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東京大学大学院 新領域創成科学研究科 教授 亀山 康子
要約
サステナビリティ概念が広く認識されるようになり、サステナブルファイナンスに関しても、多くの方に関心を寄せていただけるようになったが、その体系や全体像は定まっていない。本稿では、特にサステナビリティ学の3つのアプローチ(超学際、包摂性、抜本的変革)を踏まえ、企業経営にサステナビリティ概念を取り込む必要性や、ファイナンスの観点が求められる理由を論じる。また、サステナビリティに関する人的資本を短期間で充実させるためには、社会の構成員全体での底上げが求められるため、大学生から社会人教育にまで裾野を拡げた教育のあり方を提案する。
マレーシア資本市場研究所(ICMR) アソシエイト・ディレクター ゴピ・クリシュナン K.K. ヴィジャヤラガヴァン
マレーシア資本市場研究所(ICMR) ディレクター アズリーン・オスマン・ラニ
要約
- 本稿では、経済成長を維持しながら二酸化炭素(CO2)排出削減が困難なセクター(Hard-to-Abateセクター)において脱炭素化を進めるために、トランジションファイナンスが果たす重要な役割を明らかにする。
- マレーシアにおけるトランジションファイナンスへの取り組みの指針となるような、「規制の枠組み(Framework)に対するフォーカス」、「効果的なインセンティブ(Incentive)」、「パートナーシップの拡大を通じたリレーションシップ(Relationship)の強化」、「革新的なソリューション(Solution)の提供」、「信頼性の高いトラッキング(Tracking)のメカニズム」を柱とする、「FIRST戦略」を紹介する。
- 日本、インド、タイ、シンガポールをはじめとするアジア地域の先駆者が学んだ教訓を踏まえ、トランジションファイナンスの拡大において、セクター固有の戦略、強固な規制の枠組み、民間セクターの投資が重要であることを強調している。
- FIRST戦略を採用することによって、マレーシアはサステナブルファイナンスのリーダーとしての地位の確立、国際資本の誘致、強靱な低炭素経済の推進に成功する可能性がある。
- これに加えて、マレーシアで経済成長とネットゼロ目標を両立させるための実践的な洞察を提示する。特に、この2つの目標達成に向けた、セクター固有のトランジションファイナンス戦略の重要性に焦点を当てて論考した。
(本内容は参考和訳であり、原文〔Original〕と内容に差異がある場合は、原文が優先されます。)
原文(Original)
- This study highlights the critical role of transition finance in decarbonising hard-to-abate sectors while sustaining economic growth.
- It introduces the FIRST Strategy-focusing on regulatory Framework, effective Incentives, strengthening Relationships through greater partnerships, providing innovative Solutions and reliable Tracking mechanism-to guide Malaysia's transition finance efforts.
- Drawing lessons from regional leaders like Japan, India, Thailand, and Singapore, the report underscores tailored strategies, robust regulatory frameworks, and private sector investments as vital for scaling transition finance.
- Malaysia's adoption of the FIRST Strategy could position it as a sustainable finance leader, attract international capital, and foster a resilient, low-carbon economy.
- The paper offers actionable insights for aligning Malaysia's economic growth with its net-zero target, emphasizing the importance of tailored transition finance strategies to achieve these dual objectives.
野村證券 サステナブル・ビジネス開発部 兼 IBビジネス開発部 林田 稔
要約
- サステナブルファイナンスは、現代の社会的および環境的課題に対処し、持続可能な社会を構築するための重要な要素である。本稿では、サステナブルファイナンスにおいて注目されているインパクト投資とシステムチェンジ投資について考察する。
- インパクト投資は、社会的および財務的リターンの両立を目指す。この手法により、投資家は新たな投資機会を探求しつつ、持続可能な未来の実現に貢献できる。このアプローチは、今後も成長が期待され、持続可能な社会形成における重要な役割を担う。投資家や金融機関は、インパクト投資を戦略的に活用し、その潜在能力を引き出す努力を求められている。
- システムチェンジ投資は、社会や環境の根本的な変革を目指す手法である。このアプローチは、従来の投資手法では解決が難しい複雑な社会的課題に対し、システム全体の視点から取り組むことを可能にする。システムチェンジ投資の重要性は増しており、政府、投資家や金融機関はこれを理解し、検討することが求められ始めた。この手法は、社会的価値と長期的な経済価値の創造に寄与しうる。
- インパクト投資とシステムチェンジ投資は異なるアプローチを持ちながら、相互に補完し合う関係にある。インパクト投資が短中期的な成果を追求する一方で、システムチェンジ投資は長期的な視点から社会の変革を促す。持続可能な社会の実現に向けて、これらのアプローチに対する理解を深化し、その発展を図ることが必要である。
- 最後にシステムチェンジ投資の重要な概念であるシステム思考と生成人工知能(AI)を活用した課題構造解析の具体的な事例を紹介する。
野村インベスター・リレーションズ(野村資本市場研究所 野村サステナビリティ研究センター 客員研究員) 佐原 珠美
野村證券 サステナブル・ビジネス開発部 兼 IBビジネス開発部 林田 稔
要約
- 企業経営においてリスク低減と資本効率性の向上の両立が求められる中、自社と社会の本質的なサステナビリティをいかに実現するかが問われている。企業が情報開示において優先的に取組むテーマは「国際サステナビリティ情報開示基準への対応」「情報開示における各媒体の役割の明確化と情報の棲み分け」「財務と非財務のつながり」を「価値創造ストーリーの構築・進化」であろう。
- 「国際サステナビリティ情報開示基準への対応」としては、国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)/サステナビリティ基準委員会(SSBJ)基準への準拠を見据え、企業の現状と基準とのギャップ分析や、財務に影響を与えるリスク・機会、マテリアリティの見直しを行う。
- 「情報開示における各媒体の役割の明確化と情報の棲み分け」としては、自社の価値創造ストーリーを中核として重要な情報を整理、体系化したうえで、各媒体の役割や位置付けに応じた記載内容を検討する。
- 「財務と非財務のつながり」においては、企業価値向上に向けたマテリアリティを特定し、それに取り組むための戦略を策定し、得られたキャッシュフローを戦略実行に再投資し、短中長期の成長機会獲得に向けたプロセスを論理の飛躍なく、ストーリー立てて株主を含めたステークホルダーへ説明する。
- 「価値創造ストーリーの構築・進化」においては、ISSB/SSBJ基準等で求められる情報を踏まえつつ、財務と非財務の取り組みによる社会価値・経済価値の同時創出を企業価値向上に繋げるストーリーを描く。
- 重要なのは「非財務資本の強化や環境・社会・ガバナンス(ESG)の取り組みがどのように企業価値の向上に寄与するか」という投資家の疑問に対し説得力をもって応えることであり、そのためには、重要なサステナビリティ課題の財務的影響を可視化し、非財務資本やサステナビリティへの取り組みが競争優位性や収益性の向上にどのように結びつくかを示すことである。そして、投資家との対話から得られるフィードバックを活用し、さらなる改善へとつなげていくとよいだろう。
富永 健司
要約
- 従業員等の健康管理を経営的な視点で考え、戦略的に実践する経営手法である健康経営の取り組みが新たな展開を見せている。具体的には、2023年1月に有価証券報告書等を通じた人的資本に関する開示が義務化される中で、人的資本に関する戦略の一つとして、健康経営を位置づける動きが進んでいる。
- 国内企業は、上場・非上場企業、業種によって取り組みの水準に違いがあるものの、健康経営を着実に推進している。さらに、京都銀行及び千葉銀行をはじめとした地域金融機関を中心に、健康経営に関連する指標をローンの提供における重要業績評価指標(KPI)として組み込んだサステナビリティ・リンク・ローン(SLL)やポジティブ・インパクト・ファイナンス(PIF)を実施する動きも広がっている。
- こうした状況の中で、健康経営の効果を高めるためには、健康経営を通じて従業員のパフォーマンスを向上させ、人的資本戦略の実現につながる好循環を作り出すことが重要である。このプロセスでは、組織によって異なる課題や改善点を考慮し、それぞれの特性やニーズに応じたアプローチをとることが求められる。
- 今後、企業が健康経営に一層積極的に取り組むことで、業務パフォーマンスが改善し、企業価値にポジティブな効果が現れるのか、そして金融資本市場が健康経営を後押しする動きがさらに広がるのか注目される。
五島 佐保子
要約
- 脳の特性の違いを多様性と捉えて、互いに尊重し社会で活かす、「ニューロダイバーシティ(神経多様性)」という概念が注目されている。社会的に健常者と認識されながらも発達障がいと同様の脳の多様性を有する人材を積極的に採用することで、少子高齢化時代における雇用を確保し得る。こうした人材が特性を活かして働き、職場においてインクルージョン(包摂性)が推進されることで、イノベーションの創出や生産性の向上、さらに企業の競争力強化へつながるとの見方もある。
- ニューロダイバーシティに関する企業の取り組みを加速させるためには、投資家が企業に資金支援を行い、企業の活動を評価することが重要である。英国や米国では、ニューロダイバーシティをテーマとしたインパクト投資の事例が出現し始めている。
- 今後、金融資本市場がニューロダイバーシティを推進していくための論点としては、(1)インパクト投資指標(定量面・定性面)の設定、(2)エンゲージメントを通じた企業の取り組みの高度化、が挙げられる。
- 「金融の力」でニューロダイバーシティの推進を後押しすることは、日本政府による持続可能な開発目標(SDGs)実施の重点事項とされる「包摂社会の実現」に向けた取り組みにも合致する。
西山 賢吾
要約
- 「世界で最も影響力のある2,000社(SDGs2000)」を選出し、それら企業のSDGs(持続可能な開発目標)の貢献度を評価・測定するWBA(World Benchmarking Alliance)は2024年7月にソーシャル・ベンチマークを初めて公表した。これはSDGs達成への企業の行動変容を促すためにWBAが設定した7つのシステム・トランスフォーメーション(構造的変革)のベースとなるソーシャル・トランスフォーメーションの達成度をみるベンチマークであるが、スコアは22.7%と低水準に留まった。
- この結果に対しWBAは「企業行動の大幅な改善なくして、SDGsの達成は困難なままであろう」と憂慮しており、事態の改善に向け、政府や市民社会、投資家を含む金融機関等が企業に積極的な働きかけをすることを強く望んでいる。
- 日本企業(対象企業数151社)のスコアは24.2%であり、SDGs2000平均を上回ったが、G7除く日本(対象企業数761社)平均の27.2%を下回った。内訳をみると、人権尊重は30.2%とSDGs2000、G7除く日本を上回ったが、ディーセント・ワークの提供・推進や、倫理的行動ではSDGs2000、G7除く日本を下回っており、課題が残る。
- また、人権デュー・デリジェンスを含む人権尊重関連は相対的に高い水準であるが、「影響を受けた、及び影響を受ける可能性のあるステークホルダーとのエンゲージメント」や「外部の個人やコミュニティに対する苦情処理の仕組み」のスコアは相対的に低く、社会課題への対応もコーポレートガバナンスと同様、「形式」から「実質」への深化が今後望まれる。また、同ベンチマークは開示資料を基に評価されることから、社会的課題に対する情報開示の充実も課題となろう。
江夏 あかね
要約
- 「不平等・社会関連財務情報開示タスクフォース」(TISFD)が2024年9月23日、発足した。国際的な情報開示フレームワークを策定した気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)や自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)に続く存在とも言える。
- TISFDについては、(1)人権、ウェルビーイング、人的・社会的資本を始めとした不平等や社会関連の課題に統合的にアプローチ、(2)国際連合の「ビジネスと人権に関する指導原則」等の企業行動に関する国際基準と整合、(3)TCFD及びTNFDの開示フレームワークの4本柱と整合する形でのフレームワークを策定、(4)国際会計基準(IFRS)財団、Global Reporting Initiatives (GRI)、欧州財務報告諮問グループ(EFRAG)といった基準設定機関等とも連携、(5)設立パートナーに世界的に存在感がある国際機関、国際イニシアティブ、年金基金、機関投資家、事業会社等の様々なステークホルダーが名前を連ねている、といった特徴がある。これらを踏まえると、2026年末に公表予定の開示フレームワーク初版(提言)が意義のある内容になる可能性は十分にあると考えられる。
- サステナブルファイナンス市場の観点から、TISFDによる2026年末に公表予定の提言に関する主な注目点としては、(1)環境・社会・ガバナンス(ESG)の「S」の要素の投資判断に役立つ内容になるのか、(2)民間セクターによるソーシャルボンドの発行増加につながるか、が挙げられる。
北野 陽平
要約
- 世界第5位の経済圏であるASEANでは、長期的に持続可能な発展に向けた取り組みを推進していく上で、サステナブルファイナンスの重要性が高まっている。近年、持続可能な開発目標(SDGs)に資するSDGs債の発行が拡大するとともに、温室効果ガス排出量実質ゼロ(ネットゼロ)目標の達成に向けてトランジション・ファイナンスが促進されている。
- ASEANのSDGs債市場では、グリーンボンドとサステナビリティボンドが成長をけん引しているが、近年サステナビリティ・リンク・ボンド(SLB)への関心が高まりつつある中、2024年11月にタイ政府によりアジアの政府として初となるSLBが発行された。また、国際開発金融機関等の支援を得てSDGs債を発行する域内企業が増加している。
- 2023年10月に発行された「ASEANトランジション・ファイナンス・ガイダンス(ATFG)」の初版では、信頼できるトランジションの要素が明確化されるとともに、トランジションを進める事業体を分類する枠組みが導入された。2024年10月に発行されたATFG第2版では、トランジション・ファイナンスの定義・範囲がより明確化され、トランジション・パスウェイ(移行経路)を適切に選定するためのプロセスが示されている。
- シンガポールは、ASEANにおけるトランジション・ファイナンス促進で主導的な役割を担っており、官民連携の取り組みとしてブレンデッド・ファイナンスを強化している。また、シンガポール金融管理局(MAS)は、石炭火力発電所の早期閉鎖を加速させるために信頼性の高いカーボンクレジットを利用すべく、トランジション・クレジット連合を立ち上げ、同連合の下でフィリピンにおける試験的なプロジェクトを推進している。
- 今後、ASEANがトランジション・ファイナンスをさらに促進していく上で日本との協力強化の可能性が注目される。特に、(1)トランジション・ボンド発行に係るノウハウの提供、(2)ASEAN域内の政府等により発行されるトランジション・ボンドへの投資、(3)トランジションに資するカーボンクレジット創出プロジェクトの開発支援、の3点が期待される。
北野 陽平
要約
- ASEAN主要国では、高い経済成長を背景に温室効果ガス排出量が増加傾向にある。2050年までまたはそれ以降に温室効果ガス排出量実質ゼロ(ネットゼロ)の達成が目指されており、排出削減に向けた様々な取り組みが進められる中、グリーンとフィンテックを組み合わせた「グリーンフィンテック」が注目されている。
- 近年、気候関連を含む環境・社会・ガバナンス(ESG)情報開示を巡る動きが活発化している。ESGデータ収集・分析・報告の取り組みに最も積極的なシンガポールでは、政府・金融当局が企業のESG情報開示を支援するプラットフォームを構築するとともに、ESGフィンテック向けに補助金を提供しており、エコシステムの拡大につなげている。
- ASEAN主要国では、カーボンプライシングの一種であるカーボンクレジット取引への注目が徐々に高まっている。近年、証券取引所等によりカーボンクレジット市場が創設されてきた中、テクノロジーを活用したカーボンクレジットの取引・助言・追跡等のサービスを提供するスタートアップが増加傾向にある。
- 政府系投資機関やベンチャーキャピタル(VC)ファーム等の投資家は、ASEAN主要国のグリーンテック分野への関心を高めている。そうした動きが広がっていけば、既存のグリーンテック企業が成長資金の調達をより行いやすくなるとともに、新たに同分野に参入するスタートアップの増加につながる可能性もある。
- 今後の注目点として、ASEANと日本との協力強化が挙げられる。日本は、温室効果ガス排出量の算定・報告に関する制度が整備されていないASEANを支援すべく、共通ルール作りを主導する方針である。両国・地域間の協力強化により、グリーン及びサステナブルファイナンスの拡大を通じてグリーン投資がさらに促進され、ひいてはアジア全体の温室効果ガス排出削減につながることが期待される。
宋 良也
要約
- 中国の銀行間市場取引商協会は2024年10月10日に、中国人民銀行の管理監督下の銀行間債券市場で発行されるグリーンボンド及びトランジションボンドの発行支援策及び情報開示の強化を含むメカニズムの整備に関する新規則を公布した。同規則は、グリーンボンド及びトランジションボンドを同時に適用対象とする初めての規則となっている。
- 中国におけるグリーンボンドの発行額は、2023年以降は減少傾向にある。また、トランジションボンド市場は試験運用が始まって間もないことから、規模がまだ小さく、中国国内のグリーンボンド市場と比べて存在感が大きくない。今般の新規則は、グリーンボンド及びトランジションボンドの低迷状況から脱却し、発行を後押しすることが意図されているとみられる。
- 新規則は、(1)グリーンボンド及びトランジションボンドの発行支援策、(2)投資家の利益を考慮した情報開示の強化、の2つの分野の内容が含まれる。そのうち(1)では、グリーンボンド及びトランジションボンドの調達資金使途の緩和や発行要件の緩和策が挙げられる。(2)では、グリーンボンドの登録・発行段階における情報開示要件を緩和することで、発行の効率性を向上させると同時に、存続期間の情報開示を強化することで、グリーンボンドに対する投資家の理解を深め、より合理的な投資判断を促進させることが狙いとして挙げられる。
- 中国のグリーンボンド市場は、これまで海外投資家に受け入れられていない可能性が否めない。また、トランジション・ファイナンスに関する全国レベルの基準が制定されていない等の課題もある。今後、中国におけるグリーン・トランジション分野の規則改正は、国際的な基準との整合性をとり、更なる対外開放を進めていく必要があろう。その動きは、同分野に注力する他国の政策制定機関にとっても示唆となり得ることから、注目に値しよう。
五島 佐保子
要約
- 香港金融管理局(Hong Kong Monetary Authority、HKMA)は2024年5月3日、「サステナブルファイナンスのための香港タクソノミー」(以下、香港タクソノミー)を公表した。
- 香港タクソノミーの主な特徴としては、コモン・グラウンド・タクソノミー(CGT)や欧州連合(EU)タクソノミー等の主要なタクソノミーとの整合性を高め、香港域外の投資家による投資判断を容易にすることを意図した点が挙げられる。HKMAは、香港タクソノミーの利活用の拡大により、中国本土や香港域外の発行体及び投資家による香港への投資が活性化し、国際的なグリーンファイナンス拠点としての香港の地位が一層強化されることを期待している。
- 今後、香港が国際的なグリーンファイナンス拠点としての地位を向上していくための論点としては、2点挙げられる。1点目は、香港タクソノミーの利活用の拡大であり、一般的なタクソノミーに関するマイナス面である運用の複雑化等の要素を軽減し、投資の促進等のプラス面の効果を発現できるかがカギになると言える。2点目は、香港タクソノミーも通じて、香港域外の発行体や、発行体としての事業会社がさらに参入し、香港市場におけるグリーンボンドの発行額が増加するかが注目される。
江夏 あかね
要約
- グリーンイネーブリングプロジェクト(GEP)とは、グリーンプロジェクトのバリューチェーン(VC)で重要な役割を果たすが、それ自体は明確なグリーンという訳ではないものを指す。国際資本市場協会(ICMA)は2024年6月、GEPガイダンスを公表した。
- GEPガイダンスは、(1)クライテリアにおける4つの要件、最終用途の透明性、追加ガイダンスにおける3項目といった構成、(2)EUタクソノミー等の考慮、(3)グリーンボンド原則(GBP)との整合性の確保、等、資金調達主体にとって使いやすさを意識した内容となっている。同ガイダンスの公表以降、国内外でGEPを資金使途とした資金調達事例が見られ始めている。
- 今後、発行体がGEPガイダンスを活用して新たに資金調達に取り組むケースや、既にグリーンファイナンスに取り組んでいる発行体がGEPガイダンスにも適合する形でフレームワークを更新し、資金使途をGEPと明示した形で起債を行うケースが増える可能性がある。
- GEPがサステナブルファイナンス市場に浸透していくための論点としては、(1)ステークホルダーによる周知に向けた努力、(2)信頼性の確保、(3)企業による経営への反映、が挙げられる。特に、3点目について、GEPは、気候関連の機会を可視化するものである。ファイナンスも通じて、企業が自社を取り巻く気候関連リスクのみならず機会もしっかりと把握し、より効果的な経営に活かしていくといった流れができれば、GEPに関するファイナンスの増加にもつながり得ると考えられる。
富永 健司
要約
- 世界の脱炭素化の推進及び2050年ネットゼロの実現に取り組む金融機関のグローバル連合である「ネットゼロに向けたグラスゴー金融連合(Glasgow Financial Alliance for Net Zero、GFANZ)」は2024年10月、トランジションの情報を含む指数(トランジション指数)についての自主ガイダンス案を公表し、意見募集を開始した。自主ガイダンス案におけるトランジション指数は、実体経済の脱炭素化を支援することを目的として設計されている。本意見募集に関しては、GFANZの組織の再構築に伴い作業が中断されているが、自主ガイダンス案の内容は市場参加者によるトランジション指数の設計において一定の意義がある。
- 自主ガイダンス案は、企業のトランジションの取り組みに応じて、(1)気候ソリューション、(2)アライド(1.5℃の温室効果ガス〔GHG〕排出削減経路に適合している企業)、(3)アライング(1.5℃のGHG排出削減経路への移行にコミットしている企業)、(4)インディベロップメント(エンゲージメント等を通じてアライドやアライングに含まれる可能性がある企業)、という分類を示した。その上で、株式及び債券を対象として、(1)トランジション・ポテンシャル指数、(2)トランジション・エンゲージド指数、(3)ネットゼロ指数、の3種類のトランジション指数を提案した。
- 自主ガイダンス案の意見募集に関する作業は2025年1月末時点で中断されているものの、仮に最終化に向けた作業が再開・継続される場合、(1)最終文書の内容がトランジション指数を開発する際に市場参加者が参照する基準的な文書となっていくのか、(2)実体経済の脱炭素化が推進されるのか、の2点が注目される。
江夏 あかね
要約
- 国際公会計基準審議会(IPSASB)は2024年10月31日、世界初の公的セクター向けの気候関連開示基準の公開草案を公表した。公開草案では、民間セクター向けの国際的なサステナビリティ開示基準(気候関連財務情報開示タスクフォース〔TCFD〕の提言や国際サステナビリティ基準審議会〔ISSB〕による気候関連開示基準)を基に国等の公的セクター特有の要素等を踏まえて策定された開示枠組みが示された。同基準は、早ければ2025年下半期に最終化予定だが、民間投資家にとっても馴染みのある構成となっている上、比較可能性が担保されていることも踏まえると、投資判断等において活用しやすい形になると想定される。
- 世界では今後、IPSASBによる気候関連開示基準に基づき情報開示を進める国が増えると想定される。例えば、2024年9月末時点で持続可能な開発目標(SDGs)に資する債券(ソブリンSDGs債)を発行している55カ国のうち、国際公会計基準(IPSAS)を意識した基準で財務報告を行っている国は、2020年時点で全体の約半分にあたる29カ国、2025年には6割超に当たる34カ国となる予定である。
- IPSASBによる気候関連開示基準に基づく情報開示を行うのは、既にIPSASを意識した基準で財務報告を行っている国が中心となると見込まれるが、公開草案ではIPSASに基づく財務報告を実施していない国でも適用することができるとしている。日本も含めたIPSASを採用していない国も、気候関連開示基準の内容や各国の適用状況の把握をした上で、適切に情報開示を進めていくことが、投資家の信認を得て、SDGs債等も通じた資金調達の安定性を確保する上でのカギになると考えられる。
西山 賢吾
要約
- 野村資本市場研究所で算出した2023年度の「株式持ち合い比率」は前年度比で低下し、5年連続で過去最低水準を更新した。保有主体別にみると、損害保険会社は前年度比横ばいであったが、上場事業法人、上場銀行、生命保険会社は低下した。特に上場事業法人は前年度に比べ0.5ポイント低下し、2022年度に続き最大の保有比率低下主体となった。
- 2023年度は持ち合い解消、政策保有株式の売却が進む一方、株価の上昇で保有株式の保有金額が増加した。このため、保有株式の対自己資本比は2022年に比べ上昇した。特に、事業法人(非金融)に比べ総資産に対する自己資本の小さな金融業での上昇幅が大きかった。また、時価総額の相対的に小さい企業群や大きな企業群に比べ、それらの中間に位置している企業群において、保有株式の対時価総額比が高いという特徴が見られた。
- 国際的に見れば政策保有が一定の存在感を持つ日本の株式保有構造が「特殊」というわけではなく、政策保有をゼロにすることは喫緊の課題とは言えないだろう。しかし、株式持ち合い、政策保有株式を取りまく環境を考慮すれば、日本で開始後10年が経過したコーポレートガバナンス改革が掲げる目標を達成するためにも、現在進行中の「第3期持ち合い解消」は今後も継続すると見込まれる。このような状況においては、企業価値向上の観点を踏まえ、これまでに増して保有か圧縮かといった政策保有株式のマネジメントを戦略的に行うことが企業に求められる。
江夏 あかね
要約
- 21世紀の地方債市場は、市場公募化が進展する中で、金融政策を始めとして金融市場全般の動きの影響も受けたが、地方債の安全性を守る仕組み、地方債関連制度の進化、各地方公共団体による地方債の安定消化を意識した取り組み等を背景に、総じて安定して推移した。
- 地方財政は、財政の硬直化傾向はあるものの、地方公共団体の財政健全化努力や国からの財政移転にも下支えされ、改善傾向が確認された。ただし、今後の地方財政の持続可能性を考えると、厳しい国の財政状況、地方公共団体の厳しい財政運営の舵取り等の課題を抱えていることが明らかになった。
- 今後も、地方公共団体にとって地方債が重要な財源の1つである状況は不変と想定され、地方債市場から安定的に資金調達が行えるとともに、同市場の持続可能性が維持されることが大切なのは言うまでもない。そのための主な論点としては、(1)資金調達コスト低減に向けた取り組み、(2)臨時財政対策債のさらなる縮減、(3)減債基金の効率的な運用、が挙げられる。
- 特に、2001年度に創設された臨時財政対策債は、2025年度地方債計画において、2025年度の発行額が制度が始まって以来初となるゼロとされた。地方財政の健全性の観点から評価されるものの、発行残高(2025年度末見込み、約42兆円)を踏まえると、フローの発行額とともに、ストックの発行残高についてもさらに縮減していくことが求められる。
江夏 あかね
要約
- 2025年度地方債計画及び地方財政対策では、臨時財政対策債の発行予定額が制度創設以来初のゼロになるといった地方財政の健全化と、「デジタル活用推進事業債(仮称)」の創設、公共施設等適正管理推進事業債の拡充、地方独自の防災・減災の推進及び公立病院の経営改善推進に向けた地方債の創設といった新たな地域課題対応の両立が意識された内容だった。
- 2025年度の地方債市場は、引き続き日本銀行による金融政策に大きく影響を受けて展開することが想定される。地方公共団体にとって、最適な起債タイミング、年限、商品性を見通すのは難しい局面が続くとみられるが、日本銀行の金融政策に影響を与え得る、物価・為替動向、主要各国の金融政策・政治環境といった要因も注視することが求められる。
- 起債運営の観点からは、日本銀行が2024年7月に決定した長期国債買入の減額計画を通じて、国債のみならず地方債の投資家構成にも影響が及ぶ可能性があることが留意点と言える。このような局面において、地方公共団体が効果的な起債運営を実施するに当たっては、年限の見極めや投資家向け広報(IR)の工夫がますます重要になると考えられる。
- 財政運営の観点からは、さらなる財政健全化及び効果的な財源活用が求められるところである。歳出削減・歳入確保を通じた財政健全化に加え、デジタルやEBPM(証拠に基づく政策立案)の活用も通じて、限られた財源を効果的に利活用していくこともカギになる可能性がある。
富永 健司
要約
- 米国の金融規制当局は近年、人工知能(AI)を活用しているように見せかけて、顧客を勧誘する行為(AIウォッシング)に対する監視を強めてきた。例えば、米国証券取引委員会(SEC)は2024年3月、AIの活用に関して虚偽で誤解を招く説明をしたとして投資顧問業者のデルフィア及びグローバル・プレディクションズを告発した。
- 生成AIの活用の進展とAIウォッシングに対する監督強化の流れを受けて、米国における証券会社の自主規制機関であるFINRA(金融取引業規制機構)は2024年6月、会員証券会社に対して、AI関連のアプリケーション導入時における、規制対応に関する検討事項を周知した(規制通知)。FINRAの規制通知は、AI関連のアプリケーションを導入する際に、(1)モデル・リスク管理、(2)データガバナンス、(3)顧客のプライバシー、(4)監督統制システム、等に関連する規制上の義務について遵守を促す内容となっている。
- SECは、2025年1月20日に第2次トランプ政権が発足するタイミングで、ゲイリー・ゲンスラー委員長の辞任を公表しており、AIウォッシングに対するSECの監督が今後どのように展開していくかは現時点では見通すことが困難な状況である。他方、AIウォッシングに関連する取り組みは、米国だけではなく国際的にも進展が見られる。
- 国内では金融庁が、データに基づいたより高度な金融サービスの提供や、生成AIを含むAIを活用したモデルの利用が進む中で、その活用に伴って生じるモデル・リスク管理態勢の高度化を金融機関に促している。AIの普及に伴い、金融市場でモデル・リスク管理等への対応が進展することで、AIの活用に関する透明性と信頼性が向上していくのか注目される。
中村 美江奈
要約
- 日本企業においては、昨今、人的資本経営への取り組みが求められる中、従業員のファイナンシャル・ウェルネスも1つの重要な要素として注目され始めている。米国では既に、従業員のファイナンシャル・ウェルネスは雇用主が一定の責任を負うとの認識の下、多くの雇用主が積極的にファイナンシャル・ウェルネスの支援を行っており、ケーススタディとして参照する余地は大いにあると思われる。
- 米国では、ファイナンシャル・ウェルネス支援策を提供するものの利用率が低いといった問題点も指摘されはじめており、いかにして従業員に利用してもらうかが次の課題となっている。その観点から、アマゾンは興味深い取り組みを行っている。
- アマゾンは従前より従業員のファイナンシャル・ウェルネス支援に注力してきたが、2023年、新たに「ブライトサイド・ファイナンシャル・ケア」と称するサービスの提供を開始した。その際、あらかじめ従業員のニーズを調査し、それに応えたサービス内容にすることや、サービスの手厚さに定評のあるプロバイダー選定などに注力したのが特徴的だった。また、アマゾンは社内外のステークホルダーに向けて、定量的な成果の情報発信も行っている。
- 大手企業は多様な従業員を擁し、その置かれた環境やニーズも様々である。ファイナンシャル・ウェルネス支援策も、その対象や内容については優先順位付けを行う必要がある。今般のアマゾンのように、最も経済的困窮に陥っている従業員を対象にした支援策が、従業員の満足度やロイヤリティ、生産性の向上、ひいては企業価値向上に寄与するのか、今後注目される。
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