
  3. そうした環境下、外貨建資産の増加にマッチした負債調達の多通貨化、簡便化の意義は大きい。今後、この枠組みを通じて、成長期待の高いタイやインドネシア等の現地法人向けのファイナンスが実施されることも考えられる。更に、アーリーステージ企業の資金調達手段として発展する可能性もある。
  4. 投資家にとっても、国内公募外貨建社債は、外貨建運用の新たな選択肢となる。投資対象が国内企業であれば状況を把握しやすいため、発行体の信用力を効率的に判断しつつ、成長力の高い新興国の通貨での運用を行うことも可能となる。今後の展開が注目される。
日本企業のM&Aにおけるプライベート・エクイティの台頭と今後の展望 吉川 浩史
  1. 近年の日本ではM&A件数・金額が増えており、特にプライベート・エクイティ(PE)の関与する案件の増加が顕著である。
  2. PEの関与するM&Aでは、成熟企業の事業再編に伴い売却される子会社・事業部門や、後継者が不在の中小・零細企業に対する買収が増加している。いずれのケースでもPEには資金に加え、買収後の成長戦略の策定・実行が期待されることが多い。
  3. 広義のPEとして、企業や大学の運用するベンチャー・キャピタルによるベンチャー企業投資も活発化している。今後は、投資先のエグジット(投資回収)時に、買い手としてのPEへのニーズが高まる可能性もある。
  4. 近年は地方創生の観点から、地域産業の振興や観光資源の開発を通じた地域経済の活性化を目的に、自治体、地域金融機関、地域企業等が出資するファンドが地域の企業・事業者に出資する案件もみられる。
  5. PEが関与するM&Aの増加の背景には、企業等からPEが企業価値向上に取り組むパートナーとみられ始めたこともあろう。足元では米系PEによるアジア地域を対象とする大型ファンドの組成が相次ぐが、日系PEの組成は活発とは言えない。経済の新陳代謝を促すためにも、日系PEによる規模拡大とM&Aのさらなる活発化が期待される。
相続制度をめぐる新たな動き
−相続税改正2年目の影響と40年ぶりの改正が決まった相続法−
宮本 佐知子
  1. 相続に対する関心が高まっている。人口動態上、相続を経験する人が増えていることが背景にある。加えて、地価の大幅下落等への対応や格差の固定化防止等の観点から、相続税が2015年から改正されたことや、高齢社会の実情を反映するために、民法の相続に関する規定(相続法)が40年ぶりに改正されることになり、広く耳目を集めていることも挙げられる。本稿では、まず2018年夏に公表された2016年の相続税統計の分析結果を示し、次に2018年7月に決定された相続法改正の注目点を示した上で、金融機関への示唆を検討する。
  2. 相続税については、2015年からの改正では、現行制度の下で初めて基礎控除額が引き下げられたため相続税課税対象者が増加し、課税割合は2015年に続いて2016年も過去最高を更新した。課税割合が増加した地域は、大都市圏のみならず地方圏でも増えており、総じて相続税改正の影響は更に広がっている。
  3. 相続法については、今般の改正では、残された配偶者が生活に困窮することを防ぐための仕組み作りが進められることになった。高齢社会の実情に合わせ、遺留分侵害額請求権や預貯金の仮払い制度など、相続をめぐる揉め事を回避しやすくする仕組みも整えられた。相続人以外の親族に対しても、故人の介護をめぐり認められにくい部分を補う配慮もなされた。この他、自筆証書遺言を法務局で保管し情報の管理を行う制度も新設されることになった。
  4. 多くの金融機関では、相続資産市場を重要な戦略市場に位置づけていることから、相続制度をめぐる新たな動きには注目しておくべきである。これらの改正は、総じて多くの人に影響が及び、相続を意識する人も一層増えていると考えられる。金融機関では、このような個人顧客側での意識の高まりを踏まえ、相続税および相続法の改正に係る正確な情報を提供することと、その上で、相続・贈与をめぐる顧客の金融ニーズを丁寧に引き出し、個々人の事情を踏まえた適切な提案を行うことが重要である。
発足5年目を迎えたNISA
−これまでの利用状況と普及へ向けた課題−
宮本 佐知子
  1. 2014年1月に開始された少額投資非課税制度(NISA)は、開始直後は投資経験者を中心に口座数が急増したが、その後は伸びが鈍化しており、普及へ向けた課題も多い。本稿ではまず、NISAの概要と2017年12月末時点の利用状況を示し、次に制度の設立背景と今後の普及へ向けた課題を論じる。
  2. NISAは現在、3種類あり、成年を対象とした「一般NISA」、積立投資に特化した「つみたてNISA」、そして未成年を対象とした「ジュニアNISA」がある。制度開始直後は一般NISAのみの取扱であり、2017年12月末時点での一般NISAの口座数は1,099万2,733口座、総買付額は12兆5,325億円である。また、一般NISAの普及率は対象人口の10.5%である。
  3. NISAは利用者にとっては複雑な仕組みになっている。これは、証券優遇税制を廃止し、配当・譲渡益の税率を10%から20%へ引き上げる際の激変緩和措置として導入されたという経緯と、政府関係者間での様々な思惑が絡んだ結果といえる。他方、それでも急速に普及が進んだ背景として、官民をあげた努力は見逃せない。
  4. 今後の普及へ向けた課題も多い。NISAを使いやすくするためには、家計の安定的な資産形成を支援するというNISAのそもそもの導入目的に立ち返り、簡素で分かりやすい制度にすべきであろう。現行制度を基に改善を進めるうえで特に急ぐべきは、「制度の恒久化」「スイッチングの認可」「相続時の対応」である。さらに、NISAの新規利用者を広げるにはより直接的な税制面でのアピールも必要になろう。
  5. 金融機関にとっては、まず現行制度の範囲内での真摯な取り組みは重要である。税制優遇が付されたNISAは、新規顧客開拓のための「ドアノック商品」としても利用価値は高い。金融機関にとって、家計の資産形成を支援することは、顧客本位の業務運営を進める上で求められている役割の一つだろう。
金融業への外資出資比率の緩和と同時に株主管理を強化する中国政府の動き 関根 栄一
  1. 2018年4月の中国・海南省で開催されたボアオ・アジアフォーラムでの習近平国家主席による対外開放の継続・拡大に関するスピーチを受け、中国人民銀行・易鋼総裁は、金融業の対外開放に関する12項目を発表し、2017年11月の米中首脳会談等での中国政府の公約内容を更に拡大し、期限を区切って実施することを確約した。
  2. 金融業の開放のうち、証券業では、従来の外資出資上限49%の51%への引き上げと3年後の撤廃とともに、業務範囲の拡大を容認した。保険業では、生命保険業への外資出資比率の緩和を前倒しで実現し、保険関連業務での国内資本との同一性を確保した。銀行業では、貸出債権の株式化に伴う受け皿会社への出資など、新規業務での外資進出を容認した。
  3. 対外開放の一方で、中国政府は過去の事件を教訓に、金融業に出資する株主への管理監督を強化する方針である。そのうち、証券業では、従来の「5%以上の保有株主」、「25%以上を保有する等の主要株主」に加えて、「5%未満の保有株主」と「50%以上を保有する等の支配株主」を加えて、株主を四つに分類し、保有比率が多いほど満たすべき基準を強化する方針である。
  4. また、中国では、既に50〜60社に上ると見られる金融持株会社に対する管理監督体制が整っておらず、グループ内の資金循環や関連取引、複雑な株主構成による大株主の権利濫用、銀行・保険・証券という業態別規制のアービトラージが発生し、レバレッジを効かせるなどして金融市場での潜在的なシステミックリスクを高めている。
  5. このため、2017年には業態別の管理監督の内閣レベルの調整機関として「国務院金融安定発展委員会」が創設され、2018年3月には銀行と保険の管理監督機関が統合され、「中国銀行保険監督管理委員会」が新たに発足し、それぞれ幹部人事の手当てもなされている。
  6. 金融業の対外開放の新たな方針の下、証券業では既に出資している外資持分の引き上げや、保険業では外資の新規進出や異業種の国内資本の進出が出始めている。3年後の2021年を目標に設定した金融業の対外開放の促進とシステミックリスクの発生防止に向け、中国政府にはバランスの取れた政策運営が求められている。
中国におけるハイテク企業を対象とする上場制度改革
−レッドチップ企業による中国預託証券(CDR)の発行が可能に−
関 志雄
  1. 近年、中国では、情報通信などの分野における技術革新を背景に、アリババ、テンセント、バイドゥなど、ニューエコノミーを牽引するハイテク企業が相次いで現れている。しかし、資本市場の改革は遅れているため、これらの企業は、レッドチップ企業として、ニューヨークなどの海外市場に上場している。また、急成長している多くのユニコーン企業も、海外上場の準備を進めている。
  2. 資本市場の活性化とニューエコノミーの更なる発展を促すべく、中国政府は、これらの企業が国内で上場できるように、環境整備を進めている。その大きな一歩として、当局はすでに海外市場に上場しているレッドチップ企業と、ユニコーン企業が中国国内市場に上場するための新しいルールを提示している。それにより、海外で登記しているハイテク企業でも、一定の条件を満たせば、株式、または海外で発行した株式などの証券に裏付けられる中国預託証券(CDR)を、国内市場に上場させることが可能になる。
タイの投資信託市場の展望と課題
−持続的な拡大をもたらし得る3つの要因−
井潟 正彦佐藤 広大
  1. 近年、タイの証券市場は活況を呈しているが、特に目を引くのが投資信託の拡大である。同国の2017年末投資信託残高は約5兆バーツ(約17兆円)で、過去5年間で年率約13.0%の成長を遂げ、ASEAN(東南アジア諸国連合)の投資信託市場の中でも抜きんでる存在になりつつある。
  2. これまで投資信託販売において牽引役を果たしてきたのは大手銀行グループである。今後もタイの投資信託市場が持続的に拡大し得るかについて、(1)オープン・アーキテクチャーが広がる動き、(2)税制優遇を伴う投資制度の役割、(3)海外ファンドが拡大する余地の3点に注目し、考察した。
  3. 1点目のオープン・アーキテクチャーが広がる動きは、健全な販売活動や競争の促進、品揃え拡充ニーズへの対応から既定路線になっており、今後数年間で本格化する見込みである。2点目の税制優遇を伴う投資制度の役割には、官民一体で期待を高めている。背景として、同国で高齢化が急速に進行することが挙げられる。国民全体が退職後の備えを充実できるようにと、民間企業における確定拠出型年金の従業員への提供義務化も予定されている。3点目の海外ファンドが拡大する余地は大きいと見る。同国の経済成長が引き続き期待できるとは言え、経済規模や産業構造などから生じ得る一定の制約に鑑みると、分散投資を伴いながら長期的に高い収益率を実現するには海外ファンドの役割は不可欠だからである。
  4. タイの投資信託市場の持続的拡大には、国民における金融リテラシーの向上、投資教育の強化が欠かせない。政府と業界関係者はその重要性を認識し、一体となって具体的な取り組みに注力し始めている。今後、より多くの同国国民が資産形成に取り組む基盤の形成が進み、投資信託市場の持続的拡大の実現可能性がより高まるか、注目される。
要約
時流 2025年にどのようにたどり着くか:財政健全化の今後の道行きについて 上智大学経済学部准教授、日本政策投資銀行設備投資研究所客員主任研究員
中里 透

量的・質的金融緩和の導入から5年、消費税率の8%への引き上げから4年が経過した。この間に物価上昇率はプラスに転じ、財政収支も大幅な改善をみたが、2%の物価安定目標は未達のままであり、基礎的財政収支(プライマリーバランス)の黒字化も達成時期の後ずれが生じている。こうした中、2019年10月には再増税(消費税率の10%への引き上げ)の実施が予定されており、その実施・延期の判断が今秋にもなされる見通しである。
そこで、本稿では財政健全化をめぐるこれまでの経過を振り返り、今後の道行きについて考えてみることとしたい。

投資家と企業との対話ガイドラインの策定とCGコードの改訂 西山 賢吾
  1. 我が国のコーポレートガバナンス改革はここまで一定の成果を上げているが、その水準をさらに高める上で残されている課題に対応するため、2018年6月1日、『投資家と企業との対話ガイドライン』が策定、公表されるとともに、コーポレートガバナンス・コードの改訂が実施された。
  2. 今回のガイドラインとコードの改訂で最も注目されるのは、『資本コストの的確な把握』であろう。今回資本コストの定義や明確な計算方法は示されていないが、重要なことは、資本コストの算出そのものに終始するのではなく、資本コストの計算に用いた各種数値の採用根拠やその背景にある中長期的な経営ビジョンを示し、投資家との対話を深めることである。
  3. 資本コストと並び注目される政策保有株式に関しては、保有すべきではないという意見と、合理性があれば一定量の保有を容認する意見がある。しかし、今回の対話ガイドラインの制定やコードの改訂により、保有の合理性に対し従来以上に納得感のある説明が求められると考えられるため、保有の合理性に乏しい株式の売却を求める声はさらに強まるであろう。
  4. 我が国企業ではコードの各原則について、まず遵守ありきという考えを持つ上場企業が少なくないように見えるが、具体的な対応をせず形式的な遵守に留まるよりは、明確な理由を説明した上で受け入れない原則があるという対応の方が望ましいと考えられる。さらに、これからは「コンプライ・オア・エクスプレイン」ベースから、原則受け入れの諾否にかかわらず企業の姿勢を主体的、かつ明確に示す「コンプライ・アンド・エクスプレイン」ベースでの対応が期待される。
機関投資家が注目し始めた気候関連財務情報
−ESG投資拡大に伴い重要性が高まる積極開示−
板津 直孝
  1. 金融安定理事会(FSB)が設置した気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)は、2017年6月、最終報告書を公表し、投資家やその他のステークホルダーが、重要な気候関連のリスク及び機会が企業にもたらす財務インパクトを理解する上で、有用な情報開示の枠組みを提言した。その後の1年間で、欧米の機関投資家は気候関連の情報開示に対する関心を着実に高めており、日本企業が注視すべき状況になっている。
  2. 背景には、世界各国で拡大し始めたESG(環境、社会、企業投資)投資がある。欧米の機関投資家の多くは、気候変動をポートフォリオの重要なリスク要因に位置づけ、投資で優先すべき一つに掲げている。そして、気候関連の情報開示が不十分な企業に対しては、議決権を行使して改善を求める集団的エンゲージメントや、気候変動に対する取り組みが不十分な企業への投資を引き上げるダイベストメントを拡大している。その対象は、日本企業にも広がっている。
  3. TCFDの最終報告書の公表により、開示の枠組みが提示されたことから、欧米の機関投資家のこうした動きは、具体性を伴ってますます盛んになると考えられる。こうした欧米の気候関連の情報開示に対する顕著な反応は、現在、日本企業が日本国内において得られる感触と大きく異なるため、株主構成において欧米の機関投資家の比率が高い日本企業は、特に注視する必要があろう。
  4. 気候関連の情報開示の国際的な方向性は、財務報告との一元化であり、日本企業にとっては、財務報告と気候関連財務情報との親和性を一層高める準備が必要である。日本企業と欧米の投資家との対話においては、投資家が、TCFDの提言に則した気候関連財務情報開示を期待していることを認識する必要があろう。
持続可能な社会の実現に向けて注目が集まるソーシャルボンド 江夏 あかね
  1. 社会的課題への対処に向けた事業を資金使途とする債券である「ソーシャルボンド」の発行が近年、増加し始めている。ソーシャルボンドは、2006年11月に発行を開始した予防接種のための国際金融ファシリティ(IFFIm)によるワクチン債が初めてとされる。国際資本市場協会(ICMA)によるソーシャルボンド原則(SBP)の存在もあり、2010年代半ば頃から認知度が上がっている。また、本稿でも取り上げた発行事例を踏まえると、発行体セクターは、国際機関、銀行、政府系機関、事業会社と拡大傾向にある。
  2. 日本では2018年6月末現在、国内債として国際協力機構(JICA)、サムライ債としてBPCEが発行している。日本国内の社会的課題のために発行された事例はまだ出ていないが、日本でソーシャルボンドが今後、どのように活用されていくか注目されるところである。
  3. ソーシャルボンドの発行に当たっては、(1)発行体として、社会的課題の解決が経営面での重要課題として位置付けられていること、(2)対象事業がSBPに掲げられるソーシャルプロジェクトに該当し、社会的課題の改善目標及び改善のためのプロセスが明確など、SBPに適合した内容であること、(3)投資家をはじめとしたステークホルダーに対して透明性かつ客観性を確保し、レポーティング等を通じて説明責任を果たすこと、が成功のカギになると考えられる。
ブロックチェーンで拡がるESGをテーマとした資金調達の未来
−オーストリアのフェアブントによるグリーン・シュルトシャイン−
江夏 あかね佐藤 広大
  1. オーストリアの大手電力会社フェアブント(Verbund AG)は2018年4月17日、世界初の取組みとなるブロックチェーン技術を活用した「グリーン・シュルトシャイン」(Grüner Schuldschein)による資金調達を実現させた。
  2. グリーン・シュルトシャインとは、債務証書とも呼ばれるドイツ法に準拠したローンで、調達資金の使途を環境に配慮したプロジェクトとする、環境・社会・ガバナンス(ESG)関連の金融商品である。今般の資金調達に当たっては、ブロックチェーン技術が活用され、発行体から投資家へのプロセスをデジタル化することで、コミュニケーション、透明性、自動化といった観点から、調達プロセスが改善された。
  3. 発行体・投資家等は、プロセスの改善により調達関連コストの縮減や利便性向上といったメリットを享受することとなった。今後、ESGをテーマとした負債性資金調達でも、デジタル・プラットフォームの一環としてブロックチェーン技術の活用が選択肢の1つとなる機会が増える可能性もあろう。
  4. 今般のグリーン・シュルトシャインによる資金調達は、将来的なESG関連データ蓄積・充実化といった観点からも、多くのESG市場参加者に対して考えるきっかけを与える事例になったと言える。
金融危機発生から10年間で再拡大する米連邦住宅貸付銀行制度 岡田 功太
  1. 近年、米連邦住宅貸付銀行制度(FHLBS)のバランスシートが再拡大している。FHLBSの資産は、2008年の金融危機時に約1.35兆ドルとピークに達した後に、2012年にかけて半減し、その後、過去5年間で約1.5倍に増加した。FHLBSは、政府支援企業(GSE)であるが、ファニーメイ及びフレディマックのように、証券化商品の発行・保証を担っているのではなく、住宅ローン貸出支援を目的に、会員である商業銀行等に対して、「アドバンス」と呼ばれる低利の貸出を行っている。
  2. アドバンスの残高は、過去5年間で約1.7倍となり、FHLBSの資産の約65%に相当する規模になった。その要因として、2014年9月に最終化された米国の流動性カバレッジ比率(LCR)が挙げられる。LCRにおける証券担保調達の流出率は、適格流動資産の要件を満たさない資産が担保の場合には100%、GSEとの取引の場合には25%と規定されており、大手米銀にとって、GSEと取引する方が有利であることから、FHLBSからアドバンスの借入額を増加させた。
  3. 他方で、FHLBSの負債も増加傾向にあり、特に、ディスカウント・ノートの発行残高は、過去5年間で約1.8倍となった。その要因として、2014年7月に最終化されたMMF規制が挙げられる。同規制において、FHLBSが発行するディスカウント・ノートは、ガバメントMMFの投資対象資産として分類されたことに加えて、同MMFは2015年7月から約2年間で約1兆ドル増加した。その結果、MMFによるFHLBS債の保有比率は、2011年末の約7%から、2017年末には約20%に増加した。
  4. FHLBSは、1930年代の世界恐慌以降、過去の金融危機において、大手米銀に対してアドバンスを提供することで、連邦準備制度理事会(FRB)に次ぐ最後から2番目の貸し手として、金融システムの安定化に貢献してきた。しかし、現在、FHLBSのバランスシートは再拡大し、特に短期調達比率が上昇したことによって、皮肉なことにFHLBS自身がシステミック・リスクの震源地として懸念材料となっている。つまり、大手米銀及びMMFが有していた同リスクの一部は、金融規制の進展によって、FHLBSにシフトしているとも言える。2008年の金融危機から10年が経過した現在、改めて、金融システムにとって最適な規制枠組みの構築が必要であると言えよう。
EUにおけるマクロプルーデンス政策
−世界に先駆ける実践的な取組み−
小立 敬
  1. 金融危機以降、世界の中央銀行や金融規制当局において金融システムの安定を政策目標とするマクロプルーデンス政策の重要性がより強く認識されている。EUでは、欧州システミック・リスク理事会(ESRB)のイニシアティブの下、マクロプルーデンス政策を実行するための域内共通の枠組みが整備され、加盟国では新たな政策ツールの適用も始まっている。
  2. 実際に加盟国で適用されている主なマクロプルーデンス・ツールとしては、代表的な政策ツールに位置づけられるバーゼルIIIのカウンターシクリカル・バッファー(CCyB)が7カ国で実施されている。システミック・リスクに対応するために自己資本の上乗せを要求するEU独自のシステミック・リスク・バッファー(SyRB)も14カ国で導入されている。担保評価額に対する融資の比率を表すLTVや債務者所得に対する債務返済額の比率を表すDSTIに上限を設定する国も多く、LTVリミットは17カ国において採用されている。
  3. マクロプルーデンス・ツールの適用に関する実務をみると、加盟国の間で違いが窺われる。例えば、CCyBのオペレーションに関しては、水準の設定に責任を有する当局、情報開示、政策目標、ルールか裁量かという運営方法、中立的なバッファーの水準、コア指標、フォワード・ガイダンスといった点において、加盟国によって対応や考え方が大きく異なる。今後、加盟国がマクロプルーデンス・ツールの適用の経験を積み重ねていく中で、加盟国間の差異が解消されていくのかどうかが注目されるところである。
  4. EUのマクロプルーデンス政策は、実行段階に入ったばかりとはいえ、世界に先駆ける実践的な取組みのように窺われる。EUの経験は今後、EU以外の国・地域に対しても議論の材料を提供していくことを通じて、マクロプルーデンス政策に係るグローバルな知見を高めていくことになるだろう。EUにおけるマクロプルーデンス政策は引続き注目していくべき重要な取組みである。
米モルガン・スタンレーのウェルス・マネジメント部門の取り組み 岡田 功太木下 生悟
  1. 米国モルガン・スタンレーのウェルス・マネジメント部門は、競合他社を上回る預かり資産や営業員数を有し、同社の主力ビジネスとしてグループを牽引している。2008年の金融危機以降、事業の選択と集中を進めるシティ・グループからのスミス・バーニー買収によって、同部門の基盤が形成された。また、同年に銀行持株会社への変更が行われたが、これにより、資産運用関連のサービスに加えて、預金の受け入れと融資も提供して家計全体にアプローチすることが可能となった。
  2. 同部門では、一貫して収益構造の改革に取り組んでいる。所属する営業員数及び店舗数の大幅な削減と同時に、顧客層を富裕層にシフトし、営業員一人当たりの預かり資産を増加させることで収益性を向上させている。営業員数は2009年末から約13%減少し、店舗数は同期間で約33%減少した。これらの結果、営業員一人当たりの収益が、過去8年間で約2倍となった。
  3. また、収益安定化や顧客との関係構築の強化に向け、顧客の資産残高に応じて手数料を得る残高フィー型サービスの提供に注力している。預かり資産総額に占める残高フィー型サービスの割合は、2009年末の約25%から2017年末には約45%に増加した。更に、営業員のサポートを主眼としたデジタル戦略に取り組み、自社開発に拘らず、他社との提携によって、より高度で効率的なデジタル戦略を採用する方向性を示している。
  4. モルガン・スタンレーは、ジェームズ・ゴーマン会長兼CEOの指揮の下、これまで一貫してウェルス・マネジメント部門の営業収益の利益率の増加という明確な経営目標を設定し、実行し続けてきた。引き続き収益性の向上を掲げており、今後も同部門の動向が注目される。
キャッシュレス化と決済改革 淵田 康之
  1. 今日、諸外国では一連の決済改革を通じて、キャッシュレス化が進展している。決済改革の柱は、銀行界による統一的なモバイル個人間送金サービスの導入や、決済関連FinTechの台頭を踏まえた、制度及びインフラの抜本的な見直しである。
  2. 英国では、2000年代に入り、政府主導の改革が展開され、2014年には銀行界による統一モバイル個人間送金サービスが導入された。
  3. さらに2016年末には将来戦略が策定され、新決済インフラの構築が始まった。2018年には、インフラの運営を担う、新決済ガバナンス機関が始動している。また歴史上初めて、ノンバンクによる、銀行間決済システムと中央銀行システムへの直接アクセスも実現した。
  4. 米国においても、銀行界によるモバイル個人間送金サービスが普及しつつある。また英国同様、将来ビジョンが策定され、新決済インフラが構築されつつある。2018年夏には、インフラの運営を担う新決済ガバナンス機関が設立される。
  5. シンガポールは、2016年8月に決済改革のロードマップを発表した。2017年には銀行界の統一的なモバイル決済サービス、PayNowが導入され、FinTechやユーザー代表も参加するPayments Councilも設置された。2018年には、新決済法が制定される予定である。
  6. シンガポールの新決済法案では、決済業者や決済システムに対し、インターオペラビリティの確保を義務づける規定が盛り込まれている。
  7. わが国では、2018年7月に「キャッシュレス推進協議会」が設立され、QRコードの標準化の検討が始まる。同協議会は、英国、米国、シンガポールにおける「決済ガバナンス機関」に似た面もあるが、位置づけは全く異なる。キャッシュレス化を真に推進するためには、銀行界の統一的モバイル個人間送金サービスの導入や、決済法制の抜本的な改革、決済インフラの見直しが不可欠である。
初の国内公募外貨建社債発行の意義 佐藤 淳
  1. 野村総合研究所は2018年3月、国内公募豪ドル建社債を発行した。これは、日本企業が初めて国内公募市場において外貨建で発行した社債である。
  2. 日本社会が成熟化し、経済成長率が低位安定で推移する中、日本企業の事業活動のグローバル化が進んでいる。海外企業を対象にした大型M&Aの増加は、グローバルな競争を有利に進めようという企業の経営判断の現れであり、多くの中堅・中小企業にとっても海外活動の拡大は重要課題となっている。
  3. そうした環境下、外貨建資産の増加にマッチした負債調達の多通貨化、簡便化の意義は大きい。今後、この枠組みを通じて、成長期待の高いタイやインドネシア等の現地法人向けのファイナンスが実施されることも考えられる。更に、アーリーステージ企業の資金調達手段として発展する可能性もある。
  4. 投資家にとっても、国内公募外貨建社債は、外貨建運用の新たな選択肢となる。投資対象が国内企業であれば状況を把握しやすいため、発行体の信用力を効率的に判断しつつ、成長力の高い新興国の通貨での運用を行うことも可能となる。今後の展開が注目される。
日本企業のM&Aにおけるプライベート・エクイティの台頭と今後の展望 吉川 浩史
  1. 近年の日本ではM&A件数・金額が増えており、特にプライベート・エクイティ(PE)の関与する案件の増加が顕著である。
  2. PEの関与するM&Aでは、成熟企業の事業再編に伴い売却される子会社・事業部門や、後継者が不在の中小・零細企業に対する買収が増加している。いずれのケースでもPEには資金に加え、買収後の成長戦略の策定・実行が期待されることが多い。
  3. 広義のPEとして、企業や大学の運用するベンチャー・キャピタルによるベンチャー企業投資も活発化している。今後は、投資先のエグジット(投資回収)時に、買い手としてのPEへのニーズが高まる可能性もある。
  4. 近年は地方創生の観点から、地域産業の振興や観光資源の開発を通じた地域経済の活性化を目的に、自治体、地域金融機関、地域企業等が出資するファンドが地域の企業・事業者に出資する案件もみられる。
  5. PEが関与するM&Aの増加の背景には、企業等からPEが企業価値向上に取り組むパートナーとみられ始めたこともあろう。足元では米系PEによるアジア地域を対象とする大型ファンドの組成が相次ぐが、日系PEの組成は活発とは言えない。経済の新陳代謝を促すためにも、日系PEによる規模拡大とM&Aのさらなる活発化が期待される。
相続制度をめぐる新たな動き
−相続税改正2年目の影響と40年ぶりの改正が決まった相続法−
宮本 佐知子
  1. 相続に対する関心が高まっている。人口動態上、相続を経験する人が増えていることが背景にある。加えて、地価の大幅下落等への対応や格差の固定化防止等の観点から、相続税が2015年から改正されたことや、高齢社会の実情を反映するために、民法の相続に関する規定(相続法)が40年ぶりに改正されることになり、広く耳目を集めていることも挙げられる。本稿では、まず2018年夏に公表された2016年の相続税統計の分析結果を示し、次に2018年7月に決定された相続法改正の注目点を示した上で、金融機関への示唆を検討する。
  2. 相続税については、2015年からの改正では、現行制度の下で初めて基礎控除額が引き下げられたため相続税課税対象者が増加し、課税割合は2015年に続いて2016年も過去最高を更新した。課税割合が増加した地域は、大都市圏のみならず地方圏でも増えており、総じて相続税改正の影響は更に広がっている。
  3. 相続法については、今般の改正では、残された配偶者が生活に困窮することを防ぐための仕組み作りが進められることになった。高齢社会の実情に合わせ、遺留分侵害額請求権や預貯金の仮払い制度など、相続をめぐる揉め事を回避しやすくする仕組みも整えられた。相続人以外の親族に対しても、故人の介護をめぐり認められにくい部分を補う配慮もなされた。この他、自筆証書遺言を法務局で保管し情報の管理を行う制度も新設されることになった。
  4. 多くの金融機関では、相続資産市場を重要な戦略市場に位置づけていることから、相続制度をめぐる新たな動きには注目しておくべきである。これらの改正は、総じて多くの人に影響が及び、相続を意識する人も一層増えていると考えられる。金融機関では、このような個人顧客側での意識の高まりを踏まえ、相続税および相続法の改正に係る正確な情報を提供することと、その上で、相続・贈与をめぐる顧客の金融ニーズを丁寧に引き出し、個々人の事情を踏まえた適切な提案を行うことが重要である。
発足5年目を迎えたNISA
−これまでの利用状況と普及へ向けた課題−
宮本 佐知子
  1. 2014年1月に開始された少額投資非課税制度(NISA)は、開始直後は投資経験者を中心に口座数が急増したが、その後は伸びが鈍化しており、普及へ向けた課題も多い。本稿ではまず、NISAの概要と2017年12月末時点の利用状況を示し、次に制度の設立背景と今後の普及へ向けた課題を論じる。
  2. NISAは現在、3種類あり、成年を対象とした「一般NISA」、積立投資に特化した「つみたてNISA」、そして未成年を対象とした「ジュニアNISA」がある。制度開始直後は一般NISAのみの取扱であり、2017年12月末時点での一般NISAの口座数は1,099万2,733口座、総買付額は12兆5,325億円である。また、一般NISAの普及率は対象人口の10.5%である。
  3. NISAは利用者にとっては複雑な仕組みになっている。これは、証券優遇税制を廃止し、配当・譲渡益の税率を10%から20%へ引き上げる際の激変緩和措置として導入されたという経緯と、政府関係者間での様々な思惑が絡んだ結果といえる。他方、それでも急速に普及が進んだ背景として、官民をあげた努力は見逃せない。
  4. 今後の普及へ向けた課題も多い。NISAを使いやすくするためには、家計の安定的な資産形成を支援するというNISAのそもそもの導入目的に立ち返り、簡素で分かりやすい制度にすべきであろう。現行制度を基に改善を進めるうえで特に急ぐべきは、「制度の恒久化」「スイッチングの認可」「相続時の対応」である。さらに、NISAの新規利用者を広げるにはより直接的な税制面でのアピールも必要になろう。
  5. 金融機関にとっては、まず現行制度の範囲内での真摯な取り組みは重要である。税制優遇が付されたNISAは、新規顧客開拓のための「ドアノック商品」としても利用価値は高い。金融機関にとって、家計の資産形成を支援することは、顧客本位の業務運営を進める上で求められている役割の一つだろう。
金融業への外資出資比率の緩和と同時に株主管理を強化する中国政府の動き 関根 栄一
  1. 2018年4月の中国・海南省で開催されたボアオ・アジアフォーラムでの習近平国家主席による対外開放の継続・拡大に関するスピーチを受け、中国人民銀行・易鋼総裁は、金融業の対外開放に関する12項目を発表し、2017年11月の米中首脳会談等での中国政府の公約内容を更に拡大し、期限を区切って実施することを確約した。
  2. 金融業の開放のうち、証券業では、従来の外資出資上限49%の51%への引き上げと3年後の撤廃とともに、業務範囲の拡大を容認した。保険業では、生命保険業への外資出資比率の緩和を前倒しで実現し、保険関連業務での国内資本との同一性を確保した。銀行業では、貸出債権の株式化に伴う受け皿会社への出資など、新規業務での外資進出を容認した。
  3. 対外開放の一方で、中国政府は過去の事件を教訓に、金融業に出資する株主への管理監督を強化する方針である。そのうち、証券業では、従来の「5%以上の保有株主」、「25%以上を保有する等の主要株主」に加えて、「5%未満の保有株主」と「50%以上を保有する等の支配株主」を加えて、株主を四つに分類し、保有比率が多いほど満たすべき基準を強化する方針である。
  4. また、中国では、既に50〜60社に上ると見られる金融持株会社に対する管理監督体制が整っておらず、グループ内の資金循環や関連取引、複雑な株主構成による大株主の権利濫用、銀行・保険・証券という業態別規制のアービトラージが発生し、レバレッジを効かせるなどして金融市場での潜在的なシステミックリスクを高めている。
  5. このため、2017年には業態別の管理監督の内閣レベルの調整機関として「国務院金融安定発展委員会」が創設され、2018年3月には銀行と保険の管理監督機関が統合され、「中国銀行保険監督管理委員会」が新たに発足し、それぞれ幹部人事の手当てもなされている。
  6. 金融業の対外開放の新たな方針の下、証券業では既に出資している外資持分の引き上げや、保険業では外資の新規進出や異業種の国内資本の進出が出始めている。3年後の2021年を目標に設定した金融業の対外開放の促進とシステミックリスクの発生防止に向け、中国政府にはバランスの取れた政策運営が求められている。
中国におけるハイテク企業を対象とする上場制度改革
−レッドチップ企業による中国預託証券(CDR)の発行が可能に−
関 志雄
  1. 近年、中国では、情報通信などの分野における技術革新を背景に、アリババ、テンセント、バイドゥなど、ニューエコノミーを牽引するハイテク企業が相次いで現れている。しかし、資本市場の改革は遅れているため、これらの企業は、レッドチップ企業として、ニューヨークなどの海外市場に上場している。また、急成長している多くのユニコーン企業も、海外上場の準備を進めている。
  2. 資本市場の活性化とニューエコノミーの更なる発展を促すべく、中国政府は、これらの企業が国内で上場できるように、環境整備を進めている。その大きな一歩として、当局はすでに海外市場に上場しているレッドチップ企業と、ユニコーン企業が中国国内市場に上場するための新しいルールを提示している。それにより、海外で登記しているハイテク企業でも、一定の条件を満たせば、株式、または海外で発行した株式などの証券に裏付けられる中国預託証券(CDR)を、国内市場に上場させることが可能になる。
タイの投資信託市場の展望と課題
−持続的な拡大をもたらし得る3つの要因−
井潟 正彦佐藤 広大
  1. 近年、タイの証券市場は活況を呈しているが、特に目を引くのが投資信託の拡大である。同国の2017年末投資信託残高は約5兆バーツ(約17兆円)で、過去5年間で年率約13.0%の成長を遂げ、ASEAN(東南アジア諸国連合)の投資信託市場の中でも抜きんでる存在になりつつある。
  2. これまで投資信託販売において牽引役を果たしてきたのは大手銀行グループである。今後もタイの投資信託市場が持続的に拡大し得るかについて、(1)オープン・アーキテクチャーが広がる動き、(2)税制優遇を伴う投資制度の役割、(3)海外ファンドが拡大する余地の3点に注目し、考察した。
  3. 1点目のオープン・アーキテクチャーが広がる動きは、健全な販売活動や競争の促進、品揃え拡充ニーズへの対応から既定路線になっており、今後数年間で本格化する見込みである。2点目の税制優遇を伴う投資制度の役割には、官民一体で期待を高めている。背景として、同国で高齢化が急速に進行することが挙げられる。国民全体が退職後の備えを充実できるようにと、民間企業における確定拠出型年金の従業員への提供義務化も予定されている。3点目の海外ファンドが拡大する余地は大きいと見る。同国の経済成長が引き続き期待できるとは言え、経済規模や産業構造などから生じ得る一定の制約に鑑みると、分散投資を伴いながら長期的に高い収益率を実現するには海外ファンドの役割は不可欠だからである。
  4. タイの投資信託市場の持続的拡大には、国民における金融リテラシーの向上、投資教育の強化が欠かせない。政府と業界関係者はその重要性を認識し、一体となって具体的な取り組みに注力し始めている。今後、より多くの同国国民が資産形成に取り組む基盤の形成が進み、投資信託市場の持続的拡大の実現可能性がより高まるか、注目される。
時流 2025年にどのようにたどり着くか:財政健全化の今後の道行きについて 上智大学経済学部准教授、日本政策投資銀行設備投資研究所客員主任研究員
中里 透

量的・質的金融緩和の導入から5年、消費税率の8%への引き上げから4年が経過した。この間に物価上昇率はプラスに転じ、財政収支も大幅な改善をみたが、2%の物価安定目標は未達のままであり、基礎的財政収支(プライマリーバランス)の黒字化も達成時期の後ずれが生じている。こうした中、2019年10月には再増税(消費税率の10%への引き上げ)の実施が予定されており、その実施・延期の判断が今秋にもなされる見通しである。
そこで、本稿では財政健全化をめぐるこれまでの経過を振り返り、今後の道行きについて考えてみることとしたい。

投資家と企業との対話ガイドラインの策定とCGコードの改訂 西山 賢吾
  1. 我が国のコーポレートガバナンス改革はここまで一定の成果を上げているが、その水準をさらに高める上で残されている課題に対応するため、2018年6月1日、『投資家と企業との対話ガイドライン』が策定、公表されるとともに、コーポレートガバナンス・コードの改訂が実施された。
  2. 今回のガイドラインとコードの改訂で最も注目されるのは、『資本コストの的確な把握』であろう。今回資本コストの定義や明確な計算方法は示されていないが、重要なことは、資本コストの算出そのものに終始するのではなく、資本コストの計算に用いた各種数値の採用根拠やその背景にある中長期的な経営ビジョンを示し、投資家との対話を深めることである。
  3. 資本コストと並び注目される政策保有株式に関しては、保有すべきではないという意見と、合理性があれば一定量の保有を容認する意見がある。しかし、今回の対話ガイドラインの制定やコードの改訂により、保有の合理性に対し従来以上に納得感のある説明が求められると考えられるため、保有の合理性に乏しい株式の売却を求める声はさらに強まるであろう。
  4. 我が国企業ではコードの各原則について、まず遵守ありきという考えを持つ上場企業が少なくないように見えるが、具体的な対応をせず形式的な遵守に留まるよりは、明確な理由を説明した上で受け入れない原則があるという対応の方が望ましいと考えられる。さらに、これからは「コンプライ・オア・エクスプレイン」ベースから、原則受け入れの諾否にかかわらず企業の姿勢を主体的、かつ明確に示す「コンプライ・アンド・エクスプレイン」ベースでの対応が期待される。
機関投資家が注目し始めた気候関連財務情報
−ESG投資拡大に伴い重要性が高まる積極開示−
板津 直孝
  1. 金融安定理事会(FSB)が設置した気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)は、2017年6月、最終報告書を公表し、投資家やその他のステークホルダーが、重要な気候関連のリスク及び機会が企業にもたらす財務インパクトを理解する上で、有用な情報開示の枠組みを提言した。その後の1年間で、欧米の機関投資家は気候関連の情報開示に対する関心を着実に高めており、日本企業が注視すべき状況になっている。
  2. 背景には、世界各国で拡大し始めたESG(環境、社会、企業投資)投資がある。欧米の機関投資家の多くは、気候変動をポートフォリオの重要なリスク要因に位置づけ、投資で優先すべき一つに掲げている。そして、気候関連の情報開示が不十分な企業に対しては、議決権を行使して改善を求める集団的エンゲージメントや、気候変動に対する取り組みが不十分な企業への投資を引き上げるダイベストメントを拡大している。その対象は、日本企業にも広がっている。
  3. TCFDの最終報告書の公表により、開示の枠組みが提示されたことから、欧米の機関投資家のこうした動きは、具体性を伴ってますます盛んになると考えられる。こうした欧米の気候関連の情報開示に対する顕著な反応は、現在、日本企業が日本国内において得られる感触と大きく異なるため、株主構成において欧米の機関投資家の比率が高い日本企業は、特に注視する必要があろう。
  4. 気候関連の情報開示の国際的な方向性は、財務報告との一元化であり、日本企業にとっては、財務報告と気候関連財務情報との親和性を一層高める準備が必要である。日本企業と欧米の投資家との対話においては、投資家が、TCFDの提言に則した気候関連財務情報開示を期待していることを認識する必要があろう。
持続可能な社会の実現に向けて注目が集まるソーシャルボンド 江夏 あかね
  1. 社会的課題への対処に向けた事業を資金使途とする債券である「ソーシャルボンド」の発行が近年、増加し始めている。ソーシャルボンドは、2006年11月に発行を開始した予防接種のための国際金融ファシリティ(IFFIm)によるワクチン債が初めてとされる。国際資本市場協会(ICMA)によるソーシャルボンド原則(SBP)の存在もあり、2010年代半ば頃から認知度が上がっている。また、本稿でも取り上げた発行事例を踏まえると、発行体セクターは、国際機関、銀行、政府系機関、事業会社と拡大傾向にある。
  2. 日本では2018年6月末現在、国内債として国際協力機構(JICA)、サムライ債としてBPCEが発行している。日本国内の社会的課題のために発行された事例はまだ出ていないが、日本でソーシャルボンドが今後、どのように活用されていくか注目されるところである。
  3. ソーシャルボンドの発行に当たっては、(1)発行体として、社会的課題の解決が経営面での重要課題として位置付けられていること、(2)対象事業がSBPに掲げられるソーシャルプロジェクトに該当し、社会的課題の改善目標及び改善のためのプロセスが明確など、SBPに適合した内容であること、(3)投資家をはじめとしたステークホルダーに対して透明性かつ客観性を確保し、レポーティング等を通じて説明責任を果たすこと、が成功のカギになると考えられる。
ブロックチェーンで拡がるESGをテーマとした資金調達の未来
−オーストリアのフェアブントによるグリーン・シュルトシャイン−
江夏 あかね佐藤 広大
  1. オーストリアの大手電力会社フェアブント(Verbund AG)は2018年4月17日、世界初の取組みとなるブロックチェーン技術を活用した「グリーン・シュルトシャイン」(Grüner Schuldschein)による資金調達を実現させた。
  2. グリーン・シュルトシャインとは、債務証書とも呼ばれるドイツ法に準拠したローンで、調達資金の使途を環境に配慮したプロジェクトとする、環境・社会・ガバナンス(ESG)関連の金融商品である。今般の資金調達に当たっては、ブロックチェーン技術が活用され、発行体から投資家へのプロセスをデジタル化することで、コミュニケーション、透明性、自動化といった観点から、調達プロセスが改善された。
  3. 発行体・投資家等は、プロセスの改善により調達関連コストの縮減や利便性向上といったメリットを享受することとなった。今後、ESGをテーマとした負債性資金調達でも、デジタル・プラットフォームの一環としてブロックチェーン技術の活用が選択肢の1つとなる機会が増える可能性もあろう。
  4. 今般のグリーン・シュルトシャインによる資金調達は、将来的なESG関連データ蓄積・充実化といった観点からも、多くのESG市場参加者に対して考えるきっかけを与える事例になったと言える。
金融危機発生から10年間で再拡大する米連邦住宅貸付銀行制度 岡田 功太
  1. 近年、米連邦住宅貸付銀行制度(FHLBS)のバランスシートが再拡大している。FHLBSの資産は、2008年の金融危機時に約1.35兆ドルとピークに達した後に、2012年にかけて半減し、その後、過去5年間で約1.5倍に増加した。FHLBSは、政府支援企業(GSE)であるが、ファニーメイ及びフレディマックのように、証券化商品の発行・保証を担っているのではなく、住宅ローン貸出支援を目的に、会員である商業銀行等に対して、「アドバンス」と呼ばれる低利の貸出を行っている。
  2. アドバンスの残高は、過去5年間で約1.7倍となり、FHLBSの資産の約65%に相当する規模になった。その要因として、2014年9月に最終化された米国の流動性カバレッジ比率(LCR)が挙げられる。LCRにおける証券担保調達の流出率は、適格流動資産の要件を満たさない資産が担保の場合には100%、GSEとの取引の場合には25%と規定されており、大手米銀にとって、GSEと取引する方が有利であることから、FHLBSからアドバンスの借入額を増加させた。
  3. 他方で、FHLBSの負債も増加傾向にあり、特に、ディスカウント・ノートの発行残高は、過去5年間で約1.8倍となった。その要因として、2014年7月に最終化されたMMF規制が挙げられる。同規制において、FHLBSが発行するディスカウント・ノートは、ガバメントMMFの投資対象資産として分類されたことに加えて、同MMFは2015年7月から約2年間で約1兆ドル増加した。その結果、MMFによるFHLBS債の保有比率は、2011年末の約7%から、2017年末には約20%に増加した。
  4. FHLBSは、1930年代の世界恐慌以降、過去の金融危機において、大手米銀に対してアドバンスを提供することで、連邦準備制度理事会(FRB)に次ぐ最後から2番目の貸し手として、金融システムの安定化に貢献してきた。しかし、現在、FHLBSのバランスシートは再拡大し、特に短期調達比率が上昇したことによって、皮肉なことにFHLBS自身がシステミック・リスクの震源地として懸念材料となっている。つまり、大手米銀及びMMFが有していた同リスクの一部は、金融規制の進展によって、FHLBSにシフトしているとも言える。2008年の金融危機から10年が経過した現在、改めて、金融システムにとって最適な規制枠組みの構築が必要であると言えよう。
EUにおけるマクロプルーデンス政策
−世界に先駆ける実践的な取組み−
小立 敬
  1. 金融危機以降、世界の中央銀行や金融規制当局において金融システムの安定を政策目標とするマクロプルーデンス政策の重要性がより強く認識されている。EUでは、欧州システミック・リスク理事会(ESRB)のイニシアティブの下、マクロプルーデンス政策を実行するための域内共通の枠組みが整備され、加盟国では新たな政策ツールの適用も始まっている。
  2. 実際に加盟国で適用されている主なマクロプルーデンス・ツールとしては、代表的な政策ツールに位置づけられるバーゼルIIIのカウンターシクリカル・バッファー(CCyB)が7カ国で実施されている。システミック・リスクに対応するために自己資本の上乗せを要求するEU独自のシステミック・リスク・バッファー(SyRB)も14カ国で導入されている。担保評価額に対する融資の比率を表すLTVや債務者所得に対する債務返済額の比率を表すDSTIに上限を設定する国も多く、LTVリミットは17カ国において採用されている。
  3. マクロプルーデンス・ツールの適用に関する実務をみると、加盟国の間で違いが窺われる。例えば、CCyBのオペレーションに関しては、水準の設定に責任を有する当局、情報開示、政策目標、ルールか裁量かという運営方法、中立的なバッファーの水準、コア指標、フォワード・ガイダンスといった点において、加盟国によって対応や考え方が大きく異なる。今後、加盟国がマクロプルーデンス・ツールの適用の経験を積み重ねていく中で、加盟国間の差異が解消されていくのかどうかが注目されるところである。
  4. EUのマクロプルーデンス政策は、実行段階に入ったばかりとはいえ、世界に先駆ける実践的な取組みのように窺われる。EUの経験は今後、EU以外の国・地域に対しても議論の材料を提供していくことを通じて、マクロプルーデンス政策に係るグローバルな知見を高めていくことになるだろう。EUにおけるマクロプルーデンス政策は引続き注目していくべき重要な取組みである。
米モルガン・スタンレーのウェルス・マネジメント部門の取り組み 岡田 功太木下 生悟
  1. 米国モルガン・スタンレーのウェルス・マネジメント部門は、競合他社を上回る預かり資産や営業員数を有し、同社の主力ビジネスとしてグループを牽引している。2008年の金融危機以降、事業の選択と集中を進めるシティ・グループからのスミス・バーニー買収によって、同部門の基盤が形成された。また、同年に銀行持株会社への変更が行われたが、これにより、資産運用関連のサービスに加えて、預金の受け入れと融資も提供して家計全体にアプローチすることが可能となった。
  2. 同部門では、一貫して収益構造の改革に取り組んでいる。所属する営業員数及び店舗数の大幅な削減と同時に、顧客層を富裕層にシフトし、営業員一人当たりの預かり資産を増加させることで収益性を向上させている。営業員数は2009年末から約13%減少し、店舗数は同期間で約33%減少した。これらの結果、営業員一人当たりの収益が、過去8年間で約2倍となった。
  3. また、収益安定化や顧客との関係構築の強化に向け、顧客の資産残高に応じて手数料を得る残高フィー型サービスの提供に注力している。預かり資産総額に占める残高フィー型サービスの割合は、2009年末の約25%から2017年末には約45%に増加した。更に、営業員のサポートを主眼としたデジタル戦略に取り組み、自社開発に拘らず、他社との提携によって、より高度で効率的なデジタル戦略を採用する方向性を示している。
  4. モルガン・スタンレーは、ジェームズ・ゴーマン会長兼CEOの指揮の下、これまで一貫してウェルス・マネジメント部門の営業収益の利益率の増加という明確な経営目標を設定し、実行し続けてきた。引き続き収益性の向上を掲げており、今後も同部門の動向が注目される。
キャッシュレス化と決済改革 淵田 康之
  1. 今日、諸外国では一連の決済改革を通じて、キャッシュレス化が進展している。決済改革の柱は、銀行界による統一的なモバイル個人間送金サービスの導入や、決済関連FinTechの台頭を踏まえた、制度及びインフラの抜本的な見直しである。
  2. 英国では、2000年代に入り、政府主導の改革が展開され、2014年には銀行界による統一モバイル個人間送金サービスが導入された。
  3. さらに2016年末には将来戦略が策定され、新決済インフラの構築が始まった。2018年には、インフラの運営を担う、新決済ガバナンス機関が始動している。また歴史上初めて、ノンバンクによる、銀行間決済システムと中央銀行システムへの直接アクセスも実現した。
  4. 米国においても、銀行界によるモバイル個人間送金サービスが普及しつつある。また英国同様、将来ビジョンが策定され、新決済インフラが構築されつつある。2018年夏には、インフラの運営を担う新決済ガバナンス機関が設立される。
  5. シンガポールは、2016年8月に決済改革のロードマップを発表した。2017年には銀行界の統一的なモバイル決済サービス、PayNowが導入され、FinTechやユーザー代表も参加するPayments Councilも設置された。2018年には、新決済法が制定される予定である。
  6. シンガポールの新決済法案では、決済業者や決済システムに対し、インターオペラビリティの確保を義務づける規定が盛り込まれている。
  7. わが国では、2018年7月に「キャッシュレス推進協議会」が設立され、QRコードの標準化の検討が始まる。同協議会は、英国、米国、シンガポールにおける「決済ガバナンス機関」に似た面もあるが、位置づけは全く異なる。キャッシュレス化を真に推進するためには、銀行界の統一的モバイル個人間送金サービスの導入や、決済法制の抜本的な改革、決済インフラの見直しが不可欠である。
初の国内公募外貨建社債発行の意義 佐藤 淳
  1. 野村総合研究所は2018年3月、国内公募豪ドル建社債を発行した。これは、日本企業が初めて国内公募市場において外貨建で発行した社債である。
  2. 日本社会が成熟化し、経済成長率が低位安定で推移する中、日本企業の事業活動のグローバル化が進んでいる。海外企業を対象にした大型M&Aの増加は、グローバルな競争を有利に進めようという企業の経営判断の現れであり、多くの中堅・中小企業にとっても海外活動の拡大は重要課題となっている。
  3. そうした環境下、外貨建資産の増加にマッチした負債調達の多通貨化、簡便化の意義は大きい。今後、この枠組みを通じて、成長期待の高いタイやインドネシア等の現地法人向けのファイナンスが実施されることも考えられる。更に、アーリーステージ企業の資金調達手段として発展する可能性もある。
  4. 投資家にとっても、国内公募外貨建社債は、外貨建運用の新たな選択肢となる。投資対象が国内企業であれば状況を把握しやすいため、発行体の信用力を効率的に判断しつつ、成長力の高い新興国の通貨での運用を行うことも可能となる。今後の展開が注目される。
日本企業のM&Aにおけるプライベート・エクイティの台頭と今後の展望 吉川 浩史
  1. 近年の日本ではM&A件数・金額が増えており、特にプライベート・エクイティ(PE)の関与する案件の増加が顕著である。
  2. PEの関与するM&Aでは、成熟企業の事業再編に伴い売却される子会社・事業部門や、後継者が不在の中小・零細企業に対する買収が増加している。いずれのケースでもPEには資金に加え、買収後の成長戦略の策定・実行が期待されることが多い。
  3. 広義のPEとして、企業や大学の運用するベンチャー・キャピタルによるベンチャー企業投資も活発化している。今後は、投資先のエグジット(投資回収)時に、買い手としてのPEへのニーズが高まる可能性もある。
  4. 近年は地方創生の観点から、地域産業の振興や観光資源の開発を通じた地域経済の活性化を目的に、自治体、地域金融機関、地域企業等が出資するファンドが地域の企業・事業者に出資する案件もみられる。
  5. PEが関与するM&Aの増加の背景には、企業等からPEが企業価値向上に取り組むパートナーとみられ始めたこともあろう。足元では米系PEによるアジア地域を対象とする大型ファンドの組成が相次ぐが、日系PEの組成は活発とは言えない。経済の新陳代謝を促すためにも、日系PEによる規模拡大とM&Aのさらなる活発化が期待される。
相続制度をめぐる新たな動き
−相続税改正2年目の影響と40年ぶりの改正が決まった相続法−
宮本 佐知子
  1. 相続に対する関心が高まっている。人口動態上、相続を経験する人が増えていることが背景にある。加えて、地価の大幅下落等への対応や格差の固定化防止等の観点から、相続税が2015年から改正されたことや、高齢社会の実情を反映するために、民法の相続に関する規定(相続法)が40年ぶりに改正されることになり、広く耳目を集めていることも挙げられる。本稿では、まず2018年夏に公表された2016年の相続税統計の分析結果を示し、次に2018年7月に決定された相続法改正の注目点を示した上で、金融機関への示唆を検討する。
  2. 相続税については、2015年からの改正では、現行制度の下で初めて基礎控除額が引き下げられたため相続税課税対象者が増加し、課税割合は2015年に続いて2016年も過去最高を更新した。課税割合が増加した地域は、大都市圏のみならず地方圏でも増えており、総じて相続税改正の影響は更に広がっている。
  3. 相続法については、今般の改正では、残された配偶者が生活に困窮することを防ぐための仕組み作りが進められることになった。高齢社会の実情に合わせ、遺留分侵害額請求権や預貯金の仮払い制度など、相続をめぐる揉め事を回避しやすくする仕組みも整えられた。相続人以外の親族に対しても、故人の介護をめぐり認められにくい部分を補う配慮もなされた。この他、自筆証書遺言を法務局で保管し情報の管理を行う制度も新設されることになった。
  4. 多くの金融機関では、相続資産市場を重要な戦略市場に位置づけていることから、相続制度をめぐる新たな動きには注目しておくべきである。これらの改正は、総じて多くの人に影響が及び、相続を意識する人も一層増えていると考えられる。金融機関では、このような個人顧客側での意識の高まりを踏まえ、相続税および相続法の改正に係る正確な情報を提供することと、その上で、相続・贈与をめぐる顧客の金融ニーズを丁寧に引き出し、個々人の事情を踏まえた適切な提案を行うことが重要である。
発足5年目を迎えたNISA
−これまでの利用状況と普及へ向けた課題−
宮本 佐知子
  1. 2014年1月に開始された少額投資非課税制度(NISA)は、開始直後は投資経験者を中心に口座数が急増したが、その後は伸びが鈍化しており、普及へ向けた課題も多い。本稿ではまず、NISAの概要と2017年12月末時点の利用状況を示し、次に制度の設立背景と今後の普及へ向けた課題を論じる。
  2. NISAは現在、3種類あり、成年を対象とした「一般NISA」、積立投資に特化した「つみたてNISA」、そして未成年を対象とした「ジュニアNISA」がある。制度開始直後は一般NISAのみの取扱であり、2017年12月末時点での一般NISAの口座数は1,099万2,733口座、総買付額は12兆5,325億円である。また、一般NISAの普及率は対象人口の10.5%である。
  3. NISAは利用者にとっては複雑な仕組みになっている。これは、証券優遇税制を廃止し、配当・譲渡益の税率を10%から20%へ引き上げる際の激変緩和措置として導入されたという経緯と、政府関係者間での様々な思惑が絡んだ結果といえる。他方、それでも急速に普及が進んだ背景として、官民をあげた努力は見逃せない。
  4. 今後の普及へ向けた課題も多い。NISAを使いやすくするためには、家計の安定的な資産形成を支援するというNISAのそもそもの導入目的に立ち返り、簡素で分かりやすい制度にすべきであろう。現行制度を基に改善を進めるうえで特に急ぐべきは、「制度の恒久化」「スイッチングの認可」「相続時の対応」である。さらに、NISAの新規利用者を広げるにはより直接的な税制面でのアピールも必要になろう。
  5. 金融機関にとっては、まず現行制度の範囲内での真摯な取り組みは重要である。税制優遇が付されたNISAは、新規顧客開拓のための「ドアノック商品」としても利用価値は高い。金融機関にとって、家計の資産形成を支援することは、顧客本位の業務運営を進める上で求められている役割の一つだろう。
金融業への外資出資比率の緩和と同時に株主管理を強化する中国政府の動き 関根 栄一
  1. 2018年4月の中国・海南省で開催されたボアオ・アジアフォーラムでの習近平国家主席による対外開放の継続・拡大に関するスピーチを受け、中国人民銀行・易鋼総裁は、金融業の対外開放に関する12項目を発表し、2017年11月の米中首脳会談等での中国政府の公約内容を更に拡大し、期限を区切って実施することを確約した。
  2. 金融業の開放のうち、証券業では、従来の外資出資上限49%の51%への引き上げと3年後の撤廃とともに、業務範囲の拡大を容認した。保険業では、生命保険業への外資出資比率の緩和を前倒しで実現し、保険関連業務での国内資本との同一性を確保した。銀行業では、貸出債権の株式化に伴う受け皿会社への出資など、新規業務での外資進出を容認した。
  3. 対外開放の一方で、中国政府は過去の事件を教訓に、金融業に出資する株主への管理監督を強化する方針である。そのうち、証券業では、従来の「5%以上の保有株主」、「25%以上を保有する等の主要株主」に加えて、「5%未満の保有株主」と「50%以上を保有する等の支配株主」を加えて、株主を四つに分類し、保有比率が多いほど満たすべき基準を強化する方針である。
  4. また、中国では、既に50〜60社に上ると見られる金融持株会社に対する管理監督体制が整っておらず、グループ内の資金循環や関連取引、複雑な株主構成による大株主の権利濫用、銀行・保険・証券という業態別規制のアービトラージが発生し、レバレッジを効かせるなどして金融市場での潜在的なシステミックリスクを高めている。
  5. このため、2017年には業態別の管理監督の内閣レベルの調整機関として「国務院金融安定発展委員会」が創設され、2018年3月には銀行と保険の管理監督機関が統合され、「中国銀行保険監督管理委員会」が新たに発足し、それぞれ幹部人事の手当てもなされている。
  6. 金融業の対外開放の新たな方針の下、証券業では既に出資している外資持分の引き上げや、保険業では外資の新規進出や異業種の国内資本の進出が出始めている。3年後の2021年を目標に設定した金融業の対外開放の促進とシステミックリスクの発生防止に向け、中国政府にはバランスの取れた政策運営が求められている。
中国におけるハイテク企業を対象とする上場制度改革
−レッドチップ企業による中国預託証券(CDR)の発行が可能に−
関 志雄
  1. 近年、中国では、情報通信などの分野における技術革新を背景に、アリババ、テンセント、バイドゥなど、ニューエコノミーを牽引するハイテク企業が相次いで現れている。しかし、資本市場の改革は遅れているため、これらの企業は、レッドチップ企業として、ニューヨークなどの海外市場に上場している。また、急成長している多くのユニコーン企業も、海外上場の準備を進めている。
  2. 資本市場の活性化とニューエコノミーの更なる発展を促すべく、中国政府は、これらの企業が国内で上場できるように、環境整備を進めている。その大きな一歩として、当局はすでに海外市場に上場しているレッドチップ企業と、ユニコーン企業が中国国内市場に上場するための新しいルールを提示している。それにより、海外で登記しているハイテク企業でも、一定の条件を満たせば、株式、または海外で発行した株式などの証券に裏付けられる中国預託証券(CDR)を、国内市場に上場させることが可能になる。
タイの投資信託市場の展望と課題
−持続的な拡大をもたらし得る3つの要因−
井潟 正彦佐藤 広大
  1. 近年、タイの証券市場は活況を呈しているが、特に目を引くのが投資信託の拡大である。同国の2017年末投資信託残高は約5兆バーツ(約17兆円)で、過去5年間で年率約13.0%の成長を遂げ、ASEAN(東南アジア諸国連合)の投資信託市場の中でも抜きんでる存在になりつつある。
  2. これまで投資信託販売において牽引役を果たしてきたのは大手銀行グループである。今後もタイの投資信託市場が持続的に拡大し得るかについて、(1)オープン・アーキテクチャーが広がる動き、(2)税制優遇を伴う投資制度の役割、(3)海外ファンドが拡大する余地の3点に注目し、考察した。
  3. 1点目のオープン・アーキテクチャーが広がる動きは、健全な販売活動や競争の促進、品揃え拡充ニーズへの対応から既定路線になっており、今後数年間で本格化する見込みである。2点目の税制優遇を伴う投資制度の役割には、官民一体で期待を高めている。背景として、同国で高齢化が急速に進行することが挙げられる。国民全体が退職後の備えを充実できるようにと、民間企業における確定拠出型年金の従業員への提供義務化も予定されている。3点目の海外ファンドが拡大する余地は大きいと見る。同国の経済成長が引き続き期待できるとは言え、経済規模や産業構造などから生じ得る一定の制約に鑑みると、分散投資を伴いながら長期的に高い収益率を実現するには海外ファンドの役割は不可欠だからである。
  4. タイの投資信託市場の持続的拡大には、国民における金融リテラシーの向上、投資教育の強化が欠かせない。政府と業界関係者はその重要性を認識し、一体となって具体的な取り組みに注力し始めている。今後、より多くの同国国民が資産形成に取り組む基盤の形成が進み、投資信託市場の持続的拡大の実現可能性がより高まるか、注目される。
要約
時流 2025年にどのようにたどり着くか:財政健全化の今後の道行きについて 上智大学経済学部准教授、日本政策投資銀行設備投資研究所客員主任研究員
中里 透

量的・質的金融緩和の導入から5年、消費税率の8%への引き上げから4年が経過した。この間に物価上昇率はプラスに転じ、財政収支も大幅な改善をみたが、2%の物価安定目標は未達のままであり、基礎的財政収支(プライマリーバランス)の黒字化も達成時期の後ずれが生じている。こうした中、2019年10月には再増税(消費税率の10%への引き上げ)の実施が予定されており、その実施・延期の判断が今秋にもなされる見通しである。
そこで、本稿では財政健全化をめぐるこれまでの経過を振り返り、今後の道行きについて考えてみることとしたい。

投資家と企業との対話ガイドラインの策定とCGコードの改訂 西山 賢吾
  1. 我が国のコーポレートガバナンス改革はここまで一定の成果を上げているが、その水準をさらに高める上で残されている課題に対応するため、2018年6月1日、『投資家と企業との対話ガイドライン』が策定、公表されるとともに、コーポレートガバナンス・コードの改訂が実施された。
  2. 今回のガイドラインとコードの改訂で最も注目されるのは、『資本コストの的確な把握』であろう。今回資本コストの定義や明確な計算方法は示されていないが、重要なことは、資本コストの算出そのものに終始するのではなく、資本コストの計算に用いた各種数値の採用根拠やその背景にある中長期的な経営ビジョンを示し、投資家との対話を深めることである。
  3. 資本コストと並び注目される政策保有株式に関しては、保有すべきではないという意見と、合理性があれば一定量の保有を容認する意見がある。しかし、今回の対話ガイドラインの制定やコードの改訂により、保有の合理性に対し従来以上に納得感のある説明が求められると考えられるため、保有の合理性に乏しい株式の売却を求める声はさらに強まるであろう。
  4. 我が国企業ではコードの各原則について、まず遵守ありきという考えを持つ上場企業が少なくないように見えるが、具体的な対応をせず形式的な遵守に留まるよりは、明確な理由を説明した上で受け入れない原則があるという対応の方が望ましいと考えられる。さらに、これからは「コンプライ・オア・エクスプレイン」ベースから、原則受け入れの諾否にかかわらず企業の姿勢を主体的、かつ明確に示す「コンプライ・アンド・エクスプレイン」ベースでの対応が期待される。
機関投資家が注目し始めた気候関連財務情報
−ESG投資拡大に伴い重要性が高まる積極開示−
板津 直孝
  1. 金融安定理事会(FSB)が設置した気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)は、2017年6月、最終報告書を公表し、投資家やその他のステークホルダーが、重要な気候関連のリスク及び機会が企業にもたらす財務インパクトを理解する上で、有用な情報開示の枠組みを提言した。その後の1年間で、欧米の機関投資家は気候関連の情報開示に対する関心を着実に高めており、日本企業が注視すべき状況になっている。
  2. 背景には、世界各国で拡大し始めたESG(環境、社会、企業投資)投資がある。欧米の機関投資家の多くは、気候変動をポートフォリオの重要なリスク要因に位置づけ、投資で優先すべき一つに掲げている。そして、気候関連の情報開示が不十分な企業に対しては、議決権を行使して改善を求める集団的エンゲージメントや、気候変動に対する取り組みが不十分な企業への投資を引き上げるダイベストメントを拡大している。その対象は、日本企業にも広がっている。
  3. TCFDの最終報告書の公表により、開示の枠組みが提示されたことから、欧米の機関投資家のこうした動きは、具体性を伴ってますます盛んになると考えられる。こうした欧米の気候関連の情報開示に対する顕著な反応は、現在、日本企業が日本国内において得られる感触と大きく異なるため、株主構成において欧米の機関投資家の比率が高い日本企業は、特に注視する必要があろう。
  4. 気候関連の情報開示の国際的な方向性は、財務報告との一元化であり、日本企業にとっては、財務報告と気候関連財務情報との親和性を一層高める準備が必要である。日本企業と欧米の投資家との対話においては、投資家が、TCFDの提言に則した気候関連財務情報開示を期待していることを認識する必要があろう。
持続可能な社会の実現に向けて注目が集まるソーシャルボンド 江夏 あかね
  1. 社会的課題への対処に向けた事業を資金使途とする債券である「ソーシャルボンド」の発行が近年、増加し始めている。ソーシャルボンドは、2006年11月に発行を開始した予防接種のための国際金融ファシリティ(IFFIm)によるワクチン債が初めてとされる。国際資本市場協会(ICMA)によるソーシャルボンド原則(SBP)の存在もあり、2010年代半ば頃から認知度が上がっている。また、本稿でも取り上げた発行事例を踏まえると、発行体セクターは、国際機関、銀行、政府系機関、事業会社と拡大傾向にある。
  2. 日本では2018年6月末現在、国内債として国際協力機構(JICA)、サムライ債としてBPCEが発行している。日本国内の社会的課題のために発行された事例はまだ出ていないが、日本でソーシャルボンドが今後、どのように活用されていくか注目されるところである。
  3. ソーシャルボンドの発行に当たっては、(1)発行体として、社会的課題の解決が経営面での重要課題として位置付けられていること、(2)対象事業がSBPに掲げられるソーシャルプロジェクトに該当し、社会的課題の改善目標及び改善のためのプロセスが明確など、SBPに適合した内容であること、(3)投資家をはじめとしたステークホルダーに対して透明性かつ客観性を確保し、レポーティング等を通じて説明責任を果たすこと、が成功のカギになると考えられる。
ブロックチェーンで拡がるESGをテーマとした資金調達の未来
−オーストリアのフェアブントによるグリーン・シュルトシャイン−
江夏 あかね佐藤 広大
  1. オーストリアの大手電力会社フェアブント(Verbund AG)は2018年4月17日、世界初の取組みとなるブロックチェーン技術を活用した「グリーン・シュルトシャイン」(Grüner Schuldschein)による資金調達を実現させた。
  2. グリーン・シュルトシャインとは、債務証書とも呼ばれるドイツ法に準拠したローンで、調達資金の使途を環境に配慮したプロジェクトとする、環境・社会・ガバナンス(ESG)関連の金融商品である。今般の資金調達に当たっては、ブロックチェーン技術が活用され、発行体から投資家へのプロセスをデジタル化することで、コミュニケーション、透明性、自動化といった観点から、調達プロセスが改善された。
  3. 発行体・投資家等は、プロセスの改善により調達関連コストの縮減や利便性向上といったメリットを享受することとなった。今後、ESGをテーマとした負債性資金調達でも、デジタル・プラットフォームの一環としてブロックチェーン技術の活用が選択肢の1つとなる機会が増える可能性もあろう。
  4. 今般のグリーン・シュルトシャインによる資金調達は、将来的なESG関連データ蓄積・充実化といった観点からも、多くのESG市場参加者に対して考えるきっかけを与える事例になったと言える。
金融危機発生から10年間で再拡大する米連邦住宅貸付銀行制度 岡田 功太
  1. 近年、米連邦住宅貸付銀行制度(FHLBS)のバランスシートが再拡大している。FHLBSの資産は、2008年の金融危機時に約1.35兆ドルとピークに達した後に、2012年にかけて半減し、その後、過去5年間で約1.5倍に増加した。FHLBSは、政府支援企業(GSE)であるが、ファニーメイ及びフレディマックのように、証券化商品の発行・保証を担っているのではなく、住宅ローン貸出支援を目的に、会員である商業銀行等に対して、「アドバンス」と呼ばれる低利の貸出を行っている。
  2. アドバンスの残高は、過去5年間で約1.7倍となり、FHLBSの資産の約65%に相当する規模になった。その要因として、2014年9月に最終化された米国の流動性カバレッジ比率(LCR)が挙げられる。LCRにおける証券担保調達の流出率は、適格流動資産の要件を満たさない資産が担保の場合には100%、GSEとの取引の場合には25%と規定されており、大手米銀にとって、GSEと取引する方が有利であることから、FHLBSからアドバンスの借入額を増加させた。
  3. 他方で、FHLBSの負債も増加傾向にあり、特に、ディスカウント・ノートの発行残高は、過去5年間で約1.8倍となった。その要因として、2014年7月に最終化されたMMF規制が挙げられる。同規制において、FHLBSが発行するディスカウント・ノートは、ガバメントMMFの投資対象資産として分類されたことに加えて、同MMFは2015年7月から約2年間で約1兆ドル増加した。その結果、MMFによるFHLBS債の保有比率は、2011年末の約7%から、2017年末には約20%に増加した。
  4. FHLBSは、1930年代の世界恐慌以降、過去の金融危機において、大手米銀に対してアドバンスを提供することで、連邦準備制度理事会(FRB)に次ぐ最後から2番目の貸し手として、金融システムの安定化に貢献してきた。しかし、現在、FHLBSのバランスシートは再拡大し、特に短期調達比率が上昇したことによって、皮肉なことにFHLBS自身がシステミック・リスクの震源地として懸念材料となっている。つまり、大手米銀及びMMFが有していた同リスクの一部は、金融規制の進展によって、FHLBSにシフトしているとも言える。2008年の金融危機から10年が経過した現在、改めて、金融システムにとって最適な規制枠組みの構築が必要であると言えよう。
EUにおけるマクロプルーデンス政策
−世界に先駆ける実践的な取組み−
小立 敬
  1. 金融危機以降、世界の中央銀行や金融規制当局において金融システムの安定を政策目標とするマクロプルーデンス政策の重要性がより強く認識されている。EUでは、欧州システミック・リスク理事会(ESRB)のイニシアティブの下、マクロプルーデンス政策を実行するための域内共通の枠組みが整備され、加盟国では新たな政策ツールの適用も始まっている。
  2. 実際に加盟国で適用されている主なマクロプルーデンス・ツールとしては、代表的な政策ツールに位置づけられるバーゼルIIIのカウンターシクリカル・バッファー(CCyB)が7カ国で実施されている。システミック・リスクに対応するために自己資本の上乗せを要求するEU独自のシステミック・リスク・バッファー(SyRB)も14カ国で導入されている。担保評価額に対する融資の比率を表すLTVや債務者所得に対する債務返済額の比率を表すDSTIに上限を設定する国も多く、LTVリミットは17カ国において採用されている。
  3. マクロプルーデンス・ツールの適用に関する実務をみると、加盟国の間で違いが窺われる。例えば、CCyBのオペレーションに関しては、水準の設定に責任を有する当局、情報開示、政策目標、ルールか裁量かという運営方法、中立的なバッファーの水準、コア指標、フォワード・ガイダンスといった点において、加盟国によって対応や考え方が大きく異なる。今後、加盟国がマクロプルーデンス・ツールの適用の経験を積み重ねていく中で、加盟国間の差異が解消されていくのかどうかが注目されるところである。
  4. EUのマクロプルーデンス政策は、実行段階に入ったばかりとはいえ、世界に先駆ける実践的な取組みのように窺われる。EUの経験は今後、EU以外の国・地域に対しても議論の材料を提供していくことを通じて、マクロプルーデンス政策に係るグローバルな知見を高めていくことになるだろう。EUにおけるマクロプルーデンス政策は引続き注目していくべき重要な取組みである。
米モルガン・スタンレーのウェルス・マネジメント部門の取り組み 岡田 功太木下 生悟
  1. 米国モルガン・スタンレーのウェルス・マネジメント部門は、競合他社を上回る預かり資産や営業員数を有し、同社の主力ビジネスとしてグループを牽引している。2008年の金融危機以降、事業の選択と集中を進めるシティ・グループからのスミス・バーニー買収によって、同部門の基盤が形成された。また、同年に銀行持株会社への変更が行われたが、これにより、資産運用関連のサービスに加えて、預金の受け入れと融資も提供して家計全体にアプローチすることが可能となった。
  2. 同部門では、一貫して収益構造の改革に取り組んでいる。所属する営業員数及び店舗数の大幅な削減と同時に、顧客層を富裕層にシフトし、営業員一人当たりの預かり資産を増加させることで収益性を向上させている。営業員数は2009年末から約13%減少し、店舗数は同期間で約33%減少した。これらの結果、営業員一人当たりの収益が、過去8年間で約2倍となった。
  3. また、収益安定化や顧客との関係構築の強化に向け、顧客の資産残高に応じて手数料を得る残高フィー型サービスの提供に注力している。預かり資産総額に占める残高フィー型サービスの割合は、2009年末の約25%から2017年末には約45%に増加した。更に、営業員のサポートを主眼としたデジタル戦略に取り組み、自社開発に拘らず、他社との提携によって、より高度で効率的なデジタル戦略を採用する方向性を示している。
  4. モルガン・スタンレーは、ジェームズ・ゴーマン会長兼CEOの指揮の下、これまで一貫してウェルス・マネジメント部門の営業収益の利益率の増加という明確な経営目標を設定し、実行し続けてきた。引き続き収益性の向上を掲げており、今後も同部門の動向が注目される。
キャッシュレス化と決済改革 淵田 康之
  1. 今日、諸外国では一連の決済改革を通じて、キャッシュレス化が進展している。決済改革の柱は、銀行界による統一的なモバイル個人間送金サービスの導入や、決済関連FinTechの台頭を踏まえた、制度及びインフラの抜本的な見直しである。
  2. 英国では、2000年代に入り、政府主導の改革が展開され、2014年には銀行界による統一モバイル個人間送金サービスが導入された。
  3. さらに2016年末には将来戦略が策定され、新決済インフラの構築が始まった。2018年には、インフラの運営を担う、新決済ガバナンス機関が始動している。また歴史上初めて、ノンバンクによる、銀行間決済システムと中央銀行システムへの直接アクセスも実現した。
  4. 米国においても、銀行界によるモバイル個人間送金サービスが普及しつつある。また英国同様、将来ビジョンが策定され、新決済インフラが構築されつつある。2018年夏には、インフラの運営を担う新決済ガバナンス機関が設立される。
  5. シンガポールは、2016年8月に決済改革のロードマップを発表した。2017年には銀行界の統一的なモバイル決済サービス、PayNowが導入され、FinTechやユーザー代表も参加するPayments Councilも設置された。2018年には、新決済法が制定される予定である。
  6. シンガポールの新決済法案では、決済業者や決済システムに対し、インターオペラビリティの確保を義務づける規定が盛り込まれている。
  7. わが国では、2018年7月に「キャッシュレス推進協議会」が設立され、QRコードの標準化の検討が始まる。同協議会は、英国、米国、シンガポールにおける「決済ガバナンス機関」に似た面もあるが、位置づけは全く異なる。キャッシュレス化を真に推進するためには、銀行界の統一的モバイル個人間送金サービスの導入や、決済法制の抜本的な改革、決済インフラの見直しが不可欠である。
初の国内公募外貨建社債発行の意義 佐藤 淳
  1. 野村総合研究所は2018年3月、国内公募豪ドル建社債を発行した。これは、日本企業が初めて国内公募市場において外貨建で発行した社債である。
  2. 日本社会が成熟化し、経済成長率が低位安定で推移する中、日本企業の事業活動のグローバル化が進んでいる。海外企業を対象にした大型M&Aの増加は、グローバルな競争を有利に進めようという企業の経営判断の現れであり、多くの中堅・中小企業にとっても海外活動の拡大は重要課題となっている。
  3. そうした環境下、外貨建資産の増加にマッチした負債調達の多通貨化、簡便化の意義は大きい。今後、この枠組みを通じて、成長期待の高いタイやインドネシア等の現地法人向けのファイナンスが実施されることも考えられる。更に、アーリーステージ企業の資金調達手段として発展する可能性もある。
  4. 投資家にとっても、国内公募外貨建社債は、外貨建運用の新たな選択肢となる。投資対象が国内企業であれば状況を把握しやすいため、発行体の信用力を効率的に判断しつつ、成長力の高い新興国の通貨での運用を行うことも可能となる。今後の展開が注目される。
日本企業のM&Aにおけるプライベート・エクイティの台頭と今後の展望 吉川 浩史
  1. 近年の日本ではM&A件数・金額が増えており、特にプライベート・エクイティ(PE)の関与する案件の増加が顕著である。
  2. PEの関与するM&Aでは、成熟企業の事業再編に伴い売却される子会社・事業部門や、後継者が不在の中小・零細企業に対する買収が増加している。いずれのケースでもPEには資金に加え、買収後の成長戦略の策定・実行が期待されることが多い。
  3. 広義のPEとして、企業や大学の運用するベンチャー・キャピタルによるベンチャー企業投資も活発化している。今後は、投資先のエグジット(投資回収)時に、買い手としてのPEへのニーズが高まる可能性もある。
  4. 近年は地方創生の観点から、地域産業の振興や観光資源の開発を通じた地域経済の活性化を目的に、自治体、地域金融機関、地域企業等が出資するファンドが地域の企業・事業者に出資する案件もみられる。
  5. PEが関与するM&Aの増加の背景には、企業等からPEが企業価値向上に取り組むパートナーとみられ始めたこともあろう。足元では米系PEによるアジア地域を対象とする大型ファンドの組成が相次ぐが、日系PEの組成は活発とは言えない。経済の新陳代謝を促すためにも、日系PEによる規模拡大とM&Aのさらなる活発化が期待される。
相続制度をめぐる新たな動き
−相続税改正2年目の影響と40年ぶりの改正が決まった相続法−
宮本 佐知子
  1. 相続に対する関心が高まっている。人口動態上、相続を経験する人が増えていることが背景にある。加えて、地価の大幅下落等への対応や格差の固定化防止等の観点から、相続税が2015年から改正されたことや、高齢社会の実情を反映するために、民法の相続に関する規定(相続法)が40年ぶりに改正されることになり、広く耳目を集めていることも挙げられる。本稿では、まず2018年夏に公表された2016年の相続税統計の分析結果を示し、次に2018年7月に決定された相続法改正の注目点を示した上で、金融機関への示唆を検討する。
  2. 相続税については、2015年からの改正では、現行制度の下で初めて基礎控除額が引き下げられたため相続税課税対象者が増加し、課税割合は2015年に続いて2016年も過去最高を更新した。課税割合が増加した地域は、大都市圏のみならず地方圏でも増えており、総じて相続税改正の影響は更に広がっている。
  3. 相続法については、今般の改正では、残された配偶者が生活に困窮することを防ぐための仕組み作りが進められることになった。高齢社会の実情に合わせ、遺留分侵害額請求権や預貯金の仮払い制度など、相続をめぐる揉め事を回避しやすくする仕組みも整えられた。相続人以外の親族に対しても、故人の介護をめぐり認められにくい部分を補う配慮もなされた。この他、自筆証書遺言を法務局で保管し情報の管理を行う制度も新設されることになった。
  4. 多くの金融機関では、相続資産市場を重要な戦略市場に位置づけていることから、相続制度をめぐる新たな動きには注目しておくべきである。これらの改正は、総じて多くの人に影響が及び、相続を意識する人も一層増えていると考えられる。金融機関では、このような個人顧客側での意識の高まりを踏まえ、相続税および相続法の改正に係る正確な情報を提供することと、その上で、相続・贈与をめぐる顧客の金融ニーズを丁寧に引き出し、個々人の事情を踏まえた適切な提案を行うことが重要である。
発足5年目を迎えたNISA
−これまでの利用状況と普及へ向けた課題−
宮本 佐知子
  1. 2014年1月に開始された少額投資非課税制度(NISA)は、開始直後は投資経験者を中心に口座数が急増したが、その後は伸びが鈍化しており、普及へ向けた課題も多い。本稿ではまず、NISAの概要と2017年12月末時点の利用状況を示し、次に制度の設立背景と今後の普及へ向けた課題を論じる。
  2. NISAは現在、3種類あり、成年を対象とした「一般NISA」、積立投資に特化した「つみたてNISA」、そして未成年を対象とした「ジュニアNISA」がある。制度開始直後は一般NISAのみの取扱であり、2017年12月末時点での一般NISAの口座数は1,099万2,733口座、総買付額は12兆5,325億円である。また、一般NISAの普及率は対象人口の10.5%である。
  3. NISAは利用者にとっては複雑な仕組みになっている。これは、証券優遇税制を廃止し、配当・譲渡益の税率を10%から20%へ引き上げる際の激変緩和措置として導入されたという経緯と、政府関係者間での様々な思惑が絡んだ結果といえる。他方、それでも急速に普及が進んだ背景として、官民をあげた努力は見逃せない。
  4. 今後の普及へ向けた課題も多い。NISAを使いやすくするためには、家計の安定的な資産形成を支援するというNISAのそもそもの導入目的に立ち返り、簡素で分かりやすい制度にすべきであろう。現行制度を基に改善を進めるうえで特に急ぐべきは、「制度の恒久化」「スイッチングの認可」「相続時の対応」である。さらに、NISAの新規利用者を広げるにはより直接的な税制面でのアピールも必要になろう。
  5. 金融機関にとっては、まず現行制度の範囲内での真摯な取り組みは重要である。税制優遇が付されたNISAは、新規顧客開拓のための「ドアノック商品」としても利用価値は高い。金融機関にとって、家計の資産形成を支援することは、顧客本位の業務運営を進める上で求められている役割の一つだろう。
金融業への外資出資比率の緩和と同時に株主管理を強化する中国政府の動き 関根 栄一
  1. 2018年4月の中国・海南省で開催されたボアオ・アジアフォーラムでの習近平国家主席による対外開放の継続・拡大に関するスピーチを受け、中国人民銀行・易鋼総裁は、金融業の対外開放に関する12項目を発表し、2017年11月の米中首脳会談等での中国政府の公約内容を更に拡大し、期限を区切って実施することを確約した。
  2. 金融業の開放のうち、証券業では、従来の外資出資上限49%の51%への引き上げと3年後の撤廃とともに、業務範囲の拡大を容認した。保険業では、生命保険業への外資出資比率の緩和を前倒しで実現し、保険関連業務での国内資本との同一性を確保した。銀行業では、貸出債権の株式化に伴う受け皿会社への出資など、新規業務での外資進出を容認した。
  3. 対外開放の一方で、中国政府は過去の事件を教訓に、金融業に出資する株主への管理監督を強化する方針である。そのうち、証券業では、従来の「5%以上の保有株主」、「25%以上を保有する等の主要株主」に加えて、「5%未満の保有株主」と「50%以上を保有する等の支配株主」を加えて、株主を四つに分類し、保有比率が多いほど満たすべき基準を強化する方針である。
  4. また、中国では、既に50〜60社に上ると見られる金融持株会社に対する管理監督体制が整っておらず、グループ内の資金循環や関連取引、複雑な株主構成による大株主の権利濫用、銀行・保険・証券という業態別規制のアービトラージが発生し、レバレッジを効かせるなどして金融市場での潜在的なシステミックリスクを高めている。
  5. このため、2017年には業態別の管理監督の内閣レベルの調整機関として「国務院金融安定発展委員会」が創設され、2018年3月には銀行と保険の管理監督機関が統合され、「中国銀行保険監督管理委員会」が新たに発足し、それぞれ幹部人事の手当てもなされている。
  6. 金融業の対外開放の新たな方針の下、証券業では既に出資している外資持分の引き上げや、保険業では外資の新規進出や異業種の国内資本の進出が出始めている。3年後の2021年を目標に設定した金融業の対外開放の促進とシステミックリスクの発生防止に向け、中国政府にはバランスの取れた政策運営が求められている。
中国におけるハイテク企業を対象とする上場制度改革
−レッドチップ企業による中国預託証券(CDR)の発行が可能に−
関 志雄
  1. 近年、中国では、情報通信などの分野における技術革新を背景に、アリババ、テンセント、バイドゥなど、ニューエコノミーを牽引するハイテク企業が相次いで現れている。しかし、資本市場の改革は遅れているため、これらの企業は、レッドチップ企業として、ニューヨークなどの海外市場に上場している。また、急成長している多くのユニコーン企業も、海外上場の準備を進めている。
  2. 資本市場の活性化とニューエコノミーの更なる発展を促すべく、中国政府は、これらの企業が国内で上場できるように、環境整備を進めている。その大きな一歩として、当局はすでに海外市場に上場しているレッドチップ企業と、ユニコーン企業が中国国内市場に上場するための新しいルールを提示している。それにより、海外で登記しているハイテク企業でも、一定の条件を満たせば、株式、または海外で発行した株式などの証券に裏付けられる中国預託証券(CDR)を、国内市場に上場させることが可能になる。
タイの投資信託市場の展望と課題
−持続的な拡大をもたらし得る3つの要因−
井潟 正彦佐藤 広大
  1. 近年、タイの証券市場は活況を呈しているが、特に目を引くのが投資信託の拡大である。同国の2017年末投資信託残高は約5兆バーツ(約17兆円)で、過去5年間で年率約13.0%の成長を遂げ、ASEAN(東南アジア諸国連合)の投資信託市場の中でも抜きんでる存在になりつつある。
  2. これまで投資信託販売において牽引役を果たしてきたのは大手銀行グループである。今後もタイの投資信託市場が持続的に拡大し得るかについて、(1)オープン・アーキテクチャーが広がる動き、(2)税制優遇を伴う投資制度の役割、(3)海外ファンドが拡大する余地の3点に注目し、考察した。
  3. 1点目のオープン・アーキテクチャーが広がる動きは、健全な販売活動や競争の促進、品揃え拡充ニーズへの対応から既定路線になっており、今後数年間で本格化する見込みである。2点目の税制優遇を伴う投資制度の役割には、官民一体で期待を高めている。背景として、同国で高齢化が急速に進行することが挙げられる。国民全体が退職後の備えを充実できるようにと、民間企業における確定拠出型年金の従業員への提供義務化も予定されている。3点目の海外ファンドが拡大する余地は大きいと見る。同国の経済成長が引き続き期待できるとは言え、経済規模や産業構造などから生じ得る一定の制約に鑑みると、分散投資を伴いながら長期的に高い収益率を実現するには海外ファンドの役割は不可欠だからである。
  4. タイの投資信託市場の持続的拡大には、国民における金融リテラシーの向上、投資教育の強化が欠かせない。政府と業界関係者はその重要性を認識し、一体となって具体的な取り組みに注力し始めている。今後、より多くの同国国民が資産形成に取り組む基盤の形成が進み、投資信託市場の持続的拡大の実現可能性がより高まるか、注目される。
個人マーケット
時流 2025年にどのようにたどり着くか:財政健全化の今後の道行きについて 上智大学経済学部准教授、日本政策投資銀行設備投資研究所客員主任研究員
中里 透

量的・質的金融緩和の導入から5年、消費税率の8%への引き上げから4年が経過した。この間に物価上昇率はプラスに転じ、財政収支も大幅な改善をみたが、2%の物価安定目標は未達のままであり、基礎的財政収支(プライマリーバランス)の黒字化も達成時期の後ずれが生じている。こうした中、2019年10月には再増税(消費税率の10%への引き上げ)の実施が予定されており、その実施・延期の判断が今秋にもなされる見通しである。
そこで、本稿では財政健全化をめぐるこれまでの経過を振り返り、今後の道行きについて考えてみることとしたい。

投資家と企業との対話ガイドラインの策定とCGコードの改訂 西山 賢吾
  1. 我が国のコーポレートガバナンス改革はここまで一定の成果を上げているが、その水準をさらに高める上で残されている課題に対応するため、2018年6月1日、『投資家と企業との対話ガイドライン』が策定、公表されるとともに、コーポレートガバナンス・コードの改訂が実施された。
  2. 今回のガイドラインとコードの改訂で最も注目されるのは、『資本コストの的確な把握』であろう。今回資本コストの定義や明確な計算方法は示されていないが、重要なことは、資本コストの算出そのものに終始するのではなく、資本コストの計算に用いた各種数値の採用根拠やその背景にある中長期的な経営ビジョンを示し、投資家との対話を深めることである。
  3. 資本コストと並び注目される政策保有株式に関しては、保有すべきではないという意見と、合理性があれば一定量の保有を容認する意見がある。しかし、今回の対話ガイドラインの制定やコードの改訂により、保有の合理性に対し従来以上に納得感のある説明が求められると考えられるため、保有の合理性に乏しい株式の売却を求める声はさらに強まるであろう。
  4. 我が国企業ではコードの各原則について、まず遵守ありきという考えを持つ上場企業が少なくないように見えるが、具体的な対応をせず形式的な遵守に留まるよりは、明確な理由を説明した上で受け入れない原則があるという対応の方が望ましいと考えられる。さらに、これからは「コンプライ・オア・エクスプレイン」ベースから、原則受け入れの諾否にかかわらず企業の姿勢を主体的、かつ明確に示す「コンプライ・アンド・エクスプレイン」ベースでの対応が期待される。
機関投資家が注目し始めた気候関連財務情報
−ESG投資拡大に伴い重要性が高まる積極開示−
板津 直孝
  1. 金融安定理事会(FSB)が設置した気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)は、2017年6月、最終報告書を公表し、投資家やその他のステークホルダーが、重要な気候関連のリスク及び機会が企業にもたらす財務インパクトを理解する上で、有用な情報開示の枠組みを提言した。その後の1年間で、欧米の機関投資家は気候関連の情報開示に対する関心を着実に高めており、日本企業が注視すべき状況になっている。
  2. 背景には、世界各国で拡大し始めたESG(環境、社会、企業投資)投資がある。欧米の機関投資家の多くは、気候変動をポートフォリオの重要なリスク要因に位置づけ、投資で優先すべき一つに掲げている。そして、気候関連の情報開示が不十分な企業に対しては、議決権を行使して改善を求める集団的エンゲージメントや、気候変動に対する取り組みが不十分な企業への投資を引き上げるダイベストメントを拡大している。その対象は、日本企業にも広がっている。
  3. TCFDの最終報告書の公表により、開示の枠組みが提示されたことから、欧米の機関投資家のこうした動きは、具体性を伴ってますます盛んになると考えられる。こうした欧米の気候関連の情報開示に対する顕著な反応は、現在、日本企業が日本国内において得られる感触と大きく異なるため、株主構成において欧米の機関投資家の比率が高い日本企業は、特に注視する必要があろう。
  4. 気候関連の情報開示の国際的な方向性は、財務報告との一元化であり、日本企業にとっては、財務報告と気候関連財務情報との親和性を一層高める準備が必要である。日本企業と欧米の投資家との対話においては、投資家が、TCFDの提言に則した気候関連財務情報開示を期待していることを認識する必要があろう。
持続可能な社会の実現に向けて注目が集まるソーシャルボンド 江夏 あかね
  1. 社会的課題への対処に向けた事業を資金使途とする債券である「ソーシャルボンド」の発行が近年、増加し始めている。ソーシャルボンドは、2006年11月に発行を開始した予防接種のための国際金融ファシリティ(IFFIm)によるワクチン債が初めてとされる。国際資本市場協会(ICMA)によるソーシャルボンド原則(SBP)の存在もあり、2010年代半ば頃から認知度が上がっている。また、本稿でも取り上げた発行事例を踏まえると、発行体セクターは、国際機関、銀行、政府系機関、事業会社と拡大傾向にある。
  2. 日本では2018年6月末現在、国内債として国際協力機構(JICA)、サムライ債としてBPCEが発行している。日本国内の社会的課題のために発行された事例はまだ出ていないが、日本でソーシャルボンドが今後、どのように活用されていくか注目されるところである。
  3. ソーシャルボンドの発行に当たっては、(1)発行体として、社会的課題の解決が経営面での重要課題として位置付けられていること、(2)対象事業がSBPに掲げられるソーシャルプロジェクトに該当し、社会的課題の改善目標及び改善のためのプロセスが明確など、SBPに適合した内容であること、(3)投資家をはじめとしたステークホルダーに対して透明性かつ客観性を確保し、レポーティング等を通じて説明責任を果たすこと、が成功のカギになると考えられる。
ブロックチェーンで拡がるESGをテーマとした資金調達の未来
−オーストリアのフェアブントによるグリーン・シュルトシャイン−
江夏 あかね佐藤 広大
  1. オーストリアの大手電力会社フェアブント(Verbund AG)は2018年4月17日、世界初の取組みとなるブロックチェーン技術を活用した「グリーン・シュルトシャイン」(Grüner Schuldschein)による資金調達を実現させた。
  2. グリーン・シュルトシャインとは、債務証書とも呼ばれるドイツ法に準拠したローンで、調達資金の使途を環境に配慮したプロジェクトとする、環境・社会・ガバナンス(ESG)関連の金融商品である。今般の資金調達に当たっては、ブロックチェーン技術が活用され、発行体から投資家へのプロセスをデジタル化することで、コミュニケーション、透明性、自動化といった観点から、調達プロセスが改善された。
  3. 発行体・投資家等は、プロセスの改善により調達関連コストの縮減や利便性向上といったメリットを享受することとなった。今後、ESGをテーマとした負債性資金調達でも、デジタル・プラットフォームの一環としてブロックチェーン技術の活用が選択肢の1つとなる機会が増える可能性もあろう。
  4. 今般のグリーン・シュルトシャインによる資金調達は、将来的なESG関連データ蓄積・充実化といった観点からも、多くのESG市場参加者に対して考えるきっかけを与える事例になったと言える。
金融危機発生から10年間で再拡大する米連邦住宅貸付銀行制度 岡田 功太
  1. 近年、米連邦住宅貸付銀行制度(FHLBS)のバランスシートが再拡大している。FHLBSの資産は、2008年の金融危機時に約1.35兆ドルとピークに達した後に、2012年にかけて半減し、その後、過去5年間で約1.5倍に増加した。FHLBSは、政府支援企業(GSE)であるが、ファニーメイ及びフレディマックのように、証券化商品の発行・保証を担っているのではなく、住宅ローン貸出支援を目的に、会員である商業銀行等に対して、「アドバンス」と呼ばれる低利の貸出を行っている。
  2. アドバンスの残高は、過去5年間で約1.7倍となり、FHLBSの資産の約65%に相当する規模になった。その要因として、2014年9月に最終化された米国の流動性カバレッジ比率(LCR)が挙げられる。LCRにおける証券担保調達の流出率は、適格流動資産の要件を満たさない資産が担保の場合には100%、GSEとの取引の場合には25%と規定されており、大手米銀にとって、GSEと取引する方が有利であることから、FHLBSからアドバンスの借入額を増加させた。
  3. 他方で、FHLBSの負債も増加傾向にあり、特に、ディスカウント・ノートの発行残高は、過去5年間で約1.8倍となった。その要因として、2014年7月に最終化されたMMF規制が挙げられる。同規制において、FHLBSが発行するディスカウント・ノートは、ガバメントMMFの投資対象資産として分類されたことに加えて、同MMFは2015年7月から約2年間で約1兆ドル増加した。その結果、MMFによるFHLBS債の保有比率は、2011年末の約7%から、2017年末には約20%に増加した。
  4. FHLBSは、1930年代の世界恐慌以降、過去の金融危機において、大手米銀に対してアドバンスを提供することで、連邦準備制度理事会(FRB)に次ぐ最後から2番目の貸し手として、金融システムの安定化に貢献してきた。しかし、現在、FHLBSのバランスシートは再拡大し、特に短期調達比率が上昇したことによって、皮肉なことにFHLBS自身がシステミック・リスクの震源地として懸念材料となっている。つまり、大手米銀及びMMFが有していた同リスクの一部は、金融規制の進展によって、FHLBSにシフトしているとも言える。2008年の金融危機から10年が経過した現在、改めて、金融システムにとって最適な規制枠組みの構築が必要であると言えよう。
EUにおけるマクロプルーデンス政策
−世界に先駆ける実践的な取組み−
小立 敬
  1. 金融危機以降、世界の中央銀行や金融規制当局において金融システムの安定を政策目標とするマクロプルーデンス政策の重要性がより強く認識されている。EUでは、欧州システミック・リスク理事会(ESRB)のイニシアティブの下、マクロプルーデンス政策を実行するための域内共通の枠組みが整備され、加盟国では新たな政策ツールの適用も始まっている。
  2. 実際に加盟国で適用されている主なマクロプルーデンス・ツールとしては、代表的な政策ツールに位置づけられるバーゼルIIIのカウンターシクリカル・バッファー(CCyB)が7カ国で実施されている。システミック・リスクに対応するために自己資本の上乗せを要求するEU独自のシステミック・リスク・バッファー(SyRB)も14カ国で導入されている。担保評価額に対する融資の比率を表すLTVや債務者所得に対する債務返済額の比率を表すDSTIに上限を設定する国も多く、LTVリミットは17カ国において採用されている。
  3. マクロプルーデンス・ツールの適用に関する実務をみると、加盟国の間で違いが窺われる。例えば、CCyBのオペレーションに関しては、水準の設定に責任を有する当局、情報開示、政策目標、ルールか裁量かという運営方法、中立的なバッファーの水準、コア指標、フォワード・ガイダンスといった点において、加盟国によって対応や考え方が大きく異なる。今後、加盟国がマクロプルーデンス・ツールの適用の経験を積み重ねていく中で、加盟国間の差異が解消されていくのかどうかが注目されるところである。
  4. EUのマクロプルーデンス政策は、実行段階に入ったばかりとはいえ、世界に先駆ける実践的な取組みのように窺われる。EUの経験は今後、EU以外の国・地域に対しても議論の材料を提供していくことを通じて、マクロプルーデンス政策に係るグローバルな知見を高めていくことになるだろう。EUにおけるマクロプルーデンス政策は引続き注目していくべき重要な取組みである。
米モルガン・スタンレーのウェルス・マネジメント部門の取り組み 岡田 功太木下 生悟
  1. 米国モルガン・スタンレーのウェルス・マネジメント部門は、競合他社を上回る預かり資産や営業員数を有し、同社の主力ビジネスとしてグループを牽引している。2008年の金融危機以降、事業の選択と集中を進めるシティ・グループからのスミス・バーニー買収によって、同部門の基盤が形成された。また、同年に銀行持株会社への変更が行われたが、これにより、資産運用関連のサービスに加えて、預金の受け入れと融資も提供して家計全体にアプローチすることが可能となった。
  2. 同部門では、一貫して収益構造の改革に取り組んでいる。所属する営業員数及び店舗数の大幅な削減と同時に、顧客層を富裕層にシフトし、営業員一人当たりの預かり資産を増加させることで収益性を向上させている。営業員数は2009年末から約13%減少し、店舗数は同期間で約33%減少した。これらの結果、営業員一人当たりの収益が、過去8年間で約2倍となった。
  3. また、収益安定化や顧客との関係構築の強化に向け、顧客の資産残高に応じて手数料を得る残高フィー型サービスの提供に注力している。預かり資産総額に占める残高フィー型サービスの割合は、2009年末の約25%から2017年末には約45%に増加した。更に、営業員のサポートを主眼としたデジタル戦略に取り組み、自社開発に拘らず、他社との提携によって、より高度で効率的なデジタル戦略を採用する方向性を示している。
  4. モルガン・スタンレーは、ジェームズ・ゴーマン会長兼CEOの指揮の下、これまで一貫してウェルス・マネジメント部門の営業収益の利益率の増加という明確な経営目標を設定し、実行し続けてきた。引き続き収益性の向上を掲げており、今後も同部門の動向が注目される。
キャッシュレス化と決済改革 淵田 康之
  1. 今日、諸外国では一連の決済改革を通じて、キャッシュレス化が進展している。決済改革の柱は、銀行界による統一的なモバイル個人間送金サービスの導入や、決済関連FinTechの台頭を踏まえた、制度及びインフラの抜本的な見直しである。
  2. 英国では、2000年代に入り、政府主導の改革が展開され、2014年には銀行界による統一モバイル個人間送金サービスが導入された。
  3. さらに2016年末には将来戦略が策定され、新決済インフラの構築が始まった。2018年には、インフラの運営を担う、新決済ガバナンス機関が始動している。また歴史上初めて、ノンバンクによる、銀行間決済システムと中央銀行システムへの直接アクセスも実現した。
  4. 米国においても、銀行界によるモバイル個人間送金サービスが普及しつつある。また英国同様、将来ビジョンが策定され、新決済インフラが構築されつつある。2018年夏には、インフラの運営を担う新決済ガバナンス機関が設立される。
  5. シンガポールは、2016年8月に決済改革のロードマップを発表した。2017年には銀行界の統一的なモバイル決済サービス、PayNowが導入され、FinTechやユーザー代表も参加するPayments Councilも設置された。2018年には、新決済法が制定される予定である。
  6. シンガポールの新決済法案では、決済業者や決済システムに対し、インターオペラビリティの確保を義務づける規定が盛り込まれている。
  7. わが国では、2018年7月に「キャッシュレス推進協議会」が設立され、QRコードの標準化の検討が始まる。同協議会は、英国、米国、シンガポールにおける「決済ガバナンス機関」に似た面もあるが、位置づけは全く異なる。キャッシュレス化を真に推進するためには、銀行界の統一的モバイル個人間送金サービスの導入や、決済法制の抜本的な改革、決済インフラの見直しが不可欠である。
初の国内公募外貨建社債発行の意義 佐藤 淳
  1. 野村総合研究所は2018年3月、国内公募豪ドル建社債を発行した。これは、日本企業が初めて国内公募市場において外貨建で発行した社債である。
  2. 日本社会が成熟化し、経済成長率が低位安定で推移する中、日本企業の事業活動のグローバル化が進んでいる。海外企業を対象にした大型M&Aの増加は、グローバルな競争を有利に進めようという企業の経営判断の現れであり、多くの中堅・中小企業にとっても海外活動の拡大は重要課題となっている。
  3. そうした環境下、外貨建資産の増加にマッチした負債調達の多通貨化、簡便化の意義は大きい。今後、この枠組みを通じて、成長期待の高いタイやインドネシア等の現地法人向けのファイナンスが実施されることも考えられる。更に、アーリーステージ企業の資金調達手段として発展する可能性もある。
  4. 投資家にとっても、国内公募外貨建社債は、外貨建運用の新たな選択肢となる。投資対象が国内企業であれば状況を把握しやすいため、発行体の信用力を効率的に判断しつつ、成長力の高い新興国の通貨での運用を行うことも可能となる。今後の展開が注目される。
日本企業のM&Aにおけるプライベート・エクイティの台頭と今後の展望 吉川 浩史
  1. 近年の日本ではM&A件数・金額が増えており、特にプライベート・エクイティ(PE)の関与する案件の増加が顕著である。
  2. PEの関与するM&Aでは、成熟企業の事業再編に伴い売却される子会社・事業部門や、後継者が不在の中小・零細企業に対する買収が増加している。いずれのケースでもPEには資金に加え、買収後の成長戦略の策定・実行が期待されることが多い。
  3. 広義のPEとして、企業や大学の運用するベンチャー・キャピタルによるベンチャー企業投資も活発化している。今後は、投資先のエグジット(投資回収)時に、買い手としてのPEへのニーズが高まる可能性もある。
  4. 近年は地方創生の観点から、地域産業の振興や観光資源の開発を通じた地域経済の活性化を目的に、自治体、地域金融機関、地域企業等が出資するファンドが地域の企業・事業者に出資する案件もみられる。
  5. PEが関与するM&Aの増加の背景には、企業等からPEが企業価値向上に取り組むパートナーとみられ始めたこともあろう。足元では米系PEによるアジア地域を対象とする大型ファンドの組成が相次ぐが、日系PEの組成は活発とは言えない。経済の新陳代謝を促すためにも、日系PEによる規模拡大とM&Aのさらなる活発化が期待される。
相続制度をめぐる新たな動き
−相続税改正2年目の影響と40年ぶりの改正が決まった相続法−
宮本 佐知子
  1. 相続に対する関心が高まっている。人口動態上、相続を経験する人が増えていることが背景にある。加えて、地価の大幅下落等への対応や格差の固定化防止等の観点から、相続税が2015年から改正されたことや、高齢社会の実情を反映するために、民法の相続に関する規定(相続法)が40年ぶりに改正されることになり、広く耳目を集めていることも挙げられる。本稿では、まず2018年夏に公表された2016年の相続税統計の分析結果を示し、次に2018年7月に決定された相続法改正の注目点を示した上で、金融機関への示唆を検討する。
  2. 相続税については、2015年からの改正では、現行制度の下で初めて基礎控除額が引き下げられたため相続税課税対象者が増加し、課税割合は2015年に続いて2016年も過去最高を更新した。課税割合が増加した地域は、大都市圏のみならず地方圏でも増えており、総じて相続税改正の影響は更に広がっている。
  3. 相続法については、今般の改正では、残された配偶者が生活に困窮することを防ぐための仕組み作りが進められることになった。高齢社会の実情に合わせ、遺留分侵害額請求権や預貯金の仮払い制度など、相続をめぐる揉め事を回避しやすくする仕組みも整えられた。相続人以外の親族に対しても、故人の介護をめぐり認められにくい部分を補う配慮もなされた。この他、自筆証書遺言を法務局で保管し情報の管理を行う制度も新設されることになった。
  4. 多くの金融機関では、相続資産市場を重要な戦略市場に位置づけていることから、相続制度をめぐる新たな動きには注目しておくべきである。これらの改正は、総じて多くの人に影響が及び、相続を意識する人も一層増えていると考えられる。金融機関では、このような個人顧客側での意識の高まりを踏まえ、相続税および相続法の改正に係る正確な情報を提供することと、その上で、相続・贈与をめぐる顧客の金融ニーズを丁寧に引き出し、個々人の事情を踏まえた適切な提案を行うことが重要である。
発足5年目を迎えたNISA
−これまでの利用状況と普及へ向けた課題−
宮本 佐知子
  1. 2014年1月に開始された少額投資非課税制度(NISA)は、開始直後は投資経験者を中心に口座数が急増したが、その後は伸びが鈍化しており、普及へ向けた課題も多い。本稿ではまず、NISAの概要と2017年12月末時点の利用状況を示し、次に制度の設立背景と今後の普及へ向けた課題を論じる。
  2. NISAは現在、3種類あり、成年を対象とした「一般NISA」、積立投資に特化した「つみたてNISA」、そして未成年を対象とした「ジュニアNISA」がある。制度開始直後は一般NISAのみの取扱であり、2017年12月末時点での一般NISAの口座数は1,099万2,733口座、総買付額は12兆5,325億円である。また、一般NISAの普及率は対象人口の10.5%である。
  3. NISAは利用者にとっては複雑な仕組みになっている。これは、証券優遇税制を廃止し、配当・譲渡益の税率を10%から20%へ引き上げる際の激変緩和措置として導入されたという経緯と、政府関係者間での様々な思惑が絡んだ結果といえる。他方、それでも急速に普及が進んだ背景として、官民をあげた努力は見逃せない。
  4. 今後の普及へ向けた課題も多い。NISAを使いやすくするためには、家計の安定的な資産形成を支援するというNISAのそもそもの導入目的に立ち返り、簡素で分かりやすい制度にすべきであろう。現行制度を基に改善を進めるうえで特に急ぐべきは、「制度の恒久化」「スイッチングの認可」「相続時の対応」である。さらに、NISAの新規利用者を広げるにはより直接的な税制面でのアピールも必要になろう。
  5. 金融機関にとっては、まず現行制度の範囲内での真摯な取り組みは重要である。税制優遇が付されたNISAは、新規顧客開拓のための「ドアノック商品」としても利用価値は高い。金融機関にとって、家計の資産形成を支援することは、顧客本位の業務運営を進める上で求められている役割の一つだろう。
金融業への外資出資比率の緩和と同時に株主管理を強化する中国政府の動き 関根 栄一
  1. 2018年4月の中国・海南省で開催されたボアオ・アジアフォーラムでの習近平国家主席による対外開放の継続・拡大に関するスピーチを受け、中国人民銀行・易鋼総裁は、金融業の対外開放に関する12項目を発表し、2017年11月の米中首脳会談等での中国政府の公約内容を更に拡大し、期限を区切って実施することを確約した。
  2. 金融業の開放のうち、証券業では、従来の外資出資上限49%の51%への引き上げと3年後の撤廃とともに、業務範囲の拡大を容認した。保険業では、生命保険業への外資出資比率の緩和を前倒しで実現し、保険関連業務での国内資本との同一性を確保した。銀行業では、貸出債権の株式化に伴う受け皿会社への出資など、新規業務での外資進出を容認した。
  3. 対外開放の一方で、中国政府は過去の事件を教訓に、金融業に出資する株主への管理監督を強化する方針である。そのうち、証券業では、従来の「5%以上の保有株主」、「25%以上を保有する等の主要株主」に加えて、「5%未満の保有株主」と「50%以上を保有する等の支配株主」を加えて、株主を四つに分類し、保有比率が多いほど満たすべき基準を強化する方針である。
  4. また、中国では、既に50〜60社に上ると見られる金融持株会社に対する管理監督体制が整っておらず、グループ内の資金循環や関連取引、複雑な株主構成による大株主の権利濫用、銀行・保険・証券という業態別規制のアービトラージが発生し、レバレッジを効かせるなどして金融市場での潜在的なシステミックリスクを高めている。
  5. このため、2017年には業態別の管理監督の内閣レベルの調整機関として「国務院金融安定発展委員会」が創設され、2018年3月には銀行と保険の管理監督機関が統合され、「中国銀行保険監督管理委員会」が新たに発足し、それぞれ幹部人事の手当てもなされている。
  6. 金融業の対外開放の新たな方針の下、証券業では既に出資している外資持分の引き上げや、保険業では外資の新規進出や異業種の国内資本の進出が出始めている。3年後の2021年を目標に設定した金融業の対外開放の促進とシステミックリスクの発生防止に向け、中国政府にはバランスの取れた政策運営が求められている。
中国におけるハイテク企業を対象とする上場制度改革
−レッドチップ企業による中国預託証券(CDR)の発行が可能に−
関 志雄
  1. 近年、中国では、情報通信などの分野における技術革新を背景に、アリババ、テンセント、バイドゥなど、ニューエコノミーを牽引するハイテク企業が相次いで現れている。しかし、資本市場の改革は遅れているため、これらの企業は、レッドチップ企業として、ニューヨークなどの海外市場に上場している。また、急成長している多くのユニコーン企業も、海外上場の準備を進めている。
  2. 資本市場の活性化とニューエコノミーの更なる発展を促すべく、中国政府は、これらの企業が国内で上場できるように、環境整備を進めている。その大きな一歩として、当局はすでに海外市場に上場しているレッドチップ企業と、ユニコーン企業が中国国内市場に上場するための新しいルールを提示している。それにより、海外で登記しているハイテク企業でも、一定の条件を満たせば、株式、または海外で発行した株式などの証券に裏付けられる中国預託証券(CDR)を、国内市場に上場させることが可能になる。
タイの投資信託市場の展望と課題
−持続的な拡大をもたらし得る3つの要因−
井潟 正彦佐藤 広大
  1. 近年、タイの証券市場は活況を呈しているが、特に目を引くのが投資信託の拡大である。同国の2017年末投資信託残高は約5兆バーツ(約17兆円)で、過去5年間で年率約13.0%の成長を遂げ、ASEAN(東南アジア諸国連合)の投資信託市場の中でも抜きんでる存在になりつつある。
  2. これまで投資信託販売において牽引役を果たしてきたのは大手銀行グループである。今後もタイの投資信託市場が持続的に拡大し得るかについて、(1)オープン・アーキテクチャーが広がる動き、(2)税制優遇を伴う投資制度の役割、(3)海外ファンドが拡大する余地の3点に注目し、考察した。
  3. 1点目のオープン・アーキテクチャーが広がる動きは、健全な販売活動や競争の促進、品揃え拡充ニーズへの対応から既定路線になっており、今後数年間で本格化する見込みである。2点目の税制優遇を伴う投資制度の役割には、官民一体で期待を高めている。背景として、同国で高齢化が急速に進行することが挙げられる。国民全体が退職後の備えを充実できるようにと、民間企業における確定拠出型年金の従業員への提供義務化も予定されている。3点目の海外ファンドが拡大する余地は大きいと見る。同国の経済成長が引き続き期待できるとは言え、経済規模や産業構造などから生じ得る一定の制約に鑑みると、分散投資を伴いながら長期的に高い収益率を実現するには海外ファンドの役割は不可欠だからである。
  4. タイの投資信託市場の持続的拡大には、国民における金融リテラシーの向上、投資教育の強化が欠かせない。政府と業界関係者はその重要性を認識し、一体となって具体的な取り組みに注力し始めている。今後、より多くの同国国民が資産形成に取り組む基盤の形成が進み、投資信託市場の持続的拡大の実現可能性がより高まるか、注目される。
要約
時流 2025年にどのようにたどり着くか:財政健全化の今後の道行きについて 上智大学経済学部准教授、日本政策投資銀行設備投資研究所客員主任研究員
中里 透

量的・質的金融緩和の導入から5年、消費税率の8%への引き上げから4年が経過した。この間に物価上昇率はプラスに転じ、財政収支も大幅な改善をみたが、2%の物価安定目標は未達のままであり、基礎的財政収支(プライマリーバランス)の黒字化も達成時期の後ずれが生じている。こうした中、2019年10月には再増税(消費税率の10%への引き上げ)の実施が予定されており、その実施・延期の判断が今秋にもなされる見通しである。
そこで、本稿では財政健全化をめぐるこれまでの経過を振り返り、今後の道行きについて考えてみることとしたい。

投資家と企業との対話ガイドラインの策定とCGコードの改訂 西山 賢吾
  1. 我が国のコーポレートガバナンス改革はここまで一定の成果を上げているが、その水準をさらに高める上で残されている課題に対応するため、2018年6月1日、『投資家と企業との対話ガイドライン』が策定、公表されるとともに、コーポレートガバナンス・コードの改訂が実施された。
  2. 今回のガイドラインとコードの改訂で最も注目されるのは、『資本コストの的確な把握』であろう。今回資本コストの定義や明確な計算方法は示されていないが、重要なことは、資本コストの算出そのものに終始するのではなく、資本コストの計算に用いた各種数値の採用根拠やその背景にある中長期的な経営ビジョンを示し、投資家との対話を深めることである。
  3. 資本コストと並び注目される政策保有株式に関しては、保有すべきではないという意見と、合理性があれば一定量の保有を容認する意見がある。しかし、今回の対話ガイドラインの制定やコードの改訂により、保有の合理性に対し従来以上に納得感のある説明が求められると考えられるため、保有の合理性に乏しい株式の売却を求める声はさらに強まるであろう。
  4. 我が国企業ではコードの各原則について、まず遵守ありきという考えを持つ上場企業が少なくないように見えるが、具体的な対応をせず形式的な遵守に留まるよりは、明確な理由を説明した上で受け入れない原則があるという対応の方が望ましいと考えられる。さらに、これからは「コンプライ・オア・エクスプレイン」ベースから、原則受け入れの諾否にかかわらず企業の姿勢を主体的、かつ明確に示す「コンプライ・アンド・エクスプレイン」ベースでの対応が期待される。
機関投資家が注目し始めた気候関連財務情報
−ESG投資拡大に伴い重要性が高まる積極開示−
板津 直孝
  1. 金融安定理事会(FSB)が設置した気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)は、2017年6月、最終報告書を公表し、投資家やその他のステークホルダーが、重要な気候関連のリスク及び機会が企業にもたらす財務インパクトを理解する上で、有用な情報開示の枠組みを提言した。その後の1年間で、欧米の機関投資家は気候関連の情報開示に対する関心を着実に高めており、日本企業が注視すべき状況になっている。
  2. 背景には、世界各国で拡大し始めたESG(環境、社会、企業投資)投資がある。欧米の機関投資家の多くは、気候変動をポートフォリオの重要なリスク要因に位置づけ、投資で優先すべき一つに掲げている。そして、気候関連の情報開示が不十分な企業に対しては、議決権を行使して改善を求める集団的エンゲージメントや、気候変動に対する取り組みが不十分な企業への投資を引き上げるダイベストメントを拡大している。その対象は、日本企業にも広がっている。
  3. TCFDの最終報告書の公表により、開示の枠組みが提示されたことから、欧米の機関投資家のこうした動きは、具体性を伴ってますます盛んになると考えられる。こうした欧米の気候関連の情報開示に対する顕著な反応は、現在、日本企業が日本国内において得られる感触と大きく異なるため、株主構成において欧米の機関投資家の比率が高い日本企業は、特に注視する必要があろう。
  4. 気候関連の情報開示の国際的な方向性は、財務報告との一元化であり、日本企業にとっては、財務報告と気候関連財務情報との親和性を一層高める準備が必要である。日本企業と欧米の投資家との対話においては、投資家が、TCFDの提言に則した気候関連財務情報開示を期待していることを認識する必要があろう。
持続可能な社会の実現に向けて注目が集まるソーシャルボンド 江夏 あかね
  1. 社会的課題への対処に向けた事業を資金使途とする債券である「ソーシャルボンド」の発行が近年、増加し始めている。ソーシャルボンドは、2006年11月に発行を開始した予防接種のための国際金融ファシリティ(IFFIm)によるワクチン債が初めてとされる。国際資本市場協会(ICMA)によるソーシャルボンド原則(SBP)の存在もあり、2010年代半ば頃から認知度が上がっている。また、本稿でも取り上げた発行事例を踏まえると、発行体セクターは、国際機関、銀行、政府系機関、事業会社と拡大傾向にある。
  2. 日本では2018年6月末現在、国内債として国際協力機構(JICA)、サムライ債としてBPCEが発行している。日本国内の社会的課題のために発行された事例はまだ出ていないが、日本でソーシャルボンドが今後、どのように活用されていくか注目されるところである。
  3. ソーシャルボンドの発行に当たっては、(1)発行体として、社会的課題の解決が経営面での重要課題として位置付けられていること、(2)対象事業がSBPに掲げられるソーシャルプロジェクトに該当し、社会的課題の改善目標及び改善のためのプロセスが明確など、SBPに適合した内容であること、(3)投資家をはじめとしたステークホルダーに対して透明性かつ客観性を確保し、レポーティング等を通じて説明責任を果たすこと、が成功のカギになると考えられる。
ブロックチェーンで拡がるESGをテーマとした資金調達の未来
−オーストリアのフェアブントによるグリーン・シュルトシャイン−
江夏 あかね佐藤 広大
  1. オーストリアの大手電力会社フェアブント(Verbund AG)は2018年4月17日、世界初の取組みとなるブロックチェーン技術を活用した「グリーン・シュルトシャイン」(Grüner Schuldschein)による資金調達を実現させた。
  2. グリーン・シュルトシャインとは、債務証書とも呼ばれるドイツ法に準拠したローンで、調達資金の使途を環境に配慮したプロジェクトとする、環境・社会・ガバナンス(ESG)関連の金融商品である。今般の資金調達に当たっては、ブロックチェーン技術が活用され、発行体から投資家へのプロセスをデジタル化することで、コミュニケーション、透明性、自動化といった観点から、調達プロセスが改善された。
  3. 発行体・投資家等は、プロセスの改善により調達関連コストの縮減や利便性向上といったメリットを享受することとなった。今後、ESGをテーマとした負債性資金調達でも、デジタル・プラットフォームの一環としてブロックチェーン技術の活用が選択肢の1つとなる機会が増える可能性もあろう。
  4. 今般のグリーン・シュルトシャインによる資金調達は、将来的なESG関連データ蓄積・充実化といった観点からも、多くのESG市場参加者に対して考えるきっかけを与える事例になったと言える。
金融危機発生から10年間で再拡大する米連邦住宅貸付銀行制度 岡田 功太
  1. 近年、米連邦住宅貸付銀行制度(FHLBS)のバランスシートが再拡大している。FHLBSの資産は、2008年の金融危機時に約1.35兆ドルとピークに達した後に、2012年にかけて半減し、その後、過去5年間で約1.5倍に増加した。FHLBSは、政府支援企業(GSE)であるが、ファニーメイ及びフレディマックのように、証券化商品の発行・保証を担っているのではなく、住宅ローン貸出支援を目的に、会員である商業銀行等に対して、「アドバンス」と呼ばれる低利の貸出を行っている。
  2. アドバンスの残高は、過去5年間で約1.7倍となり、FHLBSの資産の約65%に相当する規模になった。その要因として、2014年9月に最終化された米国の流動性カバレッジ比率(LCR)が挙げられる。LCRにおける証券担保調達の流出率は、適格流動資産の要件を満たさない資産が担保の場合には100%、GSEとの取引の場合には25%と規定されており、大手米銀にとって、GSEと取引する方が有利であることから、FHLBSからアドバンスの借入額を増加させた。
  3. 他方で、FHLBSの負債も増加傾向にあり、特に、ディスカウント・ノートの発行残高は、過去5年間で約1.8倍となった。その要因として、2014年7月に最終化されたMMF規制が挙げられる。同規制において、FHLBSが発行するディスカウント・ノートは、ガバメントMMFの投資対象資産として分類されたことに加えて、同MMFは2015年7月から約2年間で約1兆ドル増加した。その結果、MMFによるFHLBS債の保有比率は、2011年末の約7%から、2017年末には約20%に増加した。
  4. FHLBSは、1930年代の世界恐慌以降、過去の金融危機において、大手米銀に対してアドバンスを提供することで、連邦準備制度理事会(FRB)に次ぐ最後から2番目の貸し手として、金融システムの安定化に貢献してきた。しかし、現在、FHLBSのバランスシートは再拡大し、特に短期調達比率が上昇したことによって、皮肉なことにFHLBS自身がシステミック・リスクの震源地として懸念材料となっている。つまり、大手米銀及びMMFが有していた同リスクの一部は、金融規制の進展によって、FHLBSにシフトしているとも言える。2008年の金融危機から10年が経過した現在、改めて、金融システムにとって最適な規制枠組みの構築が必要であると言えよう。
EUにおけるマクロプルーデンス政策
−世界に先駆ける実践的な取組み−
小立 敬
  1. 金融危機以降、世界の中央銀行や金融規制当局において金融システムの安定を政策目標とするマクロプルーデンス政策の重要性がより強く認識されている。EUでは、欧州システミック・リスク理事会(ESRB)のイニシアティブの下、マクロプルーデンス政策を実行するための域内共通の枠組みが整備され、加盟国では新たな政策ツールの適用も始まっている。
  2. 実際に加盟国で適用されている主なマクロプルーデンス・ツールとしては、代表的な政策ツールに位置づけられるバーゼルIIIのカウンターシクリカル・バッファー(CCyB)が7カ国で実施されている。システミック・リスクに対応するために自己資本の上乗せを要求するEU独自のシステミック・リスク・バッファー(SyRB)も14カ国で導入されている。担保評価額に対する融資の比率を表すLTVや債務者所得に対する債務返済額の比率を表すDSTIに上限を設定する国も多く、LTVリミットは17カ国において採用されている。
  3. マクロプルーデンス・ツールの適用に関する実務をみると、加盟国の間で違いが窺われる。例えば、CCyBのオペレーションに関しては、水準の設定に責任を有する当局、情報開示、政策目標、ルールか裁量かという運営方法、中立的なバッファーの水準、コア指標、フォワード・ガイダンスといった点において、加盟国によって対応や考え方が大きく異なる。今後、加盟国がマクロプルーデンス・ツールの適用の経験を積み重ねていく中で、加盟国間の差異が解消されていくのかどうかが注目されるところである。
  4. EUのマクロプルーデンス政策は、実行段階に入ったばかりとはいえ、世界に先駆ける実践的な取組みのように窺われる。EUの経験は今後、EU以外の国・地域に対しても議論の材料を提供していくことを通じて、マクロプルーデンス政策に係るグローバルな知見を高めていくことになるだろう。EUにおけるマクロプルーデンス政策は引続き注目していくべき重要な取組みである。
米モルガン・スタンレーのウェルス・マネジメント部門の取り組み 岡田 功太木下 生悟
  1. 米国モルガン・スタンレーのウェルス・マネジメント部門は、競合他社を上回る預かり資産や営業員数を有し、同社の主力ビジネスとしてグループを牽引している。2008年の金融危機以降、事業の選択と集中を進めるシティ・グループからのスミス・バーニー買収によって、同部門の基盤が形成された。また、同年に銀行持株会社への変更が行われたが、これにより、資産運用関連のサービスに加えて、預金の受け入れと融資も提供して家計全体にアプローチすることが可能となった。
  2. 同部門では、一貫して収益構造の改革に取り組んでいる。所属する営業員数及び店舗数の大幅な削減と同時に、顧客層を富裕層にシフトし、営業員一人当たりの預かり資産を増加させることで収益性を向上させている。営業員数は2009年末から約13%減少し、店舗数は同期間で約33%減少した。これらの結果、営業員一人当たりの収益が、過去8年間で約2倍となった。
  3. また、収益安定化や顧客との関係構築の強化に向け、顧客の資産残高に応じて手数料を得る残高フィー型サービスの提供に注力している。預かり資産総額に占める残高フィー型サービスの割合は、2009年末の約25%から2017年末には約45%に増加した。更に、営業員のサポートを主眼としたデジタル戦略に取り組み、自社開発に拘らず、他社との提携によって、より高度で効率的なデジタル戦略を採用する方向性を示している。
  4. モルガン・スタンレーは、ジェームズ・ゴーマン会長兼CEOの指揮の下、これまで一貫してウェルス・マネジメント部門の営業収益の利益率の増加という明確な経営目標を設定し、実行し続けてきた。引き続き収益性の向上を掲げており、今後も同部門の動向が注目される。
キャッシュレス化と決済改革 淵田 康之
  1. 今日、諸外国では一連の決済改革を通じて、キャッシュレス化が進展している。決済改革の柱は、銀行界による統一的なモバイル個人間送金サービスの導入や、決済関連FinTechの台頭を踏まえた、制度及びインフラの抜本的な見直しである。
  2. 英国では、2000年代に入り、政府主導の改革が展開され、2014年には銀行界による統一モバイル個人間送金サービスが導入された。
  3. さらに2016年末には将来戦略が策定され、新決済インフラの構築が始まった。2018年には、インフラの運営を担う、新決済ガバナンス機関が始動している。また歴史上初めて、ノンバンクによる、銀行間決済システムと中央銀行システムへの直接アクセスも実現した。
  4. 米国においても、銀行界によるモバイル個人間送金サービスが普及しつつある。また英国同様、将来ビジョンが策定され、新決済インフラが構築されつつある。2018年夏には、インフラの運営を担う新決済ガバナンス機関が設立される。
  5. シンガポールは、2016年8月に決済改革のロードマップを発表した。2017年には銀行界の統一的なモバイル決済サービス、PayNowが導入され、FinTechやユーザー代表も参加するPayments Councilも設置された。2018年には、新決済法が制定される予定である。
  6. シンガポールの新決済法案では、決済業者や決済システムに対し、インターオペラビリティの確保を義務づける規定が盛り込まれている。
  7. わが国では、2018年7月に「キャッシュレス推進協議会」が設立され、QRコードの標準化の検討が始まる。同協議会は、英国、米国、シンガポールにおける「決済ガバナンス機関」に似た面もあるが、位置づけは全く異なる。キャッシュレス化を真に推進するためには、銀行界の統一的モバイル個人間送金サービスの導入や、決済法制の抜本的な改革、決済インフラの見直しが不可欠である。
初の国内公募外貨建社債発行の意義 佐藤 淳
  1. 野村総合研究所は2018年3月、国内公募豪ドル建社債を発行した。これは、日本企業が初めて国内公募市場において外貨建で発行した社債である。
  2. 日本社会が成熟化し、経済成長率が低位安定で推移する中、日本企業の事業活動のグローバル化が進んでいる。海外企業を対象にした大型M&Aの増加は、グローバルな競争を有利に進めようという企業の経営判断の現れであり、多くの中堅・中小企業にとっても海外活動の拡大は重要課題となっている。
  3. そうした環境下、外貨建資産の増加にマッチした負債調達の多通貨化、簡便化の意義は大きい。今後、この枠組みを通じて、成長期待の高いタイやインドネシア等の現地法人向けのファイナンスが実施されることも考えられる。更に、アーリーステージ企業の資金調達手段として発展する可能性もある。
  4. 投資家にとっても、国内公募外貨建社債は、外貨建運用の新たな選択肢となる。投資対象が国内企業であれば状況を把握しやすいため、発行体の信用力を効率的に判断しつつ、成長力の高い新興国の通貨での運用を行うことも可能となる。今後の展開が注目される。
日本企業のM&Aにおけるプライベート・エクイティの台頭と今後の展望 吉川 浩史
  1. 近年の日本ではM&A件数・金額が増えており、特にプライベート・エクイティ(PE)の関与する案件の増加が顕著である。
  2. PEの関与するM&Aでは、成熟企業の事業再編に伴い売却される子会社・事業部門や、後継者が不在の中小・零細企業に対する買収が増加している。いずれのケースでもPEには資金に加え、買収後の成長戦略の策定・実行が期待されることが多い。
  3. 広義のPEとして、企業や大学の運用するベンチャー・キャピタルによるベンチャー企業投資も活発化している。今後は、投資先のエグジット(投資回収)時に、買い手としてのPEへのニーズが高まる可能性もある。
  4. 近年は地方創生の観点から、地域産業の振興や観光資源の開発を通じた地域経済の活性化を目的に、自治体、地域金融機関、地域企業等が出資するファンドが地域の企業・事業者に出資する案件もみられる。
  5. PEが関与するM&Aの増加の背景には、企業等からPEが企業価値向上に取り組むパートナーとみられ始めたこともあろう。足元では米系PEによるアジア地域を対象とする大型ファンドの組成が相次ぐが、日系PEの組成は活発とは言えない。経済の新陳代謝を促すためにも、日系PEによる規模拡大とM&Aのさらなる活発化が期待される。
相続制度をめぐる新たな動き
−相続税改正2年目の影響と40年ぶりの改正が決まった相続法−
宮本 佐知子
  1. 相続に対する関心が高まっている。人口動態上、相続を経験する人が増えていることが背景にある。加えて、地価の大幅下落等への対応や格差の固定化防止等の観点から、相続税が2015年から改正されたことや、高齢社会の実情を反映するために、民法の相続に関する規定(相続法)が40年ぶりに改正されることになり、広く耳目を集めていることも挙げられる。本稿では、まず2018年夏に公表された2016年の相続税統計の分析結果を示し、次に2018年7月に決定された相続法改正の注目点を示した上で、金融機関への示唆を検討する。
  2. 相続税については、2015年からの改正では、現行制度の下で初めて基礎控除額が引き下げられたため相続税課税対象者が増加し、課税割合は2015年に続いて2016年も過去最高を更新した。課税割合が増加した地域は、大都市圏のみならず地方圏でも増えており、総じて相続税改正の影響は更に広がっている。
  3. 相続法については、今般の改正では、残された配偶者が生活に困窮することを防ぐための仕組み作りが進められることになった。高齢社会の実情に合わせ、遺留分侵害額請求権や預貯金の仮払い制度など、相続をめぐる揉め事を回避しやすくする仕組みも整えられた。相続人以外の親族に対しても、故人の介護をめぐり認められにくい部分を補う配慮もなされた。この他、自筆証書遺言を法務局で保管し情報の管理を行う制度も新設されることになった。
  4. 多くの金融機関では、相続資産市場を重要な戦略市場に位置づけていることから、相続制度をめぐる新たな動きには注目しておくべきである。これらの改正は、総じて多くの人に影響が及び、相続を意識する人も一層増えていると考えられる。金融機関では、このような個人顧客側での意識の高まりを踏まえ、相続税および相続法の改正に係る正確な情報を提供することと、その上で、相続・贈与をめぐる顧客の金融ニーズを丁寧に引き出し、個々人の事情を踏まえた適切な提案を行うことが重要である。
発足5年目を迎えたNISA
−これまでの利用状況と普及へ向けた課題−
宮本 佐知子
  1. 2014年1月に開始された少額投資非課税制度(NISA)は、開始直後は投資経験者を中心に口座数が急増したが、その後は伸びが鈍化しており、普及へ向けた課題も多い。本稿ではまず、NISAの概要と2017年12月末時点の利用状況を示し、次に制度の設立背景と今後の普及へ向けた課題を論じる。
  2. NISAは現在、3種類あり、成年を対象とした「一般NISA」、積立投資に特化した「つみたてNISA」、そして未成年を対象とした「ジュニアNISA」がある。制度開始直後は一般NISAのみの取扱であり、2017年12月末時点での一般NISAの口座数は1,099万2,733口座、総買付額は12兆5,325億円である。また、一般NISAの普及率は対象人口の10.5%である。
  3. NISAは利用者にとっては複雑な仕組みになっている。これは、証券優遇税制を廃止し、配当・譲渡益の税率を10%から20%へ引き上げる際の激変緩和措置として導入されたという経緯と、政府関係者間での様々な思惑が絡んだ結果といえる。他方、それでも急速に普及が進んだ背景として、官民をあげた努力は見逃せない。
  4. 今後の普及へ向けた課題も多い。NISAを使いやすくするためには、家計の安定的な資産形成を支援するというNISAのそもそもの導入目的に立ち返り、簡素で分かりやすい制度にすべきであろう。現行制度を基に改善を進めるうえで特に急ぐべきは、「制度の恒久化」「スイッチングの認可」「相続時の対応」である。さらに、NISAの新規利用者を広げるにはより直接的な税制面でのアピールも必要になろう。
  5. 金融機関にとっては、まず現行制度の範囲内での真摯な取り組みは重要である。税制優遇が付されたNISAは、新規顧客開拓のための「ドアノック商品」としても利用価値は高い。金融機関にとって、家計の資産形成を支援することは、顧客本位の業務運営を進める上で求められている役割の一つだろう。
金融業への外資出資比率の緩和と同時に株主管理を強化する中国政府の動き 関根 栄一
  1. 2018年4月の中国・海南省で開催されたボアオ・アジアフォーラムでの習近平国家主席による対外開放の継続・拡大に関するスピーチを受け、中国人民銀行・易鋼総裁は、金融業の対外開放に関する12項目を発表し、2017年11月の米中首脳会談等での中国政府の公約内容を更に拡大し、期限を区切って実施することを確約した。
  2. 金融業の開放のうち、証券業では、従来の外資出資上限49%の51%への引き上げと3年後の撤廃とともに、業務範囲の拡大を容認した。保険業では、生命保険業への外資出資比率の緩和を前倒しで実現し、保険関連業務での国内資本との同一性を確保した。銀行業では、貸出債権の株式化に伴う受け皿会社への出資など、新規業務での外資進出を容認した。
  3. 対外開放の一方で、中国政府は過去の事件を教訓に、金融業に出資する株主への管理監督を強化する方針である。そのうち、証券業では、従来の「5%以上の保有株主」、「25%以上を保有する等の主要株主」に加えて、「5%未満の保有株主」と「50%以上を保有する等の支配株主」を加えて、株主を四つに分類し、保有比率が多いほど満たすべき基準を強化する方針である。
  4. また、中国では、既に50〜60社に上ると見られる金融持株会社に対する管理監督体制が整っておらず、グループ内の資金循環や関連取引、複雑な株主構成による大株主の権利濫用、銀行・保険・証券という業態別規制のアービトラージが発生し、レバレッジを効かせるなどして金融市場での潜在的なシステミックリスクを高めている。
  5. このため、2017年には業態別の管理監督の内閣レベルの調整機関として「国務院金融安定発展委員会」が創設され、2018年3月には銀行と保険の管理監督機関が統合され、「中国銀行保険監督管理委員会」が新たに発足し、それぞれ幹部人事の手当てもなされている。
  6. 金融業の対外開放の新たな方針の下、証券業では既に出資している外資持分の引き上げや、保険業では外資の新規進出や異業種の国内資本の進出が出始めている。3年後の2021年を目標に設定した金融業の対外開放の促進とシステミックリスクの発生防止に向け、中国政府にはバランスの取れた政策運営が求められている。
中国におけるハイテク企業を対象とする上場制度改革
−レッドチップ企業による中国預託証券(CDR)の発行が可能に−
関 志雄
  1. 近年、中国では、情報通信などの分野における技術革新を背景に、アリババ、テンセント、バイドゥなど、ニューエコノミーを牽引するハイテク企業が相次いで現れている。しかし、資本市場の改革は遅れているため、これらの企業は、レッドチップ企業として、ニューヨークなどの海外市場に上場している。また、急成長している多くのユニコーン企業も、海外上場の準備を進めている。
  2. 資本市場の活性化とニューエコノミーの更なる発展を促すべく、中国政府は、これらの企業が国内で上場できるように、環境整備を進めている。その大きな一歩として、当局はすでに海外市場に上場しているレッドチップ企業と、ユニコーン企業が中国国内市場に上場するための新しいルールを提示している。それにより、海外で登記しているハイテク企業でも、一定の条件を満たせば、株式、または海外で発行した株式などの証券に裏付けられる中国預託証券(CDR)を、国内市場に上場させることが可能になる。
タイの投資信託市場の展望と課題
−持続的な拡大をもたらし得る3つの要因−
井潟 正彦佐藤 広大
  1. 近年、タイの証券市場は活況を呈しているが、特に目を引くのが投資信託の拡大である。同国の2017年末投資信託残高は約5兆バーツ(約17兆円)で、過去5年間で年率約13.0%の成長を遂げ、ASEAN(東南アジア諸国連合)の投資信託市場の中でも抜きんでる存在になりつつある。
  2. これまで投資信託販売において牽引役を果たしてきたのは大手銀行グループである。今後もタイの投資信託市場が持続的に拡大し得るかについて、(1)オープン・アーキテクチャーが広がる動き、(2)税制優遇を伴う投資制度の役割、(3)海外ファンドが拡大する余地の3点に注目し、考察した。
  3. 1点目のオープン・アーキテクチャーが広がる動きは、健全な販売活動や競争の促進、品揃え拡充ニーズへの対応から既定路線になっており、今後数年間で本格化する見込みである。2点目の税制優遇を伴う投資制度の役割には、官民一体で期待を高めている。背景として、同国で高齢化が急速に進行することが挙げられる。国民全体が退職後の備えを充実できるようにと、民間企業における確定拠出型年金の従業員への提供義務化も予定されている。3点目の海外ファンドが拡大する余地は大きいと見る。同国の経済成長が引き続き期待できるとは言え、経済規模や産業構造などから生じ得る一定の制約に鑑みると、分散投資を伴いながら長期的に高い収益率を実現するには海外ファンドの役割は不可欠だからである。
  4. タイの投資信託市場の持続的拡大には、国民における金融リテラシーの向上、投資教育の強化が欠かせない。政府と業界関係者はその重要性を認識し、一体となって具体的な取り組みに注力し始めている。今後、より多くの同国国民が資産形成に取り組む基盤の形成が進み、投資信託市場の持続的拡大の実現可能性がより高まるか、注目される。
時流 2025年にどのようにたどり着くか:財政健全化の今後の道行きについて 上智大学経済学部准教授、日本政策投資銀行設備投資研究所客員主任研究員
中里 透

量的・質的金融緩和の導入から5年、消費税率の8%への引き上げから4年が経過した。この間に物価上昇率はプラスに転じ、財政収支も大幅な改善をみたが、2%の物価安定目標は未達のままであり、基礎的財政収支(プライマリーバランス)の黒字化も達成時期の後ずれが生じている。こうした中、2019年10月には再増税(消費税率の10%への引き上げ)の実施が予定されており、その実施・延期の判断が今秋にもなされる見通しである。
そこで、本稿では財政健全化をめぐるこれまでの経過を振り返り、今後の道行きについて考えてみることとしたい。

投資家と企業との対話ガイドラインの策定とCGコードの改訂 西山 賢吾
  1. 我が国のコーポレートガバナンス改革はここまで一定の成果を上げているが、その水準をさらに高める上で残されている課題に対応するため、2018年6月1日、『投資家と企業との対話ガイドライン』が策定、公表されるとともに、コーポレートガバナンス・コードの改訂が実施された。
  2. 今回のガイドラインとコードの改訂で最も注目されるのは、『資本コストの的確な把握』であろう。今回資本コストの定義や明確な計算方法は示されていないが、重要なことは、資本コストの算出そのものに終始するのではなく、資本コストの計算に用いた各種数値の採用根拠やその背景にある中長期的な経営ビジョンを示し、投資家との対話を深めることである。
  3. 資本コストと並び注目される政策保有株式に関しては、保有すべきではないという意見と、合理性があれば一定量の保有を容認する意見がある。しかし、今回の対話ガイドラインの制定やコードの改訂により、保有の合理性に対し従来以上に納得感のある説明が求められると考えられるため、保有の合理性に乏しい株式の売却を求める声はさらに強まるであろう。
  4. 我が国企業ではコードの各原則について、まず遵守ありきという考えを持つ上場企業が少なくないように見えるが、具体的な対応をせず形式的な遵守に留まるよりは、明確な理由を説明した上で受け入れない原則があるという対応の方が望ましいと考えられる。さらに、これからは「コンプライ・オア・エクスプレイン」ベースから、原則受け入れの諾否にかかわらず企業の姿勢を主体的、かつ明確に示す「コンプライ・アンド・エクスプレイン」ベースでの対応が期待される。
機関投資家が注目し始めた気候関連財務情報
−ESG投資拡大に伴い重要性が高まる積極開示−
板津 直孝
  1. 金融安定理事会(FSB)が設置した気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)は、2017年6月、最終報告書を公表し、投資家やその他のステークホルダーが、重要な気候関連のリスク及び機会が企業にもたらす財務インパクトを理解する上で、有用な情報開示の枠組みを提言した。その後の1年間で、欧米の機関投資家は気候関連の情報開示に対する関心を着実に高めており、日本企業が注視すべき状況になっている。
  2. 背景には、世界各国で拡大し始めたESG(環境、社会、企業投資)投資がある。欧米の機関投資家の多くは、気候変動をポートフォリオの重要なリスク要因に位置づけ、投資で優先すべき一つに掲げている。そして、気候関連の情報開示が不十分な企業に対しては、議決権を行使して改善を求める集団的エンゲージメントや、気候変動に対する取り組みが不十分な企業への投資を引き上げるダイベストメントを拡大している。その対象は、日本企業にも広がっている。
  3. TCFDの最終報告書の公表により、開示の枠組みが提示されたことから、欧米の機関投資家のこうした動きは、具体性を伴ってますます盛んになると考えられる。こうした欧米の気候関連の情報開示に対する顕著な反応は、現在、日本企業が日本国内において得られる感触と大きく異なるため、株主構成において欧米の機関投資家の比率が高い日本企業は、特に注視する必要があろう。
  4. 気候関連の情報開示の国際的な方向性は、財務報告との一元化であり、日本企業にとっては、財務報告と気候関連財務情報との親和性を一層高める準備が必要である。日本企業と欧米の投資家との対話においては、投資家が、TCFDの提言に則した気候関連財務情報開示を期待していることを認識する必要があろう。
持続可能な社会の実現に向けて注目が集まるソーシャルボンド 江夏 あかね
  1. 社会的課題への対処に向けた事業を資金使途とする債券である「ソーシャルボンド」の発行が近年、増加し始めている。ソーシャルボンドは、2006年11月に発行を開始した予防接種のための国際金融ファシリティ(IFFIm)によるワクチン債が初めてとされる。国際資本市場協会(ICMA)によるソーシャルボンド原則(SBP)の存在もあり、2010年代半ば頃から認知度が上がっている。また、本稿でも取り上げた発行事例を踏まえると、発行体セクターは、国際機関、銀行、政府系機関、事業会社と拡大傾向にある。
  2. 日本では2018年6月末現在、国内債として国際協力機構(JICA)、サムライ債としてBPCEが発行している。日本国内の社会的課題のために発行された事例はまだ出ていないが、日本でソーシャルボンドが今後、どのように活用されていくか注目されるところである。
  3. ソーシャルボンドの発行に当たっては、(1)発行体として、社会的課題の解決が経営面での重要課題として位置付けられていること、(2)対象事業がSBPに掲げられるソーシャルプロジェクトに該当し、社会的課題の改善目標及び改善のためのプロセスが明確など、SBPに適合した内容であること、(3)投資家をはじめとしたステークホルダーに対して透明性かつ客観性を確保し、レポーティング等を通じて説明責任を果たすこと、が成功のカギになると考えられる。
ブロックチェーンで拡がるESGをテーマとした資金調達の未来
−オーストリアのフェアブントによるグリーン・シュルトシャイン−
江夏 あかね佐藤 広大
  1. オーストリアの大手電力会社フェアブント(Verbund AG)は2018年4月17日、世界初の取組みとなるブロックチェーン技術を活用した「グリーン・シュルトシャイン」(Grüner Schuldschein)による資金調達を実現させた。
  2. グリーン・シュルトシャインとは、債務証書とも呼ばれるドイツ法に準拠したローンで、調達資金の使途を環境に配慮したプロジェクトとする、環境・社会・ガバナンス(ESG)関連の金融商品である。今般の資金調達に当たっては、ブロックチェーン技術が活用され、発行体から投資家へのプロセスをデジタル化することで、コミュニケーション、透明性、自動化といった観点から、調達プロセスが改善された。
  3. 発行体・投資家等は、プロセスの改善により調達関連コストの縮減や利便性向上といったメリットを享受することとなった。今後、ESGをテーマとした負債性資金調達でも、デジタル・プラットフォームの一環としてブロックチェーン技術の活用が選択肢の1つとなる機会が増える可能性もあろう。
  4. 今般のグリーン・シュルトシャインによる資金調達は、将来的なESG関連データ蓄積・充実化といった観点からも、多くのESG市場参加者に対して考えるきっかけを与える事例になったと言える。
金融危機発生から10年間で再拡大する米連邦住宅貸付銀行制度 岡田 功太
  1. 近年、米連邦住宅貸付銀行制度(FHLBS)のバランスシートが再拡大している。FHLBSの資産は、2008年の金融危機時に約1.35兆ドルとピークに達した後に、2012年にかけて半減し、その後、過去5年間で約1.5倍に増加した。FHLBSは、政府支援企業(GSE)であるが、ファニーメイ及びフレディマックのように、証券化商品の発行・保証を担っているのではなく、住宅ローン貸出支援を目的に、会員である商業銀行等に対して、「アドバンス」と呼ばれる低利の貸出を行っている。
  2. アドバンスの残高は、過去5年間で約1.7倍となり、FHLBSの資産の約65%に相当する規模になった。その要因として、2014年9月に最終化された米国の流動性カバレッジ比率(LCR)が挙げられる。LCRにおける証券担保調達の流出率は、適格流動資産の要件を満たさない資産が担保の場合には100%、GSEとの取引の場合には25%と規定されており、大手米銀にとって、GSEと取引する方が有利であることから、FHLBSからアドバンスの借入額を増加させた。
  3. 他方で、FHLBSの負債も増加傾向にあり、特に、ディスカウント・ノートの発行残高は、過去5年間で約1.8倍となった。その要因として、2014年7月に最終化されたMMF規制が挙げられる。同規制において、FHLBSが発行するディスカウント・ノートは、ガバメントMMFの投資対象資産として分類されたことに加えて、同MMFは2015年7月から約2年間で約1兆ドル増加した。その結果、MMFによるFHLBS債の保有比率は、2011年末の約7%から、2017年末には約20%に増加した。
  4. FHLBSは、1930年代の世界恐慌以降、過去の金融危機において、大手米銀に対してアドバンスを提供することで、連邦準備制度理事会(FRB)に次ぐ最後から2番目の貸し手として、金融システムの安定化に貢献してきた。しかし、現在、FHLBSのバランスシートは再拡大し、特に短期調達比率が上昇したことによって、皮肉なことにFHLBS自身がシステミック・リスクの震源地として懸念材料となっている。つまり、大手米銀及びMMFが有していた同リスクの一部は、金融規制の進展によって、FHLBSにシフトしているとも言える。2008年の金融危機から10年が経過した現在、改めて、金融システムにとって最適な規制枠組みの構築が必要であると言えよう。
EUにおけるマクロプルーデンス政策
−世界に先駆ける実践的な取組み−
小立 敬
  1. 金融危機以降、世界の中央銀行や金融規制当局において金融システムの安定を政策目標とするマクロプルーデンス政策の重要性がより強く認識されている。EUでは、欧州システミック・リスク理事会(ESRB)のイニシアティブの下、マクロプルーデンス政策を実行するための域内共通の枠組みが整備され、加盟国では新たな政策ツールの適用も始まっている。
  2. 実際に加盟国で適用されている主なマクロプルーデンス・ツールとしては、代表的な政策ツールに位置づけられるバーゼルIIIのカウンターシクリカル・バッファー(CCyB)が7カ国で実施されている。システミック・リスクに対応するために自己資本の上乗せを要求するEU独自のシステミック・リスク・バッファー(SyRB)も14カ国で導入されている。担保評価額に対する融資の比率を表すLTVや債務者所得に対する債務返済額の比率を表すDSTIに上限を設定する国も多く、LTVリミットは17カ国において採用されている。
  3. マクロプルーデンス・ツールの適用に関する実務をみると、加盟国の間で違いが窺われる。例えば、CCyBのオペレーションに関しては、水準の設定に責任を有する当局、情報開示、政策目標、ルールか裁量かという運営方法、中立的なバッファーの水準、コア指標、フォワード・ガイダンスといった点において、加盟国によって対応や考え方が大きく異なる。今後、加盟国がマクロプルーデンス・ツールの適用の経験を積み重ねていく中で、加盟国間の差異が解消されていくのかどうかが注目されるところである。
  4. EUのマクロプルーデンス政策は、実行段階に入ったばかりとはいえ、世界に先駆ける実践的な取組みのように窺われる。EUの経験は今後、EU以外の国・地域に対しても議論の材料を提供していくことを通じて、マクロプルーデンス政策に係るグローバルな知見を高めていくことになるだろう。EUにおけるマクロプルーデンス政策は引続き注目していくべき重要な取組みである。
米モルガン・スタンレーのウェルス・マネジメント部門の取り組み 岡田 功太木下 生悟
  1. 米国モルガン・スタンレーのウェルス・マネジメント部門は、競合他社を上回る預かり資産や営業員数を有し、同社の主力ビジネスとしてグループを牽引している。2008年の金融危機以降、事業の選択と集中を進めるシティ・グループからのスミス・バーニー買収によって、同部門の基盤が形成された。また、同年に銀行持株会社への変更が行われたが、これにより、資産運用関連のサービスに加えて、預金の受け入れと融資も提供して家計全体にアプローチすることが可能となった。
  2. 同部門では、一貫して収益構造の改革に取り組んでいる。所属する営業員数及び店舗数の大幅な削減と同時に、顧客層を富裕層にシフトし、営業員一人当たりの預かり資産を増加させることで収益性を向上させている。営業員数は2009年末から約13%減少し、店舗数は同期間で約33%減少した。これらの結果、営業員一人当たりの収益が、過去8年間で約2倍となった。
  3. また、収益安定化や顧客との関係構築の強化に向け、顧客の資産残高に応じて手数料を得る残高フィー型サービスの提供に注力している。預かり資産総額に占める残高フィー型サービスの割合は、2009年末の約25%から2017年末には約45%に増加した。更に、営業員のサポートを主眼としたデジタル戦略に取り組み、自社開発に拘らず、他社との提携によって、より高度で効率的なデジタル戦略を採用する方向性を示している。
  4. モルガン・スタンレーは、ジェームズ・ゴーマン会長兼CEOの指揮の下、これまで一貫してウェルス・マネジメント部門の営業収益の利益率の増加という明確な経営目標を設定し、実行し続けてきた。引き続き収益性の向上を掲げており、今後も同部門の動向が注目される。
キャッシュレス化と決済改革 淵田 康之
  1. 今日、諸外国では一連の決済改革を通じて、キャッシュレス化が進展している。決済改革の柱は、銀行界による統一的なモバイル個人間送金サービスの導入や、決済関連FinTechの台頭を踏まえた、制度及びインフラの抜本的な見直しである。
  2. 英国では、2000年代に入り、政府主導の改革が展開され、2014年には銀行界による統一モバイル個人間送金サービスが導入された。
  3. さらに2016年末には将来戦略が策定され、新決済インフラの構築が始まった。2018年には、インフラの運営を担う、新決済ガバナンス機関が始動している。また歴史上初めて、ノンバンクによる、銀行間決済システムと中央銀行システムへの直接アクセスも実現した。
  4. 米国においても、銀行界によるモバイル個人間送金サービスが普及しつつある。また英国同様、将来ビジョンが策定され、新決済インフラが構築されつつある。2018年夏には、インフラの運営を担う新決済ガバナンス機関が設立される。
  5. シンガポールは、2016年8月に決済改革のロードマップを発表した。2017年には銀行界の統一的なモバイル決済サービス、PayNowが導入され、FinTechやユーザー代表も参加するPayments Councilも設置された。2018年には、新決済法が制定される予定である。
  6. シンガポールの新決済法案では、決済業者や決済システムに対し、インターオペラビリティの確保を義務づける規定が盛り込まれている。
  7. わが国では、2018年7月に「キャッシュレス推進協議会」が設立され、QRコードの標準化の検討が始まる。同協議会は、英国、米国、シンガポールにおける「決済ガバナンス機関」に似た面もあるが、位置づけは全く異なる。キャッシュレス化を真に推進するためには、銀行界の統一的モバイル個人間送金サービスの導入や、決済法制の抜本的な改革、決済インフラの見直しが不可欠である。
初の国内公募外貨建社債発行の意義 佐藤 淳
  1. 野村総合研究所は2018年3月、国内公募豪ドル建社債を発行した。これは、日本企業が初めて国内公募市場において外貨建で発行した社債である。
  2. 日本社会が成熟化し、経済成長率が低位安定で推移する中、日本企業の事業活動のグローバル化が進んでいる。海外企業を対象にした大型M&Aの増加は、グローバルな競争を有利に進めようという企業の経営判断の現れであり、多くの中堅・中小企業にとっても海外活動の拡大は重要課題となっている。
  3. そうした環境下、外貨建資産の増加にマッチした負債調達の多通貨化、簡便化の意義は大きい。今後、この枠組みを通じて、成長期待の高いタイやインドネシア等の現地法人向けのファイナンスが実施されることも考えられる。更に、アーリーステージ企業の資金調達手段として発展する可能性もある。
  4. 投資家にとっても、国内公募外貨建社債は、外貨建運用の新たな選択肢となる。投資対象が国内企業であれば状況を把握しやすいため、発行体の信用力を効率的に判断しつつ、成長力の高い新興国の通貨での運用を行うことも可能となる。今後の展開が注目される。
日本企業のM&Aにおけるプライベート・エクイティの台頭と今後の展望 吉川 浩史
  1. 近年の日本ではM&A件数・金額が増えており、特にプライベート・エクイティ(PE)の関与する案件の増加が顕著である。
  2. PEの関与するM&Aでは、成熟企業の事業再編に伴い売却される子会社・事業部門や、後継者が不在の中小・零細企業に対する買収が増加している。いずれのケースでもPEには資金に加え、買収後の成長戦略の策定・実行が期待されることが多い。
  3. 広義のPEとして、企業や大学の運用するベンチャー・キャピタルによるベンチャー企業投資も活発化している。今後は、投資先のエグジット(投資回収)時に、買い手としてのPEへのニーズが高まる可能性もある。
  4. 近年は地方創生の観点から、地域産業の振興や観光資源の開発を通じた地域経済の活性化を目的に、自治体、地域金融機関、地域企業等が出資するファンドが地域の企業・事業者に出資する案件もみられる。
  5. PEが関与するM&Aの増加の背景には、企業等からPEが企業価値向上に取り組むパートナーとみられ始めたこともあろう。足元では米系PEによるアジア地域を対象とする大型ファンドの組成が相次ぐが、日系PEの組成は活発とは言えない。経済の新陳代謝を促すためにも、日系PEによる規模拡大とM&Aのさらなる活発化が期待される。
相続制度をめぐる新たな動き
−相続税改正2年目の影響と40年ぶりの改正が決まった相続法−
宮本 佐知子
  1. 相続に対する関心が高まっている。人口動態上、相続を経験する人が増えていることが背景にある。加えて、地価の大幅下落等への対応や格差の固定化防止等の観点から、相続税が2015年から改正されたことや、高齢社会の実情を反映するために、民法の相続に関する規定(相続法)が40年ぶりに改正されることになり、広く耳目を集めていることも挙げられる。本稿では、まず2018年夏に公表された2016年の相続税統計の分析結果を示し、次に2018年7月に決定された相続法改正の注目点を示した上で、金融機関への示唆を検討する。
  2. 相続税については、2015年からの改正では、現行制度の下で初めて基礎控除額が引き下げられたため相続税課税対象者が増加し、課税割合は2015年に続いて2016年も過去最高を更新した。課税割合が増加した地域は、大都市圏のみならず地方圏でも増えており、総じて相続税改正の影響は更に広がっている。
  3. 相続法については、今般の改正では、残された配偶者が生活に困窮することを防ぐための仕組み作りが進められることになった。高齢社会の実情に合わせ、遺留分侵害額請求権や預貯金の仮払い制度など、相続をめぐる揉め事を回避しやすくする仕組みも整えられた。相続人以外の親族に対しても、故人の介護をめぐり認められにくい部分を補う配慮もなされた。この他、自筆証書遺言を法務局で保管し情報の管理を行う制度も新設されることになった。
  4. 多くの金融機関では、相続資産市場を重要な戦略市場に位置づけていることから、相続制度をめぐる新たな動きには注目しておくべきである。これらの改正は、総じて多くの人に影響が及び、相続を意識する人も一層増えていると考えられる。金融機関では、このような個人顧客側での意識の高まりを踏まえ、相続税および相続法の改正に係る正確な情報を提供することと、その上で、相続・贈与をめぐる顧客の金融ニーズを丁寧に引き出し、個々人の事情を踏まえた適切な提案を行うことが重要である。
発足5年目を迎えたNISA
−これまでの利用状況と普及へ向けた課題−
宮本 佐知子
  1. 2014年1月に開始された少額投資非課税制度(NISA)は、開始直後は投資経験者を中心に口座数が急増したが、その後は伸びが鈍化しており、普及へ向けた課題も多い。本稿ではまず、NISAの概要と2017年12月末時点の利用状況を示し、次に制度の設立背景と今後の普及へ向けた課題を論じる。
  2. NISAは現在、3種類あり、成年を対象とした「一般NISA」、積立投資に特化した「つみたてNISA」、そして未成年を対象とした「ジュニアNISA」がある。制度開始直後は一般NISAのみの取扱であり、2017年12月末時点での一般NISAの口座数は1,099万2,733口座、総買付額は12兆5,325億円である。また、一般NISAの普及率は対象人口の10.5%である。
  3. NISAは利用者にとっては複雑な仕組みになっている。これは、証券優遇税制を廃止し、配当・譲渡益の税率を10%から20%へ引き上げる際の激変緩和措置として導入されたという経緯と、政府関係者間での様々な思惑が絡んだ結果といえる。他方、それでも急速に普及が進んだ背景として、官民をあげた努力は見逃せない。
  4. 今後の普及へ向けた課題も多い。NISAを使いやすくするためには、家計の安定的な資産形成を支援するというNISAのそもそもの導入目的に立ち返り、簡素で分かりやすい制度にすべきであろう。現行制度を基に改善を進めるうえで特に急ぐべきは、「制度の恒久化」「スイッチングの認可」「相続時の対応」である。さらに、NISAの新規利用者を広げるにはより直接的な税制面でのアピールも必要になろう。
  5. 金融機関にとっては、まず現行制度の範囲内での真摯な取り組みは重要である。税制優遇が付されたNISAは、新規顧客開拓のための「ドアノック商品」としても利用価値は高い。金融機関にとって、家計の資産形成を支援することは、顧客本位の業務運営を進める上で求められている役割の一つだろう。
金融業への外資出資比率の緩和と同時に株主管理を強化する中国政府の動き 関根 栄一
  1. 2018年4月の中国・海南省で開催されたボアオ・アジアフォーラムでの習近平国家主席による対外開放の継続・拡大に関するスピーチを受け、中国人民銀行・易鋼総裁は、金融業の対外開放に関する12項目を発表し、2017年11月の米中首脳会談等での中国政府の公約内容を更に拡大し、期限を区切って実施することを確約した。
  2. 金融業の開放のうち、証券業では、従来の外資出資上限49%の51%への引き上げと3年後の撤廃とともに、業務範囲の拡大を容認した。保険業では、生命保険業への外資出資比率の緩和を前倒しで実現し、保険関連業務での国内資本との同一性を確保した。銀行業では、貸出債権の株式化に伴う受け皿会社への出資など、新規業務での外資進出を容認した。
  3. 対外開放の一方で、中国政府は過去の事件を教訓に、金融業に出資する株主への管理監督を強化する方針である。そのうち、証券業では、従来の「5%以上の保有株主」、「25%以上を保有する等の主要株主」に加えて、「5%未満の保有株主」と「50%以上を保有する等の支配株主」を加えて、株主を四つに分類し、保有比率が多いほど満たすべき基準を強化する方針である。
  4. また、中国では、既に50〜60社に上ると見られる金融持株会社に対する管理監督体制が整っておらず、グループ内の資金循環や関連取引、複雑な株主構成による大株主の権利濫用、銀行・保険・証券という業態別規制のアービトラージが発生し、レバレッジを効かせるなどして金融市場での潜在的なシステミックリスクを高めている。
  5. このため、2017年には業態別の管理監督の内閣レベルの調整機関として「国務院金融安定発展委員会」が創設され、2018年3月には銀行と保険の管理監督機関が統合され、「中国銀行保険監督管理委員会」が新たに発足し、それぞれ幹部人事の手当てもなされている。
  6. 金融業の対外開放の新たな方針の下、証券業では既に出資している外資持分の引き上げや、保険業では外資の新規進出や異業種の国内資本の進出が出始めている。3年後の2021年を目標に設定した金融業の対外開放の促進とシステミックリスクの発生防止に向け、中国政府にはバランスの取れた政策運営が求められている。
中国におけるハイテク企業を対象とする上場制度改革
−レッドチップ企業による中国預託証券(CDR)の発行が可能に−
関 志雄
  1. 近年、中国では、情報通信などの分野における技術革新を背景に、アリババ、テンセント、バイドゥなど、ニューエコノミーを牽引するハイテク企業が相次いで現れている。しかし、資本市場の改革は遅れているため、これらの企業は、レッドチップ企業として、ニューヨークなどの海外市場に上場している。また、急成長している多くのユニコーン企業も、海外上場の準備を進めている。
  2. 資本市場の活性化とニューエコノミーの更なる発展を促すべく、中国政府は、これらの企業が国内で上場できるように、環境整備を進めている。その大きな一歩として、当局はすでに海外市場に上場しているレッドチップ企業と、ユニコーン企業が中国国内市場に上場するための新しいルールを提示している。それにより、海外で登記しているハイテク企業でも、一定の条件を満たせば、株式、または海外で発行した株式などの証券に裏付けられる中国預託証券(CDR)を、国内市場に上場させることが可能になる。
タイの投資信託市場の展望と課題
−持続的な拡大をもたらし得る3つの要因−
井潟 正彦佐藤 広大
  1. 近年、タイの証券市場は活況を呈しているが、特に目を引くのが投資信託の拡大である。同国の2017年末投資信託残高は約5兆バーツ(約17兆円)で、過去5年間で年率約13.0%の成長を遂げ、ASEAN(東南アジア諸国連合)の投資信託市場の中でも抜きんでる存在になりつつある。
  2. これまで投資信託販売において牽引役を果たしてきたのは大手銀行グループである。今後もタイの投資信託市場が持続的に拡大し得るかについて、(1)オープン・アーキテクチャーが広がる動き、(2)税制優遇を伴う投資制度の役割、(3)海外ファンドが拡大する余地の3点に注目し、考察した。
  3. 1点目のオープン・アーキテクチャーが広がる動きは、健全な販売活動や競争の促進、品揃え拡充ニーズへの対応から既定路線になっており、今後数年間で本格化する見込みである。2点目の税制優遇を伴う投資制度の役割には、官民一体で期待を高めている。背景として、同国で高齢化が急速に進行することが挙げられる。国民全体が退職後の備えを充実できるようにと、民間企業における確定拠出型年金の従業員への提供義務化も予定されている。3点目の海外ファンドが拡大する余地は大きいと見る。同国の経済成長が引き続き期待できるとは言え、経済規模や産業構造などから生じ得る一定の制約に鑑みると、分散投資を伴いながら長期的に高い収益率を実現するには海外ファンドの役割は不可欠だからである。
  4. タイの投資信託市場の持続的拡大には、国民における金融リテラシーの向上、投資教育の強化が欠かせない。政府と業界関係者はその重要性を認識し、一体となって具体的な取り組みに注力し始めている。今後、より多くの同国国民が資産形成に取り組む基盤の形成が進み、投資信託市場の持続的拡大の実現可能性がより高まるか、注目される。
要約
時流 2025年にどのようにたどり着くか:財政健全化の今後の道行きについて 上智大学経済学部准教授、日本政策投資銀行設備投資研究所客員主任研究員
中里 透

量的・質的金融緩和の導入から5年、消費税率の8%への引き上げから4年が経過した。この間に物価上昇率はプラスに転じ、財政収支も大幅な改善をみたが、2%の物価安定目標は未達のままであり、基礎的財政収支(プライマリーバランス)の黒字化も達成時期の後ずれが生じている。こうした中、2019年10月には再増税(消費税率の10%への引き上げ)の実施が予定されており、その実施・延期の判断が今秋にもなされる見通しである。
そこで、本稿では財政健全化をめぐるこれまでの経過を振り返り、今後の道行きについて考えてみることとしたい。

投資家と企業との対話ガイドラインの策定とCGコードの改訂 西山 賢吾
  1. 我が国のコーポレートガバナンス改革はここまで一定の成果を上げているが、その水準をさらに高める上で残されている課題に対応するため、2018年6月1日、『投資家と企業との対話ガイドライン』が策定、公表されるとともに、コーポレートガバナンス・コードの改訂が実施された。
  2. 今回のガイドラインとコードの改訂で最も注目されるのは、『資本コストの的確な把握』であろう。今回資本コストの定義や明確な計算方法は示されていないが、重要なことは、資本コストの算出そのものに終始するのではなく、資本コストの計算に用いた各種数値の採用根拠やその背景にある中長期的な経営ビジョンを示し、投資家との対話を深めることである。
  3. 資本コストと並び注目される政策保有株式に関しては、保有すべきではないという意見と、合理性があれば一定量の保有を容認する意見がある。しかし、今回の対話ガイドラインの制定やコードの改訂により、保有の合理性に対し従来以上に納得感のある説明が求められると考えられるため、保有の合理性に乏しい株式の売却を求める声はさらに強まるであろう。
  4. 我が国企業ではコードの各原則について、まず遵守ありきという考えを持つ上場企業が少なくないように見えるが、具体的な対応をせず形式的な遵守に留まるよりは、明確な理由を説明した上で受け入れない原則があるという対応の方が望ましいと考えられる。さらに、これからは「コンプライ・オア・エクスプレイン」ベースから、原則受け入れの諾否にかかわらず企業の姿勢を主体的、かつ明確に示す「コンプライ・アンド・エクスプレイン」ベースでの対応が期待される。
機関投資家が注目し始めた気候関連財務情報
−ESG投資拡大に伴い重要性が高まる積極開示−
板津 直孝
  1. 金融安定理事会(FSB)が設置した気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)は、2017年6月、最終報告書を公表し、投資家やその他のステークホルダーが、重要な気候関連のリスク及び機会が企業にもたらす財務インパクトを理解する上で、有用な情報開示の枠組みを提言した。その後の1年間で、欧米の機関投資家は気候関連の情報開示に対する関心を着実に高めており、日本企業が注視すべき状況になっている。
  2. 背景には、世界各国で拡大し始めたESG(環境、社会、企業投資)投資がある。欧米の機関投資家の多くは、気候変動をポートフォリオの重要なリスク要因に位置づけ、投資で優先すべき一つに掲げている。そして、気候関連の情報開示が不十分な企業に対しては、議決権を行使して改善を求める集団的エンゲージメントや、気候変動に対する取り組みが不十分な企業への投資を引き上げるダイベストメントを拡大している。その対象は、日本企業にも広がっている。
  3. TCFDの最終報告書の公表により、開示の枠組みが提示されたことから、欧米の機関投資家のこうした動きは、具体性を伴ってますます盛んになると考えられる。こうした欧米の気候関連の情報開示に対する顕著な反応は、現在、日本企業が日本国内において得られる感触と大きく異なるため、株主構成において欧米の機関投資家の比率が高い日本企業は、特に注視する必要があろう。
  4. 気候関連の情報開示の国際的な方向性は、財務報告との一元化であり、日本企業にとっては、財務報告と気候関連財務情報との親和性を一層高める準備が必要である。日本企業と欧米の投資家との対話においては、投資家が、TCFDの提言に則した気候関連財務情報開示を期待していることを認識する必要があろう。
持続可能な社会の実現に向けて注目が集まるソーシャルボンド 江夏 あかね
  1. 社会的課題への対処に向けた事業を資金使途とする債券である「ソーシャルボンド」の発行が近年、増加し始めている。ソーシャルボンドは、2006年11月に発行を開始した予防接種のための国際金融ファシリティ(IFFIm)によるワクチン債が初めてとされる。国際資本市場協会(ICMA)によるソーシャルボンド原則(SBP)の存在もあり、2010年代半ば頃から認知度が上がっている。また、本稿でも取り上げた発行事例を踏まえると、発行体セクターは、国際機関、銀行、政府系機関、事業会社と拡大傾向にある。
  2. 日本では2018年6月末現在、国内債として国際協力機構(JICA)、サムライ債としてBPCEが発行している。日本国内の社会的課題のために発行された事例はまだ出ていないが、日本でソーシャルボンドが今後、どのように活用されていくか注目されるところである。
  3. ソーシャルボンドの発行に当たっては、(1)発行体として、社会的課題の解決が経営面での重要課題として位置付けられていること、(2)対象事業がSBPに掲げられるソーシャルプロジェクトに該当し、社会的課題の改善目標及び改善のためのプロセスが明確など、SBPに適合した内容であること、(3)投資家をはじめとしたステークホルダーに対して透明性かつ客観性を確保し、レポーティング等を通じて説明責任を果たすこと、が成功のカギになると考えられる。
ブロックチェーンで拡がるESGをテーマとした資金調達の未来
−オーストリアのフェアブントによるグリーン・シュルトシャイン−
江夏 あかね佐藤 広大
  1. オーストリアの大手電力会社フェアブント(Verbund AG)は2018年4月17日、世界初の取組みとなるブロックチェーン技術を活用した「グリーン・シュルトシャイン」(Grüner Schuldschein)による資金調達を実現させた。
  2. グリーン・シュルトシャインとは、債務証書とも呼ばれるドイツ法に準拠したローンで、調達資金の使途を環境に配慮したプロジェクトとする、環境・社会・ガバナンス(ESG)関連の金融商品である。今般の資金調達に当たっては、ブロックチェーン技術が活用され、発行体から投資家へのプロセスをデジタル化することで、コミュニケーション、透明性、自動化といった観点から、調達プロセスが改善された。
  3. 発行体・投資家等は、プロセスの改善により調達関連コストの縮減や利便性向上といったメリットを享受することとなった。今後、ESGをテーマとした負債性資金調達でも、デジタル・プラットフォームの一環としてブロックチェーン技術の活用が選択肢の1つとなる機会が増える可能性もあろう。
  4. 今般のグリーン・シュルトシャインによる資金調達は、将来的なESG関連データ蓄積・充実化といった観点からも、多くのESG市場参加者に対して考えるきっかけを与える事例になったと言える。
金融危機発生から10年間で再拡大する米連邦住宅貸付銀行制度 岡田 功太
  1. 近年、米連邦住宅貸付銀行制度(FHLBS)のバランスシートが再拡大している。FHLBSの資産は、2008年の金融危機時に約1.35兆ドルとピークに達した後に、2012年にかけて半減し、その後、過去5年間で約1.5倍に増加した。FHLBSは、政府支援企業(GSE)であるが、ファニーメイ及びフレディマックのように、証券化商品の発行・保証を担っているのではなく、住宅ローン貸出支援を目的に、会員である商業銀行等に対して、「アドバンス」と呼ばれる低利の貸出を行っている。
  2. アドバンスの残高は、過去5年間で約1.7倍となり、FHLBSの資産の約65%に相当する規模になった。その要因として、2014年9月に最終化された米国の流動性カバレッジ比率(LCR)が挙げられる。LCRにおける証券担保調達の流出率は、適格流動資産の要件を満たさない資産が担保の場合には100%、GSEとの取引の場合には25%と規定されており、大手米銀にとって、GSEと取引する方が有利であることから、FHLBSからアドバンスの借入額を増加させた。
  3. 他方で、FHLBSの負債も増加傾向にあり、特に、ディスカウント・ノートの発行残高は、過去5年間で約1.8倍となった。その要因として、2014年7月に最終化されたMMF規制が挙げられる。同規制において、FHLBSが発行するディスカウント・ノートは、ガバメントMMFの投資対象資産として分類されたことに加えて、同MMFは2015年7月から約2年間で約1兆ドル増加した。その結果、MMFによるFHLBS債の保有比率は、2011年末の約7%から、2017年末には約20%に増加した。
  4. FHLBSは、1930年代の世界恐慌以降、過去の金融危機において、大手米銀に対してアドバンスを提供することで、連邦準備制度理事会(FRB)に次ぐ最後から2番目の貸し手として、金融システムの安定化に貢献してきた。しかし、現在、FHLBSのバランスシートは再拡大し、特に短期調達比率が上昇したことによって、皮肉なことにFHLBS自身がシステミック・リスクの震源地として懸念材料となっている。つまり、大手米銀及びMMFが有していた同リスクの一部は、金融規制の進展によって、FHLBSにシフトしているとも言える。2008年の金融危機から10年が経過した現在、改めて、金融システムにとって最適な規制枠組みの構築が必要であると言えよう。
EUにおけるマクロプルーデンス政策
−世界に先駆ける実践的な取組み−
小立 敬
  1. 金融危機以降、世界の中央銀行や金融規制当局において金融システムの安定を政策目標とするマクロプルーデンス政策の重要性がより強く認識されている。EUでは、欧州システミック・リスク理事会(ESRB)のイニシアティブの下、マクロプルーデンス政策を実行するための域内共通の枠組みが整備され、加盟国では新たな政策ツールの適用も始まっている。
  2. 実際に加盟国で適用されている主なマクロプルーデンス・ツールとしては、代表的な政策ツールに位置づけられるバーゼルIIIのカウンターシクリカル・バッファー(CCyB)が7カ国で実施されている。システミック・リスクに対応するために自己資本の上乗せを要求するEU独自のシステミック・リスク・バッファー(SyRB)も14カ国で導入されている。担保評価額に対する融資の比率を表すLTVや債務者所得に対する債務返済額の比率を表すDSTIに上限を設定する国も多く、LTVリミットは17カ国において採用されている。
  3. マクロプルーデンス・ツールの適用に関する実務をみると、加盟国の間で違いが窺われる。例えば、CCyBのオペレーションに関しては、水準の設定に責任を有する当局、情報開示、政策目標、ルールか裁量かという運営方法、中立的なバッファーの水準、コア指標、フォワード・ガイダンスといった点において、加盟国によって対応や考え方が大きく異なる。今後、加盟国がマクロプルーデンス・ツールの適用の経験を積み重ねていく中で、加盟国間の差異が解消されていくのかどうかが注目されるところである。
  4. EUのマクロプルーデンス政策は、実行段階に入ったばかりとはいえ、世界に先駆ける実践的な取組みのように窺われる。EUの経験は今後、EU以外の国・地域に対しても議論の材料を提供していくことを通じて、マクロプルーデンス政策に係るグローバルな知見を高めていくことになるだろう。EUにおけるマクロプルーデンス政策は引続き注目していくべき重要な取組みである。
米モルガン・スタンレーのウェルス・マネジメント部門の取り組み 岡田 功太木下 生悟
  1. 米国モルガン・スタンレーのウェルス・マネジメント部門は、競合他社を上回る預かり資産や営業員数を有し、同社の主力ビジネスとしてグループを牽引している。2008年の金融危機以降、事業の選択と集中を進めるシティ・グループからのスミス・バーニー買収によって、同部門の基盤が形成された。また、同年に銀行持株会社への変更が行われたが、これにより、資産運用関連のサービスに加えて、預金の受け入れと融資も提供して家計全体にアプローチすることが可能となった。
  2. 同部門では、一貫して収益構造の改革に取り組んでいる。所属する営業員数及び店舗数の大幅な削減と同時に、顧客層を富裕層にシフトし、営業員一人当たりの預かり資産を増加させることで収益性を向上させている。営業員数は2009年末から約13%減少し、店舗数は同期間で約33%減少した。これらの結果、営業員一人当たりの収益が、過去8年間で約2倍となった。
  3. また、収益安定化や顧客との関係構築の強化に向け、顧客の資産残高に応じて手数料を得る残高フィー型サービスの提供に注力している。預かり資産総額に占める残高フィー型サービスの割合は、2009年末の約25%から2017年末には約45%に増加した。更に、営業員のサポートを主眼としたデジタル戦略に取り組み、自社開発に拘らず、他社との提携によって、より高度で効率的なデジタル戦略を採用する方向性を示している。
  4. モルガン・スタンレーは、ジェームズ・ゴーマン会長兼CEOの指揮の下、これまで一貫してウェルス・マネジメント部門の営業収益の利益率の増加という明確な経営目標を設定し、実行し続けてきた。引き続き収益性の向上を掲げており、今後も同部門の動向が注目される。
キャッシュレス化と決済改革 淵田 康之
  1. 今日、諸外国では一連の決済改革を通じて、キャッシュレス化が進展している。決済改革の柱は、銀行界による統一的なモバイル個人間送金サービスの導入や、決済関連FinTechの台頭を踏まえた、制度及びインフラの抜本的な見直しである。
  2. 英国では、2000年代に入り、政府主導の改革が展開され、2014年には銀行界による統一モバイル個人間送金サービスが導入された。
  3. さらに2016年末には将来戦略が策定され、新決済インフラの構築が始まった。2018年には、インフラの運営を担う、新決済ガバナンス機関が始動している。また歴史上初めて、ノンバンクによる、銀行間決済システムと中央銀行システムへの直接アクセスも実現した。
  4. 米国においても、銀行界によるモバイル個人間送金サービスが普及しつつある。また英国同様、将来ビジョンが策定され、新決済インフラが構築されつつある。2018年夏には、インフラの運営を担う新決済ガバナンス機関が設立される。
  5. シンガポールは、2016年8月に決済改革のロードマップを発表した。2017年には銀行界の統一的なモバイル決済サービス、PayNowが導入され、FinTechやユーザー代表も参加するPayments Councilも設置された。2018年には、新決済法が制定される予定である。
  6. シンガポールの新決済法案では、決済業者や決済システムに対し、インターオペラビリティの確保を義務づける規定が盛り込まれている。
  7. わが国では、2018年7月に「キャッシュレス推進協議会」が設立され、QRコードの標準化の検討が始まる。同協議会は、英国、米国、シンガポールにおける「決済ガバナンス機関」に似た面もあるが、位置づけは全く異なる。キャッシュレス化を真に推進するためには、銀行界の統一的モバイル個人間送金サービスの導入や、決済法制の抜本的な改革、決済インフラの見直しが不可欠である。
初の国内公募外貨建社債発行の意義 佐藤 淳
  1. 野村総合研究所は2018年3月、国内公募豪ドル建社債を発行した。これは、日本企業が初めて国内公募市場において外貨建で発行した社債である。
  2. 日本社会が成熟化し、経済成長率が低位安定で推移する中、日本企業の事業活動のグローバル化が進んでいる。海外企業を対象にした大型M&Aの増加は、グローバルな競争を有利に進めようという企業の経営判断の現れであり、多くの中堅・中小企業にとっても海外活動の拡大は重要課題となっている。
  3. そうした環境下、外貨建資産の増加にマッチした負債調達の多通貨化、簡便化の意義は大きい。今後、この枠組みを通じて、成長期待の高いタイやインドネシア等の現地法人向けのファイナンスが実施されることも考えられる。更に、アーリーステージ企業の資金調達手段として発展する可能性もある。
  4. 投資家にとっても、国内公募外貨建社債は、外貨建運用の新たな選択肢となる。投資対象が国内企業であれば状況を把握しやすいため、発行体の信用力を効率的に判断しつつ、成長力の高い新興国の通貨での運用を行うことも可能となる。今後の展開が注目される。
日本企業のM&Aにおけるプライベート・エクイティの台頭と今後の展望 吉川 浩史
  1. 近年の日本ではM&A件数・金額が増えており、特にプライベート・エクイティ(PE)の関与する案件の増加が顕著である。
  2. PEの関与するM&Aでは、成熟企業の事業再編に伴い売却される子会社・事業部門や、後継者が不在の中小・零細企業に対する買収が増加している。いずれのケースでもPEには資金に加え、買収後の成長戦略の策定・実行が期待されることが多い。
  3. 広義のPEとして、企業や大学の運用するベンチャー・キャピタルによるベンチャー企業投資も活発化している。今後は、投資先のエグジット(投資回収)時に、買い手としてのPEへのニーズが高まる可能性もある。
  4. 近年は地方創生の観点から、地域産業の振興や観光資源の開発を通じた地域経済の活性化を目的に、自治体、地域金融機関、地域企業等が出資するファンドが地域の企業・事業者に出資する案件もみられる。
  5. PEが関与するM&Aの増加の背景には、企業等からPEが企業価値向上に取り組むパートナーとみられ始めたこともあろう。足元では米系PEによるアジア地域を対象とする大型ファンドの組成が相次ぐが、日系PEの組成は活発とは言えない。経済の新陳代謝を促すためにも、日系PEによる規模拡大とM&Aのさらなる活発化が期待される。
相続制度をめぐる新たな動き
−相続税改正2年目の影響と40年ぶりの改正が決まった相続法−
宮本 佐知子
  1. 相続に対する関心が高まっている。人口動態上、相続を経験する人が増えていることが背景にある。加えて、地価の大幅下落等への対応や格差の固定化防止等の観点から、相続税が2015年から改正されたことや、高齢社会の実情を反映するために、民法の相続に関する規定(相続法)が40年ぶりに改正されることになり、広く耳目を集めていることも挙げられる。本稿では、まず2018年夏に公表された2016年の相続税統計の分析結果を示し、次に2018年7月に決定された相続法改正の注目点を示した上で、金融機関への示唆を検討する。
  2. 相続税については、2015年からの改正では、現行制度の下で初めて基礎控除額が引き下げられたため相続税課税対象者が増加し、課税割合は2015年に続いて2016年も過去最高を更新した。課税割合が増加した地域は、大都市圏のみならず地方圏でも増えており、総じて相続税改正の影響は更に広がっている。
  3. 相続法については、今般の改正では、残された配偶者が生活に困窮することを防ぐための仕組み作りが進められることになった。高齢社会の実情に合わせ、遺留分侵害額請求権や預貯金の仮払い制度など、相続をめぐる揉め事を回避しやすくする仕組みも整えられた。相続人以外の親族に対しても、故人の介護をめぐり認められにくい部分を補う配慮もなされた。この他、自筆証書遺言を法務局で保管し情報の管理を行う制度も新設されることになった。
  4. 多くの金融機関では、相続資産市場を重要な戦略市場に位置づけていることから、相続制度をめぐる新たな動きには注目しておくべきである。これらの改正は、総じて多くの人に影響が及び、相続を意識する人も一層増えていると考えられる。金融機関では、このような個人顧客側での意識の高まりを踏まえ、相続税および相続法の改正に係る正確な情報を提供することと、その上で、相続・贈与をめぐる顧客の金融ニーズを丁寧に引き出し、個々人の事情を踏まえた適切な提案を行うことが重要である。
発足5年目を迎えたNISA
−これまでの利用状況と普及へ向けた課題−
宮本 佐知子
  1. 2014年1月に開始された少額投資非課税制度(NISA)は、開始直後は投資経験者を中心に口座数が急増したが、その後は伸びが鈍化しており、普及へ向けた課題も多い。本稿ではまず、NISAの概要と2017年12月末時点の利用状況を示し、次に制度の設立背景と今後の普及へ向けた課題を論じる。
  2. NISAは現在、3種類あり、成年を対象とした「一般NISA」、積立投資に特化した「つみたてNISA」、そして未成年を対象とした「ジュニアNISA」がある。制度開始直後は一般NISAのみの取扱であり、2017年12月末時点での一般NISAの口座数は1,099万2,733口座、総買付額は12兆5,325億円である。また、一般NISAの普及率は対象人口の10.5%である。
  3. NISAは利用者にとっては複雑な仕組みになっている。これは、証券優遇税制を廃止し、配当・譲渡益の税率を10%から20%へ引き上げる際の激変緩和措置として導入されたという経緯と、政府関係者間での様々な思惑が絡んだ結果といえる。他方、それでも急速に普及が進んだ背景として、官民をあげた努力は見逃せない。
  4. 今後の普及へ向けた課題も多い。NISAを使いやすくするためには、家計の安定的な資産形成を支援するというNISAのそもそもの導入目的に立ち返り、簡素で分かりやすい制度にすべきであろう。現行制度を基に改善を進めるうえで特に急ぐべきは、「制度の恒久化」「スイッチングの認可」「相続時の対応」である。さらに、NISAの新規利用者を広げるにはより直接的な税制面でのアピールも必要になろう。
  5. 金融機関にとっては、まず現行制度の範囲内での真摯な取り組みは重要である。税制優遇が付されたNISAは、新規顧客開拓のための「ドアノック商品」としても利用価値は高い。金融機関にとって、家計の資産形成を支援することは、顧客本位の業務運営を進める上で求められている役割の一つだろう。
金融業への外資出資比率の緩和と同時に株主管理を強化する中国政府の動き 関根 栄一
  1. 2018年4月の中国・海南省で開催されたボアオ・アジアフォーラムでの習近平国家主席による対外開放の継続・拡大に関するスピーチを受け、中国人民銀行・易鋼総裁は、金融業の対外開放に関する12項目を発表し、2017年11月の米中首脳会談等での中国政府の公約内容を更に拡大し、期限を区切って実施することを確約した。
  2. 金融業の開放のうち、証券業では、従来の外資出資上限49%の51%への引き上げと3年後の撤廃とともに、業務範囲の拡大を容認した。保険業では、生命保険業への外資出資比率の緩和を前倒しで実現し、保険関連業務での国内資本との同一性を確保した。銀行業では、貸出債権の株式化に伴う受け皿会社への出資など、新規業務での外資進出を容認した。
  3. 対外開放の一方で、中国政府は過去の事件を教訓に、金融業に出資する株主への管理監督を強化する方針である。そのうち、証券業では、従来の「5%以上の保有株主」、「25%以上を保有する等の主要株主」に加えて、「5%未満の保有株主」と「50%以上を保有する等の支配株主」を加えて、株主を四つに分類し、保有比率が多いほど満たすべき基準を強化する方針である。
  4. また、中国では、既に50〜60社に上ると見られる金融持株会社に対する管理監督体制が整っておらず、グループ内の資金循環や関連取引、複雑な株主構成による大株主の権利濫用、銀行・保険・証券という業態別規制のアービトラージが発生し、レバレッジを効かせるなどして金融市場での潜在的なシステミックリスクを高めている。
  5. このため、2017年には業態別の管理監督の内閣レベルの調整機関として「国務院金融安定発展委員会」が創設され、2018年3月には銀行と保険の管理監督機関が統合され、「中国銀行保険監督管理委員会」が新たに発足し、それぞれ幹部人事の手当てもなされている。
  6. 金融業の対外開放の新たな方針の下、証券業では既に出資している外資持分の引き上げや、保険業では外資の新規進出や異業種の国内資本の進出が出始めている。3年後の2021年を目標に設定した金融業の対外開放の促進とシステミックリスクの発生防止に向け、中国政府にはバランスの取れた政策運営が求められている。
中国におけるハイテク企業を対象とする上場制度改革
−レッドチップ企業による中国預託証券(CDR)の発行が可能に−
関 志雄
  1. 近年、中国では、情報通信などの分野における技術革新を背景に、アリババ、テンセント、バイドゥなど、ニューエコノミーを牽引するハイテク企業が相次いで現れている。しかし、資本市場の改革は遅れているため、これらの企業は、レッドチップ企業として、ニューヨークなどの海外市場に上場している。また、急成長している多くのユニコーン企業も、海外上場の準備を進めている。
  2. 資本市場の活性化とニューエコノミーの更なる発展を促すべく、中国政府は、これらの企業が国内で上場できるように、環境整備を進めている。その大きな一歩として、当局はすでに海外市場に上場しているレッドチップ企業と、ユニコーン企業が中国国内市場に上場するための新しいルールを提示している。それにより、海外で登記しているハイテク企業でも、一定の条件を満たせば、株式、または海外で発行した株式などの証券に裏付けられる中国預託証券(CDR)を、国内市場に上場させることが可能になる。
タイの投資信託市場の展望と課題
−持続的な拡大をもたらし得る3つの要因−
井潟 正彦佐藤 広大
  1. 近年、タイの証券市場は活況を呈しているが、特に目を引くのが投資信託の拡大である。同国の2017年末投資信託残高は約5兆バーツ(約17兆円)で、過去5年間で年率約13.0%の成長を遂げ、ASEAN(東南アジア諸国連合)の投資信託市場の中でも抜きんでる存在になりつつある。
  2. これまで投資信託販売において牽引役を果たしてきたのは大手銀行グループである。今後もタイの投資信託市場が持続的に拡大し得るかについて、(1)オープン・アーキテクチャーが広がる動き、(2)税制優遇を伴う投資制度の役割、(3)海外ファンドが拡大する余地の3点に注目し、考察した。
  3. 1点目のオープン・アーキテクチャーが広がる動きは、健全な販売活動や競争の促進、品揃え拡充ニーズへの対応から既定路線になっており、今後数年間で本格化する見込みである。2点目の税制優遇を伴う投資制度の役割には、官民一体で期待を高めている。背景として、同国で高齢化が急速に進行することが挙げられる。国民全体が退職後の備えを充実できるようにと、民間企業における確定拠出型年金の従業員への提供義務化も予定されている。3点目の海外ファンドが拡大する余地は大きいと見る。同国の経済成長が引き続き期待できるとは言え、経済規模や産業構造などから生じ得る一定の制約に鑑みると、分散投資を伴いながら長期的に高い収益率を実現するには海外ファンドの役割は不可欠だからである。
  4. タイの投資信託市場の持続的拡大には、国民における金融リテラシーの向上、投資教育の強化が欠かせない。政府と業界関係者はその重要性を認識し、一体となって具体的な取り組みに注力し始めている。今後、より多くの同国国民が資産形成に取り組む基盤の形成が進み、投資信託市場の持続的拡大の実現可能性がより高まるか、注目される。
中国・アジア
時流 2025年にどのようにたどり着くか:財政健全化の今後の道行きについて 上智大学経済学部准教授、日本政策投資銀行設備投資研究所客員主任研究員
中里 透

量的・質的金融緩和の導入から5年、消費税率の8%への引き上げから4年が経過した。この間に物価上昇率はプラスに転じ、財政収支も大幅な改善をみたが、2%の物価安定目標は未達のままであり、基礎的財政収支(プライマリーバランス)の黒字化も達成時期の後ずれが生じている。こうした中、2019年10月には再増税(消費税率の10%への引き上げ)の実施が予定されており、その実施・延期の判断が今秋にもなされる見通しである。
そこで、本稿では財政健全化をめぐるこれまでの経過を振り返り、今後の道行きについて考えてみることとしたい。

投資家と企業との対話ガイドラインの策定とCGコードの改訂 西山 賢吾
  1. 我が国のコーポレートガバナンス改革はここまで一定の成果を上げているが、その水準をさらに高める上で残されている課題に対応するため、2018年6月1日、『投資家と企業との対話ガイドライン』が策定、公表されるとともに、コーポレートガバナンス・コードの改訂が実施された。
  2. 今回のガイドラインとコードの改訂で最も注目されるのは、『資本コストの的確な把握』であろう。今回資本コストの定義や明確な計算方法は示されていないが、重要なことは、資本コストの算出そのものに終始するのではなく、資本コストの計算に用いた各種数値の採用根拠やその背景にある中長期的な経営ビジョンを示し、投資家との対話を深めることである。
  3. 資本コストと並び注目される政策保有株式に関しては、保有すべきではないという意見と、合理性があれば一定量の保有を容認する意見がある。しかし、今回の対話ガイドラインの制定やコードの改訂により、保有の合理性に対し従来以上に納得感のある説明が求められると考えられるため、保有の合理性に乏しい株式の売却を求める声はさらに強まるであろう。
  4. 我が国企業ではコードの各原則について、まず遵守ありきという考えを持つ上場企業が少なくないように見えるが、具体的な対応をせず形式的な遵守に留まるよりは、明確な理由を説明した上で受け入れない原則があるという対応の方が望ましいと考えられる。さらに、これからは「コンプライ・オア・エクスプレイン」ベースから、原則受け入れの諾否にかかわらず企業の姿勢を主体的、かつ明確に示す「コンプライ・アンド・エクスプレイン」ベースでの対応が期待される。
機関投資家が注目し始めた気候関連財務情報
−ESG投資拡大に伴い重要性が高まる積極開示−
板津 直孝
  1. 金融安定理事会(FSB)が設置した気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)は、2017年6月、最終報告書を公表し、投資家やその他のステークホルダーが、重要な気候関連のリスク及び機会が企業にもたらす財務インパクトを理解する上で、有用な情報開示の枠組みを提言した。その後の1年間で、欧米の機関投資家は気候関連の情報開示に対する関心を着実に高めており、日本企業が注視すべき状況になっている。
  2. 背景には、世界各国で拡大し始めたESG(環境、社会、企業投資)投資がある。欧米の機関投資家の多くは、気候変動をポートフォリオの重要なリスク要因に位置づけ、投資で優先すべき一つに掲げている。そして、気候関連の情報開示が不十分な企業に対しては、議決権を行使して改善を求める集団的エンゲージメントや、気候変動に対する取り組みが不十分な企業への投資を引き上げるダイベストメントを拡大している。その対象は、日本企業にも広がっている。
  3. TCFDの最終報告書の公表により、開示の枠組みが提示されたことから、欧米の機関投資家のこうした動きは、具体性を伴ってますます盛んになると考えられる。こうした欧米の気候関連の情報開示に対する顕著な反応は、現在、日本企業が日本国内において得られる感触と大きく異なるため、株主構成において欧米の機関投資家の比率が高い日本企業は、特に注視する必要があろう。
  4. 気候関連の情報開示の国際的な方向性は、財務報告との一元化であり、日本企業にとっては、財務報告と気候関連財務情報との親和性を一層高める準備が必要である。日本企業と欧米の投資家との対話においては、投資家が、TCFDの提言に則した気候関連財務情報開示を期待していることを認識する必要があろう。
持続可能な社会の実現に向けて注目が集まるソーシャルボンド 江夏 あかね
  1. 社会的課題への対処に向けた事業を資金使途とする債券である「ソーシャルボンド」の発行が近年、増加し始めている。ソーシャルボンドは、2006年11月に発行を開始した予防接種のための国際金融ファシリティ(IFFIm)によるワクチン債が初めてとされる。国際資本市場協会(ICMA)によるソーシャルボンド原則(SBP)の存在もあり、2010年代半ば頃から認知度が上がっている。また、本稿でも取り上げた発行事例を踏まえると、発行体セクターは、国際機関、銀行、政府系機関、事業会社と拡大傾向にある。
  2. 日本では2018年6月末現在、国内債として国際協力機構(JICA)、サムライ債としてBPCEが発行している。日本国内の社会的課題のために発行された事例はまだ出ていないが、日本でソーシャルボンドが今後、どのように活用されていくか注目されるところである。
  3. ソーシャルボンドの発行に当たっては、(1)発行体として、社会的課題の解決が経営面での重要課題として位置付けられていること、(2)対象事業がSBPに掲げられるソーシャルプロジェクトに該当し、社会的課題の改善目標及び改善のためのプロセスが明確など、SBPに適合した内容であること、(3)投資家をはじめとしたステークホルダーに対して透明性かつ客観性を確保し、レポーティング等を通じて説明責任を果たすこと、が成功のカギになると考えられる。
ブロックチェーンで拡がるESGをテーマとした資金調達の未来
−オーストリアのフェアブントによるグリーン・シュルトシャイン−
江夏 あかね佐藤 広大
  1. オーストリアの大手電力会社フェアブント(Verbund AG)は2018年4月17日、世界初の取組みとなるブロックチェーン技術を活用した「グリーン・シュルトシャイン」(Grüner Schuldschein)による資金調達を実現させた。
  2. グリーン・シュルトシャインとは、債務証書とも呼ばれるドイツ法に準拠したローンで、調達資金の使途を環境に配慮したプロジェクトとする、環境・社会・ガバナンス(ESG)関連の金融商品である。今般の資金調達に当たっては、ブロックチェーン技術が活用され、発行体から投資家へのプロセスをデジタル化することで、コミュニケーション、透明性、自動化といった観点から、調達プロセスが改善された。
  3. 発行体・投資家等は、プロセスの改善により調達関連コストの縮減や利便性向上といったメリットを享受することとなった。今後、ESGをテーマとした負債性資金調達でも、デジタル・プラットフォームの一環としてブロックチェーン技術の活用が選択肢の1つとなる機会が増える可能性もあろう。
  4. 今般のグリーン・シュルトシャインによる資金調達は、将来的なESG関連データ蓄積・充実化といった観点からも、多くのESG市場参加者に対して考えるきっかけを与える事例になったと言える。
金融危機発生から10年間で再拡大する米連邦住宅貸付銀行制度 岡田 功太
  1. 近年、米連邦住宅貸付銀行制度(FHLBS)のバランスシートが再拡大している。FHLBSの資産は、2008年の金融危機時に約1.35兆ドルとピークに達した後に、2012年にかけて半減し、その後、過去5年間で約1.5倍に増加した。FHLBSは、政府支援企業(GSE)であるが、ファニーメイ及びフレディマックのように、証券化商品の発行・保証を担っているのではなく、住宅ローン貸出支援を目的に、会員である商業銀行等に対して、「アドバンス」と呼ばれる低利の貸出を行っている。
  2. アドバンスの残高は、過去5年間で約1.7倍となり、FHLBSの資産の約65%に相当する規模になった。その要因として、2014年9月に最終化された米国の流動性カバレッジ比率(LCR)が挙げられる。LCRにおける証券担保調達の流出率は、適格流動資産の要件を満たさない資産が担保の場合には100%、GSEとの取引の場合には25%と規定されており、大手米銀にとって、GSEと取引する方が有利であることから、FHLBSからアドバンスの借入額を増加させた。
  3. 他方で、FHLBSの負債も増加傾向にあり、特に、ディスカウント・ノートの発行残高は、過去5年間で約1.8倍となった。その要因として、2014年7月に最終化されたMMF規制が挙げられる。同規制において、FHLBSが発行するディスカウント・ノートは、ガバメントMMFの投資対象資産として分類されたことに加えて、同MMFは2015年7月から約2年間で約1兆ドル増加した。その結果、MMFによるFHLBS債の保有比率は、2011年末の約7%から、2017年末には約20%に増加した。
  4. FHLBSは、1930年代の世界恐慌以降、過去の金融危機において、大手米銀に対してアドバンスを提供することで、連邦準備制度理事会(FRB)に次ぐ最後から2番目の貸し手として、金融システムの安定化に貢献してきた。しかし、現在、FHLBSのバランスシートは再拡大し、特に短期調達比率が上昇したことによって、皮肉なことにFHLBS自身がシステミック・リスクの震源地として懸念材料となっている。つまり、大手米銀及びMMFが有していた同リスクの一部は、金融規制の進展によって、FHLBSにシフトしているとも言える。2008年の金融危機から10年が経過した現在、改めて、金融システムにとって最適な規制枠組みの構築が必要であると言えよう。
EUにおけるマクロプルーデンス政策
−世界に先駆ける実践的な取組み−
小立 敬
  1. 金融危機以降、世界の中央銀行や金融規制当局において金融システムの安定を政策目標とするマクロプルーデンス政策の重要性がより強く認識されている。EUでは、欧州システミック・リスク理事会(ESRB)のイニシアティブの下、マクロプルーデンス政策を実行するための域内共通の枠組みが整備され、加盟国では新たな政策ツールの適用も始まっている。
  2. 実際に加盟国で適用されている主なマクロプルーデンス・ツールとしては、代表的な政策ツールに位置づけられるバーゼルIIIのカウンターシクリカル・バッファー(CCyB)が7カ国で実施されている。システミック・リスクに対応するために自己資本の上乗せを要求するEU独自のシステミック・リスク・バッファー(SyRB)も14カ国で導入されている。担保評価額に対する融資の比率を表すLTVや債務者所得に対する債務返済額の比率を表すDSTIに上限を設定する国も多く、LTVリミットは17カ国において採用されている。
  3. マクロプルーデンス・ツールの適用に関する実務をみると、加盟国の間で違いが窺われる。例えば、CCyBのオペレーションに関しては、水準の設定に責任を有する当局、情報開示、政策目標、ルールか裁量かという運営方法、中立的なバッファーの水準、コア指標、フォワード・ガイダンスといった点において、加盟国によって対応や考え方が大きく異なる。今後、加盟国がマクロプルーデンス・ツールの適用の経験を積み重ねていく中で、加盟国間の差異が解消されていくのかどうかが注目されるところである。
  4. EUのマクロプルーデンス政策は、実行段階に入ったばかりとはいえ、世界に先駆ける実践的な取組みのように窺われる。EUの経験は今後、EU以外の国・地域に対しても議論の材料を提供していくことを通じて、マクロプルーデンス政策に係るグローバルな知見を高めていくことになるだろう。EUにおけるマクロプルーデンス政策は引続き注目していくべき重要な取組みである。
米モルガン・スタンレーのウェルス・マネジメント部門の取り組み 岡田 功太木下 生悟
  1. 米国モルガン・スタンレーのウェルス・マネジメント部門は、競合他社を上回る預かり資産や営業員数を有し、同社の主力ビジネスとしてグループを牽引している。2008年の金融危機以降、事業の選択と集中を進めるシティ・グループからのスミス・バーニー買収によって、同部門の基盤が形成された。また、同年に銀行持株会社への変更が行われたが、これにより、資産運用関連のサービスに加えて、預金の受け入れと融資も提供して家計全体にアプローチすることが可能となった。
  2. 同部門では、一貫して収益構造の改革に取り組んでいる。所属する営業員数及び店舗数の大幅な削減と同時に、顧客層を富裕層にシフトし、営業員一人当たりの預かり資産を増加させることで収益性を向上させている。営業員数は2009年末から約13%減少し、店舗数は同期間で約33%減少した。これらの結果、営業員一人当たりの収益が、過去8年間で約2倍となった。
  3. また、収益安定化や顧客との関係構築の強化に向け、顧客の資産残高に応じて手数料を得る残高フィー型サービスの提供に注力している。預かり資産総額に占める残高フィー型サービスの割合は、2009年末の約25%から2017年末には約45%に増加した。更に、営業員のサポートを主眼としたデジタル戦略に取り組み、自社開発に拘らず、他社との提携によって、より高度で効率的なデジタル戦略を採用する方向性を示している。
  4. モルガン・スタンレーは、ジェームズ・ゴーマン会長兼CEOの指揮の下、これまで一貫してウェルス・マネジメント部門の営業収益の利益率の増加という明確な経営目標を設定し、実行し続けてきた。引き続き収益性の向上を掲げており、今後も同部門の動向が注目される。
キャッシュレス化と決済改革 淵田 康之
  1. 今日、諸外国では一連の決済改革を通じて、キャッシュレス化が進展している。決済改革の柱は、銀行界による統一的なモバイル個人間送金サービスの導入や、決済関連FinTechの台頭を踏まえた、制度及びインフラの抜本的な見直しである。
  2. 英国では、2000年代に入り、政府主導の改革が展開され、2014年には銀行界による統一モバイル個人間送金サービスが導入された。
  3. さらに2016年末には将来戦略が策定され、新決済インフラの構築が始まった。2018年には、インフラの運営を担う、新決済ガバナンス機関が始動している。また歴史上初めて、ノンバンクによる、銀行間決済システムと中央銀行システムへの直接アクセスも実現した。
  4. 米国においても、銀行界によるモバイル個人間送金サービスが普及しつつある。また英国同様、将来ビジョンが策定され、新決済インフラが構築されつつある。2018年夏には、インフラの運営を担う新決済ガバナンス機関が設立される。
  5. シンガポールは、2016年8月に決済改革のロードマップを発表した。2017年には銀行界の統一的なモバイル決済サービス、PayNowが導入され、FinTechやユーザー代表も参加するPayments Councilも設置された。2018年には、新決済法が制定される予定である。
  6. シンガポールの新決済法案では、決済業者や決済システムに対し、インターオペラビリティの確保を義務づける規定が盛り込まれている。
  7. わが国では、2018年7月に「キャッシュレス推進協議会」が設立され、QRコードの標準化の検討が始まる。同協議会は、英国、米国、シンガポールにおける「決済ガバナンス機関」に似た面もあるが、位置づけは全く異なる。キャッシュレス化を真に推進するためには、銀行界の統一的モバイル個人間送金サービスの導入や、決済法制の抜本的な改革、決済インフラの見直しが不可欠である。
初の国内公募外貨建社債発行の意義 佐藤 淳
  1. 野村総合研究所は2018年3月、国内公募豪ドル建社債を発行した。これは、日本企業が初めて国内公募市場において外貨建で発行した社債である。
  2. 日本社会が成熟化し、経済成長率が低位安定で推移する中、日本企業の事業活動のグローバル化が進んでいる。海外企業を対象にした大型M&Aの増加は、グローバルな競争を有利に進めようという企業の経営判断の現れであり、多くの中堅・中小企業にとっても海外活動の拡大は重要課題となっている。
  3. そうした環境下、外貨建資産の増加にマッチした負債調達の多通貨化、簡便化の意義は大きい。今後、この枠組みを通じて、成長期待の高いタイやインドネシア等の現地法人向けのファイナンスが実施されることも考えられる。更に、アーリーステージ企業の資金調達手段として発展する可能性もある。
  4. 投資家にとっても、国内公募外貨建社債は、外貨建運用の新たな選択肢となる。投資対象が国内企業であれば状況を把握しやすいため、発行体の信用力を効率的に判断しつつ、成長力の高い新興国の通貨での運用を行うことも可能となる。今後の展開が注目される。
日本企業のM&Aにおけるプライベート・エクイティの台頭と今後の展望 吉川 浩史
  1. 近年の日本ではM&A件数・金額が増えており、特にプライベート・エクイティ(PE)の関与する案件の増加が顕著である。
  2. PEの関与するM&Aでは、成熟企業の事業再編に伴い売却される子会社・事業部門や、後継者が不在の中小・零細企業に対する買収が増加している。いずれのケースでもPEには資金に加え、買収後の成長戦略の策定・実行が期待されることが多い。
  3. 広義のPEとして、企業や大学の運用するベンチャー・キャピタルによるベンチャー企業投資も活発化している。今後は、投資先のエグジット(投資回収)時に、買い手としてのPEへのニーズが高まる可能性もある。
  4. 近年は地方創生の観点から、地域産業の振興や観光資源の開発を通じた地域経済の活性化を目的に、自治体、地域金融機関、地域企業等が出資するファンドが地域の企業・事業者に出資する案件もみられる。
  5. PEが関与するM&Aの増加の背景には、企業等からPEが企業価値向上に取り組むパートナーとみられ始めたこともあろう。足元では米系PEによるアジア地域を対象とする大型ファンドの組成が相次ぐが、日系PEの組成は活発とは言えない。経済の新陳代謝を促すためにも、日系PEによる規模拡大とM&Aのさらなる活発化が期待される。
相続制度をめぐる新たな動き
−相続税改正2年目の影響と40年ぶりの改正が決まった相続法−
宮本 佐知子
  1. 相続に対する関心が高まっている。人口動態上、相続を経験する人が増えていることが背景にある。加えて、地価の大幅下落等への対応や格差の固定化防止等の観点から、相続税が2015年から改正されたことや、高齢社会の実情を反映するために、民法の相続に関する規定(相続法)が40年ぶりに改正されることになり、広く耳目を集めていることも挙げられる。本稿では、まず2018年夏に公表された2016年の相続税統計の分析結果を示し、次に2018年7月に決定された相続法改正の注目点を示した上で、金融機関への示唆を検討する。
  2. 相続税については、2015年からの改正では、現行制度の下で初めて基礎控除額が引き下げられたため相続税課税対象者が増加し、課税割合は2015年に続いて2016年も過去最高を更新した。課税割合が増加した地域は、大都市圏のみならず地方圏でも増えており、総じて相続税改正の影響は更に広がっている。
  3. 相続法については、今般の改正では、残された配偶者が生活に困窮することを防ぐための仕組み作りが進められることになった。高齢社会の実情に合わせ、遺留分侵害額請求権や預貯金の仮払い制度など、相続をめぐる揉め事を回避しやすくする仕組みも整えられた。相続人以外の親族に対しても、故人の介護をめぐり認められにくい部分を補う配慮もなされた。この他、自筆証書遺言を法務局で保管し情報の管理を行う制度も新設されることになった。
  4. 多くの金融機関では、相続資産市場を重要な戦略市場に位置づけていることから、相続制度をめぐる新たな動きには注目しておくべきである。これらの改正は、総じて多くの人に影響が及び、相続を意識する人も一層増えていると考えられる。金融機関では、このような個人顧客側での意識の高まりを踏まえ、相続税および相続法の改正に係る正確な情報を提供することと、その上で、相続・贈与をめぐる顧客の金融ニーズを丁寧に引き出し、個々人の事情を踏まえた適切な提案を行うことが重要である。
発足5年目を迎えたNISA
−これまでの利用状況と普及へ向けた課題−
宮本 佐知子
  1. 2014年1月に開始された少額投資非課税制度(NISA)は、開始直後は投資経験者を中心に口座数が急増したが、その後は伸びが鈍化しており、普及へ向けた課題も多い。本稿ではまず、NISAの概要と2017年12月末時点の利用状況を示し、次に制度の設立背景と今後の普及へ向けた課題を論じる。
  2. NISAは現在、3種類あり、成年を対象とした「一般NISA」、積立投資に特化した「つみたてNISA」、そして未成年を対象とした「ジュニアNISA」がある。制度開始直後は一般NISAのみの取扱であり、2017年12月末時点での一般NISAの口座数は1,099万2,733口座、総買付額は12兆5,325億円である。また、一般NISAの普及率は対象人口の10.5%である。
  3. NISAは利用者にとっては複雑な仕組みになっている。これは、証券優遇税制を廃止し、配当・譲渡益の税率を10%から20%へ引き上げる際の激変緩和措置として導入されたという経緯と、政府関係者間での様々な思惑が絡んだ結果といえる。他方、それでも急速に普及が進んだ背景として、官民をあげた努力は見逃せない。
  4. 今後の普及へ向けた課題も多い。NISAを使いやすくするためには、家計の安定的な資産形成を支援するというNISAのそもそもの導入目的に立ち返り、簡素で分かりやすい制度にすべきであろう。現行制度を基に改善を進めるうえで特に急ぐべきは、「制度の恒久化」「スイッチングの認可」「相続時の対応」である。さらに、NISAの新規利用者を広げるにはより直接的な税制面でのアピールも必要になろう。
  5. 金融機関にとっては、まず現行制度の範囲内での真摯な取り組みは重要である。税制優遇が付されたNISAは、新規顧客開拓のための「ドアノック商品」としても利用価値は高い。金融機関にとって、家計の資産形成を支援することは、顧客本位の業務運営を進める上で求められている役割の一つだろう。
金融業への外資出資比率の緩和と同時に株主管理を強化する中国政府の動き 関根 栄一
  1. 2018年4月の中国・海南省で開催されたボアオ・アジアフォーラムでの習近平国家主席による対外開放の継続・拡大に関するスピーチを受け、中国人民銀行・易鋼総裁は、金融業の対外開放に関する12項目を発表し、2017年11月の米中首脳会談等での中国政府の公約内容を更に拡大し、期限を区切って実施することを確約した。
  2. 金融業の開放のうち、証券業では、従来の外資出資上限49%の51%への引き上げと3年後の撤廃とともに、業務範囲の拡大を容認した。保険業では、生命保険業への外資出資比率の緩和を前倒しで実現し、保険関連業務での国内資本との同一性を確保した。銀行業では、貸出債権の株式化に伴う受け皿会社への出資など、新規業務での外資進出を容認した。
  3. 対外開放の一方で、中国政府は過去の事件を教訓に、金融業に出資する株主への管理監督を強化する方針である。そのうち、証券業では、従来の「5%以上の保有株主」、「25%以上を保有する等の主要株主」に加えて、「5%未満の保有株主」と「50%以上を保有する等の支配株主」を加えて、株主を四つに分類し、保有比率が多いほど満たすべき基準を強化する方針である。
  4. また、中国では、既に50〜60社に上ると見られる金融持株会社に対する管理監督体制が整っておらず、グループ内の資金循環や関連取引、複雑な株主構成による大株主の権利濫用、銀行・保険・証券という業態別規制のアービトラージが発生し、レバレッジを効かせるなどして金融市場での潜在的なシステミックリスクを高めている。
  5. このため、2017年には業態別の管理監督の内閣レベルの調整機関として「国務院金融安定発展委員会」が創設され、2018年3月には銀行と保険の管理監督機関が統合され、「中国銀行保険監督管理委員会」が新たに発足し、それぞれ幹部人事の手当てもなされている。
  6. 金融業の対外開放の新たな方針の下、証券業では既に出資している外資持分の引き上げや、保険業では外資の新規進出や異業種の国内資本の進出が出始めている。3年後の2021年を目標に設定した金融業の対外開放の促進とシステミックリスクの発生防止に向け、中国政府にはバランスの取れた政策運営が求められている。
中国におけるハイテク企業を対象とする上場制度改革
−レッドチップ企業による中国預託証券(CDR)の発行が可能に−
関 志雄
  1. 近年、中国では、情報通信などの分野における技術革新を背景に、アリババ、テンセント、バイドゥなど、ニューエコノミーを牽引するハイテク企業が相次いで現れている。しかし、資本市場の改革は遅れているため、これらの企業は、レッドチップ企業として、ニューヨークなどの海外市場に上場している。また、急成長している多くのユニコーン企業も、海外上場の準備を進めている。
  2. 資本市場の活性化とニューエコノミーの更なる発展を促すべく、中国政府は、これらの企業が国内で上場できるように、環境整備を進めている。その大きな一歩として、当局はすでに海外市場に上場しているレッドチップ企業と、ユニコーン企業が中国国内市場に上場するための新しいルールを提示している。それにより、海外で登記しているハイテク企業でも、一定の条件を満たせば、株式、または海外で発行した株式などの証券に裏付けられる中国預託証券(CDR)を、国内市場に上場させることが可能になる。
タイの投資信託市場の展望と課題
−持続的な拡大をもたらし得る3つの要因−
井潟 正彦佐藤 広大
  1. 近年、タイの証券市場は活況を呈しているが、特に目を引くのが投資信託の拡大である。同国の2017年末投資信託残高は約5兆バーツ(約17兆円)で、過去5年間で年率約13.0%の成長を遂げ、ASEAN(東南アジア諸国連合)の投資信託市場の中でも抜きんでる存在になりつつある。
  2. これまで投資信託販売において牽引役を果たしてきたのは大手銀行グループである。今後もタイの投資信託市場が持続的に拡大し得るかについて、(1)オープン・アーキテクチャーが広がる動き、(2)税制優遇を伴う投資制度の役割、(3)海外ファンドが拡大する余地の3点に注目し、考察した。
  3. 1点目のオープン・アーキテクチャーが広がる動きは、健全な販売活動や競争の促進、品揃え拡充ニーズへの対応から既定路線になっており、今後数年間で本格化する見込みである。2点目の税制優遇を伴う投資制度の役割には、官民一体で期待を高めている。背景として、同国で高齢化が急速に進行することが挙げられる。国民全体が退職後の備えを充実できるようにと、民間企業における確定拠出型年金の従業員への提供義務化も予定されている。3点目の海外ファンドが拡大する余地は大きいと見る。同国の経済成長が引き続き期待できるとは言え、経済規模や産業構造などから生じ得る一定の制約に鑑みると、分散投資を伴いながら長期的に高い収益率を実現するには海外ファンドの役割は不可欠だからである。
  4. タイの投資信託市場の持続的拡大には、国民における金融リテラシーの向上、投資教育の強化が欠かせない。政府と業界関係者はその重要性を認識し、一体となって具体的な取り組みに注力し始めている。今後、より多くの同国国民が資産形成に取り組む基盤の形成が進み、投資信託市場の持続的拡大の実現可能性がより高まるか、注目される。
要約
時流 2025年にどのようにたどり着くか:財政健全化の今後の道行きについて 上智大学経済学部准教授、日本政策投資銀行設備投資研究所客員主任研究員
中里 透

量的・質的金融緩和の導入から5年、消費税率の8%への引き上げから4年が経過した。この間に物価上昇率はプラスに転じ、財政収支も大幅な改善をみたが、2%の物価安定目標は未達のままであり、基礎的財政収支(プライマリーバランス)の黒字化も達成時期の後ずれが生じている。こうした中、2019年10月には再増税(消費税率の10%への引き上げ)の実施が予定されており、その実施・延期の判断が今秋にもなされる見通しである。
そこで、本稿では財政健全化をめぐるこれまでの経過を振り返り、今後の道行きについて考えてみることとしたい。

投資家と企業との対話ガイドラインの策定とCGコードの改訂 西山 賢吾
  1. 我が国のコーポレートガバナンス改革はここまで一定の成果を上げているが、その水準をさらに高める上で残されている課題に対応するため、2018年6月1日、『投資家と企業との対話ガイドライン』が策定、公表されるとともに、コーポレートガバナンス・コードの改訂が実施された。
  2. 今回のガイドラインとコードの改訂で最も注目されるのは、『資本コストの的確な把握』であろう。今回資本コストの定義や明確な計算方法は示されていないが、重要なことは、資本コストの算出そのものに終始するのではなく、資本コストの計算に用いた各種数値の採用根拠やその背景にある中長期的な経営ビジョンを示し、投資家との対話を深めることである。
  3. 資本コストと並び注目される政策保有株式に関しては、保有すべきではないという意見と、合理性があれば一定量の保有を容認する意見がある。しかし、今回の対話ガイドラインの制定やコードの改訂により、保有の合理性に対し従来以上に納得感のある説明が求められると考えられるため、保有の合理性に乏しい株式の売却を求める声はさらに強まるであろう。
  4. 我が国企業ではコードの各原則について、まず遵守ありきという考えを持つ上場企業が少なくないように見えるが、具体的な対応をせず形式的な遵守に留まるよりは、明確な理由を説明した上で受け入れない原則があるという対応の方が望ましいと考えられる。さらに、これからは「コンプライ・オア・エクスプレイン」ベースから、原則受け入れの諾否にかかわらず企業の姿勢を主体的、かつ明確に示す「コンプライ・アンド・エクスプレイン」ベースでの対応が期待される。
機関投資家が注目し始めた気候関連財務情報
−ESG投資拡大に伴い重要性が高まる積極開示−
板津 直孝
  1. 金融安定理事会(FSB)が設置した気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)は、2017年6月、最終報告書を公表し、投資家やその他のステークホルダーが、重要な気候関連のリスク及び機会が企業にもたらす財務インパクトを理解する上で、有用な情報開示の枠組みを提言した。その後の1年間で、欧米の機関投資家は気候関連の情報開示に対する関心を着実に高めており、日本企業が注視すべき状況になっている。
  2. 背景には、世界各国で拡大し始めたESG(環境、社会、企業投資)投資がある。欧米の機関投資家の多くは、気候変動をポートフォリオの重要なリスク要因に位置づけ、投資で優先すべき一つに掲げている。そして、気候関連の情報開示が不十分な企業に対しては、議決権を行使して改善を求める集団的エンゲージメントや、気候変動に対する取り組みが不十分な企業への投資を引き上げるダイベストメントを拡大している。その対象は、日本企業にも広がっている。
  3. TCFDの最終報告書の公表により、開示の枠組みが提示されたことから、欧米の機関投資家のこうした動きは、具体性を伴ってますます盛んになると考えられる。こうした欧米の気候関連の情報開示に対する顕著な反応は、現在、日本企業が日本国内において得られる感触と大きく異なるため、株主構成において欧米の機関投資家の比率が高い日本企業は、特に注視する必要があろう。
  4. 気候関連の情報開示の国際的な方向性は、財務報告との一元化であり、日本企業にとっては、財務報告と気候関連財務情報との親和性を一層高める準備が必要である。日本企業と欧米の投資家との対話においては、投資家が、TCFDの提言に則した気候関連財務情報開示を期待していることを認識する必要があろう。
持続可能な社会の実現に向けて注目が集まるソーシャルボンド 江夏 あかね
  1. 社会的課題への対処に向けた事業を資金使途とする債券である「ソーシャルボンド」の発行が近年、増加し始めている。ソーシャルボンドは、2006年11月に発行を開始した予防接種のための国際金融ファシリティ(IFFIm)によるワクチン債が初めてとされる。国際資本市場協会(ICMA)によるソーシャルボンド原則(SBP)の存在もあり、2010年代半ば頃から認知度が上がっている。また、本稿でも取り上げた発行事例を踏まえると、発行体セクターは、国際機関、銀行、政府系機関、事業会社と拡大傾向にある。
  2. 日本では2018年6月末現在、国内債として国際協力機構(JICA)、サムライ債としてBPCEが発行している。日本国内の社会的課題のために発行された事例はまだ出ていないが、日本でソーシャルボンドが今後、どのように活用されていくか注目されるところである。
  3. ソーシャルボンドの発行に当たっては、(1)発行体として、社会的課題の解決が経営面での重要課題として位置付けられていること、(2)対象事業がSBPに掲げられるソーシャルプロジェクトに該当し、社会的課題の改善目標及び改善のためのプロセスが明確など、SBPに適合した内容であること、(3)投資家をはじめとしたステークホルダーに対して透明性かつ客観性を確保し、レポーティング等を通じて説明責任を果たすこと、が成功のカギになると考えられる。
ブロックチェーンで拡がるESGをテーマとした資金調達の未来
−オーストリアのフェアブントによるグリーン・シュルトシャイン−
江夏 あかね佐藤 広大
  1. オーストリアの大手電力会社フェアブント(Verbund AG)は2018年4月17日、世界初の取組みとなるブロックチェーン技術を活用した「グリーン・シュルトシャイン」(Grüner Schuldschein)による資金調達を実現させた。
  2. グリーン・シュルトシャインとは、債務証書とも呼ばれるドイツ法に準拠したローンで、調達資金の使途を環境に配慮したプロジェクトとする、環境・社会・ガバナンス(ESG)関連の金融商品である。今般の資金調達に当たっては、ブロックチェーン技術が活用され、発行体から投資家へのプロセスをデジタル化することで、コミュニケーション、透明性、自動化といった観点から、調達プロセスが改善された。
  3. 発行体・投資家等は、プロセスの改善により調達関連コストの縮減や利便性向上といったメリットを享受することとなった。今後、ESGをテーマとした負債性資金調達でも、デジタル・プラットフォームの一環としてブロックチェーン技術の活用が選択肢の1つとなる機会が増える可能性もあろう。
  4. 今般のグリーン・シュルトシャインによる資金調達は、将来的なESG関連データ蓄積・充実化といった観点からも、多くのESG市場参加者に対して考えるきっかけを与える事例になったと言える。
金融危機発生から10年間で再拡大する米連邦住宅貸付銀行制度 岡田 功太
  1. 近年、米連邦住宅貸付銀行制度(FHLBS)のバランスシートが再拡大している。FHLBSの資産は、2008年の金融危機時に約1.35兆ドルとピークに達した後に、2012年にかけて半減し、その後、過去5年間で約1.5倍に増加した。FHLBSは、政府支援企業(GSE)であるが、ファニーメイ及びフレディマックのように、証券化商品の発行・保証を担っているのではなく、住宅ローン貸出支援を目的に、会員である商業銀行等に対して、「アドバンス」と呼ばれる低利の貸出を行っている。
  2. アドバンスの残高は、過去5年間で約1.7倍となり、FHLBSの資産の約65%に相当する規模になった。その要因として、2014年9月に最終化された米国の流動性カバレッジ比率(LCR)が挙げられる。LCRにおける証券担保調達の流出率は、適格流動資産の要件を満たさない資産が担保の場合には100%、GSEとの取引の場合には25%と規定されており、大手米銀にとって、GSEと取引する方が有利であることから、FHLBSからアドバンスの借入額を増加させた。
  3. 他方で、FHLBSの負債も増加傾向にあり、特に、ディスカウント・ノートの発行残高は、過去5年間で約1.8倍となった。その要因として、2014年7月に最終化されたMMF規制が挙げられる。同規制において、FHLBSが発行するディスカウント・ノートは、ガバメントMMFの投資対象資産として分類されたことに加えて、同MMFは2015年7月から約2年間で約1兆ドル増加した。その結果、MMFによるFHLBS債の保有比率は、2011年末の約7%から、2017年末には約20%に増加した。
  4. FHLBSは、1930年代の世界恐慌以降、過去の金融危機において、大手米銀に対してアドバンスを提供することで、連邦準備制度理事会(FRB)に次ぐ最後から2番目の貸し手として、金融システムの安定化に貢献してきた。しかし、現在、FHLBSのバランスシートは再拡大し、特に短期調達比率が上昇したことによって、皮肉なことにFHLBS自身がシステミック・リスクの震源地として懸念材料となっている。つまり、大手米銀及びMMFが有していた同リスクの一部は、金融規制の進展によって、FHLBSにシフトしているとも言える。2008年の金融危機から10年が経過した現在、改めて、金融システムにとって最適な規制枠組みの構築が必要であると言えよう。
EUにおけるマクロプルーデンス政策
−世界に先駆ける実践的な取組み−
小立 敬
  1. 金融危機以降、世界の中央銀行や金融規制当局において金融システムの安定を政策目標とするマクロプルーデンス政策の重要性がより強く認識されている。EUでは、欧州システミック・リスク理事会(ESRB)のイニシアティブの下、マクロプルーデンス政策を実行するための域内共通の枠組みが整備され、加盟国では新たな政策ツールの適用も始まっている。
  2. 実際に加盟国で適用されている主なマクロプルーデンス・ツールとしては、代表的な政策ツールに位置づけられるバーゼルIIIのカウンターシクリカル・バッファー(CCyB)が7カ国で実施されている。システミック・リスクに対応するために自己資本の上乗せを要求するEU独自のシステミック・リスク・バッファー(SyRB)も14カ国で導入されている。担保評価額に対する融資の比率を表すLTVや債務者所得に対する債務返済額の比率を表すDSTIに上限を設定する国も多く、LTVリミットは17カ国において採用されている。
  3. マクロプルーデンス・ツールの適用に関する実務をみると、加盟国の間で違いが窺われる。例えば、CCyBのオペレーションに関しては、水準の設定に責任を有する当局、情報開示、政策目標、ルールか裁量かという運営方法、中立的なバッファーの水準、コア指標、フォワード・ガイダンスといった点において、加盟国によって対応や考え方が大きく異なる。今後、加盟国がマクロプルーデンス・ツールの適用の経験を積み重ねていく中で、加盟国間の差異が解消されていくのかどうかが注目されるところである。
  4. EUのマクロプルーデンス政策は、実行段階に入ったばかりとはいえ、世界に先駆ける実践的な取組みのように窺われる。EUの経験は今後、EU以外の国・地域に対しても議論の材料を提供していくことを通じて、マクロプルーデンス政策に係るグローバルな知見を高めていくことになるだろう。EUにおけるマクロプルーデンス政策は引続き注目していくべき重要な取組みである。
米モルガン・スタンレーのウェルス・マネジメント部門の取り組み 岡田 功太木下 生悟
  1. 米国モルガン・スタンレーのウェルス・マネジメント部門は、競合他社を上回る預かり資産や営業員数を有し、同社の主力ビジネスとしてグループを牽引している。2008年の金融危機以降、事業の選択と集中を進めるシティ・グループからのスミス・バーニー買収によって、同部門の基盤が形成された。また、同年に銀行持株会社への変更が行われたが、これにより、資産運用関連のサービスに加えて、預金の受け入れと融資も提供して家計全体にアプローチすることが可能となった。
  2. 同部門では、一貫して収益構造の改革に取り組んでいる。所属する営業員数及び店舗数の大幅な削減と同時に、顧客層を富裕層にシフトし、営業員一人当たりの預かり資産を増加させることで収益性を向上させている。営業員数は2009年末から約13%減少し、店舗数は同期間で約33%減少した。これらの結果、営業員一人当たりの収益が、過去8年間で約2倍となった。
  3. また、収益安定化や顧客との関係構築の強化に向け、顧客の資産残高に応じて手数料を得る残高フィー型サービスの提供に注力している。預かり資産総額に占める残高フィー型サービスの割合は、2009年末の約25%から2017年末には約45%に増加した。更に、営業員のサポートを主眼としたデジタル戦略に取り組み、自社開発に拘らず、他社との提携によって、より高度で効率的なデジタル戦略を採用する方向性を示している。
  4. モルガン・スタンレーは、ジェームズ・ゴーマン会長兼CEOの指揮の下、これまで一貫してウェルス・マネジメント部門の営業収益の利益率の増加という明確な経営目標を設定し、実行し続けてきた。引き続き収益性の向上を掲げており、今後も同部門の動向が注目される。
キャッシュレス化と決済改革 淵田 康之
  1. 今日、諸外国では一連の決済改革を通じて、キャッシュレス化が進展している。決済改革の柱は、銀行界による統一的なモバイル個人間送金サービスの導入や、決済関連FinTechの台頭を踏まえた、制度及びインフラの抜本的な見直しである。
  2. 英国では、2000年代に入り、政府主導の改革が展開され、2014年には銀行界による統一モバイル個人間送金サービスが導入された。
  3. さらに2016年末には将来戦略が策定され、新決済インフラの構築が始まった。2018年には、インフラの運営を担う、新決済ガバナンス機関が始動している。また歴史上初めて、ノンバンクによる、銀行間決済システムと中央銀行システムへの直接アクセスも実現した。
  4. 米国においても、銀行界によるモバイル個人間送金サービスが普及しつつある。また英国同様、将来ビジョンが策定され、新決済インフラが構築されつつある。2018年夏には、インフラの運営を担う新決済ガバナンス機関が設立される。
  5. シンガポールは、2016年8月に決済改革のロードマップを発表した。2017年には銀行界の統一的なモバイル決済サービス、PayNowが導入され、FinTechやユーザー代表も参加するPayments Councilも設置された。2018年には、新決済法が制定される予定である。
  6. シンガポールの新決済法案では、決済業者や決済システムに対し、インターオペラビリティの確保を義務づける規定が盛り込まれている。
  7. わが国では、2018年7月に「キャッシュレス推進協議会」が設立され、QRコードの標準化の検討が始まる。同協議会は、英国、米国、シンガポールにおける「決済ガバナンス機関」に似た面もあるが、位置づけは全く異なる。キャッシュレス化を真に推進するためには、銀行界の統一的モバイル個人間送金サービスの導入や、決済法制の抜本的な改革、決済インフラの見直しが不可欠である。
初の国内公募外貨建社債発行の意義 佐藤 淳
  1. 野村総合研究所は2018年3月、国内公募豪ドル建社債を発行した。これは、日本企業が初めて国内公募市場において外貨建で発行した社債である。
  2. 日本社会が成熟化し、経済成長率が低位安定で推移する中、日本企業の事業活動のグローバル化が進んでいる。海外企業を対象にした大型M&Aの増加は、グローバルな競争を有利に進めようという企業の経営判断の現れであり、多くの中堅・中小企業にとっても海外活動の拡大は重要課題となっている。
  3. そうした環境下、外貨建資産の増加にマッチした負債調達の多通貨化、簡便化の意義は大きい。今後、この枠組みを通じて、成長期待の高いタイやインドネシア等の現地法人向けのファイナンスが実施されることも考えられる。更に、アーリーステージ企業の資金調達手段として発展する可能性もある。
  4. 投資家にとっても、国内公募外貨建社債は、外貨建運用の新たな選択肢となる。投資対象が国内企業であれば状況を把握しやすいため、発行体の信用力を効率的に判断しつつ、成長力の高い新興国の通貨での運用を行うことも可能となる。今後の展開が注目される。
日本企業のM&Aにおけるプライベート・エクイティの台頭と今後の展望 吉川 浩史
  1. 近年の日本ではM&A件数・金額が増えており、特にプライベート・エクイティ(PE)の関与する案件の増加が顕著である。
  2. PEの関与するM&Aでは、成熟企業の事業再編に伴い売却される子会社・事業部門や、後継者が不在の中小・零細企業に対する買収が増加している。いずれのケースでもPEには資金に加え、買収後の成長戦略の策定・実行が期待されることが多い。
  3. 広義のPEとして、企業や大学の運用するベンチャー・キャピタルによるベンチャー企業投資も活発化している。今後は、投資先のエグジット(投資回収)時に、買い手としてのPEへのニーズが高まる可能性もある。
  4. 近年は地方創生の観点から、地域産業の振興や観光資源の開発を通じた地域経済の活性化を目的に、自治体、地域金融機関、地域企業等が出資するファンドが地域の企業・事業者に出資する案件もみられる。
  5. PEが関与するM&Aの増加の背景には、企業等からPEが企業価値向上に取り組むパートナーとみられ始めたこともあろう。足元では米系PEによるアジア地域を対象とする大型ファンドの組成が相次ぐが、日系PEの組成は活発とは言えない。経済の新陳代謝を促すためにも、日系PEによる規模拡大とM&Aのさらなる活発化が期待される。
相続制度をめぐる新たな動き
−相続税改正2年目の影響と40年ぶりの改正が決まった相続法−
宮本 佐知子
  1. 相続に対する関心が高まっている。人口動態上、相続を経験する人が増えていることが背景にある。加えて、地価の大幅下落等への対応や格差の固定化防止等の観点から、相続税が2015年から改正されたことや、高齢社会の実情を反映するために、民法の相続に関する規定(相続法)が40年ぶりに改正されることになり、広く耳目を集めていることも挙げられる。本稿では、まず2018年夏に公表された2016年の相続税統計の分析結果を示し、次に2018年7月に決定された相続法改正の注目点を示した上で、金融機関への示唆を検討する。
  2. 相続税については、2015年からの改正では、現行制度の下で初めて基礎控除額が引き下げられたため相続税課税対象者が増加し、課税割合は2015年に続いて2016年も過去最高を更新した。課税割合が増加した地域は、大都市圏のみならず地方圏でも増えており、総じて相続税改正の影響は更に広がっている。
  3. 相続法については、今般の改正では、残された配偶者が生活に困窮することを防ぐための仕組み作りが進められることになった。高齢社会の実情に合わせ、遺留分侵害額請求権や預貯金の仮払い制度など、相続をめぐる揉め事を回避しやすくする仕組みも整えられた。相続人以外の親族に対しても、故人の介護をめぐり認められにくい部分を補う配慮もなされた。この他、自筆証書遺言を法務局で保管し情報の管理を行う制度も新設されることになった。
  4. 多くの金融機関では、相続資産市場を重要な戦略市場に位置づけていることから、相続制度をめぐる新たな動きには注目しておくべきである。これらの改正は、総じて多くの人に影響が及び、相続を意識する人も一層増えていると考えられる。金融機関では、このような個人顧客側での意識の高まりを踏まえ、相続税および相続法の改正に係る正確な情報を提供することと、その上で、相続・贈与をめぐる顧客の金融ニーズを丁寧に引き出し、個々人の事情を踏まえた適切な提案を行うことが重要である。
発足5年目を迎えたNISA
−これまでの利用状況と普及へ向けた課題−
宮本 佐知子
  1. 2014年1月に開始された少額投資非課税制度(NISA)は、開始直後は投資経験者を中心に口座数が急増したが、その後は伸びが鈍化しており、普及へ向けた課題も多い。本稿ではまず、NISAの概要と2017年12月末時点の利用状況を示し、次に制度の設立背景と今後の普及へ向けた課題を論じる。
  2. NISAは現在、3種類あり、成年を対象とした「一般NISA」、積立投資に特化した「つみたてNISA」、そして未成年を対象とした「ジュニアNISA」がある。制度開始直後は一般NISAのみの取扱であり、2017年12月末時点での一般NISAの口座数は1,099万2,733口座、総買付額は12兆5,325億円である。また、一般NISAの普及率は対象人口の10.5%である。
  3. NISAは利用者にとっては複雑な仕組みになっている。これは、証券優遇税制を廃止し、配当・譲渡益の税率を10%から20%へ引き上げる際の激変緩和措置として導入されたという経緯と、政府関係者間での様々な思惑が絡んだ結果といえる。他方、それでも急速に普及が進んだ背景として、官民をあげた努力は見逃せない。
  4. 今後の普及へ向けた課題も多い。NISAを使いやすくするためには、家計の安定的な資産形成を支援するというNISAのそもそもの導入目的に立ち返り、簡素で分かりやすい制度にすべきであろう。現行制度を基に改善を進めるうえで特に急ぐべきは、「制度の恒久化」「スイッチングの認可」「相続時の対応」である。さらに、NISAの新規利用者を広げるにはより直接的な税制面でのアピールも必要になろう。
  5. 金融機関にとっては、まず現行制度の範囲内での真摯な取り組みは重要である。税制優遇が付されたNISAは、新規顧客開拓のための「ドアノック商品」としても利用価値は高い。金融機関にとって、家計の資産形成を支援することは、顧客本位の業務運営を進める上で求められている役割の一つだろう。
金融業への外資出資比率の緩和と同時に株主管理を強化する中国政府の動き 関根 栄一
  1. 2018年4月の中国・海南省で開催されたボアオ・アジアフォーラムでの習近平国家主席による対外開放の継続・拡大に関するスピーチを受け、中国人民銀行・易鋼総裁は、金融業の対外開放に関する12項目を発表し、2017年11月の米中首脳会談等での中国政府の公約内容を更に拡大し、期限を区切って実施することを確約した。
  2. 金融業の開放のうち、証券業では、従来の外資出資上限49%の51%への引き上げと3年後の撤廃とともに、業務範囲の拡大を容認した。保険業では、生命保険業への外資出資比率の緩和を前倒しで実現し、保険関連業務での国内資本との同一性を確保した。銀行業では、貸出債権の株式化に伴う受け皿会社への出資など、新規業務での外資進出を容認した。
  3. 対外開放の一方で、中国政府は過去の事件を教訓に、金融業に出資する株主への管理監督を強化する方針である。そのうち、証券業では、従来の「5%以上の保有株主」、「25%以上を保有する等の主要株主」に加えて、「5%未満の保有株主」と「50%以上を保有する等の支配株主」を加えて、株主を四つに分類し、保有比率が多いほど満たすべき基準を強化する方針である。
  4. また、中国では、既に50〜60社に上ると見られる金融持株会社に対する管理監督体制が整っておらず、グループ内の資金循環や関連取引、複雑な株主構成による大株主の権利濫用、銀行・保険・証券という業態別規制のアービトラージが発生し、レバレッジを効かせるなどして金融市場での潜在的なシステミックリスクを高めている。
  5. このため、2017年には業態別の管理監督の内閣レベルの調整機関として「国務院金融安定発展委員会」が創設され、2018年3月には銀行と保険の管理監督機関が統合され、「中国銀行保険監督管理委員会」が新たに発足し、それぞれ幹部人事の手当てもなされている。
  6. 金融業の対外開放の新たな方針の下、証券業では既に出資している外資持分の引き上げや、保険業では外資の新規進出や異業種の国内資本の進出が出始めている。3年後の2021年を目標に設定した金融業の対外開放の促進とシステミックリスクの発生防止に向け、中国政府にはバランスの取れた政策運営が求められている。
中国におけるハイテク企業を対象とする上場制度改革
−レッドチップ企業による中国預託証券(CDR)の発行が可能に−
関 志雄
  1. 近年、中国では、情報通信などの分野における技術革新を背景に、アリババ、テンセント、バイドゥなど、ニューエコノミーを牽引するハイテク企業が相次いで現れている。しかし、資本市場の改革は遅れているため、これらの企業は、レッドチップ企業として、ニューヨークなどの海外市場に上場している。また、急成長している多くのユニコーン企業も、海外上場の準備を進めている。
  2. 資本市場の活性化とニューエコノミーの更なる発展を促すべく、中国政府は、これらの企業が国内で上場できるように、環境整備を進めている。その大きな一歩として、当局はすでに海外市場に上場しているレッドチップ企業と、ユニコーン企業が中国国内市場に上場するための新しいルールを提示している。それにより、海外で登記しているハイテク企業でも、一定の条件を満たせば、株式、または海外で発行した株式などの証券に裏付けられる中国預託証券(CDR)を、国内市場に上場させることが可能になる。
タイの投資信託市場の展望と課題
−持続的な拡大をもたらし得る3つの要因−
井潟 正彦佐藤 広大
  1. 近年、タイの証券市場は活況を呈しているが、特に目を引くのが投資信託の拡大である。同国の2017年末投資信託残高は約5兆バーツ(約17兆円)で、過去5年間で年率約13.0%の成長を遂げ、ASEAN(東南アジア諸国連合)の投資信託市場の中でも抜きんでる存在になりつつある。
  2. これまで投資信託販売において牽引役を果たしてきたのは大手銀行グループである。今後もタイの投資信託市場が持続的に拡大し得るかについて、(1)オープン・アーキテクチャーが広がる動き、(2)税制優遇を伴う投資制度の役割、(3)海外ファンドが拡大する余地の3点に注目し、考察した。
  3. 1点目のオープン・アーキテクチャーが広がる動きは、健全な販売活動や競争の促進、品揃え拡充ニーズへの対応から既定路線になっており、今後数年間で本格化する見込みである。2点目の税制優遇を伴う投資制度の役割には、官民一体で期待を高めている。背景として、同国で高齢化が急速に進行することが挙げられる。国民全体が退職後の備えを充実できるようにと、民間企業における確定拠出型年金の従業員への提供義務化も予定されている。3点目の海外ファンドが拡大する余地は大きいと見る。同国の経済成長が引き続き期待できるとは言え、経済規模や産業構造などから生じ得る一定の制約に鑑みると、分散投資を伴いながら長期的に高い収益率を実現するには海外ファンドの役割は不可欠だからである。
  4. タイの投資信託市場の持続的拡大には、国民における金融リテラシーの向上、投資教育の強化が欠かせない。政府と業界関係者はその重要性を認識し、一体となって具体的な取り組みに注力し始めている。今後、より多くの同国国民が資産形成に取り組む基盤の形成が進み、投資信託市場の持続的拡大の実現可能性がより高まるか、注目される。
時流 2025年にどのようにたどり着くか:財政健全化の今後の道行きについて 上智大学経済学部准教授、日本政策投資銀行設備投資研究所客員主任研究員
中里 透

量的・質的金融緩和の導入から5年、消費税率の8%への引き上げから4年が経過した。この間に物価上昇率はプラスに転じ、財政収支も大幅な改善をみたが、2%の物価安定目標は未達のままであり、基礎的財政収支(プライマリーバランス)の黒字化も達成時期の後ずれが生じている。こうした中、2019年10月には再増税(消費税率の10%への引き上げ)の実施が予定されており、その実施・延期の判断が今秋にもなされる見通しである。
そこで、本稿では財政健全化をめぐるこれまでの経過を振り返り、今後の道行きについて考えてみることとしたい。

投資家と企業との対話ガイドラインの策定とCGコードの改訂 西山 賢吾
  1. 我が国のコーポレートガバナンス改革はここまで一定の成果を上げているが、その水準をさらに高める上で残されている課題に対応するため、2018年6月1日、『投資家と企業との対話ガイドライン』が策定、公表されるとともに、コーポレートガバナンス・コードの改訂が実施された。
  2. 今回のガイドラインとコードの改訂で最も注目されるのは、『資本コストの的確な把握』であろう。今回資本コストの定義や明確な計算方法は示されていないが、重要なことは、資本コストの算出そのものに終始するのではなく、資本コストの計算に用いた各種数値の採用根拠やその背景にある中長期的な経営ビジョンを示し、投資家との対話を深めることである。
  3. 資本コストと並び注目される政策保有株式に関しては、保有すべきではないという意見と、合理性があれば一定量の保有を容認する意見がある。しかし、今回の対話ガイドラインの制定やコードの改訂により、保有の合理性に対し従来以上に納得感のある説明が求められると考えられるため、保有の合理性に乏しい株式の売却を求める声はさらに強まるであろう。
  4. 我が国企業ではコードの各原則について、まず遵守ありきという考えを持つ上場企業が少なくないように見えるが、具体的な対応をせず形式的な遵守に留まるよりは、明確な理由を説明した上で受け入れない原則があるという対応の方が望ましいと考えられる。さらに、これからは「コンプライ・オア・エクスプレイン」ベースから、原則受け入れの諾否にかかわらず企業の姿勢を主体的、かつ明確に示す「コンプライ・アンド・エクスプレイン」ベースでの対応が期待される。
機関投資家が注目し始めた気候関連財務情報
−ESG投資拡大に伴い重要性が高まる積極開示−
板津 直孝
  1. 金融安定理事会(FSB)が設置した気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)は、2017年6月、最終報告書を公表し、投資家やその他のステークホルダーが、重要な気候関連のリスク及び機会が企業にもたらす財務インパクトを理解する上で、有用な情報開示の枠組みを提言した。その後の1年間で、欧米の機関投資家は気候関連の情報開示に対する関心を着実に高めており、日本企業が注視すべき状況になっている。
  2. 背景には、世界各国で拡大し始めたESG(環境、社会、企業投資)投資がある。欧米の機関投資家の多くは、気候変動をポートフォリオの重要なリスク要因に位置づけ、投資で優先すべき一つに掲げている。そして、気候関連の情報開示が不十分な企業に対しては、議決権を行使して改善を求める集団的エンゲージメントや、気候変動に対する取り組みが不十分な企業への投資を引き上げるダイベストメントを拡大している。その対象は、日本企業にも広がっている。
  3. TCFDの最終報告書の公表により、開示の枠組みが提示されたことから、欧米の機関投資家のこうした動きは、具体性を伴ってますます盛んになると考えられる。こうした欧米の気候関連の情報開示に対する顕著な反応は、現在、日本企業が日本国内において得られる感触と大きく異なるため、株主構成において欧米の機関投資家の比率が高い日本企業は、特に注視する必要があろう。
  4. 気候関連の情報開示の国際的な方向性は、財務報告との一元化であり、日本企業にとっては、財務報告と気候関連財務情報との親和性を一層高める準備が必要である。日本企業と欧米の投資家との対話においては、投資家が、TCFDの提言に則した気候関連財務情報開示を期待していることを認識する必要があろう。
持続可能な社会の実現に向けて注目が集まるソーシャルボンド 江夏 あかね
  1. 社会的課題への対処に向けた事業を資金使途とする債券である「ソーシャルボンド」の発行が近年、増加し始めている。ソーシャルボンドは、2006年11月に発行を開始した予防接種のための国際金融ファシリティ(IFFIm)によるワクチン債が初めてとされる。国際資本市場協会(ICMA)によるソーシャルボンド原則(SBP)の存在もあり、2010年代半ば頃から認知度が上がっている。また、本稿でも取り上げた発行事例を踏まえると、発行体セクターは、国際機関、銀行、政府系機関、事業会社と拡大傾向にある。
  2. 日本では2018年6月末現在、国内債として国際協力機構(JICA)、サムライ債としてBPCEが発行している。日本国内の社会的課題のために発行された事例はまだ出ていないが、日本でソーシャルボンドが今後、どのように活用されていくか注目されるところである。
  3. ソーシャルボンドの発行に当たっては、(1)発行体として、社会的課題の解決が経営面での重要課題として位置付けられていること、(2)対象事業がSBPに掲げられるソーシャルプロジェクトに該当し、社会的課題の改善目標及び改善のためのプロセスが明確など、SBPに適合した内容であること、(3)投資家をはじめとしたステークホルダーに対して透明性かつ客観性を確保し、レポーティング等を通じて説明責任を果たすこと、が成功のカギになると考えられる。
ブロックチェーンで拡がるESGをテーマとした資金調達の未来
−オーストリアのフェアブントによるグリーン・シュルトシャイン−
江夏 あかね佐藤 広大
  1. オーストリアの大手電力会社フェアブント(Verbund AG)は2018年4月17日、世界初の取組みとなるブロックチェーン技術を活用した「グリーン・シュルトシャイン」(Grüner Schuldschein)による資金調達を実現させた。
  2. グリーン・シュルトシャインとは、債務証書とも呼ばれるドイツ法に準拠したローンで、調達資金の使途を環境に配慮したプロジェクトとする、環境・社会・ガバナンス(ESG)関連の金融商品である。今般の資金調達に当たっては、ブロックチェーン技術が活用され、発行体から投資家へのプロセスをデジタル化することで、コミュニケーション、透明性、自動化といった観点から、調達プロセスが改善された。
  3. 発行体・投資家等は、プロセスの改善により調達関連コストの縮減や利便性向上といったメリットを享受することとなった。今後、ESGをテーマとした負債性資金調達でも、デジタル・プラットフォームの一環としてブロックチェーン技術の活用が選択肢の1つとなる機会が増える可能性もあろう。
  4. 今般のグリーン・シュルトシャインによる資金調達は、将来的なESG関連データ蓄積・充実化といった観点からも、多くのESG市場参加者に対して考えるきっかけを与える事例になったと言える。
金融危機発生から10年間で再拡大する米連邦住宅貸付銀行制度 岡田 功太
  1. 近年、米連邦住宅貸付銀行制度(FHLBS)のバランスシートが再拡大している。FHLBSの資産は、2008年の金融危機時に約1.35兆ドルとピークに達した後に、2012年にかけて半減し、その後、過去5年間で約1.5倍に増加した。FHLBSは、政府支援企業(GSE)であるが、ファニーメイ及びフレディマックのように、証券化商品の発行・保証を担っているのではなく、住宅ローン貸出支援を目的に、会員である商業銀行等に対して、「アドバンス」と呼ばれる低利の貸出を行っている。
  2. アドバンスの残高は、過去5年間で約1.7倍となり、FHLBSの資産の約65%に相当する規模になった。その要因として、2014年9月に最終化された米国の流動性カバレッジ比率(LCR)が挙げられる。LCRにおける証券担保調達の流出率は、適格流動資産の要件を満たさない資産が担保の場合には100%、GSEとの取引の場合には25%と規定されており、大手米銀にとって、GSEと取引する方が有利であることから、FHLBSからアドバンスの借入額を増加させた。
  3. 他方で、FHLBSの負債も増加傾向にあり、特に、ディスカウント・ノートの発行残高は、過去5年間で約1.8倍となった。その要因として、2014年7月に最終化されたMMF規制が挙げられる。同規制において、FHLBSが発行するディスカウント・ノートは、ガバメントMMFの投資対象資産として分類されたことに加えて、同MMFは2015年7月から約2年間で約1兆ドル増加した。その結果、MMFによるFHLBS債の保有比率は、2011年末の約7%から、2017年末には約20%に増加した。
  4. FHLBSは、1930年代の世界恐慌以降、過去の金融危機において、大手米銀に対してアドバンスを提供することで、連邦準備制度理事会(FRB)に次ぐ最後から2番目の貸し手として、金融システムの安定化に貢献してきた。しかし、現在、FHLBSのバランスシートは再拡大し、特に短期調達比率が上昇したことによって、皮肉なことにFHLBS自身がシステミック・リスクの震源地として懸念材料となっている。つまり、大手米銀及びMMFが有していた同リスクの一部は、金融規制の進展によって、FHLBSにシフトしているとも言える。2008年の金融危機から10年が経過した現在、改めて、金融システムにとって最適な規制枠組みの構築が必要であると言えよう。
EUにおけるマクロプルーデンス政策
−世界に先駆ける実践的な取組み−
小立 敬
  1. 金融危機以降、世界の中央銀行や金融規制当局において金融システムの安定を政策目標とするマクロプルーデンス政策の重要性がより強く認識されている。EUでは、欧州システミック・リスク理事会(ESRB)のイニシアティブの下、マクロプルーデンス政策を実行するための域内共通の枠組みが整備され、加盟国では新たな政策ツールの適用も始まっている。
  2. 実際に加盟国で適用されている主なマクロプルーデンス・ツールとしては、代表的な政策ツールに位置づけられるバーゼルIIIのカウンターシクリカル・バッファー(CCyB)が7カ国で実施されている。システミック・リスクに対応するために自己資本の上乗せを要求するEU独自のシステミック・リスク・バッファー(SyRB)も14カ国で導入されている。担保評価額に対する融資の比率を表すLTVや債務者所得に対する債務返済額の比率を表すDSTIに上限を設定する国も多く、LTVリミットは17カ国において採用されている。
  3. マクロプルーデンス・ツールの適用に関する実務をみると、加盟国の間で違いが窺われる。例えば、CCyBのオペレーションに関しては、水準の設定に責任を有する当局、情報開示、政策目標、ルールか裁量かという運営方法、中立的なバッファーの水準、コア指標、フォワード・ガイダンスといった点において、加盟国によって対応や考え方が大きく異なる。今後、加盟国がマクロプルーデンス・ツールの適用の経験を積み重ねていく中で、加盟国間の差異が解消されていくのかどうかが注目されるところである。
  4. EUのマクロプルーデンス政策は、実行段階に入ったばかりとはいえ、世界に先駆ける実践的な取組みのように窺われる。EUの経験は今後、EU以外の国・地域に対しても議論の材料を提供していくことを通じて、マクロプルーデンス政策に係るグローバルな知見を高めていくことになるだろう。EUにおけるマクロプルーデンス政策は引続き注目していくべき重要な取組みである。
米モルガン・スタンレーのウェルス・マネジメント部門の取り組み 岡田 功太木下 生悟
  1. 米国モルガン・スタンレーのウェルス・マネジメント部門は、競合他社を上回る預かり資産や営業員数を有し、同社の主力ビジネスとしてグループを牽引している。2008年の金融危機以降、事業の選択と集中を進めるシティ・グループからのスミス・バーニー買収によって、同部門の基盤が形成された。また、同年に銀行持株会社への変更が行われたが、これにより、資産運用関連のサービスに加えて、預金の受け入れと融資も提供して家計全体にアプローチすることが可能となった。
  2. 同部門では、一貫して収益構造の改革に取り組んでいる。所属する営業員数及び店舗数の大幅な削減と同時に、顧客層を富裕層にシフトし、営業員一人当たりの預かり資産を増加させることで収益性を向上させている。営業員数は2009年末から約13%減少し、店舗数は同期間で約33%減少した。これらの結果、営業員一人当たりの収益が、過去8年間で約2倍となった。
  3. また、収益安定化や顧客との関係構築の強化に向け、顧客の資産残高に応じて手数料を得る残高フィー型サービスの提供に注力している。預かり資産総額に占める残高フィー型サービスの割合は、2009年末の約25%から2017年末には約45%に増加した。更に、営業員のサポートを主眼としたデジタル戦略に取り組み、自社開発に拘らず、他社との提携によって、より高度で効率的なデジタル戦略を採用する方向性を示している。
  4. モルガン・スタンレーは、ジェームズ・ゴーマン会長兼CEOの指揮の下、これまで一貫してウェルス・マネジメント部門の営業収益の利益率の増加という明確な経営目標を設定し、実行し続けてきた。引き続き収益性の向上を掲げており、今後も同部門の動向が注目される。
キャッシュレス化と決済改革 淵田 康之
  1. 今日、諸外国では一連の決済改革を通じて、キャッシュレス化が進展している。決済改革の柱は、銀行界による統一的なモバイル個人間送金サービスの導入や、決済関連FinTechの台頭を踏まえた、制度及びインフラの抜本的な見直しである。
  2. 英国では、2000年代に入り、政府主導の改革が展開され、2014年には銀行界による統一モバイル個人間送金サービスが導入された。
  3. さらに2016年末には将来戦略が策定され、新決済インフラの構築が始まった。2018年には、インフラの運営を担う、新決済ガバナンス機関が始動している。また歴史上初めて、ノンバンクによる、銀行間決済システムと中央銀行システムへの直接アクセスも実現した。
  4. 米国においても、銀行界によるモバイル個人間送金サービスが普及しつつある。また英国同様、将来ビジョンが策定され、新決済インフラが構築されつつある。2018年夏には、インフラの運営を担う新決済ガバナンス機関が設立される。
  5. シンガポールは、2016年8月に決済改革のロードマップを発表した。2017年には銀行界の統一的なモバイル決済サービス、PayNowが導入され、FinTechやユーザー代表も参加するPayments Councilも設置された。2018年には、新決済法が制定される予定である。
  6. シンガポールの新決済法案では、決済業者や決済システムに対し、インターオペラビリティの確保を義務づける規定が盛り込まれている。
  7. わが国では、2018年7月に「キャッシュレス推進協議会」が設立され、QRコードの標準化の検討が始まる。同協議会は、英国、米国、シンガポールにおける「決済ガバナンス機関」に似た面もあるが、位置づけは全く異なる。キャッシュレス化を真に推進するためには、銀行界の統一的モバイル個人間送金サービスの導入や、決済法制の抜本的な改革、決済インフラの見直しが不可欠である。
初の国内公募外貨建社債発行の意義 佐藤 淳
  1. 野村総合研究所は2018年3月、国内公募豪ドル建社債を発行した。これは、日本企業が初めて国内公募市場において外貨建で発行した社債である。
  2. 日本社会が成熟化し、経済成長率が低位安定で推移する中、日本企業の事業活動のグローバル化が進んでいる。海外企業を対象にした大型M&Aの増加は、グローバルな競争を有利に進めようという企業の経営判断の現れであり、多くの中堅・中小企業にとっても海外活動の拡大は重要課題となっている。
  3. そうした環境下、外貨建資産の増加にマッチした負債調達の多通貨化、簡便化の意義は大きい。今後、この枠組みを通じて、成長期待の高いタイやインドネシア等の現地法人向けのファイナンスが実施されることも考えられる。更に、アーリーステージ企業の資金調達手段として発展する可能性もある。
  4. 投資家にとっても、国内公募外貨建社債は、外貨建運用の新たな選択肢となる。投資対象が国内企業であれば状況を把握しやすいため、発行体の信用力を効率的に判断しつつ、成長力の高い新興国の通貨での運用を行うことも可能となる。今後の展開が注目される。
日本企業のM&Aにおけるプライベート・エクイティの台頭と今後の展望 吉川 浩史
  1. 近年の日本ではM&A件数・金額が増えており、特にプライベート・エクイティ(PE)の関与する案件の増加が顕著である。
  2. PEの関与するM&Aでは、成熟企業の事業再編に伴い売却される子会社・事業部門や、後継者が不在の中小・零細企業に対する買収が増加している。いずれのケースでもPEには資金に加え、買収後の成長戦略の策定・実行が期待されることが多い。
  3. 広義のPEとして、企業や大学の運用するベンチャー・キャピタルによるベンチャー企業投資も活発化している。今後は、投資先のエグジット(投資回収)時に、買い手としてのPEへのニーズが高まる可能性もある。
  4. 近年は地方創生の観点から、地域産業の振興や観光資源の開発を通じた地域経済の活性化を目的に、自治体、地域金融機関、地域企業等が出資するファンドが地域の企業・事業者に出資する案件もみられる。
  5. PEが関与するM&Aの増加の背景には、企業等からPEが企業価値向上に取り組むパートナーとみられ始めたこともあろう。足元では米系PEによるアジア地域を対象とする大型ファンドの組成が相次ぐが、日系PEの組成は活発とは言えない。経済の新陳代謝を促すためにも、日系PEによる規模拡大とM&Aのさらなる活発化が期待される。
相続制度をめぐる新たな動き
−相続税改正2年目の影響と40年ぶりの改正が決まった相続法−
宮本 佐知子
  1. 相続に対する関心が高まっている。人口動態上、相続を経験する人が増えていることが背景にある。加えて、地価の大幅下落等への対応や格差の固定化防止等の観点から、相続税が2015年から改正されたことや、高齢社会の実情を反映するために、民法の相続に関する規定(相続法)が40年ぶりに改正されることになり、広く耳目を集めていることも挙げられる。本稿では、まず2018年夏に公表された2016年の相続税統計の分析結果を示し、次に2018年7月に決定された相続法改正の注目点を示した上で、金融機関への示唆を検討する。
  2. 相続税については、2015年からの改正では、現行制度の下で初めて基礎控除額が引き下げられたため相続税課税対象者が増加し、課税割合は2015年に続いて2016年も過去最高を更新した。課税割合が増加した地域は、大都市圏のみならず地方圏でも増えており、総じて相続税改正の影響は更に広がっている。
  3. 相続法については、今般の改正では、残された配偶者が生活に困窮することを防ぐための仕組み作りが進められることになった。高齢社会の実情に合わせ、遺留分侵害額請求権や預貯金の仮払い制度など、相続をめぐる揉め事を回避しやすくする仕組みも整えられた。相続人以外の親族に対しても、故人の介護をめぐり認められにくい部分を補う配慮もなされた。この他、自筆証書遺言を法務局で保管し情報の管理を行う制度も新設されることになった。
  4. 多くの金融機関では、相続資産市場を重要な戦略市場に位置づけていることから、相続制度をめぐる新たな動きには注目しておくべきである。これらの改正は、総じて多くの人に影響が及び、相続を意識する人も一層増えていると考えられる。金融機関では、このような個人顧客側での意識の高まりを踏まえ、相続税および相続法の改正に係る正確な情報を提供することと、その上で、相続・贈与をめぐる顧客の金融ニーズを丁寧に引き出し、個々人の事情を踏まえた適切な提案を行うことが重要である。
発足5年目を迎えたNISA
−これまでの利用状況と普及へ向けた課題−
宮本 佐知子
  1. 2014年1月に開始された少額投資非課税制度(NISA)は、開始直後は投資経験者を中心に口座数が急増したが、その後は伸びが鈍化しており、普及へ向けた課題も多い。本稿ではまず、NISAの概要と2017年12月末時点の利用状況を示し、次に制度の設立背景と今後の普及へ向けた課題を論じる。
  2. NISAは現在、3種類あり、成年を対象とした「一般NISA」、積立投資に特化した「つみたてNISA」、そして未成年を対象とした「ジュニアNISA」がある。制度開始直後は一般NISAのみの取扱であり、2017年12月末時点での一般NISAの口座数は1,099万2,733口座、総買付額は12兆5,325億円である。また、一般NISAの普及率は対象人口の10.5%である。
  3. NISAは利用者にとっては複雑な仕組みになっている。これは、証券優遇税制を廃止し、配当・譲渡益の税率を10%から20%へ引き上げる際の激変緩和措置として導入されたという経緯と、政府関係者間での様々な思惑が絡んだ結果といえる。他方、それでも急速に普及が進んだ背景として、官民をあげた努力は見逃せない。
  4. 今後の普及へ向けた課題も多い。NISAを使いやすくするためには、家計の安定的な資産形成を支援するというNISAのそもそもの導入目的に立ち返り、簡素で分かりやすい制度にすべきであろう。現行制度を基に改善を進めるうえで特に急ぐべきは、「制度の恒久化」「スイッチングの認可」「相続時の対応」である。さらに、NISAの新規利用者を広げるにはより直接的な税制面でのアピールも必要になろう。
  5. 金融機関にとっては、まず現行制度の範囲内での真摯な取り組みは重要である。税制優遇が付されたNISAは、新規顧客開拓のための「ドアノック商品」としても利用価値は高い。金融機関にとって、家計の資産形成を支援することは、顧客本位の業務運営を進める上で求められている役割の一つだろう。
金融業への外資出資比率の緩和と同時に株主管理を強化する中国政府の動き 関根 栄一
  1. 2018年4月の中国・海南省で開催されたボアオ・アジアフォーラムでの習近平国家主席による対外開放の継続・拡大に関するスピーチを受け、中国人民銀行・易鋼総裁は、金融業の対外開放に関する12項目を発表し、2017年11月の米中首脳会談等での中国政府の公約内容を更に拡大し、期限を区切って実施することを確約した。
  2. 金融業の開放のうち、証券業では、従来の外資出資上限49%の51%への引き上げと3年後の撤廃とともに、業務範囲の拡大を容認した。保険業では、生命保険業への外資出資比率の緩和を前倒しで実現し、保険関連業務での国内資本との同一性を確保した。銀行業では、貸出債権の株式化に伴う受け皿会社への出資など、新規業務での外資進出を容認した。
  3. 対外開放の一方で、中国政府は過去の事件を教訓に、金融業に出資する株主への管理監督を強化する方針である。そのうち、証券業では、従来の「5%以上の保有株主」、「25%以上を保有する等の主要株主」に加えて、「5%未満の保有株主」と「50%以上を保有する等の支配株主」を加えて、株主を四つに分類し、保有比率が多いほど満たすべき基準を強化する方針である。
  4. また、中国では、既に50〜60社に上ると見られる金融持株会社に対する管理監督体制が整っておらず、グループ内の資金循環や関連取引、複雑な株主構成による大株主の権利濫用、銀行・保険・証券という業態別規制のアービトラージが発生し、レバレッジを効かせるなどして金融市場での潜在的なシステミックリスクを高めている。
  5. このため、2017年には業態別の管理監督の内閣レベルの調整機関として「国務院金融安定発展委員会」が創設され、2018年3月には銀行と保険の管理監督機関が統合され、「中国銀行保険監督管理委員会」が新たに発足し、それぞれ幹部人事の手当てもなされている。
  6. 金融業の対外開放の新たな方針の下、証券業では既に出資している外資持分の引き上げや、保険業では外資の新規進出や異業種の国内資本の進出が出始めている。3年後の2021年を目標に設定した金融業の対外開放の促進とシステミックリスクの発生防止に向け、中国政府にはバランスの取れた政策運営が求められている。
中国におけるハイテク企業を対象とする上場制度改革
−レッドチップ企業による中国預託証券(CDR)の発行が可能に−
関 志雄
  1. 近年、中国では、情報通信などの分野における技術革新を背景に、アリババ、テンセント、バイドゥなど、ニューエコノミーを牽引するハイテク企業が相次いで現れている。しかし、資本市場の改革は遅れているため、これらの企業は、レッドチップ企業として、ニューヨークなどの海外市場に上場している。また、急成長している多くのユニコーン企業も、海外上場の準備を進めている。
  2. 資本市場の活性化とニューエコノミーの更なる発展を促すべく、中国政府は、これらの企業が国内で上場できるように、環境整備を進めている。その大きな一歩として、当局はすでに海外市場に上場しているレッドチップ企業と、ユニコーン企業が中国国内市場に上場するための新しいルールを提示している。それにより、海外で登記しているハイテク企業でも、一定の条件を満たせば、株式、または海外で発行した株式などの証券に裏付けられる中国預託証券(CDR)を、国内市場に上場させることが可能になる。
タイの投資信託市場の展望と課題
−持続的な拡大をもたらし得る3つの要因−
井潟 正彦佐藤 広大
  1. 近年、タイの証券市場は活況を呈しているが、特に目を引くのが投資信託の拡大である。同国の2017年末投資信託残高は約5兆バーツ(約17兆円)で、過去5年間で年率約13.0%の成長を遂げ、ASEAN(東南アジア諸国連合)の投資信託市場の中でも抜きんでる存在になりつつある。
  2. これまで投資信託販売において牽引役を果たしてきたのは大手銀行グループである。今後もタイの投資信託市場が持続的に拡大し得るかについて、(1)オープン・アーキテクチャーが広がる動き、(2)税制優遇を伴う投資制度の役割、(3)海外ファンドが拡大する余地の3点に注目し、考察した。
  3. 1点目のオープン・アーキテクチャーが広がる動きは、健全な販売活動や競争の促進、品揃え拡充ニーズへの対応から既定路線になっており、今後数年間で本格化する見込みである。2点目の税制優遇を伴う投資制度の役割には、官民一体で期待を高めている。背景として、同国で高齢化が急速に進行することが挙げられる。国民全体が退職後の備えを充実できるようにと、民間企業における確定拠出型年金の従業員への提供義務化も予定されている。3点目の海外ファンドが拡大する余地は大きいと見る。同国の経済成長が引き続き期待できるとは言え、経済規模や産業構造などから生じ得る一定の制約に鑑みると、分散投資を伴いながら長期的に高い収益率を実現するには海外ファンドの役割は不可欠だからである。
  4. タイの投資信託市場の持続的拡大には、国民における金融リテラシーの向上、投資教育の強化が欠かせない。政府と業界関係者はその重要性を認識し、一体となって具体的な取り組みに注力し始めている。今後、より多くの同国国民が資産形成に取り組む基盤の形成が進み、投資信託市場の持続的拡大の実現可能性がより高まるか、注目される。
要約
時流 2025年にどのようにたどり着くか:財政健全化の今後の道行きについて 上智大学経済学部准教授、日本政策投資銀行設備投資研究所客員主任研究員
中里 透

量的・質的金融緩和の導入から5年、消費税率の8%への引き上げから4年が経過した。この間に物価上昇率はプラスに転じ、財政収支も大幅な改善をみたが、2%の物価安定目標は未達のままであり、基礎的財政収支(プライマリーバランス)の黒字化も達成時期の後ずれが生じている。こうした中、2019年10月には再増税(消費税率の10%への引き上げ)の実施が予定されており、その実施・延期の判断が今秋にもなされる見通しである。
そこで、本稿では財政健全化をめぐるこれまでの経過を振り返り、今後の道行きについて考えてみることとしたい。

投資家と企業との対話ガイドラインの策定とCGコードの改訂 西山 賢吾
  1. 我が国のコーポレートガバナンス改革はここまで一定の成果を上げているが、その水準をさらに高める上で残されている課題に対応するため、2018年6月1日、『投資家と企業との対話ガイドライン』が策定、公表されるとともに、コーポレートガバナンス・コードの改訂が実施された。
  2. 今回のガイドラインとコードの改訂で最も注目されるのは、『資本コストの的確な把握』であろう。今回資本コストの定義や明確な計算方法は示されていないが、重要なことは、資本コストの算出そのものに終始するのではなく、資本コストの計算に用いた各種数値の採用根拠やその背景にある中長期的な経営ビジョンを示し、投資家との対話を深めることである。
  3. 資本コストと並び注目される政策保有株式に関しては、保有すべきではないという意見と、合理性があれば一定量の保有を容認する意見がある。しかし、今回の対話ガイドラインの制定やコードの改訂により、保有の合理性に対し従来以上に納得感のある説明が求められると考えられるため、保有の合理性に乏しい株式の売却を求める声はさらに強まるであろう。
  4. 我が国企業ではコードの各原則について、まず遵守ありきという考えを持つ上場企業が少なくないように見えるが、具体的な対応をせず形式的な遵守に留まるよりは、明確な理由を説明した上で受け入れない原則があるという対応の方が望ましいと考えられる。さらに、これからは「コンプライ・オア・エクスプレイン」ベースから、原則受け入れの諾否にかかわらず企業の姿勢を主体的、かつ明確に示す「コンプライ・アンド・エクスプレイン」ベースでの対応が期待される。
機関投資家が注目し始めた気候関連財務情報
−ESG投資拡大に伴い重要性が高まる積極開示−
板津 直孝
  1. 金融安定理事会(FSB)が設置した気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)は、2017年6月、最終報告書を公表し、投資家やその他のステークホルダーが、重要な気候関連のリスク及び機会が企業にもたらす財務インパクトを理解する上で、有用な情報開示の枠組みを提言した。その後の1年間で、欧米の機関投資家は気候関連の情報開示に対する関心を着実に高めており、日本企業が注視すべき状況になっている。
  2. 背景には、世界各国で拡大し始めたESG(環境、社会、企業投資)投資がある。欧米の機関投資家の多くは、気候変動をポートフォリオの重要なリスク要因に位置づけ、投資で優先すべき一つに掲げている。そして、気候関連の情報開示が不十分な企業に対しては、議決権を行使して改善を求める集団的エンゲージメントや、気候変動に対する取り組みが不十分な企業への投資を引き上げるダイベストメントを拡大している。その対象は、日本企業にも広がっている。
  3. TCFDの最終報告書の公表により、開示の枠組みが提示されたことから、欧米の機関投資家のこうした動きは、具体性を伴ってますます盛んになると考えられる。こうした欧米の気候関連の情報開示に対する顕著な反応は、現在、日本企業が日本国内において得られる感触と大きく異なるため、株主構成において欧米の機関投資家の比率が高い日本企業は、特に注視する必要があろう。
  4. 気候関連の情報開示の国際的な方向性は、財務報告との一元化であり、日本企業にとっては、財務報告と気候関連財務情報との親和性を一層高める準備が必要である。日本企業と欧米の投資家との対話においては、投資家が、TCFDの提言に則した気候関連財務情報開示を期待していることを認識する必要があろう。
持続可能な社会の実現に向けて注目が集まるソーシャルボンド 江夏 あかね
  1. 社会的課題への対処に向けた事業を資金使途とする債券である「ソーシャルボンド」の発行が近年、増加し始めている。ソーシャルボンドは、2006年11月に発行を開始した予防接種のための国際金融ファシリティ(IFFIm)によるワクチン債が初めてとされる。国際資本市場協会(ICMA)によるソーシャルボンド原則(SBP)の存在もあり、2010年代半ば頃から認知度が上がっている。また、本稿でも取り上げた発行事例を踏まえると、発行体セクターは、国際機関、銀行、政府系機関、事業会社と拡大傾向にある。
  2. 日本では2018年6月末現在、国内債として国際協力機構(JICA)、サムライ債としてBPCEが発行している。日本国内の社会的課題のために発行された事例はまだ出ていないが、日本でソーシャルボンドが今後、どのように活用されていくか注目されるところである。
  3. ソーシャルボンドの発行に当たっては、(1)発行体として、社会的課題の解決が経営面での重要課題として位置付けられていること、(2)対象事業がSBPに掲げられるソーシャルプロジェクトに該当し、社会的課題の改善目標及び改善のためのプロセスが明確など、SBPに適合した内容であること、(3)投資家をはじめとしたステークホルダーに対して透明性かつ客観性を確保し、レポーティング等を通じて説明責任を果たすこと、が成功のカギになると考えられる。
ブロックチェーンで拡がるESGをテーマとした資金調達の未来
−オーストリアのフェアブントによるグリーン・シュルトシャイン−
江夏 あかね佐藤 広大
  1. オーストリアの大手電力会社フェアブント(Verbund AG)は2018年4月17日、世界初の取組みとなるブロックチェーン技術を活用した「グリーン・シュルトシャイン」(Grüner Schuldschein)による資金調達を実現させた。
  2. グリーン・シュルトシャインとは、債務証書とも呼ばれるドイツ法に準拠したローンで、調達資金の使途を環境に配慮したプロジェクトとする、環境・社会・ガバナンス(ESG)関連の金融商品である。今般の資金調達に当たっては、ブロックチェーン技術が活用され、発行体から投資家へのプロセスをデジタル化することで、コミュニケーション、透明性、自動化といった観点から、調達プロセスが改善された。
  3. 発行体・投資家等は、プロセスの改善により調達関連コストの縮減や利便性向上といったメリットを享受することとなった。今後、ESGをテーマとした負債性資金調達でも、デジタル・プラットフォームの一環としてブロックチェーン技術の活用が選択肢の1つとなる機会が増える可能性もあろう。
  4. 今般のグリーン・シュルトシャインによる資金調達は、将来的なESG関連データ蓄積・充実化といった観点からも、多くのESG市場参加者に対して考えるきっかけを与える事例になったと言える。
金融危機発生から10年間で再拡大する米連邦住宅貸付銀行制度 岡田 功太
  1. 近年、米連邦住宅貸付銀行制度(FHLBS)のバランスシートが再拡大している。FHLBSの資産は、2008年の金融危機時に約1.35兆ドルとピークに達した後に、2012年にかけて半減し、その後、過去5年間で約1.5倍に増加した。FHLBSは、政府支援企業(GSE)であるが、ファニーメイ及びフレディマックのように、証券化商品の発行・保証を担っているのではなく、住宅ローン貸出支援を目的に、会員である商業銀行等に対して、「アドバンス」と呼ばれる低利の貸出を行っている。
  2. アドバンスの残高は、過去5年間で約1.7倍となり、FHLBSの資産の約65%に相当する規模になった。その要因として、2014年9月に最終化された米国の流動性カバレッジ比率(LCR)が挙げられる。LCRにおける証券担保調達の流出率は、適格流動資産の要件を満たさない資産が担保の場合には100%、GSEとの取引の場合には25%と規定されており、大手米銀にとって、GSEと取引する方が有利であることから、FHLBSからアドバンスの借入額を増加させた。
  3. 他方で、FHLBSの負債も増加傾向にあり、特に、ディスカウント・ノートの発行残高は、過去5年間で約1.8倍となった。その要因として、2014年7月に最終化されたMMF規制が挙げられる。同規制において、FHLBSが発行するディスカウント・ノートは、ガバメントMMFの投資対象資産として分類されたことに加えて、同MMFは2015年7月から約2年間で約1兆ドル増加した。その結果、MMFによるFHLBS債の保有比率は、2011年末の約7%から、2017年末には約20%に増加した。
  4. FHLBSは、1930年代の世界恐慌以降、過去の金融危機において、大手米銀に対してアドバンスを提供することで、連邦準備制度理事会(FRB)に次ぐ最後から2番目の貸し手として、金融システムの安定化に貢献してきた。しかし、現在、FHLBSのバランスシートは再拡大し、特に短期調達比率が上昇したことによって、皮肉なことにFHLBS自身がシステミック・リスクの震源地として懸念材料となっている。つまり、大手米銀及びMMFが有していた同リスクの一部は、金融規制の進展によって、FHLBSにシフトしているとも言える。2008年の金融危機から10年が経過した現在、改めて、金融システムにとって最適な規制枠組みの構築が必要であると言えよう。
EUにおけるマクロプルーデンス政策
−世界に先駆ける実践的な取組み−
小立 敬
  1. 金融危機以降、世界の中央銀行や金融規制当局において金融システムの安定を政策目標とするマクロプルーデンス政策の重要性がより強く認識されている。EUでは、欧州システミック・リスク理事会(ESRB)のイニシアティブの下、マクロプルーデンス政策を実行するための域内共通の枠組みが整備され、加盟国では新たな政策ツールの適用も始まっている。
  2. 実際に加盟国で適用されている主なマクロプルーデンス・ツールとしては、代表的な政策ツールに位置づけられるバーゼルIIIのカウンターシクリカル・バッファー(CCyB)が7カ国で実施されている。システミック・リスクに対応するために自己資本の上乗せを要求するEU独自のシステミック・リスク・バッファー(SyRB)も14カ国で導入されている。担保評価額に対する融資の比率を表すLTVや債務者所得に対する債務返済額の比率を表すDSTIに上限を設定する国も多く、LTVリミットは17カ国において採用されている。
  3. マクロプルーデンス・ツールの適用に関する実務をみると、加盟国の間で違いが窺われる。例えば、CCyBのオペレーションに関しては、水準の設定に責任を有する当局、情報開示、政策目標、ルールか裁量かという運営方法、中立的なバッファーの水準、コア指標、フォワード・ガイダンスといった点において、加盟国によって対応や考え方が大きく異なる。今後、加盟国がマクロプルーデンス・ツールの適用の経験を積み重ねていく中で、加盟国間の差異が解消されていくのかどうかが注目されるところである。
  4. EUのマクロプルーデンス政策は、実行段階に入ったばかりとはいえ、世界に先駆ける実践的な取組みのように窺われる。EUの経験は今後、EU以外の国・地域に対しても議論の材料を提供していくことを通じて、マクロプルーデンス政策に係るグローバルな知見を高めていくことになるだろう。EUにおけるマクロプルーデンス政策は引続き注目していくべき重要な取組みである。
米モルガン・スタンレーのウェルス・マネジメント部門の取り組み 岡田 功太木下 生悟
  1. 米国モルガン・スタンレーのウェルス・マネジメント部門は、競合他社を上回る預かり資産や営業員数を有し、同社の主力ビジネスとしてグループを牽引している。2008年の金融危機以降、事業の選択と集中を進めるシティ・グループからのスミス・バーニー買収によって、同部門の基盤が形成された。また、同年に銀行持株会社への変更が行われたが、これにより、資産運用関連のサービスに加えて、預金の受け入れと融資も提供して家計全体にアプローチすることが可能となった。
  2. 同部門では、一貫して収益構造の改革に取り組んでいる。所属する営業員数及び店舗数の大幅な削減と同時に、顧客層を富裕層にシフトし、営業員一人当たりの預かり資産を増加させることで収益性を向上させている。営業員数は2009年末から約13%減少し、店舗数は同期間で約33%減少した。これらの結果、営業員一人当たりの収益が、過去8年間で約2倍となった。
  3. また、収益安定化や顧客との関係構築の強化に向け、顧客の資産残高に応じて手数料を得る残高フィー型サービスの提供に注力している。預かり資産総額に占める残高フィー型サービスの割合は、2009年末の約25%から2017年末には約45%に増加した。更に、営業員のサポートを主眼としたデジタル戦略に取り組み、自社開発に拘らず、他社との提携によって、より高度で効率的なデジタル戦略を採用する方向性を示している。
  4. モルガン・スタンレーは、ジェームズ・ゴーマン会長兼CEOの指揮の下、これまで一貫してウェルス・マネジメント部門の営業収益の利益率の増加という明確な経営目標を設定し、実行し続けてきた。引き続き収益性の向上を掲げており、今後も同部門の動向が注目される。
キャッシュレス化と決済改革 淵田 康之
  1. 今日、諸外国では一連の決済改革を通じて、キャッシュレス化が進展している。決済改革の柱は、銀行界による統一的なモバイル個人間送金サービスの導入や、決済関連FinTechの台頭を踏まえた、制度及びインフラの抜本的な見直しである。
  2. 英国では、2000年代に入り、政府主導の改革が展開され、2014年には銀行界による統一モバイル個人間送金サービスが導入された。
  3. さらに2016年末には将来戦略が策定され、新決済インフラの構築が始まった。2018年には、インフラの運営を担う、新決済ガバナンス機関が始動している。また歴史上初めて、ノンバンクによる、銀行間決済システムと中央銀行システムへの直接アクセスも実現した。
  4. 米国においても、銀行界によるモバイル個人間送金サービスが普及しつつある。また英国同様、将来ビジョンが策定され、新決済インフラが構築されつつある。2018年夏には、インフラの運営を担う新決済ガバナンス機関が設立される。
  5. シンガポールは、2016年8月に決済改革のロードマップを発表した。2017年には銀行界の統一的なモバイル決済サービス、PayNowが導入され、FinTechやユーザー代表も参加するPayments Councilも設置された。2018年には、新決済法が制定される予定である。
  6. シンガポールの新決済法案では、決済業者や決済システムに対し、インターオペラビリティの確保を義務づける規定が盛り込まれている。
  7. わが国では、2018年7月に「キャッシュレス推進協議会」が設立され、QRコードの標準化の検討が始まる。同協議会は、英国、米国、シンガポールにおける「決済ガバナンス機関」に似た面もあるが、位置づけは全く異なる。キャッシュレス化を真に推進するためには、銀行界の統一的モバイル個人間送金サービスの導入や、決済法制の抜本的な改革、決済インフラの見直しが不可欠である。
初の国内公募外貨建社債発行の意義 佐藤 淳
  1. 野村総合研究所は2018年3月、国内公募豪ドル建社債を発行した。これは、日本企業が初めて国内公募市場において外貨建で発行した社債である。
  2. 日本社会が成熟化し、経済成長率が低位安定で推移する中、日本企業の事業活動のグローバル化が進んでいる。海外企業を対象にした大型M&Aの増加は、グローバルな競争を有利に進めようという企業の経営判断の現れであり、多くの中堅・中小企業にとっても海外活動の拡大は重要課題となっている。
  3. そうした環境下、外貨建資産の増加にマッチした負債調達の多通貨化、簡便化の意義は大きい。今後、この枠組みを通じて、成長期待の高いタイやインドネシア等の現地法人向けのファイナンスが実施されることも考えられる。更に、アーリーステージ企業の資金調達手段として発展する可能性もある。
  4. 投資家にとっても、国内公募外貨建社債は、外貨建運用の新たな選択肢となる。投資対象が国内企業であれば状況を把握しやすいため、発行体の信用力を効率的に判断しつつ、成長力の高い新興国の通貨での運用を行うことも可能となる。今後の展開が注目される。
日本企業のM&Aにおけるプライベート・エクイティの台頭と今後の展望 吉川 浩史
  1. 近年の日本ではM&A件数・金額が増えており、特にプライベート・エクイティ(PE)の関与する案件の増加が顕著である。
  2. PEの関与するM&Aでは、成熟企業の事業再編に伴い売却される子会社・事業部門や、後継者が不在の中小・零細企業に対する買収が増加している。いずれのケースでもPEには資金に加え、買収後の成長戦略の策定・実行が期待されることが多い。
  3. 広義のPEとして、企業や大学の運用するベンチャー・キャピタルによるベンチャー企業投資も活発化している。今後は、投資先のエグジット(投資回収)時に、買い手としてのPEへのニーズが高まる可能性もある。
  4. 近年は地方創生の観点から、地域産業の振興や観光資源の開発を通じた地域経済の活性化を目的に、自治体、地域金融機関、地域企業等が出資するファンドが地域の企業・事業者に出資する案件もみられる。
  5. PEが関与するM&Aの増加の背景には、企業等からPEが企業価値向上に取り組むパートナーとみられ始めたこともあろう。足元では米系PEによるアジア地域を対象とする大型ファンドの組成が相次ぐが、日系PEの組成は活発とは言えない。経済の新陳代謝を促すためにも、日系PEによる規模拡大とM&Aのさらなる活発化が期待される。
相続制度をめぐる新たな動き
−相続税改正2年目の影響と40年ぶりの改正が決まった相続法−
宮本 佐知子
  1. 相続に対する関心が高まっている。人口動態上、相続を経験する人が増えていることが背景にある。加えて、地価の大幅下落等への対応や格差の固定化防止等の観点から、相続税が2015年から改正されたことや、高齢社会の実情を反映するために、民法の相続に関する規定(相続法)が40年ぶりに改正されることになり、広く耳目を集めていることも挙げられる。本稿では、まず2018年夏に公表された2016年の相続税統計の分析結果を示し、次に2018年7月に決定された相続法改正の注目点を示した上で、金融機関への示唆を検討する。
  2. 相続税については、2015年からの改正では、現行制度の下で初めて基礎控除額が引き下げられたため相続税課税対象者が増加し、課税割合は2015年に続いて2016年も過去最高を更新した。課税割合が増加した地域は、大都市圏のみならず地方圏でも増えており、総じて相続税改正の影響は更に広がっている。
  3. 相続法については、今般の改正では、残された配偶者が生活に困窮することを防ぐための仕組み作りが進められることになった。高齢社会の実情に合わせ、遺留分侵害額請求権や預貯金の仮払い制度など、相続をめぐる揉め事を回避しやすくする仕組みも整えられた。相続人以外の親族に対しても、故人の介護をめぐり認められにくい部分を補う配慮もなされた。この他、自筆証書遺言を法務局で保管し情報の管理を行う制度も新設されることになった。
  4. 多くの金融機関では、相続資産市場を重要な戦略市場に位置づけていることから、相続制度をめぐる新たな動きには注目しておくべきである。これらの改正は、総じて多くの人に影響が及び、相続を意識する人も一層増えていると考えられる。金融機関では、このような個人顧客側での意識の高まりを踏まえ、相続税および相続法の改正に係る正確な情報を提供することと、その上で、相続・贈与をめぐる顧客の金融ニーズを丁寧に引き出し、個々人の事情を踏まえた適切な提案を行うことが重要である。
発足5年目を迎えたNISA
−これまでの利用状況と普及へ向けた課題−
宮本 佐知子
  1. 2014年1月に開始された少額投資非課税制度(NISA)は、開始直後は投資経験者を中心に口座数が急増したが、その後は伸びが鈍化しており、普及へ向けた課題も多い。本稿ではまず、NISAの概要と2017年12月末時点の利用状況を示し、次に制度の設立背景と今後の普及へ向けた課題を論じる。
  2. NISAは現在、3種類あり、成年を対象とした「一般NISA」、積立投資に特化した「つみたてNISA」、そして未成年を対象とした「ジュニアNISA」がある。制度開始直後は一般NISAのみの取扱であり、2017年12月末時点での一般NISAの口座数は1,099万2,733口座、総買付額は12兆5,325億円である。また、一般NISAの普及率は対象人口の10.5%である。
  3. NISAは利用者にとっては複雑な仕組みになっている。これは、証券優遇税制を廃止し、配当・譲渡益の税率を10%から20%へ引き上げる際の激変緩和措置として導入されたという経緯と、政府関係者間での様々な思惑が絡んだ結果といえる。他方、それでも急速に普及が進んだ背景として、官民をあげた努力は見逃せない。
  4. 今後の普及へ向けた課題も多い。NISAを使いやすくするためには、家計の安定的な資産形成を支援するというNISAのそもそもの導入目的に立ち返り、簡素で分かりやすい制度にすべきであろう。現行制度を基に改善を進めるうえで特に急ぐべきは、「制度の恒久化」「スイッチングの認可」「相続時の対応」である。さらに、NISAの新規利用者を広げるにはより直接的な税制面でのアピールも必要になろう。
  5. 金融機関にとっては、まず現行制度の範囲内での真摯な取り組みは重要である。税制優遇が付されたNISAは、新規顧客開拓のための「ドアノック商品」としても利用価値は高い。金融機関にとって、家計の資産形成を支援することは、顧客本位の業務運営を進める上で求められている役割の一つだろう。
金融業への外資出資比率の緩和と同時に株主管理を強化する中国政府の動き 関根 栄一
  1. 2018年4月の中国・海南省で開催されたボアオ・アジアフォーラムでの習近平国家主席による対外開放の継続・拡大に関するスピーチを受け、中国人民銀行・易鋼総裁は、金融業の対外開放に関する12項目を発表し、2017年11月の米中首脳会談等での中国政府の公約内容を更に拡大し、期限を区切って実施することを確約した。
  2. 金融業の開放のうち、証券業では、従来の外資出資上限49%の51%への引き上げと3年後の撤廃とともに、業務範囲の拡大を容認した。保険業では、生命保険業への外資出資比率の緩和を前倒しで実現し、保険関連業務での国内資本との同一性を確保した。銀行業では、貸出債権の株式化に伴う受け皿会社への出資など、新規業務での外資進出を容認した。
  3. 対外開放の一方で、中国政府は過去の事件を教訓に、金融業に出資する株主への管理監督を強化する方針である。そのうち、証券業では、従来の「5%以上の保有株主」、「25%以上を保有する等の主要株主」に加えて、「5%未満の保有株主」と「50%以上を保有する等の支配株主」を加えて、株主を四つに分類し、保有比率が多いほど満たすべき基準を強化する方針である。
  4. また、中国では、既に50〜60社に上ると見られる金融持株会社に対する管理監督体制が整っておらず、グループ内の資金循環や関連取引、複雑な株主構成による大株主の権利濫用、銀行・保険・証券という業態別規制のアービトラージが発生し、レバレッジを効かせるなどして金融市場での潜在的なシステミックリスクを高めている。
  5. このため、2017年には業態別の管理監督の内閣レベルの調整機関として「国務院金融安定発展委員会」が創設され、2018年3月には銀行と保険の管理監督機関が統合され、「中国銀行保険監督管理委員会」が新たに発足し、それぞれ幹部人事の手当てもなされている。
  6. 金融業の対外開放の新たな方針の下、証券業では既に出資している外資持分の引き上げや、保険業では外資の新規進出や異業種の国内資本の進出が出始めている。3年後の2021年を目標に設定した金融業の対外開放の促進とシステミックリスクの発生防止に向け、中国政府にはバランスの取れた政策運営が求められている。
中国におけるハイテク企業を対象とする上場制度改革
−レッドチップ企業による中国預託証券(CDR)の発行が可能に−
関 志雄
  1. 近年、中国では、情報通信などの分野における技術革新を背景に、アリババ、テンセント、バイドゥなど、ニューエコノミーを牽引するハイテク企業が相次いで現れている。しかし、資本市場の改革は遅れているため、これらの企業は、レッドチップ企業として、ニューヨークなどの海外市場に上場している。また、急成長している多くのユニコーン企業も、海外上場の準備を進めている。
  2. 資本市場の活性化とニューエコノミーの更なる発展を促すべく、中国政府は、これらの企業が国内で上場できるように、環境整備を進めている。その大きな一歩として、当局はすでに海外市場に上場しているレッドチップ企業と、ユニコーン企業が中国国内市場に上場するための新しいルールを提示している。それにより、海外で登記しているハイテク企業でも、一定の条件を満たせば、株式、または海外で発行した株式などの証券に裏付けられる中国預託証券(CDR)を、国内市場に上場させることが可能になる。
タイの投資信託市場の展望と課題
−持続的な拡大をもたらし得る3つの要因−
井潟 正彦佐藤 広大
  1. 近年、タイの証券市場は活況を呈しているが、特に目を引くのが投資信託の拡大である。同国の2017年末投資信託残高は約5兆バーツ(約17兆円)で、過去5年間で年率約13.0%の成長を遂げ、ASEAN(東南アジア諸国連合)の投資信託市場の中でも抜きんでる存在になりつつある。
  2. これまで投資信託販売において牽引役を果たしてきたのは大手銀行グループである。今後もタイの投資信託市場が持続的に拡大し得るかについて、(1)オープン・アーキテクチャーが広がる動き、(2)税制優遇を伴う投資制度の役割、(3)海外ファンドが拡大する余地の3点に注目し、考察した。
  3. 1点目のオープン・アーキテクチャーが広がる動きは、健全な販売活動や競争の促進、品揃え拡充ニーズへの対応から既定路線になっており、今後数年間で本格化する見込みである。2点目の税制優遇を伴う投資制度の役割には、官民一体で期待を高めている。背景として、同国で高齢化が急速に進行することが挙げられる。国民全体が退職後の備えを充実できるようにと、民間企業における確定拠出型年金の従業員への提供義務化も予定されている。3点目の海外ファンドが拡大する余地は大きいと見る。同国の経済成長が引き続き期待できるとは言え、経済規模や産業構造などから生じ得る一定の制約に鑑みると、分散投資を伴いながら長期的に高い収益率を実現するには海外ファンドの役割は不可欠だからである。
  4. タイの投資信託市場の持続的拡大には、国民における金融リテラシーの向上、投資教育の強化が欠かせない。政府と業界関係者はその重要性を認識し、一体となって具体的な取り組みに注力し始めている。今後、より多くの同国国民が資産形成に取り組む基盤の形成が進み、投資信託市場の持続的拡大の実現可能性がより高まるか、注目される。
時流 2025年にどのようにたどり着くか:財政健全化の今後の道行きについて 上智大学経済学部准教授、日本政策投資銀行設備投資研究所客員主任研究員
中里 透

量的・質的金融緩和の導入から5年、消費税率の8%への引き上げから4年が経過した。この間に物価上昇率はプラスに転じ、財政収支も大幅な改善をみたが、2%の物価安定目標は未達のままであり、基礎的財政収支(プライマリーバランス)の黒字化も達成時期の後ずれが生じている。こうした中、2019年10月には再増税(消費税率の10%への引き上げ)の実施が予定されており、その実施・延期の判断が今秋にもなされる見通しである。
そこで、本稿では財政健全化をめぐるこれまでの経過を振り返り、今後の道行きについて考えてみることとしたい。

投資家と企業との対話ガイドラインの策定とCGコードの改訂 西山 賢吾
  1. 我が国のコーポレートガバナンス改革はここまで一定の成果を上げているが、その水準をさらに高める上で残されている課題に対応するため、2018年6月1日、『投資家と企業との対話ガイドライン』が策定、公表されるとともに、コーポレートガバナンス・コードの改訂が実施された。
  2. 今回のガイドラインとコードの改訂で最も注目されるのは、『資本コストの的確な把握』であろう。今回資本コストの定義や明確な計算方法は示されていないが、重要なことは、資本コストの算出そのものに終始するのではなく、資本コストの計算に用いた各種数値の採用根拠やその背景にある中長期的な経営ビジョンを示し、投資家との対話を深めることである。
  3. 資本コストと並び注目される政策保有株式に関しては、保有すべきではないという意見と、合理性があれば一定量の保有を容認する意見がある。しかし、今回の対話ガイドラインの制定やコードの改訂により、保有の合理性に対し従来以上に納得感のある説明が求められると考えられるため、保有の合理性に乏しい株式の売却を求める声はさらに強まるであろう。
  4. 我が国企業ではコードの各原則について、まず遵守ありきという考えを持つ上場企業が少なくないように見えるが、具体的な対応をせず形式的な遵守に留まるよりは、明確な理由を説明した上で受け入れない原則があるという対応の方が望ましいと考えられる。さらに、これからは「コンプライ・オア・エクスプレイン」ベースから、原則受け入れの諾否にかかわらず企業の姿勢を主体的、かつ明確に示す「コンプライ・アンド・エクスプレイン」ベースでの対応が期待される。
機関投資家が注目し始めた気候関連財務情報
−ESG投資拡大に伴い重要性が高まる積極開示−
板津 直孝
  1. 金融安定理事会(FSB)が設置した気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)は、2017年6月、最終報告書を公表し、投資家やその他のステークホルダーが、重要な気候関連のリスク及び機会が企業にもたらす財務インパクトを理解する上で、有用な情報開示の枠組みを提言した。その後の1年間で、欧米の機関投資家は気候関連の情報開示に対する関心を着実に高めており、日本企業が注視すべき状況になっている。
  2. 背景には、世界各国で拡大し始めたESG(環境、社会、企業投資)投資がある。欧米の機関投資家の多くは、気候変動をポートフォリオの重要なリスク要因に位置づけ、投資で優先すべき一つに掲げている。そして、気候関連の情報開示が不十分な企業に対しては、議決権を行使して改善を求める集団的エンゲージメントや、気候変動に対する取り組みが不十分な企業への投資を引き上げるダイベストメントを拡大している。その対象は、日本企業にも広がっている。
  3. TCFDの最終報告書の公表により、開示の枠組みが提示されたことから、欧米の機関投資家のこうした動きは、具体性を伴ってますます盛んになると考えられる。こうした欧米の気候関連の情報開示に対する顕著な反応は、現在、日本企業が日本国内において得られる感触と大きく異なるため、株主構成において欧米の機関投資家の比率が高い日本企業は、特に注視する必要があろう。
  4. 気候関連の情報開示の国際的な方向性は、財務報告との一元化であり、日本企業にとっては、財務報告と気候関連財務情報との親和性を一層高める準備が必要である。日本企業と欧米の投資家との対話においては、投資家が、TCFDの提言に則した気候関連財務情報開示を期待していることを認識する必要があろう。
持続可能な社会の実現に向けて注目が集まるソーシャルボンド 江夏 あかね
  1. 社会的課題への対処に向けた事業を資金使途とする債券である「ソーシャルボンド」の発行が近年、増加し始めている。ソーシャルボンドは、2006年11月に発行を開始した予防接種のための国際金融ファシリティ(IFFIm)によるワクチン債が初めてとされる。国際資本市場協会(ICMA)によるソーシャルボンド原則(SBP)の存在もあり、2010年代半ば頃から認知度が上がっている。また、本稿でも取り上げた発行事例を踏まえると、発行体セクターは、国際機関、銀行、政府系機関、事業会社と拡大傾向にある。
  2. 日本では2018年6月末現在、国内債として国際協力機構(JICA)、サムライ債としてBPCEが発行している。日本国内の社会的課題のために発行された事例はまだ出ていないが、日本でソーシャルボンドが今後、どのように活用されていくか注目されるところである。
  3. ソーシャルボンドの発行に当たっては、(1)発行体として、社会的課題の解決が経営面での重要課題として位置付けられていること、(2)対象事業がSBPに掲げられるソーシャルプロジェクトに該当し、社会的課題の改善目標及び改善のためのプロセスが明確など、SBPに適合した内容であること、(3)投資家をはじめとしたステークホルダーに対して透明性かつ客観性を確保し、レポーティング等を通じて説明責任を果たすこと、が成功のカギになると考えられる。
ブロックチェーンで拡がるESGをテーマとした資金調達の未来
−オーストリアのフェアブントによるグリーン・シュルトシャイン−
江夏 あかね佐藤 広大
  1. オーストリアの大手電力会社フェアブント(Verbund AG)は2018年4月17日、世界初の取組みとなるブロックチェーン技術を活用した「グリーン・シュルトシャイン」(Grüner Schuldschein)による資金調達を実現させた。
  2. グリーン・シュルトシャインとは、債務証書とも呼ばれるドイツ法に準拠したローンで、調達資金の使途を環境に配慮したプロジェクトとする、環境・社会・ガバナンス(ESG)関連の金融商品である。今般の資金調達に当たっては、ブロックチェーン技術が活用され、発行体から投資家へのプロセスをデジタル化することで、コミュニケーション、透明性、自動化といった観点から、調達プロセスが改善された。
  3. 発行体・投資家等は、プロセスの改善により調達関連コストの縮減や利便性向上といったメリットを享受することとなった。今後、ESGをテーマとした負債性資金調達でも、デジタル・プラットフォームの一環としてブロックチェーン技術の活用が選択肢の1つとなる機会が増える可能性もあろう。
  4. 今般のグリーン・シュルトシャインによる資金調達は、将来的なESG関連データ蓄積・充実化といった観点からも、多くのESG市場参加者に対して考えるきっかけを与える事例になったと言える。
金融危機発生から10年間で再拡大する米連邦住宅貸付銀行制度 岡田 功太
  1. 近年、米連邦住宅貸付銀行制度(FHLBS)のバランスシートが再拡大している。FHLBSの資産は、2008年の金融危機時に約1.35兆ドルとピークに達した後に、2012年にかけて半減し、その後、過去5年間で約1.5倍に増加した。FHLBSは、政府支援企業(GSE)であるが、ファニーメイ及びフレディマックのように、証券化商品の発行・保証を担っているのではなく、住宅ローン貸出支援を目的に、会員である商業銀行等に対して、「アドバンス」と呼ばれる低利の貸出を行っている。
  2. アドバンスの残高は、過去5年間で約1.7倍となり、FHLBSの資産の約65%に相当する規模になった。その要因として、2014年9月に最終化された米国の流動性カバレッジ比率(LCR)が挙げられる。LCRにおける証券担保調達の流出率は、適格流動資産の要件を満たさない資産が担保の場合には100%、GSEとの取引の場合には25%と規定されており、大手米銀にとって、GSEと取引する方が有利であることから、FHLBSからアドバンスの借入額を増加させた。
  3. 他方で、FHLBSの負債も増加傾向にあり、特に、ディスカウント・ノートの発行残高は、過去5年間で約1.8倍となった。その要因として、2014年7月に最終化されたMMF規制が挙げられる。同規制において、FHLBSが発行するディスカウント・ノートは、ガバメントMMFの投資対象資産として分類されたことに加えて、同MMFは2015年7月から約2年間で約1兆ドル増加した。その結果、MMFによるFHLBS債の保有比率は、2011年末の約7%から、2017年末には約20%に増加した。
  4. FHLBSは、1930年代の世界恐慌以降、過去の金融危機において、大手米銀に対してアドバンスを提供することで、連邦準備制度理事会(FRB)に次ぐ最後から2番目の貸し手として、金融システムの安定化に貢献してきた。しかし、現在、FHLBSのバランスシートは再拡大し、特に短期調達比率が上昇したことによって、皮肉なことにFHLBS自身がシステミック・リスクの震源地として懸念材料となっている。つまり、大手米銀及びMMFが有していた同リスクの一部は、金融規制の進展によって、FHLBSにシフトしているとも言える。2008年の金融危機から10年が経過した現在、改めて、金融システムにとって最適な規制枠組みの構築が必要であると言えよう。
EUにおけるマクロプルーデンス政策
−世界に先駆ける実践的な取組み−
小立 敬
  1. 金融危機以降、世界の中央銀行や金融規制当局において金融システムの安定を政策目標とするマクロプルーデンス政策の重要性がより強く認識されている。EUでは、欧州システミック・リスク理事会(ESRB)のイニシアティブの下、マクロプルーデンス政策を実行するための域内共通の枠組みが整備され、加盟国では新たな政策ツールの適用も始まっている。
  2. 実際に加盟国で適用されている主なマクロプルーデンス・ツールとしては、代表的な政策ツールに位置づけられるバーゼルIIIのカウンターシクリカル・バッファー(CCyB)が7カ国で実施されている。システミック・リスクに対応するために自己資本の上乗せを要求するEU独自のシステミック・リスク・バッファー(SyRB)も14カ国で導入されている。担保評価額に対する融資の比率を表すLTVや債務者所得に対する債務返済額の比率を表すDSTIに上限を設定する国も多く、LTVリミットは17カ国において採用されている。
  3. マクロプルーデンス・ツールの適用に関する実務をみると、加盟国の間で違いが窺われる。例えば、CCyBのオペレーションに関しては、水準の設定に責任を有する当局、情報開示、政策目標、ルールか裁量かという運営方法、中立的なバッファーの水準、コア指標、フォワード・ガイダンスといった点において、加盟国によって対応や考え方が大きく異なる。今後、加盟国がマクロプルーデンス・ツールの適用の経験を積み重ねていく中で、加盟国間の差異が解消されていくのかどうかが注目されるところである。
  4. EUのマクロプルーデンス政策は、実行段階に入ったばかりとはいえ、世界に先駆ける実践的な取組みのように窺われる。EUの経験は今後、EU以外の国・地域に対しても議論の材料を提供していくことを通じて、マクロプルーデンス政策に係るグローバルな知見を高めていくことになるだろう。EUにおけるマクロプルーデンス政策は引続き注目していくべき重要な取組みである。
米モルガン・スタンレーのウェルス・マネジメント部門の取り組み 岡田 功太木下 生悟
  1. 米国モルガン・スタンレーのウェルス・マネジメント部門は、競合他社を上回る預かり資産や営業員数を有し、同社の主力ビジネスとしてグループを牽引している。2008年の金融危機以降、事業の選択と集中を進めるシティ・グループからのスミス・バーニー買収によって、同部門の基盤が形成された。また、同年に銀行持株会社への変更が行われたが、これにより、資産運用関連のサービスに加えて、預金の受け入れと融資も提供して家計全体にアプローチすることが可能となった。
  2. 同部門では、一貫して収益構造の改革に取り組んでいる。所属する営業員数及び店舗数の大幅な削減と同時に、顧客層を富裕層にシフトし、営業員一人当たりの預かり資産を増加させることで収益性を向上させている。営業員数は2009年末から約13%減少し、店舗数は同期間で約33%減少した。これらの結果、営業員一人当たりの収益が、過去8年間で約2倍となった。
  3. また、収益安定化や顧客との関係構築の強化に向け、顧客の資産残高に応じて手数料を得る残高フィー型サービスの提供に注力している。預かり資産総額に占める残高フィー型サービスの割合は、2009年末の約25%から2017年末には約45%に増加した。更に、営業員のサポートを主眼としたデジタル戦略に取り組み、自社開発に拘らず、他社との提携によって、より高度で効率的なデジタル戦略を採用する方向性を示している。
  4. モルガン・スタンレーは、ジェームズ・ゴーマン会長兼CEOの指揮の下、これまで一貫してウェルス・マネジメント部門の営業収益の利益率の増加という明確な経営目標を設定し、実行し続けてきた。引き続き収益性の向上を掲げており、今後も同部門の動向が注目される。
キャッシュレス化と決済改革 淵田 康之
  1. 今日、諸外国では一連の決済改革を通じて、キャッシュレス化が進展している。決済改革の柱は、銀行界による統一的なモバイル個人間送金サービスの導入や、決済関連FinTechの台頭を踏まえた、制度及びインフラの抜本的な見直しである。
  2. 英国では、2000年代に入り、政府主導の改革が展開され、2014年には銀行界による統一モバイル個人間送金サービスが導入された。
  3. さらに2016年末には将来戦略が策定され、新決済インフラの構築が始まった。2018年には、インフラの運営を担う、新決済ガバナンス機関が始動している。また歴史上初めて、ノンバンクによる、銀行間決済システムと中央銀行システムへの直接アクセスも実現した。
  4. 米国においても、銀行界によるモバイル個人間送金サービスが普及しつつある。また英国同様、将来ビジョンが策定され、新決済インフラが構築されつつある。2018年夏には、インフラの運営を担う新決済ガバナンス機関が設立される。
  5. シンガポールは、2016年8月に決済改革のロードマップを発表した。2017年には銀行界の統一的なモバイル決済サービス、PayNowが導入され、FinTechやユーザー代表も参加するPayments Councilも設置された。2018年には、新決済法が制定される予定である。
  6. シンガポールの新決済法案では、決済業者や決済システムに対し、インターオペラビリティの確保を義務づける規定が盛り込まれている。
  7. わが国では、2018年7月に「キャッシュレス推進協議会」が設立され、QRコードの標準化の検討が始まる。同協議会は、英国、米国、シンガポールにおける「決済ガバナンス機関」に似た面もあるが、位置づけは全く異なる。キャッシュレス化を真に推進するためには、銀行界の統一的モバイル個人間送金サービスの導入や、決済法制の抜本的な改革、決済インフラの見直しが不可欠である。
初の国内公募外貨建社債発行の意義 佐藤 淳
  1. 野村総合研究所は2018年3月、国内公募豪ドル建社債を発行した。これは、日本企業が初めて国内公募市場において外貨建で発行した社債である。
  2. 日本社会が成熟化し、経済成長率が低位安定で推移する中、日本企業の事業活動のグローバル化が進んでいる。海外企業を対象にした大型M&Aの増加は、グローバルな競争を有利に進めようという企業の経営判断の現れであり、多くの中堅・中小企業にとっても海外活動の拡大は重要課題となっている。
  3. そうした環境下、外貨建資産の増加にマッチした負債調達の多通貨化、簡便化の意義は大きい。今後、この枠組みを通じて、成長期待の高いタイやインドネシア等の現地法人向けのファイナンスが実施されることも考えられる。更に、アーリーステージ企業の資金調達手段として発展する可能性もある。
  4. 投資家にとっても、国内公募外貨建社債は、外貨建運用の新たな選択肢となる。投資対象が国内企業であれば状況を把握しやすいため、発行体の信用力を効率的に判断しつつ、成長力の高い新興国の通貨での運用を行うことも可能となる。今後の展開が注目される。
日本企業のM&Aにおけるプライベート・エクイティの台頭と今後の展望 吉川 浩史
  1. 近年の日本ではM&A件数・金額が増えており、特にプライベート・エクイティ(PE)の関与する案件の増加が顕著である。
  2. PEの関与するM&Aでは、成熟企業の事業再編に伴い売却される子会社・事業部門や、後継者が不在の中小・零細企業に対する買収が増加している。いずれのケースでもPEには資金に加え、買収後の成長戦略の策定・実行が期待されることが多い。
  3. 広義のPEとして、企業や大学の運用するベンチャー・キャピタルによるベンチャー企業投資も活発化している。今後は、投資先のエグジット(投資回収)時に、買い手としてのPEへのニーズが高まる可能性もある。
  4. 近年は地方創生の観点から、地域産業の振興や観光資源の開発を通じた地域経済の活性化を目的に、自治体、地域金融機関、地域企業等が出資するファンドが地域の企業・事業者に出資する案件もみられる。
  5. PEが関与するM&Aの増加の背景には、企業等からPEが企業価値向上に取り組むパートナーとみられ始めたこともあろう。足元では米系PEによるアジア地域を対象とする大型ファンドの組成が相次ぐが、日系PEの組成は活発とは言えない。経済の新陳代謝を促すためにも、日系PEによる規模拡大とM&Aのさらなる活発化が期待される。
相続制度をめぐる新たな動き
−相続税改正2年目の影響と40年ぶりの改正が決まった相続法−
宮本 佐知子
  1. 相続に対する関心が高まっている。人口動態上、相続を経験する人が増えていることが背景にある。加えて、地価の大幅下落等への対応や格差の固定化防止等の観点から、相続税が2015年から改正されたことや、高齢社会の実情を反映するために、民法の相続に関する規定(相続法)が40年ぶりに改正されることになり、広く耳目を集めていることも挙げられる。本稿では、まず2018年夏に公表された2016年の相続税統計の分析結果を示し、次に2018年7月に決定された相続法改正の注目点を示した上で、金融機関への示唆を検討する。
  2. 相続税については、2015年からの改正では、現行制度の下で初めて基礎控除額が引き下げられたため相続税課税対象者が増加し、課税割合は2015年に続いて2016年も過去最高を更新した。課税割合が増加した地域は、大都市圏のみならず地方圏でも増えており、総じて相続税改正の影響は更に広がっている。
  3. 相続法については、今般の改正では、残された配偶者が生活に困窮することを防ぐための仕組み作りが進められることになった。高齢社会の実情に合わせ、遺留分侵害額請求権や預貯金の仮払い制度など、相続をめぐる揉め事を回避しやすくする仕組みも整えられた。相続人以外の親族に対しても、故人の介護をめぐり認められにくい部分を補う配慮もなされた。この他、自筆証書遺言を法務局で保管し情報の管理を行う制度も新設されることになった。
  4. 多くの金融機関では、相続資産市場を重要な戦略市場に位置づけていることから、相続制度をめぐる新たな動きには注目しておくべきである。これらの改正は、総じて多くの人に影響が及び、相続を意識する人も一層増えていると考えられる。金融機関では、このような個人顧客側での意識の高まりを踏まえ、相続税および相続法の改正に係る正確な情報を提供することと、その上で、相続・贈与をめぐる顧客の金融ニーズを丁寧に引き出し、個々人の事情を踏まえた適切な提案を行うことが重要である。
発足5年目を迎えたNISA
−これまでの利用状況と普及へ向けた課題−
宮本 佐知子
  1. 2014年1月に開始された少額投資非課税制度(NISA)は、開始直後は投資経験者を中心に口座数が急増したが、その後は伸びが鈍化しており、普及へ向けた課題も多い。本稿ではまず、NISAの概要と2017年12月末時点の利用状況を示し、次に制度の設立背景と今後の普及へ向けた課題を論じる。
  2. NISAは現在、3種類あり、成年を対象とした「一般NISA」、積立投資に特化した「つみたてNISA」、そして未成年を対象とした「ジュニアNISA」がある。制度開始直後は一般NISAのみの取扱であり、2017年12月末時点での一般NISAの口座数は1,099万2,733口座、総買付額は12兆5,325億円である。また、一般NISAの普及率は対象人口の10.5%である。
  3. NISAは利用者にとっては複雑な仕組みになっている。これは、証券優遇税制を廃止し、配当・譲渡益の税率を10%から20%へ引き上げる際の激変緩和措置として導入されたという経緯と、政府関係者間での様々な思惑が絡んだ結果といえる。他方、それでも急速に普及が進んだ背景として、官民をあげた努力は見逃せない。
  4. 今後の普及へ向けた課題も多い。NISAを使いやすくするためには、家計の安定的な資産形成を支援するというNISAのそもそもの導入目的に立ち返り、簡素で分かりやすい制度にすべきであろう。現行制度を基に改善を進めるうえで特に急ぐべきは、「制度の恒久化」「スイッチングの認可」「相続時の対応」である。さらに、NISAの新規利用者を広げるにはより直接的な税制面でのアピールも必要になろう。
  5. 金融機関にとっては、まず現行制度の範囲内での真摯な取り組みは重要である。税制優遇が付されたNISAは、新規顧客開拓のための「ドアノック商品」としても利用価値は高い。金融機関にとって、家計の資産形成を支援することは、顧客本位の業務運営を進める上で求められている役割の一つだろう。
金融業への外資出資比率の緩和と同時に株主管理を強化する中国政府の動き 関根 栄一
  1. 2018年4月の中国・海南省で開催されたボアオ・アジアフォーラムでの習近平国家主席による対外開放の継続・拡大に関するスピーチを受け、中国人民銀行・易鋼総裁は、金融業の対外開放に関する12項目を発表し、2017年11月の米中首脳会談等での中国政府の公約内容を更に拡大し、期限を区切って実施することを確約した。
  2. 金融業の開放のうち、証券業では、従来の外資出資上限49%の51%への引き上げと3年後の撤廃とともに、業務範囲の拡大を容認した。保険業では、生命保険業への外資出資比率の緩和を前倒しで実現し、保険関連業務での国内資本との同一性を確保した。銀行業では、貸出債権の株式化に伴う受け皿会社への出資など、新規業務での外資進出を容認した。
  3. 対外開放の一方で、中国政府は過去の事件を教訓に、金融業に出資する株主への管理監督を強化する方針である。そのうち、証券業では、従来の「5%以上の保有株主」、「25%以上を保有する等の主要株主」に加えて、「5%未満の保有株主」と「50%以上を保有する等の支配株主」を加えて、株主を四つに分類し、保有比率が多いほど満たすべき基準を強化する方針である。
  4. また、中国では、既に50〜60社に上ると見られる金融持株会社に対する管理監督体制が整っておらず、グループ内の資金循環や関連取引、複雑な株主構成による大株主の権利濫用、銀行・保険・証券という業態別規制のアービトラージが発生し、レバレッジを効かせるなどして金融市場での潜在的なシステミックリスクを高めている。
  5. このため、2017年には業態別の管理監督の内閣レベルの調整機関として「国務院金融安定発展委員会」が創設され、2018年3月には銀行と保険の管理監督機関が統合され、「中国銀行保険監督管理委員会」が新たに発足し、それぞれ幹部人事の手当てもなされている。
  6. 金融業の対外開放の新たな方針の下、証券業では既に出資している外資持分の引き上げや、保険業では外資の新規進出や異業種の国内資本の進出が出始めている。3年後の2021年を目標に設定した金融業の対外開放の促進とシステミックリスクの発生防止に向け、中国政府にはバランスの取れた政策運営が求められている。
中国におけるハイテク企業を対象とする上場制度改革
−レッドチップ企業による中国預託証券(CDR)の発行が可能に−
関 志雄
  1. 近年、中国では、情報通信などの分野における技術革新を背景に、アリババ、テンセント、バイドゥなど、ニューエコノミーを牽引するハイテク企業が相次いで現れている。しかし、資本市場の改革は遅れているため、これらの企業は、レッドチップ企業として、ニューヨークなどの海外市場に上場している。また、急成長している多くのユニコーン企業も、海外上場の準備を進めている。
  2. 資本市場の活性化とニューエコノミーの更なる発展を促すべく、中国政府は、これらの企業が国内で上場できるように、環境整備を進めている。その大きな一歩として、当局はすでに海外市場に上場しているレッドチップ企業と、ユニコーン企業が中国国内市場に上場するための新しいルールを提示している。それにより、海外で登記しているハイテク企業でも、一定の条件を満たせば、株式、または海外で発行した株式などの証券に裏付けられる中国預託証券(CDR)を、国内市場に上場させることが可能になる。
タイの投資信託市場の展望と課題
−持続的な拡大をもたらし得る3つの要因−
井潟 正彦佐藤 広大
  1. 近年、タイの証券市場は活況を呈しているが、特に目を引くのが投資信託の拡大である。同国の2017年末投資信託残高は約5兆バーツ(約17兆円)で、過去5年間で年率約13.0%の成長を遂げ、ASEAN(東南アジア諸国連合)の投資信託市場の中でも抜きんでる存在になりつつある。
  2. これまで投資信託販売において牽引役を果たしてきたのは大手銀行グループである。今後もタイの投資信託市場が持続的に拡大し得るかについて、(1)オープン・アーキテクチャーが広がる動き、(2)税制優遇を伴う投資制度の役割、(3)海外ファンドが拡大する余地の3点に注目し、考察した。
  3. 1点目のオープン・アーキテクチャーが広がる動きは、健全な販売活動や競争の促進、品揃え拡充ニーズへの対応から既定路線になっており、今後数年間で本格化する見込みである。2点目の税制優遇を伴う投資制度の役割には、官民一体で期待を高めている。背景として、同国で高齢化が急速に進行することが挙げられる。国民全体が退職後の備えを充実できるようにと、民間企業における確定拠出型年金の従業員への提供義務化も予定されている。3点目の海外ファンドが拡大する余地は大きいと見る。同国の経済成長が引き続き期待できるとは言え、経済規模や産業構造などから生じ得る一定の制約に鑑みると、分散投資を伴いながら長期的に高い収益率を実現するには海外ファンドの役割は不可欠だからである。
  4. タイの投資信託市場の持続的拡大には、国民における金融リテラシーの向上、投資教育の強化が欠かせない。政府と業界関係者はその重要性を認識し、一体となって具体的な取り組みに注力し始めている。今後、より多くの同国国民が資産形成に取り組む基盤の形成が進み、投資信託市場の持続的拡大の実現可能性がより高まるか、注目される。
要約
時流 2025年にどのようにたどり着くか:財政健全化の今後の道行きについて 上智大学経済学部准教授、日本政策投資銀行設備投資研究所客員主任研究員
中里 透

量的・質的金融緩和の導入から5年、消費税率の8%への引き上げから4年が経過した。この間に物価上昇率はプラスに転じ、財政収支も大幅な改善をみたが、2%の物価安定目標は未達のままであり、基礎的財政収支(プライマリーバランス)の黒字化も達成時期の後ずれが生じている。こうした中、2019年10月には再増税(消費税率の10%への引き上げ)の実施が予定されており、その実施・延期の判断が今秋にもなされる見通しである。
そこで、本稿では財政健全化をめぐるこれまでの経過を振り返り、今後の道行きについて考えてみることとしたい。

投資家と企業との対話ガイドラインの策定とCGコードの改訂 西山 賢吾
  1. 我が国のコーポレートガバナンス改革はここまで一定の成果を上げているが、その水準をさらに高める上で残されている課題に対応するため、2018年6月1日、『投資家と企業との対話ガイドライン』が策定、公表されるとともに、コーポレートガバナンス・コードの改訂が実施された。
  2. 今回のガイドラインとコードの改訂で最も注目されるのは、『資本コストの的確な把握』であろう。今回資本コストの定義や明確な計算方法は示されていないが、重要なことは、資本コストの算出そのものに終始するのではなく、資本コストの計算に用いた各種数値の採用根拠やその背景にある中長期的な経営ビジョンを示し、投資家との対話を深めることである。
  3. 資本コストと並び注目される政策保有株式に関しては、保有すべきではないという意見と、合理性があれば一定量の保有を容認する意見がある。しかし、今回の対話ガイドラインの制定やコードの改訂により、保有の合理性に対し従来以上に納得感のある説明が求められると考えられるため、保有の合理性に乏しい株式の売却を求める声はさらに強まるであろう。
  4. 我が国企業ではコードの各原則について、まず遵守ありきという考えを持つ上場企業が少なくないように見えるが、具体的な対応をせず形式的な遵守に留まるよりは、明確な理由を説明した上で受け入れない原則があるという対応の方が望ましいと考えられる。さらに、これからは「コンプライ・オア・エクスプレイン」ベースから、原則受け入れの諾否にかかわらず企業の姿勢を主体的、かつ明確に示す「コンプライ・アンド・エクスプレイン」ベースでの対応が期待される。
機関投資家が注目し始めた気候関連財務情報
−ESG投資拡大に伴い重要性が高まる積極開示−
板津 直孝
  1. 金融安定理事会(FSB)が設置した気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)は、2017年6月、最終報告書を公表し、投資家やその他のステークホルダーが、重要な気候関連のリスク及び機会が企業にもたらす財務インパクトを理解する上で、有用な情報開示の枠組みを提言した。その後の1年間で、欧米の機関投資家は気候関連の情報開示に対する関心を着実に高めており、日本企業が注視すべき状況になっている。
  2. 背景には、世界各国で拡大し始めたESG(環境、社会、企業投資)投資がある。欧米の機関投資家の多くは、気候変動をポートフォリオの重要なリスク要因に位置づけ、投資で優先すべき一つに掲げている。そして、気候関連の情報開示が不十分な企業に対しては、議決権を行使して改善を求める集団的エンゲージメントや、気候変動に対する取り組みが不十分な企業への投資を引き上げるダイベストメントを拡大している。その対象は、日本企業にも広がっている。
  3. TCFDの最終報告書の公表により、開示の枠組みが提示されたことから、欧米の機関投資家のこうした動きは、具体性を伴ってますます盛んになると考えられる。こうした欧米の気候関連の情報開示に対する顕著な反応は、現在、日本企業が日本国内において得られる感触と大きく異なるため、株主構成において欧米の機関投資家の比率が高い日本企業は、特に注視する必要があろう。
  4. 気候関連の情報開示の国際的な方向性は、財務報告との一元化であり、日本企業にとっては、財務報告と気候関連財務情報との親和性を一層高める準備が必要である。日本企業と欧米の投資家との対話においては、投資家が、TCFDの提言に則した気候関連財務情報開示を期待していることを認識する必要があろう。
持続可能な社会の実現に向けて注目が集まるソーシャルボンド 江夏 あかね
  1. 社会的課題への対処に向けた事業を資金使途とする債券である「ソーシャルボンド」の発行が近年、増加し始めている。ソーシャルボンドは、2006年11月に発行を開始した予防接種のための国際金融ファシリティ(IFFIm)によるワクチン債が初めてとされる。国際資本市場協会(ICMA)によるソーシャルボンド原則(SBP)の存在もあり、2010年代半ば頃から認知度が上がっている。また、本稿でも取り上げた発行事例を踏まえると、発行体セクターは、国際機関、銀行、政府系機関、事業会社と拡大傾向にある。
  2. 日本では2018年6月末現在、国内債として国際協力機構(JICA)、サムライ債としてBPCEが発行している。日本国内の社会的課題のために発行された事例はまだ出ていないが、日本でソーシャルボンドが今後、どのように活用されていくか注目されるところである。
  3. ソーシャルボンドの発行に当たっては、(1)発行体として、社会的課題の解決が経営面での重要課題として位置付けられていること、(2)対象事業がSBPに掲げられるソーシャルプロジェクトに該当し、社会的課題の改善目標及び改善のためのプロセスが明確など、SBPに適合した内容であること、(3)投資家をはじめとしたステークホルダーに対して透明性かつ客観性を確保し、レポーティング等を通じて説明責任を果たすこと、が成功のカギになると考えられる。
ブロックチェーンで拡がるESGをテーマとした資金調達の未来
−オーストリアのフェアブントによるグリーン・シュルトシャイン−
江夏 あかね佐藤 広大
  1. オーストリアの大手電力会社フェアブント(Verbund AG)は2018年4月17日、世界初の取組みとなるブロックチェーン技術を活用した「グリーン・シュルトシャイン」(Grüner Schuldschein)による資金調達を実現させた。
  2. グリーン・シュルトシャインとは、債務証書とも呼ばれるドイツ法に準拠したローンで、調達資金の使途を環境に配慮したプロジェクトとする、環境・社会・ガバナンス(ESG)関連の金融商品である。今般の資金調達に当たっては、ブロックチェーン技術が活用され、発行体から投資家へのプロセスをデジタル化することで、コミュニケーション、透明性、自動化といった観点から、調達プロセスが改善された。
  3. 発行体・投資家等は、プロセスの改善により調達関連コストの縮減や利便性向上といったメリットを享受することとなった。今後、ESGをテーマとした負債性資金調達でも、デジタル・プラットフォームの一環としてブロックチェーン技術の活用が選択肢の1つとなる機会が増える可能性もあろう。
  4. 今般のグリーン・シュルトシャインによる資金調達は、将来的なESG関連データ蓄積・充実化といった観点からも、多くのESG市場参加者に対して考えるきっかけを与える事例になったと言える。
金融危機発生から10年間で再拡大する米連邦住宅貸付銀行制度 岡田 功太
  1. 近年、米連邦住宅貸付銀行制度(FHLBS)のバランスシートが再拡大している。FHLBSの資産は、2008年の金融危機時に約1.35兆ドルとピークに達した後に、2012年にかけて半減し、その後、過去5年間で約1.5倍に増加した。FHLBSは、政府支援企業(GSE)であるが、ファニーメイ及びフレディマックのように、証券化商品の発行・保証を担っているのではなく、住宅ローン貸出支援を目的に、会員である商業銀行等に対して、「アドバンス」と呼ばれる低利の貸出を行っている。
  2. アドバンスの残高は、過去5年間で約1.7倍となり、FHLBSの資産の約65%に相当する規模になった。その要因として、2014年9月に最終化された米国の流動性カバレッジ比率(LCR)が挙げられる。LCRにおける証券担保調達の流出率は、適格流動資産の要件を満たさない資産が担保の場合には100%、GSEとの取引の場合には25%と規定されており、大手米銀にとって、GSEと取引する方が有利であることから、FHLBSからアドバンスの借入額を増加させた。
  3. 他方で、FHLBSの負債も増加傾向にあり、特に、ディスカウント・ノートの発行残高は、過去5年間で約1.8倍となった。その要因として、2014年7月に最終化されたMMF規制が挙げられる。同規制において、FHLBSが発行するディスカウント・ノートは、ガバメントMMFの投資対象資産として分類されたことに加えて、同MMFは2015年7月から約2年間で約1兆ドル増加した。その結果、MMFによるFHLBS債の保有比率は、2011年末の約7%から、2017年末には約20%に増加した。
  4. FHLBSは、1930年代の世界恐慌以降、過去の金融危機において、大手米銀に対してアドバンスを提供することで、連邦準備制度理事会(FRB)に次ぐ最後から2番目の貸し手として、金融システムの安定化に貢献してきた。しかし、現在、FHLBSのバランスシートは再拡大し、特に短期調達比率が上昇したことによって、皮肉なことにFHLBS自身がシステミック・リスクの震源地として懸念材料となっている。つまり、大手米銀及びMMFが有していた同リスクの一部は、金融規制の進展によって、FHLBSにシフトしているとも言える。2008年の金融危機から10年が経過した現在、改めて、金融システムにとって最適な規制枠組みの構築が必要であると言えよう。
EUにおけるマクロプルーデンス政策
−世界に先駆ける実践的な取組み−
小立 敬
  1. 金融危機以降、世界の中央銀行や金融規制当局において金融システムの安定を政策目標とするマクロプルーデンス政策の重要性がより強く認識されている。EUでは、欧州システミック・リスク理事会(ESRB)のイニシアティブの下、マクロプルーデンス政策を実行するための域内共通の枠組みが整備され、加盟国では新たな政策ツールの適用も始まっている。
  2. 実際に加盟国で適用されている主なマクロプルーデンス・ツールとしては、代表的な政策ツールに位置づけられるバーゼルIIIのカウンターシクリカル・バッファー(CCyB)が7カ国で実施されている。システミック・リスクに対応するために自己資本の上乗せを要求するEU独自のシステミック・リスク・バッファー(SyRB)も14カ国で導入されている。担保評価額に対する融資の比率を表すLTVや債務者所得に対する債務返済額の比率を表すDSTIに上限を設定する国も多く、LTVリミットは17カ国において採用されている。
  3. マクロプルーデンス・ツールの適用に関する実務をみると、加盟国の間で違いが窺われる。例えば、CCyBのオペレーションに関しては、水準の設定に責任を有する当局、情報開示、政策目標、ルールか裁量かという運営方法、中立的なバッファーの水準、コア指標、フォワード・ガイダンスといった点において、加盟国によって対応や考え方が大きく異なる。今後、加盟国がマクロプルーデンス・ツールの適用の経験を積み重ねていく中で、加盟国間の差異が解消されていくのかどうかが注目されるところである。
  4. EUのマクロプルーデンス政策は、実行段階に入ったばかりとはいえ、世界に先駆ける実践的な取組みのように窺われる。EUの経験は今後、EU以外の国・地域に対しても議論の材料を提供していくことを通じて、マクロプルーデンス政策に係るグローバルな知見を高めていくことになるだろう。EUにおけるマクロプルーデンス政策は引続き注目していくべき重要な取組みである。
米モルガン・スタンレーのウェルス・マネジメント部門の取り組み 岡田 功太木下 生悟
  1. 米国モルガン・スタンレーのウェルス・マネジメント部門は、競合他社を上回る預かり資産や営業員数を有し、同社の主力ビジネスとしてグループを牽引している。2008年の金融危機以降、事業の選択と集中を進めるシティ・グループからのスミス・バーニー買収によって、同部門の基盤が形成された。また、同年に銀行持株会社への変更が行われたが、これにより、資産運用関連のサービスに加えて、預金の受け入れと融資も提供して家計全体にアプローチすることが可能となった。
  2. 同部門では、一貫して収益構造の改革に取り組んでいる。所属する営業員数及び店舗数の大幅な削減と同時に、顧客層を富裕層にシフトし、営業員一人当たりの預かり資産を増加させることで収益性を向上させている。営業員数は2009年末から約13%減少し、店舗数は同期間で約33%減少した。これらの結果、営業員一人当たりの収益が、過去8年間で約2倍となった。
  3. また、収益安定化や顧客との関係構築の強化に向け、顧客の資産残高に応じて手数料を得る残高フィー型サービスの提供に注力している。預かり資産総額に占める残高フィー型サービスの割合は、2009年末の約25%から2017年末には約45%に増加した。更に、営業員のサポートを主眼としたデジタル戦略に取り組み、自社開発に拘らず、他社との提携によって、より高度で効率的なデジタル戦略を採用する方向性を示している。
  4. モルガン・スタンレーは、ジェームズ・ゴーマン会長兼CEOの指揮の下、これまで一貫してウェルス・マネジメント部門の営業収益の利益率の増加という明確な経営目標を設定し、実行し続けてきた。引き続き収益性の向上を掲げており、今後も同部門の動向が注目される。
キャッシュレス化と決済改革 淵田 康之
  1. 今日、諸外国では一連の決済改革を通じて、キャッシュレス化が進展している。決済改革の柱は、銀行界による統一的なモバイル個人間送金サービスの導入や、決済関連FinTechの台頭を踏まえた、制度及びインフラの抜本的な見直しである。
  2. 英国では、2000年代に入り、政府主導の改革が展開され、2014年には銀行界による統一モバイル個人間送金サービスが導入された。
  3. さらに2016年末には将来戦略が策定され、新決済インフラの構築が始まった。2018年には、インフラの運営を担う、新決済ガバナンス機関が始動している。また歴史上初めて、ノンバンクによる、銀行間決済システムと中央銀行システムへの直接アクセスも実現した。
  4. 米国においても、銀行界によるモバイル個人間送金サービスが普及しつつある。また英国同様、将来ビジョンが策定され、新決済インフラが構築されつつある。2018年夏には、インフラの運営を担う新決済ガバナンス機関が設立される。
  5. シンガポールは、2016年8月に決済改革のロードマップを発表した。2017年には銀行界の統一的なモバイル決済サービス、PayNowが導入され、FinTechやユーザー代表も参加するPayments Councilも設置された。2018年には、新決済法が制定される予定である。
  6. シンガポールの新決済法案では、決済業者や決済システムに対し、インターオペラビリティの確保を義務づける規定が盛り込まれている。
  7. わが国では、2018年7月に「キャッシュレス推進協議会」が設立され、QRコードの標準化の検討が始まる。同協議会は、英国、米国、シンガポールにおける「決済ガバナンス機関」に似た面もあるが、位置づけは全く異なる。キャッシュレス化を真に推進するためには、銀行界の統一的モバイル個人間送金サービスの導入や、決済法制の抜本的な改革、決済インフラの見直しが不可欠である。
初の国内公募外貨建社債発行の意義 佐藤 淳
  1. 野村総合研究所は2018年3月、国内公募豪ドル建社債を発行した。これは、日本企業が初めて国内公募市場において外貨建で発行した社債である。
  2. 日本社会が成熟化し、経済成長率が低位安定で推移する中、日本企業の事業活動のグローバル化が進んでいる。海外企業を対象にした大型M&Aの増加は、グローバルな競争を有利に進めようという企業の経営判断の現れであり、多くの中堅・中小企業にとっても海外活動の拡大は重要課題となっている。
  3. そうした環境下、外貨建資産の増加にマッチした負債調達の多通貨化、簡便化の意義は大きい。今後、この枠組みを通じて、成長期待の高いタイやインドネシア等の現地法人向けのファイナンスが実施されることも考えられる。更に、アーリーステージ企業の資金調達手段として発展する可能性もある。
  4. 投資家にとっても、国内公募外貨建社債は、外貨建運用の新たな選択肢となる。投資対象が国内企業であれば状況を把握しやすいため、発行体の信用力を効率的に判断しつつ、成長力の高い新興国の通貨での運用を行うことも可能となる。今後の展開が注目される。
日本企業のM&Aにおけるプライベート・エクイティの台頭と今後の展望 吉川 浩史
  1. 近年の日本ではM&A件数・金額が増えており、特にプライベート・エクイティ(PE)の関与する案件の増加が顕著である。
  2. PEの関与するM&Aでは、成熟企業の事業再編に伴い売却される子会社・事業部門や、後継者が不在の中小・零細企業に対する買収が増加している。いずれのケースでもPEには資金に加え、買収後の成長戦略の策定・実行が期待されることが多い。
  3. 広義のPEとして、企業や大学の運用するベンチャー・キャピタルによるベンチャー企業投資も活発化している。今後は、投資先のエグジット(投資回収)時に、買い手としてのPEへのニーズが高まる可能性もある。
  4. 近年は地方創生の観点から、地域産業の振興や観光資源の開発を通じた地域経済の活性化を目的に、自治体、地域金融機関、地域企業等が出資するファンドが地域の企業・事業者に出資する案件もみられる。
  5. PEが関与するM&Aの増加の背景には、企業等からPEが企業価値向上に取り組むパートナーとみられ始めたこともあろう。足元では米系PEによるアジア地域を対象とする大型ファンドの組成が相次ぐが、日系PEの組成は活発とは言えない。経済の新陳代謝を促すためにも、日系PEによる規模拡大とM&Aのさらなる活発化が期待される。
相続制度をめぐる新たな動き
−相続税改正2年目の影響と40年ぶりの改正が決まった相続法−
宮本 佐知子
  1. 相続に対する関心が高まっている。人口動態上、相続を経験する人が増えていることが背景にある。加えて、地価の大幅下落等への対応や格差の固定化防止等の観点から、相続税が2015年から改正されたことや、高齢社会の実情を反映するために、民法の相続に関する規定(相続法)が40年ぶりに改正されることになり、広く耳目を集めていることも挙げられる。本稿では、まず2018年夏に公表された2016年の相続税統計の分析結果を示し、次に2018年7月に決定された相続法改正の注目点を示した上で、金融機関への示唆を検討する。
  2. 相続税については、2015年からの改正では、現行制度の下で初めて基礎控除額が引き下げられたため相続税課税対象者が増加し、課税割合は2015年に続いて2016年も過去最高を更新した。課税割合が増加した地域は、大都市圏のみならず地方圏でも増えており、総じて相続税改正の影響は更に広がっている。
  3. 相続法については、今般の改正では、残された配偶者が生活に困窮することを防ぐための仕組み作りが進められることになった。高齢社会の実情に合わせ、遺留分侵害額請求権や預貯金の仮払い制度など、相続をめぐる揉め事を回避しやすくする仕組みも整えられた。相続人以外の親族に対しても、故人の介護をめぐり認められにくい部分を補う配慮もなされた。この他、自筆証書遺言を法務局で保管し情報の管理を行う制度も新設されることになった。
  4. 多くの金融機関では、相続資産市場を重要な戦略市場に位置づけていることから、相続制度をめぐる新たな動きには注目しておくべきである。これらの改正は、総じて多くの人に影響が及び、相続を意識する人も一層増えていると考えられる。金融機関では、このような個人顧客側での意識の高まりを踏まえ、相続税および相続法の改正に係る正確な情報を提供することと、その上で、相続・贈与をめぐる顧客の金融ニーズを丁寧に引き出し、個々人の事情を踏まえた適切な提案を行うことが重要である。
発足5年目を迎えたNISA
−これまでの利用状況と普及へ向けた課題−
宮本 佐知子
  1. 2014年1月に開始された少額投資非課税制度(NISA)は、開始直後は投資経験者を中心に口座数が急増したが、その後は伸びが鈍化しており、普及へ向けた課題も多い。本稿ではまず、NISAの概要と2017年12月末時点の利用状況を示し、次に制度の設立背景と今後の普及へ向けた課題を論じる。
  2. NISAは現在、3種類あり、成年を対象とした「一般NISA」、積立投資に特化した「つみたてNISA」、そして未成年を対象とした「ジュニアNISA」がある。制度開始直後は一般NISAのみの取扱であり、2017年12月末時点での一般NISAの口座数は1,099万2,733口座、総買付額は12兆5,325億円である。また、一般NISAの普及率は対象人口の10.5%である。
  3. NISAは利用者にとっては複雑な仕組みになっている。これは、証券優遇税制を廃止し、配当・譲渡益の税率を10%から20%へ引き上げる際の激変緩和措置として導入されたという経緯と、政府関係者間での様々な思惑が絡んだ結果といえる。他方、それでも急速に普及が進んだ背景として、官民をあげた努力は見逃せない。
  4. 今後の普及へ向けた課題も多い。NISAを使いやすくするためには、家計の安定的な資産形成を支援するというNISAのそもそもの導入目的に立ち返り、簡素で分かりやすい制度にすべきであろう。現行制度を基に改善を進めるうえで特に急ぐべきは、「制度の恒久化」「スイッチングの認可」「相続時の対応」である。さらに、NISAの新規利用者を広げるにはより直接的な税制面でのアピールも必要になろう。
  5. 金融機関にとっては、まず現行制度の範囲内での真摯な取り組みは重要である。税制優遇が付されたNISAは、新規顧客開拓のための「ドアノック商品」としても利用価値は高い。金融機関にとって、家計の資産形成を支援することは、顧客本位の業務運営を進める上で求められている役割の一つだろう。
金融業への外資出資比率の緩和と同時に株主管理を強化する中国政府の動き 関根 栄一
  1. 2018年4月の中国・海南省で開催されたボアオ・アジアフォーラムでの習近平国家主席による対外開放の継続・拡大に関するスピーチを受け、中国人民銀行・易鋼総裁は、金融業の対外開放に関する12項目を発表し、2017年11月の米中首脳会談等での中国政府の公約内容を更に拡大し、期限を区切って実施することを確約した。
  2. 金融業の開放のうち、証券業では、従来の外資出資上限49%の51%への引き上げと3年後の撤廃とともに、業務範囲の拡大を容認した。保険業では、生命保険業への外資出資比率の緩和を前倒しで実現し、保険関連業務での国内資本との同一性を確保した。銀行業では、貸出債権の株式化に伴う受け皿会社への出資など、新規業務での外資進出を容認した。
  3. 対外開放の一方で、中国政府は過去の事件を教訓に、金融業に出資する株主への管理監督を強化する方針である。そのうち、証券業では、従来の「5%以上の保有株主」、「25%以上を保有する等の主要株主」に加えて、「5%未満の保有株主」と「50%以上を保有する等の支配株主」を加えて、株主を四つに分類し、保有比率が多いほど満たすべき基準を強化する方針である。
  4. また、中国では、既に50〜60社に上ると見られる金融持株会社に対する管理監督体制が整っておらず、グループ内の資金循環や関連取引、複雑な株主構成による大株主の権利濫用、銀行・保険・証券という業態別規制のアービトラージが発生し、レバレッジを効かせるなどして金融市場での潜在的なシステミックリスクを高めている。
  5. このため、2017年には業態別の管理監督の内閣レベルの調整機関として「国務院金融安定発展委員会」が創設され、2018年3月には銀行と保険の管理監督機関が統合され、「中国銀行保険監督管理委員会」が新たに発足し、それぞれ幹部人事の手当てもなされている。
  6. 金融業の対外開放の新たな方針の下、証券業では既に出資している外資持分の引き上げや、保険業では外資の新規進出や異業種の国内資本の進出が出始めている。3年後の2021年を目標に設定した金融業の対外開放の促進とシステミックリスクの発生防止に向け、中国政府にはバランスの取れた政策運営が求められている。
中国におけるハイテク企業を対象とする上場制度改革
−レッドチップ企業による中国預託証券(CDR)の発行が可能に−
関 志雄
  1. 近年、中国では、情報通信などの分野における技術革新を背景に、アリババ、テンセント、バイドゥなど、ニューエコノミーを牽引するハイテク企業が相次いで現れている。しかし、資本市場の改革は遅れているため、これらの企業は、レッドチップ企業として、ニューヨークなどの海外市場に上場している。また、急成長している多くのユニコーン企業も、海外上場の準備を進めている。
  2. 資本市場の活性化とニューエコノミーの更なる発展を促すべく、中国政府は、これらの企業が国内で上場できるように、環境整備を進めている。その大きな一歩として、当局はすでに海外市場に上場しているレッドチップ企業と、ユニコーン企業が中国国内市場に上場するための新しいルールを提示している。それにより、海外で登記しているハイテク企業でも、一定の条件を満たせば、株式、または海外で発行した株式などの証券に裏付けられる中国預託証券(CDR)を、国内市場に上場させることが可能になる。
タイの投資信託市場の展望と課題
−持続的な拡大をもたらし得る3つの要因−
井潟 正彦佐藤 広大
  1. 近年、タイの証券市場は活況を呈しているが、特に目を引くのが投資信託の拡大である。同国の2017年末投資信託残高は約5兆バーツ(約17兆円)で、過去5年間で年率約13.0%の成長を遂げ、ASEAN(東南アジア諸国連合)の投資信託市場の中でも抜きんでる存在になりつつある。
  2. これまで投資信託販売において牽引役を果たしてきたのは大手銀行グループである。今後もタイの投資信託市場が持続的に拡大し得るかについて、(1)オープン・アーキテクチャーが広がる動き、(2)税制優遇を伴う投資制度の役割、(3)海外ファンドが拡大する余地の3点に注目し、考察した。
  3. 1点目のオープン・アーキテクチャーが広がる動きは、健全な販売活動や競争の促進、品揃え拡充ニーズへの対応から既定路線になっており、今後数年間で本格化する見込みである。2点目の税制優遇を伴う投資制度の役割には、官民一体で期待を高めている。背景として、同国で高齢化が急速に進行することが挙げられる。国民全体が退職後の備えを充実できるようにと、民間企業における確定拠出型年金の従業員への提供義務化も予定されている。3点目の海外ファンドが拡大する余地は大きいと見る。同国の経済成長が引き続き期待できるとは言え、経済規模や産業構造などから生じ得る一定の制約に鑑みると、分散投資を伴いながら長期的に高い収益率を実現するには海外ファンドの役割は不可欠だからである。
  4. タイの投資信託市場の持続的拡大には、国民における金融リテラシーの向上、投資教育の強化が欠かせない。政府と業界関係者はその重要性を認識し、一体となって具体的な取り組みに注力し始めている。今後、より多くの同国国民が資産形成に取り組む基盤の形成が進み、投資信託市場の持続的拡大の実現可能性がより高まるか、注目される。
野村資本市場クォータリー2018年夏号 ウェブサイト版掲載論文

金融・証券規制
LIBOR改革の進捗と課題
−米・英の新たなリスクフリー・レートの公表−
PDF
磯部 昌吾
中小銀行の規制緩和を主眼としたドッド=フランク法改正
−経済成長・規制緩和及び消費者保護法の成立−
PDF
岡田 功太
SECの米国個人投資家向け投資推奨行為の基準に係る規則案 PDF
岡田 功太
金融機関経営
規制強化を機にビジネス拡大を目指す米国の仮想通貨交換業者 PDF
岡田 功太、木下 生悟
税源浸食濫用防止税の国際租税上の位置づけと在米外銀のグループ間のドル資金繰りへの影響 PDF
板津 直孝、岡田 功太
コーポレートファイナンス
11年連続で純減した親子上場 PDF
西山 賢吾
財政・地方債
プエルトリコの新財政計画の承認とハリケーン来襲からの再出発 PDF
江夏 あかね
ESG/SDGs
世界銀行とGPIFによる債券投資とESGに関する共同研究報告書 PDF
富永 健司、江夏 あかね
グリーンローン原則の制定と今後の展開 PDF
江夏 あかね、富永 健司
欧州委員会によるサステナブルファイナンスに関する法整備の提案 PDF
江夏 あかね
2018年議決権行使の注目点 PDF
西山 賢吾
個人マーケット
個人金融資産動向:2018年第1四半期
−株式等へ流入するも流動性資金割合の上昇は続く−
PDF
宮本 佐知子
中国・アジア
日中金融協力の本格的再開と今後の展望 PDF
関根 栄一
外国銀行による参入や事業拡大の動きが加速すると見られるインドネシアの銀行業界 PDF
北野 陽平、武井 悠輔


PDFファイルを表示させるためには、プラグインとしてAdobe Readerが必要です。
お持ちでない方は先にダウンロードしてください。
Adobe Reader ダウンロード


このページの先頭へ
ご利用にあたってユーザーガイド個人情報保護方針 COPYRIGHT(C) NOMURA INSTITUTE OF CAPITAL MARKETS RESEARCH, ALL RIGHTS RESERVED.