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環境省 生物多様性主流化室長 浜島 直子
要約
我々は水一滴、自然の営みが無ければ手に入れることができない。すなわち自然の毀損は事業の途絶に直結するリスクである。自然資本の保全・回復に取り組まないことによるリスクを正しく認識して対応し、取り組むことによる機会を捉えられる環境を整備することが、日本企業の国際競争力強化につながる。
こうした観点から、2024年3月に環境省、農林水産省、経済産業省、国土交通省の連名で「ネイチャーポジティブ経済移行戦略」を公表した。本稿では、その概略として、(1)企業の価値創造プロセスとビジネス機会の具体例、(2)企業が押さえるべき要素、(3)国の施策によるバックアップとともに、金融機関の皆様にご注目頂きたいポイントを御紹介している。
日本証券業協会 国際規制調査室長 中瀬 裕也
要約
- 2024年3月、日本証券業協会(日証協)ではバーゼル銀行監督委員会(バーゼル委)が2023年11月に公表した「気候関連金融リスクの開示」に関する市中協議文書に対して、本邦証券業界の意見をとりまとめ、意見書を提出した。
- 本市中協議において、株式・債券の引受や証券化といった、資本市場・金融アドバイザリー業務を提供することに起因するファシリテイティッド・エミッションの開示が、各法域裁量の下で提案されたことに主に意見したものである。
- 今般の意見書では、本邦証券業界として、脱炭素を実現するための産業金融政策の重要性を十分に認識し、トランジションの推進に引き続き積極的に取り組みたいという姿勢を明確に示した。そして、バーゼル委の3柱規制としてのファシリテイティッド・エミッションの開示提案に対して、(1)ファシリテイティッド・エミッションは金融機関の健全性を脅かす財務リスクを起点にした開示指標ではないこと、(2)開示に係る実務的な課題があること、(3)資本市場の仲介機能に対して意図せず悪影響を与える可能性があることの3つの課題を挙げている。
- その上で、個別の産業政策を踏まえた移行リスクも考慮し、ファシリテイティッド・エミッションの開示ではなく、まずは気候関連の財務リスクの特定方法を柔軟に追求できる政策手段を検討すべきとの提案を行っている。
- 本意見書はバーゼル委が金融機関の健全性確保のための基準設定を行う組織であるという視点から意見したものである。一方で、脱炭素を実現するための産業金融政策の重要性は論を待たないところであり、証券監督当局やその関係者も交えて、多排出企業も含め、足元のエミッションの数値やその一時的な増減等に過度にとらわれず、脱炭素化・排出量削減に向けて積極的に資金供給が行われるような施策の検討が引き続き望まれる。
野村アセットマネジメント 債券サステナブル・インベストメント・ヘッド ジェイソン・モーティマー
要約
- 本稿では、投資家がデータから得られる知見を活用することによって、企業とのエンゲージメントを強化しつつ、サイバーセキュリティ・リスクを軽減する方法について検討する。
- サイバーセキュリティは、世界経済フォーラムが公表したグローバルリスク報告書2024年版において、短期的に重要なグローバルリスクにおいて第4位のリスクに位置付けられている。サイバーセキュリティ・リスクに適切に対応しなければ、株価、株価のボラティリティ、デフォルト確率、市場シェアに悪影響が及ぶ可能性がある。
- 投資家はサイバーセキュリティのパフォーマンス・データを、サイバー事故の早期警告シグナルとして活用することができる。公開市場で取引される有価証券のポートフォリオにおいて、サイバーセキュリティ・リスクを効果的に認識するためには、大規模なリアルタイムのアナリティクスが必要になる。
- 投資家はエンゲージメントの効果を直接計測するために、サイバー・パフォーマンス・レーティングと関連するリスク指標を活用することが可能である。野村アセットマネジメントは、Bitsightのサイバーセキュリティ・リスク・レーティング・スコアが「Basic(初歩レベル)」から「Low Intermediate(中級レベル-低位)」の範囲であり、ランサムウェアに関するインシデントのリスクが最大で7.9倍高い、高リスクの発行体を特定した。
(本内容は参考和訳であり、原文〔Original〕と内容に差異がある場合は、原文が優先されます。)
原文(Original)
Corporate Cybersecurity Engagement
- A Guide for Investors -
Jason Mortimer, Head of Sustainable Investment - Fixed Income, Nomura Asset Management
- In this paper, the author examines how investors can leverage data insights to better engage with portfolio companies and mitigate cyber risk.
- Cyber insecurity is a top 4 risk is the World Economic Forum's latest Global Risks Perception Survey. Poor cybersecurity can have a negative impact on share price, stock volatility, probability of credit default and market share.
- Investors can use cybersecurity performance data as an early warning signal for adverse cyber events. Effective integration of cybersecurity risk in public-market investment portfolios requires real-time and large-scale analytics.
- Investors can leverage cyber performance ratings and associated risk metrics to directly measure impact from engagement. Nomura Asset Management identified high-risk issuers with Bitsight cybersecurity risk rating scores in the "Basic" and "Low Intermediate" range that correlate with up to a 7.9 times higher risk of ransomware incident.
江夏 あかね
要約
- 日本政府は2024年2月、「脱炭素成長型経済構造移行債」(GX経済移行債)を「クライメート・トランジション利付国庫債券」(CT国債)として発行開始した。
- 日本では、2020年10月の「2050年カーボンニュートラル」(2050年CN)宣言以降、政府がトランジション・ファイナンス市場の発展に向けた施策を重層的に講じてきた。そして、CT国債発行に際して複数の外部評価の取得、国内外の幅広い投資家層を対象とした投資家向け広報(IR)を実施した。さらに、初回債については、海外の一部で懸念の声もあるアンモニア混焼の運営に関するものが含まれていないなどの制度設計が行われた。このような取り組みも功を奏し、国によるトランジションボンドとして世界初となったCT国債は、国内投資家を中心に概ね円滑に消化された。
- CT国債初回債の発行により、世界のトランジションボンドの発行残高(2024年2月末時点、約244億ドル)のうち、日本の発行体による残高は約157億ドルと、全体の6割強を占めることとなった。また、日本の発行体によるトランジションボンドの残高のうち、CT国債は7割弱を占めている。CT国債の存在感の大きさに鑑みると、金融資本市場に円滑に消化されることがトランジションボンド市場全体の発展にとって重要である。
- 今後、日本がトランジション・ファイナンスも活用も通じて、脱炭素社会の実現を確実に果たすためには、CT国債の円滑な消化がカギと言える。その観点から、CT国債の今後の論点としては(1)レポーティングの信頼性向上に向けて外部評価機関からの認証取得、(2)投資家層の拡大の一環としての個人向け発行、(3)償還原資の確保に向けた制度設計、が挙げられる。
関田 智也
要約
- トランジション・ファイナンスへの注目が近年さらに高まっているものの、当該市場には発展の余地がある。債券市場を見ると、グリーンボンドの発行額が大きく伸長している一方、トランジション・ボンドの市場規模は現時点でわずかなものに留まっている。特に、グリーンボンドの活用につき、他の地域と比較して大きく進んでいる欧州が、トランジション・ボンドの発行や投資で後れを取っている点は、注目に値する。
- 欧州連合(EU)は最近、トランジション・ファイナンスの活用を促す情報発信を積極化し始めている。こうした情報発信の背景には、トランジション・ファイナンスの活用を通じて、サステナブルな金融商品の供給を増やしたいというEUの意図が働いている可能性がある。
- 国際資本市場協会(ICMA)は、トランジション・ファイナンス市場の拡大を促進し得る政策の方向性として、(1)政府及び市場によるガイダンスの整備、(2)企業による標準化された移行計画の開示促進、の2種類を挙げている。これに関連して、EUでは、欧州委員会による「トランジション・ファイナンス勧告」を通じて、企業がトランジション・ファイナンスを活用するためのガイダンスが提供されている。英国では、トランジション・プラン・タスクフォース(TPT)が公表した移行計画の開示フレームワークを契機に、企業による標準化された移行計画の開示促進が図られている。
- EU及び英国の取り組みを契機に、欧州におけるトランジション・ファイナンスの活用推進が見られれば、当該市場の成長はさらに加速する可能性がある。一方で、トランジション・ファイナンス市場及びそれを取り巻く制度は、日本を中心として、相応に整備が進んでいるという現状がある。これから市場拡大を図っていく段階にある欧州においては、トランジション・ファイナンスを巡る諸制度・規制につき、先行地域との整合性を意識することも求められよう。
板津 直孝
要約
- 欧州連合(EU)は2023年12月、欧州サステナビリティ報告基準(ESRS)に関する委任規則を公布した。ESRSは、環境、社会、ガバナンスのサステナビリティ課題に関連した重要な影響、リスク及び機会について企業が開示すべき情報を定めており、2024年1月1日から適用される企業サステナビリティ報告指令(CSRD)の適用基準として位置付けられている。
- 委任規則では、相互に関係する各政策を総体的に捉えつつ、同時にESRSの細則性の確保を目的として、(1)ESRSの特定の開示要件の段階的導入、(2)一部を除く重要性評価の適用、(3)一部の開示要件の任意開示化という形で、開示要件の緩和を図った。CSRDにより報告義務が課せられるEU域内の大規模企業の規模区分についても、総資産及び純売上高の金額基準が、近年の著しいインフレを考慮して25%切り上げられた。一方で、セクター別基準やEU域外企業向けESRSの、欧州委員会(EC)による採択期限が延長された。
- CSRDの適用対象となるEU域内子会社を有する日本企業は、ESRSに基づく開示要件の緩和を考慮しつつ、報告義務の能率化と開示負担の軽減を図るためにも、経過措置又は免除規定の適用を検討することが重要となる。EU域内子会社が複数ある場合、単独で対応するほかに、経過措置では2030年1月6日まで、EU域内で売上高の大きいEU域内子会社が連結ベースで報告することを認めている。免除規定では、日本のグループ親会社がESRS又はECがESRSと同等とみなす報告基準に従って連結ベースでの報告をすることにより、EU域内子会社の報告義務が免除される。
- ECはまた、EU域外企業向けESRSや、限定的保証及び合理的保証の保証基準の採択を予定している。CSRDの対応が求められる日本企業においては、これらの採択の動向も注視していく必要がある。
板津 直孝
要約
- 米国証券取引委員会(SEC)は2024年3月、気候関連情報開示に係る最終規則を採択した。最終規則では、一律に開示を要請するのではなく、重要性の原則の適用や規範的でない柔軟なアプローチなどを採用することで、開示要件が緩和された。気候関連リスクの定義からは、バリューチェーンにおける気候関連の悪影響が除外された。それに伴い、スコープ3温室効果ガス(GHG)排出量の開示要件が削除され、SEC登録企業及びバリューチェーン内の当事者の遵守負担が大幅に軽減された。
- 将来予測に関する記述については、民事責任からのセーフハーバーが拡大され、移行計画、シナリオ分析、内部炭素価格設定、目標とゴールが対象とされた。この措置により、一定の場合、発行体の将来予測に関する記述について、発行体の民事責任は免除される。
- SECは最終規則において、GHG排出量測定の組織境界の設定に関する修正を行ったが、この点については、投資家が、SEC登録企業の財務に重要な影響を及ぼす可能性が合理的に高い気候関連リスクを理解する上で、課題を残したと言える。最終規則では、排出量の測定のための組織境界を決定する際、連結財務諸表に含まれる事業体と同じ範囲を使用することを求めた規則案を修正し、異なる範囲を使用することを容認した。遵守負担の軽減を意図したものだが、これにより連結財務諸表との整合性が損なわれる懸念がある。
- SECによる遵守負担の軽減にもかかわらず、SECが最終規則を採択した2024年3月6日以降、同規則を巡り訴訟が相次いでいる。米国連邦控訴裁判所は3月15日、訴訟の審理の間、SECに対して規則の一時停止を命じた。最終規則を巡る今後の動向が注目される。
西山 賢吾
要約
- 人権尊重に対する取り組みは、SDGs(持続的な開発目標)に挙げられた目標達成のための基礎としても重要である。日本企業が取り組む上での留意すべき点としては、(1)人権尊重に対する取り組みを行う対象範囲はサプライチェーン全体、(2)人権尊重に対する取り組みを進める上では、「トップのコミットメント」と「ステークホルダーとのエンゲージメント」が特に重要、(3)企業が尊重すべき「人権」とは「国際的に認められた人権」、である。
- 企業の人権尊重に対する取り組みを国際的に評価するCHRB (Corporate Human Rights Benchmark)の評価スコアをみると、日本企業の国際的な評価は決して高くないが、海外企業との評価ギャップは縮小してきている。評価スコアなどから考えられる課題は、取り組みに対する具体的な行動と積極的な情報開示と考えられ、人権に対する取り組みは、「仕組みづくり」から「実践」段階に入ってきたと考えられる。
- 人権尊重に対する取り組みの「実践」段階においては、評価の高い企業を参考にしながら、国際的に認められるレベルで、積極的な情報提供、開示、説明を伴った人権尊重に対する取り組みを行うことが肝要である。多くの日本企業が積極的に実践、対応していくことにより、人権尊重に対する取り組みにおいて、日本がリード役になることも可能と考える。
江夏 あかね、橋口 達
要約
- 有価証券のデジタル化やグリーンファイナンスが進展する中、スペインの大手金融機関のビルバオ・ビスカヤ・アルヘンタリア銀行(BBVA)が2019年2月、デジタルとグリーンという2つの要素に着目し、世界初となるデジタル・グリーンボンドを起債した。日本でも、日本取引所グループ(JPX)が国内初となるデジタル・グリーンボンドを2022年6月に発行して以降、いくつかの事例が出現している。
- 国際資本市場協会(ICMA)のデータベースによると、2024年4月末時点で、7つの発行体(11銘柄)のデジタル・グリーンボンドが発行されている。発行額が最も大きい発行体は香港政府である。日本の発行体数はJPX、日立製作所に、2024年5月に起債した丸井グループを加えると、国・地域別で最も多い。本稿では、BBVA、香港政府、JPX及び丸井グループを事例として取り上げたが、ICMAのグリーンボンド原則(GBP)等に適合する形で発行したという共通点がある。そして、香港政府やJPXは、デジタルボンドについて調査研究を行うなど、市場育成を意識した取り組みも行っている。
- これまでの発行事例や調査研究結果に基づくと、デジタル・グリーンボンドが発展していくための主な論点としては、(1)政府による支援、(2)デジタル・グリーンボンドに特化した情報開示/投資家向け広報(IR)の実施、(3)国際的な連携の模索、が挙げられる。
江夏 あかね
要約
- サイバーリスクは財務・非財務の観点から企業価値に影響を及ぼす可能性があり、企業によるサイバーセキュリティに関する情報開示がますます重要になっている。米国ではサイバーセキュリティ関連情報開示が米国証券取引委員会(SEC)により義務化されている。日本では2024年3月末時点で義務化されていないものの、政府により情報開示を推進する様々な施策も背景に、企業による取り組みが進んでいる。
- 多くの投資家がサイバーリスクに着目し、環境・社会・ガバナンス(ESG)評価の要素の1つとして考慮したり、企業の経営陣とエンゲージメントを実施するケースも見られている。さらに、近年は、投資家による評価・判断を後押しすべく、金融庁による「投資家と企業の対話ガイドライン」、責任投資原則(PRI)や国際コーポレートガバナンスネットワーク(ICGN)といったグローバルな投資家団体による活動、議決権行使助言会社による議決権行使助言方針、ESG評価機関や信用格付会社による評価、等の動きも見られている。
- 企業が効果的にサイバーセキュリティ関連情報開示を行うための主な論点としては、(1)読み手(投資家等)が注目する論点への意識、(2)企業価値維持・保全のツールとしての位置づけ、(3)国内外における当局の動向の注視、が挙げられる。特に、読み手である各ステークホルダーが着目する論点を意識した情報開示が円滑な企業経営の一助になり得る。また、投資家に対しては、ガバナンスの論点(経営陣のコミットメント、監督体制等)を中心に企業価値に影響を及ぼす可能性がある要素をわかりやすく示すことが大切である。
富永 健司
要約
- 昨今、気候変動による風水害の激甚化や大規模地震の可能性等の観点から、日本企業が自社の事業・サプライチェーン(供給網)に影響する自然災害リスクを認識し、対応していく必要性が高まっている。国内の代表的な株価指数である日経平均株価の構成企業の事業・サプライチェーンの所在地域と当該地域の自然災害の発生状況を確認すると、同企業は多様な自然災害リスクに直面している。
- 国内企業が直面する各種の自然災害リスクの中で、国内外の企業による開示の動きが積極化している気候変動による物理的リスクへの対応にあたっては、企業は同リスクの評価・分析と共に、事業継続計画(BCP)対策強化・事業継続管理(BCM)体制構築、設備投資・在庫体制強化等を進めている。例えば、コニカミノルタ、ソニーグループ、イオン等が取り組んでいる、デジタルトランスフォーメーション(DX)推進・デジタル技術導入、革新的な技術・サービスを提供するスタートアップ企業との連携等は、企業が同リスクへの対応力を強化していく上で有効な手段になると考えられる。
- 他方、気候変動による物理的リスクが拡大する中、機関投資家が進める事業・サプライチェーンに関するエンゲージメントにおいて、大規模自然災害がもたらすリスクへの注目度が高まる可能性がある。同エンゲージメントを進める際には、本文内で示した各種レポート等が示す同リスクへの対応のプロセスや具体的な戦略が参考になるものと思われる。
- 企業が先進事例の共有や投資家との対話の深化を通じて、事業・サプライチェーンにおける自然災害リスクに対処すると共に、そうした取り組みが社会全体の自然災害リスクへの対応力向上につながることが期待される。
西山 賢吾
要約
- 2024年以降の株主総会に向け改定された機関投資家の議決権行使基準においては、多くの機関投資家で東京証券取引所が上場企業に要請する「資本コストや株価を意識した経営」や「PBR(株価純資産倍率)1倍割れ企業に対する対応」に関連した基準をとり入れたことが注目される。PBRは株価水準でも変動することを考慮し、「PBRが1倍を割り、かつROE(自己資本利益率)が低位に留まる状況が一定期間継続した場合、取締役選任議案に反対」など、企業側が一時的な株価対策に終始しないよう基準設定に工夫が凝らされている。
- 取締役のうち3分の1以上を(独立)社外取締役とすることを要請する基準や最低1名以上の女性取締役(ないしは女性役員)の選任を求める基準、政策保有株式に関する数値基準の導入も進んでいる。さらに、次のステップとして、基準を適用する市場の拡大、社外取締役や女性取締役の増員、政策保有株式に関する数値基準の厳格化等の動きも進み始めた。
- 環境やサステナビリティ(持続可能性)関連の課題、そして「資本コストを意識した経営」等をテーマとした「エンゲージメントとエスカレーション」を遂行する上での議決権行使における考え方を整理するとともに、環境、サステナビリティ関連における国際的なイニシアティブに沿った情報開示要請などに関する議決権行使基準への取り込みも進められている。
- これまでは、会社側議案が否決されないことを前提とした「批判票」的な性格を帯びた議案への反対も見られた。しかし、持ち合い解消や政策保有株式削減が進み、会社側提案の否決が特別なことではなくなる中、日本の株主権の強さに対する再認識が必要な時期に来ている。特に機関投資家には、会社側議案否決時に想定される企業経営やステークホルダー(利害関係者)への影響などについて、従来以上に意識した議決権行使が期待される。
西山 賢吾
要約
- 野村證券が実施した日本の個人投資家に対するESG(環境、社会、ガバナンス)、ESG投資に関するアンケート調査(2024年3月公表)の結果を見ると、「企業のESGへの取り組みに対する関心」については、2022年12月調査で低下した「関心がある」との回答割合が上昇に転じた。
- 「株式市場におけるESG要因の考慮の必要性」については、「投資収益率が重要ではあるが、ESG要因もある程度考慮する必要がある」との回答割合が過半を超えており、両者のバランスを重視する志向が強まった。一方、「ESGに関連した金融商品への関心」については、6割弱が「関心はない」と回答した。また、「関心がある」との回答者の中では「環境に配慮した企業に積極投資をする投資信託」への関心が最も高かった。
- 今回調査の回答を年代別にみると、若年層(39歳以下)と高年層(60歳以上)ではESGやESG投資に対する関心が比較的高い一方、40代、50代といった中年層の関心は相対的に低く見える。また、投資方針別にみると、配当、株主優待重視の個人投資家は、長期志向や短期志向の個人投資家に比べ関心が低いように見受けられる。
- 2022年12月調査はESG、ESG投資に対する関心に一巡感が示唆される内容であったが、今回の調査からは関心が戻りつつあるように見える。また、ESG要素の考慮と投資収益とのバランスを重視する傾向が強まる一方、ESG関連金融商品に関心がないとの回答が過半を超えていることや、40代、50代でのESG、ESG投資への関心が相対的に低いように見受けられるといった点は、個人投資家の金融資産への投資促進を図る上での課題といえるであろう。
林 宏美
要約
- 英国イングランドでは、2024年2月12日より、一部の例外を除く新規の開発事業において、開発前よりも生物多様性価値を+10%増加させる計画の策定を開発者に義務付ける「生物多様性ネットゲイン(BNG)」政策が導入された。中小の開発事業については、2カ月弱遅れの同年4月2日から導入された。
- BNGの根幹にある考え方は「生物多様性オフセット」である。「生物多様性オフセット」とは、人間による開発事業等によって損失を被る生息場の生物多様性を、開発地(オンサイト)或いはそれ以外の場所(オフサイト)で再生・復元し、生態系へのマイナスの影響を相殺しようとする損失補償の仕組みを指す。英国イングランドの政策では、ネットゲインの獲得が民間で不可能な場合、割高な法定生物多様性クレジットも活用する。
- もっとも、BNGを実態として実現するには、長年にわたる専門的見地に基づく当局の監視体制、開発業者のガバナンス体制の構築など、解消すべき様々な課題が残されている。
- 英国イングランドのBNG政策は、国をはじめとした公的資金への依存が高い生物多様性関連の対応に民間資金を動員させるための方法の一つとして、大いに注目に値する。オフサイト市場が発展して厚みを増し、生物多様性ユニットの売買ができるセカンダリー市場の発展につながるかという観点においても今後の展開が注目される。
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