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研究レポート
季刊誌『野村資本市場クォータリー(※)』及び『野村サステナビリティクォータリー』に掲載の論文の要約、全文及び目次をご覧いただけます。ウェブサイト版の掲載論文は、全文をご覧いただけます。
(※)2010年夏号より、誌名を「資本市場クォータリー」から改変致しました。
※現在は1997年から2020年春号までの要約、1997年から2019年春号の全文および2009年冬号から2020年春号のウェブサイト版掲載論文をご覧いただけます。
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野村資本市場クォータリー2020年春号 2020 Vol.23-4 SPRING

時流
コロナウイルスのパンデミックの教訓
−いま、BCPを見直せば、まだ間に合う国難災害−
要約
時流 コロナウイルスのパンデミックの教訓
−いま、BCPを見直せば、まだ間に合う国難災害−
関西大学特別任命教授・社会安全研究センター長 河田 惠昭

首都直下地震などの国難災害に備えて、特に現代都市社会の各種ネットワークの被害軽減対策を、現在グローバルに進行中のパンデミック対策に重ねて、4つの視点から論じた。1つ目は、パンデミックは人流、物流ネットワーク上を新型コロナウイルスが拡散するが、国難災害ではさらに金融や情報ネットワーク被害も加わり、複合災害と連滝災害となるため、これらを抑制すること、2つ目は、事業継続計画(BCP)の有効性は、平常時の企業経営と密接に関係していること、3つ目は、特に金融システムは地震時の停電や水害時の長期湛水によって大きく被災し、長期化する危険があること、および4つ目は、デジタル変革(DX)も災害に弱く、リダンダンシーを高める、すなわち予備手段を準備する必要があることを示した。

新型コロナウイルスの感染拡大で試練を迎えた中国経済 関 志雄
  1. 中国では、2020年に入ってから、新型コロナウイルス感染症が猛威を振るっている。その経済への影響は2003年のSARSの時より遥かに深刻である。経済成長率は、第1四半期には-6.8%と、マイナスに転じ、年末にかけて景気が回復に向かったとしても、年間では、2019年の実績(6.1%)を大きく下回ることが避けられない。
  2. 多くの企業は、業務の停止と再開の遅れを受けて、収入が大幅に減る一方で、賃金、金利、家賃などの固定費用を負担しなければならず、資金繰りが悪化している。その結果、企業の倒産が増え、失業と不良債権の問題が深刻化している。このような事態を回避するために、政府はダメージを受けた企業を対象に、財政面では時限減税、金融面では政策融資の拡大を中心とする支援策を打ち出している。大型景気対策を求める声が高まっているが、その余地は限られていると見られる。
  3. 中国から始まった新型コロナウイルス感染症は、その後、海外へと広がっている。米国、イタリア、スペインなど、それによる死者数が中国を大きく上回る国が続出した。各国は、都市のロックダウンなど、厳しい対策を取る一方で、相次いで史上最大規模の景気対策を打ち出しているが、成長の大幅な落ち込みが避けられないと見られる。海外市場の低迷は、すでに米中貿易摩擦を受けて鮮明になっている中国における輸出の減速に拍車をかけるだろう。このような内外環境の悪化を受けて、中国経済は、大きな試練を迎えている。
中国での新型コロナウイルス感染拡大に伴う金融面での危機対応策 関根 栄一
  1. 中国の2020年1〜2月の経済指標は、消費の前年同期比20.5%減に代表される通り、新型コロナウイルスの感染拡大防止策の影響を受け、過去に統計を遡れる範囲で大きく悪化した。中国国内で、最初に同ウイルスによる集団感染が発生した湖北省武漢市では、感染拡大を防ぐため、同年1月23日、武漢市の都市封鎖(ロックダウン)が行われた。
  2. 続いて、2020年1月24日の春節休暇期間からは、中国全土での人の移動・行動の制限等の公衆衛生上の措置が講じられた。春節休暇期間明けには、サービス業・製造業の業績悪化や家計の所得減少が予想され、また金融市場での混乱防止の必要性もあったため、2月1日、金融当局は、金融面での危機対応策を打ち出した。
  3. 対応策は、(1)金融市場や銀行貸出を通じた流動性支援、(2)個人の日常的な金融サービスの保障、(3)金融の基盤インフラ運営の確保、(4)外為・越境人民元取引の支援、(5)実施体制の確立、の五分野からなり、特別貸出枠の設定や、金融機関への行政指導が実施されている。
  4. 危機対応策の実績を見ると、2月の企業や家計向けの人民元貸出(フロー)は、春節という季節的かつ休暇期間の延長という要因もあり十分に実行されているとは言えない。また、家計向けの人民元建て短期貸出残高は、1月末に比べむしろ減少している。金融機関への行政指導は、政府が救済したい部門に、直接、資金を融通できる一方、金融仲介の歪みをもたらすリスクや、企業債務残高の増加に歯止めがかからないリスクもある。
  5. 武漢市の都市封鎖は4月8日に解除されたが、感染拡大期間中、新たにロボット配送や遠隔医療などの非接触・非対面型の取引形態が進展している。中小企業向け貿易金融へのブロックチェーン活用の実験拡大など金融取引での新たな動きもある。新型コロナウイルスの感染が長期化する中で、経済・社会のデジタル化に向けた変化の芽にも注目していく必要があろう。
新型コロナウイルスの感染拡大に揺れ動く欧州金融市場
−金融関連の政策対応と経済対策の財源問題−
磯部 昌吾
  1. 欧州では、新型コロナウイルスが猛威を振るう中で、金融市場への影響が急速に拡大している。各国の中央銀行や規制当局は、金融市場や金融機関が実体経済を支える機能を維持できるよう、異例の金融政策や金融規制の柔軟化措置等を相次いで打ち出している。
  2. 加えて、今後は、大規模な財政政策(経済対策)が必要となってくるが、税収の低下も予想されることから、支出と収入の両面から財政赤字が大きく拡大する可能性がある。このため、欧州各国が安定的に必要な財源を調達できるかは、今後の経済対策の成否にとって重要な要素といえる。
  3. イタリアやスペイン、フランスなどは欧州の共通債務証券(コロナ債)を発行し、その資金を新型コロナウイルス対応に利用することを提案しているが、ドイツやオランダなどは反対している。現状は欧州中央銀行(ECB)の債券買入政策が功を奏しているが、早期に打開策を見出すことが期待されている。
  4. 欧州の銀行では、貸出先の業績や資金繰りが悪化することで、再び不良債権が増加する懸念が生じている。欧州ソブリン危機以降、一部の国の銀行では自国政府債の保有が増加しているため、経済対策の実施に向けた安定的な財源調達は、銀行システムの安定性という観点からも重要な課題となっている。
  5. 今後は経済活動の停滞が長引くほど、企業と消費者の双方においてその間を凌ぐための資金需要が増え、必要な経済対策の規模も拡大していく。そうなれば、資金超過への対応が課題であった欧州金融市場において多くの資金需要が生まれることも考えられる。事態の終息を見通せない状況ではリスクが高い面は否めないが、過去の危機を踏まえてリスク耐性を高めてきた金融市場・金融機関が、欧州経済の立て直しにどのように貢献できるのか正念場に差し掛かろうとしている。
ステーブルコインと中央銀行デジタル通貨を巡って 淵田 康之
  1. リブラのようなグローバル・ステーブルコインの導入は様々なリスクをもたらしうるが、既成秩序への影響が大きいというだけの理由で、これを拒絶することは建設的ではない。既存のマネーのあり方自体が、時代のニーズに応えられなくなりつつあるからこそ、リブラのような構想が浮上するという現実があるからである。
  2. 既存の「口座型」のデジタルマネーを進化させるという選択肢もあるが、グローバル・ステーブルコインは、第三世代のデジタルマネーという新たな選択肢の存在を示している。
  3. Big Techのプラットフォーマーが、第三世代のデジタルマネーを採用すれば、法定通貨の地位が揺らぐ事態も生じかねない。そこで、各国の中央銀行が第三世代型の中央銀行デジタル通貨(CBDC)を発行し、国際送金にも応用する仕組みを構築していくことが考えられる。
  4. すなわち、今、問われているのは、グローバル・ステーブルコインやCBDCそのものの是非もさることながら、第三世代のデジタルマネーの供給を誰が主導すべきか、という点なのである。
  5. CBDC導入により、システミックリスクの軽減や金融政策の有効性向上も期待される。さらに、昨今のような緊急時における、国民への迅速かつ直接的な金銭的支援も円滑に実行可能となる。
  6. わが国の場合、諸外国に比べた決済サービスの立ち遅れが、今後より顕著となっていく可能性がある。多額の預金を抱えた銀行の運用難、金融政策の有効性低下などの問題も踏まえると、わが国は、世界で最も第三世代型のCBDCの導入が求められている国といって良いかもしれない。
金融サービスを拡大するスーパーアプリのゴジェックとグラブ 武井 悠輔北野 陽平
  1. 東南アジア域内では近年、大手配車アプリ運営企業が「スーパーアプリ」運営企業へと変貌を遂げるとともに、金融サービス事業を拡大し始めている。こうしたスーパーアプリの代表企業として、インドネシアを本拠とするゴジェックとシンガポールを本拠とするグラブが挙げられる。両社は、フードデリバリーやホテル予約等へ事業領域を拡大する中、電子決済サービスを拡充するとともに、他の金融サービスの提供を開始してきた。
  2. ゴジェックとグラブは、例えばフードデリバリーにおいて決済サービスを提供する中で、加盟店であるレストランや屋台を運営する零細・中小企業の膨大な決済データ等を蓄積することにより、既存の金融機関とは異なる独自の信用評価モデルを構築し、融資業を提供している。また、両社は、運転手や乗客向けの自動車保険で保険事業を開始したが、近年ではアプリ利用者向けに安価な海外旅行保険を提供する等、保険商品の拡充を図っている。さらに、ゴジェックはアプリ利用者等向けに投資商品や資産運用サービスを低コストで提供しており、グラブも今後提供を開始する予定である。
  3. ゴジェックとグラブは、提供するサービスの拡充に伴い、運転手、加盟店、アプリ利用者を含む顧客基盤を大幅に拡大してきた。ゴジェックのアプリのダウンロード数は2020年1月初旬時点で1.3億回、グラブのアプリのダウンロード数は2019年10月時点で1.66億回に達した。
  4. 東南アジア域内では、金融サービスに十分にアクセスできていない個人や零細・中小企業が数多くいる。そうした中、ゴジェックとグラブが巨大な顧客基盤を生かして、中長期的に既存の金融機関を補完する重要な役割を担うことで、金融包摂の促進や金融サービスの大衆化の一翼を担う存在になるか、注目されよう。
上場株式の売買単位と個人向け証券取引のイノベーション 岡田 功太片寄 直紀
  1. 米国の証券取引所では、100株を取引単位とする単位株制度がありつつも、上場株式及び上場投資信託(ETF)を1株から発注できる。ニューヨーク証券取引所の全取引に占める単位未満株取引の割合は約45%に達しており、少額取引の割合は増加傾向にある。更に、米国では、1株に満たない端株取引サービスを提供する金融機関も数多く存在し、創造的なサービス提供を行っている。
  2. 例えば、フォリオ・ファイナンシャルは、投資家自身が投資対象及び配分を設定可能な「フォリオ」というバスケット取引サービスを提供し、モチーフ・インベスティングは、0.0001株単位でウェイト調整が可能なインデックス投資サービスを行っている。ストックパイルは、「○株を○ドル分」と記載されたギフトカード提供のサービスを展開している。これらのサービスは、全て端株の取引を基盤としている。
  3. 他方、日本では、上場株式の売買単位は、単元株である100株に統一されているため、単元未満株や端株取引サービスは普及していない。例えば3万円の値が付いている上場株式を購入するには1単元分の300万円の資金が必要であり、このような銘柄は決して珍しくはない。累積投資などのサービスはあるものの、100株という売買単位は、少額投資家も含めた裾野拡大を追求する際の一つの障壁になっている。
  4. 日本の売買単位を1株に引き下げることができれば、少額投資の選択肢の拡大に繋がる。また、それにより米国のような証券取引サービスの向上やイノベーションの創出を後押しできれば、日本の積年の課題である「貯蓄から投資」の促進、さらには日本の株式市場の活性化と競争力の向上に繋がるのではないか、と考えられる。
銀行規制再論
−将来に向けた銀行システムの安定のための論点−
小立 敬
  1. グローバル金融危機以降、G20の枠組みの下で危機の再発防止を図る国際的な金融規制改革が行われ、日本では、バーゼルIIIを始めとする銀行のプルーデンス規制の強化が行われてきた。金融危機から10年に亘る金融規制改革もようやく完成しつつあり、現在は、自己資本比率のリスク・アセット計測方法の見直し、いわゆるバーゼルIII最終化を残すだけとなっている。
  2. 日本の銀行業界は、マイナス金利政策を始めとする長期間に及ぶ金融緩和政策に加えて、潜在成長力の低下や人口減少といった日本経済の構造問題の影響から、将来の展望について厳しい見方がされつつある。さらに、フィンテックやデジタライゼーションへの対応も含めて、新たなビジネス・モデルの構築に向けた課題も投げかけられている。日本の銀行業界を取り巻く経済・社会環境が大きく変わりゆく中にあって、将来に亘って銀行システムの安定を確保するという観点から、銀行のプルーデンス規制の枠組みを再点検する作業も求められよう。
  3. 金融危機後に国際的にまたは海外で議論されてきた論点や実際に講じられた措置を踏まえながら、(1)自己資本比率(国内基準)のあり方、(2)バーゼルIIIのカウンターシクリカル・バッファー(CCyB)の運用、(3)ゴーンコンサーン・ベースの損失吸収力に関する措置、(4)銀行のリスク・プロファイルに応じたプルーデンス規制の枠組みをテーマに取り上げて、将来に向けて日本の銀行システムの安定を確保するという観点から銀行のプルーデンス規制の論点を改めて整理し、新たな課題の提供を試みる。
  4. 現在、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響から、日本の経済・社会は過去に経験したことのない、リーマン・ショックをも上回るとされる危機に直面しているが、本稿は、現在の極めて困難な経済・社会環境をある程度克服することを前提として、より長期的な視点で考察を行うものであることを付言させていただきたい。
高齢社会の中での地域金融機関
−高齢顧客向けサービスへの示唆−
宮本 佐知子
  1. 日本の高齢化は急速に進展している。国立社会保障・人口問題研究所の推計によると、2040年には高齢世帯数は2,242万世帯、一般世帯総数に占める割合は44%になる。それに伴い、高齢単独世帯数や高齢世帯に占める単独世帯割合も増加していく。
  2. 高齢化の状況を地域別に見ると、このような動きが日本全体よりも早く顕在化する地域も多い。また、高齢世帯はどの地域においても、金融資産を多く保有している。そのため、地域金融機関にとって、高齢顧客への対応は急務になっている。
  3. しかし、高齢顧客の急増は、地域金融機関にとっても初めて直面する課題であり、その対応は試行錯誤が続けられている。そこで本稿では、米英の金融機関による高齢顧客への取り組みについて、顧客の関心が高いと見られ、日本の地域金融機関に参考になりそうなものを紹介したい。
  4. これらの取り組みには、新たな手数料収入を期待できるものもある一方で、直接的には収入につながりづらい「公益的な取り組み」となるものも多い。顧客の信頼を得ることにつながる地域貢献の観点を重視しながら、高齢顧客への取り組みを「収益的な取り組み」につなげることは、営利企業である地域金融機関にとっては重要な課題である。「公益的な取り組み」と「収益的な取り組み」を両立させる金融商品サービスを顧客本位の目線で工夫していくことが、地域金融機関には求められているのではないか。
中国における投資一任サービスの現状と発展の可能性 宋 良也
  1. 欧米・日本などの先進国で普及している投資一任(投資顧問)サービスへのニーズは、富裕層の規模が拡大する中国においても高まってきている。ウェルスマネジメントへの転換が迫られる証券会社にとって、新たな事業機会としての投資一任サービス導入の必要性が大きい。
  2. 一方で、中国には投資一任関連の法制度の未整備や、海外資本規制による運用対象資産の分散の制約などの問題が存在する。従来、証券会社と基金管理会社は各自の資産管理プランで投資一任の類似の金融商品を提供してきたが、いずれも銀行理財商品の受け皿となってしまい、投資家のリスク許容度に合わせたポートフォリオの変更ができないことから、本格的な投資一任サービスとは言い難い。
  3. 投資一任サービスに係る規制改革の試みは、2019年10月の公募ファンドを対象とした投資顧問業務テストから本格的に始まった。同テストに参加する金融機関は、顧客のリスク許容度に合わせたポートフォリオ戦略に基づき、顧客の代わりに公募ファンドの売買・スイッチングなどの取引行為を実行することが可能である。
  4. 公募ファンドを対象とした投資一任サービスのテストには、今後エクイティ運用が強みである証券会社の参加も考えられよう。また、ネット大手が自社の金融プラットフォームを通じて、ロボアドバイザーによる公募ファンド投資一任サービスを一般投資家向けに提供する可能性が高い。規制強化された銀行理財商品からの資金流出が見込まれる中、中国における投資一任サービスがどのように展開していくのかが注目される。
中国における従業員持株制度の拡大 塩島 晋
  1. 近年、中国において従業員持株会を導入する上場会社が増加している。その背景としては、中国政府が国家の成長及び資本市場の持続的発展、企業の内部管理構造の改善等を促進するために、従業員持株会に係る制度を整備してきたことがある。
  2. 中国の従業員持株会では、上場会社(委託人)が証券会社等の資産管理機関(管理人)に従業員持株会の運営管理を委託する。また、運用期間は2〜10年等に設定されており、満期を迎えると自動的に終了する点が、日本の従業員持株会との違いとなっている。
  3. 中国では、2020年1月7日時点で、中堅・大手の企業を中心に、656社の上場会社が従業員持株会を実施している。例えば、上場会社で初めて従業員持株会を導入した中国平安保険は、ストックオプション類似の制度と、退職まで保有できる日本に類似した制度を導入している。
  4. 中国における従業員持株制度の充実・普及が、離職率の低下を通じた企業経営の安定化に加え、労働者の資産形成支援、さらには中国資本市場の参加者のすそ野の拡大につながっていくのか、今後の動向が注目されよう。
特集1:新型コロナウイルス感染症対応と金融市場
時流 コロナウイルスのパンデミックの教訓
−いま、BCPを見直せば、まだ間に合う国難災害−
関西大学特別任命教授・社会安全研究センター長 河田 惠昭

首都直下地震などの国難災害に備えて、特に現代都市社会の各種ネットワークの被害軽減対策を、現在グローバルに進行中のパンデミック対策に重ねて、4つの視点から論じた。1つ目は、パンデミックは人流、物流ネットワーク上を新型コロナウイルスが拡散するが、国難災害ではさらに金融や情報ネットワーク被害も加わり、複合災害と連滝災害となるため、これらを抑制すること、2つ目は、事業継続計画(BCP)の有効性は、平常時の企業経営と密接に関係していること、3つ目は、特に金融システムは地震時の停電や水害時の長期湛水によって大きく被災し、長期化する危険があること、および4つ目は、デジタル変革(DX)も災害に弱く、リダンダンシーを高める、すなわち予備手段を準備する必要があることを示した。

新型コロナウイルスの感染拡大で試練を迎えた中国経済 関 志雄
  1. 中国では、2020年に入ってから、新型コロナウイルス感染症が猛威を振るっている。その経済への影響は2003年のSARSの時より遥かに深刻である。経済成長率は、第1四半期には-6.8%と、マイナスに転じ、年末にかけて景気が回復に向かったとしても、年間では、2019年の実績(6.1%)を大きく下回ることが避けられない。
  2. 多くの企業は、業務の停止と再開の遅れを受けて、収入が大幅に減る一方で、賃金、金利、家賃などの固定費用を負担しなければならず、資金繰りが悪化している。その結果、企業の倒産が増え、失業と不良債権の問題が深刻化している。このような事態を回避するために、政府はダメージを受けた企業を対象に、財政面では時限減税、金融面では政策融資の拡大を中心とする支援策を打ち出している。大型景気対策を求める声が高まっているが、その余地は限られていると見られる。
  3. 中国から始まった新型コロナウイルス感染症は、その後、海外へと広がっている。米国、イタリア、スペインなど、それによる死者数が中国を大きく上回る国が続出した。各国は、都市のロックダウンなど、厳しい対策を取る一方で、相次いで史上最大規模の景気対策を打ち出しているが、成長の大幅な落ち込みが避けられないと見られる。海外市場の低迷は、すでに米中貿易摩擦を受けて鮮明になっている中国における輸出の減速に拍車をかけるだろう。このような内外環境の悪化を受けて、中国経済は、大きな試練を迎えている。
中国での新型コロナウイルス感染拡大に伴う金融面での危機対応策 関根 栄一
  1. 中国の2020年1〜2月の経済指標は、消費の前年同期比20.5%減に代表される通り、新型コロナウイルスの感染拡大防止策の影響を受け、過去に統計を遡れる範囲で大きく悪化した。中国国内で、最初に同ウイルスによる集団感染が発生した湖北省武漢市では、感染拡大を防ぐため、同年1月23日、武漢市の都市封鎖(ロックダウン)が行われた。
  2. 続いて、2020年1月24日の春節休暇期間からは、中国全土での人の移動・行動の制限等の公衆衛生上の措置が講じられた。春節休暇期間明けには、サービス業・製造業の業績悪化や家計の所得減少が予想され、また金融市場での混乱防止の必要性もあったため、2月1日、金融当局は、金融面での危機対応策を打ち出した。
  3. 対応策は、(1)金融市場や銀行貸出を通じた流動性支援、(2)個人の日常的な金融サービスの保障、(3)金融の基盤インフラ運営の確保、(4)外為・越境人民元取引の支援、(5)実施体制の確立、の五分野からなり、特別貸出枠の設定や、金融機関への行政指導が実施されている。
  4. 危機対応策の実績を見ると、2月の企業や家計向けの人民元貸出(フロー)は、春節という季節的かつ休暇期間の延長という要因もあり十分に実行されているとは言えない。また、家計向けの人民元建て短期貸出残高は、1月末に比べむしろ減少している。金融機関への行政指導は、政府が救済したい部門に、直接、資金を融通できる一方、金融仲介の歪みをもたらすリスクや、企業債務残高の増加に歯止めがかからないリスクもある。
  5. 武漢市の都市封鎖は4月8日に解除されたが、感染拡大期間中、新たにロボット配送や遠隔医療などの非接触・非対面型の取引形態が進展している。中小企業向け貿易金融へのブロックチェーン活用の実験拡大など金融取引での新たな動きもある。新型コロナウイルスの感染が長期化する中で、経済・社会のデジタル化に向けた変化の芽にも注目していく必要があろう。
新型コロナウイルスの感染拡大に揺れ動く欧州金融市場
−金融関連の政策対応と経済対策の財源問題−
磯部 昌吾
  1. 欧州では、新型コロナウイルスが猛威を振るう中で、金融市場への影響が急速に拡大している。各国の中央銀行や規制当局は、金融市場や金融機関が実体経済を支える機能を維持できるよう、異例の金融政策や金融規制の柔軟化措置等を相次いで打ち出している。
  2. 加えて、今後は、大規模な財政政策(経済対策)が必要となってくるが、税収の低下も予想されることから、支出と収入の両面から財政赤字が大きく拡大する可能性がある。このため、欧州各国が安定的に必要な財源を調達できるかは、今後の経済対策の成否にとって重要な要素といえる。
  3. イタリアやスペイン、フランスなどは欧州の共通債務証券(コロナ債)を発行し、その資金を新型コロナウイルス対応に利用することを提案しているが、ドイツやオランダなどは反対している。現状は欧州中央銀行(ECB)の債券買入政策が功を奏しているが、早期に打開策を見出すことが期待されている。
  4. 欧州の銀行では、貸出先の業績や資金繰りが悪化することで、再び不良債権が増加する懸念が生じている。欧州ソブリン危機以降、一部の国の銀行では自国政府債の保有が増加しているため、経済対策の実施に向けた安定的な財源調達は、銀行システムの安定性という観点からも重要な課題となっている。
  5. 今後は経済活動の停滞が長引くほど、企業と消費者の双方においてその間を凌ぐための資金需要が増え、必要な経済対策の規模も拡大していく。そうなれば、資金超過への対応が課題であった欧州金融市場において多くの資金需要が生まれることも考えられる。事態の終息を見通せない状況ではリスクが高い面は否めないが、過去の危機を踏まえてリスク耐性を高めてきた金融市場・金融機関が、欧州経済の立て直しにどのように貢献できるのか正念場に差し掛かろうとしている。
ステーブルコインと中央銀行デジタル通貨を巡って 淵田 康之
  1. リブラのようなグローバル・ステーブルコインの導入は様々なリスクをもたらしうるが、既成秩序への影響が大きいというだけの理由で、これを拒絶することは建設的ではない。既存のマネーのあり方自体が、時代のニーズに応えられなくなりつつあるからこそ、リブラのような構想が浮上するという現実があるからである。
  2. 既存の「口座型」のデジタルマネーを進化させるという選択肢もあるが、グローバル・ステーブルコインは、第三世代のデジタルマネーという新たな選択肢の存在を示している。
  3. Big Techのプラットフォーマーが、第三世代のデジタルマネーを採用すれば、法定通貨の地位が揺らぐ事態も生じかねない。そこで、各国の中央銀行が第三世代型の中央銀行デジタル通貨(CBDC)を発行し、国際送金にも応用する仕組みを構築していくことが考えられる。
  4. すなわち、今、問われているのは、グローバル・ステーブルコインやCBDCそのものの是非もさることながら、第三世代のデジタルマネーの供給を誰が主導すべきか、という点なのである。
  5. CBDC導入により、システミックリスクの軽減や金融政策の有効性向上も期待される。さらに、昨今のような緊急時における、国民への迅速かつ直接的な金銭的支援も円滑に実行可能となる。
  6. わが国の場合、諸外国に比べた決済サービスの立ち遅れが、今後より顕著となっていく可能性がある。多額の預金を抱えた銀行の運用難、金融政策の有効性低下などの問題も踏まえると、わが国は、世界で最も第三世代型のCBDCの導入が求められている国といって良いかもしれない。
金融サービスを拡大するスーパーアプリのゴジェックとグラブ 武井 悠輔北野 陽平
  1. 東南アジア域内では近年、大手配車アプリ運営企業が「スーパーアプリ」運営企業へと変貌を遂げるとともに、金融サービス事業を拡大し始めている。こうしたスーパーアプリの代表企業として、インドネシアを本拠とするゴジェックとシンガポールを本拠とするグラブが挙げられる。両社は、フードデリバリーやホテル予約等へ事業領域を拡大する中、電子決済サービスを拡充するとともに、他の金融サービスの提供を開始してきた。
  2. ゴジェックとグラブは、例えばフードデリバリーにおいて決済サービスを提供する中で、加盟店であるレストランや屋台を運営する零細・中小企業の膨大な決済データ等を蓄積することにより、既存の金融機関とは異なる独自の信用評価モデルを構築し、融資業を提供している。また、両社は、運転手や乗客向けの自動車保険で保険事業を開始したが、近年ではアプリ利用者向けに安価な海外旅行保険を提供する等、保険商品の拡充を図っている。さらに、ゴジェックはアプリ利用者等向けに投資商品や資産運用サービスを低コストで提供しており、グラブも今後提供を開始する予定である。
  3. ゴジェックとグラブは、提供するサービスの拡充に伴い、運転手、加盟店、アプリ利用者を含む顧客基盤を大幅に拡大してきた。ゴジェックのアプリのダウンロード数は2020年1月初旬時点で1.3億回、グラブのアプリのダウンロード数は2019年10月時点で1.66億回に達した。
  4. 東南アジア域内では、金融サービスに十分にアクセスできていない個人や零細・中小企業が数多くいる。そうした中、ゴジェックとグラブが巨大な顧客基盤を生かして、中長期的に既存の金融機関を補完する重要な役割を担うことで、金融包摂の促進や金融サービスの大衆化の一翼を担う存在になるか、注目されよう。
上場株式の売買単位と個人向け証券取引のイノベーション 岡田 功太片寄 直紀
  1. 米国の証券取引所では、100株を取引単位とする単位株制度がありつつも、上場株式及び上場投資信託(ETF)を1株から発注できる。ニューヨーク証券取引所の全取引に占める単位未満株取引の割合は約45%に達しており、少額取引の割合は増加傾向にある。更に、米国では、1株に満たない端株取引サービスを提供する金融機関も数多く存在し、創造的なサービス提供を行っている。
  2. 例えば、フォリオ・ファイナンシャルは、投資家自身が投資対象及び配分を設定可能な「フォリオ」というバスケット取引サービスを提供し、モチーフ・インベスティングは、0.0001株単位でウェイト調整が可能なインデックス投資サービスを行っている。ストックパイルは、「○株を○ドル分」と記載されたギフトカード提供のサービスを展開している。これらのサービスは、全て端株の取引を基盤としている。
  3. 他方、日本では、上場株式の売買単位は、単元株である100株に統一されているため、単元未満株や端株取引サービスは普及していない。例えば3万円の値が付いている上場株式を購入するには1単元分の300万円の資金が必要であり、このような銘柄は決して珍しくはない。累積投資などのサービスはあるものの、100株という売買単位は、少額投資家も含めた裾野拡大を追求する際の一つの障壁になっている。
  4. 日本の売買単位を1株に引き下げることができれば、少額投資の選択肢の拡大に繋がる。また、それにより米国のような証券取引サービスの向上やイノベーションの創出を後押しできれば、日本の積年の課題である「貯蓄から投資」の促進、さらには日本の株式市場の活性化と競争力の向上に繋がるのではないか、と考えられる。
銀行規制再論
−将来に向けた銀行システムの安定のための論点−
小立 敬
  1. グローバル金融危機以降、G20の枠組みの下で危機の再発防止を図る国際的な金融規制改革が行われ、日本では、バーゼルIIIを始めとする銀行のプルーデンス規制の強化が行われてきた。金融危機から10年に亘る金融規制改革もようやく完成しつつあり、現在は、自己資本比率のリスク・アセット計測方法の見直し、いわゆるバーゼルIII最終化を残すだけとなっている。
  2. 日本の銀行業界は、マイナス金利政策を始めとする長期間に及ぶ金融緩和政策に加えて、潜在成長力の低下や人口減少といった日本経済の構造問題の影響から、将来の展望について厳しい見方がされつつある。さらに、フィンテックやデジタライゼーションへの対応も含めて、新たなビジネス・モデルの構築に向けた課題も投げかけられている。日本の銀行業界を取り巻く経済・社会環境が大きく変わりゆく中にあって、将来に亘って銀行システムの安定を確保するという観点から、銀行のプルーデンス規制の枠組みを再点検する作業も求められよう。
  3. 金融危機後に国際的にまたは海外で議論されてきた論点や実際に講じられた措置を踏まえながら、(1)自己資本比率(国内基準)のあり方、(2)バーゼルIIIのカウンターシクリカル・バッファー(CCyB)の運用、(3)ゴーンコンサーン・ベースの損失吸収力に関する措置、(4)銀行のリスク・プロファイルに応じたプルーデンス規制の枠組みをテーマに取り上げて、将来に向けて日本の銀行システムの安定を確保するという観点から銀行のプルーデンス規制の論点を改めて整理し、新たな課題の提供を試みる。
  4. 現在、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響から、日本の経済・社会は過去に経験したことのない、リーマン・ショックをも上回るとされる危機に直面しているが、本稿は、現在の極めて困難な経済・社会環境をある程度克服することを前提として、より長期的な視点で考察を行うものであることを付言させていただきたい。
高齢社会の中での地域金融機関
−高齢顧客向けサービスへの示唆−
宮本 佐知子
  1. 日本の高齢化は急速に進展している。国立社会保障・人口問題研究所の推計によると、2040年には高齢世帯数は2,242万世帯、一般世帯総数に占める割合は44%になる。それに伴い、高齢単独世帯数や高齢世帯に占める単独世帯割合も増加していく。
  2. 高齢化の状況を地域別に見ると、このような動きが日本全体よりも早く顕在化する地域も多い。また、高齢世帯はどの地域においても、金融資産を多く保有している。そのため、地域金融機関にとって、高齢顧客への対応は急務になっている。
  3. しかし、高齢顧客の急増は、地域金融機関にとっても初めて直面する課題であり、その対応は試行錯誤が続けられている。そこで本稿では、米英の金融機関による高齢顧客への取り組みについて、顧客の関心が高いと見られ、日本の地域金融機関に参考になりそうなものを紹介したい。
  4. これらの取り組みには、新たな手数料収入を期待できるものもある一方で、直接的には収入につながりづらい「公益的な取り組み」となるものも多い。顧客の信頼を得ることにつながる地域貢献の観点を重視しながら、高齢顧客への取り組みを「収益的な取り組み」につなげることは、営利企業である地域金融機関にとっては重要な課題である。「公益的な取り組み」と「収益的な取り組み」を両立させる金融商品サービスを顧客本位の目線で工夫していくことが、地域金融機関には求められているのではないか。
中国における投資一任サービスの現状と発展の可能性 宋 良也
  1. 欧米・日本などの先進国で普及している投資一任(投資顧問)サービスへのニーズは、富裕層の規模が拡大する中国においても高まってきている。ウェルスマネジメントへの転換が迫られる証券会社にとって、新たな事業機会としての投資一任サービス導入の必要性が大きい。
  2. 一方で、中国には投資一任関連の法制度の未整備や、海外資本規制による運用対象資産の分散の制約などの問題が存在する。従来、証券会社と基金管理会社は各自の資産管理プランで投資一任の類似の金融商品を提供してきたが、いずれも銀行理財商品の受け皿となってしまい、投資家のリスク許容度に合わせたポートフォリオの変更ができないことから、本格的な投資一任サービスとは言い難い。
  3. 投資一任サービスに係る規制改革の試みは、2019年10月の公募ファンドを対象とした投資顧問業務テストから本格的に始まった。同テストに参加する金融機関は、顧客のリスク許容度に合わせたポートフォリオ戦略に基づき、顧客の代わりに公募ファンドの売買・スイッチングなどの取引行為を実行することが可能である。
  4. 公募ファンドを対象とした投資一任サービスのテストには、今後エクイティ運用が強みである証券会社の参加も考えられよう。また、ネット大手が自社の金融プラットフォームを通じて、ロボアドバイザーによる公募ファンド投資一任サービスを一般投資家向けに提供する可能性が高い。規制強化された銀行理財商品からの資金流出が見込まれる中、中国における投資一任サービスがどのように展開していくのかが注目される。
中国における従業員持株制度の拡大 塩島 晋
  1. 近年、中国において従業員持株会を導入する上場会社が増加している。その背景としては、中国政府が国家の成長及び資本市場の持続的発展、企業の内部管理構造の改善等を促進するために、従業員持株会に係る制度を整備してきたことがある。
  2. 中国の従業員持株会では、上場会社(委託人)が証券会社等の資産管理機関(管理人)に従業員持株会の運営管理を委託する。また、運用期間は2〜10年等に設定されており、満期を迎えると自動的に終了する点が、日本の従業員持株会との違いとなっている。
  3. 中国では、2020年1月7日時点で、中堅・大手の企業を中心に、656社の上場会社が従業員持株会を実施している。例えば、上場会社で初めて従業員持株会を導入した中国平安保険は、ストックオプション類似の制度と、退職まで保有できる日本に類似した制度を導入している。
  4. 中国における従業員持株制度の充実・普及が、離職率の低下を通じた企業経営の安定化に加え、労働者の資産形成支援、さらには中国資本市場の参加者のすそ野の拡大につながっていくのか、今後の動向が注目されよう。
要約
時流 コロナウイルスのパンデミックの教訓
−いま、BCPを見直せば、まだ間に合う国難災害−
関西大学特別任命教授・社会安全研究センター長 河田 惠昭

首都直下地震などの国難災害に備えて、特に現代都市社会の各種ネットワークの被害軽減対策を、現在グローバルに進行中のパンデミック対策に重ねて、4つの視点から論じた。1つ目は、パンデミックは人流、物流ネットワーク上を新型コロナウイルスが拡散するが、国難災害ではさらに金融や情報ネットワーク被害も加わり、複合災害と連滝災害となるため、これらを抑制すること、2つ目は、事業継続計画(BCP)の有効性は、平常時の企業経営と密接に関係していること、3つ目は、特に金融システムは地震時の停電や水害時の長期湛水によって大きく被災し、長期化する危険があること、および4つ目は、デジタル変革(DX)も災害に弱く、リダンダンシーを高める、すなわち予備手段を準備する必要があることを示した。

新型コロナウイルスの感染拡大で試練を迎えた中国経済 関 志雄
  1. 中国では、2020年に入ってから、新型コロナウイルス感染症が猛威を振るっている。その経済への影響は2003年のSARSの時より遥かに深刻である。経済成長率は、第1四半期には-6.8%と、マイナスに転じ、年末にかけて景気が回復に向かったとしても、年間では、2019年の実績(6.1%)を大きく下回ることが避けられない。
  2. 多くの企業は、業務の停止と再開の遅れを受けて、収入が大幅に減る一方で、賃金、金利、家賃などの固定費用を負担しなければならず、資金繰りが悪化している。その結果、企業の倒産が増え、失業と不良債権の問題が深刻化している。このような事態を回避するために、政府はダメージを受けた企業を対象に、財政面では時限減税、金融面では政策融資の拡大を中心とする支援策を打ち出している。大型景気対策を求める声が高まっているが、その余地は限られていると見られる。
  3. 中国から始まった新型コロナウイルス感染症は、その後、海外へと広がっている。米国、イタリア、スペインなど、それによる死者数が中国を大きく上回る国が続出した。各国は、都市のロックダウンなど、厳しい対策を取る一方で、相次いで史上最大規模の景気対策を打ち出しているが、成長の大幅な落ち込みが避けられないと見られる。海外市場の低迷は、すでに米中貿易摩擦を受けて鮮明になっている中国における輸出の減速に拍車をかけるだろう。このような内外環境の悪化を受けて、中国経済は、大きな試練を迎えている。
中国での新型コロナウイルス感染拡大に伴う金融面での危機対応策 関根 栄一
  1. 中国の2020年1〜2月の経済指標は、消費の前年同期比20.5%減に代表される通り、新型コロナウイルスの感染拡大防止策の影響を受け、過去に統計を遡れる範囲で大きく悪化した。中国国内で、最初に同ウイルスによる集団感染が発生した湖北省武漢市では、感染拡大を防ぐため、同年1月23日、武漢市の都市封鎖(ロックダウン)が行われた。
  2. 続いて、2020年1月24日の春節休暇期間からは、中国全土での人の移動・行動の制限等の公衆衛生上の措置が講じられた。春節休暇期間明けには、サービス業・製造業の業績悪化や家計の所得減少が予想され、また金融市場での混乱防止の必要性もあったため、2月1日、金融当局は、金融面での危機対応策を打ち出した。
  3. 対応策は、(1)金融市場や銀行貸出を通じた流動性支援、(2)個人の日常的な金融サービスの保障、(3)金融の基盤インフラ運営の確保、(4)外為・越境人民元取引の支援、(5)実施体制の確立、の五分野からなり、特別貸出枠の設定や、金融機関への行政指導が実施されている。
  4. 危機対応策の実績を見ると、2月の企業や家計向けの人民元貸出(フロー)は、春節という季節的かつ休暇期間の延長という要因もあり十分に実行されているとは言えない。また、家計向けの人民元建て短期貸出残高は、1月末に比べむしろ減少している。金融機関への行政指導は、政府が救済したい部門に、直接、資金を融通できる一方、金融仲介の歪みをもたらすリスクや、企業債務残高の増加に歯止めがかからないリスクもある。
  5. 武漢市の都市封鎖は4月8日に解除されたが、感染拡大期間中、新たにロボット配送や遠隔医療などの非接触・非対面型の取引形態が進展している。中小企業向け貿易金融へのブロックチェーン活用の実験拡大など金融取引での新たな動きもある。新型コロナウイルスの感染が長期化する中で、経済・社会のデジタル化に向けた変化の芽にも注目していく必要があろう。
新型コロナウイルスの感染拡大に揺れ動く欧州金融市場
−金融関連の政策対応と経済対策の財源問題−
磯部 昌吾
  1. 欧州では、新型コロナウイルスが猛威を振るう中で、金融市場への影響が急速に拡大している。各国の中央銀行や規制当局は、金融市場や金融機関が実体経済を支える機能を維持できるよう、異例の金融政策や金融規制の柔軟化措置等を相次いで打ち出している。
  2. 加えて、今後は、大規模な財政政策(経済対策)が必要となってくるが、税収の低下も予想されることから、支出と収入の両面から財政赤字が大きく拡大する可能性がある。このため、欧州各国が安定的に必要な財源を調達できるかは、今後の経済対策の成否にとって重要な要素といえる。
  3. イタリアやスペイン、フランスなどは欧州の共通債務証券(コロナ債)を発行し、その資金を新型コロナウイルス対応に利用することを提案しているが、ドイツやオランダなどは反対している。現状は欧州中央銀行(ECB)の債券買入政策が功を奏しているが、早期に打開策を見出すことが期待されている。
  4. 欧州の銀行では、貸出先の業績や資金繰りが悪化することで、再び不良債権が増加する懸念が生じている。欧州ソブリン危機以降、一部の国の銀行では自国政府債の保有が増加しているため、経済対策の実施に向けた安定的な財源調達は、銀行システムの安定性という観点からも重要な課題となっている。
  5. 今後は経済活動の停滞が長引くほど、企業と消費者の双方においてその間を凌ぐための資金需要が増え、必要な経済対策の規模も拡大していく。そうなれば、資金超過への対応が課題であった欧州金融市場において多くの資金需要が生まれることも考えられる。事態の終息を見通せない状況ではリスクが高い面は否めないが、過去の危機を踏まえてリスク耐性を高めてきた金融市場・金融機関が、欧州経済の立て直しにどのように貢献できるのか正念場に差し掛かろうとしている。
ステーブルコインと中央銀行デジタル通貨を巡って 淵田 康之
  1. リブラのようなグローバル・ステーブルコインの導入は様々なリスクをもたらしうるが、既成秩序への影響が大きいというだけの理由で、これを拒絶することは建設的ではない。既存のマネーのあり方自体が、時代のニーズに応えられなくなりつつあるからこそ、リブラのような構想が浮上するという現実があるからである。
  2. 既存の「口座型」のデジタルマネーを進化させるという選択肢もあるが、グローバル・ステーブルコインは、第三世代のデジタルマネーという新たな選択肢の存在を示している。
  3. Big Techのプラットフォーマーが、第三世代のデジタルマネーを採用すれば、法定通貨の地位が揺らぐ事態も生じかねない。そこで、各国の中央銀行が第三世代型の中央銀行デジタル通貨(CBDC)を発行し、国際送金にも応用する仕組みを構築していくことが考えられる。
  4. すなわち、今、問われているのは、グローバル・ステーブルコインやCBDCそのものの是非もさることながら、第三世代のデジタルマネーの供給を誰が主導すべきか、という点なのである。
  5. CBDC導入により、システミックリスクの軽減や金融政策の有効性向上も期待される。さらに、昨今のような緊急時における、国民への迅速かつ直接的な金銭的支援も円滑に実行可能となる。
  6. わが国の場合、諸外国に比べた決済サービスの立ち遅れが、今後より顕著となっていく可能性がある。多額の預金を抱えた銀行の運用難、金融政策の有効性低下などの問題も踏まえると、わが国は、世界で最も第三世代型のCBDCの導入が求められている国といって良いかもしれない。
金融サービスを拡大するスーパーアプリのゴジェックとグラブ 武井 悠輔北野 陽平
  1. 東南アジア域内では近年、大手配車アプリ運営企業が「スーパーアプリ」運営企業へと変貌を遂げるとともに、金融サービス事業を拡大し始めている。こうしたスーパーアプリの代表企業として、インドネシアを本拠とするゴジェックとシンガポールを本拠とするグラブが挙げられる。両社は、フードデリバリーやホテル予約等へ事業領域を拡大する中、電子決済サービスを拡充するとともに、他の金融サービスの提供を開始してきた。
  2. ゴジェックとグラブは、例えばフードデリバリーにおいて決済サービスを提供する中で、加盟店であるレストランや屋台を運営する零細・中小企業の膨大な決済データ等を蓄積することにより、既存の金融機関とは異なる独自の信用評価モデルを構築し、融資業を提供している。また、両社は、運転手や乗客向けの自動車保険で保険事業を開始したが、近年ではアプリ利用者向けに安価な海外旅行保険を提供する等、保険商品の拡充を図っている。さらに、ゴジェックはアプリ利用者等向けに投資商品や資産運用サービスを低コストで提供しており、グラブも今後提供を開始する予定である。
  3. ゴジェックとグラブは、提供するサービスの拡充に伴い、運転手、加盟店、アプリ利用者を含む顧客基盤を大幅に拡大してきた。ゴジェックのアプリのダウンロード数は2020年1月初旬時点で1.3億回、グラブのアプリのダウンロード数は2019年10月時点で1.66億回に達した。
  4. 東南アジア域内では、金融サービスに十分にアクセスできていない個人や零細・中小企業が数多くいる。そうした中、ゴジェックとグラブが巨大な顧客基盤を生かして、中長期的に既存の金融機関を補完する重要な役割を担うことで、金融包摂の促進や金融サービスの大衆化の一翼を担う存在になるか、注目されよう。
上場株式の売買単位と個人向け証券取引のイノベーション 岡田 功太片寄 直紀
  1. 米国の証券取引所では、100株を取引単位とする単位株制度がありつつも、上場株式及び上場投資信託(ETF)を1株から発注できる。ニューヨーク証券取引所の全取引に占める単位未満株取引の割合は約45%に達しており、少額取引の割合は増加傾向にある。更に、米国では、1株に満たない端株取引サービスを提供する金融機関も数多く存在し、創造的なサービス提供を行っている。
  2. 例えば、フォリオ・ファイナンシャルは、投資家自身が投資対象及び配分を設定可能な「フォリオ」というバスケット取引サービスを提供し、モチーフ・インベスティングは、0.0001株単位でウェイト調整が可能なインデックス投資サービスを行っている。ストックパイルは、「○株を○ドル分」と記載されたギフトカード提供のサービスを展開している。これらのサービスは、全て端株の取引を基盤としている。
  3. 他方、日本では、上場株式の売買単位は、単元株である100株に統一されているため、単元未満株や端株取引サービスは普及していない。例えば3万円の値が付いている上場株式を購入するには1単元分の300万円の資金が必要であり、このような銘柄は決して珍しくはない。累積投資などのサービスはあるものの、100株という売買単位は、少額投資家も含めた裾野拡大を追求する際の一つの障壁になっている。
  4. 日本の売買単位を1株に引き下げることができれば、少額投資の選択肢の拡大に繋がる。また、それにより米国のような証券取引サービスの向上やイノベーションの創出を後押しできれば、日本の積年の課題である「貯蓄から投資」の促進、さらには日本の株式市場の活性化と競争力の向上に繋がるのではないか、と考えられる。
銀行規制再論
−将来に向けた銀行システムの安定のための論点−
小立 敬
  1. グローバル金融危機以降、G20の枠組みの下で危機の再発防止を図る国際的な金融規制改革が行われ、日本では、バーゼルIIIを始めとする銀行のプルーデンス規制の強化が行われてきた。金融危機から10年に亘る金融規制改革もようやく完成しつつあり、現在は、自己資本比率のリスク・アセット計測方法の見直し、いわゆるバーゼルIII最終化を残すだけとなっている。
  2. 日本の銀行業界は、マイナス金利政策を始めとする長期間に及ぶ金融緩和政策に加えて、潜在成長力の低下や人口減少といった日本経済の構造問題の影響から、将来の展望について厳しい見方がされつつある。さらに、フィンテックやデジタライゼーションへの対応も含めて、新たなビジネス・モデルの構築に向けた課題も投げかけられている。日本の銀行業界を取り巻く経済・社会環境が大きく変わりゆく中にあって、将来に亘って銀行システムの安定を確保するという観点から、銀行のプルーデンス規制の枠組みを再点検する作業も求められよう。
  3. 金融危機後に国際的にまたは海外で議論されてきた論点や実際に講じられた措置を踏まえながら、(1)自己資本比率(国内基準)のあり方、(2)バーゼルIIIのカウンターシクリカル・バッファー(CCyB)の運用、(3)ゴーンコンサーン・ベースの損失吸収力に関する措置、(4)銀行のリスク・プロファイルに応じたプルーデンス規制の枠組みをテーマに取り上げて、将来に向けて日本の銀行システムの安定を確保するという観点から銀行のプルーデンス規制の論点を改めて整理し、新たな課題の提供を試みる。
  4. 現在、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響から、日本の経済・社会は過去に経験したことのない、リーマン・ショックをも上回るとされる危機に直面しているが、本稿は、現在の極めて困難な経済・社会環境をある程度克服することを前提として、より長期的な視点で考察を行うものであることを付言させていただきたい。
高齢社会の中での地域金融機関
−高齢顧客向けサービスへの示唆−
宮本 佐知子
  1. 日本の高齢化は急速に進展している。国立社会保障・人口問題研究所の推計によると、2040年には高齢世帯数は2,242万世帯、一般世帯総数に占める割合は44%になる。それに伴い、高齢単独世帯数や高齢世帯に占める単独世帯割合も増加していく。
  2. 高齢化の状況を地域別に見ると、このような動きが日本全体よりも早く顕在化する地域も多い。また、高齢世帯はどの地域においても、金融資産を多く保有している。そのため、地域金融機関にとって、高齢顧客への対応は急務になっている。
  3. しかし、高齢顧客の急増は、地域金融機関にとっても初めて直面する課題であり、その対応は試行錯誤が続けられている。そこで本稿では、米英の金融機関による高齢顧客への取り組みについて、顧客の関心が高いと見られ、日本の地域金融機関に参考になりそうなものを紹介したい。
  4. これらの取り組みには、新たな手数料収入を期待できるものもある一方で、直接的には収入につながりづらい「公益的な取り組み」となるものも多い。顧客の信頼を得ることにつながる地域貢献の観点を重視しながら、高齢顧客への取り組みを「収益的な取り組み」につなげることは、営利企業である地域金融機関にとっては重要な課題である。「公益的な取り組み」と「収益的な取り組み」を両立させる金融商品サービスを顧客本位の目線で工夫していくことが、地域金融機関には求められているのではないか。
中国における投資一任サービスの現状と発展の可能性 宋 良也
  1. 欧米・日本などの先進国で普及している投資一任(投資顧問)サービスへのニーズは、富裕層の規模が拡大する中国においても高まってきている。ウェルスマネジメントへの転換が迫られる証券会社にとって、新たな事業機会としての投資一任サービス導入の必要性が大きい。
  2. 一方で、中国には投資一任関連の法制度の未整備や、海外資本規制による運用対象資産の分散の制約などの問題が存在する。従来、証券会社と基金管理会社は各自の資産管理プランで投資一任の類似の金融商品を提供してきたが、いずれも銀行理財商品の受け皿となってしまい、投資家のリスク許容度に合わせたポートフォリオの変更ができないことから、本格的な投資一任サービスとは言い難い。
  3. 投資一任サービスに係る規制改革の試みは、2019年10月の公募ファンドを対象とした投資顧問業務テストから本格的に始まった。同テストに参加する金融機関は、顧客のリスク許容度に合わせたポートフォリオ戦略に基づき、顧客の代わりに公募ファンドの売買・スイッチングなどの取引行為を実行することが可能である。
  4. 公募ファンドを対象とした投資一任サービスのテストには、今後エクイティ運用が強みである証券会社の参加も考えられよう。また、ネット大手が自社の金融プラットフォームを通じて、ロボアドバイザーによる公募ファンド投資一任サービスを一般投資家向けに提供する可能性が高い。規制強化された銀行理財商品からの資金流出が見込まれる中、中国における投資一任サービスがどのように展開していくのかが注目される。
中国における従業員持株制度の拡大 塩島 晋
  1. 近年、中国において従業員持株会を導入する上場会社が増加している。その背景としては、中国政府が国家の成長及び資本市場の持続的発展、企業の内部管理構造の改善等を促進するために、従業員持株会に係る制度を整備してきたことがある。
  2. 中国の従業員持株会では、上場会社(委託人)が証券会社等の資産管理機関(管理人)に従業員持株会の運営管理を委託する。また、運用期間は2〜10年等に設定されており、満期を迎えると自動的に終了する点が、日本の従業員持株会との違いとなっている。
  3. 中国では、2020年1月7日時点で、中堅・大手の企業を中心に、656社の上場会社が従業員持株会を実施している。例えば、上場会社で初めて従業員持株会を導入した中国平安保険は、ストックオプション類似の制度と、退職まで保有できる日本に類似した制度を導入している。
  4. 中国における従業員持株制度の充実・普及が、離職率の低下を通じた企業経営の安定化に加え、労働者の資産形成支援、さらには中国資本市場の参加者のすそ野の拡大につながっていくのか、今後の動向が注目されよう。
時流 コロナウイルスのパンデミックの教訓
−いま、BCPを見直せば、まだ間に合う国難災害−
関西大学特別任命教授・社会安全研究センター長 河田 惠昭

首都直下地震などの国難災害に備えて、特に現代都市社会の各種ネットワークの被害軽減対策を、現在グローバルに進行中のパンデミック対策に重ねて、4つの視点から論じた。1つ目は、パンデミックは人流、物流ネットワーク上を新型コロナウイルスが拡散するが、国難災害ではさらに金融や情報ネットワーク被害も加わり、複合災害と連滝災害となるため、これらを抑制すること、2つ目は、事業継続計画(BCP)の有効性は、平常時の企業経営と密接に関係していること、3つ目は、特に金融システムは地震時の停電や水害時の長期湛水によって大きく被災し、長期化する危険があること、および4つ目は、デジタル変革(DX)も災害に弱く、リダンダンシーを高める、すなわち予備手段を準備する必要があることを示した。

新型コロナウイルスの感染拡大で試練を迎えた中国経済 関 志雄
  1. 中国では、2020年に入ってから、新型コロナウイルス感染症が猛威を振るっている。その経済への影響は2003年のSARSの時より遥かに深刻である。経済成長率は、第1四半期には-6.8%と、マイナスに転じ、年末にかけて景気が回復に向かったとしても、年間では、2019年の実績(6.1%)を大きく下回ることが避けられない。
  2. 多くの企業は、業務の停止と再開の遅れを受けて、収入が大幅に減る一方で、賃金、金利、家賃などの固定費用を負担しなければならず、資金繰りが悪化している。その結果、企業の倒産が増え、失業と不良債権の問題が深刻化している。このような事態を回避するために、政府はダメージを受けた企業を対象に、財政面では時限減税、金融面では政策融資の拡大を中心とする支援策を打ち出している。大型景気対策を求める声が高まっているが、その余地は限られていると見られる。
  3. 中国から始まった新型コロナウイルス感染症は、その後、海外へと広がっている。米国、イタリア、スペインなど、それによる死者数が中国を大きく上回る国が続出した。各国は、都市のロックダウンなど、厳しい対策を取る一方で、相次いで史上最大規模の景気対策を打ち出しているが、成長の大幅な落ち込みが避けられないと見られる。海外市場の低迷は、すでに米中貿易摩擦を受けて鮮明になっている中国における輸出の減速に拍車をかけるだろう。このような内外環境の悪化を受けて、中国経済は、大きな試練を迎えている。
中国での新型コロナウイルス感染拡大に伴う金融面での危機対応策 関根 栄一
  1. 中国の2020年1〜2月の経済指標は、消費の前年同期比20.5%減に代表される通り、新型コロナウイルスの感染拡大防止策の影響を受け、過去に統計を遡れる範囲で大きく悪化した。中国国内で、最初に同ウイルスによる集団感染が発生した湖北省武漢市では、感染拡大を防ぐため、同年1月23日、武漢市の都市封鎖(ロックダウン)が行われた。
  2. 続いて、2020年1月24日の春節休暇期間からは、中国全土での人の移動・行動の制限等の公衆衛生上の措置が講じられた。春節休暇期間明けには、サービス業・製造業の業績悪化や家計の所得減少が予想され、また金融市場での混乱防止の必要性もあったため、2月1日、金融当局は、金融面での危機対応策を打ち出した。
  3. 対応策は、(1)金融市場や銀行貸出を通じた流動性支援、(2)個人の日常的な金融サービスの保障、(3)金融の基盤インフラ運営の確保、(4)外為・越境人民元取引の支援、(5)実施体制の確立、の五分野からなり、特別貸出枠の設定や、金融機関への行政指導が実施されている。
  4. 危機対応策の実績を見ると、2月の企業や家計向けの人民元貸出(フロー)は、春節という季節的かつ休暇期間の延長という要因もあり十分に実行されているとは言えない。また、家計向けの人民元建て短期貸出残高は、1月末に比べむしろ減少している。金融機関への行政指導は、政府が救済したい部門に、直接、資金を融通できる一方、金融仲介の歪みをもたらすリスクや、企業債務残高の増加に歯止めがかからないリスクもある。
  5. 武漢市の都市封鎖は4月8日に解除されたが、感染拡大期間中、新たにロボット配送や遠隔医療などの非接触・非対面型の取引形態が進展している。中小企業向け貿易金融へのブロックチェーン活用の実験拡大など金融取引での新たな動きもある。新型コロナウイルスの感染が長期化する中で、経済・社会のデジタル化に向けた変化の芽にも注目していく必要があろう。
新型コロナウイルスの感染拡大に揺れ動く欧州金融市場
−金融関連の政策対応と経済対策の財源問題−
磯部 昌吾
  1. 欧州では、新型コロナウイルスが猛威を振るう中で、金融市場への影響が急速に拡大している。各国の中央銀行や規制当局は、金融市場や金融機関が実体経済を支える機能を維持できるよう、異例の金融政策や金融規制の柔軟化措置等を相次いで打ち出している。
  2. 加えて、今後は、大規模な財政政策(経済対策)が必要となってくるが、税収の低下も予想されることから、支出と収入の両面から財政赤字が大きく拡大する可能性がある。このため、欧州各国が安定的に必要な財源を調達できるかは、今後の経済対策の成否にとって重要な要素といえる。
  3. イタリアやスペイン、フランスなどは欧州の共通債務証券(コロナ債)を発行し、その資金を新型コロナウイルス対応に利用することを提案しているが、ドイツやオランダなどは反対している。現状は欧州中央銀行(ECB)の債券買入政策が功を奏しているが、早期に打開策を見出すことが期待されている。
  4. 欧州の銀行では、貸出先の業績や資金繰りが悪化することで、再び不良債権が増加する懸念が生じている。欧州ソブリン危機以降、一部の国の銀行では自国政府債の保有が増加しているため、経済対策の実施に向けた安定的な財源調達は、銀行システムの安定性という観点からも重要な課題となっている。
  5. 今後は経済活動の停滞が長引くほど、企業と消費者の双方においてその間を凌ぐための資金需要が増え、必要な経済対策の規模も拡大していく。そうなれば、資金超過への対応が課題であった欧州金融市場において多くの資金需要が生まれることも考えられる。事態の終息を見通せない状況ではリスクが高い面は否めないが、過去の危機を踏まえてリスク耐性を高めてきた金融市場・金融機関が、欧州経済の立て直しにどのように貢献できるのか正念場に差し掛かろうとしている。
ステーブルコインと中央銀行デジタル通貨を巡って 淵田 康之
  1. リブラのようなグローバル・ステーブルコインの導入は様々なリスクをもたらしうるが、既成秩序への影響が大きいというだけの理由で、これを拒絶することは建設的ではない。既存のマネーのあり方自体が、時代のニーズに応えられなくなりつつあるからこそ、リブラのような構想が浮上するという現実があるからである。
  2. 既存の「口座型」のデジタルマネーを進化させるという選択肢もあるが、グローバル・ステーブルコインは、第三世代のデジタルマネーという新たな選択肢の存在を示している。
  3. Big Techのプラットフォーマーが、第三世代のデジタルマネーを採用すれば、法定通貨の地位が揺らぐ事態も生じかねない。そこで、各国の中央銀行が第三世代型の中央銀行デジタル通貨(CBDC)を発行し、国際送金にも応用する仕組みを構築していくことが考えられる。
  4. すなわち、今、問われているのは、グローバル・ステーブルコインやCBDCそのものの是非もさることながら、第三世代のデジタルマネーの供給を誰が主導すべきか、という点なのである。
  5. CBDC導入により、システミックリスクの軽減や金融政策の有効性向上も期待される。さらに、昨今のような緊急時における、国民への迅速かつ直接的な金銭的支援も円滑に実行可能となる。
  6. わが国の場合、諸外国に比べた決済サービスの立ち遅れが、今後より顕著となっていく可能性がある。多額の預金を抱えた銀行の運用難、金融政策の有効性低下などの問題も踏まえると、わが国は、世界で最も第三世代型のCBDCの導入が求められている国といって良いかもしれない。
金融サービスを拡大するスーパーアプリのゴジェックとグラブ 武井 悠輔北野 陽平
  1. 東南アジア域内では近年、大手配車アプリ運営企業が「スーパーアプリ」運営企業へと変貌を遂げるとともに、金融サービス事業を拡大し始めている。こうしたスーパーアプリの代表企業として、インドネシアを本拠とするゴジェックとシンガポールを本拠とするグラブが挙げられる。両社は、フードデリバリーやホテル予約等へ事業領域を拡大する中、電子決済サービスを拡充するとともに、他の金融サービスの提供を開始してきた。
  2. ゴジェックとグラブは、例えばフードデリバリーにおいて決済サービスを提供する中で、加盟店であるレストランや屋台を運営する零細・中小企業の膨大な決済データ等を蓄積することにより、既存の金融機関とは異なる独自の信用評価モデルを構築し、融資業を提供している。また、両社は、運転手や乗客向けの自動車保険で保険事業を開始したが、近年ではアプリ利用者向けに安価な海外旅行保険を提供する等、保険商品の拡充を図っている。さらに、ゴジェックはアプリ利用者等向けに投資商品や資産運用サービスを低コストで提供しており、グラブも今後提供を開始する予定である。
  3. ゴジェックとグラブは、提供するサービスの拡充に伴い、運転手、加盟店、アプリ利用者を含む顧客基盤を大幅に拡大してきた。ゴジェックのアプリのダウンロード数は2020年1月初旬時点で1.3億回、グラブのアプリのダウンロード数は2019年10月時点で1.66億回に達した。
  4. 東南アジア域内では、金融サービスに十分にアクセスできていない個人や零細・中小企業が数多くいる。そうした中、ゴジェックとグラブが巨大な顧客基盤を生かして、中長期的に既存の金融機関を補完する重要な役割を担うことで、金融包摂の促進や金融サービスの大衆化の一翼を担う存在になるか、注目されよう。
上場株式の売買単位と個人向け証券取引のイノベーション 岡田 功太片寄 直紀
  1. 米国の証券取引所では、100株を取引単位とする単位株制度がありつつも、上場株式及び上場投資信託(ETF)を1株から発注できる。ニューヨーク証券取引所の全取引に占める単位未満株取引の割合は約45%に達しており、少額取引の割合は増加傾向にある。更に、米国では、1株に満たない端株取引サービスを提供する金融機関も数多く存在し、創造的なサービス提供を行っている。
  2. 例えば、フォリオ・ファイナンシャルは、投資家自身が投資対象及び配分を設定可能な「フォリオ」というバスケット取引サービスを提供し、モチーフ・インベスティングは、0.0001株単位でウェイト調整が可能なインデックス投資サービスを行っている。ストックパイルは、「○株を○ドル分」と記載されたギフトカード提供のサービスを展開している。これらのサービスは、全て端株の取引を基盤としている。
  3. 他方、日本では、上場株式の売買単位は、単元株である100株に統一されているため、単元未満株や端株取引サービスは普及していない。例えば3万円の値が付いている上場株式を購入するには1単元分の300万円の資金が必要であり、このような銘柄は決して珍しくはない。累積投資などのサービスはあるものの、100株という売買単位は、少額投資家も含めた裾野拡大を追求する際の一つの障壁になっている。
  4. 日本の売買単位を1株に引き下げることができれば、少額投資の選択肢の拡大に繋がる。また、それにより米国のような証券取引サービスの向上やイノベーションの創出を後押しできれば、日本の積年の課題である「貯蓄から投資」の促進、さらには日本の株式市場の活性化と競争力の向上に繋がるのではないか、と考えられる。
銀行規制再論
−将来に向けた銀行システムの安定のための論点−
小立 敬
  1. グローバル金融危機以降、G20の枠組みの下で危機の再発防止を図る国際的な金融規制改革が行われ、日本では、バーゼルIIIを始めとする銀行のプルーデンス規制の強化が行われてきた。金融危機から10年に亘る金融規制改革もようやく完成しつつあり、現在は、自己資本比率のリスク・アセット計測方法の見直し、いわゆるバーゼルIII最終化を残すだけとなっている。
  2. 日本の銀行業界は、マイナス金利政策を始めとする長期間に及ぶ金融緩和政策に加えて、潜在成長力の低下や人口減少といった日本経済の構造問題の影響から、将来の展望について厳しい見方がされつつある。さらに、フィンテックやデジタライゼーションへの対応も含めて、新たなビジネス・モデルの構築に向けた課題も投げかけられている。日本の銀行業界を取り巻く経済・社会環境が大きく変わりゆく中にあって、将来に亘って銀行システムの安定を確保するという観点から、銀行のプルーデンス規制の枠組みを再点検する作業も求められよう。
  3. 金融危機後に国際的にまたは海外で議論されてきた論点や実際に講じられた措置を踏まえながら、(1)自己資本比率(国内基準)のあり方、(2)バーゼルIIIのカウンターシクリカル・バッファー(CCyB)の運用、(3)ゴーンコンサーン・ベースの損失吸収力に関する措置、(4)銀行のリスク・プロファイルに応じたプルーデンス規制の枠組みをテーマに取り上げて、将来に向けて日本の銀行システムの安定を確保するという観点から銀行のプルーデンス規制の論点を改めて整理し、新たな課題の提供を試みる。
  4. 現在、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響から、日本の経済・社会は過去に経験したことのない、リーマン・ショックをも上回るとされる危機に直面しているが、本稿は、現在の極めて困難な経済・社会環境をある程度克服することを前提として、より長期的な視点で考察を行うものであることを付言させていただきたい。
高齢社会の中での地域金融機関
−高齢顧客向けサービスへの示唆−
宮本 佐知子
  1. 日本の高齢化は急速に進展している。国立社会保障・人口問題研究所の推計によると、2040年には高齢世帯数は2,242万世帯、一般世帯総数に占める割合は44%になる。それに伴い、高齢単独世帯数や高齢世帯に占める単独世帯割合も増加していく。
  2. 高齢化の状況を地域別に見ると、このような動きが日本全体よりも早く顕在化する地域も多い。また、高齢世帯はどの地域においても、金融資産を多く保有している。そのため、地域金融機関にとって、高齢顧客への対応は急務になっている。
  3. しかし、高齢顧客の急増は、地域金融機関にとっても初めて直面する課題であり、その対応は試行錯誤が続けられている。そこで本稿では、米英の金融機関による高齢顧客への取り組みについて、顧客の関心が高いと見られ、日本の地域金融機関に参考になりそうなものを紹介したい。
  4. これらの取り組みには、新たな手数料収入を期待できるものもある一方で、直接的には収入につながりづらい「公益的な取り組み」となるものも多い。顧客の信頼を得ることにつながる地域貢献の観点を重視しながら、高齢顧客への取り組みを「収益的な取り組み」につなげることは、営利企業である地域金融機関にとっては重要な課題である。「公益的な取り組み」と「収益的な取り組み」を両立させる金融商品サービスを顧客本位の目線で工夫していくことが、地域金融機関には求められているのではないか。
中国における投資一任サービスの現状と発展の可能性 宋 良也
  1. 欧米・日本などの先進国で普及している投資一任(投資顧問)サービスへのニーズは、富裕層の規模が拡大する中国においても高まってきている。ウェルスマネジメントへの転換が迫られる証券会社にとって、新たな事業機会としての投資一任サービス導入の必要性が大きい。
  2. 一方で、中国には投資一任関連の法制度の未整備や、海外資本規制による運用対象資産の分散の制約などの問題が存在する。従来、証券会社と基金管理会社は各自の資産管理プランで投資一任の類似の金融商品を提供してきたが、いずれも銀行理財商品の受け皿となってしまい、投資家のリスク許容度に合わせたポートフォリオの変更ができないことから、本格的な投資一任サービスとは言い難い。
  3. 投資一任サービスに係る規制改革の試みは、2019年10月の公募ファンドを対象とした投資顧問業務テストから本格的に始まった。同テストに参加する金融機関は、顧客のリスク許容度に合わせたポートフォリオ戦略に基づき、顧客の代わりに公募ファンドの売買・スイッチングなどの取引行為を実行することが可能である。
  4. 公募ファンドを対象とした投資一任サービスのテストには、今後エクイティ運用が強みである証券会社の参加も考えられよう。また、ネット大手が自社の金融プラットフォームを通じて、ロボアドバイザーによる公募ファンド投資一任サービスを一般投資家向けに提供する可能性が高い。規制強化された銀行理財商品からの資金流出が見込まれる中、中国における投資一任サービスがどのように展開していくのかが注目される。
中国における従業員持株制度の拡大 塩島 晋
  1. 近年、中国において従業員持株会を導入する上場会社が増加している。その背景としては、中国政府が国家の成長及び資本市場の持続的発展、企業の内部管理構造の改善等を促進するために、従業員持株会に係る制度を整備してきたことがある。
  2. 中国の従業員持株会では、上場会社(委託人)が証券会社等の資産管理機関(管理人)に従業員持株会の運営管理を委託する。また、運用期間は2〜10年等に設定されており、満期を迎えると自動的に終了する点が、日本の従業員持株会との違いとなっている。
  3. 中国では、2020年1月7日時点で、中堅・大手の企業を中心に、656社の上場会社が従業員持株会を実施している。例えば、上場会社で初めて従業員持株会を導入した中国平安保険は、ストックオプション類似の制度と、退職まで保有できる日本に類似した制度を導入している。
  4. 中国における従業員持株制度の充実・普及が、離職率の低下を通じた企業経営の安定化に加え、労働者の資産形成支援、さらには中国資本市場の参加者のすそ野の拡大につながっていくのか、今後の動向が注目されよう。
要約
時流 コロナウイルスのパンデミックの教訓
−いま、BCPを見直せば、まだ間に合う国難災害−
関西大学特別任命教授・社会安全研究センター長 河田 惠昭

首都直下地震などの国難災害に備えて、特に現代都市社会の各種ネットワークの被害軽減対策を、現在グローバルに進行中のパンデミック対策に重ねて、4つの視点から論じた。1つ目は、パンデミックは人流、物流ネットワーク上を新型コロナウイルスが拡散するが、国難災害ではさらに金融や情報ネットワーク被害も加わり、複合災害と連滝災害となるため、これらを抑制すること、2つ目は、事業継続計画(BCP)の有効性は、平常時の企業経営と密接に関係していること、3つ目は、特に金融システムは地震時の停電や水害時の長期湛水によって大きく被災し、長期化する危険があること、および4つ目は、デジタル変革(DX)も災害に弱く、リダンダンシーを高める、すなわち予備手段を準備する必要があることを示した。

新型コロナウイルスの感染拡大で試練を迎えた中国経済 関 志雄
  1. 中国では、2020年に入ってから、新型コロナウイルス感染症が猛威を振るっている。その経済への影響は2003年のSARSの時より遥かに深刻である。経済成長率は、第1四半期には-6.8%と、マイナスに転じ、年末にかけて景気が回復に向かったとしても、年間では、2019年の実績(6.1%)を大きく下回ることが避けられない。
  2. 多くの企業は、業務の停止と再開の遅れを受けて、収入が大幅に減る一方で、賃金、金利、家賃などの固定費用を負担しなければならず、資金繰りが悪化している。その結果、企業の倒産が増え、失業と不良債権の問題が深刻化している。このような事態を回避するために、政府はダメージを受けた企業を対象に、財政面では時限減税、金融面では政策融資の拡大を中心とする支援策を打ち出している。大型景気対策を求める声が高まっているが、その余地は限られていると見られる。
  3. 中国から始まった新型コロナウイルス感染症は、その後、海外へと広がっている。米国、イタリア、スペインなど、それによる死者数が中国を大きく上回る国が続出した。各国は、都市のロックダウンなど、厳しい対策を取る一方で、相次いで史上最大規模の景気対策を打ち出しているが、成長の大幅な落ち込みが避けられないと見られる。海外市場の低迷は、すでに米中貿易摩擦を受けて鮮明になっている中国における輸出の減速に拍車をかけるだろう。このような内外環境の悪化を受けて、中国経済は、大きな試練を迎えている。
中国での新型コロナウイルス感染拡大に伴う金融面での危機対応策 関根 栄一
  1. 中国の2020年1〜2月の経済指標は、消費の前年同期比20.5%減に代表される通り、新型コロナウイルスの感染拡大防止策の影響を受け、過去に統計を遡れる範囲で大きく悪化した。中国国内で、最初に同ウイルスによる集団感染が発生した湖北省武漢市では、感染拡大を防ぐため、同年1月23日、武漢市の都市封鎖(ロックダウン)が行われた。
  2. 続いて、2020年1月24日の春節休暇期間からは、中国全土での人の移動・行動の制限等の公衆衛生上の措置が講じられた。春節休暇期間明けには、サービス業・製造業の業績悪化や家計の所得減少が予想され、また金融市場での混乱防止の必要性もあったため、2月1日、金融当局は、金融面での危機対応策を打ち出した。
  3. 対応策は、(1)金融市場や銀行貸出を通じた流動性支援、(2)個人の日常的な金融サービスの保障、(3)金融の基盤インフラ運営の確保、(4)外為・越境人民元取引の支援、(5)実施体制の確立、の五分野からなり、特別貸出枠の設定や、金融機関への行政指導が実施されている。
  4. 危機対応策の実績を見ると、2月の企業や家計向けの人民元貸出(フロー)は、春節という季節的かつ休暇期間の延長という要因もあり十分に実行されているとは言えない。また、家計向けの人民元建て短期貸出残高は、1月末に比べむしろ減少している。金融機関への行政指導は、政府が救済したい部門に、直接、資金を融通できる一方、金融仲介の歪みをもたらすリスクや、企業債務残高の増加に歯止めがかからないリスクもある。
  5. 武漢市の都市封鎖は4月8日に解除されたが、感染拡大期間中、新たにロボット配送や遠隔医療などの非接触・非対面型の取引形態が進展している。中小企業向け貿易金融へのブロックチェーン活用の実験拡大など金融取引での新たな動きもある。新型コロナウイルスの感染が長期化する中で、経済・社会のデジタル化に向けた変化の芽にも注目していく必要があろう。
新型コロナウイルスの感染拡大に揺れ動く欧州金融市場
−金融関連の政策対応と経済対策の財源問題−
磯部 昌吾
  1. 欧州では、新型コロナウイルスが猛威を振るう中で、金融市場への影響が急速に拡大している。各国の中央銀行や規制当局は、金融市場や金融機関が実体経済を支える機能を維持できるよう、異例の金融政策や金融規制の柔軟化措置等を相次いで打ち出している。
  2. 加えて、今後は、大規模な財政政策(経済対策)が必要となってくるが、税収の低下も予想されることから、支出と収入の両面から財政赤字が大きく拡大する可能性がある。このため、欧州各国が安定的に必要な財源を調達できるかは、今後の経済対策の成否にとって重要な要素といえる。
  3. イタリアやスペイン、フランスなどは欧州の共通債務証券(コロナ債)を発行し、その資金を新型コロナウイルス対応に利用することを提案しているが、ドイツやオランダなどは反対している。現状は欧州中央銀行(ECB)の債券買入政策が功を奏しているが、早期に打開策を見出すことが期待されている。
  4. 欧州の銀行では、貸出先の業績や資金繰りが悪化することで、再び不良債権が増加する懸念が生じている。欧州ソブリン危機以降、一部の国の銀行では自国政府債の保有が増加しているため、経済対策の実施に向けた安定的な財源調達は、銀行システムの安定性という観点からも重要な課題となっている。
  5. 今後は経済活動の停滞が長引くほど、企業と消費者の双方においてその間を凌ぐための資金需要が増え、必要な経済対策の規模も拡大していく。そうなれば、資金超過への対応が課題であった欧州金融市場において多くの資金需要が生まれることも考えられる。事態の終息を見通せない状況ではリスクが高い面は否めないが、過去の危機を踏まえてリスク耐性を高めてきた金融市場・金融機関が、欧州経済の立て直しにどのように貢献できるのか正念場に差し掛かろうとしている。
ステーブルコインと中央銀行デジタル通貨を巡って 淵田 康之
  1. リブラのようなグローバル・ステーブルコインの導入は様々なリスクをもたらしうるが、既成秩序への影響が大きいというだけの理由で、これを拒絶することは建設的ではない。既存のマネーのあり方自体が、時代のニーズに応えられなくなりつつあるからこそ、リブラのような構想が浮上するという現実があるからである。
  2. 既存の「口座型」のデジタルマネーを進化させるという選択肢もあるが、グローバル・ステーブルコインは、第三世代のデジタルマネーという新たな選択肢の存在を示している。
  3. Big Techのプラットフォーマーが、第三世代のデジタルマネーを採用すれば、法定通貨の地位が揺らぐ事態も生じかねない。そこで、各国の中央銀行が第三世代型の中央銀行デジタル通貨(CBDC)を発行し、国際送金にも応用する仕組みを構築していくことが考えられる。
  4. すなわち、今、問われているのは、グローバル・ステーブルコインやCBDCそのものの是非もさることながら、第三世代のデジタルマネーの供給を誰が主導すべきか、という点なのである。
  5. CBDC導入により、システミックリスクの軽減や金融政策の有効性向上も期待される。さらに、昨今のような緊急時における、国民への迅速かつ直接的な金銭的支援も円滑に実行可能となる。
  6. わが国の場合、諸外国に比べた決済サービスの立ち遅れが、今後より顕著となっていく可能性がある。多額の預金を抱えた銀行の運用難、金融政策の有効性低下などの問題も踏まえると、わが国は、世界で最も第三世代型のCBDCの導入が求められている国といって良いかもしれない。
金融サービスを拡大するスーパーアプリのゴジェックとグラブ 武井 悠輔北野 陽平
  1. 東南アジア域内では近年、大手配車アプリ運営企業が「スーパーアプリ」運営企業へと変貌を遂げるとともに、金融サービス事業を拡大し始めている。こうしたスーパーアプリの代表企業として、インドネシアを本拠とするゴジェックとシンガポールを本拠とするグラブが挙げられる。両社は、フードデリバリーやホテル予約等へ事業領域を拡大する中、電子決済サービスを拡充するとともに、他の金融サービスの提供を開始してきた。
  2. ゴジェックとグラブは、例えばフードデリバリーにおいて決済サービスを提供する中で、加盟店であるレストランや屋台を運営する零細・中小企業の膨大な決済データ等を蓄積することにより、既存の金融機関とは異なる独自の信用評価モデルを構築し、融資業を提供している。また、両社は、運転手や乗客向けの自動車保険で保険事業を開始したが、近年ではアプリ利用者向けに安価な海外旅行保険を提供する等、保険商品の拡充を図っている。さらに、ゴジェックはアプリ利用者等向けに投資商品や資産運用サービスを低コストで提供しており、グラブも今後提供を開始する予定である。
  3. ゴジェックとグラブは、提供するサービスの拡充に伴い、運転手、加盟店、アプリ利用者を含む顧客基盤を大幅に拡大してきた。ゴジェックのアプリのダウンロード数は2020年1月初旬時点で1.3億回、グラブのアプリのダウンロード数は2019年10月時点で1.66億回に達した。
  4. 東南アジア域内では、金融サービスに十分にアクセスできていない個人や零細・中小企業が数多くいる。そうした中、ゴジェックとグラブが巨大な顧客基盤を生かして、中長期的に既存の金融機関を補完する重要な役割を担うことで、金融包摂の促進や金融サービスの大衆化の一翼を担う存在になるか、注目されよう。
上場株式の売買単位と個人向け証券取引のイノベーション 岡田 功太片寄 直紀
  1. 米国の証券取引所では、100株を取引単位とする単位株制度がありつつも、上場株式及び上場投資信託(ETF)を1株から発注できる。ニューヨーク証券取引所の全取引に占める単位未満株取引の割合は約45%に達しており、少額取引の割合は増加傾向にある。更に、米国では、1株に満たない端株取引サービスを提供する金融機関も数多く存在し、創造的なサービス提供を行っている。
  2. 例えば、フォリオ・ファイナンシャルは、投資家自身が投資対象及び配分を設定可能な「フォリオ」というバスケット取引サービスを提供し、モチーフ・インベスティングは、0.0001株単位でウェイト調整が可能なインデックス投資サービスを行っている。ストックパイルは、「○株を○ドル分」と記載されたギフトカード提供のサービスを展開している。これらのサービスは、全て端株の取引を基盤としている。
  3. 他方、日本では、上場株式の売買単位は、単元株である100株に統一されているため、単元未満株や端株取引サービスは普及していない。例えば3万円の値が付いている上場株式を購入するには1単元分の300万円の資金が必要であり、このような銘柄は決して珍しくはない。累積投資などのサービスはあるものの、100株という売買単位は、少額投資家も含めた裾野拡大を追求する際の一つの障壁になっている。
  4. 日本の売買単位を1株に引き下げることができれば、少額投資の選択肢の拡大に繋がる。また、それにより米国のような証券取引サービスの向上やイノベーションの創出を後押しできれば、日本の積年の課題である「貯蓄から投資」の促進、さらには日本の株式市場の活性化と競争力の向上に繋がるのではないか、と考えられる。
銀行規制再論
−将来に向けた銀行システムの安定のための論点−
小立 敬
  1. グローバル金融危機以降、G20の枠組みの下で危機の再発防止を図る国際的な金融規制改革が行われ、日本では、バーゼルIIIを始めとする銀行のプルーデンス規制の強化が行われてきた。金融危機から10年に亘る金融規制改革もようやく完成しつつあり、現在は、自己資本比率のリスク・アセット計測方法の見直し、いわゆるバーゼルIII最終化を残すだけとなっている。
  2. 日本の銀行業界は、マイナス金利政策を始めとする長期間に及ぶ金融緩和政策に加えて、潜在成長力の低下や人口減少といった日本経済の構造問題の影響から、将来の展望について厳しい見方がされつつある。さらに、フィンテックやデジタライゼーションへの対応も含めて、新たなビジネス・モデルの構築に向けた課題も投げかけられている。日本の銀行業界を取り巻く経済・社会環境が大きく変わりゆく中にあって、将来に亘って銀行システムの安定を確保するという観点から、銀行のプルーデンス規制の枠組みを再点検する作業も求められよう。
  3. 金融危機後に国際的にまたは海外で議論されてきた論点や実際に講じられた措置を踏まえながら、(1)自己資本比率(国内基準)のあり方、(2)バーゼルIIIのカウンターシクリカル・バッファー(CCyB)の運用、(3)ゴーンコンサーン・ベースの損失吸収力に関する措置、(4)銀行のリスク・プロファイルに応じたプルーデンス規制の枠組みをテーマに取り上げて、将来に向けて日本の銀行システムの安定を確保するという観点から銀行のプルーデンス規制の論点を改めて整理し、新たな課題の提供を試みる。
  4. 現在、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響から、日本の経済・社会は過去に経験したことのない、リーマン・ショックをも上回るとされる危機に直面しているが、本稿は、現在の極めて困難な経済・社会環境をある程度克服することを前提として、より長期的な視点で考察を行うものであることを付言させていただきたい。
高齢社会の中での地域金融機関
−高齢顧客向けサービスへの示唆−
宮本 佐知子
  1. 日本の高齢化は急速に進展している。国立社会保障・人口問題研究所の推計によると、2040年には高齢世帯数は2,242万世帯、一般世帯総数に占める割合は44%になる。それに伴い、高齢単独世帯数や高齢世帯に占める単独世帯割合も増加していく。
  2. 高齢化の状況を地域別に見ると、このような動きが日本全体よりも早く顕在化する地域も多い。また、高齢世帯はどの地域においても、金融資産を多く保有している。そのため、地域金融機関にとって、高齢顧客への対応は急務になっている。
  3. しかし、高齢顧客の急増は、地域金融機関にとっても初めて直面する課題であり、その対応は試行錯誤が続けられている。そこで本稿では、米英の金融機関による高齢顧客への取り組みについて、顧客の関心が高いと見られ、日本の地域金融機関に参考になりそうなものを紹介したい。
  4. これらの取り組みには、新たな手数料収入を期待できるものもある一方で、直接的には収入につながりづらい「公益的な取り組み」となるものも多い。顧客の信頼を得ることにつながる地域貢献の観点を重視しながら、高齢顧客への取り組みを「収益的な取り組み」につなげることは、営利企業である地域金融機関にとっては重要な課題である。「公益的な取り組み」と「収益的な取り組み」を両立させる金融商品サービスを顧客本位の目線で工夫していくことが、地域金融機関には求められているのではないか。
中国における投資一任サービスの現状と発展の可能性 宋 良也
  1. 欧米・日本などの先進国で普及している投資一任(投資顧問)サービスへのニーズは、富裕層の規模が拡大する中国においても高まってきている。ウェルスマネジメントへの転換が迫られる証券会社にとって、新たな事業機会としての投資一任サービス導入の必要性が大きい。
  2. 一方で、中国には投資一任関連の法制度の未整備や、海外資本規制による運用対象資産の分散の制約などの問題が存在する。従来、証券会社と基金管理会社は各自の資産管理プランで投資一任の類似の金融商品を提供してきたが、いずれも銀行理財商品の受け皿となってしまい、投資家のリスク許容度に合わせたポートフォリオの変更ができないことから、本格的な投資一任サービスとは言い難い。
  3. 投資一任サービスに係る規制改革の試みは、2019年10月の公募ファンドを対象とした投資顧問業務テストから本格的に始まった。同テストに参加する金融機関は、顧客のリスク許容度に合わせたポートフォリオ戦略に基づき、顧客の代わりに公募ファンドの売買・スイッチングなどの取引行為を実行することが可能である。
  4. 公募ファンドを対象とした投資一任サービスのテストには、今後エクイティ運用が強みである証券会社の参加も考えられよう。また、ネット大手が自社の金融プラットフォームを通じて、ロボアドバイザーによる公募ファンド投資一任サービスを一般投資家向けに提供する可能性が高い。規制強化された銀行理財商品からの資金流出が見込まれる中、中国における投資一任サービスがどのように展開していくのかが注目される。
中国における従業員持株制度の拡大 塩島 晋
  1. 近年、中国において従業員持株会を導入する上場会社が増加している。その背景としては、中国政府が国家の成長及び資本市場の持続的発展、企業の内部管理構造の改善等を促進するために、従業員持株会に係る制度を整備してきたことがある。
  2. 中国の従業員持株会では、上場会社(委託人)が証券会社等の資産管理機関(管理人)に従業員持株会の運営管理を委託する。また、運用期間は2〜10年等に設定されており、満期を迎えると自動的に終了する点が、日本の従業員持株会との違いとなっている。
  3. 中国では、2020年1月7日時点で、中堅・大手の企業を中心に、656社の上場会社が従業員持株会を実施している。例えば、上場会社で初めて従業員持株会を導入した中国平安保険は、ストックオプション類似の制度と、退職まで保有できる日本に類似した制度を導入している。
  4. 中国における従業員持株制度の充実・普及が、離職率の低下を通じた企業経営の安定化に加え、労働者の資産形成支援、さらには中国資本市場の参加者のすそ野の拡大につながっていくのか、今後の動向が注目されよう。
時流 コロナウイルスのパンデミックの教訓
−いま、BCPを見直せば、まだ間に合う国難災害−
関西大学特別任命教授・社会安全研究センター長 河田 惠昭

首都直下地震などの国難災害に備えて、特に現代都市社会の各種ネットワークの被害軽減対策を、現在グローバルに進行中のパンデミック対策に重ねて、4つの視点から論じた。1つ目は、パンデミックは人流、物流ネットワーク上を新型コロナウイルスが拡散するが、国難災害ではさらに金融や情報ネットワーク被害も加わり、複合災害と連滝災害となるため、これらを抑制すること、2つ目は、事業継続計画(BCP)の有効性は、平常時の企業経営と密接に関係していること、3つ目は、特に金融システムは地震時の停電や水害時の長期湛水によって大きく被災し、長期化する危険があること、および4つ目は、デジタル変革(DX)も災害に弱く、リダンダンシーを高める、すなわち予備手段を準備する必要があることを示した。

新型コロナウイルスの感染拡大で試練を迎えた中国経済 関 志雄
  1. 中国では、2020年に入ってから、新型コロナウイルス感染症が猛威を振るっている。その経済への影響は2003年のSARSの時より遥かに深刻である。経済成長率は、第1四半期には-6.8%と、マイナスに転じ、年末にかけて景気が回復に向かったとしても、年間では、2019年の実績(6.1%)を大きく下回ることが避けられない。
  2. 多くの企業は、業務の停止と再開の遅れを受けて、収入が大幅に減る一方で、賃金、金利、家賃などの固定費用を負担しなければならず、資金繰りが悪化している。その結果、企業の倒産が増え、失業と不良債権の問題が深刻化している。このような事態を回避するために、政府はダメージを受けた企業を対象に、財政面では時限減税、金融面では政策融資の拡大を中心とする支援策を打ち出している。大型景気対策を求める声が高まっているが、その余地は限られていると見られる。
  3. 中国から始まった新型コロナウイルス感染症は、その後、海外へと広がっている。米国、イタリア、スペインなど、それによる死者数が中国を大きく上回る国が続出した。各国は、都市のロックダウンなど、厳しい対策を取る一方で、相次いで史上最大規模の景気対策を打ち出しているが、成長の大幅な落ち込みが避けられないと見られる。海外市場の低迷は、すでに米中貿易摩擦を受けて鮮明になっている中国における輸出の減速に拍車をかけるだろう。このような内外環境の悪化を受けて、中国経済は、大きな試練を迎えている。
中国での新型コロナウイルス感染拡大に伴う金融面での危機対応策 関根 栄一
  1. 中国の2020年1〜2月の経済指標は、消費の前年同期比20.5%減に代表される通り、新型コロナウイルスの感染拡大防止策の影響を受け、過去に統計を遡れる範囲で大きく悪化した。中国国内で、最初に同ウイルスによる集団感染が発生した湖北省武漢市では、感染拡大を防ぐため、同年1月23日、武漢市の都市封鎖(ロックダウン)が行われた。
  2. 続いて、2020年1月24日の春節休暇期間からは、中国全土での人の移動・行動の制限等の公衆衛生上の措置が講じられた。春節休暇期間明けには、サービス業・製造業の業績悪化や家計の所得減少が予想され、また金融市場での混乱防止の必要性もあったため、2月1日、金融当局は、金融面での危機対応策を打ち出した。
  3. 対応策は、(1)金融市場や銀行貸出を通じた流動性支援、(2)個人の日常的な金融サービスの保障、(3)金融の基盤インフラ運営の確保、(4)外為・越境人民元取引の支援、(5)実施体制の確立、の五分野からなり、特別貸出枠の設定や、金融機関への行政指導が実施されている。
  4. 危機対応策の実績を見ると、2月の企業や家計向けの人民元貸出(フロー)は、春節という季節的かつ休暇期間の延長という要因もあり十分に実行されているとは言えない。また、家計向けの人民元建て短期貸出残高は、1月末に比べむしろ減少している。金融機関への行政指導は、政府が救済したい部門に、直接、資金を融通できる一方、金融仲介の歪みをもたらすリスクや、企業債務残高の増加に歯止めがかからないリスクもある。
  5. 武漢市の都市封鎖は4月8日に解除されたが、感染拡大期間中、新たにロボット配送や遠隔医療などの非接触・非対面型の取引形態が進展している。中小企業向け貿易金融へのブロックチェーン活用の実験拡大など金融取引での新たな動きもある。新型コロナウイルスの感染が長期化する中で、経済・社会のデジタル化に向けた変化の芽にも注目していく必要があろう。
新型コロナウイルスの感染拡大に揺れ動く欧州金融市場
−金融関連の政策対応と経済対策の財源問題−
磯部 昌吾
  1. 欧州では、新型コロナウイルスが猛威を振るう中で、金融市場への影響が急速に拡大している。各国の中央銀行や規制当局は、金融市場や金融機関が実体経済を支える機能を維持できるよう、異例の金融政策や金融規制の柔軟化措置等を相次いで打ち出している。
  2. 加えて、今後は、大規模な財政政策(経済対策)が必要となってくるが、税収の低下も予想されることから、支出と収入の両面から財政赤字が大きく拡大する可能性がある。このため、欧州各国が安定的に必要な財源を調達できるかは、今後の経済対策の成否にとって重要な要素といえる。
  3. イタリアやスペイン、フランスなどは欧州の共通債務証券(コロナ債)を発行し、その資金を新型コロナウイルス対応に利用することを提案しているが、ドイツやオランダなどは反対している。現状は欧州中央銀行(ECB)の債券買入政策が功を奏しているが、早期に打開策を見出すことが期待されている。
  4. 欧州の銀行では、貸出先の業績や資金繰りが悪化することで、再び不良債権が増加する懸念が生じている。欧州ソブリン危機以降、一部の国の銀行では自国政府債の保有が増加しているため、経済対策の実施に向けた安定的な財源調達は、銀行システムの安定性という観点からも重要な課題となっている。
  5. 今後は経済活動の停滞が長引くほど、企業と消費者の双方においてその間を凌ぐための資金需要が増え、必要な経済対策の規模も拡大していく。そうなれば、資金超過への対応が課題であった欧州金融市場において多くの資金需要が生まれることも考えられる。事態の終息を見通せない状況ではリスクが高い面は否めないが、過去の危機を踏まえてリスク耐性を高めてきた金融市場・金融機関が、欧州経済の立て直しにどのように貢献できるのか正念場に差し掛かろうとしている。
ステーブルコインと中央銀行デジタル通貨を巡って 淵田 康之
  1. リブラのようなグローバル・ステーブルコインの導入は様々なリスクをもたらしうるが、既成秩序への影響が大きいというだけの理由で、これを拒絶することは建設的ではない。既存のマネーのあり方自体が、時代のニーズに応えられなくなりつつあるからこそ、リブラのような構想が浮上するという現実があるからである。
  2. 既存の「口座型」のデジタルマネーを進化させるという選択肢もあるが、グローバル・ステーブルコインは、第三世代のデジタルマネーという新たな選択肢の存在を示している。
  3. Big Techのプラットフォーマーが、第三世代のデジタルマネーを採用すれば、法定通貨の地位が揺らぐ事態も生じかねない。そこで、各国の中央銀行が第三世代型の中央銀行デジタル通貨(CBDC)を発行し、国際送金にも応用する仕組みを構築していくことが考えられる。
  4. すなわち、今、問われているのは、グローバル・ステーブルコインやCBDCそのものの是非もさることながら、第三世代のデジタルマネーの供給を誰が主導すべきか、という点なのである。
  5. CBDC導入により、システミックリスクの軽減や金融政策の有効性向上も期待される。さらに、昨今のような緊急時における、国民への迅速かつ直接的な金銭的支援も円滑に実行可能となる。
  6. わが国の場合、諸外国に比べた決済サービスの立ち遅れが、今後より顕著となっていく可能性がある。多額の預金を抱えた銀行の運用難、金融政策の有効性低下などの問題も踏まえると、わが国は、世界で最も第三世代型のCBDCの導入が求められている国といって良いかもしれない。
金融サービスを拡大するスーパーアプリのゴジェックとグラブ 武井 悠輔北野 陽平
  1. 東南アジア域内では近年、大手配車アプリ運営企業が「スーパーアプリ」運営企業へと変貌を遂げるとともに、金融サービス事業を拡大し始めている。こうしたスーパーアプリの代表企業として、インドネシアを本拠とするゴジェックとシンガポールを本拠とするグラブが挙げられる。両社は、フードデリバリーやホテル予約等へ事業領域を拡大する中、電子決済サービスを拡充するとともに、他の金融サービスの提供を開始してきた。
  2. ゴジェックとグラブは、例えばフードデリバリーにおいて決済サービスを提供する中で、加盟店であるレストランや屋台を運営する零細・中小企業の膨大な決済データ等を蓄積することにより、既存の金融機関とは異なる独自の信用評価モデルを構築し、融資業を提供している。また、両社は、運転手や乗客向けの自動車保険で保険事業を開始したが、近年ではアプリ利用者向けに安価な海外旅行保険を提供する等、保険商品の拡充を図っている。さらに、ゴジェックはアプリ利用者等向けに投資商品や資産運用サービスを低コストで提供しており、グラブも今後提供を開始する予定である。
  3. ゴジェックとグラブは、提供するサービスの拡充に伴い、運転手、加盟店、アプリ利用者を含む顧客基盤を大幅に拡大してきた。ゴジェックのアプリのダウンロード数は2020年1月初旬時点で1.3億回、グラブのアプリのダウンロード数は2019年10月時点で1.66億回に達した。
  4. 東南アジア域内では、金融サービスに十分にアクセスできていない個人や零細・中小企業が数多くいる。そうした中、ゴジェックとグラブが巨大な顧客基盤を生かして、中長期的に既存の金融機関を補完する重要な役割を担うことで、金融包摂の促進や金融サービスの大衆化の一翼を担う存在になるか、注目されよう。
上場株式の売買単位と個人向け証券取引のイノベーション 岡田 功太片寄 直紀
  1. 米国の証券取引所では、100株を取引単位とする単位株制度がありつつも、上場株式及び上場投資信託(ETF)を1株から発注できる。ニューヨーク証券取引所の全取引に占める単位未満株取引の割合は約45%に達しており、少額取引の割合は増加傾向にある。更に、米国では、1株に満たない端株取引サービスを提供する金融機関も数多く存在し、創造的なサービス提供を行っている。
  2. 例えば、フォリオ・ファイナンシャルは、投資家自身が投資対象及び配分を設定可能な「フォリオ」というバスケット取引サービスを提供し、モチーフ・インベスティングは、0.0001株単位でウェイト調整が可能なインデックス投資サービスを行っている。ストックパイルは、「○株を○ドル分」と記載されたギフトカード提供のサービスを展開している。これらのサービスは、全て端株の取引を基盤としている。
  3. 他方、日本では、上場株式の売買単位は、単元株である100株に統一されているため、単元未満株や端株取引サービスは普及していない。例えば3万円の値が付いている上場株式を購入するには1単元分の300万円の資金が必要であり、このような銘柄は決して珍しくはない。累積投資などのサービスはあるものの、100株という売買単位は、少額投資家も含めた裾野拡大を追求する際の一つの障壁になっている。
  4. 日本の売買単位を1株に引き下げることができれば、少額投資の選択肢の拡大に繋がる。また、それにより米国のような証券取引サービスの向上やイノベーションの創出を後押しできれば、日本の積年の課題である「貯蓄から投資」の促進、さらには日本の株式市場の活性化と競争力の向上に繋がるのではないか、と考えられる。
銀行規制再論
−将来に向けた銀行システムの安定のための論点−
小立 敬
  1. グローバル金融危機以降、G20の枠組みの下で危機の再発防止を図る国際的な金融規制改革が行われ、日本では、バーゼルIIIを始めとする銀行のプルーデンス規制の強化が行われてきた。金融危機から10年に亘る金融規制改革もようやく完成しつつあり、現在は、自己資本比率のリスク・アセット計測方法の見直し、いわゆるバーゼルIII最終化を残すだけとなっている。
  2. 日本の銀行業界は、マイナス金利政策を始めとする長期間に及ぶ金融緩和政策に加えて、潜在成長力の低下や人口減少といった日本経済の構造問題の影響から、将来の展望について厳しい見方がされつつある。さらに、フィンテックやデジタライゼーションへの対応も含めて、新たなビジネス・モデルの構築に向けた課題も投げかけられている。日本の銀行業界を取り巻く経済・社会環境が大きく変わりゆく中にあって、将来に亘って銀行システムの安定を確保するという観点から、銀行のプルーデンス規制の枠組みを再点検する作業も求められよう。
  3. 金融危機後に国際的にまたは海外で議論されてきた論点や実際に講じられた措置を踏まえながら、(1)自己資本比率(国内基準)のあり方、(2)バーゼルIIIのカウンターシクリカル・バッファー(CCyB)の運用、(3)ゴーンコンサーン・ベースの損失吸収力に関する措置、(4)銀行のリスク・プロファイルに応じたプルーデンス規制の枠組みをテーマに取り上げて、将来に向けて日本の銀行システムの安定を確保するという観点から銀行のプルーデンス規制の論点を改めて整理し、新たな課題の提供を試みる。
  4. 現在、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響から、日本の経済・社会は過去に経験したことのない、リーマン・ショックをも上回るとされる危機に直面しているが、本稿は、現在の極めて困難な経済・社会環境をある程度克服することを前提として、より長期的な視点で考察を行うものであることを付言させていただきたい。
高齢社会の中での地域金融機関
−高齢顧客向けサービスへの示唆−
宮本 佐知子
  1. 日本の高齢化は急速に進展している。国立社会保障・人口問題研究所の推計によると、2040年には高齢世帯数は2,242万世帯、一般世帯総数に占める割合は44%になる。それに伴い、高齢単独世帯数や高齢世帯に占める単独世帯割合も増加していく。
  2. 高齢化の状況を地域別に見ると、このような動きが日本全体よりも早く顕在化する地域も多い。また、高齢世帯はどの地域においても、金融資産を多く保有している。そのため、地域金融機関にとって、高齢顧客への対応は急務になっている。
  3. しかし、高齢顧客の急増は、地域金融機関にとっても初めて直面する課題であり、その対応は試行錯誤が続けられている。そこで本稿では、米英の金融機関による高齢顧客への取り組みについて、顧客の関心が高いと見られ、日本の地域金融機関に参考になりそうなものを紹介したい。
  4. これらの取り組みには、新たな手数料収入を期待できるものもある一方で、直接的には収入につながりづらい「公益的な取り組み」となるものも多い。顧客の信頼を得ることにつながる地域貢献の観点を重視しながら、高齢顧客への取り組みを「収益的な取り組み」につなげることは、営利企業である地域金融機関にとっては重要な課題である。「公益的な取り組み」と「収益的な取り組み」を両立させる金融商品サービスを顧客本位の目線で工夫していくことが、地域金融機関には求められているのではないか。
中国における投資一任サービスの現状と発展の可能性 宋 良也
  1. 欧米・日本などの先進国で普及している投資一任(投資顧問)サービスへのニーズは、富裕層の規模が拡大する中国においても高まってきている。ウェルスマネジメントへの転換が迫られる証券会社にとって、新たな事業機会としての投資一任サービス導入の必要性が大きい。
  2. 一方で、中国には投資一任関連の法制度の未整備や、海外資本規制による運用対象資産の分散の制約などの問題が存在する。従来、証券会社と基金管理会社は各自の資産管理プランで投資一任の類似の金融商品を提供してきたが、いずれも銀行理財商品の受け皿となってしまい、投資家のリスク許容度に合わせたポートフォリオの変更ができないことから、本格的な投資一任サービスとは言い難い。
  3. 投資一任サービスに係る規制改革の試みは、2019年10月の公募ファンドを対象とした投資顧問業務テストから本格的に始まった。同テストに参加する金融機関は、顧客のリスク許容度に合わせたポートフォリオ戦略に基づき、顧客の代わりに公募ファンドの売買・スイッチングなどの取引行為を実行することが可能である。
  4. 公募ファンドを対象とした投資一任サービスのテストには、今後エクイティ運用が強みである証券会社の参加も考えられよう。また、ネット大手が自社の金融プラットフォームを通じて、ロボアドバイザーによる公募ファンド投資一任サービスを一般投資家向けに提供する可能性が高い。規制強化された銀行理財商品からの資金流出が見込まれる中、中国における投資一任サービスがどのように展開していくのかが注目される。
中国における従業員持株制度の拡大 塩島 晋
  1. 近年、中国において従業員持株会を導入する上場会社が増加している。その背景としては、中国政府が国家の成長及び資本市場の持続的発展、企業の内部管理構造の改善等を促進するために、従業員持株会に係る制度を整備してきたことがある。
  2. 中国の従業員持株会では、上場会社(委託人)が証券会社等の資産管理機関(管理人)に従業員持株会の運営管理を委託する。また、運用期間は2〜10年等に設定されており、満期を迎えると自動的に終了する点が、日本の従業員持株会との違いとなっている。
  3. 中国では、2020年1月7日時点で、中堅・大手の企業を中心に、656社の上場会社が従業員持株会を実施している。例えば、上場会社で初めて従業員持株会を導入した中国平安保険は、ストックオプション類似の制度と、退職まで保有できる日本に類似した制度を導入している。
  4. 中国における従業員持株制度の充実・普及が、離職率の低下を通じた企業経営の安定化に加え、労働者の資産形成支援、さらには中国資本市場の参加者のすそ野の拡大につながっていくのか、今後の動向が注目されよう。
要約
時流 コロナウイルスのパンデミックの教訓
−いま、BCPを見直せば、まだ間に合う国難災害−
関西大学特別任命教授・社会安全研究センター長 河田 惠昭

首都直下地震などの国難災害に備えて、特に現代都市社会の各種ネットワークの被害軽減対策を、現在グローバルに進行中のパンデミック対策に重ねて、4つの視点から論じた。1つ目は、パンデミックは人流、物流ネットワーク上を新型コロナウイルスが拡散するが、国難災害ではさらに金融や情報ネットワーク被害も加わり、複合災害と連滝災害となるため、これらを抑制すること、2つ目は、事業継続計画(BCP)の有効性は、平常時の企業経営と密接に関係していること、3つ目は、特に金融システムは地震時の停電や水害時の長期湛水によって大きく被災し、長期化する危険があること、および4つ目は、デジタル変革(DX)も災害に弱く、リダンダンシーを高める、すなわち予備手段を準備する必要があることを示した。

新型コロナウイルスの感染拡大で試練を迎えた中国経済 関 志雄
  1. 中国では、2020年に入ってから、新型コロナウイルス感染症が猛威を振るっている。その経済への影響は2003年のSARSの時より遥かに深刻である。経済成長率は、第1四半期には-6.8%と、マイナスに転じ、年末にかけて景気が回復に向かったとしても、年間では、2019年の実績(6.1%)を大きく下回ることが避けられない。
  2. 多くの企業は、業務の停止と再開の遅れを受けて、収入が大幅に減る一方で、賃金、金利、家賃などの固定費用を負担しなければならず、資金繰りが悪化している。その結果、企業の倒産が増え、失業と不良債権の問題が深刻化している。このような事態を回避するために、政府はダメージを受けた企業を対象に、財政面では時限減税、金融面では政策融資の拡大を中心とする支援策を打ち出している。大型景気対策を求める声が高まっているが、その余地は限られていると見られる。
  3. 中国から始まった新型コロナウイルス感染症は、その後、海外へと広がっている。米国、イタリア、スペインなど、それによる死者数が中国を大きく上回る国が続出した。各国は、都市のロックダウンなど、厳しい対策を取る一方で、相次いで史上最大規模の景気対策を打ち出しているが、成長の大幅な落ち込みが避けられないと見られる。海外市場の低迷は、すでに米中貿易摩擦を受けて鮮明になっている中国における輸出の減速に拍車をかけるだろう。このような内外環境の悪化を受けて、中国経済は、大きな試練を迎えている。
中国での新型コロナウイルス感染拡大に伴う金融面での危機対応策 関根 栄一
  1. 中国の2020年1〜2月の経済指標は、消費の前年同期比20.5%減に代表される通り、新型コロナウイルスの感染拡大防止策の影響を受け、過去に統計を遡れる範囲で大きく悪化した。中国国内で、最初に同ウイルスによる集団感染が発生した湖北省武漢市では、感染拡大を防ぐため、同年1月23日、武漢市の都市封鎖(ロックダウン)が行われた。
  2. 続いて、2020年1月24日の春節休暇期間からは、中国全土での人の移動・行動の制限等の公衆衛生上の措置が講じられた。春節休暇期間明けには、サービス業・製造業の業績悪化や家計の所得減少が予想され、また金融市場での混乱防止の必要性もあったため、2月1日、金融当局は、金融面での危機対応策を打ち出した。
  3. 対応策は、(1)金融市場や銀行貸出を通じた流動性支援、(2)個人の日常的な金融サービスの保障、(3)金融の基盤インフラ運営の確保、(4)外為・越境人民元取引の支援、(5)実施体制の確立、の五分野からなり、特別貸出枠の設定や、金融機関への行政指導が実施されている。
  4. 危機対応策の実績を見ると、2月の企業や家計向けの人民元貸出(フロー)は、春節という季節的かつ休暇期間の延長という要因もあり十分に実行されているとは言えない。また、家計向けの人民元建て短期貸出残高は、1月末に比べむしろ減少している。金融機関への行政指導は、政府が救済したい部門に、直接、資金を融通できる一方、金融仲介の歪みをもたらすリスクや、企業債務残高の増加に歯止めがかからないリスクもある。
  5. 武漢市の都市封鎖は4月8日に解除されたが、感染拡大期間中、新たにロボット配送や遠隔医療などの非接触・非対面型の取引形態が進展している。中小企業向け貿易金融へのブロックチェーン活用の実験拡大など金融取引での新たな動きもある。新型コロナウイルスの感染が長期化する中で、経済・社会のデジタル化に向けた変化の芽にも注目していく必要があろう。
新型コロナウイルスの感染拡大に揺れ動く欧州金融市場
−金融関連の政策対応と経済対策の財源問題−
磯部 昌吾
  1. 欧州では、新型コロナウイルスが猛威を振るう中で、金融市場への影響が急速に拡大している。各国の中央銀行や規制当局は、金融市場や金融機関が実体経済を支える機能を維持できるよう、異例の金融政策や金融規制の柔軟化措置等を相次いで打ち出している。
  2. 加えて、今後は、大規模な財政政策(経済対策)が必要となってくるが、税収の低下も予想されることから、支出と収入の両面から財政赤字が大きく拡大する可能性がある。このため、欧州各国が安定的に必要な財源を調達できるかは、今後の経済対策の成否にとって重要な要素といえる。
  3. イタリアやスペイン、フランスなどは欧州の共通債務証券(コロナ債)を発行し、その資金を新型コロナウイルス対応に利用することを提案しているが、ドイツやオランダなどは反対している。現状は欧州中央銀行(ECB)の債券買入政策が功を奏しているが、早期に打開策を見出すことが期待されている。
  4. 欧州の銀行では、貸出先の業績や資金繰りが悪化することで、再び不良債権が増加する懸念が生じている。欧州ソブリン危機以降、一部の国の銀行では自国政府債の保有が増加しているため、経済対策の実施に向けた安定的な財源調達は、銀行システムの安定性という観点からも重要な課題となっている。
  5. 今後は経済活動の停滞が長引くほど、企業と消費者の双方においてその間を凌ぐための資金需要が増え、必要な経済対策の規模も拡大していく。そうなれば、資金超過への対応が課題であった欧州金融市場において多くの資金需要が生まれることも考えられる。事態の終息を見通せない状況ではリスクが高い面は否めないが、過去の危機を踏まえてリスク耐性を高めてきた金融市場・金融機関が、欧州経済の立て直しにどのように貢献できるのか正念場に差し掛かろうとしている。
ステーブルコインと中央銀行デジタル通貨を巡って 淵田 康之
  1. リブラのようなグローバル・ステーブルコインの導入は様々なリスクをもたらしうるが、既成秩序への影響が大きいというだけの理由で、これを拒絶することは建設的ではない。既存のマネーのあり方自体が、時代のニーズに応えられなくなりつつあるからこそ、リブラのような構想が浮上するという現実があるからである。
  2. 既存の「口座型」のデジタルマネーを進化させるという選択肢もあるが、グローバル・ステーブルコインは、第三世代のデジタルマネーという新たな選択肢の存在を示している。
  3. Big Techのプラットフォーマーが、第三世代のデジタルマネーを採用すれば、法定通貨の地位が揺らぐ事態も生じかねない。そこで、各国の中央銀行が第三世代型の中央銀行デジタル通貨(CBDC)を発行し、国際送金にも応用する仕組みを構築していくことが考えられる。
  4. すなわち、今、問われているのは、グローバル・ステーブルコインやCBDCそのものの是非もさることながら、第三世代のデジタルマネーの供給を誰が主導すべきか、という点なのである。
  5. CBDC導入により、システミックリスクの軽減や金融政策の有効性向上も期待される。さらに、昨今のような緊急時における、国民への迅速かつ直接的な金銭的支援も円滑に実行可能となる。
  6. わが国の場合、諸外国に比べた決済サービスの立ち遅れが、今後より顕著となっていく可能性がある。多額の預金を抱えた銀行の運用難、金融政策の有効性低下などの問題も踏まえると、わが国は、世界で最も第三世代型のCBDCの導入が求められている国といって良いかもしれない。
金融サービスを拡大するスーパーアプリのゴジェックとグラブ 武井 悠輔北野 陽平
  1. 東南アジア域内では近年、大手配車アプリ運営企業が「スーパーアプリ」運営企業へと変貌を遂げるとともに、金融サービス事業を拡大し始めている。こうしたスーパーアプリの代表企業として、インドネシアを本拠とするゴジェックとシンガポールを本拠とするグラブが挙げられる。両社は、フードデリバリーやホテル予約等へ事業領域を拡大する中、電子決済サービスを拡充するとともに、他の金融サービスの提供を開始してきた。
  2. ゴジェックとグラブは、例えばフードデリバリーにおいて決済サービスを提供する中で、加盟店であるレストランや屋台を運営する零細・中小企業の膨大な決済データ等を蓄積することにより、既存の金融機関とは異なる独自の信用評価モデルを構築し、融資業を提供している。また、両社は、運転手や乗客向けの自動車保険で保険事業を開始したが、近年ではアプリ利用者向けに安価な海外旅行保険を提供する等、保険商品の拡充を図っている。さらに、ゴジェックはアプリ利用者等向けに投資商品や資産運用サービスを低コストで提供しており、グラブも今後提供を開始する予定である。
  3. ゴジェックとグラブは、提供するサービスの拡充に伴い、運転手、加盟店、アプリ利用者を含む顧客基盤を大幅に拡大してきた。ゴジェックのアプリのダウンロード数は2020年1月初旬時点で1.3億回、グラブのアプリのダウンロード数は2019年10月時点で1.66億回に達した。
  4. 東南アジア域内では、金融サービスに十分にアクセスできていない個人や零細・中小企業が数多くいる。そうした中、ゴジェックとグラブが巨大な顧客基盤を生かして、中長期的に既存の金融機関を補完する重要な役割を担うことで、金融包摂の促進や金融サービスの大衆化の一翼を担う存在になるか、注目されよう。
上場株式の売買単位と個人向け証券取引のイノベーション 岡田 功太片寄 直紀
  1. 米国の証券取引所では、100株を取引単位とする単位株制度がありつつも、上場株式及び上場投資信託(ETF)を1株から発注できる。ニューヨーク証券取引所の全取引に占める単位未満株取引の割合は約45%に達しており、少額取引の割合は増加傾向にある。更に、米国では、1株に満たない端株取引サービスを提供する金融機関も数多く存在し、創造的なサービス提供を行っている。
  2. 例えば、フォリオ・ファイナンシャルは、投資家自身が投資対象及び配分を設定可能な「フォリオ」というバスケット取引サービスを提供し、モチーフ・インベスティングは、0.0001株単位でウェイト調整が可能なインデックス投資サービスを行っている。ストックパイルは、「○株を○ドル分」と記載されたギフトカード提供のサービスを展開している。これらのサービスは、全て端株の取引を基盤としている。
  3. 他方、日本では、上場株式の売買単位は、単元株である100株に統一されているため、単元未満株や端株取引サービスは普及していない。例えば3万円の値が付いている上場株式を購入するには1単元分の300万円の資金が必要であり、このような銘柄は決して珍しくはない。累積投資などのサービスはあるものの、100株という売買単位は、少額投資家も含めた裾野拡大を追求する際の一つの障壁になっている。
  4. 日本の売買単位を1株に引き下げることができれば、少額投資の選択肢の拡大に繋がる。また、それにより米国のような証券取引サービスの向上やイノベーションの創出を後押しできれば、日本の積年の課題である「貯蓄から投資」の促進、さらには日本の株式市場の活性化と競争力の向上に繋がるのではないか、と考えられる。
銀行規制再論
−将来に向けた銀行システムの安定のための論点−
小立 敬
  1. グローバル金融危機以降、G20の枠組みの下で危機の再発防止を図る国際的な金融規制改革が行われ、日本では、バーゼルIIIを始めとする銀行のプルーデンス規制の強化が行われてきた。金融危機から10年に亘る金融規制改革もようやく完成しつつあり、現在は、自己資本比率のリスク・アセット計測方法の見直し、いわゆるバーゼルIII最終化を残すだけとなっている。
  2. 日本の銀行業界は、マイナス金利政策を始めとする長期間に及ぶ金融緩和政策に加えて、潜在成長力の低下や人口減少といった日本経済の構造問題の影響から、将来の展望について厳しい見方がされつつある。さらに、フィンテックやデジタライゼーションへの対応も含めて、新たなビジネス・モデルの構築に向けた課題も投げかけられている。日本の銀行業界を取り巻く経済・社会環境が大きく変わりゆく中にあって、将来に亘って銀行システムの安定を確保するという観点から、銀行のプルーデンス規制の枠組みを再点検する作業も求められよう。
  3. 金融危機後に国際的にまたは海外で議論されてきた論点や実際に講じられた措置を踏まえながら、(1)自己資本比率(国内基準)のあり方、(2)バーゼルIIIのカウンターシクリカル・バッファー(CCyB)の運用、(3)ゴーンコンサーン・ベースの損失吸収力に関する措置、(4)銀行のリスク・プロファイルに応じたプルーデンス規制の枠組みをテーマに取り上げて、将来に向けて日本の銀行システムの安定を確保するという観点から銀行のプルーデンス規制の論点を改めて整理し、新たな課題の提供を試みる。
  4. 現在、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響から、日本の経済・社会は過去に経験したことのない、リーマン・ショックをも上回るとされる危機に直面しているが、本稿は、現在の極めて困難な経済・社会環境をある程度克服することを前提として、より長期的な視点で考察を行うものであることを付言させていただきたい。
高齢社会の中での地域金融機関
−高齢顧客向けサービスへの示唆−
宮本 佐知子
  1. 日本の高齢化は急速に進展している。国立社会保障・人口問題研究所の推計によると、2040年には高齢世帯数は2,242万世帯、一般世帯総数に占める割合は44%になる。それに伴い、高齢単独世帯数や高齢世帯に占める単独世帯割合も増加していく。
  2. 高齢化の状況を地域別に見ると、このような動きが日本全体よりも早く顕在化する地域も多い。また、高齢世帯はどの地域においても、金融資産を多く保有している。そのため、地域金融機関にとって、高齢顧客への対応は急務になっている。
  3. しかし、高齢顧客の急増は、地域金融機関にとっても初めて直面する課題であり、その対応は試行錯誤が続けられている。そこで本稿では、米英の金融機関による高齢顧客への取り組みについて、顧客の関心が高いと見られ、日本の地域金融機関に参考になりそうなものを紹介したい。
  4. これらの取り組みには、新たな手数料収入を期待できるものもある一方で、直接的には収入につながりづらい「公益的な取り組み」となるものも多い。顧客の信頼を得ることにつながる地域貢献の観点を重視しながら、高齢顧客への取り組みを「収益的な取り組み」につなげることは、営利企業である地域金融機関にとっては重要な課題である。「公益的な取り組み」と「収益的な取り組み」を両立させる金融商品サービスを顧客本位の目線で工夫していくことが、地域金融機関には求められているのではないか。
中国における投資一任サービスの現状と発展の可能性 宋 良也
  1. 欧米・日本などの先進国で普及している投資一任(投資顧問)サービスへのニーズは、富裕層の規模が拡大する中国においても高まってきている。ウェルスマネジメントへの転換が迫られる証券会社にとって、新たな事業機会としての投資一任サービス導入の必要性が大きい。
  2. 一方で、中国には投資一任関連の法制度の未整備や、海外資本規制による運用対象資産の分散の制約などの問題が存在する。従来、証券会社と基金管理会社は各自の資産管理プランで投資一任の類似の金融商品を提供してきたが、いずれも銀行理財商品の受け皿となってしまい、投資家のリスク許容度に合わせたポートフォリオの変更ができないことから、本格的な投資一任サービスとは言い難い。
  3. 投資一任サービスに係る規制改革の試みは、2019年10月の公募ファンドを対象とした投資顧問業務テストから本格的に始まった。同テストに参加する金融機関は、顧客のリスク許容度に合わせたポートフォリオ戦略に基づき、顧客の代わりに公募ファンドの売買・スイッチングなどの取引行為を実行することが可能である。
  4. 公募ファンドを対象とした投資一任サービスのテストには、今後エクイティ運用が強みである証券会社の参加も考えられよう。また、ネット大手が自社の金融プラットフォームを通じて、ロボアドバイザーによる公募ファンド投資一任サービスを一般投資家向けに提供する可能性が高い。規制強化された銀行理財商品からの資金流出が見込まれる中、中国における投資一任サービスがどのように展開していくのかが注目される。
中国における従業員持株制度の拡大 塩島 晋
  1. 近年、中国において従業員持株会を導入する上場会社が増加している。その背景としては、中国政府が国家の成長及び資本市場の持続的発展、企業の内部管理構造の改善等を促進するために、従業員持株会に係る制度を整備してきたことがある。
  2. 中国の従業員持株会では、上場会社(委託人)が証券会社等の資産管理機関(管理人)に従業員持株会の運営管理を委託する。また、運用期間は2〜10年等に設定されており、満期を迎えると自動的に終了する点が、日本の従業員持株会との違いとなっている。
  3. 中国では、2020年1月7日時点で、中堅・大手の企業を中心に、656社の上場会社が従業員持株会を実施している。例えば、上場会社で初めて従業員持株会を導入した中国平安保険は、ストックオプション類似の制度と、退職まで保有できる日本に類似した制度を導入している。
  4. 中国における従業員持株制度の充実・普及が、離職率の低下を通じた企業経営の安定化に加え、労働者の資産形成支援、さらには中国資本市場の参加者のすそ野の拡大につながっていくのか、今後の動向が注目されよう。
特集2:金融イノベーションの更なる進展
時流 コロナウイルスのパンデミックの教訓
−いま、BCPを見直せば、まだ間に合う国難災害−
関西大学特別任命教授・社会安全研究センター長 河田 惠昭

首都直下地震などの国難災害に備えて、特に現代都市社会の各種ネットワークの被害軽減対策を、現在グローバルに進行中のパンデミック対策に重ねて、4つの視点から論じた。1つ目は、パンデミックは人流、物流ネットワーク上を新型コロナウイルスが拡散するが、国難災害ではさらに金融や情報ネットワーク被害も加わり、複合災害と連滝災害となるため、これらを抑制すること、2つ目は、事業継続計画(BCP)の有効性は、平常時の企業経営と密接に関係していること、3つ目は、特に金融システムは地震時の停電や水害時の長期湛水によって大きく被災し、長期化する危険があること、および4つ目は、デジタル変革(DX)も災害に弱く、リダンダンシーを高める、すなわち予備手段を準備する必要があることを示した。

新型コロナウイルスの感染拡大で試練を迎えた中国経済 関 志雄
  1. 中国では、2020年に入ってから、新型コロナウイルス感染症が猛威を振るっている。その経済への影響は2003年のSARSの時より遥かに深刻である。経済成長率は、第1四半期には-6.8%と、マイナスに転じ、年末にかけて景気が回復に向かったとしても、年間では、2019年の実績(6.1%)を大きく下回ることが避けられない。
  2. 多くの企業は、業務の停止と再開の遅れを受けて、収入が大幅に減る一方で、賃金、金利、家賃などの固定費用を負担しなければならず、資金繰りが悪化している。その結果、企業の倒産が増え、失業と不良債権の問題が深刻化している。このような事態を回避するために、政府はダメージを受けた企業を対象に、財政面では時限減税、金融面では政策融資の拡大を中心とする支援策を打ち出している。大型景気対策を求める声が高まっているが、その余地は限られていると見られる。
  3. 中国から始まった新型コロナウイルス感染症は、その後、海外へと広がっている。米国、イタリア、スペインなど、それによる死者数が中国を大きく上回る国が続出した。各国は、都市のロックダウンなど、厳しい対策を取る一方で、相次いで史上最大規模の景気対策を打ち出しているが、成長の大幅な落ち込みが避けられないと見られる。海外市場の低迷は、すでに米中貿易摩擦を受けて鮮明になっている中国における輸出の減速に拍車をかけるだろう。このような内外環境の悪化を受けて、中国経済は、大きな試練を迎えている。
中国での新型コロナウイルス感染拡大に伴う金融面での危機対応策 関根 栄一
  1. 中国の2020年1〜2月の経済指標は、消費の前年同期比20.5%減に代表される通り、新型コロナウイルスの感染拡大防止策の影響を受け、過去に統計を遡れる範囲で大きく悪化した。中国国内で、最初に同ウイルスによる集団感染が発生した湖北省武漢市では、感染拡大を防ぐため、同年1月23日、武漢市の都市封鎖(ロックダウン)が行われた。
  2. 続いて、2020年1月24日の春節休暇期間からは、中国全土での人の移動・行動の制限等の公衆衛生上の措置が講じられた。春節休暇期間明けには、サービス業・製造業の業績悪化や家計の所得減少が予想され、また金融市場での混乱防止の必要性もあったため、2月1日、金融当局は、金融面での危機対応策を打ち出した。
  3. 対応策は、(1)金融市場や銀行貸出を通じた流動性支援、(2)個人の日常的な金融サービスの保障、(3)金融の基盤インフラ運営の確保、(4)外為・越境人民元取引の支援、(5)実施体制の確立、の五分野からなり、特別貸出枠の設定や、金融機関への行政指導が実施されている。
  4. 危機対応策の実績を見ると、2月の企業や家計向けの人民元貸出(フロー)は、春節という季節的かつ休暇期間の延長という要因もあり十分に実行されているとは言えない。また、家計向けの人民元建て短期貸出残高は、1月末に比べむしろ減少している。金融機関への行政指導は、政府が救済したい部門に、直接、資金を融通できる一方、金融仲介の歪みをもたらすリスクや、企業債務残高の増加に歯止めがかからないリスクもある。
  5. 武漢市の都市封鎖は4月8日に解除されたが、感染拡大期間中、新たにロボット配送や遠隔医療などの非接触・非対面型の取引形態が進展している。中小企業向け貿易金融へのブロックチェーン活用の実験拡大など金融取引での新たな動きもある。新型コロナウイルスの感染が長期化する中で、経済・社会のデジタル化に向けた変化の芽にも注目していく必要があろう。
新型コロナウイルスの感染拡大に揺れ動く欧州金融市場
−金融関連の政策対応と経済対策の財源問題−
磯部 昌吾
  1. 欧州では、新型コロナウイルスが猛威を振るう中で、金融市場への影響が急速に拡大している。各国の中央銀行や規制当局は、金融市場や金融機関が実体経済を支える機能を維持できるよう、異例の金融政策や金融規制の柔軟化措置等を相次いで打ち出している。
  2. 加えて、今後は、大規模な財政政策(経済対策)が必要となってくるが、税収の低下も予想されることから、支出と収入の両面から財政赤字が大きく拡大する可能性がある。このため、欧州各国が安定的に必要な財源を調達できるかは、今後の経済対策の成否にとって重要な要素といえる。
  3. イタリアやスペイン、フランスなどは欧州の共通債務証券(コロナ債)を発行し、その資金を新型コロナウイルス対応に利用することを提案しているが、ドイツやオランダなどは反対している。現状は欧州中央銀行(ECB)の債券買入政策が功を奏しているが、早期に打開策を見出すことが期待されている。
  4. 欧州の銀行では、貸出先の業績や資金繰りが悪化することで、再び不良債権が増加する懸念が生じている。欧州ソブリン危機以降、一部の国の銀行では自国政府債の保有が増加しているため、経済対策の実施に向けた安定的な財源調達は、銀行システムの安定性という観点からも重要な課題となっている。
  5. 今後は経済活動の停滞が長引くほど、企業と消費者の双方においてその間を凌ぐための資金需要が増え、必要な経済対策の規模も拡大していく。そうなれば、資金超過への対応が課題であった欧州金融市場において多くの資金需要が生まれることも考えられる。事態の終息を見通せない状況ではリスクが高い面は否めないが、過去の危機を踏まえてリスク耐性を高めてきた金融市場・金融機関が、欧州経済の立て直しにどのように貢献できるのか正念場に差し掛かろうとしている。
ステーブルコインと中央銀行デジタル通貨を巡って 淵田 康之
  1. リブラのようなグローバル・ステーブルコインの導入は様々なリスクをもたらしうるが、既成秩序への影響が大きいというだけの理由で、これを拒絶することは建設的ではない。既存のマネーのあり方自体が、時代のニーズに応えられなくなりつつあるからこそ、リブラのような構想が浮上するという現実があるからである。
  2. 既存の「口座型」のデジタルマネーを進化させるという選択肢もあるが、グローバル・ステーブルコインは、第三世代のデジタルマネーという新たな選択肢の存在を示している。
  3. Big Techのプラットフォーマーが、第三世代のデジタルマネーを採用すれば、法定通貨の地位が揺らぐ事態も生じかねない。そこで、各国の中央銀行が第三世代型の中央銀行デジタル通貨(CBDC)を発行し、国際送金にも応用する仕組みを構築していくことが考えられる。
  4. すなわち、今、問われているのは、グローバル・ステーブルコインやCBDCそのものの是非もさることながら、第三世代のデジタルマネーの供給を誰が主導すべきか、という点なのである。
  5. CBDC導入により、システミックリスクの軽減や金融政策の有効性向上も期待される。さらに、昨今のような緊急時における、国民への迅速かつ直接的な金銭的支援も円滑に実行可能となる。
  6. わが国の場合、諸外国に比べた決済サービスの立ち遅れが、今後より顕著となっていく可能性がある。多額の預金を抱えた銀行の運用難、金融政策の有効性低下などの問題も踏まえると、わが国は、世界で最も第三世代型のCBDCの導入が求められている国といって良いかもしれない。
金融サービスを拡大するスーパーアプリのゴジェックとグラブ 武井 悠輔北野 陽平
  1. 東南アジア域内では近年、大手配車アプリ運営企業が「スーパーアプリ」運営企業へと変貌を遂げるとともに、金融サービス事業を拡大し始めている。こうしたスーパーアプリの代表企業として、インドネシアを本拠とするゴジェックとシンガポールを本拠とするグラブが挙げられる。両社は、フードデリバリーやホテル予約等へ事業領域を拡大する中、電子決済サービスを拡充するとともに、他の金融サービスの提供を開始してきた。
  2. ゴジェックとグラブは、例えばフードデリバリーにおいて決済サービスを提供する中で、加盟店であるレストランや屋台を運営する零細・中小企業の膨大な決済データ等を蓄積することにより、既存の金融機関とは異なる独自の信用評価モデルを構築し、融資業を提供している。また、両社は、運転手や乗客向けの自動車保険で保険事業を開始したが、近年ではアプリ利用者向けに安価な海外旅行保険を提供する等、保険商品の拡充を図っている。さらに、ゴジェックはアプリ利用者等向けに投資商品や資産運用サービスを低コストで提供しており、グラブも今後提供を開始する予定である。
  3. ゴジェックとグラブは、提供するサービスの拡充に伴い、運転手、加盟店、アプリ利用者を含む顧客基盤を大幅に拡大してきた。ゴジェックのアプリのダウンロード数は2020年1月初旬時点で1.3億回、グラブのアプリのダウンロード数は2019年10月時点で1.66億回に達した。
  4. 東南アジア域内では、金融サービスに十分にアクセスできていない個人や零細・中小企業が数多くいる。そうした中、ゴジェックとグラブが巨大な顧客基盤を生かして、中長期的に既存の金融機関を補完する重要な役割を担うことで、金融包摂の促進や金融サービスの大衆化の一翼を担う存在になるか、注目されよう。
上場株式の売買単位と個人向け証券取引のイノベーション 岡田 功太片寄 直紀
  1. 米国の証券取引所では、100株を取引単位とする単位株制度がありつつも、上場株式及び上場投資信託(ETF)を1株から発注できる。ニューヨーク証券取引所の全取引に占める単位未満株取引の割合は約45%に達しており、少額取引の割合は増加傾向にある。更に、米国では、1株に満たない端株取引サービスを提供する金融機関も数多く存在し、創造的なサービス提供を行っている。
  2. 例えば、フォリオ・ファイナンシャルは、投資家自身が投資対象及び配分を設定可能な「フォリオ」というバスケット取引サービスを提供し、モチーフ・インベスティングは、0.0001株単位でウェイト調整が可能なインデックス投資サービスを行っている。ストックパイルは、「○株を○ドル分」と記載されたギフトカード提供のサービスを展開している。これらのサービスは、全て端株の取引を基盤としている。
  3. 他方、日本では、上場株式の売買単位は、単元株である100株に統一されているため、単元未満株や端株取引サービスは普及していない。例えば3万円の値が付いている上場株式を購入するには1単元分の300万円の資金が必要であり、このような銘柄は決して珍しくはない。累積投資などのサービスはあるものの、100株という売買単位は、少額投資家も含めた裾野拡大を追求する際の一つの障壁になっている。
  4. 日本の売買単位を1株に引き下げることができれば、少額投資の選択肢の拡大に繋がる。また、それにより米国のような証券取引サービスの向上やイノベーションの創出を後押しできれば、日本の積年の課題である「貯蓄から投資」の促進、さらには日本の株式市場の活性化と競争力の向上に繋がるのではないか、と考えられる。
銀行規制再論
−将来に向けた銀行システムの安定のための論点−
小立 敬
  1. グローバル金融危機以降、G20の枠組みの下で危機の再発防止を図る国際的な金融規制改革が行われ、日本では、バーゼルIIIを始めとする銀行のプルーデンス規制の強化が行われてきた。金融危機から10年に亘る金融規制改革もようやく完成しつつあり、現在は、自己資本比率のリスク・アセット計測方法の見直し、いわゆるバーゼルIII最終化を残すだけとなっている。
  2. 日本の銀行業界は、マイナス金利政策を始めとする長期間に及ぶ金融緩和政策に加えて、潜在成長力の低下や人口減少といった日本経済の構造問題の影響から、将来の展望について厳しい見方がされつつある。さらに、フィンテックやデジタライゼーションへの対応も含めて、新たなビジネス・モデルの構築に向けた課題も投げかけられている。日本の銀行業界を取り巻く経済・社会環境が大きく変わりゆく中にあって、将来に亘って銀行システムの安定を確保するという観点から、銀行のプルーデンス規制の枠組みを再点検する作業も求められよう。
  3. 金融危機後に国際的にまたは海外で議論されてきた論点や実際に講じられた措置を踏まえながら、(1)自己資本比率(国内基準)のあり方、(2)バーゼルIIIのカウンターシクリカル・バッファー(CCyB)の運用、(3)ゴーンコンサーン・ベースの損失吸収力に関する措置、(4)銀行のリスク・プロファイルに応じたプルーデンス規制の枠組みをテーマに取り上げて、将来に向けて日本の銀行システムの安定を確保するという観点から銀行のプルーデンス規制の論点を改めて整理し、新たな課題の提供を試みる。
  4. 現在、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響から、日本の経済・社会は過去に経験したことのない、リーマン・ショックをも上回るとされる危機に直面しているが、本稿は、現在の極めて困難な経済・社会環境をある程度克服することを前提として、より長期的な視点で考察を行うものであることを付言させていただきたい。
高齢社会の中での地域金融機関
−高齢顧客向けサービスへの示唆−
宮本 佐知子
  1. 日本の高齢化は急速に進展している。国立社会保障・人口問題研究所の推計によると、2040年には高齢世帯数は2,242万世帯、一般世帯総数に占める割合は44%になる。それに伴い、高齢単独世帯数や高齢世帯に占める単独世帯割合も増加していく。
  2. 高齢化の状況を地域別に見ると、このような動きが日本全体よりも早く顕在化する地域も多い。また、高齢世帯はどの地域においても、金融資産を多く保有している。そのため、地域金融機関にとって、高齢顧客への対応は急務になっている。
  3. しかし、高齢顧客の急増は、地域金融機関にとっても初めて直面する課題であり、その対応は試行錯誤が続けられている。そこで本稿では、米英の金融機関による高齢顧客への取り組みについて、顧客の関心が高いと見られ、日本の地域金融機関に参考になりそうなものを紹介したい。
  4. これらの取り組みには、新たな手数料収入を期待できるものもある一方で、直接的には収入につながりづらい「公益的な取り組み」となるものも多い。顧客の信頼を得ることにつながる地域貢献の観点を重視しながら、高齢顧客への取り組みを「収益的な取り組み」につなげることは、営利企業である地域金融機関にとっては重要な課題である。「公益的な取り組み」と「収益的な取り組み」を両立させる金融商品サービスを顧客本位の目線で工夫していくことが、地域金融機関には求められているのではないか。
中国における投資一任サービスの現状と発展の可能性 宋 良也
  1. 欧米・日本などの先進国で普及している投資一任(投資顧問)サービスへのニーズは、富裕層の規模が拡大する中国においても高まってきている。ウェルスマネジメントへの転換が迫られる証券会社にとって、新たな事業機会としての投資一任サービス導入の必要性が大きい。
  2. 一方で、中国には投資一任関連の法制度の未整備や、海外資本規制による運用対象資産の分散の制約などの問題が存在する。従来、証券会社と基金管理会社は各自の資産管理プランで投資一任の類似の金融商品を提供してきたが、いずれも銀行理財商品の受け皿となってしまい、投資家のリスク許容度に合わせたポートフォリオの変更ができないことから、本格的な投資一任サービスとは言い難い。
  3. 投資一任サービスに係る規制改革の試みは、2019年10月の公募ファンドを対象とした投資顧問業務テストから本格的に始まった。同テストに参加する金融機関は、顧客のリスク許容度に合わせたポートフォリオ戦略に基づき、顧客の代わりに公募ファンドの売買・スイッチングなどの取引行為を実行することが可能である。
  4. 公募ファンドを対象とした投資一任サービスのテストには、今後エクイティ運用が強みである証券会社の参加も考えられよう。また、ネット大手が自社の金融プラットフォームを通じて、ロボアドバイザーによる公募ファンド投資一任サービスを一般投資家向けに提供する可能性が高い。規制強化された銀行理財商品からの資金流出が見込まれる中、中国における投資一任サービスがどのように展開していくのかが注目される。
中国における従業員持株制度の拡大 塩島 晋
  1. 近年、中国において従業員持株会を導入する上場会社が増加している。その背景としては、中国政府が国家の成長及び資本市場の持続的発展、企業の内部管理構造の改善等を促進するために、従業員持株会に係る制度を整備してきたことがある。
  2. 中国の従業員持株会では、上場会社(委託人)が証券会社等の資産管理機関(管理人)に従業員持株会の運営管理を委託する。また、運用期間は2〜10年等に設定されており、満期を迎えると自動的に終了する点が、日本の従業員持株会との違いとなっている。
  3. 中国では、2020年1月7日時点で、中堅・大手の企業を中心に、656社の上場会社が従業員持株会を実施している。例えば、上場会社で初めて従業員持株会を導入した中国平安保険は、ストックオプション類似の制度と、退職まで保有できる日本に類似した制度を導入している。
  4. 中国における従業員持株制度の充実・普及が、離職率の低下を通じた企業経営の安定化に加え、労働者の資産形成支援、さらには中国資本市場の参加者のすそ野の拡大につながっていくのか、今後の動向が注目されよう。
要約
時流 コロナウイルスのパンデミックの教訓
−いま、BCPを見直せば、まだ間に合う国難災害−
関西大学特別任命教授・社会安全研究センター長 河田 惠昭

首都直下地震などの国難災害に備えて、特に現代都市社会の各種ネットワークの被害軽減対策を、現在グローバルに進行中のパンデミック対策に重ねて、4つの視点から論じた。1つ目は、パンデミックは人流、物流ネットワーク上を新型コロナウイルスが拡散するが、国難災害ではさらに金融や情報ネットワーク被害も加わり、複合災害と連滝災害となるため、これらを抑制すること、2つ目は、事業継続計画(BCP)の有効性は、平常時の企業経営と密接に関係していること、3つ目は、特に金融システムは地震時の停電や水害時の長期湛水によって大きく被災し、長期化する危険があること、および4つ目は、デジタル変革(DX)も災害に弱く、リダンダンシーを高める、すなわち予備手段を準備する必要があることを示した。

新型コロナウイルスの感染拡大で試練を迎えた中国経済 関 志雄
  1. 中国では、2020年に入ってから、新型コロナウイルス感染症が猛威を振るっている。その経済への影響は2003年のSARSの時より遥かに深刻である。経済成長率は、第1四半期には-6.8%と、マイナスに転じ、年末にかけて景気が回復に向かったとしても、年間では、2019年の実績(6.1%)を大きく下回ることが避けられない。
  2. 多くの企業は、業務の停止と再開の遅れを受けて、収入が大幅に減る一方で、賃金、金利、家賃などの固定費用を負担しなければならず、資金繰りが悪化している。その結果、企業の倒産が増え、失業と不良債権の問題が深刻化している。このような事態を回避するために、政府はダメージを受けた企業を対象に、財政面では時限減税、金融面では政策融資の拡大を中心とする支援策を打ち出している。大型景気対策を求める声が高まっているが、その余地は限られていると見られる。
  3. 中国から始まった新型コロナウイルス感染症は、その後、海外へと広がっている。米国、イタリア、スペインなど、それによる死者数が中国を大きく上回る国が続出した。各国は、都市のロックダウンなど、厳しい対策を取る一方で、相次いで史上最大規模の景気対策を打ち出しているが、成長の大幅な落ち込みが避けられないと見られる。海外市場の低迷は、すでに米中貿易摩擦を受けて鮮明になっている中国における輸出の減速に拍車をかけるだろう。このような内外環境の悪化を受けて、中国経済は、大きな試練を迎えている。
中国での新型コロナウイルス感染拡大に伴う金融面での危機対応策 関根 栄一
  1. 中国の2020年1〜2月の経済指標は、消費の前年同期比20.5%減に代表される通り、新型コロナウイルスの感染拡大防止策の影響を受け、過去に統計を遡れる範囲で大きく悪化した。中国国内で、最初に同ウイルスによる集団感染が発生した湖北省武漢市では、感染拡大を防ぐため、同年1月23日、武漢市の都市封鎖(ロックダウン)が行われた。
  2. 続いて、2020年1月24日の春節休暇期間からは、中国全土での人の移動・行動の制限等の公衆衛生上の措置が講じられた。春節休暇期間明けには、サービス業・製造業の業績悪化や家計の所得減少が予想され、また金融市場での混乱防止の必要性もあったため、2月1日、金融当局は、金融面での危機対応策を打ち出した。
  3. 対応策は、(1)金融市場や銀行貸出を通じた流動性支援、(2)個人の日常的な金融サービスの保障、(3)金融の基盤インフラ運営の確保、(4)外為・越境人民元取引の支援、(5)実施体制の確立、の五分野からなり、特別貸出枠の設定や、金融機関への行政指導が実施されている。
  4. 危機対応策の実績を見ると、2月の企業や家計向けの人民元貸出(フロー)は、春節という季節的かつ休暇期間の延長という要因もあり十分に実行されているとは言えない。また、家計向けの人民元建て短期貸出残高は、1月末に比べむしろ減少している。金融機関への行政指導は、政府が救済したい部門に、直接、資金を融通できる一方、金融仲介の歪みをもたらすリスクや、企業債務残高の増加に歯止めがかからないリスクもある。
  5. 武漢市の都市封鎖は4月8日に解除されたが、感染拡大期間中、新たにロボット配送や遠隔医療などの非接触・非対面型の取引形態が進展している。中小企業向け貿易金融へのブロックチェーン活用の実験拡大など金融取引での新たな動きもある。新型コロナウイルスの感染が長期化する中で、経済・社会のデジタル化に向けた変化の芽にも注目していく必要があろう。
新型コロナウイルスの感染拡大に揺れ動く欧州金融市場
−金融関連の政策対応と経済対策の財源問題−
磯部 昌吾
  1. 欧州では、新型コロナウイルスが猛威を振るう中で、金融市場への影響が急速に拡大している。各国の中央銀行や規制当局は、金融市場や金融機関が実体経済を支える機能を維持できるよう、異例の金融政策や金融規制の柔軟化措置等を相次いで打ち出している。
  2. 加えて、今後は、大規模な財政政策(経済対策)が必要となってくるが、税収の低下も予想されることから、支出と収入の両面から財政赤字が大きく拡大する可能性がある。このため、欧州各国が安定的に必要な財源を調達できるかは、今後の経済対策の成否にとって重要な要素といえる。
  3. イタリアやスペイン、フランスなどは欧州の共通債務証券(コロナ債)を発行し、その資金を新型コロナウイルス対応に利用することを提案しているが、ドイツやオランダなどは反対している。現状は欧州中央銀行(ECB)の債券買入政策が功を奏しているが、早期に打開策を見出すことが期待されている。
  4. 欧州の銀行では、貸出先の業績や資金繰りが悪化することで、再び不良債権が増加する懸念が生じている。欧州ソブリン危機以降、一部の国の銀行では自国政府債の保有が増加しているため、経済対策の実施に向けた安定的な財源調達は、銀行システムの安定性という観点からも重要な課題となっている。
  5. 今後は経済活動の停滞が長引くほど、企業と消費者の双方においてその間を凌ぐための資金需要が増え、必要な経済対策の規模も拡大していく。そうなれば、資金超過への対応が課題であった欧州金融市場において多くの資金需要が生まれることも考えられる。事態の終息を見通せない状況ではリスクが高い面は否めないが、過去の危機を踏まえてリスク耐性を高めてきた金融市場・金融機関が、欧州経済の立て直しにどのように貢献できるのか正念場に差し掛かろうとしている。
ステーブルコインと中央銀行デジタル通貨を巡って 淵田 康之
  1. リブラのようなグローバル・ステーブルコインの導入は様々なリスクをもたらしうるが、既成秩序への影響が大きいというだけの理由で、これを拒絶することは建設的ではない。既存のマネーのあり方自体が、時代のニーズに応えられなくなりつつあるからこそ、リブラのような構想が浮上するという現実があるからである。
  2. 既存の「口座型」のデジタルマネーを進化させるという選択肢もあるが、グローバル・ステーブルコインは、第三世代のデジタルマネーという新たな選択肢の存在を示している。
  3. Big Techのプラットフォーマーが、第三世代のデジタルマネーを採用すれば、法定通貨の地位が揺らぐ事態も生じかねない。そこで、各国の中央銀行が第三世代型の中央銀行デジタル通貨(CBDC)を発行し、国際送金にも応用する仕組みを構築していくことが考えられる。
  4. すなわち、今、問われているのは、グローバル・ステーブルコインやCBDCそのものの是非もさることながら、第三世代のデジタルマネーの供給を誰が主導すべきか、という点なのである。
  5. CBDC導入により、システミックリスクの軽減や金融政策の有効性向上も期待される。さらに、昨今のような緊急時における、国民への迅速かつ直接的な金銭的支援も円滑に実行可能となる。
  6. わが国の場合、諸外国に比べた決済サービスの立ち遅れが、今後より顕著となっていく可能性がある。多額の預金を抱えた銀行の運用難、金融政策の有効性低下などの問題も踏まえると、わが国は、世界で最も第三世代型のCBDCの導入が求められている国といって良いかもしれない。
金融サービスを拡大するスーパーアプリのゴジェックとグラブ 武井 悠輔北野 陽平
  1. 東南アジア域内では近年、大手配車アプリ運営企業が「スーパーアプリ」運営企業へと変貌を遂げるとともに、金融サービス事業を拡大し始めている。こうしたスーパーアプリの代表企業として、インドネシアを本拠とするゴジェックとシンガポールを本拠とするグラブが挙げられる。両社は、フードデリバリーやホテル予約等へ事業領域を拡大する中、電子決済サービスを拡充するとともに、他の金融サービスの提供を開始してきた。
  2. ゴジェックとグラブは、例えばフードデリバリーにおいて決済サービスを提供する中で、加盟店であるレストランや屋台を運営する零細・中小企業の膨大な決済データ等を蓄積することにより、既存の金融機関とは異なる独自の信用評価モデルを構築し、融資業を提供している。また、両社は、運転手や乗客向けの自動車保険で保険事業を開始したが、近年ではアプリ利用者向けに安価な海外旅行保険を提供する等、保険商品の拡充を図っている。さらに、ゴジェックはアプリ利用者等向けに投資商品や資産運用サービスを低コストで提供しており、グラブも今後提供を開始する予定である。
  3. ゴジェックとグラブは、提供するサービスの拡充に伴い、運転手、加盟店、アプリ利用者を含む顧客基盤を大幅に拡大してきた。ゴジェックのアプリのダウンロード数は2020年1月初旬時点で1.3億回、グラブのアプリのダウンロード数は2019年10月時点で1.66億回に達した。
  4. 東南アジア域内では、金融サービスに十分にアクセスできていない個人や零細・中小企業が数多くいる。そうした中、ゴジェックとグラブが巨大な顧客基盤を生かして、中長期的に既存の金融機関を補完する重要な役割を担うことで、金融包摂の促進や金融サービスの大衆化の一翼を担う存在になるか、注目されよう。
上場株式の売買単位と個人向け証券取引のイノベーション 岡田 功太片寄 直紀
  1. 米国の証券取引所では、100株を取引単位とする単位株制度がありつつも、上場株式及び上場投資信託(ETF)を1株から発注できる。ニューヨーク証券取引所の全取引に占める単位未満株取引の割合は約45%に達しており、少額取引の割合は増加傾向にある。更に、米国では、1株に満たない端株取引サービスを提供する金融機関も数多く存在し、創造的なサービス提供を行っている。
  2. 例えば、フォリオ・ファイナンシャルは、投資家自身が投資対象及び配分を設定可能な「フォリオ」というバスケット取引サービスを提供し、モチーフ・インベスティングは、0.0001株単位でウェイト調整が可能なインデックス投資サービスを行っている。ストックパイルは、「○株を○ドル分」と記載されたギフトカード提供のサービスを展開している。これらのサービスは、全て端株の取引を基盤としている。
  3. 他方、日本では、上場株式の売買単位は、単元株である100株に統一されているため、単元未満株や端株取引サービスは普及していない。例えば3万円の値が付いている上場株式を購入するには1単元分の300万円の資金が必要であり、このような銘柄は決して珍しくはない。累積投資などのサービスはあるものの、100株という売買単位は、少額投資家も含めた裾野拡大を追求する際の一つの障壁になっている。
  4. 日本の売買単位を1株に引き下げることができれば、少額投資の選択肢の拡大に繋がる。また、それにより米国のような証券取引サービスの向上やイノベーションの創出を後押しできれば、日本の積年の課題である「貯蓄から投資」の促進、さらには日本の株式市場の活性化と競争力の向上に繋がるのではないか、と考えられる。
銀行規制再論
−将来に向けた銀行システムの安定のための論点−
小立 敬
  1. グローバル金融危機以降、G20の枠組みの下で危機の再発防止を図る国際的な金融規制改革が行われ、日本では、バーゼルIIIを始めとする銀行のプルーデンス規制の強化が行われてきた。金融危機から10年に亘る金融規制改革もようやく完成しつつあり、現在は、自己資本比率のリスク・アセット計測方法の見直し、いわゆるバーゼルIII最終化を残すだけとなっている。
  2. 日本の銀行業界は、マイナス金利政策を始めとする長期間に及ぶ金融緩和政策に加えて、潜在成長力の低下や人口減少といった日本経済の構造問題の影響から、将来の展望について厳しい見方がされつつある。さらに、フィンテックやデジタライゼーションへの対応も含めて、新たなビジネス・モデルの構築に向けた課題も投げかけられている。日本の銀行業界を取り巻く経済・社会環境が大きく変わりゆく中にあって、将来に亘って銀行システムの安定を確保するという観点から、銀行のプルーデンス規制の枠組みを再点検する作業も求められよう。
  3. 金融危機後に国際的にまたは海外で議論されてきた論点や実際に講じられた措置を踏まえながら、(1)自己資本比率(国内基準)のあり方、(2)バーゼルIIIのカウンターシクリカル・バッファー(CCyB)の運用、(3)ゴーンコンサーン・ベースの損失吸収力に関する措置、(4)銀行のリスク・プロファイルに応じたプルーデンス規制の枠組みをテーマに取り上げて、将来に向けて日本の銀行システムの安定を確保するという観点から銀行のプルーデンス規制の論点を改めて整理し、新たな課題の提供を試みる。
  4. 現在、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響から、日本の経済・社会は過去に経験したことのない、リーマン・ショックをも上回るとされる危機に直面しているが、本稿は、現在の極めて困難な経済・社会環境をある程度克服することを前提として、より長期的な視点で考察を行うものであることを付言させていただきたい。
高齢社会の中での地域金融機関
−高齢顧客向けサービスへの示唆−
宮本 佐知子
  1. 日本の高齢化は急速に進展している。国立社会保障・人口問題研究所の推計によると、2040年には高齢世帯数は2,242万世帯、一般世帯総数に占める割合は44%になる。それに伴い、高齢単独世帯数や高齢世帯に占める単独世帯割合も増加していく。
  2. 高齢化の状況を地域別に見ると、このような動きが日本全体よりも早く顕在化する地域も多い。また、高齢世帯はどの地域においても、金融資産を多く保有している。そのため、地域金融機関にとって、高齢顧客への対応は急務になっている。
  3. しかし、高齢顧客の急増は、地域金融機関にとっても初めて直面する課題であり、その対応は試行錯誤が続けられている。そこで本稿では、米英の金融機関による高齢顧客への取り組みについて、顧客の関心が高いと見られ、日本の地域金融機関に参考になりそうなものを紹介したい。
  4. これらの取り組みには、新たな手数料収入を期待できるものもある一方で、直接的には収入につながりづらい「公益的な取り組み」となるものも多い。顧客の信頼を得ることにつながる地域貢献の観点を重視しながら、高齢顧客への取り組みを「収益的な取り組み」につなげることは、営利企業である地域金融機関にとっては重要な課題である。「公益的な取り組み」と「収益的な取り組み」を両立させる金融商品サービスを顧客本位の目線で工夫していくことが、地域金融機関には求められているのではないか。
中国における投資一任サービスの現状と発展の可能性 宋 良也
  1. 欧米・日本などの先進国で普及している投資一任(投資顧問)サービスへのニーズは、富裕層の規模が拡大する中国においても高まってきている。ウェルスマネジメントへの転換が迫られる証券会社にとって、新たな事業機会としての投資一任サービス導入の必要性が大きい。
  2. 一方で、中国には投資一任関連の法制度の未整備や、海外資本規制による運用対象資産の分散の制約などの問題が存在する。従来、証券会社と基金管理会社は各自の資産管理プランで投資一任の類似の金融商品を提供してきたが、いずれも銀行理財商品の受け皿となってしまい、投資家のリスク許容度に合わせたポートフォリオの変更ができないことから、本格的な投資一任サービスとは言い難い。
  3. 投資一任サービスに係る規制改革の試みは、2019年10月の公募ファンドを対象とした投資顧問業務テストから本格的に始まった。同テストに参加する金融機関は、顧客のリスク許容度に合わせたポートフォリオ戦略に基づき、顧客の代わりに公募ファンドの売買・スイッチングなどの取引行為を実行することが可能である。
  4. 公募ファンドを対象とした投資一任サービスのテストには、今後エクイティ運用が強みである証券会社の参加も考えられよう。また、ネット大手が自社の金融プラットフォームを通じて、ロボアドバイザーによる公募ファンド投資一任サービスを一般投資家向けに提供する可能性が高い。規制強化された銀行理財商品からの資金流出が見込まれる中、中国における投資一任サービスがどのように展開していくのかが注目される。
中国における従業員持株制度の拡大 塩島 晋
  1. 近年、中国において従業員持株会を導入する上場会社が増加している。その背景としては、中国政府が国家の成長及び資本市場の持続的発展、企業の内部管理構造の改善等を促進するために、従業員持株会に係る制度を整備してきたことがある。
  2. 中国の従業員持株会では、上場会社(委託人)が証券会社等の資産管理機関(管理人)に従業員持株会の運営管理を委託する。また、運用期間は2〜10年等に設定されており、満期を迎えると自動的に終了する点が、日本の従業員持株会との違いとなっている。
  3. 中国では、2020年1月7日時点で、中堅・大手の企業を中心に、656社の上場会社が従業員持株会を実施している。例えば、上場会社で初めて従業員持株会を導入した中国平安保険は、ストックオプション類似の制度と、退職まで保有できる日本に類似した制度を導入している。
  4. 中国における従業員持株制度の充実・普及が、離職率の低下を通じた企業経営の安定化に加え、労働者の資産形成支援、さらには中国資本市場の参加者のすそ野の拡大につながっていくのか、今後の動向が注目されよう。
時流 コロナウイルスのパンデミックの教訓
−いま、BCPを見直せば、まだ間に合う国難災害−
関西大学特別任命教授・社会安全研究センター長 河田 惠昭

首都直下地震などの国難災害に備えて、特に現代都市社会の各種ネットワークの被害軽減対策を、現在グローバルに進行中のパンデミック対策に重ねて、4つの視点から論じた。1つ目は、パンデミックは人流、物流ネットワーク上を新型コロナウイルスが拡散するが、国難災害ではさらに金融や情報ネットワーク被害も加わり、複合災害と連滝災害となるため、これらを抑制すること、2つ目は、事業継続計画(BCP)の有効性は、平常時の企業経営と密接に関係していること、3つ目は、特に金融システムは地震時の停電や水害時の長期湛水によって大きく被災し、長期化する危険があること、および4つ目は、デジタル変革(DX)も災害に弱く、リダンダンシーを高める、すなわち予備手段を準備する必要があることを示した。

新型コロナウイルスの感染拡大で試練を迎えた中国経済 関 志雄
  1. 中国では、2020年に入ってから、新型コロナウイルス感染症が猛威を振るっている。その経済への影響は2003年のSARSの時より遥かに深刻である。経済成長率は、第1四半期には-6.8%と、マイナスに転じ、年末にかけて景気が回復に向かったとしても、年間では、2019年の実績(6.1%)を大きく下回ることが避けられない。
  2. 多くの企業は、業務の停止と再開の遅れを受けて、収入が大幅に減る一方で、賃金、金利、家賃などの固定費用を負担しなければならず、資金繰りが悪化している。その結果、企業の倒産が増え、失業と不良債権の問題が深刻化している。このような事態を回避するために、政府はダメージを受けた企業を対象に、財政面では時限減税、金融面では政策融資の拡大を中心とする支援策を打ち出している。大型景気対策を求める声が高まっているが、その余地は限られていると見られる。
  3. 中国から始まった新型コロナウイルス感染症は、その後、海外へと広がっている。米国、イタリア、スペインなど、それによる死者数が中国を大きく上回る国が続出した。各国は、都市のロックダウンなど、厳しい対策を取る一方で、相次いで史上最大規模の景気対策を打ち出しているが、成長の大幅な落ち込みが避けられないと見られる。海外市場の低迷は、すでに米中貿易摩擦を受けて鮮明になっている中国における輸出の減速に拍車をかけるだろう。このような内外環境の悪化を受けて、中国経済は、大きな試練を迎えている。
中国での新型コロナウイルス感染拡大に伴う金融面での危機対応策 関根 栄一
  1. 中国の2020年1〜2月の経済指標は、消費の前年同期比20.5%減に代表される通り、新型コロナウイルスの感染拡大防止策の影響を受け、過去に統計を遡れる範囲で大きく悪化した。中国国内で、最初に同ウイルスによる集団感染が発生した湖北省武漢市では、感染拡大を防ぐため、同年1月23日、武漢市の都市封鎖(ロックダウン)が行われた。
  2. 続いて、2020年1月24日の春節休暇期間からは、中国全土での人の移動・行動の制限等の公衆衛生上の措置が講じられた。春節休暇期間明けには、サービス業・製造業の業績悪化や家計の所得減少が予想され、また金融市場での混乱防止の必要性もあったため、2月1日、金融当局は、金融面での危機対応策を打ち出した。
  3. 対応策は、(1)金融市場や銀行貸出を通じた流動性支援、(2)個人の日常的な金融サービスの保障、(3)金融の基盤インフラ運営の確保、(4)外為・越境人民元取引の支援、(5)実施体制の確立、の五分野からなり、特別貸出枠の設定や、金融機関への行政指導が実施されている。
  4. 危機対応策の実績を見ると、2月の企業や家計向けの人民元貸出(フロー)は、春節という季節的かつ休暇期間の延長という要因もあり十分に実行されているとは言えない。また、家計向けの人民元建て短期貸出残高は、1月末に比べむしろ減少している。金融機関への行政指導は、政府が救済したい部門に、直接、資金を融通できる一方、金融仲介の歪みをもたらすリスクや、企業債務残高の増加に歯止めがかからないリスクもある。
  5. 武漢市の都市封鎖は4月8日に解除されたが、感染拡大期間中、新たにロボット配送や遠隔医療などの非接触・非対面型の取引形態が進展している。中小企業向け貿易金融へのブロックチェーン活用の実験拡大など金融取引での新たな動きもある。新型コロナウイルスの感染が長期化する中で、経済・社会のデジタル化に向けた変化の芽にも注目していく必要があろう。
新型コロナウイルスの感染拡大に揺れ動く欧州金融市場
−金融関連の政策対応と経済対策の財源問題−
磯部 昌吾
  1. 欧州では、新型コロナウイルスが猛威を振るう中で、金融市場への影響が急速に拡大している。各国の中央銀行や規制当局は、金融市場や金融機関が実体経済を支える機能を維持できるよう、異例の金融政策や金融規制の柔軟化措置等を相次いで打ち出している。
  2. 加えて、今後は、大規模な財政政策(経済対策)が必要となってくるが、税収の低下も予想されることから、支出と収入の両面から財政赤字が大きく拡大する可能性がある。このため、欧州各国が安定的に必要な財源を調達できるかは、今後の経済対策の成否にとって重要な要素といえる。
  3. イタリアやスペイン、フランスなどは欧州の共通債務証券(コロナ債)を発行し、その資金を新型コロナウイルス対応に利用することを提案しているが、ドイツやオランダなどは反対している。現状は欧州中央銀行(ECB)の債券買入政策が功を奏しているが、早期に打開策を見出すことが期待されている。
  4. 欧州の銀行では、貸出先の業績や資金繰りが悪化することで、再び不良債権が増加する懸念が生じている。欧州ソブリン危機以降、一部の国の銀行では自国政府債の保有が増加しているため、経済対策の実施に向けた安定的な財源調達は、銀行システムの安定性という観点からも重要な課題となっている。
  5. 今後は経済活動の停滞が長引くほど、企業と消費者の双方においてその間を凌ぐための資金需要が増え、必要な経済対策の規模も拡大していく。そうなれば、資金超過への対応が課題であった欧州金融市場において多くの資金需要が生まれることも考えられる。事態の終息を見通せない状況ではリスクが高い面は否めないが、過去の危機を踏まえてリスク耐性を高めてきた金融市場・金融機関が、欧州経済の立て直しにどのように貢献できるのか正念場に差し掛かろうとしている。
ステーブルコインと中央銀行デジタル通貨を巡って 淵田 康之
  1. リブラのようなグローバル・ステーブルコインの導入は様々なリスクをもたらしうるが、既成秩序への影響が大きいというだけの理由で、これを拒絶することは建設的ではない。既存のマネーのあり方自体が、時代のニーズに応えられなくなりつつあるからこそ、リブラのような構想が浮上するという現実があるからである。
  2. 既存の「口座型」のデジタルマネーを進化させるという選択肢もあるが、グローバル・ステーブルコインは、第三世代のデジタルマネーという新たな選択肢の存在を示している。
  3. Big Techのプラットフォーマーが、第三世代のデジタルマネーを採用すれば、法定通貨の地位が揺らぐ事態も生じかねない。そこで、各国の中央銀行が第三世代型の中央銀行デジタル通貨(CBDC)を発行し、国際送金にも応用する仕組みを構築していくことが考えられる。
  4. すなわち、今、問われているのは、グローバル・ステーブルコインやCBDCそのものの是非もさることながら、第三世代のデジタルマネーの供給を誰が主導すべきか、という点なのである。
  5. CBDC導入により、システミックリスクの軽減や金融政策の有効性向上も期待される。さらに、昨今のような緊急時における、国民への迅速かつ直接的な金銭的支援も円滑に実行可能となる。
  6. わが国の場合、諸外国に比べた決済サービスの立ち遅れが、今後より顕著となっていく可能性がある。多額の預金を抱えた銀行の運用難、金融政策の有効性低下などの問題も踏まえると、わが国は、世界で最も第三世代型のCBDCの導入が求められている国といって良いかもしれない。
金融サービスを拡大するスーパーアプリのゴジェックとグラブ 武井 悠輔北野 陽平
  1. 東南アジア域内では近年、大手配車アプリ運営企業が「スーパーアプリ」運営企業へと変貌を遂げるとともに、金融サービス事業を拡大し始めている。こうしたスーパーアプリの代表企業として、インドネシアを本拠とするゴジェックとシンガポールを本拠とするグラブが挙げられる。両社は、フードデリバリーやホテル予約等へ事業領域を拡大する中、電子決済サービスを拡充するとともに、他の金融サービスの提供を開始してきた。
  2. ゴジェックとグラブは、例えばフードデリバリーにおいて決済サービスを提供する中で、加盟店であるレストランや屋台を運営する零細・中小企業の膨大な決済データ等を蓄積することにより、既存の金融機関とは異なる独自の信用評価モデルを構築し、融資業を提供している。また、両社は、運転手や乗客向けの自動車保険で保険事業を開始したが、近年ではアプリ利用者向けに安価な海外旅行保険を提供する等、保険商品の拡充を図っている。さらに、ゴジェックはアプリ利用者等向けに投資商品や資産運用サービスを低コストで提供しており、グラブも今後提供を開始する予定である。
  3. ゴジェックとグラブは、提供するサービスの拡充に伴い、運転手、加盟店、アプリ利用者を含む顧客基盤を大幅に拡大してきた。ゴジェックのアプリのダウンロード数は2020年1月初旬時点で1.3億回、グラブのアプリのダウンロード数は2019年10月時点で1.66億回に達した。
  4. 東南アジア域内では、金融サービスに十分にアクセスできていない個人や零細・中小企業が数多くいる。そうした中、ゴジェックとグラブが巨大な顧客基盤を生かして、中長期的に既存の金融機関を補完する重要な役割を担うことで、金融包摂の促進や金融サービスの大衆化の一翼を担う存在になるか、注目されよう。
上場株式の売買単位と個人向け証券取引のイノベーション 岡田 功太片寄 直紀
  1. 米国の証券取引所では、100株を取引単位とする単位株制度がありつつも、上場株式及び上場投資信託(ETF)を1株から発注できる。ニューヨーク証券取引所の全取引に占める単位未満株取引の割合は約45%に達しており、少額取引の割合は増加傾向にある。更に、米国では、1株に満たない端株取引サービスを提供する金融機関も数多く存在し、創造的なサービス提供を行っている。
  2. 例えば、フォリオ・ファイナンシャルは、投資家自身が投資対象及び配分を設定可能な「フォリオ」というバスケット取引サービスを提供し、モチーフ・インベスティングは、0.0001株単位でウェイト調整が可能なインデックス投資サービスを行っている。ストックパイルは、「○株を○ドル分」と記載されたギフトカード提供のサービスを展開している。これらのサービスは、全て端株の取引を基盤としている。
  3. 他方、日本では、上場株式の売買単位は、単元株である100株に統一されているため、単元未満株や端株取引サービスは普及していない。例えば3万円の値が付いている上場株式を購入するには1単元分の300万円の資金が必要であり、このような銘柄は決して珍しくはない。累積投資などのサービスはあるものの、100株という売買単位は、少額投資家も含めた裾野拡大を追求する際の一つの障壁になっている。
  4. 日本の売買単位を1株に引き下げることができれば、少額投資の選択肢の拡大に繋がる。また、それにより米国のような証券取引サービスの向上やイノベーションの創出を後押しできれば、日本の積年の課題である「貯蓄から投資」の促進、さらには日本の株式市場の活性化と競争力の向上に繋がるのではないか、と考えられる。
銀行規制再論
−将来に向けた銀行システムの安定のための論点−
小立 敬
  1. グローバル金融危機以降、G20の枠組みの下で危機の再発防止を図る国際的な金融規制改革が行われ、日本では、バーゼルIIIを始めとする銀行のプルーデンス規制の強化が行われてきた。金融危機から10年に亘る金融規制改革もようやく完成しつつあり、現在は、自己資本比率のリスク・アセット計測方法の見直し、いわゆるバーゼルIII最終化を残すだけとなっている。
  2. 日本の銀行業界は、マイナス金利政策を始めとする長期間に及ぶ金融緩和政策に加えて、潜在成長力の低下や人口減少といった日本経済の構造問題の影響から、将来の展望について厳しい見方がされつつある。さらに、フィンテックやデジタライゼーションへの対応も含めて、新たなビジネス・モデルの構築に向けた課題も投げかけられている。日本の銀行業界を取り巻く経済・社会環境が大きく変わりゆく中にあって、将来に亘って銀行システムの安定を確保するという観点から、銀行のプルーデンス規制の枠組みを再点検する作業も求められよう。
  3. 金融危機後に国際的にまたは海外で議論されてきた論点や実際に講じられた措置を踏まえながら、(1)自己資本比率(国内基準)のあり方、(2)バーゼルIIIのカウンターシクリカル・バッファー(CCyB)の運用、(3)ゴーンコンサーン・ベースの損失吸収力に関する措置、(4)銀行のリスク・プロファイルに応じたプルーデンス規制の枠組みをテーマに取り上げて、将来に向けて日本の銀行システムの安定を確保するという観点から銀行のプルーデンス規制の論点を改めて整理し、新たな課題の提供を試みる。
  4. 現在、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響から、日本の経済・社会は過去に経験したことのない、リーマン・ショックをも上回るとされる危機に直面しているが、本稿は、現在の極めて困難な経済・社会環境をある程度克服することを前提として、より長期的な視点で考察を行うものであることを付言させていただきたい。
高齢社会の中での地域金融機関
−高齢顧客向けサービスへの示唆−
宮本 佐知子
  1. 日本の高齢化は急速に進展している。国立社会保障・人口問題研究所の推計によると、2040年には高齢世帯数は2,242万世帯、一般世帯総数に占める割合は44%になる。それに伴い、高齢単独世帯数や高齢世帯に占める単独世帯割合も増加していく。
  2. 高齢化の状況を地域別に見ると、このような動きが日本全体よりも早く顕在化する地域も多い。また、高齢世帯はどの地域においても、金融資産を多く保有している。そのため、地域金融機関にとって、高齢顧客への対応は急務になっている。
  3. しかし、高齢顧客の急増は、地域金融機関にとっても初めて直面する課題であり、その対応は試行錯誤が続けられている。そこで本稿では、米英の金融機関による高齢顧客への取り組みについて、顧客の関心が高いと見られ、日本の地域金融機関に参考になりそうなものを紹介したい。
  4. これらの取り組みには、新たな手数料収入を期待できるものもある一方で、直接的には収入につながりづらい「公益的な取り組み」となるものも多い。顧客の信頼を得ることにつながる地域貢献の観点を重視しながら、高齢顧客への取り組みを「収益的な取り組み」につなげることは、営利企業である地域金融機関にとっては重要な課題である。「公益的な取り組み」と「収益的な取り組み」を両立させる金融商品サービスを顧客本位の目線で工夫していくことが、地域金融機関には求められているのではないか。
中国における投資一任サービスの現状と発展の可能性 宋 良也
  1. 欧米・日本などの先進国で普及している投資一任(投資顧問)サービスへのニーズは、富裕層の規模が拡大する中国においても高まってきている。ウェルスマネジメントへの転換が迫られる証券会社にとって、新たな事業機会としての投資一任サービス導入の必要性が大きい。
  2. 一方で、中国には投資一任関連の法制度の未整備や、海外資本規制による運用対象資産の分散の制約などの問題が存在する。従来、証券会社と基金管理会社は各自の資産管理プランで投資一任の類似の金融商品を提供してきたが、いずれも銀行理財商品の受け皿となってしまい、投資家のリスク許容度に合わせたポートフォリオの変更ができないことから、本格的な投資一任サービスとは言い難い。
  3. 投資一任サービスに係る規制改革の試みは、2019年10月の公募ファンドを対象とした投資顧問業務テストから本格的に始まった。同テストに参加する金融機関は、顧客のリスク許容度に合わせたポートフォリオ戦略に基づき、顧客の代わりに公募ファンドの売買・スイッチングなどの取引行為を実行することが可能である。
  4. 公募ファンドを対象とした投資一任サービスのテストには、今後エクイティ運用が強みである証券会社の参加も考えられよう。また、ネット大手が自社の金融プラットフォームを通じて、ロボアドバイザーによる公募ファンド投資一任サービスを一般投資家向けに提供する可能性が高い。規制強化された銀行理財商品からの資金流出が見込まれる中、中国における投資一任サービスがどのように展開していくのかが注目される。
中国における従業員持株制度の拡大 塩島 晋
  1. 近年、中国において従業員持株会を導入する上場会社が増加している。その背景としては、中国政府が国家の成長及び資本市場の持続的発展、企業の内部管理構造の改善等を促進するために、従業員持株会に係る制度を整備してきたことがある。
  2. 中国の従業員持株会では、上場会社(委託人)が証券会社等の資産管理機関(管理人)に従業員持株会の運営管理を委託する。また、運用期間は2〜10年等に設定されており、満期を迎えると自動的に終了する点が、日本の従業員持株会との違いとなっている。
  3. 中国では、2020年1月7日時点で、中堅・大手の企業を中心に、656社の上場会社が従業員持株会を実施している。例えば、上場会社で初めて従業員持株会を導入した中国平安保険は、ストックオプション類似の制度と、退職まで保有できる日本に類似した制度を導入している。
  4. 中国における従業員持株制度の充実・普及が、離職率の低下を通じた企業経営の安定化に加え、労働者の資産形成支援、さらには中国資本市場の参加者のすそ野の拡大につながっていくのか、今後の動向が注目されよう。
要約
時流 コロナウイルスのパンデミックの教訓
−いま、BCPを見直せば、まだ間に合う国難災害−
関西大学特別任命教授・社会安全研究センター長 河田 惠昭

首都直下地震などの国難災害に備えて、特に現代都市社会の各種ネットワークの被害軽減対策を、現在グローバルに進行中のパンデミック対策に重ねて、4つの視点から論じた。1つ目は、パンデミックは人流、物流ネットワーク上を新型コロナウイルスが拡散するが、国難災害ではさらに金融や情報ネットワーク被害も加わり、複合災害と連滝災害となるため、これらを抑制すること、2つ目は、事業継続計画(BCP)の有効性は、平常時の企業経営と密接に関係していること、3つ目は、特に金融システムは地震時の停電や水害時の長期湛水によって大きく被災し、長期化する危険があること、および4つ目は、デジタル変革(DX)も災害に弱く、リダンダンシーを高める、すなわち予備手段を準備する必要があることを示した。

新型コロナウイルスの感染拡大で試練を迎えた中国経済 関 志雄
  1. 中国では、2020年に入ってから、新型コロナウイルス感染症が猛威を振るっている。その経済への影響は2003年のSARSの時より遥かに深刻である。経済成長率は、第1四半期には-6.8%と、マイナスに転じ、年末にかけて景気が回復に向かったとしても、年間では、2019年の実績(6.1%)を大きく下回ることが避けられない。
  2. 多くの企業は、業務の停止と再開の遅れを受けて、収入が大幅に減る一方で、賃金、金利、家賃などの固定費用を負担しなければならず、資金繰りが悪化している。その結果、企業の倒産が増え、失業と不良債権の問題が深刻化している。このような事態を回避するために、政府はダメージを受けた企業を対象に、財政面では時限減税、金融面では政策融資の拡大を中心とする支援策を打ち出している。大型景気対策を求める声が高まっているが、その余地は限られていると見られる。
  3. 中国から始まった新型コロナウイルス感染症は、その後、海外へと広がっている。米国、イタリア、スペインなど、それによる死者数が中国を大きく上回る国が続出した。各国は、都市のロックダウンなど、厳しい対策を取る一方で、相次いで史上最大規模の景気対策を打ち出しているが、成長の大幅な落ち込みが避けられないと見られる。海外市場の低迷は、すでに米中貿易摩擦を受けて鮮明になっている中国における輸出の減速に拍車をかけるだろう。このような内外環境の悪化を受けて、中国経済は、大きな試練を迎えている。
中国での新型コロナウイルス感染拡大に伴う金融面での危機対応策 関根 栄一
  1. 中国の2020年1〜2月の経済指標は、消費の前年同期比20.5%減に代表される通り、新型コロナウイルスの感染拡大防止策の影響を受け、過去に統計を遡れる範囲で大きく悪化した。中国国内で、最初に同ウイルスによる集団感染が発生した湖北省武漢市では、感染拡大を防ぐため、同年1月23日、武漢市の都市封鎖(ロックダウン)が行われた。
  2. 続いて、2020年1月24日の春節休暇期間からは、中国全土での人の移動・行動の制限等の公衆衛生上の措置が講じられた。春節休暇期間明けには、サービス業・製造業の業績悪化や家計の所得減少が予想され、また金融市場での混乱防止の必要性もあったため、2月1日、金融当局は、金融面での危機対応策を打ち出した。
  3. 対応策は、(1)金融市場や銀行貸出を通じた流動性支援、(2)個人の日常的な金融サービスの保障、(3)金融の基盤インフラ運営の確保、(4)外為・越境人民元取引の支援、(5)実施体制の確立、の五分野からなり、特別貸出枠の設定や、金融機関への行政指導が実施されている。
  4. 危機対応策の実績を見ると、2月の企業や家計向けの人民元貸出(フロー)は、春節という季節的かつ休暇期間の延長という要因もあり十分に実行されているとは言えない。また、家計向けの人民元建て短期貸出残高は、1月末に比べむしろ減少している。金融機関への行政指導は、政府が救済したい部門に、直接、資金を融通できる一方、金融仲介の歪みをもたらすリスクや、企業債務残高の増加に歯止めがかからないリスクもある。
  5. 武漢市の都市封鎖は4月8日に解除されたが、感染拡大期間中、新たにロボット配送や遠隔医療などの非接触・非対面型の取引形態が進展している。中小企業向け貿易金融へのブロックチェーン活用の実験拡大など金融取引での新たな動きもある。新型コロナウイルスの感染が長期化する中で、経済・社会のデジタル化に向けた変化の芽にも注目していく必要があろう。
新型コロナウイルスの感染拡大に揺れ動く欧州金融市場
−金融関連の政策対応と経済対策の財源問題−
磯部 昌吾
  1. 欧州では、新型コロナウイルスが猛威を振るう中で、金融市場への影響が急速に拡大している。各国の中央銀行や規制当局は、金融市場や金融機関が実体経済を支える機能を維持できるよう、異例の金融政策や金融規制の柔軟化措置等を相次いで打ち出している。
  2. 加えて、今後は、大規模な財政政策(経済対策)が必要となってくるが、税収の低下も予想されることから、支出と収入の両面から財政赤字が大きく拡大する可能性がある。このため、欧州各国が安定的に必要な財源を調達できるかは、今後の経済対策の成否にとって重要な要素といえる。
  3. イタリアやスペイン、フランスなどは欧州の共通債務証券(コロナ債)を発行し、その資金を新型コロナウイルス対応に利用することを提案しているが、ドイツやオランダなどは反対している。現状は欧州中央銀行(ECB)の債券買入政策が功を奏しているが、早期に打開策を見出すことが期待されている。
  4. 欧州の銀行では、貸出先の業績や資金繰りが悪化することで、再び不良債権が増加する懸念が生じている。欧州ソブリン危機以降、一部の国の銀行では自国政府債の保有が増加しているため、経済対策の実施に向けた安定的な財源調達は、銀行システムの安定性という観点からも重要な課題となっている。
  5. 今後は経済活動の停滞が長引くほど、企業と消費者の双方においてその間を凌ぐための資金需要が増え、必要な経済対策の規模も拡大していく。そうなれば、資金超過への対応が課題であった欧州金融市場において多くの資金需要が生まれることも考えられる。事態の終息を見通せない状況ではリスクが高い面は否めないが、過去の危機を踏まえてリスク耐性を高めてきた金融市場・金融機関が、欧州経済の立て直しにどのように貢献できるのか正念場に差し掛かろうとしている。
ステーブルコインと中央銀行デジタル通貨を巡って 淵田 康之
  1. リブラのようなグローバル・ステーブルコインの導入は様々なリスクをもたらしうるが、既成秩序への影響が大きいというだけの理由で、これを拒絶することは建設的ではない。既存のマネーのあり方自体が、時代のニーズに応えられなくなりつつあるからこそ、リブラのような構想が浮上するという現実があるからである。
  2. 既存の「口座型」のデジタルマネーを進化させるという選択肢もあるが、グローバル・ステーブルコインは、第三世代のデジタルマネーという新たな選択肢の存在を示している。
  3. Big Techのプラットフォーマーが、第三世代のデジタルマネーを採用すれば、法定通貨の地位が揺らぐ事態も生じかねない。そこで、各国の中央銀行が第三世代型の中央銀行デジタル通貨(CBDC)を発行し、国際送金にも応用する仕組みを構築していくことが考えられる。
  4. すなわち、今、問われているのは、グローバル・ステーブルコインやCBDCそのものの是非もさることながら、第三世代のデジタルマネーの供給を誰が主導すべきか、という点なのである。
  5. CBDC導入により、システミックリスクの軽減や金融政策の有効性向上も期待される。さらに、昨今のような緊急時における、国民への迅速かつ直接的な金銭的支援も円滑に実行可能となる。
  6. わが国の場合、諸外国に比べた決済サービスの立ち遅れが、今後より顕著となっていく可能性がある。多額の預金を抱えた銀行の運用難、金融政策の有効性低下などの問題も踏まえると、わが国は、世界で最も第三世代型のCBDCの導入が求められている国といって良いかもしれない。
金融サービスを拡大するスーパーアプリのゴジェックとグラブ 武井 悠輔北野 陽平
  1. 東南アジア域内では近年、大手配車アプリ運営企業が「スーパーアプリ」運営企業へと変貌を遂げるとともに、金融サービス事業を拡大し始めている。こうしたスーパーアプリの代表企業として、インドネシアを本拠とするゴジェックとシンガポールを本拠とするグラブが挙げられる。両社は、フードデリバリーやホテル予約等へ事業領域を拡大する中、電子決済サービスを拡充するとともに、他の金融サービスの提供を開始してきた。
  2. ゴジェックとグラブは、例えばフードデリバリーにおいて決済サービスを提供する中で、加盟店であるレストランや屋台を運営する零細・中小企業の膨大な決済データ等を蓄積することにより、既存の金融機関とは異なる独自の信用評価モデルを構築し、融資業を提供している。また、両社は、運転手や乗客向けの自動車保険で保険事業を開始したが、近年ではアプリ利用者向けに安価な海外旅行保険を提供する等、保険商品の拡充を図っている。さらに、ゴジェックはアプリ利用者等向けに投資商品や資産運用サービスを低コストで提供しており、グラブも今後提供を開始する予定である。
  3. ゴジェックとグラブは、提供するサービスの拡充に伴い、運転手、加盟店、アプリ利用者を含む顧客基盤を大幅に拡大してきた。ゴジェックのアプリのダウンロード数は2020年1月初旬時点で1.3億回、グラブのアプリのダウンロード数は2019年10月時点で1.66億回に達した。
  4. 東南アジア域内では、金融サービスに十分にアクセスできていない個人や零細・中小企業が数多くいる。そうした中、ゴジェックとグラブが巨大な顧客基盤を生かして、中長期的に既存の金融機関を補完する重要な役割を担うことで、金融包摂の促進や金融サービスの大衆化の一翼を担う存在になるか、注目されよう。
上場株式の売買単位と個人向け証券取引のイノベーション 岡田 功太片寄 直紀
  1. 米国の証券取引所では、100株を取引単位とする単位株制度がありつつも、上場株式及び上場投資信託(ETF)を1株から発注できる。ニューヨーク証券取引所の全取引に占める単位未満株取引の割合は約45%に達しており、少額取引の割合は増加傾向にある。更に、米国では、1株に満たない端株取引サービスを提供する金融機関も数多く存在し、創造的なサービス提供を行っている。
  2. 例えば、フォリオ・ファイナンシャルは、投資家自身が投資対象及び配分を設定可能な「フォリオ」というバスケット取引サービスを提供し、モチーフ・インベスティングは、0.0001株単位でウェイト調整が可能なインデックス投資サービスを行っている。ストックパイルは、「○株を○ドル分」と記載されたギフトカード提供のサービスを展開している。これらのサービスは、全て端株の取引を基盤としている。
  3. 他方、日本では、上場株式の売買単位は、単元株である100株に統一されているため、単元未満株や端株取引サービスは普及していない。例えば3万円の値が付いている上場株式を購入するには1単元分の300万円の資金が必要であり、このような銘柄は決して珍しくはない。累積投資などのサービスはあるものの、100株という売買単位は、少額投資家も含めた裾野拡大を追求する際の一つの障壁になっている。
  4. 日本の売買単位を1株に引き下げることができれば、少額投資の選択肢の拡大に繋がる。また、それにより米国のような証券取引サービスの向上やイノベーションの創出を後押しできれば、日本の積年の課題である「貯蓄から投資」の促進、さらには日本の株式市場の活性化と競争力の向上に繋がるのではないか、と考えられる。
銀行規制再論
−将来に向けた銀行システムの安定のための論点−
小立 敬
  1. グローバル金融危機以降、G20の枠組みの下で危機の再発防止を図る国際的な金融規制改革が行われ、日本では、バーゼルIIIを始めとする銀行のプルーデンス規制の強化が行われてきた。金融危機から10年に亘る金融規制改革もようやく完成しつつあり、現在は、自己資本比率のリスク・アセット計測方法の見直し、いわゆるバーゼルIII最終化を残すだけとなっている。
  2. 日本の銀行業界は、マイナス金利政策を始めとする長期間に及ぶ金融緩和政策に加えて、潜在成長力の低下や人口減少といった日本経済の構造問題の影響から、将来の展望について厳しい見方がされつつある。さらに、フィンテックやデジタライゼーションへの対応も含めて、新たなビジネス・モデルの構築に向けた課題も投げかけられている。日本の銀行業界を取り巻く経済・社会環境が大きく変わりゆく中にあって、将来に亘って銀行システムの安定を確保するという観点から、銀行のプルーデンス規制の枠組みを再点検する作業も求められよう。
  3. 金融危機後に国際的にまたは海外で議論されてきた論点や実際に講じられた措置を踏まえながら、(1)自己資本比率(国内基準)のあり方、(2)バーゼルIIIのカウンターシクリカル・バッファー(CCyB)の運用、(3)ゴーンコンサーン・ベースの損失吸収力に関する措置、(4)銀行のリスク・プロファイルに応じたプルーデンス規制の枠組みをテーマに取り上げて、将来に向けて日本の銀行システムの安定を確保するという観点から銀行のプルーデンス規制の論点を改めて整理し、新たな課題の提供を試みる。
  4. 現在、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響から、日本の経済・社会は過去に経験したことのない、リーマン・ショックをも上回るとされる危機に直面しているが、本稿は、現在の極めて困難な経済・社会環境をある程度克服することを前提として、より長期的な視点で考察を行うものであることを付言させていただきたい。
高齢社会の中での地域金融機関
−高齢顧客向けサービスへの示唆−
宮本 佐知子
  1. 日本の高齢化は急速に進展している。国立社会保障・人口問題研究所の推計によると、2040年には高齢世帯数は2,242万世帯、一般世帯総数に占める割合は44%になる。それに伴い、高齢単独世帯数や高齢世帯に占める単独世帯割合も増加していく。
  2. 高齢化の状況を地域別に見ると、このような動きが日本全体よりも早く顕在化する地域も多い。また、高齢世帯はどの地域においても、金融資産を多く保有している。そのため、地域金融機関にとって、高齢顧客への対応は急務になっている。
  3. しかし、高齢顧客の急増は、地域金融機関にとっても初めて直面する課題であり、その対応は試行錯誤が続けられている。そこで本稿では、米英の金融機関による高齢顧客への取り組みについて、顧客の関心が高いと見られ、日本の地域金融機関に参考になりそうなものを紹介したい。
  4. これらの取り組みには、新たな手数料収入を期待できるものもある一方で、直接的には収入につながりづらい「公益的な取り組み」となるものも多い。顧客の信頼を得ることにつながる地域貢献の観点を重視しながら、高齢顧客への取り組みを「収益的な取り組み」につなげることは、営利企業である地域金融機関にとっては重要な課題である。「公益的な取り組み」と「収益的な取り組み」を両立させる金融商品サービスを顧客本位の目線で工夫していくことが、地域金融機関には求められているのではないか。
中国における投資一任サービスの現状と発展の可能性 宋 良也
  1. 欧米・日本などの先進国で普及している投資一任(投資顧問)サービスへのニーズは、富裕層の規模が拡大する中国においても高まってきている。ウェルスマネジメントへの転換が迫られる証券会社にとって、新たな事業機会としての投資一任サービス導入の必要性が大きい。
  2. 一方で、中国には投資一任関連の法制度の未整備や、海外資本規制による運用対象資産の分散の制約などの問題が存在する。従来、証券会社と基金管理会社は各自の資産管理プランで投資一任の類似の金融商品を提供してきたが、いずれも銀行理財商品の受け皿となってしまい、投資家のリスク許容度に合わせたポートフォリオの変更ができないことから、本格的な投資一任サービスとは言い難い。
  3. 投資一任サービスに係る規制改革の試みは、2019年10月の公募ファンドを対象とした投資顧問業務テストから本格的に始まった。同テストに参加する金融機関は、顧客のリスク許容度に合わせたポートフォリオ戦略に基づき、顧客の代わりに公募ファンドの売買・スイッチングなどの取引行為を実行することが可能である。
  4. 公募ファンドを対象とした投資一任サービスのテストには、今後エクイティ運用が強みである証券会社の参加も考えられよう。また、ネット大手が自社の金融プラットフォームを通じて、ロボアドバイザーによる公募ファンド投資一任サービスを一般投資家向けに提供する可能性が高い。規制強化された銀行理財商品からの資金流出が見込まれる中、中国における投資一任サービスがどのように展開していくのかが注目される。
中国における従業員持株制度の拡大 塩島 晋
  1. 近年、中国において従業員持株会を導入する上場会社が増加している。その背景としては、中国政府が国家の成長及び資本市場の持続的発展、企業の内部管理構造の改善等を促進するために、従業員持株会に係る制度を整備してきたことがある。
  2. 中国の従業員持株会では、上場会社(委託人)が証券会社等の資産管理機関(管理人)に従業員持株会の運営管理を委託する。また、運用期間は2〜10年等に設定されており、満期を迎えると自動的に終了する点が、日本の従業員持株会との違いとなっている。
  3. 中国では、2020年1月7日時点で、中堅・大手の企業を中心に、656社の上場会社が従業員持株会を実施している。例えば、上場会社で初めて従業員持株会を導入した中国平安保険は、ストックオプション類似の制度と、退職まで保有できる日本に類似した制度を導入している。
  4. 中国における従業員持株制度の充実・普及が、離職率の低下を通じた企業経営の安定化に加え、労働者の資産形成支援、さらには中国資本市場の参加者のすそ野の拡大につながっていくのか、今後の動向が注目されよう。
時流 コロナウイルスのパンデミックの教訓
−いま、BCPを見直せば、まだ間に合う国難災害−
関西大学特別任命教授・社会安全研究センター長 河田 惠昭

首都直下地震などの国難災害に備えて、特に現代都市社会の各種ネットワークの被害軽減対策を、現在グローバルに進行中のパンデミック対策に重ねて、4つの視点から論じた。1つ目は、パンデミックは人流、物流ネットワーク上を新型コロナウイルスが拡散するが、国難災害ではさらに金融や情報ネットワーク被害も加わり、複合災害と連滝災害となるため、これらを抑制すること、2つ目は、事業継続計画(BCP)の有効性は、平常時の企業経営と密接に関係していること、3つ目は、特に金融システムは地震時の停電や水害時の長期湛水によって大きく被災し、長期化する危険があること、および4つ目は、デジタル変革(DX)も災害に弱く、リダンダンシーを高める、すなわち予備手段を準備する必要があることを示した。

新型コロナウイルスの感染拡大で試練を迎えた中国経済 関 志雄
  1. 中国では、2020年に入ってから、新型コロナウイルス感染症が猛威を振るっている。その経済への影響は2003年のSARSの時より遥かに深刻である。経済成長率は、第1四半期には-6.8%と、マイナスに転じ、年末にかけて景気が回復に向かったとしても、年間では、2019年の実績(6.1%)を大きく下回ることが避けられない。
  2. 多くの企業は、業務の停止と再開の遅れを受けて、収入が大幅に減る一方で、賃金、金利、家賃などの固定費用を負担しなければならず、資金繰りが悪化している。その結果、企業の倒産が増え、失業と不良債権の問題が深刻化している。このような事態を回避するために、政府はダメージを受けた企業を対象に、財政面では時限減税、金融面では政策融資の拡大を中心とする支援策を打ち出している。大型景気対策を求める声が高まっているが、その余地は限られていると見られる。
  3. 中国から始まった新型コロナウイルス感染症は、その後、海外へと広がっている。米国、イタリア、スペインなど、それによる死者数が中国を大きく上回る国が続出した。各国は、都市のロックダウンなど、厳しい対策を取る一方で、相次いで史上最大規模の景気対策を打ち出しているが、成長の大幅な落ち込みが避けられないと見られる。海外市場の低迷は、すでに米中貿易摩擦を受けて鮮明になっている中国における輸出の減速に拍車をかけるだろう。このような内外環境の悪化を受けて、中国経済は、大きな試練を迎えている。
中国での新型コロナウイルス感染拡大に伴う金融面での危機対応策 関根 栄一
  1. 中国の2020年1〜2月の経済指標は、消費の前年同期比20.5%減に代表される通り、新型コロナウイルスの感染拡大防止策の影響を受け、過去に統計を遡れる範囲で大きく悪化した。中国国内で、最初に同ウイルスによる集団感染が発生した湖北省武漢市では、感染拡大を防ぐため、同年1月23日、武漢市の都市封鎖(ロックダウン)が行われた。
  2. 続いて、2020年1月24日の春節休暇期間からは、中国全土での人の移動・行動の制限等の公衆衛生上の措置が講じられた。春節休暇期間明けには、サービス業・製造業の業績悪化や家計の所得減少が予想され、また金融市場での混乱防止の必要性もあったため、2月1日、金融当局は、金融面での危機対応策を打ち出した。
  3. 対応策は、(1)金融市場や銀行貸出を通じた流動性支援、(2)個人の日常的な金融サービスの保障、(3)金融の基盤インフラ運営の確保、(4)外為・越境人民元取引の支援、(5)実施体制の確立、の五分野からなり、特別貸出枠の設定や、金融機関への行政指導が実施されている。
  4. 危機対応策の実績を見ると、2月の企業や家計向けの人民元貸出(フロー)は、春節という季節的かつ休暇期間の延長という要因もあり十分に実行されているとは言えない。また、家計向けの人民元建て短期貸出残高は、1月末に比べむしろ減少している。金融機関への行政指導は、政府が救済したい部門に、直接、資金を融通できる一方、金融仲介の歪みをもたらすリスクや、企業債務残高の増加に歯止めがかからないリスクもある。
  5. 武漢市の都市封鎖は4月8日に解除されたが、感染拡大期間中、新たにロボット配送や遠隔医療などの非接触・非対面型の取引形態が進展している。中小企業向け貿易金融へのブロックチェーン活用の実験拡大など金融取引での新たな動きもある。新型コロナウイルスの感染が長期化する中で、経済・社会のデジタル化に向けた変化の芽にも注目していく必要があろう。
新型コロナウイルスの感染拡大に揺れ動く欧州金融市場
−金融関連の政策対応と経済対策の財源問題−
磯部 昌吾
  1. 欧州では、新型コロナウイルスが猛威を振るう中で、金融市場への影響が急速に拡大している。各国の中央銀行や規制当局は、金融市場や金融機関が実体経済を支える機能を維持できるよう、異例の金融政策や金融規制の柔軟化措置等を相次いで打ち出している。
  2. 加えて、今後は、大規模な財政政策(経済対策)が必要となってくるが、税収の低下も予想されることから、支出と収入の両面から財政赤字が大きく拡大する可能性がある。このため、欧州各国が安定的に必要な財源を調達できるかは、今後の経済対策の成否にとって重要な要素といえる。
  3. イタリアやスペイン、フランスなどは欧州の共通債務証券(コロナ債)を発行し、その資金を新型コロナウイルス対応に利用することを提案しているが、ドイツやオランダなどは反対している。現状は欧州中央銀行(ECB)の債券買入政策が功を奏しているが、早期に打開策を見出すことが期待されている。
  4. 欧州の銀行では、貸出先の業績や資金繰りが悪化することで、再び不良債権が増加する懸念が生じている。欧州ソブリン危機以降、一部の国の銀行では自国政府債の保有が増加しているため、経済対策の実施に向けた安定的な財源調達は、銀行システムの安定性という観点からも重要な課題となっている。
  5. 今後は経済活動の停滞が長引くほど、企業と消費者の双方においてその間を凌ぐための資金需要が増え、必要な経済対策の規模も拡大していく。そうなれば、資金超過への対応が課題であった欧州金融市場において多くの資金需要が生まれることも考えられる。事態の終息を見通せない状況ではリスクが高い面は否めないが、過去の危機を踏まえてリスク耐性を高めてきた金融市場・金融機関が、欧州経済の立て直しにどのように貢献できるのか正念場に差し掛かろうとしている。
ステーブルコインと中央銀行デジタル通貨を巡って 淵田 康之
  1. リブラのようなグローバル・ステーブルコインの導入は様々なリスクをもたらしうるが、既成秩序への影響が大きいというだけの理由で、これを拒絶することは建設的ではない。既存のマネーのあり方自体が、時代のニーズに応えられなくなりつつあるからこそ、リブラのような構想が浮上するという現実があるからである。
  2. 既存の「口座型」のデジタルマネーを進化させるという選択肢もあるが、グローバル・ステーブルコインは、第三世代のデジタルマネーという新たな選択肢の存在を示している。
  3. Big Techのプラットフォーマーが、第三世代のデジタルマネーを採用すれば、法定通貨の地位が揺らぐ事態も生じかねない。そこで、各国の中央銀行が第三世代型の中央銀行デジタル通貨(CBDC)を発行し、国際送金にも応用する仕組みを構築していくことが考えられる。
  4. すなわち、今、問われているのは、グローバル・ステーブルコインやCBDCそのものの是非もさることながら、第三世代のデジタルマネーの供給を誰が主導すべきか、という点なのである。
  5. CBDC導入により、システミックリスクの軽減や金融政策の有効性向上も期待される。さらに、昨今のような緊急時における、国民への迅速かつ直接的な金銭的支援も円滑に実行可能となる。
  6. わが国の場合、諸外国に比べた決済サービスの立ち遅れが、今後より顕著となっていく可能性がある。多額の預金を抱えた銀行の運用難、金融政策の有効性低下などの問題も踏まえると、わが国は、世界で最も第三世代型のCBDCの導入が求められている国といって良いかもしれない。
金融サービスを拡大するスーパーアプリのゴジェックとグラブ 武井 悠輔北野 陽平
  1. 東南アジア域内では近年、大手配車アプリ運営企業が「スーパーアプリ」運営企業へと変貌を遂げるとともに、金融サービス事業を拡大し始めている。こうしたスーパーアプリの代表企業として、インドネシアを本拠とするゴジェックとシンガポールを本拠とするグラブが挙げられる。両社は、フードデリバリーやホテル予約等へ事業領域を拡大する中、電子決済サービスを拡充するとともに、他の金融サービスの提供を開始してきた。
  2. ゴジェックとグラブは、例えばフードデリバリーにおいて決済サービスを提供する中で、加盟店であるレストランや屋台を運営する零細・中小企業の膨大な決済データ等を蓄積することにより、既存の金融機関とは異なる独自の信用評価モデルを構築し、融資業を提供している。また、両社は、運転手や乗客向けの自動車保険で保険事業を開始したが、近年ではアプリ利用者向けに安価な海外旅行保険を提供する等、保険商品の拡充を図っている。さらに、ゴジェックはアプリ利用者等向けに投資商品や資産運用サービスを低コストで提供しており、グラブも今後提供を開始する予定である。
  3. ゴジェックとグラブは、提供するサービスの拡充に伴い、運転手、加盟店、アプリ利用者を含む顧客基盤を大幅に拡大してきた。ゴジェックのアプリのダウンロード数は2020年1月初旬時点で1.3億回、グラブのアプリのダウンロード数は2019年10月時点で1.66億回に達した。
  4. 東南アジア域内では、金融サービスに十分にアクセスできていない個人や零細・中小企業が数多くいる。そうした中、ゴジェックとグラブが巨大な顧客基盤を生かして、中長期的に既存の金融機関を補完する重要な役割を担うことで、金融包摂の促進や金融サービスの大衆化の一翼を担う存在になるか、注目されよう。
上場株式の売買単位と個人向け証券取引のイノベーション 岡田 功太片寄 直紀
  1. 米国の証券取引所では、100株を取引単位とする単位株制度がありつつも、上場株式及び上場投資信託(ETF)を1株から発注できる。ニューヨーク証券取引所の全取引に占める単位未満株取引の割合は約45%に達しており、少額取引の割合は増加傾向にある。更に、米国では、1株に満たない端株取引サービスを提供する金融機関も数多く存在し、創造的なサービス提供を行っている。
  2. 例えば、フォリオ・ファイナンシャルは、投資家自身が投資対象及び配分を設定可能な「フォリオ」というバスケット取引サービスを提供し、モチーフ・インベスティングは、0.0001株単位でウェイト調整が可能なインデックス投資サービスを行っている。ストックパイルは、「○株を○ドル分」と記載されたギフトカード提供のサービスを展開している。これらのサービスは、全て端株の取引を基盤としている。
  3. 他方、日本では、上場株式の売買単位は、単元株である100株に統一されているため、単元未満株や端株取引サービスは普及していない。例えば3万円の値が付いている上場株式を購入するには1単元分の300万円の資金が必要であり、このような銘柄は決して珍しくはない。累積投資などのサービスはあるものの、100株という売買単位は、少額投資家も含めた裾野拡大を追求する際の一つの障壁になっている。
  4. 日本の売買単位を1株に引き下げることができれば、少額投資の選択肢の拡大に繋がる。また、それにより米国のような証券取引サービスの向上やイノベーションの創出を後押しできれば、日本の積年の課題である「貯蓄から投資」の促進、さらには日本の株式市場の活性化と競争力の向上に繋がるのではないか、と考えられる。
銀行規制再論
−将来に向けた銀行システムの安定のための論点−
小立 敬
  1. グローバル金融危機以降、G20の枠組みの下で危機の再発防止を図る国際的な金融規制改革が行われ、日本では、バーゼルIIIを始めとする銀行のプルーデンス規制の強化が行われてきた。金融危機から10年に亘る金融規制改革もようやく完成しつつあり、現在は、自己資本比率のリスク・アセット計測方法の見直し、いわゆるバーゼルIII最終化を残すだけとなっている。
  2. 日本の銀行業界は、マイナス金利政策を始めとする長期間に及ぶ金融緩和政策に加えて、潜在成長力の低下や人口減少といった日本経済の構造問題の影響から、将来の展望について厳しい見方がされつつある。さらに、フィンテックやデジタライゼーションへの対応も含めて、新たなビジネス・モデルの構築に向けた課題も投げかけられている。日本の銀行業界を取り巻く経済・社会環境が大きく変わりゆく中にあって、将来に亘って銀行システムの安定を確保するという観点から、銀行のプルーデンス規制の枠組みを再点検する作業も求められよう。
  3. 金融危機後に国際的にまたは海外で議論されてきた論点や実際に講じられた措置を踏まえながら、(1)自己資本比率(国内基準)のあり方、(2)バーゼルIIIのカウンターシクリカル・バッファー(CCyB)の運用、(3)ゴーンコンサーン・ベースの損失吸収力に関する措置、(4)銀行のリスク・プロファイルに応じたプルーデンス規制の枠組みをテーマに取り上げて、将来に向けて日本の銀行システムの安定を確保するという観点から銀行のプルーデンス規制の論点を改めて整理し、新たな課題の提供を試みる。
  4. 現在、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響から、日本の経済・社会は過去に経験したことのない、リーマン・ショックをも上回るとされる危機に直面しているが、本稿は、現在の極めて困難な経済・社会環境をある程度克服することを前提として、より長期的な視点で考察を行うものであることを付言させていただきたい。
高齢社会の中での地域金融機関
−高齢顧客向けサービスへの示唆−
宮本 佐知子
  1. 日本の高齢化は急速に進展している。国立社会保障・人口問題研究所の推計によると、2040年には高齢世帯数は2,242万世帯、一般世帯総数に占める割合は44%になる。それに伴い、高齢単独世帯数や高齢世帯に占める単独世帯割合も増加していく。
  2. 高齢化の状況を地域別に見ると、このような動きが日本全体よりも早く顕在化する地域も多い。また、高齢世帯はどの地域においても、金融資産を多く保有している。そのため、地域金融機関にとって、高齢顧客への対応は急務になっている。
  3. しかし、高齢顧客の急増は、地域金融機関にとっても初めて直面する課題であり、その対応は試行錯誤が続けられている。そこで本稿では、米英の金融機関による高齢顧客への取り組みについて、顧客の関心が高いと見られ、日本の地域金融機関に参考になりそうなものを紹介したい。
  4. これらの取り組みには、新たな手数料収入を期待できるものもある一方で、直接的には収入につながりづらい「公益的な取り組み」となるものも多い。顧客の信頼を得ることにつながる地域貢献の観点を重視しながら、高齢顧客への取り組みを「収益的な取り組み」につなげることは、営利企業である地域金融機関にとっては重要な課題である。「公益的な取り組み」と「収益的な取り組み」を両立させる金融商品サービスを顧客本位の目線で工夫していくことが、地域金融機関には求められているのではないか。
中国における投資一任サービスの現状と発展の可能性 宋 良也
  1. 欧米・日本などの先進国で普及している投資一任(投資顧問)サービスへのニーズは、富裕層の規模が拡大する中国においても高まってきている。ウェルスマネジメントへの転換が迫られる証券会社にとって、新たな事業機会としての投資一任サービス導入の必要性が大きい。
  2. 一方で、中国には投資一任関連の法制度の未整備や、海外資本規制による運用対象資産の分散の制約などの問題が存在する。従来、証券会社と基金管理会社は各自の資産管理プランで投資一任の類似の金融商品を提供してきたが、いずれも銀行理財商品の受け皿となってしまい、投資家のリスク許容度に合わせたポートフォリオの変更ができないことから、本格的な投資一任サービスとは言い難い。
  3. 投資一任サービスに係る規制改革の試みは、2019年10月の公募ファンドを対象とした投資顧問業務テストから本格的に始まった。同テストに参加する金融機関は、顧客のリスク許容度に合わせたポートフォリオ戦略に基づき、顧客の代わりに公募ファンドの売買・スイッチングなどの取引行為を実行することが可能である。
  4. 公募ファンドを対象とした投資一任サービスのテストには、今後エクイティ運用が強みである証券会社の参加も考えられよう。また、ネット大手が自社の金融プラットフォームを通じて、ロボアドバイザーによる公募ファンド投資一任サービスを一般投資家向けに提供する可能性が高い。規制強化された銀行理財商品からの資金流出が見込まれる中、中国における投資一任サービスがどのように展開していくのかが注目される。
中国における従業員持株制度の拡大 塩島 晋
  1. 近年、中国において従業員持株会を導入する上場会社が増加している。その背景としては、中国政府が国家の成長及び資本市場の持続的発展、企業の内部管理構造の改善等を促進するために、従業員持株会に係る制度を整備してきたことがある。
  2. 中国の従業員持株会では、上場会社(委託人)が証券会社等の資産管理機関(管理人)に従業員持株会の運営管理を委託する。また、運用期間は2〜10年等に設定されており、満期を迎えると自動的に終了する点が、日本の従業員持株会との違いとなっている。
  3. 中国では、2020年1月7日時点で、中堅・大手の企業を中心に、656社の上場会社が従業員持株会を実施している。例えば、上場会社で初めて従業員持株会を導入した中国平安保険は、ストックオプション類似の制度と、退職まで保有できる日本に類似した制度を導入している。
  4. 中国における従業員持株制度の充実・普及が、離職率の低下を通じた企業経営の安定化に加え、労働者の資産形成支援、さらには中国資本市場の参加者のすそ野の拡大につながっていくのか、今後の動向が注目されよう。
要約
時流 コロナウイルスのパンデミックの教訓
−いま、BCPを見直せば、まだ間に合う国難災害−
関西大学特別任命教授・社会安全研究センター長 河田 惠昭

首都直下地震などの国難災害に備えて、特に現代都市社会の各種ネットワークの被害軽減対策を、現在グローバルに進行中のパンデミック対策に重ねて、4つの視点から論じた。1つ目は、パンデミックは人流、物流ネットワーク上を新型コロナウイルスが拡散するが、国難災害ではさらに金融や情報ネットワーク被害も加わり、複合災害と連滝災害となるため、これらを抑制すること、2つ目は、事業継続計画(BCP)の有効性は、平常時の企業経営と密接に関係していること、3つ目は、特に金融システムは地震時の停電や水害時の長期湛水によって大きく被災し、長期化する危険があること、および4つ目は、デジタル変革(DX)も災害に弱く、リダンダンシーを高める、すなわち予備手段を準備する必要があることを示した。

新型コロナウイルスの感染拡大で試練を迎えた中国経済 関 志雄
  1. 中国では、2020年に入ってから、新型コロナウイルス感染症が猛威を振るっている。その経済への影響は2003年のSARSの時より遥かに深刻である。経済成長率は、第1四半期には-6.8%と、マイナスに転じ、年末にかけて景気が回復に向かったとしても、年間では、2019年の実績(6.1%)を大きく下回ることが避けられない。
  2. 多くの企業は、業務の停止と再開の遅れを受けて、収入が大幅に減る一方で、賃金、金利、家賃などの固定費用を負担しなければならず、資金繰りが悪化している。その結果、企業の倒産が増え、失業と不良債権の問題が深刻化している。このような事態を回避するために、政府はダメージを受けた企業を対象に、財政面では時限減税、金融面では政策融資の拡大を中心とする支援策を打ち出している。大型景気対策を求める声が高まっているが、その余地は限られていると見られる。
  3. 中国から始まった新型コロナウイルス感染症は、その後、海外へと広がっている。米国、イタリア、スペインなど、それによる死者数が中国を大きく上回る国が続出した。各国は、都市のロックダウンなど、厳しい対策を取る一方で、相次いで史上最大規模の景気対策を打ち出しているが、成長の大幅な落ち込みが避けられないと見られる。海外市場の低迷は、すでに米中貿易摩擦を受けて鮮明になっている中国における輸出の減速に拍車をかけるだろう。このような内外環境の悪化を受けて、中国経済は、大きな試練を迎えている。
中国での新型コロナウイルス感染拡大に伴う金融面での危機対応策 関根 栄一
  1. 中国の2020年1〜2月の経済指標は、消費の前年同期比20.5%減に代表される通り、新型コロナウイルスの感染拡大防止策の影響を受け、過去に統計を遡れる範囲で大きく悪化した。中国国内で、最初に同ウイルスによる集団感染が発生した湖北省武漢市では、感染拡大を防ぐため、同年1月23日、武漢市の都市封鎖(ロックダウン)が行われた。
  2. 続いて、2020年1月24日の春節休暇期間からは、中国全土での人の移動・行動の制限等の公衆衛生上の措置が講じられた。春節休暇期間明けには、サービス業・製造業の業績悪化や家計の所得減少が予想され、また金融市場での混乱防止の必要性もあったため、2月1日、金融当局は、金融面での危機対応策を打ち出した。
  3. 対応策は、(1)金融市場や銀行貸出を通じた流動性支援、(2)個人の日常的な金融サービスの保障、(3)金融の基盤インフラ運営の確保、(4)外為・越境人民元取引の支援、(5)実施体制の確立、の五分野からなり、特別貸出枠の設定や、金融機関への行政指導が実施されている。
  4. 危機対応策の実績を見ると、2月の企業や家計向けの人民元貸出(フロー)は、春節という季節的かつ休暇期間の延長という要因もあり十分に実行されているとは言えない。また、家計向けの人民元建て短期貸出残高は、1月末に比べむしろ減少している。金融機関への行政指導は、政府が救済したい部門に、直接、資金を融通できる一方、金融仲介の歪みをもたらすリスクや、企業債務残高の増加に歯止めがかからないリスクもある。
  5. 武漢市の都市封鎖は4月8日に解除されたが、感染拡大期間中、新たにロボット配送や遠隔医療などの非接触・非対面型の取引形態が進展している。中小企業向け貿易金融へのブロックチェーン活用の実験拡大など金融取引での新たな動きもある。新型コロナウイルスの感染が長期化する中で、経済・社会のデジタル化に向けた変化の芽にも注目していく必要があろう。
新型コロナウイルスの感染拡大に揺れ動く欧州金融市場
−金融関連の政策対応と経済対策の財源問題−
磯部 昌吾
  1. 欧州では、新型コロナウイルスが猛威を振るう中で、金融市場への影響が急速に拡大している。各国の中央銀行や規制当局は、金融市場や金融機関が実体経済を支える機能を維持できるよう、異例の金融政策や金融規制の柔軟化措置等を相次いで打ち出している。
  2. 加えて、今後は、大規模な財政政策(経済対策)が必要となってくるが、税収の低下も予想されることから、支出と収入の両面から財政赤字が大きく拡大する可能性がある。このため、欧州各国が安定的に必要な財源を調達できるかは、今後の経済対策の成否にとって重要な要素といえる。
  3. イタリアやスペイン、フランスなどは欧州の共通債務証券(コロナ債)を発行し、その資金を新型コロナウイルス対応に利用することを提案しているが、ドイツやオランダなどは反対している。現状は欧州中央銀行(ECB)の債券買入政策が功を奏しているが、早期に打開策を見出すことが期待されている。
  4. 欧州の銀行では、貸出先の業績や資金繰りが悪化することで、再び不良債権が増加する懸念が生じている。欧州ソブリン危機以降、一部の国の銀行では自国政府債の保有が増加しているため、経済対策の実施に向けた安定的な財源調達は、銀行システムの安定性という観点からも重要な課題となっている。
  5. 今後は経済活動の停滞が長引くほど、企業と消費者の双方においてその間を凌ぐための資金需要が増え、必要な経済対策の規模も拡大していく。そうなれば、資金超過への対応が課題であった欧州金融市場において多くの資金需要が生まれることも考えられる。事態の終息を見通せない状況ではリスクが高い面は否めないが、過去の危機を踏まえてリスク耐性を高めてきた金融市場・金融機関が、欧州経済の立て直しにどのように貢献できるのか正念場に差し掛かろうとしている。
ステーブルコインと中央銀行デジタル通貨を巡って 淵田 康之
  1. リブラのようなグローバル・ステーブルコインの導入は様々なリスクをもたらしうるが、既成秩序への影響が大きいというだけの理由で、これを拒絶することは建設的ではない。既存のマネーのあり方自体が、時代のニーズに応えられなくなりつつあるからこそ、リブラのような構想が浮上するという現実があるからである。
  2. 既存の「口座型」のデジタルマネーを進化させるという選択肢もあるが、グローバル・ステーブルコインは、第三世代のデジタルマネーという新たな選択肢の存在を示している。
  3. Big Techのプラットフォーマーが、第三世代のデジタルマネーを採用すれば、法定通貨の地位が揺らぐ事態も生じかねない。そこで、各国の中央銀行が第三世代型の中央銀行デジタル通貨(CBDC)を発行し、国際送金にも応用する仕組みを構築していくことが考えられる。
  4. すなわち、今、問われているのは、グローバル・ステーブルコインやCBDCそのものの是非もさることながら、第三世代のデジタルマネーの供給を誰が主導すべきか、という点なのである。
  5. CBDC導入により、システミックリスクの軽減や金融政策の有効性向上も期待される。さらに、昨今のような緊急時における、国民への迅速かつ直接的な金銭的支援も円滑に実行可能となる。
  6. わが国の場合、諸外国に比べた決済サービスの立ち遅れが、今後より顕著となっていく可能性がある。多額の預金を抱えた銀行の運用難、金融政策の有効性低下などの問題も踏まえると、わが国は、世界で最も第三世代型のCBDCの導入が求められている国といって良いかもしれない。
金融サービスを拡大するスーパーアプリのゴジェックとグラブ 武井 悠輔北野 陽平
  1. 東南アジア域内では近年、大手配車アプリ運営企業が「スーパーアプリ」運営企業へと変貌を遂げるとともに、金融サービス事業を拡大し始めている。こうしたスーパーアプリの代表企業として、インドネシアを本拠とするゴジェックとシンガポールを本拠とするグラブが挙げられる。両社は、フードデリバリーやホテル予約等へ事業領域を拡大する中、電子決済サービスを拡充するとともに、他の金融サービスの提供を開始してきた。
  2. ゴジェックとグラブは、例えばフードデリバリーにおいて決済サービスを提供する中で、加盟店であるレストランや屋台を運営する零細・中小企業の膨大な決済データ等を蓄積することにより、既存の金融機関とは異なる独自の信用評価モデルを構築し、融資業を提供している。また、両社は、運転手や乗客向けの自動車保険で保険事業を開始したが、近年ではアプリ利用者向けに安価な海外旅行保険を提供する等、保険商品の拡充を図っている。さらに、ゴジェックはアプリ利用者等向けに投資商品や資産運用サービスを低コストで提供しており、グラブも今後提供を開始する予定である。
  3. ゴジェックとグラブは、提供するサービスの拡充に伴い、運転手、加盟店、アプリ利用者を含む顧客基盤を大幅に拡大してきた。ゴジェックのアプリのダウンロード数は2020年1月初旬時点で1.3億回、グラブのアプリのダウンロード数は2019年10月時点で1.66億回に達した。
  4. 東南アジア域内では、金融サービスに十分にアクセスできていない個人や零細・中小企業が数多くいる。そうした中、ゴジェックとグラブが巨大な顧客基盤を生かして、中長期的に既存の金融機関を補完する重要な役割を担うことで、金融包摂の促進や金融サービスの大衆化の一翼を担う存在になるか、注目されよう。
上場株式の売買単位と個人向け証券取引のイノベーション 岡田 功太片寄 直紀
  1. 米国の証券取引所では、100株を取引単位とする単位株制度がありつつも、上場株式及び上場投資信託(ETF)を1株から発注できる。ニューヨーク証券取引所の全取引に占める単位未満株取引の割合は約45%に達しており、少額取引の割合は増加傾向にある。更に、米国では、1株に満たない端株取引サービスを提供する金融機関も数多く存在し、創造的なサービス提供を行っている。
  2. 例えば、フォリオ・ファイナンシャルは、投資家自身が投資対象及び配分を設定可能な「フォリオ」というバスケット取引サービスを提供し、モチーフ・インベスティングは、0.0001株単位でウェイト調整が可能なインデックス投資サービスを行っている。ストックパイルは、「○株を○ドル分」と記載されたギフトカード提供のサービスを展開している。これらのサービスは、全て端株の取引を基盤としている。
  3. 他方、日本では、上場株式の売買単位は、単元株である100株に統一されているため、単元未満株や端株取引サービスは普及していない。例えば3万円の値が付いている上場株式を購入するには1単元分の300万円の資金が必要であり、このような銘柄は決して珍しくはない。累積投資などのサービスはあるものの、100株という売買単位は、少額投資家も含めた裾野拡大を追求する際の一つの障壁になっている。
  4. 日本の売買単位を1株に引き下げることができれば、少額投資の選択肢の拡大に繋がる。また、それにより米国のような証券取引サービスの向上やイノベーションの創出を後押しできれば、日本の積年の課題である「貯蓄から投資」の促進、さらには日本の株式市場の活性化と競争力の向上に繋がるのではないか、と考えられる。
銀行規制再論
−将来に向けた銀行システムの安定のための論点−
小立 敬
  1. グローバル金融危機以降、G20の枠組みの下で危機の再発防止を図る国際的な金融規制改革が行われ、日本では、バーゼルIIIを始めとする銀行のプルーデンス規制の強化が行われてきた。金融危機から10年に亘る金融規制改革もようやく完成しつつあり、現在は、自己資本比率のリスク・アセット計測方法の見直し、いわゆるバーゼルIII最終化を残すだけとなっている。
  2. 日本の銀行業界は、マイナス金利政策を始めとする長期間に及ぶ金融緩和政策に加えて、潜在成長力の低下や人口減少といった日本経済の構造問題の影響から、将来の展望について厳しい見方がされつつある。さらに、フィンテックやデジタライゼーションへの対応も含めて、新たなビジネス・モデルの構築に向けた課題も投げかけられている。日本の銀行業界を取り巻く経済・社会環境が大きく変わりゆく中にあって、将来に亘って銀行システムの安定を確保するという観点から、銀行のプルーデンス規制の枠組みを再点検する作業も求められよう。
  3. 金融危機後に国際的にまたは海外で議論されてきた論点や実際に講じられた措置を踏まえながら、(1)自己資本比率(国内基準)のあり方、(2)バーゼルIIIのカウンターシクリカル・バッファー(CCyB)の運用、(3)ゴーンコンサーン・ベースの損失吸収力に関する措置、(4)銀行のリスク・プロファイルに応じたプルーデンス規制の枠組みをテーマに取り上げて、将来に向けて日本の銀行システムの安定を確保するという観点から銀行のプルーデンス規制の論点を改めて整理し、新たな課題の提供を試みる。
  4. 現在、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響から、日本の経済・社会は過去に経験したことのない、リーマン・ショックをも上回るとされる危機に直面しているが、本稿は、現在の極めて困難な経済・社会環境をある程度克服することを前提として、より長期的な視点で考察を行うものであることを付言させていただきたい。
高齢社会の中での地域金融機関
−高齢顧客向けサービスへの示唆−
宮本 佐知子
  1. 日本の高齢化は急速に進展している。国立社会保障・人口問題研究所の推計によると、2040年には高齢世帯数は2,242万世帯、一般世帯総数に占める割合は44%になる。それに伴い、高齢単独世帯数や高齢世帯に占める単独世帯割合も増加していく。
  2. 高齢化の状況を地域別に見ると、このような動きが日本全体よりも早く顕在化する地域も多い。また、高齢世帯はどの地域においても、金融資産を多く保有している。そのため、地域金融機関にとって、高齢顧客への対応は急務になっている。
  3. しかし、高齢顧客の急増は、地域金融機関にとっても初めて直面する課題であり、その対応は試行錯誤が続けられている。そこで本稿では、米英の金融機関による高齢顧客への取り組みについて、顧客の関心が高いと見られ、日本の地域金融機関に参考になりそうなものを紹介したい。
  4. これらの取り組みには、新たな手数料収入を期待できるものもある一方で、直接的には収入につながりづらい「公益的な取り組み」となるものも多い。顧客の信頼を得ることにつながる地域貢献の観点を重視しながら、高齢顧客への取り組みを「収益的な取り組み」につなげることは、営利企業である地域金融機関にとっては重要な課題である。「公益的な取り組み」と「収益的な取り組み」を両立させる金融商品サービスを顧客本位の目線で工夫していくことが、地域金融機関には求められているのではないか。
中国における投資一任サービスの現状と発展の可能性 宋 良也
  1. 欧米・日本などの先進国で普及している投資一任(投資顧問)サービスへのニーズは、富裕層の規模が拡大する中国においても高まってきている。ウェルスマネジメントへの転換が迫られる証券会社にとって、新たな事業機会としての投資一任サービス導入の必要性が大きい。
  2. 一方で、中国には投資一任関連の法制度の未整備や、海外資本規制による運用対象資産の分散の制約などの問題が存在する。従来、証券会社と基金管理会社は各自の資産管理プランで投資一任の類似の金融商品を提供してきたが、いずれも銀行理財商品の受け皿となってしまい、投資家のリスク許容度に合わせたポートフォリオの変更ができないことから、本格的な投資一任サービスとは言い難い。
  3. 投資一任サービスに係る規制改革の試みは、2019年10月の公募ファンドを対象とした投資顧問業務テストから本格的に始まった。同テストに参加する金融機関は、顧客のリスク許容度に合わせたポートフォリオ戦略に基づき、顧客の代わりに公募ファンドの売買・スイッチングなどの取引行為を実行することが可能である。
  4. 公募ファンドを対象とした投資一任サービスのテストには、今後エクイティ運用が強みである証券会社の参加も考えられよう。また、ネット大手が自社の金融プラットフォームを通じて、ロボアドバイザーによる公募ファンド投資一任サービスを一般投資家向けに提供する可能性が高い。規制強化された銀行理財商品からの資金流出が見込まれる中、中国における投資一任サービスがどのように展開していくのかが注目される。
中国における従業員持株制度の拡大 塩島 晋
  1. 近年、中国において従業員持株会を導入する上場会社が増加している。その背景としては、中国政府が国家の成長及び資本市場の持続的発展、企業の内部管理構造の改善等を促進するために、従業員持株会に係る制度を整備してきたことがある。
  2. 中国の従業員持株会では、上場会社(委託人)が証券会社等の資産管理機関(管理人)に従業員持株会の運営管理を委託する。また、運用期間は2〜10年等に設定されており、満期を迎えると自動的に終了する点が、日本の従業員持株会との違いとなっている。
  3. 中国では、2020年1月7日時点で、中堅・大手の企業を中心に、656社の上場会社が従業員持株会を実施している。例えば、上場会社で初めて従業員持株会を導入した中国平安保険は、ストックオプション類似の制度と、退職まで保有できる日本に類似した制度を導入している。
  4. 中国における従業員持株制度の充実・普及が、離職率の低下を通じた企業経営の安定化に加え、労働者の資産形成支援、さらには中国資本市場の参加者のすそ野の拡大につながっていくのか、今後の動向が注目されよう。
金融・証券規制
時流 コロナウイルスのパンデミックの教訓
−いま、BCPを見直せば、まだ間に合う国難災害−
関西大学特別任命教授・社会安全研究センター長 河田 惠昭

首都直下地震などの国難災害に備えて、特に現代都市社会の各種ネットワークの被害軽減対策を、現在グローバルに進行中のパンデミック対策に重ねて、4つの視点から論じた。1つ目は、パンデミックは人流、物流ネットワーク上を新型コロナウイルスが拡散するが、国難災害ではさらに金融や情報ネットワーク被害も加わり、複合災害と連滝災害となるため、これらを抑制すること、2つ目は、事業継続計画(BCP)の有効性は、平常時の企業経営と密接に関係していること、3つ目は、特に金融システムは地震時の停電や水害時の長期湛水によって大きく被災し、長期化する危険があること、および4つ目は、デジタル変革(DX)も災害に弱く、リダンダンシーを高める、すなわち予備手段を準備する必要があることを示した。

新型コロナウイルスの感染拡大で試練を迎えた中国経済 関 志雄
  1. 中国では、2020年に入ってから、新型コロナウイルス感染症が猛威を振るっている。その経済への影響は2003年のSARSの時より遥かに深刻である。経済成長率は、第1四半期には-6.8%と、マイナスに転じ、年末にかけて景気が回復に向かったとしても、年間では、2019年の実績(6.1%)を大きく下回ることが避けられない。
  2. 多くの企業は、業務の停止と再開の遅れを受けて、収入が大幅に減る一方で、賃金、金利、家賃などの固定費用を負担しなければならず、資金繰りが悪化している。その結果、企業の倒産が増え、失業と不良債権の問題が深刻化している。このような事態を回避するために、政府はダメージを受けた企業を対象に、財政面では時限減税、金融面では政策融資の拡大を中心とする支援策を打ち出している。大型景気対策を求める声が高まっているが、その余地は限られていると見られる。
  3. 中国から始まった新型コロナウイルス感染症は、その後、海外へと広がっている。米国、イタリア、スペインなど、それによる死者数が中国を大きく上回る国が続出した。各国は、都市のロックダウンなど、厳しい対策を取る一方で、相次いで史上最大規模の景気対策を打ち出しているが、成長の大幅な落ち込みが避けられないと見られる。海外市場の低迷は、すでに米中貿易摩擦を受けて鮮明になっている中国における輸出の減速に拍車をかけるだろう。このような内外環境の悪化を受けて、中国経済は、大きな試練を迎えている。
中国での新型コロナウイルス感染拡大に伴う金融面での危機対応策 関根 栄一
  1. 中国の2020年1〜2月の経済指標は、消費の前年同期比20.5%減に代表される通り、新型コロナウイルスの感染拡大防止策の影響を受け、過去に統計を遡れる範囲で大きく悪化した。中国国内で、最初に同ウイルスによる集団感染が発生した湖北省武漢市では、感染拡大を防ぐため、同年1月23日、武漢市の都市封鎖(ロックダウン)が行われた。
  2. 続いて、2020年1月24日の春節休暇期間からは、中国全土での人の移動・行動の制限等の公衆衛生上の措置が講じられた。春節休暇期間明けには、サービス業・製造業の業績悪化や家計の所得減少が予想され、また金融市場での混乱防止の必要性もあったため、2月1日、金融当局は、金融面での危機対応策を打ち出した。
  3. 対応策は、(1)金融市場や銀行貸出を通じた流動性支援、(2)個人の日常的な金融サービスの保障、(3)金融の基盤インフラ運営の確保、(4)外為・越境人民元取引の支援、(5)実施体制の確立、の五分野からなり、特別貸出枠の設定や、金融機関への行政指導が実施されている。
  4. 危機対応策の実績を見ると、2月の企業や家計向けの人民元貸出(フロー)は、春節という季節的かつ休暇期間の延長という要因もあり十分に実行されているとは言えない。また、家計向けの人民元建て短期貸出残高は、1月末に比べむしろ減少している。金融機関への行政指導は、政府が救済したい部門に、直接、資金を融通できる一方、金融仲介の歪みをもたらすリスクや、企業債務残高の増加に歯止めがかからないリスクもある。
  5. 武漢市の都市封鎖は4月8日に解除されたが、感染拡大期間中、新たにロボット配送や遠隔医療などの非接触・非対面型の取引形態が進展している。中小企業向け貿易金融へのブロックチェーン活用の実験拡大など金融取引での新たな動きもある。新型コロナウイルスの感染が長期化する中で、経済・社会のデジタル化に向けた変化の芽にも注目していく必要があろう。
新型コロナウイルスの感染拡大に揺れ動く欧州金融市場
−金融関連の政策対応と経済対策の財源問題−
磯部 昌吾
  1. 欧州では、新型コロナウイルスが猛威を振るう中で、金融市場への影響が急速に拡大している。各国の中央銀行や規制当局は、金融市場や金融機関が実体経済を支える機能を維持できるよう、異例の金融政策や金融規制の柔軟化措置等を相次いで打ち出している。
  2. 加えて、今後は、大規模な財政政策(経済対策)が必要となってくるが、税収の低下も予想されることから、支出と収入の両面から財政赤字が大きく拡大する可能性がある。このため、欧州各国が安定的に必要な財源を調達できるかは、今後の経済対策の成否にとって重要な要素といえる。
  3. イタリアやスペイン、フランスなどは欧州の共通債務証券(コロナ債)を発行し、その資金を新型コロナウイルス対応に利用することを提案しているが、ドイツやオランダなどは反対している。現状は欧州中央銀行(ECB)の債券買入政策が功を奏しているが、早期に打開策を見出すことが期待されている。
  4. 欧州の銀行では、貸出先の業績や資金繰りが悪化することで、再び不良債権が増加する懸念が生じている。欧州ソブリン危機以降、一部の国の銀行では自国政府債の保有が増加しているため、経済対策の実施に向けた安定的な財源調達は、銀行システムの安定性という観点からも重要な課題となっている。
  5. 今後は経済活動の停滞が長引くほど、企業と消費者の双方においてその間を凌ぐための資金需要が増え、必要な経済対策の規模も拡大していく。そうなれば、資金超過への対応が課題であった欧州金融市場において多くの資金需要が生まれることも考えられる。事態の終息を見通せない状況ではリスクが高い面は否めないが、過去の危機を踏まえてリスク耐性を高めてきた金融市場・金融機関が、欧州経済の立て直しにどのように貢献できるのか正念場に差し掛かろうとしている。
ステーブルコインと中央銀行デジタル通貨を巡って 淵田 康之
  1. リブラのようなグローバル・ステーブルコインの導入は様々なリスクをもたらしうるが、既成秩序への影響が大きいというだけの理由で、これを拒絶することは建設的ではない。既存のマネーのあり方自体が、時代のニーズに応えられなくなりつつあるからこそ、リブラのような構想が浮上するという現実があるからである。
  2. 既存の「口座型」のデジタルマネーを進化させるという選択肢もあるが、グローバル・ステーブルコインは、第三世代のデジタルマネーという新たな選択肢の存在を示している。
  3. Big Techのプラットフォーマーが、第三世代のデジタルマネーを採用すれば、法定通貨の地位が揺らぐ事態も生じかねない。そこで、各国の中央銀行が第三世代型の中央銀行デジタル通貨(CBDC)を発行し、国際送金にも応用する仕組みを構築していくことが考えられる。
  4. すなわち、今、問われているのは、グローバル・ステーブルコインやCBDCそのものの是非もさることながら、第三世代のデジタルマネーの供給を誰が主導すべきか、という点なのである。
  5. CBDC導入により、システミックリスクの軽減や金融政策の有効性向上も期待される。さらに、昨今のような緊急時における、国民への迅速かつ直接的な金銭的支援も円滑に実行可能となる。
  6. わが国の場合、諸外国に比べた決済サービスの立ち遅れが、今後より顕著となっていく可能性がある。多額の預金を抱えた銀行の運用難、金融政策の有効性低下などの問題も踏まえると、わが国は、世界で最も第三世代型のCBDCの導入が求められている国といって良いかもしれない。
金融サービスを拡大するスーパーアプリのゴジェックとグラブ 武井 悠輔北野 陽平
  1. 東南アジア域内では近年、大手配車アプリ運営企業が「スーパーアプリ」運営企業へと変貌を遂げるとともに、金融サービス事業を拡大し始めている。こうしたスーパーアプリの代表企業として、インドネシアを本拠とするゴジェックとシンガポールを本拠とするグラブが挙げられる。両社は、フードデリバリーやホテル予約等へ事業領域を拡大する中、電子決済サービスを拡充するとともに、他の金融サービスの提供を開始してきた。
  2. ゴジェックとグラブは、例えばフードデリバリーにおいて決済サービスを提供する中で、加盟店であるレストランや屋台を運営する零細・中小企業の膨大な決済データ等を蓄積することにより、既存の金融機関とは異なる独自の信用評価モデルを構築し、融資業を提供している。また、両社は、運転手や乗客向けの自動車保険で保険事業を開始したが、近年ではアプリ利用者向けに安価な海外旅行保険を提供する等、保険商品の拡充を図っている。さらに、ゴジェックはアプリ利用者等向けに投資商品や資産運用サービスを低コストで提供しており、グラブも今後提供を開始する予定である。
  3. ゴジェックとグラブは、提供するサービスの拡充に伴い、運転手、加盟店、アプリ利用者を含む顧客基盤を大幅に拡大してきた。ゴジェックのアプリのダウンロード数は2020年1月初旬時点で1.3億回、グラブのアプリのダウンロード数は2019年10月時点で1.66億回に達した。
  4. 東南アジア域内では、金融サービスに十分にアクセスできていない個人や零細・中小企業が数多くいる。そうした中、ゴジェックとグラブが巨大な顧客基盤を生かして、中長期的に既存の金融機関を補完する重要な役割を担うことで、金融包摂の促進や金融サービスの大衆化の一翼を担う存在になるか、注目されよう。
上場株式の売買単位と個人向け証券取引のイノベーション 岡田 功太片寄 直紀
  1. 米国の証券取引所では、100株を取引単位とする単位株制度がありつつも、上場株式及び上場投資信託(ETF)を1株から発注できる。ニューヨーク証券取引所の全取引に占める単位未満株取引の割合は約45%に達しており、少額取引の割合は増加傾向にある。更に、米国では、1株に満たない端株取引サービスを提供する金融機関も数多く存在し、創造的なサービス提供を行っている。
  2. 例えば、フォリオ・ファイナンシャルは、投資家自身が投資対象及び配分を設定可能な「フォリオ」というバスケット取引サービスを提供し、モチーフ・インベスティングは、0.0001株単位でウェイト調整が可能なインデックス投資サービスを行っている。ストックパイルは、「○株を○ドル分」と記載されたギフトカード提供のサービスを展開している。これらのサービスは、全て端株の取引を基盤としている。
  3. 他方、日本では、上場株式の売買単位は、単元株である100株に統一されているため、単元未満株や端株取引サービスは普及していない。例えば3万円の値が付いている上場株式を購入するには1単元分の300万円の資金が必要であり、このような銘柄は決して珍しくはない。累積投資などのサービスはあるものの、100株という売買単位は、少額投資家も含めた裾野拡大を追求する際の一つの障壁になっている。
  4. 日本の売買単位を1株に引き下げることができれば、少額投資の選択肢の拡大に繋がる。また、それにより米国のような証券取引サービスの向上やイノベーションの創出を後押しできれば、日本の積年の課題である「貯蓄から投資」の促進、さらには日本の株式市場の活性化と競争力の向上に繋がるのではないか、と考えられる。
銀行規制再論
−将来に向けた銀行システムの安定のための論点−
小立 敬
  1. グローバル金融危機以降、G20の枠組みの下で危機の再発防止を図る国際的な金融規制改革が行われ、日本では、バーゼルIIIを始めとする銀行のプルーデンス規制の強化が行われてきた。金融危機から10年に亘る金融規制改革もようやく完成しつつあり、現在は、自己資本比率のリスク・アセット計測方法の見直し、いわゆるバーゼルIII最終化を残すだけとなっている。
  2. 日本の銀行業界は、マイナス金利政策を始めとする長期間に及ぶ金融緩和政策に加えて、潜在成長力の低下や人口減少といった日本経済の構造問題の影響から、将来の展望について厳しい見方がされつつある。さらに、フィンテックやデジタライゼーションへの対応も含めて、新たなビジネス・モデルの構築に向けた課題も投げかけられている。日本の銀行業界を取り巻く経済・社会環境が大きく変わりゆく中にあって、将来に亘って銀行システムの安定を確保するという観点から、銀行のプルーデンス規制の枠組みを再点検する作業も求められよう。
  3. 金融危機後に国際的にまたは海外で議論されてきた論点や実際に講じられた措置を踏まえながら、(1)自己資本比率(国内基準)のあり方、(2)バーゼルIIIのカウンターシクリカル・バッファー(CCyB)の運用、(3)ゴーンコンサーン・ベースの損失吸収力に関する措置、(4)銀行のリスク・プロファイルに応じたプルーデンス規制の枠組みをテーマに取り上げて、将来に向けて日本の銀行システムの安定を確保するという観点から銀行のプルーデンス規制の論点を改めて整理し、新たな課題の提供を試みる。
  4. 現在、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響から、日本の経済・社会は過去に経験したことのない、リーマン・ショックをも上回るとされる危機に直面しているが、本稿は、現在の極めて困難な経済・社会環境をある程度克服することを前提として、より長期的な視点で考察を行うものであることを付言させていただきたい。
高齢社会の中での地域金融機関
−高齢顧客向けサービスへの示唆−
宮本 佐知子
  1. 日本の高齢化は急速に進展している。国立社会保障・人口問題研究所の推計によると、2040年には高齢世帯数は2,242万世帯、一般世帯総数に占める割合は44%になる。それに伴い、高齢単独世帯数や高齢世帯に占める単独世帯割合も増加していく。
  2. 高齢化の状況を地域別に見ると、このような動きが日本全体よりも早く顕在化する地域も多い。また、高齢世帯はどの地域においても、金融資産を多く保有している。そのため、地域金融機関にとって、高齢顧客への対応は急務になっている。
  3. しかし、高齢顧客の急増は、地域金融機関にとっても初めて直面する課題であり、その対応は試行錯誤が続けられている。そこで本稿では、米英の金融機関による高齢顧客への取り組みについて、顧客の関心が高いと見られ、日本の地域金融機関に参考になりそうなものを紹介したい。
  4. これらの取り組みには、新たな手数料収入を期待できるものもある一方で、直接的には収入につながりづらい「公益的な取り組み」となるものも多い。顧客の信頼を得ることにつながる地域貢献の観点を重視しながら、高齢顧客への取り組みを「収益的な取り組み」につなげることは、営利企業である地域金融機関にとっては重要な課題である。「公益的な取り組み」と「収益的な取り組み」を両立させる金融商品サービスを顧客本位の目線で工夫していくことが、地域金融機関には求められているのではないか。
中国における投資一任サービスの現状と発展の可能性 宋 良也
  1. 欧米・日本などの先進国で普及している投資一任(投資顧問)サービスへのニーズは、富裕層の規模が拡大する中国においても高まってきている。ウェルスマネジメントへの転換が迫られる証券会社にとって、新たな事業機会としての投資一任サービス導入の必要性が大きい。
  2. 一方で、中国には投資一任関連の法制度の未整備や、海外資本規制による運用対象資産の分散の制約などの問題が存在する。従来、証券会社と基金管理会社は各自の資産管理プランで投資一任の類似の金融商品を提供してきたが、いずれも銀行理財商品の受け皿となってしまい、投資家のリスク許容度に合わせたポートフォリオの変更ができないことから、本格的な投資一任サービスとは言い難い。
  3. 投資一任サービスに係る規制改革の試みは、2019年10月の公募ファンドを対象とした投資顧問業務テストから本格的に始まった。同テストに参加する金融機関は、顧客のリスク許容度に合わせたポートフォリオ戦略に基づき、顧客の代わりに公募ファンドの売買・スイッチングなどの取引行為を実行することが可能である。
  4. 公募ファンドを対象とした投資一任サービスのテストには、今後エクイティ運用が強みである証券会社の参加も考えられよう。また、ネット大手が自社の金融プラットフォームを通じて、ロボアドバイザーによる公募ファンド投資一任サービスを一般投資家向けに提供する可能性が高い。規制強化された銀行理財商品からの資金流出が見込まれる中、中国における投資一任サービスがどのように展開していくのかが注目される。
中国における従業員持株制度の拡大 塩島 晋
  1. 近年、中国において従業員持株会を導入する上場会社が増加している。その背景としては、中国政府が国家の成長及び資本市場の持続的発展、企業の内部管理構造の改善等を促進するために、従業員持株会に係る制度を整備してきたことがある。
  2. 中国の従業員持株会では、上場会社(委託人)が証券会社等の資産管理機関(管理人)に従業員持株会の運営管理を委託する。また、運用期間は2〜10年等に設定されており、満期を迎えると自動的に終了する点が、日本の従業員持株会との違いとなっている。
  3. 中国では、2020年1月7日時点で、中堅・大手の企業を中心に、656社の上場会社が従業員持株会を実施している。例えば、上場会社で初めて従業員持株会を導入した中国平安保険は、ストックオプション類似の制度と、退職まで保有できる日本に類似した制度を導入している。
  4. 中国における従業員持株制度の充実・普及が、離職率の低下を通じた企業経営の安定化に加え、労働者の資産形成支援、さらには中国資本市場の参加者のすそ野の拡大につながっていくのか、今後の動向が注目されよう。
要約
時流 コロナウイルスのパンデミックの教訓
−いま、BCPを見直せば、まだ間に合う国難災害−
関西大学特別任命教授・社会安全研究センター長 河田 惠昭

首都直下地震などの国難災害に備えて、特に現代都市社会の各種ネットワークの被害軽減対策を、現在グローバルに進行中のパンデミック対策に重ねて、4つの視点から論じた。1つ目は、パンデミックは人流、物流ネットワーク上を新型コロナウイルスが拡散するが、国難災害ではさらに金融や情報ネットワーク被害も加わり、複合災害と連滝災害となるため、これらを抑制すること、2つ目は、事業継続計画(BCP)の有効性は、平常時の企業経営と密接に関係していること、3つ目は、特に金融システムは地震時の停電や水害時の長期湛水によって大きく被災し、長期化する危険があること、および4つ目は、デジタル変革(DX)も災害に弱く、リダンダンシーを高める、すなわち予備手段を準備する必要があることを示した。

新型コロナウイルスの感染拡大で試練を迎えた中国経済 関 志雄
  1. 中国では、2020年に入ってから、新型コロナウイルス感染症が猛威を振るっている。その経済への影響は2003年のSARSの時より遥かに深刻である。経済成長率は、第1四半期には-6.8%と、マイナスに転じ、年末にかけて景気が回復に向かったとしても、年間では、2019年の実績(6.1%)を大きく下回ることが避けられない。
  2. 多くの企業は、業務の停止と再開の遅れを受けて、収入が大幅に減る一方で、賃金、金利、家賃などの固定費用を負担しなければならず、資金繰りが悪化している。その結果、企業の倒産が増え、失業と不良債権の問題が深刻化している。このような事態を回避するために、政府はダメージを受けた企業を対象に、財政面では時限減税、金融面では政策融資の拡大を中心とする支援策を打ち出している。大型景気対策を求める声が高まっているが、その余地は限られていると見られる。
  3. 中国から始まった新型コロナウイルス感染症は、その後、海外へと広がっている。米国、イタリア、スペインなど、それによる死者数が中国を大きく上回る国が続出した。各国は、都市のロックダウンなど、厳しい対策を取る一方で、相次いで史上最大規模の景気対策を打ち出しているが、成長の大幅な落ち込みが避けられないと見られる。海外市場の低迷は、すでに米中貿易摩擦を受けて鮮明になっている中国における輸出の減速に拍車をかけるだろう。このような内外環境の悪化を受けて、中国経済は、大きな試練を迎えている。
中国での新型コロナウイルス感染拡大に伴う金融面での危機対応策 関根 栄一
  1. 中国の2020年1〜2月の経済指標は、消費の前年同期比20.5%減に代表される通り、新型コロナウイルスの感染拡大防止策の影響を受け、過去に統計を遡れる範囲で大きく悪化した。中国国内で、最初に同ウイルスによる集団感染が発生した湖北省武漢市では、感染拡大を防ぐため、同年1月23日、武漢市の都市封鎖(ロックダウン)が行われた。
  2. 続いて、2020年1月24日の春節休暇期間からは、中国全土での人の移動・行動の制限等の公衆衛生上の措置が講じられた。春節休暇期間明けには、サービス業・製造業の業績悪化や家計の所得減少が予想され、また金融市場での混乱防止の必要性もあったため、2月1日、金融当局は、金融面での危機対応策を打ち出した。
  3. 対応策は、(1)金融市場や銀行貸出を通じた流動性支援、(2)個人の日常的な金融サービスの保障、(3)金融の基盤インフラ運営の確保、(4)外為・越境人民元取引の支援、(5)実施体制の確立、の五分野からなり、特別貸出枠の設定や、金融機関への行政指導が実施されている。
  4. 危機対応策の実績を見ると、2月の企業や家計向けの人民元貸出(フロー)は、春節という季節的かつ休暇期間の延長という要因もあり十分に実行されているとは言えない。また、家計向けの人民元建て短期貸出残高は、1月末に比べむしろ減少している。金融機関への行政指導は、政府が救済したい部門に、直接、資金を融通できる一方、金融仲介の歪みをもたらすリスクや、企業債務残高の増加に歯止めがかからないリスクもある。
  5. 武漢市の都市封鎖は4月8日に解除されたが、感染拡大期間中、新たにロボット配送や遠隔医療などの非接触・非対面型の取引形態が進展している。中小企業向け貿易金融へのブロックチェーン活用の実験拡大など金融取引での新たな動きもある。新型コロナウイルスの感染が長期化する中で、経済・社会のデジタル化に向けた変化の芽にも注目していく必要があろう。
新型コロナウイルスの感染拡大に揺れ動く欧州金融市場
−金融関連の政策対応と経済対策の財源問題−
磯部 昌吾
  1. 欧州では、新型コロナウイルスが猛威を振るう中で、金融市場への影響が急速に拡大している。各国の中央銀行や規制当局は、金融市場や金融機関が実体経済を支える機能を維持できるよう、異例の金融政策や金融規制の柔軟化措置等を相次いで打ち出している。
  2. 加えて、今後は、大規模な財政政策(経済対策)が必要となってくるが、税収の低下も予想されることから、支出と収入の両面から財政赤字が大きく拡大する可能性がある。このため、欧州各国が安定的に必要な財源を調達できるかは、今後の経済対策の成否にとって重要な要素といえる。
  3. イタリアやスペイン、フランスなどは欧州の共通債務証券(コロナ債)を発行し、その資金を新型コロナウイルス対応に利用することを提案しているが、ドイツやオランダなどは反対している。現状は欧州中央銀行(ECB)の債券買入政策が功を奏しているが、早期に打開策を見出すことが期待されている。
  4. 欧州の銀行では、貸出先の業績や資金繰りが悪化することで、再び不良債権が増加する懸念が生じている。欧州ソブリン危機以降、一部の国の銀行では自国政府債の保有が増加しているため、経済対策の実施に向けた安定的な財源調達は、銀行システムの安定性という観点からも重要な課題となっている。
  5. 今後は経済活動の停滞が長引くほど、企業と消費者の双方においてその間を凌ぐための資金需要が増え、必要な経済対策の規模も拡大していく。そうなれば、資金超過への対応が課題であった欧州金融市場において多くの資金需要が生まれることも考えられる。事態の終息を見通せない状況ではリスクが高い面は否めないが、過去の危機を踏まえてリスク耐性を高めてきた金融市場・金融機関が、欧州経済の立て直しにどのように貢献できるのか正念場に差し掛かろうとしている。
ステーブルコインと中央銀行デジタル通貨を巡って 淵田 康之
  1. リブラのようなグローバル・ステーブルコインの導入は様々なリスクをもたらしうるが、既成秩序への影響が大きいというだけの理由で、これを拒絶することは建設的ではない。既存のマネーのあり方自体が、時代のニーズに応えられなくなりつつあるからこそ、リブラのような構想が浮上するという現実があるからである。
  2. 既存の「口座型」のデジタルマネーを進化させるという選択肢もあるが、グローバル・ステーブルコインは、第三世代のデジタルマネーという新たな選択肢の存在を示している。
  3. Big Techのプラットフォーマーが、第三世代のデジタルマネーを採用すれば、法定通貨の地位が揺らぐ事態も生じかねない。そこで、各国の中央銀行が第三世代型の中央銀行デジタル通貨(CBDC)を発行し、国際送金にも応用する仕組みを構築していくことが考えられる。
  4. すなわち、今、問われているのは、グローバル・ステーブルコインやCBDCそのものの是非もさることながら、第三世代のデジタルマネーの供給を誰が主導すべきか、という点なのである。
  5. CBDC導入により、システミックリスクの軽減や金融政策の有効性向上も期待される。さらに、昨今のような緊急時における、国民への迅速かつ直接的な金銭的支援も円滑に実行可能となる。
  6. わが国の場合、諸外国に比べた決済サービスの立ち遅れが、今後より顕著となっていく可能性がある。多額の預金を抱えた銀行の運用難、金融政策の有効性低下などの問題も踏まえると、わが国は、世界で最も第三世代型のCBDCの導入が求められている国といって良いかもしれない。
金融サービスを拡大するスーパーアプリのゴジェックとグラブ 武井 悠輔北野 陽平
  1. 東南アジア域内では近年、大手配車アプリ運営企業が「スーパーアプリ」運営企業へと変貌を遂げるとともに、金融サービス事業を拡大し始めている。こうしたスーパーアプリの代表企業として、インドネシアを本拠とするゴジェックとシンガポールを本拠とするグラブが挙げられる。両社は、フードデリバリーやホテル予約等へ事業領域を拡大する中、電子決済サービスを拡充するとともに、他の金融サービスの提供を開始してきた。
  2. ゴジェックとグラブは、例えばフードデリバリーにおいて決済サービスを提供する中で、加盟店であるレストランや屋台を運営する零細・中小企業の膨大な決済データ等を蓄積することにより、既存の金融機関とは異なる独自の信用評価モデルを構築し、融資業を提供している。また、両社は、運転手や乗客向けの自動車保険で保険事業を開始したが、近年ではアプリ利用者向けに安価な海外旅行保険を提供する等、保険商品の拡充を図っている。さらに、ゴジェックはアプリ利用者等向けに投資商品や資産運用サービスを低コストで提供しており、グラブも今後提供を開始する予定である。
  3. ゴジェックとグラブは、提供するサービスの拡充に伴い、運転手、加盟店、アプリ利用者を含む顧客基盤を大幅に拡大してきた。ゴジェックのアプリのダウンロード数は2020年1月初旬時点で1.3億回、グラブのアプリのダウンロード数は2019年10月時点で1.66億回に達した。
  4. 東南アジア域内では、金融サービスに十分にアクセスできていない個人や零細・中小企業が数多くいる。そうした中、ゴジェックとグラブが巨大な顧客基盤を生かして、中長期的に既存の金融機関を補完する重要な役割を担うことで、金融包摂の促進や金融サービスの大衆化の一翼を担う存在になるか、注目されよう。
上場株式の売買単位と個人向け証券取引のイノベーション 岡田 功太片寄 直紀
  1. 米国の証券取引所では、100株を取引単位とする単位株制度がありつつも、上場株式及び上場投資信託(ETF)を1株から発注できる。ニューヨーク証券取引所の全取引に占める単位未満株取引の割合は約45%に達しており、少額取引の割合は増加傾向にある。更に、米国では、1株に満たない端株取引サービスを提供する金融機関も数多く存在し、創造的なサービス提供を行っている。
  2. 例えば、フォリオ・ファイナンシャルは、投資家自身が投資対象及び配分を設定可能な「フォリオ」というバスケット取引サービスを提供し、モチーフ・インベスティングは、0.0001株単位でウェイト調整が可能なインデックス投資サービスを行っている。ストックパイルは、「○株を○ドル分」と記載されたギフトカード提供のサービスを展開している。これらのサービスは、全て端株の取引を基盤としている。
  3. 他方、日本では、上場株式の売買単位は、単元株である100株に統一されているため、単元未満株や端株取引サービスは普及していない。例えば3万円の値が付いている上場株式を購入するには1単元分の300万円の資金が必要であり、このような銘柄は決して珍しくはない。累積投資などのサービスはあるものの、100株という売買単位は、少額投資家も含めた裾野拡大を追求する際の一つの障壁になっている。
  4. 日本の売買単位を1株に引き下げることができれば、少額投資の選択肢の拡大に繋がる。また、それにより米国のような証券取引サービスの向上やイノベーションの創出を後押しできれば、日本の積年の課題である「貯蓄から投資」の促進、さらには日本の株式市場の活性化と競争力の向上に繋がるのではないか、と考えられる。
銀行規制再論
−将来に向けた銀行システムの安定のための論点−
小立 敬
  1. グローバル金融危機以降、G20の枠組みの下で危機の再発防止を図る国際的な金融規制改革が行われ、日本では、バーゼルIIIを始めとする銀行のプルーデンス規制の強化が行われてきた。金融危機から10年に亘る金融規制改革もようやく完成しつつあり、現在は、自己資本比率のリスク・アセット計測方法の見直し、いわゆるバーゼルIII最終化を残すだけとなっている。
  2. 日本の銀行業界は、マイナス金利政策を始めとする長期間に及ぶ金融緩和政策に加えて、潜在成長力の低下や人口減少といった日本経済の構造問題の影響から、将来の展望について厳しい見方がされつつある。さらに、フィンテックやデジタライゼーションへの対応も含めて、新たなビジネス・モデルの構築に向けた課題も投げかけられている。日本の銀行業界を取り巻く経済・社会環境が大きく変わりゆく中にあって、将来に亘って銀行システムの安定を確保するという観点から、銀行のプルーデンス規制の枠組みを再点検する作業も求められよう。
  3. 金融危機後に国際的にまたは海外で議論されてきた論点や実際に講じられた措置を踏まえながら、(1)自己資本比率(国内基準)のあり方、(2)バーゼルIIIのカウンターシクリカル・バッファー(CCyB)の運用、(3)ゴーンコンサーン・ベースの損失吸収力に関する措置、(4)銀行のリスク・プロファイルに応じたプルーデンス規制の枠組みをテーマに取り上げて、将来に向けて日本の銀行システムの安定を確保するという観点から銀行のプルーデンス規制の論点を改めて整理し、新たな課題の提供を試みる。
  4. 現在、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響から、日本の経済・社会は過去に経験したことのない、リーマン・ショックをも上回るとされる危機に直面しているが、本稿は、現在の極めて困難な経済・社会環境をある程度克服することを前提として、より長期的な視点で考察を行うものであることを付言させていただきたい。
高齢社会の中での地域金融機関
−高齢顧客向けサービスへの示唆−
宮本 佐知子
  1. 日本の高齢化は急速に進展している。国立社会保障・人口問題研究所の推計によると、2040年には高齢世帯数は2,242万世帯、一般世帯総数に占める割合は44%になる。それに伴い、高齢単独世帯数や高齢世帯に占める単独世帯割合も増加していく。
  2. 高齢化の状況を地域別に見ると、このような動きが日本全体よりも早く顕在化する地域も多い。また、高齢世帯はどの地域においても、金融資産を多く保有している。そのため、地域金融機関にとって、高齢顧客への対応は急務になっている。
  3. しかし、高齢顧客の急増は、地域金融機関にとっても初めて直面する課題であり、その対応は試行錯誤が続けられている。そこで本稿では、米英の金融機関による高齢顧客への取り組みについて、顧客の関心が高いと見られ、日本の地域金融機関に参考になりそうなものを紹介したい。
  4. これらの取り組みには、新たな手数料収入を期待できるものもある一方で、直接的には収入につながりづらい「公益的な取り組み」となるものも多い。顧客の信頼を得ることにつながる地域貢献の観点を重視しながら、高齢顧客への取り組みを「収益的な取り組み」につなげることは、営利企業である地域金融機関にとっては重要な課題である。「公益的な取り組み」と「収益的な取り組み」を両立させる金融商品サービスを顧客本位の目線で工夫していくことが、地域金融機関には求められているのではないか。
中国における投資一任サービスの現状と発展の可能性 宋 良也
  1. 欧米・日本などの先進国で普及している投資一任(投資顧問)サービスへのニーズは、富裕層の規模が拡大する中国においても高まってきている。ウェルスマネジメントへの転換が迫られる証券会社にとって、新たな事業機会としての投資一任サービス導入の必要性が大きい。
  2. 一方で、中国には投資一任関連の法制度の未整備や、海外資本規制による運用対象資産の分散の制約などの問題が存在する。従来、証券会社と基金管理会社は各自の資産管理プランで投資一任の類似の金融商品を提供してきたが、いずれも銀行理財商品の受け皿となってしまい、投資家のリスク許容度に合わせたポートフォリオの変更ができないことから、本格的な投資一任サービスとは言い難い。
  3. 投資一任サービスに係る規制改革の試みは、2019年10月の公募ファンドを対象とした投資顧問業務テストから本格的に始まった。同テストに参加する金融機関は、顧客のリスク許容度に合わせたポートフォリオ戦略に基づき、顧客の代わりに公募ファンドの売買・スイッチングなどの取引行為を実行することが可能である。
  4. 公募ファンドを対象とした投資一任サービスのテストには、今後エクイティ運用が強みである証券会社の参加も考えられよう。また、ネット大手が自社の金融プラットフォームを通じて、ロボアドバイザーによる公募ファンド投資一任サービスを一般投資家向けに提供する可能性が高い。規制強化された銀行理財商品からの資金流出が見込まれる中、中国における投資一任サービスがどのように展開していくのかが注目される。
中国における従業員持株制度の拡大 塩島 晋
  1. 近年、中国において従業員持株会を導入する上場会社が増加している。その背景としては、中国政府が国家の成長及び資本市場の持続的発展、企業の内部管理構造の改善等を促進するために、従業員持株会に係る制度を整備してきたことがある。
  2. 中国の従業員持株会では、上場会社(委託人)が証券会社等の資産管理機関(管理人)に従業員持株会の運営管理を委託する。また、運用期間は2〜10年等に設定されており、満期を迎えると自動的に終了する点が、日本の従業員持株会との違いとなっている。
  3. 中国では、2020年1月7日時点で、中堅・大手の企業を中心に、656社の上場会社が従業員持株会を実施している。例えば、上場会社で初めて従業員持株会を導入した中国平安保険は、ストックオプション類似の制度と、退職まで保有できる日本に類似した制度を導入している。
  4. 中国における従業員持株制度の充実・普及が、離職率の低下を通じた企業経営の安定化に加え、労働者の資産形成支援、さらには中国資本市場の参加者のすそ野の拡大につながっていくのか、今後の動向が注目されよう。
金融機関経営
時流 コロナウイルスのパンデミックの教訓
−いま、BCPを見直せば、まだ間に合う国難災害−
関西大学特別任命教授・社会安全研究センター長 河田 惠昭

首都直下地震などの国難災害に備えて、特に現代都市社会の各種ネットワークの被害軽減対策を、現在グローバルに進行中のパンデミック対策に重ねて、4つの視点から論じた。1つ目は、パンデミックは人流、物流ネットワーク上を新型コロナウイルスが拡散するが、国難災害ではさらに金融や情報ネットワーク被害も加わり、複合災害と連滝災害となるため、これらを抑制すること、2つ目は、事業継続計画(BCP)の有効性は、平常時の企業経営と密接に関係していること、3つ目は、特に金融システムは地震時の停電や水害時の長期湛水によって大きく被災し、長期化する危険があること、および4つ目は、デジタル変革(DX)も災害に弱く、リダンダンシーを高める、すなわち予備手段を準備する必要があることを示した。

新型コロナウイルスの感染拡大で試練を迎えた中国経済 関 志雄
  1. 中国では、2020年に入ってから、新型コロナウイルス感染症が猛威を振るっている。その経済への影響は2003年のSARSの時より遥かに深刻である。経済成長率は、第1四半期には-6.8%と、マイナスに転じ、年末にかけて景気が回復に向かったとしても、年間では、2019年の実績(6.1%)を大きく下回ることが避けられない。
  2. 多くの企業は、業務の停止と再開の遅れを受けて、収入が大幅に減る一方で、賃金、金利、家賃などの固定費用を負担しなければならず、資金繰りが悪化している。その結果、企業の倒産が増え、失業と不良債権の問題が深刻化している。このような事態を回避するために、政府はダメージを受けた企業を対象に、財政面では時限減税、金融面では政策融資の拡大を中心とする支援策を打ち出している。大型景気対策を求める声が高まっているが、その余地は限られていると見られる。
  3. 中国から始まった新型コロナウイルス感染症は、その後、海外へと広がっている。米国、イタリア、スペインなど、それによる死者数が中国を大きく上回る国が続出した。各国は、都市のロックダウンなど、厳しい対策を取る一方で、相次いで史上最大規模の景気対策を打ち出しているが、成長の大幅な落ち込みが避けられないと見られる。海外市場の低迷は、すでに米中貿易摩擦を受けて鮮明になっている中国における輸出の減速に拍車をかけるだろう。このような内外環境の悪化を受けて、中国経済は、大きな試練を迎えている。
中国での新型コロナウイルス感染拡大に伴う金融面での危機対応策 関根 栄一
  1. 中国の2020年1〜2月の経済指標は、消費の前年同期比20.5%減に代表される通り、新型コロナウイルスの感染拡大防止策の影響を受け、過去に統計を遡れる範囲で大きく悪化した。中国国内で、最初に同ウイルスによる集団感染が発生した湖北省武漢市では、感染拡大を防ぐため、同年1月23日、武漢市の都市封鎖(ロックダウン)が行われた。
  2. 続いて、2020年1月24日の春節休暇期間からは、中国全土での人の移動・行動の制限等の公衆衛生上の措置が講じられた。春節休暇期間明けには、サービス業・製造業の業績悪化や家計の所得減少が予想され、また金融市場での混乱防止の必要性もあったため、2月1日、金融当局は、金融面での危機対応策を打ち出した。
  3. 対応策は、(1)金融市場や銀行貸出を通じた流動性支援、(2)個人の日常的な金融サービスの保障、(3)金融の基盤インフラ運営の確保、(4)外為・越境人民元取引の支援、(5)実施体制の確立、の五分野からなり、特別貸出枠の設定や、金融機関への行政指導が実施されている。
  4. 危機対応策の実績を見ると、2月の企業や家計向けの人民元貸出(フロー)は、春節という季節的かつ休暇期間の延長という要因もあり十分に実行されているとは言えない。また、家計向けの人民元建て短期貸出残高は、1月末に比べむしろ減少している。金融機関への行政指導は、政府が救済したい部門に、直接、資金を融通できる一方、金融仲介の歪みをもたらすリスクや、企業債務残高の増加に歯止めがかからないリスクもある。
  5. 武漢市の都市封鎖は4月8日に解除されたが、感染拡大期間中、新たにロボット配送や遠隔医療などの非接触・非対面型の取引形態が進展している。中小企業向け貿易金融へのブロックチェーン活用の実験拡大など金融取引での新たな動きもある。新型コロナウイルスの感染が長期化する中で、経済・社会のデジタル化に向けた変化の芽にも注目していく必要があろう。
新型コロナウイルスの感染拡大に揺れ動く欧州金融市場
−金融関連の政策対応と経済対策の財源問題−
磯部 昌吾
  1. 欧州では、新型コロナウイルスが猛威を振るう中で、金融市場への影響が急速に拡大している。各国の中央銀行や規制当局は、金融市場や金融機関が実体経済を支える機能を維持できるよう、異例の金融政策や金融規制の柔軟化措置等を相次いで打ち出している。
  2. 加えて、今後は、大規模な財政政策(経済対策)が必要となってくるが、税収の低下も予想されることから、支出と収入の両面から財政赤字が大きく拡大する可能性がある。このため、欧州各国が安定的に必要な財源を調達できるかは、今後の経済対策の成否にとって重要な要素といえる。
  3. イタリアやスペイン、フランスなどは欧州の共通債務証券(コロナ債)を発行し、その資金を新型コロナウイルス対応に利用することを提案しているが、ドイツやオランダなどは反対している。現状は欧州中央銀行(ECB)の債券買入政策が功を奏しているが、早期に打開策を見出すことが期待されている。
  4. 欧州の銀行では、貸出先の業績や資金繰りが悪化することで、再び不良債権が増加する懸念が生じている。欧州ソブリン危機以降、一部の国の銀行では自国政府債の保有が増加しているため、経済対策の実施に向けた安定的な財源調達は、銀行システムの安定性という観点からも重要な課題となっている。
  5. 今後は経済活動の停滞が長引くほど、企業と消費者の双方においてその間を凌ぐための資金需要が増え、必要な経済対策の規模も拡大していく。そうなれば、資金超過への対応が課題であった欧州金融市場において多くの資金需要が生まれることも考えられる。事態の終息を見通せない状況ではリスクが高い面は否めないが、過去の危機を踏まえてリスク耐性を高めてきた金融市場・金融機関が、欧州経済の立て直しにどのように貢献できるのか正念場に差し掛かろうとしている。
ステーブルコインと中央銀行デジタル通貨を巡って 淵田 康之
  1. リブラのようなグローバル・ステーブルコインの導入は様々なリスクをもたらしうるが、既成秩序への影響が大きいというだけの理由で、これを拒絶することは建設的ではない。既存のマネーのあり方自体が、時代のニーズに応えられなくなりつつあるからこそ、リブラのような構想が浮上するという現実があるからである。
  2. 既存の「口座型」のデジタルマネーを進化させるという選択肢もあるが、グローバル・ステーブルコインは、第三世代のデジタルマネーという新たな選択肢の存在を示している。
  3. Big Techのプラットフォーマーが、第三世代のデジタルマネーを採用すれば、法定通貨の地位が揺らぐ事態も生じかねない。そこで、各国の中央銀行が第三世代型の中央銀行デジタル通貨(CBDC)を発行し、国際送金にも応用する仕組みを構築していくことが考えられる。
  4. すなわち、今、問われているのは、グローバル・ステーブルコインやCBDCそのものの是非もさることながら、第三世代のデジタルマネーの供給を誰が主導すべきか、という点なのである。
  5. CBDC導入により、システミックリスクの軽減や金融政策の有効性向上も期待される。さらに、昨今のような緊急時における、国民への迅速かつ直接的な金銭的支援も円滑に実行可能となる。
  6. わが国の場合、諸外国に比べた決済サービスの立ち遅れが、今後より顕著となっていく可能性がある。多額の預金を抱えた銀行の運用難、金融政策の有効性低下などの問題も踏まえると、わが国は、世界で最も第三世代型のCBDCの導入が求められている国といって良いかもしれない。
金融サービスを拡大するスーパーアプリのゴジェックとグラブ 武井 悠輔北野 陽平
  1. 東南アジア域内では近年、大手配車アプリ運営企業が「スーパーアプリ」運営企業へと変貌を遂げるとともに、金融サービス事業を拡大し始めている。こうしたスーパーアプリの代表企業として、インドネシアを本拠とするゴジェックとシンガポールを本拠とするグラブが挙げられる。両社は、フードデリバリーやホテル予約等へ事業領域を拡大する中、電子決済サービスを拡充するとともに、他の金融サービスの提供を開始してきた。
  2. ゴジェックとグラブは、例えばフードデリバリーにおいて決済サービスを提供する中で、加盟店であるレストランや屋台を運営する零細・中小企業の膨大な決済データ等を蓄積することにより、既存の金融機関とは異なる独自の信用評価モデルを構築し、融資業を提供している。また、両社は、運転手や乗客向けの自動車保険で保険事業を開始したが、近年ではアプリ利用者向けに安価な海外旅行保険を提供する等、保険商品の拡充を図っている。さらに、ゴジェックはアプリ利用者等向けに投資商品や資産運用サービスを低コストで提供しており、グラブも今後提供を開始する予定である。
  3. ゴジェックとグラブは、提供するサービスの拡充に伴い、運転手、加盟店、アプリ利用者を含む顧客基盤を大幅に拡大してきた。ゴジェックのアプリのダウンロード数は2020年1月初旬時点で1.3億回、グラブのアプリのダウンロード数は2019年10月時点で1.66億回に達した。
  4. 東南アジア域内では、金融サービスに十分にアクセスできていない個人や零細・中小企業が数多くいる。そうした中、ゴジェックとグラブが巨大な顧客基盤を生かして、中長期的に既存の金融機関を補完する重要な役割を担うことで、金融包摂の促進や金融サービスの大衆化の一翼を担う存在になるか、注目されよう。
上場株式の売買単位と個人向け証券取引のイノベーション 岡田 功太片寄 直紀
  1. 米国の証券取引所では、100株を取引単位とする単位株制度がありつつも、上場株式及び上場投資信託(ETF)を1株から発注できる。ニューヨーク証券取引所の全取引に占める単位未満株取引の割合は約45%に達しており、少額取引の割合は増加傾向にある。更に、米国では、1株に満たない端株取引サービスを提供する金融機関も数多く存在し、創造的なサービス提供を行っている。
  2. 例えば、フォリオ・ファイナンシャルは、投資家自身が投資対象及び配分を設定可能な「フォリオ」というバスケット取引サービスを提供し、モチーフ・インベスティングは、0.0001株単位でウェイト調整が可能なインデックス投資サービスを行っている。ストックパイルは、「○株を○ドル分」と記載されたギフトカード提供のサービスを展開している。これらのサービスは、全て端株の取引を基盤としている。
  3. 他方、日本では、上場株式の売買単位は、単元株である100株に統一されているため、単元未満株や端株取引サービスは普及していない。例えば3万円の値が付いている上場株式を購入するには1単元分の300万円の資金が必要であり、このような銘柄は決して珍しくはない。累積投資などのサービスはあるものの、100株という売買単位は、少額投資家も含めた裾野拡大を追求する際の一つの障壁になっている。
  4. 日本の売買単位を1株に引き下げることができれば、少額投資の選択肢の拡大に繋がる。また、それにより米国のような証券取引サービスの向上やイノベーションの創出を後押しできれば、日本の積年の課題である「貯蓄から投資」の促進、さらには日本の株式市場の活性化と競争力の向上に繋がるのではないか、と考えられる。
銀行規制再論
−将来に向けた銀行システムの安定のための論点−
小立 敬
  1. グローバル金融危機以降、G20の枠組みの下で危機の再発防止を図る国際的な金融規制改革が行われ、日本では、バーゼルIIIを始めとする銀行のプルーデンス規制の強化が行われてきた。金融危機から10年に亘る金融規制改革もようやく完成しつつあり、現在は、自己資本比率のリスク・アセット計測方法の見直し、いわゆるバーゼルIII最終化を残すだけとなっている。
  2. 日本の銀行業界は、マイナス金利政策を始めとする長期間に及ぶ金融緩和政策に加えて、潜在成長力の低下や人口減少といった日本経済の構造問題の影響から、将来の展望について厳しい見方がされつつある。さらに、フィンテックやデジタライゼーションへの対応も含めて、新たなビジネス・モデルの構築に向けた課題も投げかけられている。日本の銀行業界を取り巻く経済・社会環境が大きく変わりゆく中にあって、将来に亘って銀行システムの安定を確保するという観点から、銀行のプルーデンス規制の枠組みを再点検する作業も求められよう。
  3. 金融危機後に国際的にまたは海外で議論されてきた論点や実際に講じられた措置を踏まえながら、(1)自己資本比率(国内基準)のあり方、(2)バーゼルIIIのカウンターシクリカル・バッファー(CCyB)の運用、(3)ゴーンコンサーン・ベースの損失吸収力に関する措置、(4)銀行のリスク・プロファイルに応じたプルーデンス規制の枠組みをテーマに取り上げて、将来に向けて日本の銀行システムの安定を確保するという観点から銀行のプルーデンス規制の論点を改めて整理し、新たな課題の提供を試みる。
  4. 現在、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響から、日本の経済・社会は過去に経験したことのない、リーマン・ショックをも上回るとされる危機に直面しているが、本稿は、現在の極めて困難な経済・社会環境をある程度克服することを前提として、より長期的な視点で考察を行うものであることを付言させていただきたい。
高齢社会の中での地域金融機関
−高齢顧客向けサービスへの示唆−
宮本 佐知子
  1. 日本の高齢化は急速に進展している。国立社会保障・人口問題研究所の推計によると、2040年には高齢世帯数は2,242万世帯、一般世帯総数に占める割合は44%になる。それに伴い、高齢単独世帯数や高齢世帯に占める単独世帯割合も増加していく。
  2. 高齢化の状況を地域別に見ると、このような動きが日本全体よりも早く顕在化する地域も多い。また、高齢世帯はどの地域においても、金融資産を多く保有している。そのため、地域金融機関にとって、高齢顧客への対応は急務になっている。
  3. しかし、高齢顧客の急増は、地域金融機関にとっても初めて直面する課題であり、その対応は試行錯誤が続けられている。そこで本稿では、米英の金融機関による高齢顧客への取り組みについて、顧客の関心が高いと見られ、日本の地域金融機関に参考になりそうなものを紹介したい。
  4. これらの取り組みには、新たな手数料収入を期待できるものもある一方で、直接的には収入につながりづらい「公益的な取り組み」となるものも多い。顧客の信頼を得ることにつながる地域貢献の観点を重視しながら、高齢顧客への取り組みを「収益的な取り組み」につなげることは、営利企業である地域金融機関にとっては重要な課題である。「公益的な取り組み」と「収益的な取り組み」を両立させる金融商品サービスを顧客本位の目線で工夫していくことが、地域金融機関には求められているのではないか。
中国における投資一任サービスの現状と発展の可能性 宋 良也
  1. 欧米・日本などの先進国で普及している投資一任(投資顧問)サービスへのニーズは、富裕層の規模が拡大する中国においても高まってきている。ウェルスマネジメントへの転換が迫られる証券会社にとって、新たな事業機会としての投資一任サービス導入の必要性が大きい。
  2. 一方で、中国には投資一任関連の法制度の未整備や、海外資本規制による運用対象資産の分散の制約などの問題が存在する。従来、証券会社と基金管理会社は各自の資産管理プランで投資一任の類似の金融商品を提供してきたが、いずれも銀行理財商品の受け皿となってしまい、投資家のリスク許容度に合わせたポートフォリオの変更ができないことから、本格的な投資一任サービスとは言い難い。
  3. 投資一任サービスに係る規制改革の試みは、2019年10月の公募ファンドを対象とした投資顧問業務テストから本格的に始まった。同テストに参加する金融機関は、顧客のリスク許容度に合わせたポートフォリオ戦略に基づき、顧客の代わりに公募ファンドの売買・スイッチングなどの取引行為を実行することが可能である。
  4. 公募ファンドを対象とした投資一任サービスのテストには、今後エクイティ運用が強みである証券会社の参加も考えられよう。また、ネット大手が自社の金融プラットフォームを通じて、ロボアドバイザーによる公募ファンド投資一任サービスを一般投資家向けに提供する可能性が高い。規制強化された銀行理財商品からの資金流出が見込まれる中、中国における投資一任サービスがどのように展開していくのかが注目される。
中国における従業員持株制度の拡大 塩島 晋
  1. 近年、中国において従業員持株会を導入する上場会社が増加している。その背景としては、中国政府が国家の成長及び資本市場の持続的発展、企業の内部管理構造の改善等を促進するために、従業員持株会に係る制度を整備してきたことがある。
  2. 中国の従業員持株会では、上場会社(委託人)が証券会社等の資産管理機関(管理人)に従業員持株会の運営管理を委託する。また、運用期間は2〜10年等に設定されており、満期を迎えると自動的に終了する点が、日本の従業員持株会との違いとなっている。
  3. 中国では、2020年1月7日時点で、中堅・大手の企業を中心に、656社の上場会社が従業員持株会を実施している。例えば、上場会社で初めて従業員持株会を導入した中国平安保険は、ストックオプション類似の制度と、退職まで保有できる日本に類似した制度を導入している。
  4. 中国における従業員持株制度の充実・普及が、離職率の低下を通じた企業経営の安定化に加え、労働者の資産形成支援、さらには中国資本市場の参加者のすそ野の拡大につながっていくのか、今後の動向が注目されよう。
要約
時流 コロナウイルスのパンデミックの教訓
−いま、BCPを見直せば、まだ間に合う国難災害−
関西大学特別任命教授・社会安全研究センター長 河田 惠昭

首都直下地震などの国難災害に備えて、特に現代都市社会の各種ネットワークの被害軽減対策を、現在グローバルに進行中のパンデミック対策に重ねて、4つの視点から論じた。1つ目は、パンデミックは人流、物流ネットワーク上を新型コロナウイルスが拡散するが、国難災害ではさらに金融や情報ネットワーク被害も加わり、複合災害と連滝災害となるため、これらを抑制すること、2つ目は、事業継続計画(BCP)の有効性は、平常時の企業経営と密接に関係していること、3つ目は、特に金融システムは地震時の停電や水害時の長期湛水によって大きく被災し、長期化する危険があること、および4つ目は、デジタル変革(DX)も災害に弱く、リダンダンシーを高める、すなわち予備手段を準備する必要があることを示した。

新型コロナウイルスの感染拡大で試練を迎えた中国経済 関 志雄
  1. 中国では、2020年に入ってから、新型コロナウイルス感染症が猛威を振るっている。その経済への影響は2003年のSARSの時より遥かに深刻である。経済成長率は、第1四半期には-6.8%と、マイナスに転じ、年末にかけて景気が回復に向かったとしても、年間では、2019年の実績(6.1%)を大きく下回ることが避けられない。
  2. 多くの企業は、業務の停止と再開の遅れを受けて、収入が大幅に減る一方で、賃金、金利、家賃などの固定費用を負担しなければならず、資金繰りが悪化している。その結果、企業の倒産が増え、失業と不良債権の問題が深刻化している。このような事態を回避するために、政府はダメージを受けた企業を対象に、財政面では時限減税、金融面では政策融資の拡大を中心とする支援策を打ち出している。大型景気対策を求める声が高まっているが、その余地は限られていると見られる。
  3. 中国から始まった新型コロナウイルス感染症は、その後、海外へと広がっている。米国、イタリア、スペインなど、それによる死者数が中国を大きく上回る国が続出した。各国は、都市のロックダウンなど、厳しい対策を取る一方で、相次いで史上最大規模の景気対策を打ち出しているが、成長の大幅な落ち込みが避けられないと見られる。海外市場の低迷は、すでに米中貿易摩擦を受けて鮮明になっている中国における輸出の減速に拍車をかけるだろう。このような内外環境の悪化を受けて、中国経済は、大きな試練を迎えている。
中国での新型コロナウイルス感染拡大に伴う金融面での危機対応策 関根 栄一
  1. 中国の2020年1〜2月の経済指標は、消費の前年同期比20.5%減に代表される通り、新型コロナウイルスの感染拡大防止策の影響を受け、過去に統計を遡れる範囲で大きく悪化した。中国国内で、最初に同ウイルスによる集団感染が発生した湖北省武漢市では、感染拡大を防ぐため、同年1月23日、武漢市の都市封鎖(ロックダウン)が行われた。
  2. 続いて、2020年1月24日の春節休暇期間からは、中国全土での人の移動・行動の制限等の公衆衛生上の措置が講じられた。春節休暇期間明けには、サービス業・製造業の業績悪化や家計の所得減少が予想され、また金融市場での混乱防止の必要性もあったため、2月1日、金融当局は、金融面での危機対応策を打ち出した。
  3. 対応策は、(1)金融市場や銀行貸出を通じた流動性支援、(2)個人の日常的な金融サービスの保障、(3)金融の基盤インフラ運営の確保、(4)外為・越境人民元取引の支援、(5)実施体制の確立、の五分野からなり、特別貸出枠の設定や、金融機関への行政指導が実施されている。
  4. 危機対応策の実績を見ると、2月の企業や家計向けの人民元貸出(フロー)は、春節という季節的かつ休暇期間の延長という要因もあり十分に実行されているとは言えない。また、家計向けの人民元建て短期貸出残高は、1月末に比べむしろ減少している。金融機関への行政指導は、政府が救済したい部門に、直接、資金を融通できる一方、金融仲介の歪みをもたらすリスクや、企業債務残高の増加に歯止めがかからないリスクもある。
  5. 武漢市の都市封鎖は4月8日に解除されたが、感染拡大期間中、新たにロボット配送や遠隔医療などの非接触・非対面型の取引形態が進展している。中小企業向け貿易金融へのブロックチェーン活用の実験拡大など金融取引での新たな動きもある。新型コロナウイルスの感染が長期化する中で、経済・社会のデジタル化に向けた変化の芽にも注目していく必要があろう。
新型コロナウイルスの感染拡大に揺れ動く欧州金融市場
−金融関連の政策対応と経済対策の財源問題−
磯部 昌吾
  1. 欧州では、新型コロナウイルスが猛威を振るう中で、金融市場への影響が急速に拡大している。各国の中央銀行や規制当局は、金融市場や金融機関が実体経済を支える機能を維持できるよう、異例の金融政策や金融規制の柔軟化措置等を相次いで打ち出している。
  2. 加えて、今後は、大規模な財政政策(経済対策)が必要となってくるが、税収の低下も予想されることから、支出と収入の両面から財政赤字が大きく拡大する可能性がある。このため、欧州各国が安定的に必要な財源を調達できるかは、今後の経済対策の成否にとって重要な要素といえる。
  3. イタリアやスペイン、フランスなどは欧州の共通債務証券(コロナ債)を発行し、その資金を新型コロナウイルス対応に利用することを提案しているが、ドイツやオランダなどは反対している。現状は欧州中央銀行(ECB)の債券買入政策が功を奏しているが、早期に打開策を見出すことが期待されている。
  4. 欧州の銀行では、貸出先の業績や資金繰りが悪化することで、再び不良債権が増加する懸念が生じている。欧州ソブリン危機以降、一部の国の銀行では自国政府債の保有が増加しているため、経済対策の実施に向けた安定的な財源調達は、銀行システムの安定性という観点からも重要な課題となっている。
  5. 今後は経済活動の停滞が長引くほど、企業と消費者の双方においてその間を凌ぐための資金需要が増え、必要な経済対策の規模も拡大していく。そうなれば、資金超過への対応が課題であった欧州金融市場において多くの資金需要が生まれることも考えられる。事態の終息を見通せない状況ではリスクが高い面は否めないが、過去の危機を踏まえてリスク耐性を高めてきた金融市場・金融機関が、欧州経済の立て直しにどのように貢献できるのか正念場に差し掛かろうとしている。
ステーブルコインと中央銀行デジタル通貨を巡って 淵田 康之
  1. リブラのようなグローバル・ステーブルコインの導入は様々なリスクをもたらしうるが、既成秩序への影響が大きいというだけの理由で、これを拒絶することは建設的ではない。既存のマネーのあり方自体が、時代のニーズに応えられなくなりつつあるからこそ、リブラのような構想が浮上するという現実があるからである。
  2. 既存の「口座型」のデジタルマネーを進化させるという選択肢もあるが、グローバル・ステーブルコインは、第三世代のデジタルマネーという新たな選択肢の存在を示している。
  3. Big Techのプラットフォーマーが、第三世代のデジタルマネーを採用すれば、法定通貨の地位が揺らぐ事態も生じかねない。そこで、各国の中央銀行が第三世代型の中央銀行デジタル通貨(CBDC)を発行し、国際送金にも応用する仕組みを構築していくことが考えられる。
  4. すなわち、今、問われているのは、グローバル・ステーブルコインやCBDCそのものの是非もさることながら、第三世代のデジタルマネーの供給を誰が主導すべきか、という点なのである。
  5. CBDC導入により、システミックリスクの軽減や金融政策の有効性向上も期待される。さらに、昨今のような緊急時における、国民への迅速かつ直接的な金銭的支援も円滑に実行可能となる。
  6. わが国の場合、諸外国に比べた決済サービスの立ち遅れが、今後より顕著となっていく可能性がある。多額の預金を抱えた銀行の運用難、金融政策の有効性低下などの問題も踏まえると、わが国は、世界で最も第三世代型のCBDCの導入が求められている国といって良いかもしれない。
金融サービスを拡大するスーパーアプリのゴジェックとグラブ 武井 悠輔北野 陽平
  1. 東南アジア域内では近年、大手配車アプリ運営企業が「スーパーアプリ」運営企業へと変貌を遂げるとともに、金融サービス事業を拡大し始めている。こうしたスーパーアプリの代表企業として、インドネシアを本拠とするゴジェックとシンガポールを本拠とするグラブが挙げられる。両社は、フードデリバリーやホテル予約等へ事業領域を拡大する中、電子決済サービスを拡充するとともに、他の金融サービスの提供を開始してきた。
  2. ゴジェックとグラブは、例えばフードデリバリーにおいて決済サービスを提供する中で、加盟店であるレストランや屋台を運営する零細・中小企業の膨大な決済データ等を蓄積することにより、既存の金融機関とは異なる独自の信用評価モデルを構築し、融資業を提供している。また、両社は、運転手や乗客向けの自動車保険で保険事業を開始したが、近年ではアプリ利用者向けに安価な海外旅行保険を提供する等、保険商品の拡充を図っている。さらに、ゴジェックはアプリ利用者等向けに投資商品や資産運用サービスを低コストで提供しており、グラブも今後提供を開始する予定である。
  3. ゴジェックとグラブは、提供するサービスの拡充に伴い、運転手、加盟店、アプリ利用者を含む顧客基盤を大幅に拡大してきた。ゴジェックのアプリのダウンロード数は2020年1月初旬時点で1.3億回、グラブのアプリのダウンロード数は2019年10月時点で1.66億回に達した。
  4. 東南アジア域内では、金融サービスに十分にアクセスできていない個人や零細・中小企業が数多くいる。そうした中、ゴジェックとグラブが巨大な顧客基盤を生かして、中長期的に既存の金融機関を補完する重要な役割を担うことで、金融包摂の促進や金融サービスの大衆化の一翼を担う存在になるか、注目されよう。
上場株式の売買単位と個人向け証券取引のイノベーション 岡田 功太片寄 直紀
  1. 米国の証券取引所では、100株を取引単位とする単位株制度がありつつも、上場株式及び上場投資信託(ETF)を1株から発注できる。ニューヨーク証券取引所の全取引に占める単位未満株取引の割合は約45%に達しており、少額取引の割合は増加傾向にある。更に、米国では、1株に満たない端株取引サービスを提供する金融機関も数多く存在し、創造的なサービス提供を行っている。
  2. 例えば、フォリオ・ファイナンシャルは、投資家自身が投資対象及び配分を設定可能な「フォリオ」というバスケット取引サービスを提供し、モチーフ・インベスティングは、0.0001株単位でウェイト調整が可能なインデックス投資サービスを行っている。ストックパイルは、「○株を○ドル分」と記載されたギフトカード提供のサービスを展開している。これらのサービスは、全て端株の取引を基盤としている。
  3. 他方、日本では、上場株式の売買単位は、単元株である100株に統一されているため、単元未満株や端株取引サービスは普及していない。例えば3万円の値が付いている上場株式を購入するには1単元分の300万円の資金が必要であり、このような銘柄は決して珍しくはない。累積投資などのサービスはあるものの、100株という売買単位は、少額投資家も含めた裾野拡大を追求する際の一つの障壁になっている。
  4. 日本の売買単位を1株に引き下げることができれば、少額投資の選択肢の拡大に繋がる。また、それにより米国のような証券取引サービスの向上やイノベーションの創出を後押しできれば、日本の積年の課題である「貯蓄から投資」の促進、さらには日本の株式市場の活性化と競争力の向上に繋がるのではないか、と考えられる。
銀行規制再論
−将来に向けた銀行システムの安定のための論点−
小立 敬
  1. グローバル金融危機以降、G20の枠組みの下で危機の再発防止を図る国際的な金融規制改革が行われ、日本では、バーゼルIIIを始めとする銀行のプルーデンス規制の強化が行われてきた。金融危機から10年に亘る金融規制改革もようやく完成しつつあり、現在は、自己資本比率のリスク・アセット計測方法の見直し、いわゆるバーゼルIII最終化を残すだけとなっている。
  2. 日本の銀行業界は、マイナス金利政策を始めとする長期間に及ぶ金融緩和政策に加えて、潜在成長力の低下や人口減少といった日本経済の構造問題の影響から、将来の展望について厳しい見方がされつつある。さらに、フィンテックやデジタライゼーションへの対応も含めて、新たなビジネス・モデルの構築に向けた課題も投げかけられている。日本の銀行業界を取り巻く経済・社会環境が大きく変わりゆく中にあって、将来に亘って銀行システムの安定を確保するという観点から、銀行のプルーデンス規制の枠組みを再点検する作業も求められよう。
  3. 金融危機後に国際的にまたは海外で議論されてきた論点や実際に講じられた措置を踏まえながら、(1)自己資本比率(国内基準)のあり方、(2)バーゼルIIIのカウンターシクリカル・バッファー(CCyB)の運用、(3)ゴーンコンサーン・ベースの損失吸収力に関する措置、(4)銀行のリスク・プロファイルに応じたプルーデンス規制の枠組みをテーマに取り上げて、将来に向けて日本の銀行システムの安定を確保するという観点から銀行のプルーデンス規制の論点を改めて整理し、新たな課題の提供を試みる。
  4. 現在、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響から、日本の経済・社会は過去に経験したことのない、リーマン・ショックをも上回るとされる危機に直面しているが、本稿は、現在の極めて困難な経済・社会環境をある程度克服することを前提として、より長期的な視点で考察を行うものであることを付言させていただきたい。
高齢社会の中での地域金融機関
−高齢顧客向けサービスへの示唆−
宮本 佐知子
  1. 日本の高齢化は急速に進展している。国立社会保障・人口問題研究所の推計によると、2040年には高齢世帯数は2,242万世帯、一般世帯総数に占める割合は44%になる。それに伴い、高齢単独世帯数や高齢世帯に占める単独世帯割合も増加していく。
  2. 高齢化の状況を地域別に見ると、このような動きが日本全体よりも早く顕在化する地域も多い。また、高齢世帯はどの地域においても、金融資産を多く保有している。そのため、地域金融機関にとって、高齢顧客への対応は急務になっている。
  3. しかし、高齢顧客の急増は、地域金融機関にとっても初めて直面する課題であり、その対応は試行錯誤が続けられている。そこで本稿では、米英の金融機関による高齢顧客への取り組みについて、顧客の関心が高いと見られ、日本の地域金融機関に参考になりそうなものを紹介したい。
  4. これらの取り組みには、新たな手数料収入を期待できるものもある一方で、直接的には収入につながりづらい「公益的な取り組み」となるものも多い。顧客の信頼を得ることにつながる地域貢献の観点を重視しながら、高齢顧客への取り組みを「収益的な取り組み」につなげることは、営利企業である地域金融機関にとっては重要な課題である。「公益的な取り組み」と「収益的な取り組み」を両立させる金融商品サービスを顧客本位の目線で工夫していくことが、地域金融機関には求められているのではないか。
中国における投資一任サービスの現状と発展の可能性 宋 良也
  1. 欧米・日本などの先進国で普及している投資一任(投資顧問)サービスへのニーズは、富裕層の規模が拡大する中国においても高まってきている。ウェルスマネジメントへの転換が迫られる証券会社にとって、新たな事業機会としての投資一任サービス導入の必要性が大きい。
  2. 一方で、中国には投資一任関連の法制度の未整備や、海外資本規制による運用対象資産の分散の制約などの問題が存在する。従来、証券会社と基金管理会社は各自の資産管理プランで投資一任の類似の金融商品を提供してきたが、いずれも銀行理財商品の受け皿となってしまい、投資家のリスク許容度に合わせたポートフォリオの変更ができないことから、本格的な投資一任サービスとは言い難い。
  3. 投資一任サービスに係る規制改革の試みは、2019年10月の公募ファンドを対象とした投資顧問業務テストから本格的に始まった。同テストに参加する金融機関は、顧客のリスク許容度に合わせたポートフォリオ戦略に基づき、顧客の代わりに公募ファンドの売買・スイッチングなどの取引行為を実行することが可能である。
  4. 公募ファンドを対象とした投資一任サービスのテストには、今後エクイティ運用が強みである証券会社の参加も考えられよう。また、ネット大手が自社の金融プラットフォームを通じて、ロボアドバイザーによる公募ファンド投資一任サービスを一般投資家向けに提供する可能性が高い。規制強化された銀行理財商品からの資金流出が見込まれる中、中国における投資一任サービスがどのように展開していくのかが注目される。
中国における従業員持株制度の拡大 塩島 晋
  1. 近年、中国において従業員持株会を導入する上場会社が増加している。その背景としては、中国政府が国家の成長及び資本市場の持続的発展、企業の内部管理構造の改善等を促進するために、従業員持株会に係る制度を整備してきたことがある。
  2. 中国の従業員持株会では、上場会社(委託人)が証券会社等の資産管理機関(管理人)に従業員持株会の運営管理を委託する。また、運用期間は2〜10年等に設定されており、満期を迎えると自動的に終了する点が、日本の従業員持株会との違いとなっている。
  3. 中国では、2020年1月7日時点で、中堅・大手の企業を中心に、656社の上場会社が従業員持株会を実施している。例えば、上場会社で初めて従業員持株会を導入した中国平安保険は、ストックオプション類似の制度と、退職まで保有できる日本に類似した制度を導入している。
  4. 中国における従業員持株制度の充実・普及が、離職率の低下を通じた企業経営の安定化に加え、労働者の資産形成支援、さらには中国資本市場の参加者のすそ野の拡大につながっていくのか、今後の動向が注目されよう。
中国・アジア
時流 コロナウイルスのパンデミックの教訓
−いま、BCPを見直せば、まだ間に合う国難災害−
関西大学特別任命教授・社会安全研究センター長 河田 惠昭

首都直下地震などの国難災害に備えて、特に現代都市社会の各種ネットワークの被害軽減対策を、現在グローバルに進行中のパンデミック対策に重ねて、4つの視点から論じた。1つ目は、パンデミックは人流、物流ネットワーク上を新型コロナウイルスが拡散するが、国難災害ではさらに金融や情報ネットワーク被害も加わり、複合災害と連滝災害となるため、これらを抑制すること、2つ目は、事業継続計画(BCP)の有効性は、平常時の企業経営と密接に関係していること、3つ目は、特に金融システムは地震時の停電や水害時の長期湛水によって大きく被災し、長期化する危険があること、および4つ目は、デジタル変革(DX)も災害に弱く、リダンダンシーを高める、すなわち予備手段を準備する必要があることを示した。

新型コロナウイルスの感染拡大で試練を迎えた中国経済 関 志雄
  1. 中国では、2020年に入ってから、新型コロナウイルス感染症が猛威を振るっている。その経済への影響は2003年のSARSの時より遥かに深刻である。経済成長率は、第1四半期には-6.8%と、マイナスに転じ、年末にかけて景気が回復に向かったとしても、年間では、2019年の実績(6.1%)を大きく下回ることが避けられない。
  2. 多くの企業は、業務の停止と再開の遅れを受けて、収入が大幅に減る一方で、賃金、金利、家賃などの固定費用を負担しなければならず、資金繰りが悪化している。その結果、企業の倒産が増え、失業と不良債権の問題が深刻化している。このような事態を回避するために、政府はダメージを受けた企業を対象に、財政面では時限減税、金融面では政策融資の拡大を中心とする支援策を打ち出している。大型景気対策を求める声が高まっているが、その余地は限られていると見られる。
  3. 中国から始まった新型コロナウイルス感染症は、その後、海外へと広がっている。米国、イタリア、スペインなど、それによる死者数が中国を大きく上回る国が続出した。各国は、都市のロックダウンなど、厳しい対策を取る一方で、相次いで史上最大規模の景気対策を打ち出しているが、成長の大幅な落ち込みが避けられないと見られる。海外市場の低迷は、すでに米中貿易摩擦を受けて鮮明になっている中国における輸出の減速に拍車をかけるだろう。このような内外環境の悪化を受けて、中国経済は、大きな試練を迎えている。
中国での新型コロナウイルス感染拡大に伴う金融面での危機対応策 関根 栄一
  1. 中国の2020年1〜2月の経済指標は、消費の前年同期比20.5%減に代表される通り、新型コロナウイルスの感染拡大防止策の影響を受け、過去に統計を遡れる範囲で大きく悪化した。中国国内で、最初に同ウイルスによる集団感染が発生した湖北省武漢市では、感染拡大を防ぐため、同年1月23日、武漢市の都市封鎖(ロックダウン)が行われた。
  2. 続いて、2020年1月24日の春節休暇期間からは、中国全土での人の移動・行動の制限等の公衆衛生上の措置が講じられた。春節休暇期間明けには、サービス業・製造業の業績悪化や家計の所得減少が予想され、また金融市場での混乱防止の必要性もあったため、2月1日、金融当局は、金融面での危機対応策を打ち出した。
  3. 対応策は、(1)金融市場や銀行貸出を通じた流動性支援、(2)個人の日常的な金融サービスの保障、(3)金融の基盤インフラ運営の確保、(4)外為・越境人民元取引の支援、(5)実施体制の確立、の五分野からなり、特別貸出枠の設定や、金融機関への行政指導が実施されている。
  4. 危機対応策の実績を見ると、2月の企業や家計向けの人民元貸出(フロー)は、春節という季節的かつ休暇期間の延長という要因もあり十分に実行されているとは言えない。また、家計向けの人民元建て短期貸出残高は、1月末に比べむしろ減少している。金融機関への行政指導は、政府が救済したい部門に、直接、資金を融通できる一方、金融仲介の歪みをもたらすリスクや、企業債務残高の増加に歯止めがかからないリスクもある。
  5. 武漢市の都市封鎖は4月8日に解除されたが、感染拡大期間中、新たにロボット配送や遠隔医療などの非接触・非対面型の取引形態が進展している。中小企業向け貿易金融へのブロックチェーン活用の実験拡大など金融取引での新たな動きもある。新型コロナウイルスの感染が長期化する中で、経済・社会のデジタル化に向けた変化の芽にも注目していく必要があろう。
新型コロナウイルスの感染拡大に揺れ動く欧州金融市場
−金融関連の政策対応と経済対策の財源問題−
磯部 昌吾
  1. 欧州では、新型コロナウイルスが猛威を振るう中で、金融市場への影響が急速に拡大している。各国の中央銀行や規制当局は、金融市場や金融機関が実体経済を支える機能を維持できるよう、異例の金融政策や金融規制の柔軟化措置等を相次いで打ち出している。
  2. 加えて、今後は、大規模な財政政策(経済対策)が必要となってくるが、税収の低下も予想されることから、支出と収入の両面から財政赤字が大きく拡大する可能性がある。このため、欧州各国が安定的に必要な財源を調達できるかは、今後の経済対策の成否にとって重要な要素といえる。
  3. イタリアやスペイン、フランスなどは欧州の共通債務証券(コロナ債)を発行し、その資金を新型コロナウイルス対応に利用することを提案しているが、ドイツやオランダなどは反対している。現状は欧州中央銀行(ECB)の債券買入政策が功を奏しているが、早期に打開策を見出すことが期待されている。
  4. 欧州の銀行では、貸出先の業績や資金繰りが悪化することで、再び不良債権が増加する懸念が生じている。欧州ソブリン危機以降、一部の国の銀行では自国政府債の保有が増加しているため、経済対策の実施に向けた安定的な財源調達は、銀行システムの安定性という観点からも重要な課題となっている。
  5. 今後は経済活動の停滞が長引くほど、企業と消費者の双方においてその間を凌ぐための資金需要が増え、必要な経済対策の規模も拡大していく。そうなれば、資金超過への対応が課題であった欧州金融市場において多くの資金需要が生まれることも考えられる。事態の終息を見通せない状況ではリスクが高い面は否めないが、過去の危機を踏まえてリスク耐性を高めてきた金融市場・金融機関が、欧州経済の立て直しにどのように貢献できるのか正念場に差し掛かろうとしている。
ステーブルコインと中央銀行デジタル通貨を巡って 淵田 康之
  1. リブラのようなグローバル・ステーブルコインの導入は様々なリスクをもたらしうるが、既成秩序への影響が大きいというだけの理由で、これを拒絶することは建設的ではない。既存のマネーのあり方自体が、時代のニーズに応えられなくなりつつあるからこそ、リブラのような構想が浮上するという現実があるからである。
  2. 既存の「口座型」のデジタルマネーを進化させるという選択肢もあるが、グローバル・ステーブルコインは、第三世代のデジタルマネーという新たな選択肢の存在を示している。
  3. Big Techのプラットフォーマーが、第三世代のデジタルマネーを採用すれば、法定通貨の地位が揺らぐ事態も生じかねない。そこで、各国の中央銀行が第三世代型の中央銀行デジタル通貨(CBDC)を発行し、国際送金にも応用する仕組みを構築していくことが考えられる。
  4. すなわち、今、問われているのは、グローバル・ステーブルコインやCBDCそのものの是非もさることながら、第三世代のデジタルマネーの供給を誰が主導すべきか、という点なのである。
  5. CBDC導入により、システミックリスクの軽減や金融政策の有効性向上も期待される。さらに、昨今のような緊急時における、国民への迅速かつ直接的な金銭的支援も円滑に実行可能となる。
  6. わが国の場合、諸外国に比べた決済サービスの立ち遅れが、今後より顕著となっていく可能性がある。多額の預金を抱えた銀行の運用難、金融政策の有効性低下などの問題も踏まえると、わが国は、世界で最も第三世代型のCBDCの導入が求められている国といって良いかもしれない。
金融サービスを拡大するスーパーアプリのゴジェックとグラブ 武井 悠輔北野 陽平
  1. 東南アジア域内では近年、大手配車アプリ運営企業が「スーパーアプリ」運営企業へと変貌を遂げるとともに、金融サービス事業を拡大し始めている。こうしたスーパーアプリの代表企業として、インドネシアを本拠とするゴジェックとシンガポールを本拠とするグラブが挙げられる。両社は、フードデリバリーやホテル予約等へ事業領域を拡大する中、電子決済サービスを拡充するとともに、他の金融サービスの提供を開始してきた。
  2. ゴジェックとグラブは、例えばフードデリバリーにおいて決済サービスを提供する中で、加盟店であるレストランや屋台を運営する零細・中小企業の膨大な決済データ等を蓄積することにより、既存の金融機関とは異なる独自の信用評価モデルを構築し、融資業を提供している。また、両社は、運転手や乗客向けの自動車保険で保険事業を開始したが、近年ではアプリ利用者向けに安価な海外旅行保険を提供する等、保険商品の拡充を図っている。さらに、ゴジェックはアプリ利用者等向けに投資商品や資産運用サービスを低コストで提供しており、グラブも今後提供を開始する予定である。
  3. ゴジェックとグラブは、提供するサービスの拡充に伴い、運転手、加盟店、アプリ利用者を含む顧客基盤を大幅に拡大してきた。ゴジェックのアプリのダウンロード数は2020年1月初旬時点で1.3億回、グラブのアプリのダウンロード数は2019年10月時点で1.66億回に達した。
  4. 東南アジア域内では、金融サービスに十分にアクセスできていない個人や零細・中小企業が数多くいる。そうした中、ゴジェックとグラブが巨大な顧客基盤を生かして、中長期的に既存の金融機関を補完する重要な役割を担うことで、金融包摂の促進や金融サービスの大衆化の一翼を担う存在になるか、注目されよう。
上場株式の売買単位と個人向け証券取引のイノベーション 岡田 功太片寄 直紀
  1. 米国の証券取引所では、100株を取引単位とする単位株制度がありつつも、上場株式及び上場投資信託(ETF)を1株から発注できる。ニューヨーク証券取引所の全取引に占める単位未満株取引の割合は約45%に達しており、少額取引の割合は増加傾向にある。更に、米国では、1株に満たない端株取引サービスを提供する金融機関も数多く存在し、創造的なサービス提供を行っている。
  2. 例えば、フォリオ・ファイナンシャルは、投資家自身が投資対象及び配分を設定可能な「フォリオ」というバスケット取引サービスを提供し、モチーフ・インベスティングは、0.0001株単位でウェイト調整が可能なインデックス投資サービスを行っている。ストックパイルは、「○株を○ドル分」と記載されたギフトカード提供のサービスを展開している。これらのサービスは、全て端株の取引を基盤としている。
  3. 他方、日本では、上場株式の売買単位は、単元株である100株に統一されているため、単元未満株や端株取引サービスは普及していない。例えば3万円の値が付いている上場株式を購入するには1単元分の300万円の資金が必要であり、このような銘柄は決して珍しくはない。累積投資などのサービスはあるものの、100株という売買単位は、少額投資家も含めた裾野拡大を追求する際の一つの障壁になっている。
  4. 日本の売買単位を1株に引き下げることができれば、少額投資の選択肢の拡大に繋がる。また、それにより米国のような証券取引サービスの向上やイノベーションの創出を後押しできれば、日本の積年の課題である「貯蓄から投資」の促進、さらには日本の株式市場の活性化と競争力の向上に繋がるのではないか、と考えられる。
銀行規制再論
−将来に向けた銀行システムの安定のための論点−
小立 敬
  1. グローバル金融危機以降、G20の枠組みの下で危機の再発防止を図る国際的な金融規制改革が行われ、日本では、バーゼルIIIを始めとする銀行のプルーデンス規制の強化が行われてきた。金融危機から10年に亘る金融規制改革もようやく完成しつつあり、現在は、自己資本比率のリスク・アセット計測方法の見直し、いわゆるバーゼルIII最終化を残すだけとなっている。
  2. 日本の銀行業界は、マイナス金利政策を始めとする長期間に及ぶ金融緩和政策に加えて、潜在成長力の低下や人口減少といった日本経済の構造問題の影響から、将来の展望について厳しい見方がされつつある。さらに、フィンテックやデジタライゼーションへの対応も含めて、新たなビジネス・モデルの構築に向けた課題も投げかけられている。日本の銀行業界を取り巻く経済・社会環境が大きく変わりゆく中にあって、将来に亘って銀行システムの安定を確保するという観点から、銀行のプルーデンス規制の枠組みを再点検する作業も求められよう。
  3. 金融危機後に国際的にまたは海外で議論されてきた論点や実際に講じられた措置を踏まえながら、(1)自己資本比率(国内基準)のあり方、(2)バーゼルIIIのカウンターシクリカル・バッファー(CCyB)の運用、(3)ゴーンコンサーン・ベースの損失吸収力に関する措置、(4)銀行のリスク・プロファイルに応じたプルーデンス規制の枠組みをテーマに取り上げて、将来に向けて日本の銀行システムの安定を確保するという観点から銀行のプルーデンス規制の論点を改めて整理し、新たな課題の提供を試みる。
  4. 現在、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響から、日本の経済・社会は過去に経験したことのない、リーマン・ショックをも上回るとされる危機に直面しているが、本稿は、現在の極めて困難な経済・社会環境をある程度克服することを前提として、より長期的な視点で考察を行うものであることを付言させていただきたい。
高齢社会の中での地域金融機関
−高齢顧客向けサービスへの示唆−
宮本 佐知子
  1. 日本の高齢化は急速に進展している。国立社会保障・人口問題研究所の推計によると、2040年には高齢世帯数は2,242万世帯、一般世帯総数に占める割合は44%になる。それに伴い、高齢単独世帯数や高齢世帯に占める単独世帯割合も増加していく。
  2. 高齢化の状況を地域別に見ると、このような動きが日本全体よりも早く顕在化する地域も多い。また、高齢世帯はどの地域においても、金融資産を多く保有している。そのため、地域金融機関にとって、高齢顧客への対応は急務になっている。
  3. しかし、高齢顧客の急増は、地域金融機関にとっても初めて直面する課題であり、その対応は試行錯誤が続けられている。そこで本稿では、米英の金融機関による高齢顧客への取り組みについて、顧客の関心が高いと見られ、日本の地域金融機関に参考になりそうなものを紹介したい。
  4. これらの取り組みには、新たな手数料収入を期待できるものもある一方で、直接的には収入につながりづらい「公益的な取り組み」となるものも多い。顧客の信頼を得ることにつながる地域貢献の観点を重視しながら、高齢顧客への取り組みを「収益的な取り組み」につなげることは、営利企業である地域金融機関にとっては重要な課題である。「公益的な取り組み」と「収益的な取り組み」を両立させる金融商品サービスを顧客本位の目線で工夫していくことが、地域金融機関には求められているのではないか。
中国における投資一任サービスの現状と発展の可能性 宋 良也
  1. 欧米・日本などの先進国で普及している投資一任(投資顧問)サービスへのニーズは、富裕層の規模が拡大する中国においても高まってきている。ウェルスマネジメントへの転換が迫られる証券会社にとって、新たな事業機会としての投資一任サービス導入の必要性が大きい。
  2. 一方で、中国には投資一任関連の法制度の未整備や、海外資本規制による運用対象資産の分散の制約などの問題が存在する。従来、証券会社と基金管理会社は各自の資産管理プランで投資一任の類似の金融商品を提供してきたが、いずれも銀行理財商品の受け皿となってしまい、投資家のリスク許容度に合わせたポートフォリオの変更ができないことから、本格的な投資一任サービスとは言い難い。
  3. 投資一任サービスに係る規制改革の試みは、2019年10月の公募ファンドを対象とした投資顧問業務テストから本格的に始まった。同テストに参加する金融機関は、顧客のリスク許容度に合わせたポートフォリオ戦略に基づき、顧客の代わりに公募ファンドの売買・スイッチングなどの取引行為を実行することが可能である。
  4. 公募ファンドを対象とした投資一任サービスのテストには、今後エクイティ運用が強みである証券会社の参加も考えられよう。また、ネット大手が自社の金融プラットフォームを通じて、ロボアドバイザーによる公募ファンド投資一任サービスを一般投資家向けに提供する可能性が高い。規制強化された銀行理財商品からの資金流出が見込まれる中、中国における投資一任サービスがどのように展開していくのかが注目される。
中国における従業員持株制度の拡大 塩島 晋
  1. 近年、中国において従業員持株会を導入する上場会社が増加している。その背景としては、中国政府が国家の成長及び資本市場の持続的発展、企業の内部管理構造の改善等を促進するために、従業員持株会に係る制度を整備してきたことがある。
  2. 中国の従業員持株会では、上場会社(委託人)が証券会社等の資産管理機関(管理人)に従業員持株会の運営管理を委託する。また、運用期間は2〜10年等に設定されており、満期を迎えると自動的に終了する点が、日本の従業員持株会との違いとなっている。
  3. 中国では、2020年1月7日時点で、中堅・大手の企業を中心に、656社の上場会社が従業員持株会を実施している。例えば、上場会社で初めて従業員持株会を導入した中国平安保険は、ストックオプション類似の制度と、退職まで保有できる日本に類似した制度を導入している。
  4. 中国における従業員持株制度の充実・普及が、離職率の低下を通じた企業経営の安定化に加え、労働者の資産形成支援、さらには中国資本市場の参加者のすそ野の拡大につながっていくのか、今後の動向が注目されよう。
要約
時流 コロナウイルスのパンデミックの教訓
−いま、BCPを見直せば、まだ間に合う国難災害−
関西大学特別任命教授・社会安全研究センター長 河田 惠昭

首都直下地震などの国難災害に備えて、特に現代都市社会の各種ネットワークの被害軽減対策を、現在グローバルに進行中のパンデミック対策に重ねて、4つの視点から論じた。1つ目は、パンデミックは人流、物流ネットワーク上を新型コロナウイルスが拡散するが、国難災害ではさらに金融や情報ネットワーク被害も加わり、複合災害と連滝災害となるため、これらを抑制すること、2つ目は、事業継続計画(BCP)の有効性は、平常時の企業経営と密接に関係していること、3つ目は、特に金融システムは地震時の停電や水害時の長期湛水によって大きく被災し、長期化する危険があること、および4つ目は、デジタル変革(DX)も災害に弱く、リダンダンシーを高める、すなわち予備手段を準備する必要があることを示した。

新型コロナウイルスの感染拡大で試練を迎えた中国経済 関 志雄
  1. 中国では、2020年に入ってから、新型コロナウイルス感染症が猛威を振るっている。その経済への影響は2003年のSARSの時より遥かに深刻である。経済成長率は、第1四半期には-6.8%と、マイナスに転じ、年末にかけて景気が回復に向かったとしても、年間では、2019年の実績(6.1%)を大きく下回ることが避けられない。
  2. 多くの企業は、業務の停止と再開の遅れを受けて、収入が大幅に減る一方で、賃金、金利、家賃などの固定費用を負担しなければならず、資金繰りが悪化している。その結果、企業の倒産が増え、失業と不良債権の問題が深刻化している。このような事態を回避するために、政府はダメージを受けた企業を対象に、財政面では時限減税、金融面では政策融資の拡大を中心とする支援策を打ち出している。大型景気対策を求める声が高まっているが、その余地は限られていると見られる。
  3. 中国から始まった新型コロナウイルス感染症は、その後、海外へと広がっている。米国、イタリア、スペインなど、それによる死者数が中国を大きく上回る国が続出した。各国は、都市のロックダウンなど、厳しい対策を取る一方で、相次いで史上最大規模の景気対策を打ち出しているが、成長の大幅な落ち込みが避けられないと見られる。海外市場の低迷は、すでに米中貿易摩擦を受けて鮮明になっている中国における輸出の減速に拍車をかけるだろう。このような内外環境の悪化を受けて、中国経済は、大きな試練を迎えている。
中国での新型コロナウイルス感染拡大に伴う金融面での危機対応策 関根 栄一
  1. 中国の2020年1〜2月の経済指標は、消費の前年同期比20.5%減に代表される通り、新型コロナウイルスの感染拡大防止策の影響を受け、過去に統計を遡れる範囲で大きく悪化した。中国国内で、最初に同ウイルスによる集団感染が発生した湖北省武漢市では、感染拡大を防ぐため、同年1月23日、武漢市の都市封鎖(ロックダウン)が行われた。
  2. 続いて、2020年1月24日の春節休暇期間からは、中国全土での人の移動・行動の制限等の公衆衛生上の措置が講じられた。春節休暇期間明けには、サービス業・製造業の業績悪化や家計の所得減少が予想され、また金融市場での混乱防止の必要性もあったため、2月1日、金融当局は、金融面での危機対応策を打ち出した。
  3. 対応策は、(1)金融市場や銀行貸出を通じた流動性支援、(2)個人の日常的な金融サービスの保障、(3)金融の基盤インフラ運営の確保、(4)外為・越境人民元取引の支援、(5)実施体制の確立、の五分野からなり、特別貸出枠の設定や、金融機関への行政指導が実施されている。
  4. 危機対応策の実績を見ると、2月の企業や家計向けの人民元貸出(フロー)は、春節という季節的かつ休暇期間の延長という要因もあり十分に実行されているとは言えない。また、家計向けの人民元建て短期貸出残高は、1月末に比べむしろ減少している。金融機関への行政指導は、政府が救済したい部門に、直接、資金を融通できる一方、金融仲介の歪みをもたらすリスクや、企業債務残高の増加に歯止めがかからないリスクもある。
  5. 武漢市の都市封鎖は4月8日に解除されたが、感染拡大期間中、新たにロボット配送や遠隔医療などの非接触・非対面型の取引形態が進展している。中小企業向け貿易金融へのブロックチェーン活用の実験拡大など金融取引での新たな動きもある。新型コロナウイルスの感染が長期化する中で、経済・社会のデジタル化に向けた変化の芽にも注目していく必要があろう。
新型コロナウイルスの感染拡大に揺れ動く欧州金融市場
−金融関連の政策対応と経済対策の財源問題−
磯部 昌吾
  1. 欧州では、新型コロナウイルスが猛威を振るう中で、金融市場への影響が急速に拡大している。各国の中央銀行や規制当局は、金融市場や金融機関が実体経済を支える機能を維持できるよう、異例の金融政策や金融規制の柔軟化措置等を相次いで打ち出している。
  2. 加えて、今後は、大規模な財政政策(経済対策)が必要となってくるが、税収の低下も予想されることから、支出と収入の両面から財政赤字が大きく拡大する可能性がある。このため、欧州各国が安定的に必要な財源を調達できるかは、今後の経済対策の成否にとって重要な要素といえる。
  3. イタリアやスペイン、フランスなどは欧州の共通債務証券(コロナ債)を発行し、その資金を新型コロナウイルス対応に利用することを提案しているが、ドイツやオランダなどは反対している。現状は欧州中央銀行(ECB)の債券買入政策が功を奏しているが、早期に打開策を見出すことが期待されている。
  4. 欧州の銀行では、貸出先の業績や資金繰りが悪化することで、再び不良債権が増加する懸念が生じている。欧州ソブリン危機以降、一部の国の銀行では自国政府債の保有が増加しているため、経済対策の実施に向けた安定的な財源調達は、銀行システムの安定性という観点からも重要な課題となっている。
  5. 今後は経済活動の停滞が長引くほど、企業と消費者の双方においてその間を凌ぐための資金需要が増え、必要な経済対策の規模も拡大していく。そうなれば、資金超過への対応が課題であった欧州金融市場において多くの資金需要が生まれることも考えられる。事態の終息を見通せない状況ではリスクが高い面は否めないが、過去の危機を踏まえてリスク耐性を高めてきた金融市場・金融機関が、欧州経済の立て直しにどのように貢献できるのか正念場に差し掛かろうとしている。
ステーブルコインと中央銀行デジタル通貨を巡って 淵田 康之
  1. リブラのようなグローバル・ステーブルコインの導入は様々なリスクをもたらしうるが、既成秩序への影響が大きいというだけの理由で、これを拒絶することは建設的ではない。既存のマネーのあり方自体が、時代のニーズに応えられなくなりつつあるからこそ、リブラのような構想が浮上するという現実があるからである。
  2. 既存の「口座型」のデジタルマネーを進化させるという選択肢もあるが、グローバル・ステーブルコインは、第三世代のデジタルマネーという新たな選択肢の存在を示している。
  3. Big Techのプラットフォーマーが、第三世代のデジタルマネーを採用すれば、法定通貨の地位が揺らぐ事態も生じかねない。そこで、各国の中央銀行が第三世代型の中央銀行デジタル通貨(CBDC)を発行し、国際送金にも応用する仕組みを構築していくことが考えられる。
  4. すなわち、今、問われているのは、グローバル・ステーブルコインやCBDCそのものの是非もさることながら、第三世代のデジタルマネーの供給を誰が主導すべきか、という点なのである。
  5. CBDC導入により、システミックリスクの軽減や金融政策の有効性向上も期待される。さらに、昨今のような緊急時における、国民への迅速かつ直接的な金銭的支援も円滑に実行可能となる。
  6. わが国の場合、諸外国に比べた決済サービスの立ち遅れが、今後より顕著となっていく可能性がある。多額の預金を抱えた銀行の運用難、金融政策の有効性低下などの問題も踏まえると、わが国は、世界で最も第三世代型のCBDCの導入が求められている国といって良いかもしれない。
金融サービスを拡大するスーパーアプリのゴジェックとグラブ 武井 悠輔北野 陽平
  1. 東南アジア域内では近年、大手配車アプリ運営企業が「スーパーアプリ」運営企業へと変貌を遂げるとともに、金融サービス事業を拡大し始めている。こうしたスーパーアプリの代表企業として、インドネシアを本拠とするゴジェックとシンガポールを本拠とするグラブが挙げられる。両社は、フードデリバリーやホテル予約等へ事業領域を拡大する中、電子決済サービスを拡充するとともに、他の金融サービスの提供を開始してきた。
  2. ゴジェックとグラブは、例えばフードデリバリーにおいて決済サービスを提供する中で、加盟店であるレストランや屋台を運営する零細・中小企業の膨大な決済データ等を蓄積することにより、既存の金融機関とは異なる独自の信用評価モデルを構築し、融資業を提供している。また、両社は、運転手や乗客向けの自動車保険で保険事業を開始したが、近年ではアプリ利用者向けに安価な海外旅行保険を提供する等、保険商品の拡充を図っている。さらに、ゴジェックはアプリ利用者等向けに投資商品や資産運用サービスを低コストで提供しており、グラブも今後提供を開始する予定である。
  3. ゴジェックとグラブは、提供するサービスの拡充に伴い、運転手、加盟店、アプリ利用者を含む顧客基盤を大幅に拡大してきた。ゴジェックのアプリのダウンロード数は2020年1月初旬時点で1.3億回、グラブのアプリのダウンロード数は2019年10月時点で1.66億回に達した。
  4. 東南アジア域内では、金融サービスに十分にアクセスできていない個人や零細・中小企業が数多くいる。そうした中、ゴジェックとグラブが巨大な顧客基盤を生かして、中長期的に既存の金融機関を補完する重要な役割を担うことで、金融包摂の促進や金融サービスの大衆化の一翼を担う存在になるか、注目されよう。
上場株式の売買単位と個人向け証券取引のイノベーション 岡田 功太片寄 直紀
  1. 米国の証券取引所では、100株を取引単位とする単位株制度がありつつも、上場株式及び上場投資信託(ETF)を1株から発注できる。ニューヨーク証券取引所の全取引に占める単位未満株取引の割合は約45%に達しており、少額取引の割合は増加傾向にある。更に、米国では、1株に満たない端株取引サービスを提供する金融機関も数多く存在し、創造的なサービス提供を行っている。
  2. 例えば、フォリオ・ファイナンシャルは、投資家自身が投資対象及び配分を設定可能な「フォリオ」というバスケット取引サービスを提供し、モチーフ・インベスティングは、0.0001株単位でウェイト調整が可能なインデックス投資サービスを行っている。ストックパイルは、「○株を○ドル分」と記載されたギフトカード提供のサービスを展開している。これらのサービスは、全て端株の取引を基盤としている。
  3. 他方、日本では、上場株式の売買単位は、単元株である100株に統一されているため、単元未満株や端株取引サービスは普及していない。例えば3万円の値が付いている上場株式を購入するには1単元分の300万円の資金が必要であり、このような銘柄は決して珍しくはない。累積投資などのサービスはあるものの、100株という売買単位は、少額投資家も含めた裾野拡大を追求する際の一つの障壁になっている。
  4. 日本の売買単位を1株に引き下げることができれば、少額投資の選択肢の拡大に繋がる。また、それにより米国のような証券取引サービスの向上やイノベーションの創出を後押しできれば、日本の積年の課題である「貯蓄から投資」の促進、さらには日本の株式市場の活性化と競争力の向上に繋がるのではないか、と考えられる。
銀行規制再論
−将来に向けた銀行システムの安定のための論点−
小立 敬
  1. グローバル金融危機以降、G20の枠組みの下で危機の再発防止を図る国際的な金融規制改革が行われ、日本では、バーゼルIIIを始めとする銀行のプルーデンス規制の強化が行われてきた。金融危機から10年に亘る金融規制改革もようやく完成しつつあり、現在は、自己資本比率のリスク・アセット計測方法の見直し、いわゆるバーゼルIII最終化を残すだけとなっている。
  2. 日本の銀行業界は、マイナス金利政策を始めとする長期間に及ぶ金融緩和政策に加えて、潜在成長力の低下や人口減少といった日本経済の構造問題の影響から、将来の展望について厳しい見方がされつつある。さらに、フィンテックやデジタライゼーションへの対応も含めて、新たなビジネス・モデルの構築に向けた課題も投げかけられている。日本の銀行業界を取り巻く経済・社会環境が大きく変わりゆく中にあって、将来に亘って銀行システムの安定を確保するという観点から、銀行のプルーデンス規制の枠組みを再点検する作業も求められよう。
  3. 金融危機後に国際的にまたは海外で議論されてきた論点や実際に講じられた措置を踏まえながら、(1)自己資本比率(国内基準)のあり方、(2)バーゼルIIIのカウンターシクリカル・バッファー(CCyB)の運用、(3)ゴーンコンサーン・ベースの損失吸収力に関する措置、(4)銀行のリスク・プロファイルに応じたプルーデンス規制の枠組みをテーマに取り上げて、将来に向けて日本の銀行システムの安定を確保するという観点から銀行のプルーデンス規制の論点を改めて整理し、新たな課題の提供を試みる。
  4. 現在、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響から、日本の経済・社会は過去に経験したことのない、リーマン・ショックをも上回るとされる危機に直面しているが、本稿は、現在の極めて困難な経済・社会環境をある程度克服することを前提として、より長期的な視点で考察を行うものであることを付言させていただきたい。
高齢社会の中での地域金融機関
−高齢顧客向けサービスへの示唆−
宮本 佐知子
  1. 日本の高齢化は急速に進展している。国立社会保障・人口問題研究所の推計によると、2040年には高齢世帯数は2,242万世帯、一般世帯総数に占める割合は44%になる。それに伴い、高齢単独世帯数や高齢世帯に占める単独世帯割合も増加していく。
  2. 高齢化の状況を地域別に見ると、このような動きが日本全体よりも早く顕在化する地域も多い。また、高齢世帯はどの地域においても、金融資産を多く保有している。そのため、地域金融機関にとって、高齢顧客への対応は急務になっている。
  3. しかし、高齢顧客の急増は、地域金融機関にとっても初めて直面する課題であり、その対応は試行錯誤が続けられている。そこで本稿では、米英の金融機関による高齢顧客への取り組みについて、顧客の関心が高いと見られ、日本の地域金融機関に参考になりそうなものを紹介したい。
  4. これらの取り組みには、新たな手数料収入を期待できるものもある一方で、直接的には収入につながりづらい「公益的な取り組み」となるものも多い。顧客の信頼を得ることにつながる地域貢献の観点を重視しながら、高齢顧客への取り組みを「収益的な取り組み」につなげることは、営利企業である地域金融機関にとっては重要な課題である。「公益的な取り組み」と「収益的な取り組み」を両立させる金融商品サービスを顧客本位の目線で工夫していくことが、地域金融機関には求められているのではないか。
中国における投資一任サービスの現状と発展の可能性 宋 良也
  1. 欧米・日本などの先進国で普及している投資一任(投資顧問)サービスへのニーズは、富裕層の規模が拡大する中国においても高まってきている。ウェルスマネジメントへの転換が迫られる証券会社にとって、新たな事業機会としての投資一任サービス導入の必要性が大きい。
  2. 一方で、中国には投資一任関連の法制度の未整備や、海外資本規制による運用対象資産の分散の制約などの問題が存在する。従来、証券会社と基金管理会社は各自の資産管理プランで投資一任の類似の金融商品を提供してきたが、いずれも銀行理財商品の受け皿となってしまい、投資家のリスク許容度に合わせたポートフォリオの変更ができないことから、本格的な投資一任サービスとは言い難い。
  3. 投資一任サービスに係る規制改革の試みは、2019年10月の公募ファンドを対象とした投資顧問業務テストから本格的に始まった。同テストに参加する金融機関は、顧客のリスク許容度に合わせたポートフォリオ戦略に基づき、顧客の代わりに公募ファンドの売買・スイッチングなどの取引行為を実行することが可能である。
  4. 公募ファンドを対象とした投資一任サービスのテストには、今後エクイティ運用が強みである証券会社の参加も考えられよう。また、ネット大手が自社の金融プラットフォームを通じて、ロボアドバイザーによる公募ファンド投資一任サービスを一般投資家向けに提供する可能性が高い。規制強化された銀行理財商品からの資金流出が見込まれる中、中国における投資一任サービスがどのように展開していくのかが注目される。
中国における従業員持株制度の拡大 塩島 晋
  1. 近年、中国において従業員持株会を導入する上場会社が増加している。その背景としては、中国政府が国家の成長及び資本市場の持続的発展、企業の内部管理構造の改善等を促進するために、従業員持株会に係る制度を整備してきたことがある。
  2. 中国の従業員持株会では、上場会社(委託人)が証券会社等の資産管理機関(管理人)に従業員持株会の運営管理を委託する。また、運用期間は2〜10年等に設定されており、満期を迎えると自動的に終了する点が、日本の従業員持株会との違いとなっている。
  3. 中国では、2020年1月7日時点で、中堅・大手の企業を中心に、656社の上場会社が従業員持株会を実施している。例えば、上場会社で初めて従業員持株会を導入した中国平安保険は、ストックオプション類似の制度と、退職まで保有できる日本に類似した制度を導入している。
  4. 中国における従業員持株制度の充実・普及が、離職率の低下を通じた企業経営の安定化に加え、労働者の資産形成支援、さらには中国資本市場の参加者のすそ野の拡大につながっていくのか、今後の動向が注目されよう。
時流 コロナウイルスのパンデミックの教訓
−いま、BCPを見直せば、まだ間に合う国難災害−
関西大学特別任命教授・社会安全研究センター長 河田 惠昭

首都直下地震などの国難災害に備えて、特に現代都市社会の各種ネットワークの被害軽減対策を、現在グローバルに進行中のパンデミック対策に重ねて、4つの視点から論じた。1つ目は、パンデミックは人流、物流ネットワーク上を新型コロナウイルスが拡散するが、国難災害ではさらに金融や情報ネットワーク被害も加わり、複合災害と連滝災害となるため、これらを抑制すること、2つ目は、事業継続計画(BCP)の有効性は、平常時の企業経営と密接に関係していること、3つ目は、特に金融システムは地震時の停電や水害時の長期湛水によって大きく被災し、長期化する危険があること、および4つ目は、デジタル変革(DX)も災害に弱く、リダンダンシーを高める、すなわち予備手段を準備する必要があることを示した。

新型コロナウイルスの感染拡大で試練を迎えた中国経済 関 志雄
  1. 中国では、2020年に入ってから、新型コロナウイルス感染症が猛威を振るっている。その経済への影響は2003年のSARSの時より遥かに深刻である。経済成長率は、第1四半期には-6.8%と、マイナスに転じ、年末にかけて景気が回復に向かったとしても、年間では、2019年の実績(6.1%)を大きく下回ることが避けられない。
  2. 多くの企業は、業務の停止と再開の遅れを受けて、収入が大幅に減る一方で、賃金、金利、家賃などの固定費用を負担しなければならず、資金繰りが悪化している。その結果、企業の倒産が増え、失業と不良債権の問題が深刻化している。このような事態を回避するために、政府はダメージを受けた企業を対象に、財政面では時限減税、金融面では政策融資の拡大を中心とする支援策を打ち出している。大型景気対策を求める声が高まっているが、その余地は限られていると見られる。
  3. 中国から始まった新型コロナウイルス感染症は、その後、海外へと広がっている。米国、イタリア、スペインなど、それによる死者数が中国を大きく上回る国が続出した。各国は、都市のロックダウンなど、厳しい対策を取る一方で、相次いで史上最大規模の景気対策を打ち出しているが、成長の大幅な落ち込みが避けられないと見られる。海外市場の低迷は、すでに米中貿易摩擦を受けて鮮明になっている中国における輸出の減速に拍車をかけるだろう。このような内外環境の悪化を受けて、中国経済は、大きな試練を迎えている。
中国での新型コロナウイルス感染拡大に伴う金融面での危機対応策 関根 栄一
  1. 中国の2020年1〜2月の経済指標は、消費の前年同期比20.5%減に代表される通り、新型コロナウイルスの感染拡大防止策の影響を受け、過去に統計を遡れる範囲で大きく悪化した。中国国内で、最初に同ウイルスによる集団感染が発生した湖北省武漢市では、感染拡大を防ぐため、同年1月23日、武漢市の都市封鎖(ロックダウン)が行われた。
  2. 続いて、2020年1月24日の春節休暇期間からは、中国全土での人の移動・行動の制限等の公衆衛生上の措置が講じられた。春節休暇期間明けには、サービス業・製造業の業績悪化や家計の所得減少が予想され、また金融市場での混乱防止の必要性もあったため、2月1日、金融当局は、金融面での危機対応策を打ち出した。
  3. 対応策は、(1)金融市場や銀行貸出を通じた流動性支援、(2)個人の日常的な金融サービスの保障、(3)金融の基盤インフラ運営の確保、(4)外為・越境人民元取引の支援、(5)実施体制の確立、の五分野からなり、特別貸出枠の設定や、金融機関への行政指導が実施されている。
  4. 危機対応策の実績を見ると、2月の企業や家計向けの人民元貸出(フロー)は、春節という季節的かつ休暇期間の延長という要因もあり十分に実行されているとは言えない。また、家計向けの人民元建て短期貸出残高は、1月末に比べむしろ減少している。金融機関への行政指導は、政府が救済したい部門に、直接、資金を融通できる一方、金融仲介の歪みをもたらすリスクや、企業債務残高の増加に歯止めがかからないリスクもある。
  5. 武漢市の都市封鎖は4月8日に解除されたが、感染拡大期間中、新たにロボット配送や遠隔医療などの非接触・非対面型の取引形態が進展している。中小企業向け貿易金融へのブロックチェーン活用の実験拡大など金融取引での新たな動きもある。新型コロナウイルスの感染が長期化する中で、経済・社会のデジタル化に向けた変化の芽にも注目していく必要があろう。
新型コロナウイルスの感染拡大に揺れ動く欧州金融市場
−金融関連の政策対応と経済対策の財源問題−
磯部 昌吾
  1. 欧州では、新型コロナウイルスが猛威を振るう中で、金融市場への影響が急速に拡大している。各国の中央銀行や規制当局は、金融市場や金融機関が実体経済を支える機能を維持できるよう、異例の金融政策や金融規制の柔軟化措置等を相次いで打ち出している。
  2. 加えて、今後は、大規模な財政政策(経済対策)が必要となってくるが、税収の低下も予想されることから、支出と収入の両面から財政赤字が大きく拡大する可能性がある。このため、欧州各国が安定的に必要な財源を調達できるかは、今後の経済対策の成否にとって重要な要素といえる。
  3. イタリアやスペイン、フランスなどは欧州の共通債務証券(コロナ債)を発行し、その資金を新型コロナウイルス対応に利用することを提案しているが、ドイツやオランダなどは反対している。現状は欧州中央銀行(ECB)の債券買入政策が功を奏しているが、早期に打開策を見出すことが期待されている。
  4. 欧州の銀行では、貸出先の業績や資金繰りが悪化することで、再び不良債権が増加する懸念が生じている。欧州ソブリン危機以降、一部の国の銀行では自国政府債の保有が増加しているため、経済対策の実施に向けた安定的な財源調達は、銀行システムの安定性という観点からも重要な課題となっている。
  5. 今後は経済活動の停滞が長引くほど、企業と消費者の双方においてその間を凌ぐための資金需要が増え、必要な経済対策の規模も拡大していく。そうなれば、資金超過への対応が課題であった欧州金融市場において多くの資金需要が生まれることも考えられる。事態の終息を見通せない状況ではリスクが高い面は否めないが、過去の危機を踏まえてリスク耐性を高めてきた金融市場・金融機関が、欧州経済の立て直しにどのように貢献できるのか正念場に差し掛かろうとしている。
ステーブルコインと中央銀行デジタル通貨を巡って 淵田 康之
  1. リブラのようなグローバル・ステーブルコインの導入は様々なリスクをもたらしうるが、既成秩序への影響が大きいというだけの理由で、これを拒絶することは建設的ではない。既存のマネーのあり方自体が、時代のニーズに応えられなくなりつつあるからこそ、リブラのような構想が浮上するという現実があるからである。
  2. 既存の「口座型」のデジタルマネーを進化させるという選択肢もあるが、グローバル・ステーブルコインは、第三世代のデジタルマネーという新たな選択肢の存在を示している。
  3. Big Techのプラットフォーマーが、第三世代のデジタルマネーを採用すれば、法定通貨の地位が揺らぐ事態も生じかねない。そこで、各国の中央銀行が第三世代型の中央銀行デジタル通貨(CBDC)を発行し、国際送金にも応用する仕組みを構築していくことが考えられる。
  4. すなわち、今、問われているのは、グローバル・ステーブルコインやCBDCそのものの是非もさることながら、第三世代のデジタルマネーの供給を誰が主導すべきか、という点なのである。
  5. CBDC導入により、システミックリスクの軽減や金融政策の有効性向上も期待される。さらに、昨今のような緊急時における、国民への迅速かつ直接的な金銭的支援も円滑に実行可能となる。
  6. わが国の場合、諸外国に比べた決済サービスの立ち遅れが、今後より顕著となっていく可能性がある。多額の預金を抱えた銀行の運用難、金融政策の有効性低下などの問題も踏まえると、わが国は、世界で最も第三世代型のCBDCの導入が求められている国といって良いかもしれない。
金融サービスを拡大するスーパーアプリのゴジェックとグラブ 武井 悠輔北野 陽平
  1. 東南アジア域内では近年、大手配車アプリ運営企業が「スーパーアプリ」運営企業へと変貌を遂げるとともに、金融サービス事業を拡大し始めている。こうしたスーパーアプリの代表企業として、インドネシアを本拠とするゴジェックとシンガポールを本拠とするグラブが挙げられる。両社は、フードデリバリーやホテル予約等へ事業領域を拡大する中、電子決済サービスを拡充するとともに、他の金融サービスの提供を開始してきた。
  2. ゴジェックとグラブは、例えばフードデリバリーにおいて決済サービスを提供する中で、加盟店であるレストランや屋台を運営する零細・中小企業の膨大な決済データ等を蓄積することにより、既存の金融機関とは異なる独自の信用評価モデルを構築し、融資業を提供している。また、両社は、運転手や乗客向けの自動車保険で保険事業を開始したが、近年ではアプリ利用者向けに安価な海外旅行保険を提供する等、保険商品の拡充を図っている。さらに、ゴジェックはアプリ利用者等向けに投資商品や資産運用サービスを低コストで提供しており、グラブも今後提供を開始する予定である。
  3. ゴジェックとグラブは、提供するサービスの拡充に伴い、運転手、加盟店、アプリ利用者を含む顧客基盤を大幅に拡大してきた。ゴジェックのアプリのダウンロード数は2020年1月初旬時点で1.3億回、グラブのアプリのダウンロード数は2019年10月時点で1.66億回に達した。
  4. 東南アジア域内では、金融サービスに十分にアクセスできていない個人や零細・中小企業が数多くいる。そうした中、ゴジェックとグラブが巨大な顧客基盤を生かして、中長期的に既存の金融機関を補完する重要な役割を担うことで、金融包摂の促進や金融サービスの大衆化の一翼を担う存在になるか、注目されよう。
上場株式の売買単位と個人向け証券取引のイノベーション 岡田 功太片寄 直紀
  1. 米国の証券取引所では、100株を取引単位とする単位株制度がありつつも、上場株式及び上場投資信託(ETF)を1株から発注できる。ニューヨーク証券取引所の全取引に占める単位未満株取引の割合は約45%に達しており、少額取引の割合は増加傾向にある。更に、米国では、1株に満たない端株取引サービスを提供する金融機関も数多く存在し、創造的なサービス提供を行っている。
  2. 例えば、フォリオ・ファイナンシャルは、投資家自身が投資対象及び配分を設定可能な「フォリオ」というバスケット取引サービスを提供し、モチーフ・インベスティングは、0.0001株単位でウェイト調整が可能なインデックス投資サービスを行っている。ストックパイルは、「○株を○ドル分」と記載されたギフトカード提供のサービスを展開している。これらのサービスは、全て端株の取引を基盤としている。
  3. 他方、日本では、上場株式の売買単位は、単元株である100株に統一されているため、単元未満株や端株取引サービスは普及していない。例えば3万円の値が付いている上場株式を購入するには1単元分の300万円の資金が必要であり、このような銘柄は決して珍しくはない。累積投資などのサービスはあるものの、100株という売買単位は、少額投資家も含めた裾野拡大を追求する際の一つの障壁になっている。
  4. 日本の売買単位を1株に引き下げることができれば、少額投資の選択肢の拡大に繋がる。また、それにより米国のような証券取引サービスの向上やイノベーションの創出を後押しできれば、日本の積年の課題である「貯蓄から投資」の促進、さらには日本の株式市場の活性化と競争力の向上に繋がるのではないか、と考えられる。
銀行規制再論
−将来に向けた銀行システムの安定のための論点−
小立 敬
  1. グローバル金融危機以降、G20の枠組みの下で危機の再発防止を図る国際的な金融規制改革が行われ、日本では、バーゼルIIIを始めとする銀行のプルーデンス規制の強化が行われてきた。金融危機から10年に亘る金融規制改革もようやく完成しつつあり、現在は、自己資本比率のリスク・アセット計測方法の見直し、いわゆるバーゼルIII最終化を残すだけとなっている。
  2. 日本の銀行業界は、マイナス金利政策を始めとする長期間に及ぶ金融緩和政策に加えて、潜在成長力の低下や人口減少といった日本経済の構造問題の影響から、将来の展望について厳しい見方がされつつある。さらに、フィンテックやデジタライゼーションへの対応も含めて、新たなビジネス・モデルの構築に向けた課題も投げかけられている。日本の銀行業界を取り巻く経済・社会環境が大きく変わりゆく中にあって、将来に亘って銀行システムの安定を確保するという観点から、銀行のプルーデンス規制の枠組みを再点検する作業も求められよう。
  3. 金融危機後に国際的にまたは海外で議論されてきた論点や実際に講じられた措置を踏まえながら、(1)自己資本比率(国内基準)のあり方、(2)バーゼルIIIのカウンターシクリカル・バッファー(CCyB)の運用、(3)ゴーンコンサーン・ベースの損失吸収力に関する措置、(4)銀行のリスク・プロファイルに応じたプルーデンス規制の枠組みをテーマに取り上げて、将来に向けて日本の銀行システムの安定を確保するという観点から銀行のプルーデンス規制の論点を改めて整理し、新たな課題の提供を試みる。
  4. 現在、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響から、日本の経済・社会は過去に経験したことのない、リーマン・ショックをも上回るとされる危機に直面しているが、本稿は、現在の極めて困難な経済・社会環境をある程度克服することを前提として、より長期的な視点で考察を行うものであることを付言させていただきたい。
高齢社会の中での地域金融機関
−高齢顧客向けサービスへの示唆−
宮本 佐知子
  1. 日本の高齢化は急速に進展している。国立社会保障・人口問題研究所の推計によると、2040年には高齢世帯数は2,242万世帯、一般世帯総数に占める割合は44%になる。それに伴い、高齢単独世帯数や高齢世帯に占める単独世帯割合も増加していく。
  2. 高齢化の状況を地域別に見ると、このような動きが日本全体よりも早く顕在化する地域も多い。また、高齢世帯はどの地域においても、金融資産を多く保有している。そのため、地域金融機関にとって、高齢顧客への対応は急務になっている。
  3. しかし、高齢顧客の急増は、地域金融機関にとっても初めて直面する課題であり、その対応は試行錯誤が続けられている。そこで本稿では、米英の金融機関による高齢顧客への取り組みについて、顧客の関心が高いと見られ、日本の地域金融機関に参考になりそうなものを紹介したい。
  4. これらの取り組みには、新たな手数料収入を期待できるものもある一方で、直接的には収入につながりづらい「公益的な取り組み」となるものも多い。顧客の信頼を得ることにつながる地域貢献の観点を重視しながら、高齢顧客への取り組みを「収益的な取り組み」につなげることは、営利企業である地域金融機関にとっては重要な課題である。「公益的な取り組み」と「収益的な取り組み」を両立させる金融商品サービスを顧客本位の目線で工夫していくことが、地域金融機関には求められているのではないか。
中国における投資一任サービスの現状と発展の可能性 宋 良也
  1. 欧米・日本などの先進国で普及している投資一任(投資顧問)サービスへのニーズは、富裕層の規模が拡大する中国においても高まってきている。ウェルスマネジメントへの転換が迫られる証券会社にとって、新たな事業機会としての投資一任サービス導入の必要性が大きい。
  2. 一方で、中国には投資一任関連の法制度の未整備や、海外資本規制による運用対象資産の分散の制約などの問題が存在する。従来、証券会社と基金管理会社は各自の資産管理プランで投資一任の類似の金融商品を提供してきたが、いずれも銀行理財商品の受け皿となってしまい、投資家のリスク許容度に合わせたポートフォリオの変更ができないことから、本格的な投資一任サービスとは言い難い。
  3. 投資一任サービスに係る規制改革の試みは、2019年10月の公募ファンドを対象とした投資顧問業務テストから本格的に始まった。同テストに参加する金融機関は、顧客のリスク許容度に合わせたポートフォリオ戦略に基づき、顧客の代わりに公募ファンドの売買・スイッチングなどの取引行為を実行することが可能である。
  4. 公募ファンドを対象とした投資一任サービスのテストには、今後エクイティ運用が強みである証券会社の参加も考えられよう。また、ネット大手が自社の金融プラットフォームを通じて、ロボアドバイザーによる公募ファンド投資一任サービスを一般投資家向けに提供する可能性が高い。規制強化された銀行理財商品からの資金流出が見込まれる中、中国における投資一任サービスがどのように展開していくのかが注目される。
中国における従業員持株制度の拡大 塩島 晋
  1. 近年、中国において従業員持株会を導入する上場会社が増加している。その背景としては、中国政府が国家の成長及び資本市場の持続的発展、企業の内部管理構造の改善等を促進するために、従業員持株会に係る制度を整備してきたことがある。
  2. 中国の従業員持株会では、上場会社(委託人)が証券会社等の資産管理機関(管理人)に従業員持株会の運営管理を委託する。また、運用期間は2〜10年等に設定されており、満期を迎えると自動的に終了する点が、日本の従業員持株会との違いとなっている。
  3. 中国では、2020年1月7日時点で、中堅・大手の企業を中心に、656社の上場会社が従業員持株会を実施している。例えば、上場会社で初めて従業員持株会を導入した中国平安保険は、ストックオプション類似の制度と、退職まで保有できる日本に類似した制度を導入している。
  4. 中国における従業員持株制度の充実・普及が、離職率の低下を通じた企業経営の安定化に加え、労働者の資産形成支援、さらには中国資本市場の参加者のすそ野の拡大につながっていくのか、今後の動向が注目されよう。
要約
時流 コロナウイルスのパンデミックの教訓
−いま、BCPを見直せば、まだ間に合う国難災害−
関西大学特別任命教授・社会安全研究センター長 河田 惠昭

首都直下地震などの国難災害に備えて、特に現代都市社会の各種ネットワークの被害軽減対策を、現在グローバルに進行中のパンデミック対策に重ねて、4つの視点から論じた。1つ目は、パンデミックは人流、物流ネットワーク上を新型コロナウイルスが拡散するが、国難災害ではさらに金融や情報ネットワーク被害も加わり、複合災害と連滝災害となるため、これらを抑制すること、2つ目は、事業継続計画(BCP)の有効性は、平常時の企業経営と密接に関係していること、3つ目は、特に金融システムは地震時の停電や水害時の長期湛水によって大きく被災し、長期化する危険があること、および4つ目は、デジタル変革(DX)も災害に弱く、リダンダンシーを高める、すなわち予備手段を準備する必要があることを示した。

新型コロナウイルスの感染拡大で試練を迎えた中国経済 関 志雄
  1. 中国では、2020年に入ってから、新型コロナウイルス感染症が猛威を振るっている。その経済への影響は2003年のSARSの時より遥かに深刻である。経済成長率は、第1四半期には-6.8%と、マイナスに転じ、年末にかけて景気が回復に向かったとしても、年間では、2019年の実績(6.1%)を大きく下回ることが避けられない。
  2. 多くの企業は、業務の停止と再開の遅れを受けて、収入が大幅に減る一方で、賃金、金利、家賃などの固定費用を負担しなければならず、資金繰りが悪化している。その結果、企業の倒産が増え、失業と不良債権の問題が深刻化している。このような事態を回避するために、政府はダメージを受けた企業を対象に、財政面では時限減税、金融面では政策融資の拡大を中心とする支援策を打ち出している。大型景気対策を求める声が高まっているが、その余地は限られていると見られる。
  3. 中国から始まった新型コロナウイルス感染症は、その後、海外へと広がっている。米国、イタリア、スペインなど、それによる死者数が中国を大きく上回る国が続出した。各国は、都市のロックダウンなど、厳しい対策を取る一方で、相次いで史上最大規模の景気対策を打ち出しているが、成長の大幅な落ち込みが避けられないと見られる。海外市場の低迷は、すでに米中貿易摩擦を受けて鮮明になっている中国における輸出の減速に拍車をかけるだろう。このような内外環境の悪化を受けて、中国経済は、大きな試練を迎えている。
中国での新型コロナウイルス感染拡大に伴う金融面での危機対応策 関根 栄一
  1. 中国の2020年1〜2月の経済指標は、消費の前年同期比20.5%減に代表される通り、新型コロナウイルスの感染拡大防止策の影響を受け、過去に統計を遡れる範囲で大きく悪化した。中国国内で、最初に同ウイルスによる集団感染が発生した湖北省武漢市では、感染拡大を防ぐため、同年1月23日、武漢市の都市封鎖(ロックダウン)が行われた。
  2. 続いて、2020年1月24日の春節休暇期間からは、中国全土での人の移動・行動の制限等の公衆衛生上の措置が講じられた。春節休暇期間明けには、サービス業・製造業の業績悪化や家計の所得減少が予想され、また金融市場での混乱防止の必要性もあったため、2月1日、金融当局は、金融面での危機対応策を打ち出した。
  3. 対応策は、(1)金融市場や銀行貸出を通じた流動性支援、(2)個人の日常的な金融サービスの保障、(3)金融の基盤インフラ運営の確保、(4)外為・越境人民元取引の支援、(5)実施体制の確立、の五分野からなり、特別貸出枠の設定や、金融機関への行政指導が実施されている。
  4. 危機対応策の実績を見ると、2月の企業や家計向けの人民元貸出(フロー)は、春節という季節的かつ休暇期間の延長という要因もあり十分に実行されているとは言えない。また、家計向けの人民元建て短期貸出残高は、1月末に比べむしろ減少している。金融機関への行政指導は、政府が救済したい部門に、直接、資金を融通できる一方、金融仲介の歪みをもたらすリスクや、企業債務残高の増加に歯止めがかからないリスクもある。
  5. 武漢市の都市封鎖は4月8日に解除されたが、感染拡大期間中、新たにロボット配送や遠隔医療などの非接触・非対面型の取引形態が進展している。中小企業向け貿易金融へのブロックチェーン活用の実験拡大など金融取引での新たな動きもある。新型コロナウイルスの感染が長期化する中で、経済・社会のデジタル化に向けた変化の芽にも注目していく必要があろう。
新型コロナウイルスの感染拡大に揺れ動く欧州金融市場
−金融関連の政策対応と経済対策の財源問題−
磯部 昌吾
  1. 欧州では、新型コロナウイルスが猛威を振るう中で、金融市場への影響が急速に拡大している。各国の中央銀行や規制当局は、金融市場や金融機関が実体経済を支える機能を維持できるよう、異例の金融政策や金融規制の柔軟化措置等を相次いで打ち出している。
  2. 加えて、今後は、大規模な財政政策(経済対策)が必要となってくるが、税収の低下も予想されることから、支出と収入の両面から財政赤字が大きく拡大する可能性がある。このため、欧州各国が安定的に必要な財源を調達できるかは、今後の経済対策の成否にとって重要な要素といえる。
  3. イタリアやスペイン、フランスなどは欧州の共通債務証券(コロナ債)を発行し、その資金を新型コロナウイルス対応に利用することを提案しているが、ドイツやオランダなどは反対している。現状は欧州中央銀行(ECB)の債券買入政策が功を奏しているが、早期に打開策を見出すことが期待されている。
  4. 欧州の銀行では、貸出先の業績や資金繰りが悪化することで、再び不良債権が増加する懸念が生じている。欧州ソブリン危機以降、一部の国の銀行では自国政府債の保有が増加しているため、経済対策の実施に向けた安定的な財源調達は、銀行システムの安定性という観点からも重要な課題となっている。
  5. 今後は経済活動の停滞が長引くほど、企業と消費者の双方においてその間を凌ぐための資金需要が増え、必要な経済対策の規模も拡大していく。そうなれば、資金超過への対応が課題であった欧州金融市場において多くの資金需要が生まれることも考えられる。事態の終息を見通せない状況ではリスクが高い面は否めないが、過去の危機を踏まえてリスク耐性を高めてきた金融市場・金融機関が、欧州経済の立て直しにどのように貢献できるのか正念場に差し掛かろうとしている。
ステーブルコインと中央銀行デジタル通貨を巡って 淵田 康之
  1. リブラのようなグローバル・ステーブルコインの導入は様々なリスクをもたらしうるが、既成秩序への影響が大きいというだけの理由で、これを拒絶することは建設的ではない。既存のマネーのあり方自体が、時代のニーズに応えられなくなりつつあるからこそ、リブラのような構想が浮上するという現実があるからである。
  2. 既存の「口座型」のデジタルマネーを進化させるという選択肢もあるが、グローバル・ステーブルコインは、第三世代のデジタルマネーという新たな選択肢の存在を示している。
  3. Big Techのプラットフォーマーが、第三世代のデジタルマネーを採用すれば、法定通貨の地位が揺らぐ事態も生じかねない。そこで、各国の中央銀行が第三世代型の中央銀行デジタル通貨(CBDC)を発行し、国際送金にも応用する仕組みを構築していくことが考えられる。
  4. すなわち、今、問われているのは、グローバル・ステーブルコインやCBDCそのものの是非もさることながら、第三世代のデジタルマネーの供給を誰が主導すべきか、という点なのである。
  5. CBDC導入により、システミックリスクの軽減や金融政策の有効性向上も期待される。さらに、昨今のような緊急時における、国民への迅速かつ直接的な金銭的支援も円滑に実行可能となる。
  6. わが国の場合、諸外国に比べた決済サービスの立ち遅れが、今後より顕著となっていく可能性がある。多額の預金を抱えた銀行の運用難、金融政策の有効性低下などの問題も踏まえると、わが国は、世界で最も第三世代型のCBDCの導入が求められている国といって良いかもしれない。
金融サービスを拡大するスーパーアプリのゴジェックとグラブ 武井 悠輔北野 陽平
  1. 東南アジア域内では近年、大手配車アプリ運営企業が「スーパーアプリ」運営企業へと変貌を遂げるとともに、金融サービス事業を拡大し始めている。こうしたスーパーアプリの代表企業として、インドネシアを本拠とするゴジェックとシンガポールを本拠とするグラブが挙げられる。両社は、フードデリバリーやホテル予約等へ事業領域を拡大する中、電子決済サービスを拡充するとともに、他の金融サービスの提供を開始してきた。
  2. ゴジェックとグラブは、例えばフードデリバリーにおいて決済サービスを提供する中で、加盟店であるレストランや屋台を運営する零細・中小企業の膨大な決済データ等を蓄積することにより、既存の金融機関とは異なる独自の信用評価モデルを構築し、融資業を提供している。また、両社は、運転手や乗客向けの自動車保険で保険事業を開始したが、近年ではアプリ利用者向けに安価な海外旅行保険を提供する等、保険商品の拡充を図っている。さらに、ゴジェックはアプリ利用者等向けに投資商品や資産運用サービスを低コストで提供しており、グラブも今後提供を開始する予定である。
  3. ゴジェックとグラブは、提供するサービスの拡充に伴い、運転手、加盟店、アプリ利用者を含む顧客基盤を大幅に拡大してきた。ゴジェックのアプリのダウンロード数は2020年1月初旬時点で1.3億回、グラブのアプリのダウンロード数は2019年10月時点で1.66億回に達した。
  4. 東南アジア域内では、金融サービスに十分にアクセスできていない個人や零細・中小企業が数多くいる。そうした中、ゴジェックとグラブが巨大な顧客基盤を生かして、中長期的に既存の金融機関を補完する重要な役割を担うことで、金融包摂の促進や金融サービスの大衆化の一翼を担う存在になるか、注目されよう。
上場株式の売買単位と個人向け証券取引のイノベーション 岡田 功太片寄 直紀
  1. 米国の証券取引所では、100株を取引単位とする単位株制度がありつつも、上場株式及び上場投資信託(ETF)を1株から発注できる。ニューヨーク証券取引所の全取引に占める単位未満株取引の割合は約45%に達しており、少額取引の割合は増加傾向にある。更に、米国では、1株に満たない端株取引サービスを提供する金融機関も数多く存在し、創造的なサービス提供を行っている。
  2. 例えば、フォリオ・ファイナンシャルは、投資家自身が投資対象及び配分を設定可能な「フォリオ」というバスケット取引サービスを提供し、モチーフ・インベスティングは、0.0001株単位でウェイト調整が可能なインデックス投資サービスを行っている。ストックパイルは、「○株を○ドル分」と記載されたギフトカード提供のサービスを展開している。これらのサービスは、全て端株の取引を基盤としている。
  3. 他方、日本では、上場株式の売買単位は、単元株である100株に統一されているため、単元未満株や端株取引サービスは普及していない。例えば3万円の値が付いている上場株式を購入するには1単元分の300万円の資金が必要であり、このような銘柄は決して珍しくはない。累積投資などのサービスはあるものの、100株という売買単位は、少額投資家も含めた裾野拡大を追求する際の一つの障壁になっている。
  4. 日本の売買単位を1株に引き下げることができれば、少額投資の選択肢の拡大に繋がる。また、それにより米国のような証券取引サービスの向上やイノベーションの創出を後押しできれば、日本の積年の課題である「貯蓄から投資」の促進、さらには日本の株式市場の活性化と競争力の向上に繋がるのではないか、と考えられる。
銀行規制再論
−将来に向けた銀行システムの安定のための論点−
小立 敬
  1. グローバル金融危機以降、G20の枠組みの下で危機の再発防止を図る国際的な金融規制改革が行われ、日本では、バーゼルIIIを始めとする銀行のプルーデンス規制の強化が行われてきた。金融危機から10年に亘る金融規制改革もようやく完成しつつあり、現在は、自己資本比率のリスク・アセット計測方法の見直し、いわゆるバーゼルIII最終化を残すだけとなっている。
  2. 日本の銀行業界は、マイナス金利政策を始めとする長期間に及ぶ金融緩和政策に加えて、潜在成長力の低下や人口減少といった日本経済の構造問題の影響から、将来の展望について厳しい見方がされつつある。さらに、フィンテックやデジタライゼーションへの対応も含めて、新たなビジネス・モデルの構築に向けた課題も投げかけられている。日本の銀行業界を取り巻く経済・社会環境が大きく変わりゆく中にあって、将来に亘って銀行システムの安定を確保するという観点から、銀行のプルーデンス規制の枠組みを再点検する作業も求められよう。
  3. 金融危機後に国際的にまたは海外で議論されてきた論点や実際に講じられた措置を踏まえながら、(1)自己資本比率(国内基準)のあり方、(2)バーゼルIIIのカウンターシクリカル・バッファー(CCyB)の運用、(3)ゴーンコンサーン・ベースの損失吸収力に関する措置、(4)銀行のリスク・プロファイルに応じたプルーデンス規制の枠組みをテーマに取り上げて、将来に向けて日本の銀行システムの安定を確保するという観点から銀行のプルーデンス規制の論点を改めて整理し、新たな課題の提供を試みる。
  4. 現在、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響から、日本の経済・社会は過去に経験したことのない、リーマン・ショックをも上回るとされる危機に直面しているが、本稿は、現在の極めて困難な経済・社会環境をある程度克服することを前提として、より長期的な視点で考察を行うものであることを付言させていただきたい。
高齢社会の中での地域金融機関
−高齢顧客向けサービスへの示唆−
宮本 佐知子
  1. 日本の高齢化は急速に進展している。国立社会保障・人口問題研究所の推計によると、2040年には高齢世帯数は2,242万世帯、一般世帯総数に占める割合は44%になる。それに伴い、高齢単独世帯数や高齢世帯に占める単独世帯割合も増加していく。
  2. 高齢化の状況を地域別に見ると、このような動きが日本全体よりも早く顕在化する地域も多い。また、高齢世帯はどの地域においても、金融資産を多く保有している。そのため、地域金融機関にとって、高齢顧客への対応は急務になっている。
  3. しかし、高齢顧客の急増は、地域金融機関にとっても初めて直面する課題であり、その対応は試行錯誤が続けられている。そこで本稿では、米英の金融機関による高齢顧客への取り組みについて、顧客の関心が高いと見られ、日本の地域金融機関に参考になりそうなものを紹介したい。
  4. これらの取り組みには、新たな手数料収入を期待できるものもある一方で、直接的には収入につながりづらい「公益的な取り組み」となるものも多い。顧客の信頼を得ることにつながる地域貢献の観点を重視しながら、高齢顧客への取り組みを「収益的な取り組み」につなげることは、営利企業である地域金融機関にとっては重要な課題である。「公益的な取り組み」と「収益的な取り組み」を両立させる金融商品サービスを顧客本位の目線で工夫していくことが、地域金融機関には求められているのではないか。
中国における投資一任サービスの現状と発展の可能性 宋 良也
  1. 欧米・日本などの先進国で普及している投資一任(投資顧問)サービスへのニーズは、富裕層の規模が拡大する中国においても高まってきている。ウェルスマネジメントへの転換が迫られる証券会社にとって、新たな事業機会としての投資一任サービス導入の必要性が大きい。
  2. 一方で、中国には投資一任関連の法制度の未整備や、海外資本規制による運用対象資産の分散の制約などの問題が存在する。従来、証券会社と基金管理会社は各自の資産管理プランで投資一任の類似の金融商品を提供してきたが、いずれも銀行理財商品の受け皿となってしまい、投資家のリスク許容度に合わせたポートフォリオの変更ができないことから、本格的な投資一任サービスとは言い難い。
  3. 投資一任サービスに係る規制改革の試みは、2019年10月の公募ファンドを対象とした投資顧問業務テストから本格的に始まった。同テストに参加する金融機関は、顧客のリスク許容度に合わせたポートフォリオ戦略に基づき、顧客の代わりに公募ファンドの売買・スイッチングなどの取引行為を実行することが可能である。
  4. 公募ファンドを対象とした投資一任サービスのテストには、今後エクイティ運用が強みである証券会社の参加も考えられよう。また、ネット大手が自社の金融プラットフォームを通じて、ロボアドバイザーによる公募ファンド投資一任サービスを一般投資家向けに提供する可能性が高い。規制強化された銀行理財商品からの資金流出が見込まれる中、中国における投資一任サービスがどのように展開していくのかが注目される。
中国における従業員持株制度の拡大 塩島 晋
  1. 近年、中国において従業員持株会を導入する上場会社が増加している。その背景としては、中国政府が国家の成長及び資本市場の持続的発展、企業の内部管理構造の改善等を促進するために、従業員持株会に係る制度を整備してきたことがある。
  2. 中国の従業員持株会では、上場会社(委託人)が証券会社等の資産管理機関(管理人)に従業員持株会の運営管理を委託する。また、運用期間は2〜10年等に設定されており、満期を迎えると自動的に終了する点が、日本の従業員持株会との違いとなっている。
  3. 中国では、2020年1月7日時点で、中堅・大手の企業を中心に、656社の上場会社が従業員持株会を実施している。例えば、上場会社で初めて従業員持株会を導入した中国平安保険は、ストックオプション類似の制度と、退職まで保有できる日本に類似した制度を導入している。
  4. 中国における従業員持株制度の充実・普及が、離職率の低下を通じた企業経営の安定化に加え、労働者の資産形成支援、さらには中国資本市場の参加者のすそ野の拡大につながっていくのか、今後の動向が注目されよう。
野村資本市場クォータリー2020年春号 ウェブサイト版掲載論文

コーポレートファイナンス
金融・資本市場から見た外為法の改正とその注目点 PDF
西山 賢吾
金融・証券規制
IMFが指摘する日本の金融セクター政策における課題
−2019年の対日4条協議報告書の提言−
PDF
小立 敬
個人マーケット
個人金融資産動向:2019年第4四半期と2019年の総括
−2020年に入り急変した金融資本市場の中で問われるアドバイスの価値−
PDF
宮本 佐知子
アセットマネジメント
フランクリン・テンプルトンによるレッグ・メイソンの買収 PDF
岡田 功太、下山 貴史



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野村サステナビリティクォータリー 2020年春号 2020 Vol.1-1 SPRING

理事長挨拶
創刊に寄せて PDF
野村資本市場研究所取締役社長 兼
野村サステナビリティ研究センター理事長
飯山 俊康
時流
世界におけるグリーンファイナンスの展望 要約
気候債券イニシアティブCEO 兼 共同創業者
ショーン・キドニー
新型コロナウイルス感染症対応にかかる国際金融公社の取り組み 要約
国際金融公社 シニア・ファイナンシャル・オフィサー
安井 真紀
COVID-19危機を通じた企業と投資家におけるESGの取組方針への影響 要約
ヘッド・オブ・ノムラ・グリーンテック
ジェフ・マクダーモット
特集1:新型コロナウイルス感染症とサステナビリティ
新型コロナウイルス感染症とサステナブルファイナンス 要約
江夏 あかね
今次パンデミックにおいて求められる情報開示と投資家の対応 要約
西山 賢吾
新型コロナウイルス(COVID-19)が及ぼす想定外の減損リスク
−求められるリスク情報の積極的な開示−
要約
板津 直孝
パンデミックの影響と2020年株主総会・議決権行使 PDF
西山 賢吾
特集2:低炭素経済社会への移行「トランジション」
サーキュラーエコノミーへの移行と金融資本市場 要約
江夏 あかね、片寄 直紀
ASEANにおける再生可能エネルギーの利用状況と資金調達の動向 要約
北野 陽平
EUベンチマーク規則の改正
−気候ベンチマークとESG関連開示−
PDF
江夏 あかね、磯部 昌吾
ESG/SDGs
ESGの社会(S)課題としての「ビジネスと人権」 要約
西山 賢吾
会社法改正とコーポレートガバナンス改革 PDF
西山 賢吾
欧州における金融市場参加者等を対象としたサステナビリティ開示規則 PDF
富永 健司、江夏 あかね
BOEによる気候関連ストレステスト実施に向けた動き PDF
林 宏美

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