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2020年

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野村資本市場クォータリー2020年冬号 2020 Vol.23-3 WINTER

時流
金融規制のNext Step 要約
時流 金融規制のNext Step 上智大学法科大学院教授 森下 哲朗

金融審議会のスタディ・グループやワーキング・グループでは新たな金融規制のあり方についての議論が行われてきた。そこでは、今後の金融規制のあるべき姿として、イノベーションの促進と利用者利便の向上に資する規制体系であること、同一の機能・同一のリスクには同一のルールを適用すること、といった基本的な方向性が示されている。具体的な規制の見直しという観点でも、決済分野等で一定の成果が出ており今後の活用が期待される。同時に、今後の検討課題も多い。産官学が一体となって知恵を出し合ってより良い金融規制を構築していく必要がある。

地方公共団体と地方銀行
−指定金融機関制度の変遷と今後の展望−
江夏 あかね
  1. 地方公共団体と地方銀行は、指定金融機関制度等を通じて深い関係を長らく築いており、互いに地域経済社会にとって不可欠な存在となっている。しかし、金融市場環境や地域経済社会の構造が移り変わる中、1990年代後半頃からその関係が変化する傾向が見られている。特に、2010年代半ば頃からの金利水準の継続的な低下も相まって、地方公共団体向けビジネスから距離を置くことを検討する金融機関が出現するなど、かつてに比べて厳しいものとなりつつある。
  2. 地方公共団体が中長期的に行財政の持続可能性を維持する上では、(1)国の厳しい財政状況、(2)地方公共団体による社会保障や公共施設等の適正化といった喫緊の施策への取り組み、といった課題を克服することが必要と考えられる。
  3. 地方経済社会の持続可能性を確保するためには、それらに加え、幅広い意味での地方創生や持続可能な開発目標(SDGs)達成に向けた取り組みを進めることも求められる。ただし、地方創生やSDGsも含めた取り組みを、地方公共団体のみで包括的に進めることは困難であり、地方銀行等と連携し、地方が抱える課題を解決していくことが重要である。
  4. 地方公共団体と地方銀行の双方が連携するメリットを感じ、持続的な関係を築くためには、地域をめぐる問題意識の共有、経済合理性の確保、域内の付加価値を創出する取り組みでの協働といった点がカギになろう。そのような観点から、地方公共団体と地方銀行がメリットを感じて連携可能な分野としては、例えば、公共施設等の適正管理、地域中小企業におけるSDGs支援といったものが挙げられる。
注目される地方銀行によるグリーンボンドの発行 富永 健司
  1. 世界の金融市場において、環境・社会・ガバナンス(ESG)を重視する投資概念の浸透、パリ協定や持続可能な開発目標(SDGs)等の国際合意を背景に、グリーンボンドの発行が伸びている。日本においても2017年頃からグリーンボンドの発行が増加している。これまで、日本の銀行によるグリーンボンドの発行は政府系金融機関やメガバンク等が中心となっていたが、このたび新たに地方銀行がグリーンボンドを発行した。具体的には、群馬銀行が2019年11月に国内の地方銀行として初めて発行し、その後、名古屋銀行が2019年12月に発行した。
  2. 日本においては近年、ESG金融における間接金融の重要性に対する認識が高まっている。そのような中で、地方銀行は、(1)担当主幹部署の設置、(2)プロジェクトチームの組成、(3)行動宣言や行動憲章の制定、(4)ESG/SDGsを意識した投資方針の制定、(5)ESG/SDGsを意識した融資方針の制定、などの形で取り組みを進めている。
  3. これらに加えて地方銀行は、地方経済・社会の中心的な担い手として、地方創生に関する取り組みも行っており、元々ESG/SDGs金融との親和性が高かったと言える。グリーンボンドの発行は、資本調達面におけるESG/SDGsへの対応という観点で考えることができる。
  4. 群馬銀行と名古屋銀行の発行事例で共通しているのは、規制資本の充実を目的とした社債発行を通じて、(1)組織として注力するESG/SDGsへの取り組みについての資本調達面からの拡充、(2)グリーンボンドの発行による幅広い業態の投資家層へのアクセス、を実現したことである。地方銀行セクターにおいては、ESG/SDGsへの取り組みが進む中で、今後グリーンボンド発行という手法が活用されるようになるのか注目される。グリーンボンドを通じた融資等が、地方銀行ビジネスの活性化へ貢献し、同時に環境・地域社会へのインパクトを創出するのかといった点も今後さらなる議論が求められよう。
米国地域金融機関の証券ビジネスを支援するLPLファイナンシャル 下山 貴史岡田 功太
  1. LPLファイナンシャルは、全米最大級のファイナンシャル・アドバイザー向け証券取引サービス提供会社として知られている。同社は、地銀、信用組合、独立系ファイナンシャル・アドバイザー(IFA会社)に所属する約1万6,100名のファイナンシャル・アドバイザーに、証券取引及び証券事業支援サービスを提供している。それらのファイナンシャル・アドバイザーは、主に地方で営業活動に従事していることから、LPLファイナンシャルは、地域金融機関の証券ビジネスを支援している存在とも言える。
  2. 同社は、ブローカレッジ・サービスとアドバイザリー・サービスを提供するが、近年は投資アドバイスの対価としてフィーを受け取るアドバイザリー・サービスに注力している。また、ファイナンシャル・アドバイザーの業務効率化を目的としたテクノロジー・ツール等の提供も行っており、2019年のテクノロジー投資額を約1億5,000万ドルに決定し、同ツールの拡充を図っている。
  3. LPLファイナンシャルは、上記のサービスを通じて、多様な地域金融機関に属するファイナンシャル・アドバイザーを支援している。同社との提携を通じて、非金利収入を増加させた地域金融機関、収益源の多角化を図る銀行、顧客との関係強化や業務効率化を実現した小規模信用組合やIFA会社など様々である。
  4. LPLファイナンシャルの成長は、大手証券会社が有するミドルオフィス及びバックオフィス機能を、サービスとして社外に提供することで収益化できる可能性を示唆すると共に、地域金融機関にとって同サービスが魅力的であることを意味している。LPLファイナンシャルのようなサービス提供者は、米国の幅広い地域において、顧客に対して適切なファイナンシャル・アドバイスが提供されるためにも、欠かせない存在と言えよう。
金融包摂を促進する重要な役割を担うフィリピンの地域金融機関 北野 陽平武井 悠輔
  1. フィリピンは、堅調な経済成長を持続させ、より包摂的な発展を実現するべく、国民の幅広い金融包摂を推進している。同国において金融機関口座を保有する15歳以上人口の割合は2017年時点で32%で、地方では26%に留まり、多くの地方自治体では銀行が設置されていない。そのような中、フィリピン中央銀行(BSP)は、銀行サービスが提供されていない地方自治体の割合を2020年までに20%へと引き下げることを目指している。
  2. フィリピンの銀行は、ユニバーサルバンク、商業銀行、貯蓄銀行、農村銀行、協同組合銀行に分類される。このうち、農村銀行は、地方における金融包摂を促進する重要な役割を担うと期待されている。地方居住者の資金需要に対応するため、BSP主導で農村銀行のプレゼンス強化に向けた取り組みが進められてきた結果、農村銀行の店舗数は1999年末の1,778店から2019年9月末には3,048店となり、融資残高は同期間に3.6倍に増加した。
  3. 金融包摂の促進には決済サービスの利用拡大も課題となる中、全国レベルで国民による安価、効率的、安全、信頼性の高い決済を可能にする仕組みの構築を目指して、「国家リテール決済システム(NRPS)」が2015年に導入された。現状、NRPSは地方では普及が進んでおらず、農村銀行間の送金・決済システムも接続されていない。そうした中、ブロックチェーン技術の活用により、農村銀行間の直接送金や効率的な国際送金を可能にするプロジェクトが進められている。
  4. 農村銀行は、より安価で金融サービスを提供するためのテクノロジーの活用にも取り組み始めている。例えば、足下では、ITコスト及びオペレーションコストの削減等を目的として、クラウドベースの勘定系システムを導入する動きが見られる。地方では、ITの利用環境は都市部に比べ総じて遅れているものの、将来的には、都市部で始まっている金融サービスのデジタル化が広がっていく可能性もある。今後、フィリピンにおける地域金融機関のサービスが、どのような発展を遂げるのか注目される。
最終化された米国の大手銀行規制の見直し
−リスク・プロファイルに応じたプルーデンス規制の再構築−
小立 敬
  1. 米国FRBは2019年10月、銀行のリスク・プロファイルをプルーデンス規制の枠組みに反映させるテイラード・アプローチの下、総資産1,000億ドル以上の米国銀行および外国銀行のプルーデンス規制の枠組みを改定する最終規則を公表し、2019年末から適用を開始した。
  2. 従来はドッド=フランク法に基づいて、総資産500億ドル以上の銀行持株会社には厳格なプルーデンス規制が適用されてきたが、トランプ政権の下、2018年5月に成立した経済成長・規制緩和・消費者保護法が、厳格なプルーデンス規制の適用基準を総資産500億ドルから2,500億ドルに引き上げたことが背景にある。
  3. 最終規則によって、総資産1,000億ドル以上の米国銀行、外国銀行はリスク・プロファイルに応じて「カテゴリーI」から「カテゴリーIV」までの4つのカテゴリーに区分され、各々のカテゴリーに応じて厳格さの異なる自己資本規制や流動性規制、ストレス・テストの要件等が課せられることとなる。
  4. 金融危機以降、FRBはプルーデンス規制に銀行のリスク・プロファイルを反映させる取組みを行ってきた。今般のテイラード・アプローチによってリスク・プロファイルに応じたカテゴリーが明確化されており、従来に比べてより洗練された枠組みとなったという評価が可能であろう。
  5. ただし、外国銀行の扱いに関しては議論がある。特に具体的な争点となっているのが、外国銀行の米国支店に対して標準化された流動規制を適用するか否かの検討である。最終規則では具体的な措置は見送られたが、FRBは数カ月以内に検討する方針を明らかにしている。また、外国銀行の扱いについては、金融危機後の金融規制改革の重大な副作用として認識されている市場の分断につながるとの指摘もあり、最終規則が適用された後のFRBによる規制の合理性の検証が期待される。
米国で最も便利な銀行とは 淵田 康之
  1. グローバル金融危機後、米国では国内リテール業務に強い金融機関のプレゼンスが高まっている。外資系金融機関のなかでも、カナダのトロント・ドミニオンバンク・グループ(TDバンク・グループ)傘下のTDバンクは、米国内でリテール業務に注力することで顕著な成長を遂げている。
  2. 各国の多くの金融機関は、世界の金融ビジネスの中心である米国市場に進出し、業務拡大を目指してきた。しかし今日、日系や欧州系の金融機関の多くは、過去の一時期に比べ、米国市場における存在感を低下させている。こうしたなかTDバンクは、「米国で最も便利な銀行」を掲げ、米国で最も成功した外資系銀行となったのである。
  3. 金融危機を経て、米国金融市場の重要性はむしろ高まった。プラスの金利が維持され、預金・貸出など正常な金融ビジネスが成り立つ、世界で数少ない市場の一つとなったからである。TDバンクは、やはり経済が底堅く推移し、また安定した金融システムを持つカナダをマザーマーケットとしつつ、米国でリテール金融業務を拡大することにより、グループ全体の企業価値向上に寄与している。
  4. TDバンク・グループは、TDアメリトレードを通じて、米国におけるリテール証券ビジネスでも存在感を示してきた。そして2019年、取引手数料ゼロ時代が到来すると、TDアメリトレードをチャールズ・シュワブに売却し、チャールズ・シュワブの大株主となった。
  5. わが国の主要金融機関においても、今後の成長のためには海外ビジネスの拡大が不可欠であるが、その成功には、国内の経済や金融システムの改善・改革が前提となろう。その上で、どれだけ多くの現地ユーザーに、真に必要とされる金融機関となれるかがカギとなろう。
チャールズ・シュワブによるTDアメリトレードの買収
−米国個人向け金融サービス業界への示唆−
岡田 功太
  1. チャールズ・シュワブは2019年11月、TDアメリトレードを買収することを公表した。本件は株式交換で行われ、買収額は約260億ドルに達する。買収完了後のチャールズ・シュワブの預かり資産は約5.1兆ドル、証券口座数は約2,400万口座に達する見込みである(単純合算ベース)。同社は、コスト削減と顧客基盤の強化を推進し、より効率的で大規模な個人向け金融サービス業を追求すると見られる。
  2. 今般の買収の背景として、(1)売買手数料無料化等により事業環境が急激に変化していること、(2)連邦準備制度理事会の利下げの影響によって金利収入が縮小し、更なる預かり資産の拡大の必要性が高まったこと、(3)チャールズ・シュワブが創業当初から掲げてきた経営哲学に基づく「好循環」の一層の強化と整合的であること、が挙げられる。
  3. 買収完了後のチャールズ・シュワブは、独立系ファイナンシャル・アドバイザーである投資顧問業者(RIA)から約2兆ドルの資産を預かることになり、これを契機にRIAの顧客化を巡る大手金融機関の競争が激化する可能性が高い。また、長年、チャールズ・シュワブ及びTDアメリトレードと競合関係にあるイー・トレードを中心に、ディスカウント・ブローカー業界の再編も注目されている。アドバイザリー・フィーの低下と、同サービスに組み入れられるミューチュアルファンド及びETFの低コスト化の可能性も指摘されている。
  4. 今般の買収は、ディスカウント・ブローカー及びRIA向けサービス事業におけるチャールズ・シュワブやフィデリティ・インベストメンツなど、一部の大手金融機関が、より一層巨大化する方向性を示唆しており、今後の動向は注視する必要がある。
上場・非上場の垣根を飛び越えるクロスオーバー投資
−米国ミューチュアルファンドによるプレIPO株式投資の実状−
竹下 智
  1. 上場企業を主な投資対象とするミューチュアルファンドやヘッジファンドによる非上場企業への投資は、上場/非上場の垣根を越えた投資という意味で「クロスオーバー投資」と呼ばれる。近年、米国では非上場企業への投資において、VC以外のミューチュアルファンドやヘッジファンド等の存在が大きくなってきている。特に、IPO前のウーバー・テクノロジーズには55本のミューチュアルファンドが投資を行っていたことが知られている。
  2. クロスオーバー投資家は、レイターステージでの大型の資金調達において主要な投資家の一つであるとともに、アーリーステージの投資家(含む従業員)に流動性を供給する役割を担っている。ミューチュアルファンドが非上場企業への投資を行う理由として、(1)IPOまで待っていると会社の成長サイクルの重要なステージを逃す可能性がある、(2)イノベーションや創造的破壊が起きている産業セクターの評価をするには上場企業および非上場企業の両方を見ておく必要がある、という点があげられる。
  3. 非上場株式は取引所での株価が存在しないため、運用会社毎に投資対象の時価評価を行っている。非上場企業には上場企業に課せられた情報開示等の義務がないため、投資家が独自で情報収集にあたらなければならず、経営状況の監視やバリエーションに費やす時間が必然的に上場企業の場合よりも多くなる。そのため、クロスオーバー投資は分析リソースが豊富な大規模ファンドに適している。
  4. 米国ミューチュアルファンドはすでに日本の非上場企業への投資を行っている。日本国内においても今後、イノベーションの促進、ベンチャー支援策の充実を図る上で、クロスオーバー投資の振興も重要な課題となるのではないか。
米国における退職資産拡充策を巡る議論
−退職保障強化法案(SECURE法案)を中心に−
岡田 功太中村 美江奈
  1. 米国では、長寿化が進行する一方で、ソーシャル・セキュリティ(公的年金)の財政難等の課題がある。こうした中、連邦議会では、超党派の有力議員が、「全地域社会における退職保障強化法案」(通称SECURE法案)を提出した。同法案は、下院で既に可決されており、上院で審議待ちの状態である。
  2. SECURE法案は、2006年年金保護法以来、13年ぶりの本格的な年金制度改革である。2006年年金保護法は、401(k)プランの「自動化」の制度の整備等により、職域の確定拠出年金(DC)プランや個人退職勘定(IRA)の資産の積み立て(アキュミュレーション)促進に寄与した。SECURE法案は、退職プラン加入者のさらなる拡大と、引退後の資産の取り崩し(デキュミュレーション)局面における課題解消等を目指している。
  3. SECURE法案の主な特徴は、第一に、伝統的IRAの拠出年齢制限の廃止といった既存の退職資産形成制度の拡大の促進である。第二に、退職プランへの長期雇用パート従業員の加入促進や、中小企業従業員の退職プラン加入促進を意図した複数雇用主プラン(MEP)の要件緩和等の加入者拡大である。第三に、デキュミュレーションにおけるアニュイティ等の普及促進や、退職後の収入予測といったライフタイム・インカム確保の施策である。
  4. SECURE法案は超党派の支持を得ているものの、成立の可否やタイミングについては、政局次第である。他方、同法案の内容を念頭に、大手資産運用会社等は新たなソリューションの開発を推進している。つまり、SECURE法案は、既に米国リタイアメント市場において新たなダイナミズムを生み出しはじめており、法案の成否と併せて、今後の展開が注目される。
欧州における投信併合
−英国の事例を中心に−
神山 哲也塩島 晋
  1. 日本では、小規模投信(ファンド)が多数存在するという問題に対処するべく、ファンド併合を実施可能にするための制度面の整備が行われてきた。しかし、実績は2019年11月に発表された一件に留まっている。今後、自助努力による資産形成、資産運用の重要性が増していく中、ファンド併合等を通じて運用業界の効率化を図ることは一層求められるようになろう。
  2. 欧州では従来、ファンド併合が月間数十件というペースで行われてきた。EU域内におけるクロスボーダーのファンド併合を促進するための制度整備も行われてきた。EUの制度を国内法化した英国では、スキーム・オブ・アレンジメントと呼ばれる仕組みを用いてファンド併合が行われている。
  3. 英国のファンド併合事例を見ると、目的として、小規模ファンドを併合することによる規模の経済追求等を掲げた上で、ファンド・オブ・ファンズと通常のファンドの併合や、株・債券の組入比率の相違、デリバティブ利用の有無、分配頻度など、ファンドの形態や運用手法は必ずしも近似したものでなくても実施されている。
  4. 英国では、ファンドの規模が最適水準を大幅に下回っていると考えられる場合、運用方法等の細かな相違には拘らず、より総合的な投資家利益への配慮から、規模の経済を優先する姿勢がみられる。日本においてファンド併合を検討する際に、参考になるアプローチであると考えられる。
2020年以降の議決権行使助言会社の助言方針改定 西山 賢吾
  1. 代表的な議決権行使助言会社であるISSとグラス・ルイスの2020年議決権行使助言方針改定内容が明らかになった(改定内容の一部の適用は2021年)。ISSの改定は、(1)政策保有先企業出身の社外役員には「独立性なし」の判断、(2)親会社、支配株主の存在する企業に対する独立社外取締役の増員、の2点、そして、グラス・ルイスでは、東証1、2部対象企業に最低1名以上の女性役員登用を要請、(2)政策保有株式保有水準に関する基準の導入(2021年より)の2点である。
  2. 今回の助言方針改定の特徴として、ISSは社外役員の独立性という観点、グラス・ルイスは保有水準という観点から、それぞれ、政策保有株式を議決権行使助言方針に取り入れたことが挙げられる。従来政策保有株式と議決権行使を関連付けることは難しいと考えられていたが、今回の助言方針改定を受け、機関投資家でも同様な議決権行使助言方針を採用するかどうかが注目される。しかし、現状ではその動きが大きく進むとは考えにくく、エンゲージメントの重要テーマとしてより多くの投資家が取り上げることになるであろう。
  3. 社外取締役の増員も重要なテーマである。これについては、全ての企業に3分の1以上の独立社外取締役を求める機関投資家も出始めてきたが、全体としては支配株主や親会社のある企業などに社外取締役の増員を求める動きがさらに進む一方、全ての企業に求める動きが大きく広がるにはなお時間を要すると考える。
  4. 議決権行使助言会社の影響力に関し話題に上ることが多く、2020年に改訂予定のスチュワードシップ・コードにおいても、議決権行使助言会社に対し、十分かつ適切な人的・組織体制の整備とそれを含む助言策定プロセスの具体的な公表などが求められている。その背景には、機関投資家の議決権行使を助言会社が決めている、すなわち、議決権行使助言会社の助言方針をそのまま機関投資家が取り入れているという誤解があると推察されるが、実際には、「機関投資家の議決権行使に対する意見や考え方のコンセンサスが議決権行使助言会社の助言方針」となっているといえるであろう。
気候変動対策で世界のリーダーを目指す「欧州グリーンディール」 江夏 あかね磯部 昌吾
  1. 欧州連合(EU)の執行機関である欧州委員会は2019年12月11日、脱炭素と経済成長の両立を図ることを目的とした工程表である「欧州グリーンディール」を公表した。同工程表は、2019年12月1日に就任したフォンデアライエン欧州委員長が最優先政策に掲げる気候変動対策の一環として位置付けられる。
  2. 欧州グリーンディールで注目されるのは、気候関連目標への野心的なアプローチ、低炭素経済社会への移行に関する支援、サステナブルファイナンス戦略の3点である。2020年第3四半期に公表予定のサステナブルファイナンス戦略では、(1)サステナブル投資に関する基盤強化、(2)サステナブル投資に関する特定可能性及び信頼性向上、(3)気候・環境リスクの金融システムへの組み入れ、といった3つの方針が掲げられた。
  3. 欧州グリーンディールは、基本的にはEU域内を対象としているものの、日本を含めたEU域外の国・地域に影響が及ぶ可能性が高いことが示唆された。同時に、欧州グリーンディールの実現に向けて、サステナブルファイナンス戦略を通じて、金融市場にもタクソノミー、開示、ラベル、EUグリーンボンド基準(EU GBS)、健全性規制といった複数の側面から影響が及ぶ可能性があることも示された。
  4. 世界に先駆けて包括的な気候変動対策に取り組むEUが示した欧州グリーンディールの各項目に関する今後の進捗や実効性等に対して、世界各国の政府、産業界、金融市場から注目が集まる状況が続くと想定される。
欧州公的年金基金の気候変動への対応
−スウェーデンAP基金、仏FRR、ノルウェーGPFGの事例を中心に−
林 宏美
  1. 金融安定理事会(FSB)の下部組織であるTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)が2017年6月に公表した最終提言(TCFD最終提言)では、インベストメントチェーンの頂点に位置付けられる年金基金等のアセット・オーナーも、投資先企業による取り組みを促す役割を果たすべく、一定の情報開示が求められている。2018年11月に英国のNGOが大規模な公的年金基金の取り組み状況を評価した報告書では、TCFD最終提言に則した情報を開示しているか、開示する方針にある年金基金が全体の17%にとどまった。
  2. 気候変動への取り組みが高く評価されている欧州公的年金の事例としては、スウェーデンのAP基金、フランスのFRR、ノルウェーGPFG等が挙げられる。AP基金は、2019年、法律により責任投資と高いリターン追求の両立が求められるようになった。AP基金やFRRは、再生可能エネルギー事業等への投資を可能とする取り組みを推進しているほか、指数提供業者との提携を通じて低炭素関連指標の開発・拡充を進めるなど、様々な活動を展開しはじめている。
  3. 欧州の公的年金基金による気候変動への対応としては、従来化石燃料企業からの投資引き揚げ(ダイベストメント)を通じて、気候リスクの低減を図る動きが目立っていたが、近年はその取り組みが多様化している。ダイベストメントよりもエンゲージメントや議決権行使などを通じて、企業に気候変動への対応を促す傾向が前面に出ている。また、再生可能エネルギー事業等への投資を拡大できるよう、運用方針を変更する動きも目立つ。
  4. 大規模な公的年金による気候変動への取り組みは、他の機関投資家に及ぼすシグナル効果が大きいと見られる。それらの取り組みが、気候変動によるリスクや機会を示す各種指標データの蓄積、標準化など、上記に挙げた課題解消に寄与することも期待される。
トランジションボンドの登場とサステナブルファイナンスの新潮流 江夏 あかね
  1. トランジションボンドは、一般的に、二酸化炭素排出量等の観点からグリーンボンドの発行基準を満たさないものの、低炭素経済社会等に移行(トランジション)するためのプロジェクトを資金使途とする債券を指す。
  2. トランジションボンドが誕生した背景としては、金融市場において、開示、経済活動の分類、ベンチマーク等、複数の分野で、「トランジション(移行)」がテーマとして注目を集めつつあることが挙げられる。そして、フランスの大手運用機関アクサ・インベストメント・マネージャーズ(アクサIM)が2019年6月にガイドラインを公表、クレディ・スイスと気候債券イニシアチブ(CBI)が2019年9月に「サステナブル・トランジションボンド」に関するパートナーシップ締結、といった動きもある。
  3. トランジションボンド及び同市場が健全に発展していくためには、発行体によるサステナビリティ戦略へのコミットメントを通じて市場の信認を得ることが大前提になるほか、グリーンボンド等と同様に、レポーティング等を通じて、投資家が環境・社会面でのインパクトを適切に把握できるように透明性を確保することが重要と思われる。
EUにおける自己資本規制へのESGリスク反映の議論
−アクション・プランを示した欧州銀行監督機構−
磯部 昌吾
  1. 欧州連合(EU)において気候変動問題への関心が増々高まる中、欧州銀行監督機構(EBA)は、2019年12月6日にサステナブル・ファイナンスに関するアクション・プランを公表し、自己資本規制における環境・社会・ガバナンス(ESG)リスクの反映に関する検討スケジュールを明らかにした。
  2. 気候変動問題への対応には多額の追加投資が必要となることから、銀行の金融仲介機能を通じて、民間資金が気候変動対応に回るように促していく上で、自己資本規制におけるESGリスクの反映は、重要な政策手段の1つとなる可能性がある。
  3. EBAは、自己資本規制の3つの柱におけるESGリスクの反映を検討した上で、欧州委員会等への報告やガイドライン・細則案の策定を行う予定である。特に、第1の柱(最低基準)については、評価の複雑性と潜在的な影響の大きさを踏まえて、2025年6月までという長い評価期間を設けているのが特徴的である。
  4. 欧州の規制当局の見解は一枚岩ではなく、まずはEBAの検討結果が待たれるところである。EUが独自に自己資本規制にESGリスクを組み入れる場合には、EUの銀行の与信行動に影響を与えるであろう。また、EU域外の銀行との間で資本賦課に差が出るようであれば、国際競争上の問題が生じる可能性も考えられ、その場合には他の国においても同様の措置が取られるかが論点となってこよう。EUにおける議論とEU域外への波及の可能性を今後も注視する必要があるだろう。
中央銀行デジタル通貨の発行を目指す中国
−予想されるマクロ面での影響−
関 志雄
  1. 中国では、中央銀行デジタル通貨(CBDC)の発行は、構想から実行の段階に移ろうとしている。中国が導入しようとするCBDCは、だれでもアクセスでき、決済が仲介機関を経由しない「リテール・トークン型」である。その特徴は、(1)現金(M0)の代替、(2)中央銀行と利用者の間に商業銀行などの仲介機関が入る二層構造の運営体制、(3)特定の技術に限定しない、(4)無利子、(5)「制御可能な匿名性」に基づく個人情報の取り扱い、(6)オフライン決済が可能、である。
  2. 現段階の構想通りに、CBDCが無利子で、現金の代替にとどまる場合、その導入によってもたらされる金融政策と金融システムへの影響はそれほど大きくない。しかし、金利が付き、現金だけでなく銀行預金も代替の対象となるCBDCが発行される場合、金融政策の有効性は高まる一方で、金融システムにおける銀行の地盤沈下は加速しかねない。
  3. CBDCの発行は、人民元の利便性の向上を通じて、人民元の国際化に寄与すると期待されている。しかし、厳しい資本規制が維持され、CBDCもその対象になると予想される以上、その効果は限定的であろう。
  4. 中国は、CBDCを本格的に導入する最初の国になりそうである。それに向けて、綿密に構想を練っており、実行に移ってからも慎重な姿勢は変わらないと予想される。最終的に、中国において、現金が完全にCBDCに取って代わられ、キャッシュレス社会が実現されるだろうが、そこまでの道のりはまだ遠い。
特集:地域金融機関の今後
時流 金融規制のNext Step 上智大学法科大学院教授 森下 哲朗

金融審議会のスタディ・グループやワーキング・グループでは新たな金融規制のあり方についての議論が行われてきた。そこでは、今後の金融規制のあるべき姿として、イノベーションの促進と利用者利便の向上に資する規制体系であること、同一の機能・同一のリスクには同一のルールを適用すること、といった基本的な方向性が示されている。具体的な規制の見直しという観点でも、決済分野等で一定の成果が出ており今後の活用が期待される。同時に、今後の検討課題も多い。産官学が一体となって知恵を出し合ってより良い金融規制を構築していく必要がある。

地方公共団体と地方銀行
−指定金融機関制度の変遷と今後の展望−
江夏 あかね
  1. 地方公共団体と地方銀行は、指定金融機関制度等を通じて深い関係を長らく築いており、互いに地域経済社会にとって不可欠な存在となっている。しかし、金融市場環境や地域経済社会の構造が移り変わる中、1990年代後半頃からその関係が変化する傾向が見られている。特に、2010年代半ば頃からの金利水準の継続的な低下も相まって、地方公共団体向けビジネスから距離を置くことを検討する金融機関が出現するなど、かつてに比べて厳しいものとなりつつある。
  2. 地方公共団体が中長期的に行財政の持続可能性を維持する上では、(1)国の厳しい財政状況、(2)地方公共団体による社会保障や公共施設等の適正化といった喫緊の施策への取り組み、といった課題を克服することが必要と考えられる。
  3. 地方経済社会の持続可能性を確保するためには、それらに加え、幅広い意味での地方創生や持続可能な開発目標(SDGs)達成に向けた取り組みを進めることも求められる。ただし、地方創生やSDGsも含めた取り組みを、地方公共団体のみで包括的に進めることは困難であり、地方銀行等と連携し、地方が抱える課題を解決していくことが重要である。
  4. 地方公共団体と地方銀行の双方が連携するメリットを感じ、持続的な関係を築くためには、地域をめぐる問題意識の共有、経済合理性の確保、域内の付加価値を創出する取り組みでの協働といった点がカギになろう。そのような観点から、地方公共団体と地方銀行がメリットを感じて連携可能な分野としては、例えば、公共施設等の適正管理、地域中小企業におけるSDGs支援といったものが挙げられる。
注目される地方銀行によるグリーンボンドの発行 富永 健司
  1. 世界の金融市場において、環境・社会・ガバナンス(ESG)を重視する投資概念の浸透、パリ協定や持続可能な開発目標(SDGs)等の国際合意を背景に、グリーンボンドの発行が伸びている。日本においても2017年頃からグリーンボンドの発行が増加している。これまで、日本の銀行によるグリーンボンドの発行は政府系金融機関やメガバンク等が中心となっていたが、このたび新たに地方銀行がグリーンボンドを発行した。具体的には、群馬銀行が2019年11月に国内の地方銀行として初めて発行し、その後、名古屋銀行が2019年12月に発行した。
  2. 日本においては近年、ESG金融における間接金融の重要性に対する認識が高まっている。そのような中で、地方銀行は、(1)担当主幹部署の設置、(2)プロジェクトチームの組成、(3)行動宣言や行動憲章の制定、(4)ESG/SDGsを意識した投資方針の制定、(5)ESG/SDGsを意識した融資方針の制定、などの形で取り組みを進めている。
  3. これらに加えて地方銀行は、地方経済・社会の中心的な担い手として、地方創生に関する取り組みも行っており、元々ESG/SDGs金融との親和性が高かったと言える。グリーンボンドの発行は、資本調達面におけるESG/SDGsへの対応という観点で考えることができる。
  4. 群馬銀行と名古屋銀行の発行事例で共通しているのは、規制資本の充実を目的とした社債発行を通じて、(1)組織として注力するESG/SDGsへの取り組みについての資本調達面からの拡充、(2)グリーンボンドの発行による幅広い業態の投資家層へのアクセス、を実現したことである。地方銀行セクターにおいては、ESG/SDGsへの取り組みが進む中で、今後グリーンボンド発行という手法が活用されるようになるのか注目される。グリーンボンドを通じた融資等が、地方銀行ビジネスの活性化へ貢献し、同時に環境・地域社会へのインパクトを創出するのかといった点も今後さらなる議論が求められよう。
米国地域金融機関の証券ビジネスを支援するLPLファイナンシャル 下山 貴史岡田 功太
  1. LPLファイナンシャルは、全米最大級のファイナンシャル・アドバイザー向け証券取引サービス提供会社として知られている。同社は、地銀、信用組合、独立系ファイナンシャル・アドバイザー(IFA会社)に所属する約1万6,100名のファイナンシャル・アドバイザーに、証券取引及び証券事業支援サービスを提供している。それらのファイナンシャル・アドバイザーは、主に地方で営業活動に従事していることから、LPLファイナンシャルは、地域金融機関の証券ビジネスを支援している存在とも言える。
  2. 同社は、ブローカレッジ・サービスとアドバイザリー・サービスを提供するが、近年は投資アドバイスの対価としてフィーを受け取るアドバイザリー・サービスに注力している。また、ファイナンシャル・アドバイザーの業務効率化を目的としたテクノロジー・ツール等の提供も行っており、2019年のテクノロジー投資額を約1億5,000万ドルに決定し、同ツールの拡充を図っている。
  3. LPLファイナンシャルは、上記のサービスを通じて、多様な地域金融機関に属するファイナンシャル・アドバイザーを支援している。同社との提携を通じて、非金利収入を増加させた地域金融機関、収益源の多角化を図る銀行、顧客との関係強化や業務効率化を実現した小規模信用組合やIFA会社など様々である。
  4. LPLファイナンシャルの成長は、大手証券会社が有するミドルオフィス及びバックオフィス機能を、サービスとして社外に提供することで収益化できる可能性を示唆すると共に、地域金融機関にとって同サービスが魅力的であることを意味している。LPLファイナンシャルのようなサービス提供者は、米国の幅広い地域において、顧客に対して適切なファイナンシャル・アドバイスが提供されるためにも、欠かせない存在と言えよう。
金融包摂を促進する重要な役割を担うフィリピンの地域金融機関 北野 陽平武井 悠輔
  1. フィリピンは、堅調な経済成長を持続させ、より包摂的な発展を実現するべく、国民の幅広い金融包摂を推進している。同国において金融機関口座を保有する15歳以上人口の割合は2017年時点で32%で、地方では26%に留まり、多くの地方自治体では銀行が設置されていない。そのような中、フィリピン中央銀行(BSP)は、銀行サービスが提供されていない地方自治体の割合を2020年までに20%へと引き下げることを目指している。
  2. フィリピンの銀行は、ユニバーサルバンク、商業銀行、貯蓄銀行、農村銀行、協同組合銀行に分類される。このうち、農村銀行は、地方における金融包摂を促進する重要な役割を担うと期待されている。地方居住者の資金需要に対応するため、BSP主導で農村銀行のプレゼンス強化に向けた取り組みが進められてきた結果、農村銀行の店舗数は1999年末の1,778店から2019年9月末には3,048店となり、融資残高は同期間に3.6倍に増加した。
  3. 金融包摂の促進には決済サービスの利用拡大も課題となる中、全国レベルで国民による安価、効率的、安全、信頼性の高い決済を可能にする仕組みの構築を目指して、「国家リテール決済システム(NRPS)」が2015年に導入された。現状、NRPSは地方では普及が進んでおらず、農村銀行間の送金・決済システムも接続されていない。そうした中、ブロックチェーン技術の活用により、農村銀行間の直接送金や効率的な国際送金を可能にするプロジェクトが進められている。
  4. 農村銀行は、より安価で金融サービスを提供するためのテクノロジーの活用にも取り組み始めている。例えば、足下では、ITコスト及びオペレーションコストの削減等を目的として、クラウドベースの勘定系システムを導入する動きが見られる。地方では、ITの利用環境は都市部に比べ総じて遅れているものの、将来的には、都市部で始まっている金融サービスのデジタル化が広がっていく可能性もある。今後、フィリピンにおける地域金融機関のサービスが、どのような発展を遂げるのか注目される。
最終化された米国の大手銀行規制の見直し
−リスク・プロファイルに応じたプルーデンス規制の再構築−
小立 敬
  1. 米国FRBは2019年10月、銀行のリスク・プロファイルをプルーデンス規制の枠組みに反映させるテイラード・アプローチの下、総資産1,000億ドル以上の米国銀行および外国銀行のプルーデンス規制の枠組みを改定する最終規則を公表し、2019年末から適用を開始した。
  2. 従来はドッド=フランク法に基づいて、総資産500億ドル以上の銀行持株会社には厳格なプルーデンス規制が適用されてきたが、トランプ政権の下、2018年5月に成立した経済成長・規制緩和・消費者保護法が、厳格なプルーデンス規制の適用基準を総資産500億ドルから2,500億ドルに引き上げたことが背景にある。
  3. 最終規則によって、総資産1,000億ドル以上の米国銀行、外国銀行はリスク・プロファイルに応じて「カテゴリーI」から「カテゴリーIV」までの4つのカテゴリーに区分され、各々のカテゴリーに応じて厳格さの異なる自己資本規制や流動性規制、ストレス・テストの要件等が課せられることとなる。
  4. 金融危機以降、FRBはプルーデンス規制に銀行のリスク・プロファイルを反映させる取組みを行ってきた。今般のテイラード・アプローチによってリスク・プロファイルに応じたカテゴリーが明確化されており、従来に比べてより洗練された枠組みとなったという評価が可能であろう。
  5. ただし、外国銀行の扱いに関しては議論がある。特に具体的な争点となっているのが、外国銀行の米国支店に対して標準化された流動規制を適用するか否かの検討である。最終規則では具体的な措置は見送られたが、FRBは数カ月以内に検討する方針を明らかにしている。また、外国銀行の扱いについては、金融危機後の金融規制改革の重大な副作用として認識されている市場の分断につながるとの指摘もあり、最終規則が適用された後のFRBによる規制の合理性の検証が期待される。
米国で最も便利な銀行とは 淵田 康之
  1. グローバル金融危機後、米国では国内リテール業務に強い金融機関のプレゼンスが高まっている。外資系金融機関のなかでも、カナダのトロント・ドミニオンバンク・グループ(TDバンク・グループ)傘下のTDバンクは、米国内でリテール業務に注力することで顕著な成長を遂げている。
  2. 各国の多くの金融機関は、世界の金融ビジネスの中心である米国市場に進出し、業務拡大を目指してきた。しかし今日、日系や欧州系の金融機関の多くは、過去の一時期に比べ、米国市場における存在感を低下させている。こうしたなかTDバンクは、「米国で最も便利な銀行」を掲げ、米国で最も成功した外資系銀行となったのである。
  3. 金融危機を経て、米国金融市場の重要性はむしろ高まった。プラスの金利が維持され、預金・貸出など正常な金融ビジネスが成り立つ、世界で数少ない市場の一つとなったからである。TDバンクは、やはり経済が底堅く推移し、また安定した金融システムを持つカナダをマザーマーケットとしつつ、米国でリテール金融業務を拡大することにより、グループ全体の企業価値向上に寄与している。
  4. TDバンク・グループは、TDアメリトレードを通じて、米国におけるリテール証券ビジネスでも存在感を示してきた。そして2019年、取引手数料ゼロ時代が到来すると、TDアメリトレードをチャールズ・シュワブに売却し、チャールズ・シュワブの大株主となった。
  5. わが国の主要金融機関においても、今後の成長のためには海外ビジネスの拡大が不可欠であるが、その成功には、国内の経済や金融システムの改善・改革が前提となろう。その上で、どれだけ多くの現地ユーザーに、真に必要とされる金融機関となれるかがカギとなろう。
チャールズ・シュワブによるTDアメリトレードの買収
−米国個人向け金融サービス業界への示唆−
岡田 功太
  1. チャールズ・シュワブは2019年11月、TDアメリトレードを買収することを公表した。本件は株式交換で行われ、買収額は約260億ドルに達する。買収完了後のチャールズ・シュワブの預かり資産は約5.1兆ドル、証券口座数は約2,400万口座に達する見込みである(単純合算ベース)。同社は、コスト削減と顧客基盤の強化を推進し、より効率的で大規模な個人向け金融サービス業を追求すると見られる。
  2. 今般の買収の背景として、(1)売買手数料無料化等により事業環境が急激に変化していること、(2)連邦準備制度理事会の利下げの影響によって金利収入が縮小し、更なる預かり資産の拡大の必要性が高まったこと、(3)チャールズ・シュワブが創業当初から掲げてきた経営哲学に基づく「好循環」の一層の強化と整合的であること、が挙げられる。
  3. 買収完了後のチャールズ・シュワブは、独立系ファイナンシャル・アドバイザーである投資顧問業者(RIA)から約2兆ドルの資産を預かることになり、これを契機にRIAの顧客化を巡る大手金融機関の競争が激化する可能性が高い。また、長年、チャールズ・シュワブ及びTDアメリトレードと競合関係にあるイー・トレードを中心に、ディスカウント・ブローカー業界の再編も注目されている。アドバイザリー・フィーの低下と、同サービスに組み入れられるミューチュアルファンド及びETFの低コスト化の可能性も指摘されている。
  4. 今般の買収は、ディスカウント・ブローカー及びRIA向けサービス事業におけるチャールズ・シュワブやフィデリティ・インベストメンツなど、一部の大手金融機関が、より一層巨大化する方向性を示唆しており、今後の動向は注視する必要がある。
上場・非上場の垣根を飛び越えるクロスオーバー投資
−米国ミューチュアルファンドによるプレIPO株式投資の実状−
竹下 智
  1. 上場企業を主な投資対象とするミューチュアルファンドやヘッジファンドによる非上場企業への投資は、上場/非上場の垣根を越えた投資という意味で「クロスオーバー投資」と呼ばれる。近年、米国では非上場企業への投資において、VC以外のミューチュアルファンドやヘッジファンド等の存在が大きくなってきている。特に、IPO前のウーバー・テクノロジーズには55本のミューチュアルファンドが投資を行っていたことが知られている。
  2. クロスオーバー投資家は、レイターステージでの大型の資金調達において主要な投資家の一つであるとともに、アーリーステージの投資家(含む従業員)に流動性を供給する役割を担っている。ミューチュアルファンドが非上場企業への投資を行う理由として、(1)IPOまで待っていると会社の成長サイクルの重要なステージを逃す可能性がある、(2)イノベーションや創造的破壊が起きている産業セクターの評価をするには上場企業および非上場企業の両方を見ておく必要がある、という点があげられる。
  3. 非上場株式は取引所での株価が存在しないため、運用会社毎に投資対象の時価評価を行っている。非上場企業には上場企業に課せられた情報開示等の義務がないため、投資家が独自で情報収集にあたらなければならず、経営状況の監視やバリエーションに費やす時間が必然的に上場企業の場合よりも多くなる。そのため、クロスオーバー投資は分析リソースが豊富な大規模ファンドに適している。
  4. 米国ミューチュアルファンドはすでに日本の非上場企業への投資を行っている。日本国内においても今後、イノベーションの促進、ベンチャー支援策の充実を図る上で、クロスオーバー投資の振興も重要な課題となるのではないか。
米国における退職資産拡充策を巡る議論
−退職保障強化法案(SECURE法案)を中心に−
岡田 功太中村 美江奈
  1. 米国では、長寿化が進行する一方で、ソーシャル・セキュリティ(公的年金)の財政難等の課題がある。こうした中、連邦議会では、超党派の有力議員が、「全地域社会における退職保障強化法案」(通称SECURE法案)を提出した。同法案は、下院で既に可決されており、上院で審議待ちの状態である。
  2. SECURE法案は、2006年年金保護法以来、13年ぶりの本格的な年金制度改革である。2006年年金保護法は、401(k)プランの「自動化」の制度の整備等により、職域の確定拠出年金(DC)プランや個人退職勘定(IRA)の資産の積み立て(アキュミュレーション)促進に寄与した。SECURE法案は、退職プラン加入者のさらなる拡大と、引退後の資産の取り崩し(デキュミュレーション)局面における課題解消等を目指している。
  3. SECURE法案の主な特徴は、第一に、伝統的IRAの拠出年齢制限の廃止といった既存の退職資産形成制度の拡大の促進である。第二に、退職プランへの長期雇用パート従業員の加入促進や、中小企業従業員の退職プラン加入促進を意図した複数雇用主プラン(MEP)の要件緩和等の加入者拡大である。第三に、デキュミュレーションにおけるアニュイティ等の普及促進や、退職後の収入予測といったライフタイム・インカム確保の施策である。
  4. SECURE法案は超党派の支持を得ているものの、成立の可否やタイミングについては、政局次第である。他方、同法案の内容を念頭に、大手資産運用会社等は新たなソリューションの開発を推進している。つまり、SECURE法案は、既に米国リタイアメント市場において新たなダイナミズムを生み出しはじめており、法案の成否と併せて、今後の展開が注目される。
欧州における投信併合
−英国の事例を中心に−
神山 哲也塩島 晋
  1. 日本では、小規模投信(ファンド)が多数存在するという問題に対処するべく、ファンド併合を実施可能にするための制度面の整備が行われてきた。しかし、実績は2019年11月に発表された一件に留まっている。今後、自助努力による資産形成、資産運用の重要性が増していく中、ファンド併合等を通じて運用業界の効率化を図ることは一層求められるようになろう。
  2. 欧州では従来、ファンド併合が月間数十件というペースで行われてきた。EU域内におけるクロスボーダーのファンド併合を促進するための制度整備も行われてきた。EUの制度を国内法化した英国では、スキーム・オブ・アレンジメントと呼ばれる仕組みを用いてファンド併合が行われている。
  3. 英国のファンド併合事例を見ると、目的として、小規模ファンドを併合することによる規模の経済追求等を掲げた上で、ファンド・オブ・ファンズと通常のファンドの併合や、株・債券の組入比率の相違、デリバティブ利用の有無、分配頻度など、ファンドの形態や運用手法は必ずしも近似したものでなくても実施されている。
  4. 英国では、ファンドの規模が最適水準を大幅に下回っていると考えられる場合、運用方法等の細かな相違には拘らず、より総合的な投資家利益への配慮から、規模の経済を優先する姿勢がみられる。日本においてファンド併合を検討する際に、参考になるアプローチであると考えられる。
2020年以降の議決権行使助言会社の助言方針改定 西山 賢吾
  1. 代表的な議決権行使助言会社であるISSとグラス・ルイスの2020年議決権行使助言方針改定内容が明らかになった(改定内容の一部の適用は2021年)。ISSの改定は、(1)政策保有先企業出身の社外役員には「独立性なし」の判断、(2)親会社、支配株主の存在する企業に対する独立社外取締役の増員、の2点、そして、グラス・ルイスでは、東証1、2部対象企業に最低1名以上の女性役員登用を要請、(2)政策保有株式保有水準に関する基準の導入(2021年より)の2点である。
  2. 今回の助言方針改定の特徴として、ISSは社外役員の独立性という観点、グラス・ルイスは保有水準という観点から、それぞれ、政策保有株式を議決権行使助言方針に取り入れたことが挙げられる。従来政策保有株式と議決権行使を関連付けることは難しいと考えられていたが、今回の助言方針改定を受け、機関投資家でも同様な議決権行使助言方針を採用するかどうかが注目される。しかし、現状ではその動きが大きく進むとは考えにくく、エンゲージメントの重要テーマとしてより多くの投資家が取り上げることになるであろう。
  3. 社外取締役の増員も重要なテーマである。これについては、全ての企業に3分の1以上の独立社外取締役を求める機関投資家も出始めてきたが、全体としては支配株主や親会社のある企業などに社外取締役の増員を求める動きがさらに進む一方、全ての企業に求める動きが大きく広がるにはなお時間を要すると考える。
  4. 議決権行使助言会社の影響力に関し話題に上ることが多く、2020年に改訂予定のスチュワードシップ・コードにおいても、議決権行使助言会社に対し、十分かつ適切な人的・組織体制の整備とそれを含む助言策定プロセスの具体的な公表などが求められている。その背景には、機関投資家の議決権行使を助言会社が決めている、すなわち、議決権行使助言会社の助言方針をそのまま機関投資家が取り入れているという誤解があると推察されるが、実際には、「機関投資家の議決権行使に対する意見や考え方のコンセンサスが議決権行使助言会社の助言方針」となっているといえるであろう。
気候変動対策で世界のリーダーを目指す「欧州グリーンディール」 江夏 あかね磯部 昌吾
  1. 欧州連合(EU)の執行機関である欧州委員会は2019年12月11日、脱炭素と経済成長の両立を図ることを目的とした工程表である「欧州グリーンディール」を公表した。同工程表は、2019年12月1日に就任したフォンデアライエン欧州委員長が最優先政策に掲げる気候変動対策の一環として位置付けられる。
  2. 欧州グリーンディールで注目されるのは、気候関連目標への野心的なアプローチ、低炭素経済社会への移行に関する支援、サステナブルファイナンス戦略の3点である。2020年第3四半期に公表予定のサステナブルファイナンス戦略では、(1)サステナブル投資に関する基盤強化、(2)サステナブル投資に関する特定可能性及び信頼性向上、(3)気候・環境リスクの金融システムへの組み入れ、といった3つの方針が掲げられた。
  3. 欧州グリーンディールは、基本的にはEU域内を対象としているものの、日本を含めたEU域外の国・地域に影響が及ぶ可能性が高いことが示唆された。同時に、欧州グリーンディールの実現に向けて、サステナブルファイナンス戦略を通じて、金融市場にもタクソノミー、開示、ラベル、EUグリーンボンド基準(EU GBS)、健全性規制といった複数の側面から影響が及ぶ可能性があることも示された。
  4. 世界に先駆けて包括的な気候変動対策に取り組むEUが示した欧州グリーンディールの各項目に関する今後の進捗や実効性等に対して、世界各国の政府、産業界、金融市場から注目が集まる状況が続くと想定される。
欧州公的年金基金の気候変動への対応
−スウェーデンAP基金、仏FRR、ノルウェーGPFGの事例を中心に−
林 宏美
  1. 金融安定理事会(FSB)の下部組織であるTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)が2017年6月に公表した最終提言(TCFD最終提言)では、インベストメントチェーンの頂点に位置付けられる年金基金等のアセット・オーナーも、投資先企業による取り組みを促す役割を果たすべく、一定の情報開示が求められている。2018年11月に英国のNGOが大規模な公的年金基金の取り組み状況を評価した報告書では、TCFD最終提言に則した情報を開示しているか、開示する方針にある年金基金が全体の17%にとどまった。
  2. 気候変動への取り組みが高く評価されている欧州公的年金の事例としては、スウェーデンのAP基金、フランスのFRR、ノルウェーGPFG等が挙げられる。AP基金は、2019年、法律により責任投資と高いリターン追求の両立が求められるようになった。AP基金やFRRは、再生可能エネルギー事業等への投資を可能とする取り組みを推進しているほか、指数提供業者との提携を通じて低炭素関連指標の開発・拡充を進めるなど、様々な活動を展開しはじめている。
  3. 欧州の公的年金基金による気候変動への対応としては、従来化石燃料企業からの投資引き揚げ(ダイベストメント)を通じて、気候リスクの低減を図る動きが目立っていたが、近年はその取り組みが多様化している。ダイベストメントよりもエンゲージメントや議決権行使などを通じて、企業に気候変動への対応を促す傾向が前面に出ている。また、再生可能エネルギー事業等への投資を拡大できるよう、運用方針を変更する動きも目立つ。
  4. 大規模な公的年金による気候変動への取り組みは、他の機関投資家に及ぼすシグナル効果が大きいと見られる。それらの取り組みが、気候変動によるリスクや機会を示す各種指標データの蓄積、標準化など、上記に挙げた課題解消に寄与することも期待される。
トランジションボンドの登場とサステナブルファイナンスの新潮流 江夏 あかね
  1. トランジションボンドは、一般的に、二酸化炭素排出量等の観点からグリーンボンドの発行基準を満たさないものの、低炭素経済社会等に移行(トランジション)するためのプロジェクトを資金使途とする債券を指す。
  2. トランジションボンドが誕生した背景としては、金融市場において、開示、経済活動の分類、ベンチマーク等、複数の分野で、「トランジション(移行)」がテーマとして注目を集めつつあることが挙げられる。そして、フランスの大手運用機関アクサ・インベストメント・マネージャーズ(アクサIM)が2019年6月にガイドラインを公表、クレディ・スイスと気候債券イニシアチブ(CBI)が2019年9月に「サステナブル・トランジションボンド」に関するパートナーシップ締結、といった動きもある。
  3. トランジションボンド及び同市場が健全に発展していくためには、発行体によるサステナビリティ戦略へのコミットメントを通じて市場の信認を得ることが大前提になるほか、グリーンボンド等と同様に、レポーティング等を通じて、投資家が環境・社会面でのインパクトを適切に把握できるように透明性を確保することが重要と思われる。
EUにおける自己資本規制へのESGリスク反映の議論
−アクション・プランを示した欧州銀行監督機構−
磯部 昌吾
  1. 欧州連合(EU)において気候変動問題への関心が増々高まる中、欧州銀行監督機構(EBA)は、2019年12月6日にサステナブル・ファイナンスに関するアクション・プランを公表し、自己資本規制における環境・社会・ガバナンス(ESG)リスクの反映に関する検討スケジュールを明らかにした。
  2. 気候変動問題への対応には多額の追加投資が必要となることから、銀行の金融仲介機能を通じて、民間資金が気候変動対応に回るように促していく上で、自己資本規制におけるESGリスクの反映は、重要な政策手段の1つとなる可能性がある。
  3. EBAは、自己資本規制の3つの柱におけるESGリスクの反映を検討した上で、欧州委員会等への報告やガイドライン・細則案の策定を行う予定である。特に、第1の柱(最低基準)については、評価の複雑性と潜在的な影響の大きさを踏まえて、2025年6月までという長い評価期間を設けているのが特徴的である。
  4. 欧州の規制当局の見解は一枚岩ではなく、まずはEBAの検討結果が待たれるところである。EUが独自に自己資本規制にESGリスクを組み入れる場合には、EUの銀行の与信行動に影響を与えるであろう。また、EU域外の銀行との間で資本賦課に差が出るようであれば、国際競争上の問題が生じる可能性も考えられ、その場合には他の国においても同様の措置が取られるかが論点となってこよう。EUにおける議論とEU域外への波及の可能性を今後も注視する必要があるだろう。
中央銀行デジタル通貨の発行を目指す中国
−予想されるマクロ面での影響−
関 志雄
  1. 中国では、中央銀行デジタル通貨(CBDC)の発行は、構想から実行の段階に移ろうとしている。中国が導入しようとするCBDCは、だれでもアクセスでき、決済が仲介機関を経由しない「リテール・トークン型」である。その特徴は、(1)現金(M0)の代替、(2)中央銀行と利用者の間に商業銀行などの仲介機関が入る二層構造の運営体制、(3)特定の技術に限定しない、(4)無利子、(5)「制御可能な匿名性」に基づく個人情報の取り扱い、(6)オフライン決済が可能、である。
  2. 現段階の構想通りに、CBDCが無利子で、現金の代替にとどまる場合、その導入によってもたらされる金融政策と金融システムへの影響はそれほど大きくない。しかし、金利が付き、現金だけでなく銀行預金も代替の対象となるCBDCが発行される場合、金融政策の有効性は高まる一方で、金融システムにおける銀行の地盤沈下は加速しかねない。
  3. CBDCの発行は、人民元の利便性の向上を通じて、人民元の国際化に寄与すると期待されている。しかし、厳しい資本規制が維持され、CBDCもその対象になると予想される以上、その効果は限定的であろう。
  4. 中国は、CBDCを本格的に導入する最初の国になりそうである。それに向けて、綿密に構想を練っており、実行に移ってからも慎重な姿勢は変わらないと予想される。最終的に、中国において、現金が完全にCBDCに取って代わられ、キャッシュレス社会が実現されるだろうが、そこまでの道のりはまだ遠い。
要約
時流 金融規制のNext Step 上智大学法科大学院教授 森下 哲朗

金融審議会のスタディ・グループやワーキング・グループでは新たな金融規制のあり方についての議論が行われてきた。そこでは、今後の金融規制のあるべき姿として、イノベーションの促進と利用者利便の向上に資する規制体系であること、同一の機能・同一のリスクには同一のルールを適用すること、といった基本的な方向性が示されている。具体的な規制の見直しという観点でも、決済分野等で一定の成果が出ており今後の活用が期待される。同時に、今後の検討課題も多い。産官学が一体となって知恵を出し合ってより良い金融規制を構築していく必要がある。

地方公共団体と地方銀行
−指定金融機関制度の変遷と今後の展望−
江夏 あかね
  1. 地方公共団体と地方銀行は、指定金融機関制度等を通じて深い関係を長らく築いており、互いに地域経済社会にとって不可欠な存在となっている。しかし、金融市場環境や地域経済社会の構造が移り変わる中、1990年代後半頃からその関係が変化する傾向が見られている。特に、2010年代半ば頃からの金利水準の継続的な低下も相まって、地方公共団体向けビジネスから距離を置くことを検討する金融機関が出現するなど、かつてに比べて厳しいものとなりつつある。
  2. 地方公共団体が中長期的に行財政の持続可能性を維持する上では、(1)国の厳しい財政状況、(2)地方公共団体による社会保障や公共施設等の適正化といった喫緊の施策への取り組み、といった課題を克服することが必要と考えられる。
  3. 地方経済社会の持続可能性を確保するためには、それらに加え、幅広い意味での地方創生や持続可能な開発目標(SDGs)達成に向けた取り組みを進めることも求められる。ただし、地方創生やSDGsも含めた取り組みを、地方公共団体のみで包括的に進めることは困難であり、地方銀行等と連携し、地方が抱える課題を解決していくことが重要である。
  4. 地方公共団体と地方銀行の双方が連携するメリットを感じ、持続的な関係を築くためには、地域をめぐる問題意識の共有、経済合理性の確保、域内の付加価値を創出する取り組みでの協働といった点がカギになろう。そのような観点から、地方公共団体と地方銀行がメリットを感じて連携可能な分野としては、例えば、公共施設等の適正管理、地域中小企業におけるSDGs支援といったものが挙げられる。
注目される地方銀行によるグリーンボンドの発行 富永 健司
  1. 世界の金融市場において、環境・社会・ガバナンス(ESG)を重視する投資概念の浸透、パリ協定や持続可能な開発目標(SDGs)等の国際合意を背景に、グリーンボンドの発行が伸びている。日本においても2017年頃からグリーンボンドの発行が増加している。これまで、日本の銀行によるグリーンボンドの発行は政府系金融機関やメガバンク等が中心となっていたが、このたび新たに地方銀行がグリーンボンドを発行した。具体的には、群馬銀行が2019年11月に国内の地方銀行として初めて発行し、その後、名古屋銀行が2019年12月に発行した。
  2. 日本においては近年、ESG金融における間接金融の重要性に対する認識が高まっている。そのような中で、地方銀行は、(1)担当主幹部署の設置、(2)プロジェクトチームの組成、(3)行動宣言や行動憲章の制定、(4)ESG/SDGsを意識した投資方針の制定、(5)ESG/SDGsを意識した融資方針の制定、などの形で取り組みを進めている。
  3. これらに加えて地方銀行は、地方経済・社会の中心的な担い手として、地方創生に関する取り組みも行っており、元々ESG/SDGs金融との親和性が高かったと言える。グリーンボンドの発行は、資本調達面におけるESG/SDGsへの対応という観点で考えることができる。
  4. 群馬銀行と名古屋銀行の発行事例で共通しているのは、規制資本の充実を目的とした社債発行を通じて、(1)組織として注力するESG/SDGsへの取り組みについての資本調達面からの拡充、(2)グリーンボンドの発行による幅広い業態の投資家層へのアクセス、を実現したことである。地方銀行セクターにおいては、ESG/SDGsへの取り組みが進む中で、今後グリーンボンド発行という手法が活用されるようになるのか注目される。グリーンボンドを通じた融資等が、地方銀行ビジネスの活性化へ貢献し、同時に環境・地域社会へのインパクトを創出するのかといった点も今後さらなる議論が求められよう。
米国地域金融機関の証券ビジネスを支援するLPLファイナンシャル 下山 貴史岡田 功太
  1. LPLファイナンシャルは、全米最大級のファイナンシャル・アドバイザー向け証券取引サービス提供会社として知られている。同社は、地銀、信用組合、独立系ファイナンシャル・アドバイザー(IFA会社)に所属する約1万6,100名のファイナンシャル・アドバイザーに、証券取引及び証券事業支援サービスを提供している。それらのファイナンシャル・アドバイザーは、主に地方で営業活動に従事していることから、LPLファイナンシャルは、地域金融機関の証券ビジネスを支援している存在とも言える。
  2. 同社は、ブローカレッジ・サービスとアドバイザリー・サービスを提供するが、近年は投資アドバイスの対価としてフィーを受け取るアドバイザリー・サービスに注力している。また、ファイナンシャル・アドバイザーの業務効率化を目的としたテクノロジー・ツール等の提供も行っており、2019年のテクノロジー投資額を約1億5,000万ドルに決定し、同ツールの拡充を図っている。
  3. LPLファイナンシャルは、上記のサービスを通じて、多様な地域金融機関に属するファイナンシャル・アドバイザーを支援している。同社との提携を通じて、非金利収入を増加させた地域金融機関、収益源の多角化を図る銀行、顧客との関係強化や業務効率化を実現した小規模信用組合やIFA会社など様々である。
  4. LPLファイナンシャルの成長は、大手証券会社が有するミドルオフィス及びバックオフィス機能を、サービスとして社外に提供することで収益化できる可能性を示唆すると共に、地域金融機関にとって同サービスが魅力的であることを意味している。LPLファイナンシャルのようなサービス提供者は、米国の幅広い地域において、顧客に対して適切なファイナンシャル・アドバイスが提供されるためにも、欠かせない存在と言えよう。
金融包摂を促進する重要な役割を担うフィリピンの地域金融機関 北野 陽平武井 悠輔
  1. フィリピンは、堅調な経済成長を持続させ、より包摂的な発展を実現するべく、国民の幅広い金融包摂を推進している。同国において金融機関口座を保有する15歳以上人口の割合は2017年時点で32%で、地方では26%に留まり、多くの地方自治体では銀行が設置されていない。そのような中、フィリピン中央銀行(BSP)は、銀行サービスが提供されていない地方自治体の割合を2020年までに20%へと引き下げることを目指している。
  2. フィリピンの銀行は、ユニバーサルバンク、商業銀行、貯蓄銀行、農村銀行、協同組合銀行に分類される。このうち、農村銀行は、地方における金融包摂を促進する重要な役割を担うと期待されている。地方居住者の資金需要に対応するため、BSP主導で農村銀行のプレゼンス強化に向けた取り組みが進められてきた結果、農村銀行の店舗数は1999年末の1,778店から2019年9月末には3,048店となり、融資残高は同期間に3.6倍に増加した。
  3. 金融包摂の促進には決済サービスの利用拡大も課題となる中、全国レベルで国民による安価、効率的、安全、信頼性の高い決済を可能にする仕組みの構築を目指して、「国家リテール決済システム(NRPS)」が2015年に導入された。現状、NRPSは地方では普及が進んでおらず、農村銀行間の送金・決済システムも接続されていない。そうした中、ブロックチェーン技術の活用により、農村銀行間の直接送金や効率的な国際送金を可能にするプロジェクトが進められている。
  4. 農村銀行は、より安価で金融サービスを提供するためのテクノロジーの活用にも取り組み始めている。例えば、足下では、ITコスト及びオペレーションコストの削減等を目的として、クラウドベースの勘定系システムを導入する動きが見られる。地方では、ITの利用環境は都市部に比べ総じて遅れているものの、将来的には、都市部で始まっている金融サービスのデジタル化が広がっていく可能性もある。今後、フィリピンにおける地域金融機関のサービスが、どのような発展を遂げるのか注目される。
最終化された米国の大手銀行規制の見直し
−リスク・プロファイルに応じたプルーデンス規制の再構築−
小立 敬
  1. 米国FRBは2019年10月、銀行のリスク・プロファイルをプルーデンス規制の枠組みに反映させるテイラード・アプローチの下、総資産1,000億ドル以上の米国銀行および外国銀行のプルーデンス規制の枠組みを改定する最終規則を公表し、2019年末から適用を開始した。
  2. 従来はドッド=フランク法に基づいて、総資産500億ドル以上の銀行持株会社には厳格なプルーデンス規制が適用されてきたが、トランプ政権の下、2018年5月に成立した経済成長・規制緩和・消費者保護法が、厳格なプルーデンス規制の適用基準を総資産500億ドルから2,500億ドルに引き上げたことが背景にある。
  3. 最終規則によって、総資産1,000億ドル以上の米国銀行、外国銀行はリスク・プロファイルに応じて「カテゴリーI」から「カテゴリーIV」までの4つのカテゴリーに区分され、各々のカテゴリーに応じて厳格さの異なる自己資本規制や流動性規制、ストレス・テストの要件等が課せられることとなる。
  4. 金融危機以降、FRBはプルーデンス規制に銀行のリスク・プロファイルを反映させる取組みを行ってきた。今般のテイラード・アプローチによってリスク・プロファイルに応じたカテゴリーが明確化されており、従来に比べてより洗練された枠組みとなったという評価が可能であろう。
  5. ただし、外国銀行の扱いに関しては議論がある。特に具体的な争点となっているのが、外国銀行の米国支店に対して標準化された流動規制を適用するか否かの検討である。最終規則では具体的な措置は見送られたが、FRBは数カ月以内に検討する方針を明らかにしている。また、外国銀行の扱いについては、金融危機後の金融規制改革の重大な副作用として認識されている市場の分断につながるとの指摘もあり、最終規則が適用された後のFRBによる規制の合理性の検証が期待される。
米国で最も便利な銀行とは 淵田 康之
  1. グローバル金融危機後、米国では国内リテール業務に強い金融機関のプレゼンスが高まっている。外資系金融機関のなかでも、カナダのトロント・ドミニオンバンク・グループ(TDバンク・グループ)傘下のTDバンクは、米国内でリテール業務に注力することで顕著な成長を遂げている。
  2. 各国の多くの金融機関は、世界の金融ビジネスの中心である米国市場に進出し、業務拡大を目指してきた。しかし今日、日系や欧州系の金融機関の多くは、過去の一時期に比べ、米国市場における存在感を低下させている。こうしたなかTDバンクは、「米国で最も便利な銀行」を掲げ、米国で最も成功した外資系銀行となったのである。
  3. 金融危機を経て、米国金融市場の重要性はむしろ高まった。プラスの金利が維持され、預金・貸出など正常な金融ビジネスが成り立つ、世界で数少ない市場の一つとなったからである。TDバンクは、やはり経済が底堅く推移し、また安定した金融システムを持つカナダをマザーマーケットとしつつ、米国でリテール金融業務を拡大することにより、グループ全体の企業価値向上に寄与している。
  4. TDバンク・グループは、TDアメリトレードを通じて、米国におけるリテール証券ビジネスでも存在感を示してきた。そして2019年、取引手数料ゼロ時代が到来すると、TDアメリトレードをチャールズ・シュワブに売却し、チャールズ・シュワブの大株主となった。
  5. わが国の主要金融機関においても、今後の成長のためには海外ビジネスの拡大が不可欠であるが、その成功には、国内の経済や金融システムの改善・改革が前提となろう。その上で、どれだけ多くの現地ユーザーに、真に必要とされる金融機関となれるかがカギとなろう。
チャールズ・シュワブによるTDアメリトレードの買収
−米国個人向け金融サービス業界への示唆−
岡田 功太
  1. チャールズ・シュワブは2019年11月、TDアメリトレードを買収することを公表した。本件は株式交換で行われ、買収額は約260億ドルに達する。買収完了後のチャールズ・シュワブの預かり資産は約5.1兆ドル、証券口座数は約2,400万口座に達する見込みである(単純合算ベース)。同社は、コスト削減と顧客基盤の強化を推進し、より効率的で大規模な個人向け金融サービス業を追求すると見られる。
  2. 今般の買収の背景として、(1)売買手数料無料化等により事業環境が急激に変化していること、(2)連邦準備制度理事会の利下げの影響によって金利収入が縮小し、更なる預かり資産の拡大の必要性が高まったこと、(3)チャールズ・シュワブが創業当初から掲げてきた経営哲学に基づく「好循環」の一層の強化と整合的であること、が挙げられる。
  3. 買収完了後のチャールズ・シュワブは、独立系ファイナンシャル・アドバイザーである投資顧問業者(RIA)から約2兆ドルの資産を預かることになり、これを契機にRIAの顧客化を巡る大手金融機関の競争が激化する可能性が高い。また、長年、チャールズ・シュワブ及びTDアメリトレードと競合関係にあるイー・トレードを中心に、ディスカウント・ブローカー業界の再編も注目されている。アドバイザリー・フィーの低下と、同サービスに組み入れられるミューチュアルファンド及びETFの低コスト化の可能性も指摘されている。
  4. 今般の買収は、ディスカウント・ブローカー及びRIA向けサービス事業におけるチャールズ・シュワブやフィデリティ・インベストメンツなど、一部の大手金融機関が、より一層巨大化する方向性を示唆しており、今後の動向は注視する必要がある。
上場・非上場の垣根を飛び越えるクロスオーバー投資
−米国ミューチュアルファンドによるプレIPO株式投資の実状−
竹下 智
  1. 上場企業を主な投資対象とするミューチュアルファンドやヘッジファンドによる非上場企業への投資は、上場/非上場の垣根を越えた投資という意味で「クロスオーバー投資」と呼ばれる。近年、米国では非上場企業への投資において、VC以外のミューチュアルファンドやヘッジファンド等の存在が大きくなってきている。特に、IPO前のウーバー・テクノロジーズには55本のミューチュアルファンドが投資を行っていたことが知られている。
  2. クロスオーバー投資家は、レイターステージでの大型の資金調達において主要な投資家の一つであるとともに、アーリーステージの投資家(含む従業員)に流動性を供給する役割を担っている。ミューチュアルファンドが非上場企業への投資を行う理由として、(1)IPOまで待っていると会社の成長サイクルの重要なステージを逃す可能性がある、(2)イノベーションや創造的破壊が起きている産業セクターの評価をするには上場企業および非上場企業の両方を見ておく必要がある、という点があげられる。
  3. 非上場株式は取引所での株価が存在しないため、運用会社毎に投資対象の時価評価を行っている。非上場企業には上場企業に課せられた情報開示等の義務がないため、投資家が独自で情報収集にあたらなければならず、経営状況の監視やバリエーションに費やす時間が必然的に上場企業の場合よりも多くなる。そのため、クロスオーバー投資は分析リソースが豊富な大規模ファンドに適している。
  4. 米国ミューチュアルファンドはすでに日本の非上場企業への投資を行っている。日本国内においても今後、イノベーションの促進、ベンチャー支援策の充実を図る上で、クロスオーバー投資の振興も重要な課題となるのではないか。
米国における退職資産拡充策を巡る議論
−退職保障強化法案(SECURE法案)を中心に−
岡田 功太中村 美江奈
  1. 米国では、長寿化が進行する一方で、ソーシャル・セキュリティ(公的年金)の財政難等の課題がある。こうした中、連邦議会では、超党派の有力議員が、「全地域社会における退職保障強化法案」(通称SECURE法案)を提出した。同法案は、下院で既に可決されており、上院で審議待ちの状態である。
  2. SECURE法案は、2006年年金保護法以来、13年ぶりの本格的な年金制度改革である。2006年年金保護法は、401(k)プランの「自動化」の制度の整備等により、職域の確定拠出年金(DC)プランや個人退職勘定(IRA)の資産の積み立て(アキュミュレーション)促進に寄与した。SECURE法案は、退職プラン加入者のさらなる拡大と、引退後の資産の取り崩し(デキュミュレーション)局面における課題解消等を目指している。
  3. SECURE法案の主な特徴は、第一に、伝統的IRAの拠出年齢制限の廃止といった既存の退職資産形成制度の拡大の促進である。第二に、退職プランへの長期雇用パート従業員の加入促進や、中小企業従業員の退職プラン加入促進を意図した複数雇用主プラン(MEP)の要件緩和等の加入者拡大である。第三に、デキュミュレーションにおけるアニュイティ等の普及促進や、退職後の収入予測といったライフタイム・インカム確保の施策である。
  4. SECURE法案は超党派の支持を得ているものの、成立の可否やタイミングについては、政局次第である。他方、同法案の内容を念頭に、大手資産運用会社等は新たなソリューションの開発を推進している。つまり、SECURE法案は、既に米国リタイアメント市場において新たなダイナミズムを生み出しはじめており、法案の成否と併せて、今後の展開が注目される。
欧州における投信併合
−英国の事例を中心に−
神山 哲也塩島 晋
  1. 日本では、小規模投信(ファンド)が多数存在するという問題に対処するべく、ファンド併合を実施可能にするための制度面の整備が行われてきた。しかし、実績は2019年11月に発表された一件に留まっている。今後、自助努力による資産形成、資産運用の重要性が増していく中、ファンド併合等を通じて運用業界の効率化を図ることは一層求められるようになろう。
  2. 欧州では従来、ファンド併合が月間数十件というペースで行われてきた。EU域内におけるクロスボーダーのファンド併合を促進するための制度整備も行われてきた。EUの制度を国内法化した英国では、スキーム・オブ・アレンジメントと呼ばれる仕組みを用いてファンド併合が行われている。
  3. 英国のファンド併合事例を見ると、目的として、小規模ファンドを併合することによる規模の経済追求等を掲げた上で、ファンド・オブ・ファンズと通常のファンドの併合や、株・債券の組入比率の相違、デリバティブ利用の有無、分配頻度など、ファンドの形態や運用手法は必ずしも近似したものでなくても実施されている。
  4. 英国では、ファンドの規模が最適水準を大幅に下回っていると考えられる場合、運用方法等の細かな相違には拘らず、より総合的な投資家利益への配慮から、規模の経済を優先する姿勢がみられる。日本においてファンド併合を検討する際に、参考になるアプローチであると考えられる。
2020年以降の議決権行使助言会社の助言方針改定 西山 賢吾
  1. 代表的な議決権行使助言会社であるISSとグラス・ルイスの2020年議決権行使助言方針改定内容が明らかになった(改定内容の一部の適用は2021年)。ISSの改定は、(1)政策保有先企業出身の社外役員には「独立性なし」の判断、(2)親会社、支配株主の存在する企業に対する独立社外取締役の増員、の2点、そして、グラス・ルイスでは、東証1、2部対象企業に最低1名以上の女性役員登用を要請、(2)政策保有株式保有水準に関する基準の導入(2021年より)の2点である。
  2. 今回の助言方針改定の特徴として、ISSは社外役員の独立性という観点、グラス・ルイスは保有水準という観点から、それぞれ、政策保有株式を議決権行使助言方針に取り入れたことが挙げられる。従来政策保有株式と議決権行使を関連付けることは難しいと考えられていたが、今回の助言方針改定を受け、機関投資家でも同様な議決権行使助言方針を採用するかどうかが注目される。しかし、現状ではその動きが大きく進むとは考えにくく、エンゲージメントの重要テーマとしてより多くの投資家が取り上げることになるであろう。
  3. 社外取締役の増員も重要なテーマである。これについては、全ての企業に3分の1以上の独立社外取締役を求める機関投資家も出始めてきたが、全体としては支配株主や親会社のある企業などに社外取締役の増員を求める動きがさらに進む一方、全ての企業に求める動きが大きく広がるにはなお時間を要すると考える。
  4. 議決権行使助言会社の影響力に関し話題に上ることが多く、2020年に改訂予定のスチュワードシップ・コードにおいても、議決権行使助言会社に対し、十分かつ適切な人的・組織体制の整備とそれを含む助言策定プロセスの具体的な公表などが求められている。その背景には、機関投資家の議決権行使を助言会社が決めている、すなわち、議決権行使助言会社の助言方針をそのまま機関投資家が取り入れているという誤解があると推察されるが、実際には、「機関投資家の議決権行使に対する意見や考え方のコンセンサスが議決権行使助言会社の助言方針」となっているといえるであろう。
気候変動対策で世界のリーダーを目指す「欧州グリーンディール」 江夏 あかね磯部 昌吾
  1. 欧州連合(EU)の執行機関である欧州委員会は2019年12月11日、脱炭素と経済成長の両立を図ることを目的とした工程表である「欧州グリーンディール」を公表した。同工程表は、2019年12月1日に就任したフォンデアライエン欧州委員長が最優先政策に掲げる気候変動対策の一環として位置付けられる。
  2. 欧州グリーンディールで注目されるのは、気候関連目標への野心的なアプローチ、低炭素経済社会への移行に関する支援、サステナブルファイナンス戦略の3点である。2020年第3四半期に公表予定のサステナブルファイナンス戦略では、(1)サステナブル投資に関する基盤強化、(2)サステナブル投資に関する特定可能性及び信頼性向上、(3)気候・環境リスクの金融システムへの組み入れ、といった3つの方針が掲げられた。
  3. 欧州グリーンディールは、基本的にはEU域内を対象としているものの、日本を含めたEU域外の国・地域に影響が及ぶ可能性が高いことが示唆された。同時に、欧州グリーンディールの実現に向けて、サステナブルファイナンス戦略を通じて、金融市場にもタクソノミー、開示、ラベル、EUグリーンボンド基準(EU GBS)、健全性規制といった複数の側面から影響が及ぶ可能性があることも示された。
  4. 世界に先駆けて包括的な気候変動対策に取り組むEUが示した欧州グリーンディールの各項目に関する今後の進捗や実効性等に対して、世界各国の政府、産業界、金融市場から注目が集まる状況が続くと想定される。
欧州公的年金基金の気候変動への対応
−スウェーデンAP基金、仏FRR、ノルウェーGPFGの事例を中心に−
林 宏美
  1. 金融安定理事会(FSB)の下部組織であるTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)が2017年6月に公表した最終提言(TCFD最終提言)では、インベストメントチェーンの頂点に位置付けられる年金基金等のアセット・オーナーも、投資先企業による取り組みを促す役割を果たすべく、一定の情報開示が求められている。2018年11月に英国のNGOが大規模な公的年金基金の取り組み状況を評価した報告書では、TCFD最終提言に則した情報を開示しているか、開示する方針にある年金基金が全体の17%にとどまった。
  2. 気候変動への取り組みが高く評価されている欧州公的年金の事例としては、スウェーデンのAP基金、フランスのFRR、ノルウェーGPFG等が挙げられる。AP基金は、2019年、法律により責任投資と高いリターン追求の両立が求められるようになった。AP基金やFRRは、再生可能エネルギー事業等への投資を可能とする取り組みを推進しているほか、指数提供業者との提携を通じて低炭素関連指標の開発・拡充を進めるなど、様々な活動を展開しはじめている。
  3. 欧州の公的年金基金による気候変動への対応としては、従来化石燃料企業からの投資引き揚げ(ダイベストメント)を通じて、気候リスクの低減を図る動きが目立っていたが、近年はその取り組みが多様化している。ダイベストメントよりもエンゲージメントや議決権行使などを通じて、企業に気候変動への対応を促す傾向が前面に出ている。また、再生可能エネルギー事業等への投資を拡大できるよう、運用方針を変更する動きも目立つ。
  4. 大規模な公的年金による気候変動への取り組みは、他の機関投資家に及ぼすシグナル効果が大きいと見られる。それらの取り組みが、気候変動によるリスクや機会を示す各種指標データの蓄積、標準化など、上記に挙げた課題解消に寄与することも期待される。
トランジションボンドの登場とサステナブルファイナンスの新潮流 江夏 あかね
  1. トランジションボンドは、一般的に、二酸化炭素排出量等の観点からグリーンボンドの発行基準を満たさないものの、低炭素経済社会等に移行(トランジション)するためのプロジェクトを資金使途とする債券を指す。
  2. トランジションボンドが誕生した背景としては、金融市場において、開示、経済活動の分類、ベンチマーク等、複数の分野で、「トランジション(移行)」がテーマとして注目を集めつつあることが挙げられる。そして、フランスの大手運用機関アクサ・インベストメント・マネージャーズ(アクサIM)が2019年6月にガイドラインを公表、クレディ・スイスと気候債券イニシアチブ(CBI)が2019年9月に「サステナブル・トランジションボンド」に関するパートナーシップ締結、といった動きもある。
  3. トランジションボンド及び同市場が健全に発展していくためには、発行体によるサステナビリティ戦略へのコミットメントを通じて市場の信認を得ることが大前提になるほか、グリーンボンド等と同様に、レポーティング等を通じて、投資家が環境・社会面でのインパクトを適切に把握できるように透明性を確保することが重要と思われる。
EUにおける自己資本規制へのESGリスク反映の議論
−アクション・プランを示した欧州銀行監督機構−
磯部 昌吾
  1. 欧州連合(EU)において気候変動問題への関心が増々高まる中、欧州銀行監督機構(EBA)は、2019年12月6日にサステナブル・ファイナンスに関するアクション・プランを公表し、自己資本規制における環境・社会・ガバナンス(ESG)リスクの反映に関する検討スケジュールを明らかにした。
  2. 気候変動問題への対応には多額の追加投資が必要となることから、銀行の金融仲介機能を通じて、民間資金が気候変動対応に回るように促していく上で、自己資本規制におけるESGリスクの反映は、重要な政策手段の1つとなる可能性がある。
  3. EBAは、自己資本規制の3つの柱におけるESGリスクの反映を検討した上で、欧州委員会等への報告やガイドライン・細則案の策定を行う予定である。特に、第1の柱(最低基準)については、評価の複雑性と潜在的な影響の大きさを踏まえて、2025年6月までという長い評価期間を設けているのが特徴的である。
  4. 欧州の規制当局の見解は一枚岩ではなく、まずはEBAの検討結果が待たれるところである。EUが独自に自己資本規制にESGリスクを組み入れる場合には、EUの銀行の与信行動に影響を与えるであろう。また、EU域外の銀行との間で資本賦課に差が出るようであれば、国際競争上の問題が生じる可能性も考えられ、その場合には他の国においても同様の措置が取られるかが論点となってこよう。EUにおける議論とEU域外への波及の可能性を今後も注視する必要があるだろう。
中央銀行デジタル通貨の発行を目指す中国
−予想されるマクロ面での影響−
関 志雄
  1. 中国では、中央銀行デジタル通貨(CBDC)の発行は、構想から実行の段階に移ろうとしている。中国が導入しようとするCBDCは、だれでもアクセスでき、決済が仲介機関を経由しない「リテール・トークン型」である。その特徴は、(1)現金(M0)の代替、(2)中央銀行と利用者の間に商業銀行などの仲介機関が入る二層構造の運営体制、(3)特定の技術に限定しない、(4)無利子、(5)「制御可能な匿名性」に基づく個人情報の取り扱い、(6)オフライン決済が可能、である。
  2. 現段階の構想通りに、CBDCが無利子で、現金の代替にとどまる場合、その導入によってもたらされる金融政策と金融システムへの影響はそれほど大きくない。しかし、金利が付き、現金だけでなく銀行預金も代替の対象となるCBDCが発行される場合、金融政策の有効性は高まる一方で、金融システムにおける銀行の地盤沈下は加速しかねない。
  3. CBDCの発行は、人民元の利便性の向上を通じて、人民元の国際化に寄与すると期待されている。しかし、厳しい資本規制が維持され、CBDCもその対象になると予想される以上、その効果は限定的であろう。
  4. 中国は、CBDCを本格的に導入する最初の国になりそうである。それに向けて、綿密に構想を練っており、実行に移ってからも慎重な姿勢は変わらないと予想される。最終的に、中国において、現金が完全にCBDCに取って代わられ、キャッシュレス社会が実現されるだろうが、そこまでの道のりはまだ遠い。
時流 金融規制のNext Step 上智大学法科大学院教授 森下 哲朗

金融審議会のスタディ・グループやワーキング・グループでは新たな金融規制のあり方についての議論が行われてきた。そこでは、今後の金融規制のあるべき姿として、イノベーションの促進と利用者利便の向上に資する規制体系であること、同一の機能・同一のリスクには同一のルールを適用すること、といった基本的な方向性が示されている。具体的な規制の見直しという観点でも、決済分野等で一定の成果が出ており今後の活用が期待される。同時に、今後の検討課題も多い。産官学が一体となって知恵を出し合ってより良い金融規制を構築していく必要がある。

地方公共団体と地方銀行
−指定金融機関制度の変遷と今後の展望−
江夏 あかね
  1. 地方公共団体と地方銀行は、指定金融機関制度等を通じて深い関係を長らく築いており、互いに地域経済社会にとって不可欠な存在となっている。しかし、金融市場環境や地域経済社会の構造が移り変わる中、1990年代後半頃からその関係が変化する傾向が見られている。特に、2010年代半ば頃からの金利水準の継続的な低下も相まって、地方公共団体向けビジネスから距離を置くことを検討する金融機関が出現するなど、かつてに比べて厳しいものとなりつつある。
  2. 地方公共団体が中長期的に行財政の持続可能性を維持する上では、(1)国の厳しい財政状況、(2)地方公共団体による社会保障や公共施設等の適正化といった喫緊の施策への取り組み、といった課題を克服することが必要と考えられる。
  3. 地方経済社会の持続可能性を確保するためには、それらに加え、幅広い意味での地方創生や持続可能な開発目標(SDGs)達成に向けた取り組みを進めることも求められる。ただし、地方創生やSDGsも含めた取り組みを、地方公共団体のみで包括的に進めることは困難であり、地方銀行等と連携し、地方が抱える課題を解決していくことが重要である。
  4. 地方公共団体と地方銀行の双方が連携するメリットを感じ、持続的な関係を築くためには、地域をめぐる問題意識の共有、経済合理性の確保、域内の付加価値を創出する取り組みでの協働といった点がカギになろう。そのような観点から、地方公共団体と地方銀行がメリットを感じて連携可能な分野としては、例えば、公共施設等の適正管理、地域中小企業におけるSDGs支援といったものが挙げられる。
注目される地方銀行によるグリーンボンドの発行 富永 健司
  1. 世界の金融市場において、環境・社会・ガバナンス(ESG)を重視する投資概念の浸透、パリ協定や持続可能な開発目標(SDGs)等の国際合意を背景に、グリーンボンドの発行が伸びている。日本においても2017年頃からグリーンボンドの発行が増加している。これまで、日本の銀行によるグリーンボンドの発行は政府系金融機関やメガバンク等が中心となっていたが、このたび新たに地方銀行がグリーンボンドを発行した。具体的には、群馬銀行が2019年11月に国内の地方銀行として初めて発行し、その後、名古屋銀行が2019年12月に発行した。
  2. 日本においては近年、ESG金融における間接金融の重要性に対する認識が高まっている。そのような中で、地方銀行は、(1)担当主幹部署の設置、(2)プロジェクトチームの組成、(3)行動宣言や行動憲章の制定、(4)ESG/SDGsを意識した投資方針の制定、(5)ESG/SDGsを意識した融資方針の制定、などの形で取り組みを進めている。
  3. これらに加えて地方銀行は、地方経済・社会の中心的な担い手として、地方創生に関する取り組みも行っており、元々ESG/SDGs金融との親和性が高かったと言える。グリーンボンドの発行は、資本調達面におけるESG/SDGsへの対応という観点で考えることができる。
  4. 群馬銀行と名古屋銀行の発行事例で共通しているのは、規制資本の充実を目的とした社債発行を通じて、(1)組織として注力するESG/SDGsへの取り組みについての資本調達面からの拡充、(2)グリーンボンドの発行による幅広い業態の投資家層へのアクセス、を実現したことである。地方銀行セクターにおいては、ESG/SDGsへの取り組みが進む中で、今後グリーンボンド発行という手法が活用されるようになるのか注目される。グリーンボンドを通じた融資等が、地方銀行ビジネスの活性化へ貢献し、同時に環境・地域社会へのインパクトを創出するのかといった点も今後さらなる議論が求められよう。
米国地域金融機関の証券ビジネスを支援するLPLファイナンシャル 下山 貴史岡田 功太
  1. LPLファイナンシャルは、全米最大級のファイナンシャル・アドバイザー向け証券取引サービス提供会社として知られている。同社は、地銀、信用組合、独立系ファイナンシャル・アドバイザー(IFA会社)に所属する約1万6,100名のファイナンシャル・アドバイザーに、証券取引及び証券事業支援サービスを提供している。それらのファイナンシャル・アドバイザーは、主に地方で営業活動に従事していることから、LPLファイナンシャルは、地域金融機関の証券ビジネスを支援している存在とも言える。
  2. 同社は、ブローカレッジ・サービスとアドバイザリー・サービスを提供するが、近年は投資アドバイスの対価としてフィーを受け取るアドバイザリー・サービスに注力している。また、ファイナンシャル・アドバイザーの業務効率化を目的としたテクノロジー・ツール等の提供も行っており、2019年のテクノロジー投資額を約1億5,000万ドルに決定し、同ツールの拡充を図っている。
  3. LPLファイナンシャルは、上記のサービスを通じて、多様な地域金融機関に属するファイナンシャル・アドバイザーを支援している。同社との提携を通じて、非金利収入を増加させた地域金融機関、収益源の多角化を図る銀行、顧客との関係強化や業務効率化を実現した小規模信用組合やIFA会社など様々である。
  4. LPLファイナンシャルの成長は、大手証券会社が有するミドルオフィス及びバックオフィス機能を、サービスとして社外に提供することで収益化できる可能性を示唆すると共に、地域金融機関にとって同サービスが魅力的であることを意味している。LPLファイナンシャルのようなサービス提供者は、米国の幅広い地域において、顧客に対して適切なファイナンシャル・アドバイスが提供されるためにも、欠かせない存在と言えよう。
金融包摂を促進する重要な役割を担うフィリピンの地域金融機関 北野 陽平武井 悠輔
  1. フィリピンは、堅調な経済成長を持続させ、より包摂的な発展を実現するべく、国民の幅広い金融包摂を推進している。同国において金融機関口座を保有する15歳以上人口の割合は2017年時点で32%で、地方では26%に留まり、多くの地方自治体では銀行が設置されていない。そのような中、フィリピン中央銀行(BSP)は、銀行サービスが提供されていない地方自治体の割合を2020年までに20%へと引き下げることを目指している。
  2. フィリピンの銀行は、ユニバーサルバンク、商業銀行、貯蓄銀行、農村銀行、協同組合銀行に分類される。このうち、農村銀行は、地方における金融包摂を促進する重要な役割を担うと期待されている。地方居住者の資金需要に対応するため、BSP主導で農村銀行のプレゼンス強化に向けた取り組みが進められてきた結果、農村銀行の店舗数は1999年末の1,778店から2019年9月末には3,048店となり、融資残高は同期間に3.6倍に増加した。
  3. 金融包摂の促進には決済サービスの利用拡大も課題となる中、全国レベルで国民による安価、効率的、安全、信頼性の高い決済を可能にする仕組みの構築を目指して、「国家リテール決済システム(NRPS)」が2015年に導入された。現状、NRPSは地方では普及が進んでおらず、農村銀行間の送金・決済システムも接続されていない。そうした中、ブロックチェーン技術の活用により、農村銀行間の直接送金や効率的な国際送金を可能にするプロジェクトが進められている。
  4. 農村銀行は、より安価で金融サービスを提供するためのテクノロジーの活用にも取り組み始めている。例えば、足下では、ITコスト及びオペレーションコストの削減等を目的として、クラウドベースの勘定系システムを導入する動きが見られる。地方では、ITの利用環境は都市部に比べ総じて遅れているものの、将来的には、都市部で始まっている金融サービスのデジタル化が広がっていく可能性もある。今後、フィリピンにおける地域金融機関のサービスが、どのような発展を遂げるのか注目される。
最終化された米国の大手銀行規制の見直し
−リスク・プロファイルに応じたプルーデンス規制の再構築−
小立 敬
  1. 米国FRBは2019年10月、銀行のリスク・プロファイルをプルーデンス規制の枠組みに反映させるテイラード・アプローチの下、総資産1,000億ドル以上の米国銀行および外国銀行のプルーデンス規制の枠組みを改定する最終規則を公表し、2019年末から適用を開始した。
  2. 従来はドッド=フランク法に基づいて、総資産500億ドル以上の銀行持株会社には厳格なプルーデンス規制が適用されてきたが、トランプ政権の下、2018年5月に成立した経済成長・規制緩和・消費者保護法が、厳格なプルーデンス規制の適用基準を総資産500億ドルから2,500億ドルに引き上げたことが背景にある。
  3. 最終規則によって、総資産1,000億ドル以上の米国銀行、外国銀行はリスク・プロファイルに応じて「カテゴリーI」から「カテゴリーIV」までの4つのカテゴリーに区分され、各々のカテゴリーに応じて厳格さの異なる自己資本規制や流動性規制、ストレス・テストの要件等が課せられることとなる。
  4. 金融危機以降、FRBはプルーデンス規制に銀行のリスク・プロファイルを反映させる取組みを行ってきた。今般のテイラード・アプローチによってリスク・プロファイルに応じたカテゴリーが明確化されており、従来に比べてより洗練された枠組みとなったという評価が可能であろう。
  5. ただし、外国銀行の扱いに関しては議論がある。特に具体的な争点となっているのが、外国銀行の米国支店に対して標準化された流動規制を適用するか否かの検討である。最終規則では具体的な措置は見送られたが、FRBは数カ月以内に検討する方針を明らかにしている。また、外国銀行の扱いについては、金融危機後の金融規制改革の重大な副作用として認識されている市場の分断につながるとの指摘もあり、最終規則が適用された後のFRBによる規制の合理性の検証が期待される。
米国で最も便利な銀行とは 淵田 康之
  1. グローバル金融危機後、米国では国内リテール業務に強い金融機関のプレゼンスが高まっている。外資系金融機関のなかでも、カナダのトロント・ドミニオンバンク・グループ(TDバンク・グループ)傘下のTDバンクは、米国内でリテール業務に注力することで顕著な成長を遂げている。
  2. 各国の多くの金融機関は、世界の金融ビジネスの中心である米国市場に進出し、業務拡大を目指してきた。しかし今日、日系や欧州系の金融機関の多くは、過去の一時期に比べ、米国市場における存在感を低下させている。こうしたなかTDバンクは、「米国で最も便利な銀行」を掲げ、米国で最も成功した外資系銀行となったのである。
  3. 金融危機を経て、米国金融市場の重要性はむしろ高まった。プラスの金利が維持され、預金・貸出など正常な金融ビジネスが成り立つ、世界で数少ない市場の一つとなったからである。TDバンクは、やはり経済が底堅く推移し、また安定した金融システムを持つカナダをマザーマーケットとしつつ、米国でリテール金融業務を拡大することにより、グループ全体の企業価値向上に寄与している。
  4. TDバンク・グループは、TDアメリトレードを通じて、米国におけるリテール証券ビジネスでも存在感を示してきた。そして2019年、取引手数料ゼロ時代が到来すると、TDアメリトレードをチャールズ・シュワブに売却し、チャールズ・シュワブの大株主となった。
  5. わが国の主要金融機関においても、今後の成長のためには海外ビジネスの拡大が不可欠であるが、その成功には、国内の経済や金融システムの改善・改革が前提となろう。その上で、どれだけ多くの現地ユーザーに、真に必要とされる金融機関となれるかがカギとなろう。
チャールズ・シュワブによるTDアメリトレードの買収
−米国個人向け金融サービス業界への示唆−
岡田 功太
  1. チャールズ・シュワブは2019年11月、TDアメリトレードを買収することを公表した。本件は株式交換で行われ、買収額は約260億ドルに達する。買収完了後のチャールズ・シュワブの預かり資産は約5.1兆ドル、証券口座数は約2,400万口座に達する見込みである(単純合算ベース)。同社は、コスト削減と顧客基盤の強化を推進し、より効率的で大規模な個人向け金融サービス業を追求すると見られる。
  2. 今般の買収の背景として、(1)売買手数料無料化等により事業環境が急激に変化していること、(2)連邦準備制度理事会の利下げの影響によって金利収入が縮小し、更なる預かり資産の拡大の必要性が高まったこと、(3)チャールズ・シュワブが創業当初から掲げてきた経営哲学に基づく「好循環」の一層の強化と整合的であること、が挙げられる。
  3. 買収完了後のチャールズ・シュワブは、独立系ファイナンシャル・アドバイザーである投資顧問業者(RIA)から約2兆ドルの資産を預かることになり、これを契機にRIAの顧客化を巡る大手金融機関の競争が激化する可能性が高い。また、長年、チャールズ・シュワブ及びTDアメリトレードと競合関係にあるイー・トレードを中心に、ディスカウント・ブローカー業界の再編も注目されている。アドバイザリー・フィーの低下と、同サービスに組み入れられるミューチュアルファンド及びETFの低コスト化の可能性も指摘されている。
  4. 今般の買収は、ディスカウント・ブローカー及びRIA向けサービス事業におけるチャールズ・シュワブやフィデリティ・インベストメンツなど、一部の大手金融機関が、より一層巨大化する方向性を示唆しており、今後の動向は注視する必要がある。
上場・非上場の垣根を飛び越えるクロスオーバー投資
−米国ミューチュアルファンドによるプレIPO株式投資の実状−
竹下 智
  1. 上場企業を主な投資対象とするミューチュアルファンドやヘッジファンドによる非上場企業への投資は、上場/非上場の垣根を越えた投資という意味で「クロスオーバー投資」と呼ばれる。近年、米国では非上場企業への投資において、VC以外のミューチュアルファンドやヘッジファンド等の存在が大きくなってきている。特に、IPO前のウーバー・テクノロジーズには55本のミューチュアルファンドが投資を行っていたことが知られている。
  2. クロスオーバー投資家は、レイターステージでの大型の資金調達において主要な投資家の一つであるとともに、アーリーステージの投資家(含む従業員)に流動性を供給する役割を担っている。ミューチュアルファンドが非上場企業への投資を行う理由として、(1)IPOまで待っていると会社の成長サイクルの重要なステージを逃す可能性がある、(2)イノベーションや創造的破壊が起きている産業セクターの評価をするには上場企業および非上場企業の両方を見ておく必要がある、という点があげられる。
  3. 非上場株式は取引所での株価が存在しないため、運用会社毎に投資対象の時価評価を行っている。非上場企業には上場企業に課せられた情報開示等の義務がないため、投資家が独自で情報収集にあたらなければならず、経営状況の監視やバリエーションに費やす時間が必然的に上場企業の場合よりも多くなる。そのため、クロスオーバー投資は分析リソースが豊富な大規模ファンドに適している。
  4. 米国ミューチュアルファンドはすでに日本の非上場企業への投資を行っている。日本国内においても今後、イノベーションの促進、ベンチャー支援策の充実を図る上で、クロスオーバー投資の振興も重要な課題となるのではないか。
米国における退職資産拡充策を巡る議論
−退職保障強化法案(SECURE法案)を中心に−
岡田 功太中村 美江奈
  1. 米国では、長寿化が進行する一方で、ソーシャル・セキュリティ(公的年金)の財政難等の課題がある。こうした中、連邦議会では、超党派の有力議員が、「全地域社会における退職保障強化法案」(通称SECURE法案)を提出した。同法案は、下院で既に可決されており、上院で審議待ちの状態である。
  2. SECURE法案は、2006年年金保護法以来、13年ぶりの本格的な年金制度改革である。2006年年金保護法は、401(k)プランの「自動化」の制度の整備等により、職域の確定拠出年金(DC)プランや個人退職勘定(IRA)の資産の積み立て(アキュミュレーション)促進に寄与した。SECURE法案は、退職プラン加入者のさらなる拡大と、引退後の資産の取り崩し(デキュミュレーション)局面における課題解消等を目指している。
  3. SECURE法案の主な特徴は、第一に、伝統的IRAの拠出年齢制限の廃止といった既存の退職資産形成制度の拡大の促進である。第二に、退職プランへの長期雇用パート従業員の加入促進や、中小企業従業員の退職プラン加入促進を意図した複数雇用主プラン(MEP)の要件緩和等の加入者拡大である。第三に、デキュミュレーションにおけるアニュイティ等の普及促進や、退職後の収入予測といったライフタイム・インカム確保の施策である。
  4. SECURE法案は超党派の支持を得ているものの、成立の可否やタイミングについては、政局次第である。他方、同法案の内容を念頭に、大手資産運用会社等は新たなソリューションの開発を推進している。つまり、SECURE法案は、既に米国リタイアメント市場において新たなダイナミズムを生み出しはじめており、法案の成否と併せて、今後の展開が注目される。
欧州における投信併合
−英国の事例を中心に−
神山 哲也塩島 晋
  1. 日本では、小規模投信(ファンド)が多数存在するという問題に対処するべく、ファンド併合を実施可能にするための制度面の整備が行われてきた。しかし、実績は2019年11月に発表された一件に留まっている。今後、自助努力による資産形成、資産運用の重要性が増していく中、ファンド併合等を通じて運用業界の効率化を図ることは一層求められるようになろう。
  2. 欧州では従来、ファンド併合が月間数十件というペースで行われてきた。EU域内におけるクロスボーダーのファンド併合を促進するための制度整備も行われてきた。EUの制度を国内法化した英国では、スキーム・オブ・アレンジメントと呼ばれる仕組みを用いてファンド併合が行われている。
  3. 英国のファンド併合事例を見ると、目的として、小規模ファンドを併合することによる規模の経済追求等を掲げた上で、ファンド・オブ・ファンズと通常のファンドの併合や、株・債券の組入比率の相違、デリバティブ利用の有無、分配頻度など、ファンドの形態や運用手法は必ずしも近似したものでなくても実施されている。
  4. 英国では、ファンドの規模が最適水準を大幅に下回っていると考えられる場合、運用方法等の細かな相違には拘らず、より総合的な投資家利益への配慮から、規模の経済を優先する姿勢がみられる。日本においてファンド併合を検討する際に、参考になるアプローチであると考えられる。
2020年以降の議決権行使助言会社の助言方針改定 西山 賢吾
  1. 代表的な議決権行使助言会社であるISSとグラス・ルイスの2020年議決権行使助言方針改定内容が明らかになった(改定内容の一部の適用は2021年)。ISSの改定は、(1)政策保有先企業出身の社外役員には「独立性なし」の判断、(2)親会社、支配株主の存在する企業に対する独立社外取締役の増員、の2点、そして、グラス・ルイスでは、東証1、2部対象企業に最低1名以上の女性役員登用を要請、(2)政策保有株式保有水準に関する基準の導入(2021年より)の2点である。
  2. 今回の助言方針改定の特徴として、ISSは社外役員の独立性という観点、グラス・ルイスは保有水準という観点から、それぞれ、政策保有株式を議決権行使助言方針に取り入れたことが挙げられる。従来政策保有株式と議決権行使を関連付けることは難しいと考えられていたが、今回の助言方針改定を受け、機関投資家でも同様な議決権行使助言方針を採用するかどうかが注目される。しかし、現状ではその動きが大きく進むとは考えにくく、エンゲージメントの重要テーマとしてより多くの投資家が取り上げることになるであろう。
  3. 社外取締役の増員も重要なテーマである。これについては、全ての企業に3分の1以上の独立社外取締役を求める機関投資家も出始めてきたが、全体としては支配株主や親会社のある企業などに社外取締役の増員を求める動きがさらに進む一方、全ての企業に求める動きが大きく広がるにはなお時間を要すると考える。
  4. 議決権行使助言会社の影響力に関し話題に上ることが多く、2020年に改訂予定のスチュワードシップ・コードにおいても、議決権行使助言会社に対し、十分かつ適切な人的・組織体制の整備とそれを含む助言策定プロセスの具体的な公表などが求められている。その背景には、機関投資家の議決権行使を助言会社が決めている、すなわち、議決権行使助言会社の助言方針をそのまま機関投資家が取り入れているという誤解があると推察されるが、実際には、「機関投資家の議決権行使に対する意見や考え方のコンセンサスが議決権行使助言会社の助言方針」となっているといえるであろう。
気候変動対策で世界のリーダーを目指す「欧州グリーンディール」 江夏 あかね磯部 昌吾
  1. 欧州連合(EU)の執行機関である欧州委員会は2019年12月11日、脱炭素と経済成長の両立を図ることを目的とした工程表である「欧州グリーンディール」を公表した。同工程表は、2019年12月1日に就任したフォンデアライエン欧州委員長が最優先政策に掲げる気候変動対策の一環として位置付けられる。
  2. 欧州グリーンディールで注目されるのは、気候関連目標への野心的なアプローチ、低炭素経済社会への移行に関する支援、サステナブルファイナンス戦略の3点である。2020年第3四半期に公表予定のサステナブルファイナンス戦略では、(1)サステナブル投資に関する基盤強化、(2)サステナブル投資に関する特定可能性及び信頼性向上、(3)気候・環境リスクの金融システムへの組み入れ、といった3つの方針が掲げられた。
  3. 欧州グリーンディールは、基本的にはEU域内を対象としているものの、日本を含めたEU域外の国・地域に影響が及ぶ可能性が高いことが示唆された。同時に、欧州グリーンディールの実現に向けて、サステナブルファイナンス戦略を通じて、金融市場にもタクソノミー、開示、ラベル、EUグリーンボンド基準(EU GBS)、健全性規制といった複数の側面から影響が及ぶ可能性があることも示された。
  4. 世界に先駆けて包括的な気候変動対策に取り組むEUが示した欧州グリーンディールの各項目に関する今後の進捗や実効性等に対して、世界各国の政府、産業界、金融市場から注目が集まる状況が続くと想定される。
欧州公的年金基金の気候変動への対応
−スウェーデンAP基金、仏FRR、ノルウェーGPFGの事例を中心に−
林 宏美
  1. 金融安定理事会(FSB)の下部組織であるTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)が2017年6月に公表した最終提言(TCFD最終提言)では、インベストメントチェーンの頂点に位置付けられる年金基金等のアセット・オーナーも、投資先企業による取り組みを促す役割を果たすべく、一定の情報開示が求められている。2018年11月に英国のNGOが大規模な公的年金基金の取り組み状況を評価した報告書では、TCFD最終提言に則した情報を開示しているか、開示する方針にある年金基金が全体の17%にとどまった。
  2. 気候変動への取り組みが高く評価されている欧州公的年金の事例としては、スウェーデンのAP基金、フランスのFRR、ノルウェーGPFG等が挙げられる。AP基金は、2019年、法律により責任投資と高いリターン追求の両立が求められるようになった。AP基金やFRRは、再生可能エネルギー事業等への投資を可能とする取り組みを推進しているほか、指数提供業者との提携を通じて低炭素関連指標の開発・拡充を進めるなど、様々な活動を展開しはじめている。
  3. 欧州の公的年金基金による気候変動への対応としては、従来化石燃料企業からの投資引き揚げ(ダイベストメント)を通じて、気候リスクの低減を図る動きが目立っていたが、近年はその取り組みが多様化している。ダイベストメントよりもエンゲージメントや議決権行使などを通じて、企業に気候変動への対応を促す傾向が前面に出ている。また、再生可能エネルギー事業等への投資を拡大できるよう、運用方針を変更する動きも目立つ。
  4. 大規模な公的年金による気候変動への取り組みは、他の機関投資家に及ぼすシグナル効果が大きいと見られる。それらの取り組みが、気候変動によるリスクや機会を示す各種指標データの蓄積、標準化など、上記に挙げた課題解消に寄与することも期待される。
トランジションボンドの登場とサステナブルファイナンスの新潮流 江夏 あかね
  1. トランジションボンドは、一般的に、二酸化炭素排出量等の観点からグリーンボンドの発行基準を満たさないものの、低炭素経済社会等に移行(トランジション)するためのプロジェクトを資金使途とする債券を指す。
  2. トランジションボンドが誕生した背景としては、金融市場において、開示、経済活動の分類、ベンチマーク等、複数の分野で、「トランジション(移行)」がテーマとして注目を集めつつあることが挙げられる。そして、フランスの大手運用機関アクサ・インベストメント・マネージャーズ(アクサIM)が2019年6月にガイドラインを公表、クレディ・スイスと気候債券イニシアチブ(CBI)が2019年9月に「サステナブル・トランジションボンド」に関するパートナーシップ締結、といった動きもある。
  3. トランジションボンド及び同市場が健全に発展していくためには、発行体によるサステナビリティ戦略へのコミットメントを通じて市場の信認を得ることが大前提になるほか、グリーンボンド等と同様に、レポーティング等を通じて、投資家が環境・社会面でのインパクトを適切に把握できるように透明性を確保することが重要と思われる。
EUにおける自己資本規制へのESGリスク反映の議論
−アクション・プランを示した欧州銀行監督機構−
磯部 昌吾
  1. 欧州連合(EU)において気候変動問題への関心が増々高まる中、欧州銀行監督機構(EBA)は、2019年12月6日にサステナブル・ファイナンスに関するアクション・プランを公表し、自己資本規制における環境・社会・ガバナンス(ESG)リスクの反映に関する検討スケジュールを明らかにした。
  2. 気候変動問題への対応には多額の追加投資が必要となることから、銀行の金融仲介機能を通じて、民間資金が気候変動対応に回るように促していく上で、自己資本規制におけるESGリスクの反映は、重要な政策手段の1つとなる可能性がある。
  3. EBAは、自己資本規制の3つの柱におけるESGリスクの反映を検討した上で、欧州委員会等への報告やガイドライン・細則案の策定を行う予定である。特に、第1の柱(最低基準)については、評価の複雑性と潜在的な影響の大きさを踏まえて、2025年6月までという長い評価期間を設けているのが特徴的である。
  4. 欧州の規制当局の見解は一枚岩ではなく、まずはEBAの検討結果が待たれるところである。EUが独自に自己資本規制にESGリスクを組み入れる場合には、EUの銀行の与信行動に影響を与えるであろう。また、EU域外の銀行との間で資本賦課に差が出るようであれば、国際競争上の問題が生じる可能性も考えられ、その場合には他の国においても同様の措置が取られるかが論点となってこよう。EUにおける議論とEU域外への波及の可能性を今後も注視する必要があるだろう。
中央銀行デジタル通貨の発行を目指す中国
−予想されるマクロ面での影響−
関 志雄
  1. 中国では、中央銀行デジタル通貨(CBDC)の発行は、構想から実行の段階に移ろうとしている。中国が導入しようとするCBDCは、だれでもアクセスでき、決済が仲介機関を経由しない「リテール・トークン型」である。その特徴は、(1)現金(M0)の代替、(2)中央銀行と利用者の間に商業銀行などの仲介機関が入る二層構造の運営体制、(3)特定の技術に限定しない、(4)無利子、(5)「制御可能な匿名性」に基づく個人情報の取り扱い、(6)オフライン決済が可能、である。
  2. 現段階の構想通りに、CBDCが無利子で、現金の代替にとどまる場合、その導入によってもたらされる金融政策と金融システムへの影響はそれほど大きくない。しかし、金利が付き、現金だけでなく銀行預金も代替の対象となるCBDCが発行される場合、金融政策の有効性は高まる一方で、金融システムにおける銀行の地盤沈下は加速しかねない。
  3. CBDCの発行は、人民元の利便性の向上を通じて、人民元の国際化に寄与すると期待されている。しかし、厳しい資本規制が維持され、CBDCもその対象になると予想される以上、その効果は限定的であろう。
  4. 中国は、CBDCを本格的に導入する最初の国になりそうである。それに向けて、綿密に構想を練っており、実行に移ってからも慎重な姿勢は変わらないと予想される。最終的に、中国において、現金が完全にCBDCに取って代わられ、キャッシュレス社会が実現されるだろうが、そこまでの道のりはまだ遠い。
要約
時流 金融規制のNext Step 上智大学法科大学院教授 森下 哲朗

金融審議会のスタディ・グループやワーキング・グループでは新たな金融規制のあり方についての議論が行われてきた。そこでは、今後の金融規制のあるべき姿として、イノベーションの促進と利用者利便の向上に資する規制体系であること、同一の機能・同一のリスクには同一のルールを適用すること、といった基本的な方向性が示されている。具体的な規制の見直しという観点でも、決済分野等で一定の成果が出ており今後の活用が期待される。同時に、今後の検討課題も多い。産官学が一体となって知恵を出し合ってより良い金融規制を構築していく必要がある。

地方公共団体と地方銀行
−指定金融機関制度の変遷と今後の展望−
江夏 あかね
  1. 地方公共団体と地方銀行は、指定金融機関制度等を通じて深い関係を長らく築いており、互いに地域経済社会にとって不可欠な存在となっている。しかし、金融市場環境や地域経済社会の構造が移り変わる中、1990年代後半頃からその関係が変化する傾向が見られている。特に、2010年代半ば頃からの金利水準の継続的な低下も相まって、地方公共団体向けビジネスから距離を置くことを検討する金融機関が出現するなど、かつてに比べて厳しいものとなりつつある。
  2. 地方公共団体が中長期的に行財政の持続可能性を維持する上では、(1)国の厳しい財政状況、(2)地方公共団体による社会保障や公共施設等の適正化といった喫緊の施策への取り組み、といった課題を克服することが必要と考えられる。
  3. 地方経済社会の持続可能性を確保するためには、それらに加え、幅広い意味での地方創生や持続可能な開発目標(SDGs)達成に向けた取り組みを進めることも求められる。ただし、地方創生やSDGsも含めた取り組みを、地方公共団体のみで包括的に進めることは困難であり、地方銀行等と連携し、地方が抱える課題を解決していくことが重要である。
  4. 地方公共団体と地方銀行の双方が連携するメリットを感じ、持続的な関係を築くためには、地域をめぐる問題意識の共有、経済合理性の確保、域内の付加価値を創出する取り組みでの協働といった点がカギになろう。そのような観点から、地方公共団体と地方銀行がメリットを感じて連携可能な分野としては、例えば、公共施設等の適正管理、地域中小企業におけるSDGs支援といったものが挙げられる。
注目される地方銀行によるグリーンボンドの発行 富永 健司
  1. 世界の金融市場において、環境・社会・ガバナンス(ESG)を重視する投資概念の浸透、パリ協定や持続可能な開発目標(SDGs)等の国際合意を背景に、グリーンボンドの発行が伸びている。日本においても2017年頃からグリーンボンドの発行が増加している。これまで、日本の銀行によるグリーンボンドの発行は政府系金融機関やメガバンク等が中心となっていたが、このたび新たに地方銀行がグリーンボンドを発行した。具体的には、群馬銀行が2019年11月に国内の地方銀行として初めて発行し、その後、名古屋銀行が2019年12月に発行した。
  2. 日本においては近年、ESG金融における間接金融の重要性に対する認識が高まっている。そのような中で、地方銀行は、(1)担当主幹部署の設置、(2)プロジェクトチームの組成、(3)行動宣言や行動憲章の制定、(4)ESG/SDGsを意識した投資方針の制定、(5)ESG/SDGsを意識した融資方針の制定、などの形で取り組みを進めている。
  3. これらに加えて地方銀行は、地方経済・社会の中心的な担い手として、地方創生に関する取り組みも行っており、元々ESG/SDGs金融との親和性が高かったと言える。グリーンボンドの発行は、資本調達面におけるESG/SDGsへの対応という観点で考えることができる。
  4. 群馬銀行と名古屋銀行の発行事例で共通しているのは、規制資本の充実を目的とした社債発行を通じて、(1)組織として注力するESG/SDGsへの取り組みについての資本調達面からの拡充、(2)グリーンボンドの発行による幅広い業態の投資家層へのアクセス、を実現したことである。地方銀行セクターにおいては、ESG/SDGsへの取り組みが進む中で、今後グリーンボンド発行という手法が活用されるようになるのか注目される。グリーンボンドを通じた融資等が、地方銀行ビジネスの活性化へ貢献し、同時に環境・地域社会へのインパクトを創出するのかといった点も今後さらなる議論が求められよう。
米国地域金融機関の証券ビジネスを支援するLPLファイナンシャル 下山 貴史岡田 功太
  1. LPLファイナンシャルは、全米最大級のファイナンシャル・アドバイザー向け証券取引サービス提供会社として知られている。同社は、地銀、信用組合、独立系ファイナンシャル・アドバイザー(IFA会社)に所属する約1万6,100名のファイナンシャル・アドバイザーに、証券取引及び証券事業支援サービスを提供している。それらのファイナンシャル・アドバイザーは、主に地方で営業活動に従事していることから、LPLファイナンシャルは、地域金融機関の証券ビジネスを支援している存在とも言える。
  2. 同社は、ブローカレッジ・サービスとアドバイザリー・サービスを提供するが、近年は投資アドバイスの対価としてフィーを受け取るアドバイザリー・サービスに注力している。また、ファイナンシャル・アドバイザーの業務効率化を目的としたテクノロジー・ツール等の提供も行っており、2019年のテクノロジー投資額を約1億5,000万ドルに決定し、同ツールの拡充を図っている。
  3. LPLファイナンシャルは、上記のサービスを通じて、多様な地域金融機関に属するファイナンシャル・アドバイザーを支援している。同社との提携を通じて、非金利収入を増加させた地域金融機関、収益源の多角化を図る銀行、顧客との関係強化や業務効率化を実現した小規模信用組合やIFA会社など様々である。
  4. LPLファイナンシャルの成長は、大手証券会社が有するミドルオフィス及びバックオフィス機能を、サービスとして社外に提供することで収益化できる可能性を示唆すると共に、地域金融機関にとって同サービスが魅力的であることを意味している。LPLファイナンシャルのようなサービス提供者は、米国の幅広い地域において、顧客に対して適切なファイナンシャル・アドバイスが提供されるためにも、欠かせない存在と言えよう。
金融包摂を促進する重要な役割を担うフィリピンの地域金融機関 北野 陽平武井 悠輔
  1. フィリピンは、堅調な経済成長を持続させ、より包摂的な発展を実現するべく、国民の幅広い金融包摂を推進している。同国において金融機関口座を保有する15歳以上人口の割合は2017年時点で32%で、地方では26%に留まり、多くの地方自治体では銀行が設置されていない。そのような中、フィリピン中央銀行(BSP)は、銀行サービスが提供されていない地方自治体の割合を2020年までに20%へと引き下げることを目指している。
  2. フィリピンの銀行は、ユニバーサルバンク、商業銀行、貯蓄銀行、農村銀行、協同組合銀行に分類される。このうち、農村銀行は、地方における金融包摂を促進する重要な役割を担うと期待されている。地方居住者の資金需要に対応するため、BSP主導で農村銀行のプレゼンス強化に向けた取り組みが進められてきた結果、農村銀行の店舗数は1999年末の1,778店から2019年9月末には3,048店となり、融資残高は同期間に3.6倍に増加した。
  3. 金融包摂の促進には決済サービスの利用拡大も課題となる中、全国レベルで国民による安価、効率的、安全、信頼性の高い決済を可能にする仕組みの構築を目指して、「国家リテール決済システム(NRPS)」が2015年に導入された。現状、NRPSは地方では普及が進んでおらず、農村銀行間の送金・決済システムも接続されていない。そうした中、ブロックチェーン技術の活用により、農村銀行間の直接送金や効率的な国際送金を可能にするプロジェクトが進められている。
  4. 農村銀行は、より安価で金融サービスを提供するためのテクノロジーの活用にも取り組み始めている。例えば、足下では、ITコスト及びオペレーションコストの削減等を目的として、クラウドベースの勘定系システムを導入する動きが見られる。地方では、ITの利用環境は都市部に比べ総じて遅れているものの、将来的には、都市部で始まっている金融サービスのデジタル化が広がっていく可能性もある。今後、フィリピンにおける地域金融機関のサービスが、どのような発展を遂げるのか注目される。
最終化された米国の大手銀行規制の見直し
−リスク・プロファイルに応じたプルーデンス規制の再構築−
小立 敬
  1. 米国FRBは2019年10月、銀行のリスク・プロファイルをプルーデンス規制の枠組みに反映させるテイラード・アプローチの下、総資産1,000億ドル以上の米国銀行および外国銀行のプルーデンス規制の枠組みを改定する最終規則を公表し、2019年末から適用を開始した。
  2. 従来はドッド=フランク法に基づいて、総資産500億ドル以上の銀行持株会社には厳格なプルーデンス規制が適用されてきたが、トランプ政権の下、2018年5月に成立した経済成長・規制緩和・消費者保護法が、厳格なプルーデンス規制の適用基準を総資産500億ドルから2,500億ドルに引き上げたことが背景にある。
  3. 最終規則によって、総資産1,000億ドル以上の米国銀行、外国銀行はリスク・プロファイルに応じて「カテゴリーI」から「カテゴリーIV」までの4つのカテゴリーに区分され、各々のカテゴリーに応じて厳格さの異なる自己資本規制や流動性規制、ストレス・テストの要件等が課せられることとなる。
  4. 金融危機以降、FRBはプルーデンス規制に銀行のリスク・プロファイルを反映させる取組みを行ってきた。今般のテイラード・アプローチによってリスク・プロファイルに応じたカテゴリーが明確化されており、従来に比べてより洗練された枠組みとなったという評価が可能であろう。
  5. ただし、外国銀行の扱いに関しては議論がある。特に具体的な争点となっているのが、外国銀行の米国支店に対して標準化された流動規制を適用するか否かの検討である。最終規則では具体的な措置は見送られたが、FRBは数カ月以内に検討する方針を明らかにしている。また、外国銀行の扱いについては、金融危機後の金融規制改革の重大な副作用として認識されている市場の分断につながるとの指摘もあり、最終規則が適用された後のFRBによる規制の合理性の検証が期待される。
米国で最も便利な銀行とは 淵田 康之
  1. グローバル金融危機後、米国では国内リテール業務に強い金融機関のプレゼンスが高まっている。外資系金融機関のなかでも、カナダのトロント・ドミニオンバンク・グループ(TDバンク・グループ)傘下のTDバンクは、米国内でリテール業務に注力することで顕著な成長を遂げている。
  2. 各国の多くの金融機関は、世界の金融ビジネスの中心である米国市場に進出し、業務拡大を目指してきた。しかし今日、日系や欧州系の金融機関の多くは、過去の一時期に比べ、米国市場における存在感を低下させている。こうしたなかTDバンクは、「米国で最も便利な銀行」を掲げ、米国で最も成功した外資系銀行となったのである。
  3. 金融危機を経て、米国金融市場の重要性はむしろ高まった。プラスの金利が維持され、預金・貸出など正常な金融ビジネスが成り立つ、世界で数少ない市場の一つとなったからである。TDバンクは、やはり経済が底堅く推移し、また安定した金融システムを持つカナダをマザーマーケットとしつつ、米国でリテール金融業務を拡大することにより、グループ全体の企業価値向上に寄与している。
  4. TDバンク・グループは、TDアメリトレードを通じて、米国におけるリテール証券ビジネスでも存在感を示してきた。そして2019年、取引手数料ゼロ時代が到来すると、TDアメリトレードをチャールズ・シュワブに売却し、チャールズ・シュワブの大株主となった。
  5. わが国の主要金融機関においても、今後の成長のためには海外ビジネスの拡大が不可欠であるが、その成功には、国内の経済や金融システムの改善・改革が前提となろう。その上で、どれだけ多くの現地ユーザーに、真に必要とされる金融機関となれるかがカギとなろう。
チャールズ・シュワブによるTDアメリトレードの買収
−米国個人向け金融サービス業界への示唆−
岡田 功太
  1. チャールズ・シュワブは2019年11月、TDアメリトレードを買収することを公表した。本件は株式交換で行われ、買収額は約260億ドルに達する。買収完了後のチャールズ・シュワブの預かり資産は約5.1兆ドル、証券口座数は約2,400万口座に達する見込みである(単純合算ベース)。同社は、コスト削減と顧客基盤の強化を推進し、より効率的で大規模な個人向け金融サービス業を追求すると見られる。
  2. 今般の買収の背景として、(1)売買手数料無料化等により事業環境が急激に変化していること、(2)連邦準備制度理事会の利下げの影響によって金利収入が縮小し、更なる預かり資産の拡大の必要性が高まったこと、(3)チャールズ・シュワブが創業当初から掲げてきた経営哲学に基づく「好循環」の一層の強化と整合的であること、が挙げられる。
  3. 買収完了後のチャールズ・シュワブは、独立系ファイナンシャル・アドバイザーである投資顧問業者(RIA)から約2兆ドルの資産を預かることになり、これを契機にRIAの顧客化を巡る大手金融機関の競争が激化する可能性が高い。また、長年、チャールズ・シュワブ及びTDアメリトレードと競合関係にあるイー・トレードを中心に、ディスカウント・ブローカー業界の再編も注目されている。アドバイザリー・フィーの低下と、同サービスに組み入れられるミューチュアルファンド及びETFの低コスト化の可能性も指摘されている。
  4. 今般の買収は、ディスカウント・ブローカー及びRIA向けサービス事業におけるチャールズ・シュワブやフィデリティ・インベストメンツなど、一部の大手金融機関が、より一層巨大化する方向性を示唆しており、今後の動向は注視する必要がある。
上場・非上場の垣根を飛び越えるクロスオーバー投資
−米国ミューチュアルファンドによるプレIPO株式投資の実状−
竹下 智
  1. 上場企業を主な投資対象とするミューチュアルファンドやヘッジファンドによる非上場企業への投資は、上場/非上場の垣根を越えた投資という意味で「クロスオーバー投資」と呼ばれる。近年、米国では非上場企業への投資において、VC以外のミューチュアルファンドやヘッジファンド等の存在が大きくなってきている。特に、IPO前のウーバー・テクノロジーズには55本のミューチュアルファンドが投資を行っていたことが知られている。
  2. クロスオーバー投資家は、レイターステージでの大型の資金調達において主要な投資家の一つであるとともに、アーリーステージの投資家(含む従業員)に流動性を供給する役割を担っている。ミューチュアルファンドが非上場企業への投資を行う理由として、(1)IPOまで待っていると会社の成長サイクルの重要なステージを逃す可能性がある、(2)イノベーションや創造的破壊が起きている産業セクターの評価をするには上場企業および非上場企業の両方を見ておく必要がある、という点があげられる。
  3. 非上場株式は取引所での株価が存在しないため、運用会社毎に投資対象の時価評価を行っている。非上場企業には上場企業に課せられた情報開示等の義務がないため、投資家が独自で情報収集にあたらなければならず、経営状況の監視やバリエーションに費やす時間が必然的に上場企業の場合よりも多くなる。そのため、クロスオーバー投資は分析リソースが豊富な大規模ファンドに適している。
  4. 米国ミューチュアルファンドはすでに日本の非上場企業への投資を行っている。日本国内においても今後、イノベーションの促進、ベンチャー支援策の充実を図る上で、クロスオーバー投資の振興も重要な課題となるのではないか。
米国における退職資産拡充策を巡る議論
−退職保障強化法案(SECURE法案)を中心に−
岡田 功太中村 美江奈
  1. 米国では、長寿化が進行する一方で、ソーシャル・セキュリティ(公的年金)の財政難等の課題がある。こうした中、連邦議会では、超党派の有力議員が、「全地域社会における退職保障強化法案」(通称SECURE法案)を提出した。同法案は、下院で既に可決されており、上院で審議待ちの状態である。
  2. SECURE法案は、2006年年金保護法以来、13年ぶりの本格的な年金制度改革である。2006年年金保護法は、401(k)プランの「自動化」の制度の整備等により、職域の確定拠出年金(DC)プランや個人退職勘定(IRA)の資産の積み立て(アキュミュレーション)促進に寄与した。SECURE法案は、退職プラン加入者のさらなる拡大と、引退後の資産の取り崩し(デキュミュレーション)局面における課題解消等を目指している。
  3. SECURE法案の主な特徴は、第一に、伝統的IRAの拠出年齢制限の廃止といった既存の退職資産形成制度の拡大の促進である。第二に、退職プランへの長期雇用パート従業員の加入促進や、中小企業従業員の退職プラン加入促進を意図した複数雇用主プラン(MEP)の要件緩和等の加入者拡大である。第三に、デキュミュレーションにおけるアニュイティ等の普及促進や、退職後の収入予測といったライフタイム・インカム確保の施策である。
  4. SECURE法案は超党派の支持を得ているものの、成立の可否やタイミングについては、政局次第である。他方、同法案の内容を念頭に、大手資産運用会社等は新たなソリューションの開発を推進している。つまり、SECURE法案は、既に米国リタイアメント市場において新たなダイナミズムを生み出しはじめており、法案の成否と併せて、今後の展開が注目される。
欧州における投信併合
−英国の事例を中心に−
神山 哲也塩島 晋
  1. 日本では、小規模投信(ファンド)が多数存在するという問題に対処するべく、ファンド併合を実施可能にするための制度面の整備が行われてきた。しかし、実績は2019年11月に発表された一件に留まっている。今後、自助努力による資産形成、資産運用の重要性が増していく中、ファンド併合等を通じて運用業界の効率化を図ることは一層求められるようになろう。
  2. 欧州では従来、ファンド併合が月間数十件というペースで行われてきた。EU域内におけるクロスボーダーのファンド併合を促進するための制度整備も行われてきた。EUの制度を国内法化した英国では、スキーム・オブ・アレンジメントと呼ばれる仕組みを用いてファンド併合が行われている。
  3. 英国のファンド併合事例を見ると、目的として、小規模ファンドを併合することによる規模の経済追求等を掲げた上で、ファンド・オブ・ファンズと通常のファンドの併合や、株・債券の組入比率の相違、デリバティブ利用の有無、分配頻度など、ファンドの形態や運用手法は必ずしも近似したものでなくても実施されている。
  4. 英国では、ファンドの規模が最適水準を大幅に下回っていると考えられる場合、運用方法等の細かな相違には拘らず、より総合的な投資家利益への配慮から、規模の経済を優先する姿勢がみられる。日本においてファンド併合を検討する際に、参考になるアプローチであると考えられる。
2020年以降の議決権行使助言会社の助言方針改定 西山 賢吾
  1. 代表的な議決権行使助言会社であるISSとグラス・ルイスの2020年議決権行使助言方針改定内容が明らかになった(改定内容の一部の適用は2021年)。ISSの改定は、(1)政策保有先企業出身の社外役員には「独立性なし」の判断、(2)親会社、支配株主の存在する企業に対する独立社外取締役の増員、の2点、そして、グラス・ルイスでは、東証1、2部対象企業に最低1名以上の女性役員登用を要請、(2)政策保有株式保有水準に関する基準の導入(2021年より)の2点である。
  2. 今回の助言方針改定の特徴として、ISSは社外役員の独立性という観点、グラス・ルイスは保有水準という観点から、それぞれ、政策保有株式を議決権行使助言方針に取り入れたことが挙げられる。従来政策保有株式と議決権行使を関連付けることは難しいと考えられていたが、今回の助言方針改定を受け、機関投資家でも同様な議決権行使助言方針を採用するかどうかが注目される。しかし、現状ではその動きが大きく進むとは考えにくく、エンゲージメントの重要テーマとしてより多くの投資家が取り上げることになるであろう。
  3. 社外取締役の増員も重要なテーマである。これについては、全ての企業に3分の1以上の独立社外取締役を求める機関投資家も出始めてきたが、全体としては支配株主や親会社のある企業などに社外取締役の増員を求める動きがさらに進む一方、全ての企業に求める動きが大きく広がるにはなお時間を要すると考える。
  4. 議決権行使助言会社の影響力に関し話題に上ることが多く、2020年に改訂予定のスチュワードシップ・コードにおいても、議決権行使助言会社に対し、十分かつ適切な人的・組織体制の整備とそれを含む助言策定プロセスの具体的な公表などが求められている。その背景には、機関投資家の議決権行使を助言会社が決めている、すなわち、議決権行使助言会社の助言方針をそのまま機関投資家が取り入れているという誤解があると推察されるが、実際には、「機関投資家の議決権行使に対する意見や考え方のコンセンサスが議決権行使助言会社の助言方針」となっているといえるであろう。
気候変動対策で世界のリーダーを目指す「欧州グリーンディール」 江夏 あかね磯部 昌吾
  1. 欧州連合(EU)の執行機関である欧州委員会は2019年12月11日、脱炭素と経済成長の両立を図ることを目的とした工程表である「欧州グリーンディール」を公表した。同工程表は、2019年12月1日に就任したフォンデアライエン欧州委員長が最優先政策に掲げる気候変動対策の一環として位置付けられる。
  2. 欧州グリーンディールで注目されるのは、気候関連目標への野心的なアプローチ、低炭素経済社会への移行に関する支援、サステナブルファイナンス戦略の3点である。2020年第3四半期に公表予定のサステナブルファイナンス戦略では、(1)サステナブル投資に関する基盤強化、(2)サステナブル投資に関する特定可能性及び信頼性向上、(3)気候・環境リスクの金融システムへの組み入れ、といった3つの方針が掲げられた。
  3. 欧州グリーンディールは、基本的にはEU域内を対象としているものの、日本を含めたEU域外の国・地域に影響が及ぶ可能性が高いことが示唆された。同時に、欧州グリーンディールの実現に向けて、サステナブルファイナンス戦略を通じて、金融市場にもタクソノミー、開示、ラベル、EUグリーンボンド基準(EU GBS)、健全性規制といった複数の側面から影響が及ぶ可能性があることも示された。
  4. 世界に先駆けて包括的な気候変動対策に取り組むEUが示した欧州グリーンディールの各項目に関する今後の進捗や実効性等に対して、世界各国の政府、産業界、金融市場から注目が集まる状況が続くと想定される。
欧州公的年金基金の気候変動への対応
−スウェーデンAP基金、仏FRR、ノルウェーGPFGの事例を中心に−
林 宏美
  1. 金融安定理事会(FSB)の下部組織であるTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)が2017年6月に公表した最終提言(TCFD最終提言)では、インベストメントチェーンの頂点に位置付けられる年金基金等のアセット・オーナーも、投資先企業による取り組みを促す役割を果たすべく、一定の情報開示が求められている。2018年11月に英国のNGOが大規模な公的年金基金の取り組み状況を評価した報告書では、TCFD最終提言に則した情報を開示しているか、開示する方針にある年金基金が全体の17%にとどまった。
  2. 気候変動への取り組みが高く評価されている欧州公的年金の事例としては、スウェーデンのAP基金、フランスのFRR、ノルウェーGPFG等が挙げられる。AP基金は、2019年、法律により責任投資と高いリターン追求の両立が求められるようになった。AP基金やFRRは、再生可能エネルギー事業等への投資を可能とする取り組みを推進しているほか、指数提供業者との提携を通じて低炭素関連指標の開発・拡充を進めるなど、様々な活動を展開しはじめている。
  3. 欧州の公的年金基金による気候変動への対応としては、従来化石燃料企業からの投資引き揚げ(ダイベストメント)を通じて、気候リスクの低減を図る動きが目立っていたが、近年はその取り組みが多様化している。ダイベストメントよりもエンゲージメントや議決権行使などを通じて、企業に気候変動への対応を促す傾向が前面に出ている。また、再生可能エネルギー事業等への投資を拡大できるよう、運用方針を変更する動きも目立つ。
  4. 大規模な公的年金による気候変動への取り組みは、他の機関投資家に及ぼすシグナル効果が大きいと見られる。それらの取り組みが、気候変動によるリスクや機会を示す各種指標データの蓄積、標準化など、上記に挙げた課題解消に寄与することも期待される。
トランジションボンドの登場とサステナブルファイナンスの新潮流 江夏 あかね
  1. トランジションボンドは、一般的に、二酸化炭素排出量等の観点からグリーンボンドの発行基準を満たさないものの、低炭素経済社会等に移行(トランジション)するためのプロジェクトを資金使途とする債券を指す。
  2. トランジションボンドが誕生した背景としては、金融市場において、開示、経済活動の分類、ベンチマーク等、複数の分野で、「トランジション(移行)」がテーマとして注目を集めつつあることが挙げられる。そして、フランスの大手運用機関アクサ・インベストメント・マネージャーズ(アクサIM)が2019年6月にガイドラインを公表、クレディ・スイスと気候債券イニシアチブ(CBI)が2019年9月に「サステナブル・トランジションボンド」に関するパートナーシップ締結、といった動きもある。
  3. トランジションボンド及び同市場が健全に発展していくためには、発行体によるサステナビリティ戦略へのコミットメントを通じて市場の信認を得ることが大前提になるほか、グリーンボンド等と同様に、レポーティング等を通じて、投資家が環境・社会面でのインパクトを適切に把握できるように透明性を確保することが重要と思われる。
EUにおける自己資本規制へのESGリスク反映の議論
−アクション・プランを示した欧州銀行監督機構−
磯部 昌吾
  1. 欧州連合(EU)において気候変動問題への関心が増々高まる中、欧州銀行監督機構(EBA)は、2019年12月6日にサステナブル・ファイナンスに関するアクション・プランを公表し、自己資本規制における環境・社会・ガバナンス(ESG)リスクの反映に関する検討スケジュールを明らかにした。
  2. 気候変動問題への対応には多額の追加投資が必要となることから、銀行の金融仲介機能を通じて、民間資金が気候変動対応に回るように促していく上で、自己資本規制におけるESGリスクの反映は、重要な政策手段の1つとなる可能性がある。
  3. EBAは、自己資本規制の3つの柱におけるESGリスクの反映を検討した上で、欧州委員会等への報告やガイドライン・細則案の策定を行う予定である。特に、第1の柱(最低基準)については、評価の複雑性と潜在的な影響の大きさを踏まえて、2025年6月までという長い評価期間を設けているのが特徴的である。
  4. 欧州の規制当局の見解は一枚岩ではなく、まずはEBAの検討結果が待たれるところである。EUが独自に自己資本規制にESGリスクを組み入れる場合には、EUの銀行の与信行動に影響を与えるであろう。また、EU域外の銀行との間で資本賦課に差が出るようであれば、国際競争上の問題が生じる可能性も考えられ、その場合には他の国においても同様の措置が取られるかが論点となってこよう。EUにおける議論とEU域外への波及の可能性を今後も注視する必要があるだろう。
中央銀行デジタル通貨の発行を目指す中国
−予想されるマクロ面での影響−
関 志雄
  1. 中国では、中央銀行デジタル通貨(CBDC)の発行は、構想から実行の段階に移ろうとしている。中国が導入しようとするCBDCは、だれでもアクセスでき、決済が仲介機関を経由しない「リテール・トークン型」である。その特徴は、(1)現金(M0)の代替、(2)中央銀行と利用者の間に商業銀行などの仲介機関が入る二層構造の運営体制、(3)特定の技術に限定しない、(4)無利子、(5)「制御可能な匿名性」に基づく個人情報の取り扱い、(6)オフライン決済が可能、である。
  2. 現段階の構想通りに、CBDCが無利子で、現金の代替にとどまる場合、その導入によってもたらされる金融政策と金融システムへの影響はそれほど大きくない。しかし、金利が付き、現金だけでなく銀行預金も代替の対象となるCBDCが発行される場合、金融政策の有効性は高まる一方で、金融システムにおける銀行の地盤沈下は加速しかねない。
  3. CBDCの発行は、人民元の利便性の向上を通じて、人民元の国際化に寄与すると期待されている。しかし、厳しい資本規制が維持され、CBDCもその対象になると予想される以上、その効果は限定的であろう。
  4. 中国は、CBDCを本格的に導入する最初の国になりそうである。それに向けて、綿密に構想を練っており、実行に移ってからも慎重な姿勢は変わらないと予想される。最終的に、中国において、現金が完全にCBDCに取って代わられ、キャッシュレス社会が実現されるだろうが、そこまでの道のりはまだ遠い。
時流 金融規制のNext Step 上智大学法科大学院教授 森下 哲朗

金融審議会のスタディ・グループやワーキング・グループでは新たな金融規制のあり方についての議論が行われてきた。そこでは、今後の金融規制のあるべき姿として、イノベーションの促進と利用者利便の向上に資する規制体系であること、同一の機能・同一のリスクには同一のルールを適用すること、といった基本的な方向性が示されている。具体的な規制の見直しという観点でも、決済分野等で一定の成果が出ており今後の活用が期待される。同時に、今後の検討課題も多い。産官学が一体となって知恵を出し合ってより良い金融規制を構築していく必要がある。

地方公共団体と地方銀行
−指定金融機関制度の変遷と今後の展望−
江夏 あかね
  1. 地方公共団体と地方銀行は、指定金融機関制度等を通じて深い関係を長らく築いており、互いに地域経済社会にとって不可欠な存在となっている。しかし、金融市場環境や地域経済社会の構造が移り変わる中、1990年代後半頃からその関係が変化する傾向が見られている。特に、2010年代半ば頃からの金利水準の継続的な低下も相まって、地方公共団体向けビジネスから距離を置くことを検討する金融機関が出現するなど、かつてに比べて厳しいものとなりつつある。
  2. 地方公共団体が中長期的に行財政の持続可能性を維持する上では、(1)国の厳しい財政状況、(2)地方公共団体による社会保障や公共施設等の適正化といった喫緊の施策への取り組み、といった課題を克服することが必要と考えられる。
  3. 地方経済社会の持続可能性を確保するためには、それらに加え、幅広い意味での地方創生や持続可能な開発目標(SDGs)達成に向けた取り組みを進めることも求められる。ただし、地方創生やSDGsも含めた取り組みを、地方公共団体のみで包括的に進めることは困難であり、地方銀行等と連携し、地方が抱える課題を解決していくことが重要である。
  4. 地方公共団体と地方銀行の双方が連携するメリットを感じ、持続的な関係を築くためには、地域をめぐる問題意識の共有、経済合理性の確保、域内の付加価値を創出する取り組みでの協働といった点がカギになろう。そのような観点から、地方公共団体と地方銀行がメリットを感じて連携可能な分野としては、例えば、公共施設等の適正管理、地域中小企業におけるSDGs支援といったものが挙げられる。
注目される地方銀行によるグリーンボンドの発行 富永 健司
  1. 世界の金融市場において、環境・社会・ガバナンス(ESG)を重視する投資概念の浸透、パリ協定や持続可能な開発目標(SDGs)等の国際合意を背景に、グリーンボンドの発行が伸びている。日本においても2017年頃からグリーンボンドの発行が増加している。これまで、日本の銀行によるグリーンボンドの発行は政府系金融機関やメガバンク等が中心となっていたが、このたび新たに地方銀行がグリーンボンドを発行した。具体的には、群馬銀行が2019年11月に国内の地方銀行として初めて発行し、その後、名古屋銀行が2019年12月に発行した。
  2. 日本においては近年、ESG金融における間接金融の重要性に対する認識が高まっている。そのような中で、地方銀行は、(1)担当主幹部署の設置、(2)プロジェクトチームの組成、(3)行動宣言や行動憲章の制定、(4)ESG/SDGsを意識した投資方針の制定、(5)ESG/SDGsを意識した融資方針の制定、などの形で取り組みを進めている。
  3. これらに加えて地方銀行は、地方経済・社会の中心的な担い手として、地方創生に関する取り組みも行っており、元々ESG/SDGs金融との親和性が高かったと言える。グリーンボンドの発行は、資本調達面におけるESG/SDGsへの対応という観点で考えることができる。
  4. 群馬銀行と名古屋銀行の発行事例で共通しているのは、規制資本の充実を目的とした社債発行を通じて、(1)組織として注力するESG/SDGsへの取り組みについての資本調達面からの拡充、(2)グリーンボンドの発行による幅広い業態の投資家層へのアクセス、を実現したことである。地方銀行セクターにおいては、ESG/SDGsへの取り組みが進む中で、今後グリーンボンド発行という手法が活用されるようになるのか注目される。グリーンボンドを通じた融資等が、地方銀行ビジネスの活性化へ貢献し、同時に環境・地域社会へのインパクトを創出するのかといった点も今後さらなる議論が求められよう。
米国地域金融機関の証券ビジネスを支援するLPLファイナンシャル 下山 貴史岡田 功太
  1. LPLファイナンシャルは、全米最大級のファイナンシャル・アドバイザー向け証券取引サービス提供会社として知られている。同社は、地銀、信用組合、独立系ファイナンシャル・アドバイザー(IFA会社)に所属する約1万6,100名のファイナンシャル・アドバイザーに、証券取引及び証券事業支援サービスを提供している。それらのファイナンシャル・アドバイザーは、主に地方で営業活動に従事していることから、LPLファイナンシャルは、地域金融機関の証券ビジネスを支援している存在とも言える。
  2. 同社は、ブローカレッジ・サービスとアドバイザリー・サービスを提供するが、近年は投資アドバイスの対価としてフィーを受け取るアドバイザリー・サービスに注力している。また、ファイナンシャル・アドバイザーの業務効率化を目的としたテクノロジー・ツール等の提供も行っており、2019年のテクノロジー投資額を約1億5,000万ドルに決定し、同ツールの拡充を図っている。
  3. LPLファイナンシャルは、上記のサービスを通じて、多様な地域金融機関に属するファイナンシャル・アドバイザーを支援している。同社との提携を通じて、非金利収入を増加させた地域金融機関、収益源の多角化を図る銀行、顧客との関係強化や業務効率化を実現した小規模信用組合やIFA会社など様々である。
  4. LPLファイナンシャルの成長は、大手証券会社が有するミドルオフィス及びバックオフィス機能を、サービスとして社外に提供することで収益化できる可能性を示唆すると共に、地域金融機関にとって同サービスが魅力的であることを意味している。LPLファイナンシャルのようなサービス提供者は、米国の幅広い地域において、顧客に対して適切なファイナンシャル・アドバイスが提供されるためにも、欠かせない存在と言えよう。
金融包摂を促進する重要な役割を担うフィリピンの地域金融機関 北野 陽平武井 悠輔
  1. フィリピンは、堅調な経済成長を持続させ、より包摂的な発展を実現するべく、国民の幅広い金融包摂を推進している。同国において金融機関口座を保有する15歳以上人口の割合は2017年時点で32%で、地方では26%に留まり、多くの地方自治体では銀行が設置されていない。そのような中、フィリピン中央銀行(BSP)は、銀行サービスが提供されていない地方自治体の割合を2020年までに20%へと引き下げることを目指している。
  2. フィリピンの銀行は、ユニバーサルバンク、商業銀行、貯蓄銀行、農村銀行、協同組合銀行に分類される。このうち、農村銀行は、地方における金融包摂を促進する重要な役割を担うと期待されている。地方居住者の資金需要に対応するため、BSP主導で農村銀行のプレゼンス強化に向けた取り組みが進められてきた結果、農村銀行の店舗数は1999年末の1,778店から2019年9月末には3,048店となり、融資残高は同期間に3.6倍に増加した。
  3. 金融包摂の促進には決済サービスの利用拡大も課題となる中、全国レベルで国民による安価、効率的、安全、信頼性の高い決済を可能にする仕組みの構築を目指して、「国家リテール決済システム(NRPS)」が2015年に導入された。現状、NRPSは地方では普及が進んでおらず、農村銀行間の送金・決済システムも接続されていない。そうした中、ブロックチェーン技術の活用により、農村銀行間の直接送金や効率的な国際送金を可能にするプロジェクトが進められている。
  4. 農村銀行は、より安価で金融サービスを提供するためのテクノロジーの活用にも取り組み始めている。例えば、足下では、ITコスト及びオペレーションコストの削減等を目的として、クラウドベースの勘定系システムを導入する動きが見られる。地方では、ITの利用環境は都市部に比べ総じて遅れているものの、将来的には、都市部で始まっている金融サービスのデジタル化が広がっていく可能性もある。今後、フィリピンにおける地域金融機関のサービスが、どのような発展を遂げるのか注目される。
最終化された米国の大手銀行規制の見直し
−リスク・プロファイルに応じたプルーデンス規制の再構築−
小立 敬
  1. 米国FRBは2019年10月、銀行のリスク・プロファイルをプルーデンス規制の枠組みに反映させるテイラード・アプローチの下、総資産1,000億ドル以上の米国銀行および外国銀行のプルーデンス規制の枠組みを改定する最終規則を公表し、2019年末から適用を開始した。
  2. 従来はドッド=フランク法に基づいて、総資産500億ドル以上の銀行持株会社には厳格なプルーデンス規制が適用されてきたが、トランプ政権の下、2018年5月に成立した経済成長・規制緩和・消費者保護法が、厳格なプルーデンス規制の適用基準を総資産500億ドルから2,500億ドルに引き上げたことが背景にある。
  3. 最終規則によって、総資産1,000億ドル以上の米国銀行、外国銀行はリスク・プロファイルに応じて「カテゴリーI」から「カテゴリーIV」までの4つのカテゴリーに区分され、各々のカテゴリーに応じて厳格さの異なる自己資本規制や流動性規制、ストレス・テストの要件等が課せられることとなる。
  4. 金融危機以降、FRBはプルーデンス規制に銀行のリスク・プロファイルを反映させる取組みを行ってきた。今般のテイラード・アプローチによってリスク・プロファイルに応じたカテゴリーが明確化されており、従来に比べてより洗練された枠組みとなったという評価が可能であろう。
  5. ただし、外国銀行の扱いに関しては議論がある。特に具体的な争点となっているのが、外国銀行の米国支店に対して標準化された流動規制を適用するか否かの検討である。最終規則では具体的な措置は見送られたが、FRBは数カ月以内に検討する方針を明らかにしている。また、外国銀行の扱いについては、金融危機後の金融規制改革の重大な副作用として認識されている市場の分断につながるとの指摘もあり、最終規則が適用された後のFRBによる規制の合理性の検証が期待される。
米国で最も便利な銀行とは 淵田 康之
  1. グローバル金融危機後、米国では国内リテール業務に強い金融機関のプレゼンスが高まっている。外資系金融機関のなかでも、カナダのトロント・ドミニオンバンク・グループ(TDバンク・グループ)傘下のTDバンクは、米国内でリテール業務に注力することで顕著な成長を遂げている。
  2. 各国の多くの金融機関は、世界の金融ビジネスの中心である米国市場に進出し、業務拡大を目指してきた。しかし今日、日系や欧州系の金融機関の多くは、過去の一時期に比べ、米国市場における存在感を低下させている。こうしたなかTDバンクは、「米国で最も便利な銀行」を掲げ、米国で最も成功した外資系銀行となったのである。
  3. 金融危機を経て、米国金融市場の重要性はむしろ高まった。プラスの金利が維持され、預金・貸出など正常な金融ビジネスが成り立つ、世界で数少ない市場の一つとなったからである。TDバンクは、やはり経済が底堅く推移し、また安定した金融システムを持つカナダをマザーマーケットとしつつ、米国でリテール金融業務を拡大することにより、グループ全体の企業価値向上に寄与している。
  4. TDバンク・グループは、TDアメリトレードを通じて、米国におけるリテール証券ビジネスでも存在感を示してきた。そして2019年、取引手数料ゼロ時代が到来すると、TDアメリトレードをチャールズ・シュワブに売却し、チャールズ・シュワブの大株主となった。
  5. わが国の主要金融機関においても、今後の成長のためには海外ビジネスの拡大が不可欠であるが、その成功には、国内の経済や金融システムの改善・改革が前提となろう。その上で、どれだけ多くの現地ユーザーに、真に必要とされる金融機関となれるかがカギとなろう。
チャールズ・シュワブによるTDアメリトレードの買収
−米国個人向け金融サービス業界への示唆−
岡田 功太
  1. チャールズ・シュワブは2019年11月、TDアメリトレードを買収することを公表した。本件は株式交換で行われ、買収額は約260億ドルに達する。買収完了後のチャールズ・シュワブの預かり資産は約5.1兆ドル、証券口座数は約2,400万口座に達する見込みである(単純合算ベース)。同社は、コスト削減と顧客基盤の強化を推進し、より効率的で大規模な個人向け金融サービス業を追求すると見られる。
  2. 今般の買収の背景として、(1)売買手数料無料化等により事業環境が急激に変化していること、(2)連邦準備制度理事会の利下げの影響によって金利収入が縮小し、更なる預かり資産の拡大の必要性が高まったこと、(3)チャールズ・シュワブが創業当初から掲げてきた経営哲学に基づく「好循環」の一層の強化と整合的であること、が挙げられる。
  3. 買収完了後のチャールズ・シュワブは、独立系ファイナンシャル・アドバイザーである投資顧問業者(RIA)から約2兆ドルの資産を預かることになり、これを契機にRIAの顧客化を巡る大手金融機関の競争が激化する可能性が高い。また、長年、チャールズ・シュワブ及びTDアメリトレードと競合関係にあるイー・トレードを中心に、ディスカウント・ブローカー業界の再編も注目されている。アドバイザリー・フィーの低下と、同サービスに組み入れられるミューチュアルファンド及びETFの低コスト化の可能性も指摘されている。
  4. 今般の買収は、ディスカウント・ブローカー及びRIA向けサービス事業におけるチャールズ・シュワブやフィデリティ・インベストメンツなど、一部の大手金融機関が、より一層巨大化する方向性を示唆しており、今後の動向は注視する必要がある。
上場・非上場の垣根を飛び越えるクロスオーバー投資
−米国ミューチュアルファンドによるプレIPO株式投資の実状−
竹下 智
  1. 上場企業を主な投資対象とするミューチュアルファンドやヘッジファンドによる非上場企業への投資は、上場/非上場の垣根を越えた投資という意味で「クロスオーバー投資」と呼ばれる。近年、米国では非上場企業への投資において、VC以外のミューチュアルファンドやヘッジファンド等の存在が大きくなってきている。特に、IPO前のウーバー・テクノロジーズには55本のミューチュアルファンドが投資を行っていたことが知られている。
  2. クロスオーバー投資家は、レイターステージでの大型の資金調達において主要な投資家の一つであるとともに、アーリーステージの投資家(含む従業員)に流動性を供給する役割を担っている。ミューチュアルファンドが非上場企業への投資を行う理由として、(1)IPOまで待っていると会社の成長サイクルの重要なステージを逃す可能性がある、(2)イノベーションや創造的破壊が起きている産業セクターの評価をするには上場企業および非上場企業の両方を見ておく必要がある、という点があげられる。
  3. 非上場株式は取引所での株価が存在しないため、運用会社毎に投資対象の時価評価を行っている。非上場企業には上場企業に課せられた情報開示等の義務がないため、投資家が独自で情報収集にあたらなければならず、経営状況の監視やバリエーションに費やす時間が必然的に上場企業の場合よりも多くなる。そのため、クロスオーバー投資は分析リソースが豊富な大規模ファンドに適している。
  4. 米国ミューチュアルファンドはすでに日本の非上場企業への投資を行っている。日本国内においても今後、イノベーションの促進、ベンチャー支援策の充実を図る上で、クロスオーバー投資の振興も重要な課題となるのではないか。
米国における退職資産拡充策を巡る議論
−退職保障強化法案(SECURE法案)を中心に−
岡田 功太中村 美江奈
  1. 米国では、長寿化が進行する一方で、ソーシャル・セキュリティ(公的年金)の財政難等の課題がある。こうした中、連邦議会では、超党派の有力議員が、「全地域社会における退職保障強化法案」(通称SECURE法案)を提出した。同法案は、下院で既に可決されており、上院で審議待ちの状態である。
  2. SECURE法案は、2006年年金保護法以来、13年ぶりの本格的な年金制度改革である。2006年年金保護法は、401(k)プランの「自動化」の制度の整備等により、職域の確定拠出年金(DC)プランや個人退職勘定(IRA)の資産の積み立て(アキュミュレーション)促進に寄与した。SECURE法案は、退職プラン加入者のさらなる拡大と、引退後の資産の取り崩し(デキュミュレーション)局面における課題解消等を目指している。
  3. SECURE法案の主な特徴は、第一に、伝統的IRAの拠出年齢制限の廃止といった既存の退職資産形成制度の拡大の促進である。第二に、退職プランへの長期雇用パート従業員の加入促進や、中小企業従業員の退職プラン加入促進を意図した複数雇用主プラン(MEP)の要件緩和等の加入者拡大である。第三に、デキュミュレーションにおけるアニュイティ等の普及促進や、退職後の収入予測といったライフタイム・インカム確保の施策である。
  4. SECURE法案は超党派の支持を得ているものの、成立の可否やタイミングについては、政局次第である。他方、同法案の内容を念頭に、大手資産運用会社等は新たなソリューションの開発を推進している。つまり、SECURE法案は、既に米国リタイアメント市場において新たなダイナミズムを生み出しはじめており、法案の成否と併せて、今後の展開が注目される。
欧州における投信併合
−英国の事例を中心に−
神山 哲也塩島 晋
  1. 日本では、小規模投信(ファンド)が多数存在するという問題に対処するべく、ファンド併合を実施可能にするための制度面の整備が行われてきた。しかし、実績は2019年11月に発表された一件に留まっている。今後、自助努力による資産形成、資産運用の重要性が増していく中、ファンド併合等を通じて運用業界の効率化を図ることは一層求められるようになろう。
  2. 欧州では従来、ファンド併合が月間数十件というペースで行われてきた。EU域内におけるクロスボーダーのファンド併合を促進するための制度整備も行われてきた。EUの制度を国内法化した英国では、スキーム・オブ・アレンジメントと呼ばれる仕組みを用いてファンド併合が行われている。
  3. 英国のファンド併合事例を見ると、目的として、小規模ファンドを併合することによる規模の経済追求等を掲げた上で、ファンド・オブ・ファンズと通常のファンドの併合や、株・債券の組入比率の相違、デリバティブ利用の有無、分配頻度など、ファンドの形態や運用手法は必ずしも近似したものでなくても実施されている。
  4. 英国では、ファンドの規模が最適水準を大幅に下回っていると考えられる場合、運用方法等の細かな相違には拘らず、より総合的な投資家利益への配慮から、規模の経済を優先する姿勢がみられる。日本においてファンド併合を検討する際に、参考になるアプローチであると考えられる。
2020年以降の議決権行使助言会社の助言方針改定 西山 賢吾
  1. 代表的な議決権行使助言会社であるISSとグラス・ルイスの2020年議決権行使助言方針改定内容が明らかになった(改定内容の一部の適用は2021年)。ISSの改定は、(1)政策保有先企業出身の社外役員には「独立性なし」の判断、(2)親会社、支配株主の存在する企業に対する独立社外取締役の増員、の2点、そして、グラス・ルイスでは、東証1、2部対象企業に最低1名以上の女性役員登用を要請、(2)政策保有株式保有水準に関する基準の導入(2021年より)の2点である。
  2. 今回の助言方針改定の特徴として、ISSは社外役員の独立性という観点、グラス・ルイスは保有水準という観点から、それぞれ、政策保有株式を議決権行使助言方針に取り入れたことが挙げられる。従来政策保有株式と議決権行使を関連付けることは難しいと考えられていたが、今回の助言方針改定を受け、機関投資家でも同様な議決権行使助言方針を採用するかどうかが注目される。しかし、現状ではその動きが大きく進むとは考えにくく、エンゲージメントの重要テーマとしてより多くの投資家が取り上げることになるであろう。
  3. 社外取締役の増員も重要なテーマである。これについては、全ての企業に3分の1以上の独立社外取締役を求める機関投資家も出始めてきたが、全体としては支配株主や親会社のある企業などに社外取締役の増員を求める動きがさらに進む一方、全ての企業に求める動きが大きく広がるにはなお時間を要すると考える。
  4. 議決権行使助言会社の影響力に関し話題に上ることが多く、2020年に改訂予定のスチュワードシップ・コードにおいても、議決権行使助言会社に対し、十分かつ適切な人的・組織体制の整備とそれを含む助言策定プロセスの具体的な公表などが求められている。その背景には、機関投資家の議決権行使を助言会社が決めている、すなわち、議決権行使助言会社の助言方針をそのまま機関投資家が取り入れているという誤解があると推察されるが、実際には、「機関投資家の議決権行使に対する意見や考え方のコンセンサスが議決権行使助言会社の助言方針」となっているといえるであろう。
気候変動対策で世界のリーダーを目指す「欧州グリーンディール」 江夏 あかね磯部 昌吾
  1. 欧州連合(EU)の執行機関である欧州委員会は2019年12月11日、脱炭素と経済成長の両立を図ることを目的とした工程表である「欧州グリーンディール」を公表した。同工程表は、2019年12月1日に就任したフォンデアライエン欧州委員長が最優先政策に掲げる気候変動対策の一環として位置付けられる。
  2. 欧州グリーンディールで注目されるのは、気候関連目標への野心的なアプローチ、低炭素経済社会への移行に関する支援、サステナブルファイナンス戦略の3点である。2020年第3四半期に公表予定のサステナブルファイナンス戦略では、(1)サステナブル投資に関する基盤強化、(2)サステナブル投資に関する特定可能性及び信頼性向上、(3)気候・環境リスクの金融システムへの組み入れ、といった3つの方針が掲げられた。
  3. 欧州グリーンディールは、基本的にはEU域内を対象としているものの、日本を含めたEU域外の国・地域に影響が及ぶ可能性が高いことが示唆された。同時に、欧州グリーンディールの実現に向けて、サステナブルファイナンス戦略を通じて、金融市場にもタクソノミー、開示、ラベル、EUグリーンボンド基準(EU GBS)、健全性規制といった複数の側面から影響が及ぶ可能性があることも示された。
  4. 世界に先駆けて包括的な気候変動対策に取り組むEUが示した欧州グリーンディールの各項目に関する今後の進捗や実効性等に対して、世界各国の政府、産業界、金融市場から注目が集まる状況が続くと想定される。
欧州公的年金基金の気候変動への対応
−スウェーデンAP基金、仏FRR、ノルウェーGPFGの事例を中心に−
林 宏美
  1. 金融安定理事会(FSB)の下部組織であるTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)が2017年6月に公表した最終提言(TCFD最終提言)では、インベストメントチェーンの頂点に位置付けられる年金基金等のアセット・オーナーも、投資先企業による取り組みを促す役割を果たすべく、一定の情報開示が求められている。2018年11月に英国のNGOが大規模な公的年金基金の取り組み状況を評価した報告書では、TCFD最終提言に則した情報を開示しているか、開示する方針にある年金基金が全体の17%にとどまった。
  2. 気候変動への取り組みが高く評価されている欧州公的年金の事例としては、スウェーデンのAP基金、フランスのFRR、ノルウェーGPFG等が挙げられる。AP基金は、2019年、法律により責任投資と高いリターン追求の両立が求められるようになった。AP基金やFRRは、再生可能エネルギー事業等への投資を可能とする取り組みを推進しているほか、指数提供業者との提携を通じて低炭素関連指標の開発・拡充を進めるなど、様々な活動を展開しはじめている。
  3. 欧州の公的年金基金による気候変動への対応としては、従来化石燃料企業からの投資引き揚げ(ダイベストメント)を通じて、気候リスクの低減を図る動きが目立っていたが、近年はその取り組みが多様化している。ダイベストメントよりもエンゲージメントや議決権行使などを通じて、企業に気候変動への対応を促す傾向が前面に出ている。また、再生可能エネルギー事業等への投資を拡大できるよう、運用方針を変更する動きも目立つ。
  4. 大規模な公的年金による気候変動への取り組みは、他の機関投資家に及ぼすシグナル効果が大きいと見られる。それらの取り組みが、気候変動によるリスクや機会を示す各種指標データの蓄積、標準化など、上記に挙げた課題解消に寄与することも期待される。
トランジションボンドの登場とサステナブルファイナンスの新潮流 江夏 あかね
  1. トランジションボンドは、一般的に、二酸化炭素排出量等の観点からグリーンボンドの発行基準を満たさないものの、低炭素経済社会等に移行(トランジション)するためのプロジェクトを資金使途とする債券を指す。
  2. トランジションボンドが誕生した背景としては、金融市場において、開示、経済活動の分類、ベンチマーク等、複数の分野で、「トランジション(移行)」がテーマとして注目を集めつつあることが挙げられる。そして、フランスの大手運用機関アクサ・インベストメント・マネージャーズ(アクサIM)が2019年6月にガイドラインを公表、クレディ・スイスと気候債券イニシアチブ(CBI)が2019年9月に「サステナブル・トランジションボンド」に関するパートナーシップ締結、といった動きもある。
  3. トランジションボンド及び同市場が健全に発展していくためには、発行体によるサステナビリティ戦略へのコミットメントを通じて市場の信認を得ることが大前提になるほか、グリーンボンド等と同様に、レポーティング等を通じて、投資家が環境・社会面でのインパクトを適切に把握できるように透明性を確保することが重要と思われる。
EUにおける自己資本規制へのESGリスク反映の議論
−アクション・プランを示した欧州銀行監督機構−
磯部 昌吾
  1. 欧州連合(EU)において気候変動問題への関心が増々高まる中、欧州銀行監督機構(EBA)は、2019年12月6日にサステナブル・ファイナンスに関するアクション・プランを公表し、自己資本規制における環境・社会・ガバナンス(ESG)リスクの反映に関する検討スケジュールを明らかにした。
  2. 気候変動問題への対応には多額の追加投資が必要となることから、銀行の金融仲介機能を通じて、民間資金が気候変動対応に回るように促していく上で、自己資本規制におけるESGリスクの反映は、重要な政策手段の1つとなる可能性がある。
  3. EBAは、自己資本規制の3つの柱におけるESGリスクの反映を検討した上で、欧州委員会等への報告やガイドライン・細則案の策定を行う予定である。特に、第1の柱(最低基準)については、評価の複雑性と潜在的な影響の大きさを踏まえて、2025年6月までという長い評価期間を設けているのが特徴的である。
  4. 欧州の規制当局の見解は一枚岩ではなく、まずはEBAの検討結果が待たれるところである。EUが独自に自己資本規制にESGリスクを組み入れる場合には、EUの銀行の与信行動に影響を与えるであろう。また、EU域外の銀行との間で資本賦課に差が出るようであれば、国際競争上の問題が生じる可能性も考えられ、その場合には他の国においても同様の措置が取られるかが論点となってこよう。EUにおける議論とEU域外への波及の可能性を今後も注視する必要があるだろう。
中央銀行デジタル通貨の発行を目指す中国
−予想されるマクロ面での影響−
関 志雄
  1. 中国では、中央銀行デジタル通貨(CBDC)の発行は、構想から実行の段階に移ろうとしている。中国が導入しようとするCBDCは、だれでもアクセスでき、決済が仲介機関を経由しない「リテール・トークン型」である。その特徴は、(1)現金(M0)の代替、(2)中央銀行と利用者の間に商業銀行などの仲介機関が入る二層構造の運営体制、(3)特定の技術に限定しない、(4)無利子、(5)「制御可能な匿名性」に基づく個人情報の取り扱い、(6)オフライン決済が可能、である。
  2. 現段階の構想通りに、CBDCが無利子で、現金の代替にとどまる場合、その導入によってもたらされる金融政策と金融システムへの影響はそれほど大きくない。しかし、金利が付き、現金だけでなく銀行預金も代替の対象となるCBDCが発行される場合、金融政策の有効性は高まる一方で、金融システムにおける銀行の地盤沈下は加速しかねない。
  3. CBDCの発行は、人民元の利便性の向上を通じて、人民元の国際化に寄与すると期待されている。しかし、厳しい資本規制が維持され、CBDCもその対象になると予想される以上、その効果は限定的であろう。
  4. 中国は、CBDCを本格的に導入する最初の国になりそうである。それに向けて、綿密に構想を練っており、実行に移ってからも慎重な姿勢は変わらないと予想される。最終的に、中国において、現金が完全にCBDCに取って代わられ、キャッシュレス社会が実現されるだろうが、そこまでの道のりはまだ遠い。
要約
時流 金融規制のNext Step 上智大学法科大学院教授 森下 哲朗

金融審議会のスタディ・グループやワーキング・グループでは新たな金融規制のあり方についての議論が行われてきた。そこでは、今後の金融規制のあるべき姿として、イノベーションの促進と利用者利便の向上に資する規制体系であること、同一の機能・同一のリスクには同一のルールを適用すること、といった基本的な方向性が示されている。具体的な規制の見直しという観点でも、決済分野等で一定の成果が出ており今後の活用が期待される。同時に、今後の検討課題も多い。産官学が一体となって知恵を出し合ってより良い金融規制を構築していく必要がある。

地方公共団体と地方銀行
−指定金融機関制度の変遷と今後の展望−
江夏 あかね
  1. 地方公共団体と地方銀行は、指定金融機関制度等を通じて深い関係を長らく築いており、互いに地域経済社会にとって不可欠な存在となっている。しかし、金融市場環境や地域経済社会の構造が移り変わる中、1990年代後半頃からその関係が変化する傾向が見られている。特に、2010年代半ば頃からの金利水準の継続的な低下も相まって、地方公共団体向けビジネスから距離を置くことを検討する金融機関が出現するなど、かつてに比べて厳しいものとなりつつある。
  2. 地方公共団体が中長期的に行財政の持続可能性を維持する上では、(1)国の厳しい財政状況、(2)地方公共団体による社会保障や公共施設等の適正化といった喫緊の施策への取り組み、といった課題を克服することが必要と考えられる。
  3. 地方経済社会の持続可能性を確保するためには、それらに加え、幅広い意味での地方創生や持続可能な開発目標(SDGs)達成に向けた取り組みを進めることも求められる。ただし、地方創生やSDGsも含めた取り組みを、地方公共団体のみで包括的に進めることは困難であり、地方銀行等と連携し、地方が抱える課題を解決していくことが重要である。
  4. 地方公共団体と地方銀行の双方が連携するメリットを感じ、持続的な関係を築くためには、地域をめぐる問題意識の共有、経済合理性の確保、域内の付加価値を創出する取り組みでの協働といった点がカギになろう。そのような観点から、地方公共団体と地方銀行がメリットを感じて連携可能な分野としては、例えば、公共施設等の適正管理、地域中小企業におけるSDGs支援といったものが挙げられる。
注目される地方銀行によるグリーンボンドの発行 富永 健司
  1. 世界の金融市場において、環境・社会・ガバナンス(ESG)を重視する投資概念の浸透、パリ協定や持続可能な開発目標(SDGs)等の国際合意を背景に、グリーンボンドの発行が伸びている。日本においても2017年頃からグリーンボンドの発行が増加している。これまで、日本の銀行によるグリーンボンドの発行は政府系金融機関やメガバンク等が中心となっていたが、このたび新たに地方銀行がグリーンボンドを発行した。具体的には、群馬銀行が2019年11月に国内の地方銀行として初めて発行し、その後、名古屋銀行が2019年12月に発行した。
  2. 日本においては近年、ESG金融における間接金融の重要性に対する認識が高まっている。そのような中で、地方銀行は、(1)担当主幹部署の設置、(2)プロジェクトチームの組成、(3)行動宣言や行動憲章の制定、(4)ESG/SDGsを意識した投資方針の制定、(5)ESG/SDGsを意識した融資方針の制定、などの形で取り組みを進めている。
  3. これらに加えて地方銀行は、地方経済・社会の中心的な担い手として、地方創生に関する取り組みも行っており、元々ESG/SDGs金融との親和性が高かったと言える。グリーンボンドの発行は、資本調達面におけるESG/SDGsへの対応という観点で考えることができる。
  4. 群馬銀行と名古屋銀行の発行事例で共通しているのは、規制資本の充実を目的とした社債発行を通じて、(1)組織として注力するESG/SDGsへの取り組みについての資本調達面からの拡充、(2)グリーンボンドの発行による幅広い業態の投資家層へのアクセス、を実現したことである。地方銀行セクターにおいては、ESG/SDGsへの取り組みが進む中で、今後グリーンボンド発行という手法が活用されるようになるのか注目される。グリーンボンドを通じた融資等が、地方銀行ビジネスの活性化へ貢献し、同時に環境・地域社会へのインパクトを創出するのかといった点も今後さらなる議論が求められよう。
米国地域金融機関の証券ビジネスを支援するLPLファイナンシャル 下山 貴史岡田 功太
  1. LPLファイナンシャルは、全米最大級のファイナンシャル・アドバイザー向け証券取引サービス提供会社として知られている。同社は、地銀、信用組合、独立系ファイナンシャル・アドバイザー(IFA会社)に所属する約1万6,100名のファイナンシャル・アドバイザーに、証券取引及び証券事業支援サービスを提供している。それらのファイナンシャル・アドバイザーは、主に地方で営業活動に従事していることから、LPLファイナンシャルは、地域金融機関の証券ビジネスを支援している存在とも言える。
  2. 同社は、ブローカレッジ・サービスとアドバイザリー・サービスを提供するが、近年は投資アドバイスの対価としてフィーを受け取るアドバイザリー・サービスに注力している。また、ファイナンシャル・アドバイザーの業務効率化を目的としたテクノロジー・ツール等の提供も行っており、2019年のテクノロジー投資額を約1億5,000万ドルに決定し、同ツールの拡充を図っている。
  3. LPLファイナンシャルは、上記のサービスを通じて、多様な地域金融機関に属するファイナンシャル・アドバイザーを支援している。同社との提携を通じて、非金利収入を増加させた地域金融機関、収益源の多角化を図る銀行、顧客との関係強化や業務効率化を実現した小規模信用組合やIFA会社など様々である。
  4. LPLファイナンシャルの成長は、大手証券会社が有するミドルオフィス及びバックオフィス機能を、サービスとして社外に提供することで収益化できる可能性を示唆すると共に、地域金融機関にとって同サービスが魅力的であることを意味している。LPLファイナンシャルのようなサービス提供者は、米国の幅広い地域において、顧客に対して適切なファイナンシャル・アドバイスが提供されるためにも、欠かせない存在と言えよう。
金融包摂を促進する重要な役割を担うフィリピンの地域金融機関 北野 陽平武井 悠輔
  1. フィリピンは、堅調な経済成長を持続させ、より包摂的な発展を実現するべく、国民の幅広い金融包摂を推進している。同国において金融機関口座を保有する15歳以上人口の割合は2017年時点で32%で、地方では26%に留まり、多くの地方自治体では銀行が設置されていない。そのような中、フィリピン中央銀行(BSP)は、銀行サービスが提供されていない地方自治体の割合を2020年までに20%へと引き下げることを目指している。
  2. フィリピンの銀行は、ユニバーサルバンク、商業銀行、貯蓄銀行、農村銀行、協同組合銀行に分類される。このうち、農村銀行は、地方における金融包摂を促進する重要な役割を担うと期待されている。地方居住者の資金需要に対応するため、BSP主導で農村銀行のプレゼンス強化に向けた取り組みが進められてきた結果、農村銀行の店舗数は1999年末の1,778店から2019年9月末には3,048店となり、融資残高は同期間に3.6倍に増加した。
  3. 金融包摂の促進には決済サービスの利用拡大も課題となる中、全国レベルで国民による安価、効率的、安全、信頼性の高い決済を可能にする仕組みの構築を目指して、「国家リテール決済システム(NRPS)」が2015年に導入された。現状、NRPSは地方では普及が進んでおらず、農村銀行間の送金・決済システムも接続されていない。そうした中、ブロックチェーン技術の活用により、農村銀行間の直接送金や効率的な国際送金を可能にするプロジェクトが進められている。
  4. 農村銀行は、より安価で金融サービスを提供するためのテクノロジーの活用にも取り組み始めている。例えば、足下では、ITコスト及びオペレーションコストの削減等を目的として、クラウドベースの勘定系システムを導入する動きが見られる。地方では、ITの利用環境は都市部に比べ総じて遅れているものの、将来的には、都市部で始まっている金融サービスのデジタル化が広がっていく可能性もある。今後、フィリピンにおける地域金融機関のサービスが、どのような発展を遂げるのか注目される。
最終化された米国の大手銀行規制の見直し
−リスク・プロファイルに応じたプルーデンス規制の再構築−
小立 敬
  1. 米国FRBは2019年10月、銀行のリスク・プロファイルをプルーデンス規制の枠組みに反映させるテイラード・アプローチの下、総資産1,000億ドル以上の米国銀行および外国銀行のプルーデンス規制の枠組みを改定する最終規則を公表し、2019年末から適用を開始した。
  2. 従来はドッド=フランク法に基づいて、総資産500億ドル以上の銀行持株会社には厳格なプルーデンス規制が適用されてきたが、トランプ政権の下、2018年5月に成立した経済成長・規制緩和・消費者保護法が、厳格なプルーデンス規制の適用基準を総資産500億ドルから2,500億ドルに引き上げたことが背景にある。
  3. 最終規則によって、総資産1,000億ドル以上の米国銀行、外国銀行はリスク・プロファイルに応じて「カテゴリーI」から「カテゴリーIV」までの4つのカテゴリーに区分され、各々のカテゴリーに応じて厳格さの異なる自己資本規制や流動性規制、ストレス・テストの要件等が課せられることとなる。
  4. 金融危機以降、FRBはプルーデンス規制に銀行のリスク・プロファイルを反映させる取組みを行ってきた。今般のテイラード・アプローチによってリスク・プロファイルに応じたカテゴリーが明確化されており、従来に比べてより洗練された枠組みとなったという評価が可能であろう。
  5. ただし、外国銀行の扱いに関しては議論がある。特に具体的な争点となっているのが、外国銀行の米国支店に対して標準化された流動規制を適用するか否かの検討である。最終規則では具体的な措置は見送られたが、FRBは数カ月以内に検討する方針を明らかにしている。また、外国銀行の扱いについては、金融危機後の金融規制改革の重大な副作用として認識されている市場の分断につながるとの指摘もあり、最終規則が適用された後のFRBによる規制の合理性の検証が期待される。
米国で最も便利な銀行とは 淵田 康之
  1. グローバル金融危機後、米国では国内リテール業務に強い金融機関のプレゼンスが高まっている。外資系金融機関のなかでも、カナダのトロント・ドミニオンバンク・グループ(TDバンク・グループ)傘下のTDバンクは、米国内でリテール業務に注力することで顕著な成長を遂げている。
  2. 各国の多くの金融機関は、世界の金融ビジネスの中心である米国市場に進出し、業務拡大を目指してきた。しかし今日、日系や欧州系の金融機関の多くは、過去の一時期に比べ、米国市場における存在感を低下させている。こうしたなかTDバンクは、「米国で最も便利な銀行」を掲げ、米国で最も成功した外資系銀行となったのである。
  3. 金融危機を経て、米国金融市場の重要性はむしろ高まった。プラスの金利が維持され、預金・貸出など正常な金融ビジネスが成り立つ、世界で数少ない市場の一つとなったからである。TDバンクは、やはり経済が底堅く推移し、また安定した金融システムを持つカナダをマザーマーケットとしつつ、米国でリテール金融業務を拡大することにより、グループ全体の企業価値向上に寄与している。
  4. TDバンク・グループは、TDアメリトレードを通じて、米国におけるリテール証券ビジネスでも存在感を示してきた。そして2019年、取引手数料ゼロ時代が到来すると、TDアメリトレードをチャールズ・シュワブに売却し、チャールズ・シュワブの大株主となった。
  5. わが国の主要金融機関においても、今後の成長のためには海外ビジネスの拡大が不可欠であるが、その成功には、国内の経済や金融システムの改善・改革が前提となろう。その上で、どれだけ多くの現地ユーザーに、真に必要とされる金融機関となれるかがカギとなろう。
チャールズ・シュワブによるTDアメリトレードの買収
−米国個人向け金融サービス業界への示唆−
岡田 功太
  1. チャールズ・シュワブは2019年11月、TDアメリトレードを買収することを公表した。本件は株式交換で行われ、買収額は約260億ドルに達する。買収完了後のチャールズ・シュワブの預かり資産は約5.1兆ドル、証券口座数は約2,400万口座に達する見込みである(単純合算ベース)。同社は、コスト削減と顧客基盤の強化を推進し、より効率的で大規模な個人向け金融サービス業を追求すると見られる。
  2. 今般の買収の背景として、(1)売買手数料無料化等により事業環境が急激に変化していること、(2)連邦準備制度理事会の利下げの影響によって金利収入が縮小し、更なる預かり資産の拡大の必要性が高まったこと、(3)チャールズ・シュワブが創業当初から掲げてきた経営哲学に基づく「好循環」の一層の強化と整合的であること、が挙げられる。
  3. 買収完了後のチャールズ・シュワブは、独立系ファイナンシャル・アドバイザーである投資顧問業者(RIA)から約2兆ドルの資産を預かることになり、これを契機にRIAの顧客化を巡る大手金融機関の競争が激化する可能性が高い。また、長年、チャールズ・シュワブ及びTDアメリトレードと競合関係にあるイー・トレードを中心に、ディスカウント・ブローカー業界の再編も注目されている。アドバイザリー・フィーの低下と、同サービスに組み入れられるミューチュアルファンド及びETFの低コスト化の可能性も指摘されている。
  4. 今般の買収は、ディスカウント・ブローカー及びRIA向けサービス事業におけるチャールズ・シュワブやフィデリティ・インベストメンツなど、一部の大手金融機関が、より一層巨大化する方向性を示唆しており、今後の動向は注視する必要がある。
上場・非上場の垣根を飛び越えるクロスオーバー投資
−米国ミューチュアルファンドによるプレIPO株式投資の実状−
竹下 智
  1. 上場企業を主な投資対象とするミューチュアルファンドやヘッジファンドによる非上場企業への投資は、上場/非上場の垣根を越えた投資という意味で「クロスオーバー投資」と呼ばれる。近年、米国では非上場企業への投資において、VC以外のミューチュアルファンドやヘッジファンド等の存在が大きくなってきている。特に、IPO前のウーバー・テクノロジーズには55本のミューチュアルファンドが投資を行っていたことが知られている。
  2. クロスオーバー投資家は、レイターステージでの大型の資金調達において主要な投資家の一つであるとともに、アーリーステージの投資家(含む従業員)に流動性を供給する役割を担っている。ミューチュアルファンドが非上場企業への投資を行う理由として、(1)IPOまで待っていると会社の成長サイクルの重要なステージを逃す可能性がある、(2)イノベーションや創造的破壊が起きている産業セクターの評価をするには上場企業および非上場企業の両方を見ておく必要がある、という点があげられる。
  3. 非上場株式は取引所での株価が存在しないため、運用会社毎に投資対象の時価評価を行っている。非上場企業には上場企業に課せられた情報開示等の義務がないため、投資家が独自で情報収集にあたらなければならず、経営状況の監視やバリエーションに費やす時間が必然的に上場企業の場合よりも多くなる。そのため、クロスオーバー投資は分析リソースが豊富な大規模ファンドに適している。
  4. 米国ミューチュアルファンドはすでに日本の非上場企業への投資を行っている。日本国内においても今後、イノベーションの促進、ベンチャー支援策の充実を図る上で、クロスオーバー投資の振興も重要な課題となるのではないか。
米国における退職資産拡充策を巡る議論
−退職保障強化法案(SECURE法案)を中心に−
岡田 功太中村 美江奈
  1. 米国では、長寿化が進行する一方で、ソーシャル・セキュリティ(公的年金)の財政難等の課題がある。こうした中、連邦議会では、超党派の有力議員が、「全地域社会における退職保障強化法案」(通称SECURE法案)を提出した。同法案は、下院で既に可決されており、上院で審議待ちの状態である。
  2. SECURE法案は、2006年年金保護法以来、13年ぶりの本格的な年金制度改革である。2006年年金保護法は、401(k)プランの「自動化」の制度の整備等により、職域の確定拠出年金(DC)プランや個人退職勘定(IRA)の資産の積み立て(アキュミュレーション)促進に寄与した。SECURE法案は、退職プラン加入者のさらなる拡大と、引退後の資産の取り崩し(デキュミュレーション)局面における課題解消等を目指している。
  3. SECURE法案の主な特徴は、第一に、伝統的IRAの拠出年齢制限の廃止といった既存の退職資産形成制度の拡大の促進である。第二に、退職プランへの長期雇用パート従業員の加入促進や、中小企業従業員の退職プラン加入促進を意図した複数雇用主プラン(MEP)の要件緩和等の加入者拡大である。第三に、デキュミュレーションにおけるアニュイティ等の普及促進や、退職後の収入予測といったライフタイム・インカム確保の施策である。
  4. SECURE法案は超党派の支持を得ているものの、成立の可否やタイミングについては、政局次第である。他方、同法案の内容を念頭に、大手資産運用会社等は新たなソリューションの開発を推進している。つまり、SECURE法案は、既に米国リタイアメント市場において新たなダイナミズムを生み出しはじめており、法案の成否と併せて、今後の展開が注目される。
欧州における投信併合
−英国の事例を中心に−
神山 哲也塩島 晋
  1. 日本では、小規模投信(ファンド)が多数存在するという問題に対処するべく、ファンド併合を実施可能にするための制度面の整備が行われてきた。しかし、実績は2019年11月に発表された一件に留まっている。今後、自助努力による資産形成、資産運用の重要性が増していく中、ファンド併合等を通じて運用業界の効率化を図ることは一層求められるようになろう。
  2. 欧州では従来、ファンド併合が月間数十件というペースで行われてきた。EU域内におけるクロスボーダーのファンド併合を促進するための制度整備も行われてきた。EUの制度を国内法化した英国では、スキーム・オブ・アレンジメントと呼ばれる仕組みを用いてファンド併合が行われている。
  3. 英国のファンド併合事例を見ると、目的として、小規模ファンドを併合することによる規模の経済追求等を掲げた上で、ファンド・オブ・ファンズと通常のファンドの併合や、株・債券の組入比率の相違、デリバティブ利用の有無、分配頻度など、ファンドの形態や運用手法は必ずしも近似したものでなくても実施されている。
  4. 英国では、ファンドの規模が最適水準を大幅に下回っていると考えられる場合、運用方法等の細かな相違には拘らず、より総合的な投資家利益への配慮から、規模の経済を優先する姿勢がみられる。日本においてファンド併合を検討する際に、参考になるアプローチであると考えられる。
2020年以降の議決権行使助言会社の助言方針改定 西山 賢吾
  1. 代表的な議決権行使助言会社であるISSとグラス・ルイスの2020年議決権行使助言方針改定内容が明らかになった(改定内容の一部の適用は2021年)。ISSの改定は、(1)政策保有先企業出身の社外役員には「独立性なし」の判断、(2)親会社、支配株主の存在する企業に対する独立社外取締役の増員、の2点、そして、グラス・ルイスでは、東証1、2部対象企業に最低1名以上の女性役員登用を要請、(2)政策保有株式保有水準に関する基準の導入(2021年より)の2点である。
  2. 今回の助言方針改定の特徴として、ISSは社外役員の独立性という観点、グラス・ルイスは保有水準という観点から、それぞれ、政策保有株式を議決権行使助言方針に取り入れたことが挙げられる。従来政策保有株式と議決権行使を関連付けることは難しいと考えられていたが、今回の助言方針改定を受け、機関投資家でも同様な議決権行使助言方針を採用するかどうかが注目される。しかし、現状ではその動きが大きく進むとは考えにくく、エンゲージメントの重要テーマとしてより多くの投資家が取り上げることになるであろう。
  3. 社外取締役の増員も重要なテーマである。これについては、全ての企業に3分の1以上の独立社外取締役を求める機関投資家も出始めてきたが、全体としては支配株主や親会社のある企業などに社外取締役の増員を求める動きがさらに進む一方、全ての企業に求める動きが大きく広がるにはなお時間を要すると考える。
  4. 議決権行使助言会社の影響力に関し話題に上ることが多く、2020年に改訂予定のスチュワードシップ・コードにおいても、議決権行使助言会社に対し、十分かつ適切な人的・組織体制の整備とそれを含む助言策定プロセスの具体的な公表などが求められている。その背景には、機関投資家の議決権行使を助言会社が決めている、すなわち、議決権行使助言会社の助言方針をそのまま機関投資家が取り入れているという誤解があると推察されるが、実際には、「機関投資家の議決権行使に対する意見や考え方のコンセンサスが議決権行使助言会社の助言方針」となっているといえるであろう。
気候変動対策で世界のリーダーを目指す「欧州グリーンディール」 江夏 あかね磯部 昌吾
  1. 欧州連合(EU)の執行機関である欧州委員会は2019年12月11日、脱炭素と経済成長の両立を図ることを目的とした工程表である「欧州グリーンディール」を公表した。同工程表は、2019年12月1日に就任したフォンデアライエン欧州委員長が最優先政策に掲げる気候変動対策の一環として位置付けられる。
  2. 欧州グリーンディールで注目されるのは、気候関連目標への野心的なアプローチ、低炭素経済社会への移行に関する支援、サステナブルファイナンス戦略の3点である。2020年第3四半期に公表予定のサステナブルファイナンス戦略では、(1)サステナブル投資に関する基盤強化、(2)サステナブル投資に関する特定可能性及び信頼性向上、(3)気候・環境リスクの金融システムへの組み入れ、といった3つの方針が掲げられた。
  3. 欧州グリーンディールは、基本的にはEU域内を対象としているものの、日本を含めたEU域外の国・地域に影響が及ぶ可能性が高いことが示唆された。同時に、欧州グリーンディールの実現に向けて、サステナブルファイナンス戦略を通じて、金融市場にもタクソノミー、開示、ラベル、EUグリーンボンド基準(EU GBS)、健全性規制といった複数の側面から影響が及ぶ可能性があることも示された。
  4. 世界に先駆けて包括的な気候変動対策に取り組むEUが示した欧州グリーンディールの各項目に関する今後の進捗や実効性等に対して、世界各国の政府、産業界、金融市場から注目が集まる状況が続くと想定される。
欧州公的年金基金の気候変動への対応
−スウェーデンAP基金、仏FRR、ノルウェーGPFGの事例を中心に−
林 宏美
  1. 金融安定理事会(FSB)の下部組織であるTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)が2017年6月に公表した最終提言(TCFD最終提言)では、インベストメントチェーンの頂点に位置付けられる年金基金等のアセット・オーナーも、投資先企業による取り組みを促す役割を果たすべく、一定の情報開示が求められている。2018年11月に英国のNGOが大規模な公的年金基金の取り組み状況を評価した報告書では、TCFD最終提言に則した情報を開示しているか、開示する方針にある年金基金が全体の17%にとどまった。
  2. 気候変動への取り組みが高く評価されている欧州公的年金の事例としては、スウェーデンのAP基金、フランスのFRR、ノルウェーGPFG等が挙げられる。AP基金は、2019年、法律により責任投資と高いリターン追求の両立が求められるようになった。AP基金やFRRは、再生可能エネルギー事業等への投資を可能とする取り組みを推進しているほか、指数提供業者との提携を通じて低炭素関連指標の開発・拡充を進めるなど、様々な活動を展開しはじめている。
  3. 欧州の公的年金基金による気候変動への対応としては、従来化石燃料企業からの投資引き揚げ(ダイベストメント)を通じて、気候リスクの低減を図る動きが目立っていたが、近年はその取り組みが多様化している。ダイベストメントよりもエンゲージメントや議決権行使などを通じて、企業に気候変動への対応を促す傾向が前面に出ている。また、再生可能エネルギー事業等への投資を拡大できるよう、運用方針を変更する動きも目立つ。
  4. 大規模な公的年金による気候変動への取り組みは、他の機関投資家に及ぼすシグナル効果が大きいと見られる。それらの取り組みが、気候変動によるリスクや機会を示す各種指標データの蓄積、標準化など、上記に挙げた課題解消に寄与することも期待される。
トランジションボンドの登場とサステナブルファイナンスの新潮流 江夏 あかね
  1. トランジションボンドは、一般的に、二酸化炭素排出量等の観点からグリーンボンドの発行基準を満たさないものの、低炭素経済社会等に移行(トランジション)するためのプロジェクトを資金使途とする債券を指す。
  2. トランジションボンドが誕生した背景としては、金融市場において、開示、経済活動の分類、ベンチマーク等、複数の分野で、「トランジション(移行)」がテーマとして注目を集めつつあることが挙げられる。そして、フランスの大手運用機関アクサ・インベストメント・マネージャーズ(アクサIM)が2019年6月にガイドラインを公表、クレディ・スイスと気候債券イニシアチブ(CBI)が2019年9月に「サステナブル・トランジションボンド」に関するパートナーシップ締結、といった動きもある。
  3. トランジションボンド及び同市場が健全に発展していくためには、発行体によるサステナビリティ戦略へのコミットメントを通じて市場の信認を得ることが大前提になるほか、グリーンボンド等と同様に、レポーティング等を通じて、投資家が環境・社会面でのインパクトを適切に把握できるように透明性を確保することが重要と思われる。
EUにおける自己資本規制へのESGリスク反映の議論
−アクション・プランを示した欧州銀行監督機構−
磯部 昌吾
  1. 欧州連合(EU)において気候変動問題への関心が増々高まる中、欧州銀行監督機構(EBA)は、2019年12月6日にサステナブル・ファイナンスに関するアクション・プランを公表し、自己資本規制における環境・社会・ガバナンス(ESG)リスクの反映に関する検討スケジュールを明らかにした。
  2. 気候変動問題への対応には多額の追加投資が必要となることから、銀行の金融仲介機能を通じて、民間資金が気候変動対応に回るように促していく上で、自己資本規制におけるESGリスクの反映は、重要な政策手段の1つとなる可能性がある。
  3. EBAは、自己資本規制の3つの柱におけるESGリスクの反映を検討した上で、欧州委員会等への報告やガイドライン・細則案の策定を行う予定である。特に、第1の柱(最低基準)については、評価の複雑性と潜在的な影響の大きさを踏まえて、2025年6月までという長い評価期間を設けているのが特徴的である。
  4. 欧州の規制当局の見解は一枚岩ではなく、まずはEBAの検討結果が待たれるところである。EUが独自に自己資本規制にESGリスクを組み入れる場合には、EUの銀行の与信行動に影響を与えるであろう。また、EU域外の銀行との間で資本賦課に差が出るようであれば、国際競争上の問題が生じる可能性も考えられ、その場合には他の国においても同様の措置が取られるかが論点となってこよう。EUにおける議論とEU域外への波及の可能性を今後も注視する必要があるだろう。
中央銀行デジタル通貨の発行を目指す中国
−予想されるマクロ面での影響−
関 志雄
  1. 中国では、中央銀行デジタル通貨(CBDC)の発行は、構想から実行の段階に移ろうとしている。中国が導入しようとするCBDCは、だれでもアクセスでき、決済が仲介機関を経由しない「リテール・トークン型」である。その特徴は、(1)現金(M0)の代替、(2)中央銀行と利用者の間に商業銀行などの仲介機関が入る二層構造の運営体制、(3)特定の技術に限定しない、(4)無利子、(5)「制御可能な匿名性」に基づく個人情報の取り扱い、(6)オフライン決済が可能、である。
  2. 現段階の構想通りに、CBDCが無利子で、現金の代替にとどまる場合、その導入によってもたらされる金融政策と金融システムへの影響はそれほど大きくない。しかし、金利が付き、現金だけでなく銀行預金も代替の対象となるCBDCが発行される場合、金融政策の有効性は高まる一方で、金融システムにおける銀行の地盤沈下は加速しかねない。
  3. CBDCの発行は、人民元の利便性の向上を通じて、人民元の国際化に寄与すると期待されている。しかし、厳しい資本規制が維持され、CBDCもその対象になると予想される以上、その効果は限定的であろう。
  4. 中国は、CBDCを本格的に導入する最初の国になりそうである。それに向けて、綿密に構想を練っており、実行に移ってからも慎重な姿勢は変わらないと予想される。最終的に、中国において、現金が完全にCBDCに取って代わられ、キャッシュレス社会が実現されるだろうが、そこまでの道のりはまだ遠い。
時流 金融規制のNext Step 上智大学法科大学院教授 森下 哲朗

金融審議会のスタディ・グループやワーキング・グループでは新たな金融規制のあり方についての議論が行われてきた。そこでは、今後の金融規制のあるべき姿として、イノベーションの促進と利用者利便の向上に資する規制体系であること、同一の機能・同一のリスクには同一のルールを適用すること、といった基本的な方向性が示されている。具体的な規制の見直しという観点でも、決済分野等で一定の成果が出ており今後の活用が期待される。同時に、今後の検討課題も多い。産官学が一体となって知恵を出し合ってより良い金融規制を構築していく必要がある。

地方公共団体と地方銀行
−指定金融機関制度の変遷と今後の展望−
江夏 あかね
  1. 地方公共団体と地方銀行は、指定金融機関制度等を通じて深い関係を長らく築いており、互いに地域経済社会にとって不可欠な存在となっている。しかし、金融市場環境や地域経済社会の構造が移り変わる中、1990年代後半頃からその関係が変化する傾向が見られている。特に、2010年代半ば頃からの金利水準の継続的な低下も相まって、地方公共団体向けビジネスから距離を置くことを検討する金融機関が出現するなど、かつてに比べて厳しいものとなりつつある。
  2. 地方公共団体が中長期的に行財政の持続可能性を維持する上では、(1)国の厳しい財政状況、(2)地方公共団体による社会保障や公共施設等の適正化といった喫緊の施策への取り組み、といった課題を克服することが必要と考えられる。
  3. 地方経済社会の持続可能性を確保するためには、それらに加え、幅広い意味での地方創生や持続可能な開発目標(SDGs)達成に向けた取り組みを進めることも求められる。ただし、地方創生やSDGsも含めた取り組みを、地方公共団体のみで包括的に進めることは困難であり、地方銀行等と連携し、地方が抱える課題を解決していくことが重要である。
  4. 地方公共団体と地方銀行の双方が連携するメリットを感じ、持続的な関係を築くためには、地域をめぐる問題意識の共有、経済合理性の確保、域内の付加価値を創出する取り組みでの協働といった点がカギになろう。そのような観点から、地方公共団体と地方銀行がメリットを感じて連携可能な分野としては、例えば、公共施設等の適正管理、地域中小企業におけるSDGs支援といったものが挙げられる。
注目される地方銀行によるグリーンボンドの発行 富永 健司
  1. 世界の金融市場において、環境・社会・ガバナンス(ESG)を重視する投資概念の浸透、パリ協定や持続可能な開発目標(SDGs)等の国際合意を背景に、グリーンボンドの発行が伸びている。日本においても2017年頃からグリーンボンドの発行が増加している。これまで、日本の銀行によるグリーンボンドの発行は政府系金融機関やメガバンク等が中心となっていたが、このたび新たに地方銀行がグリーンボンドを発行した。具体的には、群馬銀行が2019年11月に国内の地方銀行として初めて発行し、その後、名古屋銀行が2019年12月に発行した。
  2. 日本においては近年、ESG金融における間接金融の重要性に対する認識が高まっている。そのような中で、地方銀行は、(1)担当主幹部署の設置、(2)プロジェクトチームの組成、(3)行動宣言や行動憲章の制定、(4)ESG/SDGsを意識した投資方針の制定、(5)ESG/SDGsを意識した融資方針の制定、などの形で取り組みを進めている。
  3. これらに加えて地方銀行は、地方経済・社会の中心的な担い手として、地方創生に関する取り組みも行っており、元々ESG/SDGs金融との親和性が高かったと言える。グリーンボンドの発行は、資本調達面におけるESG/SDGsへの対応という観点で考えることができる。
  4. 群馬銀行と名古屋銀行の発行事例で共通しているのは、規制資本の充実を目的とした社債発行を通じて、(1)組織として注力するESG/SDGsへの取り組みについての資本調達面からの拡充、(2)グリーンボンドの発行による幅広い業態の投資家層へのアクセス、を実現したことである。地方銀行セクターにおいては、ESG/SDGsへの取り組みが進む中で、今後グリーンボンド発行という手法が活用されるようになるのか注目される。グリーンボンドを通じた融資等が、地方銀行ビジネスの活性化へ貢献し、同時に環境・地域社会へのインパクトを創出するのかといった点も今後さらなる議論が求められよう。
米国地域金融機関の証券ビジネスを支援するLPLファイナンシャル 下山 貴史岡田 功太
  1. LPLファイナンシャルは、全米最大級のファイナンシャル・アドバイザー向け証券取引サービス提供会社として知られている。同社は、地銀、信用組合、独立系ファイナンシャル・アドバイザー(IFA会社)に所属する約1万6,100名のファイナンシャル・アドバイザーに、証券取引及び証券事業支援サービスを提供している。それらのファイナンシャル・アドバイザーは、主に地方で営業活動に従事していることから、LPLファイナンシャルは、地域金融機関の証券ビジネスを支援している存在とも言える。
  2. 同社は、ブローカレッジ・サービスとアドバイザリー・サービスを提供するが、近年は投資アドバイスの対価としてフィーを受け取るアドバイザリー・サービスに注力している。また、ファイナンシャル・アドバイザーの業務効率化を目的としたテクノロジー・ツール等の提供も行っており、2019年のテクノロジー投資額を約1億5,000万ドルに決定し、同ツールの拡充を図っている。
  3. LPLファイナンシャルは、上記のサービスを通じて、多様な地域金融機関に属するファイナンシャル・アドバイザーを支援している。同社との提携を通じて、非金利収入を増加させた地域金融機関、収益源の多角化を図る銀行、顧客との関係強化や業務効率化を実現した小規模信用組合やIFA会社など様々である。
  4. LPLファイナンシャルの成長は、大手証券会社が有するミドルオフィス及びバックオフィス機能を、サービスとして社外に提供することで収益化できる可能性を示唆すると共に、地域金融機関にとって同サービスが魅力的であることを意味している。LPLファイナンシャルのようなサービス提供者は、米国の幅広い地域において、顧客に対して適切なファイナンシャル・アドバイスが提供されるためにも、欠かせない存在と言えよう。
金融包摂を促進する重要な役割を担うフィリピンの地域金融機関 北野 陽平武井 悠輔
  1. フィリピンは、堅調な経済成長を持続させ、より包摂的な発展を実現するべく、国民の幅広い金融包摂を推進している。同国において金融機関口座を保有する15歳以上人口の割合は2017年時点で32%で、地方では26%に留まり、多くの地方自治体では銀行が設置されていない。そのような中、フィリピン中央銀行(BSP)は、銀行サービスが提供されていない地方自治体の割合を2020年までに20%へと引き下げることを目指している。
  2. フィリピンの銀行は、ユニバーサルバンク、商業銀行、貯蓄銀行、農村銀行、協同組合銀行に分類される。このうち、農村銀行は、地方における金融包摂を促進する重要な役割を担うと期待されている。地方居住者の資金需要に対応するため、BSP主導で農村銀行のプレゼンス強化に向けた取り組みが進められてきた結果、農村銀行の店舗数は1999年末の1,778店から2019年9月末には3,048店となり、融資残高は同期間に3.6倍に増加した。
  3. 金融包摂の促進には決済サービスの利用拡大も課題となる中、全国レベルで国民による安価、効率的、安全、信頼性の高い決済を可能にする仕組みの構築を目指して、「国家リテール決済システム(NRPS)」が2015年に導入された。現状、NRPSは地方では普及が進んでおらず、農村銀行間の送金・決済システムも接続されていない。そうした中、ブロックチェーン技術の活用により、農村銀行間の直接送金や効率的な国際送金を可能にするプロジェクトが進められている。
  4. 農村銀行は、より安価で金融サービスを提供するためのテクノロジーの活用にも取り組み始めている。例えば、足下では、ITコスト及びオペレーションコストの削減等を目的として、クラウドベースの勘定系システムを導入する動きが見られる。地方では、ITの利用環境は都市部に比べ総じて遅れているものの、将来的には、都市部で始まっている金融サービスのデジタル化が広がっていく可能性もある。今後、フィリピンにおける地域金融機関のサービスが、どのような発展を遂げるのか注目される。
最終化された米国の大手銀行規制の見直し
−リスク・プロファイルに応じたプルーデンス規制の再構築−
小立 敬
  1. 米国FRBは2019年10月、銀行のリスク・プロファイルをプルーデンス規制の枠組みに反映させるテイラード・アプローチの下、総資産1,000億ドル以上の米国銀行および外国銀行のプルーデンス規制の枠組みを改定する最終規則を公表し、2019年末から適用を開始した。
  2. 従来はドッド=フランク法に基づいて、総資産500億ドル以上の銀行持株会社には厳格なプルーデンス規制が適用されてきたが、トランプ政権の下、2018年5月に成立した経済成長・規制緩和・消費者保護法が、厳格なプルーデンス規制の適用基準を総資産500億ドルから2,500億ドルに引き上げたことが背景にある。
  3. 最終規則によって、総資産1,000億ドル以上の米国銀行、外国銀行はリスク・プロファイルに応じて「カテゴリーI」から「カテゴリーIV」までの4つのカテゴリーに区分され、各々のカテゴリーに応じて厳格さの異なる自己資本規制や流動性規制、ストレス・テストの要件等が課せられることとなる。
  4. 金融危機以降、FRBはプルーデンス規制に銀行のリスク・プロファイルを反映させる取組みを行ってきた。今般のテイラード・アプローチによってリスク・プロファイルに応じたカテゴリーが明確化されており、従来に比べてより洗練された枠組みとなったという評価が可能であろう。
  5. ただし、外国銀行の扱いに関しては議論がある。特に具体的な争点となっているのが、外国銀行の米国支店に対して標準化された流動規制を適用するか否かの検討である。最終規則では具体的な措置は見送られたが、FRBは数カ月以内に検討する方針を明らかにしている。また、外国銀行の扱いについては、金融危機後の金融規制改革の重大な副作用として認識されている市場の分断につながるとの指摘もあり、最終規則が適用された後のFRBによる規制の合理性の検証が期待される。
米国で最も便利な銀行とは 淵田 康之
  1. グローバル金融危機後、米国では国内リテール業務に強い金融機関のプレゼンスが高まっている。外資系金融機関のなかでも、カナダのトロント・ドミニオンバンク・グループ(TDバンク・グループ)傘下のTDバンクは、米国内でリテール業務に注力することで顕著な成長を遂げている。
  2. 各国の多くの金融機関は、世界の金融ビジネスの中心である米国市場に進出し、業務拡大を目指してきた。しかし今日、日系や欧州系の金融機関の多くは、過去の一時期に比べ、米国市場における存在感を低下させている。こうしたなかTDバンクは、「米国で最も便利な銀行」を掲げ、米国で最も成功した外資系銀行となったのである。
  3. 金融危機を経て、米国金融市場の重要性はむしろ高まった。プラスの金利が維持され、預金・貸出など正常な金融ビジネスが成り立つ、世界で数少ない市場の一つとなったからである。TDバンクは、やはり経済が底堅く推移し、また安定した金融システムを持つカナダをマザーマーケットとしつつ、米国でリテール金融業務を拡大することにより、グループ全体の企業価値向上に寄与している。
  4. TDバンク・グループは、TDアメリトレードを通じて、米国におけるリテール証券ビジネスでも存在感を示してきた。そして2019年、取引手数料ゼロ時代が到来すると、TDアメリトレードをチャールズ・シュワブに売却し、チャールズ・シュワブの大株主となった。
  5. わが国の主要金融機関においても、今後の成長のためには海外ビジネスの拡大が不可欠であるが、その成功には、国内の経済や金融システムの改善・改革が前提となろう。その上で、どれだけ多くの現地ユーザーに、真に必要とされる金融機関となれるかがカギとなろう。
チャールズ・シュワブによるTDアメリトレードの買収
−米国個人向け金融サービス業界への示唆−
岡田 功太
  1. チャールズ・シュワブは2019年11月、TDアメリトレードを買収することを公表した。本件は株式交換で行われ、買収額は約260億ドルに達する。買収完了後のチャールズ・シュワブの預かり資産は約5.1兆ドル、証券口座数は約2,400万口座に達する見込みである(単純合算ベース)。同社は、コスト削減と顧客基盤の強化を推進し、より効率的で大規模な個人向け金融サービス業を追求すると見られる。
  2. 今般の買収の背景として、(1)売買手数料無料化等により事業環境が急激に変化していること、(2)連邦準備制度理事会の利下げの影響によって金利収入が縮小し、更なる預かり資産の拡大の必要性が高まったこと、(3)チャールズ・シュワブが創業当初から掲げてきた経営哲学に基づく「好循環」の一層の強化と整合的であること、が挙げられる。
  3. 買収完了後のチャールズ・シュワブは、独立系ファイナンシャル・アドバイザーである投資顧問業者(RIA)から約2兆ドルの資産を預かることになり、これを契機にRIAの顧客化を巡る大手金融機関の競争が激化する可能性が高い。また、長年、チャールズ・シュワブ及びTDアメリトレードと競合関係にあるイー・トレードを中心に、ディスカウント・ブローカー業界の再編も注目されている。アドバイザリー・フィーの低下と、同サービスに組み入れられるミューチュアルファンド及びETFの低コスト化の可能性も指摘されている。
  4. 今般の買収は、ディスカウント・ブローカー及びRIA向けサービス事業におけるチャールズ・シュワブやフィデリティ・インベストメンツなど、一部の大手金融機関が、より一層巨大化する方向性を示唆しており、今後の動向は注視する必要がある。
上場・非上場の垣根を飛び越えるクロスオーバー投資
−米国ミューチュアルファンドによるプレIPO株式投資の実状−
竹下 智
  1. 上場企業を主な投資対象とするミューチュアルファンドやヘッジファンドによる非上場企業への投資は、上場/非上場の垣根を越えた投資という意味で「クロスオーバー投資」と呼ばれる。近年、米国では非上場企業への投資において、VC以外のミューチュアルファンドやヘッジファンド等の存在が大きくなってきている。特に、IPO前のウーバー・テクノロジーズには55本のミューチュアルファンドが投資を行っていたことが知られている。
  2. クロスオーバー投資家は、レイターステージでの大型の資金調達において主要な投資家の一つであるとともに、アーリーステージの投資家(含む従業員)に流動性を供給する役割を担っている。ミューチュアルファンドが非上場企業への投資を行う理由として、(1)IPOまで待っていると会社の成長サイクルの重要なステージを逃す可能性がある、(2)イノベーションや創造的破壊が起きている産業セクターの評価をするには上場企業および非上場企業の両方を見ておく必要がある、という点があげられる。
  3. 非上場株式は取引所での株価が存在しないため、運用会社毎に投資対象の時価評価を行っている。非上場企業には上場企業に課せられた情報開示等の義務がないため、投資家が独自で情報収集にあたらなければならず、経営状況の監視やバリエーションに費やす時間が必然的に上場企業の場合よりも多くなる。そのため、クロスオーバー投資は分析リソースが豊富な大規模ファンドに適している。
  4. 米国ミューチュアルファンドはすでに日本の非上場企業への投資を行っている。日本国内においても今後、イノベーションの促進、ベンチャー支援策の充実を図る上で、クロスオーバー投資の振興も重要な課題となるのではないか。
米国における退職資産拡充策を巡る議論
−退職保障強化法案(SECURE法案)を中心に−
岡田 功太中村 美江奈
  1. 米国では、長寿化が進行する一方で、ソーシャル・セキュリティ(公的年金)の財政難等の課題がある。こうした中、連邦議会では、超党派の有力議員が、「全地域社会における退職保障強化法案」(通称SECURE法案)を提出した。同法案は、下院で既に可決されており、上院で審議待ちの状態である。
  2. SECURE法案は、2006年年金保護法以来、13年ぶりの本格的な年金制度改革である。2006年年金保護法は、401(k)プランの「自動化」の制度の整備等により、職域の確定拠出年金(DC)プランや個人退職勘定(IRA)の資産の積み立て(アキュミュレーション)促進に寄与した。SECURE法案は、退職プラン加入者のさらなる拡大と、引退後の資産の取り崩し(デキュミュレーション)局面における課題解消等を目指している。
  3. SECURE法案の主な特徴は、第一に、伝統的IRAの拠出年齢制限の廃止といった既存の退職資産形成制度の拡大の促進である。第二に、退職プランへの長期雇用パート従業員の加入促進や、中小企業従業員の退職プラン加入促進を意図した複数雇用主プラン(MEP)の要件緩和等の加入者拡大である。第三に、デキュミュレーションにおけるアニュイティ等の普及促進や、退職後の収入予測といったライフタイム・インカム確保の施策である。
  4. SECURE法案は超党派の支持を得ているものの、成立の可否やタイミングについては、政局次第である。他方、同法案の内容を念頭に、大手資産運用会社等は新たなソリューションの開発を推進している。つまり、SECURE法案は、既に米国リタイアメント市場において新たなダイナミズムを生み出しはじめており、法案の成否と併せて、今後の展開が注目される。
欧州における投信併合
−英国の事例を中心に−
神山 哲也塩島 晋
  1. 日本では、小規模投信(ファンド)が多数存在するという問題に対処するべく、ファンド併合を実施可能にするための制度面の整備が行われてきた。しかし、実績は2019年11月に発表された一件に留まっている。今後、自助努力による資産形成、資産運用の重要性が増していく中、ファンド併合等を通じて運用業界の効率化を図ることは一層求められるようになろう。
  2. 欧州では従来、ファンド併合が月間数十件というペースで行われてきた。EU域内におけるクロスボーダーのファンド併合を促進するための制度整備も行われてきた。EUの制度を国内法化した英国では、スキーム・オブ・アレンジメントと呼ばれる仕組みを用いてファンド併合が行われている。
  3. 英国のファンド併合事例を見ると、目的として、小規模ファンドを併合することによる規模の経済追求等を掲げた上で、ファンド・オブ・ファンズと通常のファンドの併合や、株・債券の組入比率の相違、デリバティブ利用の有無、分配頻度など、ファンドの形態や運用手法は必ずしも近似したものでなくても実施されている。
  4. 英国では、ファンドの規模が最適水準を大幅に下回っていると考えられる場合、運用方法等の細かな相違には拘らず、より総合的な投資家利益への配慮から、規模の経済を優先する姿勢がみられる。日本においてファンド併合を検討する際に、参考になるアプローチであると考えられる。
2020年以降の議決権行使助言会社の助言方針改定 西山 賢吾
  1. 代表的な議決権行使助言会社であるISSとグラス・ルイスの2020年議決権行使助言方針改定内容が明らかになった(改定内容の一部の適用は2021年)。ISSの改定は、(1)政策保有先企業出身の社外役員には「独立性なし」の判断、(2)親会社、支配株主の存在する企業に対する独立社外取締役の増員、の2点、そして、グラス・ルイスでは、東証1、2部対象企業に最低1名以上の女性役員登用を要請、(2)政策保有株式保有水準に関する基準の導入(2021年より)の2点である。
  2. 今回の助言方針改定の特徴として、ISSは社外役員の独立性という観点、グラス・ルイスは保有水準という観点から、それぞれ、政策保有株式を議決権行使助言方針に取り入れたことが挙げられる。従来政策保有株式と議決権行使を関連付けることは難しいと考えられていたが、今回の助言方針改定を受け、機関投資家でも同様な議決権行使助言方針を採用するかどうかが注目される。しかし、現状ではその動きが大きく進むとは考えにくく、エンゲージメントの重要テーマとしてより多くの投資家が取り上げることになるであろう。
  3. 社外取締役の増員も重要なテーマである。これについては、全ての企業に3分の1以上の独立社外取締役を求める機関投資家も出始めてきたが、全体としては支配株主や親会社のある企業などに社外取締役の増員を求める動きがさらに進む一方、全ての企業に求める動きが大きく広がるにはなお時間を要すると考える。
  4. 議決権行使助言会社の影響力に関し話題に上ることが多く、2020年に改訂予定のスチュワードシップ・コードにおいても、議決権行使助言会社に対し、十分かつ適切な人的・組織体制の整備とそれを含む助言策定プロセスの具体的な公表などが求められている。その背景には、機関投資家の議決権行使を助言会社が決めている、すなわち、議決権行使助言会社の助言方針をそのまま機関投資家が取り入れているという誤解があると推察されるが、実際には、「機関投資家の議決権行使に対する意見や考え方のコンセンサスが議決権行使助言会社の助言方針」となっているといえるであろう。
気候変動対策で世界のリーダーを目指す「欧州グリーンディール」 江夏 あかね磯部 昌吾
  1. 欧州連合(EU)の執行機関である欧州委員会は2019年12月11日、脱炭素と経済成長の両立を図ることを目的とした工程表である「欧州グリーンディール」を公表した。同工程表は、2019年12月1日に就任したフォンデアライエン欧州委員長が最優先政策に掲げる気候変動対策の一環として位置付けられる。
  2. 欧州グリーンディールで注目されるのは、気候関連目標への野心的なアプローチ、低炭素経済社会への移行に関する支援、サステナブルファイナンス戦略の3点である。2020年第3四半期に公表予定のサステナブルファイナンス戦略では、(1)サステナブル投資に関する基盤強化、(2)サステナブル投資に関する特定可能性及び信頼性向上、(3)気候・環境リスクの金融システムへの組み入れ、といった3つの方針が掲げられた。
  3. 欧州グリーンディールは、基本的にはEU域内を対象としているものの、日本を含めたEU域外の国・地域に影響が及ぶ可能性が高いことが示唆された。同時に、欧州グリーンディールの実現に向けて、サステナブルファイナンス戦略を通じて、金融市場にもタクソノミー、開示、ラベル、EUグリーンボンド基準(EU GBS)、健全性規制といった複数の側面から影響が及ぶ可能性があることも示された。
  4. 世界に先駆けて包括的な気候変動対策に取り組むEUが示した欧州グリーンディールの各項目に関する今後の進捗や実効性等に対して、世界各国の政府、産業界、金融市場から注目が集まる状況が続くと想定される。
欧州公的年金基金の気候変動への対応
−スウェーデンAP基金、仏FRR、ノルウェーGPFGの事例を中心に−
林 宏美
  1. 金融安定理事会(FSB)の下部組織であるTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)が2017年6月に公表した最終提言(TCFD最終提言)では、インベストメントチェーンの頂点に位置付けられる年金基金等のアセット・オーナーも、投資先企業による取り組みを促す役割を果たすべく、一定の情報開示が求められている。2018年11月に英国のNGOが大規模な公的年金基金の取り組み状況を評価した報告書では、TCFD最終提言に則した情報を開示しているか、開示する方針にある年金基金が全体の17%にとどまった。
  2. 気候変動への取り組みが高く評価されている欧州公的年金の事例としては、スウェーデンのAP基金、フランスのFRR、ノルウェーGPFG等が挙げられる。AP基金は、2019年、法律により責任投資と高いリターン追求の両立が求められるようになった。AP基金やFRRは、再生可能エネルギー事業等への投資を可能とする取り組みを推進しているほか、指数提供業者との提携を通じて低炭素関連指標の開発・拡充を進めるなど、様々な活動を展開しはじめている。
  3. 欧州の公的年金基金による気候変動への対応としては、従来化石燃料企業からの投資引き揚げ(ダイベストメント)を通じて、気候リスクの低減を図る動きが目立っていたが、近年はその取り組みが多様化している。ダイベストメントよりもエンゲージメントや議決権行使などを通じて、企業に気候変動への対応を促す傾向が前面に出ている。また、再生可能エネルギー事業等への投資を拡大できるよう、運用方針を変更する動きも目立つ。
  4. 大規模な公的年金による気候変動への取り組みは、他の機関投資家に及ぼすシグナル効果が大きいと見られる。それらの取り組みが、気候変動によるリスクや機会を示す各種指標データの蓄積、標準化など、上記に挙げた課題解消に寄与することも期待される。
トランジションボンドの登場とサステナブルファイナンスの新潮流 江夏 あかね
  1. トランジションボンドは、一般的に、二酸化炭素排出量等の観点からグリーンボンドの発行基準を満たさないものの、低炭素経済社会等に移行(トランジション)するためのプロジェクトを資金使途とする債券を指す。
  2. トランジションボンドが誕生した背景としては、金融市場において、開示、経済活動の分類、ベンチマーク等、複数の分野で、「トランジション(移行)」がテーマとして注目を集めつつあることが挙げられる。そして、フランスの大手運用機関アクサ・インベストメント・マネージャーズ(アクサIM)が2019年6月にガイドラインを公表、クレディ・スイスと気候債券イニシアチブ(CBI)が2019年9月に「サステナブル・トランジションボンド」に関するパートナーシップ締結、といった動きもある。
  3. トランジションボンド及び同市場が健全に発展していくためには、発行体によるサステナビリティ戦略へのコミットメントを通じて市場の信認を得ることが大前提になるほか、グリーンボンド等と同様に、レポーティング等を通じて、投資家が環境・社会面でのインパクトを適切に把握できるように透明性を確保することが重要と思われる。
EUにおける自己資本規制へのESGリスク反映の議論
−アクション・プランを示した欧州銀行監督機構−
磯部 昌吾
  1. 欧州連合(EU)において気候変動問題への関心が増々高まる中、欧州銀行監督機構(EBA)は、2019年12月6日にサステナブル・ファイナンスに関するアクション・プランを公表し、自己資本規制における環境・社会・ガバナンス(ESG)リスクの反映に関する検討スケジュールを明らかにした。
  2. 気候変動問題への対応には多額の追加投資が必要となることから、銀行の金融仲介機能を通じて、民間資金が気候変動対応に回るように促していく上で、自己資本規制におけるESGリスクの反映は、重要な政策手段の1つとなる可能性がある。
  3. EBAは、自己資本規制の3つの柱におけるESGリスクの反映を検討した上で、欧州委員会等への報告やガイドライン・細則案の策定を行う予定である。特に、第1の柱(最低基準)については、評価の複雑性と潜在的な影響の大きさを踏まえて、2025年6月までという長い評価期間を設けているのが特徴的である。
  4. 欧州の規制当局の見解は一枚岩ではなく、まずはEBAの検討結果が待たれるところである。EUが独自に自己資本規制にESGリスクを組み入れる場合には、EUの銀行の与信行動に影響を与えるであろう。また、EU域外の銀行との間で資本賦課に差が出るようであれば、国際競争上の問題が生じる可能性も考えられ、その場合には他の国においても同様の措置が取られるかが論点となってこよう。EUにおける議論とEU域外への波及の可能性を今後も注視する必要があるだろう。
中央銀行デジタル通貨の発行を目指す中国
−予想されるマクロ面での影響−
関 志雄
  1. 中国では、中央銀行デジタル通貨(CBDC)の発行は、構想から実行の段階に移ろうとしている。中国が導入しようとするCBDCは、だれでもアクセスでき、決済が仲介機関を経由しない「リテール・トークン型」である。その特徴は、(1)現金(M0)の代替、(2)中央銀行と利用者の間に商業銀行などの仲介機関が入る二層構造の運営体制、(3)特定の技術に限定しない、(4)無利子、(5)「制御可能な匿名性」に基づく個人情報の取り扱い、(6)オフライン決済が可能、である。
  2. 現段階の構想通りに、CBDCが無利子で、現金の代替にとどまる場合、その導入によってもたらされる金融政策と金融システムへの影響はそれほど大きくない。しかし、金利が付き、現金だけでなく銀行預金も代替の対象となるCBDCが発行される場合、金融政策の有効性は高まる一方で、金融システムにおける銀行の地盤沈下は加速しかねない。
  3. CBDCの発行は、人民元の利便性の向上を通じて、人民元の国際化に寄与すると期待されている。しかし、厳しい資本規制が維持され、CBDCもその対象になると予想される以上、その効果は限定的であろう。
  4. 中国は、CBDCを本格的に導入する最初の国になりそうである。それに向けて、綿密に構想を練っており、実行に移ってからも慎重な姿勢は変わらないと予想される。最終的に、中国において、現金が完全にCBDCに取って代わられ、キャッシュレス社会が実現されるだろうが、そこまでの道のりはまだ遠い。
要約
時流 金融規制のNext Step 上智大学法科大学院教授 森下 哲朗

金融審議会のスタディ・グループやワーキング・グループでは新たな金融規制のあり方についての議論が行われてきた。そこでは、今後の金融規制のあるべき姿として、イノベーションの促進と利用者利便の向上に資する規制体系であること、同一の機能・同一のリスクには同一のルールを適用すること、といった基本的な方向性が示されている。具体的な規制の見直しという観点でも、決済分野等で一定の成果が出ており今後の活用が期待される。同時に、今後の検討課題も多い。産官学が一体となって知恵を出し合ってより良い金融規制を構築していく必要がある。

地方公共団体と地方銀行
−指定金融機関制度の変遷と今後の展望−
江夏 あかね
  1. 地方公共団体と地方銀行は、指定金融機関制度等を通じて深い関係を長らく築いており、互いに地域経済社会にとって不可欠な存在となっている。しかし、金融市場環境や地域経済社会の構造が移り変わる中、1990年代後半頃からその関係が変化する傾向が見られている。特に、2010年代半ば頃からの金利水準の継続的な低下も相まって、地方公共団体向けビジネスから距離を置くことを検討する金融機関が出現するなど、かつてに比べて厳しいものとなりつつある。
  2. 地方公共団体が中長期的に行財政の持続可能性を維持する上では、(1)国の厳しい財政状況、(2)地方公共団体による社会保障や公共施設等の適正化といった喫緊の施策への取り組み、といった課題を克服することが必要と考えられる。
  3. 地方経済社会の持続可能性を確保するためには、それらに加え、幅広い意味での地方創生や持続可能な開発目標(SDGs)達成に向けた取り組みを進めることも求められる。ただし、地方創生やSDGsも含めた取り組みを、地方公共団体のみで包括的に進めることは困難であり、地方銀行等と連携し、地方が抱える課題を解決していくことが重要である。
  4. 地方公共団体と地方銀行の双方が連携するメリットを感じ、持続的な関係を築くためには、地域をめぐる問題意識の共有、経済合理性の確保、域内の付加価値を創出する取り組みでの協働といった点がカギになろう。そのような観点から、地方公共団体と地方銀行がメリットを感じて連携可能な分野としては、例えば、公共施設等の適正管理、地域中小企業におけるSDGs支援といったものが挙げられる。
注目される地方銀行によるグリーンボンドの発行 富永 健司
  1. 世界の金融市場において、環境・社会・ガバナンス(ESG)を重視する投資概念の浸透、パリ協定や持続可能な開発目標(SDGs)等の国際合意を背景に、グリーンボンドの発行が伸びている。日本においても2017年頃からグリーンボンドの発行が増加している。これまで、日本の銀行によるグリーンボンドの発行は政府系金融機関やメガバンク等が中心となっていたが、このたび新たに地方銀行がグリーンボンドを発行した。具体的には、群馬銀行が2019年11月に国内の地方銀行として初めて発行し、その後、名古屋銀行が2019年12月に発行した。
  2. 日本においては近年、ESG金融における間接金融の重要性に対する認識が高まっている。そのような中で、地方銀行は、(1)担当主幹部署の設置、(2)プロジェクトチームの組成、(3)行動宣言や行動憲章の制定、(4)ESG/SDGsを意識した投資方針の制定、(5)ESG/SDGsを意識した融資方針の制定、などの形で取り組みを進めている。
  3. これらに加えて地方銀行は、地方経済・社会の中心的な担い手として、地方創生に関する取り組みも行っており、元々ESG/SDGs金融との親和性が高かったと言える。グリーンボンドの発行は、資本調達面におけるESG/SDGsへの対応という観点で考えることができる。
  4. 群馬銀行と名古屋銀行の発行事例で共通しているのは、規制資本の充実を目的とした社債発行を通じて、(1)組織として注力するESG/SDGsへの取り組みについての資本調達面からの拡充、(2)グリーンボンドの発行による幅広い業態の投資家層へのアクセス、を実現したことである。地方銀行セクターにおいては、ESG/SDGsへの取り組みが進む中で、今後グリーンボンド発行という手法が活用されるようになるのか注目される。グリーンボンドを通じた融資等が、地方銀行ビジネスの活性化へ貢献し、同時に環境・地域社会へのインパクトを創出するのかといった点も今後さらなる議論が求められよう。
米国地域金融機関の証券ビジネスを支援するLPLファイナンシャル 下山 貴史岡田 功太
  1. LPLファイナンシャルは、全米最大級のファイナンシャル・アドバイザー向け証券取引サービス提供会社として知られている。同社は、地銀、信用組合、独立系ファイナンシャル・アドバイザー(IFA会社)に所属する約1万6,100名のファイナンシャル・アドバイザーに、証券取引及び証券事業支援サービスを提供している。それらのファイナンシャル・アドバイザーは、主に地方で営業活動に従事していることから、LPLファイナンシャルは、地域金融機関の証券ビジネスを支援している存在とも言える。
  2. 同社は、ブローカレッジ・サービスとアドバイザリー・サービスを提供するが、近年は投資アドバイスの対価としてフィーを受け取るアドバイザリー・サービスに注力している。また、ファイナンシャル・アドバイザーの業務効率化を目的としたテクノロジー・ツール等の提供も行っており、2019年のテクノロジー投資額を約1億5,000万ドルに決定し、同ツールの拡充を図っている。
  3. LPLファイナンシャルは、上記のサービスを通じて、多様な地域金融機関に属するファイナンシャル・アドバイザーを支援している。同社との提携を通じて、非金利収入を増加させた地域金融機関、収益源の多角化を図る銀行、顧客との関係強化や業務効率化を実現した小規模信用組合やIFA会社など様々である。
  4. LPLファイナンシャルの成長は、大手証券会社が有するミドルオフィス及びバックオフィス機能を、サービスとして社外に提供することで収益化できる可能性を示唆すると共に、地域金融機関にとって同サービスが魅力的であることを意味している。LPLファイナンシャルのようなサービス提供者は、米国の幅広い地域において、顧客に対して適切なファイナンシャル・アドバイスが提供されるためにも、欠かせない存在と言えよう。
金融包摂を促進する重要な役割を担うフィリピンの地域金融機関 北野 陽平武井 悠輔
  1. フィリピンは、堅調な経済成長を持続させ、より包摂的な発展を実現するべく、国民の幅広い金融包摂を推進している。同国において金融機関口座を保有する15歳以上人口の割合は2017年時点で32%で、地方では26%に留まり、多くの地方自治体では銀行が設置されていない。そのような中、フィリピン中央銀行(BSP)は、銀行サービスが提供されていない地方自治体の割合を2020年までに20%へと引き下げることを目指している。
  2. フィリピンの銀行は、ユニバーサルバンク、商業銀行、貯蓄銀行、農村銀行、協同組合銀行に分類される。このうち、農村銀行は、地方における金融包摂を促進する重要な役割を担うと期待されている。地方居住者の資金需要に対応するため、BSP主導で農村銀行のプレゼンス強化に向けた取り組みが進められてきた結果、農村銀行の店舗数は1999年末の1,778店から2019年9月末には3,048店となり、融資残高は同期間に3.6倍に増加した。
  3. 金融包摂の促進には決済サービスの利用拡大も課題となる中、全国レベルで国民による安価、効率的、安全、信頼性の高い決済を可能にする仕組みの構築を目指して、「国家リテール決済システム(NRPS)」が2015年に導入された。現状、NRPSは地方では普及が進んでおらず、農村銀行間の送金・決済システムも接続されていない。そうした中、ブロックチェーン技術の活用により、農村銀行間の直接送金や効率的な国際送金を可能にするプロジェクトが進められている。
  4. 農村銀行は、より安価で金融サービスを提供するためのテクノロジーの活用にも取り組み始めている。例えば、足下では、ITコスト及びオペレーションコストの削減等を目的として、クラウドベースの勘定系システムを導入する動きが見られる。地方では、ITの利用環境は都市部に比べ総じて遅れているものの、将来的には、都市部で始まっている金融サービスのデジタル化が広がっていく可能性もある。今後、フィリピンにおける地域金融機関のサービスが、どのような発展を遂げるのか注目される。
最終化された米国の大手銀行規制の見直し
−リスク・プロファイルに応じたプルーデンス規制の再構築−
小立 敬
  1. 米国FRBは2019年10月、銀行のリスク・プロファイルをプルーデンス規制の枠組みに反映させるテイラード・アプローチの下、総資産1,000億ドル以上の米国銀行および外国銀行のプルーデンス規制の枠組みを改定する最終規則を公表し、2019年末から適用を開始した。
  2. 従来はドッド=フランク法に基づいて、総資産500億ドル以上の銀行持株会社には厳格なプルーデンス規制が適用されてきたが、トランプ政権の下、2018年5月に成立した経済成長・規制緩和・消費者保護法が、厳格なプルーデンス規制の適用基準を総資産500億ドルから2,500億ドルに引き上げたことが背景にある。
  3. 最終規則によって、総資産1,000億ドル以上の米国銀行、外国銀行はリスク・プロファイルに応じて「カテゴリーI」から「カテゴリーIV」までの4つのカテゴリーに区分され、各々のカテゴリーに応じて厳格さの異なる自己資本規制や流動性規制、ストレス・テストの要件等が課せられることとなる。
  4. 金融危機以降、FRBはプルーデンス規制に銀行のリスク・プロファイルを反映させる取組みを行ってきた。今般のテイラード・アプローチによってリスク・プロファイルに応じたカテゴリーが明確化されており、従来に比べてより洗練された枠組みとなったという評価が可能であろう。
  5. ただし、外国銀行の扱いに関しては議論がある。特に具体的な争点となっているのが、外国銀行の米国支店に対して標準化された流動規制を適用するか否かの検討である。最終規則では具体的な措置は見送られたが、FRBは数カ月以内に検討する方針を明らかにしている。また、外国銀行の扱いについては、金融危機後の金融規制改革の重大な副作用として認識されている市場の分断につながるとの指摘もあり、最終規則が適用された後のFRBによる規制の合理性の検証が期待される。
米国で最も便利な銀行とは 淵田 康之
  1. グローバル金融危機後、米国では国内リテール業務に強い金融機関のプレゼンスが高まっている。外資系金融機関のなかでも、カナダのトロント・ドミニオンバンク・グループ(TDバンク・グループ)傘下のTDバンクは、米国内でリテール業務に注力することで顕著な成長を遂げている。
  2. 各国の多くの金融機関は、世界の金融ビジネスの中心である米国市場に進出し、業務拡大を目指してきた。しかし今日、日系や欧州系の金融機関の多くは、過去の一時期に比べ、米国市場における存在感を低下させている。こうしたなかTDバンクは、「米国で最も便利な銀行」を掲げ、米国で最も成功した外資系銀行となったのである。
  3. 金融危機を経て、米国金融市場の重要性はむしろ高まった。プラスの金利が維持され、預金・貸出など正常な金融ビジネスが成り立つ、世界で数少ない市場の一つとなったからである。TDバンクは、やはり経済が底堅く推移し、また安定した金融システムを持つカナダをマザーマーケットとしつつ、米国でリテール金融業務を拡大することにより、グループ全体の企業価値向上に寄与している。
  4. TDバンク・グループは、TDアメリトレードを通じて、米国におけるリテール証券ビジネスでも存在感を示してきた。そして2019年、取引手数料ゼロ時代が到来すると、TDアメリトレードをチャールズ・シュワブに売却し、チャールズ・シュワブの大株主となった。
  5. わが国の主要金融機関においても、今後の成長のためには海外ビジネスの拡大が不可欠であるが、その成功には、国内の経済や金融システムの改善・改革が前提となろう。その上で、どれだけ多くの現地ユーザーに、真に必要とされる金融機関となれるかがカギとなろう。
チャールズ・シュワブによるTDアメリトレードの買収
−米国個人向け金融サービス業界への示唆−
岡田 功太
  1. チャールズ・シュワブは2019年11月、TDアメリトレードを買収することを公表した。本件は株式交換で行われ、買収額は約260億ドルに達する。買収完了後のチャールズ・シュワブの預かり資産は約5.1兆ドル、証券口座数は約2,400万口座に達する見込みである(単純合算ベース)。同社は、コスト削減と顧客基盤の強化を推進し、より効率的で大規模な個人向け金融サービス業を追求すると見られる。
  2. 今般の買収の背景として、(1)売買手数料無料化等により事業環境が急激に変化していること、(2)連邦準備制度理事会の利下げの影響によって金利収入が縮小し、更なる預かり資産の拡大の必要性が高まったこと、(3)チャールズ・シュワブが創業当初から掲げてきた経営哲学に基づく「好循環」の一層の強化と整合的であること、が挙げられる。
  3. 買収完了後のチャールズ・シュワブは、独立系ファイナンシャル・アドバイザーである投資顧問業者(RIA)から約2兆ドルの資産を預かることになり、これを契機にRIAの顧客化を巡る大手金融機関の競争が激化する可能性が高い。また、長年、チャールズ・シュワブ及びTDアメリトレードと競合関係にあるイー・トレードを中心に、ディスカウント・ブローカー業界の再編も注目されている。アドバイザリー・フィーの低下と、同サービスに組み入れられるミューチュアルファンド及びETFの低コスト化の可能性も指摘されている。
  4. 今般の買収は、ディスカウント・ブローカー及びRIA向けサービス事業におけるチャールズ・シュワブやフィデリティ・インベストメンツなど、一部の大手金融機関が、より一層巨大化する方向性を示唆しており、今後の動向は注視する必要がある。
上場・非上場の垣根を飛び越えるクロスオーバー投資
−米国ミューチュアルファンドによるプレIPO株式投資の実状−
竹下 智
  1. 上場企業を主な投資対象とするミューチュアルファンドやヘッジファンドによる非上場企業への投資は、上場/非上場の垣根を越えた投資という意味で「クロスオーバー投資」と呼ばれる。近年、米国では非上場企業への投資において、VC以外のミューチュアルファンドやヘッジファンド等の存在が大きくなってきている。特に、IPO前のウーバー・テクノロジーズには55本のミューチュアルファンドが投資を行っていたことが知られている。
  2. クロスオーバー投資家は、レイターステージでの大型の資金調達において主要な投資家の一つであるとともに、アーリーステージの投資家(含む従業員)に流動性を供給する役割を担っている。ミューチュアルファンドが非上場企業への投資を行う理由として、(1)IPOまで待っていると会社の成長サイクルの重要なステージを逃す可能性がある、(2)イノベーションや創造的破壊が起きている産業セクターの評価をするには上場企業および非上場企業の両方を見ておく必要がある、という点があげられる。
  3. 非上場株式は取引所での株価が存在しないため、運用会社毎に投資対象の時価評価を行っている。非上場企業には上場企業に課せられた情報開示等の義務がないため、投資家が独自で情報収集にあたらなければならず、経営状況の監視やバリエーションに費やす時間が必然的に上場企業の場合よりも多くなる。そのため、クロスオーバー投資は分析リソースが豊富な大規模ファンドに適している。
  4. 米国ミューチュアルファンドはすでに日本の非上場企業への投資を行っている。日本国内においても今後、イノベーションの促進、ベンチャー支援策の充実を図る上で、クロスオーバー投資の振興も重要な課題となるのではないか。
米国における退職資産拡充策を巡る議論
−退職保障強化法案(SECURE法案)を中心に−
岡田 功太中村 美江奈
  1. 米国では、長寿化が進行する一方で、ソーシャル・セキュリティ(公的年金)の財政難等の課題がある。こうした中、連邦議会では、超党派の有力議員が、「全地域社会における退職保障強化法案」(通称SECURE法案)を提出した。同法案は、下院で既に可決されており、上院で審議待ちの状態である。
  2. SECURE法案は、2006年年金保護法以来、13年ぶりの本格的な年金制度改革である。2006年年金保護法は、401(k)プランの「自動化」の制度の整備等により、職域の確定拠出年金(DC)プランや個人退職勘定(IRA)の資産の積み立て(アキュミュレーション)促進に寄与した。SECURE法案は、退職プラン加入者のさらなる拡大と、引退後の資産の取り崩し(デキュミュレーション)局面における課題解消等を目指している。
  3. SECURE法案の主な特徴は、第一に、伝統的IRAの拠出年齢制限の廃止といった既存の退職資産形成制度の拡大の促進である。第二に、退職プランへの長期雇用パート従業員の加入促進や、中小企業従業員の退職プラン加入促進を意図した複数雇用主プラン(MEP)の要件緩和等の加入者拡大である。第三に、デキュミュレーションにおけるアニュイティ等の普及促進や、退職後の収入予測といったライフタイム・インカム確保の施策である。
  4. SECURE法案は超党派の支持を得ているものの、成立の可否やタイミングについては、政局次第である。他方、同法案の内容を念頭に、大手資産運用会社等は新たなソリューションの開発を推進している。つまり、SECURE法案は、既に米国リタイアメント市場において新たなダイナミズムを生み出しはじめており、法案の成否と併せて、今後の展開が注目される。
欧州における投信併合
−英国の事例を中心に−
神山 哲也塩島 晋
  1. 日本では、小規模投信(ファンド)が多数存在するという問題に対処するべく、ファンド併合を実施可能にするための制度面の整備が行われてきた。しかし、実績は2019年11月に発表された一件に留まっている。今後、自助努力による資産形成、資産運用の重要性が増していく中、ファンド併合等を通じて運用業界の効率化を図ることは一層求められるようになろう。
  2. 欧州では従来、ファンド併合が月間数十件というペースで行われてきた。EU域内におけるクロスボーダーのファンド併合を促進するための制度整備も行われてきた。EUの制度を国内法化した英国では、スキーム・オブ・アレンジメントと呼ばれる仕組みを用いてファンド併合が行われている。
  3. 英国のファンド併合事例を見ると、目的として、小規模ファンドを併合することによる規模の経済追求等を掲げた上で、ファンド・オブ・ファンズと通常のファンドの併合や、株・債券の組入比率の相違、デリバティブ利用の有無、分配頻度など、ファンドの形態や運用手法は必ずしも近似したものでなくても実施されている。
  4. 英国では、ファンドの規模が最適水準を大幅に下回っていると考えられる場合、運用方法等の細かな相違には拘らず、より総合的な投資家利益への配慮から、規模の経済を優先する姿勢がみられる。日本においてファンド併合を検討する際に、参考になるアプローチであると考えられる。
2020年以降の議決権行使助言会社の助言方針改定 西山 賢吾
  1. 代表的な議決権行使助言会社であるISSとグラス・ルイスの2020年議決権行使助言方針改定内容が明らかになった(改定内容の一部の適用は2021年)。ISSの改定は、(1)政策保有先企業出身の社外役員には「独立性なし」の判断、(2)親会社、支配株主の存在する企業に対する独立社外取締役の増員、の2点、そして、グラス・ルイスでは、東証1、2部対象企業に最低1名以上の女性役員登用を要請、(2)政策保有株式保有水準に関する基準の導入(2021年より)の2点である。
  2. 今回の助言方針改定の特徴として、ISSは社外役員の独立性という観点、グラス・ルイスは保有水準という観点から、それぞれ、政策保有株式を議決権行使助言方針に取り入れたことが挙げられる。従来政策保有株式と議決権行使を関連付けることは難しいと考えられていたが、今回の助言方針改定を受け、機関投資家でも同様な議決権行使助言方針を採用するかどうかが注目される。しかし、現状ではその動きが大きく進むとは考えにくく、エンゲージメントの重要テーマとしてより多くの投資家が取り上げることになるであろう。
  3. 社外取締役の増員も重要なテーマである。これについては、全ての企業に3分の1以上の独立社外取締役を求める機関投資家も出始めてきたが、全体としては支配株主や親会社のある企業などに社外取締役の増員を求める動きがさらに進む一方、全ての企業に求める動きが大きく広がるにはなお時間を要すると考える。
  4. 議決権行使助言会社の影響力に関し話題に上ることが多く、2020年に改訂予定のスチュワードシップ・コードにおいても、議決権行使助言会社に対し、十分かつ適切な人的・組織体制の整備とそれを含む助言策定プロセスの具体的な公表などが求められている。その背景には、機関投資家の議決権行使を助言会社が決めている、すなわち、議決権行使助言会社の助言方針をそのまま機関投資家が取り入れているという誤解があると推察されるが、実際には、「機関投資家の議決権行使に対する意見や考え方のコンセンサスが議決権行使助言会社の助言方針」となっているといえるであろう。
気候変動対策で世界のリーダーを目指す「欧州グリーンディール」 江夏 あかね磯部 昌吾
  1. 欧州連合(EU)の執行機関である欧州委員会は2019年12月11日、脱炭素と経済成長の両立を図ることを目的とした工程表である「欧州グリーンディール」を公表した。同工程表は、2019年12月1日に就任したフォンデアライエン欧州委員長が最優先政策に掲げる気候変動対策の一環として位置付けられる。
  2. 欧州グリーンディールで注目されるのは、気候関連目標への野心的なアプローチ、低炭素経済社会への移行に関する支援、サステナブルファイナンス戦略の3点である。2020年第3四半期に公表予定のサステナブルファイナンス戦略では、(1)サステナブル投資に関する基盤強化、(2)サステナブル投資に関する特定可能性及び信頼性向上、(3)気候・環境リスクの金融システムへの組み入れ、といった3つの方針が掲げられた。
  3. 欧州グリーンディールは、基本的にはEU域内を対象としているものの、日本を含めたEU域外の国・地域に影響が及ぶ可能性が高いことが示唆された。同時に、欧州グリーンディールの実現に向けて、サステナブルファイナンス戦略を通じて、金融市場にもタクソノミー、開示、ラベル、EUグリーンボンド基準(EU GBS)、健全性規制といった複数の側面から影響が及ぶ可能性があることも示された。
  4. 世界に先駆けて包括的な気候変動対策に取り組むEUが示した欧州グリーンディールの各項目に関する今後の進捗や実効性等に対して、世界各国の政府、産業界、金融市場から注目が集まる状況が続くと想定される。
欧州公的年金基金の気候変動への対応
−スウェーデンAP基金、仏FRR、ノルウェーGPFGの事例を中心に−
林 宏美
  1. 金融安定理事会(FSB)の下部組織であるTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)が2017年6月に公表した最終提言(TCFD最終提言)では、インベストメントチェーンの頂点に位置付けられる年金基金等のアセット・オーナーも、投資先企業による取り組みを促す役割を果たすべく、一定の情報開示が求められている。2018年11月に英国のNGOが大規模な公的年金基金の取り組み状況を評価した報告書では、TCFD最終提言に則した情報を開示しているか、開示する方針にある年金基金が全体の17%にとどまった。
  2. 気候変動への取り組みが高く評価されている欧州公的年金の事例としては、スウェーデンのAP基金、フランスのFRR、ノルウェーGPFG等が挙げられる。AP基金は、2019年、法律により責任投資と高いリターン追求の両立が求められるようになった。AP基金やFRRは、再生可能エネルギー事業等への投資を可能とする取り組みを推進しているほか、指数提供業者との提携を通じて低炭素関連指標の開発・拡充を進めるなど、様々な活動を展開しはじめている。
  3. 欧州の公的年金基金による気候変動への対応としては、従来化石燃料企業からの投資引き揚げ(ダイベストメント)を通じて、気候リスクの低減を図る動きが目立っていたが、近年はその取り組みが多様化している。ダイベストメントよりもエンゲージメントや議決権行使などを通じて、企業に気候変動への対応を促す傾向が前面に出ている。また、再生可能エネルギー事業等への投資を拡大できるよう、運用方針を変更する動きも目立つ。
  4. 大規模な公的年金による気候変動への取り組みは、他の機関投資家に及ぼすシグナル効果が大きいと見られる。それらの取り組みが、気候変動によるリスクや機会を示す各種指標データの蓄積、標準化など、上記に挙げた課題解消に寄与することも期待される。
トランジションボンドの登場とサステナブルファイナンスの新潮流 江夏 あかね
  1. トランジションボンドは、一般的に、二酸化炭素排出量等の観点からグリーンボンドの発行基準を満たさないものの、低炭素経済社会等に移行(トランジション)するためのプロジェクトを資金使途とする債券を指す。
  2. トランジションボンドが誕生した背景としては、金融市場において、開示、経済活動の分類、ベンチマーク等、複数の分野で、「トランジション(移行)」がテーマとして注目を集めつつあることが挙げられる。そして、フランスの大手運用機関アクサ・インベストメント・マネージャーズ(アクサIM)が2019年6月にガイドラインを公表、クレディ・スイスと気候債券イニシアチブ(CBI)が2019年9月に「サステナブル・トランジションボンド」に関するパートナーシップ締結、といった動きもある。
  3. トランジションボンド及び同市場が健全に発展していくためには、発行体によるサステナビリティ戦略へのコミットメントを通じて市場の信認を得ることが大前提になるほか、グリーンボンド等と同様に、レポーティング等を通じて、投資家が環境・社会面でのインパクトを適切に把握できるように透明性を確保することが重要と思われる。
EUにおける自己資本規制へのESGリスク反映の議論
−アクション・プランを示した欧州銀行監督機構−
磯部 昌吾
  1. 欧州連合(EU)において気候変動問題への関心が増々高まる中、欧州銀行監督機構(EBA)は、2019年12月6日にサステナブル・ファイナンスに関するアクション・プランを公表し、自己資本規制における環境・社会・ガバナンス(ESG)リスクの反映に関する検討スケジュールを明らかにした。
  2. 気候変動問題への対応には多額の追加投資が必要となることから、銀行の金融仲介機能を通じて、民間資金が気候変動対応に回るように促していく上で、自己資本規制におけるESGリスクの反映は、重要な政策手段の1つとなる可能性がある。
  3. EBAは、自己資本規制の3つの柱におけるESGリスクの反映を検討した上で、欧州委員会等への報告やガイドライン・細則案の策定を行う予定である。特に、第1の柱(最低基準)については、評価の複雑性と潜在的な影響の大きさを踏まえて、2025年6月までという長い評価期間を設けているのが特徴的である。
  4. 欧州の規制当局の見解は一枚岩ではなく、まずはEBAの検討結果が待たれるところである。EUが独自に自己資本規制にESGリスクを組み入れる場合には、EUの銀行の与信行動に影響を与えるであろう。また、EU域外の銀行との間で資本賦課に差が出るようであれば、国際競争上の問題が生じる可能性も考えられ、その場合には他の国においても同様の措置が取られるかが論点となってこよう。EUにおける議論とEU域外への波及の可能性を今後も注視する必要があるだろう。
中央銀行デジタル通貨の発行を目指す中国
−予想されるマクロ面での影響−
関 志雄
  1. 中国では、中央銀行デジタル通貨(CBDC)の発行は、構想から実行の段階に移ろうとしている。中国が導入しようとするCBDCは、だれでもアクセスでき、決済が仲介機関を経由しない「リテール・トークン型」である。その特徴は、(1)現金(M0)の代替、(2)中央銀行と利用者の間に商業銀行などの仲介機関が入る二層構造の運営体制、(3)特定の技術に限定しない、(4)無利子、(5)「制御可能な匿名性」に基づく個人情報の取り扱い、(6)オフライン決済が可能、である。
  2. 現段階の構想通りに、CBDCが無利子で、現金の代替にとどまる場合、その導入によってもたらされる金融政策と金融システムへの影響はそれほど大きくない。しかし、金利が付き、現金だけでなく銀行預金も代替の対象となるCBDCが発行される場合、金融政策の有効性は高まる一方で、金融システムにおける銀行の地盤沈下は加速しかねない。
  3. CBDCの発行は、人民元の利便性の向上を通じて、人民元の国際化に寄与すると期待されている。しかし、厳しい資本規制が維持され、CBDCもその対象になると予想される以上、その効果は限定的であろう。
  4. 中国は、CBDCを本格的に導入する最初の国になりそうである。それに向けて、綿密に構想を練っており、実行に移ってからも慎重な姿勢は変わらないと予想される。最終的に、中国において、現金が完全にCBDCに取って代わられ、キャッシュレス社会が実現されるだろうが、そこまでの道のりはまだ遠い。
金融・証券規制
時流 金融規制のNext Step 上智大学法科大学院教授 森下 哲朗

金融審議会のスタディ・グループやワーキング・グループでは新たな金融規制のあり方についての議論が行われてきた。そこでは、今後の金融規制のあるべき姿として、イノベーションの促進と利用者利便の向上に資する規制体系であること、同一の機能・同一のリスクには同一のルールを適用すること、といった基本的な方向性が示されている。具体的な規制の見直しという観点でも、決済分野等で一定の成果が出ており今後の活用が期待される。同時に、今後の検討課題も多い。産官学が一体となって知恵を出し合ってより良い金融規制を構築していく必要がある。

地方公共団体と地方銀行
−指定金融機関制度の変遷と今後の展望−
江夏 あかね
  1. 地方公共団体と地方銀行は、指定金融機関制度等を通じて深い関係を長らく築いており、互いに地域経済社会にとって不可欠な存在となっている。しかし、金融市場環境や地域経済社会の構造が移り変わる中、1990年代後半頃からその関係が変化する傾向が見られている。特に、2010年代半ば頃からの金利水準の継続的な低下も相まって、地方公共団体向けビジネスから距離を置くことを検討する金融機関が出現するなど、かつてに比べて厳しいものとなりつつある。
  2. 地方公共団体が中長期的に行財政の持続可能性を維持する上では、(1)国の厳しい財政状況、(2)地方公共団体による社会保障や公共施設等の適正化といった喫緊の施策への取り組み、といった課題を克服することが必要と考えられる。
  3. 地方経済社会の持続可能性を確保するためには、それらに加え、幅広い意味での地方創生や持続可能な開発目標(SDGs)達成に向けた取り組みを進めることも求められる。ただし、地方創生やSDGsも含めた取り組みを、地方公共団体のみで包括的に進めることは困難であり、地方銀行等と連携し、地方が抱える課題を解決していくことが重要である。
  4. 地方公共団体と地方銀行の双方が連携するメリットを感じ、持続的な関係を築くためには、地域をめぐる問題意識の共有、経済合理性の確保、域内の付加価値を創出する取り組みでの協働といった点がカギになろう。そのような観点から、地方公共団体と地方銀行がメリットを感じて連携可能な分野としては、例えば、公共施設等の適正管理、地域中小企業におけるSDGs支援といったものが挙げられる。
注目される地方銀行によるグリーンボンドの発行 富永 健司
  1. 世界の金融市場において、環境・社会・ガバナンス(ESG)を重視する投資概念の浸透、パリ協定や持続可能な開発目標(SDGs)等の国際合意を背景に、グリーンボンドの発行が伸びている。日本においても2017年頃からグリーンボンドの発行が増加している。これまで、日本の銀行によるグリーンボンドの発行は政府系金融機関やメガバンク等が中心となっていたが、このたび新たに地方銀行がグリーンボンドを発行した。具体的には、群馬銀行が2019年11月に国内の地方銀行として初めて発行し、その後、名古屋銀行が2019年12月に発行した。
  2. 日本においては近年、ESG金融における間接金融の重要性に対する認識が高まっている。そのような中で、地方銀行は、(1)担当主幹部署の設置、(2)プロジェクトチームの組成、(3)行動宣言や行動憲章の制定、(4)ESG/SDGsを意識した投資方針の制定、(5)ESG/SDGsを意識した融資方針の制定、などの形で取り組みを進めている。
  3. これらに加えて地方銀行は、地方経済・社会の中心的な担い手として、地方創生に関する取り組みも行っており、元々ESG/SDGs金融との親和性が高かったと言える。グリーンボンドの発行は、資本調達面におけるESG/SDGsへの対応という観点で考えることができる。
  4. 群馬銀行と名古屋銀行の発行事例で共通しているのは、規制資本の充実を目的とした社債発行を通じて、(1)組織として注力するESG/SDGsへの取り組みについての資本調達面からの拡充、(2)グリーンボンドの発行による幅広い業態の投資家層へのアクセス、を実現したことである。地方銀行セクターにおいては、ESG/SDGsへの取り組みが進む中で、今後グリーンボンド発行という手法が活用されるようになるのか注目される。グリーンボンドを通じた融資等が、地方銀行ビジネスの活性化へ貢献し、同時に環境・地域社会へのインパクトを創出するのかといった点も今後さらなる議論が求められよう。
米国地域金融機関の証券ビジネスを支援するLPLファイナンシャル 下山 貴史岡田 功太
  1. LPLファイナンシャルは、全米最大級のファイナンシャル・アドバイザー向け証券取引サービス提供会社として知られている。同社は、地銀、信用組合、独立系ファイナンシャル・アドバイザー(IFA会社)に所属する約1万6,100名のファイナンシャル・アドバイザーに、証券取引及び証券事業支援サービスを提供している。それらのファイナンシャル・アドバイザーは、主に地方で営業活動に従事していることから、LPLファイナンシャルは、地域金融機関の証券ビジネスを支援している存在とも言える。
  2. 同社は、ブローカレッジ・サービスとアドバイザリー・サービスを提供するが、近年は投資アドバイスの対価としてフィーを受け取るアドバイザリー・サービスに注力している。また、ファイナンシャル・アドバイザーの業務効率化を目的としたテクノロジー・ツール等の提供も行っており、2019年のテクノロジー投資額を約1億5,000万ドルに決定し、同ツールの拡充を図っている。
  3. LPLファイナンシャルは、上記のサービスを通じて、多様な地域金融機関に属するファイナンシャル・アドバイザーを支援している。同社との提携を通じて、非金利収入を増加させた地域金融機関、収益源の多角化を図る銀行、顧客との関係強化や業務効率化を実現した小規模信用組合やIFA会社など様々である。
  4. LPLファイナンシャルの成長は、大手証券会社が有するミドルオフィス及びバックオフィス機能を、サービスとして社外に提供することで収益化できる可能性を示唆すると共に、地域金融機関にとって同サービスが魅力的であることを意味している。LPLファイナンシャルのようなサービス提供者は、米国の幅広い地域において、顧客に対して適切なファイナンシャル・アドバイスが提供されるためにも、欠かせない存在と言えよう。
金融包摂を促進する重要な役割を担うフィリピンの地域金融機関 北野 陽平武井 悠輔
  1. フィリピンは、堅調な経済成長を持続させ、より包摂的な発展を実現するべく、国民の幅広い金融包摂を推進している。同国において金融機関口座を保有する15歳以上人口の割合は2017年時点で32%で、地方では26%に留まり、多くの地方自治体では銀行が設置されていない。そのような中、フィリピン中央銀行(BSP)は、銀行サービスが提供されていない地方自治体の割合を2020年までに20%へと引き下げることを目指している。
  2. フィリピンの銀行は、ユニバーサルバンク、商業銀行、貯蓄銀行、農村銀行、協同組合銀行に分類される。このうち、農村銀行は、地方における金融包摂を促進する重要な役割を担うと期待されている。地方居住者の資金需要に対応するため、BSP主導で農村銀行のプレゼンス強化に向けた取り組みが進められてきた結果、農村銀行の店舗数は1999年末の1,778店から2019年9月末には3,048店となり、融資残高は同期間に3.6倍に増加した。
  3. 金融包摂の促進には決済サービスの利用拡大も課題となる中、全国レベルで国民による安価、効率的、安全、信頼性の高い決済を可能にする仕組みの構築を目指して、「国家リテール決済システム(NRPS)」が2015年に導入された。現状、NRPSは地方では普及が進んでおらず、農村銀行間の送金・決済システムも接続されていない。そうした中、ブロックチェーン技術の活用により、農村銀行間の直接送金や効率的な国際送金を可能にするプロジェクトが進められている。
  4. 農村銀行は、より安価で金融サービスを提供するためのテクノロジーの活用にも取り組み始めている。例えば、足下では、ITコスト及びオペレーションコストの削減等を目的として、クラウドベースの勘定系システムを導入する動きが見られる。地方では、ITの利用環境は都市部に比べ総じて遅れているものの、将来的には、都市部で始まっている金融サービスのデジタル化が広がっていく可能性もある。今後、フィリピンにおける地域金融機関のサービスが、どのような発展を遂げるのか注目される。
最終化された米国の大手銀行規制の見直し
−リスク・プロファイルに応じたプルーデンス規制の再構築−
小立 敬
  1. 米国FRBは2019年10月、銀行のリスク・プロファイルをプルーデンス規制の枠組みに反映させるテイラード・アプローチの下、総資産1,000億ドル以上の米国銀行および外国銀行のプルーデンス規制の枠組みを改定する最終規則を公表し、2019年末から適用を開始した。
  2. 従来はドッド=フランク法に基づいて、総資産500億ドル以上の銀行持株会社には厳格なプルーデンス規制が適用されてきたが、トランプ政権の下、2018年5月に成立した経済成長・規制緩和・消費者保護法が、厳格なプルーデンス規制の適用基準を総資産500億ドルから2,500億ドルに引き上げたことが背景にある。
  3. 最終規則によって、総資産1,000億ドル以上の米国銀行、外国銀行はリスク・プロファイルに応じて「カテゴリーI」から「カテゴリーIV」までの4つのカテゴリーに区分され、各々のカテゴリーに応じて厳格さの異なる自己資本規制や流動性規制、ストレス・テストの要件等が課せられることとなる。
  4. 金融危機以降、FRBはプルーデンス規制に銀行のリスク・プロファイルを反映させる取組みを行ってきた。今般のテイラード・アプローチによってリスク・プロファイルに応じたカテゴリーが明確化されており、従来に比べてより洗練された枠組みとなったという評価が可能であろう。
  5. ただし、外国銀行の扱いに関しては議論がある。特に具体的な争点となっているのが、外国銀行の米国支店に対して標準化された流動規制を適用するか否かの検討である。最終規則では具体的な措置は見送られたが、FRBは数カ月以内に検討する方針を明らかにしている。また、外国銀行の扱いについては、金融危機後の金融規制改革の重大な副作用として認識されている市場の分断につながるとの指摘もあり、最終規則が適用された後のFRBによる規制の合理性の検証が期待される。
米国で最も便利な銀行とは 淵田 康之
  1. グローバル金融危機後、米国では国内リテール業務に強い金融機関のプレゼンスが高まっている。外資系金融機関のなかでも、カナダのトロント・ドミニオンバンク・グループ(TDバンク・グループ)傘下のTDバンクは、米国内でリテール業務に注力することで顕著な成長を遂げている。
  2. 各国の多くの金融機関は、世界の金融ビジネスの中心である米国市場に進出し、業務拡大を目指してきた。しかし今日、日系や欧州系の金融機関の多くは、過去の一時期に比べ、米国市場における存在感を低下させている。こうしたなかTDバンクは、「米国で最も便利な銀行」を掲げ、米国で最も成功した外資系銀行となったのである。
  3. 金融危機を経て、米国金融市場の重要性はむしろ高まった。プラスの金利が維持され、預金・貸出など正常な金融ビジネスが成り立つ、世界で数少ない市場の一つとなったからである。TDバンクは、やはり経済が底堅く推移し、また安定した金融システムを持つカナダをマザーマーケットとしつつ、米国でリテール金融業務を拡大することにより、グループ全体の企業価値向上に寄与している。
  4. TDバンク・グループは、TDアメリトレードを通じて、米国におけるリテール証券ビジネスでも存在感を示してきた。そして2019年、取引手数料ゼロ時代が到来すると、TDアメリトレードをチャールズ・シュワブに売却し、チャールズ・シュワブの大株主となった。
  5. わが国の主要金融機関においても、今後の成長のためには海外ビジネスの拡大が不可欠であるが、その成功には、国内の経済や金融システムの改善・改革が前提となろう。その上で、どれだけ多くの現地ユーザーに、真に必要とされる金融機関となれるかがカギとなろう。
チャールズ・シュワブによるTDアメリトレードの買収
−米国個人向け金融サービス業界への示唆−
岡田 功太
  1. チャールズ・シュワブは2019年11月、TDアメリトレードを買収することを公表した。本件は株式交換で行われ、買収額は約260億ドルに達する。買収完了後のチャールズ・シュワブの預かり資産は約5.1兆ドル、証券口座数は約2,400万口座に達する見込みである(単純合算ベース)。同社は、コスト削減と顧客基盤の強化を推進し、より効率的で大規模な個人向け金融サービス業を追求すると見られる。
  2. 今般の買収の背景として、(1)売買手数料無料化等により事業環境が急激に変化していること、(2)連邦準備制度理事会の利下げの影響によって金利収入が縮小し、更なる預かり資産の拡大の必要性が高まったこと、(3)チャールズ・シュワブが創業当初から掲げてきた経営哲学に基づく「好循環」の一層の強化と整合的であること、が挙げられる。
  3. 買収完了後のチャールズ・シュワブは、独立系ファイナンシャル・アドバイザーである投資顧問業者(RIA)から約2兆ドルの資産を預かることになり、これを契機にRIAの顧客化を巡る大手金融機関の競争が激化する可能性が高い。また、長年、チャールズ・シュワブ及びTDアメリトレードと競合関係にあるイー・トレードを中心に、ディスカウント・ブローカー業界の再編も注目されている。アドバイザリー・フィーの低下と、同サービスに組み入れられるミューチュアルファンド及びETFの低コスト化の可能性も指摘されている。
  4. 今般の買収は、ディスカウント・ブローカー及びRIA向けサービス事業におけるチャールズ・シュワブやフィデリティ・インベストメンツなど、一部の大手金融機関が、より一層巨大化する方向性を示唆しており、今後の動向は注視する必要がある。
上場・非上場の垣根を飛び越えるクロスオーバー投資
−米国ミューチュアルファンドによるプレIPO株式投資の実状−
竹下 智
  1. 上場企業を主な投資対象とするミューチュアルファンドやヘッジファンドによる非上場企業への投資は、上場/非上場の垣根を越えた投資という意味で「クロスオーバー投資」と呼ばれる。近年、米国では非上場企業への投資において、VC以外のミューチュアルファンドやヘッジファンド等の存在が大きくなってきている。特に、IPO前のウーバー・テクノロジーズには55本のミューチュアルファンドが投資を行っていたことが知られている。
  2. クロスオーバー投資家は、レイターステージでの大型の資金調達において主要な投資家の一つであるとともに、アーリーステージの投資家(含む従業員)に流動性を供給する役割を担っている。ミューチュアルファンドが非上場企業への投資を行う理由として、(1)IPOまで待っていると会社の成長サイクルの重要なステージを逃す可能性がある、(2)イノベーションや創造的破壊が起きている産業セクターの評価をするには上場企業および非上場企業の両方を見ておく必要がある、という点があげられる。
  3. 非上場株式は取引所での株価が存在しないため、運用会社毎に投資対象の時価評価を行っている。非上場企業には上場企業に課せられた情報開示等の義務がないため、投資家が独自で情報収集にあたらなければならず、経営状況の監視やバリエーションに費やす時間が必然的に上場企業の場合よりも多くなる。そのため、クロスオーバー投資は分析リソースが豊富な大規模ファンドに適している。
  4. 米国ミューチュアルファンドはすでに日本の非上場企業への投資を行っている。日本国内においても今後、イノベーションの促進、ベンチャー支援策の充実を図る上で、クロスオーバー投資の振興も重要な課題となるのではないか。
米国における退職資産拡充策を巡る議論
−退職保障強化法案(SECURE法案)を中心に−
岡田 功太中村 美江奈
  1. 米国では、長寿化が進行する一方で、ソーシャル・セキュリティ(公的年金)の財政難等の課題がある。こうした中、連邦議会では、超党派の有力議員が、「全地域社会における退職保障強化法案」(通称SECURE法案)を提出した。同法案は、下院で既に可決されており、上院で審議待ちの状態である。
  2. SECURE法案は、2006年年金保護法以来、13年ぶりの本格的な年金制度改革である。2006年年金保護法は、401(k)プランの「自動化」の制度の整備等により、職域の確定拠出年金(DC)プランや個人退職勘定(IRA)の資産の積み立て(アキュミュレーション)促進に寄与した。SECURE法案は、退職プラン加入者のさらなる拡大と、引退後の資産の取り崩し(デキュミュレーション)局面における課題解消等を目指している。
  3. SECURE法案の主な特徴は、第一に、伝統的IRAの拠出年齢制限の廃止といった既存の退職資産形成制度の拡大の促進である。第二に、退職プランへの長期雇用パート従業員の加入促進や、中小企業従業員の退職プラン加入促進を意図した複数雇用主プラン(MEP)の要件緩和等の加入者拡大である。第三に、デキュミュレーションにおけるアニュイティ等の普及促進や、退職後の収入予測といったライフタイム・インカム確保の施策である。
  4. SECURE法案は超党派の支持を得ているものの、成立の可否やタイミングについては、政局次第である。他方、同法案の内容を念頭に、大手資産運用会社等は新たなソリューションの開発を推進している。つまり、SECURE法案は、既に米国リタイアメント市場において新たなダイナミズムを生み出しはじめており、法案の成否と併せて、今後の展開が注目される。
欧州における投信併合
−英国の事例を中心に−
神山 哲也塩島 晋
  1. 日本では、小規模投信(ファンド)が多数存在するという問題に対処するべく、ファンド併合を実施可能にするための制度面の整備が行われてきた。しかし、実績は2019年11月に発表された一件に留まっている。今後、自助努力による資産形成、資産運用の重要性が増していく中、ファンド併合等を通じて運用業界の効率化を図ることは一層求められるようになろう。
  2. 欧州では従来、ファンド併合が月間数十件というペースで行われてきた。EU域内におけるクロスボーダーのファンド併合を促進するための制度整備も行われてきた。EUの制度を国内法化した英国では、スキーム・オブ・アレンジメントと呼ばれる仕組みを用いてファンド併合が行われている。
  3. 英国のファンド併合事例を見ると、目的として、小規模ファンドを併合することによる規模の経済追求等を掲げた上で、ファンド・オブ・ファンズと通常のファンドの併合や、株・債券の組入比率の相違、デリバティブ利用の有無、分配頻度など、ファンドの形態や運用手法は必ずしも近似したものでなくても実施されている。
  4. 英国では、ファンドの規模が最適水準を大幅に下回っていると考えられる場合、運用方法等の細かな相違には拘らず、より総合的な投資家利益への配慮から、規模の経済を優先する姿勢がみられる。日本においてファンド併合を検討する際に、参考になるアプローチであると考えられる。
2020年以降の議決権行使助言会社の助言方針改定 西山 賢吾
  1. 代表的な議決権行使助言会社であるISSとグラス・ルイスの2020年議決権行使助言方針改定内容が明らかになった(改定内容の一部の適用は2021年)。ISSの改定は、(1)政策保有先企業出身の社外役員には「独立性なし」の判断、(2)親会社、支配株主の存在する企業に対する独立社外取締役の増員、の2点、そして、グラス・ルイスでは、東証1、2部対象企業に最低1名以上の女性役員登用を要請、(2)政策保有株式保有水準に関する基準の導入(2021年より)の2点である。
  2. 今回の助言方針改定の特徴として、ISSは社外役員の独立性という観点、グラス・ルイスは保有水準という観点から、それぞれ、政策保有株式を議決権行使助言方針に取り入れたことが挙げられる。従来政策保有株式と議決権行使を関連付けることは難しいと考えられていたが、今回の助言方針改定を受け、機関投資家でも同様な議決権行使助言方針を採用するかどうかが注目される。しかし、現状ではその動きが大きく進むとは考えにくく、エンゲージメントの重要テーマとしてより多くの投資家が取り上げることになるであろう。
  3. 社外取締役の増員も重要なテーマである。これについては、全ての企業に3分の1以上の独立社外取締役を求める機関投資家も出始めてきたが、全体としては支配株主や親会社のある企業などに社外取締役の増員を求める動きがさらに進む一方、全ての企業に求める動きが大きく広がるにはなお時間を要すると考える。
  4. 議決権行使助言会社の影響力に関し話題に上ることが多く、2020年に改訂予定のスチュワードシップ・コードにおいても、議決権行使助言会社に対し、十分かつ適切な人的・組織体制の整備とそれを含む助言策定プロセスの具体的な公表などが求められている。その背景には、機関投資家の議決権行使を助言会社が決めている、すなわち、議決権行使助言会社の助言方針をそのまま機関投資家が取り入れているという誤解があると推察されるが、実際には、「機関投資家の議決権行使に対する意見や考え方のコンセンサスが議決権行使助言会社の助言方針」となっているといえるであろう。
気候変動対策で世界のリーダーを目指す「欧州グリーンディール」 江夏 あかね磯部 昌吾
  1. 欧州連合(EU)の執行機関である欧州委員会は2019年12月11日、脱炭素と経済成長の両立を図ることを目的とした工程表である「欧州グリーンディール」を公表した。同工程表は、2019年12月1日に就任したフォンデアライエン欧州委員長が最優先政策に掲げる気候変動対策の一環として位置付けられる。
  2. 欧州グリーンディールで注目されるのは、気候関連目標への野心的なアプローチ、低炭素経済社会への移行に関する支援、サステナブルファイナンス戦略の3点である。2020年第3四半期に公表予定のサステナブルファイナンス戦略では、(1)サステナブル投資に関する基盤強化、(2)サステナブル投資に関する特定可能性及び信頼性向上、(3)気候・環境リスクの金融システムへの組み入れ、といった3つの方針が掲げられた。
  3. 欧州グリーンディールは、基本的にはEU域内を対象としているものの、日本を含めたEU域外の国・地域に影響が及ぶ可能性が高いことが示唆された。同時に、欧州グリーンディールの実現に向けて、サステナブルファイナンス戦略を通じて、金融市場にもタクソノミー、開示、ラベル、EUグリーンボンド基準(EU GBS)、健全性規制といった複数の側面から影響が及ぶ可能性があることも示された。
  4. 世界に先駆けて包括的な気候変動対策に取り組むEUが示した欧州グリーンディールの各項目に関する今後の進捗や実効性等に対して、世界各国の政府、産業界、金融市場から注目が集まる状況が続くと想定される。
欧州公的年金基金の気候変動への対応
−スウェーデンAP基金、仏FRR、ノルウェーGPFGの事例を中心に−
林 宏美
  1. 金融安定理事会(FSB)の下部組織であるTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)が2017年6月に公表した最終提言(TCFD最終提言)では、インベストメントチェーンの頂点に位置付けられる年金基金等のアセット・オーナーも、投資先企業による取り組みを促す役割を果たすべく、一定の情報開示が求められている。2018年11月に英国のNGOが大規模な公的年金基金の取り組み状況を評価した報告書では、TCFD最終提言に則した情報を開示しているか、開示する方針にある年金基金が全体の17%にとどまった。
  2. 気候変動への取り組みが高く評価されている欧州公的年金の事例としては、スウェーデンのAP基金、フランスのFRR、ノルウェーGPFG等が挙げられる。AP基金は、2019年、法律により責任投資と高いリターン追求の両立が求められるようになった。AP基金やFRRは、再生可能エネルギー事業等への投資を可能とする取り組みを推進しているほか、指数提供業者との提携を通じて低炭素関連指標の開発・拡充を進めるなど、様々な活動を展開しはじめている。
  3. 欧州の公的年金基金による気候変動への対応としては、従来化石燃料企業からの投資引き揚げ(ダイベストメント)を通じて、気候リスクの低減を図る動きが目立っていたが、近年はその取り組みが多様化している。ダイベストメントよりもエンゲージメントや議決権行使などを通じて、企業に気候変動への対応を促す傾向が前面に出ている。また、再生可能エネルギー事業等への投資を拡大できるよう、運用方針を変更する動きも目立つ。
  4. 大規模な公的年金による気候変動への取り組みは、他の機関投資家に及ぼすシグナル効果が大きいと見られる。それらの取り組みが、気候変動によるリスクや機会を示す各種指標データの蓄積、標準化など、上記に挙げた課題解消に寄与することも期待される。
トランジションボンドの登場とサステナブルファイナンスの新潮流 江夏 あかね
  1. トランジションボンドは、一般的に、二酸化炭素排出量等の観点からグリーンボンドの発行基準を満たさないものの、低炭素経済社会等に移行(トランジション)するためのプロジェクトを資金使途とする債券を指す。
  2. トランジションボンドが誕生した背景としては、金融市場において、開示、経済活動の分類、ベンチマーク等、複数の分野で、「トランジション(移行)」がテーマとして注目を集めつつあることが挙げられる。そして、フランスの大手運用機関アクサ・インベストメント・マネージャーズ(アクサIM)が2019年6月にガイドラインを公表、クレディ・スイスと気候債券イニシアチブ(CBI)が2019年9月に「サステナブル・トランジションボンド」に関するパートナーシップ締結、といった動きもある。
  3. トランジションボンド及び同市場が健全に発展していくためには、発行体によるサステナビリティ戦略へのコミットメントを通じて市場の信認を得ることが大前提になるほか、グリーンボンド等と同様に、レポーティング等を通じて、投資家が環境・社会面でのインパクトを適切に把握できるように透明性を確保することが重要と思われる。
EUにおける自己資本規制へのESGリスク反映の議論
−アクション・プランを示した欧州銀行監督機構−
磯部 昌吾
  1. 欧州連合(EU)において気候変動問題への関心が増々高まる中、欧州銀行監督機構(EBA)は、2019年12月6日にサステナブル・ファイナンスに関するアクション・プランを公表し、自己資本規制における環境・社会・ガバナンス(ESG)リスクの反映に関する検討スケジュールを明らかにした。
  2. 気候変動問題への対応には多額の追加投資が必要となることから、銀行の金融仲介機能を通じて、民間資金が気候変動対応に回るように促していく上で、自己資本規制におけるESGリスクの反映は、重要な政策手段の1つとなる可能性がある。
  3. EBAは、自己資本規制の3つの柱におけるESGリスクの反映を検討した上で、欧州委員会等への報告やガイドライン・細則案の策定を行う予定である。特に、第1の柱(最低基準)については、評価の複雑性と潜在的な影響の大きさを踏まえて、2025年6月までという長い評価期間を設けているのが特徴的である。
  4. 欧州の規制当局の見解は一枚岩ではなく、まずはEBAの検討結果が待たれるところである。EUが独自に自己資本規制にESGリスクを組み入れる場合には、EUの銀行の与信行動に影響を与えるであろう。また、EU域外の銀行との間で資本賦課に差が出るようであれば、国際競争上の問題が生じる可能性も考えられ、その場合には他の国においても同様の措置が取られるかが論点となってこよう。EUにおける議論とEU域外への波及の可能性を今後も注視する必要があるだろう。
中央銀行デジタル通貨の発行を目指す中国
−予想されるマクロ面での影響−
関 志雄
  1. 中国では、中央銀行デジタル通貨(CBDC)の発行は、構想から実行の段階に移ろうとしている。中国が導入しようとするCBDCは、だれでもアクセスでき、決済が仲介機関を経由しない「リテール・トークン型」である。その特徴は、(1)現金(M0)の代替、(2)中央銀行と利用者の間に商業銀行などの仲介機関が入る二層構造の運営体制、(3)特定の技術に限定しない、(4)無利子、(5)「制御可能な匿名性」に基づく個人情報の取り扱い、(6)オフライン決済が可能、である。
  2. 現段階の構想通りに、CBDCが無利子で、現金の代替にとどまる場合、その導入によってもたらされる金融政策と金融システムへの影響はそれほど大きくない。しかし、金利が付き、現金だけでなく銀行預金も代替の対象となるCBDCが発行される場合、金融政策の有効性は高まる一方で、金融システムにおける銀行の地盤沈下は加速しかねない。
  3. CBDCの発行は、人民元の利便性の向上を通じて、人民元の国際化に寄与すると期待されている。しかし、厳しい資本規制が維持され、CBDCもその対象になると予想される以上、その効果は限定的であろう。
  4. 中国は、CBDCを本格的に導入する最初の国になりそうである。それに向けて、綿密に構想を練っており、実行に移ってからも慎重な姿勢は変わらないと予想される。最終的に、中国において、現金が完全にCBDCに取って代わられ、キャッシュレス社会が実現されるだろうが、そこまでの道のりはまだ遠い。
要約
時流 金融規制のNext Step 上智大学法科大学院教授 森下 哲朗

金融審議会のスタディ・グループやワーキング・グループでは新たな金融規制のあり方についての議論が行われてきた。そこでは、今後の金融規制のあるべき姿として、イノベーションの促進と利用者利便の向上に資する規制体系であること、同一の機能・同一のリスクには同一のルールを適用すること、といった基本的な方向性が示されている。具体的な規制の見直しという観点でも、決済分野等で一定の成果が出ており今後の活用が期待される。同時に、今後の検討課題も多い。産官学が一体となって知恵を出し合ってより良い金融規制を構築していく必要がある。

地方公共団体と地方銀行
−指定金融機関制度の変遷と今後の展望−
江夏 あかね
  1. 地方公共団体と地方銀行は、指定金融機関制度等を通じて深い関係を長らく築いており、互いに地域経済社会にとって不可欠な存在となっている。しかし、金融市場環境や地域経済社会の構造が移り変わる中、1990年代後半頃からその関係が変化する傾向が見られている。特に、2010年代半ば頃からの金利水準の継続的な低下も相まって、地方公共団体向けビジネスから距離を置くことを検討する金融機関が出現するなど、かつてに比べて厳しいものとなりつつある。
  2. 地方公共団体が中長期的に行財政の持続可能性を維持する上では、(1)国の厳しい財政状況、(2)地方公共団体による社会保障や公共施設等の適正化といった喫緊の施策への取り組み、といった課題を克服することが必要と考えられる。
  3. 地方経済社会の持続可能性を確保するためには、それらに加え、幅広い意味での地方創生や持続可能な開発目標(SDGs)達成に向けた取り組みを進めることも求められる。ただし、地方創生やSDGsも含めた取り組みを、地方公共団体のみで包括的に進めることは困難であり、地方銀行等と連携し、地方が抱える課題を解決していくことが重要である。
  4. 地方公共団体と地方銀行の双方が連携するメリットを感じ、持続的な関係を築くためには、地域をめぐる問題意識の共有、経済合理性の確保、域内の付加価値を創出する取り組みでの協働といった点がカギになろう。そのような観点から、地方公共団体と地方銀行がメリットを感じて連携可能な分野としては、例えば、公共施設等の適正管理、地域中小企業におけるSDGs支援といったものが挙げられる。
注目される地方銀行によるグリーンボンドの発行 富永 健司
  1. 世界の金融市場において、環境・社会・ガバナンス(ESG)を重視する投資概念の浸透、パリ協定や持続可能な開発目標(SDGs)等の国際合意を背景に、グリーンボンドの発行が伸びている。日本においても2017年頃からグリーンボンドの発行が増加している。これまで、日本の銀行によるグリーンボンドの発行は政府系金融機関やメガバンク等が中心となっていたが、このたび新たに地方銀行がグリーンボンドを発行した。具体的には、群馬銀行が2019年11月に国内の地方銀行として初めて発行し、その後、名古屋銀行が2019年12月に発行した。
  2. 日本においては近年、ESG金融における間接金融の重要性に対する認識が高まっている。そのような中で、地方銀行は、(1)担当主幹部署の設置、(2)プロジェクトチームの組成、(3)行動宣言や行動憲章の制定、(4)ESG/SDGsを意識した投資方針の制定、(5)ESG/SDGsを意識した融資方針の制定、などの形で取り組みを進めている。
  3. これらに加えて地方銀行は、地方経済・社会の中心的な担い手として、地方創生に関する取り組みも行っており、元々ESG/SDGs金融との親和性が高かったと言える。グリーンボンドの発行は、資本調達面におけるESG/SDGsへの対応という観点で考えることができる。
  4. 群馬銀行と名古屋銀行の発行事例で共通しているのは、規制資本の充実を目的とした社債発行を通じて、(1)組織として注力するESG/SDGsへの取り組みについての資本調達面からの拡充、(2)グリーンボンドの発行による幅広い業態の投資家層へのアクセス、を実現したことである。地方銀行セクターにおいては、ESG/SDGsへの取り組みが進む中で、今後グリーンボンド発行という手法が活用されるようになるのか注目される。グリーンボンドを通じた融資等が、地方銀行ビジネスの活性化へ貢献し、同時に環境・地域社会へのインパクトを創出するのかといった点も今後さらなる議論が求められよう。
米国地域金融機関の証券ビジネスを支援するLPLファイナンシャル 下山 貴史岡田 功太
  1. LPLファイナンシャルは、全米最大級のファイナンシャル・アドバイザー向け証券取引サービス提供会社として知られている。同社は、地銀、信用組合、独立系ファイナンシャル・アドバイザー(IFA会社)に所属する約1万6,100名のファイナンシャル・アドバイザーに、証券取引及び証券事業支援サービスを提供している。それらのファイナンシャル・アドバイザーは、主に地方で営業活動に従事していることから、LPLファイナンシャルは、地域金融機関の証券ビジネスを支援している存在とも言える。
  2. 同社は、ブローカレッジ・サービスとアドバイザリー・サービスを提供するが、近年は投資アドバイスの対価としてフィーを受け取るアドバイザリー・サービスに注力している。また、ファイナンシャル・アドバイザーの業務効率化を目的としたテクノロジー・ツール等の提供も行っており、2019年のテクノロジー投資額を約1億5,000万ドルに決定し、同ツールの拡充を図っている。
  3. LPLファイナンシャルは、上記のサービスを通じて、多様な地域金融機関に属するファイナンシャル・アドバイザーを支援している。同社との提携を通じて、非金利収入を増加させた地域金融機関、収益源の多角化を図る銀行、顧客との関係強化や業務効率化を実現した小規模信用組合やIFA会社など様々である。
  4. LPLファイナンシャルの成長は、大手証券会社が有するミドルオフィス及びバックオフィス機能を、サービスとして社外に提供することで収益化できる可能性を示唆すると共に、地域金融機関にとって同サービスが魅力的であることを意味している。LPLファイナンシャルのようなサービス提供者は、米国の幅広い地域において、顧客に対して適切なファイナンシャル・アドバイスが提供されるためにも、欠かせない存在と言えよう。
金融包摂を促進する重要な役割を担うフィリピンの地域金融機関 北野 陽平武井 悠輔
  1. フィリピンは、堅調な経済成長を持続させ、より包摂的な発展を実現するべく、国民の幅広い金融包摂を推進している。同国において金融機関口座を保有する15歳以上人口の割合は2017年時点で32%で、地方では26%に留まり、多くの地方自治体では銀行が設置されていない。そのような中、フィリピン中央銀行(BSP)は、銀行サービスが提供されていない地方自治体の割合を2020年までに20%へと引き下げることを目指している。
  2. フィリピンの銀行は、ユニバーサルバンク、商業銀行、貯蓄銀行、農村銀行、協同組合銀行に分類される。このうち、農村銀行は、地方における金融包摂を促進する重要な役割を担うと期待されている。地方居住者の資金需要に対応するため、BSP主導で農村銀行のプレゼンス強化に向けた取り組みが進められてきた結果、農村銀行の店舗数は1999年末の1,778店から2019年9月末には3,048店となり、融資残高は同期間に3.6倍に増加した。
  3. 金融包摂の促進には決済サービスの利用拡大も課題となる中、全国レベルで国民による安価、効率的、安全、信頼性の高い決済を可能にする仕組みの構築を目指して、「国家リテール決済システム(NRPS)」が2015年に導入された。現状、NRPSは地方では普及が進んでおらず、農村銀行間の送金・決済システムも接続されていない。そうした中、ブロックチェーン技術の活用により、農村銀行間の直接送金や効率的な国際送金を可能にするプロジェクトが進められている。
  4. 農村銀行は、より安価で金融サービスを提供するためのテクノロジーの活用にも取り組み始めている。例えば、足下では、ITコスト及びオペレーションコストの削減等を目的として、クラウドベースの勘定系システムを導入する動きが見られる。地方では、ITの利用環境は都市部に比べ総じて遅れているものの、将来的には、都市部で始まっている金融サービスのデジタル化が広がっていく可能性もある。今後、フィリピンにおける地域金融機関のサービスが、どのような発展を遂げるのか注目される。
最終化された米国の大手銀行規制の見直し
−リスク・プロファイルに応じたプルーデンス規制の再構築−
小立 敬
  1. 米国FRBは2019年10月、銀行のリスク・プロファイルをプルーデンス規制の枠組みに反映させるテイラード・アプローチの下、総資産1,000億ドル以上の米国銀行および外国銀行のプルーデンス規制の枠組みを改定する最終規則を公表し、2019年末から適用を開始した。
  2. 従来はドッド=フランク法に基づいて、総資産500億ドル以上の銀行持株会社には厳格なプルーデンス規制が適用されてきたが、トランプ政権の下、2018年5月に成立した経済成長・規制緩和・消費者保護法が、厳格なプルーデンス規制の適用基準を総資産500億ドルから2,500億ドルに引き上げたことが背景にある。
  3. 最終規則によって、総資産1,000億ドル以上の米国銀行、外国銀行はリスク・プロファイルに応じて「カテゴリーI」から「カテゴリーIV」までの4つのカテゴリーに区分され、各々のカテゴリーに応じて厳格さの異なる自己資本規制や流動性規制、ストレス・テストの要件等が課せられることとなる。
  4. 金融危機以降、FRBはプルーデンス規制に銀行のリスク・プロファイルを反映させる取組みを行ってきた。今般のテイラード・アプローチによってリスク・プロファイルに応じたカテゴリーが明確化されており、従来に比べてより洗練された枠組みとなったという評価が可能であろう。
  5. ただし、外国銀行の扱いに関しては議論がある。特に具体的な争点となっているのが、外国銀行の米国支店に対して標準化された流動規制を適用するか否かの検討である。最終規則では具体的な措置は見送られたが、FRBは数カ月以内に検討する方針を明らかにしている。また、外国銀行の扱いについては、金融危機後の金融規制改革の重大な副作用として認識されている市場の分断につながるとの指摘もあり、最終規則が適用された後のFRBによる規制の合理性の検証が期待される。
米国で最も便利な銀行とは 淵田 康之
  1. グローバル金融危機後、米国では国内リテール業務に強い金融機関のプレゼンスが高まっている。外資系金融機関のなかでも、カナダのトロント・ドミニオンバンク・グループ(TDバンク・グループ)傘下のTDバンクは、米国内でリテール業務に注力することで顕著な成長を遂げている。
  2. 各国の多くの金融機関は、世界の金融ビジネスの中心である米国市場に進出し、業務拡大を目指してきた。しかし今日、日系や欧州系の金融機関の多くは、過去の一時期に比べ、米国市場における存在感を低下させている。こうしたなかTDバンクは、「米国で最も便利な銀行」を掲げ、米国で最も成功した外資系銀行となったのである。
  3. 金融危機を経て、米国金融市場の重要性はむしろ高まった。プラスの金利が維持され、預金・貸出など正常な金融ビジネスが成り立つ、世界で数少ない市場の一つとなったからである。TDバンクは、やはり経済が底堅く推移し、また安定した金融システムを持つカナダをマザーマーケットとしつつ、米国でリテール金融業務を拡大することにより、グループ全体の企業価値向上に寄与している。
  4. TDバンク・グループは、TDアメリトレードを通じて、米国におけるリテール証券ビジネスでも存在感を示してきた。そして2019年、取引手数料ゼロ時代が到来すると、TDアメリトレードをチャールズ・シュワブに売却し、チャールズ・シュワブの大株主となった。
  5. わが国の主要金融機関においても、今後の成長のためには海外ビジネスの拡大が不可欠であるが、その成功には、国内の経済や金融システムの改善・改革が前提となろう。その上で、どれだけ多くの現地ユーザーに、真に必要とされる金融機関となれるかがカギとなろう。
チャールズ・シュワブによるTDアメリトレードの買収
−米国個人向け金融サービス業界への示唆−
岡田 功太
  1. チャールズ・シュワブは2019年11月、TDアメリトレードを買収することを公表した。本件は株式交換で行われ、買収額は約260億ドルに達する。買収完了後のチャールズ・シュワブの預かり資産は約5.1兆ドル、証券口座数は約2,400万口座に達する見込みである(単純合算ベース)。同社は、コスト削減と顧客基盤の強化を推進し、より効率的で大規模な個人向け金融サービス業を追求すると見られる。
  2. 今般の買収の背景として、(1)売買手数料無料化等により事業環境が急激に変化していること、(2)連邦準備制度理事会の利下げの影響によって金利収入が縮小し、更なる預かり資産の拡大の必要性が高まったこと、(3)チャールズ・シュワブが創業当初から掲げてきた経営哲学に基づく「好循環」の一層の強化と整合的であること、が挙げられる。
  3. 買収完了後のチャールズ・シュワブは、独立系ファイナンシャル・アドバイザーである投資顧問業者(RIA)から約2兆ドルの資産を預かることになり、これを契機にRIAの顧客化を巡る大手金融機関の競争が激化する可能性が高い。また、長年、チャールズ・シュワブ及びTDアメリトレードと競合関係にあるイー・トレードを中心に、ディスカウント・ブローカー業界の再編も注目されている。アドバイザリー・フィーの低下と、同サービスに組み入れられるミューチュアルファンド及びETFの低コスト化の可能性も指摘されている。
  4. 今般の買収は、ディスカウント・ブローカー及びRIA向けサービス事業におけるチャールズ・シュワブやフィデリティ・インベストメンツなど、一部の大手金融機関が、より一層巨大化する方向性を示唆しており、今後の動向は注視する必要がある。
上場・非上場の垣根を飛び越えるクロスオーバー投資
−米国ミューチュアルファンドによるプレIPO株式投資の実状−
竹下 智
  1. 上場企業を主な投資対象とするミューチュアルファンドやヘッジファンドによる非上場企業への投資は、上場/非上場の垣根を越えた投資という意味で「クロスオーバー投資」と呼ばれる。近年、米国では非上場企業への投資において、VC以外のミューチュアルファンドやヘッジファンド等の存在が大きくなってきている。特に、IPO前のウーバー・テクノロジーズには55本のミューチュアルファンドが投資を行っていたことが知られている。
  2. クロスオーバー投資家は、レイターステージでの大型の資金調達において主要な投資家の一つであるとともに、アーリーステージの投資家(含む従業員)に流動性を供給する役割を担っている。ミューチュアルファンドが非上場企業への投資を行う理由として、(1)IPOまで待っていると会社の成長サイクルの重要なステージを逃す可能性がある、(2)イノベーションや創造的破壊が起きている産業セクターの評価をするには上場企業および非上場企業の両方を見ておく必要がある、という点があげられる。
  3. 非上場株式は取引所での株価が存在しないため、運用会社毎に投資対象の時価評価を行っている。非上場企業には上場企業に課せられた情報開示等の義務がないため、投資家が独自で情報収集にあたらなければならず、経営状況の監視やバリエーションに費やす時間が必然的に上場企業の場合よりも多くなる。そのため、クロスオーバー投資は分析リソースが豊富な大規模ファンドに適している。
  4. 米国ミューチュアルファンドはすでに日本の非上場企業への投資を行っている。日本国内においても今後、イノベーションの促進、ベンチャー支援策の充実を図る上で、クロスオーバー投資の振興も重要な課題となるのではないか。
米国における退職資産拡充策を巡る議論
−退職保障強化法案(SECURE法案)を中心に−
岡田 功太中村 美江奈
  1. 米国では、長寿化が進行する一方で、ソーシャル・セキュリティ(公的年金)の財政難等の課題がある。こうした中、連邦議会では、超党派の有力議員が、「全地域社会における退職保障強化法案」(通称SECURE法案)を提出した。同法案は、下院で既に可決されており、上院で審議待ちの状態である。
  2. SECURE法案は、2006年年金保護法以来、13年ぶりの本格的な年金制度改革である。2006年年金保護法は、401(k)プランの「自動化」の制度の整備等により、職域の確定拠出年金(DC)プランや個人退職勘定(IRA)の資産の積み立て(アキュミュレーション)促進に寄与した。SECURE法案は、退職プラン加入者のさらなる拡大と、引退後の資産の取り崩し(デキュミュレーション)局面における課題解消等を目指している。
  3. SECURE法案の主な特徴は、第一に、伝統的IRAの拠出年齢制限の廃止といった既存の退職資産形成制度の拡大の促進である。第二に、退職プランへの長期雇用パート従業員の加入促進や、中小企業従業員の退職プラン加入促進を意図した複数雇用主プラン(MEP)の要件緩和等の加入者拡大である。第三に、デキュミュレーションにおけるアニュイティ等の普及促進や、退職後の収入予測といったライフタイム・インカム確保の施策である。
  4. SECURE法案は超党派の支持を得ているものの、成立の可否やタイミングについては、政局次第である。他方、同法案の内容を念頭に、大手資産運用会社等は新たなソリューションの開発を推進している。つまり、SECURE法案は、既に米国リタイアメント市場において新たなダイナミズムを生み出しはじめており、法案の成否と併せて、今後の展開が注目される。
欧州における投信併合
−英国の事例を中心に−
神山 哲也塩島 晋
  1. 日本では、小規模投信(ファンド)が多数存在するという問題に対処するべく、ファンド併合を実施可能にするための制度面の整備が行われてきた。しかし、実績は2019年11月に発表された一件に留まっている。今後、自助努力による資産形成、資産運用の重要性が増していく中、ファンド併合等を通じて運用業界の効率化を図ることは一層求められるようになろう。
  2. 欧州では従来、ファンド併合が月間数十件というペースで行われてきた。EU域内におけるクロスボーダーのファンド併合を促進するための制度整備も行われてきた。EUの制度を国内法化した英国では、スキーム・オブ・アレンジメントと呼ばれる仕組みを用いてファンド併合が行われている。
  3. 英国のファンド併合事例を見ると、目的として、小規模ファンドを併合することによる規模の経済追求等を掲げた上で、ファンド・オブ・ファンズと通常のファンドの併合や、株・債券の組入比率の相違、デリバティブ利用の有無、分配頻度など、ファンドの形態や運用手法は必ずしも近似したものでなくても実施されている。
  4. 英国では、ファンドの規模が最適水準を大幅に下回っていると考えられる場合、運用方法等の細かな相違には拘らず、より総合的な投資家利益への配慮から、規模の経済を優先する姿勢がみられる。日本においてファンド併合を検討する際に、参考になるアプローチであると考えられる。
2020年以降の議決権行使助言会社の助言方針改定 西山 賢吾
  1. 代表的な議決権行使助言会社であるISSとグラス・ルイスの2020年議決権行使助言方針改定内容が明らかになった(改定内容の一部の適用は2021年)。ISSの改定は、(1)政策保有先企業出身の社外役員には「独立性なし」の判断、(2)親会社、支配株主の存在する企業に対する独立社外取締役の増員、の2点、そして、グラス・ルイスでは、東証1、2部対象企業に最低1名以上の女性役員登用を要請、(2)政策保有株式保有水準に関する基準の導入(2021年より)の2点である。
  2. 今回の助言方針改定の特徴として、ISSは社外役員の独立性という観点、グラス・ルイスは保有水準という観点から、それぞれ、政策保有株式を議決権行使助言方針に取り入れたことが挙げられる。従来政策保有株式と議決権行使を関連付けることは難しいと考えられていたが、今回の助言方針改定を受け、機関投資家でも同様な議決権行使助言方針を採用するかどうかが注目される。しかし、現状ではその動きが大きく進むとは考えにくく、エンゲージメントの重要テーマとしてより多くの投資家が取り上げることになるであろう。
  3. 社外取締役の増員も重要なテーマである。これについては、全ての企業に3分の1以上の独立社外取締役を求める機関投資家も出始めてきたが、全体としては支配株主や親会社のある企業などに社外取締役の増員を求める動きがさらに進む一方、全ての企業に求める動きが大きく広がるにはなお時間を要すると考える。
  4. 議決権行使助言会社の影響力に関し話題に上ることが多く、2020年に改訂予定のスチュワードシップ・コードにおいても、議決権行使助言会社に対し、十分かつ適切な人的・組織体制の整備とそれを含む助言策定プロセスの具体的な公表などが求められている。その背景には、機関投資家の議決権行使を助言会社が決めている、すなわち、議決権行使助言会社の助言方針をそのまま機関投資家が取り入れているという誤解があると推察されるが、実際には、「機関投資家の議決権行使に対する意見や考え方のコンセンサスが議決権行使助言会社の助言方針」となっているといえるであろう。
気候変動対策で世界のリーダーを目指す「欧州グリーンディール」 江夏 あかね磯部 昌吾
  1. 欧州連合(EU)の執行機関である欧州委員会は2019年12月11日、脱炭素と経済成長の両立を図ることを目的とした工程表である「欧州グリーンディール」を公表した。同工程表は、2019年12月1日に就任したフォンデアライエン欧州委員長が最優先政策に掲げる気候変動対策の一環として位置付けられる。
  2. 欧州グリーンディールで注目されるのは、気候関連目標への野心的なアプローチ、低炭素経済社会への移行に関する支援、サステナブルファイナンス戦略の3点である。2020年第3四半期に公表予定のサステナブルファイナンス戦略では、(1)サステナブル投資に関する基盤強化、(2)サステナブル投資に関する特定可能性及び信頼性向上、(3)気候・環境リスクの金融システムへの組み入れ、といった3つの方針が掲げられた。
  3. 欧州グリーンディールは、基本的にはEU域内を対象としているものの、日本を含めたEU域外の国・地域に影響が及ぶ可能性が高いことが示唆された。同時に、欧州グリーンディールの実現に向けて、サステナブルファイナンス戦略を通じて、金融市場にもタクソノミー、開示、ラベル、EUグリーンボンド基準(EU GBS)、健全性規制といった複数の側面から影響が及ぶ可能性があることも示された。
  4. 世界に先駆けて包括的な気候変動対策に取り組むEUが示した欧州グリーンディールの各項目に関する今後の進捗や実効性等に対して、世界各国の政府、産業界、金融市場から注目が集まる状況が続くと想定される。
欧州公的年金基金の気候変動への対応
−スウェーデンAP基金、仏FRR、ノルウェーGPFGの事例を中心に−
林 宏美
  1. 金融安定理事会(FSB)の下部組織であるTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)が2017年6月に公表した最終提言(TCFD最終提言)では、インベストメントチェーンの頂点に位置付けられる年金基金等のアセット・オーナーも、投資先企業による取り組みを促す役割を果たすべく、一定の情報開示が求められている。2018年11月に英国のNGOが大規模な公的年金基金の取り組み状況を評価した報告書では、TCFD最終提言に則した情報を開示しているか、開示する方針にある年金基金が全体の17%にとどまった。
  2. 気候変動への取り組みが高く評価されている欧州公的年金の事例としては、スウェーデンのAP基金、フランスのFRR、ノルウェーGPFG等が挙げられる。AP基金は、2019年、法律により責任投資と高いリターン追求の両立が求められるようになった。AP基金やFRRは、再生可能エネルギー事業等への投資を可能とする取り組みを推進しているほか、指数提供業者との提携を通じて低炭素関連指標の開発・拡充を進めるなど、様々な活動を展開しはじめている。
  3. 欧州の公的年金基金による気候変動への対応としては、従来化石燃料企業からの投資引き揚げ(ダイベストメント)を通じて、気候リスクの低減を図る動きが目立っていたが、近年はその取り組みが多様化している。ダイベストメントよりもエンゲージメントや議決権行使などを通じて、企業に気候変動への対応を促す傾向が前面に出ている。また、再生可能エネルギー事業等への投資を拡大できるよう、運用方針を変更する動きも目立つ。
  4. 大規模な公的年金による気候変動への取り組みは、他の機関投資家に及ぼすシグナル効果が大きいと見られる。それらの取り組みが、気候変動によるリスクや機会を示す各種指標データの蓄積、標準化など、上記に挙げた課題解消に寄与することも期待される。
トランジションボンドの登場とサステナブルファイナンスの新潮流 江夏 あかね
  1. トランジションボンドは、一般的に、二酸化炭素排出量等の観点からグリーンボンドの発行基準を満たさないものの、低炭素経済社会等に移行(トランジション)するためのプロジェクトを資金使途とする債券を指す。
  2. トランジションボンドが誕生した背景としては、金融市場において、開示、経済活動の分類、ベンチマーク等、複数の分野で、「トランジション(移行)」がテーマとして注目を集めつつあることが挙げられる。そして、フランスの大手運用機関アクサ・インベストメント・マネージャーズ(アクサIM)が2019年6月にガイドラインを公表、クレディ・スイスと気候債券イニシアチブ(CBI)が2019年9月に「サステナブル・トランジションボンド」に関するパートナーシップ締結、といった動きもある。
  3. トランジションボンド及び同市場が健全に発展していくためには、発行体によるサステナビリティ戦略へのコミットメントを通じて市場の信認を得ることが大前提になるほか、グリーンボンド等と同様に、レポーティング等を通じて、投資家が環境・社会面でのインパクトを適切に把握できるように透明性を確保することが重要と思われる。
EUにおける自己資本規制へのESGリスク反映の議論
−アクション・プランを示した欧州銀行監督機構−
磯部 昌吾
  1. 欧州連合(EU)において気候変動問題への関心が増々高まる中、欧州銀行監督機構(EBA)は、2019年12月6日にサステナブル・ファイナンスに関するアクション・プランを公表し、自己資本規制における環境・社会・ガバナンス(ESG)リスクの反映に関する検討スケジュールを明らかにした。
  2. 気候変動問題への対応には多額の追加投資が必要となることから、銀行の金融仲介機能を通じて、民間資金が気候変動対応に回るように促していく上で、自己資本規制におけるESGリスクの反映は、重要な政策手段の1つとなる可能性がある。
  3. EBAは、自己資本規制の3つの柱におけるESGリスクの反映を検討した上で、欧州委員会等への報告やガイドライン・細則案の策定を行う予定である。特に、第1の柱(最低基準)については、評価の複雑性と潜在的な影響の大きさを踏まえて、2025年6月までという長い評価期間を設けているのが特徴的である。
  4. 欧州の規制当局の見解は一枚岩ではなく、まずはEBAの検討結果が待たれるところである。EUが独自に自己資本規制にESGリスクを組み入れる場合には、EUの銀行の与信行動に影響を与えるであろう。また、EU域外の銀行との間で資本賦課に差が出るようであれば、国際競争上の問題が生じる可能性も考えられ、その場合には他の国においても同様の措置が取られるかが論点となってこよう。EUにおける議論とEU域外への波及の可能性を今後も注視する必要があるだろう。
中央銀行デジタル通貨の発行を目指す中国
−予想されるマクロ面での影響−
関 志雄
  1. 中国では、中央銀行デジタル通貨(CBDC)の発行は、構想から実行の段階に移ろうとしている。中国が導入しようとするCBDCは、だれでもアクセスでき、決済が仲介機関を経由しない「リテール・トークン型」である。その特徴は、(1)現金(M0)の代替、(2)中央銀行と利用者の間に商業銀行などの仲介機関が入る二層構造の運営体制、(3)特定の技術に限定しない、(4)無利子、(5)「制御可能な匿名性」に基づく個人情報の取り扱い、(6)オフライン決済が可能、である。
  2. 現段階の構想通りに、CBDCが無利子で、現金の代替にとどまる場合、その導入によってもたらされる金融政策と金融システムへの影響はそれほど大きくない。しかし、金利が付き、現金だけでなく銀行預金も代替の対象となるCBDCが発行される場合、金融政策の有効性は高まる一方で、金融システムにおける銀行の地盤沈下は加速しかねない。
  3. CBDCの発行は、人民元の利便性の向上を通じて、人民元の国際化に寄与すると期待されている。しかし、厳しい資本規制が維持され、CBDCもその対象になると予想される以上、その効果は限定的であろう。
  4. 中国は、CBDCを本格的に導入する最初の国になりそうである。それに向けて、綿密に構想を練っており、実行に移ってからも慎重な姿勢は変わらないと予想される。最終的に、中国において、現金が完全にCBDCに取って代わられ、キャッシュレス社会が実現されるだろうが、そこまでの道のりはまだ遠い。
金融機関経営
時流 金融規制のNext Step 上智大学法科大学院教授 森下 哲朗

金融審議会のスタディ・グループやワーキング・グループでは新たな金融規制のあり方についての議論が行われてきた。そこでは、今後の金融規制のあるべき姿として、イノベーションの促進と利用者利便の向上に資する規制体系であること、同一の機能・同一のリスクには同一のルールを適用すること、といった基本的な方向性が示されている。具体的な規制の見直しという観点でも、決済分野等で一定の成果が出ており今後の活用が期待される。同時に、今後の検討課題も多い。産官学が一体となって知恵を出し合ってより良い金融規制を構築していく必要がある。

地方公共団体と地方銀行
−指定金融機関制度の変遷と今後の展望−
江夏 あかね
  1. 地方公共団体と地方銀行は、指定金融機関制度等を通じて深い関係を長らく築いており、互いに地域経済社会にとって不可欠な存在となっている。しかし、金融市場環境や地域経済社会の構造が移り変わる中、1990年代後半頃からその関係が変化する傾向が見られている。特に、2010年代半ば頃からの金利水準の継続的な低下も相まって、地方公共団体向けビジネスから距離を置くことを検討する金融機関が出現するなど、かつてに比べて厳しいものとなりつつある。
  2. 地方公共団体が中長期的に行財政の持続可能性を維持する上では、(1)国の厳しい財政状況、(2)地方公共団体による社会保障や公共施設等の適正化といった喫緊の施策への取り組み、といった課題を克服することが必要と考えられる。
  3. 地方経済社会の持続可能性を確保するためには、それらに加え、幅広い意味での地方創生や持続可能な開発目標(SDGs)達成に向けた取り組みを進めることも求められる。ただし、地方創生やSDGsも含めた取り組みを、地方公共団体のみで包括的に進めることは困難であり、地方銀行等と連携し、地方が抱える課題を解決していくことが重要である。
  4. 地方公共団体と地方銀行の双方が連携するメリットを感じ、持続的な関係を築くためには、地域をめぐる問題意識の共有、経済合理性の確保、域内の付加価値を創出する取り組みでの協働といった点がカギになろう。そのような観点から、地方公共団体と地方銀行がメリットを感じて連携可能な分野としては、例えば、公共施設等の適正管理、地域中小企業におけるSDGs支援といったものが挙げられる。
注目される地方銀行によるグリーンボンドの発行 富永 健司
  1. 世界の金融市場において、環境・社会・ガバナンス(ESG)を重視する投資概念の浸透、パリ協定や持続可能な開発目標(SDGs)等の国際合意を背景に、グリーンボンドの発行が伸びている。日本においても2017年頃からグリーンボンドの発行が増加している。これまで、日本の銀行によるグリーンボンドの発行は政府系金融機関やメガバンク等が中心となっていたが、このたび新たに地方銀行がグリーンボンドを発行した。具体的には、群馬銀行が2019年11月に国内の地方銀行として初めて発行し、その後、名古屋銀行が2019年12月に発行した。
  2. 日本においては近年、ESG金融における間接金融の重要性に対する認識が高まっている。そのような中で、地方銀行は、(1)担当主幹部署の設置、(2)プロジェクトチームの組成、(3)行動宣言や行動憲章の制定、(4)ESG/SDGsを意識した投資方針の制定、(5)ESG/SDGsを意識した融資方針の制定、などの形で取り組みを進めている。
  3. これらに加えて地方銀行は、地方経済・社会の中心的な担い手として、地方創生に関する取り組みも行っており、元々ESG/SDGs金融との親和性が高かったと言える。グリーンボンドの発行は、資本調達面におけるESG/SDGsへの対応という観点で考えることができる。
  4. 群馬銀行と名古屋銀行の発行事例で共通しているのは、規制資本の充実を目的とした社債発行を通じて、(1)組織として注力するESG/SDGsへの取り組みについての資本調達面からの拡充、(2)グリーンボンドの発行による幅広い業態の投資家層へのアクセス、を実現したことである。地方銀行セクターにおいては、ESG/SDGsへの取り組みが進む中で、今後グリーンボンド発行という手法が活用されるようになるのか注目される。グリーンボンドを通じた融資等が、地方銀行ビジネスの活性化へ貢献し、同時に環境・地域社会へのインパクトを創出するのかといった点も今後さらなる議論が求められよう。
米国地域金融機関の証券ビジネスを支援するLPLファイナンシャル 下山 貴史岡田 功太
  1. LPLファイナンシャルは、全米最大級のファイナンシャル・アドバイザー向け証券取引サービス提供会社として知られている。同社は、地銀、信用組合、独立系ファイナンシャル・アドバイザー(IFA会社)に所属する約1万6,100名のファイナンシャル・アドバイザーに、証券取引及び証券事業支援サービスを提供している。それらのファイナンシャル・アドバイザーは、主に地方で営業活動に従事していることから、LPLファイナンシャルは、地域金融機関の証券ビジネスを支援している存在とも言える。
  2. 同社は、ブローカレッジ・サービスとアドバイザリー・サービスを提供するが、近年は投資アドバイスの対価としてフィーを受け取るアドバイザリー・サービスに注力している。また、ファイナンシャル・アドバイザーの業務効率化を目的としたテクノロジー・ツール等の提供も行っており、2019年のテクノロジー投資額を約1億5,000万ドルに決定し、同ツールの拡充を図っている。
  3. LPLファイナンシャルは、上記のサービスを通じて、多様な地域金融機関に属するファイナンシャル・アドバイザーを支援している。同社との提携を通じて、非金利収入を増加させた地域金融機関、収益源の多角化を図る銀行、顧客との関係強化や業務効率化を実現した小規模信用組合やIFA会社など様々である。
  4. LPLファイナンシャルの成長は、大手証券会社が有するミドルオフィス及びバックオフィス機能を、サービスとして社外に提供することで収益化できる可能性を示唆すると共に、地域金融機関にとって同サービスが魅力的であることを意味している。LPLファイナンシャルのようなサービス提供者は、米国の幅広い地域において、顧客に対して適切なファイナンシャル・アドバイスが提供されるためにも、欠かせない存在と言えよう。
金融包摂を促進する重要な役割を担うフィリピンの地域金融機関 北野 陽平武井 悠輔
  1. フィリピンは、堅調な経済成長を持続させ、より包摂的な発展を実現するべく、国民の幅広い金融包摂を推進している。同国において金融機関口座を保有する15歳以上人口の割合は2017年時点で32%で、地方では26%に留まり、多くの地方自治体では銀行が設置されていない。そのような中、フィリピン中央銀行(BSP)は、銀行サービスが提供されていない地方自治体の割合を2020年までに20%へと引き下げることを目指している。
  2. フィリピンの銀行は、ユニバーサルバンク、商業銀行、貯蓄銀行、農村銀行、協同組合銀行に分類される。このうち、農村銀行は、地方における金融包摂を促進する重要な役割を担うと期待されている。地方居住者の資金需要に対応するため、BSP主導で農村銀行のプレゼンス強化に向けた取り組みが進められてきた結果、農村銀行の店舗数は1999年末の1,778店から2019年9月末には3,048店となり、融資残高は同期間に3.6倍に増加した。
  3. 金融包摂の促進には決済サービスの利用拡大も課題となる中、全国レベルで国民による安価、効率的、安全、信頼性の高い決済を可能にする仕組みの構築を目指して、「国家リテール決済システム(NRPS)」が2015年に導入された。現状、NRPSは地方では普及が進んでおらず、農村銀行間の送金・決済システムも接続されていない。そうした中、ブロックチェーン技術の活用により、農村銀行間の直接送金や効率的な国際送金を可能にするプロジェクトが進められている。
  4. 農村銀行は、より安価で金融サービスを提供するためのテクノロジーの活用にも取り組み始めている。例えば、足下では、ITコスト及びオペレーションコストの削減等を目的として、クラウドベースの勘定系システムを導入する動きが見られる。地方では、ITの利用環境は都市部に比べ総じて遅れているものの、将来的には、都市部で始まっている金融サービスのデジタル化が広がっていく可能性もある。今後、フィリピンにおける地域金融機関のサービスが、どのような発展を遂げるのか注目される。
最終化された米国の大手銀行規制の見直し
−リスク・プロファイルに応じたプルーデンス規制の再構築−
小立 敬
  1. 米国FRBは2019年10月、銀行のリスク・プロファイルをプルーデンス規制の枠組みに反映させるテイラード・アプローチの下、総資産1,000億ドル以上の米国銀行および外国銀行のプルーデンス規制の枠組みを改定する最終規則を公表し、2019年末から適用を開始した。
  2. 従来はドッド=フランク法に基づいて、総資産500億ドル以上の銀行持株会社には厳格なプルーデンス規制が適用されてきたが、トランプ政権の下、2018年5月に成立した経済成長・規制緩和・消費者保護法が、厳格なプルーデンス規制の適用基準を総資産500億ドルから2,500億ドルに引き上げたことが背景にある。
  3. 最終規則によって、総資産1,000億ドル以上の米国銀行、外国銀行はリスク・プロファイルに応じて「カテゴリーI」から「カテゴリーIV」までの4つのカテゴリーに区分され、各々のカテゴリーに応じて厳格さの異なる自己資本規制や流動性規制、ストレス・テストの要件等が課せられることとなる。
  4. 金融危機以降、FRBはプルーデンス規制に銀行のリスク・プロファイルを反映させる取組みを行ってきた。今般のテイラード・アプローチによってリスク・プロファイルに応じたカテゴリーが明確化されており、従来に比べてより洗練された枠組みとなったという評価が可能であろう。
  5. ただし、外国銀行の扱いに関しては議論がある。特に具体的な争点となっているのが、外国銀行の米国支店に対して標準化された流動規制を適用するか否かの検討である。最終規則では具体的な措置は見送られたが、FRBは数カ月以内に検討する方針を明らかにしている。また、外国銀行の扱いについては、金融危機後の金融規制改革の重大な副作用として認識されている市場の分断につながるとの指摘もあり、最終規則が適用された後のFRBによる規制の合理性の検証が期待される。
米国で最も便利な銀行とは 淵田 康之
  1. グローバル金融危機後、米国では国内リテール業務に強い金融機関のプレゼンスが高まっている。外資系金融機関のなかでも、カナダのトロント・ドミニオンバンク・グループ(TDバンク・グループ)傘下のTDバンクは、米国内でリテール業務に注力することで顕著な成長を遂げている。
  2. 各国の多くの金融機関は、世界の金融ビジネスの中心である米国市場に進出し、業務拡大を目指してきた。しかし今日、日系や欧州系の金融機関の多くは、過去の一時期に比べ、米国市場における存在感を低下させている。こうしたなかTDバンクは、「米国で最も便利な銀行」を掲げ、米国で最も成功した外資系銀行となったのである。
  3. 金融危機を経て、米国金融市場の重要性はむしろ高まった。プラスの金利が維持され、預金・貸出など正常な金融ビジネスが成り立つ、世界で数少ない市場の一つとなったからである。TDバンクは、やはり経済が底堅く推移し、また安定した金融システムを持つカナダをマザーマーケットとしつつ、米国でリテール金融業務を拡大することにより、グループ全体の企業価値向上に寄与している。
  4. TDバンク・グループは、TDアメリトレードを通じて、米国におけるリテール証券ビジネスでも存在感を示してきた。そして2019年、取引手数料ゼロ時代が到来すると、TDアメリトレードをチャールズ・シュワブに売却し、チャールズ・シュワブの大株主となった。
  5. わが国の主要金融機関においても、今後の成長のためには海外ビジネスの拡大が不可欠であるが、その成功には、国内の経済や金融システムの改善・改革が前提となろう。その上で、どれだけ多くの現地ユーザーに、真に必要とされる金融機関となれるかがカギとなろう。
チャールズ・シュワブによるTDアメリトレードの買収
−米国個人向け金融サービス業界への示唆−
岡田 功太
  1. チャールズ・シュワブは2019年11月、TDアメリトレードを買収することを公表した。本件は株式交換で行われ、買収額は約260億ドルに達する。買収完了後のチャールズ・シュワブの預かり資産は約5.1兆ドル、証券口座数は約2,400万口座に達する見込みである(単純合算ベース)。同社は、コスト削減と顧客基盤の強化を推進し、より効率的で大規模な個人向け金融サービス業を追求すると見られる。
  2. 今般の買収の背景として、(1)売買手数料無料化等により事業環境が急激に変化していること、(2)連邦準備制度理事会の利下げの影響によって金利収入が縮小し、更なる預かり資産の拡大の必要性が高まったこと、(3)チャールズ・シュワブが創業当初から掲げてきた経営哲学に基づく「好循環」の一層の強化と整合的であること、が挙げられる。
  3. 買収完了後のチャールズ・シュワブは、独立系ファイナンシャル・アドバイザーである投資顧問業者(RIA)から約2兆ドルの資産を預かることになり、これを契機にRIAの顧客化を巡る大手金融機関の競争が激化する可能性が高い。また、長年、チャールズ・シュワブ及びTDアメリトレードと競合関係にあるイー・トレードを中心に、ディスカウント・ブローカー業界の再編も注目されている。アドバイザリー・フィーの低下と、同サービスに組み入れられるミューチュアルファンド及びETFの低コスト化の可能性も指摘されている。
  4. 今般の買収は、ディスカウント・ブローカー及びRIA向けサービス事業におけるチャールズ・シュワブやフィデリティ・インベストメンツなど、一部の大手金融機関が、より一層巨大化する方向性を示唆しており、今後の動向は注視する必要がある。
上場・非上場の垣根を飛び越えるクロスオーバー投資
−米国ミューチュアルファンドによるプレIPO株式投資の実状−
竹下 智
  1. 上場企業を主な投資対象とするミューチュアルファンドやヘッジファンドによる非上場企業への投資は、上場/非上場の垣根を越えた投資という意味で「クロスオーバー投資」と呼ばれる。近年、米国では非上場企業への投資において、VC以外のミューチュアルファンドやヘッジファンド等の存在が大きくなってきている。特に、IPO前のウーバー・テクノロジーズには55本のミューチュアルファンドが投資を行っていたことが知られている。
  2. クロスオーバー投資家は、レイターステージでの大型の資金調達において主要な投資家の一つであるとともに、アーリーステージの投資家(含む従業員)に流動性を供給する役割を担っている。ミューチュアルファンドが非上場企業への投資を行う理由として、(1)IPOまで待っていると会社の成長サイクルの重要なステージを逃す可能性がある、(2)イノベーションや創造的破壊が起きている産業セクターの評価をするには上場企業および非上場企業の両方を見ておく必要がある、という点があげられる。
  3. 非上場株式は取引所での株価が存在しないため、運用会社毎に投資対象の時価評価を行っている。非上場企業には上場企業に課せられた情報開示等の義務がないため、投資家が独自で情報収集にあたらなければならず、経営状況の監視やバリエーションに費やす時間が必然的に上場企業の場合よりも多くなる。そのため、クロスオーバー投資は分析リソースが豊富な大規模ファンドに適している。
  4. 米国ミューチュアルファンドはすでに日本の非上場企業への投資を行っている。日本国内においても今後、イノベーションの促進、ベンチャー支援策の充実を図る上で、クロスオーバー投資の振興も重要な課題となるのではないか。
米国における退職資産拡充策を巡る議論
−退職保障強化法案(SECURE法案)を中心に−
岡田 功太中村 美江奈
  1. 米国では、長寿化が進行する一方で、ソーシャル・セキュリティ(公的年金)の財政難等の課題がある。こうした中、連邦議会では、超党派の有力議員が、「全地域社会における退職保障強化法案」(通称SECURE法案)を提出した。同法案は、下院で既に可決されており、上院で審議待ちの状態である。
  2. SECURE法案は、2006年年金保護法以来、13年ぶりの本格的な年金制度改革である。2006年年金保護法は、401(k)プランの「自動化」の制度の整備等により、職域の確定拠出年金(DC)プランや個人退職勘定(IRA)の資産の積み立て(アキュミュレーション)促進に寄与した。SECURE法案は、退職プラン加入者のさらなる拡大と、引退後の資産の取り崩し(デキュミュレーション)局面における課題解消等を目指している。
  3. SECURE法案の主な特徴は、第一に、伝統的IRAの拠出年齢制限の廃止といった既存の退職資産形成制度の拡大の促進である。第二に、退職プランへの長期雇用パート従業員の加入促進や、中小企業従業員の退職プラン加入促進を意図した複数雇用主プラン(MEP)の要件緩和等の加入者拡大である。第三に、デキュミュレーションにおけるアニュイティ等の普及促進や、退職後の収入予測といったライフタイム・インカム確保の施策である。
  4. SECURE法案は超党派の支持を得ているものの、成立の可否やタイミングについては、政局次第である。他方、同法案の内容を念頭に、大手資産運用会社等は新たなソリューションの開発を推進している。つまり、SECURE法案は、既に米国リタイアメント市場において新たなダイナミズムを生み出しはじめており、法案の成否と併せて、今後の展開が注目される。
欧州における投信併合
−英国の事例を中心に−
神山 哲也塩島 晋
  1. 日本では、小規模投信(ファンド)が多数存在するという問題に対処するべく、ファンド併合を実施可能にするための制度面の整備が行われてきた。しかし、実績は2019年11月に発表された一件に留まっている。今後、自助努力による資産形成、資産運用の重要性が増していく中、ファンド併合等を通じて運用業界の効率化を図ることは一層求められるようになろう。
  2. 欧州では従来、ファンド併合が月間数十件というペースで行われてきた。EU域内におけるクロスボーダーのファンド併合を促進するための制度整備も行われてきた。EUの制度を国内法化した英国では、スキーム・オブ・アレンジメントと呼ばれる仕組みを用いてファンド併合が行われている。
  3. 英国のファンド併合事例を見ると、目的として、小規模ファンドを併合することによる規模の経済追求等を掲げた上で、ファンド・オブ・ファンズと通常のファンドの併合や、株・債券の組入比率の相違、デリバティブ利用の有無、分配頻度など、ファンドの形態や運用手法は必ずしも近似したものでなくても実施されている。
  4. 英国では、ファンドの規模が最適水準を大幅に下回っていると考えられる場合、運用方法等の細かな相違には拘らず、より総合的な投資家利益への配慮から、規模の経済を優先する姿勢がみられる。日本においてファンド併合を検討する際に、参考になるアプローチであると考えられる。
2020年以降の議決権行使助言会社の助言方針改定 西山 賢吾
  1. 代表的な議決権行使助言会社であるISSとグラス・ルイスの2020年議決権行使助言方針改定内容が明らかになった(改定内容の一部の適用は2021年)。ISSの改定は、(1)政策保有先企業出身の社外役員には「独立性なし」の判断、(2)親会社、支配株主の存在する企業に対する独立社外取締役の増員、の2点、そして、グラス・ルイスでは、東証1、2部対象企業に最低1名以上の女性役員登用を要請、(2)政策保有株式保有水準に関する基準の導入(2021年より)の2点である。
  2. 今回の助言方針改定の特徴として、ISSは社外役員の独立性という観点、グラス・ルイスは保有水準という観点から、それぞれ、政策保有株式を議決権行使助言方針に取り入れたことが挙げられる。従来政策保有株式と議決権行使を関連付けることは難しいと考えられていたが、今回の助言方針改定を受け、機関投資家でも同様な議決権行使助言方針を採用するかどうかが注目される。しかし、現状ではその動きが大きく進むとは考えにくく、エンゲージメントの重要テーマとしてより多くの投資家が取り上げることになるであろう。
  3. 社外取締役の増員も重要なテーマである。これについては、全ての企業に3分の1以上の独立社外取締役を求める機関投資家も出始めてきたが、全体としては支配株主や親会社のある企業などに社外取締役の増員を求める動きがさらに進む一方、全ての企業に求める動きが大きく広がるにはなお時間を要すると考える。
  4. 議決権行使助言会社の影響力に関し話題に上ることが多く、2020年に改訂予定のスチュワードシップ・コードにおいても、議決権行使助言会社に対し、十分かつ適切な人的・組織体制の整備とそれを含む助言策定プロセスの具体的な公表などが求められている。その背景には、機関投資家の議決権行使を助言会社が決めている、すなわち、議決権行使助言会社の助言方針をそのまま機関投資家が取り入れているという誤解があると推察されるが、実際には、「機関投資家の議決権行使に対する意見や考え方のコンセンサスが議決権行使助言会社の助言方針」となっているといえるであろう。
気候変動対策で世界のリーダーを目指す「欧州グリーンディール」 江夏 あかね磯部 昌吾
  1. 欧州連合(EU)の執行機関である欧州委員会は2019年12月11日、脱炭素と経済成長の両立を図ることを目的とした工程表である「欧州グリーンディール」を公表した。同工程表は、2019年12月1日に就任したフォンデアライエン欧州委員長が最優先政策に掲げる気候変動対策の一環として位置付けられる。
  2. 欧州グリーンディールで注目されるのは、気候関連目標への野心的なアプローチ、低炭素経済社会への移行に関する支援、サステナブルファイナンス戦略の3点である。2020年第3四半期に公表予定のサステナブルファイナンス戦略では、(1)サステナブル投資に関する基盤強化、(2)サステナブル投資に関する特定可能性及び信頼性向上、(3)気候・環境リスクの金融システムへの組み入れ、といった3つの方針が掲げられた。
  3. 欧州グリーンディールは、基本的にはEU域内を対象としているものの、日本を含めたEU域外の国・地域に影響が及ぶ可能性が高いことが示唆された。同時に、欧州グリーンディールの実現に向けて、サステナブルファイナンス戦略を通じて、金融市場にもタクソノミー、開示、ラベル、EUグリーンボンド基準(EU GBS)、健全性規制といった複数の側面から影響が及ぶ可能性があることも示された。
  4. 世界に先駆けて包括的な気候変動対策に取り組むEUが示した欧州グリーンディールの各項目に関する今後の進捗や実効性等に対して、世界各国の政府、産業界、金融市場から注目が集まる状況が続くと想定される。
欧州公的年金基金の気候変動への対応
−スウェーデンAP基金、仏FRR、ノルウェーGPFGの事例を中心に−
林 宏美
  1. 金融安定理事会(FSB)の下部組織であるTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)が2017年6月に公表した最終提言(TCFD最終提言)では、インベストメントチェーンの頂点に位置付けられる年金基金等のアセット・オーナーも、投資先企業による取り組みを促す役割を果たすべく、一定の情報開示が求められている。2018年11月に英国のNGOが大規模な公的年金基金の取り組み状況を評価した報告書では、TCFD最終提言に則した情報を開示しているか、開示する方針にある年金基金が全体の17%にとどまった。
  2. 気候変動への取り組みが高く評価されている欧州公的年金の事例としては、スウェーデンのAP基金、フランスのFRR、ノルウェーGPFG等が挙げられる。AP基金は、2019年、法律により責任投資と高いリターン追求の両立が求められるようになった。AP基金やFRRは、再生可能エネルギー事業等への投資を可能とする取り組みを推進しているほか、指数提供業者との提携を通じて低炭素関連指標の開発・拡充を進めるなど、様々な活動を展開しはじめている。
  3. 欧州の公的年金基金による気候変動への対応としては、従来化石燃料企業からの投資引き揚げ(ダイベストメント)を通じて、気候リスクの低減を図る動きが目立っていたが、近年はその取り組みが多様化している。ダイベストメントよりもエンゲージメントや議決権行使などを通じて、企業に気候変動への対応を促す傾向が前面に出ている。また、再生可能エネルギー事業等への投資を拡大できるよう、運用方針を変更する動きも目立つ。
  4. 大規模な公的年金による気候変動への取り組みは、他の機関投資家に及ぼすシグナル効果が大きいと見られる。それらの取り組みが、気候変動によるリスクや機会を示す各種指標データの蓄積、標準化など、上記に挙げた課題解消に寄与することも期待される。
トランジションボンドの登場とサステナブルファイナンスの新潮流 江夏 あかね
  1. トランジションボンドは、一般的に、二酸化炭素排出量等の観点からグリーンボンドの発行基準を満たさないものの、低炭素経済社会等に移行(トランジション)するためのプロジェクトを資金使途とする債券を指す。
  2. トランジションボンドが誕生した背景としては、金融市場において、開示、経済活動の分類、ベンチマーク等、複数の分野で、「トランジション(移行)」がテーマとして注目を集めつつあることが挙げられる。そして、フランスの大手運用機関アクサ・インベストメント・マネージャーズ(アクサIM)が2019年6月にガイドラインを公表、クレディ・スイスと気候債券イニシアチブ(CBI)が2019年9月に「サステナブル・トランジションボンド」に関するパートナーシップ締結、といった動きもある。
  3. トランジションボンド及び同市場が健全に発展していくためには、発行体によるサステナビリティ戦略へのコミットメントを通じて市場の信認を得ることが大前提になるほか、グリーンボンド等と同様に、レポーティング等を通じて、投資家が環境・社会面でのインパクトを適切に把握できるように透明性を確保することが重要と思われる。
EUにおける自己資本規制へのESGリスク反映の議論
−アクション・プランを示した欧州銀行監督機構−
磯部 昌吾
  1. 欧州連合(EU)において気候変動問題への関心が増々高まる中、欧州銀行監督機構(EBA)は、2019年12月6日にサステナブル・ファイナンスに関するアクション・プランを公表し、自己資本規制における環境・社会・ガバナンス(ESG)リスクの反映に関する検討スケジュールを明らかにした。
  2. 気候変動問題への対応には多額の追加投資が必要となることから、銀行の金融仲介機能を通じて、民間資金が気候変動対応に回るように促していく上で、自己資本規制におけるESGリスクの反映は、重要な政策手段の1つとなる可能性がある。
  3. EBAは、自己資本規制の3つの柱におけるESGリスクの反映を検討した上で、欧州委員会等への報告やガイドライン・細則案の策定を行う予定である。特に、第1の柱(最低基準)については、評価の複雑性と潜在的な影響の大きさを踏まえて、2025年6月までという長い評価期間を設けているのが特徴的である。
  4. 欧州の規制当局の見解は一枚岩ではなく、まずはEBAの検討結果が待たれるところである。EUが独自に自己資本規制にESGリスクを組み入れる場合には、EUの銀行の与信行動に影響を与えるであろう。また、EU域外の銀行との間で資本賦課に差が出るようであれば、国際競争上の問題が生じる可能性も考えられ、その場合には他の国においても同様の措置が取られるかが論点となってこよう。EUにおける議論とEU域外への波及の可能性を今後も注視する必要があるだろう。
中央銀行デジタル通貨の発行を目指す中国
−予想されるマクロ面での影響−
関 志雄
  1. 中国では、中央銀行デジタル通貨(CBDC)の発行は、構想から実行の段階に移ろうとしている。中国が導入しようとするCBDCは、だれでもアクセスでき、決済が仲介機関を経由しない「リテール・トークン型」である。その特徴は、(1)現金(M0)の代替、(2)中央銀行と利用者の間に商業銀行などの仲介機関が入る二層構造の運営体制、(3)特定の技術に限定しない、(4)無利子、(5)「制御可能な匿名性」に基づく個人情報の取り扱い、(6)オフライン決済が可能、である。
  2. 現段階の構想通りに、CBDCが無利子で、現金の代替にとどまる場合、その導入によってもたらされる金融政策と金融システムへの影響はそれほど大きくない。しかし、金利が付き、現金だけでなく銀行預金も代替の対象となるCBDCが発行される場合、金融政策の有効性は高まる一方で、金融システムにおける銀行の地盤沈下は加速しかねない。
  3. CBDCの発行は、人民元の利便性の向上を通じて、人民元の国際化に寄与すると期待されている。しかし、厳しい資本規制が維持され、CBDCもその対象になると予想される以上、その効果は限定的であろう。
  4. 中国は、CBDCを本格的に導入する最初の国になりそうである。それに向けて、綿密に構想を練っており、実行に移ってからも慎重な姿勢は変わらないと予想される。最終的に、中国において、現金が完全にCBDCに取って代わられ、キャッシュレス社会が実現されるだろうが、そこまでの道のりはまだ遠い。
要約
時流 金融規制のNext Step 上智大学法科大学院教授 森下 哲朗

金融審議会のスタディ・グループやワーキング・グループでは新たな金融規制のあり方についての議論が行われてきた。そこでは、今後の金融規制のあるべき姿として、イノベーションの促進と利用者利便の向上に資する規制体系であること、同一の機能・同一のリスクには同一のルールを適用すること、といった基本的な方向性が示されている。具体的な規制の見直しという観点でも、決済分野等で一定の成果が出ており今後の活用が期待される。同時に、今後の検討課題も多い。産官学が一体となって知恵を出し合ってより良い金融規制を構築していく必要がある。

地方公共団体と地方銀行
−指定金融機関制度の変遷と今後の展望−
江夏 あかね
  1. 地方公共団体と地方銀行は、指定金融機関制度等を通じて深い関係を長らく築いており、互いに地域経済社会にとって不可欠な存在となっている。しかし、金融市場環境や地域経済社会の構造が移り変わる中、1990年代後半頃からその関係が変化する傾向が見られている。特に、2010年代半ば頃からの金利水準の継続的な低下も相まって、地方公共団体向けビジネスから距離を置くことを検討する金融機関が出現するなど、かつてに比べて厳しいものとなりつつある。
  2. 地方公共団体が中長期的に行財政の持続可能性を維持する上では、(1)国の厳しい財政状況、(2)地方公共団体による社会保障や公共施設等の適正化といった喫緊の施策への取り組み、といった課題を克服することが必要と考えられる。
  3. 地方経済社会の持続可能性を確保するためには、それらに加え、幅広い意味での地方創生や持続可能な開発目標(SDGs)達成に向けた取り組みを進めることも求められる。ただし、地方創生やSDGsも含めた取り組みを、地方公共団体のみで包括的に進めることは困難であり、地方銀行等と連携し、地方が抱える課題を解決していくことが重要である。
  4. 地方公共団体と地方銀行の双方が連携するメリットを感じ、持続的な関係を築くためには、地域をめぐる問題意識の共有、経済合理性の確保、域内の付加価値を創出する取り組みでの協働といった点がカギになろう。そのような観点から、地方公共団体と地方銀行がメリットを感じて連携可能な分野としては、例えば、公共施設等の適正管理、地域中小企業におけるSDGs支援といったものが挙げられる。
注目される地方銀行によるグリーンボンドの発行 富永 健司
  1. 世界の金融市場において、環境・社会・ガバナンス(ESG)を重視する投資概念の浸透、パリ協定や持続可能な開発目標(SDGs)等の国際合意を背景に、グリーンボンドの発行が伸びている。日本においても2017年頃からグリーンボンドの発行が増加している。これまで、日本の銀行によるグリーンボンドの発行は政府系金融機関やメガバンク等が中心となっていたが、このたび新たに地方銀行がグリーンボンドを発行した。具体的には、群馬銀行が2019年11月に国内の地方銀行として初めて発行し、その後、名古屋銀行が2019年12月に発行した。
  2. 日本においては近年、ESG金融における間接金融の重要性に対する認識が高まっている。そのような中で、地方銀行は、(1)担当主幹部署の設置、(2)プロジェクトチームの組成、(3)行動宣言や行動憲章の制定、(4)ESG/SDGsを意識した投資方針の制定、(5)ESG/SDGsを意識した融資方針の制定、などの形で取り組みを進めている。
  3. これらに加えて地方銀行は、地方経済・社会の中心的な担い手として、地方創生に関する取り組みも行っており、元々ESG/SDGs金融との親和性が高かったと言える。グリーンボンドの発行は、資本調達面におけるESG/SDGsへの対応という観点で考えることができる。
  4. 群馬銀行と名古屋銀行の発行事例で共通しているのは、規制資本の充実を目的とした社債発行を通じて、(1)組織として注力するESG/SDGsへの取り組みについての資本調達面からの拡充、(2)グリーンボンドの発行による幅広い業態の投資家層へのアクセス、を実現したことである。地方銀行セクターにおいては、ESG/SDGsへの取り組みが進む中で、今後グリーンボンド発行という手法が活用されるようになるのか注目される。グリーンボンドを通じた融資等が、地方銀行ビジネスの活性化へ貢献し、同時に環境・地域社会へのインパクトを創出するのかといった点も今後さらなる議論が求められよう。
米国地域金融機関の証券ビジネスを支援するLPLファイナンシャル 下山 貴史岡田 功太
  1. LPLファイナンシャルは、全米最大級のファイナンシャル・アドバイザー向け証券取引サービス提供会社として知られている。同社は、地銀、信用組合、独立系ファイナンシャル・アドバイザー(IFA会社)に所属する約1万6,100名のファイナンシャル・アドバイザーに、証券取引及び証券事業支援サービスを提供している。それらのファイナンシャル・アドバイザーは、主に地方で営業活動に従事していることから、LPLファイナンシャルは、地域金融機関の証券ビジネスを支援している存在とも言える。
  2. 同社は、ブローカレッジ・サービスとアドバイザリー・サービスを提供するが、近年は投資アドバイスの対価としてフィーを受け取るアドバイザリー・サービスに注力している。また、ファイナンシャル・アドバイザーの業務効率化を目的としたテクノロジー・ツール等の提供も行っており、2019年のテクノロジー投資額を約1億5,000万ドルに決定し、同ツールの拡充を図っている。
  3. LPLファイナンシャルは、上記のサービスを通じて、多様な地域金融機関に属するファイナンシャル・アドバイザーを支援している。同社との提携を通じて、非金利収入を増加させた地域金融機関、収益源の多角化を図る銀行、顧客との関係強化や業務効率化を実現した小規模信用組合やIFA会社など様々である。
  4. LPLファイナンシャルの成長は、大手証券会社が有するミドルオフィス及びバックオフィス機能を、サービスとして社外に提供することで収益化できる可能性を示唆すると共に、地域金融機関にとって同サービスが魅力的であることを意味している。LPLファイナンシャルのようなサービス提供者は、米国の幅広い地域において、顧客に対して適切なファイナンシャル・アドバイスが提供されるためにも、欠かせない存在と言えよう。
金融包摂を促進する重要な役割を担うフィリピンの地域金融機関 北野 陽平武井 悠輔
  1. フィリピンは、堅調な経済成長を持続させ、より包摂的な発展を実現するべく、国民の幅広い金融包摂を推進している。同国において金融機関口座を保有する15歳以上人口の割合は2017年時点で32%で、地方では26%に留まり、多くの地方自治体では銀行が設置されていない。そのような中、フィリピン中央銀行(BSP)は、銀行サービスが提供されていない地方自治体の割合を2020年までに20%へと引き下げることを目指している。
  2. フィリピンの銀行は、ユニバーサルバンク、商業銀行、貯蓄銀行、農村銀行、協同組合銀行に分類される。このうち、農村銀行は、地方における金融包摂を促進する重要な役割を担うと期待されている。地方居住者の資金需要に対応するため、BSP主導で農村銀行のプレゼンス強化に向けた取り組みが進められてきた結果、農村銀行の店舗数は1999年末の1,778店から2019年9月末には3,048店となり、融資残高は同期間に3.6倍に増加した。
  3. 金融包摂の促進には決済サービスの利用拡大も課題となる中、全国レベルで国民による安価、効率的、安全、信頼性の高い決済を可能にする仕組みの構築を目指して、「国家リテール決済システム(NRPS)」が2015年に導入された。現状、NRPSは地方では普及が進んでおらず、農村銀行間の送金・決済システムも接続されていない。そうした中、ブロックチェーン技術の活用により、農村銀行間の直接送金や効率的な国際送金を可能にするプロジェクトが進められている。
  4. 農村銀行は、より安価で金融サービスを提供するためのテクノロジーの活用にも取り組み始めている。例えば、足下では、ITコスト及びオペレーションコストの削減等を目的として、クラウドベースの勘定系システムを導入する動きが見られる。地方では、ITの利用環境は都市部に比べ総じて遅れているものの、将来的には、都市部で始まっている金融サービスのデジタル化が広がっていく可能性もある。今後、フィリピンにおける地域金融機関のサービスが、どのような発展を遂げるのか注目される。
最終化された米国の大手銀行規制の見直し
−リスク・プロファイルに応じたプルーデンス規制の再構築−
小立 敬
  1. 米国FRBは2019年10月、銀行のリスク・プロファイルをプルーデンス規制の枠組みに反映させるテイラード・アプローチの下、総資産1,000億ドル以上の米国銀行および外国銀行のプルーデンス規制の枠組みを改定する最終規則を公表し、2019年末から適用を開始した。
  2. 従来はドッド=フランク法に基づいて、総資産500億ドル以上の銀行持株会社には厳格なプルーデンス規制が適用されてきたが、トランプ政権の下、2018年5月に成立した経済成長・規制緩和・消費者保護法が、厳格なプルーデンス規制の適用基準を総資産500億ドルから2,500億ドルに引き上げたことが背景にある。
  3. 最終規則によって、総資産1,000億ドル以上の米国銀行、外国銀行はリスク・プロファイルに応じて「カテゴリーI」から「カテゴリーIV」までの4つのカテゴリーに区分され、各々のカテゴリーに応じて厳格さの異なる自己資本規制や流動性規制、ストレス・テストの要件等が課せられることとなる。
  4. 金融危機以降、FRBはプルーデンス規制に銀行のリスク・プロファイルを反映させる取組みを行ってきた。今般のテイラード・アプローチによってリスク・プロファイルに応じたカテゴリーが明確化されており、従来に比べてより洗練された枠組みとなったという評価が可能であろう。
  5. ただし、外国銀行の扱いに関しては議論がある。特に具体的な争点となっているのが、外国銀行の米国支店に対して標準化された流動規制を適用するか否かの検討である。最終規則では具体的な措置は見送られたが、FRBは数カ月以内に検討する方針を明らかにしている。また、外国銀行の扱いについては、金融危機後の金融規制改革の重大な副作用として認識されている市場の分断につながるとの指摘もあり、最終規則が適用された後のFRBによる規制の合理性の検証が期待される。
米国で最も便利な銀行とは 淵田 康之
  1. グローバル金融危機後、米国では国内リテール業務に強い金融機関のプレゼンスが高まっている。外資系金融機関のなかでも、カナダのトロント・ドミニオンバンク・グループ(TDバンク・グループ)傘下のTDバンクは、米国内でリテール業務に注力することで顕著な成長を遂げている。
  2. 各国の多くの金融機関は、世界の金融ビジネスの中心である米国市場に進出し、業務拡大を目指してきた。しかし今日、日系や欧州系の金融機関の多くは、過去の一時期に比べ、米国市場における存在感を低下させている。こうしたなかTDバンクは、「米国で最も便利な銀行」を掲げ、米国で最も成功した外資系銀行となったのである。
  3. 金融危機を経て、米国金融市場の重要性はむしろ高まった。プラスの金利が維持され、預金・貸出など正常な金融ビジネスが成り立つ、世界で数少ない市場の一つとなったからである。TDバンクは、やはり経済が底堅く推移し、また安定した金融システムを持つカナダをマザーマーケットとしつつ、米国でリテール金融業務を拡大することにより、グループ全体の企業価値向上に寄与している。
  4. TDバンク・グループは、TDアメリトレードを通じて、米国におけるリテール証券ビジネスでも存在感を示してきた。そして2019年、取引手数料ゼロ時代が到来すると、TDアメリトレードをチャールズ・シュワブに売却し、チャールズ・シュワブの大株主となった。
  5. わが国の主要金融機関においても、今後の成長のためには海外ビジネスの拡大が不可欠であるが、その成功には、国内の経済や金融システムの改善・改革が前提となろう。その上で、どれだけ多くの現地ユーザーに、真に必要とされる金融機関となれるかがカギとなろう。
チャールズ・シュワブによるTDアメリトレードの買収
−米国個人向け金融サービス業界への示唆−
岡田 功太
  1. チャールズ・シュワブは2019年11月、TDアメリトレードを買収することを公表した。本件は株式交換で行われ、買収額は約260億ドルに達する。買収完了後のチャールズ・シュワブの預かり資産は約5.1兆ドル、証券口座数は約2,400万口座に達する見込みである(単純合算ベース)。同社は、コスト削減と顧客基盤の強化を推進し、より効率的で大規模な個人向け金融サービス業を追求すると見られる。
  2. 今般の買収の背景として、(1)売買手数料無料化等により事業環境が急激に変化していること、(2)連邦準備制度理事会の利下げの影響によって金利収入が縮小し、更なる預かり資産の拡大の必要性が高まったこと、(3)チャールズ・シュワブが創業当初から掲げてきた経営哲学に基づく「好循環」の一層の強化と整合的であること、が挙げられる。
  3. 買収完了後のチャールズ・シュワブは、独立系ファイナンシャル・アドバイザーである投資顧問業者(RIA)から約2兆ドルの資産を預かることになり、これを契機にRIAの顧客化を巡る大手金融機関の競争が激化する可能性が高い。また、長年、チャールズ・シュワブ及びTDアメリトレードと競合関係にあるイー・トレードを中心に、ディスカウント・ブローカー業界の再編も注目されている。アドバイザリー・フィーの低下と、同サービスに組み入れられるミューチュアルファンド及びETFの低コスト化の可能性も指摘されている。
  4. 今般の買収は、ディスカウント・ブローカー及びRIA向けサービス事業におけるチャールズ・シュワブやフィデリティ・インベストメンツなど、一部の大手金融機関が、より一層巨大化する方向性を示唆しており、今後の動向は注視する必要がある。
上場・非上場の垣根を飛び越えるクロスオーバー投資
−米国ミューチュアルファンドによるプレIPO株式投資の実状−
竹下 智
  1. 上場企業を主な投資対象とするミューチュアルファンドやヘッジファンドによる非上場企業への投資は、上場/非上場の垣根を越えた投資という意味で「クロスオーバー投資」と呼ばれる。近年、米国では非上場企業への投資において、VC以外のミューチュアルファンドやヘッジファンド等の存在が大きくなってきている。特に、IPO前のウーバー・テクノロジーズには55本のミューチュアルファンドが投資を行っていたことが知られている。
  2. クロスオーバー投資家は、レイターステージでの大型の資金調達において主要な投資家の一つであるとともに、アーリーステージの投資家(含む従業員)に流動性を供給する役割を担っている。ミューチュアルファンドが非上場企業への投資を行う理由として、(1)IPOまで待っていると会社の成長サイクルの重要なステージを逃す可能性がある、(2)イノベーションや創造的破壊が起きている産業セクターの評価をするには上場企業および非上場企業の両方を見ておく必要がある、という点があげられる。
  3. 非上場株式は取引所での株価が存在しないため、運用会社毎に投資対象の時価評価を行っている。非上場企業には上場企業に課せられた情報開示等の義務がないため、投資家が独自で情報収集にあたらなければならず、経営状況の監視やバリエーションに費やす時間が必然的に上場企業の場合よりも多くなる。そのため、クロスオーバー投資は分析リソースが豊富な大規模ファンドに適している。
  4. 米国ミューチュアルファンドはすでに日本の非上場企業への投資を行っている。日本国内においても今後、イノベーションの促進、ベンチャー支援策の充実を図る上で、クロスオーバー投資の振興も重要な課題となるのではないか。
米国における退職資産拡充策を巡る議論
−退職保障強化法案(SECURE法案)を中心に−
岡田 功太中村 美江奈
  1. 米国では、長寿化が進行する一方で、ソーシャル・セキュリティ(公的年金)の財政難等の課題がある。こうした中、連邦議会では、超党派の有力議員が、「全地域社会における退職保障強化法案」(通称SECURE法案)を提出した。同法案は、下院で既に可決されており、上院で審議待ちの状態である。
  2. SECURE法案は、2006年年金保護法以来、13年ぶりの本格的な年金制度改革である。2006年年金保護法は、401(k)プランの「自動化」の制度の整備等により、職域の確定拠出年金(DC)プランや個人退職勘定(IRA)の資産の積み立て(アキュミュレーション)促進に寄与した。SECURE法案は、退職プラン加入者のさらなる拡大と、引退後の資産の取り崩し(デキュミュレーション)局面における課題解消等を目指している。
  3. SECURE法案の主な特徴は、第一に、伝統的IRAの拠出年齢制限の廃止といった既存の退職資産形成制度の拡大の促進である。第二に、退職プランへの長期雇用パート従業員の加入促進や、中小企業従業員の退職プラン加入促進を意図した複数雇用主プラン(MEP)の要件緩和等の加入者拡大である。第三に、デキュミュレーションにおけるアニュイティ等の普及促進や、退職後の収入予測といったライフタイム・インカム確保の施策である。
  4. SECURE法案は超党派の支持を得ているものの、成立の可否やタイミングについては、政局次第である。他方、同法案の内容を念頭に、大手資産運用会社等は新たなソリューションの開発を推進している。つまり、SECURE法案は、既に米国リタイアメント市場において新たなダイナミズムを生み出しはじめており、法案の成否と併せて、今後の展開が注目される。
欧州における投信併合
−英国の事例を中心に−
神山 哲也塩島 晋
  1. 日本では、小規模投信(ファンド)が多数存在するという問題に対処するべく、ファンド併合を実施可能にするための制度面の整備が行われてきた。しかし、実績は2019年11月に発表された一件に留まっている。今後、自助努力による資産形成、資産運用の重要性が増していく中、ファンド併合等を通じて運用業界の効率化を図ることは一層求められるようになろう。
  2. 欧州では従来、ファンド併合が月間数十件というペースで行われてきた。EU域内におけるクロスボーダーのファンド併合を促進するための制度整備も行われてきた。EUの制度を国内法化した英国では、スキーム・オブ・アレンジメントと呼ばれる仕組みを用いてファンド併合が行われている。
  3. 英国のファンド併合事例を見ると、目的として、小規模ファンドを併合することによる規模の経済追求等を掲げた上で、ファンド・オブ・ファンズと通常のファンドの併合や、株・債券の組入比率の相違、デリバティブ利用の有無、分配頻度など、ファンドの形態や運用手法は必ずしも近似したものでなくても実施されている。
  4. 英国では、ファンドの規模が最適水準を大幅に下回っていると考えられる場合、運用方法等の細かな相違には拘らず、より総合的な投資家利益への配慮から、規模の経済を優先する姿勢がみられる。日本においてファンド併合を検討する際に、参考になるアプローチであると考えられる。
2020年以降の議決権行使助言会社の助言方針改定 西山 賢吾
  1. 代表的な議決権行使助言会社であるISSとグラス・ルイスの2020年議決権行使助言方針改定内容が明らかになった(改定内容の一部の適用は2021年)。ISSの改定は、(1)政策保有先企業出身の社外役員には「独立性なし」の判断、(2)親会社、支配株主の存在する企業に対する独立社外取締役の増員、の2点、そして、グラス・ルイスでは、東証1、2部対象企業に最低1名以上の女性役員登用を要請、(2)政策保有株式保有水準に関する基準の導入(2021年より)の2点である。
  2. 今回の助言方針改定の特徴として、ISSは社外役員の独立性という観点、グラス・ルイスは保有水準という観点から、それぞれ、政策保有株式を議決権行使助言方針に取り入れたことが挙げられる。従来政策保有株式と議決権行使を関連付けることは難しいと考えられていたが、今回の助言方針改定を受け、機関投資家でも同様な議決権行使助言方針を採用するかどうかが注目される。しかし、現状ではその動きが大きく進むとは考えにくく、エンゲージメントの重要テーマとしてより多くの投資家が取り上げることになるであろう。
  3. 社外取締役の増員も重要なテーマである。これについては、全ての企業に3分の1以上の独立社外取締役を求める機関投資家も出始めてきたが、全体としては支配株主や親会社のある企業などに社外取締役の増員を求める動きがさらに進む一方、全ての企業に求める動きが大きく広がるにはなお時間を要すると考える。
  4. 議決権行使助言会社の影響力に関し話題に上ることが多く、2020年に改訂予定のスチュワードシップ・コードにおいても、議決権行使助言会社に対し、十分かつ適切な人的・組織体制の整備とそれを含む助言策定プロセスの具体的な公表などが求められている。その背景には、機関投資家の議決権行使を助言会社が決めている、すなわち、議決権行使助言会社の助言方針をそのまま機関投資家が取り入れているという誤解があると推察されるが、実際には、「機関投資家の議決権行使に対する意見や考え方のコンセンサスが議決権行使助言会社の助言方針」となっているといえるであろう。
気候変動対策で世界のリーダーを目指す「欧州グリーンディール」 江夏 あかね磯部 昌吾
  1. 欧州連合(EU)の執行機関である欧州委員会は2019年12月11日、脱炭素と経済成長の両立を図ることを目的とした工程表である「欧州グリーンディール」を公表した。同工程表は、2019年12月1日に就任したフォンデアライエン欧州委員長が最優先政策に掲げる気候変動対策の一環として位置付けられる。
  2. 欧州グリーンディールで注目されるのは、気候関連目標への野心的なアプローチ、低炭素経済社会への移行に関する支援、サステナブルファイナンス戦略の3点である。2020年第3四半期に公表予定のサステナブルファイナンス戦略では、(1)サステナブル投資に関する基盤強化、(2)サステナブル投資に関する特定可能性及び信頼性向上、(3)気候・環境リスクの金融システムへの組み入れ、といった3つの方針が掲げられた。
  3. 欧州グリーンディールは、基本的にはEU域内を対象としているものの、日本を含めたEU域外の国・地域に影響が及ぶ可能性が高いことが示唆された。同時に、欧州グリーンディールの実現に向けて、サステナブルファイナンス戦略を通じて、金融市場にもタクソノミー、開示、ラベル、EUグリーンボンド基準(EU GBS)、健全性規制といった複数の側面から影響が及ぶ可能性があることも示された。
  4. 世界に先駆けて包括的な気候変動対策に取り組むEUが示した欧州グリーンディールの各項目に関する今後の進捗や実効性等に対して、世界各国の政府、産業界、金融市場から注目が集まる状況が続くと想定される。
欧州公的年金基金の気候変動への対応
−スウェーデンAP基金、仏FRR、ノルウェーGPFGの事例を中心に−
林 宏美
  1. 金融安定理事会(FSB)の下部組織であるTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)が2017年6月に公表した最終提言(TCFD最終提言)では、インベストメントチェーンの頂点に位置付けられる年金基金等のアセット・オーナーも、投資先企業による取り組みを促す役割を果たすべく、一定の情報開示が求められている。2018年11月に英国のNGOが大規模な公的年金基金の取り組み状況を評価した報告書では、TCFD最終提言に則した情報を開示しているか、開示する方針にある年金基金が全体の17%にとどまった。
  2. 気候変動への取り組みが高く評価されている欧州公的年金の事例としては、スウェーデンのAP基金、フランスのFRR、ノルウェーGPFG等が挙げられる。AP基金は、2019年、法律により責任投資と高いリターン追求の両立が求められるようになった。AP基金やFRRは、再生可能エネルギー事業等への投資を可能とする取り組みを推進しているほか、指数提供業者との提携を通じて低炭素関連指標の開発・拡充を進めるなど、様々な活動を展開しはじめている。
  3. 欧州の公的年金基金による気候変動への対応としては、従来化石燃料企業からの投資引き揚げ(ダイベストメント)を通じて、気候リスクの低減を図る動きが目立っていたが、近年はその取り組みが多様化している。ダイベストメントよりもエンゲージメントや議決権行使などを通じて、企業に気候変動への対応を促す傾向が前面に出ている。また、再生可能エネルギー事業等への投資を拡大できるよう、運用方針を変更する動きも目立つ。
  4. 大規模な公的年金による気候変動への取り組みは、他の機関投資家に及ぼすシグナル効果が大きいと見られる。それらの取り組みが、気候変動によるリスクや機会を示す各種指標データの蓄積、標準化など、上記に挙げた課題解消に寄与することも期待される。
トランジションボンドの登場とサステナブルファイナンスの新潮流 江夏 あかね
  1. トランジションボンドは、一般的に、二酸化炭素排出量等の観点からグリーンボンドの発行基準を満たさないものの、低炭素経済社会等に移行(トランジション)するためのプロジェクトを資金使途とする債券を指す。
  2. トランジションボンドが誕生した背景としては、金融市場において、開示、経済活動の分類、ベンチマーク等、複数の分野で、「トランジション(移行)」がテーマとして注目を集めつつあることが挙げられる。そして、フランスの大手運用機関アクサ・インベストメント・マネージャーズ(アクサIM)が2019年6月にガイドラインを公表、クレディ・スイスと気候債券イニシアチブ(CBI)が2019年9月に「サステナブル・トランジションボンド」に関するパートナーシップ締結、といった動きもある。
  3. トランジションボンド及び同市場が健全に発展していくためには、発行体によるサステナビリティ戦略へのコミットメントを通じて市場の信認を得ることが大前提になるほか、グリーンボンド等と同様に、レポーティング等を通じて、投資家が環境・社会面でのインパクトを適切に把握できるように透明性を確保することが重要と思われる。
EUにおける自己資本規制へのESGリスク反映の議論
−アクション・プランを示した欧州銀行監督機構−
磯部 昌吾
  1. 欧州連合(EU)において気候変動問題への関心が増々高まる中、欧州銀行監督機構(EBA)は、2019年12月6日にサステナブル・ファイナンスに関するアクション・プランを公表し、自己資本規制における環境・社会・ガバナンス(ESG)リスクの反映に関する検討スケジュールを明らかにした。
  2. 気候変動問題への対応には多額の追加投資が必要となることから、銀行の金融仲介機能を通じて、民間資金が気候変動対応に回るように促していく上で、自己資本規制におけるESGリスクの反映は、重要な政策手段の1つとなる可能性がある。
  3. EBAは、自己資本規制の3つの柱におけるESGリスクの反映を検討した上で、欧州委員会等への報告やガイドライン・細則案の策定を行う予定である。特に、第1の柱(最低基準)については、評価の複雑性と潜在的な影響の大きさを踏まえて、2025年6月までという長い評価期間を設けているのが特徴的である。
  4. 欧州の規制当局の見解は一枚岩ではなく、まずはEBAの検討結果が待たれるところである。EUが独自に自己資本規制にESGリスクを組み入れる場合には、EUの銀行の与信行動に影響を与えるであろう。また、EU域外の銀行との間で資本賦課に差が出るようであれば、国際競争上の問題が生じる可能性も考えられ、その場合には他の国においても同様の措置が取られるかが論点となってこよう。EUにおける議論とEU域外への波及の可能性を今後も注視する必要があるだろう。
中央銀行デジタル通貨の発行を目指す中国
−予想されるマクロ面での影響−
関 志雄
  1. 中国では、中央銀行デジタル通貨(CBDC)の発行は、構想から実行の段階に移ろうとしている。中国が導入しようとするCBDCは、だれでもアクセスでき、決済が仲介機関を経由しない「リテール・トークン型」である。その特徴は、(1)現金(M0)の代替、(2)中央銀行と利用者の間に商業銀行などの仲介機関が入る二層構造の運営体制、(3)特定の技術に限定しない、(4)無利子、(5)「制御可能な匿名性」に基づく個人情報の取り扱い、(6)オフライン決済が可能、である。
  2. 現段階の構想通りに、CBDCが無利子で、現金の代替にとどまる場合、その導入によってもたらされる金融政策と金融システムへの影響はそれほど大きくない。しかし、金利が付き、現金だけでなく銀行預金も代替の対象となるCBDCが発行される場合、金融政策の有効性は高まる一方で、金融システムにおける銀行の地盤沈下は加速しかねない。
  3. CBDCの発行は、人民元の利便性の向上を通じて、人民元の国際化に寄与すると期待されている。しかし、厳しい資本規制が維持され、CBDCもその対象になると予想される以上、その効果は限定的であろう。
  4. 中国は、CBDCを本格的に導入する最初の国になりそうである。それに向けて、綿密に構想を練っており、実行に移ってからも慎重な姿勢は変わらないと予想される。最終的に、中国において、現金が完全にCBDCに取って代わられ、キャッシュレス社会が実現されるだろうが、そこまでの道のりはまだ遠い。
時流 金融規制のNext Step 上智大学法科大学院教授 森下 哲朗

金融審議会のスタディ・グループやワーキング・グループでは新たな金融規制のあり方についての議論が行われてきた。そこでは、今後の金融規制のあるべき姿として、イノベーションの促進と利用者利便の向上に資する規制体系であること、同一の機能・同一のリスクには同一のルールを適用すること、といった基本的な方向性が示されている。具体的な規制の見直しという観点でも、決済分野等で一定の成果が出ており今後の活用が期待される。同時に、今後の検討課題も多い。産官学が一体となって知恵を出し合ってより良い金融規制を構築していく必要がある。

地方公共団体と地方銀行
−指定金融機関制度の変遷と今後の展望−
江夏 あかね
  1. 地方公共団体と地方銀行は、指定金融機関制度等を通じて深い関係を長らく築いており、互いに地域経済社会にとって不可欠な存在となっている。しかし、金融市場環境や地域経済社会の構造が移り変わる中、1990年代後半頃からその関係が変化する傾向が見られている。特に、2010年代半ば頃からの金利水準の継続的な低下も相まって、地方公共団体向けビジネスから距離を置くことを検討する金融機関が出現するなど、かつてに比べて厳しいものとなりつつある。
  2. 地方公共団体が中長期的に行財政の持続可能性を維持する上では、(1)国の厳しい財政状況、(2)地方公共団体による社会保障や公共施設等の適正化といった喫緊の施策への取り組み、といった課題を克服することが必要と考えられる。
  3. 地方経済社会の持続可能性を確保するためには、それらに加え、幅広い意味での地方創生や持続可能な開発目標(SDGs)達成に向けた取り組みを進めることも求められる。ただし、地方創生やSDGsも含めた取り組みを、地方公共団体のみで包括的に進めることは困難であり、地方銀行等と連携し、地方が抱える課題を解決していくことが重要である。
  4. 地方公共団体と地方銀行の双方が連携するメリットを感じ、持続的な関係を築くためには、地域をめぐる問題意識の共有、経済合理性の確保、域内の付加価値を創出する取り組みでの協働といった点がカギになろう。そのような観点から、地方公共団体と地方銀行がメリットを感じて連携可能な分野としては、例えば、公共施設等の適正管理、地域中小企業におけるSDGs支援といったものが挙げられる。
注目される地方銀行によるグリーンボンドの発行 富永 健司
  1. 世界の金融市場において、環境・社会・ガバナンス(ESG)を重視する投資概念の浸透、パリ協定や持続可能な開発目標(SDGs)等の国際合意を背景に、グリーンボンドの発行が伸びている。日本においても2017年頃からグリーンボンドの発行が増加している。これまで、日本の銀行によるグリーンボンドの発行は政府系金融機関やメガバンク等が中心となっていたが、このたび新たに地方銀行がグリーンボンドを発行した。具体的には、群馬銀行が2019年11月に国内の地方銀行として初めて発行し、その後、名古屋銀行が2019年12月に発行した。
  2. 日本においては近年、ESG金融における間接金融の重要性に対する認識が高まっている。そのような中で、地方銀行は、(1)担当主幹部署の設置、(2)プロジェクトチームの組成、(3)行動宣言や行動憲章の制定、(4)ESG/SDGsを意識した投資方針の制定、(5)ESG/SDGsを意識した融資方針の制定、などの形で取り組みを進めている。
  3. これらに加えて地方銀行は、地方経済・社会の中心的な担い手として、地方創生に関する取り組みも行っており、元々ESG/SDGs金融との親和性が高かったと言える。グリーンボンドの発行は、資本調達面におけるESG/SDGsへの対応という観点で考えることができる。
  4. 群馬銀行と名古屋銀行の発行事例で共通しているのは、規制資本の充実を目的とした社債発行を通じて、(1)組織として注力するESG/SDGsへの取り組みについての資本調達面からの拡充、(2)グリーンボンドの発行による幅広い業態の投資家層へのアクセス、を実現したことである。地方銀行セクターにおいては、ESG/SDGsへの取り組みが進む中で、今後グリーンボンド発行という手法が活用されるようになるのか注目される。グリーンボンドを通じた融資等が、地方銀行ビジネスの活性化へ貢献し、同時に環境・地域社会へのインパクトを創出するのかといった点も今後さらなる議論が求められよう。
米国地域金融機関の証券ビジネスを支援するLPLファイナンシャル 下山 貴史岡田 功太
  1. LPLファイナンシャルは、全米最大級のファイナンシャル・アドバイザー向け証券取引サービス提供会社として知られている。同社は、地銀、信用組合、独立系ファイナンシャル・アドバイザー(IFA会社)に所属する約1万6,100名のファイナンシャル・アドバイザーに、証券取引及び証券事業支援サービスを提供している。それらのファイナンシャル・アドバイザーは、主に地方で営業活動に従事していることから、LPLファイナンシャルは、地域金融機関の証券ビジネスを支援している存在とも言える。
  2. 同社は、ブローカレッジ・サービスとアドバイザリー・サービスを提供するが、近年は投資アドバイスの対価としてフィーを受け取るアドバイザリー・サービスに注力している。また、ファイナンシャル・アドバイザーの業務効率化を目的としたテクノロジー・ツール等の提供も行っており、2019年のテクノロジー投資額を約1億5,000万ドルに決定し、同ツールの拡充を図っている。
  3. LPLファイナンシャルは、上記のサービスを通じて、多様な地域金融機関に属するファイナンシャル・アドバイザーを支援している。同社との提携を通じて、非金利収入を増加させた地域金融機関、収益源の多角化を図る銀行、顧客との関係強化や業務効率化を実現した小規模信用組合やIFA会社など様々である。
  4. LPLファイナンシャルの成長は、大手証券会社が有するミドルオフィス及びバックオフィス機能を、サービスとして社外に提供することで収益化できる可能性を示唆すると共に、地域金融機関にとって同サービスが魅力的であることを意味している。LPLファイナンシャルのようなサービス提供者は、米国の幅広い地域において、顧客に対して適切なファイナンシャル・アドバイスが提供されるためにも、欠かせない存在と言えよう。
金融包摂を促進する重要な役割を担うフィリピンの地域金融機関 北野 陽平武井 悠輔
  1. フィリピンは、堅調な経済成長を持続させ、より包摂的な発展を実現するべく、国民の幅広い金融包摂を推進している。同国において金融機関口座を保有する15歳以上人口の割合は2017年時点で32%で、地方では26%に留まり、多くの地方自治体では銀行が設置されていない。そのような中、フィリピン中央銀行(BSP)は、銀行サービスが提供されていない地方自治体の割合を2020年までに20%へと引き下げることを目指している。
  2. フィリピンの銀行は、ユニバーサルバンク、商業銀行、貯蓄銀行、農村銀行、協同組合銀行に分類される。このうち、農村銀行は、地方における金融包摂を促進する重要な役割を担うと期待されている。地方居住者の資金需要に対応するため、BSP主導で農村銀行のプレゼンス強化に向けた取り組みが進められてきた結果、農村銀行の店舗数は1999年末の1,778店から2019年9月末には3,048店となり、融資残高は同期間に3.6倍に増加した。
  3. 金融包摂の促進には決済サービスの利用拡大も課題となる中、全国レベルで国民による安価、効率的、安全、信頼性の高い決済を可能にする仕組みの構築を目指して、「国家リテール決済システム(NRPS)」が2015年に導入された。現状、NRPSは地方では普及が進んでおらず、農村銀行間の送金・決済システムも接続されていない。そうした中、ブロックチェーン技術の活用により、農村銀行間の直接送金や効率的な国際送金を可能にするプロジェクトが進められている。
  4. 農村銀行は、より安価で金融サービスを提供するためのテクノロジーの活用にも取り組み始めている。例えば、足下では、ITコスト及びオペレーションコストの削減等を目的として、クラウドベースの勘定系システムを導入する動きが見られる。地方では、ITの利用環境は都市部に比べ総じて遅れているものの、将来的には、都市部で始まっている金融サービスのデジタル化が広がっていく可能性もある。今後、フィリピンにおける地域金融機関のサービスが、どのような発展を遂げるのか注目される。
最終化された米国の大手銀行規制の見直し
−リスク・プロファイルに応じたプルーデンス規制の再構築−
小立 敬
  1. 米国FRBは2019年10月、銀行のリスク・プロファイルをプルーデンス規制の枠組みに反映させるテイラード・アプローチの下、総資産1,000億ドル以上の米国銀行および外国銀行のプルーデンス規制の枠組みを改定する最終規則を公表し、2019年末から適用を開始した。
  2. 従来はドッド=フランク法に基づいて、総資産500億ドル以上の銀行持株会社には厳格なプルーデンス規制が適用されてきたが、トランプ政権の下、2018年5月に成立した経済成長・規制緩和・消費者保護法が、厳格なプルーデンス規制の適用基準を総資産500億ドルから2,500億ドルに引き上げたことが背景にある。
  3. 最終規則によって、総資産1,000億ドル以上の米国銀行、外国銀行はリスク・プロファイルに応じて「カテゴリーI」から「カテゴリーIV」までの4つのカテゴリーに区分され、各々のカテゴリーに応じて厳格さの異なる自己資本規制や流動性規制、ストレス・テストの要件等が課せられることとなる。
  4. 金融危機以降、FRBはプルーデンス規制に銀行のリスク・プロファイルを反映させる取組みを行ってきた。今般のテイラード・アプローチによってリスク・プロファイルに応じたカテゴリーが明確化されており、従来に比べてより洗練された枠組みとなったという評価が可能であろう。
  5. ただし、外国銀行の扱いに関しては議論がある。特に具体的な争点となっているのが、外国銀行の米国支店に対して標準化された流動規制を適用するか否かの検討である。最終規則では具体的な措置は見送られたが、FRBは数カ月以内に検討する方針を明らかにしている。また、外国銀行の扱いについては、金融危機後の金融規制改革の重大な副作用として認識されている市場の分断につながるとの指摘もあり、最終規則が適用された後のFRBによる規制の合理性の検証が期待される。
米国で最も便利な銀行とは 淵田 康之
  1. グローバル金融危機後、米国では国内リテール業務に強い金融機関のプレゼンスが高まっている。外資系金融機関のなかでも、カナダのトロント・ドミニオンバンク・グループ(TDバンク・グループ)傘下のTDバンクは、米国内でリテール業務に注力することで顕著な成長を遂げている。
  2. 各国の多くの金融機関は、世界の金融ビジネスの中心である米国市場に進出し、業務拡大を目指してきた。しかし今日、日系や欧州系の金融機関の多くは、過去の一時期に比べ、米国市場における存在感を低下させている。こうしたなかTDバンクは、「米国で最も便利な銀行」を掲げ、米国で最も成功した外資系銀行となったのである。
  3. 金融危機を経て、米国金融市場の重要性はむしろ高まった。プラスの金利が維持され、預金・貸出など正常な金融ビジネスが成り立つ、世界で数少ない市場の一つとなったからである。TDバンクは、やはり経済が底堅く推移し、また安定した金融システムを持つカナダをマザーマーケットとしつつ、米国でリテール金融業務を拡大することにより、グループ全体の企業価値向上に寄与している。
  4. TDバンク・グループは、TDアメリトレードを通じて、米国におけるリテール証券ビジネスでも存在感を示してきた。そして2019年、取引手数料ゼロ時代が到来すると、TDアメリトレードをチャールズ・シュワブに売却し、チャールズ・シュワブの大株主となった。
  5. わが国の主要金融機関においても、今後の成長のためには海外ビジネスの拡大が不可欠であるが、その成功には、国内の経済や金融システムの改善・改革が前提となろう。その上で、どれだけ多くの現地ユーザーに、真に必要とされる金融機関となれるかがカギとなろう。
チャールズ・シュワブによるTDアメリトレードの買収
−米国個人向け金融サービス業界への示唆−
岡田 功太
  1. チャールズ・シュワブは2019年11月、TDアメリトレードを買収することを公表した。本件は株式交換で行われ、買収額は約260億ドルに達する。買収完了後のチャールズ・シュワブの預かり資産は約5.1兆ドル、証券口座数は約2,400万口座に達する見込みである(単純合算ベース)。同社は、コスト削減と顧客基盤の強化を推進し、より効率的で大規模な個人向け金融サービス業を追求すると見られる。
  2. 今般の買収の背景として、(1)売買手数料無料化等により事業環境が急激に変化していること、(2)連邦準備制度理事会の利下げの影響によって金利収入が縮小し、更なる預かり資産の拡大の必要性が高まったこと、(3)チャールズ・シュワブが創業当初から掲げてきた経営哲学に基づく「好循環」の一層の強化と整合的であること、が挙げられる。
  3. 買収完了後のチャールズ・シュワブは、独立系ファイナンシャル・アドバイザーである投資顧問業者(RIA)から約2兆ドルの資産を預かることになり、これを契機にRIAの顧客化を巡る大手金融機関の競争が激化する可能性が高い。また、長年、チャールズ・シュワブ及びTDアメリトレードと競合関係にあるイー・トレードを中心に、ディスカウント・ブローカー業界の再編も注目されている。アドバイザリー・フィーの低下と、同サービスに組み入れられるミューチュアルファンド及びETFの低コスト化の可能性も指摘されている。
  4. 今般の買収は、ディスカウント・ブローカー及びRIA向けサービス事業におけるチャールズ・シュワブやフィデリティ・インベストメンツなど、一部の大手金融機関が、より一層巨大化する方向性を示唆しており、今後の動向は注視する必要がある。
上場・非上場の垣根を飛び越えるクロスオーバー投資
−米国ミューチュアルファンドによるプレIPO株式投資の実状−
竹下 智
  1. 上場企業を主な投資対象とするミューチュアルファンドやヘッジファンドによる非上場企業への投資は、上場/非上場の垣根を越えた投資という意味で「クロスオーバー投資」と呼ばれる。近年、米国では非上場企業への投資において、VC以外のミューチュアルファンドやヘッジファンド等の存在が大きくなってきている。特に、IPO前のウーバー・テクノロジーズには55本のミューチュアルファンドが投資を行っていたことが知られている。
  2. クロスオーバー投資家は、レイターステージでの大型の資金調達において主要な投資家の一つであるとともに、アーリーステージの投資家(含む従業員)に流動性を供給する役割を担っている。ミューチュアルファンドが非上場企業への投資を行う理由として、(1)IPOまで待っていると会社の成長サイクルの重要なステージを逃す可能性がある、(2)イノベーションや創造的破壊が起きている産業セクターの評価をするには上場企業および非上場企業の両方を見ておく必要がある、という点があげられる。
  3. 非上場株式は取引所での株価が存在しないため、運用会社毎に投資対象の時価評価を行っている。非上場企業には上場企業に課せられた情報開示等の義務がないため、投資家が独自で情報収集にあたらなければならず、経営状況の監視やバリエーションに費やす時間が必然的に上場企業の場合よりも多くなる。そのため、クロスオーバー投資は分析リソースが豊富な大規模ファンドに適している。
  4. 米国ミューチュアルファンドはすでに日本の非上場企業への投資を行っている。日本国内においても今後、イノベーションの促進、ベンチャー支援策の充実を図る上で、クロスオーバー投資の振興も重要な課題となるのではないか。
米国における退職資産拡充策を巡る議論
−退職保障強化法案(SECURE法案)を中心に−
岡田 功太中村 美江奈
  1. 米国では、長寿化が進行する一方で、ソーシャル・セキュリティ(公的年金)の財政難等の課題がある。こうした中、連邦議会では、超党派の有力議員が、「全地域社会における退職保障強化法案」(通称SECURE法案)を提出した。同法案は、下院で既に可決されており、上院で審議待ちの状態である。
  2. SECURE法案は、2006年年金保護法以来、13年ぶりの本格的な年金制度改革である。2006年年金保護法は、401(k)プランの「自動化」の制度の整備等により、職域の確定拠出年金(DC)プランや個人退職勘定(IRA)の資産の積み立て(アキュミュレーション)促進に寄与した。SECURE法案は、退職プラン加入者のさらなる拡大と、引退後の資産の取り崩し(デキュミュレーション)局面における課題解消等を目指している。
  3. SECURE法案の主な特徴は、第一に、伝統的IRAの拠出年齢制限の廃止といった既存の退職資産形成制度の拡大の促進である。第二に、退職プランへの長期雇用パート従業員の加入促進や、中小企業従業員の退職プラン加入促進を意図した複数雇用主プラン(MEP)の要件緩和等の加入者拡大である。第三に、デキュミュレーションにおけるアニュイティ等の普及促進や、退職後の収入予測といったライフタイム・インカム確保の施策である。
  4. SECURE法案は超党派の支持を得ているものの、成立の可否やタイミングについては、政局次第である。他方、同法案の内容を念頭に、大手資産運用会社等は新たなソリューションの開発を推進している。つまり、SECURE法案は、既に米国リタイアメント市場において新たなダイナミズムを生み出しはじめており、法案の成否と併せて、今後の展開が注目される。
欧州における投信併合
−英国の事例を中心に−
神山 哲也塩島 晋
  1. 日本では、小規模投信(ファンド)が多数存在するという問題に対処するべく、ファンド併合を実施可能にするための制度面の整備が行われてきた。しかし、実績は2019年11月に発表された一件に留まっている。今後、自助努力による資産形成、資産運用の重要性が増していく中、ファンド併合等を通じて運用業界の効率化を図ることは一層求められるようになろう。
  2. 欧州では従来、ファンド併合が月間数十件というペースで行われてきた。EU域内におけるクロスボーダーのファンド併合を促進するための制度整備も行われてきた。EUの制度を国内法化した英国では、スキーム・オブ・アレンジメントと呼ばれる仕組みを用いてファンド併合が行われている。
  3. 英国のファンド併合事例を見ると、目的として、小規模ファンドを併合することによる規模の経済追求等を掲げた上で、ファンド・オブ・ファンズと通常のファンドの併合や、株・債券の組入比率の相違、デリバティブ利用の有無、分配頻度など、ファンドの形態や運用手法は必ずしも近似したものでなくても実施されている。
  4. 英国では、ファンドの規模が最適水準を大幅に下回っていると考えられる場合、運用方法等の細かな相違には拘らず、より総合的な投資家利益への配慮から、規模の経済を優先する姿勢がみられる。日本においてファンド併合を検討する際に、参考になるアプローチであると考えられる。
2020年以降の議決権行使助言会社の助言方針改定 西山 賢吾
  1. 代表的な議決権行使助言会社であるISSとグラス・ルイスの2020年議決権行使助言方針改定内容が明らかになった(改定内容の一部の適用は2021年)。ISSの改定は、(1)政策保有先企業出身の社外役員には「独立性なし」の判断、(2)親会社、支配株主の存在する企業に対する独立社外取締役の増員、の2点、そして、グラス・ルイスでは、東証1、2部対象企業に最低1名以上の女性役員登用を要請、(2)政策保有株式保有水準に関する基準の導入(2021年より)の2点である。
  2. 今回の助言方針改定の特徴として、ISSは社外役員の独立性という観点、グラス・ルイスは保有水準という観点から、それぞれ、政策保有株式を議決権行使助言方針に取り入れたことが挙げられる。従来政策保有株式と議決権行使を関連付けることは難しいと考えられていたが、今回の助言方針改定を受け、機関投資家でも同様な議決権行使助言方針を採用するかどうかが注目される。しかし、現状ではその動きが大きく進むとは考えにくく、エンゲージメントの重要テーマとしてより多くの投資家が取り上げることになるであろう。
  3. 社外取締役の増員も重要なテーマである。これについては、全ての企業に3分の1以上の独立社外取締役を求める機関投資家も出始めてきたが、全体としては支配株主や親会社のある企業などに社外取締役の増員を求める動きがさらに進む一方、全ての企業に求める動きが大きく広がるにはなお時間を要すると考える。
  4. 議決権行使助言会社の影響力に関し話題に上ることが多く、2020年に改訂予定のスチュワードシップ・コードにおいても、議決権行使助言会社に対し、十分かつ適切な人的・組織体制の整備とそれを含む助言策定プロセスの具体的な公表などが求められている。その背景には、機関投資家の議決権行使を助言会社が決めている、すなわち、議決権行使助言会社の助言方針をそのまま機関投資家が取り入れているという誤解があると推察されるが、実際には、「機関投資家の議決権行使に対する意見や考え方のコンセンサスが議決権行使助言会社の助言方針」となっているといえるであろう。
気候変動対策で世界のリーダーを目指す「欧州グリーンディール」 江夏 あかね磯部 昌吾
  1. 欧州連合(EU)の執行機関である欧州委員会は2019年12月11日、脱炭素と経済成長の両立を図ることを目的とした工程表である「欧州グリーンディール」を公表した。同工程表は、2019年12月1日に就任したフォンデアライエン欧州委員長が最優先政策に掲げる気候変動対策の一環として位置付けられる。
  2. 欧州グリーンディールで注目されるのは、気候関連目標への野心的なアプローチ、低炭素経済社会への移行に関する支援、サステナブルファイナンス戦略の3点である。2020年第3四半期に公表予定のサステナブルファイナンス戦略では、(1)サステナブル投資に関する基盤強化、(2)サステナブル投資に関する特定可能性及び信頼性向上、(3)気候・環境リスクの金融システムへの組み入れ、といった3つの方針が掲げられた。
  3. 欧州グリーンディールは、基本的にはEU域内を対象としているものの、日本を含めたEU域外の国・地域に影響が及ぶ可能性が高いことが示唆された。同時に、欧州グリーンディールの実現に向けて、サステナブルファイナンス戦略を通じて、金融市場にもタクソノミー、開示、ラベル、EUグリーンボンド基準(EU GBS)、健全性規制といった複数の側面から影響が及ぶ可能性があることも示された。
  4. 世界に先駆けて包括的な気候変動対策に取り組むEUが示した欧州グリーンディールの各項目に関する今後の進捗や実効性等に対して、世界各国の政府、産業界、金融市場から注目が集まる状況が続くと想定される。
欧州公的年金基金の気候変動への対応
−スウェーデンAP基金、仏FRR、ノルウェーGPFGの事例を中心に−
林 宏美
  1. 金融安定理事会(FSB)の下部組織であるTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)が2017年6月に公表した最終提言(TCFD最終提言)では、インベストメントチェーンの頂点に位置付けられる年金基金等のアセット・オーナーも、投資先企業による取り組みを促す役割を果たすべく、一定の情報開示が求められている。2018年11月に英国のNGOが大規模な公的年金基金の取り組み状況を評価した報告書では、TCFD最終提言に則した情報を開示しているか、開示する方針にある年金基金が全体の17%にとどまった。
  2. 気候変動への取り組みが高く評価されている欧州公的年金の事例としては、スウェーデンのAP基金、フランスのFRR、ノルウェーGPFG等が挙げられる。AP基金は、2019年、法律により責任投資と高いリターン追求の両立が求められるようになった。AP基金やFRRは、再生可能エネルギー事業等への投資を可能とする取り組みを推進しているほか、指数提供業者との提携を通じて低炭素関連指標の開発・拡充を進めるなど、様々な活動を展開しはじめている。
  3. 欧州の公的年金基金による気候変動への対応としては、従来化石燃料企業からの投資引き揚げ(ダイベストメント)を通じて、気候リスクの低減を図る動きが目立っていたが、近年はその取り組みが多様化している。ダイベストメントよりもエンゲージメントや議決権行使などを通じて、企業に気候変動への対応を促す傾向が前面に出ている。また、再生可能エネルギー事業等への投資を拡大できるよう、運用方針を変更する動きも目立つ。
  4. 大規模な公的年金による気候変動への取り組みは、他の機関投資家に及ぼすシグナル効果が大きいと見られる。それらの取り組みが、気候変動によるリスクや機会を示す各種指標データの蓄積、標準化など、上記に挙げた課題解消に寄与することも期待される。
トランジションボンドの登場とサステナブルファイナンスの新潮流 江夏 あかね
  1. トランジションボンドは、一般的に、二酸化炭素排出量等の観点からグリーンボンドの発行基準を満たさないものの、低炭素経済社会等に移行(トランジション)するためのプロジェクトを資金使途とする債券を指す。
  2. トランジションボンドが誕生した背景としては、金融市場において、開示、経済活動の分類、ベンチマーク等、複数の分野で、「トランジション(移行)」がテーマとして注目を集めつつあることが挙げられる。そして、フランスの大手運用機関アクサ・インベストメント・マネージャーズ(アクサIM)が2019年6月にガイドラインを公表、クレディ・スイスと気候債券イニシアチブ(CBI)が2019年9月に「サステナブル・トランジションボンド」に関するパートナーシップ締結、といった動きもある。
  3. トランジションボンド及び同市場が健全に発展していくためには、発行体によるサステナビリティ戦略へのコミットメントを通じて市場の信認を得ることが大前提になるほか、グリーンボンド等と同様に、レポーティング等を通じて、投資家が環境・社会面でのインパクトを適切に把握できるように透明性を確保することが重要と思われる。
EUにおける自己資本規制へのESGリスク反映の議論
−アクション・プランを示した欧州銀行監督機構−
磯部 昌吾
  1. 欧州連合(EU)において気候変動問題への関心が増々高まる中、欧州銀行監督機構(EBA)は、2019年12月6日にサステナブル・ファイナンスに関するアクション・プランを公表し、自己資本規制における環境・社会・ガバナンス(ESG)リスクの反映に関する検討スケジュールを明らかにした。
  2. 気候変動問題への対応には多額の追加投資が必要となることから、銀行の金融仲介機能を通じて、民間資金が気候変動対応に回るように促していく上で、自己資本規制におけるESGリスクの反映は、重要な政策手段の1つとなる可能性がある。
  3. EBAは、自己資本規制の3つの柱におけるESGリスクの反映を検討した上で、欧州委員会等への報告やガイドライン・細則案の策定を行う予定である。特に、第1の柱(最低基準)については、評価の複雑性と潜在的な影響の大きさを踏まえて、2025年6月までという長い評価期間を設けているのが特徴的である。
  4. 欧州の規制当局の見解は一枚岩ではなく、まずはEBAの検討結果が待たれるところである。EUが独自に自己資本規制にESGリスクを組み入れる場合には、EUの銀行の与信行動に影響を与えるであろう。また、EU域外の銀行との間で資本賦課に差が出るようであれば、国際競争上の問題が生じる可能性も考えられ、その場合には他の国においても同様の措置が取られるかが論点となってこよう。EUにおける議論とEU域外への波及の可能性を今後も注視する必要があるだろう。
中央銀行デジタル通貨の発行を目指す中国
−予想されるマクロ面での影響−
関 志雄
  1. 中国では、中央銀行デジタル通貨(CBDC)の発行は、構想から実行の段階に移ろうとしている。中国が導入しようとするCBDCは、だれでもアクセスでき、決済が仲介機関を経由しない「リテール・トークン型」である。その特徴は、(1)現金(M0)の代替、(2)中央銀行と利用者の間に商業銀行などの仲介機関が入る二層構造の運営体制、(3)特定の技術に限定しない、(4)無利子、(5)「制御可能な匿名性」に基づく個人情報の取り扱い、(6)オフライン決済が可能、である。
  2. 現段階の構想通りに、CBDCが無利子で、現金の代替にとどまる場合、その導入によってもたらされる金融政策と金融システムへの影響はそれほど大きくない。しかし、金利が付き、現金だけでなく銀行預金も代替の対象となるCBDCが発行される場合、金融政策の有効性は高まる一方で、金融システムにおける銀行の地盤沈下は加速しかねない。
  3. CBDCの発行は、人民元の利便性の向上を通じて、人民元の国際化に寄与すると期待されている。しかし、厳しい資本規制が維持され、CBDCもその対象になると予想される以上、その効果は限定的であろう。
  4. 中国は、CBDCを本格的に導入する最初の国になりそうである。それに向けて、綿密に構想を練っており、実行に移ってからも慎重な姿勢は変わらないと予想される。最終的に、中国において、現金が完全にCBDCに取って代わられ、キャッシュレス社会が実現されるだろうが、そこまでの道のりはまだ遠い。
要約
時流 金融規制のNext Step 上智大学法科大学院教授 森下 哲朗

金融審議会のスタディ・グループやワーキング・グループでは新たな金融規制のあり方についての議論が行われてきた。そこでは、今後の金融規制のあるべき姿として、イノベーションの促進と利用者利便の向上に資する規制体系であること、同一の機能・同一のリスクには同一のルールを適用すること、といった基本的な方向性が示されている。具体的な規制の見直しという観点でも、決済分野等で一定の成果が出ており今後の活用が期待される。同時に、今後の検討課題も多い。産官学が一体となって知恵を出し合ってより良い金融規制を構築していく必要がある。

地方公共団体と地方銀行
−指定金融機関制度の変遷と今後の展望−
江夏 あかね
  1. 地方公共団体と地方銀行は、指定金融機関制度等を通じて深い関係を長らく築いており、互いに地域経済社会にとって不可欠な存在となっている。しかし、金融市場環境や地域経済社会の構造が移り変わる中、1990年代後半頃からその関係が変化する傾向が見られている。特に、2010年代半ば頃からの金利水準の継続的な低下も相まって、地方公共団体向けビジネスから距離を置くことを検討する金融機関が出現するなど、かつてに比べて厳しいものとなりつつある。
  2. 地方公共団体が中長期的に行財政の持続可能性を維持する上では、(1)国の厳しい財政状況、(2)地方公共団体による社会保障や公共施設等の適正化といった喫緊の施策への取り組み、といった課題を克服することが必要と考えられる。
  3. 地方経済社会の持続可能性を確保するためには、それらに加え、幅広い意味での地方創生や持続可能な開発目標(SDGs)達成に向けた取り組みを進めることも求められる。ただし、地方創生やSDGsも含めた取り組みを、地方公共団体のみで包括的に進めることは困難であり、地方銀行等と連携し、地方が抱える課題を解決していくことが重要である。
  4. 地方公共団体と地方銀行の双方が連携するメリットを感じ、持続的な関係を築くためには、地域をめぐる問題意識の共有、経済合理性の確保、域内の付加価値を創出する取り組みでの協働といった点がカギになろう。そのような観点から、地方公共団体と地方銀行がメリットを感じて連携可能な分野としては、例えば、公共施設等の適正管理、地域中小企業におけるSDGs支援といったものが挙げられる。
注目される地方銀行によるグリーンボンドの発行 富永 健司
  1. 世界の金融市場において、環境・社会・ガバナンス(ESG)を重視する投資概念の浸透、パリ協定や持続可能な開発目標(SDGs)等の国際合意を背景に、グリーンボンドの発行が伸びている。日本においても2017年頃からグリーンボンドの発行が増加している。これまで、日本の銀行によるグリーンボンドの発行は政府系金融機関やメガバンク等が中心となっていたが、このたび新たに地方銀行がグリーンボンドを発行した。具体的には、群馬銀行が2019年11月に国内の地方銀行として初めて発行し、その後、名古屋銀行が2019年12月に発行した。
  2. 日本においては近年、ESG金融における間接金融の重要性に対する認識が高まっている。そのような中で、地方銀行は、(1)担当主幹部署の設置、(2)プロジェクトチームの組成、(3)行動宣言や行動憲章の制定、(4)ESG/SDGsを意識した投資方針の制定、(5)ESG/SDGsを意識した融資方針の制定、などの形で取り組みを進めている。
  3. これらに加えて地方銀行は、地方経済・社会の中心的な担い手として、地方創生に関する取り組みも行っており、元々ESG/SDGs金融との親和性が高かったと言える。グリーンボンドの発行は、資本調達面におけるESG/SDGsへの対応という観点で考えることができる。
  4. 群馬銀行と名古屋銀行の発行事例で共通しているのは、規制資本の充実を目的とした社債発行を通じて、(1)組織として注力するESG/SDGsへの取り組みについての資本調達面からの拡充、(2)グリーンボンドの発行による幅広い業態の投資家層へのアクセス、を実現したことである。地方銀行セクターにおいては、ESG/SDGsへの取り組みが進む中で、今後グリーンボンド発行という手法が活用されるようになるのか注目される。グリーンボンドを通じた融資等が、地方銀行ビジネスの活性化へ貢献し、同時に環境・地域社会へのインパクトを創出するのかといった点も今後さらなる議論が求められよう。
米国地域金融機関の証券ビジネスを支援するLPLファイナンシャル 下山 貴史岡田 功太
  1. LPLファイナンシャルは、全米最大級のファイナンシャル・アドバイザー向け証券取引サービス提供会社として知られている。同社は、地銀、信用組合、独立系ファイナンシャル・アドバイザー(IFA会社)に所属する約1万6,100名のファイナンシャル・アドバイザーに、証券取引及び証券事業支援サービスを提供している。それらのファイナンシャル・アドバイザーは、主に地方で営業活動に従事していることから、LPLファイナンシャルは、地域金融機関の証券ビジネスを支援している存在とも言える。
  2. 同社は、ブローカレッジ・サービスとアドバイザリー・サービスを提供するが、近年は投資アドバイスの対価としてフィーを受け取るアドバイザリー・サービスに注力している。また、ファイナンシャル・アドバイザーの業務効率化を目的としたテクノロジー・ツール等の提供も行っており、2019年のテクノロジー投資額を約1億5,000万ドルに決定し、同ツールの拡充を図っている。
  3. LPLファイナンシャルは、上記のサービスを通じて、多様な地域金融機関に属するファイナンシャル・アドバイザーを支援している。同社との提携を通じて、非金利収入を増加させた地域金融機関、収益源の多角化を図る銀行、顧客との関係強化や業務効率化を実現した小規模信用組合やIFA会社など様々である。
  4. LPLファイナンシャルの成長は、大手証券会社が有するミドルオフィス及びバックオフィス機能を、サービスとして社外に提供することで収益化できる可能性を示唆すると共に、地域金融機関にとって同サービスが魅力的であることを意味している。LPLファイナンシャルのようなサービス提供者は、米国の幅広い地域において、顧客に対して適切なファイナンシャル・アドバイスが提供されるためにも、欠かせない存在と言えよう。
金融包摂を促進する重要な役割を担うフィリピンの地域金融機関 北野 陽平武井 悠輔
  1. フィリピンは、堅調な経済成長を持続させ、より包摂的な発展を実現するべく、国民の幅広い金融包摂を推進している。同国において金融機関口座を保有する15歳以上人口の割合は2017年時点で32%で、地方では26%に留まり、多くの地方自治体では銀行が設置されていない。そのような中、フィリピン中央銀行(BSP)は、銀行サービスが提供されていない地方自治体の割合を2020年までに20%へと引き下げることを目指している。
  2. フィリピンの銀行は、ユニバーサルバンク、商業銀行、貯蓄銀行、農村銀行、協同組合銀行に分類される。このうち、農村銀行は、地方における金融包摂を促進する重要な役割を担うと期待されている。地方居住者の資金需要に対応するため、BSP主導で農村銀行のプレゼンス強化に向けた取り組みが進められてきた結果、農村銀行の店舗数は1999年末の1,778店から2019年9月末には3,048店となり、融資残高は同期間に3.6倍に増加した。
  3. 金融包摂の促進には決済サービスの利用拡大も課題となる中、全国レベルで国民による安価、効率的、安全、信頼性の高い決済を可能にする仕組みの構築を目指して、「国家リテール決済システム(NRPS)」が2015年に導入された。現状、NRPSは地方では普及が進んでおらず、農村銀行間の送金・決済システムも接続されていない。そうした中、ブロックチェーン技術の活用により、農村銀行間の直接送金や効率的な国際送金を可能にするプロジェクトが進められている。
  4. 農村銀行は、より安価で金融サービスを提供するためのテクノロジーの活用にも取り組み始めている。例えば、足下では、ITコスト及びオペレーションコストの削減等を目的として、クラウドベースの勘定系システムを導入する動きが見られる。地方では、ITの利用環境は都市部に比べ総じて遅れているものの、将来的には、都市部で始まっている金融サービスのデジタル化が広がっていく可能性もある。今後、フィリピンにおける地域金融機関のサービスが、どのような発展を遂げるのか注目される。
最終化された米国の大手銀行規制の見直し
−リスク・プロファイルに応じたプルーデンス規制の再構築−
小立 敬
  1. 米国FRBは2019年10月、銀行のリスク・プロファイルをプルーデンス規制の枠組みに反映させるテイラード・アプローチの下、総資産1,000億ドル以上の米国銀行および外国銀行のプルーデンス規制の枠組みを改定する最終規則を公表し、2019年末から適用を開始した。
  2. 従来はドッド=フランク法に基づいて、総資産500億ドル以上の銀行持株会社には厳格なプルーデンス規制が適用されてきたが、トランプ政権の下、2018年5月に成立した経済成長・規制緩和・消費者保護法が、厳格なプルーデンス規制の適用基準を総資産500億ドルから2,500億ドルに引き上げたことが背景にある。
  3. 最終規則によって、総資産1,000億ドル以上の米国銀行、外国銀行はリスク・プロファイルに応じて「カテゴリーI」から「カテゴリーIV」までの4つのカテゴリーに区分され、各々のカテゴリーに応じて厳格さの異なる自己資本規制や流動性規制、ストレス・テストの要件等が課せられることとなる。
  4. 金融危機以降、FRBはプルーデンス規制に銀行のリスク・プロファイルを反映させる取組みを行ってきた。今般のテイラード・アプローチによってリスク・プロファイルに応じたカテゴリーが明確化されており、従来に比べてより洗練された枠組みとなったという評価が可能であろう。
  5. ただし、外国銀行の扱いに関しては議論がある。特に具体的な争点となっているのが、外国銀行の米国支店に対して標準化された流動規制を適用するか否かの検討である。最終規則では具体的な措置は見送られたが、FRBは数カ月以内に検討する方針を明らかにしている。また、外国銀行の扱いについては、金融危機後の金融規制改革の重大な副作用として認識されている市場の分断につながるとの指摘もあり、最終規則が適用された後のFRBによる規制の合理性の検証が期待される。
米国で最も便利な銀行とは 淵田 康之
  1. グローバル金融危機後、米国では国内リテール業務に強い金融機関のプレゼンスが高まっている。外資系金融機関のなかでも、カナダのトロント・ドミニオンバンク・グループ(TDバンク・グループ)傘下のTDバンクは、米国内でリテール業務に注力することで顕著な成長を遂げている。
  2. 各国の多くの金融機関は、世界の金融ビジネスの中心である米国市場に進出し、業務拡大を目指してきた。しかし今日、日系や欧州系の金融機関の多くは、過去の一時期に比べ、米国市場における存在感を低下させている。こうしたなかTDバンクは、「米国で最も便利な銀行」を掲げ、米国で最も成功した外資系銀行となったのである。
  3. 金融危機を経て、米国金融市場の重要性はむしろ高まった。プラスの金利が維持され、預金・貸出など正常な金融ビジネスが成り立つ、世界で数少ない市場の一つとなったからである。TDバンクは、やはり経済が底堅く推移し、また安定した金融システムを持つカナダをマザーマーケットとしつつ、米国でリテール金融業務を拡大することにより、グループ全体の企業価値向上に寄与している。
  4. TDバンク・グループは、TDアメリトレードを通じて、米国におけるリテール証券ビジネスでも存在感を示してきた。そして2019年、取引手数料ゼロ時代が到来すると、TDアメリトレードをチャールズ・シュワブに売却し、チャールズ・シュワブの大株主となった。
  5. わが国の主要金融機関においても、今後の成長のためには海外ビジネスの拡大が不可欠であるが、その成功には、国内の経済や金融システムの改善・改革が前提となろう。その上で、どれだけ多くの現地ユーザーに、真に必要とされる金融機関となれるかがカギとなろう。
チャールズ・シュワブによるTDアメリトレードの買収
−米国個人向け金融サービス業界への示唆−
岡田 功太
  1. チャールズ・シュワブは2019年11月、TDアメリトレードを買収することを公表した。本件は株式交換で行われ、買収額は約260億ドルに達する。買収完了後のチャールズ・シュワブの預かり資産は約5.1兆ドル、証券口座数は約2,400万口座に達する見込みである(単純合算ベース)。同社は、コスト削減と顧客基盤の強化を推進し、より効率的で大規模な個人向け金融サービス業を追求すると見られる。
  2. 今般の買収の背景として、(1)売買手数料無料化等により事業環境が急激に変化していること、(2)連邦準備制度理事会の利下げの影響によって金利収入が縮小し、更なる預かり資産の拡大の必要性が高まったこと、(3)チャールズ・シュワブが創業当初から掲げてきた経営哲学に基づく「好循環」の一層の強化と整合的であること、が挙げられる。
  3. 買収完了後のチャールズ・シュワブは、独立系ファイナンシャル・アドバイザーである投資顧問業者(RIA)から約2兆ドルの資産を預かることになり、これを契機にRIAの顧客化を巡る大手金融機関の競争が激化する可能性が高い。また、長年、チャールズ・シュワブ及びTDアメリトレードと競合関係にあるイー・トレードを中心に、ディスカウント・ブローカー業界の再編も注目されている。アドバイザリー・フィーの低下と、同サービスに組み入れられるミューチュアルファンド及びETFの低コスト化の可能性も指摘されている。
  4. 今般の買収は、ディスカウント・ブローカー及びRIA向けサービス事業におけるチャールズ・シュワブやフィデリティ・インベストメンツなど、一部の大手金融機関が、より一層巨大化する方向性を示唆しており、今後の動向は注視する必要がある。
上場・非上場の垣根を飛び越えるクロスオーバー投資
−米国ミューチュアルファンドによるプレIPO株式投資の実状−
竹下 智
  1. 上場企業を主な投資対象とするミューチュアルファンドやヘッジファンドによる非上場企業への投資は、上場/非上場の垣根を越えた投資という意味で「クロスオーバー投資」と呼ばれる。近年、米国では非上場企業への投資において、VC以外のミューチュアルファンドやヘッジファンド等の存在が大きくなってきている。特に、IPO前のウーバー・テクノロジーズには55本のミューチュアルファンドが投資を行っていたことが知られている。
  2. クロスオーバー投資家は、レイターステージでの大型の資金調達において主要な投資家の一つであるとともに、アーリーステージの投資家(含む従業員)に流動性を供給する役割を担っている。ミューチュアルファンドが非上場企業への投資を行う理由として、(1)IPOまで待っていると会社の成長サイクルの重要なステージを逃す可能性がある、(2)イノベーションや創造的破壊が起きている産業セクターの評価をするには上場企業および非上場企業の両方を見ておく必要がある、という点があげられる。
  3. 非上場株式は取引所での株価が存在しないため、運用会社毎に投資対象の時価評価を行っている。非上場企業には上場企業に課せられた情報開示等の義務がないため、投資家が独自で情報収集にあたらなければならず、経営状況の監視やバリエーションに費やす時間が必然的に上場企業の場合よりも多くなる。そのため、クロスオーバー投資は分析リソースが豊富な大規模ファンドに適している。
  4. 米国ミューチュアルファンドはすでに日本の非上場企業への投資を行っている。日本国内においても今後、イノベーションの促進、ベンチャー支援策の充実を図る上で、クロスオーバー投資の振興も重要な課題となるのではないか。
米国における退職資産拡充策を巡る議論
−退職保障強化法案(SECURE法案)を中心に−
岡田 功太中村 美江奈
  1. 米国では、長寿化が進行する一方で、ソーシャル・セキュリティ(公的年金)の財政難等の課題がある。こうした中、連邦議会では、超党派の有力議員が、「全地域社会における退職保障強化法案」(通称SECURE法案)を提出した。同法案は、下院で既に可決されており、上院で審議待ちの状態である。
  2. SECURE法案は、2006年年金保護法以来、13年ぶりの本格的な年金制度改革である。2006年年金保護法は、401(k)プランの「自動化」の制度の整備等により、職域の確定拠出年金(DC)プランや個人退職勘定(IRA)の資産の積み立て(アキュミュレーション)促進に寄与した。SECURE法案は、退職プラン加入者のさらなる拡大と、引退後の資産の取り崩し(デキュミュレーション)局面における課題解消等を目指している。
  3. SECURE法案の主な特徴は、第一に、伝統的IRAの拠出年齢制限の廃止といった既存の退職資産形成制度の拡大の促進である。第二に、退職プランへの長期雇用パート従業員の加入促進や、中小企業従業員の退職プラン加入促進を意図した複数雇用主プラン(MEP)の要件緩和等の加入者拡大である。第三に、デキュミュレーションにおけるアニュイティ等の普及促進や、退職後の収入予測といったライフタイム・インカム確保の施策である。
  4. SECURE法案は超党派の支持を得ているものの、成立の可否やタイミングについては、政局次第である。他方、同法案の内容を念頭に、大手資産運用会社等は新たなソリューションの開発を推進している。つまり、SECURE法案は、既に米国リタイアメント市場において新たなダイナミズムを生み出しはじめており、法案の成否と併せて、今後の展開が注目される。
欧州における投信併合
−英国の事例を中心に−
神山 哲也塩島 晋
  1. 日本では、小規模投信(ファンド)が多数存在するという問題に対処するべく、ファンド併合を実施可能にするための制度面の整備が行われてきた。しかし、実績は2019年11月に発表された一件に留まっている。今後、自助努力による資産形成、資産運用の重要性が増していく中、ファンド併合等を通じて運用業界の効率化を図ることは一層求められるようになろう。
  2. 欧州では従来、ファンド併合が月間数十件というペースで行われてきた。EU域内におけるクロスボーダーのファンド併合を促進するための制度整備も行われてきた。EUの制度を国内法化した英国では、スキーム・オブ・アレンジメントと呼ばれる仕組みを用いてファンド併合が行われている。
  3. 英国のファンド併合事例を見ると、目的として、小規模ファンドを併合することによる規模の経済追求等を掲げた上で、ファンド・オブ・ファンズと通常のファンドの併合や、株・債券の組入比率の相違、デリバティブ利用の有無、分配頻度など、ファンドの形態や運用手法は必ずしも近似したものでなくても実施されている。
  4. 英国では、ファンドの規模が最適水準を大幅に下回っていると考えられる場合、運用方法等の細かな相違には拘らず、より総合的な投資家利益への配慮から、規模の経済を優先する姿勢がみられる。日本においてファンド併合を検討する際に、参考になるアプローチであると考えられる。
2020年以降の議決権行使助言会社の助言方針改定 西山 賢吾
  1. 代表的な議決権行使助言会社であるISSとグラス・ルイスの2020年議決権行使助言方針改定内容が明らかになった(改定内容の一部の適用は2021年)。ISSの改定は、(1)政策保有先企業出身の社外役員には「独立性なし」の判断、(2)親会社、支配株主の存在する企業に対する独立社外取締役の増員、の2点、そして、グラス・ルイスでは、東証1、2部対象企業に最低1名以上の女性役員登用を要請、(2)政策保有株式保有水準に関する基準の導入(2021年より)の2点である。
  2. 今回の助言方針改定の特徴として、ISSは社外役員の独立性という観点、グラス・ルイスは保有水準という観点から、それぞれ、政策保有株式を議決権行使助言方針に取り入れたことが挙げられる。従来政策保有株式と議決権行使を関連付けることは難しいと考えられていたが、今回の助言方針改定を受け、機関投資家でも同様な議決権行使助言方針を採用するかどうかが注目される。しかし、現状ではその動きが大きく進むとは考えにくく、エンゲージメントの重要テーマとしてより多くの投資家が取り上げることになるであろう。
  3. 社外取締役の増員も重要なテーマである。これについては、全ての企業に3分の1以上の独立社外取締役を求める機関投資家も出始めてきたが、全体としては支配株主や親会社のある企業などに社外取締役の増員を求める動きがさらに進む一方、全ての企業に求める動きが大きく広がるにはなお時間を要すると考える。
  4. 議決権行使助言会社の影響力に関し話題に上ることが多く、2020年に改訂予定のスチュワードシップ・コードにおいても、議決権行使助言会社に対し、十分かつ適切な人的・組織体制の整備とそれを含む助言策定プロセスの具体的な公表などが求められている。その背景には、機関投資家の議決権行使を助言会社が決めている、すなわち、議決権行使助言会社の助言方針をそのまま機関投資家が取り入れているという誤解があると推察されるが、実際には、「機関投資家の議決権行使に対する意見や考え方のコンセンサスが議決権行使助言会社の助言方針」となっているといえるであろう。
気候変動対策で世界のリーダーを目指す「欧州グリーンディール」 江夏 あかね磯部 昌吾
  1. 欧州連合(EU)の執行機関である欧州委員会は2019年12月11日、脱炭素と経済成長の両立を図ることを目的とした工程表である「欧州グリーンディール」を公表した。同工程表は、2019年12月1日に就任したフォンデアライエン欧州委員長が最優先政策に掲げる気候変動対策の一環として位置付けられる。
  2. 欧州グリーンディールで注目されるのは、気候関連目標への野心的なアプローチ、低炭素経済社会への移行に関する支援、サステナブルファイナンス戦略の3点である。2020年第3四半期に公表予定のサステナブルファイナンス戦略では、(1)サステナブル投資に関する基盤強化、(2)サステナブル投資に関する特定可能性及び信頼性向上、(3)気候・環境リスクの金融システムへの組み入れ、といった3つの方針が掲げられた。
  3. 欧州グリーンディールは、基本的にはEU域内を対象としているものの、日本を含めたEU域外の国・地域に影響が及ぶ可能性が高いことが示唆された。同時に、欧州グリーンディールの実現に向けて、サステナブルファイナンス戦略を通じて、金融市場にもタクソノミー、開示、ラベル、EUグリーンボンド基準(EU GBS)、健全性規制といった複数の側面から影響が及ぶ可能性があることも示された。
  4. 世界に先駆けて包括的な気候変動対策に取り組むEUが示した欧州グリーンディールの各項目に関する今後の進捗や実効性等に対して、世界各国の政府、産業界、金融市場から注目が集まる状況が続くと想定される。
欧州公的年金基金の気候変動への対応
−スウェーデンAP基金、仏FRR、ノルウェーGPFGの事例を中心に−
林 宏美
  1. 金融安定理事会(FSB)の下部組織であるTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)が2017年6月に公表した最終提言(TCFD最終提言)では、インベストメントチェーンの頂点に位置付けられる年金基金等のアセット・オーナーも、投資先企業による取り組みを促す役割を果たすべく、一定の情報開示が求められている。2018年11月に英国のNGOが大規模な公的年金基金の取り組み状況を評価した報告書では、TCFD最終提言に則した情報を開示しているか、開示する方針にある年金基金が全体の17%にとどまった。
  2. 気候変動への取り組みが高く評価されている欧州公的年金の事例としては、スウェーデンのAP基金、フランスのFRR、ノルウェーGPFG等が挙げられる。AP基金は、2019年、法律により責任投資と高いリターン追求の両立が求められるようになった。AP基金やFRRは、再生可能エネルギー事業等への投資を可能とする取り組みを推進しているほか、指数提供業者との提携を通じて低炭素関連指標の開発・拡充を進めるなど、様々な活動を展開しはじめている。
  3. 欧州の公的年金基金による気候変動への対応としては、従来化石燃料企業からの投資引き揚げ(ダイベストメント)を通じて、気候リスクの低減を図る動きが目立っていたが、近年はその取り組みが多様化している。ダイベストメントよりもエンゲージメントや議決権行使などを通じて、企業に気候変動への対応を促す傾向が前面に出ている。また、再生可能エネルギー事業等への投資を拡大できるよう、運用方針を変更する動きも目立つ。
  4. 大規模な公的年金による気候変動への取り組みは、他の機関投資家に及ぼすシグナル効果が大きいと見られる。それらの取り組みが、気候変動によるリスクや機会を示す各種指標データの蓄積、標準化など、上記に挙げた課題解消に寄与することも期待される。
トランジションボンドの登場とサステナブルファイナンスの新潮流 江夏 あかね
  1. トランジションボンドは、一般的に、二酸化炭素排出量等の観点からグリーンボンドの発行基準を満たさないものの、低炭素経済社会等に移行(トランジション)するためのプロジェクトを資金使途とする債券を指す。
  2. トランジションボンドが誕生した背景としては、金融市場において、開示、経済活動の分類、ベンチマーク等、複数の分野で、「トランジション(移行)」がテーマとして注目を集めつつあることが挙げられる。そして、フランスの大手運用機関アクサ・インベストメント・マネージャーズ(アクサIM)が2019年6月にガイドラインを公表、クレディ・スイスと気候債券イニシアチブ(CBI)が2019年9月に「サステナブル・トランジションボンド」に関するパートナーシップ締結、といった動きもある。
  3. トランジションボンド及び同市場が健全に発展していくためには、発行体によるサステナビリティ戦略へのコミットメントを通じて市場の信認を得ることが大前提になるほか、グリーンボンド等と同様に、レポーティング等を通じて、投資家が環境・社会面でのインパクトを適切に把握できるように透明性を確保することが重要と思われる。
EUにおける自己資本規制へのESGリスク反映の議論
−アクション・プランを示した欧州銀行監督機構−
磯部 昌吾
  1. 欧州連合(EU)において気候変動問題への関心が増々高まる中、欧州銀行監督機構(EBA)は、2019年12月6日にサステナブル・ファイナンスに関するアクション・プランを公表し、自己資本規制における環境・社会・ガバナンス(ESG)リスクの反映に関する検討スケジュールを明らかにした。
  2. 気候変動問題への対応には多額の追加投資が必要となることから、銀行の金融仲介機能を通じて、民間資金が気候変動対応に回るように促していく上で、自己資本規制におけるESGリスクの反映は、重要な政策手段の1つとなる可能性がある。
  3. EBAは、自己資本規制の3つの柱におけるESGリスクの反映を検討した上で、欧州委員会等への報告やガイドライン・細則案の策定を行う予定である。特に、第1の柱(最低基準)については、評価の複雑性と潜在的な影響の大きさを踏まえて、2025年6月までという長い評価期間を設けているのが特徴的である。
  4. 欧州の規制当局の見解は一枚岩ではなく、まずはEBAの検討結果が待たれるところである。EUが独自に自己資本規制にESGリスクを組み入れる場合には、EUの銀行の与信行動に影響を与えるであろう。また、EU域外の銀行との間で資本賦課に差が出るようであれば、国際競争上の問題が生じる可能性も考えられ、その場合には他の国においても同様の措置が取られるかが論点となってこよう。EUにおける議論とEU域外への波及の可能性を今後も注視する必要があるだろう。
中央銀行デジタル通貨の発行を目指す中国
−予想されるマクロ面での影響−
関 志雄
  1. 中国では、中央銀行デジタル通貨(CBDC)の発行は、構想から実行の段階に移ろうとしている。中国が導入しようとするCBDCは、だれでもアクセスでき、決済が仲介機関を経由しない「リテール・トークン型」である。その特徴は、(1)現金(M0)の代替、(2)中央銀行と利用者の間に商業銀行などの仲介機関が入る二層構造の運営体制、(3)特定の技術に限定しない、(4)無利子、(5)「制御可能な匿名性」に基づく個人情報の取り扱い、(6)オフライン決済が可能、である。
  2. 現段階の構想通りに、CBDCが無利子で、現金の代替にとどまる場合、その導入によってもたらされる金融政策と金融システムへの影響はそれほど大きくない。しかし、金利が付き、現金だけでなく銀行預金も代替の対象となるCBDCが発行される場合、金融政策の有効性は高まる一方で、金融システムにおける銀行の地盤沈下は加速しかねない。
  3. CBDCの発行は、人民元の利便性の向上を通じて、人民元の国際化に寄与すると期待されている。しかし、厳しい資本規制が維持され、CBDCもその対象になると予想される以上、その効果は限定的であろう。
  4. 中国は、CBDCを本格的に導入する最初の国になりそうである。それに向けて、綿密に構想を練っており、実行に移ってからも慎重な姿勢は変わらないと予想される。最終的に、中国において、現金が完全にCBDCに取って代わられ、キャッシュレス社会が実現されるだろうが、そこまでの道のりはまだ遠い。
アセットマネジメント
時流 金融規制のNext Step 上智大学法科大学院教授 森下 哲朗

金融審議会のスタディ・グループやワーキング・グループでは新たな金融規制のあり方についての議論が行われてきた。そこでは、今後の金融規制のあるべき姿として、イノベーションの促進と利用者利便の向上に資する規制体系であること、同一の機能・同一のリスクには同一のルールを適用すること、といった基本的な方向性が示されている。具体的な規制の見直しという観点でも、決済分野等で一定の成果が出ており今後の活用が期待される。同時に、今後の検討課題も多い。産官学が一体となって知恵を出し合ってより良い金融規制を構築していく必要がある。

地方公共団体と地方銀行
−指定金融機関制度の変遷と今後の展望−
江夏 あかね
  1. 地方公共団体と地方銀行は、指定金融機関制度等を通じて深い関係を長らく築いており、互いに地域経済社会にとって不可欠な存在となっている。しかし、金融市場環境や地域経済社会の構造が移り変わる中、1990年代後半頃からその関係が変化する傾向が見られている。特に、2010年代半ば頃からの金利水準の継続的な低下も相まって、地方公共団体向けビジネスから距離を置くことを検討する金融機関が出現するなど、かつてに比べて厳しいものとなりつつある。
  2. 地方公共団体が中長期的に行財政の持続可能性を維持する上では、(1)国の厳しい財政状況、(2)地方公共団体による社会保障や公共施設等の適正化といった喫緊の施策への取り組み、といった課題を克服することが必要と考えられる。
  3. 地方経済社会の持続可能性を確保するためには、それらに加え、幅広い意味での地方創生や持続可能な開発目標(SDGs)達成に向けた取り組みを進めることも求められる。ただし、地方創生やSDGsも含めた取り組みを、地方公共団体のみで包括的に進めることは困難であり、地方銀行等と連携し、地方が抱える課題を解決していくことが重要である。
  4. 地方公共団体と地方銀行の双方が連携するメリットを感じ、持続的な関係を築くためには、地域をめぐる問題意識の共有、経済合理性の確保、域内の付加価値を創出する取り組みでの協働といった点がカギになろう。そのような観点から、地方公共団体と地方銀行がメリットを感じて連携可能な分野としては、例えば、公共施設等の適正管理、地域中小企業におけるSDGs支援といったものが挙げられる。
注目される地方銀行によるグリーンボンドの発行 富永 健司
  1. 世界の金融市場において、環境・社会・ガバナンス(ESG)を重視する投資概念の浸透、パリ協定や持続可能な開発目標(SDGs)等の国際合意を背景に、グリーンボンドの発行が伸びている。日本においても2017年頃からグリーンボンドの発行が増加している。これまで、日本の銀行によるグリーンボンドの発行は政府系金融機関やメガバンク等が中心となっていたが、このたび新たに地方銀行がグリーンボンドを発行した。具体的には、群馬銀行が2019年11月に国内の地方銀行として初めて発行し、その後、名古屋銀行が2019年12月に発行した。
  2. 日本においては近年、ESG金融における間接金融の重要性に対する認識が高まっている。そのような中で、地方銀行は、(1)担当主幹部署の設置、(2)プロジェクトチームの組成、(3)行動宣言や行動憲章の制定、(4)ESG/SDGsを意識した投資方針の制定、(5)ESG/SDGsを意識した融資方針の制定、などの形で取り組みを進めている。
  3. これらに加えて地方銀行は、地方経済・社会の中心的な担い手として、地方創生に関する取り組みも行っており、元々ESG/SDGs金融との親和性が高かったと言える。グリーンボンドの発行は、資本調達面におけるESG/SDGsへの対応という観点で考えることができる。
  4. 群馬銀行と名古屋銀行の発行事例で共通しているのは、規制資本の充実を目的とした社債発行を通じて、(1)組織として注力するESG/SDGsへの取り組みについての資本調達面からの拡充、(2)グリーンボンドの発行による幅広い業態の投資家層へのアクセス、を実現したことである。地方銀行セクターにおいては、ESG/SDGsへの取り組みが進む中で、今後グリーンボンド発行という手法が活用されるようになるのか注目される。グリーンボンドを通じた融資等が、地方銀行ビジネスの活性化へ貢献し、同時に環境・地域社会へのインパクトを創出するのかといった点も今後さらなる議論が求められよう。
米国地域金融機関の証券ビジネスを支援するLPLファイナンシャル 下山 貴史岡田 功太
  1. LPLファイナンシャルは、全米最大級のファイナンシャル・アドバイザー向け証券取引サービス提供会社として知られている。同社は、地銀、信用組合、独立系ファイナンシャル・アドバイザー(IFA会社)に所属する約1万6,100名のファイナンシャル・アドバイザーに、証券取引及び証券事業支援サービスを提供している。それらのファイナンシャル・アドバイザーは、主に地方で営業活動に従事していることから、LPLファイナンシャルは、地域金融機関の証券ビジネスを支援している存在とも言える。
  2. 同社は、ブローカレッジ・サービスとアドバイザリー・サービスを提供するが、近年は投資アドバイスの対価としてフィーを受け取るアドバイザリー・サービスに注力している。また、ファイナンシャル・アドバイザーの業務効率化を目的としたテクノロジー・ツール等の提供も行っており、2019年のテクノロジー投資額を約1億5,000万ドルに決定し、同ツールの拡充を図っている。
  3. LPLファイナンシャルは、上記のサービスを通じて、多様な地域金融機関に属するファイナンシャル・アドバイザーを支援している。同社との提携を通じて、非金利収入を増加させた地域金融機関、収益源の多角化を図る銀行、顧客との関係強化や業務効率化を実現した小規模信用組合やIFA会社など様々である。
  4. LPLファイナンシャルの成長は、大手証券会社が有するミドルオフィス及びバックオフィス機能を、サービスとして社外に提供することで収益化できる可能性を示唆すると共に、地域金融機関にとって同サービスが魅力的であることを意味している。LPLファイナンシャルのようなサービス提供者は、米国の幅広い地域において、顧客に対して適切なファイナンシャル・アドバイスが提供されるためにも、欠かせない存在と言えよう。
金融包摂を促進する重要な役割を担うフィリピンの地域金融機関 北野 陽平武井 悠輔
  1. フィリピンは、堅調な経済成長を持続させ、より包摂的な発展を実現するべく、国民の幅広い金融包摂を推進している。同国において金融機関口座を保有する15歳以上人口の割合は2017年時点で32%で、地方では26%に留まり、多くの地方自治体では銀行が設置されていない。そのような中、フィリピン中央銀行(BSP)は、銀行サービスが提供されていない地方自治体の割合を2020年までに20%へと引き下げることを目指している。
  2. フィリピンの銀行は、ユニバーサルバンク、商業銀行、貯蓄銀行、農村銀行、協同組合銀行に分類される。このうち、農村銀行は、地方における金融包摂を促進する重要な役割を担うと期待されている。地方居住者の資金需要に対応するため、BSP主導で農村銀行のプレゼンス強化に向けた取り組みが進められてきた結果、農村銀行の店舗数は1999年末の1,778店から2019年9月末には3,048店となり、融資残高は同期間に3.6倍に増加した。
  3. 金融包摂の促進には決済サービスの利用拡大も課題となる中、全国レベルで国民による安価、効率的、安全、信頼性の高い決済を可能にする仕組みの構築を目指して、「国家リテール決済システム(NRPS)」が2015年に導入された。現状、NRPSは地方では普及が進んでおらず、農村銀行間の送金・決済システムも接続されていない。そうした中、ブロックチェーン技術の活用により、農村銀行間の直接送金や効率的な国際送金を可能にするプロジェクトが進められている。
  4. 農村銀行は、より安価で金融サービスを提供するためのテクノロジーの活用にも取り組み始めている。例えば、足下では、ITコスト及びオペレーションコストの削減等を目的として、クラウドベースの勘定系システムを導入する動きが見られる。地方では、ITの利用環境は都市部に比べ総じて遅れているものの、将来的には、都市部で始まっている金融サービスのデジタル化が広がっていく可能性もある。今後、フィリピンにおける地域金融機関のサービスが、どのような発展を遂げるのか注目される。
最終化された米国の大手銀行規制の見直し
−リスク・プロファイルに応じたプルーデンス規制の再構築−
小立 敬
  1. 米国FRBは2019年10月、銀行のリスク・プロファイルをプルーデンス規制の枠組みに反映させるテイラード・アプローチの下、総資産1,000億ドル以上の米国銀行および外国銀行のプルーデンス規制の枠組みを改定する最終規則を公表し、2019年末から適用を開始した。
  2. 従来はドッド=フランク法に基づいて、総資産500億ドル以上の銀行持株会社には厳格なプルーデンス規制が適用されてきたが、トランプ政権の下、2018年5月に成立した経済成長・規制緩和・消費者保護法が、厳格なプルーデンス規制の適用基準を総資産500億ドルから2,500億ドルに引き上げたことが背景にある。
  3. 最終規則によって、総資産1,000億ドル以上の米国銀行、外国銀行はリスク・プロファイルに応じて「カテゴリーI」から「カテゴリーIV」までの4つのカテゴリーに区分され、各々のカテゴリーに応じて厳格さの異なる自己資本規制や流動性規制、ストレス・テストの要件等が課せられることとなる。
  4. 金融危機以降、FRBはプルーデンス規制に銀行のリスク・プロファイルを反映させる取組みを行ってきた。今般のテイラード・アプローチによってリスク・プロファイルに応じたカテゴリーが明確化されており、従来に比べてより洗練された枠組みとなったという評価が可能であろう。
  5. ただし、外国銀行の扱いに関しては議論がある。特に具体的な争点となっているのが、外国銀行の米国支店に対して標準化された流動規制を適用するか否かの検討である。最終規則では具体的な措置は見送られたが、FRBは数カ月以内に検討する方針を明らかにしている。また、外国銀行の扱いについては、金融危機後の金融規制改革の重大な副作用として認識されている市場の分断につながるとの指摘もあり、最終規則が適用された後のFRBによる規制の合理性の検証が期待される。
米国で最も便利な銀行とは 淵田 康之
  1. グローバル金融危機後、米国では国内リテール業務に強い金融機関のプレゼンスが高まっている。外資系金融機関のなかでも、カナダのトロント・ドミニオンバンク・グループ(TDバンク・グループ)傘下のTDバンクは、米国内でリテール業務に注力することで顕著な成長を遂げている。
  2. 各国の多くの金融機関は、世界の金融ビジネスの中心である米国市場に進出し、業務拡大を目指してきた。しかし今日、日系や欧州系の金融機関の多くは、過去の一時期に比べ、米国市場における存在感を低下させている。こうしたなかTDバンクは、「米国で最も便利な銀行」を掲げ、米国で最も成功した外資系銀行となったのである。
  3. 金融危機を経て、米国金融市場の重要性はむしろ高まった。プラスの金利が維持され、預金・貸出など正常な金融ビジネスが成り立つ、世界で数少ない市場の一つとなったからである。TDバンクは、やはり経済が底堅く推移し、また安定した金融システムを持つカナダをマザーマーケットとしつつ、米国でリテール金融業務を拡大することにより、グループ全体の企業価値向上に寄与している。
  4. TDバンク・グループは、TDアメリトレードを通じて、米国におけるリテール証券ビジネスでも存在感を示してきた。そして2019年、取引手数料ゼロ時代が到来すると、TDアメリトレードをチャールズ・シュワブに売却し、チャールズ・シュワブの大株主となった。
  5. わが国の主要金融機関においても、今後の成長のためには海外ビジネスの拡大が不可欠であるが、その成功には、国内の経済や金融システムの改善・改革が前提となろう。その上で、どれだけ多くの現地ユーザーに、真に必要とされる金融機関となれるかがカギとなろう。
チャールズ・シュワブによるTDアメリトレードの買収
−米国個人向け金融サービス業界への示唆−
岡田 功太
  1. チャールズ・シュワブは2019年11月、TDアメリトレードを買収することを公表した。本件は株式交換で行われ、買収額は約260億ドルに達する。買収完了後のチャールズ・シュワブの預かり資産は約5.1兆ドル、証券口座数は約2,400万口座に達する見込みである(単純合算ベース)。同社は、コスト削減と顧客基盤の強化を推進し、より効率的で大規模な個人向け金融サービス業を追求すると見られる。
  2. 今般の買収の背景として、(1)売買手数料無料化等により事業環境が急激に変化していること、(2)連邦準備制度理事会の利下げの影響によって金利収入が縮小し、更なる預かり資産の拡大の必要性が高まったこと、(3)チャールズ・シュワブが創業当初から掲げてきた経営哲学に基づく「好循環」の一層の強化と整合的であること、が挙げられる。
  3. 買収完了後のチャールズ・シュワブは、独立系ファイナンシャル・アドバイザーである投資顧問業者(RIA)から約2兆ドルの資産を預かることになり、これを契機にRIAの顧客化を巡る大手金融機関の競争が激化する可能性が高い。また、長年、チャールズ・シュワブ及びTDアメリトレードと競合関係にあるイー・トレードを中心に、ディスカウント・ブローカー業界の再編も注目されている。アドバイザリー・フィーの低下と、同サービスに組み入れられるミューチュアルファンド及びETFの低コスト化の可能性も指摘されている。
  4. 今般の買収は、ディスカウント・ブローカー及びRIA向けサービス事業におけるチャールズ・シュワブやフィデリティ・インベストメンツなど、一部の大手金融機関が、より一層巨大化する方向性を示唆しており、今後の動向は注視する必要がある。
上場・非上場の垣根を飛び越えるクロスオーバー投資
−米国ミューチュアルファンドによるプレIPO株式投資の実状−
竹下 智
  1. 上場企業を主な投資対象とするミューチュアルファンドやヘッジファンドによる非上場企業への投資は、上場/非上場の垣根を越えた投資という意味で「クロスオーバー投資」と呼ばれる。近年、米国では非上場企業への投資において、VC以外のミューチュアルファンドやヘッジファンド等の存在が大きくなってきている。特に、IPO前のウーバー・テクノロジーズには55本のミューチュアルファンドが投資を行っていたことが知られている。
  2. クロスオーバー投資家は、レイターステージでの大型の資金調達において主要な投資家の一つであるとともに、アーリーステージの投資家(含む従業員)に流動性を供給する役割を担っている。ミューチュアルファンドが非上場企業への投資を行う理由として、(1)IPOまで待っていると会社の成長サイクルの重要なステージを逃す可能性がある、(2)イノベーションや創造的破壊が起きている産業セクターの評価をするには上場企業および非上場企業の両方を見ておく必要がある、という点があげられる。
  3. 非上場株式は取引所での株価が存在しないため、運用会社毎に投資対象の時価評価を行っている。非上場企業には上場企業に課せられた情報開示等の義務がないため、投資家が独自で情報収集にあたらなければならず、経営状況の監視やバリエーションに費やす時間が必然的に上場企業の場合よりも多くなる。そのため、クロスオーバー投資は分析リソースが豊富な大規模ファンドに適している。
  4. 米国ミューチュアルファンドはすでに日本の非上場企業への投資を行っている。日本国内においても今後、イノベーションの促進、ベンチャー支援策の充実を図る上で、クロスオーバー投資の振興も重要な課題となるのではないか。
米国における退職資産拡充策を巡る議論
−退職保障強化法案(SECURE法案)を中心に−
岡田 功太中村 美江奈
  1. 米国では、長寿化が進行する一方で、ソーシャル・セキュリティ(公的年金)の財政難等の課題がある。こうした中、連邦議会では、超党派の有力議員が、「全地域社会における退職保障強化法案」(通称SECURE法案)を提出した。同法案は、下院で既に可決されており、上院で審議待ちの状態である。
  2. SECURE法案は、2006年年金保護法以来、13年ぶりの本格的な年金制度改革である。2006年年金保護法は、401(k)プランの「自動化」の制度の整備等により、職域の確定拠出年金(DC)プランや個人退職勘定(IRA)の資産の積み立て(アキュミュレーション)促進に寄与した。SECURE法案は、退職プラン加入者のさらなる拡大と、引退後の資産の取り崩し(デキュミュレーション)局面における課題解消等を目指している。
  3. SECURE法案の主な特徴は、第一に、伝統的IRAの拠出年齢制限の廃止といった既存の退職資産形成制度の拡大の促進である。第二に、退職プランへの長期雇用パート従業員の加入促進や、中小企業従業員の退職プラン加入促進を意図した複数雇用主プラン(MEP)の要件緩和等の加入者拡大である。第三に、デキュミュレーションにおけるアニュイティ等の普及促進や、退職後の収入予測といったライフタイム・インカム確保の施策である。
  4. SECURE法案は超党派の支持を得ているものの、成立の可否やタイミングについては、政局次第である。他方、同法案の内容を念頭に、大手資産運用会社等は新たなソリューションの開発を推進している。つまり、SECURE法案は、既に米国リタイアメント市場において新たなダイナミズムを生み出しはじめており、法案の成否と併せて、今後の展開が注目される。
欧州における投信併合
−英国の事例を中心に−
神山 哲也塩島 晋
  1. 日本では、小規模投信(ファンド)が多数存在するという問題に対処するべく、ファンド併合を実施可能にするための制度面の整備が行われてきた。しかし、実績は2019年11月に発表された一件に留まっている。今後、自助努力による資産形成、資産運用の重要性が増していく中、ファンド併合等を通じて運用業界の効率化を図ることは一層求められるようになろう。
  2. 欧州では従来、ファンド併合が月間数十件というペースで行われてきた。EU域内におけるクロスボーダーのファンド併合を促進するための制度整備も行われてきた。EUの制度を国内法化した英国では、スキーム・オブ・アレンジメントと呼ばれる仕組みを用いてファンド併合が行われている。
  3. 英国のファンド併合事例を見ると、目的として、小規模ファンドを併合することによる規模の経済追求等を掲げた上で、ファンド・オブ・ファンズと通常のファンドの併合や、株・債券の組入比率の相違、デリバティブ利用の有無、分配頻度など、ファンドの形態や運用手法は必ずしも近似したものでなくても実施されている。
  4. 英国では、ファンドの規模が最適水準を大幅に下回っていると考えられる場合、運用方法等の細かな相違には拘らず、より総合的な投資家利益への配慮から、規模の経済を優先する姿勢がみられる。日本においてファンド併合を検討する際に、参考になるアプローチであると考えられる。
2020年以降の議決権行使助言会社の助言方針改定 西山 賢吾
  1. 代表的な議決権行使助言会社であるISSとグラス・ルイスの2020年議決権行使助言方針改定内容が明らかになった(改定内容の一部の適用は2021年)。ISSの改定は、(1)政策保有先企業出身の社外役員には「独立性なし」の判断、(2)親会社、支配株主の存在する企業に対する独立社外取締役の増員、の2点、そして、グラス・ルイスでは、東証1、2部対象企業に最低1名以上の女性役員登用を要請、(2)政策保有株式保有水準に関する基準の導入(2021年より)の2点である。
  2. 今回の助言方針改定の特徴として、ISSは社外役員の独立性という観点、グラス・ルイスは保有水準という観点から、それぞれ、政策保有株式を議決権行使助言方針に取り入れたことが挙げられる。従来政策保有株式と議決権行使を関連付けることは難しいと考えられていたが、今回の助言方針改定を受け、機関投資家でも同様な議決権行使助言方針を採用するかどうかが注目される。しかし、現状ではその動きが大きく進むとは考えにくく、エンゲージメントの重要テーマとしてより多くの投資家が取り上げることになるであろう。
  3. 社外取締役の増員も重要なテーマである。これについては、全ての企業に3分の1以上の独立社外取締役を求める機関投資家も出始めてきたが、全体としては支配株主や親会社のある企業などに社外取締役の増員を求める動きがさらに進む一方、全ての企業に求める動きが大きく広がるにはなお時間を要すると考える。
  4. 議決権行使助言会社の影響力に関し話題に上ることが多く、2020年に改訂予定のスチュワードシップ・コードにおいても、議決権行使助言会社に対し、十分かつ適切な人的・組織体制の整備とそれを含む助言策定プロセスの具体的な公表などが求められている。その背景には、機関投資家の議決権行使を助言会社が決めている、すなわち、議決権行使助言会社の助言方針をそのまま機関投資家が取り入れているという誤解があると推察されるが、実際には、「機関投資家の議決権行使に対する意見や考え方のコンセンサスが議決権行使助言会社の助言方針」となっているといえるであろう。
気候変動対策で世界のリーダーを目指す「欧州グリーンディール」 江夏 あかね磯部 昌吾
  1. 欧州連合(EU)の執行機関である欧州委員会は2019年12月11日、脱炭素と経済成長の両立を図ることを目的とした工程表である「欧州グリーンディール」を公表した。同工程表は、2019年12月1日に就任したフォンデアライエン欧州委員長が最優先政策に掲げる気候変動対策の一環として位置付けられる。
  2. 欧州グリーンディールで注目されるのは、気候関連目標への野心的なアプローチ、低炭素経済社会への移行に関する支援、サステナブルファイナンス戦略の3点である。2020年第3四半期に公表予定のサステナブルファイナンス戦略では、(1)サステナブル投資に関する基盤強化、(2)サステナブル投資に関する特定可能性及び信頼性向上、(3)気候・環境リスクの金融システムへの組み入れ、といった3つの方針が掲げられた。
  3. 欧州グリーンディールは、基本的にはEU域内を対象としているものの、日本を含めたEU域外の国・地域に影響が及ぶ可能性が高いことが示唆された。同時に、欧州グリーンディールの実現に向けて、サステナブルファイナンス戦略を通じて、金融市場にもタクソノミー、開示、ラベル、EUグリーンボンド基準(EU GBS)、健全性規制といった複数の側面から影響が及ぶ可能性があることも示された。
  4. 世界に先駆けて包括的な気候変動対策に取り組むEUが示した欧州グリーンディールの各項目に関する今後の進捗や実効性等に対して、世界各国の政府、産業界、金融市場から注目が集まる状況が続くと想定される。
欧州公的年金基金の気候変動への対応
−スウェーデンAP基金、仏FRR、ノルウェーGPFGの事例を中心に−
林 宏美
  1. 金融安定理事会(FSB)の下部組織であるTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)が2017年6月に公表した最終提言(TCFD最終提言)では、インベストメントチェーンの頂点に位置付けられる年金基金等のアセット・オーナーも、投資先企業による取り組みを促す役割を果たすべく、一定の情報開示が求められている。2018年11月に英国のNGOが大規模な公的年金基金の取り組み状況を評価した報告書では、TCFD最終提言に則した情報を開示しているか、開示する方針にある年金基金が全体の17%にとどまった。
  2. 気候変動への取り組みが高く評価されている欧州公的年金の事例としては、スウェーデンのAP基金、フランスのFRR、ノルウェーGPFG等が挙げられる。AP基金は、2019年、法律により責任投資と高いリターン追求の両立が求められるようになった。AP基金やFRRは、再生可能エネルギー事業等への投資を可能とする取り組みを推進しているほか、指数提供業者との提携を通じて低炭素関連指標の開発・拡充を進めるなど、様々な活動を展開しはじめている。
  3. 欧州の公的年金基金による気候変動への対応としては、従来化石燃料企業からの投資引き揚げ(ダイベストメント)を通じて、気候リスクの低減を図る動きが目立っていたが、近年はその取り組みが多様化している。ダイベストメントよりもエンゲージメントや議決権行使などを通じて、企業に気候変動への対応を促す傾向が前面に出ている。また、再生可能エネルギー事業等への投資を拡大できるよう、運用方針を変更する動きも目立つ。
  4. 大規模な公的年金による気候変動への取り組みは、他の機関投資家に及ぼすシグナル効果が大きいと見られる。それらの取り組みが、気候変動によるリスクや機会を示す各種指標データの蓄積、標準化など、上記に挙げた課題解消に寄与することも期待される。
トランジションボンドの登場とサステナブルファイナンスの新潮流 江夏 あかね
  1. トランジションボンドは、一般的に、二酸化炭素排出量等の観点からグリーンボンドの発行基準を満たさないものの、低炭素経済社会等に移行(トランジション)するためのプロジェクトを資金使途とする債券を指す。
  2. トランジションボンドが誕生した背景としては、金融市場において、開示、経済活動の分類、ベンチマーク等、複数の分野で、「トランジション(移行)」がテーマとして注目を集めつつあることが挙げられる。そして、フランスの大手運用機関アクサ・インベストメント・マネージャーズ(アクサIM)が2019年6月にガイドラインを公表、クレディ・スイスと気候債券イニシアチブ(CBI)が2019年9月に「サステナブル・トランジションボンド」に関するパートナーシップ締結、といった動きもある。
  3. トランジションボンド及び同市場が健全に発展していくためには、発行体によるサステナビリティ戦略へのコミットメントを通じて市場の信認を得ることが大前提になるほか、グリーンボンド等と同様に、レポーティング等を通じて、投資家が環境・社会面でのインパクトを適切に把握できるように透明性を確保することが重要と思われる。
EUにおける自己資本規制へのESGリスク反映の議論
−アクション・プランを示した欧州銀行監督機構−
磯部 昌吾
  1. 欧州連合(EU)において気候変動問題への関心が増々高まる中、欧州銀行監督機構(EBA)は、2019年12月6日にサステナブル・ファイナンスに関するアクション・プランを公表し、自己資本規制における環境・社会・ガバナンス(ESG)リスクの反映に関する検討スケジュールを明らかにした。
  2. 気候変動問題への対応には多額の追加投資が必要となることから、銀行の金融仲介機能を通じて、民間資金が気候変動対応に回るように促していく上で、自己資本規制におけるESGリスクの反映は、重要な政策手段の1つとなる可能性がある。
  3. EBAは、自己資本規制の3つの柱におけるESGリスクの反映を検討した上で、欧州委員会等への報告やガイドライン・細則案の策定を行う予定である。特に、第1の柱(最低基準)については、評価の複雑性と潜在的な影響の大きさを踏まえて、2025年6月までという長い評価期間を設けているのが特徴的である。
  4. 欧州の規制当局の見解は一枚岩ではなく、まずはEBAの検討結果が待たれるところである。EUが独自に自己資本規制にESGリスクを組み入れる場合には、EUの銀行の与信行動に影響を与えるであろう。また、EU域外の銀行との間で資本賦課に差が出るようであれば、国際競争上の問題が生じる可能性も考えられ、その場合には他の国においても同様の措置が取られるかが論点となってこよう。EUにおける議論とEU域外への波及の可能性を今後も注視する必要があるだろう。
中央銀行デジタル通貨の発行を目指す中国
−予想されるマクロ面での影響−
関 志雄
  1. 中国では、中央銀行デジタル通貨(CBDC)の発行は、構想から実行の段階に移ろうとしている。中国が導入しようとするCBDCは、だれでもアクセスでき、決済が仲介機関を経由しない「リテール・トークン型」である。その特徴は、(1)現金(M0)の代替、(2)中央銀行と利用者の間に商業銀行などの仲介機関が入る二層構造の運営体制、(3)特定の技術に限定しない、(4)無利子、(5)「制御可能な匿名性」に基づく個人情報の取り扱い、(6)オフライン決済が可能、である。
  2. 現段階の構想通りに、CBDCが無利子で、現金の代替にとどまる場合、その導入によってもたらされる金融政策と金融システムへの影響はそれほど大きくない。しかし、金利が付き、現金だけでなく銀行預金も代替の対象となるCBDCが発行される場合、金融政策の有効性は高まる一方で、金融システムにおける銀行の地盤沈下は加速しかねない。
  3. CBDCの発行は、人民元の利便性の向上を通じて、人民元の国際化に寄与すると期待されている。しかし、厳しい資本規制が維持され、CBDCもその対象になると予想される以上、その効果は限定的であろう。
  4. 中国は、CBDCを本格的に導入する最初の国になりそうである。それに向けて、綿密に構想を練っており、実行に移ってからも慎重な姿勢は変わらないと予想される。最終的に、中国において、現金が完全にCBDCに取って代わられ、キャッシュレス社会が実現されるだろうが、そこまでの道のりはまだ遠い。
要約
時流 金融規制のNext Step 上智大学法科大学院教授 森下 哲朗

金融審議会のスタディ・グループやワーキング・グループでは新たな金融規制のあり方についての議論が行われてきた。そこでは、今後の金融規制のあるべき姿として、イノベーションの促進と利用者利便の向上に資する規制体系であること、同一の機能・同一のリスクには同一のルールを適用すること、といった基本的な方向性が示されている。具体的な規制の見直しという観点でも、決済分野等で一定の成果が出ており今後の活用が期待される。同時に、今後の検討課題も多い。産官学が一体となって知恵を出し合ってより良い金融規制を構築していく必要がある。

地方公共団体と地方銀行
−指定金融機関制度の変遷と今後の展望−
江夏 あかね
  1. 地方公共団体と地方銀行は、指定金融機関制度等を通じて深い関係を長らく築いており、互いに地域経済社会にとって不可欠な存在となっている。しかし、金融市場環境や地域経済社会の構造が移り変わる中、1990年代後半頃からその関係が変化する傾向が見られている。特に、2010年代半ば頃からの金利水準の継続的な低下も相まって、地方公共団体向けビジネスから距離を置くことを検討する金融機関が出現するなど、かつてに比べて厳しいものとなりつつある。
  2. 地方公共団体が中長期的に行財政の持続可能性を維持する上では、(1)国の厳しい財政状況、(2)地方公共団体による社会保障や公共施設等の適正化といった喫緊の施策への取り組み、といった課題を克服することが必要と考えられる。
  3. 地方経済社会の持続可能性を確保するためには、それらに加え、幅広い意味での地方創生や持続可能な開発目標(SDGs)達成に向けた取り組みを進めることも求められる。ただし、地方創生やSDGsも含めた取り組みを、地方公共団体のみで包括的に進めることは困難であり、地方銀行等と連携し、地方が抱える課題を解決していくことが重要である。
  4. 地方公共団体と地方銀行の双方が連携するメリットを感じ、持続的な関係を築くためには、地域をめぐる問題意識の共有、経済合理性の確保、域内の付加価値を創出する取り組みでの協働といった点がカギになろう。そのような観点から、地方公共団体と地方銀行がメリットを感じて連携可能な分野としては、例えば、公共施設等の適正管理、地域中小企業におけるSDGs支援といったものが挙げられる。
注目される地方銀行によるグリーンボンドの発行 富永 健司
  1. 世界の金融市場において、環境・社会・ガバナンス(ESG)を重視する投資概念の浸透、パリ協定や持続可能な開発目標(SDGs)等の国際合意を背景に、グリーンボンドの発行が伸びている。日本においても2017年頃からグリーンボンドの発行が増加している。これまで、日本の銀行によるグリーンボンドの発行は政府系金融機関やメガバンク等が中心となっていたが、このたび新たに地方銀行がグリーンボンドを発行した。具体的には、群馬銀行が2019年11月に国内の地方銀行として初めて発行し、その後、名古屋銀行が2019年12月に発行した。
  2. 日本においては近年、ESG金融における間接金融の重要性に対する認識が高まっている。そのような中で、地方銀行は、(1)担当主幹部署の設置、(2)プロジェクトチームの組成、(3)行動宣言や行動憲章の制定、(4)ESG/SDGsを意識した投資方針の制定、(5)ESG/SDGsを意識した融資方針の制定、などの形で取り組みを進めている。
  3. これらに加えて地方銀行は、地方経済・社会の中心的な担い手として、地方創生に関する取り組みも行っており、元々ESG/SDGs金融との親和性が高かったと言える。グリーンボンドの発行は、資本調達面におけるESG/SDGsへの対応という観点で考えることができる。
  4. 群馬銀行と名古屋銀行の発行事例で共通しているのは、規制資本の充実を目的とした社債発行を通じて、(1)組織として注力するESG/SDGsへの取り組みについての資本調達面からの拡充、(2)グリーンボンドの発行による幅広い業態の投資家層へのアクセス、を実現したことである。地方銀行セクターにおいては、ESG/SDGsへの取り組みが進む中で、今後グリーンボンド発行という手法が活用されるようになるのか注目される。グリーンボンドを通じた融資等が、地方銀行ビジネスの活性化へ貢献し、同時に環境・地域社会へのインパクトを創出するのかといった点も今後さらなる議論が求められよう。
米国地域金融機関の証券ビジネスを支援するLPLファイナンシャル 下山 貴史岡田 功太
  1. LPLファイナンシャルは、全米最大級のファイナンシャル・アドバイザー向け証券取引サービス提供会社として知られている。同社は、地銀、信用組合、独立系ファイナンシャル・アドバイザー(IFA会社)に所属する約1万6,100名のファイナンシャル・アドバイザーに、証券取引及び証券事業支援サービスを提供している。それらのファイナンシャル・アドバイザーは、主に地方で営業活動に従事していることから、LPLファイナンシャルは、地域金融機関の証券ビジネスを支援している存在とも言える。
  2. 同社は、ブローカレッジ・サービスとアドバイザリー・サービスを提供するが、近年は投資アドバイスの対価としてフィーを受け取るアドバイザリー・サービスに注力している。また、ファイナンシャル・アドバイザーの業務効率化を目的としたテクノロジー・ツール等の提供も行っており、2019年のテクノロジー投資額を約1億5,000万ドルに決定し、同ツールの拡充を図っている。
  3. LPLファイナンシャルは、上記のサービスを通じて、多様な地域金融機関に属するファイナンシャル・アドバイザーを支援している。同社との提携を通じて、非金利収入を増加させた地域金融機関、収益源の多角化を図る銀行、顧客との関係強化や業務効率化を実現した小規模信用組合やIFA会社など様々である。
  4. LPLファイナンシャルの成長は、大手証券会社が有するミドルオフィス及びバックオフィス機能を、サービスとして社外に提供することで収益化できる可能性を示唆すると共に、地域金融機関にとって同サービスが魅力的であることを意味している。LPLファイナンシャルのようなサービス提供者は、米国の幅広い地域において、顧客に対して適切なファイナンシャル・アドバイスが提供されるためにも、欠かせない存在と言えよう。
金融包摂を促進する重要な役割を担うフィリピンの地域金融機関 北野 陽平武井 悠輔
  1. フィリピンは、堅調な経済成長を持続させ、より包摂的な発展を実現するべく、国民の幅広い金融包摂を推進している。同国において金融機関口座を保有する15歳以上人口の割合は2017年時点で32%で、地方では26%に留まり、多くの地方自治体では銀行が設置されていない。そのような中、フィリピン中央銀行(BSP)は、銀行サービスが提供されていない地方自治体の割合を2020年までに20%へと引き下げることを目指している。
  2. フィリピンの銀行は、ユニバーサルバンク、商業銀行、貯蓄銀行、農村銀行、協同組合銀行に分類される。このうち、農村銀行は、地方における金融包摂を促進する重要な役割を担うと期待されている。地方居住者の資金需要に対応するため、BSP主導で農村銀行のプレゼンス強化に向けた取り組みが進められてきた結果、農村銀行の店舗数は1999年末の1,778店から2019年9月末には3,048店となり、融資残高は同期間に3.6倍に増加した。
  3. 金融包摂の促進には決済サービスの利用拡大も課題となる中、全国レベルで国民による安価、効率的、安全、信頼性の高い決済を可能にする仕組みの構築を目指して、「国家リテール決済システム(NRPS)」が2015年に導入された。現状、NRPSは地方では普及が進んでおらず、農村銀行間の送金・決済システムも接続されていない。そうした中、ブロックチェーン技術の活用により、農村銀行間の直接送金や効率的な国際送金を可能にするプロジェクトが進められている。
  4. 農村銀行は、より安価で金融サービスを提供するためのテクノロジーの活用にも取り組み始めている。例えば、足下では、ITコスト及びオペレーションコストの削減等を目的として、クラウドベースの勘定系システムを導入する動きが見られる。地方では、ITの利用環境は都市部に比べ総じて遅れているものの、将来的には、都市部で始まっている金融サービスのデジタル化が広がっていく可能性もある。今後、フィリピンにおける地域金融機関のサービスが、どのような発展を遂げるのか注目される。
最終化された米国の大手銀行規制の見直し
−リスク・プロファイルに応じたプルーデンス規制の再構築−
小立 敬
  1. 米国FRBは2019年10月、銀行のリスク・プロファイルをプルーデンス規制の枠組みに反映させるテイラード・アプローチの下、総資産1,000億ドル以上の米国銀行および外国銀行のプルーデンス規制の枠組みを改定する最終規則を公表し、2019年末から適用を開始した。
  2. 従来はドッド=フランク法に基づいて、総資産500億ドル以上の銀行持株会社には厳格なプルーデンス規制が適用されてきたが、トランプ政権の下、2018年5月に成立した経済成長・規制緩和・消費者保護法が、厳格なプルーデンス規制の適用基準を総資産500億ドルから2,500億ドルに引き上げたことが背景にある。
  3. 最終規則によって、総資産1,000億ドル以上の米国銀行、外国銀行はリスク・プロファイルに応じて「カテゴリーI」から「カテゴリーIV」までの4つのカテゴリーに区分され、各々のカテゴリーに応じて厳格さの異なる自己資本規制や流動性規制、ストレス・テストの要件等が課せられることとなる。
  4. 金融危機以降、FRBはプルーデンス規制に銀行のリスク・プロファイルを反映させる取組みを行ってきた。今般のテイラード・アプローチによってリスク・プロファイルに応じたカテゴリーが明確化されており、従来に比べてより洗練された枠組みとなったという評価が可能であろう。
  5. ただし、外国銀行の扱いに関しては議論がある。特に具体的な争点となっているのが、外国銀行の米国支店に対して標準化された流動規制を適用するか否かの検討である。最終規則では具体的な措置は見送られたが、FRBは数カ月以内に検討する方針を明らかにしている。また、外国銀行の扱いについては、金融危機後の金融規制改革の重大な副作用として認識されている市場の分断につながるとの指摘もあり、最終規則が適用された後のFRBによる規制の合理性の検証が期待される。
米国で最も便利な銀行とは 淵田 康之
  1. グローバル金融危機後、米国では国内リテール業務に強い金融機関のプレゼンスが高まっている。外資系金融機関のなかでも、カナダのトロント・ドミニオンバンク・グループ(TDバンク・グループ)傘下のTDバンクは、米国内でリテール業務に注力することで顕著な成長を遂げている。
  2. 各国の多くの金融機関は、世界の金融ビジネスの中心である米国市場に進出し、業務拡大を目指してきた。しかし今日、日系や欧州系の金融機関の多くは、過去の一時期に比べ、米国市場における存在感を低下させている。こうしたなかTDバンクは、「米国で最も便利な銀行」を掲げ、米国で最も成功した外資系銀行となったのである。
  3. 金融危機を経て、米国金融市場の重要性はむしろ高まった。プラスの金利が維持され、預金・貸出など正常な金融ビジネスが成り立つ、世界で数少ない市場の一つとなったからである。TDバンクは、やはり経済が底堅く推移し、また安定した金融システムを持つカナダをマザーマーケットとしつつ、米国でリテール金融業務を拡大することにより、グループ全体の企業価値向上に寄与している。
  4. TDバンク・グループは、TDアメリトレードを通じて、米国におけるリテール証券ビジネスでも存在感を示してきた。そして2019年、取引手数料ゼロ時代が到来すると、TDアメリトレードをチャールズ・シュワブに売却し、チャールズ・シュワブの大株主となった。
  5. わが国の主要金融機関においても、今後の成長のためには海外ビジネスの拡大が不可欠であるが、その成功には、国内の経済や金融システムの改善・改革が前提となろう。その上で、どれだけ多くの現地ユーザーに、真に必要とされる金融機関となれるかがカギとなろう。
チャールズ・シュワブによるTDアメリトレードの買収
−米国個人向け金融サービス業界への示唆−
岡田 功太
  1. チャールズ・シュワブは2019年11月、TDアメリトレードを買収することを公表した。本件は株式交換で行われ、買収額は約260億ドルに達する。買収完了後のチャールズ・シュワブの預かり資産は約5.1兆ドル、証券口座数は約2,400万口座に達する見込みである(単純合算ベース)。同社は、コスト削減と顧客基盤の強化を推進し、より効率的で大規模な個人向け金融サービス業を追求すると見られる。
  2. 今般の買収の背景として、(1)売買手数料無料化等により事業環境が急激に変化していること、(2)連邦準備制度理事会の利下げの影響によって金利収入が縮小し、更なる預かり資産の拡大の必要性が高まったこと、(3)チャールズ・シュワブが創業当初から掲げてきた経営哲学に基づく「好循環」の一層の強化と整合的であること、が挙げられる。
  3. 買収完了後のチャールズ・シュワブは、独立系ファイナンシャル・アドバイザーである投資顧問業者(RIA)から約2兆ドルの資産を預かることになり、これを契機にRIAの顧客化を巡る大手金融機関の競争が激化する可能性が高い。また、長年、チャールズ・シュワブ及びTDアメリトレードと競合関係にあるイー・トレードを中心に、ディスカウント・ブローカー業界の再編も注目されている。アドバイザリー・フィーの低下と、同サービスに組み入れられるミューチュアルファンド及びETFの低コスト化の可能性も指摘されている。
  4. 今般の買収は、ディスカウント・ブローカー及びRIA向けサービス事業におけるチャールズ・シュワブやフィデリティ・インベストメンツなど、一部の大手金融機関が、より一層巨大化する方向性を示唆しており、今後の動向は注視する必要がある。
上場・非上場の垣根を飛び越えるクロスオーバー投資
−米国ミューチュアルファンドによるプレIPO株式投資の実状−
竹下 智
  1. 上場企業を主な投資対象とするミューチュアルファンドやヘッジファンドによる非上場企業への投資は、上場/非上場の垣根を越えた投資という意味で「クロスオーバー投資」と呼ばれる。近年、米国では非上場企業への投資において、VC以外のミューチュアルファンドやヘッジファンド等の存在が大きくなってきている。特に、IPO前のウーバー・テクノロジーズには55本のミューチュアルファンドが投資を行っていたことが知られている。
  2. クロスオーバー投資家は、レイターステージでの大型の資金調達において主要な投資家の一つであるとともに、アーリーステージの投資家(含む従業員)に流動性を供給する役割を担っている。ミューチュアルファンドが非上場企業への投資を行う理由として、(1)IPOまで待っていると会社の成長サイクルの重要なステージを逃す可能性がある、(2)イノベーションや創造的破壊が起きている産業セクターの評価をするには上場企業および非上場企業の両方を見ておく必要がある、という点があげられる。
  3. 非上場株式は取引所での株価が存在しないため、運用会社毎に投資対象の時価評価を行っている。非上場企業には上場企業に課せられた情報開示等の義務がないため、投資家が独自で情報収集にあたらなければならず、経営状況の監視やバリエーションに費やす時間が必然的に上場企業の場合よりも多くなる。そのため、クロスオーバー投資は分析リソースが豊富な大規模ファンドに適している。
  4. 米国ミューチュアルファンドはすでに日本の非上場企業への投資を行っている。日本国内においても今後、イノベーションの促進、ベンチャー支援策の充実を図る上で、クロスオーバー投資の振興も重要な課題となるのではないか。
米国における退職資産拡充策を巡る議論
−退職保障強化法案(SECURE法案)を中心に−
岡田 功太中村 美江奈
  1. 米国では、長寿化が進行する一方で、ソーシャル・セキュリティ(公的年金)の財政難等の課題がある。こうした中、連邦議会では、超党派の有力議員が、「全地域社会における退職保障強化法案」(通称SECURE法案)を提出した。同法案は、下院で既に可決されており、上院で審議待ちの状態である。
  2. SECURE法案は、2006年年金保護法以来、13年ぶりの本格的な年金制度改革である。2006年年金保護法は、401(k)プランの「自動化」の制度の整備等により、職域の確定拠出年金(DC)プランや個人退職勘定(IRA)の資産の積み立て(アキュミュレーション)促進に寄与した。SECURE法案は、退職プラン加入者のさらなる拡大と、引退後の資産の取り崩し(デキュミュレーション)局面における課題解消等を目指している。
  3. SECURE法案の主な特徴は、第一に、伝統的IRAの拠出年齢制限の廃止といった既存の退職資産形成制度の拡大の促進である。第二に、退職プランへの長期雇用パート従業員の加入促進や、中小企業従業員の退職プラン加入促進を意図した複数雇用主プラン(MEP)の要件緩和等の加入者拡大である。第三に、デキュミュレーションにおけるアニュイティ等の普及促進や、退職後の収入予測といったライフタイム・インカム確保の施策である。
  4. SECURE法案は超党派の支持を得ているものの、成立の可否やタイミングについては、政局次第である。他方、同法案の内容を念頭に、大手資産運用会社等は新たなソリューションの開発を推進している。つまり、SECURE法案は、既に米国リタイアメント市場において新たなダイナミズムを生み出しはじめており、法案の成否と併せて、今後の展開が注目される。
欧州における投信併合
−英国の事例を中心に−
神山 哲也塩島 晋
  1. 日本では、小規模投信(ファンド)が多数存在するという問題に対処するべく、ファンド併合を実施可能にするための制度面の整備が行われてきた。しかし、実績は2019年11月に発表された一件に留まっている。今後、自助努力による資産形成、資産運用の重要性が増していく中、ファンド併合等を通じて運用業界の効率化を図ることは一層求められるようになろう。
  2. 欧州では従来、ファンド併合が月間数十件というペースで行われてきた。EU域内におけるクロスボーダーのファンド併合を促進するための制度整備も行われてきた。EUの制度を国内法化した英国では、スキーム・オブ・アレンジメントと呼ばれる仕組みを用いてファンド併合が行われている。
  3. 英国のファンド併合事例を見ると、目的として、小規模ファンドを併合することによる規模の経済追求等を掲げた上で、ファンド・オブ・ファンズと通常のファンドの併合や、株・債券の組入比率の相違、デリバティブ利用の有無、分配頻度など、ファンドの形態や運用手法は必ずしも近似したものでなくても実施されている。
  4. 英国では、ファンドの規模が最適水準を大幅に下回っていると考えられる場合、運用方法等の細かな相違には拘らず、より総合的な投資家利益への配慮から、規模の経済を優先する姿勢がみられる。日本においてファンド併合を検討する際に、参考になるアプローチであると考えられる。
2020年以降の議決権行使助言会社の助言方針改定 西山 賢吾
  1. 代表的な議決権行使助言会社であるISSとグラス・ルイスの2020年議決権行使助言方針改定内容が明らかになった(改定内容の一部の適用は2021年)。ISSの改定は、(1)政策保有先企業出身の社外役員には「独立性なし」の判断、(2)親会社、支配株主の存在する企業に対する独立社外取締役の増員、の2点、そして、グラス・ルイスでは、東証1、2部対象企業に最低1名以上の女性役員登用を要請、(2)政策保有株式保有水準に関する基準の導入(2021年より)の2点である。
  2. 今回の助言方針改定の特徴として、ISSは社外役員の独立性という観点、グラス・ルイスは保有水準という観点から、それぞれ、政策保有株式を議決権行使助言方針に取り入れたことが挙げられる。従来政策保有株式と議決権行使を関連付けることは難しいと考えられていたが、今回の助言方針改定を受け、機関投資家でも同様な議決権行使助言方針を採用するかどうかが注目される。しかし、現状ではその動きが大きく進むとは考えにくく、エンゲージメントの重要テーマとしてより多くの投資家が取り上げることになるであろう。
  3. 社外取締役の増員も重要なテーマである。これについては、全ての企業に3分の1以上の独立社外取締役を求める機関投資家も出始めてきたが、全体としては支配株主や親会社のある企業などに社外取締役の増員を求める動きがさらに進む一方、全ての企業に求める動きが大きく広がるにはなお時間を要すると考える。
  4. 議決権行使助言会社の影響力に関し話題に上ることが多く、2020年に改訂予定のスチュワードシップ・コードにおいても、議決権行使助言会社に対し、十分かつ適切な人的・組織体制の整備とそれを含む助言策定プロセスの具体的な公表などが求められている。その背景には、機関投資家の議決権行使を助言会社が決めている、すなわち、議決権行使助言会社の助言方針をそのまま機関投資家が取り入れているという誤解があると推察されるが、実際には、「機関投資家の議決権行使に対する意見や考え方のコンセンサスが議決権行使助言会社の助言方針」となっているといえるであろう。
気候変動対策で世界のリーダーを目指す「欧州グリーンディール」 江夏 あかね磯部 昌吾
  1. 欧州連合(EU)の執行機関である欧州委員会は2019年12月11日、脱炭素と経済成長の両立を図ることを目的とした工程表である「欧州グリーンディール」を公表した。同工程表は、2019年12月1日に就任したフォンデアライエン欧州委員長が最優先政策に掲げる気候変動対策の一環として位置付けられる。
  2. 欧州グリーンディールで注目されるのは、気候関連目標への野心的なアプローチ、低炭素経済社会への移行に関する支援、サステナブルファイナンス戦略の3点である。2020年第3四半期に公表予定のサステナブルファイナンス戦略では、(1)サステナブル投資に関する基盤強化、(2)サステナブル投資に関する特定可能性及び信頼性向上、(3)気候・環境リスクの金融システムへの組み入れ、といった3つの方針が掲げられた。
  3. 欧州グリーンディールは、基本的にはEU域内を対象としているものの、日本を含めたEU域外の国・地域に影響が及ぶ可能性が高いことが示唆された。同時に、欧州グリーンディールの実現に向けて、サステナブルファイナンス戦略を通じて、金融市場にもタクソノミー、開示、ラベル、EUグリーンボンド基準(EU GBS)、健全性規制といった複数の側面から影響が及ぶ可能性があることも示された。
  4. 世界に先駆けて包括的な気候変動対策に取り組むEUが示した欧州グリーンディールの各項目に関する今後の進捗や実効性等に対して、世界各国の政府、産業界、金融市場から注目が集まる状況が続くと想定される。
欧州公的年金基金の気候変動への対応
−スウェーデンAP基金、仏FRR、ノルウェーGPFGの事例を中心に−
林 宏美
  1. 金融安定理事会(FSB)の下部組織であるTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)が2017年6月に公表した最終提言(TCFD最終提言)では、インベストメントチェーンの頂点に位置付けられる年金基金等のアセット・オーナーも、投資先企業による取り組みを促す役割を果たすべく、一定の情報開示が求められている。2018年11月に英国のNGOが大規模な公的年金基金の取り組み状況を評価した報告書では、TCFD最終提言に則した情報を開示しているか、開示する方針にある年金基金が全体の17%にとどまった。
  2. 気候変動への取り組みが高く評価されている欧州公的年金の事例としては、スウェーデンのAP基金、フランスのFRR、ノルウェーGPFG等が挙げられる。AP基金は、2019年、法律により責任投資と高いリターン追求の両立が求められるようになった。AP基金やFRRは、再生可能エネルギー事業等への投資を可能とする取り組みを推進しているほか、指数提供業者との提携を通じて低炭素関連指標の開発・拡充を進めるなど、様々な活動を展開しはじめている。
  3. 欧州の公的年金基金による気候変動への対応としては、従来化石燃料企業からの投資引き揚げ(ダイベストメント)を通じて、気候リスクの低減を図る動きが目立っていたが、近年はその取り組みが多様化している。ダイベストメントよりもエンゲージメントや議決権行使などを通じて、企業に気候変動への対応を促す傾向が前面に出ている。また、再生可能エネルギー事業等への投資を拡大できるよう、運用方針を変更する動きも目立つ。
  4. 大規模な公的年金による気候変動への取り組みは、他の機関投資家に及ぼすシグナル効果が大きいと見られる。それらの取り組みが、気候変動によるリスクや機会を示す各種指標データの蓄積、標準化など、上記に挙げた課題解消に寄与することも期待される。
トランジションボンドの登場とサステナブルファイナンスの新潮流 江夏 あかね
  1. トランジションボンドは、一般的に、二酸化炭素排出量等の観点からグリーンボンドの発行基準を満たさないものの、低炭素経済社会等に移行(トランジション)するためのプロジェクトを資金使途とする債券を指す。
  2. トランジションボンドが誕生した背景としては、金融市場において、開示、経済活動の分類、ベンチマーク等、複数の分野で、「トランジション(移行)」がテーマとして注目を集めつつあることが挙げられる。そして、フランスの大手運用機関アクサ・インベストメント・マネージャーズ(アクサIM)が2019年6月にガイドラインを公表、クレディ・スイスと気候債券イニシアチブ(CBI)が2019年9月に「サステナブル・トランジションボンド」に関するパートナーシップ締結、といった動きもある。
  3. トランジションボンド及び同市場が健全に発展していくためには、発行体によるサステナビリティ戦略へのコミットメントを通じて市場の信認を得ることが大前提になるほか、グリーンボンド等と同様に、レポーティング等を通じて、投資家が環境・社会面でのインパクトを適切に把握できるように透明性を確保することが重要と思われる。
EUにおける自己資本規制へのESGリスク反映の議論
−アクション・プランを示した欧州銀行監督機構−
磯部 昌吾
  1. 欧州連合(EU)において気候変動問題への関心が増々高まる中、欧州銀行監督機構(EBA)は、2019年12月6日にサステナブル・ファイナンスに関するアクション・プランを公表し、自己資本規制における環境・社会・ガバナンス(ESG)リスクの反映に関する検討スケジュールを明らかにした。
  2. 気候変動問題への対応には多額の追加投資が必要となることから、銀行の金融仲介機能を通じて、民間資金が気候変動対応に回るように促していく上で、自己資本規制におけるESGリスクの反映は、重要な政策手段の1つとなる可能性がある。
  3. EBAは、自己資本規制の3つの柱におけるESGリスクの反映を検討した上で、欧州委員会等への報告やガイドライン・細則案の策定を行う予定である。特に、第1の柱(最低基準)については、評価の複雑性と潜在的な影響の大きさを踏まえて、2025年6月までという長い評価期間を設けているのが特徴的である。
  4. 欧州の規制当局の見解は一枚岩ではなく、まずはEBAの検討結果が待たれるところである。EUが独自に自己資本規制にESGリスクを組み入れる場合には、EUの銀行の与信行動に影響を与えるであろう。また、EU域外の銀行との間で資本賦課に差が出るようであれば、国際競争上の問題が生じる可能性も考えられ、その場合には他の国においても同様の措置が取られるかが論点となってこよう。EUにおける議論とEU域外への波及の可能性を今後も注視する必要があるだろう。
中央銀行デジタル通貨の発行を目指す中国
−予想されるマクロ面での影響−
関 志雄
  1. 中国では、中央銀行デジタル通貨(CBDC)の発行は、構想から実行の段階に移ろうとしている。中国が導入しようとするCBDCは、だれでもアクセスでき、決済が仲介機関を経由しない「リテール・トークン型」である。その特徴は、(1)現金(M0)の代替、(2)中央銀行と利用者の間に商業銀行などの仲介機関が入る二層構造の運営体制、(3)特定の技術に限定しない、(4)無利子、(5)「制御可能な匿名性」に基づく個人情報の取り扱い、(6)オフライン決済が可能、である。
  2. 現段階の構想通りに、CBDCが無利子で、現金の代替にとどまる場合、その導入によってもたらされる金融政策と金融システムへの影響はそれほど大きくない。しかし、金利が付き、現金だけでなく銀行預金も代替の対象となるCBDCが発行される場合、金融政策の有効性は高まる一方で、金融システムにおける銀行の地盤沈下は加速しかねない。
  3. CBDCの発行は、人民元の利便性の向上を通じて、人民元の国際化に寄与すると期待されている。しかし、厳しい資本規制が維持され、CBDCもその対象になると予想される以上、その効果は限定的であろう。
  4. 中国は、CBDCを本格的に導入する最初の国になりそうである。それに向けて、綿密に構想を練っており、実行に移ってからも慎重な姿勢は変わらないと予想される。最終的に、中国において、現金が完全にCBDCに取って代わられ、キャッシュレス社会が実現されるだろうが、そこまでの道のりはまだ遠い。
時流 金融規制のNext Step 上智大学法科大学院教授 森下 哲朗

金融審議会のスタディ・グループやワーキング・グループでは新たな金融規制のあり方についての議論が行われてきた。そこでは、今後の金融規制のあるべき姿として、イノベーションの促進と利用者利便の向上に資する規制体系であること、同一の機能・同一のリスクには同一のルールを適用すること、といった基本的な方向性が示されている。具体的な規制の見直しという観点でも、決済分野等で一定の成果が出ており今後の活用が期待される。同時に、今後の検討課題も多い。産官学が一体となって知恵を出し合ってより良い金融規制を構築していく必要がある。

地方公共団体と地方銀行
−指定金融機関制度の変遷と今後の展望−
江夏 あかね
  1. 地方公共団体と地方銀行は、指定金融機関制度等を通じて深い関係を長らく築いており、互いに地域経済社会にとって不可欠な存在となっている。しかし、金融市場環境や地域経済社会の構造が移り変わる中、1990年代後半頃からその関係が変化する傾向が見られている。特に、2010年代半ば頃からの金利水準の継続的な低下も相まって、地方公共団体向けビジネスから距離を置くことを検討する金融機関が出現するなど、かつてに比べて厳しいものとなりつつある。
  2. 地方公共団体が中長期的に行財政の持続可能性を維持する上では、(1)国の厳しい財政状況、(2)地方公共団体による社会保障や公共施設等の適正化といった喫緊の施策への取り組み、といった課題を克服することが必要と考えられる。
  3. 地方経済社会の持続可能性を確保するためには、それらに加え、幅広い意味での地方創生や持続可能な開発目標(SDGs)達成に向けた取り組みを進めることも求められる。ただし、地方創生やSDGsも含めた取り組みを、地方公共団体のみで包括的に進めることは困難であり、地方銀行等と連携し、地方が抱える課題を解決していくことが重要である。
  4. 地方公共団体と地方銀行の双方が連携するメリットを感じ、持続的な関係を築くためには、地域をめぐる問題意識の共有、経済合理性の確保、域内の付加価値を創出する取り組みでの協働といった点がカギになろう。そのような観点から、地方公共団体と地方銀行がメリットを感じて連携可能な分野としては、例えば、公共施設等の適正管理、地域中小企業におけるSDGs支援といったものが挙げられる。
注目される地方銀行によるグリーンボンドの発行 富永 健司
  1. 世界の金融市場において、環境・社会・ガバナンス(ESG)を重視する投資概念の浸透、パリ協定や持続可能な開発目標(SDGs)等の国際合意を背景に、グリーンボンドの発行が伸びている。日本においても2017年頃からグリーンボンドの発行が増加している。これまで、日本の銀行によるグリーンボンドの発行は政府系金融機関やメガバンク等が中心となっていたが、このたび新たに地方銀行がグリーンボンドを発行した。具体的には、群馬銀行が2019年11月に国内の地方銀行として初めて発行し、その後、名古屋銀行が2019年12月に発行した。
  2. 日本においては近年、ESG金融における間接金融の重要性に対する認識が高まっている。そのような中で、地方銀行は、(1)担当主幹部署の設置、(2)プロジェクトチームの組成、(3)行動宣言や行動憲章の制定、(4)ESG/SDGsを意識した投資方針の制定、(5)ESG/SDGsを意識した融資方針の制定、などの形で取り組みを進めている。
  3. これらに加えて地方銀行は、地方経済・社会の中心的な担い手として、地方創生に関する取り組みも行っており、元々ESG/SDGs金融との親和性が高かったと言える。グリーンボンドの発行は、資本調達面におけるESG/SDGsへの対応という観点で考えることができる。
  4. 群馬銀行と名古屋銀行の発行事例で共通しているのは、規制資本の充実を目的とした社債発行を通じて、(1)組織として注力するESG/SDGsへの取り組みについての資本調達面からの拡充、(2)グリーンボンドの発行による幅広い業態の投資家層へのアクセス、を実現したことである。地方銀行セクターにおいては、ESG/SDGsへの取り組みが進む中で、今後グリーンボンド発行という手法が活用されるようになるのか注目される。グリーンボンドを通じた融資等が、地方銀行ビジネスの活性化へ貢献し、同時に環境・地域社会へのインパクトを創出するのかといった点も今後さらなる議論が求められよう。
米国地域金融機関の証券ビジネスを支援するLPLファイナンシャル 下山 貴史岡田 功太
  1. LPLファイナンシャルは、全米最大級のファイナンシャル・アドバイザー向け証券取引サービス提供会社として知られている。同社は、地銀、信用組合、独立系ファイナンシャル・アドバイザー(IFA会社)に所属する約1万6,100名のファイナンシャル・アドバイザーに、証券取引及び証券事業支援サービスを提供している。それらのファイナンシャル・アドバイザーは、主に地方で営業活動に従事していることから、LPLファイナンシャルは、地域金融機関の証券ビジネスを支援している存在とも言える。
  2. 同社は、ブローカレッジ・サービスとアドバイザリー・サービスを提供するが、近年は投資アドバイスの対価としてフィーを受け取るアドバイザリー・サービスに注力している。また、ファイナンシャル・アドバイザーの業務効率化を目的としたテクノロジー・ツール等の提供も行っており、2019年のテクノロジー投資額を約1億5,000万ドルに決定し、同ツールの拡充を図っている。
  3. LPLファイナンシャルは、上記のサービスを通じて、多様な地域金融機関に属するファイナンシャル・アドバイザーを支援している。同社との提携を通じて、非金利収入を増加させた地域金融機関、収益源の多角化を図る銀行、顧客との関係強化や業務効率化を実現した小規模信用組合やIFA会社など様々である。
  4. LPLファイナンシャルの成長は、大手証券会社が有するミドルオフィス及びバックオフィス機能を、サービスとして社外に提供することで収益化できる可能性を示唆すると共に、地域金融機関にとって同サービスが魅力的であることを意味している。LPLファイナンシャルのようなサービス提供者は、米国の幅広い地域において、顧客に対して適切なファイナンシャル・アドバイスが提供されるためにも、欠かせない存在と言えよう。
金融包摂を促進する重要な役割を担うフィリピンの地域金融機関 北野 陽平武井 悠輔
  1. フィリピンは、堅調な経済成長を持続させ、より包摂的な発展を実現するべく、国民の幅広い金融包摂を推進している。同国において金融機関口座を保有する15歳以上人口の割合は2017年時点で32%で、地方では26%に留まり、多くの地方自治体では銀行が設置されていない。そのような中、フィリピン中央銀行(BSP)は、銀行サービスが提供されていない地方自治体の割合を2020年までに20%へと引き下げることを目指している。
  2. フィリピンの銀行は、ユニバーサルバンク、商業銀行、貯蓄銀行、農村銀行、協同組合銀行に分類される。このうち、農村銀行は、地方における金融包摂を促進する重要な役割を担うと期待されている。地方居住者の資金需要に対応するため、BSP主導で農村銀行のプレゼンス強化に向けた取り組みが進められてきた結果、農村銀行の店舗数は1999年末の1,778店から2019年9月末には3,048店となり、融資残高は同期間に3.6倍に増加した。
  3. 金融包摂の促進には決済サービスの利用拡大も課題となる中、全国レベルで国民による安価、効率的、安全、信頼性の高い決済を可能にする仕組みの構築を目指して、「国家リテール決済システム(NRPS)」が2015年に導入された。現状、NRPSは地方では普及が進んでおらず、農村銀行間の送金・決済システムも接続されていない。そうした中、ブロックチェーン技術の活用により、農村銀行間の直接送金や効率的な国際送金を可能にするプロジェクトが進められている。
  4. 農村銀行は、より安価で金融サービスを提供するためのテクノロジーの活用にも取り組み始めている。例えば、足下では、ITコスト及びオペレーションコストの削減等を目的として、クラウドベースの勘定系システムを導入する動きが見られる。地方では、ITの利用環境は都市部に比べ総じて遅れているものの、将来的には、都市部で始まっている金融サービスのデジタル化が広がっていく可能性もある。今後、フィリピンにおける地域金融機関のサービスが、どのような発展を遂げるのか注目される。
最終化された米国の大手銀行規制の見直し
−リスク・プロファイルに応じたプルーデンス規制の再構築−
小立 敬
  1. 米国FRBは2019年10月、銀行のリスク・プロファイルをプルーデンス規制の枠組みに反映させるテイラード・アプローチの下、総資産1,000億ドル以上の米国銀行および外国銀行のプルーデンス規制の枠組みを改定する最終規則を公表し、2019年末から適用を開始した。
  2. 従来はドッド=フランク法に基づいて、総資産500億ドル以上の銀行持株会社には厳格なプルーデンス規制が適用されてきたが、トランプ政権の下、2018年5月に成立した経済成長・規制緩和・消費者保護法が、厳格なプルーデンス規制の適用基準を総資産500億ドルから2,500億ドルに引き上げたことが背景にある。
  3. 最終規則によって、総資産1,000億ドル以上の米国銀行、外国銀行はリスク・プロファイルに応じて「カテゴリーI」から「カテゴリーIV」までの4つのカテゴリーに区分され、各々のカテゴリーに応じて厳格さの異なる自己資本規制や流動性規制、ストレス・テストの要件等が課せられることとなる。
  4. 金融危機以降、FRBはプルーデンス規制に銀行のリスク・プロファイルを反映させる取組みを行ってきた。今般のテイラード・アプローチによってリスク・プロファイルに応じたカテゴリーが明確化されており、従来に比べてより洗練された枠組みとなったという評価が可能であろう。
  5. ただし、外国銀行の扱いに関しては議論がある。特に具体的な争点となっているのが、外国銀行の米国支店に対して標準化された流動規制を適用するか否かの検討である。最終規則では具体的な措置は見送られたが、FRBは数カ月以内に検討する方針を明らかにしている。また、外国銀行の扱いについては、金融危機後の金融規制改革の重大な副作用として認識されている市場の分断につながるとの指摘もあり、最終規則が適用された後のFRBによる規制の合理性の検証が期待される。
米国で最も便利な銀行とは 淵田 康之
  1. グローバル金融危機後、米国では国内リテール業務に強い金融機関のプレゼンスが高まっている。外資系金融機関のなかでも、カナダのトロント・ドミニオンバンク・グループ(TDバンク・グループ)傘下のTDバンクは、米国内でリテール業務に注力することで顕著な成長を遂げている。
  2. 各国の多くの金融機関は、世界の金融ビジネスの中心である米国市場に進出し、業務拡大を目指してきた。しかし今日、日系や欧州系の金融機関の多くは、過去の一時期に比べ、米国市場における存在感を低下させている。こうしたなかTDバンクは、「米国で最も便利な銀行」を掲げ、米国で最も成功した外資系銀行となったのである。
  3. 金融危機を経て、米国金融市場の重要性はむしろ高まった。プラスの金利が維持され、預金・貸出など正常な金融ビジネスが成り立つ、世界で数少ない市場の一つとなったからである。TDバンクは、やはり経済が底堅く推移し、また安定した金融システムを持つカナダをマザーマーケットとしつつ、米国でリテール金融業務を拡大することにより、グループ全体の企業価値向上に寄与している。
  4. TDバンク・グループは、TDアメリトレードを通じて、米国におけるリテール証券ビジネスでも存在感を示してきた。そして2019年、取引手数料ゼロ時代が到来すると、TDアメリトレードをチャールズ・シュワブに売却し、チャールズ・シュワブの大株主となった。
  5. わが国の主要金融機関においても、今後の成長のためには海外ビジネスの拡大が不可欠であるが、その成功には、国内の経済や金融システムの改善・改革が前提となろう。その上で、どれだけ多くの現地ユーザーに、真に必要とされる金融機関となれるかがカギとなろう。
チャールズ・シュワブによるTDアメリトレードの買収
−米国個人向け金融サービス業界への示唆−
岡田 功太
  1. チャールズ・シュワブは2019年11月、TDアメリトレードを買収することを公表した。本件は株式交換で行われ、買収額は約260億ドルに達する。買収完了後のチャールズ・シュワブの預かり資産は約5.1兆ドル、証券口座数は約2,400万口座に達する見込みである(単純合算ベース)。同社は、コスト削減と顧客基盤の強化を推進し、より効率的で大規模な個人向け金融サービス業を追求すると見られる。
  2. 今般の買収の背景として、(1)売買手数料無料化等により事業環境が急激に変化していること、(2)連邦準備制度理事会の利下げの影響によって金利収入が縮小し、更なる預かり資産の拡大の必要性が高まったこと、(3)チャールズ・シュワブが創業当初から掲げてきた経営哲学に基づく「好循環」の一層の強化と整合的であること、が挙げられる。
  3. 買収完了後のチャールズ・シュワブは、独立系ファイナンシャル・アドバイザーである投資顧問業者(RIA)から約2兆ドルの資産を預かることになり、これを契機にRIAの顧客化を巡る大手金融機関の競争が激化する可能性が高い。また、長年、チャールズ・シュワブ及びTDアメリトレードと競合関係にあるイー・トレードを中心に、ディスカウント・ブローカー業界の再編も注目されている。アドバイザリー・フィーの低下と、同サービスに組み入れられるミューチュアルファンド及びETFの低コスト化の可能性も指摘されている。
  4. 今般の買収は、ディスカウント・ブローカー及びRIA向けサービス事業におけるチャールズ・シュワブやフィデリティ・インベストメンツなど、一部の大手金融機関が、より一層巨大化する方向性を示唆しており、今後の動向は注視する必要がある。
上場・非上場の垣根を飛び越えるクロスオーバー投資
−米国ミューチュアルファンドによるプレIPO株式投資の実状−
竹下 智
  1. 上場企業を主な投資対象とするミューチュアルファンドやヘッジファンドによる非上場企業への投資は、上場/非上場の垣根を越えた投資という意味で「クロスオーバー投資」と呼ばれる。近年、米国では非上場企業への投資において、VC以外のミューチュアルファンドやヘッジファンド等の存在が大きくなってきている。特に、IPO前のウーバー・テクノロジーズには55本のミューチュアルファンドが投資を行っていたことが知られている。
  2. クロスオーバー投資家は、レイターステージでの大型の資金調達において主要な投資家の一つであるとともに、アーリーステージの投資家(含む従業員)に流動性を供給する役割を担っている。ミューチュアルファンドが非上場企業への投資を行う理由として、(1)IPOまで待っていると会社の成長サイクルの重要なステージを逃す可能性がある、(2)イノベーションや創造的破壊が起きている産業セクターの評価をするには上場企業および非上場企業の両方を見ておく必要がある、という点があげられる。
  3. 非上場株式は取引所での株価が存在しないため、運用会社毎に投資対象の時価評価を行っている。非上場企業には上場企業に課せられた情報開示等の義務がないため、投資家が独自で情報収集にあたらなければならず、経営状況の監視やバリエーションに費やす時間が必然的に上場企業の場合よりも多くなる。そのため、クロスオーバー投資は分析リソースが豊富な大規模ファンドに適している。
  4. 米国ミューチュアルファンドはすでに日本の非上場企業への投資を行っている。日本国内においても今後、イノベーションの促進、ベンチャー支援策の充実を図る上で、クロスオーバー投資の振興も重要な課題となるのではないか。
米国における退職資産拡充策を巡る議論
−退職保障強化法案(SECURE法案)を中心に−
岡田 功太中村 美江奈
  1. 米国では、長寿化が進行する一方で、ソーシャル・セキュリティ(公的年金)の財政難等の課題がある。こうした中、連邦議会では、超党派の有力議員が、「全地域社会における退職保障強化法案」(通称SECURE法案)を提出した。同法案は、下院で既に可決されており、上院で審議待ちの状態である。
  2. SECURE法案は、2006年年金保護法以来、13年ぶりの本格的な年金制度改革である。2006年年金保護法は、401(k)プランの「自動化」の制度の整備等により、職域の確定拠出年金(DC)プランや個人退職勘定(IRA)の資産の積み立て(アキュミュレーション)促進に寄与した。SECURE法案は、退職プラン加入者のさらなる拡大と、引退後の資産の取り崩し(デキュミュレーション)局面における課題解消等を目指している。
  3. SECURE法案の主な特徴は、第一に、伝統的IRAの拠出年齢制限の廃止といった既存の退職資産形成制度の拡大の促進である。第二に、退職プランへの長期雇用パート従業員の加入促進や、中小企業従業員の退職プラン加入促進を意図した複数雇用主プラン(MEP)の要件緩和等の加入者拡大である。第三に、デキュミュレーションにおけるアニュイティ等の普及促進や、退職後の収入予測といったライフタイム・インカム確保の施策である。
  4. SECURE法案は超党派の支持を得ているものの、成立の可否やタイミングについては、政局次第である。他方、同法案の内容を念頭に、大手資産運用会社等は新たなソリューションの開発を推進している。つまり、SECURE法案は、既に米国リタイアメント市場において新たなダイナミズムを生み出しはじめており、法案の成否と併せて、今後の展開が注目される。
欧州における投信併合
−英国の事例を中心に−
神山 哲也塩島 晋
  1. 日本では、小規模投信(ファンド)が多数存在するという問題に対処するべく、ファンド併合を実施可能にするための制度面の整備が行われてきた。しかし、実績は2019年11月に発表された一件に留まっている。今後、自助努力による資産形成、資産運用の重要性が増していく中、ファンド併合等を通じて運用業界の効率化を図ることは一層求められるようになろう。
  2. 欧州では従来、ファンド併合が月間数十件というペースで行われてきた。EU域内におけるクロスボーダーのファンド併合を促進するための制度整備も行われてきた。EUの制度を国内法化した英国では、スキーム・オブ・アレンジメントと呼ばれる仕組みを用いてファンド併合が行われている。
  3. 英国のファンド併合事例を見ると、目的として、小規模ファンドを併合することによる規模の経済追求等を掲げた上で、ファンド・オブ・ファンズと通常のファンドの併合や、株・債券の組入比率の相違、デリバティブ利用の有無、分配頻度など、ファンドの形態や運用手法は必ずしも近似したものでなくても実施されている。
  4. 英国では、ファンドの規模が最適水準を大幅に下回っていると考えられる場合、運用方法等の細かな相違には拘らず、より総合的な投資家利益への配慮から、規模の経済を優先する姿勢がみられる。日本においてファンド併合を検討する際に、参考になるアプローチであると考えられる。
2020年以降の議決権行使助言会社の助言方針改定 西山 賢吾
  1. 代表的な議決権行使助言会社であるISSとグラス・ルイスの2020年議決権行使助言方針改定内容が明らかになった(改定内容の一部の適用は2021年)。ISSの改定は、(1)政策保有先企業出身の社外役員には「独立性なし」の判断、(2)親会社、支配株主の存在する企業に対する独立社外取締役の増員、の2点、そして、グラス・ルイスでは、東証1、2部対象企業に最低1名以上の女性役員登用を要請、(2)政策保有株式保有水準に関する基準の導入(2021年より)の2点である。
  2. 今回の助言方針改定の特徴として、ISSは社外役員の独立性という観点、グラス・ルイスは保有水準という観点から、それぞれ、政策保有株式を議決権行使助言方針に取り入れたことが挙げられる。従来政策保有株式と議決権行使を関連付けることは難しいと考えられていたが、今回の助言方針改定を受け、機関投資家でも同様な議決権行使助言方針を採用するかどうかが注目される。しかし、現状ではその動きが大きく進むとは考えにくく、エンゲージメントの重要テーマとしてより多くの投資家が取り上げることになるであろう。
  3. 社外取締役の増員も重要なテーマである。これについては、全ての企業に3分の1以上の独立社外取締役を求める機関投資家も出始めてきたが、全体としては支配株主や親会社のある企業などに社外取締役の増員を求める動きがさらに進む一方、全ての企業に求める動きが大きく広がるにはなお時間を要すると考える。
  4. 議決権行使助言会社の影響力に関し話題に上ることが多く、2020年に改訂予定のスチュワードシップ・コードにおいても、議決権行使助言会社に対し、十分かつ適切な人的・組織体制の整備とそれを含む助言策定プロセスの具体的な公表などが求められている。その背景には、機関投資家の議決権行使を助言会社が決めている、すなわち、議決権行使助言会社の助言方針をそのまま機関投資家が取り入れているという誤解があると推察されるが、実際には、「機関投資家の議決権行使に対する意見や考え方のコンセンサスが議決権行使助言会社の助言方針」となっているといえるであろう。
気候変動対策で世界のリーダーを目指す「欧州グリーンディール」 江夏 あかね磯部 昌吾
  1. 欧州連合(EU)の執行機関である欧州委員会は2019年12月11日、脱炭素と経済成長の両立を図ることを目的とした工程表である「欧州グリーンディール」を公表した。同工程表は、2019年12月1日に就任したフォンデアライエン欧州委員長が最優先政策に掲げる気候変動対策の一環として位置付けられる。
  2. 欧州グリーンディールで注目されるのは、気候関連目標への野心的なアプローチ、低炭素経済社会への移行に関する支援、サステナブルファイナンス戦略の3点である。2020年第3四半期に公表予定のサステナブルファイナンス戦略では、(1)サステナブル投資に関する基盤強化、(2)サステナブル投資に関する特定可能性及び信頼性向上、(3)気候・環境リスクの金融システムへの組み入れ、といった3つの方針が掲げられた。
  3. 欧州グリーンディールは、基本的にはEU域内を対象としているものの、日本を含めたEU域外の国・地域に影響が及ぶ可能性が高いことが示唆された。同時に、欧州グリーンディールの実現に向けて、サステナブルファイナンス戦略を通じて、金融市場にもタクソノミー、開示、ラベル、EUグリーンボンド基準(EU GBS)、健全性規制といった複数の側面から影響が及ぶ可能性があることも示された。
  4. 世界に先駆けて包括的な気候変動対策に取り組むEUが示した欧州グリーンディールの各項目に関する今後の進捗や実効性等に対して、世界各国の政府、産業界、金融市場から注目が集まる状況が続くと想定される。
欧州公的年金基金の気候変動への対応
−スウェーデンAP基金、仏FRR、ノルウェーGPFGの事例を中心に−
林 宏美
  1. 金融安定理事会(FSB)の下部組織であるTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)が2017年6月に公表した最終提言(TCFD最終提言)では、インベストメントチェーンの頂点に位置付けられる年金基金等のアセット・オーナーも、投資先企業による取り組みを促す役割を果たすべく、一定の情報開示が求められている。2018年11月に英国のNGOが大規模な公的年金基金の取り組み状況を評価した報告書では、TCFD最終提言に則した情報を開示しているか、開示する方針にある年金基金が全体の17%にとどまった。
  2. 気候変動への取り組みが高く評価されている欧州公的年金の事例としては、スウェーデンのAP基金、フランスのFRR、ノルウェーGPFG等が挙げられる。AP基金は、2019年、法律により責任投資と高いリターン追求の両立が求められるようになった。AP基金やFRRは、再生可能エネルギー事業等への投資を可能とする取り組みを推進しているほか、指数提供業者との提携を通じて低炭素関連指標の開発・拡充を進めるなど、様々な活動を展開しはじめている。
  3. 欧州の公的年金基金による気候変動への対応としては、従来化石燃料企業からの投資引き揚げ(ダイベストメント)を通じて、気候リスクの低減を図る動きが目立っていたが、近年はその取り組みが多様化している。ダイベストメントよりもエンゲージメントや議決権行使などを通じて、企業に気候変動への対応を促す傾向が前面に出ている。また、再生可能エネルギー事業等への投資を拡大できるよう、運用方針を変更する動きも目立つ。
  4. 大規模な公的年金による気候変動への取り組みは、他の機関投資家に及ぼすシグナル効果が大きいと見られる。それらの取り組みが、気候変動によるリスクや機会を示す各種指標データの蓄積、標準化など、上記に挙げた課題解消に寄与することも期待される。
トランジションボンドの登場とサステナブルファイナンスの新潮流 江夏 あかね
  1. トランジションボンドは、一般的に、二酸化炭素排出量等の観点からグリーンボンドの発行基準を満たさないものの、低炭素経済社会等に移行(トランジション)するためのプロジェクトを資金使途とする債券を指す。
  2. トランジションボンドが誕生した背景としては、金融市場において、開示、経済活動の分類、ベンチマーク等、複数の分野で、「トランジション(移行)」がテーマとして注目を集めつつあることが挙げられる。そして、フランスの大手運用機関アクサ・インベストメント・マネージャーズ(アクサIM)が2019年6月にガイドラインを公表、クレディ・スイスと気候債券イニシアチブ(CBI)が2019年9月に「サステナブル・トランジションボンド」に関するパートナーシップ締結、といった動きもある。
  3. トランジションボンド及び同市場が健全に発展していくためには、発行体によるサステナビリティ戦略へのコミットメントを通じて市場の信認を得ることが大前提になるほか、グリーンボンド等と同様に、レポーティング等を通じて、投資家が環境・社会面でのインパクトを適切に把握できるように透明性を確保することが重要と思われる。
EUにおける自己資本規制へのESGリスク反映の議論
−アクション・プランを示した欧州銀行監督機構−
磯部 昌吾
  1. 欧州連合(EU)において気候変動問題への関心が増々高まる中、欧州銀行監督機構(EBA)は、2019年12月6日にサステナブル・ファイナンスに関するアクション・プランを公表し、自己資本規制における環境・社会・ガバナンス(ESG)リスクの反映に関する検討スケジュールを明らかにした。
  2. 気候変動問題への対応には多額の追加投資が必要となることから、銀行の金融仲介機能を通じて、民間資金が気候変動対応に回るように促していく上で、自己資本規制におけるESGリスクの反映は、重要な政策手段の1つとなる可能性がある。
  3. EBAは、自己資本規制の3つの柱におけるESGリスクの反映を検討した上で、欧州委員会等への報告やガイドライン・細則案の策定を行う予定である。特に、第1の柱(最低基準)については、評価の複雑性と潜在的な影響の大きさを踏まえて、2025年6月までという長い評価期間を設けているのが特徴的である。
  4. 欧州の規制当局の見解は一枚岩ではなく、まずはEBAの検討結果が待たれるところである。EUが独自に自己資本規制にESGリスクを組み入れる場合には、EUの銀行の与信行動に影響を与えるであろう。また、EU域外の銀行との間で資本賦課に差が出るようであれば、国際競争上の問題が生じる可能性も考えられ、その場合には他の国においても同様の措置が取られるかが論点となってこよう。EUにおける議論とEU域外への波及の可能性を今後も注視する必要があるだろう。
中央銀行デジタル通貨の発行を目指す中国
−予想されるマクロ面での影響−
関 志雄
  1. 中国では、中央銀行デジタル通貨(CBDC)の発行は、構想から実行の段階に移ろうとしている。中国が導入しようとするCBDCは、だれでもアクセスでき、決済が仲介機関を経由しない「リテール・トークン型」である。その特徴は、(1)現金(M0)の代替、(2)中央銀行と利用者の間に商業銀行などの仲介機関が入る二層構造の運営体制、(3)特定の技術に限定しない、(4)無利子、(5)「制御可能な匿名性」に基づく個人情報の取り扱い、(6)オフライン決済が可能、である。
  2. 現段階の構想通りに、CBDCが無利子で、現金の代替にとどまる場合、その導入によってもたらされる金融政策と金融システムへの影響はそれほど大きくない。しかし、金利が付き、現金だけでなく銀行預金も代替の対象となるCBDCが発行される場合、金融政策の有効性は高まる一方で、金融システムにおける銀行の地盤沈下は加速しかねない。
  3. CBDCの発行は、人民元の利便性の向上を通じて、人民元の国際化に寄与すると期待されている。しかし、厳しい資本規制が維持され、CBDCもその対象になると予想される以上、その効果は限定的であろう。
  4. 中国は、CBDCを本格的に導入する最初の国になりそうである。それに向けて、綿密に構想を練っており、実行に移ってからも慎重な姿勢は変わらないと予想される。最終的に、中国において、現金が完全にCBDCに取って代わられ、キャッシュレス社会が実現されるだろうが、そこまでの道のりはまだ遠い。
要約
時流 金融規制のNext Step 上智大学法科大学院教授 森下 哲朗

金融審議会のスタディ・グループやワーキング・グループでは新たな金融規制のあり方についての議論が行われてきた。そこでは、今後の金融規制のあるべき姿として、イノベーションの促進と利用者利便の向上に資する規制体系であること、同一の機能・同一のリスクには同一のルールを適用すること、といった基本的な方向性が示されている。具体的な規制の見直しという観点でも、決済分野等で一定の成果が出ており今後の活用が期待される。同時に、今後の検討課題も多い。産官学が一体となって知恵を出し合ってより良い金融規制を構築していく必要がある。

地方公共団体と地方銀行
−指定金融機関制度の変遷と今後の展望−
江夏 あかね
  1. 地方公共団体と地方銀行は、指定金融機関制度等を通じて深い関係を長らく築いており、互いに地域経済社会にとって不可欠な存在となっている。しかし、金融市場環境や地域経済社会の構造が移り変わる中、1990年代後半頃からその関係が変化する傾向が見られている。特に、2010年代半ば頃からの金利水準の継続的な低下も相まって、地方公共団体向けビジネスから距離を置くことを検討する金融機関が出現するなど、かつてに比べて厳しいものとなりつつある。
  2. 地方公共団体が中長期的に行財政の持続可能性を維持する上では、(1)国の厳しい財政状況、(2)地方公共団体による社会保障や公共施設等の適正化といった喫緊の施策への取り組み、といった課題を克服することが必要と考えられる。
  3. 地方経済社会の持続可能性を確保するためには、それらに加え、幅広い意味での地方創生や持続可能な開発目標(SDGs)達成に向けた取り組みを進めることも求められる。ただし、地方創生やSDGsも含めた取り組みを、地方公共団体のみで包括的に進めることは困難であり、地方銀行等と連携し、地方が抱える課題を解決していくことが重要である。
  4. 地方公共団体と地方銀行の双方が連携するメリットを感じ、持続的な関係を築くためには、地域をめぐる問題意識の共有、経済合理性の確保、域内の付加価値を創出する取り組みでの協働といった点がカギになろう。そのような観点から、地方公共団体と地方銀行がメリットを感じて連携可能な分野としては、例えば、公共施設等の適正管理、地域中小企業におけるSDGs支援といったものが挙げられる。
注目される地方銀行によるグリーンボンドの発行 富永 健司
  1. 世界の金融市場において、環境・社会・ガバナンス(ESG)を重視する投資概念の浸透、パリ協定や持続可能な開発目標(SDGs)等の国際合意を背景に、グリーンボンドの発行が伸びている。日本においても2017年頃からグリーンボンドの発行が増加している。これまで、日本の銀行によるグリーンボンドの発行は政府系金融機関やメガバンク等が中心となっていたが、このたび新たに地方銀行がグリーンボンドを発行した。具体的には、群馬銀行が2019年11月に国内の地方銀行として初めて発行し、その後、名古屋銀行が2019年12月に発行した。
  2. 日本においては近年、ESG金融における間接金融の重要性に対する認識が高まっている。そのような中で、地方銀行は、(1)担当主幹部署の設置、(2)プロジェクトチームの組成、(3)行動宣言や行動憲章の制定、(4)ESG/SDGsを意識した投資方針の制定、(5)ESG/SDGsを意識した融資方針の制定、などの形で取り組みを進めている。
  3. これらに加えて地方銀行は、地方経済・社会の中心的な担い手として、地方創生に関する取り組みも行っており、元々ESG/SDGs金融との親和性が高かったと言える。グリーンボンドの発行は、資本調達面におけるESG/SDGsへの対応という観点で考えることができる。
  4. 群馬銀行と名古屋銀行の発行事例で共通しているのは、規制資本の充実を目的とした社債発行を通じて、(1)組織として注力するESG/SDGsへの取り組みについての資本調達面からの拡充、(2)グリーンボンドの発行による幅広い業態の投資家層へのアクセス、を実現したことである。地方銀行セクターにおいては、ESG/SDGsへの取り組みが進む中で、今後グリーンボンド発行という手法が活用されるようになるのか注目される。グリーンボンドを通じた融資等が、地方銀行ビジネスの活性化へ貢献し、同時に環境・地域社会へのインパクトを創出するのかといった点も今後さらなる議論が求められよう。
米国地域金融機関の証券ビジネスを支援するLPLファイナンシャル 下山 貴史岡田 功太
  1. LPLファイナンシャルは、全米最大級のファイナンシャル・アドバイザー向け証券取引サービス提供会社として知られている。同社は、地銀、信用組合、独立系ファイナンシャル・アドバイザー(IFA会社)に所属する約1万6,100名のファイナンシャル・アドバイザーに、証券取引及び証券事業支援サービスを提供している。それらのファイナンシャル・アドバイザーは、主に地方で営業活動に従事していることから、LPLファイナンシャルは、地域金融機関の証券ビジネスを支援している存在とも言える。
  2. 同社は、ブローカレッジ・サービスとアドバイザリー・サービスを提供するが、近年は投資アドバイスの対価としてフィーを受け取るアドバイザリー・サービスに注力している。また、ファイナンシャル・アドバイザーの業務効率化を目的としたテクノロジー・ツール等の提供も行っており、2019年のテクノロジー投資額を約1億5,000万ドルに決定し、同ツールの拡充を図っている。
  3. LPLファイナンシャルは、上記のサービスを通じて、多様な地域金融機関に属するファイナンシャル・アドバイザーを支援している。同社との提携を通じて、非金利収入を増加させた地域金融機関、収益源の多角化を図る銀行、顧客との関係強化や業務効率化を実現した小規模信用組合やIFA会社など様々である。
  4. LPLファイナンシャルの成長は、大手証券会社が有するミドルオフィス及びバックオフィス機能を、サービスとして社外に提供することで収益化できる可能性を示唆すると共に、地域金融機関にとって同サービスが魅力的であることを意味している。LPLファイナンシャルのようなサービス提供者は、米国の幅広い地域において、顧客に対して適切なファイナンシャル・アドバイスが提供されるためにも、欠かせない存在と言えよう。
金融包摂を促進する重要な役割を担うフィリピンの地域金融機関 北野 陽平武井 悠輔
  1. フィリピンは、堅調な経済成長を持続させ、より包摂的な発展を実現するべく、国民の幅広い金融包摂を推進している。同国において金融機関口座を保有する15歳以上人口の割合は2017年時点で32%で、地方では26%に留まり、多くの地方自治体では銀行が設置されていない。そのような中、フィリピン中央銀行(BSP)は、銀行サービスが提供されていない地方自治体の割合を2020年までに20%へと引き下げることを目指している。
  2. フィリピンの銀行は、ユニバーサルバンク、商業銀行、貯蓄銀行、農村銀行、協同組合銀行に分類される。このうち、農村銀行は、地方における金融包摂を促進する重要な役割を担うと期待されている。地方居住者の資金需要に対応するため、BSP主導で農村銀行のプレゼンス強化に向けた取り組みが進められてきた結果、農村銀行の店舗数は1999年末の1,778店から2019年9月末には3,048店となり、融資残高は同期間に3.6倍に増加した。
  3. 金融包摂の促進には決済サービスの利用拡大も課題となる中、全国レベルで国民による安価、効率的、安全、信頼性の高い決済を可能にする仕組みの構築を目指して、「国家リテール決済システム(NRPS)」が2015年に導入された。現状、NRPSは地方では普及が進んでおらず、農村銀行間の送金・決済システムも接続されていない。そうした中、ブロックチェーン技術の活用により、農村銀行間の直接送金や効率的な国際送金を可能にするプロジェクトが進められている。
  4. 農村銀行は、より安価で金融サービスを提供するためのテクノロジーの活用にも取り組み始めている。例えば、足下では、ITコスト及びオペレーションコストの削減等を目的として、クラウドベースの勘定系システムを導入する動きが見られる。地方では、ITの利用環境は都市部に比べ総じて遅れているものの、将来的には、都市部で始まっている金融サービスのデジタル化が広がっていく可能性もある。今後、フィリピンにおける地域金融機関のサービスが、どのような発展を遂げるのか注目される。
最終化された米国の大手銀行規制の見直し
−リスク・プロファイルに応じたプルーデンス規制の再構築−
小立 敬
  1. 米国FRBは2019年10月、銀行のリスク・プロファイルをプルーデンス規制の枠組みに反映させるテイラード・アプローチの下、総資産1,000億ドル以上の米国銀行および外国銀行のプルーデンス規制の枠組みを改定する最終規則を公表し、2019年末から適用を開始した。
  2. 従来はドッド=フランク法に基づいて、総資産500億ドル以上の銀行持株会社には厳格なプルーデンス規制が適用されてきたが、トランプ政権の下、2018年5月に成立した経済成長・規制緩和・消費者保護法が、厳格なプルーデンス規制の適用基準を総資産500億ドルから2,500億ドルに引き上げたことが背景にある。
  3. 最終規則によって、総資産1,000億ドル以上の米国銀行、外国銀行はリスク・プロファイルに応じて「カテゴリーI」から「カテゴリーIV」までの4つのカテゴリーに区分され、各々のカテゴリーに応じて厳格さの異なる自己資本規制や流動性規制、ストレス・テストの要件等が課せられることとなる。
  4. 金融危機以降、FRBはプルーデンス規制に銀行のリスク・プロファイルを反映させる取組みを行ってきた。今般のテイラード・アプローチによってリスク・プロファイルに応じたカテゴリーが明確化されており、従来に比べてより洗練された枠組みとなったという評価が可能であろう。
  5. ただし、外国銀行の扱いに関しては議論がある。特に具体的な争点となっているのが、外国銀行の米国支店に対して標準化された流動規制を適用するか否かの検討である。最終規則では具体的な措置は見送られたが、FRBは数カ月以内に検討する方針を明らかにしている。また、外国銀行の扱いについては、金融危機後の金融規制改革の重大な副作用として認識されている市場の分断につながるとの指摘もあり、最終規則が適用された後のFRBによる規制の合理性の検証が期待される。
米国で最も便利な銀行とは 淵田 康之
  1. グローバル金融危機後、米国では国内リテール業務に強い金融機関のプレゼンスが高まっている。外資系金融機関のなかでも、カナダのトロント・ドミニオンバンク・グループ(TDバンク・グループ)傘下のTDバンクは、米国内でリテール業務に注力することで顕著な成長を遂げている。
  2. 各国の多くの金融機関は、世界の金融ビジネスの中心である米国市場に進出し、業務拡大を目指してきた。しかし今日、日系や欧州系の金融機関の多くは、過去の一時期に比べ、米国市場における存在感を低下させている。こうしたなかTDバンクは、「米国で最も便利な銀行」を掲げ、米国で最も成功した外資系銀行となったのである。
  3. 金融危機を経て、米国金融市場の重要性はむしろ高まった。プラスの金利が維持され、預金・貸出など正常な金融ビジネスが成り立つ、世界で数少ない市場の一つとなったからである。TDバンクは、やはり経済が底堅く推移し、また安定した金融システムを持つカナダをマザーマーケットとしつつ、米国でリテール金融業務を拡大することにより、グループ全体の企業価値向上に寄与している。
  4. TDバンク・グループは、TDアメリトレードを通じて、米国におけるリテール証券ビジネスでも存在感を示してきた。そして2019年、取引手数料ゼロ時代が到来すると、TDアメリトレードをチャールズ・シュワブに売却し、チャールズ・シュワブの大株主となった。
  5. わが国の主要金融機関においても、今後の成長のためには海外ビジネスの拡大が不可欠であるが、その成功には、国内の経済や金融システムの改善・改革が前提となろう。その上で、どれだけ多くの現地ユーザーに、真に必要とされる金融機関となれるかがカギとなろう。
チャールズ・シュワブによるTDアメリトレードの買収
−米国個人向け金融サービス業界への示唆−
岡田 功太
  1. チャールズ・シュワブは2019年11月、TDアメリトレードを買収することを公表した。本件は株式交換で行われ、買収額は約260億ドルに達する。買収完了後のチャールズ・シュワブの預かり資産は約5.1兆ドル、証券口座数は約2,400万口座に達する見込みである(単純合算ベース)。同社は、コスト削減と顧客基盤の強化を推進し、より効率的で大規模な個人向け金融サービス業を追求すると見られる。
  2. 今般の買収の背景として、(1)売買手数料無料化等により事業環境が急激に変化していること、(2)連邦準備制度理事会の利下げの影響によって金利収入が縮小し、更なる預かり資産の拡大の必要性が高まったこと、(3)チャールズ・シュワブが創業当初から掲げてきた経営哲学に基づく「好循環」の一層の強化と整合的であること、が挙げられる。
  3. 買収完了後のチャールズ・シュワブは、独立系ファイナンシャル・アドバイザーである投資顧問業者(RIA)から約2兆ドルの資産を預かることになり、これを契機にRIAの顧客化を巡る大手金融機関の競争が激化する可能性が高い。また、長年、チャールズ・シュワブ及びTDアメリトレードと競合関係にあるイー・トレードを中心に、ディスカウント・ブローカー業界の再編も注目されている。アドバイザリー・フィーの低下と、同サービスに組み入れられるミューチュアルファンド及びETFの低コスト化の可能性も指摘されている。
  4. 今般の買収は、ディスカウント・ブローカー及びRIA向けサービス事業におけるチャールズ・シュワブやフィデリティ・インベストメンツなど、一部の大手金融機関が、より一層巨大化する方向性を示唆しており、今後の動向は注視する必要がある。
上場・非上場の垣根を飛び越えるクロスオーバー投資
−米国ミューチュアルファンドによるプレIPO株式投資の実状−
竹下 智
  1. 上場企業を主な投資対象とするミューチュアルファンドやヘッジファンドによる非上場企業への投資は、上場/非上場の垣根を越えた投資という意味で「クロスオーバー投資」と呼ばれる。近年、米国では非上場企業への投資において、VC以外のミューチュアルファンドやヘッジファンド等の存在が大きくなってきている。特に、IPO前のウーバー・テクノロジーズには55本のミューチュアルファンドが投資を行っていたことが知られている。
  2. クロスオーバー投資家は、レイターステージでの大型の資金調達において主要な投資家の一つであるとともに、アーリーステージの投資家(含む従業員)に流動性を供給する役割を担っている。ミューチュアルファンドが非上場企業への投資を行う理由として、(1)IPOまで待っていると会社の成長サイクルの重要なステージを逃す可能性がある、(2)イノベーションや創造的破壊が起きている産業セクターの評価をするには上場企業および非上場企業の両方を見ておく必要がある、という点があげられる。
  3. 非上場株式は取引所での株価が存在しないため、運用会社毎に投資対象の時価評価を行っている。非上場企業には上場企業に課せられた情報開示等の義務がないため、投資家が独自で情報収集にあたらなければならず、経営状況の監視やバリエーションに費やす時間が必然的に上場企業の場合よりも多くなる。そのため、クロスオーバー投資は分析リソースが豊富な大規模ファンドに適している。
  4. 米国ミューチュアルファンドはすでに日本の非上場企業への投資を行っている。日本国内においても今後、イノベーションの促進、ベンチャー支援策の充実を図る上で、クロスオーバー投資の振興も重要な課題となるのではないか。
米国における退職資産拡充策を巡る議論
−退職保障強化法案(SECURE法案)を中心に−
岡田 功太中村 美江奈
  1. 米国では、長寿化が進行する一方で、ソーシャル・セキュリティ(公的年金)の財政難等の課題がある。こうした中、連邦議会では、超党派の有力議員が、「全地域社会における退職保障強化法案」(通称SECURE法案)を提出した。同法案は、下院で既に可決されており、上院で審議待ちの状態である。
  2. SECURE法案は、2006年年金保護法以来、13年ぶりの本格的な年金制度改革である。2006年年金保護法は、401(k)プランの「自動化」の制度の整備等により、職域の確定拠出年金(DC)プランや個人退職勘定(IRA)の資産の積み立て(アキュミュレーション)促進に寄与した。SECURE法案は、退職プラン加入者のさらなる拡大と、引退後の資産の取り崩し(デキュミュレーション)局面における課題解消等を目指している。
  3. SECURE法案の主な特徴は、第一に、伝統的IRAの拠出年齢制限の廃止といった既存の退職資産形成制度の拡大の促進である。第二に、退職プランへの長期雇用パート従業員の加入促進や、中小企業従業員の退職プラン加入促進を意図した複数雇用主プラン(MEP)の要件緩和等の加入者拡大である。第三に、デキュミュレーションにおけるアニュイティ等の普及促進や、退職後の収入予測といったライフタイム・インカム確保の施策である。
  4. SECURE法案は超党派の支持を得ているものの、成立の可否やタイミングについては、政局次第である。他方、同法案の内容を念頭に、大手資産運用会社等は新たなソリューションの開発を推進している。つまり、SECURE法案は、既に米国リタイアメント市場において新たなダイナミズムを生み出しはじめており、法案の成否と併せて、今後の展開が注目される。
欧州における投信併合
−英国の事例を中心に−
神山 哲也塩島 晋
  1. 日本では、小規模投信(ファンド)が多数存在するという問題に対処するべく、ファンド併合を実施可能にするための制度面の整備が行われてきた。しかし、実績は2019年11月に発表された一件に留まっている。今後、自助努力による資産形成、資産運用の重要性が増していく中、ファンド併合等を通じて運用業界の効率化を図ることは一層求められるようになろう。
  2. 欧州では従来、ファンド併合が月間数十件というペースで行われてきた。EU域内におけるクロスボーダーのファンド併合を促進するための制度整備も行われてきた。EUの制度を国内法化した英国では、スキーム・オブ・アレンジメントと呼ばれる仕組みを用いてファンド併合が行われている。
  3. 英国のファンド併合事例を見ると、目的として、小規模ファンドを併合することによる規模の経済追求等を掲げた上で、ファンド・オブ・ファンズと通常のファンドの併合や、株・債券の組入比率の相違、デリバティブ利用の有無、分配頻度など、ファンドの形態や運用手法は必ずしも近似したものでなくても実施されている。
  4. 英国では、ファンドの規模が最適水準を大幅に下回っていると考えられる場合、運用方法等の細かな相違には拘らず、より総合的な投資家利益への配慮から、規模の経済を優先する姿勢がみられる。日本においてファンド併合を検討する際に、参考になるアプローチであると考えられる。
2020年以降の議決権行使助言会社の助言方針改定 西山 賢吾
  1. 代表的な議決権行使助言会社であるISSとグラス・ルイスの2020年議決権行使助言方針改定内容が明らかになった(改定内容の一部の適用は2021年)。ISSの改定は、(1)政策保有先企業出身の社外役員には「独立性なし」の判断、(2)親会社、支配株主の存在する企業に対する独立社外取締役の増員、の2点、そして、グラス・ルイスでは、東証1、2部対象企業に最低1名以上の女性役員登用を要請、(2)政策保有株式保有水準に関する基準の導入(2021年より)の2点である。
  2. 今回の助言方針改定の特徴として、ISSは社外役員の独立性という観点、グラス・ルイスは保有水準という観点から、それぞれ、政策保有株式を議決権行使助言方針に取り入れたことが挙げられる。従来政策保有株式と議決権行使を関連付けることは難しいと考えられていたが、今回の助言方針改定を受け、機関投資家でも同様な議決権行使助言方針を採用するかどうかが注目される。しかし、現状ではその動きが大きく進むとは考えにくく、エンゲージメントの重要テーマとしてより多くの投資家が取り上げることになるであろう。
  3. 社外取締役の増員も重要なテーマである。これについては、全ての企業に3分の1以上の独立社外取締役を求める機関投資家も出始めてきたが、全体としては支配株主や親会社のある企業などに社外取締役の増員を求める動きがさらに進む一方、全ての企業に求める動きが大きく広がるにはなお時間を要すると考える。
  4. 議決権行使助言会社の影響力に関し話題に上ることが多く、2020年に改訂予定のスチュワードシップ・コードにおいても、議決権行使助言会社に対し、十分かつ適切な人的・組織体制の整備とそれを含む助言策定プロセスの具体的な公表などが求められている。その背景には、機関投資家の議決権行使を助言会社が決めている、すなわち、議決権行使助言会社の助言方針をそのまま機関投資家が取り入れているという誤解があると推察されるが、実際には、「機関投資家の議決権行使に対する意見や考え方のコンセンサスが議決権行使助言会社の助言方針」となっているといえるであろう。
気候変動対策で世界のリーダーを目指す「欧州グリーンディール」 江夏 あかね磯部 昌吾
  1. 欧州連合(EU)の執行機関である欧州委員会は2019年12月11日、脱炭素と経済成長の両立を図ることを目的とした工程表である「欧州グリーンディール」を公表した。同工程表は、2019年12月1日に就任したフォンデアライエン欧州委員長が最優先政策に掲げる気候変動対策の一環として位置付けられる。
  2. 欧州グリーンディールで注目されるのは、気候関連目標への野心的なアプローチ、低炭素経済社会への移行に関する支援、サステナブルファイナンス戦略の3点である。2020年第3四半期に公表予定のサステナブルファイナンス戦略では、(1)サステナブル投資に関する基盤強化、(2)サステナブル投資に関する特定可能性及び信頼性向上、(3)気候・環境リスクの金融システムへの組み入れ、といった3つの方針が掲げられた。
  3. 欧州グリーンディールは、基本的にはEU域内を対象としているものの、日本を含めたEU域外の国・地域に影響が及ぶ可能性が高いことが示唆された。同時に、欧州グリーンディールの実現に向けて、サステナブルファイナンス戦略を通じて、金融市場にもタクソノミー、開示、ラベル、EUグリーンボンド基準(EU GBS)、健全性規制といった複数の側面から影響が及ぶ可能性があることも示された。
  4. 世界に先駆けて包括的な気候変動対策に取り組むEUが示した欧州グリーンディールの各項目に関する今後の進捗や実効性等に対して、世界各国の政府、産業界、金融市場から注目が集まる状況が続くと想定される。
欧州公的年金基金の気候変動への対応
−スウェーデンAP基金、仏FRR、ノルウェーGPFGの事例を中心に−
林 宏美
  1. 金融安定理事会(FSB)の下部組織であるTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)が2017年6月に公表した最終提言(TCFD最終提言)では、インベストメントチェーンの頂点に位置付けられる年金基金等のアセット・オーナーも、投資先企業による取り組みを促す役割を果たすべく、一定の情報開示が求められている。2018年11月に英国のNGOが大規模な公的年金基金の取り組み状況を評価した報告書では、TCFD最終提言に則した情報を開示しているか、開示する方針にある年金基金が全体の17%にとどまった。
  2. 気候変動への取り組みが高く評価されている欧州公的年金の事例としては、スウェーデンのAP基金、フランスのFRR、ノルウェーGPFG等が挙げられる。AP基金は、2019年、法律により責任投資と高いリターン追求の両立が求められるようになった。AP基金やFRRは、再生可能エネルギー事業等への投資を可能とする取り組みを推進しているほか、指数提供業者との提携を通じて低炭素関連指標の開発・拡充を進めるなど、様々な活動を展開しはじめている。
  3. 欧州の公的年金基金による気候変動への対応としては、従来化石燃料企業からの投資引き揚げ(ダイベストメント)を通じて、気候リスクの低減を図る動きが目立っていたが、近年はその取り組みが多様化している。ダイベストメントよりもエンゲージメントや議決権行使などを通じて、企業に気候変動への対応を促す傾向が前面に出ている。また、再生可能エネルギー事業等への投資を拡大できるよう、運用方針を変更する動きも目立つ。
  4. 大規模な公的年金による気候変動への取り組みは、他の機関投資家に及ぼすシグナル効果が大きいと見られる。それらの取り組みが、気候変動によるリスクや機会を示す各種指標データの蓄積、標準化など、上記に挙げた課題解消に寄与することも期待される。
トランジションボンドの登場とサステナブルファイナンスの新潮流 江夏 あかね
  1. トランジションボンドは、一般的に、二酸化炭素排出量等の観点からグリーンボンドの発行基準を満たさないものの、低炭素経済社会等に移行(トランジション)するためのプロジェクトを資金使途とする債券を指す。
  2. トランジションボンドが誕生した背景としては、金融市場において、開示、経済活動の分類、ベンチマーク等、複数の分野で、「トランジション(移行)」がテーマとして注目を集めつつあることが挙げられる。そして、フランスの大手運用機関アクサ・インベストメント・マネージャーズ(アクサIM)が2019年6月にガイドラインを公表、クレディ・スイスと気候債券イニシアチブ(CBI)が2019年9月に「サステナブル・トランジションボンド」に関するパートナーシップ締結、といった動きもある。
  3. トランジションボンド及び同市場が健全に発展していくためには、発行体によるサステナビリティ戦略へのコミットメントを通じて市場の信認を得ることが大前提になるほか、グリーンボンド等と同様に、レポーティング等を通じて、投資家が環境・社会面でのインパクトを適切に把握できるように透明性を確保することが重要と思われる。
EUにおける自己資本規制へのESGリスク反映の議論
−アクション・プランを示した欧州銀行監督機構−
磯部 昌吾
  1. 欧州連合(EU)において気候変動問題への関心が増々高まる中、欧州銀行監督機構(EBA)は、2019年12月6日にサステナブル・ファイナンスに関するアクション・プランを公表し、自己資本規制における環境・社会・ガバナンス(ESG)リスクの反映に関する検討スケジュールを明らかにした。
  2. 気候変動問題への対応には多額の追加投資が必要となることから、銀行の金融仲介機能を通じて、民間資金が気候変動対応に回るように促していく上で、自己資本規制におけるESGリスクの反映は、重要な政策手段の1つとなる可能性がある。
  3. EBAは、自己資本規制の3つの柱におけるESGリスクの反映を検討した上で、欧州委員会等への報告やガイドライン・細則案の策定を行う予定である。特に、第1の柱(最低基準)については、評価の複雑性と潜在的な影響の大きさを踏まえて、2025年6月までという長い評価期間を設けているのが特徴的である。
  4. 欧州の規制当局の見解は一枚岩ではなく、まずはEBAの検討結果が待たれるところである。EUが独自に自己資本規制にESGリスクを組み入れる場合には、EUの銀行の与信行動に影響を与えるであろう。また、EU域外の銀行との間で資本賦課に差が出るようであれば、国際競争上の問題が生じる可能性も考えられ、その場合には他の国においても同様の措置が取られるかが論点となってこよう。EUにおける議論とEU域外への波及の可能性を今後も注視する必要があるだろう。
中央銀行デジタル通貨の発行を目指す中国
−予想されるマクロ面での影響−
関 志雄
  1. 中国では、中央銀行デジタル通貨(CBDC)の発行は、構想から実行の段階に移ろうとしている。中国が導入しようとするCBDCは、だれでもアクセスでき、決済が仲介機関を経由しない「リテール・トークン型」である。その特徴は、(1)現金(M0)の代替、(2)中央銀行と利用者の間に商業銀行などの仲介機関が入る二層構造の運営体制、(3)特定の技術に限定しない、(4)無利子、(5)「制御可能な匿名性」に基づく個人情報の取り扱い、(6)オフライン決済が可能、である。
  2. 現段階の構想通りに、CBDCが無利子で、現金の代替にとどまる場合、その導入によってもたらされる金融政策と金融システムへの影響はそれほど大きくない。しかし、金利が付き、現金だけでなく銀行預金も代替の対象となるCBDCが発行される場合、金融政策の有効性は高まる一方で、金融システムにおける銀行の地盤沈下は加速しかねない。
  3. CBDCの発行は、人民元の利便性の向上を通じて、人民元の国際化に寄与すると期待されている。しかし、厳しい資本規制が維持され、CBDCもその対象になると予想される以上、その効果は限定的であろう。
  4. 中国は、CBDCを本格的に導入する最初の国になりそうである。それに向けて、綿密に構想を練っており、実行に移ってからも慎重な姿勢は変わらないと予想される。最終的に、中国において、現金が完全にCBDCに取って代わられ、キャッシュレス社会が実現されるだろうが、そこまでの道のりはまだ遠い。
時流 金融規制のNext Step 上智大学法科大学院教授 森下 哲朗

金融審議会のスタディ・グループやワーキング・グループでは新たな金融規制のあり方についての議論が行われてきた。そこでは、今後の金融規制のあるべき姿として、イノベーションの促進と利用者利便の向上に資する規制体系であること、同一の機能・同一のリスクには同一のルールを適用すること、といった基本的な方向性が示されている。具体的な規制の見直しという観点でも、決済分野等で一定の成果が出ており今後の活用が期待される。同時に、今後の検討課題も多い。産官学が一体となって知恵を出し合ってより良い金融規制を構築していく必要がある。

地方公共団体と地方銀行
−指定金融機関制度の変遷と今後の展望−
江夏 あかね
  1. 地方公共団体と地方銀行は、指定金融機関制度等を通じて深い関係を長らく築いており、互いに地域経済社会にとって不可欠な存在となっている。しかし、金融市場環境や地域経済社会の構造が移り変わる中、1990年代後半頃からその関係が変化する傾向が見られている。特に、2010年代半ば頃からの金利水準の継続的な低下も相まって、地方公共団体向けビジネスから距離を置くことを検討する金融機関が出現するなど、かつてに比べて厳しいものとなりつつある。
  2. 地方公共団体が中長期的に行財政の持続可能性を維持する上では、(1)国の厳しい財政状況、(2)地方公共団体による社会保障や公共施設等の適正化といった喫緊の施策への取り組み、といった課題を克服することが必要と考えられる。
  3. 地方経済社会の持続可能性を確保するためには、それらに加え、幅広い意味での地方創生や持続可能な開発目標(SDGs)達成に向けた取り組みを進めることも求められる。ただし、地方創生やSDGsも含めた取り組みを、地方公共団体のみで包括的に進めることは困難であり、地方銀行等と連携し、地方が抱える課題を解決していくことが重要である。
  4. 地方公共団体と地方銀行の双方が連携するメリットを感じ、持続的な関係を築くためには、地域をめぐる問題意識の共有、経済合理性の確保、域内の付加価値を創出する取り組みでの協働といった点がカギになろう。そのような観点から、地方公共団体と地方銀行がメリットを感じて連携可能な分野としては、例えば、公共施設等の適正管理、地域中小企業におけるSDGs支援といったものが挙げられる。
注目される地方銀行によるグリーンボンドの発行 富永 健司
  1. 世界の金融市場において、環境・社会・ガバナンス(ESG)を重視する投資概念の浸透、パリ協定や持続可能な開発目標(SDGs)等の国際合意を背景に、グリーンボンドの発行が伸びている。日本においても2017年頃からグリーンボンドの発行が増加している。これまで、日本の銀行によるグリーンボンドの発行は政府系金融機関やメガバンク等が中心となっていたが、このたび新たに地方銀行がグリーンボンドを発行した。具体的には、群馬銀行が2019年11月に国内の地方銀行として初めて発行し、その後、名古屋銀行が2019年12月に発行した。
  2. 日本においては近年、ESG金融における間接金融の重要性に対する認識が高まっている。そのような中で、地方銀行は、(1)担当主幹部署の設置、(2)プロジェクトチームの組成、(3)行動宣言や行動憲章の制定、(4)ESG/SDGsを意識した投資方針の制定、(5)ESG/SDGsを意識した融資方針の制定、などの形で取り組みを進めている。
  3. これらに加えて地方銀行は、地方経済・社会の中心的な担い手として、地方創生に関する取り組みも行っており、元々ESG/SDGs金融との親和性が高かったと言える。グリーンボンドの発行は、資本調達面におけるESG/SDGsへの対応という観点で考えることができる。
  4. 群馬銀行と名古屋銀行の発行事例で共通しているのは、規制資本の充実を目的とした社債発行を通じて、(1)組織として注力するESG/SDGsへの取り組みについての資本調達面からの拡充、(2)グリーンボンドの発行による幅広い業態の投資家層へのアクセス、を実現したことである。地方銀行セクターにおいては、ESG/SDGsへの取り組みが進む中で、今後グリーンボンド発行という手法が活用されるようになるのか注目される。グリーンボンドを通じた融資等が、地方銀行ビジネスの活性化へ貢献し、同時に環境・地域社会へのインパクトを創出するのかといった点も今後さらなる議論が求められよう。
米国地域金融機関の証券ビジネスを支援するLPLファイナンシャル 下山 貴史岡田 功太
  1. LPLファイナンシャルは、全米最大級のファイナンシャル・アドバイザー向け証券取引サービス提供会社として知られている。同社は、地銀、信用組合、独立系ファイナンシャル・アドバイザー(IFA会社)に所属する約1万6,100名のファイナンシャル・アドバイザーに、証券取引及び証券事業支援サービスを提供している。それらのファイナンシャル・アドバイザーは、主に地方で営業活動に従事していることから、LPLファイナンシャルは、地域金融機関の証券ビジネスを支援している存在とも言える。
  2. 同社は、ブローカレッジ・サービスとアドバイザリー・サービスを提供するが、近年は投資アドバイスの対価としてフィーを受け取るアドバイザリー・サービスに注力している。また、ファイナンシャル・アドバイザーの業務効率化を目的としたテクノロジー・ツール等の提供も行っており、2019年のテクノロジー投資額を約1億5,000万ドルに決定し、同ツールの拡充を図っている。
  3. LPLファイナンシャルは、上記のサービスを通じて、多様な地域金融機関に属するファイナンシャル・アドバイザーを支援している。同社との提携を通じて、非金利収入を増加させた地域金融機関、収益源の多角化を図る銀行、顧客との関係強化や業務効率化を実現した小規模信用組合やIFA会社など様々である。
  4. LPLファイナンシャルの成長は、大手証券会社が有するミドルオフィス及びバックオフィス機能を、サービスとして社外に提供することで収益化できる可能性を示唆すると共に、地域金融機関にとって同サービスが魅力的であることを意味している。LPLファイナンシャルのようなサービス提供者は、米国の幅広い地域において、顧客に対して適切なファイナンシャル・アドバイスが提供されるためにも、欠かせない存在と言えよう。
金融包摂を促進する重要な役割を担うフィリピンの地域金融機関 北野 陽平武井 悠輔
  1. フィリピンは、堅調な経済成長を持続させ、より包摂的な発展を実現するべく、国民の幅広い金融包摂を推進している。同国において金融機関口座を保有する15歳以上人口の割合は2017年時点で32%で、地方では26%に留まり、多くの地方自治体では銀行が設置されていない。そのような中、フィリピン中央銀行(BSP)は、銀行サービスが提供されていない地方自治体の割合を2020年までに20%へと引き下げることを目指している。
  2. フィリピンの銀行は、ユニバーサルバンク、商業銀行、貯蓄銀行、農村銀行、協同組合銀行に分類される。このうち、農村銀行は、地方における金融包摂を促進する重要な役割を担うと期待されている。地方居住者の資金需要に対応するため、BSP主導で農村銀行のプレゼンス強化に向けた取り組みが進められてきた結果、農村銀行の店舗数は1999年末の1,778店から2019年9月末には3,048店となり、融資残高は同期間に3.6倍に増加した。
  3. 金融包摂の促進には決済サービスの利用拡大も課題となる中、全国レベルで国民による安価、効率的、安全、信頼性の高い決済を可能にする仕組みの構築を目指して、「国家リテール決済システム(NRPS)」が2015年に導入された。現状、NRPSは地方では普及が進んでおらず、農村銀行間の送金・決済システムも接続されていない。そうした中、ブロックチェーン技術の活用により、農村銀行間の直接送金や効率的な国際送金を可能にするプロジェクトが進められている。
  4. 農村銀行は、より安価で金融サービスを提供するためのテクノロジーの活用にも取り組み始めている。例えば、足下では、ITコスト及びオペレーションコストの削減等を目的として、クラウドベースの勘定系システムを導入する動きが見られる。地方では、ITの利用環境は都市部に比べ総じて遅れているものの、将来的には、都市部で始まっている金融サービスのデジタル化が広がっていく可能性もある。今後、フィリピンにおける地域金融機関のサービスが、どのような発展を遂げるのか注目される。
最終化された米国の大手銀行規制の見直し
−リスク・プロファイルに応じたプルーデンス規制の再構築−
小立 敬
  1. 米国FRBは2019年10月、銀行のリスク・プロファイルをプルーデンス規制の枠組みに反映させるテイラード・アプローチの下、総資産1,000億ドル以上の米国銀行および外国銀行のプルーデンス規制の枠組みを改定する最終規則を公表し、2019年末から適用を開始した。
  2. 従来はドッド=フランク法に基づいて、総資産500億ドル以上の銀行持株会社には厳格なプルーデンス規制が適用されてきたが、トランプ政権の下、2018年5月に成立した経済成長・規制緩和・消費者保護法が、厳格なプルーデンス規制の適用基準を総資産500億ドルから2,500億ドルに引き上げたことが背景にある。
  3. 最終規則によって、総資産1,000億ドル以上の米国銀行、外国銀行はリスク・プロファイルに応じて「カテゴリーI」から「カテゴリーIV」までの4つのカテゴリーに区分され、各々のカテゴリーに応じて厳格さの異なる自己資本規制や流動性規制、ストレス・テストの要件等が課せられることとなる。
  4. 金融危機以降、FRBはプルーデンス規制に銀行のリスク・プロファイルを反映させる取組みを行ってきた。今般のテイラード・アプローチによってリスク・プロファイルに応じたカテゴリーが明確化されており、従来に比べてより洗練された枠組みとなったという評価が可能であろう。
  5. ただし、外国銀行の扱いに関しては議論がある。特に具体的な争点となっているのが、外国銀行の米国支店に対して標準化された流動規制を適用するか否かの検討である。最終規則では具体的な措置は見送られたが、FRBは数カ月以内に検討する方針を明らかにしている。また、外国銀行の扱いについては、金融危機後の金融規制改革の重大な副作用として認識されている市場の分断につながるとの指摘もあり、最終規則が適用された後のFRBによる規制の合理性の検証が期待される。
米国で最も便利な銀行とは 淵田 康之
  1. グローバル金融危機後、米国では国内リテール業務に強い金融機関のプレゼンスが高まっている。外資系金融機関のなかでも、カナダのトロント・ドミニオンバンク・グループ(TDバンク・グループ)傘下のTDバンクは、米国内でリテール業務に注力することで顕著な成長を遂げている。
  2. 各国の多くの金融機関は、世界の金融ビジネスの中心である米国市場に進出し、業務拡大を目指してきた。しかし今日、日系や欧州系の金融機関の多くは、過去の一時期に比べ、米国市場における存在感を低下させている。こうしたなかTDバンクは、「米国で最も便利な銀行」を掲げ、米国で最も成功した外資系銀行となったのである。
  3. 金融危機を経て、米国金融市場の重要性はむしろ高まった。プラスの金利が維持され、預金・貸出など正常な金融ビジネスが成り立つ、世界で数少ない市場の一つとなったからである。TDバンクは、やはり経済が底堅く推移し、また安定した金融システムを持つカナダをマザーマーケットとしつつ、米国でリテール金融業務を拡大することにより、グループ全体の企業価値向上に寄与している。
  4. TDバンク・グループは、TDアメリトレードを通じて、米国におけるリテール証券ビジネスでも存在感を示してきた。そして2019年、取引手数料ゼロ時代が到来すると、TDアメリトレードをチャールズ・シュワブに売却し、チャールズ・シュワブの大株主となった。
  5. わが国の主要金融機関においても、今後の成長のためには海外ビジネスの拡大が不可欠であるが、その成功には、国内の経済や金融システムの改善・改革が前提となろう。その上で、どれだけ多くの現地ユーザーに、真に必要とされる金融機関となれるかがカギとなろう。
チャールズ・シュワブによるTDアメリトレードの買収
−米国個人向け金融サービス業界への示唆−
岡田 功太
  1. チャールズ・シュワブは2019年11月、TDアメリトレードを買収することを公表した。本件は株式交換で行われ、買収額は約260億ドルに達する。買収完了後のチャールズ・シュワブの預かり資産は約5.1兆ドル、証券口座数は約2,400万口座に達する見込みである(単純合算ベース)。同社は、コスト削減と顧客基盤の強化を推進し、より効率的で大規模な個人向け金融サービス業を追求すると見られる。
  2. 今般の買収の背景として、(1)売買手数料無料化等により事業環境が急激に変化していること、(2)連邦準備制度理事会の利下げの影響によって金利収入が縮小し、更なる預かり資産の拡大の必要性が高まったこと、(3)チャールズ・シュワブが創業当初から掲げてきた経営哲学に基づく「好循環」の一層の強化と整合的であること、が挙げられる。
  3. 買収完了後のチャールズ・シュワブは、独立系ファイナンシャル・アドバイザーである投資顧問業者(RIA)から約2兆ドルの資産を預かることになり、これを契機にRIAの顧客化を巡る大手金融機関の競争が激化する可能性が高い。また、長年、チャールズ・シュワブ及びTDアメリトレードと競合関係にあるイー・トレードを中心に、ディスカウント・ブローカー業界の再編も注目されている。アドバイザリー・フィーの低下と、同サービスに組み入れられるミューチュアルファンド及びETFの低コスト化の可能性も指摘されている。
  4. 今般の買収は、ディスカウント・ブローカー及びRIA向けサービス事業におけるチャールズ・シュワブやフィデリティ・インベストメンツなど、一部の大手金融機関が、より一層巨大化する方向性を示唆しており、今後の動向は注視する必要がある。
上場・非上場の垣根を飛び越えるクロスオーバー投資
−米国ミューチュアルファンドによるプレIPO株式投資の実状−
竹下 智
  1. 上場企業を主な投資対象とするミューチュアルファンドやヘッジファンドによる非上場企業への投資は、上場/非上場の垣根を越えた投資という意味で「クロスオーバー投資」と呼ばれる。近年、米国では非上場企業への投資において、VC以外のミューチュアルファンドやヘッジファンド等の存在が大きくなってきている。特に、IPO前のウーバー・テクノロジーズには55本のミューチュアルファンドが投資を行っていたことが知られている。
  2. クロスオーバー投資家は、レイターステージでの大型の資金調達において主要な投資家の一つであるとともに、アーリーステージの投資家(含む従業員)に流動性を供給する役割を担っている。ミューチュアルファンドが非上場企業への投資を行う理由として、(1)IPOまで待っていると会社の成長サイクルの重要なステージを逃す可能性がある、(2)イノベーションや創造的破壊が起きている産業セクターの評価をするには上場企業および非上場企業の両方を見ておく必要がある、という点があげられる。
  3. 非上場株式は取引所での株価が存在しないため、運用会社毎に投資対象の時価評価を行っている。非上場企業には上場企業に課せられた情報開示等の義務がないため、投資家が独自で情報収集にあたらなければならず、経営状況の監視やバリエーションに費やす時間が必然的に上場企業の場合よりも多くなる。そのため、クロスオーバー投資は分析リソースが豊富な大規模ファンドに適している。
  4. 米国ミューチュアルファンドはすでに日本の非上場企業への投資を行っている。日本国内においても今後、イノベーションの促進、ベンチャー支援策の充実を図る上で、クロスオーバー投資の振興も重要な課題となるのではないか。
米国における退職資産拡充策を巡る議論
−退職保障強化法案(SECURE法案)を中心に−
岡田 功太中村 美江奈
  1. 米国では、長寿化が進行する一方で、ソーシャル・セキュリティ(公的年金)の財政難等の課題がある。こうした中、連邦議会では、超党派の有力議員が、「全地域社会における退職保障強化法案」(通称SECURE法案)を提出した。同法案は、下院で既に可決されており、上院で審議待ちの状態である。
  2. SECURE法案は、2006年年金保護法以来、13年ぶりの本格的な年金制度改革である。2006年年金保護法は、401(k)プランの「自動化」の制度の整備等により、職域の確定拠出年金(DC)プランや個人退職勘定(IRA)の資産の積み立て(アキュミュレーション)促進に寄与した。SECURE法案は、退職プラン加入者のさらなる拡大と、引退後の資産の取り崩し(デキュミュレーション)局面における課題解消等を目指している。
  3. SECURE法案の主な特徴は、第一に、伝統的IRAの拠出年齢制限の廃止といった既存の退職資産形成制度の拡大の促進である。第二に、退職プランへの長期雇用パート従業員の加入促進や、中小企業従業員の退職プラン加入促進を意図した複数雇用主プラン(MEP)の要件緩和等の加入者拡大である。第三に、デキュミュレーションにおけるアニュイティ等の普及促進や、退職後の収入予測といったライフタイム・インカム確保の施策である。
  4. SECURE法案は超党派の支持を得ているものの、成立の可否やタイミングについては、政局次第である。他方、同法案の内容を念頭に、大手資産運用会社等は新たなソリューションの開発を推進している。つまり、SECURE法案は、既に米国リタイアメント市場において新たなダイナミズムを生み出しはじめており、法案の成否と併せて、今後の展開が注目される。
欧州における投信併合
−英国の事例を中心に−
神山 哲也塩島 晋
  1. 日本では、小規模投信(ファンド)が多数存在するという問題に対処するべく、ファンド併合を実施可能にするための制度面の整備が行われてきた。しかし、実績は2019年11月に発表された一件に留まっている。今後、自助努力による資産形成、資産運用の重要性が増していく中、ファンド併合等を通じて運用業界の効率化を図ることは一層求められるようになろう。
  2. 欧州では従来、ファンド併合が月間数十件というペースで行われてきた。EU域内におけるクロスボーダーのファンド併合を促進するための制度整備も行われてきた。EUの制度を国内法化した英国では、スキーム・オブ・アレンジメントと呼ばれる仕組みを用いてファンド併合が行われている。
  3. 英国のファンド併合事例を見ると、目的として、小規模ファンドを併合することによる規模の経済追求等を掲げた上で、ファンド・オブ・ファンズと通常のファンドの併合や、株・債券の組入比率の相違、デリバティブ利用の有無、分配頻度など、ファンドの形態や運用手法は必ずしも近似したものでなくても実施されている。
  4. 英国では、ファンドの規模が最適水準を大幅に下回っていると考えられる場合、運用方法等の細かな相違には拘らず、より総合的な投資家利益への配慮から、規模の経済を優先する姿勢がみられる。日本においてファンド併合を検討する際に、参考になるアプローチであると考えられる。
2020年以降の議決権行使助言会社の助言方針改定 西山 賢吾
  1. 代表的な議決権行使助言会社であるISSとグラス・ルイスの2020年議決権行使助言方針改定内容が明らかになった(改定内容の一部の適用は2021年)。ISSの改定は、(1)政策保有先企業出身の社外役員には「独立性なし」の判断、(2)親会社、支配株主の存在する企業に対する独立社外取締役の増員、の2点、そして、グラス・ルイスでは、東証1、2部対象企業に最低1名以上の女性役員登用を要請、(2)政策保有株式保有水準に関する基準の導入(2021年より)の2点である。
  2. 今回の助言方針改定の特徴として、ISSは社外役員の独立性という観点、グラス・ルイスは保有水準という観点から、それぞれ、政策保有株式を議決権行使助言方針に取り入れたことが挙げられる。従来政策保有株式と議決権行使を関連付けることは難しいと考えられていたが、今回の助言方針改定を受け、機関投資家でも同様な議決権行使助言方針を採用するかどうかが注目される。しかし、現状ではその動きが大きく進むとは考えにくく、エンゲージメントの重要テーマとしてより多くの投資家が取り上げることになるであろう。
  3. 社外取締役の増員も重要なテーマである。これについては、全ての企業に3分の1以上の独立社外取締役を求める機関投資家も出始めてきたが、全体としては支配株主や親会社のある企業などに社外取締役の増員を求める動きがさらに進む一方、全ての企業に求める動きが大きく広がるにはなお時間を要すると考える。
  4. 議決権行使助言会社の影響力に関し話題に上ることが多く、2020年に改訂予定のスチュワードシップ・コードにおいても、議決権行使助言会社に対し、十分かつ適切な人的・組織体制の整備とそれを含む助言策定プロセスの具体的な公表などが求められている。その背景には、機関投資家の議決権行使を助言会社が決めている、すなわち、議決権行使助言会社の助言方針をそのまま機関投資家が取り入れているという誤解があると推察されるが、実際には、「機関投資家の議決権行使に対する意見や考え方のコンセンサスが議決権行使助言会社の助言方針」となっているといえるであろう。
気候変動対策で世界のリーダーを目指す「欧州グリーンディール」 江夏 あかね磯部 昌吾
  1. 欧州連合(EU)の執行機関である欧州委員会は2019年12月11日、脱炭素と経済成長の両立を図ることを目的とした工程表である「欧州グリーンディール」を公表した。同工程表は、2019年12月1日に就任したフォンデアライエン欧州委員長が最優先政策に掲げる気候変動対策の一環として位置付けられる。
  2. 欧州グリーンディールで注目されるのは、気候関連目標への野心的なアプローチ、低炭素経済社会への移行に関する支援、サステナブルファイナンス戦略の3点である。2020年第3四半期に公表予定のサステナブルファイナンス戦略では、(1)サステナブル投資に関する基盤強化、(2)サステナブル投資に関する特定可能性及び信頼性向上、(3)気候・環境リスクの金融システムへの組み入れ、といった3つの方針が掲げられた。
  3. 欧州グリーンディールは、基本的にはEU域内を対象としているものの、日本を含めたEU域外の国・地域に影響が及ぶ可能性が高いことが示唆された。同時に、欧州グリーンディールの実現に向けて、サステナブルファイナンス戦略を通じて、金融市場にもタクソノミー、開示、ラベル、EUグリーンボンド基準(EU GBS)、健全性規制といった複数の側面から影響が及ぶ可能性があることも示された。
  4. 世界に先駆けて包括的な気候変動対策に取り組むEUが示した欧州グリーンディールの各項目に関する今後の進捗や実効性等に対して、世界各国の政府、産業界、金融市場から注目が集まる状況が続くと想定される。
欧州公的年金基金の気候変動への対応
−スウェーデンAP基金、仏FRR、ノルウェーGPFGの事例を中心に−
林 宏美
  1. 金融安定理事会(FSB)の下部組織であるTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)が2017年6月に公表した最終提言(TCFD最終提言)では、インベストメントチェーンの頂点に位置付けられる年金基金等のアセット・オーナーも、投資先企業による取り組みを促す役割を果たすべく、一定の情報開示が求められている。2018年11月に英国のNGOが大規模な公的年金基金の取り組み状況を評価した報告書では、TCFD最終提言に則した情報を開示しているか、開示する方針にある年金基金が全体の17%にとどまった。
  2. 気候変動への取り組みが高く評価されている欧州公的年金の事例としては、スウェーデンのAP基金、フランスのFRR、ノルウェーGPFG等が挙げられる。AP基金は、2019年、法律により責任投資と高いリターン追求の両立が求められるようになった。AP基金やFRRは、再生可能エネルギー事業等への投資を可能とする取り組みを推進しているほか、指数提供業者との提携を通じて低炭素関連指標の開発・拡充を進めるなど、様々な活動を展開しはじめている。
  3. 欧州の公的年金基金による気候変動への対応としては、従来化石燃料企業からの投資引き揚げ(ダイベストメント)を通じて、気候リスクの低減を図る動きが目立っていたが、近年はその取り組みが多様化している。ダイベストメントよりもエンゲージメントや議決権行使などを通じて、企業に気候変動への対応を促す傾向が前面に出ている。また、再生可能エネルギー事業等への投資を拡大できるよう、運用方針を変更する動きも目立つ。
  4. 大規模な公的年金による気候変動への取り組みは、他の機関投資家に及ぼすシグナル効果が大きいと見られる。それらの取り組みが、気候変動によるリスクや機会を示す各種指標データの蓄積、標準化など、上記に挙げた課題解消に寄与することも期待される。
トランジションボンドの登場とサステナブルファイナンスの新潮流 江夏 あかね
  1. トランジションボンドは、一般的に、二酸化炭素排出量等の観点からグリーンボンドの発行基準を満たさないものの、低炭素経済社会等に移行(トランジション)するためのプロジェクトを資金使途とする債券を指す。
  2. トランジションボンドが誕生した背景としては、金融市場において、開示、経済活動の分類、ベンチマーク等、複数の分野で、「トランジション(移行)」がテーマとして注目を集めつつあることが挙げられる。そして、フランスの大手運用機関アクサ・インベストメント・マネージャーズ(アクサIM)が2019年6月にガイドラインを公表、クレディ・スイスと気候債券イニシアチブ(CBI)が2019年9月に「サステナブル・トランジションボンド」に関するパートナーシップ締結、といった動きもある。
  3. トランジションボンド及び同市場が健全に発展していくためには、発行体によるサステナビリティ戦略へのコミットメントを通じて市場の信認を得ることが大前提になるほか、グリーンボンド等と同様に、レポーティング等を通じて、投資家が環境・社会面でのインパクトを適切に把握できるように透明性を確保することが重要と思われる。
EUにおける自己資本規制へのESGリスク反映の議論
−アクション・プランを示した欧州銀行監督機構−
磯部 昌吾
  1. 欧州連合(EU)において気候変動問題への関心が増々高まる中、欧州銀行監督機構(EBA)は、2019年12月6日にサステナブル・ファイナンスに関するアクション・プランを公表し、自己資本規制における環境・社会・ガバナンス(ESG)リスクの反映に関する検討スケジュールを明らかにした。
  2. 気候変動問題への対応には多額の追加投資が必要となることから、銀行の金融仲介機能を通じて、民間資金が気候変動対応に回るように促していく上で、自己資本規制におけるESGリスクの反映は、重要な政策手段の1つとなる可能性がある。
  3. EBAは、自己資本規制の3つの柱におけるESGリスクの反映を検討した上で、欧州委員会等への報告やガイドライン・細則案の策定を行う予定である。特に、第1の柱(最低基準)については、評価の複雑性と潜在的な影響の大きさを踏まえて、2025年6月までという長い評価期間を設けているのが特徴的である。
  4. 欧州の規制当局の見解は一枚岩ではなく、まずはEBAの検討結果が待たれるところである。EUが独自に自己資本規制にESGリスクを組み入れる場合には、EUの銀行の与信行動に影響を与えるであろう。また、EU域外の銀行との間で資本賦課に差が出るようであれば、国際競争上の問題が生じる可能性も考えられ、その場合には他の国においても同様の措置が取られるかが論点となってこよう。EUにおける議論とEU域外への波及の可能性を今後も注視する必要があるだろう。
中央銀行デジタル通貨の発行を目指す中国
−予想されるマクロ面での影響−
関 志雄
  1. 中国では、中央銀行デジタル通貨(CBDC)の発行は、構想から実行の段階に移ろうとしている。中国が導入しようとするCBDCは、だれでもアクセスでき、決済が仲介機関を経由しない「リテール・トークン型」である。その特徴は、(1)現金(M0)の代替、(2)中央銀行と利用者の間に商業銀行などの仲介機関が入る二層構造の運営体制、(3)特定の技術に限定しない、(4)無利子、(5)「制御可能な匿名性」に基づく個人情報の取り扱い、(6)オフライン決済が可能、である。
  2. 現段階の構想通りに、CBDCが無利子で、現金の代替にとどまる場合、その導入によってもたらされる金融政策と金融システムへの影響はそれほど大きくない。しかし、金利が付き、現金だけでなく銀行預金も代替の対象となるCBDCが発行される場合、金融政策の有効性は高まる一方で、金融システムにおける銀行の地盤沈下は加速しかねない。
  3. CBDCの発行は、人民元の利便性の向上を通じて、人民元の国際化に寄与すると期待されている。しかし、厳しい資本規制が維持され、CBDCもその対象になると予想される以上、その効果は限定的であろう。
  4. 中国は、CBDCを本格的に導入する最初の国になりそうである。それに向けて、綿密に構想を練っており、実行に移ってからも慎重な姿勢は変わらないと予想される。最終的に、中国において、現金が完全にCBDCに取って代わられ、キャッシュレス社会が実現されるだろうが、そこまでの道のりはまだ遠い。
要約
時流 金融規制のNext Step 上智大学法科大学院教授 森下 哲朗

金融審議会のスタディ・グループやワーキング・グループでは新たな金融規制のあり方についての議論が行われてきた。そこでは、今後の金融規制のあるべき姿として、イノベーションの促進と利用者利便の向上に資する規制体系であること、同一の機能・同一のリスクには同一のルールを適用すること、といった基本的な方向性が示されている。具体的な規制の見直しという観点でも、決済分野等で一定の成果が出ており今後の活用が期待される。同時に、今後の検討課題も多い。産官学が一体となって知恵を出し合ってより良い金融規制を構築していく必要がある。

地方公共団体と地方銀行
−指定金融機関制度の変遷と今後の展望−
江夏 あかね
  1. 地方公共団体と地方銀行は、指定金融機関制度等を通じて深い関係を長らく築いており、互いに地域経済社会にとって不可欠な存在となっている。しかし、金融市場環境や地域経済社会の構造が移り変わる中、1990年代後半頃からその関係が変化する傾向が見られている。特に、2010年代半ば頃からの金利水準の継続的な低下も相まって、地方公共団体向けビジネスから距離を置くことを検討する金融機関が出現するなど、かつてに比べて厳しいものとなりつつある。
  2. 地方公共団体が中長期的に行財政の持続可能性を維持する上では、(1)国の厳しい財政状況、(2)地方公共団体による社会保障や公共施設等の適正化といった喫緊の施策への取り組み、といった課題を克服することが必要と考えられる。
  3. 地方経済社会の持続可能性を確保するためには、それらに加え、幅広い意味での地方創生や持続可能な開発目標(SDGs)達成に向けた取り組みを進めることも求められる。ただし、地方創生やSDGsも含めた取り組みを、地方公共団体のみで包括的に進めることは困難であり、地方銀行等と連携し、地方が抱える課題を解決していくことが重要である。
  4. 地方公共団体と地方銀行の双方が連携するメリットを感じ、持続的な関係を築くためには、地域をめぐる問題意識の共有、経済合理性の確保、域内の付加価値を創出する取り組みでの協働といった点がカギになろう。そのような観点から、地方公共団体と地方銀行がメリットを感じて連携可能な分野としては、例えば、公共施設等の適正管理、地域中小企業におけるSDGs支援といったものが挙げられる。
注目される地方銀行によるグリーンボンドの発行 富永 健司
  1. 世界の金融市場において、環境・社会・ガバナンス(ESG)を重視する投資概念の浸透、パリ協定や持続可能な開発目標(SDGs)等の国際合意を背景に、グリーンボンドの発行が伸びている。日本においても2017年頃からグリーンボンドの発行が増加している。これまで、日本の銀行によるグリーンボンドの発行は政府系金融機関やメガバンク等が中心となっていたが、このたび新たに地方銀行がグリーンボンドを発行した。具体的には、群馬銀行が2019年11月に国内の地方銀行として初めて発行し、その後、名古屋銀行が2019年12月に発行した。
  2. 日本においては近年、ESG金融における間接金融の重要性に対する認識が高まっている。そのような中で、地方銀行は、(1)担当主幹部署の設置、(2)プロジェクトチームの組成、(3)行動宣言や行動憲章の制定、(4)ESG/SDGsを意識した投資方針の制定、(5)ESG/SDGsを意識した融資方針の制定、などの形で取り組みを進めている。
  3. これらに加えて地方銀行は、地方経済・社会の中心的な担い手として、地方創生に関する取り組みも行っており、元々ESG/SDGs金融との親和性が高かったと言える。グリーンボンドの発行は、資本調達面におけるESG/SDGsへの対応という観点で考えることができる。
  4. 群馬銀行と名古屋銀行の発行事例で共通しているのは、規制資本の充実を目的とした社債発行を通じて、(1)組織として注力するESG/SDGsへの取り組みについての資本調達面からの拡充、(2)グリーンボンドの発行による幅広い業態の投資家層へのアクセス、を実現したことである。地方銀行セクターにおいては、ESG/SDGsへの取り組みが進む中で、今後グリーンボンド発行という手法が活用されるようになるのか注目される。グリーンボンドを通じた融資等が、地方銀行ビジネスの活性化へ貢献し、同時に環境・地域社会へのインパクトを創出するのかといった点も今後さらなる議論が求められよう。
米国地域金融機関の証券ビジネスを支援するLPLファイナンシャル 下山 貴史岡田 功太
  1. LPLファイナンシャルは、全米最大級のファイナンシャル・アドバイザー向け証券取引サービス提供会社として知られている。同社は、地銀、信用組合、独立系ファイナンシャル・アドバイザー(IFA会社)に所属する約1万6,100名のファイナンシャル・アドバイザーに、証券取引及び証券事業支援サービスを提供している。それらのファイナンシャル・アドバイザーは、主に地方で営業活動に従事していることから、LPLファイナンシャルは、地域金融機関の証券ビジネスを支援している存在とも言える。
  2. 同社は、ブローカレッジ・サービスとアドバイザリー・サービスを提供するが、近年は投資アドバイスの対価としてフィーを受け取るアドバイザリー・サービスに注力している。また、ファイナンシャル・アドバイザーの業務効率化を目的としたテクノロジー・ツール等の提供も行っており、2019年のテクノロジー投資額を約1億5,000万ドルに決定し、同ツールの拡充を図っている。
  3. LPLファイナンシャルは、上記のサービスを通じて、多様な地域金融機関に属するファイナンシャル・アドバイザーを支援している。同社との提携を通じて、非金利収入を増加させた地域金融機関、収益源の多角化を図る銀行、顧客との関係強化や業務効率化を実現した小規模信用組合やIFA会社など様々である。
  4. LPLファイナンシャルの成長は、大手証券会社が有するミドルオフィス及びバックオフィス機能を、サービスとして社外に提供することで収益化できる可能性を示唆すると共に、地域金融機関にとって同サービスが魅力的であることを意味している。LPLファイナンシャルのようなサービス提供者は、米国の幅広い地域において、顧客に対して適切なファイナンシャル・アドバイスが提供されるためにも、欠かせない存在と言えよう。
金融包摂を促進する重要な役割を担うフィリピンの地域金融機関 北野 陽平武井 悠輔
  1. フィリピンは、堅調な経済成長を持続させ、より包摂的な発展を実現するべく、国民の幅広い金融包摂を推進している。同国において金融機関口座を保有する15歳以上人口の割合は2017年時点で32%で、地方では26%に留まり、多くの地方自治体では銀行が設置されていない。そのような中、フィリピン中央銀行(BSP)は、銀行サービスが提供されていない地方自治体の割合を2020年までに20%へと引き下げることを目指している。
  2. フィリピンの銀行は、ユニバーサルバンク、商業銀行、貯蓄銀行、農村銀行、協同組合銀行に分類される。このうち、農村銀行は、地方における金融包摂を促進する重要な役割を担うと期待されている。地方居住者の資金需要に対応するため、BSP主導で農村銀行のプレゼンス強化に向けた取り組みが進められてきた結果、農村銀行の店舗数は1999年末の1,778店から2019年9月末には3,048店となり、融資残高は同期間に3.6倍に増加した。
  3. 金融包摂の促進には決済サービスの利用拡大も課題となる中、全国レベルで国民による安価、効率的、安全、信頼性の高い決済を可能にする仕組みの構築を目指して、「国家リテール決済システム(NRPS)」が2015年に導入された。現状、NRPSは地方では普及が進んでおらず、農村銀行間の送金・決済システムも接続されていない。そうした中、ブロックチェーン技術の活用により、農村銀行間の直接送金や効率的な国際送金を可能にするプロジェクトが進められている。
  4. 農村銀行は、より安価で金融サービスを提供するためのテクノロジーの活用にも取り組み始めている。例えば、足下では、ITコスト及びオペレーションコストの削減等を目的として、クラウドベースの勘定系システムを導入する動きが見られる。地方では、ITの利用環境は都市部に比べ総じて遅れているものの、将来的には、都市部で始まっている金融サービスのデジタル化が広がっていく可能性もある。今後、フィリピンにおける地域金融機関のサービスが、どのような発展を遂げるのか注目される。
最終化された米国の大手銀行規制の見直し
−リスク・プロファイルに応じたプルーデンス規制の再構築−
小立 敬
  1. 米国FRBは2019年10月、銀行のリスク・プロファイルをプルーデンス規制の枠組みに反映させるテイラード・アプローチの下、総資産1,000億ドル以上の米国銀行および外国銀行のプルーデンス規制の枠組みを改定する最終規則を公表し、2019年末から適用を開始した。
  2. 従来はドッド=フランク法に基づいて、総資産500億ドル以上の銀行持株会社には厳格なプルーデンス規制が適用されてきたが、トランプ政権の下、2018年5月に成立した経済成長・規制緩和・消費者保護法が、厳格なプルーデンス規制の適用基準を総資産500億ドルから2,500億ドルに引き上げたことが背景にある。
  3. 最終規則によって、総資産1,000億ドル以上の米国銀行、外国銀行はリスク・プロファイルに応じて「カテゴリーI」から「カテゴリーIV」までの4つのカテゴリーに区分され、各々のカテゴリーに応じて厳格さの異なる自己資本規制や流動性規制、ストレス・テストの要件等が課せられることとなる。
  4. 金融危機以降、FRBはプルーデンス規制に銀行のリスク・プロファイルを反映させる取組みを行ってきた。今般のテイラード・アプローチによってリスク・プロファイルに応じたカテゴリーが明確化されており、従来に比べてより洗練された枠組みとなったという評価が可能であろう。
  5. ただし、外国銀行の扱いに関しては議論がある。特に具体的な争点となっているのが、外国銀行の米国支店に対して標準化された流動規制を適用するか否かの検討である。最終規則では具体的な措置は見送られたが、FRBは数カ月以内に検討する方針を明らかにしている。また、外国銀行の扱いについては、金融危機後の金融規制改革の重大な副作用として認識されている市場の分断につながるとの指摘もあり、最終規則が適用された後のFRBによる規制の合理性の検証が期待される。
米国で最も便利な銀行とは 淵田 康之
  1. グローバル金融危機後、米国では国内リテール業務に強い金融機関のプレゼンスが高まっている。外資系金融機関のなかでも、カナダのトロント・ドミニオンバンク・グループ(TDバンク・グループ)傘下のTDバンクは、米国内でリテール業務に注力することで顕著な成長を遂げている。
  2. 各国の多くの金融機関は、世界の金融ビジネスの中心である米国市場に進出し、業務拡大を目指してきた。しかし今日、日系や欧州系の金融機関の多くは、過去の一時期に比べ、米国市場における存在感を低下させている。こうしたなかTDバンクは、「米国で最も便利な銀行」を掲げ、米国で最も成功した外資系銀行となったのである。
  3. 金融危機を経て、米国金融市場の重要性はむしろ高まった。プラスの金利が維持され、預金・貸出など正常な金融ビジネスが成り立つ、世界で数少ない市場の一つとなったからである。TDバンクは、やはり経済が底堅く推移し、また安定した金融システムを持つカナダをマザーマーケットとしつつ、米国でリテール金融業務を拡大することにより、グループ全体の企業価値向上に寄与している。
  4. TDバンク・グループは、TDアメリトレードを通じて、米国におけるリテール証券ビジネスでも存在感を示してきた。そして2019年、取引手数料ゼロ時代が到来すると、TDアメリトレードをチャールズ・シュワブに売却し、チャールズ・シュワブの大株主となった。
  5. わが国の主要金融機関においても、今後の成長のためには海外ビジネスの拡大が不可欠であるが、その成功には、国内の経済や金融システムの改善・改革が前提となろう。その上で、どれだけ多くの現地ユーザーに、真に必要とされる金融機関となれるかがカギとなろう。
チャールズ・シュワブによるTDアメリトレードの買収
−米国個人向け金融サービス業界への示唆−
岡田 功太
  1. チャールズ・シュワブは2019年11月、TDアメリトレードを買収することを公表した。本件は株式交換で行われ、買収額は約260億ドルに達する。買収完了後のチャールズ・シュワブの預かり資産は約5.1兆ドル、証券口座数は約2,400万口座に達する見込みである(単純合算ベース)。同社は、コスト削減と顧客基盤の強化を推進し、より効率的で大規模な個人向け金融サービス業を追求すると見られる。
  2. 今般の買収の背景として、(1)売買手数料無料化等により事業環境が急激に変化していること、(2)連邦準備制度理事会の利下げの影響によって金利収入が縮小し、更なる預かり資産の拡大の必要性が高まったこと、(3)チャールズ・シュワブが創業当初から掲げてきた経営哲学に基づく「好循環」の一層の強化と整合的であること、が挙げられる。
  3. 買収完了後のチャールズ・シュワブは、独立系ファイナンシャル・アドバイザーである投資顧問業者(RIA)から約2兆ドルの資産を預かることになり、これを契機にRIAの顧客化を巡る大手金融機関の競争が激化する可能性が高い。また、長年、チャールズ・シュワブ及びTDアメリトレードと競合関係にあるイー・トレードを中心に、ディスカウント・ブローカー業界の再編も注目されている。アドバイザリー・フィーの低下と、同サービスに組み入れられるミューチュアルファンド及びETFの低コスト化の可能性も指摘されている。
  4. 今般の買収は、ディスカウント・ブローカー及びRIA向けサービス事業におけるチャールズ・シュワブやフィデリティ・インベストメンツなど、一部の大手金融機関が、より一層巨大化する方向性を示唆しており、今後の動向は注視する必要がある。
上場・非上場の垣根を飛び越えるクロスオーバー投資
−米国ミューチュアルファンドによるプレIPO株式投資の実状−
竹下 智
  1. 上場企業を主な投資対象とするミューチュアルファンドやヘッジファンドによる非上場企業への投資は、上場/非上場の垣根を越えた投資という意味で「クロスオーバー投資」と呼ばれる。近年、米国では非上場企業への投資において、VC以外のミューチュアルファンドやヘッジファンド等の存在が大きくなってきている。特に、IPO前のウーバー・テクノロジーズには55本のミューチュアルファンドが投資を行っていたことが知られている。
  2. クロスオーバー投資家は、レイターステージでの大型の資金調達において主要な投資家の一つであるとともに、アーリーステージの投資家(含む従業員)に流動性を供給する役割を担っている。ミューチュアルファンドが非上場企業への投資を行う理由として、(1)IPOまで待っていると会社の成長サイクルの重要なステージを逃す可能性がある、(2)イノベーションや創造的破壊が起きている産業セクターの評価をするには上場企業および非上場企業の両方を見ておく必要がある、という点があげられる。
  3. 非上場株式は取引所での株価が存在しないため、運用会社毎に投資対象の時価評価を行っている。非上場企業には上場企業に課せられた情報開示等の義務がないため、投資家が独自で情報収集にあたらなければならず、経営状況の監視やバリエーションに費やす時間が必然的に上場企業の場合よりも多くなる。そのため、クロスオーバー投資は分析リソースが豊富な大規模ファンドに適している。
  4. 米国ミューチュアルファンドはすでに日本の非上場企業への投資を行っている。日本国内においても今後、イノベーションの促進、ベンチャー支援策の充実を図る上で、クロスオーバー投資の振興も重要な課題となるのではないか。
米国における退職資産拡充策を巡る議論
−退職保障強化法案(SECURE法案)を中心に−
岡田 功太中村 美江奈
  1. 米国では、長寿化が進行する一方で、ソーシャル・セキュリティ(公的年金)の財政難等の課題がある。こうした中、連邦議会では、超党派の有力議員が、「全地域社会における退職保障強化法案」(通称SECURE法案)を提出した。同法案は、下院で既に可決されており、上院で審議待ちの状態である。
  2. SECURE法案は、2006年年金保護法以来、13年ぶりの本格的な年金制度改革である。2006年年金保護法は、401(k)プランの「自動化」の制度の整備等により、職域の確定拠出年金(DC)プランや個人退職勘定(IRA)の資産の積み立て(アキュミュレーション)促進に寄与した。SECURE法案は、退職プラン加入者のさらなる拡大と、引退後の資産の取り崩し(デキュミュレーション)局面における課題解消等を目指している。
  3. SECURE法案の主な特徴は、第一に、伝統的IRAの拠出年齢制限の廃止といった既存の退職資産形成制度の拡大の促進である。第二に、退職プランへの長期雇用パート従業員の加入促進や、中小企業従業員の退職プラン加入促進を意図した複数雇用主プラン(MEP)の要件緩和等の加入者拡大である。第三に、デキュミュレーションにおけるアニュイティ等の普及促進や、退職後の収入予測といったライフタイム・インカム確保の施策である。
  4. SECURE法案は超党派の支持を得ているものの、成立の可否やタイミングについては、政局次第である。他方、同法案の内容を念頭に、大手資産運用会社等は新たなソリューションの開発を推進している。つまり、SECURE法案は、既に米国リタイアメント市場において新たなダイナミズムを生み出しはじめており、法案の成否と併せて、今後の展開が注目される。
欧州における投信併合
−英国の事例を中心に−
神山 哲也塩島 晋
  1. 日本では、小規模投信(ファンド)が多数存在するという問題に対処するべく、ファンド併合を実施可能にするための制度面の整備が行われてきた。しかし、実績は2019年11月に発表された一件に留まっている。今後、自助努力による資産形成、資産運用の重要性が増していく中、ファンド併合等を通じて運用業界の効率化を図ることは一層求められるようになろう。
  2. 欧州では従来、ファンド併合が月間数十件というペースで行われてきた。EU域内におけるクロスボーダーのファンド併合を促進するための制度整備も行われてきた。EUの制度を国内法化した英国では、スキーム・オブ・アレンジメントと呼ばれる仕組みを用いてファンド併合が行われている。
  3. 英国のファンド併合事例を見ると、目的として、小規模ファンドを併合することによる規模の経済追求等を掲げた上で、ファンド・オブ・ファンズと通常のファンドの併合や、株・債券の組入比率の相違、デリバティブ利用の有無、分配頻度など、ファンドの形態や運用手法は必ずしも近似したものでなくても実施されている。
  4. 英国では、ファンドの規模が最適水準を大幅に下回っていると考えられる場合、運用方法等の細かな相違には拘らず、より総合的な投資家利益への配慮から、規模の経済を優先する姿勢がみられる。日本においてファンド併合を検討する際に、参考になるアプローチであると考えられる。
2020年以降の議決権行使助言会社の助言方針改定 西山 賢吾
  1. 代表的な議決権行使助言会社であるISSとグラス・ルイスの2020年議決権行使助言方針改定内容が明らかになった(改定内容の一部の適用は2021年)。ISSの改定は、(1)政策保有先企業出身の社外役員には「独立性なし」の判断、(2)親会社、支配株主の存在する企業に対する独立社外取締役の増員、の2点、そして、グラス・ルイスでは、東証1、2部対象企業に最低1名以上の女性役員登用を要請、(2)政策保有株式保有水準に関する基準の導入(2021年より)の2点である。
  2. 今回の助言方針改定の特徴として、ISSは社外役員の独立性という観点、グラス・ルイスは保有水準という観点から、それぞれ、政策保有株式を議決権行使助言方針に取り入れたことが挙げられる。従来政策保有株式と議決権行使を関連付けることは難しいと考えられていたが、今回の助言方針改定を受け、機関投資家でも同様な議決権行使助言方針を採用するかどうかが注目される。しかし、現状ではその動きが大きく進むとは考えにくく、エンゲージメントの重要テーマとしてより多くの投資家が取り上げることになるであろう。
  3. 社外取締役の増員も重要なテーマである。これについては、全ての企業に3分の1以上の独立社外取締役を求める機関投資家も出始めてきたが、全体としては支配株主や親会社のある企業などに社外取締役の増員を求める動きがさらに進む一方、全ての企業に求める動きが大きく広がるにはなお時間を要すると考える。
  4. 議決権行使助言会社の影響力に関し話題に上ることが多く、2020年に改訂予定のスチュワードシップ・コードにおいても、議決権行使助言会社に対し、十分かつ適切な人的・組織体制の整備とそれを含む助言策定プロセスの具体的な公表などが求められている。その背景には、機関投資家の議決権行使を助言会社が決めている、すなわち、議決権行使助言会社の助言方針をそのまま機関投資家が取り入れているという誤解があると推察されるが、実際には、「機関投資家の議決権行使に対する意見や考え方のコンセンサスが議決権行使助言会社の助言方針」となっているといえるであろう。
気候変動対策で世界のリーダーを目指す「欧州グリーンディール」 江夏 あかね磯部 昌吾
  1. 欧州連合(EU)の執行機関である欧州委員会は2019年12月11日、脱炭素と経済成長の両立を図ることを目的とした工程表である「欧州グリーンディール」を公表した。同工程表は、2019年12月1日に就任したフォンデアライエン欧州委員長が最優先政策に掲げる気候変動対策の一環として位置付けられる。
  2. 欧州グリーンディールで注目されるのは、気候関連目標への野心的なアプローチ、低炭素経済社会への移行に関する支援、サステナブルファイナンス戦略の3点である。2020年第3四半期に公表予定のサステナブルファイナンス戦略では、(1)サステナブル投資に関する基盤強化、(2)サステナブル投資に関する特定可能性及び信頼性向上、(3)気候・環境リスクの金融システムへの組み入れ、といった3つの方針が掲げられた。
  3. 欧州グリーンディールは、基本的にはEU域内を対象としているものの、日本を含めたEU域外の国・地域に影響が及ぶ可能性が高いことが示唆された。同時に、欧州グリーンディールの実現に向けて、サステナブルファイナンス戦略を通じて、金融市場にもタクソノミー、開示、ラベル、EUグリーンボンド基準(EU GBS)、健全性規制といった複数の側面から影響が及ぶ可能性があることも示された。
  4. 世界に先駆けて包括的な気候変動対策に取り組むEUが示した欧州グリーンディールの各項目に関する今後の進捗や実効性等に対して、世界各国の政府、産業界、金融市場から注目が集まる状況が続くと想定される。
欧州公的年金基金の気候変動への対応
−スウェーデンAP基金、仏FRR、ノルウェーGPFGの事例を中心に−
林 宏美
  1. 金融安定理事会(FSB)の下部組織であるTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)が2017年6月に公表した最終提言(TCFD最終提言)では、インベストメントチェーンの頂点に位置付けられる年金基金等のアセット・オーナーも、投資先企業による取り組みを促す役割を果たすべく、一定の情報開示が求められている。2018年11月に英国のNGOが大規模な公的年金基金の取り組み状況を評価した報告書では、TCFD最終提言に則した情報を開示しているか、開示する方針にある年金基金が全体の17%にとどまった。
  2. 気候変動への取り組みが高く評価されている欧州公的年金の事例としては、スウェーデンのAP基金、フランスのFRR、ノルウェーGPFG等が挙げられる。AP基金は、2019年、法律により責任投資と高いリターン追求の両立が求められるようになった。AP基金やFRRは、再生可能エネルギー事業等への投資を可能とする取り組みを推進しているほか、指数提供業者との提携を通じて低炭素関連指標の開発・拡充を進めるなど、様々な活動を展開しはじめている。
  3. 欧州の公的年金基金による気候変動への対応としては、従来化石燃料企業からの投資引き揚げ(ダイベストメント)を通じて、気候リスクの低減を図る動きが目立っていたが、近年はその取り組みが多様化している。ダイベストメントよりもエンゲージメントや議決権行使などを通じて、企業に気候変動への対応を促す傾向が前面に出ている。また、再生可能エネルギー事業等への投資を拡大できるよう、運用方針を変更する動きも目立つ。
  4. 大規模な公的年金による気候変動への取り組みは、他の機関投資家に及ぼすシグナル効果が大きいと見られる。それらの取り組みが、気候変動によるリスクや機会を示す各種指標データの蓄積、標準化など、上記に挙げた課題解消に寄与することも期待される。
トランジションボンドの登場とサステナブルファイナンスの新潮流 江夏 あかね
  1. トランジションボンドは、一般的に、二酸化炭素排出量等の観点からグリーンボンドの発行基準を満たさないものの、低炭素経済社会等に移行(トランジション)するためのプロジェクトを資金使途とする債券を指す。
  2. トランジションボンドが誕生した背景としては、金融市場において、開示、経済活動の分類、ベンチマーク等、複数の分野で、「トランジション(移行)」がテーマとして注目を集めつつあることが挙げられる。そして、フランスの大手運用機関アクサ・インベストメント・マネージャーズ(アクサIM)が2019年6月にガイドラインを公表、クレディ・スイスと気候債券イニシアチブ(CBI)が2019年9月に「サステナブル・トランジションボンド」に関するパートナーシップ締結、といった動きもある。
  3. トランジションボンド及び同市場が健全に発展していくためには、発行体によるサステナビリティ戦略へのコミットメントを通じて市場の信認を得ることが大前提になるほか、グリーンボンド等と同様に、レポーティング等を通じて、投資家が環境・社会面でのインパクトを適切に把握できるように透明性を確保することが重要と思われる。
EUにおける自己資本規制へのESGリスク反映の議論
−アクション・プランを示した欧州銀行監督機構−
磯部 昌吾
  1. 欧州連合(EU)において気候変動問題への関心が増々高まる中、欧州銀行監督機構(EBA)は、2019年12月6日にサステナブル・ファイナンスに関するアクション・プランを公表し、自己資本規制における環境・社会・ガバナンス(ESG)リスクの反映に関する検討スケジュールを明らかにした。
  2. 気候変動問題への対応には多額の追加投資が必要となることから、銀行の金融仲介機能を通じて、民間資金が気候変動対応に回るように促していく上で、自己資本規制におけるESGリスクの反映は、重要な政策手段の1つとなる可能性がある。
  3. EBAは、自己資本規制の3つの柱におけるESGリスクの反映を検討した上で、欧州委員会等への報告やガイドライン・細則案の策定を行う予定である。特に、第1の柱(最低基準)については、評価の複雑性と潜在的な影響の大きさを踏まえて、2025年6月までという長い評価期間を設けているのが特徴的である。
  4. 欧州の規制当局の見解は一枚岩ではなく、まずはEBAの検討結果が待たれるところである。EUが独自に自己資本規制にESGリスクを組み入れる場合には、EUの銀行の与信行動に影響を与えるであろう。また、EU域外の銀行との間で資本賦課に差が出るようであれば、国際競争上の問題が生じる可能性も考えられ、その場合には他の国においても同様の措置が取られるかが論点となってこよう。EUにおける議論とEU域外への波及の可能性を今後も注視する必要があるだろう。
中央銀行デジタル通貨の発行を目指す中国
−予想されるマクロ面での影響−
関 志雄
  1. 中国では、中央銀行デジタル通貨(CBDC)の発行は、構想から実行の段階に移ろうとしている。中国が導入しようとするCBDCは、だれでもアクセスでき、決済が仲介機関を経由しない「リテール・トークン型」である。その特徴は、(1)現金(M0)の代替、(2)中央銀行と利用者の間に商業銀行などの仲介機関が入る二層構造の運営体制、(3)特定の技術に限定しない、(4)無利子、(5)「制御可能な匿名性」に基づく個人情報の取り扱い、(6)オフライン決済が可能、である。
  2. 現段階の構想通りに、CBDCが無利子で、現金の代替にとどまる場合、その導入によってもたらされる金融政策と金融システムへの影響はそれほど大きくない。しかし、金利が付き、現金だけでなく銀行預金も代替の対象となるCBDCが発行される場合、金融政策の有効性は高まる一方で、金融システムにおける銀行の地盤沈下は加速しかねない。
  3. CBDCの発行は、人民元の利便性の向上を通じて、人民元の国際化に寄与すると期待されている。しかし、厳しい資本規制が維持され、CBDCもその対象になると予想される以上、その効果は限定的であろう。
  4. 中国は、CBDCを本格的に導入する最初の国になりそうである。それに向けて、綿密に構想を練っており、実行に移ってからも慎重な姿勢は変わらないと予想される。最終的に、中国において、現金が完全にCBDCに取って代わられ、キャッシュレス社会が実現されるだろうが、そこまでの道のりはまだ遠い。
ESG/SDGs
時流 金融規制のNext Step 上智大学法科大学院教授 森下 哲朗

金融審議会のスタディ・グループやワーキング・グループでは新たな金融規制のあり方についての議論が行われてきた。そこでは、今後の金融規制のあるべき姿として、イノベーションの促進と利用者利便の向上に資する規制体系であること、同一の機能・同一のリスクには同一のルールを適用すること、といった基本的な方向性が示されている。具体的な規制の見直しという観点でも、決済分野等で一定の成果が出ており今後の活用が期待される。同時に、今後の検討課題も多い。産官学が一体となって知恵を出し合ってより良い金融規制を構築していく必要がある。

地方公共団体と地方銀行
−指定金融機関制度の変遷と今後の展望−
江夏 あかね
  1. 地方公共団体と地方銀行は、指定金融機関制度等を通じて深い関係を長らく築いており、互いに地域経済社会にとって不可欠な存在となっている。しかし、金融市場環境や地域経済社会の構造が移り変わる中、1990年代後半頃からその関係が変化する傾向が見られている。特に、2010年代半ば頃からの金利水準の継続的な低下も相まって、地方公共団体向けビジネスから距離を置くことを検討する金融機関が出現するなど、かつてに比べて厳しいものとなりつつある。
  2. 地方公共団体が中長期的に行財政の持続可能性を維持する上では、(1)国の厳しい財政状況、(2)地方公共団体による社会保障や公共施設等の適正化といった喫緊の施策への取り組み、といった課題を克服することが必要と考えられる。
  3. 地方経済社会の持続可能性を確保するためには、それらに加え、幅広い意味での地方創生や持続可能な開発目標(SDGs)達成に向けた取り組みを進めることも求められる。ただし、地方創生やSDGsも含めた取り組みを、地方公共団体のみで包括的に進めることは困難であり、地方銀行等と連携し、地方が抱える課題を解決していくことが重要である。
  4. 地方公共団体と地方銀行の双方が連携するメリットを感じ、持続的な関係を築くためには、地域をめぐる問題意識の共有、経済合理性の確保、域内の付加価値を創出する取り組みでの協働といった点がカギになろう。そのような観点から、地方公共団体と地方銀行がメリットを感じて連携可能な分野としては、例えば、公共施設等の適正管理、地域中小企業におけるSDGs支援といったものが挙げられる。
注目される地方銀行によるグリーンボンドの発行 富永 健司
  1. 世界の金融市場において、環境・社会・ガバナンス(ESG)を重視する投資概念の浸透、パリ協定や持続可能な開発目標(SDGs)等の国際合意を背景に、グリーンボンドの発行が伸びている。日本においても2017年頃からグリーンボンドの発行が増加している。これまで、日本の銀行によるグリーンボンドの発行は政府系金融機関やメガバンク等が中心となっていたが、このたび新たに地方銀行がグリーンボンドを発行した。具体的には、群馬銀行が2019年11月に国内の地方銀行として初めて発行し、その後、名古屋銀行が2019年12月に発行した。
  2. 日本においては近年、ESG金融における間接金融の重要性に対する認識が高まっている。そのような中で、地方銀行は、(1)担当主幹部署の設置、(2)プロジェクトチームの組成、(3)行動宣言や行動憲章の制定、(4)ESG/SDGsを意識した投資方針の制定、(5)ESG/SDGsを意識した融資方針の制定、などの形で取り組みを進めている。
  3. これらに加えて地方銀行は、地方経済・社会の中心的な担い手として、地方創生に関する取り組みも行っており、元々ESG/SDGs金融との親和性が高かったと言える。グリーンボンドの発行は、資本調達面におけるESG/SDGsへの対応という観点で考えることができる。
  4. 群馬銀行と名古屋銀行の発行事例で共通しているのは、規制資本の充実を目的とした社債発行を通じて、(1)組織として注力するESG/SDGsへの取り組みについての資本調達面からの拡充、(2)グリーンボンドの発行による幅広い業態の投資家層へのアクセス、を実現したことである。地方銀行セクターにおいては、ESG/SDGsへの取り組みが進む中で、今後グリーンボンド発行という手法が活用されるようになるのか注目される。グリーンボンドを通じた融資等が、地方銀行ビジネスの活性化へ貢献し、同時に環境・地域社会へのインパクトを創出するのかといった点も今後さらなる議論が求められよう。
米国地域金融機関の証券ビジネスを支援するLPLファイナンシャル 下山 貴史岡田 功太
  1. LPLファイナンシャルは、全米最大級のファイナンシャル・アドバイザー向け証券取引サービス提供会社として知られている。同社は、地銀、信用組合、独立系ファイナンシャル・アドバイザー(IFA会社)に所属する約1万6,100名のファイナンシャル・アドバイザーに、証券取引及び証券事業支援サービスを提供している。それらのファイナンシャル・アドバイザーは、主に地方で営業活動に従事していることから、LPLファイナンシャルは、地域金融機関の証券ビジネスを支援している存在とも言える。
  2. 同社は、ブローカレッジ・サービスとアドバイザリー・サービスを提供するが、近年は投資アドバイスの対価としてフィーを受け取るアドバイザリー・サービスに注力している。また、ファイナンシャル・アドバイザーの業務効率化を目的としたテクノロジー・ツール等の提供も行っており、2019年のテクノロジー投資額を約1億5,000万ドルに決定し、同ツールの拡充を図っている。
  3. LPLファイナンシャルは、上記のサービスを通じて、多様な地域金融機関に属するファイナンシャル・アドバイザーを支援している。同社との提携を通じて、非金利収入を増加させた地域金融機関、収益源の多角化を図る銀行、顧客との関係強化や業務効率化を実現した小規模信用組合やIFA会社など様々である。
  4. LPLファイナンシャルの成長は、大手証券会社が有するミドルオフィス及びバックオフィス機能を、サービスとして社外に提供することで収益化できる可能性を示唆すると共に、地域金融機関にとって同サービスが魅力的であることを意味している。LPLファイナンシャルのようなサービス提供者は、米国の幅広い地域において、顧客に対して適切なファイナンシャル・アドバイスが提供されるためにも、欠かせない存在と言えよう。
金融包摂を促進する重要な役割を担うフィリピンの地域金融機関 北野 陽平武井 悠輔
  1. フィリピンは、堅調な経済成長を持続させ、より包摂的な発展を実現するべく、国民の幅広い金融包摂を推進している。同国において金融機関口座を保有する15歳以上人口の割合は2017年時点で32%で、地方では26%に留まり、多くの地方自治体では銀行が設置されていない。そのような中、フィリピン中央銀行(BSP)は、銀行サービスが提供されていない地方自治体の割合を2020年までに20%へと引き下げることを目指している。
  2. フィリピンの銀行は、ユニバーサルバンク、商業銀行、貯蓄銀行、農村銀行、協同組合銀行に分類される。このうち、農村銀行は、地方における金融包摂を促進する重要な役割を担うと期待されている。地方居住者の資金需要に対応するため、BSP主導で農村銀行のプレゼンス強化に向けた取り組みが進められてきた結果、農村銀行の店舗数は1999年末の1,778店から2019年9月末には3,048店となり、融資残高は同期間に3.6倍に増加した。
  3. 金融包摂の促進には決済サービスの利用拡大も課題となる中、全国レベルで国民による安価、効率的、安全、信頼性の高い決済を可能にする仕組みの構築を目指して、「国家リテール決済システム(NRPS)」が2015年に導入された。現状、NRPSは地方では普及が進んでおらず、農村銀行間の送金・決済システムも接続されていない。そうした中、ブロックチェーン技術の活用により、農村銀行間の直接送金や効率的な国際送金を可能にするプロジェクトが進められている。
  4. 農村銀行は、より安価で金融サービスを提供するためのテクノロジーの活用にも取り組み始めている。例えば、足下では、ITコスト及びオペレーションコストの削減等を目的として、クラウドベースの勘定系システムを導入する動きが見られる。地方では、ITの利用環境は都市部に比べ総じて遅れているものの、将来的には、都市部で始まっている金融サービスのデジタル化が広がっていく可能性もある。今後、フィリピンにおける地域金融機関のサービスが、どのような発展を遂げるのか注目される。
最終化された米国の大手銀行規制の見直し
−リスク・プロファイルに応じたプルーデンス規制の再構築−
小立 敬
  1. 米国FRBは2019年10月、銀行のリスク・プロファイルをプルーデンス規制の枠組みに反映させるテイラード・アプローチの下、総資産1,000億ドル以上の米国銀行および外国銀行のプルーデンス規制の枠組みを改定する最終規則を公表し、2019年末から適用を開始した。
  2. 従来はドッド=フランク法に基づいて、総資産500億ドル以上の銀行持株会社には厳格なプルーデンス規制が適用されてきたが、トランプ政権の下、2018年5月に成立した経済成長・規制緩和・消費者保護法が、厳格なプルーデンス規制の適用基準を総資産500億ドルから2,500億ドルに引き上げたことが背景にある。
  3. 最終規則によって、総資産1,000億ドル以上の米国銀行、外国銀行はリスク・プロファイルに応じて「カテゴリーI」から「カテゴリーIV」までの4つのカテゴリーに区分され、各々のカテゴリーに応じて厳格さの異なる自己資本規制や流動性規制、ストレス・テストの要件等が課せられることとなる。
  4. 金融危機以降、FRBはプルーデンス規制に銀行のリスク・プロファイルを反映させる取組みを行ってきた。今般のテイラード・アプローチによってリスク・プロファイルに応じたカテゴリーが明確化されており、従来に比べてより洗練された枠組みとなったという評価が可能であろう。
  5. ただし、外国銀行の扱いに関しては議論がある。特に具体的な争点となっているのが、外国銀行の米国支店に対して標準化された流動規制を適用するか否かの検討である。最終規則では具体的な措置は見送られたが、FRBは数カ月以内に検討する方針を明らかにしている。また、外国銀行の扱いについては、金融危機後の金融規制改革の重大な副作用として認識されている市場の分断につながるとの指摘もあり、最終規則が適用された後のFRBによる規制の合理性の検証が期待される。
米国で最も便利な銀行とは 淵田 康之
  1. グローバル金融危機後、米国では国内リテール業務に強い金融機関のプレゼンスが高まっている。外資系金融機関のなかでも、カナダのトロント・ドミニオンバンク・グループ(TDバンク・グループ)傘下のTDバンクは、米国内でリテール業務に注力することで顕著な成長を遂げている。
  2. 各国の多くの金融機関は、世界の金融ビジネスの中心である米国市場に進出し、業務拡大を目指してきた。しかし今日、日系や欧州系の金融機関の多くは、過去の一時期に比べ、米国市場における存在感を低下させている。こうしたなかTDバンクは、「米国で最も便利な銀行」を掲げ、米国で最も成功した外資系銀行となったのである。
  3. 金融危機を経て、米国金融市場の重要性はむしろ高まった。プラスの金利が維持され、預金・貸出など正常な金融ビジネスが成り立つ、世界で数少ない市場の一つとなったからである。TDバンクは、やはり経済が底堅く推移し、また安定した金融システムを持つカナダをマザーマーケットとしつつ、米国でリテール金融業務を拡大することにより、グループ全体の企業価値向上に寄与している。
  4. TDバンク・グループは、TDアメリトレードを通じて、米国におけるリテール証券ビジネスでも存在感を示してきた。そして2019年、取引手数料ゼロ時代が到来すると、TDアメリトレードをチャールズ・シュワブに売却し、チャールズ・シュワブの大株主となった。
  5. わが国の主要金融機関においても、今後の成長のためには海外ビジネスの拡大が不可欠であるが、その成功には、国内の経済や金融システムの改善・改革が前提となろう。その上で、どれだけ多くの現地ユーザーに、真に必要とされる金融機関となれるかがカギとなろう。
チャールズ・シュワブによるTDアメリトレードの買収
−米国個人向け金融サービス業界への示唆−
岡田 功太
  1. チャールズ・シュワブは2019年11月、TDアメリトレードを買収することを公表した。本件は株式交換で行われ、買収額は約260億ドルに達する。買収完了後のチャールズ・シュワブの預かり資産は約5.1兆ドル、証券口座数は約2,400万口座に達する見込みである(単純合算ベース)。同社は、コスト削減と顧客基盤の強化を推進し、より効率的で大規模な個人向け金融サービス業を追求すると見られる。
  2. 今般の買収の背景として、(1)売買手数料無料化等により事業環境が急激に変化していること、(2)連邦準備制度理事会の利下げの影響によって金利収入が縮小し、更なる預かり資産の拡大の必要性が高まったこと、(3)チャールズ・シュワブが創業当初から掲げてきた経営哲学に基づく「好循環」の一層の強化と整合的であること、が挙げられる。
  3. 買収完了後のチャールズ・シュワブは、独立系ファイナンシャル・アドバイザーである投資顧問業者(RIA)から約2兆ドルの資産を預かることになり、これを契機にRIAの顧客化を巡る大手金融機関の競争が激化する可能性が高い。また、長年、チャールズ・シュワブ及びTDアメリトレードと競合関係にあるイー・トレードを中心に、ディスカウント・ブローカー業界の再編も注目されている。アドバイザリー・フィーの低下と、同サービスに組み入れられるミューチュアルファンド及びETFの低コスト化の可能性も指摘されている。
  4. 今般の買収は、ディスカウント・ブローカー及びRIA向けサービス事業におけるチャールズ・シュワブやフィデリティ・インベストメンツなど、一部の大手金融機関が、より一層巨大化する方向性を示唆しており、今後の動向は注視する必要がある。
上場・非上場の垣根を飛び越えるクロスオーバー投資
−米国ミューチュアルファンドによるプレIPO株式投資の実状−
竹下 智
  1. 上場企業を主な投資対象とするミューチュアルファンドやヘッジファンドによる非上場企業への投資は、上場/非上場の垣根を越えた投資という意味で「クロスオーバー投資」と呼ばれる。近年、米国では非上場企業への投資において、VC以外のミューチュアルファンドやヘッジファンド等の存在が大きくなってきている。特に、IPO前のウーバー・テクノロジーズには55本のミューチュアルファンドが投資を行っていたことが知られている。
  2. クロスオーバー投資家は、レイターステージでの大型の資金調達において主要な投資家の一つであるとともに、アーリーステージの投資家(含む従業員)に流動性を供給する役割を担っている。ミューチュアルファンドが非上場企業への投資を行う理由として、(1)IPOまで待っていると会社の成長サイクルの重要なステージを逃す可能性がある、(2)イノベーションや創造的破壊が起きている産業セクターの評価をするには上場企業および非上場企業の両方を見ておく必要がある、という点があげられる。
  3. 非上場株式は取引所での株価が存在しないため、運用会社毎に投資対象の時価評価を行っている。非上場企業には上場企業に課せられた情報開示等の義務がないため、投資家が独自で情報収集にあたらなければならず、経営状況の監視やバリエーションに費やす時間が必然的に上場企業の場合よりも多くなる。そのため、クロスオーバー投資は分析リソースが豊富な大規模ファンドに適している。
  4. 米国ミューチュアルファンドはすでに日本の非上場企業への投資を行っている。日本国内においても今後、イノベーションの促進、ベンチャー支援策の充実を図る上で、クロスオーバー投資の振興も重要な課題となるのではないか。
米国における退職資産拡充策を巡る議論
−退職保障強化法案(SECURE法案)を中心に−
岡田 功太中村 美江奈
  1. 米国では、長寿化が進行する一方で、ソーシャル・セキュリティ(公的年金)の財政難等の課題がある。こうした中、連邦議会では、超党派の有力議員が、「全地域社会における退職保障強化法案」(通称SECURE法案)を提出した。同法案は、下院で既に可決されており、上院で審議待ちの状態である。
  2. SECURE法案は、2006年年金保護法以来、13年ぶりの本格的な年金制度改革である。2006年年金保護法は、401(k)プランの「自動化」の制度の整備等により、職域の確定拠出年金(DC)プランや個人退職勘定(IRA)の資産の積み立て(アキュミュレーション)促進に寄与した。SECURE法案は、退職プラン加入者のさらなる拡大と、引退後の資産の取り崩し(デキュミュレーション)局面における課題解消等を目指している。
  3. SECURE法案の主な特徴は、第一に、伝統的IRAの拠出年齢制限の廃止といった既存の退職資産形成制度の拡大の促進である。第二に、退職プランへの長期雇用パート従業員の加入促進や、中小企業従業員の退職プラン加入促進を意図した複数雇用主プラン(MEP)の要件緩和等の加入者拡大である。第三に、デキュミュレーションにおけるアニュイティ等の普及促進や、退職後の収入予測といったライフタイム・インカム確保の施策である。
  4. SECURE法案は超党派の支持を得ているものの、成立の可否やタイミングについては、政局次第である。他方、同法案の内容を念頭に、大手資産運用会社等は新たなソリューションの開発を推進している。つまり、SECURE法案は、既に米国リタイアメント市場において新たなダイナミズムを生み出しはじめており、法案の成否と併せて、今後の展開が注目される。
欧州における投信併合
−英国の事例を中心に−
神山 哲也塩島 晋
  1. 日本では、小規模投信(ファンド)が多数存在するという問題に対処するべく、ファンド併合を実施可能にするための制度面の整備が行われてきた。しかし、実績は2019年11月に発表された一件に留まっている。今後、自助努力による資産形成、資産運用の重要性が増していく中、ファンド併合等を通じて運用業界の効率化を図ることは一層求められるようになろう。
  2. 欧州では従来、ファンド併合が月間数十件というペースで行われてきた。EU域内におけるクロスボーダーのファンド併合を促進するための制度整備も行われてきた。EUの制度を国内法化した英国では、スキーム・オブ・アレンジメントと呼ばれる仕組みを用いてファンド併合が行われている。
  3. 英国のファンド併合事例を見ると、目的として、小規模ファンドを併合することによる規模の経済追求等を掲げた上で、ファンド・オブ・ファンズと通常のファンドの併合や、株・債券の組入比率の相違、デリバティブ利用の有無、分配頻度など、ファンドの形態や運用手法は必ずしも近似したものでなくても実施されている。
  4. 英国では、ファンドの規模が最適水準を大幅に下回っていると考えられる場合、運用方法等の細かな相違には拘らず、より総合的な投資家利益への配慮から、規模の経済を優先する姿勢がみられる。日本においてファンド併合を検討する際に、参考になるアプローチであると考えられる。
2020年以降の議決権行使助言会社の助言方針改定 西山 賢吾
  1. 代表的な議決権行使助言会社であるISSとグラス・ルイスの2020年議決権行使助言方針改定内容が明らかになった(改定内容の一部の適用は2021年)。ISSの改定は、(1)政策保有先企業出身の社外役員には「独立性なし」の判断、(2)親会社、支配株主の存在する企業に対する独立社外取締役の増員、の2点、そして、グラス・ルイスでは、東証1、2部対象企業に最低1名以上の女性役員登用を要請、(2)政策保有株式保有水準に関する基準の導入(2021年より)の2点である。
  2. 今回の助言方針改定の特徴として、ISSは社外役員の独立性という観点、グラス・ルイスは保有水準という観点から、それぞれ、政策保有株式を議決権行使助言方針に取り入れたことが挙げられる。従来政策保有株式と議決権行使を関連付けることは難しいと考えられていたが、今回の助言方針改定を受け、機関投資家でも同様な議決権行使助言方針を採用するかどうかが注目される。しかし、現状ではその動きが大きく進むとは考えにくく、エンゲージメントの重要テーマとしてより多くの投資家が取り上げることになるであろう。
  3. 社外取締役の増員も重要なテーマである。これについては、全ての企業に3分の1以上の独立社外取締役を求める機関投資家も出始めてきたが、全体としては支配株主や親会社のある企業などに社外取締役の増員を求める動きがさらに進む一方、全ての企業に求める動きが大きく広がるにはなお時間を要すると考える。
  4. 議決権行使助言会社の影響力に関し話題に上ることが多く、2020年に改訂予定のスチュワードシップ・コードにおいても、議決権行使助言会社に対し、十分かつ適切な人的・組織体制の整備とそれを含む助言策定プロセスの具体的な公表などが求められている。その背景には、機関投資家の議決権行使を助言会社が決めている、すなわち、議決権行使助言会社の助言方針をそのまま機関投資家が取り入れているという誤解があると推察されるが、実際には、「機関投資家の議決権行使に対する意見や考え方のコンセンサスが議決権行使助言会社の助言方針」となっているといえるであろう。
気候変動対策で世界のリーダーを目指す「欧州グリーンディール」 江夏 あかね磯部 昌吾
  1. 欧州連合(EU)の執行機関である欧州委員会は2019年12月11日、脱炭素と経済成長の両立を図ることを目的とした工程表である「欧州グリーンディール」を公表した。同工程表は、2019年12月1日に就任したフォンデアライエン欧州委員長が最優先政策に掲げる気候変動対策の一環として位置付けられる。
  2. 欧州グリーンディールで注目されるのは、気候関連目標への野心的なアプローチ、低炭素経済社会への移行に関する支援、サステナブルファイナンス戦略の3点である。2020年第3四半期に公表予定のサステナブルファイナンス戦略では、(1)サステナブル投資に関する基盤強化、(2)サステナブル投資に関する特定可能性及び信頼性向上、(3)気候・環境リスクの金融システムへの組み入れ、といった3つの方針が掲げられた。
  3. 欧州グリーンディールは、基本的にはEU域内を対象としているものの、日本を含めたEU域外の国・地域に影響が及ぶ可能性が高いことが示唆された。同時に、欧州グリーンディールの実現に向けて、サステナブルファイナンス戦略を通じて、金融市場にもタクソノミー、開示、ラベル、EUグリーンボンド基準(EU GBS)、健全性規制といった複数の側面から影響が及ぶ可能性があることも示された。
  4. 世界に先駆けて包括的な気候変動対策に取り組むEUが示した欧州グリーンディールの各項目に関する今後の進捗や実効性等に対して、世界各国の政府、産業界、金融市場から注目が集まる状況が続くと想定される。
欧州公的年金基金の気候変動への対応
−スウェーデンAP基金、仏FRR、ノルウェーGPFGの事例を中心に−
林 宏美
  1. 金融安定理事会(FSB)の下部組織であるTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)が2017年6月に公表した最終提言(TCFD最終提言)では、インベストメントチェーンの頂点に位置付けられる年金基金等のアセット・オーナーも、投資先企業による取り組みを促す役割を果たすべく、一定の情報開示が求められている。2018年11月に英国のNGOが大規模な公的年金基金の取り組み状況を評価した報告書では、TCFD最終提言に則した情報を開示しているか、開示する方針にある年金基金が全体の17%にとどまった。
  2. 気候変動への取り組みが高く評価されている欧州公的年金の事例としては、スウェーデンのAP基金、フランスのFRR、ノルウェーGPFG等が挙げられる。AP基金は、2019年、法律により責任投資と高いリターン追求の両立が求められるようになった。AP基金やFRRは、再生可能エネルギー事業等への投資を可能とする取り組みを推進しているほか、指数提供業者との提携を通じて低炭素関連指標の開発・拡充を進めるなど、様々な活動を展開しはじめている。
  3. 欧州の公的年金基金による気候変動への対応としては、従来化石燃料企業からの投資引き揚げ(ダイベストメント)を通じて、気候リスクの低減を図る動きが目立っていたが、近年はその取り組みが多様化している。ダイベストメントよりもエンゲージメントや議決権行使などを通じて、企業に気候変動への対応を促す傾向が前面に出ている。また、再生可能エネルギー事業等への投資を拡大できるよう、運用方針を変更する動きも目立つ。
  4. 大規模な公的年金による気候変動への取り組みは、他の機関投資家に及ぼすシグナル効果が大きいと見られる。それらの取り組みが、気候変動によるリスクや機会を示す各種指標データの蓄積、標準化など、上記に挙げた課題解消に寄与することも期待される。
トランジションボンドの登場とサステナブルファイナンスの新潮流 江夏 あかね
  1. トランジションボンドは、一般的に、二酸化炭素排出量等の観点からグリーンボンドの発行基準を満たさないものの、低炭素経済社会等に移行(トランジション)するためのプロジェクトを資金使途とする債券を指す。
  2. トランジションボンドが誕生した背景としては、金融市場において、開示、経済活動の分類、ベンチマーク等、複数の分野で、「トランジション(移行)」がテーマとして注目を集めつつあることが挙げられる。そして、フランスの大手運用機関アクサ・インベストメント・マネージャーズ(アクサIM)が2019年6月にガイドラインを公表、クレディ・スイスと気候債券イニシアチブ(CBI)が2019年9月に「サステナブル・トランジションボンド」に関するパートナーシップ締結、といった動きもある。
  3. トランジションボンド及び同市場が健全に発展していくためには、発行体によるサステナビリティ戦略へのコミットメントを通じて市場の信認を得ることが大前提になるほか、グリーンボンド等と同様に、レポーティング等を通じて、投資家が環境・社会面でのインパクトを適切に把握できるように透明性を確保することが重要と思われる。
EUにおける自己資本規制へのESGリスク反映の議論
−アクション・プランを示した欧州銀行監督機構−
磯部 昌吾
  1. 欧州連合(EU)において気候変動問題への関心が増々高まる中、欧州銀行監督機構(EBA)は、2019年12月6日にサステナブル・ファイナンスに関するアクション・プランを公表し、自己資本規制における環境・社会・ガバナンス(ESG)リスクの反映に関する検討スケジュールを明らかにした。
  2. 気候変動問題への対応には多額の追加投資が必要となることから、銀行の金融仲介機能を通じて、民間資金が気候変動対応に回るように促していく上で、自己資本規制におけるESGリスクの反映は、重要な政策手段の1つとなる可能性がある。
  3. EBAは、自己資本規制の3つの柱におけるESGリスクの反映を検討した上で、欧州委員会等への報告やガイドライン・細則案の策定を行う予定である。特に、第1の柱(最低基準)については、評価の複雑性と潜在的な影響の大きさを踏まえて、2025年6月までという長い評価期間を設けているのが特徴的である。
  4. 欧州の規制当局の見解は一枚岩ではなく、まずはEBAの検討結果が待たれるところである。EUが独自に自己資本規制にESGリスクを組み入れる場合には、EUの銀行の与信行動に影響を与えるであろう。また、EU域外の銀行との間で資本賦課に差が出るようであれば、国際競争上の問題が生じる可能性も考えられ、その場合には他の国においても同様の措置が取られるかが論点となってこよう。EUにおける議論とEU域外への波及の可能性を今後も注視する必要があるだろう。
中央銀行デジタル通貨の発行を目指す中国
−予想されるマクロ面での影響−
関 志雄
  1. 中国では、中央銀行デジタル通貨(CBDC)の発行は、構想から実行の段階に移ろうとしている。中国が導入しようとするCBDCは、だれでもアクセスでき、決済が仲介機関を経由しない「リテール・トークン型」である。その特徴は、(1)現金(M0)の代替、(2)中央銀行と利用者の間に商業銀行などの仲介機関が入る二層構造の運営体制、(3)特定の技術に限定しない、(4)無利子、(5)「制御可能な匿名性」に基づく個人情報の取り扱い、(6)オフライン決済が可能、である。
  2. 現段階の構想通りに、CBDCが無利子で、現金の代替にとどまる場合、その導入によってもたらされる金融政策と金融システムへの影響はそれほど大きくない。しかし、金利が付き、現金だけでなく銀行預金も代替の対象となるCBDCが発行される場合、金融政策の有効性は高まる一方で、金融システムにおける銀行の地盤沈下は加速しかねない。
  3. CBDCの発行は、人民元の利便性の向上を通じて、人民元の国際化に寄与すると期待されている。しかし、厳しい資本規制が維持され、CBDCもその対象になると予想される以上、その効果は限定的であろう。
  4. 中国は、CBDCを本格的に導入する最初の国になりそうである。それに向けて、綿密に構想を練っており、実行に移ってからも慎重な姿勢は変わらないと予想される。最終的に、中国において、現金が完全にCBDCに取って代わられ、キャッシュレス社会が実現されるだろうが、そこまでの道のりはまだ遠い。
要約
時流 金融規制のNext Step 上智大学法科大学院教授 森下 哲朗

金融審議会のスタディ・グループやワーキング・グループでは新たな金融規制のあり方についての議論が行われてきた。そこでは、今後の金融規制のあるべき姿として、イノベーションの促進と利用者利便の向上に資する規制体系であること、同一の機能・同一のリスクには同一のルールを適用すること、といった基本的な方向性が示されている。具体的な規制の見直しという観点でも、決済分野等で一定の成果が出ており今後の活用が期待される。同時に、今後の検討課題も多い。産官学が一体となって知恵を出し合ってより良い金融規制を構築していく必要がある。

地方公共団体と地方銀行
−指定金融機関制度の変遷と今後の展望−
江夏 あかね
  1. 地方公共団体と地方銀行は、指定金融機関制度等を通じて深い関係を長らく築いており、互いに地域経済社会にとって不可欠な存在となっている。しかし、金融市場環境や地域経済社会の構造が移り変わる中、1990年代後半頃からその関係が変化する傾向が見られている。特に、2010年代半ば頃からの金利水準の継続的な低下も相まって、地方公共団体向けビジネスから距離を置くことを検討する金融機関が出現するなど、かつてに比べて厳しいものとなりつつある。
  2. 地方公共団体が中長期的に行財政の持続可能性を維持する上では、(1)国の厳しい財政状況、(2)地方公共団体による社会保障や公共施設等の適正化といった喫緊の施策への取り組み、といった課題を克服することが必要と考えられる。
  3. 地方経済社会の持続可能性を確保するためには、それらに加え、幅広い意味での地方創生や持続可能な開発目標(SDGs)達成に向けた取り組みを進めることも求められる。ただし、地方創生やSDGsも含めた取り組みを、地方公共団体のみで包括的に進めることは困難であり、地方銀行等と連携し、地方が抱える課題を解決していくことが重要である。
  4. 地方公共団体と地方銀行の双方が連携するメリットを感じ、持続的な関係を築くためには、地域をめぐる問題意識の共有、経済合理性の確保、域内の付加価値を創出する取り組みでの協働といった点がカギになろう。そのような観点から、地方公共団体と地方銀行がメリットを感じて連携可能な分野としては、例えば、公共施設等の適正管理、地域中小企業におけるSDGs支援といったものが挙げられる。
注目される地方銀行によるグリーンボンドの発行 富永 健司
  1. 世界の金融市場において、環境・社会・ガバナンス(ESG)を重視する投資概念の浸透、パリ協定や持続可能な開発目標(SDGs)等の国際合意を背景に、グリーンボンドの発行が伸びている。日本においても2017年頃からグリーンボンドの発行が増加している。これまで、日本の銀行によるグリーンボンドの発行は政府系金融機関やメガバンク等が中心となっていたが、このたび新たに地方銀行がグリーンボンドを発行した。具体的には、群馬銀行が2019年11月に国内の地方銀行として初めて発行し、その後、名古屋銀行が2019年12月に発行した。
  2. 日本においては近年、ESG金融における間接金融の重要性に対する認識が高まっている。そのような中で、地方銀行は、(1)担当主幹部署の設置、(2)プロジェクトチームの組成、(3)行動宣言や行動憲章の制定、(4)ESG/SDGsを意識した投資方針の制定、(5)ESG/SDGsを意識した融資方針の制定、などの形で取り組みを進めている。
  3. これらに加えて地方銀行は、地方経済・社会の中心的な担い手として、地方創生に関する取り組みも行っており、元々ESG/SDGs金融との親和性が高かったと言える。グリーンボンドの発行は、資本調達面におけるESG/SDGsへの対応という観点で考えることができる。
  4. 群馬銀行と名古屋銀行の発行事例で共通しているのは、規制資本の充実を目的とした社債発行を通じて、(1)組織として注力するESG/SDGsへの取り組みについての資本調達面からの拡充、(2)グリーンボンドの発行による幅広い業態の投資家層へのアクセス、を実現したことである。地方銀行セクターにおいては、ESG/SDGsへの取り組みが進む中で、今後グリーンボンド発行という手法が活用されるようになるのか注目される。グリーンボンドを通じた融資等が、地方銀行ビジネスの活性化へ貢献し、同時に環境・地域社会へのインパクトを創出するのかといった点も今後さらなる議論が求められよう。
米国地域金融機関の証券ビジネスを支援するLPLファイナンシャル 下山 貴史岡田 功太
  1. LPLファイナンシャルは、全米最大級のファイナンシャル・アドバイザー向け証券取引サービス提供会社として知られている。同社は、地銀、信用組合、独立系ファイナンシャル・アドバイザー(IFA会社)に所属する約1万6,100名のファイナンシャル・アドバイザーに、証券取引及び証券事業支援サービスを提供している。それらのファイナンシャル・アドバイザーは、主に地方で営業活動に従事していることから、LPLファイナンシャルは、地域金融機関の証券ビジネスを支援している存在とも言える。
  2. 同社は、ブローカレッジ・サービスとアドバイザリー・サービスを提供するが、近年は投資アドバイスの対価としてフィーを受け取るアドバイザリー・サービスに注力している。また、ファイナンシャル・アドバイザーの業務効率化を目的としたテクノロジー・ツール等の提供も行っており、2019年のテクノロジー投資額を約1億5,000万ドルに決定し、同ツールの拡充を図っている。
  3. LPLファイナンシャルは、上記のサービスを通じて、多様な地域金融機関に属するファイナンシャル・アドバイザーを支援している。同社との提携を通じて、非金利収入を増加させた地域金融機関、収益源の多角化を図る銀行、顧客との関係強化や業務効率化を実現した小規模信用組合やIFA会社など様々である。
  4. LPLファイナンシャルの成長は、大手証券会社が有するミドルオフィス及びバックオフィス機能を、サービスとして社外に提供することで収益化できる可能性を示唆すると共に、地域金融機関にとって同サービスが魅力的であることを意味している。LPLファイナンシャルのようなサービス提供者は、米国の幅広い地域において、顧客に対して適切なファイナンシャル・アドバイスが提供されるためにも、欠かせない存在と言えよう。
金融包摂を促進する重要な役割を担うフィリピンの地域金融機関 北野 陽平武井 悠輔
  1. フィリピンは、堅調な経済成長を持続させ、より包摂的な発展を実現するべく、国民の幅広い金融包摂を推進している。同国において金融機関口座を保有する15歳以上人口の割合は2017年時点で32%で、地方では26%に留まり、多くの地方自治体では銀行が設置されていない。そのような中、フィリピン中央銀行(BSP)は、銀行サービスが提供されていない地方自治体の割合を2020年までに20%へと引き下げることを目指している。
  2. フィリピンの銀行は、ユニバーサルバンク、商業銀行、貯蓄銀行、農村銀行、協同組合銀行に分類される。このうち、農村銀行は、地方における金融包摂を促進する重要な役割を担うと期待されている。地方居住者の資金需要に対応するため、BSP主導で農村銀行のプレゼンス強化に向けた取り組みが進められてきた結果、農村銀行の店舗数は1999年末の1,778店から2019年9月末には3,048店となり、融資残高は同期間に3.6倍に増加した。
  3. 金融包摂の促進には決済サービスの利用拡大も課題となる中、全国レベルで国民による安価、効率的、安全、信頼性の高い決済を可能にする仕組みの構築を目指して、「国家リテール決済システム(NRPS)」が2015年に導入された。現状、NRPSは地方では普及が進んでおらず、農村銀行間の送金・決済システムも接続されていない。そうした中、ブロックチェーン技術の活用により、農村銀行間の直接送金や効率的な国際送金を可能にするプロジェクトが進められている。
  4. 農村銀行は、より安価で金融サービスを提供するためのテクノロジーの活用にも取り組み始めている。例えば、足下では、ITコスト及びオペレーションコストの削減等を目的として、クラウドベースの勘定系システムを導入する動きが見られる。地方では、ITの利用環境は都市部に比べ総じて遅れているものの、将来的には、都市部で始まっている金融サービスのデジタル化が広がっていく可能性もある。今後、フィリピンにおける地域金融機関のサービスが、どのような発展を遂げるのか注目される。
最終化された米国の大手銀行規制の見直し
−リスク・プロファイルに応じたプルーデンス規制の再構築−
小立 敬
  1. 米国FRBは2019年10月、銀行のリスク・プロファイルをプルーデンス規制の枠組みに反映させるテイラード・アプローチの下、総資産1,000億ドル以上の米国銀行および外国銀行のプルーデンス規制の枠組みを改定する最終規則を公表し、2019年末から適用を開始した。
  2. 従来はドッド=フランク法に基づいて、総資産500億ドル以上の銀行持株会社には厳格なプルーデンス規制が適用されてきたが、トランプ政権の下、2018年5月に成立した経済成長・規制緩和・消費者保護法が、厳格なプルーデンス規制の適用基準を総資産500億ドルから2,500億ドルに引き上げたことが背景にある。
  3. 最終規則によって、総資産1,000億ドル以上の米国銀行、外国銀行はリスク・プロファイルに応じて「カテゴリーI」から「カテゴリーIV」までの4つのカテゴリーに区分され、各々のカテゴリーに応じて厳格さの異なる自己資本規制や流動性規制、ストレス・テストの要件等が課せられることとなる。
  4. 金融危機以降、FRBはプルーデンス規制に銀行のリスク・プロファイルを反映させる取組みを行ってきた。今般のテイラード・アプローチによってリスク・プロファイルに応じたカテゴリーが明確化されており、従来に比べてより洗練された枠組みとなったという評価が可能であろう。
  5. ただし、外国銀行の扱いに関しては議論がある。特に具体的な争点となっているのが、外国銀行の米国支店に対して標準化された流動規制を適用するか否かの検討である。最終規則では具体的な措置は見送られたが、FRBは数カ月以内に検討する方針を明らかにしている。また、外国銀行の扱いについては、金融危機後の金融規制改革の重大な副作用として認識されている市場の分断につながるとの指摘もあり、最終規則が適用された後のFRBによる規制の合理性の検証が期待される。
米国で最も便利な銀行とは 淵田 康之
  1. グローバル金融危機後、米国では国内リテール業務に強い金融機関のプレゼンスが高まっている。外資系金融機関のなかでも、カナダのトロント・ドミニオンバンク・グループ(TDバンク・グループ)傘下のTDバンクは、米国内でリテール業務に注力することで顕著な成長を遂げている。
  2. 各国の多くの金融機関は、世界の金融ビジネスの中心である米国市場に進出し、業務拡大を目指してきた。しかし今日、日系や欧州系の金融機関の多くは、過去の一時期に比べ、米国市場における存在感を低下させている。こうしたなかTDバンクは、「米国で最も便利な銀行」を掲げ、米国で最も成功した外資系銀行となったのである。
  3. 金融危機を経て、米国金融市場の重要性はむしろ高まった。プラスの金利が維持され、預金・貸出など正常な金融ビジネスが成り立つ、世界で数少ない市場の一つとなったからである。TDバンクは、やはり経済が底堅く推移し、また安定した金融システムを持つカナダをマザーマーケットとしつつ、米国でリテール金融業務を拡大することにより、グループ全体の企業価値向上に寄与している。
  4. TDバンク・グループは、TDアメリトレードを通じて、米国におけるリテール証券ビジネスでも存在感を示してきた。そして2019年、取引手数料ゼロ時代が到来すると、TDアメリトレードをチャールズ・シュワブに売却し、チャールズ・シュワブの大株主となった。
  5. わが国の主要金融機関においても、今後の成長のためには海外ビジネスの拡大が不可欠であるが、その成功には、国内の経済や金融システムの改善・改革が前提となろう。その上で、どれだけ多くの現地ユーザーに、真に必要とされる金融機関となれるかがカギとなろう。
チャールズ・シュワブによるTDアメリトレードの買収
−米国個人向け金融サービス業界への示唆−
岡田 功太
  1. チャールズ・シュワブは2019年11月、TDアメリトレードを買収することを公表した。本件は株式交換で行われ、買収額は約260億ドルに達する。買収完了後のチャールズ・シュワブの預かり資産は約5.1兆ドル、証券口座数は約2,400万口座に達する見込みである(単純合算ベース)。同社は、コスト削減と顧客基盤の強化を推進し、より効率的で大規模な個人向け金融サービス業を追求すると見られる。
  2. 今般の買収の背景として、(1)売買手数料無料化等により事業環境が急激に変化していること、(2)連邦準備制度理事会の利下げの影響によって金利収入が縮小し、更なる預かり資産の拡大の必要性が高まったこと、(3)チャールズ・シュワブが創業当初から掲げてきた経営哲学に基づく「好循環」の一層の強化と整合的であること、が挙げられる。
  3. 買収完了後のチャールズ・シュワブは、独立系ファイナンシャル・アドバイザーである投資顧問業者(RIA)から約2兆ドルの資産を預かることになり、これを契機にRIAの顧客化を巡る大手金融機関の競争が激化する可能性が高い。また、長年、チャールズ・シュワブ及びTDアメリトレードと競合関係にあるイー・トレードを中心に、ディスカウント・ブローカー業界の再編も注目されている。アドバイザリー・フィーの低下と、同サービスに組み入れられるミューチュアルファンド及びETFの低コスト化の可能性も指摘されている。
  4. 今般の買収は、ディスカウント・ブローカー及びRIA向けサービス事業におけるチャールズ・シュワブやフィデリティ・インベストメンツなど、一部の大手金融機関が、より一層巨大化する方向性を示唆しており、今後の動向は注視する必要がある。
上場・非上場の垣根を飛び越えるクロスオーバー投資
−米国ミューチュアルファンドによるプレIPO株式投資の実状−
竹下 智
  1. 上場企業を主な投資対象とするミューチュアルファンドやヘッジファンドによる非上場企業への投資は、上場/非上場の垣根を越えた投資という意味で「クロスオーバー投資」と呼ばれる。近年、米国では非上場企業への投資において、VC以外のミューチュアルファンドやヘッジファンド等の存在が大きくなってきている。特に、IPO前のウーバー・テクノロジーズには55本のミューチュアルファンドが投資を行っていたことが知られている。
  2. クロスオーバー投資家は、レイターステージでの大型の資金調達において主要な投資家の一つであるとともに、アーリーステージの投資家(含む従業員)に流動性を供給する役割を担っている。ミューチュアルファンドが非上場企業への投資を行う理由として、(1)IPOまで待っていると会社の成長サイクルの重要なステージを逃す可能性がある、(2)イノベーションや創造的破壊が起きている産業セクターの評価をするには上場企業および非上場企業の両方を見ておく必要がある、という点があげられる。
  3. 非上場株式は取引所での株価が存在しないため、運用会社毎に投資対象の時価評価を行っている。非上場企業には上場企業に課せられた情報開示等の義務がないため、投資家が独自で情報収集にあたらなければならず、経営状況の監視やバリエーションに費やす時間が必然的に上場企業の場合よりも多くなる。そのため、クロスオーバー投資は分析リソースが豊富な大規模ファンドに適している。
  4. 米国ミューチュアルファンドはすでに日本の非上場企業への投資を行っている。日本国内においても今後、イノベーションの促進、ベンチャー支援策の充実を図る上で、クロスオーバー投資の振興も重要な課題となるのではないか。
米国における退職資産拡充策を巡る議論
−退職保障強化法案(SECURE法案)を中心に−
岡田 功太中村 美江奈
  1. 米国では、長寿化が進行する一方で、ソーシャル・セキュリティ(公的年金)の財政難等の課題がある。こうした中、連邦議会では、超党派の有力議員が、「全地域社会における退職保障強化法案」(通称SECURE法案)を提出した。同法案は、下院で既に可決されており、上院で審議待ちの状態である。
  2. SECURE法案は、2006年年金保護法以来、13年ぶりの本格的な年金制度改革である。2006年年金保護法は、401(k)プランの「自動化」の制度の整備等により、職域の確定拠出年金(DC)プランや個人退職勘定(IRA)の資産の積み立て(アキュミュレーション)促進に寄与した。SECURE法案は、退職プラン加入者のさらなる拡大と、引退後の資産の取り崩し(デキュミュレーション)局面における課題解消等を目指している。
  3. SECURE法案の主な特徴は、第一に、伝統的IRAの拠出年齢制限の廃止といった既存の退職資産形成制度の拡大の促進である。第二に、退職プランへの長期雇用パート従業員の加入促進や、中小企業従業員の退職プラン加入促進を意図した複数雇用主プラン(MEP)の要件緩和等の加入者拡大である。第三に、デキュミュレーションにおけるアニュイティ等の普及促進や、退職後の収入予測といったライフタイム・インカム確保の施策である。
  4. SECURE法案は超党派の支持を得ているものの、成立の可否やタイミングについては、政局次第である。他方、同法案の内容を念頭に、大手資産運用会社等は新たなソリューションの開発を推進している。つまり、SECURE法案は、既に米国リタイアメント市場において新たなダイナミズムを生み出しはじめており、法案の成否と併せて、今後の展開が注目される。
欧州における投信併合
−英国の事例を中心に−
神山 哲也塩島 晋
  1. 日本では、小規模投信(ファンド)が多数存在するという問題に対処するべく、ファンド併合を実施可能にするための制度面の整備が行われてきた。しかし、実績は2019年11月に発表された一件に留まっている。今後、自助努力による資産形成、資産運用の重要性が増していく中、ファンド併合等を通じて運用業界の効率化を図ることは一層求められるようになろう。
  2. 欧州では従来、ファンド併合が月間数十件というペースで行われてきた。EU域内におけるクロスボーダーのファンド併合を促進するための制度整備も行われてきた。EUの制度を国内法化した英国では、スキーム・オブ・アレンジメントと呼ばれる仕組みを用いてファンド併合が行われている。
  3. 英国のファンド併合事例を見ると、目的として、小規模ファンドを併合することによる規模の経済追求等を掲げた上で、ファンド・オブ・ファンズと通常のファンドの併合や、株・債券の組入比率の相違、デリバティブ利用の有無、分配頻度など、ファンドの形態や運用手法は必ずしも近似したものでなくても実施されている。
  4. 英国では、ファンドの規模が最適水準を大幅に下回っていると考えられる場合、運用方法等の細かな相違には拘らず、より総合的な投資家利益への配慮から、規模の経済を優先する姿勢がみられる。日本においてファンド併合を検討する際に、参考になるアプローチであると考えられる。
2020年以降の議決権行使助言会社の助言方針改定 西山 賢吾
  1. 代表的な議決権行使助言会社であるISSとグラス・ルイスの2020年議決権行使助言方針改定内容が明らかになった(改定内容の一部の適用は2021年)。ISSの改定は、(1)政策保有先企業出身の社外役員には「独立性なし」の判断、(2)親会社、支配株主の存在する企業に対する独立社外取締役の増員、の2点、そして、グラス・ルイスでは、東証1、2部対象企業に最低1名以上の女性役員登用を要請、(2)政策保有株式保有水準に関する基準の導入(2021年より)の2点である。
  2. 今回の助言方針改定の特徴として、ISSは社外役員の独立性という観点、グラス・ルイスは保有水準という観点から、それぞれ、政策保有株式を議決権行使助言方針に取り入れたことが挙げられる。従来政策保有株式と議決権行使を関連付けることは難しいと考えられていたが、今回の助言方針改定を受け、機関投資家でも同様な議決権行使助言方針を採用するかどうかが注目される。しかし、現状ではその動きが大きく進むとは考えにくく、エンゲージメントの重要テーマとしてより多くの投資家が取り上げることになるであろう。
  3. 社外取締役の増員も重要なテーマである。これについては、全ての企業に3分の1以上の独立社外取締役を求める機関投資家も出始めてきたが、全体としては支配株主や親会社のある企業などに社外取締役の増員を求める動きがさらに進む一方、全ての企業に求める動きが大きく広がるにはなお時間を要すると考える。
  4. 議決権行使助言会社の影響力に関し話題に上ることが多く、2020年に改訂予定のスチュワードシップ・コードにおいても、議決権行使助言会社に対し、十分かつ適切な人的・組織体制の整備とそれを含む助言策定プロセスの具体的な公表などが求められている。その背景には、機関投資家の議決権行使を助言会社が決めている、すなわち、議決権行使助言会社の助言方針をそのまま機関投資家が取り入れているという誤解があると推察されるが、実際には、「機関投資家の議決権行使に対する意見や考え方のコンセンサスが議決権行使助言会社の助言方針」となっているといえるであろう。
気候変動対策で世界のリーダーを目指す「欧州グリーンディール」 江夏 あかね磯部 昌吾
  1. 欧州連合(EU)の執行機関である欧州委員会は2019年12月11日、脱炭素と経済成長の両立を図ることを目的とした工程表である「欧州グリーンディール」を公表した。同工程表は、2019年12月1日に就任したフォンデアライエン欧州委員長が最優先政策に掲げる気候変動対策の一環として位置付けられる。
  2. 欧州グリーンディールで注目されるのは、気候関連目標への野心的なアプローチ、低炭素経済社会への移行に関する支援、サステナブルファイナンス戦略の3点である。2020年第3四半期に公表予定のサステナブルファイナンス戦略では、(1)サステナブル投資に関する基盤強化、(2)サステナブル投資に関する特定可能性及び信頼性向上、(3)気候・環境リスクの金融システムへの組み入れ、といった3つの方針が掲げられた。
  3. 欧州グリーンディールは、基本的にはEU域内を対象としているものの、日本を含めたEU域外の国・地域に影響が及ぶ可能性が高いことが示唆された。同時に、欧州グリーンディールの実現に向けて、サステナブルファイナンス戦略を通じて、金融市場にもタクソノミー、開示、ラベル、EUグリーンボンド基準(EU GBS)、健全性規制といった複数の側面から影響が及ぶ可能性があることも示された。
  4. 世界に先駆けて包括的な気候変動対策に取り組むEUが示した欧州グリーンディールの各項目に関する今後の進捗や実効性等に対して、世界各国の政府、産業界、金融市場から注目が集まる状況が続くと想定される。
欧州公的年金基金の気候変動への対応
−スウェーデンAP基金、仏FRR、ノルウェーGPFGの事例を中心に−
林 宏美
  1. 金融安定理事会(FSB)の下部組織であるTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)が2017年6月に公表した最終提言(TCFD最終提言)では、インベストメントチェーンの頂点に位置付けられる年金基金等のアセット・オーナーも、投資先企業による取り組みを促す役割を果たすべく、一定の情報開示が求められている。2018年11月に英国のNGOが大規模な公的年金基金の取り組み状況を評価した報告書では、TCFD最終提言に則した情報を開示しているか、開示する方針にある年金基金が全体の17%にとどまった。
  2. 気候変動への取り組みが高く評価されている欧州公的年金の事例としては、スウェーデンのAP基金、フランスのFRR、ノルウェーGPFG等が挙げられる。AP基金は、2019年、法律により責任投資と高いリターン追求の両立が求められるようになった。AP基金やFRRは、再生可能エネルギー事業等への投資を可能とする取り組みを推進しているほか、指数提供業者との提携を通じて低炭素関連指標の開発・拡充を進めるなど、様々な活動を展開しはじめている。
  3. 欧州の公的年金基金による気候変動への対応としては、従来化石燃料企業からの投資引き揚げ(ダイベストメント)を通じて、気候リスクの低減を図る動きが目立っていたが、近年はその取り組みが多様化している。ダイベストメントよりもエンゲージメントや議決権行使などを通じて、企業に気候変動への対応を促す傾向が前面に出ている。また、再生可能エネルギー事業等への投資を拡大できるよう、運用方針を変更する動きも目立つ。
  4. 大規模な公的年金による気候変動への取り組みは、他の機関投資家に及ぼすシグナル効果が大きいと見られる。それらの取り組みが、気候変動によるリスクや機会を示す各種指標データの蓄積、標準化など、上記に挙げた課題解消に寄与することも期待される。
トランジションボンドの登場とサステナブルファイナンスの新潮流 江夏 あかね
  1. トランジションボンドは、一般的に、二酸化炭素排出量等の観点からグリーンボンドの発行基準を満たさないものの、低炭素経済社会等に移行(トランジション)するためのプロジェクトを資金使途とする債券を指す。
  2. トランジションボンドが誕生した背景としては、金融市場において、開示、経済活動の分類、ベンチマーク等、複数の分野で、「トランジション(移行)」がテーマとして注目を集めつつあることが挙げられる。そして、フランスの大手運用機関アクサ・インベストメント・マネージャーズ(アクサIM)が2019年6月にガイドラインを公表、クレディ・スイスと気候債券イニシアチブ(CBI)が2019年9月に「サステナブル・トランジションボンド」に関するパートナーシップ締結、といった動きもある。
  3. トランジションボンド及び同市場が健全に発展していくためには、発行体によるサステナビリティ戦略へのコミットメントを通じて市場の信認を得ることが大前提になるほか、グリーンボンド等と同様に、レポーティング等を通じて、投資家が環境・社会面でのインパクトを適切に把握できるように透明性を確保することが重要と思われる。
EUにおける自己資本規制へのESGリスク反映の議論
−アクション・プランを示した欧州銀行監督機構−
磯部 昌吾
  1. 欧州連合(EU)において気候変動問題への関心が増々高まる中、欧州銀行監督機構(EBA)は、2019年12月6日にサステナブル・ファイナンスに関するアクション・プランを公表し、自己資本規制における環境・社会・ガバナンス(ESG)リスクの反映に関する検討スケジュールを明らかにした。
  2. 気候変動問題への対応には多額の追加投資が必要となることから、銀行の金融仲介機能を通じて、民間資金が気候変動対応に回るように促していく上で、自己資本規制におけるESGリスクの反映は、重要な政策手段の1つとなる可能性がある。
  3. EBAは、自己資本規制の3つの柱におけるESGリスクの反映を検討した上で、欧州委員会等への報告やガイドライン・細則案の策定を行う予定である。特に、第1の柱(最低基準)については、評価の複雑性と潜在的な影響の大きさを踏まえて、2025年6月までという長い評価期間を設けているのが特徴的である。
  4. 欧州の規制当局の見解は一枚岩ではなく、まずはEBAの検討結果が待たれるところである。EUが独自に自己資本規制にESGリスクを組み入れる場合には、EUの銀行の与信行動に影響を与えるであろう。また、EU域外の銀行との間で資本賦課に差が出るようであれば、国際競争上の問題が生じる可能性も考えられ、その場合には他の国においても同様の措置が取られるかが論点となってこよう。EUにおける議論とEU域外への波及の可能性を今後も注視する必要があるだろう。
中央銀行デジタル通貨の発行を目指す中国
−予想されるマクロ面での影響−
関 志雄
  1. 中国では、中央銀行デジタル通貨(CBDC)の発行は、構想から実行の段階に移ろうとしている。中国が導入しようとするCBDCは、だれでもアクセスでき、決済が仲介機関を経由しない「リテール・トークン型」である。その特徴は、(1)現金(M0)の代替、(2)中央銀行と利用者の間に商業銀行などの仲介機関が入る二層構造の運営体制、(3)特定の技術に限定しない、(4)無利子、(5)「制御可能な匿名性」に基づく個人情報の取り扱い、(6)オフライン決済が可能、である。
  2. 現段階の構想通りに、CBDCが無利子で、現金の代替にとどまる場合、その導入によってもたらされる金融政策と金融システムへの影響はそれほど大きくない。しかし、金利が付き、現金だけでなく銀行預金も代替の対象となるCBDCが発行される場合、金融政策の有効性は高まる一方で、金融システムにおける銀行の地盤沈下は加速しかねない。
  3. CBDCの発行は、人民元の利便性の向上を通じて、人民元の国際化に寄与すると期待されている。しかし、厳しい資本規制が維持され、CBDCもその対象になると予想される以上、その効果は限定的であろう。
  4. 中国は、CBDCを本格的に導入する最初の国になりそうである。それに向けて、綿密に構想を練っており、実行に移ってからも慎重な姿勢は変わらないと予想される。最終的に、中国において、現金が完全にCBDCに取って代わられ、キャッシュレス社会が実現されるだろうが、そこまでの道のりはまだ遠い。
時流 金融規制のNext Step 上智大学法科大学院教授 森下 哲朗

金融審議会のスタディ・グループやワーキング・グループでは新たな金融規制のあり方についての議論が行われてきた。そこでは、今後の金融規制のあるべき姿として、イノベーションの促進と利用者利便の向上に資する規制体系であること、同一の機能・同一のリスクには同一のルールを適用すること、といった基本的な方向性が示されている。具体的な規制の見直しという観点でも、決済分野等で一定の成果が出ており今後の活用が期待される。同時に、今後の検討課題も多い。産官学が一体となって知恵を出し合ってより良い金融規制を構築していく必要がある。

地方公共団体と地方銀行
−指定金融機関制度の変遷と今後の展望−
江夏 あかね
  1. 地方公共団体と地方銀行は、指定金融機関制度等を通じて深い関係を長らく築いており、互いに地域経済社会にとって不可欠な存在となっている。しかし、金融市場環境や地域経済社会の構造が移り変わる中、1990年代後半頃からその関係が変化する傾向が見られている。特に、2010年代半ば頃からの金利水準の継続的な低下も相まって、地方公共団体向けビジネスから距離を置くことを検討する金融機関が出現するなど、かつてに比べて厳しいものとなりつつある。
  2. 地方公共団体が中長期的に行財政の持続可能性を維持する上では、(1)国の厳しい財政状況、(2)地方公共団体による社会保障や公共施設等の適正化といった喫緊の施策への取り組み、といった課題を克服することが必要と考えられる。
  3. 地方経済社会の持続可能性を確保するためには、それらに加え、幅広い意味での地方創生や持続可能な開発目標(SDGs)達成に向けた取り組みを進めることも求められる。ただし、地方創生やSDGsも含めた取り組みを、地方公共団体のみで包括的に進めることは困難であり、地方銀行等と連携し、地方が抱える課題を解決していくことが重要である。
  4. 地方公共団体と地方銀行の双方が連携するメリットを感じ、持続的な関係を築くためには、地域をめぐる問題意識の共有、経済合理性の確保、域内の付加価値を創出する取り組みでの協働といった点がカギになろう。そのような観点から、地方公共団体と地方銀行がメリットを感じて連携可能な分野としては、例えば、公共施設等の適正管理、地域中小企業におけるSDGs支援といったものが挙げられる。
注目される地方銀行によるグリーンボンドの発行 富永 健司
  1. 世界の金融市場において、環境・社会・ガバナンス(ESG)を重視する投資概念の浸透、パリ協定や持続可能な開発目標(SDGs)等の国際合意を背景に、グリーンボンドの発行が伸びている。日本においても2017年頃からグリーンボンドの発行が増加している。これまで、日本の銀行によるグリーンボンドの発行は政府系金融機関やメガバンク等が中心となっていたが、このたび新たに地方銀行がグリーンボンドを発行した。具体的には、群馬銀行が2019年11月に国内の地方銀行として初めて発行し、その後、名古屋銀行が2019年12月に発行した。
  2. 日本においては近年、ESG金融における間接金融の重要性に対する認識が高まっている。そのような中で、地方銀行は、(1)担当主幹部署の設置、(2)プロジェクトチームの組成、(3)行動宣言や行動憲章の制定、(4)ESG/SDGsを意識した投資方針の制定、(5)ESG/SDGsを意識した融資方針の制定、などの形で取り組みを進めている。
  3. これらに加えて地方銀行は、地方経済・社会の中心的な担い手として、地方創生に関する取り組みも行っており、元々ESG/SDGs金融との親和性が高かったと言える。グリーンボンドの発行は、資本調達面におけるESG/SDGsへの対応という観点で考えることができる。
  4. 群馬銀行と名古屋銀行の発行事例で共通しているのは、規制資本の充実を目的とした社債発行を通じて、(1)組織として注力するESG/SDGsへの取り組みについての資本調達面からの拡充、(2)グリーンボンドの発行による幅広い業態の投資家層へのアクセス、を実現したことである。地方銀行セクターにおいては、ESG/SDGsへの取り組みが進む中で、今後グリーンボンド発行という手法が活用されるようになるのか注目される。グリーンボンドを通じた融資等が、地方銀行ビジネスの活性化へ貢献し、同時に環境・地域社会へのインパクトを創出するのかといった点も今後さらなる議論が求められよう。
米国地域金融機関の証券ビジネスを支援するLPLファイナンシャル 下山 貴史岡田 功太
  1. LPLファイナンシャルは、全米最大級のファイナンシャル・アドバイザー向け証券取引サービス提供会社として知られている。同社は、地銀、信用組合、独立系ファイナンシャル・アドバイザー(IFA会社)に所属する約1万6,100名のファイナンシャル・アドバイザーに、証券取引及び証券事業支援サービスを提供している。それらのファイナンシャル・アドバイザーは、主に地方で営業活動に従事していることから、LPLファイナンシャルは、地域金融機関の証券ビジネスを支援している存在とも言える。
  2. 同社は、ブローカレッジ・サービスとアドバイザリー・サービスを提供するが、近年は投資アドバイスの対価としてフィーを受け取るアドバイザリー・サービスに注力している。また、ファイナンシャル・アドバイザーの業務効率化を目的としたテクノロジー・ツール等の提供も行っており、2019年のテクノロジー投資額を約1億5,000万ドルに決定し、同ツールの拡充を図っている。
  3. LPLファイナンシャルは、上記のサービスを通じて、多様な地域金融機関に属するファイナンシャル・アドバイザーを支援している。同社との提携を通じて、非金利収入を増加させた地域金融機関、収益源の多角化を図る銀行、顧客との関係強化や業務効率化を実現した小規模信用組合やIFA会社など様々である。
  4. LPLファイナンシャルの成長は、大手証券会社が有するミドルオフィス及びバックオフィス機能を、サービスとして社外に提供することで収益化できる可能性を示唆すると共に、地域金融機関にとって同サービスが魅力的であることを意味している。LPLファイナンシャルのようなサービス提供者は、米国の幅広い地域において、顧客に対して適切なファイナンシャル・アドバイスが提供されるためにも、欠かせない存在と言えよう。
金融包摂を促進する重要な役割を担うフィリピンの地域金融機関 北野 陽平武井 悠輔
  1. フィリピンは、堅調な経済成長を持続させ、より包摂的な発展を実現するべく、国民の幅広い金融包摂を推進している。同国において金融機関口座を保有する15歳以上人口の割合は2017年時点で32%で、地方では26%に留まり、多くの地方自治体では銀行が設置されていない。そのような中、フィリピン中央銀行(BSP)は、銀行サービスが提供されていない地方自治体の割合を2020年までに20%へと引き下げることを目指している。
  2. フィリピンの銀行は、ユニバーサルバンク、商業銀行、貯蓄銀行、農村銀行、協同組合銀行に分類される。このうち、農村銀行は、地方における金融包摂を促進する重要な役割を担うと期待されている。地方居住者の資金需要に対応するため、BSP主導で農村銀行のプレゼンス強化に向けた取り組みが進められてきた結果、農村銀行の店舗数は1999年末の1,778店から2019年9月末には3,048店となり、融資残高は同期間に3.6倍に増加した。
  3. 金融包摂の促進には決済サービスの利用拡大も課題となる中、全国レベルで国民による安価、効率的、安全、信頼性の高い決済を可能にする仕組みの構築を目指して、「国家リテール決済システム(NRPS)」が2015年に導入された。現状、NRPSは地方では普及が進んでおらず、農村銀行間の送金・決済システムも接続されていない。そうした中、ブロックチェーン技術の活用により、農村銀行間の直接送金や効率的な国際送金を可能にするプロジェクトが進められている。
  4. 農村銀行は、より安価で金融サービスを提供するためのテクノロジーの活用にも取り組み始めている。例えば、足下では、ITコスト及びオペレーションコストの削減等を目的として、クラウドベースの勘定系システムを導入する動きが見られる。地方では、ITの利用環境は都市部に比べ総じて遅れているものの、将来的には、都市部で始まっている金融サービスのデジタル化が広がっていく可能性もある。今後、フィリピンにおける地域金融機関のサービスが、どのような発展を遂げるのか注目される。
最終化された米国の大手銀行規制の見直し
−リスク・プロファイルに応じたプルーデンス規制の再構築−
小立 敬
  1. 米国FRBは2019年10月、銀行のリスク・プロファイルをプルーデンス規制の枠組みに反映させるテイラード・アプローチの下、総資産1,000億ドル以上の米国銀行および外国銀行のプルーデンス規制の枠組みを改定する最終規則を公表し、2019年末から適用を開始した。
  2. 従来はドッド=フランク法に基づいて、総資産500億ドル以上の銀行持株会社には厳格なプルーデンス規制が適用されてきたが、トランプ政権の下、2018年5月に成立した経済成長・規制緩和・消費者保護法が、厳格なプルーデンス規制の適用基準を総資産500億ドルから2,500億ドルに引き上げたことが背景にある。
  3. 最終規則によって、総資産1,000億ドル以上の米国銀行、外国銀行はリスク・プロファイルに応じて「カテゴリーI」から「カテゴリーIV」までの4つのカテゴリーに区分され、各々のカテゴリーに応じて厳格さの異なる自己資本規制や流動性規制、ストレス・テストの要件等が課せられることとなる。
  4. 金融危機以降、FRBはプルーデンス規制に銀行のリスク・プロファイルを反映させる取組みを行ってきた。今般のテイラード・アプローチによってリスク・プロファイルに応じたカテゴリーが明確化されており、従来に比べてより洗練された枠組みとなったという評価が可能であろう。
  5. ただし、外国銀行の扱いに関しては議論がある。特に具体的な争点となっているのが、外国銀行の米国支店に対して標準化された流動規制を適用するか否かの検討である。最終規則では具体的な措置は見送られたが、FRBは数カ月以内に検討する方針を明らかにしている。また、外国銀行の扱いについては、金融危機後の金融規制改革の重大な副作用として認識されている市場の分断につながるとの指摘もあり、最終規則が適用された後のFRBによる規制の合理性の検証が期待される。
米国で最も便利な銀行とは 淵田 康之
  1. グローバル金融危機後、米国では国内リテール業務に強い金融機関のプレゼンスが高まっている。外資系金融機関のなかでも、カナダのトロント・ドミニオンバンク・グループ(TDバンク・グループ)傘下のTDバンクは、米国内でリテール業務に注力することで顕著な成長を遂げている。
  2. 各国の多くの金融機関は、世界の金融ビジネスの中心である米国市場に進出し、業務拡大を目指してきた。しかし今日、日系や欧州系の金融機関の多くは、過去の一時期に比べ、米国市場における存在感を低下させている。こうしたなかTDバンクは、「米国で最も便利な銀行」を掲げ、米国で最も成功した外資系銀行となったのである。
  3. 金融危機を経て、米国金融市場の重要性はむしろ高まった。プラスの金利が維持され、預金・貸出など正常な金融ビジネスが成り立つ、世界で数少ない市場の一つとなったからである。TDバンクは、やはり経済が底堅く推移し、また安定した金融システムを持つカナダをマザーマーケットとしつつ、米国でリテール金融業務を拡大することにより、グループ全体の企業価値向上に寄与している。
  4. TDバンク・グループは、TDアメリトレードを通じて、米国におけるリテール証券ビジネスでも存在感を示してきた。そして2019年、取引手数料ゼロ時代が到来すると、TDアメリトレードをチャールズ・シュワブに売却し、チャールズ・シュワブの大株主となった。
  5. わが国の主要金融機関においても、今後の成長のためには海外ビジネスの拡大が不可欠であるが、その成功には、国内の経済や金融システムの改善・改革が前提となろう。その上で、どれだけ多くの現地ユーザーに、真に必要とされる金融機関となれるかがカギとなろう。
チャールズ・シュワブによるTDアメリトレードの買収
−米国個人向け金融サービス業界への示唆−
岡田 功太
  1. チャールズ・シュワブは2019年11月、TDアメリトレードを買収することを公表した。本件は株式交換で行われ、買収額は約260億ドルに達する。買収完了後のチャールズ・シュワブの預かり資産は約5.1兆ドル、証券口座数は約2,400万口座に達する見込みである(単純合算ベース)。同社は、コスト削減と顧客基盤の強化を推進し、より効率的で大規模な個人向け金融サービス業を追求すると見られる。
  2. 今般の買収の背景として、(1)売買手数料無料化等により事業環境が急激に変化していること、(2)連邦準備制度理事会の利下げの影響によって金利収入が縮小し、更なる預かり資産の拡大の必要性が高まったこと、(3)チャールズ・シュワブが創業当初から掲げてきた経営哲学に基づく「好循環」の一層の強化と整合的であること、が挙げられる。
  3. 買収完了後のチャールズ・シュワブは、独立系ファイナンシャル・アドバイザーである投資顧問業者(RIA)から約2兆ドルの資産を預かることになり、これを契機にRIAの顧客化を巡る大手金融機関の競争が激化する可能性が高い。また、長年、チャールズ・シュワブ及びTDアメリトレードと競合関係にあるイー・トレードを中心に、ディスカウント・ブローカー業界の再編も注目されている。アドバイザリー・フィーの低下と、同サービスに組み入れられるミューチュアルファンド及びETFの低コスト化の可能性も指摘されている。
  4. 今般の買収は、ディスカウント・ブローカー及びRIA向けサービス事業におけるチャールズ・シュワブやフィデリティ・インベストメンツなど、一部の大手金融機関が、より一層巨大化する方向性を示唆しており、今後の動向は注視する必要がある。
上場・非上場の垣根を飛び越えるクロスオーバー投資
−米国ミューチュアルファンドによるプレIPO株式投資の実状−
竹下 智
  1. 上場企業を主な投資対象とするミューチュアルファンドやヘッジファンドによる非上場企業への投資は、上場/非上場の垣根を越えた投資という意味で「クロスオーバー投資」と呼ばれる。近年、米国では非上場企業への投資において、VC以外のミューチュアルファンドやヘッジファンド等の存在が大きくなってきている。特に、IPO前のウーバー・テクノロジーズには55本のミューチュアルファンドが投資を行っていたことが知られている。
  2. クロスオーバー投資家は、レイターステージでの大型の資金調達において主要な投資家の一つであるとともに、アーリーステージの投資家(含む従業員)に流動性を供給する役割を担っている。ミューチュアルファンドが非上場企業への投資を行う理由として、(1)IPOまで待っていると会社の成長サイクルの重要なステージを逃す可能性がある、(2)イノベーションや創造的破壊が起きている産業セクターの評価をするには上場企業および非上場企業の両方を見ておく必要がある、という点があげられる。
  3. 非上場株式は取引所での株価が存在しないため、運用会社毎に投資対象の時価評価を行っている。非上場企業には上場企業に課せられた情報開示等の義務がないため、投資家が独自で情報収集にあたらなければならず、経営状況の監視やバリエーションに費やす時間が必然的に上場企業の場合よりも多くなる。そのため、クロスオーバー投資は分析リソースが豊富な大規模ファンドに適している。
  4. 米国ミューチュアルファンドはすでに日本の非上場企業への投資を行っている。日本国内においても今後、イノベーションの促進、ベンチャー支援策の充実を図る上で、クロスオーバー投資の振興も重要な課題となるのではないか。
米国における退職資産拡充策を巡る議論
−退職保障強化法案(SECURE法案)を中心に−
岡田 功太中村 美江奈
  1. 米国では、長寿化が進行する一方で、ソーシャル・セキュリティ(公的年金)の財政難等の課題がある。こうした中、連邦議会では、超党派の有力議員が、「全地域社会における退職保障強化法案」(通称SECURE法案)を提出した。同法案は、下院で既に可決されており、上院で審議待ちの状態である。
  2. SECURE法案は、2006年年金保護法以来、13年ぶりの本格的な年金制度改革である。2006年年金保護法は、401(k)プランの「自動化」の制度の整備等により、職域の確定拠出年金(DC)プランや個人退職勘定(IRA)の資産の積み立て(アキュミュレーション)促進に寄与した。SECURE法案は、退職プラン加入者のさらなる拡大と、引退後の資産の取り崩し(デキュミュレーション)局面における課題解消等を目指している。
  3. SECURE法案の主な特徴は、第一に、伝統的IRAの拠出年齢制限の廃止といった既存の退職資産形成制度の拡大の促進である。第二に、退職プランへの長期雇用パート従業員の加入促進や、中小企業従業員の退職プラン加入促進を意図した複数雇用主プラン(MEP)の要件緩和等の加入者拡大である。第三に、デキュミュレーションにおけるアニュイティ等の普及促進や、退職後の収入予測といったライフタイム・インカム確保の施策である。
  4. SECURE法案は超党派の支持を得ているものの、成立の可否やタイミングについては、政局次第である。他方、同法案の内容を念頭に、大手資産運用会社等は新たなソリューションの開発を推進している。つまり、SECURE法案は、既に米国リタイアメント市場において新たなダイナミズムを生み出しはじめており、法案の成否と併せて、今後の展開が注目される。
欧州における投信併合
−英国の事例を中心に−
神山 哲也塩島 晋
  1. 日本では、小規模投信(ファンド)が多数存在するという問題に対処するべく、ファンド併合を実施可能にするための制度面の整備が行われてきた。しかし、実績は2019年11月に発表された一件に留まっている。今後、自助努力による資産形成、資産運用の重要性が増していく中、ファンド併合等を通じて運用業界の効率化を図ることは一層求められるようになろう。
  2. 欧州では従来、ファンド併合が月間数十件というペースで行われてきた。EU域内におけるクロスボーダーのファンド併合を促進するための制度整備も行われてきた。EUの制度を国内法化した英国では、スキーム・オブ・アレンジメントと呼ばれる仕組みを用いてファンド併合が行われている。
  3. 英国のファンド併合事例を見ると、目的として、小規模ファンドを併合することによる規模の経済追求等を掲げた上で、ファンド・オブ・ファンズと通常のファンドの併合や、株・債券の組入比率の相違、デリバティブ利用の有無、分配頻度など、ファンドの形態や運用手法は必ずしも近似したものでなくても実施されている。
  4. 英国では、ファンドの規模が最適水準を大幅に下回っていると考えられる場合、運用方法等の細かな相違には拘らず、より総合的な投資家利益への配慮から、規模の経済を優先する姿勢がみられる。日本においてファンド併合を検討する際に、参考になるアプローチであると考えられる。
2020年以降の議決権行使助言会社の助言方針改定 西山 賢吾
  1. 代表的な議決権行使助言会社であるISSとグラス・ルイスの2020年議決権行使助言方針改定内容が明らかになった(改定内容の一部の適用は2021年)。ISSの改定は、(1)政策保有先企業出身の社外役員には「独立性なし」の判断、(2)親会社、支配株主の存在する企業に対する独立社外取締役の増員、の2点、そして、グラス・ルイスでは、東証1、2部対象企業に最低1名以上の女性役員登用を要請、(2)政策保有株式保有水準に関する基準の導入(2021年より)の2点である。
  2. 今回の助言方針改定の特徴として、ISSは社外役員の独立性という観点、グラス・ルイスは保有水準という観点から、それぞれ、政策保有株式を議決権行使助言方針に取り入れたことが挙げられる。従来政策保有株式と議決権行使を関連付けることは難しいと考えられていたが、今回の助言方針改定を受け、機関投資家でも同様な議決権行使助言方針を採用するかどうかが注目される。しかし、現状ではその動きが大きく進むとは考えにくく、エンゲージメントの重要テーマとしてより多くの投資家が取り上げることになるであろう。
  3. 社外取締役の増員も重要なテーマである。これについては、全ての企業に3分の1以上の独立社外取締役を求める機関投資家も出始めてきたが、全体としては支配株主や親会社のある企業などに社外取締役の増員を求める動きがさらに進む一方、全ての企業に求める動きが大きく広がるにはなお時間を要すると考える。
  4. 議決権行使助言会社の影響力に関し話題に上ることが多く、2020年に改訂予定のスチュワードシップ・コードにおいても、議決権行使助言会社に対し、十分かつ適切な人的・組織体制の整備とそれを含む助言策定プロセスの具体的な公表などが求められている。その背景には、機関投資家の議決権行使を助言会社が決めている、すなわち、議決権行使助言会社の助言方針をそのまま機関投資家が取り入れているという誤解があると推察されるが、実際には、「機関投資家の議決権行使に対する意見や考え方のコンセンサスが議決権行使助言会社の助言方針」となっているといえるであろう。
気候変動対策で世界のリーダーを目指す「欧州グリーンディール」 江夏 あかね磯部 昌吾
  1. 欧州連合(EU)の執行機関である欧州委員会は2019年12月11日、脱炭素と経済成長の両立を図ることを目的とした工程表である「欧州グリーンディール」を公表した。同工程表は、2019年12月1日に就任したフォンデアライエン欧州委員長が最優先政策に掲げる気候変動対策の一環として位置付けられる。
  2. 欧州グリーンディールで注目されるのは、気候関連目標への野心的なアプローチ、低炭素経済社会への移行に関する支援、サステナブルファイナンス戦略の3点である。2020年第3四半期に公表予定のサステナブルファイナンス戦略では、(1)サステナブル投資に関する基盤強化、(2)サステナブル投資に関する特定可能性及び信頼性向上、(3)気候・環境リスクの金融システムへの組み入れ、といった3つの方針が掲げられた。
  3. 欧州グリーンディールは、基本的にはEU域内を対象としているものの、日本を含めたEU域外の国・地域に影響が及ぶ可能性が高いことが示唆された。同時に、欧州グリーンディールの実現に向けて、サステナブルファイナンス戦略を通じて、金融市場にもタクソノミー、開示、ラベル、EUグリーンボンド基準(EU GBS)、健全性規制といった複数の側面から影響が及ぶ可能性があることも示された。
  4. 世界に先駆けて包括的な気候変動対策に取り組むEUが示した欧州グリーンディールの各項目に関する今後の進捗や実効性等に対して、世界各国の政府、産業界、金融市場から注目が集まる状況が続くと想定される。
欧州公的年金基金の気候変動への対応
−スウェーデンAP基金、仏FRR、ノルウェーGPFGの事例を中心に−
林 宏美
  1. 金融安定理事会(FSB)の下部組織であるTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)が2017年6月に公表した最終提言(TCFD最終提言)では、インベストメントチェーンの頂点に位置付けられる年金基金等のアセット・オーナーも、投資先企業による取り組みを促す役割を果たすべく、一定の情報開示が求められている。2018年11月に英国のNGOが大規模な公的年金基金の取り組み状況を評価した報告書では、TCFD最終提言に則した情報を開示しているか、開示する方針にある年金基金が全体の17%にとどまった。
  2. 気候変動への取り組みが高く評価されている欧州公的年金の事例としては、スウェーデンのAP基金、フランスのFRR、ノルウェーGPFG等が挙げられる。AP基金は、2019年、法律により責任投資と高いリターン追求の両立が求められるようになった。AP基金やFRRは、再生可能エネルギー事業等への投資を可能とする取り組みを推進しているほか、指数提供業者との提携を通じて低炭素関連指標の開発・拡充を進めるなど、様々な活動を展開しはじめている。
  3. 欧州の公的年金基金による気候変動への対応としては、従来化石燃料企業からの投資引き揚げ(ダイベストメント)を通じて、気候リスクの低減を図る動きが目立っていたが、近年はその取り組みが多様化している。ダイベストメントよりもエンゲージメントや議決権行使などを通じて、企業に気候変動への対応を促す傾向が前面に出ている。また、再生可能エネルギー事業等への投資を拡大できるよう、運用方針を変更する動きも目立つ。
  4. 大規模な公的年金による気候変動への取り組みは、他の機関投資家に及ぼすシグナル効果が大きいと見られる。それらの取り組みが、気候変動によるリスクや機会を示す各種指標データの蓄積、標準化など、上記に挙げた課題解消に寄与することも期待される。
トランジションボンドの登場とサステナブルファイナンスの新潮流 江夏 あかね
  1. トランジションボンドは、一般的に、二酸化炭素排出量等の観点からグリーンボンドの発行基準を満たさないものの、低炭素経済社会等に移行(トランジション)するためのプロジェクトを資金使途とする債券を指す。
  2. トランジションボンドが誕生した背景としては、金融市場において、開示、経済活動の分類、ベンチマーク等、複数の分野で、「トランジション(移行)」がテーマとして注目を集めつつあることが挙げられる。そして、フランスの大手運用機関アクサ・インベストメント・マネージャーズ(アクサIM)が2019年6月にガイドラインを公表、クレディ・スイスと気候債券イニシアチブ(CBI)が2019年9月に「サステナブル・トランジションボンド」に関するパートナーシップ締結、といった動きもある。
  3. トランジションボンド及び同市場が健全に発展していくためには、発行体によるサステナビリティ戦略へのコミットメントを通じて市場の信認を得ることが大前提になるほか、グリーンボンド等と同様に、レポーティング等を通じて、投資家が環境・社会面でのインパクトを適切に把握できるように透明性を確保することが重要と思われる。
EUにおける自己資本規制へのESGリスク反映の議論
−アクション・プランを示した欧州銀行監督機構−
磯部 昌吾
  1. 欧州連合(EU)において気候変動問題への関心が増々高まる中、欧州銀行監督機構(EBA)は、2019年12月6日にサステナブル・ファイナンスに関するアクション・プランを公表し、自己資本規制における環境・社会・ガバナンス(ESG)リスクの反映に関する検討スケジュールを明らかにした。
  2. 気候変動問題への対応には多額の追加投資が必要となることから、銀行の金融仲介機能を通じて、民間資金が気候変動対応に回るように促していく上で、自己資本規制におけるESGリスクの反映は、重要な政策手段の1つとなる可能性がある。
  3. EBAは、自己資本規制の3つの柱におけるESGリスクの反映を検討した上で、欧州委員会等への報告やガイドライン・細則案の策定を行う予定である。特に、第1の柱(最低基準)については、評価の複雑性と潜在的な影響の大きさを踏まえて、2025年6月までという長い評価期間を設けているのが特徴的である。
  4. 欧州の規制当局の見解は一枚岩ではなく、まずはEBAの検討結果が待たれるところである。EUが独自に自己資本規制にESGリスクを組み入れる場合には、EUの銀行の与信行動に影響を与えるであろう。また、EU域外の銀行との間で資本賦課に差が出るようであれば、国際競争上の問題が生じる可能性も考えられ、その場合には他の国においても同様の措置が取られるかが論点となってこよう。EUにおける議論とEU域外への波及の可能性を今後も注視する必要があるだろう。
中央銀行デジタル通貨の発行を目指す中国
−予想されるマクロ面での影響−
関 志雄
  1. 中国では、中央銀行デジタル通貨(CBDC)の発行は、構想から実行の段階に移ろうとしている。中国が導入しようとするCBDCは、だれでもアクセスでき、決済が仲介機関を経由しない「リテール・トークン型」である。その特徴は、(1)現金(M0)の代替、(2)中央銀行と利用者の間に商業銀行などの仲介機関が入る二層構造の運営体制、(3)特定の技術に限定しない、(4)無利子、(5)「制御可能な匿名性」に基づく個人情報の取り扱い、(6)オフライン決済が可能、である。
  2. 現段階の構想通りに、CBDCが無利子で、現金の代替にとどまる場合、その導入によってもたらされる金融政策と金融システムへの影響はそれほど大きくない。しかし、金利が付き、現金だけでなく銀行預金も代替の対象となるCBDCが発行される場合、金融政策の有効性は高まる一方で、金融システムにおける銀行の地盤沈下は加速しかねない。
  3. CBDCの発行は、人民元の利便性の向上を通じて、人民元の国際化に寄与すると期待されている。しかし、厳しい資本規制が維持され、CBDCもその対象になると予想される以上、その効果は限定的であろう。
  4. 中国は、CBDCを本格的に導入する最初の国になりそうである。それに向けて、綿密に構想を練っており、実行に移ってからも慎重な姿勢は変わらないと予想される。最終的に、中国において、現金が完全にCBDCに取って代わられ、キャッシュレス社会が実現されるだろうが、そこまでの道のりはまだ遠い。
要約
時流 金融規制のNext Step 上智大学法科大学院教授 森下 哲朗

金融審議会のスタディ・グループやワーキング・グループでは新たな金融規制のあり方についての議論が行われてきた。そこでは、今後の金融規制のあるべき姿として、イノベーションの促進と利用者利便の向上に資する規制体系であること、同一の機能・同一のリスクには同一のルールを適用すること、といった基本的な方向性が示されている。具体的な規制の見直しという観点でも、決済分野等で一定の成果が出ており今後の活用が期待される。同時に、今後の検討課題も多い。産官学が一体となって知恵を出し合ってより良い金融規制を構築していく必要がある。

地方公共団体と地方銀行
−指定金融機関制度の変遷と今後の展望−
江夏 あかね
  1. 地方公共団体と地方銀行は、指定金融機関制度等を通じて深い関係を長らく築いており、互いに地域経済社会にとって不可欠な存在となっている。しかし、金融市場環境や地域経済社会の構造が移り変わる中、1990年代後半頃からその関係が変化する傾向が見られている。特に、2010年代半ば頃からの金利水準の継続的な低下も相まって、地方公共団体向けビジネスから距離を置くことを検討する金融機関が出現するなど、かつてに比べて厳しいものとなりつつある。
  2. 地方公共団体が中長期的に行財政の持続可能性を維持する上では、(1)国の厳しい財政状況、(2)地方公共団体による社会保障や公共施設等の適正化といった喫緊の施策への取り組み、といった課題を克服することが必要と考えられる。
  3. 地方経済社会の持続可能性を確保するためには、それらに加え、幅広い意味での地方創生や持続可能な開発目標(SDGs)達成に向けた取り組みを進めることも求められる。ただし、地方創生やSDGsも含めた取り組みを、地方公共団体のみで包括的に進めることは困難であり、地方銀行等と連携し、地方が抱える課題を解決していくことが重要である。
  4. 地方公共団体と地方銀行の双方が連携するメリットを感じ、持続的な関係を築くためには、地域をめぐる問題意識の共有、経済合理性の確保、域内の付加価値を創出する取り組みでの協働といった点がカギになろう。そのような観点から、地方公共団体と地方銀行がメリットを感じて連携可能な分野としては、例えば、公共施設等の適正管理、地域中小企業におけるSDGs支援といったものが挙げられる。
注目される地方銀行によるグリーンボンドの発行 富永 健司
  1. 世界の金融市場において、環境・社会・ガバナンス(ESG)を重視する投資概念の浸透、パリ協定や持続可能な開発目標(SDGs)等の国際合意を背景に、グリーンボンドの発行が伸びている。日本においても2017年頃からグリーンボンドの発行が増加している。これまで、日本の銀行によるグリーンボンドの発行は政府系金融機関やメガバンク等が中心となっていたが、このたび新たに地方銀行がグリーンボンドを発行した。具体的には、群馬銀行が2019年11月に国内の地方銀行として初めて発行し、その後、名古屋銀行が2019年12月に発行した。
  2. 日本においては近年、ESG金融における間接金融の重要性に対する認識が高まっている。そのような中で、地方銀行は、(1)担当主幹部署の設置、(2)プロジェクトチームの組成、(3)行動宣言や行動憲章の制定、(4)ESG/SDGsを意識した投資方針の制定、(5)ESG/SDGsを意識した融資方針の制定、などの形で取り組みを進めている。
  3. これらに加えて地方銀行は、地方経済・社会の中心的な担い手として、地方創生に関する取り組みも行っており、元々ESG/SDGs金融との親和性が高かったと言える。グリーンボンドの発行は、資本調達面におけるESG/SDGsへの対応という観点で考えることができる。
  4. 群馬銀行と名古屋銀行の発行事例で共通しているのは、規制資本の充実を目的とした社債発行を通じて、(1)組織として注力するESG/SDGsへの取り組みについての資本調達面からの拡充、(2)グリーンボンドの発行による幅広い業態の投資家層へのアクセス、を実現したことである。地方銀行セクターにおいては、ESG/SDGsへの取り組みが進む中で、今後グリーンボンド発行という手法が活用されるようになるのか注目される。グリーンボンドを通じた融資等が、地方銀行ビジネスの活性化へ貢献し、同時に環境・地域社会へのインパクトを創出するのかといった点も今後さらなる議論が求められよう。
米国地域金融機関の証券ビジネスを支援するLPLファイナンシャル 下山 貴史岡田 功太
  1. LPLファイナンシャルは、全米最大級のファイナンシャル・アドバイザー向け証券取引サービス提供会社として知られている。同社は、地銀、信用組合、独立系ファイナンシャル・アドバイザー(IFA会社)に所属する約1万6,100名のファイナンシャル・アドバイザーに、証券取引及び証券事業支援サービスを提供している。それらのファイナンシャル・アドバイザーは、主に地方で営業活動に従事していることから、LPLファイナンシャルは、地域金融機関の証券ビジネスを支援している存在とも言える。
  2. 同社は、ブローカレッジ・サービスとアドバイザリー・サービスを提供するが、近年は投資アドバイスの対価としてフィーを受け取るアドバイザリー・サービスに注力している。また、ファイナンシャル・アドバイザーの業務効率化を目的としたテクノロジー・ツール等の提供も行っており、2019年のテクノロジー投資額を約1億5,000万ドルに決定し、同ツールの拡充を図っている。
  3. LPLファイナンシャルは、上記のサービスを通じて、多様な地域金融機関に属するファイナンシャル・アドバイザーを支援している。同社との提携を通じて、非金利収入を増加させた地域金融機関、収益源の多角化を図る銀行、顧客との関係強化や業務効率化を実現した小規模信用組合やIFA会社など様々である。
  4. LPLファイナンシャルの成長は、大手証券会社が有するミドルオフィス及びバックオフィス機能を、サービスとして社外に提供することで収益化できる可能性を示唆すると共に、地域金融機関にとって同サービスが魅力的であることを意味している。LPLファイナンシャルのようなサービス提供者は、米国の幅広い地域において、顧客に対して適切なファイナンシャル・アドバイスが提供されるためにも、欠かせない存在と言えよう。
金融包摂を促進する重要な役割を担うフィリピンの地域金融機関 北野 陽平武井 悠輔
  1. フィリピンは、堅調な経済成長を持続させ、より包摂的な発展を実現するべく、国民の幅広い金融包摂を推進している。同国において金融機関口座を保有する15歳以上人口の割合は2017年時点で32%で、地方では26%に留まり、多くの地方自治体では銀行が設置されていない。そのような中、フィリピン中央銀行(BSP)は、銀行サービスが提供されていない地方自治体の割合を2020年までに20%へと引き下げることを目指している。
  2. フィリピンの銀行は、ユニバーサルバンク、商業銀行、貯蓄銀行、農村銀行、協同組合銀行に分類される。このうち、農村銀行は、地方における金融包摂を促進する重要な役割を担うと期待されている。地方居住者の資金需要に対応するため、BSP主導で農村銀行のプレゼンス強化に向けた取り組みが進められてきた結果、農村銀行の店舗数は1999年末の1,778店から2019年9月末には3,048店となり、融資残高は同期間に3.6倍に増加した。
  3. 金融包摂の促進には決済サービスの利用拡大も課題となる中、全国レベルで国民による安価、効率的、安全、信頼性の高い決済を可能にする仕組みの構築を目指して、「国家リテール決済システム(NRPS)」が2015年に導入された。現状、NRPSは地方では普及が進んでおらず、農村銀行間の送金・決済システムも接続されていない。そうした中、ブロックチェーン技術の活用により、農村銀行間の直接送金や効率的な国際送金を可能にするプロジェクトが進められている。
  4. 農村銀行は、より安価で金融サービスを提供するためのテクノロジーの活用にも取り組み始めている。例えば、足下では、ITコスト及びオペレーションコストの削減等を目的として、クラウドベースの勘定系システムを導入する動きが見られる。地方では、ITの利用環境は都市部に比べ総じて遅れているものの、将来的には、都市部で始まっている金融サービスのデジタル化が広がっていく可能性もある。今後、フィリピンにおける地域金融機関のサービスが、どのような発展を遂げるのか注目される。
最終化された米国の大手銀行規制の見直し
−リスク・プロファイルに応じたプルーデンス規制の再構築−
小立 敬
  1. 米国FRBは2019年10月、銀行のリスク・プロファイルをプルーデンス規制の枠組みに反映させるテイラード・アプローチの下、総資産1,000億ドル以上の米国銀行および外国銀行のプルーデンス規制の枠組みを改定する最終規則を公表し、2019年末から適用を開始した。
  2. 従来はドッド=フランク法に基づいて、総資産500億ドル以上の銀行持株会社には厳格なプルーデンス規制が適用されてきたが、トランプ政権の下、2018年5月に成立した経済成長・規制緩和・消費者保護法が、厳格なプルーデンス規制の適用基準を総資産500億ドルから2,500億ドルに引き上げたことが背景にある。
  3. 最終規則によって、総資産1,000億ドル以上の米国銀行、外国銀行はリスク・プロファイルに応じて「カテゴリーI」から「カテゴリーIV」までの4つのカテゴリーに区分され、各々のカテゴリーに応じて厳格さの異なる自己資本規制や流動性規制、ストレス・テストの要件等が課せられることとなる。
  4. 金融危機以降、FRBはプルーデンス規制に銀行のリスク・プロファイルを反映させる取組みを行ってきた。今般のテイラード・アプローチによってリスク・プロファイルに応じたカテゴリーが明確化されており、従来に比べてより洗練された枠組みとなったという評価が可能であろう。
  5. ただし、外国銀行の扱いに関しては議論がある。特に具体的な争点となっているのが、外国銀行の米国支店に対して標準化された流動規制を適用するか否かの検討である。最終規則では具体的な措置は見送られたが、FRBは数カ月以内に検討する方針を明らかにしている。また、外国銀行の扱いについては、金融危機後の金融規制改革の重大な副作用として認識されている市場の分断につながるとの指摘もあり、最終規則が適用された後のFRBによる規制の合理性の検証が期待される。
米国で最も便利な銀行とは 淵田 康之
  1. グローバル金融危機後、米国では国内リテール業務に強い金融機関のプレゼンスが高まっている。外資系金融機関のなかでも、カナダのトロント・ドミニオンバンク・グループ(TDバンク・グループ)傘下のTDバンクは、米国内でリテール業務に注力することで顕著な成長を遂げている。
  2. 各国の多くの金融機関は、世界の金融ビジネスの中心である米国市場に進出し、業務拡大を目指してきた。しかし今日、日系や欧州系の金融機関の多くは、過去の一時期に比べ、米国市場における存在感を低下させている。こうしたなかTDバンクは、「米国で最も便利な銀行」を掲げ、米国で最も成功した外資系銀行となったのである。
  3. 金融危機を経て、米国金融市場の重要性はむしろ高まった。プラスの金利が維持され、預金・貸出など正常な金融ビジネスが成り立つ、世界で数少ない市場の一つとなったからである。TDバンクは、やはり経済が底堅く推移し、また安定した金融システムを持つカナダをマザーマーケットとしつつ、米国でリテール金融業務を拡大することにより、グループ全体の企業価値向上に寄与している。
  4. TDバンク・グループは、TDアメリトレードを通じて、米国におけるリテール証券ビジネスでも存在感を示してきた。そして2019年、取引手数料ゼロ時代が到来すると、TDアメリトレードをチャールズ・シュワブに売却し、チャールズ・シュワブの大株主となった。
  5. わが国の主要金融機関においても、今後の成長のためには海外ビジネスの拡大が不可欠であるが、その成功には、国内の経済や金融システムの改善・改革が前提となろう。その上で、どれだけ多くの現地ユーザーに、真に必要とされる金融機関となれるかがカギとなろう。
チャールズ・シュワブによるTDアメリトレードの買収
−米国個人向け金融サービス業界への示唆−
岡田 功太
  1. チャールズ・シュワブは2019年11月、TDアメリトレードを買収することを公表した。本件は株式交換で行われ、買収額は約260億ドルに達する。買収完了後のチャールズ・シュワブの預かり資産は約5.1兆ドル、証券口座数は約2,400万口座に達する見込みである(単純合算ベース)。同社は、コスト削減と顧客基盤の強化を推進し、より効率的で大規模な個人向け金融サービス業を追求すると見られる。
  2. 今般の買収の背景として、(1)売買手数料無料化等により事業環境が急激に変化していること、(2)連邦準備制度理事会の利下げの影響によって金利収入が縮小し、更なる預かり資産の拡大の必要性が高まったこと、(3)チャールズ・シュワブが創業当初から掲げてきた経営哲学に基づく「好循環」の一層の強化と整合的であること、が挙げられる。
  3. 買収完了後のチャールズ・シュワブは、独立系ファイナンシャル・アドバイザーである投資顧問業者(RIA)から約2兆ドルの資産を預かることになり、これを契機にRIAの顧客化を巡る大手金融機関の競争が激化する可能性が高い。また、長年、チャールズ・シュワブ及びTDアメリトレードと競合関係にあるイー・トレードを中心に、ディスカウント・ブローカー業界の再編も注目されている。アドバイザリー・フィーの低下と、同サービスに組み入れられるミューチュアルファンド及びETFの低コスト化の可能性も指摘されている。
  4. 今般の買収は、ディスカウント・ブローカー及びRIA向けサービス事業におけるチャールズ・シュワブやフィデリティ・インベストメンツなど、一部の大手金融機関が、より一層巨大化する方向性を示唆しており、今後の動向は注視する必要がある。
上場・非上場の垣根を飛び越えるクロスオーバー投資
−米国ミューチュアルファンドによるプレIPO株式投資の実状−
竹下 智
  1. 上場企業を主な投資対象とするミューチュアルファンドやヘッジファンドによる非上場企業への投資は、上場/非上場の垣根を越えた投資という意味で「クロスオーバー投資」と呼ばれる。近年、米国では非上場企業への投資において、VC以外のミューチュアルファンドやヘッジファンド等の存在が大きくなってきている。特に、IPO前のウーバー・テクノロジーズには55本のミューチュアルファンドが投資を行っていたことが知られている。
  2. クロスオーバー投資家は、レイターステージでの大型の資金調達において主要な投資家の一つであるとともに、アーリーステージの投資家(含む従業員)に流動性を供給する役割を担っている。ミューチュアルファンドが非上場企業への投資を行う理由として、(1)IPOまで待っていると会社の成長サイクルの重要なステージを逃す可能性がある、(2)イノベーションや創造的破壊が起きている産業セクターの評価をするには上場企業および非上場企業の両方を見ておく必要がある、という点があげられる。
  3. 非上場株式は取引所での株価が存在しないため、運用会社毎に投資対象の時価評価を行っている。非上場企業には上場企業に課せられた情報開示等の義務がないため、投資家が独自で情報収集にあたらなければならず、経営状況の監視やバリエーションに費やす時間が必然的に上場企業の場合よりも多くなる。そのため、クロスオーバー投資は分析リソースが豊富な大規模ファンドに適している。
  4. 米国ミューチュアルファンドはすでに日本の非上場企業への投資を行っている。日本国内においても今後、イノベーションの促進、ベンチャー支援策の充実を図る上で、クロスオーバー投資の振興も重要な課題となるのではないか。
米国における退職資産拡充策を巡る議論
−退職保障強化法案(SECURE法案)を中心に−
岡田 功太中村 美江奈
  1. 米国では、長寿化が進行する一方で、ソーシャル・セキュリティ(公的年金)の財政難等の課題がある。こうした中、連邦議会では、超党派の有力議員が、「全地域社会における退職保障強化法案」(通称SECURE法案)を提出した。同法案は、下院で既に可決されており、上院で審議待ちの状態である。
  2. SECURE法案は、2006年年金保護法以来、13年ぶりの本格的な年金制度改革である。2006年年金保護法は、401(k)プランの「自動化」の制度の整備等により、職域の確定拠出年金(DC)プランや個人退職勘定(IRA)の資産の積み立て(アキュミュレーション)促進に寄与した。SECURE法案は、退職プラン加入者のさらなる拡大と、引退後の資産の取り崩し(デキュミュレーション)局面における課題解消等を目指している。
  3. SECURE法案の主な特徴は、第一に、伝統的IRAの拠出年齢制限の廃止といった既存の退職資産形成制度の拡大の促進である。第二に、退職プランへの長期雇用パート従業員の加入促進や、中小企業従業員の退職プラン加入促進を意図した複数雇用主プラン(MEP)の要件緩和等の加入者拡大である。第三に、デキュミュレーションにおけるアニュイティ等の普及促進や、退職後の収入予測といったライフタイム・インカム確保の施策である。
  4. SECURE法案は超党派の支持を得ているものの、成立の可否やタイミングについては、政局次第である。他方、同法案の内容を念頭に、大手資産運用会社等は新たなソリューションの開発を推進している。つまり、SECURE法案は、既に米国リタイアメント市場において新たなダイナミズムを生み出しはじめており、法案の成否と併せて、今後の展開が注目される。
欧州における投信併合
−英国の事例を中心に−
神山 哲也塩島 晋
  1. 日本では、小規模投信(ファンド)が多数存在するという問題に対処するべく、ファンド併合を実施可能にするための制度面の整備が行われてきた。しかし、実績は2019年11月に発表された一件に留まっている。今後、自助努力による資産形成、資産運用の重要性が増していく中、ファンド併合等を通じて運用業界の効率化を図ることは一層求められるようになろう。
  2. 欧州では従来、ファンド併合が月間数十件というペースで行われてきた。EU域内におけるクロスボーダーのファンド併合を促進するための制度整備も行われてきた。EUの制度を国内法化した英国では、スキーム・オブ・アレンジメントと呼ばれる仕組みを用いてファンド併合が行われている。
  3. 英国のファンド併合事例を見ると、目的として、小規模ファンドを併合することによる規模の経済追求等を掲げた上で、ファンド・オブ・ファンズと通常のファンドの併合や、株・債券の組入比率の相違、デリバティブ利用の有無、分配頻度など、ファンドの形態や運用手法は必ずしも近似したものでなくても実施されている。
  4. 英国では、ファンドの規模が最適水準を大幅に下回っていると考えられる場合、運用方法等の細かな相違には拘らず、より総合的な投資家利益への配慮から、規模の経済を優先する姿勢がみられる。日本においてファンド併合を検討する際に、参考になるアプローチであると考えられる。
2020年以降の議決権行使助言会社の助言方針改定 西山 賢吾
  1. 代表的な議決権行使助言会社であるISSとグラス・ルイスの2020年議決権行使助言方針改定内容が明らかになった(改定内容の一部の適用は2021年)。ISSの改定は、(1)政策保有先企業出身の社外役員には「独立性なし」の判断、(2)親会社、支配株主の存在する企業に対する独立社外取締役の増員、の2点、そして、グラス・ルイスでは、東証1、2部対象企業に最低1名以上の女性役員登用を要請、(2)政策保有株式保有水準に関する基準の導入(2021年より)の2点である。
  2. 今回の助言方針改定の特徴として、ISSは社外役員の独立性という観点、グラス・ルイスは保有水準という観点から、それぞれ、政策保有株式を議決権行使助言方針に取り入れたことが挙げられる。従来政策保有株式と議決権行使を関連付けることは難しいと考えられていたが、今回の助言方針改定を受け、機関投資家でも同様な議決権行使助言方針を採用するかどうかが注目される。しかし、現状ではその動きが大きく進むとは考えにくく、エンゲージメントの重要テーマとしてより多くの投資家が取り上げることになるであろう。
  3. 社外取締役の増員も重要なテーマである。これについては、全ての企業に3分の1以上の独立社外取締役を求める機関投資家も出始めてきたが、全体としては支配株主や親会社のある企業などに社外取締役の増員を求める動きがさらに進む一方、全ての企業に求める動きが大きく広がるにはなお時間を要すると考える。
  4. 議決権行使助言会社の影響力に関し話題に上ることが多く、2020年に改訂予定のスチュワードシップ・コードにおいても、議決権行使助言会社に対し、十分かつ適切な人的・組織体制の整備とそれを含む助言策定プロセスの具体的な公表などが求められている。その背景には、機関投資家の議決権行使を助言会社が決めている、すなわち、議決権行使助言会社の助言方針をそのまま機関投資家が取り入れているという誤解があると推察されるが、実際には、「機関投資家の議決権行使に対する意見や考え方のコンセンサスが議決権行使助言会社の助言方針」となっているといえるであろう。
気候変動対策で世界のリーダーを目指す「欧州グリーンディール」 江夏 あかね磯部 昌吾
  1. 欧州連合(EU)の執行機関である欧州委員会は2019年12月11日、脱炭素と経済成長の両立を図ることを目的とした工程表である「欧州グリーンディール」を公表した。同工程表は、2019年12月1日に就任したフォンデアライエン欧州委員長が最優先政策に掲げる気候変動対策の一環として位置付けられる。
  2. 欧州グリーンディールで注目されるのは、気候関連目標への野心的なアプローチ、低炭素経済社会への移行に関する支援、サステナブルファイナンス戦略の3点である。2020年第3四半期に公表予定のサステナブルファイナンス戦略では、(1)サステナブル投資に関する基盤強化、(2)サステナブル投資に関する特定可能性及び信頼性向上、(3)気候・環境リスクの金融システムへの組み入れ、といった3つの方針が掲げられた。
  3. 欧州グリーンディールは、基本的にはEU域内を対象としているものの、日本を含めたEU域外の国・地域に影響が及ぶ可能性が高いことが示唆された。同時に、欧州グリーンディールの実現に向けて、サステナブルファイナンス戦略を通じて、金融市場にもタクソノミー、開示、ラベル、EUグリーンボンド基準(EU GBS)、健全性規制といった複数の側面から影響が及ぶ可能性があることも示された。
  4. 世界に先駆けて包括的な気候変動対策に取り組むEUが示した欧州グリーンディールの各項目に関する今後の進捗や実効性等に対して、世界各国の政府、産業界、金融市場から注目が集まる状況が続くと想定される。
欧州公的年金基金の気候変動への対応
−スウェーデンAP基金、仏FRR、ノルウェーGPFGの事例を中心に−
林 宏美
  1. 金融安定理事会(FSB)の下部組織であるTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)が2017年6月に公表した最終提言(TCFD最終提言)では、インベストメントチェーンの頂点に位置付けられる年金基金等のアセット・オーナーも、投資先企業による取り組みを促す役割を果たすべく、一定の情報開示が求められている。2018年11月に英国のNGOが大規模な公的年金基金の取り組み状況を評価した報告書では、TCFD最終提言に則した情報を開示しているか、開示する方針にある年金基金が全体の17%にとどまった。
  2. 気候変動への取り組みが高く評価されている欧州公的年金の事例としては、スウェーデンのAP基金、フランスのFRR、ノルウェーGPFG等が挙げられる。AP基金は、2019年、法律により責任投資と高いリターン追求の両立が求められるようになった。AP基金やFRRは、再生可能エネルギー事業等への投資を可能とする取り組みを推進しているほか、指数提供業者との提携を通じて低炭素関連指標の開発・拡充を進めるなど、様々な活動を展開しはじめている。
  3. 欧州の公的年金基金による気候変動への対応としては、従来化石燃料企業からの投資引き揚げ(ダイベストメント)を通じて、気候リスクの低減を図る動きが目立っていたが、近年はその取り組みが多様化している。ダイベストメントよりもエンゲージメントや議決権行使などを通じて、企業に気候変動への対応を促す傾向が前面に出ている。また、再生可能エネルギー事業等への投資を拡大できるよう、運用方針を変更する動きも目立つ。
  4. 大規模な公的年金による気候変動への取り組みは、他の機関投資家に及ぼすシグナル効果が大きいと見られる。それらの取り組みが、気候変動によるリスクや機会を示す各種指標データの蓄積、標準化など、上記に挙げた課題解消に寄与することも期待される。
トランジションボンドの登場とサステナブルファイナンスの新潮流 江夏 あかね
  1. トランジションボンドは、一般的に、二酸化炭素排出量等の観点からグリーンボンドの発行基準を満たさないものの、低炭素経済社会等に移行(トランジション)するためのプロジェクトを資金使途とする債券を指す。
  2. トランジションボンドが誕生した背景としては、金融市場において、開示、経済活動の分類、ベンチマーク等、複数の分野で、「トランジション(移行)」がテーマとして注目を集めつつあることが挙げられる。そして、フランスの大手運用機関アクサ・インベストメント・マネージャーズ(アクサIM)が2019年6月にガイドラインを公表、クレディ・スイスと気候債券イニシアチブ(CBI)が2019年9月に「サステナブル・トランジションボンド」に関するパートナーシップ締結、といった動きもある。
  3. トランジションボンド及び同市場が健全に発展していくためには、発行体によるサステナビリティ戦略へのコミットメントを通じて市場の信認を得ることが大前提になるほか、グリーンボンド等と同様に、レポーティング等を通じて、投資家が環境・社会面でのインパクトを適切に把握できるように透明性を確保することが重要と思われる。
EUにおける自己資本規制へのESGリスク反映の議論
−アクション・プランを示した欧州銀行監督機構−
磯部 昌吾
  1. 欧州連合(EU)において気候変動問題への関心が増々高まる中、欧州銀行監督機構(EBA)は、2019年12月6日にサステナブル・ファイナンスに関するアクション・プランを公表し、自己資本規制における環境・社会・ガバナンス(ESG)リスクの反映に関する検討スケジュールを明らかにした。
  2. 気候変動問題への対応には多額の追加投資が必要となることから、銀行の金融仲介機能を通じて、民間資金が気候変動対応に回るように促していく上で、自己資本規制におけるESGリスクの反映は、重要な政策手段の1つとなる可能性がある。
  3. EBAは、自己資本規制の3つの柱におけるESGリスクの反映を検討した上で、欧州委員会等への報告やガイドライン・細則案の策定を行う予定である。特に、第1の柱(最低基準)については、評価の複雑性と潜在的な影響の大きさを踏まえて、2025年6月までという長い評価期間を設けているのが特徴的である。
  4. 欧州の規制当局の見解は一枚岩ではなく、まずはEBAの検討結果が待たれるところである。EUが独自に自己資本規制にESGリスクを組み入れる場合には、EUの銀行の与信行動に影響を与えるであろう。また、EU域外の銀行との間で資本賦課に差が出るようであれば、国際競争上の問題が生じる可能性も考えられ、その場合には他の国においても同様の措置が取られるかが論点となってこよう。EUにおける議論とEU域外への波及の可能性を今後も注視する必要があるだろう。
中央銀行デジタル通貨の発行を目指す中国
−予想されるマクロ面での影響−
関 志雄
  1. 中国では、中央銀行デジタル通貨(CBDC)の発行は、構想から実行の段階に移ろうとしている。中国が導入しようとするCBDCは、だれでもアクセスでき、決済が仲介機関を経由しない「リテール・トークン型」である。その特徴は、(1)現金(M0)の代替、(2)中央銀行と利用者の間に商業銀行などの仲介機関が入る二層構造の運営体制、(3)特定の技術に限定しない、(4)無利子、(5)「制御可能な匿名性」に基づく個人情報の取り扱い、(6)オフライン決済が可能、である。
  2. 現段階の構想通りに、CBDCが無利子で、現金の代替にとどまる場合、その導入によってもたらされる金融政策と金融システムへの影響はそれほど大きくない。しかし、金利が付き、現金だけでなく銀行預金も代替の対象となるCBDCが発行される場合、金融政策の有効性は高まる一方で、金融システムにおける銀行の地盤沈下は加速しかねない。
  3. CBDCの発行は、人民元の利便性の向上を通じて、人民元の国際化に寄与すると期待されている。しかし、厳しい資本規制が維持され、CBDCもその対象になると予想される以上、その効果は限定的であろう。
  4. 中国は、CBDCを本格的に導入する最初の国になりそうである。それに向けて、綿密に構想を練っており、実行に移ってからも慎重な姿勢は変わらないと予想される。最終的に、中国において、現金が完全にCBDCに取って代わられ、キャッシュレス社会が実現されるだろうが、そこまでの道のりはまだ遠い。
時流 金融規制のNext Step 上智大学法科大学院教授 森下 哲朗

金融審議会のスタディ・グループやワーキング・グループでは新たな金融規制のあり方についての議論が行われてきた。そこでは、今後の金融規制のあるべき姿として、イノベーションの促進と利用者利便の向上に資する規制体系であること、同一の機能・同一のリスクには同一のルールを適用すること、といった基本的な方向性が示されている。具体的な規制の見直しという観点でも、決済分野等で一定の成果が出ており今後の活用が期待される。同時に、今後の検討課題も多い。産官学が一体となって知恵を出し合ってより良い金融規制を構築していく必要がある。

地方公共団体と地方銀行
−指定金融機関制度の変遷と今後の展望−
江夏 あかね
  1. 地方公共団体と地方銀行は、指定金融機関制度等を通じて深い関係を長らく築いており、互いに地域経済社会にとって不可欠な存在となっている。しかし、金融市場環境や地域経済社会の構造が移り変わる中、1990年代後半頃からその関係が変化する傾向が見られている。特に、2010年代半ば頃からの金利水準の継続的な低下も相まって、地方公共団体向けビジネスから距離を置くことを検討する金融機関が出現するなど、かつてに比べて厳しいものとなりつつある。
  2. 地方公共団体が中長期的に行財政の持続可能性を維持する上では、(1)国の厳しい財政状況、(2)地方公共団体による社会保障や公共施設等の適正化といった喫緊の施策への取り組み、といった課題を克服することが必要と考えられる。
  3. 地方経済社会の持続可能性を確保するためには、それらに加え、幅広い意味での地方創生や持続可能な開発目標(SDGs)達成に向けた取り組みを進めることも求められる。ただし、地方創生やSDGsも含めた取り組みを、地方公共団体のみで包括的に進めることは困難であり、地方銀行等と連携し、地方が抱える課題を解決していくことが重要である。
  4. 地方公共団体と地方銀行の双方が連携するメリットを感じ、持続的な関係を築くためには、地域をめぐる問題意識の共有、経済合理性の確保、域内の付加価値を創出する取り組みでの協働といった点がカギになろう。そのような観点から、地方公共団体と地方銀行がメリットを感じて連携可能な分野としては、例えば、公共施設等の適正管理、地域中小企業におけるSDGs支援といったものが挙げられる。
注目される地方銀行によるグリーンボンドの発行 富永 健司
  1. 世界の金融市場において、環境・社会・ガバナンス(ESG)を重視する投資概念の浸透、パリ協定や持続可能な開発目標(SDGs)等の国際合意を背景に、グリーンボンドの発行が伸びている。日本においても2017年頃からグリーンボンドの発行が増加している。これまで、日本の銀行によるグリーンボンドの発行は政府系金融機関やメガバンク等が中心となっていたが、このたび新たに地方銀行がグリーンボンドを発行した。具体的には、群馬銀行が2019年11月に国内の地方銀行として初めて発行し、その後、名古屋銀行が2019年12月に発行した。
  2. 日本においては近年、ESG金融における間接金融の重要性に対する認識が高まっている。そのような中で、地方銀行は、(1)担当主幹部署の設置、(2)プロジェクトチームの組成、(3)行動宣言や行動憲章の制定、(4)ESG/SDGsを意識した投資方針の制定、(5)ESG/SDGsを意識した融資方針の制定、などの形で取り組みを進めている。
  3. これらに加えて地方銀行は、地方経済・社会の中心的な担い手として、地方創生に関する取り組みも行っており、元々ESG/SDGs金融との親和性が高かったと言える。グリーンボンドの発行は、資本調達面におけるESG/SDGsへの対応という観点で考えることができる。
  4. 群馬銀行と名古屋銀行の発行事例で共通しているのは、規制資本の充実を目的とした社債発行を通じて、(1)組織として注力するESG/SDGsへの取り組みについての資本調達面からの拡充、(2)グリーンボンドの発行による幅広い業態の投資家層へのアクセス、を実現したことである。地方銀行セクターにおいては、ESG/SDGsへの取り組みが進む中で、今後グリーンボンド発行という手法が活用されるようになるのか注目される。グリーンボンドを通じた融資等が、地方銀行ビジネスの活性化へ貢献し、同時に環境・地域社会へのインパクトを創出するのかといった点も今後さらなる議論が求められよう。
米国地域金融機関の証券ビジネスを支援するLPLファイナンシャル 下山 貴史岡田 功太
  1. LPLファイナンシャルは、全米最大級のファイナンシャル・アドバイザー向け証券取引サービス提供会社として知られている。同社は、地銀、信用組合、独立系ファイナンシャル・アドバイザー(IFA会社)に所属する約1万6,100名のファイナンシャル・アドバイザーに、証券取引及び証券事業支援サービスを提供している。それらのファイナンシャル・アドバイザーは、主に地方で営業活動に従事していることから、LPLファイナンシャルは、地域金融機関の証券ビジネスを支援している存在とも言える。
  2. 同社は、ブローカレッジ・サービスとアドバイザリー・サービスを提供するが、近年は投資アドバイスの対価としてフィーを受け取るアドバイザリー・サービスに注力している。また、ファイナンシャル・アドバイザーの業務効率化を目的としたテクノロジー・ツール等の提供も行っており、2019年のテクノロジー投資額を約1億5,000万ドルに決定し、同ツールの拡充を図っている。
  3. LPLファイナンシャルは、上記のサービスを通じて、多様な地域金融機関に属するファイナンシャル・アドバイザーを支援している。同社との提携を通じて、非金利収入を増加させた地域金融機関、収益源の多角化を図る銀行、顧客との関係強化や業務効率化を実現した小規模信用組合やIFA会社など様々である。
  4. LPLファイナンシャルの成長は、大手証券会社が有するミドルオフィス及びバックオフィス機能を、サービスとして社外に提供することで収益化できる可能性を示唆すると共に、地域金融機関にとって同サービスが魅力的であることを意味している。LPLファイナンシャルのようなサービス提供者は、米国の幅広い地域において、顧客に対して適切なファイナンシャル・アドバイスが提供されるためにも、欠かせない存在と言えよう。
金融包摂を促進する重要な役割を担うフィリピンの地域金融機関 北野 陽平武井 悠輔
  1. フィリピンは、堅調な経済成長を持続させ、より包摂的な発展を実現するべく、国民の幅広い金融包摂を推進している。同国において金融機関口座を保有する15歳以上人口の割合は2017年時点で32%で、地方では26%に留まり、多くの地方自治体では銀行が設置されていない。そのような中、フィリピン中央銀行(BSP)は、銀行サービスが提供されていない地方自治体の割合を2020年までに20%へと引き下げることを目指している。
  2. フィリピンの銀行は、ユニバーサルバンク、商業銀行、貯蓄銀行、農村銀行、協同組合銀行に分類される。このうち、農村銀行は、地方における金融包摂を促進する重要な役割を担うと期待されている。地方居住者の資金需要に対応するため、BSP主導で農村銀行のプレゼンス強化に向けた取り組みが進められてきた結果、農村銀行の店舗数は1999年末の1,778店から2019年9月末には3,048店となり、融資残高は同期間に3.6倍に増加した。
  3. 金融包摂の促進には決済サービスの利用拡大も課題となる中、全国レベルで国民による安価、効率的、安全、信頼性の高い決済を可能にする仕組みの構築を目指して、「国家リテール決済システム(NRPS)」が2015年に導入された。現状、NRPSは地方では普及が進んでおらず、農村銀行間の送金・決済システムも接続されていない。そうした中、ブロックチェーン技術の活用により、農村銀行間の直接送金や効率的な国際送金を可能にするプロジェクトが進められている。
  4. 農村銀行は、より安価で金融サービスを提供するためのテクノロジーの活用にも取り組み始めている。例えば、足下では、ITコスト及びオペレーションコストの削減等を目的として、クラウドベースの勘定系システムを導入する動きが見られる。地方では、ITの利用環境は都市部に比べ総じて遅れているものの、将来的には、都市部で始まっている金融サービスのデジタル化が広がっていく可能性もある。今後、フィリピンにおける地域金融機関のサービスが、どのような発展を遂げるのか注目される。
最終化された米国の大手銀行規制の見直し
−リスク・プロファイルに応じたプルーデンス規制の再構築−
小立 敬
  1. 米国FRBは2019年10月、銀行のリスク・プロファイルをプルーデンス規制の枠組みに反映させるテイラード・アプローチの下、総資産1,000億ドル以上の米国銀行および外国銀行のプルーデンス規制の枠組みを改定する最終規則を公表し、2019年末から適用を開始した。
  2. 従来はドッド=フランク法に基づいて、総資産500億ドル以上の銀行持株会社には厳格なプルーデンス規制が適用されてきたが、トランプ政権の下、2018年5月に成立した経済成長・規制緩和・消費者保護法が、厳格なプルーデンス規制の適用基準を総資産500億ドルから2,500億ドルに引き上げたことが背景にある。
  3. 最終規則によって、総資産1,000億ドル以上の米国銀行、外国銀行はリスク・プロファイルに応じて「カテゴリーI」から「カテゴリーIV」までの4つのカテゴリーに区分され、各々のカテゴリーに応じて厳格さの異なる自己資本規制や流動性規制、ストレス・テストの要件等が課せられることとなる。
  4. 金融危機以降、FRBはプルーデンス規制に銀行のリスク・プロファイルを反映させる取組みを行ってきた。今般のテイラード・アプローチによってリスク・プロファイルに応じたカテゴリーが明確化されており、従来に比べてより洗練された枠組みとなったという評価が可能であろう。
  5. ただし、外国銀行の扱いに関しては議論がある。特に具体的な争点となっているのが、外国銀行の米国支店に対して標準化された流動規制を適用するか否かの検討である。最終規則では具体的な措置は見送られたが、FRBは数カ月以内に検討する方針を明らかにしている。また、外国銀行の扱いについては、金融危機後の金融規制改革の重大な副作用として認識されている市場の分断につながるとの指摘もあり、最終規則が適用された後のFRBによる規制の合理性の検証が期待される。
米国で最も便利な銀行とは 淵田 康之
  1. グローバル金融危機後、米国では国内リテール業務に強い金融機関のプレゼンスが高まっている。外資系金融機関のなかでも、カナダのトロント・ドミニオンバンク・グループ(TDバンク・グループ)傘下のTDバンクは、米国内でリテール業務に注力することで顕著な成長を遂げている。
  2. 各国の多くの金融機関は、世界の金融ビジネスの中心である米国市場に進出し、業務拡大を目指してきた。しかし今日、日系や欧州系の金融機関の多くは、過去の一時期に比べ、米国市場における存在感を低下させている。こうしたなかTDバンクは、「米国で最も便利な銀行」を掲げ、米国で最も成功した外資系銀行となったのである。
  3. 金融危機を経て、米国金融市場の重要性はむしろ高まった。プラスの金利が維持され、預金・貸出など正常な金融ビジネスが成り立つ、世界で数少ない市場の一つとなったからである。TDバンクは、やはり経済が底堅く推移し、また安定した金融システムを持つカナダをマザーマーケットとしつつ、米国でリテール金融業務を拡大することにより、グループ全体の企業価値向上に寄与している。
  4. TDバンク・グループは、TDアメリトレードを通じて、米国におけるリテール証券ビジネスでも存在感を示してきた。そして2019年、取引手数料ゼロ時代が到来すると、TDアメリトレードをチャールズ・シュワブに売却し、チャールズ・シュワブの大株主となった。
  5. わが国の主要金融機関においても、今後の成長のためには海外ビジネスの拡大が不可欠であるが、その成功には、国内の経済や金融システムの改善・改革が前提となろう。その上で、どれだけ多くの現地ユーザーに、真に必要とされる金融機関となれるかがカギとなろう。
チャールズ・シュワブによるTDアメリトレードの買収
−米国個人向け金融サービス業界への示唆−
岡田 功太
  1. チャールズ・シュワブは2019年11月、TDアメリトレードを買収することを公表した。本件は株式交換で行われ、買収額は約260億ドルに達する。買収完了後のチャールズ・シュワブの預かり資産は約5.1兆ドル、証券口座数は約2,400万口座に達する見込みである(単純合算ベース)。同社は、コスト削減と顧客基盤の強化を推進し、より効率的で大規模な個人向け金融サービス業を追求すると見られる。
  2. 今般の買収の背景として、(1)売買手数料無料化等により事業環境が急激に変化していること、(2)連邦準備制度理事会の利下げの影響によって金利収入が縮小し、更なる預かり資産の拡大の必要性が高まったこと、(3)チャールズ・シュワブが創業当初から掲げてきた経営哲学に基づく「好循環」の一層の強化と整合的であること、が挙げられる。
  3. 買収完了後のチャールズ・シュワブは、独立系ファイナンシャル・アドバイザーである投資顧問業者(RIA)から約2兆ドルの資産を預かることになり、これを契機にRIAの顧客化を巡る大手金融機関の競争が激化する可能性が高い。また、長年、チャールズ・シュワブ及びTDアメリトレードと競合関係にあるイー・トレードを中心に、ディスカウント・ブローカー業界の再編も注目されている。アドバイザリー・フィーの低下と、同サービスに組み入れられるミューチュアルファンド及びETFの低コスト化の可能性も指摘されている。
  4. 今般の買収は、ディスカウント・ブローカー及びRIA向けサービス事業におけるチャールズ・シュワブやフィデリティ・インベストメンツなど、一部の大手金融機関が、より一層巨大化する方向性を示唆しており、今後の動向は注視する必要がある。
上場・非上場の垣根を飛び越えるクロスオーバー投資
−米国ミューチュアルファンドによるプレIPO株式投資の実状−
竹下 智
  1. 上場企業を主な投資対象とするミューチュアルファンドやヘッジファンドによる非上場企業への投資は、上場/非上場の垣根を越えた投資という意味で「クロスオーバー投資」と呼ばれる。近年、米国では非上場企業への投資において、VC以外のミューチュアルファンドやヘッジファンド等の存在が大きくなってきている。特に、IPO前のウーバー・テクノロジーズには55本のミューチュアルファンドが投資を行っていたことが知られている。
  2. クロスオーバー投資家は、レイターステージでの大型の資金調達において主要な投資家の一つであるとともに、アーリーステージの投資家(含む従業員)に流動性を供給する役割を担っている。ミューチュアルファンドが非上場企業への投資を行う理由として、(1)IPOまで待っていると会社の成長サイクルの重要なステージを逃す可能性がある、(2)イノベーションや創造的破壊が起きている産業セクターの評価をするには上場企業および非上場企業の両方を見ておく必要がある、という点があげられる。
  3. 非上場株式は取引所での株価が存在しないため、運用会社毎に投資対象の時価評価を行っている。非上場企業には上場企業に課せられた情報開示等の義務がないため、投資家が独自で情報収集にあたらなければならず、経営状況の監視やバリエーションに費やす時間が必然的に上場企業の場合よりも多くなる。そのため、クロスオーバー投資は分析リソースが豊富な大規模ファンドに適している。
  4. 米国ミューチュアルファンドはすでに日本の非上場企業への投資を行っている。日本国内においても今後、イノベーションの促進、ベンチャー支援策の充実を図る上で、クロスオーバー投資の振興も重要な課題となるのではないか。
米国における退職資産拡充策を巡る議論
−退職保障強化法案(SECURE法案)を中心に−
岡田 功太中村 美江奈
  1. 米国では、長寿化が進行する一方で、ソーシャル・セキュリティ(公的年金)の財政難等の課題がある。こうした中、連邦議会では、超党派の有力議員が、「全地域社会における退職保障強化法案」(通称SECURE法案)を提出した。同法案は、下院で既に可決されており、上院で審議待ちの状態である。
  2. SECURE法案は、2006年年金保護法以来、13年ぶりの本格的な年金制度改革である。2006年年金保護法は、401(k)プランの「自動化」の制度の整備等により、職域の確定拠出年金(DC)プランや個人退職勘定(IRA)の資産の積み立て(アキュミュレーション)促進に寄与した。SECURE法案は、退職プラン加入者のさらなる拡大と、引退後の資産の取り崩し(デキュミュレーション)局面における課題解消等を目指している。
  3. SECURE法案の主な特徴は、第一に、伝統的IRAの拠出年齢制限の廃止といった既存の退職資産形成制度の拡大の促進である。第二に、退職プランへの長期雇用パート従業員の加入促進や、中小企業従業員の退職プラン加入促進を意図した複数雇用主プラン(MEP)の要件緩和等の加入者拡大である。第三に、デキュミュレーションにおけるアニュイティ等の普及促進や、退職後の収入予測といったライフタイム・インカム確保の施策である。
  4. SECURE法案は超党派の支持を得ているものの、成立の可否やタイミングについては、政局次第である。他方、同法案の内容を念頭に、大手資産運用会社等は新たなソリューションの開発を推進している。つまり、SECURE法案は、既に米国リタイアメント市場において新たなダイナミズムを生み出しはじめており、法案の成否と併せて、今後の展開が注目される。
欧州における投信併合
−英国の事例を中心に−
神山 哲也塩島 晋
  1. 日本では、小規模投信(ファンド)が多数存在するという問題に対処するべく、ファンド併合を実施可能にするための制度面の整備が行われてきた。しかし、実績は2019年11月に発表された一件に留まっている。今後、自助努力による資産形成、資産運用の重要性が増していく中、ファンド併合等を通じて運用業界の効率化を図ることは一層求められるようになろう。
  2. 欧州では従来、ファンド併合が月間数十件というペースで行われてきた。EU域内におけるクロスボーダーのファンド併合を促進するための制度整備も行われてきた。EUの制度を国内法化した英国では、スキーム・オブ・アレンジメントと呼ばれる仕組みを用いてファンド併合が行われている。
  3. 英国のファンド併合事例を見ると、目的として、小規模ファンドを併合することによる規模の経済追求等を掲げた上で、ファンド・オブ・ファンズと通常のファンドの併合や、株・債券の組入比率の相違、デリバティブ利用の有無、分配頻度など、ファンドの形態や運用手法は必ずしも近似したものでなくても実施されている。
  4. 英国では、ファンドの規模が最適水準を大幅に下回っていると考えられる場合、運用方法等の細かな相違には拘らず、より総合的な投資家利益への配慮から、規模の経済を優先する姿勢がみられる。日本においてファンド併合を検討する際に、参考になるアプローチであると考えられる。
2020年以降の議決権行使助言会社の助言方針改定 西山 賢吾
  1. 代表的な議決権行使助言会社であるISSとグラス・ルイスの2020年議決権行使助言方針改定内容が明らかになった(改定内容の一部の適用は2021年)。ISSの改定は、(1)政策保有先企業出身の社外役員には「独立性なし」の判断、(2)親会社、支配株主の存在する企業に対する独立社外取締役の増員、の2点、そして、グラス・ルイスでは、東証1、2部対象企業に最低1名以上の女性役員登用を要請、(2)政策保有株式保有水準に関する基準の導入(2021年より)の2点である。
  2. 今回の助言方針改定の特徴として、ISSは社外役員の独立性という観点、グラス・ルイスは保有水準という観点から、それぞれ、政策保有株式を議決権行使助言方針に取り入れたことが挙げられる。従来政策保有株式と議決権行使を関連付けることは難しいと考えられていたが、今回の助言方針改定を受け、機関投資家でも同様な議決権行使助言方針を採用するかどうかが注目される。しかし、現状ではその動きが大きく進むとは考えにくく、エンゲージメントの重要テーマとしてより多くの投資家が取り上げることになるであろう。
  3. 社外取締役の増員も重要なテーマである。これについては、全ての企業に3分の1以上の独立社外取締役を求める機関投資家も出始めてきたが、全体としては支配株主や親会社のある企業などに社外取締役の増員を求める動きがさらに進む一方、全ての企業に求める動きが大きく広がるにはなお時間を要すると考える。
  4. 議決権行使助言会社の影響力に関し話題に上ることが多く、2020年に改訂予定のスチュワードシップ・コードにおいても、議決権行使助言会社に対し、十分かつ適切な人的・組織体制の整備とそれを含む助言策定プロセスの具体的な公表などが求められている。その背景には、機関投資家の議決権行使を助言会社が決めている、すなわち、議決権行使助言会社の助言方針をそのまま機関投資家が取り入れているという誤解があると推察されるが、実際には、「機関投資家の議決権行使に対する意見や考え方のコンセンサスが議決権行使助言会社の助言方針」となっているといえるであろう。
気候変動対策で世界のリーダーを目指す「欧州グリーンディール」 江夏 あかね磯部 昌吾
  1. 欧州連合(EU)の執行機関である欧州委員会は2019年12月11日、脱炭素と経済成長の両立を図ることを目的とした工程表である「欧州グリーンディール」を公表した。同工程表は、2019年12月1日に就任したフォンデアライエン欧州委員長が最優先政策に掲げる気候変動対策の一環として位置付けられる。
  2. 欧州グリーンディールで注目されるのは、気候関連目標への野心的なアプローチ、低炭素経済社会への移行に関する支援、サステナブルファイナンス戦略の3点である。2020年第3四半期に公表予定のサステナブルファイナンス戦略では、(1)サステナブル投資に関する基盤強化、(2)サステナブル投資に関する特定可能性及び信頼性向上、(3)気候・環境リスクの金融システムへの組み入れ、といった3つの方針が掲げられた。
  3. 欧州グリーンディールは、基本的にはEU域内を対象としているものの、日本を含めたEU域外の国・地域に影響が及ぶ可能性が高いことが示唆された。同時に、欧州グリーンディールの実現に向けて、サステナブルファイナンス戦略を通じて、金融市場にもタクソノミー、開示、ラベル、EUグリーンボンド基準(EU GBS)、健全性規制といった複数の側面から影響が及ぶ可能性があることも示された。
  4. 世界に先駆けて包括的な気候変動対策に取り組むEUが示した欧州グリーンディールの各項目に関する今後の進捗や実効性等に対して、世界各国の政府、産業界、金融市場から注目が集まる状況が続くと想定される。
欧州公的年金基金の気候変動への対応
−スウェーデンAP基金、仏FRR、ノルウェーGPFGの事例を中心に−
林 宏美
  1. 金融安定理事会(FSB)の下部組織であるTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)が2017年6月に公表した最終提言(TCFD最終提言)では、インベストメントチェーンの頂点に位置付けられる年金基金等のアセット・オーナーも、投資先企業による取り組みを促す役割を果たすべく、一定の情報開示が求められている。2018年11月に英国のNGOが大規模な公的年金基金の取り組み状況を評価した報告書では、TCFD最終提言に則した情報を開示しているか、開示する方針にある年金基金が全体の17%にとどまった。
  2. 気候変動への取り組みが高く評価されている欧州公的年金の事例としては、スウェーデンのAP基金、フランスのFRR、ノルウェーGPFG等が挙げられる。AP基金は、2019年、法律により責任投資と高いリターン追求の両立が求められるようになった。AP基金やFRRは、再生可能エネルギー事業等への投資を可能とする取り組みを推進しているほか、指数提供業者との提携を通じて低炭素関連指標の開発・拡充を進めるなど、様々な活動を展開しはじめている。
  3. 欧州の公的年金基金による気候変動への対応としては、従来化石燃料企業からの投資引き揚げ(ダイベストメント)を通じて、気候リスクの低減を図る動きが目立っていたが、近年はその取り組みが多様化している。ダイベストメントよりもエンゲージメントや議決権行使などを通じて、企業に気候変動への対応を促す傾向が前面に出ている。また、再生可能エネルギー事業等への投資を拡大できるよう、運用方針を変更する動きも目立つ。
  4. 大規模な公的年金による気候変動への取り組みは、他の機関投資家に及ぼすシグナル効果が大きいと見られる。それらの取り組みが、気候変動によるリスクや機会を示す各種指標データの蓄積、標準化など、上記に挙げた課題解消に寄与することも期待される。
トランジションボンドの登場とサステナブルファイナンスの新潮流 江夏 あかね
  1. トランジションボンドは、一般的に、二酸化炭素排出量等の観点からグリーンボンドの発行基準を満たさないものの、低炭素経済社会等に移行(トランジション)するためのプロジェクトを資金使途とする債券を指す。
  2. トランジションボンドが誕生した背景としては、金融市場において、開示、経済活動の分類、ベンチマーク等、複数の分野で、「トランジション(移行)」がテーマとして注目を集めつつあることが挙げられる。そして、フランスの大手運用機関アクサ・インベストメント・マネージャーズ(アクサIM)が2019年6月にガイドラインを公表、クレディ・スイスと気候債券イニシアチブ(CBI)が2019年9月に「サステナブル・トランジションボンド」に関するパートナーシップ締結、といった動きもある。
  3. トランジションボンド及び同市場が健全に発展していくためには、発行体によるサステナビリティ戦略へのコミットメントを通じて市場の信認を得ることが大前提になるほか、グリーンボンド等と同様に、レポーティング等を通じて、投資家が環境・社会面でのインパクトを適切に把握できるように透明性を確保することが重要と思われる。
EUにおける自己資本規制へのESGリスク反映の議論
−アクション・プランを示した欧州銀行監督機構−
磯部 昌吾
  1. 欧州連合(EU)において気候変動問題への関心が増々高まる中、欧州銀行監督機構(EBA)は、2019年12月6日にサステナブル・ファイナンスに関するアクション・プランを公表し、自己資本規制における環境・社会・ガバナンス(ESG)リスクの反映に関する検討スケジュールを明らかにした。
  2. 気候変動問題への対応には多額の追加投資が必要となることから、銀行の金融仲介機能を通じて、民間資金が気候変動対応に回るように促していく上で、自己資本規制におけるESGリスクの反映は、重要な政策手段の1つとなる可能性がある。
  3. EBAは、自己資本規制の3つの柱におけるESGリスクの反映を検討した上で、欧州委員会等への報告やガイドライン・細則案の策定を行う予定である。特に、第1の柱(最低基準)については、評価の複雑性と潜在的な影響の大きさを踏まえて、2025年6月までという長い評価期間を設けているのが特徴的である。
  4. 欧州の規制当局の見解は一枚岩ではなく、まずはEBAの検討結果が待たれるところである。EUが独自に自己資本規制にESGリスクを組み入れる場合には、EUの銀行の与信行動に影響を与えるであろう。また、EU域外の銀行との間で資本賦課に差が出るようであれば、国際競争上の問題が生じる可能性も考えられ、その場合には他の国においても同様の措置が取られるかが論点となってこよう。EUにおける議論とEU域外への波及の可能性を今後も注視する必要があるだろう。
中央銀行デジタル通貨の発行を目指す中国
−予想されるマクロ面での影響−
関 志雄
  1. 中国では、中央銀行デジタル通貨(CBDC)の発行は、構想から実行の段階に移ろうとしている。中国が導入しようとするCBDCは、だれでもアクセスでき、決済が仲介機関を経由しない「リテール・トークン型」である。その特徴は、(1)現金(M0)の代替、(2)中央銀行と利用者の間に商業銀行などの仲介機関が入る二層構造の運営体制、(3)特定の技術に限定しない、(4)無利子、(5)「制御可能な匿名性」に基づく個人情報の取り扱い、(6)オフライン決済が可能、である。
  2. 現段階の構想通りに、CBDCが無利子で、現金の代替にとどまる場合、その導入によってもたらされる金融政策と金融システムへの影響はそれほど大きくない。しかし、金利が付き、現金だけでなく銀行預金も代替の対象となるCBDCが発行される場合、金融政策の有効性は高まる一方で、金融システムにおける銀行の地盤沈下は加速しかねない。
  3. CBDCの発行は、人民元の利便性の向上を通じて、人民元の国際化に寄与すると期待されている。しかし、厳しい資本規制が維持され、CBDCもその対象になると予想される以上、その効果は限定的であろう。
  4. 中国は、CBDCを本格的に導入する最初の国になりそうである。それに向けて、綿密に構想を練っており、実行に移ってからも慎重な姿勢は変わらないと予想される。最終的に、中国において、現金が完全にCBDCに取って代わられ、キャッシュレス社会が実現されるだろうが、そこまでの道のりはまだ遠い。
要約
時流 金融規制のNext Step 上智大学法科大学院教授 森下 哲朗

金融審議会のスタディ・グループやワーキング・グループでは新たな金融規制のあり方についての議論が行われてきた。そこでは、今後の金融規制のあるべき姿として、イノベーションの促進と利用者利便の向上に資する規制体系であること、同一の機能・同一のリスクには同一のルールを適用すること、といった基本的な方向性が示されている。具体的な規制の見直しという観点でも、決済分野等で一定の成果が出ており今後の活用が期待される。同時に、今後の検討課題も多い。産官学が一体となって知恵を出し合ってより良い金融規制を構築していく必要がある。

地方公共団体と地方銀行
−指定金融機関制度の変遷と今後の展望−
江夏 あかね
  1. 地方公共団体と地方銀行は、指定金融機関制度等を通じて深い関係を長らく築いており、互いに地域経済社会にとって不可欠な存在となっている。しかし、金融市場環境や地域経済社会の構造が移り変わる中、1990年代後半頃からその関係が変化する傾向が見られている。特に、2010年代半ば頃からの金利水準の継続的な低下も相まって、地方公共団体向けビジネスから距離を置くことを検討する金融機関が出現するなど、かつてに比べて厳しいものとなりつつある。
  2. 地方公共団体が中長期的に行財政の持続可能性を維持する上では、(1)国の厳しい財政状況、(2)地方公共団体による社会保障や公共施設等の適正化といった喫緊の施策への取り組み、といった課題を克服することが必要と考えられる。
  3. 地方経済社会の持続可能性を確保するためには、それらに加え、幅広い意味での地方創生や持続可能な開発目標(SDGs)達成に向けた取り組みを進めることも求められる。ただし、地方創生やSDGsも含めた取り組みを、地方公共団体のみで包括的に進めることは困難であり、地方銀行等と連携し、地方が抱える課題を解決していくことが重要である。
  4. 地方公共団体と地方銀行の双方が連携するメリットを感じ、持続的な関係を築くためには、地域をめぐる問題意識の共有、経済合理性の確保、域内の付加価値を創出する取り組みでの協働といった点がカギになろう。そのような観点から、地方公共団体と地方銀行がメリットを感じて連携可能な分野としては、例えば、公共施設等の適正管理、地域中小企業におけるSDGs支援といったものが挙げられる。
注目される地方銀行によるグリーンボンドの発行 富永 健司
  1. 世界の金融市場において、環境・社会・ガバナンス(ESG)を重視する投資概念の浸透、パリ協定や持続可能な開発目標(SDGs)等の国際合意を背景に、グリーンボンドの発行が伸びている。日本においても2017年頃からグリーンボンドの発行が増加している。これまで、日本の銀行によるグリーンボンドの発行は政府系金融機関やメガバンク等が中心となっていたが、このたび新たに地方銀行がグリーンボンドを発行した。具体的には、群馬銀行が2019年11月に国内の地方銀行として初めて発行し、その後、名古屋銀行が2019年12月に発行した。
  2. 日本においては近年、ESG金融における間接金融の重要性に対する認識が高まっている。そのような中で、地方銀行は、(1)担当主幹部署の設置、(2)プロジェクトチームの組成、(3)行動宣言や行動憲章の制定、(4)ESG/SDGsを意識した投資方針の制定、(5)ESG/SDGsを意識した融資方針の制定、などの形で取り組みを進めている。
  3. これらに加えて地方銀行は、地方経済・社会の中心的な担い手として、地方創生に関する取り組みも行っており、元々ESG/SDGs金融との親和性が高かったと言える。グリーンボンドの発行は、資本調達面におけるESG/SDGsへの対応という観点で考えることができる。
  4. 群馬銀行と名古屋銀行の発行事例で共通しているのは、規制資本の充実を目的とした社債発行を通じて、(1)組織として注力するESG/SDGsへの取り組みについての資本調達面からの拡充、(2)グリーンボンドの発行による幅広い業態の投資家層へのアクセス、を実現したことである。地方銀行セクターにおいては、ESG/SDGsへの取り組みが進む中で、今後グリーンボンド発行という手法が活用されるようになるのか注目される。グリーンボンドを通じた融資等が、地方銀行ビジネスの活性化へ貢献し、同時に環境・地域社会へのインパクトを創出するのかといった点も今後さらなる議論が求められよう。
米国地域金融機関の証券ビジネスを支援するLPLファイナンシャル 下山 貴史岡田 功太
  1. LPLファイナンシャルは、全米最大級のファイナンシャル・アドバイザー向け証券取引サービス提供会社として知られている。同社は、地銀、信用組合、独立系ファイナンシャル・アドバイザー(IFA会社)に所属する約1万6,100名のファイナンシャル・アドバイザーに、証券取引及び証券事業支援サービスを提供している。それらのファイナンシャル・アドバイザーは、主に地方で営業活動に従事していることから、LPLファイナンシャルは、地域金融機関の証券ビジネスを支援している存在とも言える。
  2. 同社は、ブローカレッジ・サービスとアドバイザリー・サービスを提供するが、近年は投資アドバイスの対価としてフィーを受け取るアドバイザリー・サービスに注力している。また、ファイナンシャル・アドバイザーの業務効率化を目的としたテクノロジー・ツール等の提供も行っており、2019年のテクノロジー投資額を約1億5,000万ドルに決定し、同ツールの拡充を図っている。
  3. LPLファイナンシャルは、上記のサービスを通じて、多様な地域金融機関に属するファイナンシャル・アドバイザーを支援している。同社との提携を通じて、非金利収入を増加させた地域金融機関、収益源の多角化を図る銀行、顧客との関係強化や業務効率化を実現した小規模信用組合やIFA会社など様々である。
  4. LPLファイナンシャルの成長は、大手証券会社が有するミドルオフィス及びバックオフィス機能を、サービスとして社外に提供することで収益化できる可能性を示唆すると共に、地域金融機関にとって同サービスが魅力的であることを意味している。LPLファイナンシャルのようなサービス提供者は、米国の幅広い地域において、顧客に対して適切なファイナンシャル・アドバイスが提供されるためにも、欠かせない存在と言えよう。
金融包摂を促進する重要な役割を担うフィリピンの地域金融機関 北野 陽平武井 悠輔
  1. フィリピンは、堅調な経済成長を持続させ、より包摂的な発展を実現するべく、国民の幅広い金融包摂を推進している。同国において金融機関口座を保有する15歳以上人口の割合は2017年時点で32%で、地方では26%に留まり、多くの地方自治体では銀行が設置されていない。そのような中、フィリピン中央銀行(BSP)は、銀行サービスが提供されていない地方自治体の割合を2020年までに20%へと引き下げることを目指している。
  2. フィリピンの銀行は、ユニバーサルバンク、商業銀行、貯蓄銀行、農村銀行、協同組合銀行に分類される。このうち、農村銀行は、地方における金融包摂を促進する重要な役割を担うと期待されている。地方居住者の資金需要に対応するため、BSP主導で農村銀行のプレゼンス強化に向けた取り組みが進められてきた結果、農村銀行の店舗数は1999年末の1,778店から2019年9月末には3,048店となり、融資残高は同期間に3.6倍に増加した。
  3. 金融包摂の促進には決済サービスの利用拡大も課題となる中、全国レベルで国民による安価、効率的、安全、信頼性の高い決済を可能にする仕組みの構築を目指して、「国家リテール決済システム(NRPS)」が2015年に導入された。現状、NRPSは地方では普及が進んでおらず、農村銀行間の送金・決済システムも接続されていない。そうした中、ブロックチェーン技術の活用により、農村銀行間の直接送金や効率的な国際送金を可能にするプロジェクトが進められている。
  4. 農村銀行は、より安価で金融サービスを提供するためのテクノロジーの活用にも取り組み始めている。例えば、足下では、ITコスト及びオペレーションコストの削減等を目的として、クラウドベースの勘定系システムを導入する動きが見られる。地方では、ITの利用環境は都市部に比べ総じて遅れているものの、将来的には、都市部で始まっている金融サービスのデジタル化が広がっていく可能性もある。今後、フィリピンにおける地域金融機関のサービスが、どのような発展を遂げるのか注目される。
最終化された米国の大手銀行規制の見直し
−リスク・プロファイルに応じたプルーデンス規制の再構築−
小立 敬
  1. 米国FRBは2019年10月、銀行のリスク・プロファイルをプルーデンス規制の枠組みに反映させるテイラード・アプローチの下、総資産1,000億ドル以上の米国銀行および外国銀行のプルーデンス規制の枠組みを改定する最終規則を公表し、2019年末から適用を開始した。
  2. 従来はドッド=フランク法に基づいて、総資産500億ドル以上の銀行持株会社には厳格なプルーデンス規制が適用されてきたが、トランプ政権の下、2018年5月に成立した経済成長・規制緩和・消費者保護法が、厳格なプルーデンス規制の適用基準を総資産500億ドルから2,500億ドルに引き上げたことが背景にある。
  3. 最終規則によって、総資産1,000億ドル以上の米国銀行、外国銀行はリスク・プロファイルに応じて「カテゴリーI」から「カテゴリーIV」までの4つのカテゴリーに区分され、各々のカテゴリーに応じて厳格さの異なる自己資本規制や流動性規制、ストレス・テストの要件等が課せられることとなる。
  4. 金融危機以降、FRBはプルーデンス規制に銀行のリスク・プロファイルを反映させる取組みを行ってきた。今般のテイラード・アプローチによってリスク・プロファイルに応じたカテゴリーが明確化されており、従来に比べてより洗練された枠組みとなったという評価が可能であろう。
  5. ただし、外国銀行の扱いに関しては議論がある。特に具体的な争点となっているのが、外国銀行の米国支店に対して標準化された流動規制を適用するか否かの検討である。最終規則では具体的な措置は見送られたが、FRBは数カ月以内に検討する方針を明らかにしている。また、外国銀行の扱いについては、金融危機後の金融規制改革の重大な副作用として認識されている市場の分断につながるとの指摘もあり、最終規則が適用された後のFRBによる規制の合理性の検証が期待される。
米国で最も便利な銀行とは 淵田 康之
  1. グローバル金融危機後、米国では国内リテール業務に強い金融機関のプレゼンスが高まっている。外資系金融機関のなかでも、カナダのトロント・ドミニオンバンク・グループ(TDバンク・グループ)傘下のTDバンクは、米国内でリテール業務に注力することで顕著な成長を遂げている。
  2. 各国の多くの金融機関は、世界の金融ビジネスの中心である米国市場に進出し、業務拡大を目指してきた。しかし今日、日系や欧州系の金融機関の多くは、過去の一時期に比べ、米国市場における存在感を低下させている。こうしたなかTDバンクは、「米国で最も便利な銀行」を掲げ、米国で最も成功した外資系銀行となったのである。
  3. 金融危機を経て、米国金融市場の重要性はむしろ高まった。プラスの金利が維持され、預金・貸出など正常な金融ビジネスが成り立つ、世界で数少ない市場の一つとなったからである。TDバンクは、やはり経済が底堅く推移し、また安定した金融システムを持つカナダをマザーマーケットとしつつ、米国でリテール金融業務を拡大することにより、グループ全体の企業価値向上に寄与している。
  4. TDバンク・グループは、TDアメリトレードを通じて、米国におけるリテール証券ビジネスでも存在感を示してきた。そして2019年、取引手数料ゼロ時代が到来すると、TDアメリトレードをチャールズ・シュワブに売却し、チャールズ・シュワブの大株主となった。
  5. わが国の主要金融機関においても、今後の成長のためには海外ビジネスの拡大が不可欠であるが、その成功には、国内の経済や金融システムの改善・改革が前提となろう。その上で、どれだけ多くの現地ユーザーに、真に必要とされる金融機関となれるかがカギとなろう。
チャールズ・シュワブによるTDアメリトレードの買収
−米国個人向け金融サービス業界への示唆−
岡田 功太
  1. チャールズ・シュワブは2019年11月、TDアメリトレードを買収することを公表した。本件は株式交換で行われ、買収額は約260億ドルに達する。買収完了後のチャールズ・シュワブの預かり資産は約5.1兆ドル、証券口座数は約2,400万口座に達する見込みである(単純合算ベース)。同社は、コスト削減と顧客基盤の強化を推進し、より効率的で大規模な個人向け金融サービス業を追求すると見られる。
  2. 今般の買収の背景として、(1)売買手数料無料化等により事業環境が急激に変化していること、(2)連邦準備制度理事会の利下げの影響によって金利収入が縮小し、更なる預かり資産の拡大の必要性が高まったこと、(3)チャールズ・シュワブが創業当初から掲げてきた経営哲学に基づく「好循環」の一層の強化と整合的であること、が挙げられる。
  3. 買収完了後のチャールズ・シュワブは、独立系ファイナンシャル・アドバイザーである投資顧問業者(RIA)から約2兆ドルの資産を預かることになり、これを契機にRIAの顧客化を巡る大手金融機関の競争が激化する可能性が高い。また、長年、チャールズ・シュワブ及びTDアメリトレードと競合関係にあるイー・トレードを中心に、ディスカウント・ブローカー業界の再編も注目されている。アドバイザリー・フィーの低下と、同サービスに組み入れられるミューチュアルファンド及びETFの低コスト化の可能性も指摘されている。
  4. 今般の買収は、ディスカウント・ブローカー及びRIA向けサービス事業におけるチャールズ・シュワブやフィデリティ・インベストメンツなど、一部の大手金融機関が、より一層巨大化する方向性を示唆しており、今後の動向は注視する必要がある。
上場・非上場の垣根を飛び越えるクロスオーバー投資
−米国ミューチュアルファンドによるプレIPO株式投資の実状−
竹下 智
  1. 上場企業を主な投資対象とするミューチュアルファンドやヘッジファンドによる非上場企業への投資は、上場/非上場の垣根を越えた投資という意味で「クロスオーバー投資」と呼ばれる。近年、米国では非上場企業への投資において、VC以外のミューチュアルファンドやヘッジファンド等の存在が大きくなってきている。特に、IPO前のウーバー・テクノロジーズには55本のミューチュアルファンドが投資を行っていたことが知られている。
  2. クロスオーバー投資家は、レイターステージでの大型の資金調達において主要な投資家の一つであるとともに、アーリーステージの投資家(含む従業員)に流動性を供給する役割を担っている。ミューチュアルファンドが非上場企業への投資を行う理由として、(1)IPOまで待っていると会社の成長サイクルの重要なステージを逃す可能性がある、(2)イノベーションや創造的破壊が起きている産業セクターの評価をするには上場企業および非上場企業の両方を見ておく必要がある、という点があげられる。
  3. 非上場株式は取引所での株価が存在しないため、運用会社毎に投資対象の時価評価を行っている。非上場企業には上場企業に課せられた情報開示等の義務がないため、投資家が独自で情報収集にあたらなければならず、経営状況の監視やバリエーションに費やす時間が必然的に上場企業の場合よりも多くなる。そのため、クロスオーバー投資は分析リソースが豊富な大規模ファンドに適している。
  4. 米国ミューチュアルファンドはすでに日本の非上場企業への投資を行っている。日本国内においても今後、イノベーションの促進、ベンチャー支援策の充実を図る上で、クロスオーバー投資の振興も重要な課題となるのではないか。
米国における退職資産拡充策を巡る議論
−退職保障強化法案(SECURE法案)を中心に−
岡田 功太中村 美江奈
  1. 米国では、長寿化が進行する一方で、ソーシャル・セキュリティ(公的年金)の財政難等の課題がある。こうした中、連邦議会では、超党派の有力議員が、「全地域社会における退職保障強化法案」(通称SECURE法案)を提出した。同法案は、下院で既に可決されており、上院で審議待ちの状態である。
  2. SECURE法案は、2006年年金保護法以来、13年ぶりの本格的な年金制度改革である。2006年年金保護法は、401(k)プランの「自動化」の制度の整備等により、職域の確定拠出年金(DC)プランや個人退職勘定(IRA)の資産の積み立て(アキュミュレーション)促進に寄与した。SECURE法案は、退職プラン加入者のさらなる拡大と、引退後の資産の取り崩し(デキュミュレーション)局面における課題解消等を目指している。
  3. SECURE法案の主な特徴は、第一に、伝統的IRAの拠出年齢制限の廃止といった既存の退職資産形成制度の拡大の促進である。第二に、退職プランへの長期雇用パート従業員の加入促進や、中小企業従業員の退職プラン加入促進を意図した複数雇用主プラン(MEP)の要件緩和等の加入者拡大である。第三に、デキュミュレーションにおけるアニュイティ等の普及促進や、退職後の収入予測といったライフタイム・インカム確保の施策である。
  4. SECURE法案は超党派の支持を得ているものの、成立の可否やタイミングについては、政局次第である。他方、同法案の内容を念頭に、大手資産運用会社等は新たなソリューションの開発を推進している。つまり、SECURE法案は、既に米国リタイアメント市場において新たなダイナミズムを生み出しはじめており、法案の成否と併せて、今後の展開が注目される。
欧州における投信併合
−英国の事例を中心に−
神山 哲也塩島 晋
  1. 日本では、小規模投信(ファンド)が多数存在するという問題に対処するべく、ファンド併合を実施可能にするための制度面の整備が行われてきた。しかし、実績は2019年11月に発表された一件に留まっている。今後、自助努力による資産形成、資産運用の重要性が増していく中、ファンド併合等を通じて運用業界の効率化を図ることは一層求められるようになろう。
  2. 欧州では従来、ファンド併合が月間数十件というペースで行われてきた。EU域内におけるクロスボーダーのファンド併合を促進するための制度整備も行われてきた。EUの制度を国内法化した英国では、スキーム・オブ・アレンジメントと呼ばれる仕組みを用いてファンド併合が行われている。
  3. 英国のファンド併合事例を見ると、目的として、小規模ファンドを併合することによる規模の経済追求等を掲げた上で、ファンド・オブ・ファンズと通常のファンドの併合や、株・債券の組入比率の相違、デリバティブ利用の有無、分配頻度など、ファンドの形態や運用手法は必ずしも近似したものでなくても実施されている。
  4. 英国では、ファンドの規模が最適水準を大幅に下回っていると考えられる場合、運用方法等の細かな相違には拘らず、より総合的な投資家利益への配慮から、規模の経済を優先する姿勢がみられる。日本においてファンド併合を検討する際に、参考になるアプローチであると考えられる。
2020年以降の議決権行使助言会社の助言方針改定 西山 賢吾
  1. 代表的な議決権行使助言会社であるISSとグラス・ルイスの2020年議決権行使助言方針改定内容が明らかになった(改定内容の一部の適用は2021年)。ISSの改定は、(1)政策保有先企業出身の社外役員には「独立性なし」の判断、(2)親会社、支配株主の存在する企業に対する独立社外取締役の増員、の2点、そして、グラス・ルイスでは、東証1、2部対象企業に最低1名以上の女性役員登用を要請、(2)政策保有株式保有水準に関する基準の導入(2021年より)の2点である。
  2. 今回の助言方針改定の特徴として、ISSは社外役員の独立性という観点、グラス・ルイスは保有水準という観点から、それぞれ、政策保有株式を議決権行使助言方針に取り入れたことが挙げられる。従来政策保有株式と議決権行使を関連付けることは難しいと考えられていたが、今回の助言方針改定を受け、機関投資家でも同様な議決権行使助言方針を採用するかどうかが注目される。しかし、現状ではその動きが大きく進むとは考えにくく、エンゲージメントの重要テーマとしてより多くの投資家が取り上げることになるであろう。
  3. 社外取締役の増員も重要なテーマである。これについては、全ての企業に3分の1以上の独立社外取締役を求める機関投資家も出始めてきたが、全体としては支配株主や親会社のある企業などに社外取締役の増員を求める動きがさらに進む一方、全ての企業に求める動きが大きく広がるにはなお時間を要すると考える。
  4. 議決権行使助言会社の影響力に関し話題に上ることが多く、2020年に改訂予定のスチュワードシップ・コードにおいても、議決権行使助言会社に対し、十分かつ適切な人的・組織体制の整備とそれを含む助言策定プロセスの具体的な公表などが求められている。その背景には、機関投資家の議決権行使を助言会社が決めている、すなわち、議決権行使助言会社の助言方針をそのまま機関投資家が取り入れているという誤解があると推察されるが、実際には、「機関投資家の議決権行使に対する意見や考え方のコンセンサスが議決権行使助言会社の助言方針」となっているといえるであろう。
気候変動対策で世界のリーダーを目指す「欧州グリーンディール」 江夏 あかね磯部 昌吾
  1. 欧州連合(EU)の執行機関である欧州委員会は2019年12月11日、脱炭素と経済成長の両立を図ることを目的とした工程表である「欧州グリーンディール」を公表した。同工程表は、2019年12月1日に就任したフォンデアライエン欧州委員長が最優先政策に掲げる気候変動対策の一環として位置付けられる。
  2. 欧州グリーンディールで注目されるのは、気候関連目標への野心的なアプローチ、低炭素経済社会への移行に関する支援、サステナブルファイナンス戦略の3点である。2020年第3四半期に公表予定のサステナブルファイナンス戦略では、(1)サステナブル投資に関する基盤強化、(2)サステナブル投資に関する特定可能性及び信頼性向上、(3)気候・環境リスクの金融システムへの組み入れ、といった3つの方針が掲げられた。
  3. 欧州グリーンディールは、基本的にはEU域内を対象としているものの、日本を含めたEU域外の国・地域に影響が及ぶ可能性が高いことが示唆された。同時に、欧州グリーンディールの実現に向けて、サステナブルファイナンス戦略を通じて、金融市場にもタクソノミー、開示、ラベル、EUグリーンボンド基準(EU GBS)、健全性規制といった複数の側面から影響が及ぶ可能性があることも示された。
  4. 世界に先駆けて包括的な気候変動対策に取り組むEUが示した欧州グリーンディールの各項目に関する今後の進捗や実効性等に対して、世界各国の政府、産業界、金融市場から注目が集まる状況が続くと想定される。
欧州公的年金基金の気候変動への対応
−スウェーデンAP基金、仏FRR、ノルウェーGPFGの事例を中心に−
林 宏美
  1. 金融安定理事会(FSB)の下部組織であるTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)が2017年6月に公表した最終提言(TCFD最終提言)では、インベストメントチェーンの頂点に位置付けられる年金基金等のアセット・オーナーも、投資先企業による取り組みを促す役割を果たすべく、一定の情報開示が求められている。2018年11月に英国のNGOが大規模な公的年金基金の取り組み状況を評価した報告書では、TCFD最終提言に則した情報を開示しているか、開示する方針にある年金基金が全体の17%にとどまった。
  2. 気候変動への取り組みが高く評価されている欧州公的年金の事例としては、スウェーデンのAP基金、フランスのFRR、ノルウェーGPFG等が挙げられる。AP基金は、2019年、法律により責任投資と高いリターン追求の両立が求められるようになった。AP基金やFRRは、再生可能エネルギー事業等への投資を可能とする取り組みを推進しているほか、指数提供業者との提携を通じて低炭素関連指標の開発・拡充を進めるなど、様々な活動を展開しはじめている。
  3. 欧州の公的年金基金による気候変動への対応としては、従来化石燃料企業からの投資引き揚げ(ダイベストメント)を通じて、気候リスクの低減を図る動きが目立っていたが、近年はその取り組みが多様化している。ダイベストメントよりもエンゲージメントや議決権行使などを通じて、企業に気候変動への対応を促す傾向が前面に出ている。また、再生可能エネルギー事業等への投資を拡大できるよう、運用方針を変更する動きも目立つ。
  4. 大規模な公的年金による気候変動への取り組みは、他の機関投資家に及ぼすシグナル効果が大きいと見られる。それらの取り組みが、気候変動によるリスクや機会を示す各種指標データの蓄積、標準化など、上記に挙げた課題解消に寄与することも期待される。
トランジションボンドの登場とサステナブルファイナンスの新潮流 江夏 あかね
  1. トランジションボンドは、一般的に、二酸化炭素排出量等の観点からグリーンボンドの発行基準を満たさないものの、低炭素経済社会等に移行(トランジション)するためのプロジェクトを資金使途とする債券を指す。
  2. トランジションボンドが誕生した背景としては、金融市場において、開示、経済活動の分類、ベンチマーク等、複数の分野で、「トランジション(移行)」がテーマとして注目を集めつつあることが挙げられる。そして、フランスの大手運用機関アクサ・インベストメント・マネージャーズ(アクサIM)が2019年6月にガイドラインを公表、クレディ・スイスと気候債券イニシアチブ(CBI)が2019年9月に「サステナブル・トランジションボンド」に関するパートナーシップ締結、といった動きもある。
  3. トランジションボンド及び同市場が健全に発展していくためには、発行体によるサステナビリティ戦略へのコミットメントを通じて市場の信認を得ることが大前提になるほか、グリーンボンド等と同様に、レポーティング等を通じて、投資家が環境・社会面でのインパクトを適切に把握できるように透明性を確保することが重要と思われる。
EUにおける自己資本規制へのESGリスク反映の議論
−アクション・プランを示した欧州銀行監督機構−
磯部 昌吾
  1. 欧州連合(EU)において気候変動問題への関心が増々高まる中、欧州銀行監督機構(EBA)は、2019年12月6日にサステナブル・ファイナンスに関するアクション・プランを公表し、自己資本規制における環境・社会・ガバナンス(ESG)リスクの反映に関する検討スケジュールを明らかにした。
  2. 気候変動問題への対応には多額の追加投資が必要となることから、銀行の金融仲介機能を通じて、民間資金が気候変動対応に回るように促していく上で、自己資本規制におけるESGリスクの反映は、重要な政策手段の1つとなる可能性がある。
  3. EBAは、自己資本規制の3つの柱におけるESGリスクの反映を検討した上で、欧州委員会等への報告やガイドライン・細則案の策定を行う予定である。特に、第1の柱(最低基準)については、評価の複雑性と潜在的な影響の大きさを踏まえて、2025年6月までという長い評価期間を設けているのが特徴的である。
  4. 欧州の規制当局の見解は一枚岩ではなく、まずはEBAの検討結果が待たれるところである。EUが独自に自己資本規制にESGリスクを組み入れる場合には、EUの銀行の与信行動に影響を与えるであろう。また、EU域外の銀行との間で資本賦課に差が出るようであれば、国際競争上の問題が生じる可能性も考えられ、その場合には他の国においても同様の措置が取られるかが論点となってこよう。EUにおける議論とEU域外への波及の可能性を今後も注視する必要があるだろう。
中央銀行デジタル通貨の発行を目指す中国
−予想されるマクロ面での影響−
関 志雄
  1. 中国では、中央銀行デジタル通貨(CBDC)の発行は、構想から実行の段階に移ろうとしている。中国が導入しようとするCBDCは、だれでもアクセスでき、決済が仲介機関を経由しない「リテール・トークン型」である。その特徴は、(1)現金(M0)の代替、(2)中央銀行と利用者の間に商業銀行などの仲介機関が入る二層構造の運営体制、(3)特定の技術に限定しない、(4)無利子、(5)「制御可能な匿名性」に基づく個人情報の取り扱い、(6)オフライン決済が可能、である。
  2. 現段階の構想通りに、CBDCが無利子で、現金の代替にとどまる場合、その導入によってもたらされる金融政策と金融システムへの影響はそれほど大きくない。しかし、金利が付き、現金だけでなく銀行預金も代替の対象となるCBDCが発行される場合、金融政策の有効性は高まる一方で、金融システムにおける銀行の地盤沈下は加速しかねない。
  3. CBDCの発行は、人民元の利便性の向上を通じて、人民元の国際化に寄与すると期待されている。しかし、厳しい資本規制が維持され、CBDCもその対象になると予想される以上、その効果は限定的であろう。
  4. 中国は、CBDCを本格的に導入する最初の国になりそうである。それに向けて、綿密に構想を練っており、実行に移ってからも慎重な姿勢は変わらないと予想される。最終的に、中国において、現金が完全にCBDCに取って代わられ、キャッシュレス社会が実現されるだろうが、そこまでの道のりはまだ遠い。
時流 金融規制のNext Step 上智大学法科大学院教授 森下 哲朗

金融審議会のスタディ・グループやワーキング・グループでは新たな金融規制のあり方についての議論が行われてきた。そこでは、今後の金融規制のあるべき姿として、イノベーションの促進と利用者利便の向上に資する規制体系であること、同一の機能・同一のリスクには同一のルールを適用すること、といった基本的な方向性が示されている。具体的な規制の見直しという観点でも、決済分野等で一定の成果が出ており今後の活用が期待される。同時に、今後の検討課題も多い。産官学が一体となって知恵を出し合ってより良い金融規制を構築していく必要がある。

地方公共団体と地方銀行
−指定金融機関制度の変遷と今後の展望−
江夏 あかね
  1. 地方公共団体と地方銀行は、指定金融機関制度等を通じて深い関係を長らく築いており、互いに地域経済社会にとって不可欠な存在となっている。しかし、金融市場環境や地域経済社会の構造が移り変わる中、1990年代後半頃からその関係が変化する傾向が見られている。特に、2010年代半ば頃からの金利水準の継続的な低下も相まって、地方公共団体向けビジネスから距離を置くことを検討する金融機関が出現するなど、かつてに比べて厳しいものとなりつつある。
  2. 地方公共団体が中長期的に行財政の持続可能性を維持する上では、(1)国の厳しい財政状況、(2)地方公共団体による社会保障や公共施設等の適正化といった喫緊の施策への取り組み、といった課題を克服することが必要と考えられる。
  3. 地方経済社会の持続可能性を確保するためには、それらに加え、幅広い意味での地方創生や持続可能な開発目標(SDGs)達成に向けた取り組みを進めることも求められる。ただし、地方創生やSDGsも含めた取り組みを、地方公共団体のみで包括的に進めることは困難であり、地方銀行等と連携し、地方が抱える課題を解決していくことが重要である。
  4. 地方公共団体と地方銀行の双方が連携するメリットを感じ、持続的な関係を築くためには、地域をめぐる問題意識の共有、経済合理性の確保、域内の付加価値を創出する取り組みでの協働といった点がカギになろう。そのような観点から、地方公共団体と地方銀行がメリットを感じて連携可能な分野としては、例えば、公共施設等の適正管理、地域中小企業におけるSDGs支援といったものが挙げられる。
注目される地方銀行によるグリーンボンドの発行 富永 健司
  1. 世界の金融市場において、環境・社会・ガバナンス(ESG)を重視する投資概念の浸透、パリ協定や持続可能な開発目標(SDGs)等の国際合意を背景に、グリーンボンドの発行が伸びている。日本においても2017年頃からグリーンボンドの発行が増加している。これまで、日本の銀行によるグリーンボンドの発行は政府系金融機関やメガバンク等が中心となっていたが、このたび新たに地方銀行がグリーンボンドを発行した。具体的には、群馬銀行が2019年11月に国内の地方銀行として初めて発行し、その後、名古屋銀行が2019年12月に発行した。
  2. 日本においては近年、ESG金融における間接金融の重要性に対する認識が高まっている。そのような中で、地方銀行は、(1)担当主幹部署の設置、(2)プロジェクトチームの組成、(3)行動宣言や行動憲章の制定、(4)ESG/SDGsを意識した投資方針の制定、(5)ESG/SDGsを意識した融資方針の制定、などの形で取り組みを進めている。
  3. これらに加えて地方銀行は、地方経済・社会の中心的な担い手として、地方創生に関する取り組みも行っており、元々ESG/SDGs金融との親和性が高かったと言える。グリーンボンドの発行は、資本調達面におけるESG/SDGsへの対応という観点で考えることができる。
  4. 群馬銀行と名古屋銀行の発行事例で共通しているのは、規制資本の充実を目的とした社債発行を通じて、(1)組織として注力するESG/SDGsへの取り組みについての資本調達面からの拡充、(2)グリーンボンドの発行による幅広い業態の投資家層へのアクセス、を実現したことである。地方銀行セクターにおいては、ESG/SDGsへの取り組みが進む中で、今後グリーンボンド発行という手法が活用されるようになるのか注目される。グリーンボンドを通じた融資等が、地方銀行ビジネスの活性化へ貢献し、同時に環境・地域社会へのインパクトを創出するのかといった点も今後さらなる議論が求められよう。
米国地域金融機関の証券ビジネスを支援するLPLファイナンシャル 下山 貴史岡田 功太
  1. LPLファイナンシャルは、全米最大級のファイナンシャル・アドバイザー向け証券取引サービス提供会社として知られている。同社は、地銀、信用組合、独立系ファイナンシャル・アドバイザー(IFA会社)に所属する約1万6,100名のファイナンシャル・アドバイザーに、証券取引及び証券事業支援サービスを提供している。それらのファイナンシャル・アドバイザーは、主に地方で営業活動に従事していることから、LPLファイナンシャルは、地域金融機関の証券ビジネスを支援している存在とも言える。
  2. 同社は、ブローカレッジ・サービスとアドバイザリー・サービスを提供するが、近年は投資アドバイスの対価としてフィーを受け取るアドバイザリー・サービスに注力している。また、ファイナンシャル・アドバイザーの業務効率化を目的としたテクノロジー・ツール等の提供も行っており、2019年のテクノロジー投資額を約1億5,000万ドルに決定し、同ツールの拡充を図っている。
  3. LPLファイナンシャルは、上記のサービスを通じて、多様な地域金融機関に属するファイナンシャル・アドバイザーを支援している。同社との提携を通じて、非金利収入を増加させた地域金融機関、収益源の多角化を図る銀行、顧客との関係強化や業務効率化を実現した小規模信用組合やIFA会社など様々である。
  4. LPLファイナンシャルの成長は、大手証券会社が有するミドルオフィス及びバックオフィス機能を、サービスとして社外に提供することで収益化できる可能性を示唆すると共に、地域金融機関にとって同サービスが魅力的であることを意味している。LPLファイナンシャルのようなサービス提供者は、米国の幅広い地域において、顧客に対して適切なファイナンシャル・アドバイスが提供されるためにも、欠かせない存在と言えよう。
金融包摂を促進する重要な役割を担うフィリピンの地域金融機関 北野 陽平武井 悠輔
  1. フィリピンは、堅調な経済成長を持続させ、より包摂的な発展を実現するべく、国民の幅広い金融包摂を推進している。同国において金融機関口座を保有する15歳以上人口の割合は2017年時点で32%で、地方では26%に留まり、多くの地方自治体では銀行が設置されていない。そのような中、フィリピン中央銀行(BSP)は、銀行サービスが提供されていない地方自治体の割合を2020年までに20%へと引き下げることを目指している。
  2. フィリピンの銀行は、ユニバーサルバンク、商業銀行、貯蓄銀行、農村銀行、協同組合銀行に分類される。このうち、農村銀行は、地方における金融包摂を促進する重要な役割を担うと期待されている。地方居住者の資金需要に対応するため、BSP主導で農村銀行のプレゼンス強化に向けた取り組みが進められてきた結果、農村銀行の店舗数は1999年末の1,778店から2019年9月末には3,048店となり、融資残高は同期間に3.6倍に増加した。
  3. 金融包摂の促進には決済サービスの利用拡大も課題となる中、全国レベルで国民による安価、効率的、安全、信頼性の高い決済を可能にする仕組みの構築を目指して、「国家リテール決済システム(NRPS)」が2015年に導入された。現状、NRPSは地方では普及が進んでおらず、農村銀行間の送金・決済システムも接続されていない。そうした中、ブロックチェーン技術の活用により、農村銀行間の直接送金や効率的な国際送金を可能にするプロジェクトが進められている。
  4. 農村銀行は、より安価で金融サービスを提供するためのテクノロジーの活用にも取り組み始めている。例えば、足下では、ITコスト及びオペレーションコストの削減等を目的として、クラウドベースの勘定系システムを導入する動きが見られる。地方では、ITの利用環境は都市部に比べ総じて遅れているものの、将来的には、都市部で始まっている金融サービスのデジタル化が広がっていく可能性もある。今後、フィリピンにおける地域金融機関のサービスが、どのような発展を遂げるのか注目される。
最終化された米国の大手銀行規制の見直し
−リスク・プロファイルに応じたプルーデンス規制の再構築−
小立 敬
  1. 米国FRBは2019年10月、銀行のリスク・プロファイルをプルーデンス規制の枠組みに反映させるテイラード・アプローチの下、総資産1,000億ドル以上の米国銀行および外国銀行のプルーデンス規制の枠組みを改定する最終規則を公表し、2019年末から適用を開始した。
  2. 従来はドッド=フランク法に基づいて、総資産500億ドル以上の銀行持株会社には厳格なプルーデンス規制が適用されてきたが、トランプ政権の下、2018年5月に成立した経済成長・規制緩和・消費者保護法が、厳格なプルーデンス規制の適用基準を総資産500億ドルから2,500億ドルに引き上げたことが背景にある。
  3. 最終規則によって、総資産1,000億ドル以上の米国銀行、外国銀行はリスク・プロファイルに応じて「カテゴリーI」から「カテゴリーIV」までの4つのカテゴリーに区分され、各々のカテゴリーに応じて厳格さの異なる自己資本規制や流動性規制、ストレス・テストの要件等が課せられることとなる。
  4. 金融危機以降、FRBはプルーデンス規制に銀行のリスク・プロファイルを反映させる取組みを行ってきた。今般のテイラード・アプローチによってリスク・プロファイルに応じたカテゴリーが明確化されており、従来に比べてより洗練された枠組みとなったという評価が可能であろう。
  5. ただし、外国銀行の扱いに関しては議論がある。特に具体的な争点となっているのが、外国銀行の米国支店に対して標準化された流動規制を適用するか否かの検討である。最終規則では具体的な措置は見送られたが、FRBは数カ月以内に検討する方針を明らかにしている。また、外国銀行の扱いについては、金融危機後の金融規制改革の重大な副作用として認識されている市場の分断につながるとの指摘もあり、最終規則が適用された後のFRBによる規制の合理性の検証が期待される。
米国で最も便利な銀行とは 淵田 康之
  1. グローバル金融危機後、米国では国内リテール業務に強い金融機関のプレゼンスが高まっている。外資系金融機関のなかでも、カナダのトロント・ドミニオンバンク・グループ(TDバンク・グループ)傘下のTDバンクは、米国内でリテール業務に注力することで顕著な成長を遂げている。
  2. 各国の多くの金融機関は、世界の金融ビジネスの中心である米国市場に進出し、業務拡大を目指してきた。しかし今日、日系や欧州系の金融機関の多くは、過去の一時期に比べ、米国市場における存在感を低下させている。こうしたなかTDバンクは、「米国で最も便利な銀行」を掲げ、米国で最も成功した外資系銀行となったのである。
  3. 金融危機を経て、米国金融市場の重要性はむしろ高まった。プラスの金利が維持され、預金・貸出など正常な金融ビジネスが成り立つ、世界で数少ない市場の一つとなったからである。TDバンクは、やはり経済が底堅く推移し、また安定した金融システムを持つカナダをマザーマーケットとしつつ、米国でリテール金融業務を拡大することにより、グループ全体の企業価値向上に寄与している。
  4. TDバンク・グループは、TDアメリトレードを通じて、米国におけるリテール証券ビジネスでも存在感を示してきた。そして2019年、取引手数料ゼロ時代が到来すると、TDアメリトレードをチャールズ・シュワブに売却し、チャールズ・シュワブの大株主となった。
  5. わが国の主要金融機関においても、今後の成長のためには海外ビジネスの拡大が不可欠であるが、その成功には、国内の経済や金融システムの改善・改革が前提となろう。その上で、どれだけ多くの現地ユーザーに、真に必要とされる金融機関となれるかがカギとなろう。
チャールズ・シュワブによるTDアメリトレードの買収
−米国個人向け金融サービス業界への示唆−
岡田 功太
  1. チャールズ・シュワブは2019年11月、TDアメリトレードを買収することを公表した。本件は株式交換で行われ、買収額は約260億ドルに達する。買収完了後のチャールズ・シュワブの預かり資産は約5.1兆ドル、証券口座数は約2,400万口座に達する見込みである(単純合算ベース)。同社は、コスト削減と顧客基盤の強化を推進し、より効率的で大規模な個人向け金融サービス業を追求すると見られる。
  2. 今般の買収の背景として、(1)売買手数料無料化等により事業環境が急激に変化していること、(2)連邦準備制度理事会の利下げの影響によって金利収入が縮小し、更なる預かり資産の拡大の必要性が高まったこと、(3)チャールズ・シュワブが創業当初から掲げてきた経営哲学に基づく「好循環」の一層の強化と整合的であること、が挙げられる。
  3. 買収完了後のチャールズ・シュワブは、独立系ファイナンシャル・アドバイザーである投資顧問業者(RIA)から約2兆ドルの資産を預かることになり、これを契機にRIAの顧客化を巡る大手金融機関の競争が激化する可能性が高い。また、長年、チャールズ・シュワブ及びTDアメリトレードと競合関係にあるイー・トレードを中心に、ディスカウント・ブローカー業界の再編も注目されている。アドバイザリー・フィーの低下と、同サービスに組み入れられるミューチュアルファンド及びETFの低コスト化の可能性も指摘されている。
  4. 今般の買収は、ディスカウント・ブローカー及びRIA向けサービス事業におけるチャールズ・シュワブやフィデリティ・インベストメンツなど、一部の大手金融機関が、より一層巨大化する方向性を示唆しており、今後の動向は注視する必要がある。
上場・非上場の垣根を飛び越えるクロスオーバー投資
−米国ミューチュアルファンドによるプレIPO株式投資の実状−
竹下 智
  1. 上場企業を主な投資対象とするミューチュアルファンドやヘッジファンドによる非上場企業への投資は、上場/非上場の垣根を越えた投資という意味で「クロスオーバー投資」と呼ばれる。近年、米国では非上場企業への投資において、VC以外のミューチュアルファンドやヘッジファンド等の存在が大きくなってきている。特に、IPO前のウーバー・テクノロジーズには55本のミューチュアルファンドが投資を行っていたことが知られている。
  2. クロスオーバー投資家は、レイターステージでの大型の資金調達において主要な投資家の一つであるとともに、アーリーステージの投資家(含む従業員)に流動性を供給する役割を担っている。ミューチュアルファンドが非上場企業への投資を行う理由として、(1)IPOまで待っていると会社の成長サイクルの重要なステージを逃す可能性がある、(2)イノベーションや創造的破壊が起きている産業セクターの評価をするには上場企業および非上場企業の両方を見ておく必要がある、という点があげられる。
  3. 非上場株式は取引所での株価が存在しないため、運用会社毎に投資対象の時価評価を行っている。非上場企業には上場企業に課せられた情報開示等の義務がないため、投資家が独自で情報収集にあたらなければならず、経営状況の監視やバリエーションに費やす時間が必然的に上場企業の場合よりも多くなる。そのため、クロスオーバー投資は分析リソースが豊富な大規模ファンドに適している。
  4. 米国ミューチュアルファンドはすでに日本の非上場企業への投資を行っている。日本国内においても今後、イノベーションの促進、ベンチャー支援策の充実を図る上で、クロスオーバー投資の振興も重要な課題となるのではないか。
米国における退職資産拡充策を巡る議論
−退職保障強化法案(SECURE法案)を中心に−
岡田 功太中村 美江奈
  1. 米国では、長寿化が進行する一方で、ソーシャル・セキュリティ(公的年金)の財政難等の課題がある。こうした中、連邦議会では、超党派の有力議員が、「全地域社会における退職保障強化法案」(通称SECURE法案)を提出した。同法案は、下院で既に可決されており、上院で審議待ちの状態である。
  2. SECURE法案は、2006年年金保護法以来、13年ぶりの本格的な年金制度改革である。2006年年金保護法は、401(k)プランの「自動化」の制度の整備等により、職域の確定拠出年金(DC)プランや個人退職勘定(IRA)の資産の積み立て(アキュミュレーション)促進に寄与した。SECURE法案は、退職プラン加入者のさらなる拡大と、引退後の資産の取り崩し(デキュミュレーション)局面における課題解消等を目指している。
  3. SECURE法案の主な特徴は、第一に、伝統的IRAの拠出年齢制限の廃止といった既存の退職資産形成制度の拡大の促進である。第二に、退職プランへの長期雇用パート従業員の加入促進や、中小企業従業員の退職プラン加入促進を意図した複数雇用主プラン(MEP)の要件緩和等の加入者拡大である。第三に、デキュミュレーションにおけるアニュイティ等の普及促進や、退職後の収入予測といったライフタイム・インカム確保の施策である。
  4. SECURE法案は超党派の支持を得ているものの、成立の可否やタイミングについては、政局次第である。他方、同法案の内容を念頭に、大手資産運用会社等は新たなソリューションの開発を推進している。つまり、SECURE法案は、既に米国リタイアメント市場において新たなダイナミズムを生み出しはじめており、法案の成否と併せて、今後の展開が注目される。
欧州における投信併合
−英国の事例を中心に−
神山 哲也塩島 晋
  1. 日本では、小規模投信(ファンド)が多数存在するという問題に対処するべく、ファンド併合を実施可能にするための制度面の整備が行われてきた。しかし、実績は2019年11月に発表された一件に留まっている。今後、自助努力による資産形成、資産運用の重要性が増していく中、ファンド併合等を通じて運用業界の効率化を図ることは一層求められるようになろう。
  2. 欧州では従来、ファンド併合が月間数十件というペースで行われてきた。EU域内におけるクロスボーダーのファンド併合を促進するための制度整備も行われてきた。EUの制度を国内法化した英国では、スキーム・オブ・アレンジメントと呼ばれる仕組みを用いてファンド併合が行われている。
  3. 英国のファンド併合事例を見ると、目的として、小規模ファンドを併合することによる規模の経済追求等を掲げた上で、ファンド・オブ・ファンズと通常のファンドの併合や、株・債券の組入比率の相違、デリバティブ利用の有無、分配頻度など、ファンドの形態や運用手法は必ずしも近似したものでなくても実施されている。
  4. 英国では、ファンドの規模が最適水準を大幅に下回っていると考えられる場合、運用方法等の細かな相違には拘らず、より総合的な投資家利益への配慮から、規模の経済を優先する姿勢がみられる。日本においてファンド併合を検討する際に、参考になるアプローチであると考えられる。
2020年以降の議決権行使助言会社の助言方針改定 西山 賢吾
  1. 代表的な議決権行使助言会社であるISSとグラス・ルイスの2020年議決権行使助言方針改定内容が明らかになった(改定内容の一部の適用は2021年)。ISSの改定は、(1)政策保有先企業出身の社外役員には「独立性なし」の判断、(2)親会社、支配株主の存在する企業に対する独立社外取締役の増員、の2点、そして、グラス・ルイスでは、東証1、2部対象企業に最低1名以上の女性役員登用を要請、(2)政策保有株式保有水準に関する基準の導入(2021年より)の2点である。
  2. 今回の助言方針改定の特徴として、ISSは社外役員の独立性という観点、グラス・ルイスは保有水準という観点から、それぞれ、政策保有株式を議決権行使助言方針に取り入れたことが挙げられる。従来政策保有株式と議決権行使を関連付けることは難しいと考えられていたが、今回の助言方針改定を受け、機関投資家でも同様な議決権行使助言方針を採用するかどうかが注目される。しかし、現状ではその動きが大きく進むとは考えにくく、エンゲージメントの重要テーマとしてより多くの投資家が取り上げることになるであろう。
  3. 社外取締役の増員も重要なテーマである。これについては、全ての企業に3分の1以上の独立社外取締役を求める機関投資家も出始めてきたが、全体としては支配株主や親会社のある企業などに社外取締役の増員を求める動きがさらに進む一方、全ての企業に求める動きが大きく広がるにはなお時間を要すると考える。
  4. 議決権行使助言会社の影響力に関し話題に上ることが多く、2020年に改訂予定のスチュワードシップ・コードにおいても、議決権行使助言会社に対し、十分かつ適切な人的・組織体制の整備とそれを含む助言策定プロセスの具体的な公表などが求められている。その背景には、機関投資家の議決権行使を助言会社が決めている、すなわち、議決権行使助言会社の助言方針をそのまま機関投資家が取り入れているという誤解があると推察されるが、実際には、「機関投資家の議決権行使に対する意見や考え方のコンセンサスが議決権行使助言会社の助言方針」となっているといえるであろう。
気候変動対策で世界のリーダーを目指す「欧州グリーンディール」 江夏 あかね磯部 昌吾
  1. 欧州連合(EU)の執行機関である欧州委員会は2019年12月11日、脱炭素と経済成長の両立を図ることを目的とした工程表である「欧州グリーンディール」を公表した。同工程表は、2019年12月1日に就任したフォンデアライエン欧州委員長が最優先政策に掲げる気候変動対策の一環として位置付けられる。
  2. 欧州グリーンディールで注目されるのは、気候関連目標への野心的なアプローチ、低炭素経済社会への移行に関する支援、サステナブルファイナンス戦略の3点である。2020年第3四半期に公表予定のサステナブルファイナンス戦略では、(1)サステナブル投資に関する基盤強化、(2)サステナブル投資に関する特定可能性及び信頼性向上、(3)気候・環境リスクの金融システムへの組み入れ、といった3つの方針が掲げられた。
  3. 欧州グリーンディールは、基本的にはEU域内を対象としているものの、日本を含めたEU域外の国・地域に影響が及ぶ可能性が高いことが示唆された。同時に、欧州グリーンディールの実現に向けて、サステナブルファイナンス戦略を通じて、金融市場にもタクソノミー、開示、ラベル、EUグリーンボンド基準(EU GBS)、健全性規制といった複数の側面から影響が及ぶ可能性があることも示された。
  4. 世界に先駆けて包括的な気候変動対策に取り組むEUが示した欧州グリーンディールの各項目に関する今後の進捗や実効性等に対して、世界各国の政府、産業界、金融市場から注目が集まる状況が続くと想定される。
欧州公的年金基金の気候変動への対応
−スウェーデンAP基金、仏FRR、ノルウェーGPFGの事例を中心に−
林 宏美
  1. 金融安定理事会(FSB)の下部組織であるTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)が2017年6月に公表した最終提言(TCFD最終提言)では、インベストメントチェーンの頂点に位置付けられる年金基金等のアセット・オーナーも、投資先企業による取り組みを促す役割を果たすべく、一定の情報開示が求められている。2018年11月に英国のNGOが大規模な公的年金基金の取り組み状況を評価した報告書では、TCFD最終提言に則した情報を開示しているか、開示する方針にある年金基金が全体の17%にとどまった。
  2. 気候変動への取り組みが高く評価されている欧州公的年金の事例としては、スウェーデンのAP基金、フランスのFRR、ノルウェーGPFG等が挙げられる。AP基金は、2019年、法律により責任投資と高いリターン追求の両立が求められるようになった。AP基金やFRRは、再生可能エネルギー事業等への投資を可能とする取り組みを推進しているほか、指数提供業者との提携を通じて低炭素関連指標の開発・拡充を進めるなど、様々な活動を展開しはじめている。
  3. 欧州の公的年金基金による気候変動への対応としては、従来化石燃料企業からの投資引き揚げ(ダイベストメント)を通じて、気候リスクの低減を図る動きが目立っていたが、近年はその取り組みが多様化している。ダイベストメントよりもエンゲージメントや議決権行使などを通じて、企業に気候変動への対応を促す傾向が前面に出ている。また、再生可能エネルギー事業等への投資を拡大できるよう、運用方針を変更する動きも目立つ。
  4. 大規模な公的年金による気候変動への取り組みは、他の機関投資家に及ぼすシグナル効果が大きいと見られる。それらの取り組みが、気候変動によるリスクや機会を示す各種指標データの蓄積、標準化など、上記に挙げた課題解消に寄与することも期待される。
トランジションボンドの登場とサステナブルファイナンスの新潮流 江夏 あかね
  1. トランジションボンドは、一般的に、二酸化炭素排出量等の観点からグリーンボンドの発行基準を満たさないものの、低炭素経済社会等に移行(トランジション)するためのプロジェクトを資金使途とする債券を指す。
  2. トランジションボンドが誕生した背景としては、金融市場において、開示、経済活動の分類、ベンチマーク等、複数の分野で、「トランジション(移行)」がテーマとして注目を集めつつあることが挙げられる。そして、フランスの大手運用機関アクサ・インベストメント・マネージャーズ(アクサIM)が2019年6月にガイドラインを公表、クレディ・スイスと気候債券イニシアチブ(CBI)が2019年9月に「サステナブル・トランジションボンド」に関するパートナーシップ締結、といった動きもある。
  3. トランジションボンド及び同市場が健全に発展していくためには、発行体によるサステナビリティ戦略へのコミットメントを通じて市場の信認を得ることが大前提になるほか、グリーンボンド等と同様に、レポーティング等を通じて、投資家が環境・社会面でのインパクトを適切に把握できるように透明性を確保することが重要と思われる。
EUにおける自己資本規制へのESGリスク反映の議論
−アクション・プランを示した欧州銀行監督機構−
磯部 昌吾
  1. 欧州連合(EU)において気候変動問題への関心が増々高まる中、欧州銀行監督機構(EBA)は、2019年12月6日にサステナブル・ファイナンスに関するアクション・プランを公表し、自己資本規制における環境・社会・ガバナンス(ESG)リスクの反映に関する検討スケジュールを明らかにした。
  2. 気候変動問題への対応には多額の追加投資が必要となることから、銀行の金融仲介機能を通じて、民間資金が気候変動対応に回るように促していく上で、自己資本規制におけるESGリスクの反映は、重要な政策手段の1つとなる可能性がある。
  3. EBAは、自己資本規制の3つの柱におけるESGリスクの反映を検討した上で、欧州委員会等への報告やガイドライン・細則案の策定を行う予定である。特に、第1の柱(最低基準)については、評価の複雑性と潜在的な影響の大きさを踏まえて、2025年6月までという長い評価期間を設けているのが特徴的である。
  4. 欧州の規制当局の見解は一枚岩ではなく、まずはEBAの検討結果が待たれるところである。EUが独自に自己資本規制にESGリスクを組み入れる場合には、EUの銀行の与信行動に影響を与えるであろう。また、EU域外の銀行との間で資本賦課に差が出るようであれば、国際競争上の問題が生じる可能性も考えられ、その場合には他の国においても同様の措置が取られるかが論点となってこよう。EUにおける議論とEU域外への波及の可能性を今後も注視する必要があるだろう。
中央銀行デジタル通貨の発行を目指す中国
−予想されるマクロ面での影響−
関 志雄
  1. 中国では、中央銀行デジタル通貨(CBDC)の発行は、構想から実行の段階に移ろうとしている。中国が導入しようとするCBDCは、だれでもアクセスでき、決済が仲介機関を経由しない「リテール・トークン型」である。その特徴は、(1)現金(M0)の代替、(2)中央銀行と利用者の間に商業銀行などの仲介機関が入る二層構造の運営体制、(3)特定の技術に限定しない、(4)無利子、(5)「制御可能な匿名性」に基づく個人情報の取り扱い、(6)オフライン決済が可能、である。
  2. 現段階の構想通りに、CBDCが無利子で、現金の代替にとどまる場合、その導入によってもたらされる金融政策と金融システムへの影響はそれほど大きくない。しかし、金利が付き、現金だけでなく銀行預金も代替の対象となるCBDCが発行される場合、金融政策の有効性は高まる一方で、金融システムにおける銀行の地盤沈下は加速しかねない。
  3. CBDCの発行は、人民元の利便性の向上を通じて、人民元の国際化に寄与すると期待されている。しかし、厳しい資本規制が維持され、CBDCもその対象になると予想される以上、その効果は限定的であろう。
  4. 中国は、CBDCを本格的に導入する最初の国になりそうである。それに向けて、綿密に構想を練っており、実行に移ってからも慎重な姿勢は変わらないと予想される。最終的に、中国において、現金が完全にCBDCに取って代わられ、キャッシュレス社会が実現されるだろうが、そこまでの道のりはまだ遠い。
要約
時流 金融規制のNext Step 上智大学法科大学院教授 森下 哲朗

金融審議会のスタディ・グループやワーキング・グループでは新たな金融規制のあり方についての議論が行われてきた。そこでは、今後の金融規制のあるべき姿として、イノベーションの促進と利用者利便の向上に資する規制体系であること、同一の機能・同一のリスクには同一のルールを適用すること、といった基本的な方向性が示されている。具体的な規制の見直しという観点でも、決済分野等で一定の成果が出ており今後の活用が期待される。同時に、今後の検討課題も多い。産官学が一体となって知恵を出し合ってより良い金融規制を構築していく必要がある。

地方公共団体と地方銀行
−指定金融機関制度の変遷と今後の展望−
江夏 あかね
  1. 地方公共団体と地方銀行は、指定金融機関制度等を通じて深い関係を長らく築いており、互いに地域経済社会にとって不可欠な存在となっている。しかし、金融市場環境や地域経済社会の構造が移り変わる中、1990年代後半頃からその関係が変化する傾向が見られている。特に、2010年代半ば頃からの金利水準の継続的な低下も相まって、地方公共団体向けビジネスから距離を置くことを検討する金融機関が出現するなど、かつてに比べて厳しいものとなりつつある。
  2. 地方公共団体が中長期的に行財政の持続可能性を維持する上では、(1)国の厳しい財政状況、(2)地方公共団体による社会保障や公共施設等の適正化といった喫緊の施策への取り組み、といった課題を克服することが必要と考えられる。
  3. 地方経済社会の持続可能性を確保するためには、それらに加え、幅広い意味での地方創生や持続可能な開発目標(SDGs)達成に向けた取り組みを進めることも求められる。ただし、地方創生やSDGsも含めた取り組みを、地方公共団体のみで包括的に進めることは困難であり、地方銀行等と連携し、地方が抱える課題を解決していくことが重要である。
  4. 地方公共団体と地方銀行の双方が連携するメリットを感じ、持続的な関係を築くためには、地域をめぐる問題意識の共有、経済合理性の確保、域内の付加価値を創出する取り組みでの協働といった点がカギになろう。そのような観点から、地方公共団体と地方銀行がメリットを感じて連携可能な分野としては、例えば、公共施設等の適正管理、地域中小企業におけるSDGs支援といったものが挙げられる。
注目される地方銀行によるグリーンボンドの発行 富永 健司
  1. 世界の金融市場において、環境・社会・ガバナンス(ESG)を重視する投資概念の浸透、パリ協定や持続可能な開発目標(SDGs)等の国際合意を背景に、グリーンボンドの発行が伸びている。日本においても2017年頃からグリーンボンドの発行が増加している。これまで、日本の銀行によるグリーンボンドの発行は政府系金融機関やメガバンク等が中心となっていたが、このたび新たに地方銀行がグリーンボンドを発行した。具体的には、群馬銀行が2019年11月に国内の地方銀行として初めて発行し、その後、名古屋銀行が2019年12月に発行した。
  2. 日本においては近年、ESG金融における間接金融の重要性に対する認識が高まっている。そのような中で、地方銀行は、(1)担当主幹部署の設置、(2)プロジェクトチームの組成、(3)行動宣言や行動憲章の制定、(4)ESG/SDGsを意識した投資方針の制定、(5)ESG/SDGsを意識した融資方針の制定、などの形で取り組みを進めている。
  3. これらに加えて地方銀行は、地方経済・社会の中心的な担い手として、地方創生に関する取り組みも行っており、元々ESG/SDGs金融との親和性が高かったと言える。グリーンボンドの発行は、資本調達面におけるESG/SDGsへの対応という観点で考えることができる。
  4. 群馬銀行と名古屋銀行の発行事例で共通しているのは、規制資本の充実を目的とした社債発行を通じて、(1)組織として注力するESG/SDGsへの取り組みについての資本調達面からの拡充、(2)グリーンボンドの発行による幅広い業態の投資家層へのアクセス、を実現したことである。地方銀行セクターにおいては、ESG/SDGsへの取り組みが進む中で、今後グリーンボンド発行という手法が活用されるようになるのか注目される。グリーンボンドを通じた融資等が、地方銀行ビジネスの活性化へ貢献し、同時に環境・地域社会へのインパクトを創出するのかといった点も今後さらなる議論が求められよう。
米国地域金融機関の証券ビジネスを支援するLPLファイナンシャル 下山 貴史岡田 功太
  1. LPLファイナンシャルは、全米最大級のファイナンシャル・アドバイザー向け証券取引サービス提供会社として知られている。同社は、地銀、信用組合、独立系ファイナンシャル・アドバイザー(IFA会社)に所属する約1万6,100名のファイナンシャル・アドバイザーに、証券取引及び証券事業支援サービスを提供している。それらのファイナンシャル・アドバイザーは、主に地方で営業活動に従事していることから、LPLファイナンシャルは、地域金融機関の証券ビジネスを支援している存在とも言える。
  2. 同社は、ブローカレッジ・サービスとアドバイザリー・サービスを提供するが、近年は投資アドバイスの対価としてフィーを受け取るアドバイザリー・サービスに注力している。また、ファイナンシャル・アドバイザーの業務効率化を目的としたテクノロジー・ツール等の提供も行っており、2019年のテクノロジー投資額を約1億5,000万ドルに決定し、同ツールの拡充を図っている。
  3. LPLファイナンシャルは、上記のサービスを通じて、多様な地域金融機関に属するファイナンシャル・アドバイザーを支援している。同社との提携を通じて、非金利収入を増加させた地域金融機関、収益源の多角化を図る銀行、顧客との関係強化や業務効率化を実現した小規模信用組合やIFA会社など様々である。
  4. LPLファイナンシャルの成長は、大手証券会社が有するミドルオフィス及びバックオフィス機能を、サービスとして社外に提供することで収益化できる可能性を示唆すると共に、地域金融機関にとって同サービスが魅力的であることを意味している。LPLファイナンシャルのようなサービス提供者は、米国の幅広い地域において、顧客に対して適切なファイナンシャル・アドバイスが提供されるためにも、欠かせない存在と言えよう。
金融包摂を促進する重要な役割を担うフィリピンの地域金融機関 北野 陽平武井 悠輔
  1. フィリピンは、堅調な経済成長を持続させ、より包摂的な発展を実現するべく、国民の幅広い金融包摂を推進している。同国において金融機関口座を保有する15歳以上人口の割合は2017年時点で32%で、地方では26%に留まり、多くの地方自治体では銀行が設置されていない。そのような中、フィリピン中央銀行(BSP)は、銀行サービスが提供されていない地方自治体の割合を2020年までに20%へと引き下げることを目指している。
  2. フィリピンの銀行は、ユニバーサルバンク、商業銀行、貯蓄銀行、農村銀行、協同組合銀行に分類される。このうち、農村銀行は、地方における金融包摂を促進する重要な役割を担うと期待されている。地方居住者の資金需要に対応するため、BSP主導で農村銀行のプレゼンス強化に向けた取り組みが進められてきた結果、農村銀行の店舗数は1999年末の1,778店から2019年9月末には3,048店となり、融資残高は同期間に3.6倍に増加した。
  3. 金融包摂の促進には決済サービスの利用拡大も課題となる中、全国レベルで国民による安価、効率的、安全、信頼性の高い決済を可能にする仕組みの構築を目指して、「国家リテール決済システム(NRPS)」が2015年に導入された。現状、NRPSは地方では普及が進んでおらず、農村銀行間の送金・決済システムも接続されていない。そうした中、ブロックチェーン技術の活用により、農村銀行間の直接送金や効率的な国際送金を可能にするプロジェクトが進められている。
  4. 農村銀行は、より安価で金融サービスを提供するためのテクノロジーの活用にも取り組み始めている。例えば、足下では、ITコスト及びオペレーションコストの削減等を目的として、クラウドベースの勘定系システムを導入する動きが見られる。地方では、ITの利用環境は都市部に比べ総じて遅れているものの、将来的には、都市部で始まっている金融サービスのデジタル化が広がっていく可能性もある。今後、フィリピンにおける地域金融機関のサービスが、どのような発展を遂げるのか注目される。
最終化された米国の大手銀行規制の見直し
−リスク・プロファイルに応じたプルーデンス規制の再構築−
小立 敬
  1. 米国FRBは2019年10月、銀行のリスク・プロファイルをプルーデンス規制の枠組みに反映させるテイラード・アプローチの下、総資産1,000億ドル以上の米国銀行および外国銀行のプルーデンス規制の枠組みを改定する最終規則を公表し、2019年末から適用を開始した。
  2. 従来はドッド=フランク法に基づいて、総資産500億ドル以上の銀行持株会社には厳格なプルーデンス規制が適用されてきたが、トランプ政権の下、2018年5月に成立した経済成長・規制緩和・消費者保護法が、厳格なプルーデンス規制の適用基準を総資産500億ドルから2,500億ドルに引き上げたことが背景にある。
  3. 最終規則によって、総資産1,000億ドル以上の米国銀行、外国銀行はリスク・プロファイルに応じて「カテゴリーI」から「カテゴリーIV」までの4つのカテゴリーに区分され、各々のカテゴリーに応じて厳格さの異なる自己資本規制や流動性規制、ストレス・テストの要件等が課せられることとなる。
  4. 金融危機以降、FRBはプルーデンス規制に銀行のリスク・プロファイルを反映させる取組みを行ってきた。今般のテイラード・アプローチによってリスク・プロファイルに応じたカテゴリーが明確化されており、従来に比べてより洗練された枠組みとなったという評価が可能であろう。
  5. ただし、外国銀行の扱いに関しては議論がある。特に具体的な争点となっているのが、外国銀行の米国支店に対して標準化された流動規制を適用するか否かの検討である。最終規則では具体的な措置は見送られたが、FRBは数カ月以内に検討する方針を明らかにしている。また、外国銀行の扱いについては、金融危機後の金融規制改革の重大な副作用として認識されている市場の分断につながるとの指摘もあり、最終規則が適用された後のFRBによる規制の合理性の検証が期待される。
米国で最も便利な銀行とは 淵田 康之
  1. グローバル金融危機後、米国では国内リテール業務に強い金融機関のプレゼンスが高まっている。外資系金融機関のなかでも、カナダのトロント・ドミニオンバンク・グループ(TDバンク・グループ)傘下のTDバンクは、米国内でリテール業務に注力することで顕著な成長を遂げている。
  2. 各国の多くの金融機関は、世界の金融ビジネスの中心である米国市場に進出し、業務拡大を目指してきた。しかし今日、日系や欧州系の金融機関の多くは、過去の一時期に比べ、米国市場における存在感を低下させている。こうしたなかTDバンクは、「米国で最も便利な銀行」を掲げ、米国で最も成功した外資系銀行となったのである。
  3. 金融危機を経て、米国金融市場の重要性はむしろ高まった。プラスの金利が維持され、預金・貸出など正常な金融ビジネスが成り立つ、世界で数少ない市場の一つとなったからである。TDバンクは、やはり経済が底堅く推移し、また安定した金融システムを持つカナダをマザーマーケットとしつつ、米国でリテール金融業務を拡大することにより、グループ全体の企業価値向上に寄与している。
  4. TDバンク・グループは、TDアメリトレードを通じて、米国におけるリテール証券ビジネスでも存在感を示してきた。そして2019年、取引手数料ゼロ時代が到来すると、TDアメリトレードをチャールズ・シュワブに売却し、チャールズ・シュワブの大株主となった。
  5. わが国の主要金融機関においても、今後の成長のためには海外ビジネスの拡大が不可欠であるが、その成功には、国内の経済や金融システムの改善・改革が前提となろう。その上で、どれだけ多くの現地ユーザーに、真に必要とされる金融機関となれるかがカギとなろう。
チャールズ・シュワブによるTDアメリトレードの買収
−米国個人向け金融サービス業界への示唆−
岡田 功太
  1. チャールズ・シュワブは2019年11月、TDアメリトレードを買収することを公表した。本件は株式交換で行われ、買収額は約260億ドルに達する。買収完了後のチャールズ・シュワブの預かり資産は約5.1兆ドル、証券口座数は約2,400万口座に達する見込みである(単純合算ベース)。同社は、コスト削減と顧客基盤の強化を推進し、より効率的で大規模な個人向け金融サービス業を追求すると見られる。
  2. 今般の買収の背景として、(1)売買手数料無料化等により事業環境が急激に変化していること、(2)連邦準備制度理事会の利下げの影響によって金利収入が縮小し、更なる預かり資産の拡大の必要性が高まったこと、(3)チャールズ・シュワブが創業当初から掲げてきた経営哲学に基づく「好循環」の一層の強化と整合的であること、が挙げられる。
  3. 買収完了後のチャールズ・シュワブは、独立系ファイナンシャル・アドバイザーである投資顧問業者(RIA)から約2兆ドルの資産を預かることになり、これを契機にRIAの顧客化を巡る大手金融機関の競争が激化する可能性が高い。また、長年、チャールズ・シュワブ及びTDアメリトレードと競合関係にあるイー・トレードを中心に、ディスカウント・ブローカー業界の再編も注目されている。アドバイザリー・フィーの低下と、同サービスに組み入れられるミューチュアルファンド及びETFの低コスト化の可能性も指摘されている。
  4. 今般の買収は、ディスカウント・ブローカー及びRIA向けサービス事業におけるチャールズ・シュワブやフィデリティ・インベストメンツなど、一部の大手金融機関が、より一層巨大化する方向性を示唆しており、今後の動向は注視する必要がある。
上場・非上場の垣根を飛び越えるクロスオーバー投資
−米国ミューチュアルファンドによるプレIPO株式投資の実状−
竹下 智
  1. 上場企業を主な投資対象とするミューチュアルファンドやヘッジファンドによる非上場企業への投資は、上場/非上場の垣根を越えた投資という意味で「クロスオーバー投資」と呼ばれる。近年、米国では非上場企業への投資において、VC以外のミューチュアルファンドやヘッジファンド等の存在が大きくなってきている。特に、IPO前のウーバー・テクノロジーズには55本のミューチュアルファンドが投資を行っていたことが知られている。
  2. クロスオーバー投資家は、レイターステージでの大型の資金調達において主要な投資家の一つであるとともに、アーリーステージの投資家(含む従業員)に流動性を供給する役割を担っている。ミューチュアルファンドが非上場企業への投資を行う理由として、(1)IPOまで待っていると会社の成長サイクルの重要なステージを逃す可能性がある、(2)イノベーションや創造的破壊が起きている産業セクターの評価をするには上場企業および非上場企業の両方を見ておく必要がある、という点があげられる。
  3. 非上場株式は取引所での株価が存在しないため、運用会社毎に投資対象の時価評価を行っている。非上場企業には上場企業に課せられた情報開示等の義務がないため、投資家が独自で情報収集にあたらなければならず、経営状況の監視やバリエーションに費やす時間が必然的に上場企業の場合よりも多くなる。そのため、クロスオーバー投資は分析リソースが豊富な大規模ファンドに適している。
  4. 米国ミューチュアルファンドはすでに日本の非上場企業への投資を行っている。日本国内においても今後、イノベーションの促進、ベンチャー支援策の充実を図る上で、クロスオーバー投資の振興も重要な課題となるのではないか。
米国における退職資産拡充策を巡る議論
−退職保障強化法案(SECURE法案)を中心に−
岡田 功太中村 美江奈
  1. 米国では、長寿化が進行する一方で、ソーシャル・セキュリティ(公的年金)の財政難等の課題がある。こうした中、連邦議会では、超党派の有力議員が、「全地域社会における退職保障強化法案」(通称SECURE法案)を提出した。同法案は、下院で既に可決されており、上院で審議待ちの状態である。
  2. SECURE法案は、2006年年金保護法以来、13年ぶりの本格的な年金制度改革である。2006年年金保護法は、401(k)プランの「自動化」の制度の整備等により、職域の確定拠出年金(DC)プランや個人退職勘定(IRA)の資産の積み立て(アキュミュレーション)促進に寄与した。SECURE法案は、退職プラン加入者のさらなる拡大と、引退後の資産の取り崩し(デキュミュレーション)局面における課題解消等を目指している。
  3. SECURE法案の主な特徴は、第一に、伝統的IRAの拠出年齢制限の廃止といった既存の退職資産形成制度の拡大の促進である。第二に、退職プランへの長期雇用パート従業員の加入促進や、中小企業従業員の退職プラン加入促進を意図した複数雇用主プラン(MEP)の要件緩和等の加入者拡大である。第三に、デキュミュレーションにおけるアニュイティ等の普及促進や、退職後の収入予測といったライフタイム・インカム確保の施策である。
  4. SECURE法案は超党派の支持を得ているものの、成立の可否やタイミングについては、政局次第である。他方、同法案の内容を念頭に、大手資産運用会社等は新たなソリューションの開発を推進している。つまり、SECURE法案は、既に米国リタイアメント市場において新たなダイナミズムを生み出しはじめており、法案の成否と併せて、今後の展開が注目される。
欧州における投信併合
−英国の事例を中心に−
神山 哲也塩島 晋
  1. 日本では、小規模投信(ファンド)が多数存在するという問題に対処するべく、ファンド併合を実施可能にするための制度面の整備が行われてきた。しかし、実績は2019年11月に発表された一件に留まっている。今後、自助努力による資産形成、資産運用の重要性が増していく中、ファンド併合等を通じて運用業界の効率化を図ることは一層求められるようになろう。
  2. 欧州では従来、ファンド併合が月間数十件というペースで行われてきた。EU域内におけるクロスボーダーのファンド併合を促進するための制度整備も行われてきた。EUの制度を国内法化した英国では、スキーム・オブ・アレンジメントと呼ばれる仕組みを用いてファンド併合が行われている。
  3. 英国のファンド併合事例を見ると、目的として、小規模ファンドを併合することによる規模の経済追求等を掲げた上で、ファンド・オブ・ファンズと通常のファンドの併合や、株・債券の組入比率の相違、デリバティブ利用の有無、分配頻度など、ファンドの形態や運用手法は必ずしも近似したものでなくても実施されている。
  4. 英国では、ファンドの規模が最適水準を大幅に下回っていると考えられる場合、運用方法等の細かな相違には拘らず、より総合的な投資家利益への配慮から、規模の経済を優先する姿勢がみられる。日本においてファンド併合を検討する際に、参考になるアプローチであると考えられる。
2020年以降の議決権行使助言会社の助言方針改定 西山 賢吾
  1. 代表的な議決権行使助言会社であるISSとグラス・ルイスの2020年議決権行使助言方針改定内容が明らかになった(改定内容の一部の適用は2021年)。ISSの改定は、(1)政策保有先企業出身の社外役員には「独立性なし」の判断、(2)親会社、支配株主の存在する企業に対する独立社外取締役の増員、の2点、そして、グラス・ルイスでは、東証1、2部対象企業に最低1名以上の女性役員登用を要請、(2)政策保有株式保有水準に関する基準の導入(2021年より)の2点である。
  2. 今回の助言方針改定の特徴として、ISSは社外役員の独立性という観点、グラス・ルイスは保有水準という観点から、それぞれ、政策保有株式を議決権行使助言方針に取り入れたことが挙げられる。従来政策保有株式と議決権行使を関連付けることは難しいと考えられていたが、今回の助言方針改定を受け、機関投資家でも同様な議決権行使助言方針を採用するかどうかが注目される。しかし、現状ではその動きが大きく進むとは考えにくく、エンゲージメントの重要テーマとしてより多くの投資家が取り上げることになるであろう。
  3. 社外取締役の増員も重要なテーマである。これについては、全ての企業に3分の1以上の独立社外取締役を求める機関投資家も出始めてきたが、全体としては支配株主や親会社のある企業などに社外取締役の増員を求める動きがさらに進む一方、全ての企業に求める動きが大きく広がるにはなお時間を要すると考える。
  4. 議決権行使助言会社の影響力に関し話題に上ることが多く、2020年に改訂予定のスチュワードシップ・コードにおいても、議決権行使助言会社に対し、十分かつ適切な人的・組織体制の整備とそれを含む助言策定プロセスの具体的な公表などが求められている。その背景には、機関投資家の議決権行使を助言会社が決めている、すなわち、議決権行使助言会社の助言方針をそのまま機関投資家が取り入れているという誤解があると推察されるが、実際には、「機関投資家の議決権行使に対する意見や考え方のコンセンサスが議決権行使助言会社の助言方針」となっているといえるであろう。
気候変動対策で世界のリーダーを目指す「欧州グリーンディール」 江夏 あかね磯部 昌吾
  1. 欧州連合(EU)の執行機関である欧州委員会は2019年12月11日、脱炭素と経済成長の両立を図ることを目的とした工程表である「欧州グリーンディール」を公表した。同工程表は、2019年12月1日に就任したフォンデアライエン欧州委員長が最優先政策に掲げる気候変動対策の一環として位置付けられる。
  2. 欧州グリーンディールで注目されるのは、気候関連目標への野心的なアプローチ、低炭素経済社会への移行に関する支援、サステナブルファイナンス戦略の3点である。2020年第3四半期に公表予定のサステナブルファイナンス戦略では、(1)サステナブル投資に関する基盤強化、(2)サステナブル投資に関する特定可能性及び信頼性向上、(3)気候・環境リスクの金融システムへの組み入れ、といった3つの方針が掲げられた。
  3. 欧州グリーンディールは、基本的にはEU域内を対象としているものの、日本を含めたEU域外の国・地域に影響が及ぶ可能性が高いことが示唆された。同時に、欧州グリーンディールの実現に向けて、サステナブルファイナンス戦略を通じて、金融市場にもタクソノミー、開示、ラベル、EUグリーンボンド基準(EU GBS)、健全性規制といった複数の側面から影響が及ぶ可能性があることも示された。
  4. 世界に先駆けて包括的な気候変動対策に取り組むEUが示した欧州グリーンディールの各項目に関する今後の進捗や実効性等に対して、世界各国の政府、産業界、金融市場から注目が集まる状況が続くと想定される。
欧州公的年金基金の気候変動への対応
−スウェーデンAP基金、仏FRR、ノルウェーGPFGの事例を中心に−
林 宏美
  1. 金融安定理事会(FSB)の下部組織であるTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)が2017年6月に公表した最終提言(TCFD最終提言)では、インベストメントチェーンの頂点に位置付けられる年金基金等のアセット・オーナーも、投資先企業による取り組みを促す役割を果たすべく、一定の情報開示が求められている。2018年11月に英国のNGOが大規模な公的年金基金の取り組み状況を評価した報告書では、TCFD最終提言に則した情報を開示しているか、開示する方針にある年金基金が全体の17%にとどまった。
  2. 気候変動への取り組みが高く評価されている欧州公的年金の事例としては、スウェーデンのAP基金、フランスのFRR、ノルウェーGPFG等が挙げられる。AP基金は、2019年、法律により責任投資と高いリターン追求の両立が求められるようになった。AP基金やFRRは、再生可能エネルギー事業等への投資を可能とする取り組みを推進しているほか、指数提供業者との提携を通じて低炭素関連指標の開発・拡充を進めるなど、様々な活動を展開しはじめている。
  3. 欧州の公的年金基金による気候変動への対応としては、従来化石燃料企業からの投資引き揚げ(ダイベストメント)を通じて、気候リスクの低減を図る動きが目立っていたが、近年はその取り組みが多様化している。ダイベストメントよりもエンゲージメントや議決権行使などを通じて、企業に気候変動への対応を促す傾向が前面に出ている。また、再生可能エネルギー事業等への投資を拡大できるよう、運用方針を変更する動きも目立つ。
  4. 大規模な公的年金による気候変動への取り組みは、他の機関投資家に及ぼすシグナル効果が大きいと見られる。それらの取り組みが、気候変動によるリスクや機会を示す各種指標データの蓄積、標準化など、上記に挙げた課題解消に寄与することも期待される。
トランジションボンドの登場とサステナブルファイナンスの新潮流 江夏 あかね
  1. トランジションボンドは、一般的に、二酸化炭素排出量等の観点からグリーンボンドの発行基準を満たさないものの、低炭素経済社会等に移行(トランジション)するためのプロジェクトを資金使途とする債券を指す。
  2. トランジションボンドが誕生した背景としては、金融市場において、開示、経済活動の分類、ベンチマーク等、複数の分野で、「トランジション(移行)」がテーマとして注目を集めつつあることが挙げられる。そして、フランスの大手運用機関アクサ・インベストメント・マネージャーズ(アクサIM)が2019年6月にガイドラインを公表、クレディ・スイスと気候債券イニシアチブ(CBI)が2019年9月に「サステナブル・トランジションボンド」に関するパートナーシップ締結、といった動きもある。
  3. トランジションボンド及び同市場が健全に発展していくためには、発行体によるサステナビリティ戦略へのコミットメントを通じて市場の信認を得ることが大前提になるほか、グリーンボンド等と同様に、レポーティング等を通じて、投資家が環境・社会面でのインパクトを適切に把握できるように透明性を確保することが重要と思われる。
EUにおける自己資本規制へのESGリスク反映の議論
−アクション・プランを示した欧州銀行監督機構−
磯部 昌吾
  1. 欧州連合(EU)において気候変動問題への関心が増々高まる中、欧州銀行監督機構(EBA)は、2019年12月6日にサステナブル・ファイナンスに関するアクション・プランを公表し、自己資本規制における環境・社会・ガバナンス(ESG)リスクの反映に関する検討スケジュールを明らかにした。
  2. 気候変動問題への対応には多額の追加投資が必要となることから、銀行の金融仲介機能を通じて、民間資金が気候変動対応に回るように促していく上で、自己資本規制におけるESGリスクの反映は、重要な政策手段の1つとなる可能性がある。
  3. EBAは、自己資本規制の3つの柱におけるESGリスクの反映を検討した上で、欧州委員会等への報告やガイドライン・細則案の策定を行う予定である。特に、第1の柱(最低基準)については、評価の複雑性と潜在的な影響の大きさを踏まえて、2025年6月までという長い評価期間を設けているのが特徴的である。
  4. 欧州の規制当局の見解は一枚岩ではなく、まずはEBAの検討結果が待たれるところである。EUが独自に自己資本規制にESGリスクを組み入れる場合には、EUの銀行の与信行動に影響を与えるであろう。また、EU域外の銀行との間で資本賦課に差が出るようであれば、国際競争上の問題が生じる可能性も考えられ、その場合には他の国においても同様の措置が取られるかが論点となってこよう。EUにおける議論とEU域外への波及の可能性を今後も注視する必要があるだろう。
中央銀行デジタル通貨の発行を目指す中国
−予想されるマクロ面での影響−
関 志雄
  1. 中国では、中央銀行デジタル通貨(CBDC)の発行は、構想から実行の段階に移ろうとしている。中国が導入しようとするCBDCは、だれでもアクセスでき、決済が仲介機関を経由しない「リテール・トークン型」である。その特徴は、(1)現金(M0)の代替、(2)中央銀行と利用者の間に商業銀行などの仲介機関が入る二層構造の運営体制、(3)特定の技術に限定しない、(4)無利子、(5)「制御可能な匿名性」に基づく個人情報の取り扱い、(6)オフライン決済が可能、である。
  2. 現段階の構想通りに、CBDCが無利子で、現金の代替にとどまる場合、その導入によってもたらされる金融政策と金融システムへの影響はそれほど大きくない。しかし、金利が付き、現金だけでなく銀行預金も代替の対象となるCBDCが発行される場合、金融政策の有効性は高まる一方で、金融システムにおける銀行の地盤沈下は加速しかねない。
  3. CBDCの発行は、人民元の利便性の向上を通じて、人民元の国際化に寄与すると期待されている。しかし、厳しい資本規制が維持され、CBDCもその対象になると予想される以上、その効果は限定的であろう。
  4. 中国は、CBDCを本格的に導入する最初の国になりそうである。それに向けて、綿密に構想を練っており、実行に移ってからも慎重な姿勢は変わらないと予想される。最終的に、中国において、現金が完全にCBDCに取って代わられ、キャッシュレス社会が実現されるだろうが、そこまでの道のりはまだ遠い。
時流 金融規制のNext Step 上智大学法科大学院教授 森下 哲朗

金融審議会のスタディ・グループやワーキング・グループでは新たな金融規制のあり方についての議論が行われてきた。そこでは、今後の金融規制のあるべき姿として、イノベーションの促進と利用者利便の向上に資する規制体系であること、同一の機能・同一のリスクには同一のルールを適用すること、といった基本的な方向性が示されている。具体的な規制の見直しという観点でも、決済分野等で一定の成果が出ており今後の活用が期待される。同時に、今後の検討課題も多い。産官学が一体となって知恵を出し合ってより良い金融規制を構築していく必要がある。

地方公共団体と地方銀行
−指定金融機関制度の変遷と今後の展望−
江夏 あかね
  1. 地方公共団体と地方銀行は、指定金融機関制度等を通じて深い関係を長らく築いており、互いに地域経済社会にとって不可欠な存在となっている。しかし、金融市場環境や地域経済社会の構造が移り変わる中、1990年代後半頃からその関係が変化する傾向が見られている。特に、2010年代半ば頃からの金利水準の継続的な低下も相まって、地方公共団体向けビジネスから距離を置くことを検討する金融機関が出現するなど、かつてに比べて厳しいものとなりつつある。
  2. 地方公共団体が中長期的に行財政の持続可能性を維持する上では、(1)国の厳しい財政状況、(2)地方公共団体による社会保障や公共施設等の適正化といった喫緊の施策への取り組み、といった課題を克服することが必要と考えられる。
  3. 地方経済社会の持続可能性を確保するためには、それらに加え、幅広い意味での地方創生や持続可能な開発目標(SDGs)達成に向けた取り組みを進めることも求められる。ただし、地方創生やSDGsも含めた取り組みを、地方公共団体のみで包括的に進めることは困難であり、地方銀行等と連携し、地方が抱える課題を解決していくことが重要である。
  4. 地方公共団体と地方銀行の双方が連携するメリットを感じ、持続的な関係を築くためには、地域をめぐる問題意識の共有、経済合理性の確保、域内の付加価値を創出する取り組みでの協働といった点がカギになろう。そのような観点から、地方公共団体と地方銀行がメリットを感じて連携可能な分野としては、例えば、公共施設等の適正管理、地域中小企業におけるSDGs支援といったものが挙げられる。
注目される地方銀行によるグリーンボンドの発行 富永 健司
  1. 世界の金融市場において、環境・社会・ガバナンス(ESG)を重視する投資概念の浸透、パリ協定や持続可能な開発目標(SDGs)等の国際合意を背景に、グリーンボンドの発行が伸びている。日本においても2017年頃からグリーンボンドの発行が増加している。これまで、日本の銀行によるグリーンボンドの発行は政府系金融機関やメガバンク等が中心となっていたが、このたび新たに地方銀行がグリーンボンドを発行した。具体的には、群馬銀行が2019年11月に国内の地方銀行として初めて発行し、その後、名古屋銀行が2019年12月に発行した。
  2. 日本においては近年、ESG金融における間接金融の重要性に対する認識が高まっている。そのような中で、地方銀行は、(1)担当主幹部署の設置、(2)プロジェクトチームの組成、(3)行動宣言や行動憲章の制定、(4)ESG/SDGsを意識した投資方針の制定、(5)ESG/SDGsを意識した融資方針の制定、などの形で取り組みを進めている。
  3. これらに加えて地方銀行は、地方経済・社会の中心的な担い手として、地方創生に関する取り組みも行っており、元々ESG/SDGs金融との親和性が高かったと言える。グリーンボンドの発行は、資本調達面におけるESG/SDGsへの対応という観点で考えることができる。
  4. 群馬銀行と名古屋銀行の発行事例で共通しているのは、規制資本の充実を目的とした社債発行を通じて、(1)組織として注力するESG/SDGsへの取り組みについての資本調達面からの拡充、(2)グリーンボンドの発行による幅広い業態の投資家層へのアクセス、を実現したことである。地方銀行セクターにおいては、ESG/SDGsへの取り組みが進む中で、今後グリーンボンド発行という手法が活用されるようになるのか注目される。グリーンボンドを通じた融資等が、地方銀行ビジネスの活性化へ貢献し、同時に環境・地域社会へのインパクトを創出するのかといった点も今後さらなる議論が求められよう。
米国地域金融機関の証券ビジネスを支援するLPLファイナンシャル 下山 貴史岡田 功太
  1. LPLファイナンシャルは、全米最大級のファイナンシャル・アドバイザー向け証券取引サービス提供会社として知られている。同社は、地銀、信用組合、独立系ファイナンシャル・アドバイザー(IFA会社)に所属する約1万6,100名のファイナンシャル・アドバイザーに、証券取引及び証券事業支援サービスを提供している。それらのファイナンシャル・アドバイザーは、主に地方で営業活動に従事していることから、LPLファイナンシャルは、地域金融機関の証券ビジネスを支援している存在とも言える。
  2. 同社は、ブローカレッジ・サービスとアドバイザリー・サービスを提供するが、近年は投資アドバイスの対価としてフィーを受け取るアドバイザリー・サービスに注力している。また、ファイナンシャル・アドバイザーの業務効率化を目的としたテクノロジー・ツール等の提供も行っており、2019年のテクノロジー投資額を約1億5,000万ドルに決定し、同ツールの拡充を図っている。
  3. LPLファイナンシャルは、上記のサービスを通じて、多様な地域金融機関に属するファイナンシャル・アドバイザーを支援している。同社との提携を通じて、非金利収入を増加させた地域金融機関、収益源の多角化を図る銀行、顧客との関係強化や業務効率化を実現した小規模信用組合やIFA会社など様々である。
  4. LPLファイナンシャルの成長は、大手証券会社が有するミドルオフィス及びバックオフィス機能を、サービスとして社外に提供することで収益化できる可能性を示唆すると共に、地域金融機関にとって同サービスが魅力的であることを意味している。LPLファイナンシャルのようなサービス提供者は、米国の幅広い地域において、顧客に対して適切なファイナンシャル・アドバイスが提供されるためにも、欠かせない存在と言えよう。
金融包摂を促進する重要な役割を担うフィリピンの地域金融機関 北野 陽平武井 悠輔
  1. フィリピンは、堅調な経済成長を持続させ、より包摂的な発展を実現するべく、国民の幅広い金融包摂を推進している。同国において金融機関口座を保有する15歳以上人口の割合は2017年時点で32%で、地方では26%に留まり、多くの地方自治体では銀行が設置されていない。そのような中、フィリピン中央銀行(BSP)は、銀行サービスが提供されていない地方自治体の割合を2020年までに20%へと引き下げることを目指している。
  2. フィリピンの銀行は、ユニバーサルバンク、商業銀行、貯蓄銀行、農村銀行、協同組合銀行に分類される。このうち、農村銀行は、地方における金融包摂を促進する重要な役割を担うと期待されている。地方居住者の資金需要に対応するため、BSP主導で農村銀行のプレゼンス強化に向けた取り組みが進められてきた結果、農村銀行の店舗数は1999年末の1,778店から2019年9月末には3,048店となり、融資残高は同期間に3.6倍に増加した。
  3. 金融包摂の促進には決済サービスの利用拡大も課題となる中、全国レベルで国民による安価、効率的、安全、信頼性の高い決済を可能にする仕組みの構築を目指して、「国家リテール決済システム(NRPS)」が2015年に導入された。現状、NRPSは地方では普及が進んでおらず、農村銀行間の送金・決済システムも接続されていない。そうした中、ブロックチェーン技術の活用により、農村銀行間の直接送金や効率的な国際送金を可能にするプロジェクトが進められている。
  4. 農村銀行は、より安価で金融サービスを提供するためのテクノロジーの活用にも取り組み始めている。例えば、足下では、ITコスト及びオペレーションコストの削減等を目的として、クラウドベースの勘定系システムを導入する動きが見られる。地方では、ITの利用環境は都市部に比べ総じて遅れているものの、将来的には、都市部で始まっている金融サービスのデジタル化が広がっていく可能性もある。今後、フィリピンにおける地域金融機関のサービスが、どのような発展を遂げるのか注目される。
最終化された米国の大手銀行規制の見直し
−リスク・プロファイルに応じたプルーデンス規制の再構築−
小立 敬
  1. 米国FRBは2019年10月、銀行のリスク・プロファイルをプルーデンス規制の枠組みに反映させるテイラード・アプローチの下、総資産1,000億ドル以上の米国銀行および外国銀行のプルーデンス規制の枠組みを改定する最終規則を公表し、2019年末から適用を開始した。
  2. 従来はドッド=フランク法に基づいて、総資産500億ドル以上の銀行持株会社には厳格なプルーデンス規制が適用されてきたが、トランプ政権の下、2018年5月に成立した経済成長・規制緩和・消費者保護法が、厳格なプルーデンス規制の適用基準を総資産500億ドルから2,500億ドルに引き上げたことが背景にある。
  3. 最終規則によって、総資産1,000億ドル以上の米国銀行、外国銀行はリスク・プロファイルに応じて「カテゴリーI」から「カテゴリーIV」までの4つのカテゴリーに区分され、各々のカテゴリーに応じて厳格さの異なる自己資本規制や流動性規制、ストレス・テストの要件等が課せられることとなる。
  4. 金融危機以降、FRBはプルーデンス規制に銀行のリスク・プロファイルを反映させる取組みを行ってきた。今般のテイラード・アプローチによってリスク・プロファイルに応じたカテゴリーが明確化されており、従来に比べてより洗練された枠組みとなったという評価が可能であろう。
  5. ただし、外国銀行の扱いに関しては議論がある。特に具体的な争点となっているのが、外国銀行の米国支店に対して標準化された流動規制を適用するか否かの検討である。最終規則では具体的な措置は見送られたが、FRBは数カ月以内に検討する方針を明らかにしている。また、外国銀行の扱いについては、金融危機後の金融規制改革の重大な副作用として認識されている市場の分断につながるとの指摘もあり、最終規則が適用された後のFRBによる規制の合理性の検証が期待される。
米国で最も便利な銀行とは 淵田 康之
  1. グローバル金融危機後、米国では国内リテール業務に強い金融機関のプレゼンスが高まっている。外資系金融機関のなかでも、カナダのトロント・ドミニオンバンク・グループ(TDバンク・グループ)傘下のTDバンクは、米国内でリテール業務に注力することで顕著な成長を遂げている。
  2. 各国の多くの金融機関は、世界の金融ビジネスの中心である米国市場に進出し、業務拡大を目指してきた。しかし今日、日系や欧州系の金融機関の多くは、過去の一時期に比べ、米国市場における存在感を低下させている。こうしたなかTDバンクは、「米国で最も便利な銀行」を掲げ、米国で最も成功した外資系銀行となったのである。
  3. 金融危機を経て、米国金融市場の重要性はむしろ高まった。プラスの金利が維持され、預金・貸出など正常な金融ビジネスが成り立つ、世界で数少ない市場の一つとなったからである。TDバンクは、やはり経済が底堅く推移し、また安定した金融システムを持つカナダをマザーマーケットとしつつ、米国でリテール金融業務を拡大することにより、グループ全体の企業価値向上に寄与している。
  4. TDバンク・グループは、TDアメリトレードを通じて、米国におけるリテール証券ビジネスでも存在感を示してきた。そして2019年、取引手数料ゼロ時代が到来すると、TDアメリトレードをチャールズ・シュワブに売却し、チャールズ・シュワブの大株主となった。
  5. わが国の主要金融機関においても、今後の成長のためには海外ビジネスの拡大が不可欠であるが、その成功には、国内の経済や金融システムの改善・改革が前提となろう。その上で、どれだけ多くの現地ユーザーに、真に必要とされる金融機関となれるかがカギとなろう。
チャールズ・シュワブによるTDアメリトレードの買収
−米国個人向け金融サービス業界への示唆−
岡田 功太
  1. チャールズ・シュワブは2019年11月、TDアメリトレードを買収することを公表した。本件は株式交換で行われ、買収額は約260億ドルに達する。買収完了後のチャールズ・シュワブの預かり資産は約5.1兆ドル、証券口座数は約2,400万口座に達する見込みである(単純合算ベース)。同社は、コスト削減と顧客基盤の強化を推進し、より効率的で大規模な個人向け金融サービス業を追求すると見られる。
  2. 今般の買収の背景として、(1)売買手数料無料化等により事業環境が急激に変化していること、(2)連邦準備制度理事会の利下げの影響によって金利収入が縮小し、更なる預かり資産の拡大の必要性が高まったこと、(3)チャールズ・シュワブが創業当初から掲げてきた経営哲学に基づく「好循環」の一層の強化と整合的であること、が挙げられる。
  3. 買収完了後のチャールズ・シュワブは、独立系ファイナンシャル・アドバイザーである投資顧問業者(RIA)から約2兆ドルの資産を預かることになり、これを契機にRIAの顧客化を巡る大手金融機関の競争が激化する可能性が高い。また、長年、チャールズ・シュワブ及びTDアメリトレードと競合関係にあるイー・トレードを中心に、ディスカウント・ブローカー業界の再編も注目されている。アドバイザリー・フィーの低下と、同サービスに組み入れられるミューチュアルファンド及びETFの低コスト化の可能性も指摘されている。
  4. 今般の買収は、ディスカウント・ブローカー及びRIA向けサービス事業におけるチャールズ・シュワブやフィデリティ・インベストメンツなど、一部の大手金融機関が、より一層巨大化する方向性を示唆しており、今後の動向は注視する必要がある。
上場・非上場の垣根を飛び越えるクロスオーバー投資
−米国ミューチュアルファンドによるプレIPO株式投資の実状−
竹下 智
  1. 上場企業を主な投資対象とするミューチュアルファンドやヘッジファンドによる非上場企業への投資は、上場/非上場の垣根を越えた投資という意味で「クロスオーバー投資」と呼ばれる。近年、米国では非上場企業への投資において、VC以外のミューチュアルファンドやヘッジファンド等の存在が大きくなってきている。特に、IPO前のウーバー・テクノロジーズには55本のミューチュアルファンドが投資を行っていたことが知られている。
  2. クロスオーバー投資家は、レイターステージでの大型の資金調達において主要な投資家の一つであるとともに、アーリーステージの投資家(含む従業員)に流動性を供給する役割を担っている。ミューチュアルファンドが非上場企業への投資を行う理由として、(1)IPOまで待っていると会社の成長サイクルの重要なステージを逃す可能性がある、(2)イノベーションや創造的破壊が起きている産業セクターの評価をするには上場企業および非上場企業の両方を見ておく必要がある、という点があげられる。
  3. 非上場株式は取引所での株価が存在しないため、運用会社毎に投資対象の時価評価を行っている。非上場企業には上場企業に課せられた情報開示等の義務がないため、投資家が独自で情報収集にあたらなければならず、経営状況の監視やバリエーションに費やす時間が必然的に上場企業の場合よりも多くなる。そのため、クロスオーバー投資は分析リソースが豊富な大規模ファンドに適している。
  4. 米国ミューチュアルファンドはすでに日本の非上場企業への投資を行っている。日本国内においても今後、イノベーションの促進、ベンチャー支援策の充実を図る上で、クロスオーバー投資の振興も重要な課題となるのではないか。
米国における退職資産拡充策を巡る議論
−退職保障強化法案(SECURE法案)を中心に−
岡田 功太中村 美江奈
  1. 米国では、長寿化が進行する一方で、ソーシャル・セキュリティ(公的年金)の財政難等の課題がある。こうした中、連邦議会では、超党派の有力議員が、「全地域社会における退職保障強化法案」(通称SECURE法案)を提出した。同法案は、下院で既に可決されており、上院で審議待ちの状態である。
  2. SECURE法案は、2006年年金保護法以来、13年ぶりの本格的な年金制度改革である。2006年年金保護法は、401(k)プランの「自動化」の制度の整備等により、職域の確定拠出年金(DC)プランや個人退職勘定(IRA)の資産の積み立て(アキュミュレーション)促進に寄与した。SECURE法案は、退職プラン加入者のさらなる拡大と、引退後の資産の取り崩し(デキュミュレーション)局面における課題解消等を目指している。
  3. SECURE法案の主な特徴は、第一に、伝統的IRAの拠出年齢制限の廃止といった既存の退職資産形成制度の拡大の促進である。第二に、退職プランへの長期雇用パート従業員の加入促進や、中小企業従業員の退職プラン加入促進を意図した複数雇用主プラン(MEP)の要件緩和等の加入者拡大である。第三に、デキュミュレーションにおけるアニュイティ等の普及促進や、退職後の収入予測といったライフタイム・インカム確保の施策である。
  4. SECURE法案は超党派の支持を得ているものの、成立の可否やタイミングについては、政局次第である。他方、同法案の内容を念頭に、大手資産運用会社等は新たなソリューションの開発を推進している。つまり、SECURE法案は、既に米国リタイアメント市場において新たなダイナミズムを生み出しはじめており、法案の成否と併せて、今後の展開が注目される。
欧州における投信併合
−英国の事例を中心に−
神山 哲也塩島 晋
  1. 日本では、小規模投信(ファンド)が多数存在するという問題に対処するべく、ファンド併合を実施可能にするための制度面の整備が行われてきた。しかし、実績は2019年11月に発表された一件に留まっている。今後、自助努力による資産形成、資産運用の重要性が増していく中、ファンド併合等を通じて運用業界の効率化を図ることは一層求められるようになろう。
  2. 欧州では従来、ファンド併合が月間数十件というペースで行われてきた。EU域内におけるクロスボーダーのファンド併合を促進するための制度整備も行われてきた。EUの制度を国内法化した英国では、スキーム・オブ・アレンジメントと呼ばれる仕組みを用いてファンド併合が行われている。
  3. 英国のファンド併合事例を見ると、目的として、小規模ファンドを併合することによる規模の経済追求等を掲げた上で、ファンド・オブ・ファンズと通常のファンドの併合や、株・債券の組入比率の相違、デリバティブ利用の有無、分配頻度など、ファンドの形態や運用手法は必ずしも近似したものでなくても実施されている。
  4. 英国では、ファンドの規模が最適水準を大幅に下回っていると考えられる場合、運用方法等の細かな相違には拘らず、より総合的な投資家利益への配慮から、規模の経済を優先する姿勢がみられる。日本においてファンド併合を検討する際に、参考になるアプローチであると考えられる。
2020年以降の議決権行使助言会社の助言方針改定 西山 賢吾
  1. 代表的な議決権行使助言会社であるISSとグラス・ルイスの2020年議決権行使助言方針改定内容が明らかになった(改定内容の一部の適用は2021年)。ISSの改定は、(1)政策保有先企業出身の社外役員には「独立性なし」の判断、(2)親会社、支配株主の存在する企業に対する独立社外取締役の増員、の2点、そして、グラス・ルイスでは、東証1、2部対象企業に最低1名以上の女性役員登用を要請、(2)政策保有株式保有水準に関する基準の導入(2021年より)の2点である。
  2. 今回の助言方針改定の特徴として、ISSは社外役員の独立性という観点、グラス・ルイスは保有水準という観点から、それぞれ、政策保有株式を議決権行使助言方針に取り入れたことが挙げられる。従来政策保有株式と議決権行使を関連付けることは難しいと考えられていたが、今回の助言方針改定を受け、機関投資家でも同様な議決権行使助言方針を採用するかどうかが注目される。しかし、現状ではその動きが大きく進むとは考えにくく、エンゲージメントの重要テーマとしてより多くの投資家が取り上げることになるであろう。
  3. 社外取締役の増員も重要なテーマである。これについては、全ての企業に3分の1以上の独立社外取締役を求める機関投資家も出始めてきたが、全体としては支配株主や親会社のある企業などに社外取締役の増員を求める動きがさらに進む一方、全ての企業に求める動きが大きく広がるにはなお時間を要すると考える。
  4. 議決権行使助言会社の影響力に関し話題に上ることが多く、2020年に改訂予定のスチュワードシップ・コードにおいても、議決権行使助言会社に対し、十分かつ適切な人的・組織体制の整備とそれを含む助言策定プロセスの具体的な公表などが求められている。その背景には、機関投資家の議決権行使を助言会社が決めている、すなわち、議決権行使助言会社の助言方針をそのまま機関投資家が取り入れているという誤解があると推察されるが、実際には、「機関投資家の議決権行使に対する意見や考え方のコンセンサスが議決権行使助言会社の助言方針」となっているといえるであろう。
気候変動対策で世界のリーダーを目指す「欧州グリーンディール」 江夏 あかね磯部 昌吾
  1. 欧州連合(EU)の執行機関である欧州委員会は2019年12月11日、脱炭素と経済成長の両立を図ることを目的とした工程表である「欧州グリーンディール」を公表した。同工程表は、2019年12月1日に就任したフォンデアライエン欧州委員長が最優先政策に掲げる気候変動対策の一環として位置付けられる。
  2. 欧州グリーンディールで注目されるのは、気候関連目標への野心的なアプローチ、低炭素経済社会への移行に関する支援、サステナブルファイナンス戦略の3点である。2020年第3四半期に公表予定のサステナブルファイナンス戦略では、(1)サステナブル投資に関する基盤強化、(2)サステナブル投資に関する特定可能性及び信頼性向上、(3)気候・環境リスクの金融システムへの組み入れ、といった3つの方針が掲げられた。
  3. 欧州グリーンディールは、基本的にはEU域内を対象としているものの、日本を含めたEU域外の国・地域に影響が及ぶ可能性が高いことが示唆された。同時に、欧州グリーンディールの実現に向けて、サステナブルファイナンス戦略を通じて、金融市場にもタクソノミー、開示、ラベル、EUグリーンボンド基準(EU GBS)、健全性規制といった複数の側面から影響が及ぶ可能性があることも示された。
  4. 世界に先駆けて包括的な気候変動対策に取り組むEUが示した欧州グリーンディールの各項目に関する今後の進捗や実効性等に対して、世界各国の政府、産業界、金融市場から注目が集まる状況が続くと想定される。
欧州公的年金基金の気候変動への対応
−スウェーデンAP基金、仏FRR、ノルウェーGPFGの事例を中心に−
林 宏美
  1. 金融安定理事会(FSB)の下部組織であるTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)が2017年6月に公表した最終提言(TCFD最終提言)では、インベストメントチェーンの頂点に位置付けられる年金基金等のアセット・オーナーも、投資先企業による取り組みを促す役割を果たすべく、一定の情報開示が求められている。2018年11月に英国のNGOが大規模な公的年金基金の取り組み状況を評価した報告書では、TCFD最終提言に則した情報を開示しているか、開示する方針にある年金基金が全体の17%にとどまった。
  2. 気候変動への取り組みが高く評価されている欧州公的年金の事例としては、スウェーデンのAP基金、フランスのFRR、ノルウェーGPFG等が挙げられる。AP基金は、2019年、法律により責任投資と高いリターン追求の両立が求められるようになった。AP基金やFRRは、再生可能エネルギー事業等への投資を可能とする取り組みを推進しているほか、指数提供業者との提携を通じて低炭素関連指標の開発・拡充を進めるなど、様々な活動を展開しはじめている。
  3. 欧州の公的年金基金による気候変動への対応としては、従来化石燃料企業からの投資引き揚げ(ダイベストメント)を通じて、気候リスクの低減を図る動きが目立っていたが、近年はその取り組みが多様化している。ダイベストメントよりもエンゲージメントや議決権行使などを通じて、企業に気候変動への対応を促す傾向が前面に出ている。また、再生可能エネルギー事業等への投資を拡大できるよう、運用方針を変更する動きも目立つ。
  4. 大規模な公的年金による気候変動への取り組みは、他の機関投資家に及ぼすシグナル効果が大きいと見られる。それらの取り組みが、気候変動によるリスクや機会を示す各種指標データの蓄積、標準化など、上記に挙げた課題解消に寄与することも期待される。
トランジションボンドの登場とサステナブルファイナンスの新潮流 江夏 あかね
  1. トランジションボンドは、一般的に、二酸化炭素排出量等の観点からグリーンボンドの発行基準を満たさないものの、低炭素経済社会等に移行(トランジション)するためのプロジェクトを資金使途とする債券を指す。
  2. トランジションボンドが誕生した背景としては、金融市場において、開示、経済活動の分類、ベンチマーク等、複数の分野で、「トランジション(移行)」がテーマとして注目を集めつつあることが挙げられる。そして、フランスの大手運用機関アクサ・インベストメント・マネージャーズ(アクサIM)が2019年6月にガイドラインを公表、クレディ・スイスと気候債券イニシアチブ(CBI)が2019年9月に「サステナブル・トランジションボンド」に関するパートナーシップ締結、といった動きもある。
  3. トランジションボンド及び同市場が健全に発展していくためには、発行体によるサステナビリティ戦略へのコミットメントを通じて市場の信認を得ることが大前提になるほか、グリーンボンド等と同様に、レポーティング等を通じて、投資家が環境・社会面でのインパクトを適切に把握できるように透明性を確保することが重要と思われる。
EUにおける自己資本規制へのESGリスク反映の議論
−アクション・プランを示した欧州銀行監督機構−
磯部 昌吾
  1. 欧州連合(EU)において気候変動問題への関心が増々高まる中、欧州銀行監督機構(EBA)は、2019年12月6日にサステナブル・ファイナンスに関するアクション・プランを公表し、自己資本規制における環境・社会・ガバナンス(ESG)リスクの反映に関する検討スケジュールを明らかにした。
  2. 気候変動問題への対応には多額の追加投資が必要となることから、銀行の金融仲介機能を通じて、民間資金が気候変動対応に回るように促していく上で、自己資本規制におけるESGリスクの反映は、重要な政策手段の1つとなる可能性がある。
  3. EBAは、自己資本規制の3つの柱におけるESGリスクの反映を検討した上で、欧州委員会等への報告やガイドライン・細則案の策定を行う予定である。特に、第1の柱(最低基準)については、評価の複雑性と潜在的な影響の大きさを踏まえて、2025年6月までという長い評価期間を設けているのが特徴的である。
  4. 欧州の規制当局の見解は一枚岩ではなく、まずはEBAの検討結果が待たれるところである。EUが独自に自己資本規制にESGリスクを組み入れる場合には、EUの銀行の与信行動に影響を与えるであろう。また、EU域外の銀行との間で資本賦課に差が出るようであれば、国際競争上の問題が生じる可能性も考えられ、その場合には他の国においても同様の措置が取られるかが論点となってこよう。EUにおける議論とEU域外への波及の可能性を今後も注視する必要があるだろう。
中央銀行デジタル通貨の発行を目指す中国
−予想されるマクロ面での影響−
関 志雄
  1. 中国では、中央銀行デジタル通貨(CBDC)の発行は、構想から実行の段階に移ろうとしている。中国が導入しようとするCBDCは、だれでもアクセスでき、決済が仲介機関を経由しない「リテール・トークン型」である。その特徴は、(1)現金(M0)の代替、(2)中央銀行と利用者の間に商業銀行などの仲介機関が入る二層構造の運営体制、(3)特定の技術に限定しない、(4)無利子、(5)「制御可能な匿名性」に基づく個人情報の取り扱い、(6)オフライン決済が可能、である。
  2. 現段階の構想通りに、CBDCが無利子で、現金の代替にとどまる場合、その導入によってもたらされる金融政策と金融システムへの影響はそれほど大きくない。しかし、金利が付き、現金だけでなく銀行預金も代替の対象となるCBDCが発行される場合、金融政策の有効性は高まる一方で、金融システムにおける銀行の地盤沈下は加速しかねない。
  3. CBDCの発行は、人民元の利便性の向上を通じて、人民元の国際化に寄与すると期待されている。しかし、厳しい資本規制が維持され、CBDCもその対象になると予想される以上、その効果は限定的であろう。
  4. 中国は、CBDCを本格的に導入する最初の国になりそうである。それに向けて、綿密に構想を練っており、実行に移ってからも慎重な姿勢は変わらないと予想される。最終的に、中国において、現金が完全にCBDCに取って代わられ、キャッシュレス社会が実現されるだろうが、そこまでの道のりはまだ遠い。
要約
時流 金融規制のNext Step 上智大学法科大学院教授 森下 哲朗

金融審議会のスタディ・グループやワーキング・グループでは新たな金融規制のあり方についての議論が行われてきた。そこでは、今後の金融規制のあるべき姿として、イノベーションの促進と利用者利便の向上に資する規制体系であること、同一の機能・同一のリスクには同一のルールを適用すること、といった基本的な方向性が示されている。具体的な規制の見直しという観点でも、決済分野等で一定の成果が出ており今後の活用が期待される。同時に、今後の検討課題も多い。産官学が一体となって知恵を出し合ってより良い金融規制を構築していく必要がある。

地方公共団体と地方銀行
−指定金融機関制度の変遷と今後の展望−
江夏 あかね
  1. 地方公共団体と地方銀行は、指定金融機関制度等を通じて深い関係を長らく築いており、互いに地域経済社会にとって不可欠な存在となっている。しかし、金融市場環境や地域経済社会の構造が移り変わる中、1990年代後半頃からその関係が変化する傾向が見られている。特に、2010年代半ば頃からの金利水準の継続的な低下も相まって、地方公共団体向けビジネスから距離を置くことを検討する金融機関が出現するなど、かつてに比べて厳しいものとなりつつある。
  2. 地方公共団体が中長期的に行財政の持続可能性を維持する上では、(1)国の厳しい財政状況、(2)地方公共団体による社会保障や公共施設等の適正化といった喫緊の施策への取り組み、といった課題を克服することが必要と考えられる。
  3. 地方経済社会の持続可能性を確保するためには、それらに加え、幅広い意味での地方創生や持続可能な開発目標(SDGs)達成に向けた取り組みを進めることも求められる。ただし、地方創生やSDGsも含めた取り組みを、地方公共団体のみで包括的に進めることは困難であり、地方銀行等と連携し、地方が抱える課題を解決していくことが重要である。
  4. 地方公共団体と地方銀行の双方が連携するメリットを感じ、持続的な関係を築くためには、地域をめぐる問題意識の共有、経済合理性の確保、域内の付加価値を創出する取り組みでの協働といった点がカギになろう。そのような観点から、地方公共団体と地方銀行がメリットを感じて連携可能な分野としては、例えば、公共施設等の適正管理、地域中小企業におけるSDGs支援といったものが挙げられる。
注目される地方銀行によるグリーンボンドの発行 富永 健司
  1. 世界の金融市場において、環境・社会・ガバナンス(ESG)を重視する投資概念の浸透、パリ協定や持続可能な開発目標(SDGs)等の国際合意を背景に、グリーンボンドの発行が伸びている。日本においても2017年頃からグリーンボンドの発行が増加している。これまで、日本の銀行によるグリーンボンドの発行は政府系金融機関やメガバンク等が中心となっていたが、このたび新たに地方銀行がグリーンボンドを発行した。具体的には、群馬銀行が2019年11月に国内の地方銀行として初めて発行し、その後、名古屋銀行が2019年12月に発行した。
  2. 日本においては近年、ESG金融における間接金融の重要性に対する認識が高まっている。そのような中で、地方銀行は、(1)担当主幹部署の設置、(2)プロジェクトチームの組成、(3)行動宣言や行動憲章の制定、(4)ESG/SDGsを意識した投資方針の制定、(5)ESG/SDGsを意識した融資方針の制定、などの形で取り組みを進めている。
  3. これらに加えて地方銀行は、地方経済・社会の中心的な担い手として、地方創生に関する取り組みも行っており、元々ESG/SDGs金融との親和性が高かったと言える。グリーンボンドの発行は、資本調達面におけるESG/SDGsへの対応という観点で考えることができる。
  4. 群馬銀行と名古屋銀行の発行事例で共通しているのは、規制資本の充実を目的とした社債発行を通じて、(1)組織として注力するESG/SDGsへの取り組みについての資本調達面からの拡充、(2)グリーンボンドの発行による幅広い業態の投資家層へのアクセス、を実現したことである。地方銀行セクターにおいては、ESG/SDGsへの取り組みが進む中で、今後グリーンボンド発行という手法が活用されるようになるのか注目される。グリーンボンドを通じた融資等が、地方銀行ビジネスの活性化へ貢献し、同時に環境・地域社会へのインパクトを創出するのかといった点も今後さらなる議論が求められよう。
米国地域金融機関の証券ビジネスを支援するLPLファイナンシャル 下山 貴史岡田 功太
  1. LPLファイナンシャルは、全米最大級のファイナンシャル・アドバイザー向け証券取引サービス提供会社として知られている。同社は、地銀、信用組合、独立系ファイナンシャル・アドバイザー(IFA会社)に所属する約1万6,100名のファイナンシャル・アドバイザーに、証券取引及び証券事業支援サービスを提供している。それらのファイナンシャル・アドバイザーは、主に地方で営業活動に従事していることから、LPLファイナンシャルは、地域金融機関の証券ビジネスを支援している存在とも言える。
  2. 同社は、ブローカレッジ・サービスとアドバイザリー・サービスを提供するが、近年は投資アドバイスの対価としてフィーを受け取るアドバイザリー・サービスに注力している。また、ファイナンシャル・アドバイザーの業務効率化を目的としたテクノロジー・ツール等の提供も行っており、2019年のテクノロジー投資額を約1億5,000万ドルに決定し、同ツールの拡充を図っている。
  3. LPLファイナンシャルは、上記のサービスを通じて、多様な地域金融機関に属するファイナンシャル・アドバイザーを支援している。同社との提携を通じて、非金利収入を増加させた地域金融機関、収益源の多角化を図る銀行、顧客との関係強化や業務効率化を実現した小規模信用組合やIFA会社など様々である。
  4. LPLファイナンシャルの成長は、大手証券会社が有するミドルオフィス及びバックオフィス機能を、サービスとして社外に提供することで収益化できる可能性を示唆すると共に、地域金融機関にとって同サービスが魅力的であることを意味している。LPLファイナンシャルのようなサービス提供者は、米国の幅広い地域において、顧客に対して適切なファイナンシャル・アドバイスが提供されるためにも、欠かせない存在と言えよう。
金融包摂を促進する重要な役割を担うフィリピンの地域金融機関 北野 陽平武井 悠輔
  1. フィリピンは、堅調な経済成長を持続させ、より包摂的な発展を実現するべく、国民の幅広い金融包摂を推進している。同国において金融機関口座を保有する15歳以上人口の割合は2017年時点で32%で、地方では26%に留まり、多くの地方自治体では銀行が設置されていない。そのような中、フィリピン中央銀行(BSP)は、銀行サービスが提供されていない地方自治体の割合を2020年までに20%へと引き下げることを目指している。
  2. フィリピンの銀行は、ユニバーサルバンク、商業銀行、貯蓄銀行、農村銀行、協同組合銀行に分類される。このうち、農村銀行は、地方における金融包摂を促進する重要な役割を担うと期待されている。地方居住者の資金需要に対応するため、BSP主導で農村銀行のプレゼンス強化に向けた取り組みが進められてきた結果、農村銀行の店舗数は1999年末の1,778店から2019年9月末には3,048店となり、融資残高は同期間に3.6倍に増加した。
  3. 金融包摂の促進には決済サービスの利用拡大も課題となる中、全国レベルで国民による安価、効率的、安全、信頼性の高い決済を可能にする仕組みの構築を目指して、「国家リテール決済システム(NRPS)」が2015年に導入された。現状、NRPSは地方では普及が進んでおらず、農村銀行間の送金・決済システムも接続されていない。そうした中、ブロックチェーン技術の活用により、農村銀行間の直接送金や効率的な国際送金を可能にするプロジェクトが進められている。
  4. 農村銀行は、より安価で金融サービスを提供するためのテクノロジーの活用にも取り組み始めている。例えば、足下では、ITコスト及びオペレーションコストの削減等を目的として、クラウドベースの勘定系システムを導入する動きが見られる。地方では、ITの利用環境は都市部に比べ総じて遅れているものの、将来的には、都市部で始まっている金融サービスのデジタル化が広がっていく可能性もある。今後、フィリピンにおける地域金融機関のサービスが、どのような発展を遂げるのか注目される。
最終化された米国の大手銀行規制の見直し
−リスク・プロファイルに応じたプルーデンス規制の再構築−
小立 敬
  1. 米国FRBは2019年10月、銀行のリスク・プロファイルをプルーデンス規制の枠組みに反映させるテイラード・アプローチの下、総資産1,000億ドル以上の米国銀行および外国銀行のプルーデンス規制の枠組みを改定する最終規則を公表し、2019年末から適用を開始した。
  2. 従来はドッド=フランク法に基づいて、総資産500億ドル以上の銀行持株会社には厳格なプルーデンス規制が適用されてきたが、トランプ政権の下、2018年5月に成立した経済成長・規制緩和・消費者保護法が、厳格なプルーデンス規制の適用基準を総資産500億ドルから2,500億ドルに引き上げたことが背景にある。
  3. 最終規則によって、総資産1,000億ドル以上の米国銀行、外国銀行はリスク・プロファイルに応じて「カテゴリーI」から「カテゴリーIV」までの4つのカテゴリーに区分され、各々のカテゴリーに応じて厳格さの異なる自己資本規制や流動性規制、ストレス・テストの要件等が課せられることとなる。
  4. 金融危機以降、FRBはプルーデンス規制に銀行のリスク・プロファイルを反映させる取組みを行ってきた。今般のテイラード・アプローチによってリスク・プロファイルに応じたカテゴリーが明確化されており、従来に比べてより洗練された枠組みとなったという評価が可能であろう。
  5. ただし、外国銀行の扱いに関しては議論がある。特に具体的な争点となっているのが、外国銀行の米国支店に対して標準化された流動規制を適用するか否かの検討である。最終規則では具体的な措置は見送られたが、FRBは数カ月以内に検討する方針を明らかにしている。また、外国銀行の扱いについては、金融危機後の金融規制改革の重大な副作用として認識されている市場の分断につながるとの指摘もあり、最終規則が適用された後のFRBによる規制の合理性の検証が期待される。
米国で最も便利な銀行とは 淵田 康之
  1. グローバル金融危機後、米国では国内リテール業務に強い金融機関のプレゼンスが高まっている。外資系金融機関のなかでも、カナダのトロント・ドミニオンバンク・グループ(TDバンク・グループ)傘下のTDバンクは、米国内でリテール業務に注力することで顕著な成長を遂げている。
  2. 各国の多くの金融機関は、世界の金融ビジネスの中心である米国市場に進出し、業務拡大を目指してきた。しかし今日、日系や欧州系の金融機関の多くは、過去の一時期に比べ、米国市場における存在感を低下させている。こうしたなかTDバンクは、「米国で最も便利な銀行」を掲げ、米国で最も成功した外資系銀行となったのである。
  3. 金融危機を経て、米国金融市場の重要性はむしろ高まった。プラスの金利が維持され、預金・貸出など正常な金融ビジネスが成り立つ、世界で数少ない市場の一つとなったからである。TDバンクは、やはり経済が底堅く推移し、また安定した金融システムを持つカナダをマザーマーケットとしつつ、米国でリテール金融業務を拡大することにより、グループ全体の企業価値向上に寄与している。
  4. TDバンク・グループは、TDアメリトレードを通じて、米国におけるリテール証券ビジネスでも存在感を示してきた。そして2019年、取引手数料ゼロ時代が到来すると、TDアメリトレードをチャールズ・シュワブに売却し、チャールズ・シュワブの大株主となった。
  5. わが国の主要金融機関においても、今後の成長のためには海外ビジネスの拡大が不可欠であるが、その成功には、国内の経済や金融システムの改善・改革が前提となろう。その上で、どれだけ多くの現地ユーザーに、真に必要とされる金融機関となれるかがカギとなろう。
チャールズ・シュワブによるTDアメリトレードの買収
−米国個人向け金融サービス業界への示唆−
岡田 功太
  1. チャールズ・シュワブは2019年11月、TDアメリトレードを買収することを公表した。本件は株式交換で行われ、買収額は約260億ドルに達する。買収完了後のチャールズ・シュワブの預かり資産は約5.1兆ドル、証券口座数は約2,400万口座に達する見込みである(単純合算ベース)。同社は、コスト削減と顧客基盤の強化を推進し、より効率的で大規模な個人向け金融サービス業を追求すると見られる。
  2. 今般の買収の背景として、(1)売買手数料無料化等により事業環境が急激に変化していること、(2)連邦準備制度理事会の利下げの影響によって金利収入が縮小し、更なる預かり資産の拡大の必要性が高まったこと、(3)チャールズ・シュワブが創業当初から掲げてきた経営哲学に基づく「好循環」の一層の強化と整合的であること、が挙げられる。
  3. 買収完了後のチャールズ・シュワブは、独立系ファイナンシャル・アドバイザーである投資顧問業者(RIA)から約2兆ドルの資産を預かることになり、これを契機にRIAの顧客化を巡る大手金融機関の競争が激化する可能性が高い。また、長年、チャールズ・シュワブ及びTDアメリトレードと競合関係にあるイー・トレードを中心に、ディスカウント・ブローカー業界の再編も注目されている。アドバイザリー・フィーの低下と、同サービスに組み入れられるミューチュアルファンド及びETFの低コスト化の可能性も指摘されている。
  4. 今般の買収は、ディスカウント・ブローカー及びRIA向けサービス事業におけるチャールズ・シュワブやフィデリティ・インベストメンツなど、一部の大手金融機関が、より一層巨大化する方向性を示唆しており、今後の動向は注視する必要がある。
上場・非上場の垣根を飛び越えるクロスオーバー投資
−米国ミューチュアルファンドによるプレIPO株式投資の実状−
竹下 智
  1. 上場企業を主な投資対象とするミューチュアルファンドやヘッジファンドによる非上場企業への投資は、上場/非上場の垣根を越えた投資という意味で「クロスオーバー投資」と呼ばれる。近年、米国では非上場企業への投資において、VC以外のミューチュアルファンドやヘッジファンド等の存在が大きくなってきている。特に、IPO前のウーバー・テクノロジーズには55本のミューチュアルファンドが投資を行っていたことが知られている。
  2. クロスオーバー投資家は、レイターステージでの大型の資金調達において主要な投資家の一つであるとともに、アーリーステージの投資家(含む従業員)に流動性を供給する役割を担っている。ミューチュアルファンドが非上場企業への投資を行う理由として、(1)IPOまで待っていると会社の成長サイクルの重要なステージを逃す可能性がある、(2)イノベーションや創造的破壊が起きている産業セクターの評価をするには上場企業および非上場企業の両方を見ておく必要がある、という点があげられる。
  3. 非上場株式は取引所での株価が存在しないため、運用会社毎に投資対象の時価評価を行っている。非上場企業には上場企業に課せられた情報開示等の義務がないため、投資家が独自で情報収集にあたらなければならず、経営状況の監視やバリエーションに費やす時間が必然的に上場企業の場合よりも多くなる。そのため、クロスオーバー投資は分析リソースが豊富な大規模ファンドに適している。
  4. 米国ミューチュアルファンドはすでに日本の非上場企業への投資を行っている。日本国内においても今後、イノベーションの促進、ベンチャー支援策の充実を図る上で、クロスオーバー投資の振興も重要な課題となるのではないか。
米国における退職資産拡充策を巡る議論
−退職保障強化法案(SECURE法案)を中心に−
岡田 功太中村 美江奈
  1. 米国では、長寿化が進行する一方で、ソーシャル・セキュリティ(公的年金)の財政難等の課題がある。こうした中、連邦議会では、超党派の有力議員が、「全地域社会における退職保障強化法案」(通称SECURE法案)を提出した。同法案は、下院で既に可決されており、上院で審議待ちの状態である。
  2. SECURE法案は、2006年年金保護法以来、13年ぶりの本格的な年金制度改革である。2006年年金保護法は、401(k)プランの「自動化」の制度の整備等により、職域の確定拠出年金(DC)プランや個人退職勘定(IRA)の資産の積み立て(アキュミュレーション)促進に寄与した。SECURE法案は、退職プラン加入者のさらなる拡大と、引退後の資産の取り崩し(デキュミュレーション)局面における課題解消等を目指している。
  3. SECURE法案の主な特徴は、第一に、伝統的IRAの拠出年齢制限の廃止といった既存の退職資産形成制度の拡大の促進である。第二に、退職プランへの長期雇用パート従業員の加入促進や、中小企業従業員の退職プラン加入促進を意図した複数雇用主プラン(MEP)の要件緩和等の加入者拡大である。第三に、デキュミュレーションにおけるアニュイティ等の普及促進や、退職後の収入予測といったライフタイム・インカム確保の施策である。
  4. SECURE法案は超党派の支持を得ているものの、成立の可否やタイミングについては、政局次第である。他方、同法案の内容を念頭に、大手資産運用会社等は新たなソリューションの開発を推進している。つまり、SECURE法案は、既に米国リタイアメント市場において新たなダイナミズムを生み出しはじめており、法案の成否と併せて、今後の展開が注目される。
欧州における投信併合
−英国の事例を中心に−
神山 哲也塩島 晋
  1. 日本では、小規模投信(ファンド)が多数存在するという問題に対処するべく、ファンド併合を実施可能にするための制度面の整備が行われてきた。しかし、実績は2019年11月に発表された一件に留まっている。今後、自助努力による資産形成、資産運用の重要性が増していく中、ファンド併合等を通じて運用業界の効率化を図ることは一層求められるようになろう。
  2. 欧州では従来、ファンド併合が月間数十件というペースで行われてきた。EU域内におけるクロスボーダーのファンド併合を促進するための制度整備も行われてきた。EUの制度を国内法化した英国では、スキーム・オブ・アレンジメントと呼ばれる仕組みを用いてファンド併合が行われている。
  3. 英国のファンド併合事例を見ると、目的として、小規模ファンドを併合することによる規模の経済追求等を掲げた上で、ファンド・オブ・ファンズと通常のファンドの併合や、株・債券の組入比率の相違、デリバティブ利用の有無、分配頻度など、ファンドの形態や運用手法は必ずしも近似したものでなくても実施されている。
  4. 英国では、ファンドの規模が最適水準を大幅に下回っていると考えられる場合、運用方法等の細かな相違には拘らず、より総合的な投資家利益への配慮から、規模の経済を優先する姿勢がみられる。日本においてファンド併合を検討する際に、参考になるアプローチであると考えられる。
2020年以降の議決権行使助言会社の助言方針改定 西山 賢吾
  1. 代表的な議決権行使助言会社であるISSとグラス・ルイスの2020年議決権行使助言方針改定内容が明らかになった(改定内容の一部の適用は2021年)。ISSの改定は、(1)政策保有先企業出身の社外役員には「独立性なし」の判断、(2)親会社、支配株主の存在する企業に対する独立社外取締役の増員、の2点、そして、グラス・ルイスでは、東証1、2部対象企業に最低1名以上の女性役員登用を要請、(2)政策保有株式保有水準に関する基準の導入(2021年より)の2点である。
  2. 今回の助言方針改定の特徴として、ISSは社外役員の独立性という観点、グラス・ルイスは保有水準という観点から、それぞれ、政策保有株式を議決権行使助言方針に取り入れたことが挙げられる。従来政策保有株式と議決権行使を関連付けることは難しいと考えられていたが、今回の助言方針改定を受け、機関投資家でも同様な議決権行使助言方針を採用するかどうかが注目される。しかし、現状ではその動きが大きく進むとは考えにくく、エンゲージメントの重要テーマとしてより多くの投資家が取り上げることになるであろう。
  3. 社外取締役の増員も重要なテーマである。これについては、全ての企業に3分の1以上の独立社外取締役を求める機関投資家も出始めてきたが、全体としては支配株主や親会社のある企業などに社外取締役の増員を求める動きがさらに進む一方、全ての企業に求める動きが大きく広がるにはなお時間を要すると考える。
  4. 議決権行使助言会社の影響力に関し話題に上ることが多く、2020年に改訂予定のスチュワードシップ・コードにおいても、議決権行使助言会社に対し、十分かつ適切な人的・組織体制の整備とそれを含む助言策定プロセスの具体的な公表などが求められている。その背景には、機関投資家の議決権行使を助言会社が決めている、すなわち、議決権行使助言会社の助言方針をそのまま機関投資家が取り入れているという誤解があると推察されるが、実際には、「機関投資家の議決権行使に対する意見や考え方のコンセンサスが議決権行使助言会社の助言方針」となっているといえるであろう。
気候変動対策で世界のリーダーを目指す「欧州グリーンディール」 江夏 あかね磯部 昌吾
  1. 欧州連合(EU)の執行機関である欧州委員会は2019年12月11日、脱炭素と経済成長の両立を図ることを目的とした工程表である「欧州グリーンディール」を公表した。同工程表は、2019年12月1日に就任したフォンデアライエン欧州委員長が最優先政策に掲げる気候変動対策の一環として位置付けられる。
  2. 欧州グリーンディールで注目されるのは、気候関連目標への野心的なアプローチ、低炭素経済社会への移行に関する支援、サステナブルファイナンス戦略の3点である。2020年第3四半期に公表予定のサステナブルファイナンス戦略では、(1)サステナブル投資に関する基盤強化、(2)サステナブル投資に関する特定可能性及び信頼性向上、(3)気候・環境リスクの金融システムへの組み入れ、といった3つの方針が掲げられた。
  3. 欧州グリーンディールは、基本的にはEU域内を対象としているものの、日本を含めたEU域外の国・地域に影響が及ぶ可能性が高いことが示唆された。同時に、欧州グリーンディールの実現に向けて、サステナブルファイナンス戦略を通じて、金融市場にもタクソノミー、開示、ラベル、EUグリーンボンド基準(EU GBS)、健全性規制といった複数の側面から影響が及ぶ可能性があることも示された。
  4. 世界に先駆けて包括的な気候変動対策に取り組むEUが示した欧州グリーンディールの各項目に関する今後の進捗や実効性等に対して、世界各国の政府、産業界、金融市場から注目が集まる状況が続くと想定される。
欧州公的年金基金の気候変動への対応
−スウェーデンAP基金、仏FRR、ノルウェーGPFGの事例を中心に−
林 宏美
  1. 金融安定理事会(FSB)の下部組織であるTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)が2017年6月に公表した最終提言(TCFD最終提言)では、インベストメントチェーンの頂点に位置付けられる年金基金等のアセット・オーナーも、投資先企業による取り組みを促す役割を果たすべく、一定の情報開示が求められている。2018年11月に英国のNGOが大規模な公的年金基金の取り組み状況を評価した報告書では、TCFD最終提言に則した情報を開示しているか、開示する方針にある年金基金が全体の17%にとどまった。
  2. 気候変動への取り組みが高く評価されている欧州公的年金の事例としては、スウェーデンのAP基金、フランスのFRR、ノルウェーGPFG等が挙げられる。AP基金は、2019年、法律により責任投資と高いリターン追求の両立が求められるようになった。AP基金やFRRは、再生可能エネルギー事業等への投資を可能とする取り組みを推進しているほか、指数提供業者との提携を通じて低炭素関連指標の開発・拡充を進めるなど、様々な活動を展開しはじめている。
  3. 欧州の公的年金基金による気候変動への対応としては、従来化石燃料企業からの投資引き揚げ(ダイベストメント)を通じて、気候リスクの低減を図る動きが目立っていたが、近年はその取り組みが多様化している。ダイベストメントよりもエンゲージメントや議決権行使などを通じて、企業に気候変動への対応を促す傾向が前面に出ている。また、再生可能エネルギー事業等への投資を拡大できるよう、運用方針を変更する動きも目立つ。
  4. 大規模な公的年金による気候変動への取り組みは、他の機関投資家に及ぼすシグナル効果が大きいと見られる。それらの取り組みが、気候変動によるリスクや機会を示す各種指標データの蓄積、標準化など、上記に挙げた課題解消に寄与することも期待される。
トランジションボンドの登場とサステナブルファイナンスの新潮流 江夏 あかね
  1. トランジションボンドは、一般的に、二酸化炭素排出量等の観点からグリーンボンドの発行基準を満たさないものの、低炭素経済社会等に移行(トランジション)するためのプロジェクトを資金使途とする債券を指す。
  2. トランジションボンドが誕生した背景としては、金融市場において、開示、経済活動の分類、ベンチマーク等、複数の分野で、「トランジション(移行)」がテーマとして注目を集めつつあることが挙げられる。そして、フランスの大手運用機関アクサ・インベストメント・マネージャーズ(アクサIM)が2019年6月にガイドラインを公表、クレディ・スイスと気候債券イニシアチブ(CBI)が2019年9月に「サステナブル・トランジションボンド」に関するパートナーシップ締結、といった動きもある。
  3. トランジションボンド及び同市場が健全に発展していくためには、発行体によるサステナビリティ戦略へのコミットメントを通じて市場の信認を得ることが大前提になるほか、グリーンボンド等と同様に、レポーティング等を通じて、投資家が環境・社会面でのインパクトを適切に把握できるように透明性を確保することが重要と思われる。
EUにおける自己資本規制へのESGリスク反映の議論
−アクション・プランを示した欧州銀行監督機構−
磯部 昌吾
  1. 欧州連合(EU)において気候変動問題への関心が増々高まる中、欧州銀行監督機構(EBA)は、2019年12月6日にサステナブル・ファイナンスに関するアクション・プランを公表し、自己資本規制における環境・社会・ガバナンス(ESG)リスクの反映に関する検討スケジュールを明らかにした。
  2. 気候変動問題への対応には多額の追加投資が必要となることから、銀行の金融仲介機能を通じて、民間資金が気候変動対応に回るように促していく上で、自己資本規制におけるESGリスクの反映は、重要な政策手段の1つとなる可能性がある。
  3. EBAは、自己資本規制の3つの柱におけるESGリスクの反映を検討した上で、欧州委員会等への報告やガイドライン・細則案の策定を行う予定である。特に、第1の柱(最低基準)については、評価の複雑性と潜在的な影響の大きさを踏まえて、2025年6月までという長い評価期間を設けているのが特徴的である。
  4. 欧州の規制当局の見解は一枚岩ではなく、まずはEBAの検討結果が待たれるところである。EUが独自に自己資本規制にESGリスクを組み入れる場合には、EUの銀行の与信行動に影響を与えるであろう。また、EU域外の銀行との間で資本賦課に差が出るようであれば、国際競争上の問題が生じる可能性も考えられ、その場合には他の国においても同様の措置が取られるかが論点となってこよう。EUにおける議論とEU域外への波及の可能性を今後も注視する必要があるだろう。
中央銀行デジタル通貨の発行を目指す中国
−予想されるマクロ面での影響−
関 志雄
  1. 中国では、中央銀行デジタル通貨(CBDC)の発行は、構想から実行の段階に移ろうとしている。中国が導入しようとするCBDCは、だれでもアクセスでき、決済が仲介機関を経由しない「リテール・トークン型」である。その特徴は、(1)現金(M0)の代替、(2)中央銀行と利用者の間に商業銀行などの仲介機関が入る二層構造の運営体制、(3)特定の技術に限定しない、(4)無利子、(5)「制御可能な匿名性」に基づく個人情報の取り扱い、(6)オフライン決済が可能、である。
  2. 現段階の構想通りに、CBDCが無利子で、現金の代替にとどまる場合、その導入によってもたらされる金融政策と金融システムへの影響はそれほど大きくない。しかし、金利が付き、現金だけでなく銀行預金も代替の対象となるCBDCが発行される場合、金融政策の有効性は高まる一方で、金融システムにおける銀行の地盤沈下は加速しかねない。
  3. CBDCの発行は、人民元の利便性の向上を通じて、人民元の国際化に寄与すると期待されている。しかし、厳しい資本規制が維持され、CBDCもその対象になると予想される以上、その効果は限定的であろう。
  4. 中国は、CBDCを本格的に導入する最初の国になりそうである。それに向けて、綿密に構想を練っており、実行に移ってからも慎重な姿勢は変わらないと予想される。最終的に、中国において、現金が完全にCBDCに取って代わられ、キャッシュレス社会が実現されるだろうが、そこまでの道のりはまだ遠い。
中国・アジア
時流 金融規制のNext Step 上智大学法科大学院教授 森下 哲朗

金融審議会のスタディ・グループやワーキング・グループでは新たな金融規制のあり方についての議論が行われてきた。そこでは、今後の金融規制のあるべき姿として、イノベーションの促進と利用者利便の向上に資する規制体系であること、同一の機能・同一のリスクには同一のルールを適用すること、といった基本的な方向性が示されている。具体的な規制の見直しという観点でも、決済分野等で一定の成果が出ており今後の活用が期待される。同時に、今後の検討課題も多い。産官学が一体となって知恵を出し合ってより良い金融規制を構築していく必要がある。

地方公共団体と地方銀行
−指定金融機関制度の変遷と今後の展望−
江夏 あかね
  1. 地方公共団体と地方銀行は、指定金融機関制度等を通じて深い関係を長らく築いており、互いに地域経済社会にとって不可欠な存在となっている。しかし、金融市場環境や地域経済社会の構造が移り変わる中、1990年代後半頃からその関係が変化する傾向が見られている。特に、2010年代半ば頃からの金利水準の継続的な低下も相まって、地方公共団体向けビジネスから距離を置くことを検討する金融機関が出現するなど、かつてに比べて厳しいものとなりつつある。
  2. 地方公共団体が中長期的に行財政の持続可能性を維持する上では、(1)国の厳しい財政状況、(2)地方公共団体による社会保障や公共施設等の適正化といった喫緊の施策への取り組み、といった課題を克服することが必要と考えられる。
  3. 地方経済社会の持続可能性を確保するためには、それらに加え、幅広い意味での地方創生や持続可能な開発目標(SDGs)達成に向けた取り組みを進めることも求められる。ただし、地方創生やSDGsも含めた取り組みを、地方公共団体のみで包括的に進めることは困難であり、地方銀行等と連携し、地方が抱える課題を解決していくことが重要である。
  4. 地方公共団体と地方銀行の双方が連携するメリットを感じ、持続的な関係を築くためには、地域をめぐる問題意識の共有、経済合理性の確保、域内の付加価値を創出する取り組みでの協働といった点がカギになろう。そのような観点から、地方公共団体と地方銀行がメリットを感じて連携可能な分野としては、例えば、公共施設等の適正管理、地域中小企業におけるSDGs支援といったものが挙げられる。
注目される地方銀行によるグリーンボンドの発行 富永 健司
  1. 世界の金融市場において、環境・社会・ガバナンス(ESG)を重視する投資概念の浸透、パリ協定や持続可能な開発目標(SDGs)等の国際合意を背景に、グリーンボンドの発行が伸びている。日本においても2017年頃からグリーンボンドの発行が増加している。これまで、日本の銀行によるグリーンボンドの発行は政府系金融機関やメガバンク等が中心となっていたが、このたび新たに地方銀行がグリーンボンドを発行した。具体的には、群馬銀行が2019年11月に国内の地方銀行として初めて発行し、その後、名古屋銀行が2019年12月に発行した。
  2. 日本においては近年、ESG金融における間接金融の重要性に対する認識が高まっている。そのような中で、地方銀行は、(1)担当主幹部署の設置、(2)プロジェクトチームの組成、(3)行動宣言や行動憲章の制定、(4)ESG/SDGsを意識した投資方針の制定、(5)ESG/SDGsを意識した融資方針の制定、などの形で取り組みを進めている。
  3. これらに加えて地方銀行は、地方経済・社会の中心的な担い手として、地方創生に関する取り組みも行っており、元々ESG/SDGs金融との親和性が高かったと言える。グリーンボンドの発行は、資本調達面におけるESG/SDGsへの対応という観点で考えることができる。
  4. 群馬銀行と名古屋銀行の発行事例で共通しているのは、規制資本の充実を目的とした社債発行を通じて、(1)組織として注力するESG/SDGsへの取り組みについての資本調達面からの拡充、(2)グリーンボンドの発行による幅広い業態の投資家層へのアクセス、を実現したことである。地方銀行セクターにおいては、ESG/SDGsへの取り組みが進む中で、今後グリーンボンド発行という手法が活用されるようになるのか注目される。グリーンボンドを通じた融資等が、地方銀行ビジネスの活性化へ貢献し、同時に環境・地域社会へのインパクトを創出するのかといった点も今後さらなる議論が求められよう。
米国地域金融機関の証券ビジネスを支援するLPLファイナンシャル 下山 貴史岡田 功太
  1. LPLファイナンシャルは、全米最大級のファイナンシャル・アドバイザー向け証券取引サービス提供会社として知られている。同社は、地銀、信用組合、独立系ファイナンシャル・アドバイザー(IFA会社)に所属する約1万6,100名のファイナンシャル・アドバイザーに、証券取引及び証券事業支援サービスを提供している。それらのファイナンシャル・アドバイザーは、主に地方で営業活動に従事していることから、LPLファイナンシャルは、地域金融機関の証券ビジネスを支援している存在とも言える。
  2. 同社は、ブローカレッジ・サービスとアドバイザリー・サービスを提供するが、近年は投資アドバイスの対価としてフィーを受け取るアドバイザリー・サービスに注力している。また、ファイナンシャル・アドバイザーの業務効率化を目的としたテクノロジー・ツール等の提供も行っており、2019年のテクノロジー投資額を約1億5,000万ドルに決定し、同ツールの拡充を図っている。
  3. LPLファイナンシャルは、上記のサービスを通じて、多様な地域金融機関に属するファイナンシャル・アドバイザーを支援している。同社との提携を通じて、非金利収入を増加させた地域金融機関、収益源の多角化を図る銀行、顧客との関係強化や業務効率化を実現した小規模信用組合やIFA会社など様々である。
  4. LPLファイナンシャルの成長は、大手証券会社が有するミドルオフィス及びバックオフィス機能を、サービスとして社外に提供することで収益化できる可能性を示唆すると共に、地域金融機関にとって同サービスが魅力的であることを意味している。LPLファイナンシャルのようなサービス提供者は、米国の幅広い地域において、顧客に対して適切なファイナンシャル・アドバイスが提供されるためにも、欠かせない存在と言えよう。
金融包摂を促進する重要な役割を担うフィリピンの地域金融機関 北野 陽平武井 悠輔
  1. フィリピンは、堅調な経済成長を持続させ、より包摂的な発展を実現するべく、国民の幅広い金融包摂を推進している。同国において金融機関口座を保有する15歳以上人口の割合は2017年時点で32%で、地方では26%に留まり、多くの地方自治体では銀行が設置されていない。そのような中、フィリピン中央銀行(BSP)は、銀行サービスが提供されていない地方自治体の割合を2020年までに20%へと引き下げることを目指している。
  2. フィリピンの銀行は、ユニバーサルバンク、商業銀行、貯蓄銀行、農村銀行、協同組合銀行に分類される。このうち、農村銀行は、地方における金融包摂を促進する重要な役割を担うと期待されている。地方居住者の資金需要に対応するため、BSP主導で農村銀行のプレゼンス強化に向けた取り組みが進められてきた結果、農村銀行の店舗数は1999年末の1,778店から2019年9月末には3,048店となり、融資残高は同期間に3.6倍に増加した。
  3. 金融包摂の促進には決済サービスの利用拡大も課題となる中、全国レベルで国民による安価、効率的、安全、信頼性の高い決済を可能にする仕組みの構築を目指して、「国家リテール決済システム(NRPS)」が2015年に導入された。現状、NRPSは地方では普及が進んでおらず、農村銀行間の送金・決済システムも接続されていない。そうした中、ブロックチェーン技術の活用により、農村銀行間の直接送金や効率的な国際送金を可能にするプロジェクトが進められている。
  4. 農村銀行は、より安価で金融サービスを提供するためのテクノロジーの活用にも取り組み始めている。例えば、足下では、ITコスト及びオペレーションコストの削減等を目的として、クラウドベースの勘定系システムを導入する動きが見られる。地方では、ITの利用環境は都市部に比べ総じて遅れているものの、将来的には、都市部で始まっている金融サービスのデジタル化が広がっていく可能性もある。今後、フィリピンにおける地域金融機関のサービスが、どのような発展を遂げるのか注目される。
最終化された米国の大手銀行規制の見直し
−リスク・プロファイルに応じたプルーデンス規制の再構築−
小立 敬
  1. 米国FRBは2019年10月、銀行のリスク・プロファイルをプルーデンス規制の枠組みに反映させるテイラード・アプローチの下、総資産1,000億ドル以上の米国銀行および外国銀行のプルーデンス規制の枠組みを改定する最終規則を公表し、2019年末から適用を開始した。
  2. 従来はドッド=フランク法に基づいて、総資産500億ドル以上の銀行持株会社には厳格なプルーデンス規制が適用されてきたが、トランプ政権の下、2018年5月に成立した経済成長・規制緩和・消費者保護法が、厳格なプルーデンス規制の適用基準を総資産500億ドルから2,500億ドルに引き上げたことが背景にある。
  3. 最終規則によって、総資産1,000億ドル以上の米国銀行、外国銀行はリスク・プロファイルに応じて「カテゴリーI」から「カテゴリーIV」までの4つのカテゴリーに区分され、各々のカテゴリーに応じて厳格さの異なる自己資本規制や流動性規制、ストレス・テストの要件等が課せられることとなる。
  4. 金融危機以降、FRBはプルーデンス規制に銀行のリスク・プロファイルを反映させる取組みを行ってきた。今般のテイラード・アプローチによってリスク・プロファイルに応じたカテゴリーが明確化されており、従来に比べてより洗練された枠組みとなったという評価が可能であろう。
  5. ただし、外国銀行の扱いに関しては議論がある。特に具体的な争点となっているのが、外国銀行の米国支店に対して標準化された流動規制を適用するか否かの検討である。最終規則では具体的な措置は見送られたが、FRBは数カ月以内に検討する方針を明らかにしている。また、外国銀行の扱いについては、金融危機後の金融規制改革の重大な副作用として認識されている市場の分断につながるとの指摘もあり、最終規則が適用された後のFRBによる規制の合理性の検証が期待される。
米国で最も便利な銀行とは 淵田 康之
  1. グローバル金融危機後、米国では国内リテール業務に強い金融機関のプレゼンスが高まっている。外資系金融機関のなかでも、カナダのトロント・ドミニオンバンク・グループ(TDバンク・グループ)傘下のTDバンクは、米国内でリテール業務に注力することで顕著な成長を遂げている。
  2. 各国の多くの金融機関は、世界の金融ビジネスの中心である米国市場に進出し、業務拡大を目指してきた。しかし今日、日系や欧州系の金融機関の多くは、過去の一時期に比べ、米国市場における存在感を低下させている。こうしたなかTDバンクは、「米国で最も便利な銀行」を掲げ、米国で最も成功した外資系銀行となったのである。
  3. 金融危機を経て、米国金融市場の重要性はむしろ高まった。プラスの金利が維持され、預金・貸出など正常な金融ビジネスが成り立つ、世界で数少ない市場の一つとなったからである。TDバンクは、やはり経済が底堅く推移し、また安定した金融システムを持つカナダをマザーマーケットとしつつ、米国でリテール金融業務を拡大することにより、グループ全体の企業価値向上に寄与している。
  4. TDバンク・グループは、TDアメリトレードを通じて、米国におけるリテール証券ビジネスでも存在感を示してきた。そして2019年、取引手数料ゼロ時代が到来すると、TDアメリトレードをチャールズ・シュワブに売却し、チャールズ・シュワブの大株主となった。
  5. わが国の主要金融機関においても、今後の成長のためには海外ビジネスの拡大が不可欠であるが、その成功には、国内の経済や金融システムの改善・改革が前提となろう。その上で、どれだけ多くの現地ユーザーに、真に必要とされる金融機関となれるかがカギとなろう。
チャールズ・シュワブによるTDアメリトレードの買収
−米国個人向け金融サービス業界への示唆−
岡田 功太
  1. チャールズ・シュワブは2019年11月、TDアメリトレードを買収することを公表した。本件は株式交換で行われ、買収額は約260億ドルに達する。買収完了後のチャールズ・シュワブの預かり資産は約5.1兆ドル、証券口座数は約2,400万口座に達する見込みである(単純合算ベース)。同社は、コスト削減と顧客基盤の強化を推進し、より効率的で大規模な個人向け金融サービス業を追求すると見られる。
  2. 今般の買収の背景として、(1)売買手数料無料化等により事業環境が急激に変化していること、(2)連邦準備制度理事会の利下げの影響によって金利収入が縮小し、更なる預かり資産の拡大の必要性が高まったこと、(3)チャールズ・シュワブが創業当初から掲げてきた経営哲学に基づく「好循環」の一層の強化と整合的であること、が挙げられる。
  3. 買収完了後のチャールズ・シュワブは、独立系ファイナンシャル・アドバイザーである投資顧問業者(RIA)から約2兆ドルの資産を預かることになり、これを契機にRIAの顧客化を巡る大手金融機関の競争が激化する可能性が高い。また、長年、チャールズ・シュワブ及びTDアメリトレードと競合関係にあるイー・トレードを中心に、ディスカウント・ブローカー業界の再編も注目されている。アドバイザリー・フィーの低下と、同サービスに組み入れられるミューチュアルファンド及びETFの低コスト化の可能性も指摘されている。
  4. 今般の買収は、ディスカウント・ブローカー及びRIA向けサービス事業におけるチャールズ・シュワブやフィデリティ・インベストメンツなど、一部の大手金融機関が、より一層巨大化する方向性を示唆しており、今後の動向は注視する必要がある。
上場・非上場の垣根を飛び越えるクロスオーバー投資
−米国ミューチュアルファンドによるプレIPO株式投資の実状−
竹下 智
  1. 上場企業を主な投資対象とするミューチュアルファンドやヘッジファンドによる非上場企業への投資は、上場/非上場の垣根を越えた投資という意味で「クロスオーバー投資」と呼ばれる。近年、米国では非上場企業への投資において、VC以外のミューチュアルファンドやヘッジファンド等の存在が大きくなってきている。特に、IPO前のウーバー・テクノロジーズには55本のミューチュアルファンドが投資を行っていたことが知られている。
  2. クロスオーバー投資家は、レイターステージでの大型の資金調達において主要な投資家の一つであるとともに、アーリーステージの投資家(含む従業員)に流動性を供給する役割を担っている。ミューチュアルファンドが非上場企業への投資を行う理由として、(1)IPOまで待っていると会社の成長サイクルの重要なステージを逃す可能性がある、(2)イノベーションや創造的破壊が起きている産業セクターの評価をするには上場企業および非上場企業の両方を見ておく必要がある、という点があげられる。
  3. 非上場株式は取引所での株価が存在しないため、運用会社毎に投資対象の時価評価を行っている。非上場企業には上場企業に課せられた情報開示等の義務がないため、投資家が独自で情報収集にあたらなければならず、経営状況の監視やバリエーションに費やす時間が必然的に上場企業の場合よりも多くなる。そのため、クロスオーバー投資は分析リソースが豊富な大規模ファンドに適している。
  4. 米国ミューチュアルファンドはすでに日本の非上場企業への投資を行っている。日本国内においても今後、イノベーションの促進、ベンチャー支援策の充実を図る上で、クロスオーバー投資の振興も重要な課題となるのではないか。
米国における退職資産拡充策を巡る議論
−退職保障強化法案(SECURE法案)を中心に−
岡田 功太中村 美江奈
  1. 米国では、長寿化が進行する一方で、ソーシャル・セキュリティ(公的年金)の財政難等の課題がある。こうした中、連邦議会では、超党派の有力議員が、「全地域社会における退職保障強化法案」(通称SECURE法案)を提出した。同法案は、下院で既に可決されており、上院で審議待ちの状態である。
  2. SECURE法案は、2006年年金保護法以来、13年ぶりの本格的な年金制度改革である。2006年年金保護法は、401(k)プランの「自動化」の制度の整備等により、職域の確定拠出年金(DC)プランや個人退職勘定(IRA)の資産の積み立て(アキュミュレーション)促進に寄与した。SECURE法案は、退職プラン加入者のさらなる拡大と、引退後の資産の取り崩し(デキュミュレーション)局面における課題解消等を目指している。
  3. SECURE法案の主な特徴は、第一に、伝統的IRAの拠出年齢制限の廃止といった既存の退職資産形成制度の拡大の促進である。第二に、退職プランへの長期雇用パート従業員の加入促進や、中小企業従業員の退職プラン加入促進を意図した複数雇用主プラン(MEP)の要件緩和等の加入者拡大である。第三に、デキュミュレーションにおけるアニュイティ等の普及促進や、退職後の収入予測といったライフタイム・インカム確保の施策である。
  4. SECURE法案は超党派の支持を得ているものの、成立の可否やタイミングについては、政局次第である。他方、同法案の内容を念頭に、大手資産運用会社等は新たなソリューションの開発を推進している。つまり、SECURE法案は、既に米国リタイアメント市場において新たなダイナミズムを生み出しはじめており、法案の成否と併せて、今後の展開が注目される。
欧州における投信併合
−英国の事例を中心に−
神山 哲也塩島 晋
  1. 日本では、小規模投信(ファンド)が多数存在するという問題に対処するべく、ファンド併合を実施可能にするための制度面の整備が行われてきた。しかし、実績は2019年11月に発表された一件に留まっている。今後、自助努力による資産形成、資産運用の重要性が増していく中、ファンド併合等を通じて運用業界の効率化を図ることは一層求められるようになろう。
  2. 欧州では従来、ファンド併合が月間数十件というペースで行われてきた。EU域内におけるクロスボーダーのファンド併合を促進するための制度整備も行われてきた。EUの制度を国内法化した英国では、スキーム・オブ・アレンジメントと呼ばれる仕組みを用いてファンド併合が行われている。
  3. 英国のファンド併合事例を見ると、目的として、小規模ファンドを併合することによる規模の経済追求等を掲げた上で、ファンド・オブ・ファンズと通常のファンドの併合や、株・債券の組入比率の相違、デリバティブ利用の有無、分配頻度など、ファンドの形態や運用手法は必ずしも近似したものでなくても実施されている。
  4. 英国では、ファンドの規模が最適水準を大幅に下回っていると考えられる場合、運用方法等の細かな相違には拘らず、より総合的な投資家利益への配慮から、規模の経済を優先する姿勢がみられる。日本においてファンド併合を検討する際に、参考になるアプローチであると考えられる。
2020年以降の議決権行使助言会社の助言方針改定 西山 賢吾
  1. 代表的な議決権行使助言会社であるISSとグラス・ルイスの2020年議決権行使助言方針改定内容が明らかになった(改定内容の一部の適用は2021年)。ISSの改定は、(1)政策保有先企業出身の社外役員には「独立性なし」の判断、(2)親会社、支配株主の存在する企業に対する独立社外取締役の増員、の2点、そして、グラス・ルイスでは、東証1、2部対象企業に最低1名以上の女性役員登用を要請、(2)政策保有株式保有水準に関する基準の導入(2021年より)の2点である。
  2. 今回の助言方針改定の特徴として、ISSは社外役員の独立性という観点、グラス・ルイスは保有水準という観点から、それぞれ、政策保有株式を議決権行使助言方針に取り入れたことが挙げられる。従来政策保有株式と議決権行使を関連付けることは難しいと考えられていたが、今回の助言方針改定を受け、機関投資家でも同様な議決権行使助言方針を採用するかどうかが注目される。しかし、現状ではその動きが大きく進むとは考えにくく、エンゲージメントの重要テーマとしてより多くの投資家が取り上げることになるであろう。
  3. 社外取締役の増員も重要なテーマである。これについては、全ての企業に3分の1以上の独立社外取締役を求める機関投資家も出始めてきたが、全体としては支配株主や親会社のある企業などに社外取締役の増員を求める動きがさらに進む一方、全ての企業に求める動きが大きく広がるにはなお時間を要すると考える。
  4. 議決権行使助言会社の影響力に関し話題に上ることが多く、2020年に改訂予定のスチュワードシップ・コードにおいても、議決権行使助言会社に対し、十分かつ適切な人的・組織体制の整備とそれを含む助言策定プロセスの具体的な公表などが求められている。その背景には、機関投資家の議決権行使を助言会社が決めている、すなわち、議決権行使助言会社の助言方針をそのまま機関投資家が取り入れているという誤解があると推察されるが、実際には、「機関投資家の議決権行使に対する意見や考え方のコンセンサスが議決権行使助言会社の助言方針」となっているといえるであろう。
気候変動対策で世界のリーダーを目指す「欧州グリーンディール」 江夏 あかね磯部 昌吾
  1. 欧州連合(EU)の執行機関である欧州委員会は2019年12月11日、脱炭素と経済成長の両立を図ることを目的とした工程表である「欧州グリーンディール」を公表した。同工程表は、2019年12月1日に就任したフォンデアライエン欧州委員長が最優先政策に掲げる気候変動対策の一環として位置付けられる。
  2. 欧州グリーンディールで注目されるのは、気候関連目標への野心的なアプローチ、低炭素経済社会への移行に関する支援、サステナブルファイナンス戦略の3点である。2020年第3四半期に公表予定のサステナブルファイナンス戦略では、(1)サステナブル投資に関する基盤強化、(2)サステナブル投資に関する特定可能性及び信頼性向上、(3)気候・環境リスクの金融システムへの組み入れ、といった3つの方針が掲げられた。
  3. 欧州グリーンディールは、基本的にはEU域内を対象としているものの、日本を含めたEU域外の国・地域に影響が及ぶ可能性が高いことが示唆された。同時に、欧州グリーンディールの実現に向けて、サステナブルファイナンス戦略を通じて、金融市場にもタクソノミー、開示、ラベル、EUグリーンボンド基準(EU GBS)、健全性規制といった複数の側面から影響が及ぶ可能性があることも示された。
  4. 世界に先駆けて包括的な気候変動対策に取り組むEUが示した欧州グリーンディールの各項目に関する今後の進捗や実効性等に対して、世界各国の政府、産業界、金融市場から注目が集まる状況が続くと想定される。
欧州公的年金基金の気候変動への対応
−スウェーデンAP基金、仏FRR、ノルウェーGPFGの事例を中心に−
林 宏美
  1. 金融安定理事会(FSB)の下部組織であるTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)が2017年6月に公表した最終提言(TCFD最終提言)では、インベストメントチェーンの頂点に位置付けられる年金基金等のアセット・オーナーも、投資先企業による取り組みを促す役割を果たすべく、一定の情報開示が求められている。2018年11月に英国のNGOが大規模な公的年金基金の取り組み状況を評価した報告書では、TCFD最終提言に則した情報を開示しているか、開示する方針にある年金基金が全体の17%にとどまった。
  2. 気候変動への取り組みが高く評価されている欧州公的年金の事例としては、スウェーデンのAP基金、フランスのFRR、ノルウェーGPFG等が挙げられる。AP基金は、2019年、法律により責任投資と高いリターン追求の両立が求められるようになった。AP基金やFRRは、再生可能エネルギー事業等への投資を可能とする取り組みを推進しているほか、指数提供業者との提携を通じて低炭素関連指標の開発・拡充を進めるなど、様々な活動を展開しはじめている。
  3. 欧州の公的年金基金による気候変動への対応としては、従来化石燃料企業からの投資引き揚げ(ダイベストメント)を通じて、気候リスクの低減を図る動きが目立っていたが、近年はその取り組みが多様化している。ダイベストメントよりもエンゲージメントや議決権行使などを通じて、企業に気候変動への対応を促す傾向が前面に出ている。また、再生可能エネルギー事業等への投資を拡大できるよう、運用方針を変更する動きも目立つ。
  4. 大規模な公的年金による気候変動への取り組みは、他の機関投資家に及ぼすシグナル効果が大きいと見られる。それらの取り組みが、気候変動によるリスクや機会を示す各種指標データの蓄積、標準化など、上記に挙げた課題解消に寄与することも期待される。
トランジションボンドの登場とサステナブルファイナンスの新潮流 江夏 あかね
  1. トランジションボンドは、一般的に、二酸化炭素排出量等の観点からグリーンボンドの発行基準を満たさないものの、低炭素経済社会等に移行(トランジション)するためのプロジェクトを資金使途とする債券を指す。
  2. トランジションボンドが誕生した背景としては、金融市場において、開示、経済活動の分類、ベンチマーク等、複数の分野で、「トランジション(移行)」がテーマとして注目を集めつつあることが挙げられる。そして、フランスの大手運用機関アクサ・インベストメント・マネージャーズ(アクサIM)が2019年6月にガイドラインを公表、クレディ・スイスと気候債券イニシアチブ(CBI)が2019年9月に「サステナブル・トランジションボンド」に関するパートナーシップ締結、といった動きもある。
  3. トランジションボンド及び同市場が健全に発展していくためには、発行体によるサステナビリティ戦略へのコミットメントを通じて市場の信認を得ることが大前提になるほか、グリーンボンド等と同様に、レポーティング等を通じて、投資家が環境・社会面でのインパクトを適切に把握できるように透明性を確保することが重要と思われる。
EUにおける自己資本規制へのESGリスク反映の議論
−アクション・プランを示した欧州銀行監督機構−
磯部 昌吾
  1. 欧州連合(EU)において気候変動問題への関心が増々高まる中、欧州銀行監督機構(EBA)は、2019年12月6日にサステナブル・ファイナンスに関するアクション・プランを公表し、自己資本規制における環境・社会・ガバナンス(ESG)リスクの反映に関する検討スケジュールを明らかにした。
  2. 気候変動問題への対応には多額の追加投資が必要となることから、銀行の金融仲介機能を通じて、民間資金が気候変動対応に回るように促していく上で、自己資本規制におけるESGリスクの反映は、重要な政策手段の1つとなる可能性がある。
  3. EBAは、自己資本規制の3つの柱におけるESGリスクの反映を検討した上で、欧州委員会等への報告やガイドライン・細則案の策定を行う予定である。特に、第1の柱(最低基準)については、評価の複雑性と潜在的な影響の大きさを踏まえて、2025年6月までという長い評価期間を設けているのが特徴的である。
  4. 欧州の規制当局の見解は一枚岩ではなく、まずはEBAの検討結果が待たれるところである。EUが独自に自己資本規制にESGリスクを組み入れる場合には、EUの銀行の与信行動に影響を与えるであろう。また、EU域外の銀行との間で資本賦課に差が出るようであれば、国際競争上の問題が生じる可能性も考えられ、その場合には他の国においても同様の措置が取られるかが論点となってこよう。EUにおける議論とEU域外への波及の可能性を今後も注視する必要があるだろう。
中央銀行デジタル通貨の発行を目指す中国
−予想されるマクロ面での影響−
関 志雄
  1. 中国では、中央銀行デジタル通貨(CBDC)の発行は、構想から実行の段階に移ろうとしている。中国が導入しようとするCBDCは、だれでもアクセスでき、決済が仲介機関を経由しない「リテール・トークン型」である。その特徴は、(1)現金(M0)の代替、(2)中央銀行と利用者の間に商業銀行などの仲介機関が入る二層構造の運営体制、(3)特定の技術に限定しない、(4)無利子、(5)「制御可能な匿名性」に基づく個人情報の取り扱い、(6)オフライン決済が可能、である。
  2. 現段階の構想通りに、CBDCが無利子で、現金の代替にとどまる場合、その導入によってもたらされる金融政策と金融システムへの影響はそれほど大きくない。しかし、金利が付き、現金だけでなく銀行預金も代替の対象となるCBDCが発行される場合、金融政策の有効性は高まる一方で、金融システムにおける銀行の地盤沈下は加速しかねない。
  3. CBDCの発行は、人民元の利便性の向上を通じて、人民元の国際化に寄与すると期待されている。しかし、厳しい資本規制が維持され、CBDCもその対象になると予想される以上、その効果は限定的であろう。
  4. 中国は、CBDCを本格的に導入する最初の国になりそうである。それに向けて、綿密に構想を練っており、実行に移ってからも慎重な姿勢は変わらないと予想される。最終的に、中国において、現金が完全にCBDCに取って代わられ、キャッシュレス社会が実現されるだろうが、そこまでの道のりはまだ遠い。
要約
時流 金融規制のNext Step 上智大学法科大学院教授 森下 哲朗

金融審議会のスタディ・グループやワーキング・グループでは新たな金融規制のあり方についての議論が行われてきた。そこでは、今後の金融規制のあるべき姿として、イノベーションの促進と利用者利便の向上に資する規制体系であること、同一の機能・同一のリスクには同一のルールを適用すること、といった基本的な方向性が示されている。具体的な規制の見直しという観点でも、決済分野等で一定の成果が出ており今後の活用が期待される。同時に、今後の検討課題も多い。産官学が一体となって知恵を出し合ってより良い金融規制を構築していく必要がある。

地方公共団体と地方銀行
−指定金融機関制度の変遷と今後の展望−
江夏 あかね
  1. 地方公共団体と地方銀行は、指定金融機関制度等を通じて深い関係を長らく築いており、互いに地域経済社会にとって不可欠な存在となっている。しかし、金融市場環境や地域経済社会の構造が移り変わる中、1990年代後半頃からその関係が変化する傾向が見られている。特に、2010年代半ば頃からの金利水準の継続的な低下も相まって、地方公共団体向けビジネスから距離を置くことを検討する金融機関が出現するなど、かつてに比べて厳しいものとなりつつある。
  2. 地方公共団体が中長期的に行財政の持続可能性を維持する上では、(1)国の厳しい財政状況、(2)地方公共団体による社会保障や公共施設等の適正化といった喫緊の施策への取り組み、といった課題を克服することが必要と考えられる。
  3. 地方経済社会の持続可能性を確保するためには、それらに加え、幅広い意味での地方創生や持続可能な開発目標(SDGs)達成に向けた取り組みを進めることも求められる。ただし、地方創生やSDGsも含めた取り組みを、地方公共団体のみで包括的に進めることは困難であり、地方銀行等と連携し、地方が抱える課題を解決していくことが重要である。
  4. 地方公共団体と地方銀行の双方が連携するメリットを感じ、持続的な関係を築くためには、地域をめぐる問題意識の共有、経済合理性の確保、域内の付加価値を創出する取り組みでの協働といった点がカギになろう。そのような観点から、地方公共団体と地方銀行がメリットを感じて連携可能な分野としては、例えば、公共施設等の適正管理、地域中小企業におけるSDGs支援といったものが挙げられる。
注目される地方銀行によるグリーンボンドの発行 富永 健司
  1. 世界の金融市場において、環境・社会・ガバナンス(ESG)を重視する投資概念の浸透、パリ協定や持続可能な開発目標(SDGs)等の国際合意を背景に、グリーンボンドの発行が伸びている。日本においても2017年頃からグリーンボンドの発行が増加している。これまで、日本の銀行によるグリーンボンドの発行は政府系金融機関やメガバンク等が中心となっていたが、このたび新たに地方銀行がグリーンボンドを発行した。具体的には、群馬銀行が2019年11月に国内の地方銀行として初めて発行し、その後、名古屋銀行が2019年12月に発行した。
  2. 日本においては近年、ESG金融における間接金融の重要性に対する認識が高まっている。そのような中で、地方銀行は、(1)担当主幹部署の設置、(2)プロジェクトチームの組成、(3)行動宣言や行動憲章の制定、(4)ESG/SDGsを意識した投資方針の制定、(5)ESG/SDGsを意識した融資方針の制定、などの形で取り組みを進めている。
  3. これらに加えて地方銀行は、地方経済・社会の中心的な担い手として、地方創生に関する取り組みも行っており、元々ESG/SDGs金融との親和性が高かったと言える。グリーンボンドの発行は、資本調達面におけるESG/SDGsへの対応という観点で考えることができる。
  4. 群馬銀行と名古屋銀行の発行事例で共通しているのは、規制資本の充実を目的とした社債発行を通じて、(1)組織として注力するESG/SDGsへの取り組みについての資本調達面からの拡充、(2)グリーンボンドの発行による幅広い業態の投資家層へのアクセス、を実現したことである。地方銀行セクターにおいては、ESG/SDGsへの取り組みが進む中で、今後グリーンボンド発行という手法が活用されるようになるのか注目される。グリーンボンドを通じた融資等が、地方銀行ビジネスの活性化へ貢献し、同時に環境・地域社会へのインパクトを創出するのかといった点も今後さらなる議論が求められよう。
米国地域金融機関の証券ビジネスを支援するLPLファイナンシャル 下山 貴史岡田 功太
  1. LPLファイナンシャルは、全米最大級のファイナンシャル・アドバイザー向け証券取引サービス提供会社として知られている。同社は、地銀、信用組合、独立系ファイナンシャル・アドバイザー(IFA会社)に所属する約1万6,100名のファイナンシャル・アドバイザーに、証券取引及び証券事業支援サービスを提供している。それらのファイナンシャル・アドバイザーは、主に地方で営業活動に従事していることから、LPLファイナンシャルは、地域金融機関の証券ビジネスを支援している存在とも言える。
  2. 同社は、ブローカレッジ・サービスとアドバイザリー・サービスを提供するが、近年は投資アドバイスの対価としてフィーを受け取るアドバイザリー・サービスに注力している。また、ファイナンシャル・アドバイザーの業務効率化を目的としたテクノロジー・ツール等の提供も行っており、2019年のテクノロジー投資額を約1億5,000万ドルに決定し、同ツールの拡充を図っている。
  3. LPLファイナンシャルは、上記のサービスを通じて、多様な地域金融機関に属するファイナンシャル・アドバイザーを支援している。同社との提携を通じて、非金利収入を増加させた地域金融機関、収益源の多角化を図る銀行、顧客との関係強化や業務効率化を実現した小規模信用組合やIFA会社など様々である。
  4. LPLファイナンシャルの成長は、大手証券会社が有するミドルオフィス及びバックオフィス機能を、サービスとして社外に提供することで収益化できる可能性を示唆すると共に、地域金融機関にとって同サービスが魅力的であることを意味している。LPLファイナンシャルのようなサービス提供者は、米国の幅広い地域において、顧客に対して適切なファイナンシャル・アドバイスが提供されるためにも、欠かせない存在と言えよう。
金融包摂を促進する重要な役割を担うフィリピンの地域金融機関 北野 陽平武井 悠輔
  1. フィリピンは、堅調な経済成長を持続させ、より包摂的な発展を実現するべく、国民の幅広い金融包摂を推進している。同国において金融機関口座を保有する15歳以上人口の割合は2017年時点で32%で、地方では26%に留まり、多くの地方自治体では銀行が設置されていない。そのような中、フィリピン中央銀行(BSP)は、銀行サービスが提供されていない地方自治体の割合を2020年までに20%へと引き下げることを目指している。
  2. フィリピンの銀行は、ユニバーサルバンク、商業銀行、貯蓄銀行、農村銀行、協同組合銀行に分類される。このうち、農村銀行は、地方における金融包摂を促進する重要な役割を担うと期待されている。地方居住者の資金需要に対応するため、BSP主導で農村銀行のプレゼンス強化に向けた取り組みが進められてきた結果、農村銀行の店舗数は1999年末の1,778店から2019年9月末には3,048店となり、融資残高は同期間に3.6倍に増加した。
  3. 金融包摂の促進には決済サービスの利用拡大も課題となる中、全国レベルで国民による安価、効率的、安全、信頼性の高い決済を可能にする仕組みの構築を目指して、「国家リテール決済システム(NRPS)」が2015年に導入された。現状、NRPSは地方では普及が進んでおらず、農村銀行間の送金・決済システムも接続されていない。そうした中、ブロックチェーン技術の活用により、農村銀行間の直接送金や効率的な国際送金を可能にするプロジェクトが進められている。
  4. 農村銀行は、より安価で金融サービスを提供するためのテクノロジーの活用にも取り組み始めている。例えば、足下では、ITコスト及びオペレーションコストの削減等を目的として、クラウドベースの勘定系システムを導入する動きが見られる。地方では、ITの利用環境は都市部に比べ総じて遅れているものの、将来的には、都市部で始まっている金融サービスのデジタル化が広がっていく可能性もある。今後、フィリピンにおける地域金融機関のサービスが、どのような発展を遂げるのか注目される。
最終化された米国の大手銀行規制の見直し
−リスク・プロファイルに応じたプルーデンス規制の再構築−
小立 敬
  1. 米国FRBは2019年10月、銀行のリスク・プロファイルをプルーデンス規制の枠組みに反映させるテイラード・アプローチの下、総資産1,000億ドル以上の米国銀行および外国銀行のプルーデンス規制の枠組みを改定する最終規則を公表し、2019年末から適用を開始した。
  2. 従来はドッド=フランク法に基づいて、総資産500億ドル以上の銀行持株会社には厳格なプルーデンス規制が適用されてきたが、トランプ政権の下、2018年5月に成立した経済成長・規制緩和・消費者保護法が、厳格なプルーデンス規制の適用基準を総資産500億ドルから2,500億ドルに引き上げたことが背景にある。
  3. 最終規則によって、総資産1,000億ドル以上の米国銀行、外国銀行はリスク・プロファイルに応じて「カテゴリーI」から「カテゴリーIV」までの4つのカテゴリーに区分され、各々のカテゴリーに応じて厳格さの異なる自己資本規制や流動性規制、ストレス・テストの要件等が課せられることとなる。
  4. 金融危機以降、FRBはプルーデンス規制に銀行のリスク・プロファイルを反映させる取組みを行ってきた。今般のテイラード・アプローチによってリスク・プロファイルに応じたカテゴリーが明確化されており、従来に比べてより洗練された枠組みとなったという評価が可能であろう。
  5. ただし、外国銀行の扱いに関しては議論がある。特に具体的な争点となっているのが、外国銀行の米国支店に対して標準化された流動規制を適用するか否かの検討である。最終規則では具体的な措置は見送られたが、FRBは数カ月以内に検討する方針を明らかにしている。また、外国銀行の扱いについては、金融危機後の金融規制改革の重大な副作用として認識されている市場の分断につながるとの指摘もあり、最終規則が適用された後のFRBによる規制の合理性の検証が期待される。
米国で最も便利な銀行とは 淵田 康之
  1. グローバル金融危機後、米国では国内リテール業務に強い金融機関のプレゼンスが高まっている。外資系金融機関のなかでも、カナダのトロント・ドミニオンバンク・グループ(TDバンク・グループ)傘下のTDバンクは、米国内でリテール業務に注力することで顕著な成長を遂げている。
  2. 各国の多くの金融機関は、世界の金融ビジネスの中心である米国市場に進出し、業務拡大を目指してきた。しかし今日、日系や欧州系の金融機関の多くは、過去の一時期に比べ、米国市場における存在感を低下させている。こうしたなかTDバンクは、「米国で最も便利な銀行」を掲げ、米国で最も成功した外資系銀行となったのである。
  3. 金融危機を経て、米国金融市場の重要性はむしろ高まった。プラスの金利が維持され、預金・貸出など正常な金融ビジネスが成り立つ、世界で数少ない市場の一つとなったからである。TDバンクは、やはり経済が底堅く推移し、また安定した金融システムを持つカナダをマザーマーケットとしつつ、米国でリテール金融業務を拡大することにより、グループ全体の企業価値向上に寄与している。
  4. TDバンク・グループは、TDアメリトレードを通じて、米国におけるリテール証券ビジネスでも存在感を示してきた。そして2019年、取引手数料ゼロ時代が到来すると、TDアメリトレードをチャールズ・シュワブに売却し、チャールズ・シュワブの大株主となった。
  5. わが国の主要金融機関においても、今後の成長のためには海外ビジネスの拡大が不可欠であるが、その成功には、国内の経済や金融システムの改善・改革が前提となろう。その上で、どれだけ多くの現地ユーザーに、真に必要とされる金融機関となれるかがカギとなろう。
チャールズ・シュワブによるTDアメリトレードの買収
−米国個人向け金融サービス業界への示唆−
岡田 功太
  1. チャールズ・シュワブは2019年11月、TDアメリトレードを買収することを公表した。本件は株式交換で行われ、買収額は約260億ドルに達する。買収完了後のチャールズ・シュワブの預かり資産は約5.1兆ドル、証券口座数は約2,400万口座に達する見込みである(単純合算ベース)。同社は、コスト削減と顧客基盤の強化を推進し、より効率的で大規模な個人向け金融サービス業を追求すると見られる。
  2. 今般の買収の背景として、(1)売買手数料無料化等により事業環境が急激に変化していること、(2)連邦準備制度理事会の利下げの影響によって金利収入が縮小し、更なる預かり資産の拡大の必要性が高まったこと、(3)チャールズ・シュワブが創業当初から掲げてきた経営哲学に基づく「好循環」の一層の強化と整合的であること、が挙げられる。
  3. 買収完了後のチャールズ・シュワブは、独立系ファイナンシャル・アドバイザーである投資顧問業者(RIA)から約2兆ドルの資産を預かることになり、これを契機にRIAの顧客化を巡る大手金融機関の競争が激化する可能性が高い。また、長年、チャールズ・シュワブ及びTDアメリトレードと競合関係にあるイー・トレードを中心に、ディスカウント・ブローカー業界の再編も注目されている。アドバイザリー・フィーの低下と、同サービスに組み入れられるミューチュアルファンド及びETFの低コスト化の可能性も指摘されている。
  4. 今般の買収は、ディスカウント・ブローカー及びRIA向けサービス事業におけるチャールズ・シュワブやフィデリティ・インベストメンツなど、一部の大手金融機関が、より一層巨大化する方向性を示唆しており、今後の動向は注視する必要がある。
上場・非上場の垣根を飛び越えるクロスオーバー投資
−米国ミューチュアルファンドによるプレIPO株式投資の実状−
竹下 智
  1. 上場企業を主な投資対象とするミューチュアルファンドやヘッジファンドによる非上場企業への投資は、上場/非上場の垣根を越えた投資という意味で「クロスオーバー投資」と呼ばれる。近年、米国では非上場企業への投資において、VC以外のミューチュアルファンドやヘッジファンド等の存在が大きくなってきている。特に、IPO前のウーバー・テクノロジーズには55本のミューチュアルファンドが投資を行っていたことが知られている。
  2. クロスオーバー投資家は、レイターステージでの大型の資金調達において主要な投資家の一つであるとともに、アーリーステージの投資家(含む従業員)に流動性を供給する役割を担っている。ミューチュアルファンドが非上場企業への投資を行う理由として、(1)IPOまで待っていると会社の成長サイクルの重要なステージを逃す可能性がある、(2)イノベーションや創造的破壊が起きている産業セクターの評価をするには上場企業および非上場企業の両方を見ておく必要がある、という点があげられる。
  3. 非上場株式は取引所での株価が存在しないため、運用会社毎に投資対象の時価評価を行っている。非上場企業には上場企業に課せられた情報開示等の義務がないため、投資家が独自で情報収集にあたらなければならず、経営状況の監視やバリエーションに費やす時間が必然的に上場企業の場合よりも多くなる。そのため、クロスオーバー投資は分析リソースが豊富な大規模ファンドに適している。
  4. 米国ミューチュアルファンドはすでに日本の非上場企業への投資を行っている。日本国内においても今後、イノベーションの促進、ベンチャー支援策の充実を図る上で、クロスオーバー投資の振興も重要な課題となるのではないか。
米国における退職資産拡充策を巡る議論
−退職保障強化法案(SECURE法案)を中心に−
岡田 功太中村 美江奈
  1. 米国では、長寿化が進行する一方で、ソーシャル・セキュリティ(公的年金)の財政難等の課題がある。こうした中、連邦議会では、超党派の有力議員が、「全地域社会における退職保障強化法案」(通称SECURE法案)を提出した。同法案は、下院で既に可決されており、上院で審議待ちの状態である。
  2. SECURE法案は、2006年年金保護法以来、13年ぶりの本格的な年金制度改革である。2006年年金保護法は、401(k)プランの「自動化」の制度の整備等により、職域の確定拠出年金(DC)プランや個人退職勘定(IRA)の資産の積み立て(アキュミュレーション)促進に寄与した。SECURE法案は、退職プラン加入者のさらなる拡大と、引退後の資産の取り崩し(デキュミュレーション)局面における課題解消等を目指している。
  3. SECURE法案の主な特徴は、第一に、伝統的IRAの拠出年齢制限の廃止といった既存の退職資産形成制度の拡大の促進である。第二に、退職プランへの長期雇用パート従業員の加入促進や、中小企業従業員の退職プラン加入促進を意図した複数雇用主プラン(MEP)の要件緩和等の加入者拡大である。第三に、デキュミュレーションにおけるアニュイティ等の普及促進や、退職後の収入予測といったライフタイム・インカム確保の施策である。
  4. SECURE法案は超党派の支持を得ているものの、成立の可否やタイミングについては、政局次第である。他方、同法案の内容を念頭に、大手資産運用会社等は新たなソリューションの開発を推進している。つまり、SECURE法案は、既に米国リタイアメント市場において新たなダイナミズムを生み出しはじめており、法案の成否と併せて、今後の展開が注目される。
欧州における投信併合
−英国の事例を中心に−
神山 哲也塩島 晋
  1. 日本では、小規模投信(ファンド)が多数存在するという問題に対処するべく、ファンド併合を実施可能にするための制度面の整備が行われてきた。しかし、実績は2019年11月に発表された一件に留まっている。今後、自助努力による資産形成、資産運用の重要性が増していく中、ファンド併合等を通じて運用業界の効率化を図ることは一層求められるようになろう。
  2. 欧州では従来、ファンド併合が月間数十件というペースで行われてきた。EU域内におけるクロスボーダーのファンド併合を促進するための制度整備も行われてきた。EUの制度を国内法化した英国では、スキーム・オブ・アレンジメントと呼ばれる仕組みを用いてファンド併合が行われている。
  3. 英国のファンド併合事例を見ると、目的として、小規模ファンドを併合することによる規模の経済追求等を掲げた上で、ファンド・オブ・ファンズと通常のファンドの併合や、株・債券の組入比率の相違、デリバティブ利用の有無、分配頻度など、ファンドの形態や運用手法は必ずしも近似したものでなくても実施されている。
  4. 英国では、ファンドの規模が最適水準を大幅に下回っていると考えられる場合、運用方法等の細かな相違には拘らず、より総合的な投資家利益への配慮から、規模の経済を優先する姿勢がみられる。日本においてファンド併合を検討する際に、参考になるアプローチであると考えられる。
2020年以降の議決権行使助言会社の助言方針改定 西山 賢吾
  1. 代表的な議決権行使助言会社であるISSとグラス・ルイスの2020年議決権行使助言方針改定内容が明らかになった(改定内容の一部の適用は2021年)。ISSの改定は、(1)政策保有先企業出身の社外役員には「独立性なし」の判断、(2)親会社、支配株主の存在する企業に対する独立社外取締役の増員、の2点、そして、グラス・ルイスでは、東証1、2部対象企業に最低1名以上の女性役員登用を要請、(2)政策保有株式保有水準に関する基準の導入(2021年より)の2点である。
  2. 今回の助言方針改定の特徴として、ISSは社外役員の独立性という観点、グラス・ルイスは保有水準という観点から、それぞれ、政策保有株式を議決権行使助言方針に取り入れたことが挙げられる。従来政策保有株式と議決権行使を関連付けることは難しいと考えられていたが、今回の助言方針改定を受け、機関投資家でも同様な議決権行使助言方針を採用するかどうかが注目される。しかし、現状ではその動きが大きく進むとは考えにくく、エンゲージメントの重要テーマとしてより多くの投資家が取り上げることになるであろう。
  3. 社外取締役の増員も重要なテーマである。これについては、全ての企業に3分の1以上の独立社外取締役を求める機関投資家も出始めてきたが、全体としては支配株主や親会社のある企業などに社外取締役の増員を求める動きがさらに進む一方、全ての企業に求める動きが大きく広がるにはなお時間を要すると考える。
  4. 議決権行使助言会社の影響力に関し話題に上ることが多く、2020年に改訂予定のスチュワードシップ・コードにおいても、議決権行使助言会社に対し、十分かつ適切な人的・組織体制の整備とそれを含む助言策定プロセスの具体的な公表などが求められている。その背景には、機関投資家の議決権行使を助言会社が決めている、すなわち、議決権行使助言会社の助言方針をそのまま機関投資家が取り入れているという誤解があると推察されるが、実際には、「機関投資家の議決権行使に対する意見や考え方のコンセンサスが議決権行使助言会社の助言方針」となっているといえるであろう。
気候変動対策で世界のリーダーを目指す「欧州グリーンディール」 江夏 あかね磯部 昌吾
  1. 欧州連合(EU)の執行機関である欧州委員会は2019年12月11日、脱炭素と経済成長の両立を図ることを目的とした工程表である「欧州グリーンディール」を公表した。同工程表は、2019年12月1日に就任したフォンデアライエン欧州委員長が最優先政策に掲げる気候変動対策の一環として位置付けられる。
  2. 欧州グリーンディールで注目されるのは、気候関連目標への野心的なアプローチ、低炭素経済社会への移行に関する支援、サステナブルファイナンス戦略の3点である。2020年第3四半期に公表予定のサステナブルファイナンス戦略では、(1)サステナブル投資に関する基盤強化、(2)サステナブル投資に関する特定可能性及び信頼性向上、(3)気候・環境リスクの金融システムへの組み入れ、といった3つの方針が掲げられた。
  3. 欧州グリーンディールは、基本的にはEU域内を対象としているものの、日本を含めたEU域外の国・地域に影響が及ぶ可能性が高いことが示唆された。同時に、欧州グリーンディールの実現に向けて、サステナブルファイナンス戦略を通じて、金融市場にもタクソノミー、開示、ラベル、EUグリーンボンド基準(EU GBS)、健全性規制といった複数の側面から影響が及ぶ可能性があることも示された。
  4. 世界に先駆けて包括的な気候変動対策に取り組むEUが示した欧州グリーンディールの各項目に関する今後の進捗や実効性等に対して、世界各国の政府、産業界、金融市場から注目が集まる状況が続くと想定される。
欧州公的年金基金の気候変動への対応
−スウェーデンAP基金、仏FRR、ノルウェーGPFGの事例を中心に−
林 宏美
  1. 金融安定理事会(FSB)の下部組織であるTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)が2017年6月に公表した最終提言(TCFD最終提言)では、インベストメントチェーンの頂点に位置付けられる年金基金等のアセット・オーナーも、投資先企業による取り組みを促す役割を果たすべく、一定の情報開示が求められている。2018年11月に英国のNGOが大規模な公的年金基金の取り組み状況を評価した報告書では、TCFD最終提言に則した情報を開示しているか、開示する方針にある年金基金が全体の17%にとどまった。
  2. 気候変動への取り組みが高く評価されている欧州公的年金の事例としては、スウェーデンのAP基金、フランスのFRR、ノルウェーGPFG等が挙げられる。AP基金は、2019年、法律により責任投資と高いリターン追求の両立が求められるようになった。AP基金やFRRは、再生可能エネルギー事業等への投資を可能とする取り組みを推進しているほか、指数提供業者との提携を通じて低炭素関連指標の開発・拡充を進めるなど、様々な活動を展開しはじめている。
  3. 欧州の公的年金基金による気候変動への対応としては、従来化石燃料企業からの投資引き揚げ(ダイベストメント)を通じて、気候リスクの低減を図る動きが目立っていたが、近年はその取り組みが多様化している。ダイベストメントよりもエンゲージメントや議決権行使などを通じて、企業に気候変動への対応を促す傾向が前面に出ている。また、再生可能エネルギー事業等への投資を拡大できるよう、運用方針を変更する動きも目立つ。
  4. 大規模な公的年金による気候変動への取り組みは、他の機関投資家に及ぼすシグナル効果が大きいと見られる。それらの取り組みが、気候変動によるリスクや機会を示す各種指標データの蓄積、標準化など、上記に挙げた課題解消に寄与することも期待される。
トランジションボンドの登場とサステナブルファイナンスの新潮流 江夏 あかね
  1. トランジションボンドは、一般的に、二酸化炭素排出量等の観点からグリーンボンドの発行基準を満たさないものの、低炭素経済社会等に移行(トランジション)するためのプロジェクトを資金使途とする債券を指す。
  2. トランジションボンドが誕生した背景としては、金融市場において、開示、経済活動の分類、ベンチマーク等、複数の分野で、「トランジション(移行)」がテーマとして注目を集めつつあることが挙げられる。そして、フランスの大手運用機関アクサ・インベストメント・マネージャーズ(アクサIM)が2019年6月にガイドラインを公表、クレディ・スイスと気候債券イニシアチブ(CBI)が2019年9月に「サステナブル・トランジションボンド」に関するパートナーシップ締結、といった動きもある。
  3. トランジションボンド及び同市場が健全に発展していくためには、発行体によるサステナビリティ戦略へのコミットメントを通じて市場の信認を得ることが大前提になるほか、グリーンボンド等と同様に、レポーティング等を通じて、投資家が環境・社会面でのインパクトを適切に把握できるように透明性を確保することが重要と思われる。
EUにおける自己資本規制へのESGリスク反映の議論
−アクション・プランを示した欧州銀行監督機構−
磯部 昌吾
  1. 欧州連合(EU)において気候変動問題への関心が増々高まる中、欧州銀行監督機構(EBA)は、2019年12月6日にサステナブル・ファイナンスに関するアクション・プランを公表し、自己資本規制における環境・社会・ガバナンス(ESG)リスクの反映に関する検討スケジュールを明らかにした。
  2. 気候変動問題への対応には多額の追加投資が必要となることから、銀行の金融仲介機能を通じて、民間資金が気候変動対応に回るように促していく上で、自己資本規制におけるESGリスクの反映は、重要な政策手段の1つとなる可能性がある。
  3. EBAは、自己資本規制の3つの柱におけるESGリスクの反映を検討した上で、欧州委員会等への報告やガイドライン・細則案の策定を行う予定である。特に、第1の柱(最低基準)については、評価の複雑性と潜在的な影響の大きさを踏まえて、2025年6月までという長い評価期間を設けているのが特徴的である。
  4. 欧州の規制当局の見解は一枚岩ではなく、まずはEBAの検討結果が待たれるところである。EUが独自に自己資本規制にESGリスクを組み入れる場合には、EUの銀行の与信行動に影響を与えるであろう。また、EU域外の銀行との間で資本賦課に差が出るようであれば、国際競争上の問題が生じる可能性も考えられ、その場合には他の国においても同様の措置が取られるかが論点となってこよう。EUにおける議論とEU域外への波及の可能性を今後も注視する必要があるだろう。
中央銀行デジタル通貨の発行を目指す中国
−予想されるマクロ面での影響−
関 志雄
  1. 中国では、中央銀行デジタル通貨(CBDC)の発行は、構想から実行の段階に移ろうとしている。中国が導入しようとするCBDCは、だれでもアクセスでき、決済が仲介機関を経由しない「リテール・トークン型」である。その特徴は、(1)現金(M0)の代替、(2)中央銀行と利用者の間に商業銀行などの仲介機関が入る二層構造の運営体制、(3)特定の技術に限定しない、(4)無利子、(5)「制御可能な匿名性」に基づく個人情報の取り扱い、(6)オフライン決済が可能、である。
  2. 現段階の構想通りに、CBDCが無利子で、現金の代替にとどまる場合、その導入によってもたらされる金融政策と金融システムへの影響はそれほど大きくない。しかし、金利が付き、現金だけでなく銀行預金も代替の対象となるCBDCが発行される場合、金融政策の有効性は高まる一方で、金融システムにおける銀行の地盤沈下は加速しかねない。
  3. CBDCの発行は、人民元の利便性の向上を通じて、人民元の国際化に寄与すると期待されている。しかし、厳しい資本規制が維持され、CBDCもその対象になると予想される以上、その効果は限定的であろう。
  4. 中国は、CBDCを本格的に導入する最初の国になりそうである。それに向けて、綿密に構想を練っており、実行に移ってからも慎重な姿勢は変わらないと予想される。最終的に、中国において、現金が完全にCBDCに取って代わられ、キャッシュレス社会が実現されるだろうが、そこまでの道のりはまだ遠い。
野村資本市場クォータリー2020年冬号 ウェブサイト版掲載論文

金融・証券規制
ブレグジットの国民投票から2年半が経過する英国
−ロンドン金融・資本市場への影響−
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磯部 昌吾
財政・地方債
裁判所に提出されたプエルトリコの債務調整計画案 PDF
江夏 あかね
2020年度地方債計画
−地方債の円滑消化、防災・減災、地方創生等がテーマに−
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江夏 あかね
ESG/SDGs
2019年の議決権行使状況と今後の注目点 PDF
西山 賢吾
スチュワードシップ・コードの再改訂 PDF
片寄 直紀、西山 賢吾
欧州議会と欧州連合理事会によるEUタクソノミー規制案に関する合意
−サステナブルファイナンスの基軸が本格導入へ−
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江夏 あかね
個人マーケット
個人金融資産動向:2019年第3四半期 PDF
宮本 佐知子
中国・アジア
2020年に向けて加速する上海国際金融センター構想
−私募ファンドや外国人投資家の市場参入促進が鍵−
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関根 栄一
新たな販売チャネルが注目されるインドネシアの投資信託市場 PDF
武井 悠輔、北野 陽平


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