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時流

研究セキュリティ・インテグリティ確保による研究価値の保護-リスクベースアプローチと統合リスクマネジメントに向けて-

東京大学 産学協創推進本部 副本部長 田辺 雄史

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要約
 

  1. 近年研究活動の国際化、オープン化に伴う新たなリスクにより、開放性、透明性といった研究環境の基盤となる価値が損なわれる懸念が生じている。研究の健全性・公正性、いわゆる研究インテグリティの確保が急務となっており、諸外国でも研究セキュリティ・インテグリティ確保のための方策や議論が活発化している。
     
  2. 本稿では、これらの諸外国の動向も含めて、我が国の大学等研究機関が置かれている現状や取組の実態を認識したうえで、ルールベースアプローチからリスクベースアプローチによる対応の変革と、様々なリスクに横断的に対峙し、意思決定する統合的なリスクマネジメントの仕組みの必要性を提案する。

アジアのサステナブルファイナンス

国際資本市場協会(ICMA)マネージング・ディレクター、アジア太平洋地域事務所代表 ムシュタク・カパシ

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要約
 

  1. アジア市場では、気候変動の緩和および適応への投資に数兆ドル規模の資金が必要であり、その大部分について債券市場からの調達が必要になる見通しである。国際資本市場協会(ICMA)は、グリーンボンド原則、ソーシャルボンド原則、サステナビリティボンド原則、サステナビリティ・リンク・ボンド原則を提示することによって、サステナブルファイナンス市場を牽引している。全世界で発行されたサステナブルボンドの97%(総額4.6兆ドル)が、これらの原則に基づくものであり、このうちアジア市場の発行額は1兆ドルに達する。
     
  2. こうした取り組みは前進しているとはいえ、サステナブルファイナンスの市場規模は必要額と比べて小規模にとどまる。アジア市場は、人口密度の高さ、沿岸部における巨大都市の存在、石炭への依存、炭素削減目標と社会的幸福および経済発展との調整の必要性といった、独自の課題を抱えている。幸いにも、アジアの発行体が発行するグローバル債に占めるサステナブルボンドの割合は比較的高く、さらなる成長も見込まれる。
     
  3. トランジション・ファイナンスは、サステナビリティに対する実践的なアプローチであり、アジア市場にうまく適合している。ICMAの「クライメート・トランジション・ファイナンス・ハンドブック(CTFH)」は、気候トランジションに関する発行体レベルの指針であり、明確な戦略、環境へのフォーカス、科学的根拠に基づく目標、透明性の重要性を強調している。また、日本政府は「クライメート・トランジション・ボンド・フレームワーク」や「脱炭素成長型経済構造移行推進機構(GX推進機構)」などのイニシアティブを通じて、トランジション・ファイナンスを牽引する役割を果たしている。
     
  4. ICMAは、サステナブルファイナンス商品に関する市場最先端の基準とレポーティングの指針の策定を進めている。2025年11月には総原則の年次総会を東京で開催する予定であり、これは世界のサステナブルファイナンス市場におけるアジアの重要性を示すものである。

 

(本内容は参考和訳であり、原文〔Original〕と内容に差異がある場合は、原文が優先されます。)

 

原文(Original)
 

Asia’s Sustainable Finance
 

Mushtaq Kapasi, Managing Director, Chief Representative, Asia Pacific, International Capital Market Association
 

  1. Asia requires trillions of dollars in investment for climate mitigation and adaptation, and much of this will need to be financed through the debt capital markets.  ICMA guides sustainable finance through its Green Bond, Social Bond, Sustainability Bond, and Sustainability-Linked Bond Principles, which underpin 97% of sustainable bonds worldwide, totaling US$4.6 trillion in issuance, with US$1 trillion from Asia.
     
  2. Despite progress, sustainable financing volumes are small compared to the total needed.  Asia faces unique challenges due to high population density, coastal megacities, reliance on coal, and the need to balance carbon reduction with social well-being and economic development. Fortunately, a relatively large proportion of international bonds from Asia have been sustainable, with room to grow.
     
  3. Transition finance is a pragmatic approach to sustainability that is well suited for Asia. ICMA's Climate Transition Finance Handbook provides issuer-level guidance on climate transition, emphasizing clear strategies, environmental focus, science-based targets, and transparency. Japan leads in transition finance with initiatives like the Japan Climate Transition Bond Framework and the GX Acceleration Agency. 
     
  4. ICMA continues to develop market-leading standards and reporting guidance for sustainable finance products. ICMA’s Annual conference of the Principles in Tokyo in November 2025 highlights Asia's importance in global sustainable finance.

アセットオーナーとトランジション・ポートフォリオの資産配分問題

Anthropocene Fixed Income Institute 最高経営責任者、創業者 ウルフ・アーランドソン博士

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要約
 

本稿では、トランジションが成功するシナリオと比べて、地球温暖化シナリオではリスク資産の長期的なリターンが低下する、あるいはボラティリティが高まるという前提のもとで、アセットオーナーが取り得る選択肢を検討した。ポートフォリオのアロケーションという観点からは、トランジション投資は合理的な選択肢のように見えるが、最適とは言えない政策判断に起因する現在の市場のダイナミクスが、その魅力を相殺している。同時に、大手アセットオーナーの多くは、政治的な配慮により、政策当局に対する強力なトランジションの働きかけが難しい状況にある。この状況は、インフレという経済問題とさほど変わらない。物価連動国債(インフレ・リンカー)は、インフレ目標に対する信認や当局のコミットメントを強化する役割を果たすが、投資家は政策的な処方箋の提示を求められることはない。同じように、投資家はトランジションの目標に連動する国債(トランジション・リンカー)に投資することで、脱炭素化目標の実現を政府に促すことができる。移行連動国債は物価連動国債と同じように、目標が達成されれば政府の資本コストが低下し、達成されなければ投資家のリターンが高くなるという意味で、実質的にトランジション・ヘッジとして機能する。
 

(本内容は参考和訳であり、原文〔Original〕と内容に差異がある場合は、原文が優先されます。)

 

原文(Original)
 

Asset Owners and the Transition Portfolio Allocation Problem
 

Dr Ulf Erlandsson, CEO and Founder, Anthropocene Fixed Income Institute

This article explores the options available to asset owners under the hypothesis that long-term risky asset return will be lower and/or more volatile in a global warming scenario compared to a successful transition. Although transition investments seem like the rational choice to this portfolio allocation problem, current market dynamics as driven by suboptimal policy choices counteract the attractiveness of transition investments. At the same time, many of the large asset owners are highly constrained to try to influence policy makers for a stronger transition due to political sensitivities. This situation is not too different to another economic problem: inflation. In the same way that inflation-linked bonds (“inflation linkers”) have been used to bring about credibility and commitments around inflation targets but without investors having to wield policy prescriptions, bonds tied to transition targets (“transition linkers”) would allow investors to nudge governments to meet decarbonization targets. Similar to inflation linkers, transition linkers could provide lower cost-of-capital for governments if targets are met or otherwise provide higher returns for investors – effectively a transition hedge.

野村グループ、削減貢献量レポート「投資家はこう見ている-削減貢献量を企業価値向上につなげるには-」を発行

野村證券 サステナブル・イノベーション事業開発グループ 濟木 ゆかり

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要約
 

  1. 脱炭素が求められる現代において、企業の温室効果ガス(GHG)排出量削減は投資判断において有効な基準となっている。特に、「削減貢献量」という新たな評価基準が注目されており、企業の課題解決力を示す指標としての重要性が増している。
     
  2. 野村グループでは、GXリーグにおいて“GX経営促進ワーキング・グループ”の幹事企業として削減貢献量についての議論をリードしてきた経験より「投資家視点」をテーマとして、2025年3月に削減貢献量レポート「投資家はこう見ている-削減貢献量を企業価値向上につなげるには-」を発行した。
     
  3. 各章では、削減貢献量と企業価値の関係、実際の活用方法、削減貢献量開示企業の株価動向分析等が議論されるとともに、国内企業の削減貢献量開示率が15.8%という現状を踏まえ、さらなる普及を図るために、事業会社及び機関投資家が取り組むべき内容を示唆している。

特別寄稿

削減貢献量に関する開示と投資家の視点-削減貢献量に関する投資家の活用方法についての一考察-

野村アセットマネジメント サステナブル投資戦略室長 大畠 彰雄

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要約
 

  1. 野村アセットマネジメント(以下、当社)は資産運用会社として、気候変動目標を設定し、エンゲージメント活動の一環としてファイナンスド・エミッションの測定および開示を行っている 。
     
  2. 削減貢献量に関して比較的積極的に取り組んでいる本邦においても、開示を行っている企業は限定的である。世界各国の気候変動目標を考慮すると、気候変動対策や移行計画を形成する製品およびサービスの需要が増加することが予想される。したがって、この需要の増加に伴う社会的貢献を投資家が容易に把握するためには、削減貢献量の開示が企業評価や環境関連のエンゲージメントにおいてますます重要となると考えられる。
     
  3. 特に、削減貢献量の代表的な計算方法であるストックベースおよびフローベースが明確に記載されていない点については、利用者として改善を求めるものである。計算方法が大きく異なるものが、同じ「削減貢献量」として開示される状況は、利用者の混乱を招くであろう。
     
  4. 企業が開示した削減貢献量を認識し、運用資産と関連付けることで、投資による気候変動への影響をリスクだけでなく、機会も含めて包括的に把握できる。当社では削減貢献量を環境・社会・ガバナンス(ESG)スコアに反映し、投資判断に使用している。
     
  5. 当社では、従来のファイナンスド・エミッションの分析と削減貢献量を併用することで、気候変動リスクと機会の両方を評価し、それらを投資判断に組み込んでいる。
     
  6. 今回初めて、当社の運用資産に対応する「ファイナンスド・削減貢献量」を試算した。これにより、当社として運用資産の機会を定量的に把握できるようになった。今後は、継続的に分析を行い、当社運用資産の気候変動に関する機会についての情報を発信していく所存である。

セミナー報告:「コリン・メイヤー教授と考えるパーパス経営と企業価値向上に向けた処方箋」

江夏 あかね

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要約
 

  1. 野村證券は2025年4月、コーポレートガバナンス、パーパス経営の第一人者である、オックスフォード大学サイード経営大学院名誉教授 コリン・メイヤー氏を迎え、オンラインセミナー「コリン・メイヤー教授と考えるパーパス経営と企業価値向上に向けた処方箋」を開催した。
     
  2. メイヤー教授は、日本を重要な地域と特定した上で、社会的配慮を重視する伝統を尊重しつつ、経済、財務、環境、社会全体に対するバランスを取ることが大切と説いた。企業の保有構造についても、株式持ち合い解消が進んでいることを踏まえ、分散化された機関投資家と、企業等による戦略的投資家のバランスを取ることの重要性を指摘した。また、課題解決と利益創出の両立、地域としての日本と日本企業の価値向上、短期志向の投資家と長期的視点の経営等の論点で、メイヤー教授から意義深いコメントを頂戴した。
     
  3. 金融資本市場、経済界は当面、国内外の金融政策、政治環境等に大きく影響されつつ展開することが想定され、先行きを見通すのが難しい局面が続くとみられる。そのような中でも、本セミナーは、日本企業が有する伝統的な強みを生かしながら、パーパスも軸として、バランスを意識しつつ進化を遂げるための努力を重ねていくことが、さらなる価値向上を実現する上で重要との示唆をもたらす内容であったと言える。
     

 

Seminar Report:"A Prescription for Purpose Management and Enhancement of Corporate Value - Insights from Professor Mayer"
 

Akane Enatsu
 

  1. In April 2025, Nomura Securities welcomed Dr. Colin Mayer, Emeritus Professor of Management Studies at the Saïd Business School at the University of Oxford and leading expert on corporate governance and purpose management, to headline an online seminar titled “A Prescription for Purpose Management  and Enhancement of Corporate Value - Insights from Professor Mayer.”
     
  2. Professor Mayer identified Japan as an important region and emphasized the importance of balancing economic, financial, environmental, and social considerations, while respecting Japan’s traditional emphasis on social considerations. Regarding the structure of corporate ownership, he pointed out the importance of replacing cross-shareholdings that are currently being unwound with a more balanced ownership structure that includes highly diversified institutional investors and strategic investors, including other companies. In addition, Professor Mayer offered meaningful comments on such issues as balancing problem-solving and profit generation, enhancing the value of Japanese companies and Japan as a region, and balancing the interests of short-term investors and long-term management. 
     
  3. Financial markets and businesses are expected to be greatly affected by changes in domestic and foreign monetary policies and the political environment, which will continue to make it difficult to forecast future conditions. From that perspective, this seminar’s content suggested continued efforts to move forward that leverage the traditional strengths of Japanese corporations while focusing on purpose and being

特集1:欧州におけるESG規制の再調整

新体制下のEUにおける金融資本市場関連政策の方針-「競争力コンパス」と注目施策-

関田 智也

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要約
 

  1. 2024年の欧州議会選挙を経た新体制下の欧州連合(EU)が、今後の政策の方向性を打ち出している。欧州委員会は2025年1月、「EUのための競争力コンパスを巡るコミュニケ(以下、競争力コンパス)」を公表した。競争力コンパスは、EUの競争力回復を目的としており、2029年までの期間における政策方針及び戦略的枠組みを提示するものである。
     
  2. 競争力コンパスにおける金融資本市場関連の注目施策の一つとして、貯蓄投資同盟が挙げられる。貯蓄投資同盟は、EUの潤沢な家計貯蓄をEU域内の投資機会へ向かわせることを図る政策イニシアチブであり、EU金融資本市場の統合深化を図る既存の取り組みである銀行同盟及び資本市場同盟を発展・統合させることを目指している。欧州委員会は、近く貯蓄投資同盟を巡る政策方針を提示する予定であり、その内容が注目される。
     
  3. もう一つの注目施策は、企業の規制負担軽減を図るオムニバス法案である。欧州委員会が2025年2月に公表した第一弾のオムニバス法案は、サステナビリティ関連情報開示を巡る規制を簡素化することを目指している。第一弾オムニバス法案の内容が実施されれば、企業サステナビリティ報告指令(CSRD)等の規制対象となっている日本企業の開示負担が解消・軽減・猶予される可能性がある。
     
  4. 競争力コンパスが標榜する「規制の簡素化」は、米国のトランプ新政権が標榜・推進する規制緩和路線に追随する動きのようにも見受けられる。一方で、欧州委員会は第一弾のオムニバス法案において、規制の簡素化が規制緩和とみなされないような提案・情報発信を志向しているようにも見受けられる。EUがグローバルにリードしてきたサステナビリティ関連規制において、EUの規制を巡るスタンスが規制緩和とは一線を画す方針を続けるのか否かは、日本を含む世界のサステナビリティ関連規制の在り方にも影響を及ぼすだろう。

サステナビリティ関連規制の簡素化を目指す欧州オムニバス法案-CSRD、CSDDD、タクソノミー、CBAMを対象に-

江夏 あかね

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要約
 

  1. 欧州委員会は2025年2月26日、欧州連合(EU)におけるサステナビリティ及び投資関連規制を簡素化する包括的な法案(以下、オムニバス法案)を公表した。
     
  2. オムニバス法案の対象となるサステナビリティ関連規制は、企業サステナビリティ報告指令(CSRD)、企業サステナビリティデューデリジェンスに関する指令(CSDDD)、EUタクソノミー、炭素国境調整メカニズム(CBAM)である。簡素化の主な方向性としては、適用範囲縮小、要件の緩和、適用開始時期の延期等であり、法案の内容が実現すれば、企業にとって相応のコスト負担軽減が実現する見込みと説明された。
     
  3. サステナブルファイナンス市場では、主要なサステナビリティ関連規制を簡素化する方向性が示されたことから注目が集まっているようだ。とはいえ、オムニバス法案は今後、欧州議会とEU理事会で審議等のプロセスを経ることになり、内容に何らかの修正が行われる可能性もある。そのため、サステナブルファイナンス市場では、多くの投資家が様子見姿勢をとっており、オムニバス法案による特段の影響は2025年4月末時点では顕在化していない。
     
  4. オムニバス法案が今後、(1)欧州企業による資金調達や投資家による投資需要にどのように影響を与えるか、(2)欧州グリーンボンド基準(EU GBS)がEUタクソノミーへの準拠を要請していることもあり、同基準に基づく欧州グリーンボンドの発行に影響を及ぼすことがあるか、等が注目点と言える。

特集2:自然関連情報開示の潮流

TNFDによる自然移行計画ガイダンス案の公表-気候×自然×社会との融合を目指す-

林 宏美

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要約
 

  1. 自然資本に関する企業のリスク管理ならびに開示枠組みを構築する自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)は、2024年10月27日、企業および金融機関が自然移行計画を構築し、開示するためのガイダンス案を公表した。TNFDは2023年9月に公表したTNFD提言(v1.0)において、企業や金融機関に対して自然移行計画の開示を求めている。
     
  2. TNFDの自然移行計画ガイダンス案は、「基盤」、「実施戦略」、「エンゲージメント戦略」、「指標と目標」、「ガバナンス」の5点を基盤としている。これらは、2050年までに温室効果ガス排出量実質ゼロを目指すグラスゴー金融同盟(GFANZ)が2022年11月に公表した、ネットゼロ移行計画の枠組みにおける開示要素と同じである。そのうえで、英国の移行計画タスクフォース(TPT)が2023年10月に公表した、ネットゼロ移行計画の開示サブ要素を取り入れている。その際、気候変動に特化した要素を除外し、「自然移行の枠組みと範囲」、「計画の優先順位」、「依存度とインパクトの指標と目標」、「景観、流域、海景へのエンゲージメント」という自然資本特有の4項目を加えている。
     
  3. TNFDは、気候とのシナジー効果やトレードオフを重視しており、最終的には、気候と自然に加えて、社会的目的も含む、統合された移行計画の策定を視野に入れている。しかしながら、自然移行計画の策定に向けては、①質が担保された自然関連データの不足、②企業が自然移行計画の対象から外したものの、客観的に見ると重要な自然移行過程を投資家等が把握できない可能性、③客観的な指標をもとにした対応を取りにくい社会的目的の統合、等の課題がある。ガイダンス案が、企業の取り組みや開示の質の向上に繋がっていくか注目される。

TNFDの自然関連データプラットフォーム構想-オープンアクセス・データの整備-

林 宏美

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要約
 

  1. 自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)は、2024年10月に開催された生物多様性条約第16回締約国会議(CBD-COP16)において、企業や金融機関のTNFD提言に基づく開示準備を支援するため、オープンアクセスの自然関連データプラットフォーム(NDPF)構想を打ち出した。TNFD提言に則した開示では、経営陣の役割などの定性面に加えて、自然関連データを利用した定量的な評価も求められているが、現状、質の高いデータの収集には様々な課題がある。
     
  2. NDPFの対象は、①TNFD提言に則した開示、②科学に基づく目標ネットワーク(SBTN)が開発した手法を参照した自然関連の目標設定、③TNFDが提示したガイダンス案に則した自然移行計画の構築等を行うために、企業や金融機関が必要とするデータである。NDPFで取得できるデータは、信頼性を確保するべく、プリンシプルベース・アプローチに基づく一連のデータ原則を満たすことが求められる。
     
  3. TNFDは、2025年に実施するNDPFベータ版のパイロットテスト結果を踏まえて、新たにNDPFを構築して自然関連データへのオープンアクセスを長期的に可能とする環境を整備するのか、或いは、既存のデータプラットフォームをアップグレードするのか、について最終判断をする方針である。
     
  4. 多種多様な自然関連データが乱立するなかで、NDPFを構築することは、データの標準化や自然関連開示の後押しにつながる。その一方で、NDPF実装には相当な時間を要すること、NDPFの持続的な運営に必要な資金調達、有償データサービスとの線引きなど課題も少なくない。

ESG/SDGs

米国における反ESGへの向き合い方が問われる日本-企業価値向上という「原点」を見つめ直す好機に-

西山 賢吾、橋口 達

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要約
 

  1. 第二次トランプ政権下では、ESG(環境・社会・ガバナンス)に関連した法制度の廃止や変更を加える動き、いわゆる反ESGの動きが活発化している。SEC(米国証券取引委員会)は大量保有報告制度や株主提案に関する改正や解釈変更を行った。また、デラウェア州会社法における支配株主判定基準の改定や、金融機関、機関投資家等のESG関連イニシアティブからの相次ぐ離脱、大統領令による連邦政府のDEI(多様性、公平性、包摂性)プログラム終了などもみられる。
     
  2. こうした解釈変更や法制度改定の内容は総じてESG推進側に厳しく、(上場)企業や支配株主に資するとみられる。従来より米国では、ESGの推進は企業の負担増につながるにも関わらず、企業価値や投資家のリターン向上に結び付くことについて懐疑的な見方が少なくなかったが、こうした反ESGの動きは、トランプ政権下で活発化した。
     
  3. 一方日本では、スチュワードシップ・コード改訂や開示の拡充、東京証券取引所の企業に対する各種要請等が行われている。これらは基本的にコーポレートガバナンスをはじめとしたESGを一段と推進する方向のものであり、米国とは対照的な動きである。
     
  4. これまでのESG推進が行き過ぎて負担となり、企業や証券取引所の競争力を削いでいるとの意見には留意が必要だが、反ESGの動きが日本に広がる可能性は現状低いと考える。むしろ、これを機に成長戦略の重要施策であるコーポレートガバナンス改革の原点を見つめ直し、各種施策の形式的な実施に留まらず、競争力強化、企業価値の持続的、本質的向上という観点での戦略的な検討、実施が肝要である。

金融資本市場の文脈で考える「グリーンウォッシュ」の諸論点

江夏 あかね

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要約
 

  1. 世界の金融資本市場では近年、「グリーンウォッシュ」に着目し、リスク管理体制を強化する動きが鮮明化している。グリーンウォッシュとは、端的には、実態が伴わないにも関わらず、環境配慮を印象付けようとすることを指す。
     
  2. グリーンウォッシュは、1980年代頃から事例が見られるようになり、増加傾向にあったが、足元では規制当局等の監視の強化もあり、減少傾向にある。しかし、深刻なリスク事例は増加傾向にあるなど、予断を許さない状況である。
     
  3. 国際資本市場協会(ICMA)の調査分析結果によると、グリーンボンド等のサステナブル関連債券に関してグリーンウォッシュが広まっているわけではないが、サステナブルファンド業界においてはグリーンウォッシュが問題になっている。
     
  4. グリーンウォッシュに関して世界的な定義が存在しないことや、経済・社会情勢の変化、環境関連技術のイノベーションの進捗、情報・データの拡充等を踏まえると、適切な管理方法に唯一の解はないと言える。
     
  5. 金融資本市場参加者にとって適切な管理方法のカギになり得るのは、(1)誠実さ(integrity)と透明性(transparency)を軸に、コミュニケーションを行うこと、(2)国内外の法律・規制、ガイドライン、国際的な論考等を観察し、管理体制の最適化を継続していくこと、である。

ESGデュー・ディリジェンスの潮流-日本政府の環境・人権ガイドライン、CSDDDを中心に-

五島 佐保子

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要約
 

  1. 金融資本市場において、企業の合併・買収(M&A)の際の、環境・社会・ガバナンス(ESG)を考慮したデュー・ディリジェンス(以下、ESGDD)へのニーズが高まりつつある。ESGDDは、端的には、気候変動や人権等のテーマに関して、対象会社への質問票等を通じて、ESGリスク及び機会を特定・評価し、特定したESG課題を解決するための戦略を策定・実行し、目標を達成することで企業価値の向上を目指すものである。
     
  2. 世界では、欧州連合(EU)による企業サステナビリティ・デュー・ディリジェンス指令(CSDDD)のように環境や人権デュー・ディリジェンスを義務化する法規制が導入されているほか、日本でも政府により企業が環境及び人権に関するデュー・ディリジェンスへの取り組みを始める際に参照可能なガイドラインを公表している。さらに、環境省は2025年4月、環境デュー・ディリジェンスの実効性向上を目指した議論のまとめを公表した。
     
  3. ESGDDに対する企業の主体性や経営層のコミットメントを基盤として、ESG経営体制の構築、経営層によるESG戦略実施状況のモニタリング、及び役員・従業員報酬へのESG指標の反映等の施策を推進することで、一連の取り組みの実効性が高まると言える。金融資本市場においては、企業が取り組むESGDDの高度化を投資家が適切に評価することで、企業価値の向上を後押しする役割が期待される。

2025年6月議決権行使の注目点-ROE基準の引き上げやPBRに関連した基準設定に注目-

西山 賢吾

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要約
 

  1. 2024年6月、そして2025年3月に開催された株主総会における主要上程議案の割合や平均賛成率を2024年3月開催の株主総会と比較すると大きな変化は見られず、全体的に株主の議決権行使に対する考え方に大きな変化はなかったと推察される。取締役選任議案、特に経営トップの取締役選任議案においては不祥事に対し引き続き厳しい眼が注がれた。一方、株主提案ではファンドからのものに一定の賛成が見られたものの、平均賛成率の低下が見られた。
     
  2. 議決権行使助言会社の2025年以降の助言方針改定では、ISS、グラスルイスともに独立役員の在任期間に関する基準を導入するが、その適用範囲は限定的である。また、グラスルイスでは女性取締役の増員、政策保有株式における自己資本利益率(ROE)基準の厳格化、人工知能リスクに対する取締役の対応等に関する助言方針が導入される。
     
  3. 一方、国内機関投資家の議決権行使基準の改定では、ROE基準の引き上げ(5%から8%)、「株価純資産倍率(PBR)1倍割れ」の議決権行使基準への取り入れ、女性取締役の増員(1名以上から取締役会の員数の10%以上など)、法定・任意を問わない指名・報酬委員会の設置、社外取締役の増員(取締役員数の3分の1以上から過半)などが注目される。
     
  4. 企業と株主・投資家との間で「緊張感のある信頼関係」の構築が重要であることや、エンゲージメントの拡充は議決権行使の重要性を一段と高める事などについては、これまでも繰り返し指摘してきたが、機関投資家を中心に2025年以降も議決権行使基準の厳格化が想定される中、それらの重要性は今後さらに高まると考える。

個人投資家のサステナブル投資を支援するモルガン・スタンレーの取り組み

大川 隼人、五島 佐保子

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要約
 

  1. 米国モルガン・スタンレーでは、個人投資家によるサステナブル投資を支援すべく、(1)個人投資家のサステナブル投資に対するニーズを把握するためのアンケート調査の実施、(2)サステナブル投資に必要なプラットフォーム及びツールの提供、を推進してきた。
     
  2. モルガン・スタンレー・サステナブル投資研究所によるアンケート調査の結果、米国・欧州・日本の個人投資家においてサステナブル投資への関心が高まりつつあることが明示された。一方で、「金融商品のアベイラビリティの不足」や「インパクト測定ツールの不足」等、サステナブル投資を実践する上での課題が浮き彫りになった。
     
  3. モルガン・スタンレーのウェルス・マネジメント部門では、サステナブル投資に必要なプラットフォーム及びツールを個人投資家あるいはファイナンシャル・アドバイザーに提供している。同プラットフォームにおける金融商品の事例として、(1)インパクト・ポートフォリオ、(2)モルガン・スタンレー・グローバル・インパクト・ファンディング・トラスト(MS・GIFT)・ドナー・アドバイズド・ファンド(DAF、寄付者推奨基金)、が挙げられる。また、インパクト測定ツール「インパクト指数算出ツール(Impact Quotient、IQ)」を顧客に提供し、顧客のインパクト目標に対するポートフォリオの整合性を評価している。
     
  4. モルガン・スタンレーの取り組みに鑑みると、日本のリテール市場におけるサステナブル投資がさらに発展するためのカギとして、(1)サステナビリティ投資の考え方を取り入れたポートフォリオ管理ツールの整備、(2)DAFの考え方を取り入れたサステナビリティ投資商品の開発、が挙げられる。

環境面のサステナビリティに焦点を当てた米国初の取引所GIX-ESGに逆風が吹く中でSEC承認を取得-

林 宏美

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要約
 

  1. 米国証券取引委員会(SEC)は、2025年4月14日、環境面のサステナビリティに焦点を当てた米国初の証券取引所となるグリーン・インパクト証券取引所(GIX)の新設を承認した。ニューヨーク証券取引所(NYSE)やNasdaq、Cboeという三大証券取引所グループに属さない第三極の証券取引所として6つ目となるGIXは、米国金融業規制機構(FINRA)の承認を経て、2026年の早い段階で取引を開始する方針である。
     
  2. GIXの方針は、親会社で、自社の経済的利益に加えて、様々なステークホルダーの利益にも配慮する会社形態をとるグリーン・エクスチェンジ・パブリック・ベネフィット・コーポレーション(GEPBC)のミッションに直結している。
     
  3. GIXへの上場は、重複上場のみとされており、上場時点で、NYSEやNasdaqといった他の取引所への上場が不可欠となる。GIX上場企業は、自社が掲げた環境面のサステナビリティ目標(短期、中期、長期)、同目標達成に向けた取り組みの進捗状況、そうした取り組みを促すガバナンス体制等の開示が求められる。なお、取引システムは第三極の証券取引所の一つであるメンバーズ取引所(MEMX)のシステムを利用する。
     
  4. GIXに環境面のサステナビリティを志向する企業が集結すれば、そうした企業と同様な志向をする投資家とを結ぶ場としてGIXの意義を見出せる。もっとも、GIXと類似した構想で、長期志向の企業と同様な投資家を結ぶ場として設立されたロングターム証券取引所(LTSE)の実績が伸びていない点に鑑みると、その先行きに楽観的な見通しは立てにくいであろう。

ファンド名称へのESG用語使用の終わりと始まり-EUにおけるESGファンド市場の構造変化-

富永 健司

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要約
 

  1. 欧州連合(EU)におけるサステナブルファイナンスの市場において、環境・社会・ガバナンス関連の用語(以下、ESG用語)を含むファンドの名称変更(ESG用語の変更・削除・追加)が進展している。モーニングスターの調査結果によれば、2024年に、サステナブルファイナンス開示規則(SFDR)の8条及び9条に合致する開示を行うファンドの名称変更は約170件に達した。
     
  2. こうした動きには、EUの証券市場の監督を担う欧州証券市場監督機構(ESMA)が2024年5月に公表した、ESG及びサステナビリティに関連する用語を使用したファンドの名称に関するガイドライン(以下、ガイドライン)が大きく影響している。さらに、ESMAのガイドラインが参照するSFDRについては、改正に向けた動きが進んでいる。
     
  3. ESMAのガイドラインの適用により、ESG用語を使用する際の要件が示されたことで、これまでESGファンドの名称として広く用いられてきた「ESG」や「サステナブル」という用語の使用が減少する傾向が見られている。このようなファンドの名称変更と運用ポリシーの見直しに伴い、従来のESG・サステナブル投資の内容が変容していくことが予想される。また、ガイドラインは関連する指数にも影響を与えていることから、こうした動きがグローバルにどの程度波及していくのかも注目される。
     
  4. さらに、新たに定義される「トランジション」の用語に基づくトランジション投資がどの程度広まっていくのか、そして、社会・環境面のトランジションがどのように推進されていくのかについても目が離せない状況である。

金融市場における責任あるAI(RAI)への取り組み-オーストラリアによるRAIの推進事例-

富永 健司

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要約
 

  1. 金融市場でAIに関連するリスクを認識すると共に、安全で、信頼性が高く、倫理的な方法でAIを開発・評価・導入する「責任あるAI(RAI)」の考え方が重要視されるようになっている。RAIを積極的に推進している国として、オーストラリアが挙げられる。
     
  2. 同国では、オーストラリア証券投資委員会が、2024年10月に公表したAIの導入とリスク対応に関する調査結果の中で、金融サービスに関する規制は技術の進展に中立であるとの見方を示し、RAIに関連する既存の規制要件の遵守を求めている。
     
  3. オーストラリア連邦科学産業研究機構は2024年4月、同国の資産運用会社と共同でRAIに関するリスク評価の枠組みを開発・公表している。同枠組みにより、投資家は企業に必要なRAIに関するトピックを把握し、エンゲージメントに活用することができる。
     
  4. オーストラリアの金融機関は、政府が示すRAIに関する原則も活用しながら、(1)AI関連サービスの設計・開発・展開を管理するための原則の策定、(2)AIの適切な使用に関する研修プログラムの開発と実施、(3)データ管理や戦略の強化、(4)RAIを支援する民間コンソーシアムへの参加と課題対応といったRAIに関する取り組みを推進している。
     
  5. 日本の金融市場において、今後、金融市場におけるRAIの取り組みがさらに進んでいくと共に、投資家がRAIを考慮した投資を行なうことで、AIの責任ある活用が進展することが期待される。