野村資本市場クォータリー 2018年秋号
時流 ライフサイクル投資の考え方とその課題 野村證券金融工学研究センター エグゼクティブディレクター
大庭 昭彦

個人の株式や投資信託などのリスク資産保有が公的に後押しされ始めて久しいが、具体的にどのくらい持てば良いのか、年齢を経るにしたがって変えるべきなのか変えない方が良いのかという議論はあまりされていないようだ。加齢とリスク資産比率の関係で、米国のフィナンシャルアドバイザーが簡単なルールとして使っているのは「リスク資産比率を100から年齢を引いたものにせよ」というものである。例えば30歳ならば7割、50歳ならば5割、70歳ならば3割で良いということになる。高齢になるほどリスク資産を低くした方が良いというのは感覚的にも受け入れやすい。

金融規制改革10年の回顧と将来への課題
-国際協調と規制のフラグメンテーション-
小立 敬
  1. リーマン・ブラザーズの破綻によりグローバル金融システムが崩壊の危機に直面してから10年が経過した。この間、G20の枠組みの下で国際的な金融規制改革が行われてきたが、その改革も2017年12月のバーゼルIII最終化によって完成することとなった。
  2. 金融危機後の金融規制改革のうち最も象徴的な改革であるバーゼルIIIは、銀行の自己資本、流動性、レバレッジに関して包括的な規制の強化を図っている。その結果、現在では、銀行システムは健全性を回復し、金融危機への耐性を強化している。
  3. トゥー・ビッグ・トゥ・フェイル(TBTF)の終結を図ることも、政策上の最重要課題の1つである。TBTFの終結を図る観点から、主にシステム上重要な金融機関(SIFIs)を対象とする秩序ある破綻処理の枠組みが各国・地域で整備されてきており、新たな破綻処理ツールであるベイルインを実際に適用して秩序ある破綻処理を実現した事例も現れてきている。
  4. 銀行セクターの外で生じるシステミック・リスクを防止するため、MMFや証券化を含むシャドーバンキングも監督・規制の対象となった。また、店頭デリバティブ市場、格付会社を含む資本市場の頑健性や強靭性の強化を図る改革も行われている。金融危機後の金融規制改革は、金融システム全体に及ぶ包括的な取組みである。
  5. 金融規制改革は完成することとなったが、改革の適用や実行に係る課題が残されていることに加えて、各国・地域がG20のコミットメントの下で国際協調を図りながらも、異なる規制の体系が構築される規制の分断化、フラグメンテーションが指摘されている。また、金融規制改革の意図せざる影響があることも指摘されており、改革の効果とともにその副作用を把握することが今後の課題として残されている。
  6. 金融規制改革に取り組んできた10年の間に金融システムそのものも変容してきている。今後、金融システムの安定に影響し得る新たなリスクにも目を向けていくことが求められよう。
バンコ・ポプラールに対するNCWO原則の適用
-銀行破綻処理時の株主・債権者の取扱いに関する原則-
小立 敬
  1. 銀行同盟(ユーロ圏)の破綻処理当局である単一破綻処理理事会(SRB)は2018年8月、昨年6月に破綻処理されたスペインのバンコ・ポプラールの株主や債権者に対して事後的な補償を行わない方針を明らかにした。これは、金融危機後の秩序ある破綻処理の枠組みにおける重要な原則である「ノー・クレジター・ワース・オフ(NCWO)」原則が初めて適用されたものである。
  2. NCWOは、金融機関の破綻処理を行う際の株主や債権者のセーフガードとして、金融安定理事会(FSB)による金融機関の破綻処理の新たな国際基準である「主要な特性」に規定されている。NCWOは、EUの銀行の破綻処理の枠組みであるBRRDにも規定されており、仮に通常の倒産手続を適用した場合、実際の破綻処理と比べて株主や債権者がより良い取扱いを受けられるかどうかを評価し、通常の倒産手続を適用した場合に比べて実際の受取額が少ないと判断される場合には、株主や債権者に対して事後的に補償が行われることになる。
  3. バンコ・ポプラールの破綻処理については、規制資本に対して事実上のベイルインを適用した上で、同国のサンタンデールに1ユーロで譲渡するスキームによって実施された。SRBが独立評価者として選定したデロイトが、同行の破綻処理に関してNCWOを判断するための評価を実施しており、その結果、株主や債権者の実際の取扱いは、通常の倒産手続を適用した場合に比べて不利なものとはなっていないという結論が示された。
  4. バンコ・ポプラールの破綻処理は、NCWOについて初めて判断が下された事例であり、今後、SRBが破綻処理の責任を担うユーロ圏の銀行のみならず、ユーロ圏以外の加盟国やEU域外の国・地域の銀行における破綻処理において、NCWOをどのように適用するかについて1つの参考になる目線を与えてくれるように思われる。銀行の株主および債権者にとっては、NCWOに関する議論の行方に引続き注目していく必要があるだろう。
米財務省によるフィンテック振興に係る規制改革提言 岡田 功太
  1. スティーブン・ムニューシン米財務長官は2018年7月31日、米国のフィンテックに係る規制をより効率的なものに見直すべく、「経済的機会を創出する金融システム:ノンバンク、フィンテック及びイノベーション編」と題する報告書(本報告書)を公表した。本報告書は、ドナルド・トランプ政権による一連の規制改革提言の1つであり、少なくとも80の規制改革を提言している。
  2. 本報告書は、第一に、テクノロジー企業による金融サービス業への参入を促している。顧客とのデジタル・コミュニケーションを促進すべく、時代に遅れている側面がある電話消費者保護法の緩和を提言している。また、データ・アグリゲーションの実施を促すため、消費者本人だけではなく、テクノロジー企業も、消費者の金融資産情報にアクセスする権利があることを明確にすべく、ドッド=フランク法の解釈の明確化を提言している。
  3. 第二に、金融機関の課題の提示である。本報告書は、金融機関が依然としてレガシーシステムに依存している現状を問題視し、業務効率化を目的としたクラウドの活用を促すべく、障害となる規制改革を提言している。また、モバイル端末を通じたオンライン・サービスの提供が一般的となった現在、顧客資産情報の一括管理、決済の迅速化、融資の自動化等、テクノロジーを活用した即時的なサービスの提供は、顧客満足度向上の観点から必須であるとの考えの下、障害となる法的な整備や規則改正を提言している。
  4. 第三に、複雑で重層的な金融行政がフィンテック振興の障害となり得ることを示している。本報告書は、決済システム改革や、州毎に存在する規制の統一・調和の進展が停滞している要因の一つは、複数の規制当局の監督体制によるイニシアティブの欠如であり、場合によっては、連邦議会が改革を後押しすべきであると指摘している。他方で、本報告書は、安全性及び健全性の保持が規制・監督上の優先事項であることを明示しており、イノベーションの促進とバランスを図ることで、フィンテックを振興することを目指している。
財政のデジタル革命 淵田 康之
  1. 経済・社会のデジタル化が進展するなか、政府の機能や活動においてもデジタル化が求められる時代となっている。とりわけ財政、すなわち歳入・歳出に係るデジタル化の意義は大きいと考えられる。
  2. 税の分野では、税務当局が他の行政機関や金融機関、企業などと情報連携することにより、納税者の負担を軽減する工夫を導入している国も多い。例えば、納税者のために記入済申告書を税務当局が用意し、修正不要であれば、クリックするだけで申告が完了する。英国では、金融所得も含めた全ての所得情報を、納税者のウェブ上のタックスアカウントに集約することで、将来的には確定申告を不要とする姿も展望されている。
  3. 付加価値税に関しては、商店等の売上げやインボイスの情報を、税務当局が捕捉できるシステムが導入されている国も少なくない。
  4. デジタル化の進展は、新たな経済活動を生み出しており、従来の手法では税の徴収が困難となる状況ももたらしている。これに対し、例えばプラットフォーム企業に対して参加者の情報を提出させる動きもある。またAIやビッグデータを活用し、納税者の所得や資産の情報収集・分析を高度化する動きも進んでいる。
  5. 一方、歳出、とくに各種の給付の分野では、電子マネーやモバイルマネーを活用し、受給者への確実で低コストの給付を目指す事例がある。受給者の確実な把握と支給額の適切な決定、受給サポートにおいても、デジタル化を活用する余地が大きい。
  6. わが国では、税や社会保険に係る行政手続の負担の重さが指摘されている。デジタル化を活用すれば、手続の効率化のみならず、様々な制度上の不都合や不公平の是正につながる可能性もある。高齢化や人手不足問題、そして財政赤字問題の深刻化を踏まえても、財政のデジタル化は重要である。その実現のためにも、政府が掲げた「デジタル・ガバメント実行計画」への期待は大きい。
地方公共団体のICOを通じた資金調達に向けた取組み 江夏 あかね佐藤 広大
  1. 国内外の地方公共団体において、イニシャル・コイン・オファリング(ICO)を通じた資金調達を検討する動きが見られている。例えば、(1)米国のカリフォルニア州バークレー市、(2)岡山県西粟倉村、(3)韓国のソウル特別市、が挙げられる。
  2. 先進国の地方公共団体は現在、経済成熟化や人口減少・高齢化等のそれぞれの事情を背景に財政面での制約を抱えつつ、地方創生、地域活性化に取り組むことを求められている。そのような中、新たな資金調達手段の1つとしてICOの可能性を模索することは有意義であると言える。
  3. ICO自体が未だ新しい資金調達手法であるため、技術・法制面を含めて実現に至るまでには複数の課題を克服する必要があるとみられる。しかしながら、取組みのプロセス自体が地方公共団体のみならず、地域企業・社会と協働する形となっていることから、地方創生・地域活性化に寄与する効果もあると考えられる。
教育資金の一括贈与制度の現状と金融機関による取組み 宮本 佐知子
  1. 教育資金の一括贈与制度は、祖父母等(贈与者)が、子・孫(受贈者)名義の金融機関の口座等に、教育資金を一括して拠出し、その資金が一定の教育目的に使われる場合には受贈者ごとに贈与税が1,500万円まで非課税となる制度である。この制度は、わが国で初めての、教育資金に焦点を当てた贈与税非課税制度である。2013年4月1日に適用開始となり、利用者数は増え続けているが、その要因として、家計側で教育資金確保へのニーズが高いことや、2015年1月から相続税が改正され課税が強化されたことが指摘できる。
  2. 教育資金の一括贈与制度は、2019年3月末で期限切れを迎える。制度を主管する文部科学省と金融庁は、平成31年度税制改正要望として、制度の恒久化及び拡充を求めている。この制度を使いやすいものにするためには、改正すべき論点が二つあると考えられる。第一に、領収書確認・管理等の事務手続の簡素化、第二に、税制上の取扱いの改善である。
  3. 今般の税制改正で、制度の恒久化または再延長が決まったならば、認知度も高まり利用者数増が見込まれる。事務手続きの煩雑さにもかかわらず、金融機関が制度対応商品を提供しているのは、アプローチしたい顧客層との接触機会を作る上で有効と考えているためであるが、教育資金の一括贈与制度のような形での接触機会は、金融機関が顧客と長期にわたり世代をつないだ関係を築くために重要と考えられる。
  4. 金融機関では、この制度の事務手続や商品設計、サービス面において更に工夫する余地があり、それによって新たな利用希望者を開拓し、ビジネスチャンスを広げることもできよう。このような工夫により、教育資金の一括贈与制度対応の商品は、既に取扱いを開始している金融機関だけでなく、新たに参入する金融機関においても、顧客ファミリーとの関係を深める戦略商品になりうる。それだけに、この制度への今後の金融機関による取組みが注目されよう。
2018年の議決権行使状況と今後の注目点 西山 賢吾
  1. 2018年6月に実施されたRussell/Nomura Large Cap 構成企業の株主総会における主要議案の賛否状況を見ると、取締役選任議案において、初めて社内取締役の平均賛成比率が社外取締役のそれを下回った。特に、業績不振や資本効率の低迷が長期化している企業、不祥事のあった企業などで、経営トップの賛成率が低い事例が増えてきたことが特徴である。
  2. 買収防衛策関連議案の平均賛成比率は2017年の67.0%から62.4%に低下した。従来より機関投資家を中心に厳しい見方がされる議案であるが、2018年は議決権行使助言会社の助言方針の厳格化や、防衛策の発動等について検討する第三者委員会の独立性に対する見方が一段と厳しくなったことなどが要因と考えられる。
  3. 機関投資家の主要議案の賛否結果を見ると、取締役選任議案に対する反対が増えたところが一定数存在する。取締役、特に経営トップの取締役選任議案に対する行使基準を厳しくしながら、投資家の企業に対するスタンスを示そうとする動きが進んでいるように見える。
  4. 2018年6月に改訂されたコーポレートガバナンスコードの内容等から考えると、2019年以降、機関投資家の議決権行使ガイドライン改訂のポイントになると考えられる論点は、独立社外取締役の増員(例えば2人以上から取締役総数の3分の1以上など)、ダイバーシティへの対応(例えば、女性の取締役の選任に関する何らかの基準設定)、剰余金処分議案(例えは、現預金を多く有しながらも配当性向が相対的に低い企業に対し、当該議案に反対の意思表示を行う)などがあるだろう。
  5. その一方で、企業から「機関投資家の議決権行使が杓子定規になっている」との意見も聞かれている。議決権行使ガイドライン通りの対応を行うだけではなく、企業の見解を聞きつつ、それが真に議案の賛否を変える必要性がある理由であるか否かを丁寧に検討することも必要と考える。
公共施設等老朽化対策の一助となる地方公会計
-有形固定資産減価償却率を用いた組合せ分析-
江夏 あかね
  1. 地方公共団体は近年、公会計整備を進め、多くの団体が統一的な基準による2016年度の財務書類を公表している。地方公会計は、統一的な基準の導入により、長年の課題だった比較可能性が確保された結果、地方公共団体が賢く財政運営を進める上で、様々な用途に活用することが可能なツールとなった。
  2. 金融市場においては、健全化判断比率等の既存の財政指標に加え、統一的な基準において算定される公会計関連指標、特に地方公共団体の喫緊の課題である公共施設等の老朽化の状況を示唆する有形固定資産減価償却率に注目が集まっている。本稿で、都道府県及び政令指定都市の2016年度の財務書類を用いて、将来負担比率と公会計関連指標である有形固定資産減価償却率を用いた組合せ分析を行ったところ、各団体が抱える公共施設等の老朽化も含めた将来負担の相対的な位置付けが明らかになった。
  3. 今後、地方公共団体が、住民、議会、地方債投資家等のステークホルダーに対して財政に関する説明を行う際、組合せ分析等も活用し、自団体が置かれた広義の将来負担の状況を示すことが期待される。また、仮に他団体より数値が見劣りするようであれば、公共施設等の老朽化や財政健全化等に向けた対策及びそれを通じた数値の改善見通し等を、明確に伝える体制を迅速に整えることが望まれる。
大陸欧州の家計による投資行動の現状 神山 哲也
  1. 日本で必ずしも「貯蓄から投資へ」が容易に進んでいない中、大陸欧州諸国における家計の投資行動、商品・サービスはどのようになっているのかを確認した。
  2. 欧州連合(EU)全体の家計金融資産は33兆ユーロであり、30%ほどを占める預金が最も多い。投資信託は8%ほどとなっているが、ユーロ危機以降は超低金利もあって増加基調にある。また、金融商品の販売は、ユニバーサル・バンキングの下で銀行・保険が主要チャネルとなっている。
  3. 国ごとに見ると多様性がある。例えば、ドイツでは、家計金融資産に占めるリスク性投資資産(投資信託+上場株)の比率が高まっている。超低金利による銀行の役務収益拡大のニーズ、リースター年金の拡大が背景として挙げられる。
  4. フランスの家計では、超低金利環境下でより高収益を狙った個別株保有が増えている。また、株式貯蓄プラン(PEA)や確定拠出型の企業退職貯蓄プラン(PERCO)などの税優遇制度も整備されている。
  5. イタリアの家計では、伝統的な金融債保有が減少する一方、バランス型ファンドを中心に投資信託が増えている。2017年には税優遇措置の付いた個人貯蓄プラン(PIR)も導入された。
  6. スペインの家計でも投信投資は増加しており、家計金融資産に占める投信比率は独・仏・伊を上回っている。家計による投資信託の長期保有の傾向が強まっているのも特徴である。
  7. EUの資本市場同盟では「リテール投資家による投資の促進」が柱の一つとなっており、今後も投資貯蓄口座に係る施策等が打ち出されていくものと考えられる。また、欧州では、オープン・アーキテクチャーの進展や、プレーンな投資商品の浸透といった注目点もあり、日本にとっても参考になるものと思われる。
世界的なエネルギー政策の転換と気候関連財務情報開示 板津 直孝
  1. 低炭素経済への移行を目的としたエネルギー政策の転換が、世界的に広がっている。グローバルサプライチェーンの構築が進む企業に対しては、関係各国の気候変動対策が、国外関連会社の事業に影響を及ぼし始めている。そのような中、世界の機関投資家288機関は、2018年6月、気候関連財務情報開示の強化等をG7政府首脳へ要求する共同声明を発表した。企業にとっては、自社事業に影響を及ぼす低炭素経済への移行政策に関して、経営課題として対策を講じ、企業の持続的成長の可能性を機関投資家へ積極開示することが、ますます重要になってきている。
  2. 企業の気候関連財務情報開示に関するグローバル・スタンダードは、FSBが設置した気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)により公表されている。TCFDは、エネルギー政策の転換を、気候変動抑制の政策が企業にもたらす移行リスクに分類し、気候関連財務情報としての開示を提言している。具体的な移行リスクを想定するうえで、グローバル企業は、OECDが2017年5月に公表した「気候への投資、成長への投資」を活用することができる。日本国内の事業については、2018年7月に閣議決定された「第5次エネルギー基本計画」に、最新の気候関連のシナリオ分析がある。いずれもパリ協定で合意した気候関連のシナリオに基づいていることから、包摂的で実現性が高いとされる。
  3. 世界的な化石燃料から再生可能エネルギーへのシフトの影響は、化石燃料関連企業のみならず幅広い産業を巻き込んで加速しつつある。企業の持続的成長を損なうことなく低炭素経済への移行を実現するためにも、企業はその動向に同調した気候関連のシナリオ分析を進めることが重要である。その上で、企業は、経営戦略を気候関連財務情報として積極開示することにより、機関投資家の支持を集めることが期待できるといえよう。
中国における金融包摂実現の切り札となるフィンテック
-アント・フィナンシャルの取り組みを例として-
関 志雄
  1. 金融包摂とは、機会の平等とビジネスの持続的発展が可能であるという原則に基づき、コスト負担が可能であることを前提に、金融サービスの需要のある社会各層に適切で効果的なサービスを提供することである。中小零細企業、農民、都市・農村部の低所得層、貧困層、身体障害者、高齢者などは、その主な対象となる。中国政府は、金融包摂を積極的に推進しており、それに当たり、フィンテックの活用に強い期待を寄せている。
  2. 中国のフィンテック企業の中で、率先して金融包摂に取り組んでいるのは、アリババ系のアント・フィナンシャルである。同社は、オンライン決済のプラットフォームであるアリペイとマネー・マーケット・ファンドである余額宝(いずれも世界最大規模)を運営しながら、浙江網商銀行を通じて、中小零細企業や農村市場に融資を行っている。浙江網商銀行は、AIやビッグデータなどの最新技術を生かして、融資に伴うコストと不良債権比率を抑えている。
  3. 中国におけるフィンテックを生かした金融包摂への取り組みは、成果を挙げつつも、まだ緒に就いたばかりであり、今後さらに広がりを見せると予想される。その一つの方向性は、フィンテック企業と従来の金融機関が協力し、新しい商品・サービスを提供することである。両者の強みを生かせば、より多くの人々が、より安いコストで、金融サービスを受けられるようになるだろう。
中国におけるイノベーション型企業向け上場制度改革 関根 栄一
  1. 世界各国で、政府・企業ともに、イノベーションを促進する政策やビジネスへの取り組みが強化されている中、中国では、バイドゥ(Baidu)、アリババ(Alibaba)やテンセント(Tencent)(以上3社をBATと呼ぶ)に代表されるイノベーション型企業が台頭している。未上場で評価額10億ドル以上の「ユニコーン企業」も中国から多数生まれている。
  2. 中国のイノベーション型企業には、世界に先行して普及した非現金決済と組み合わせて、消費者に利便性の高いサービスを、モバイル上で、ワンストップで提供する業態が多いことが特徴である。シェアリングエコノミーも独自の発展を見せており、中国政府も振興と業界秩序の両面から政策を整備中である。
  3. 今後、イノベーション型企業が更に成長するためには、リスクマネーの供給が不可欠である。その際、BATのように海外上場ではなく、同企業の中国国内での上場を促すためには、上場条件の一部緩和などが求められる。このため、中国政府は、海外上場のイノベーション型企業の中国預託証券(CDR)の発行を含む上場制度改革を行った。
  4. CDRの発行は、中国国内の投資家に対し、事業は中国国内ながらも、海外に上場しているイノベーション型企業への投資機会を提供するものである。今後、海外上場の中国企業によるCDR発行や、海外未上場の中国企業の国内への上場誘致の動向が注目される。
中国年金制度における第三の柱の重要性と公募ファンドへの注目 宋 良也
  1. 中国の年金制度は、(1)基本養老保険(公的年金)という「第一の柱」、(2)企業年金・職業年金(公務員年金)という「第二の柱」、(3)個人向けの年金投資口座(商業年金)という「第三の柱」、の「三本の柱」で構成されている。少子高齢化に直面する中国は、将来的にいかに高齢者を支えていくかが課題であり、年金制度の改革も必要となっている。
  2. 第一の柱である基本養老保険は、確定給付型の社会プールと確定拠出型の個人口座の併用が大きな特徴である。ただし、財政負担の大きい社会プールに個人口座の積立資金が流用されるという「カラ口座」問題が生じており、持続的な制度運営に懸念が生じている。第二の柱である企業年金は、税制優遇が不十分であることや導入基準が厳しいことで、加入率が低いという問題がある。これらの補完役として、課税繰延の優遇措置を伴う第三の柱である、個人年金口座の制度構築に向けた動きが始まっている。
  3. 具体的には、2018年5月1日から始まった個人所得税繰延型商業養老保険のテストと、それに先立ち、中国証券監督管理委員会(証監会)が同年3月2日に公布した「養老目標証券投資基金(年金ターゲットファンド)指針(試行)」である。前者は個人年金口座であり税制優遇を伴う。後者は上述のテストが終了後、個人年金口座での運用対象となる可能性も高いと見られる。
  4. 今後、中国における年金制度の第三の柱の構築がどのように進展するか注目される。その過程で、例えば、上述の年金ターゲットファンドの個人年金口座への導入、同ファンドの投資対象の拡大など、課題を解消していくことが求められよう。
ASEAN域内における株式投資型クラウドファンディングによる資金調達の現状と展望 北野 陽平武井 悠輔
  1. 近年、ASEAN域内では株式投資型クラウドファンディング(ECF)による資金調達が拡大している。域内におけるECFによる資金調達額は2014年の400万米ドル未満から2016年には5,600万米ドル超へと増加し、国別ではシンガポールが8割超を占めた。ECFによる資金調達が拡大している背景として、(1)スタートアップ企業の増加、(2)規制枠組みの整備、(3)新規株式公開(IPO)以外の方法により資金調達を検討する企業の増加、が挙げられる。
  2. シンガポールでは2016年6月、ECFと貸付型クラウドファンディングを総称した証券型クラウドファンディングに関するガイドラインが発表された。主なECFプラットフォーム運営企業として、FundedHere、Crowdonomic Media、Fundnel、CapBridgeが挙げられ、各社は自身の戦略や強みを踏まえて支援対象企業を選定している。この結果、スタートアップ企業は成長段階に応じた柔軟な資金調達を行うことが可能となっている。
  3. マレーシアでは2015年2月にECFに関する規制が導入され、現在7社がECFプラットフォーム運営企業として登録されている。資金調達額は、2016年の1,040万リンギット(2.8億円)から2017年には2,234万リンギットへと倍増した。タイでは2015年5月にECFに関する規制が導入されたが、資金調達の目立った動きは見られなかった。しかし、2018年5月にスタートアップ企業向け資金調達プラットフォームであるLiVEがタイ証券取引所により導入され、今後LiVEの動向が注目される。
  4. ASEAN域内におけるECFはまだ発展初期段階にあるものの、スタートアップ企業の新たな資金調達手段として成長期待が高まっている。スタートアップ企業のエコシステムが発展しており、金融規制当局や取引所が協力的なシンガポールが、今後も域内で主導的な役割を担うと考えられる。また、金融機関とECFプラットフォーム運営企業の提携も、ECFによる資金調達を促す動きとして注目されよう。
時流 ライフサイクル投資の考え方とその課題 野村證券金融工学研究センター エグゼクティブディレクター
大庭 昭彦

個人の株式や投資信託などのリスク資産保有が公的に後押しされ始めて久しいが、具体的にどのくらい持てば良いのか、年齢を経るにしたがって変えるべきなのか変えない方が良いのかという議論はあまりされていないようだ。加齢とリスク資産比率の関係で、米国のフィナンシャルアドバイザーが簡単なルールとして使っているのは「リスク資産比率を100から年齢を引いたものにせよ」というものである。例えば30歳ならば7割、50歳ならば5割、70歳ならば3割で良いということになる。高齢になるほどリスク資産を低くした方が良いというのは感覚的にも受け入れやすい。

金融規制改革10年の回顧と将来への課題
-国際協調と規制のフラグメンテーション-
小立 敬
  1. リーマン・ブラザーズの破綻によりグローバル金融システムが崩壊の危機に直面してから10年が経過した。この間、G20の枠組みの下で国際的な金融規制改革が行われてきたが、その改革も2017年12月のバーゼルIII最終化によって完成することとなった。
  2. 金融危機後の金融規制改革のうち最も象徴的な改革であるバーゼルIIIは、銀行の自己資本、流動性、レバレッジに関して包括的な規制の強化を図っている。その結果、現在では、銀行システムは健全性を回復し、金融危機への耐性を強化している。
  3. トゥー・ビッグ・トゥ・フェイル(TBTF)の終結を図ることも、政策上の最重要課題の1つである。TBTFの終結を図る観点から、主にシステム上重要な金融機関(SIFIs)を対象とする秩序ある破綻処理の枠組みが各国・地域で整備されてきており、新たな破綻処理ツールであるベイルインを実際に適用して秩序ある破綻処理を実現した事例も現れてきている。
  4. 銀行セクターの外で生じるシステミック・リスクを防止するため、MMFや証券化を含むシャドーバンキングも監督・規制の対象となった。また、店頭デリバティブ市場、格付会社を含む資本市場の頑健性や強靭性の強化を図る改革も行われている。金融危機後の金融規制改革は、金融システム全体に及ぶ包括的な取組みである。
  5. 金融規制改革は完成することとなったが、改革の適用や実行に係る課題が残されていることに加えて、各国・地域がG20のコミットメントの下で国際協調を図りながらも、異なる規制の体系が構築される規制の分断化、フラグメンテーションが指摘されている。また、金融規制改革の意図せざる影響があることも指摘されており、改革の効果とともにその副作用を把握することが今後の課題として残されている。
  6. 金融規制改革に取り組んできた10年の間に金融システムそのものも変容してきている。今後、金融システムの安定に影響し得る新たなリスクにも目を向けていくことが求められよう。
バンコ・ポプラールに対するNCWO原則の適用
-銀行破綻処理時の株主・債権者の取扱いに関する原則-
小立 敬
  1. 銀行同盟(ユーロ圏)の破綻処理当局である単一破綻処理理事会(SRB)は2018年8月、昨年6月に破綻処理されたスペインのバンコ・ポプラールの株主や債権者に対して事後的な補償を行わない方針を明らかにした。これは、金融危機後の秩序ある破綻処理の枠組みにおける重要な原則である「ノー・クレジター・ワース・オフ(NCWO)」原則が初めて適用されたものである。
  2. NCWOは、金融機関の破綻処理を行う際の株主や債権者のセーフガードとして、金融安定理事会(FSB)による金融機関の破綻処理の新たな国際基準である「主要な特性」に規定されている。NCWOは、EUの銀行の破綻処理の枠組みであるBRRDにも規定されており、仮に通常の倒産手続を適用した場合、実際の破綻処理と比べて株主や債権者がより良い取扱いを受けられるかどうかを評価し、通常の倒産手続を適用した場合に比べて実際の受取額が少ないと判断される場合には、株主や債権者に対して事後的に補償が行われることになる。
  3. バンコ・ポプラールの破綻処理については、規制資本に対して事実上のベイルインを適用した上で、同国のサンタンデールに1ユーロで譲渡するスキームによって実施された。SRBが独立評価者として選定したデロイトが、同行の破綻処理に関してNCWOを判断するための評価を実施しており、その結果、株主や債権者の実際の取扱いは、通常の倒産手続を適用した場合に比べて不利なものとはなっていないという結論が示された。
  4. バンコ・ポプラールの破綻処理は、NCWOについて初めて判断が下された事例であり、今後、SRBが破綻処理の責任を担うユーロ圏の銀行のみならず、ユーロ圏以外の加盟国やEU域外の国・地域の銀行における破綻処理において、NCWOをどのように適用するかについて1つの参考になる目線を与えてくれるように思われる。銀行の株主および債権者にとっては、NCWOに関する議論の行方に引続き注目していく必要があるだろう。
米財務省によるフィンテック振興に係る規制改革提言 岡田 功太
  1. スティーブン・ムニューシン米財務長官は2018年7月31日、米国のフィンテックに係る規制をより効率的なものに見直すべく、「経済的機会を創出する金融システム:ノンバンク、フィンテック及びイノベーション編」と題する報告書(本報告書)を公表した。本報告書は、ドナルド・トランプ政権による一連の規制改革提言の1つであり、少なくとも80の規制改革を提言している。
  2. 本報告書は、第一に、テクノロジー企業による金融サービス業への参入を促している。顧客とのデジタル・コミュニケーションを促進すべく、時代に遅れている側面がある電話消費者保護法の緩和を提言している。また、データ・アグリゲーションの実施を促すため、消費者本人だけではなく、テクノロジー企業も、消費者の金融資産情報にアクセスする権利があることを明確にすべく、ドッド=フランク法の解釈の明確化を提言している。
  3. 第二に、金融機関の課題の提示である。本報告書は、金融機関が依然としてレガシーシステムに依存している現状を問題視し、業務効率化を目的としたクラウドの活用を促すべく、障害となる規制改革を提言している。また、モバイル端末を通じたオンライン・サービスの提供が一般的となった現在、顧客資産情報の一括管理、決済の迅速化、融資の自動化等、テクノロジーを活用した即時的なサービスの提供は、顧客満足度向上の観点から必須であるとの考えの下、障害となる法的な整備や規則改正を提言している。
  4. 第三に、複雑で重層的な金融行政がフィンテック振興の障害となり得ることを示している。本報告書は、決済システム改革や、州毎に存在する規制の統一・調和の進展が停滞している要因の一つは、複数の規制当局の監督体制によるイニシアティブの欠如であり、場合によっては、連邦議会が改革を後押しすべきであると指摘している。他方で、本報告書は、安全性及び健全性の保持が規制・監督上の優先事項であることを明示しており、イノベーションの促進とバランスを図ることで、フィンテックを振興することを目指している。
財政のデジタル革命 淵田 康之
  1. 経済・社会のデジタル化が進展するなか、政府の機能や活動においてもデジタル化が求められる時代となっている。とりわけ財政、すなわち歳入・歳出に係るデジタル化の意義は大きいと考えられる。
  2. 税の分野では、税務当局が他の行政機関や金融機関、企業などと情報連携することにより、納税者の負担を軽減する工夫を導入している国も多い。例えば、納税者のために記入済申告書を税務当局が用意し、修正不要であれば、クリックするだけで申告が完了する。英国では、金融所得も含めた全ての所得情報を、納税者のウェブ上のタックスアカウントに集約することで、将来的には確定申告を不要とする姿も展望されている。
  3. 付加価値税に関しては、商店等の売上げやインボイスの情報を、税務当局が捕捉できるシステムが導入されている国も少なくない。
  4. デジタル化の進展は、新たな経済活動を生み出しており、従来の手法では税の徴収が困難となる状況ももたらしている。これに対し、例えばプラットフォーム企業に対して参加者の情報を提出させる動きもある。またAIやビッグデータを活用し、納税者の所得や資産の情報収集・分析を高度化する動きも進んでいる。
  5. 一方、歳出、とくに各種の給付の分野では、電子マネーやモバイルマネーを活用し、受給者への確実で低コストの給付を目指す事例がある。受給者の確実な把握と支給額の適切な決定、受給サポートにおいても、デジタル化を活用する余地が大きい。
  6. わが国では、税や社会保険に係る行政手続の負担の重さが指摘されている。デジタル化を活用すれば、手続の効率化のみならず、様々な制度上の不都合や不公平の是正につながる可能性もある。高齢化や人手不足問題、そして財政赤字問題の深刻化を踏まえても、財政のデジタル化は重要である。その実現のためにも、政府が掲げた「デジタル・ガバメント実行計画」への期待は大きい。
地方公共団体のICOを通じた資金調達に向けた取組み 江夏 あかね佐藤 広大
  1. 国内外の地方公共団体において、イニシャル・コイン・オファリング(ICO)を通じた資金調達を検討する動きが見られている。例えば、(1)米国のカリフォルニア州バークレー市、(2)岡山県西粟倉村、(3)韓国のソウル特別市、が挙げられる。
  2. 先進国の地方公共団体は現在、経済成熟化や人口減少・高齢化等のそれぞれの事情を背景に財政面での制約を抱えつつ、地方創生、地域活性化に取り組むことを求められている。そのような中、新たな資金調達手段の1つとしてICOの可能性を模索することは有意義であると言える。
  3. ICO自体が未だ新しい資金調達手法であるため、技術・法制面を含めて実現に至るまでには複数の課題を克服する必要があるとみられる。しかしながら、取組みのプロセス自体が地方公共団体のみならず、地域企業・社会と協働する形となっていることから、地方創生・地域活性化に寄与する効果もあると考えられる。
教育資金の一括贈与制度の現状と金融機関による取組み 宮本 佐知子
  1. 教育資金の一括贈与制度は、祖父母等(贈与者)が、子・孫(受贈者)名義の金融機関の口座等に、教育資金を一括して拠出し、その資金が一定の教育目的に使われる場合には受贈者ごとに贈与税が1,500万円まで非課税となる制度である。この制度は、わが国で初めての、教育資金に焦点を当てた贈与税非課税制度である。2013年4月1日に適用開始となり、利用者数は増え続けているが、その要因として、家計側で教育資金確保へのニーズが高いことや、2015年1月から相続税が改正され課税が強化されたことが指摘できる。
  2. 教育資金の一括贈与制度は、2019年3月末で期限切れを迎える。制度を主管する文部科学省と金融庁は、平成31年度税制改正要望として、制度の恒久化及び拡充を求めている。この制度を使いやすいものにするためには、改正すべき論点が二つあると考えられる。第一に、領収書確認・管理等の事務手続の簡素化、第二に、税制上の取扱いの改善である。
  3. 今般の税制改正で、制度の恒久化または再延長が決まったならば、認知度も高まり利用者数増が見込まれる。事務手続きの煩雑さにもかかわらず、金融機関が制度対応商品を提供しているのは、アプローチしたい顧客層との接触機会を作る上で有効と考えているためであるが、教育資金の一括贈与制度のような形での接触機会は、金融機関が顧客と長期にわたり世代をつないだ関係を築くために重要と考えられる。
  4. 金融機関では、この制度の事務手続や商品設計、サービス面において更に工夫する余地があり、それによって新たな利用希望者を開拓し、ビジネスチャンスを広げることもできよう。このような工夫により、教育資金の一括贈与制度対応の商品は、既に取扱いを開始している金融機関だけでなく、新たに参入する金融機関においても、顧客ファミリーとの関係を深める戦略商品になりうる。それだけに、この制度への今後の金融機関による取組みが注目されよう。
2018年の議決権行使状況と今後の注目点 西山 賢吾
  1. 2018年6月に実施されたRussell/Nomura Large Cap 構成企業の株主総会における主要議案の賛否状況を見ると、取締役選任議案において、初めて社内取締役の平均賛成比率が社外取締役のそれを下回った。特に、業績不振や資本効率の低迷が長期化している企業、不祥事のあった企業などで、経営トップの賛成率が低い事例が増えてきたことが特徴である。
  2. 買収防衛策関連議案の平均賛成比率は2017年の67.0%から62.4%に低下した。従来より機関投資家を中心に厳しい見方がされる議案であるが、2018年は議決権行使助言会社の助言方針の厳格化や、防衛策の発動等について検討する第三者委員会の独立性に対する見方が一段と厳しくなったことなどが要因と考えられる。
  3. 機関投資家の主要議案の賛否結果を見ると、取締役選任議案に対する反対が増えたところが一定数存在する。取締役、特に経営トップの取締役選任議案に対する行使基準を厳しくしながら、投資家の企業に対するスタンスを示そうとする動きが進んでいるように見える。
  4. 2018年6月に改訂されたコーポレートガバナンスコードの内容等から考えると、2019年以降、機関投資家の議決権行使ガイドライン改訂のポイントになると考えられる論点は、独立社外取締役の増員(例えば2人以上から取締役総数の3分の1以上など)、ダイバーシティへの対応(例えば、女性の取締役の選任に関する何らかの基準設定)、剰余金処分議案(例えは、現預金を多く有しながらも配当性向が相対的に低い企業に対し、当該議案に反対の意思表示を行う)などがあるだろう。
  5. その一方で、企業から「機関投資家の議決権行使が杓子定規になっている」との意見も聞かれている。議決権行使ガイドライン通りの対応を行うだけではなく、企業の見解を聞きつつ、それが真に議案の賛否を変える必要性がある理由であるか否かを丁寧に検討することも必要と考える。
公共施設等老朽化対策の一助となる地方公会計
-有形固定資産減価償却率を用いた組合せ分析-
江夏 あかね
  1. 地方公共団体は近年、公会計整備を進め、多くの団体が統一的な基準による2016年度の財務書類を公表している。地方公会計は、統一的な基準の導入により、長年の課題だった比較可能性が確保された結果、地方公共団体が賢く財政運営を進める上で、様々な用途に活用することが可能なツールとなった。
  2. 金融市場においては、健全化判断比率等の既存の財政指標に加え、統一的な基準において算定される公会計関連指標、特に地方公共団体の喫緊の課題である公共施設等の老朽化の状況を示唆する有形固定資産減価償却率に注目が集まっている。本稿で、都道府県及び政令指定都市の2016年度の財務書類を用いて、将来負担比率と公会計関連指標である有形固定資産減価償却率を用いた組合せ分析を行ったところ、各団体が抱える公共施設等の老朽化も含めた将来負担の相対的な位置付けが明らかになった。
  3. 今後、地方公共団体が、住民、議会、地方債投資家等のステークホルダーに対して財政に関する説明を行う際、組合せ分析等も活用し、自団体が置かれた広義の将来負担の状況を示すことが期待される。また、仮に他団体より数値が見劣りするようであれば、公共施設等の老朽化や財政健全化等に向けた対策及びそれを通じた数値の改善見通し等を、明確に伝える体制を迅速に整えることが望まれる。
大陸欧州の家計による投資行動の現状 神山 哲也
  1. 日本で必ずしも「貯蓄から投資へ」が容易に進んでいない中、大陸欧州諸国における家計の投資行動、商品・サービスはどのようになっているのかを確認した。
  2. 欧州連合(EU)全体の家計金融資産は33兆ユーロであり、30%ほどを占める預金が最も多い。投資信託は8%ほどとなっているが、ユーロ危機以降は超低金利もあって増加基調にある。また、金融商品の販売は、ユニバーサル・バンキングの下で銀行・保険が主要チャネルとなっている。
  3. 国ごとに見ると多様性がある。例えば、ドイツでは、家計金融資産に占めるリスク性投資資産(投資信託+上場株)の比率が高まっている。超低金利による銀行の役務収益拡大のニーズ、リースター年金の拡大が背景として挙げられる。
  4. フランスの家計では、超低金利環境下でより高収益を狙った個別株保有が増えている。また、株式貯蓄プラン(PEA)や確定拠出型の企業退職貯蓄プラン(PERCO)などの税優遇制度も整備されている。
  5. イタリアの家計では、伝統的な金融債保有が減少する一方、バランス型ファンドを中心に投資信託が増えている。2017年には税優遇措置の付いた個人貯蓄プラン(PIR)も導入された。
  6. スペインの家計でも投信投資は増加しており、家計金融資産に占める投信比率は独・仏・伊を上回っている。家計による投資信託の長期保有の傾向が強まっているのも特徴である。
  7. EUの資本市場同盟では「リテール投資家による投資の促進」が柱の一つとなっており、今後も投資貯蓄口座に係る施策等が打ち出されていくものと考えられる。また、欧州では、オープン・アーキテクチャーの進展や、プレーンな投資商品の浸透といった注目点もあり、日本にとっても参考になるものと思われる。
世界的なエネルギー政策の転換と気候関連財務情報開示 板津 直孝
  1. 低炭素経済への移行を目的としたエネルギー政策の転換が、世界的に広がっている。グローバルサプライチェーンの構築が進む企業に対しては、関係各国の気候変動対策が、国外関連会社の事業に影響を及ぼし始めている。そのような中、世界の機関投資家288機関は、2018年6月、気候関連財務情報開示の強化等をG7政府首脳へ要求する共同声明を発表した。企業にとっては、自社事業に影響を及ぼす低炭素経済への移行政策に関して、経営課題として対策を講じ、企業の持続的成長の可能性を機関投資家へ積極開示することが、ますます重要になってきている。
  2. 企業の気候関連財務情報開示に関するグローバル・スタンダードは、FSBが設置した気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)により公表されている。TCFDは、エネルギー政策の転換を、気候変動抑制の政策が企業にもたらす移行リスクに分類し、気候関連財務情報としての開示を提言している。具体的な移行リスクを想定するうえで、グローバル企業は、OECDが2017年5月に公表した「気候への投資、成長への投資」を活用することができる。日本国内の事業については、2018年7月に閣議決定された「第5次エネルギー基本計画」に、最新の気候関連のシナリオ分析がある。いずれもパリ協定で合意した気候関連のシナリオに基づいていることから、包摂的で実現性が高いとされる。
  3. 世界的な化石燃料から再生可能エネルギーへのシフトの影響は、化石燃料関連企業のみならず幅広い産業を巻き込んで加速しつつある。企業の持続的成長を損なうことなく低炭素経済への移行を実現するためにも、企業はその動向に同調した気候関連のシナリオ分析を進めることが重要である。その上で、企業は、経営戦略を気候関連財務情報として積極開示することにより、機関投資家の支持を集めることが期待できるといえよう。
中国における金融包摂実現の切り札となるフィンテック
-アント・フィナンシャルの取り組みを例として-
関 志雄
  1. 金融包摂とは、機会の平等とビジネスの持続的発展が可能であるという原則に基づき、コスト負担が可能であることを前提に、金融サービスの需要のある社会各層に適切で効果的なサービスを提供することである。中小零細企業、農民、都市・農村部の低所得層、貧困層、身体障害者、高齢者などは、その主な対象となる。中国政府は、金融包摂を積極的に推進しており、それに当たり、フィンテックの活用に強い期待を寄せている。
  2. 中国のフィンテック企業の中で、率先して金融包摂に取り組んでいるのは、アリババ系のアント・フィナンシャルである。同社は、オンライン決済のプラットフォームであるアリペイとマネー・マーケット・ファンドである余額宝(いずれも世界最大規模)を運営しながら、浙江網商銀行を通じて、中小零細企業や農村市場に融資を行っている。浙江網商銀行は、AIやビッグデータなどの最新技術を生かして、融資に伴うコストと不良債権比率を抑えている。
  3. 中国におけるフィンテックを生かした金融包摂への取り組みは、成果を挙げつつも、まだ緒に就いたばかりであり、今後さらに広がりを見せると予想される。その一つの方向性は、フィンテック企業と従来の金融機関が協力し、新しい商品・サービスを提供することである。両者の強みを生かせば、より多くの人々が、より安いコストで、金融サービスを受けられるようになるだろう。
中国におけるイノベーション型企業向け上場制度改革 関根 栄一
  1. 世界各国で、政府・企業ともに、イノベーションを促進する政策やビジネスへの取り組みが強化されている中、中国では、バイドゥ(Baidu)、アリババ(Alibaba)やテンセント(Tencent)(以上3社をBATと呼ぶ)に代表されるイノベーション型企業が台頭している。未上場で評価額10億ドル以上の「ユニコーン企業」も中国から多数生まれている。
  2. 中国のイノベーション型企業には、世界に先行して普及した非現金決済と組み合わせて、消費者に利便性の高いサービスを、モバイル上で、ワンストップで提供する業態が多いことが特徴である。シェアリングエコノミーも独自の発展を見せており、中国政府も振興と業界秩序の両面から政策を整備中である。
  3. 今後、イノベーション型企業が更に成長するためには、リスクマネーの供給が不可欠である。その際、BATのように海外上場ではなく、同企業の中国国内での上場を促すためには、上場条件の一部緩和などが求められる。このため、中国政府は、海外上場のイノベーション型企業の中国預託証券(CDR)の発行を含む上場制度改革を行った。
  4. CDRの発行は、中国国内の投資家に対し、事業は中国国内ながらも、海外に上場しているイノベーション型企業への投資機会を提供するものである。今後、海外上場の中国企業によるCDR発行や、海外未上場の中国企業の国内への上場誘致の動向が注目される。
中国年金制度における第三の柱の重要性と公募ファンドへの注目 宋 良也
  1. 中国の年金制度は、(1)基本養老保険(公的年金)という「第一の柱」、(2)企業年金・職業年金(公務員年金)という「第二の柱」、(3)個人向けの年金投資口座(商業年金)という「第三の柱」、の「三本の柱」で構成されている。少子高齢化に直面する中国は、将来的にいかに高齢者を支えていくかが課題であり、年金制度の改革も必要となっている。
  2. 第一の柱である基本養老保険は、確定給付型の社会プールと確定拠出型の個人口座の併用が大きな特徴である。ただし、財政負担の大きい社会プールに個人口座の積立資金が流用されるという「カラ口座」問題が生じており、持続的な制度運営に懸念が生じている。第二の柱である企業年金は、税制優遇が不十分であることや導入基準が厳しいことで、加入率が低いという問題がある。これらの補完役として、課税繰延の優遇措置を伴う第三の柱である、個人年金口座の制度構築に向けた動きが始まっている。
  3. 具体的には、2018年5月1日から始まった個人所得税繰延型商業養老保険のテストと、それに先立ち、中国証券監督管理委員会(証監会)が同年3月2日に公布した「養老目標証券投資基金(年金ターゲットファンド)指針(試行)」である。前者は個人年金口座であり税制優遇を伴う。後者は上述のテストが終了後、個人年金口座での運用対象となる可能性も高いと見られる。
  4. 今後、中国における年金制度の第三の柱の構築がどのように進展するか注目される。その過程で、例えば、上述の年金ターゲットファンドの個人年金口座への導入、同ファンドの投資対象の拡大など、課題を解消していくことが求められよう。
ASEAN域内における株式投資型クラウドファンディングによる資金調達の現状と展望 北野 陽平武井 悠輔
  1. 近年、ASEAN域内では株式投資型クラウドファンディング(ECF)による資金調達が拡大している。域内におけるECFによる資金調達額は2014年の400万米ドル未満から2016年には5,600万米ドル超へと増加し、国別ではシンガポールが8割超を占めた。ECFによる資金調達が拡大している背景として、(1)スタートアップ企業の増加、(2)規制枠組みの整備、(3)新規株式公開(IPO)以外の方法により資金調達を検討する企業の増加、が挙げられる。
  2. シンガポールでは2016年6月、ECFと貸付型クラウドファンディングを総称した証券型クラウドファンディングに関するガイドラインが発表された。主なECFプラットフォーム運営企業として、FundedHere、Crowdonomic Media、Fundnel、CapBridgeが挙げられ、各社は自身の戦略や強みを踏まえて支援対象企業を選定している。この結果、スタートアップ企業は成長段階に応じた柔軟な資金調達を行うことが可能となっている。
  3. マレーシアでは2015年2月にECFに関する規制が導入され、現在7社がECFプラットフォーム運営企業として登録されている。資金調達額は、2016年の1,040万リンギット(2.8億円)から2017年には2,234万リンギットへと倍増した。タイでは2015年5月にECFに関する規制が導入されたが、資金調達の目立った動きは見られなかった。しかし、2018年5月にスタートアップ企業向け資金調達プラットフォームであるLiVEがタイ証券取引所により導入され、今後LiVEの動向が注目される。
  4. ASEAN域内におけるECFはまだ発展初期段階にあるものの、スタートアップ企業の新たな資金調達手段として成長期待が高まっている。スタートアップ企業のエコシステムが発展しており、金融規制当局や取引所が協力的なシンガポールが、今後も域内で主導的な役割を担うと考えられる。また、金融機関とECFプラットフォーム運営企業の提携も、ECFによる資金調達を促す動きとして注目されよう。
要約
時流 ライフサイクル投資の考え方とその課題 野村證券金融工学研究センター エグゼクティブディレクター
大庭 昭彦

個人の株式や投資信託などのリスク資産保有が公的に後押しされ始めて久しいが、具体的にどのくらい持てば良いのか、年齢を経るにしたがって変えるべきなのか変えない方が良いのかという議論はあまりされていないようだ。加齢とリスク資産比率の関係で、米国のフィナンシャルアドバイザーが簡単なルールとして使っているのは「リスク資産比率を100から年齢を引いたものにせよ」というものである。例えば30歳ならば7割、50歳ならば5割、70歳ならば3割で良いということになる。高齢になるほどリスク資産を低くした方が良いというのは感覚的にも受け入れやすい。

金融規制改革10年の回顧と将来への課題
-国際協調と規制のフラグメンテーション-
小立 敬
  1. リーマン・ブラザーズの破綻によりグローバル金融システムが崩壊の危機に直面してから10年が経過した。この間、G20の枠組みの下で国際的な金融規制改革が行われてきたが、その改革も2017年12月のバーゼルIII最終化によって完成することとなった。
  2. 金融危機後の金融規制改革のうち最も象徴的な改革であるバーゼルIIIは、銀行の自己資本、流動性、レバレッジに関して包括的な規制の強化を図っている。その結果、現在では、銀行システムは健全性を回復し、金融危機への耐性を強化している。
  3. トゥー・ビッグ・トゥ・フェイル(TBTF)の終結を図ることも、政策上の最重要課題の1つである。TBTFの終結を図る観点から、主にシステム上重要な金融機関(SIFIs)を対象とする秩序ある破綻処理の枠組みが各国・地域で整備されてきており、新たな破綻処理ツールであるベイルインを実際に適用して秩序ある破綻処理を実現した事例も現れてきている。
  4. 銀行セクターの外で生じるシステミック・リスクを防止するため、MMFや証券化を含むシャドーバンキングも監督・規制の対象となった。また、店頭デリバティブ市場、格付会社を含む資本市場の頑健性や強靭性の強化を図る改革も行われている。金融危機後の金融規制改革は、金融システム全体に及ぶ包括的な取組みである。
  5. 金融規制改革は完成することとなったが、改革の適用や実行に係る課題が残されていることに加えて、各国・地域がG20のコミットメントの下で国際協調を図りながらも、異なる規制の体系が構築される規制の分断化、フラグメンテーションが指摘されている。また、金融規制改革の意図せざる影響があることも指摘されており、改革の効果とともにその副作用を把握することが今後の課題として残されている。
  6. 金融規制改革に取り組んできた10年の間に金融システムそのものも変容してきている。今後、金融システムの安定に影響し得る新たなリスクにも目を向けていくことが求められよう。
バンコ・ポプラールに対するNCWO原則の適用
-銀行破綻処理時の株主・債権者の取扱いに関する原則-
小立 敬
  1. 銀行同盟(ユーロ圏)の破綻処理当局である単一破綻処理理事会(SRB)は2018年8月、昨年6月に破綻処理されたスペインのバンコ・ポプラールの株主や債権者に対して事後的な補償を行わない方針を明らかにした。これは、金融危機後の秩序ある破綻処理の枠組みにおける重要な原則である「ノー・クレジター・ワース・オフ(NCWO)」原則が初めて適用されたものである。
  2. NCWOは、金融機関の破綻処理を行う際の株主や債権者のセーフガードとして、金融安定理事会(FSB)による金融機関の破綻処理の新たな国際基準である「主要な特性」に規定されている。NCWOは、EUの銀行の破綻処理の枠組みであるBRRDにも規定されており、仮に通常の倒産手続を適用した場合、実際の破綻処理と比べて株主や債権者がより良い取扱いを受けられるかどうかを評価し、通常の倒産手続を適用した場合に比べて実際の受取額が少ないと判断される場合には、株主や債権者に対して事後的に補償が行われることになる。
  3. バンコ・ポプラールの破綻処理については、規制資本に対して事実上のベイルインを適用した上で、同国のサンタンデールに1ユーロで譲渡するスキームによって実施された。SRBが独立評価者として選定したデロイトが、同行の破綻処理に関してNCWOを判断するための評価を実施しており、その結果、株主や債権者の実際の取扱いは、通常の倒産手続を適用した場合に比べて不利なものとはなっていないという結論が示された。
  4. バンコ・ポプラールの破綻処理は、NCWOについて初めて判断が下された事例であり、今後、SRBが破綻処理の責任を担うユーロ圏の銀行のみならず、ユーロ圏以外の加盟国やEU域外の国・地域の銀行における破綻処理において、NCWOをどのように適用するかについて1つの参考になる目線を与えてくれるように思われる。銀行の株主および債権者にとっては、NCWOに関する議論の行方に引続き注目していく必要があるだろう。
米財務省によるフィンテック振興に係る規制改革提言 岡田 功太
  1. スティーブン・ムニューシン米財務長官は2018年7月31日、米国のフィンテックに係る規制をより効率的なものに見直すべく、「経済的機会を創出する金融システム:ノンバンク、フィンテック及びイノベーション編」と題する報告書(本報告書)を公表した。本報告書は、ドナルド・トランプ政権による一連の規制改革提言の1つであり、少なくとも80の規制改革を提言している。
  2. 本報告書は、第一に、テクノロジー企業による金融サービス業への参入を促している。顧客とのデジタル・コミュニケーションを促進すべく、時代に遅れている側面がある電話消費者保護法の緩和を提言している。また、データ・アグリゲーションの実施を促すため、消費者本人だけではなく、テクノロジー企業も、消費者の金融資産情報にアクセスする権利があることを明確にすべく、ドッド=フランク法の解釈の明確化を提言している。
  3. 第二に、金融機関の課題の提示である。本報告書は、金融機関が依然としてレガシーシステムに依存している現状を問題視し、業務効率化を目的としたクラウドの活用を促すべく、障害となる規制改革を提言している。また、モバイル端末を通じたオンライン・サービスの提供が一般的となった現在、顧客資産情報の一括管理、決済の迅速化、融資の自動化等、テクノロジーを活用した即時的なサービスの提供は、顧客満足度向上の観点から必須であるとの考えの下、障害となる法的な整備や規則改正を提言している。
  4. 第三に、複雑で重層的な金融行政がフィンテック振興の障害となり得ることを示している。本報告書は、決済システム改革や、州毎に存在する規制の統一・調和の進展が停滞している要因の一つは、複数の規制当局の監督体制によるイニシアティブの欠如であり、場合によっては、連邦議会が改革を後押しすべきであると指摘している。他方で、本報告書は、安全性及び健全性の保持が規制・監督上の優先事項であることを明示しており、イノベーションの促進とバランスを図ることで、フィンテックを振興することを目指している。
財政のデジタル革命 淵田 康之
  1. 経済・社会のデジタル化が進展するなか、政府の機能や活動においてもデジタル化が求められる時代となっている。とりわけ財政、すなわち歳入・歳出に係るデジタル化の意義は大きいと考えられる。
  2. 税の分野では、税務当局が他の行政機関や金融機関、企業などと情報連携することにより、納税者の負担を軽減する工夫を導入している国も多い。例えば、納税者のために記入済申告書を税務当局が用意し、修正不要であれば、クリックするだけで申告が完了する。英国では、金融所得も含めた全ての所得情報を、納税者のウェブ上のタックスアカウントに集約することで、将来的には確定申告を不要とする姿も展望されている。
  3. 付加価値税に関しては、商店等の売上げやインボイスの情報を、税務当局が捕捉できるシステムが導入されている国も少なくない。
  4. デジタル化の進展は、新たな経済活動を生み出しており、従来の手法では税の徴収が困難となる状況ももたらしている。これに対し、例えばプラットフォーム企業に対して参加者の情報を提出させる動きもある。またAIやビッグデータを活用し、納税者の所得や資産の情報収集・分析を高度化する動きも進んでいる。
  5. 一方、歳出、とくに各種の給付の分野では、電子マネーやモバイルマネーを活用し、受給者への確実で低コストの給付を目指す事例がある。受給者の確実な把握と支給額の適切な決定、受給サポートにおいても、デジタル化を活用する余地が大きい。
  6. わが国では、税や社会保険に係る行政手続の負担の重さが指摘されている。デジタル化を活用すれば、手続の効率化のみならず、様々な制度上の不都合や不公平の是正につながる可能性もある。高齢化や人手不足問題、そして財政赤字問題の深刻化を踏まえても、財政のデジタル化は重要である。その実現のためにも、政府が掲げた「デジタル・ガバメント実行計画」への期待は大きい。
地方公共団体のICOを通じた資金調達に向けた取組み 江夏 あかね佐藤 広大
  1. 国内外の地方公共団体において、イニシャル・コイン・オファリング(ICO)を通じた資金調達を検討する動きが見られている。例えば、(1)米国のカリフォルニア州バークレー市、(2)岡山県西粟倉村、(3)韓国のソウル特別市、が挙げられる。
  2. 先進国の地方公共団体は現在、経済成熟化や人口減少・高齢化等のそれぞれの事情を背景に財政面での制約を抱えつつ、地方創生、地域活性化に取り組むことを求められている。そのような中、新たな資金調達手段の1つとしてICOの可能性を模索することは有意義であると言える。
  3. ICO自体が未だ新しい資金調達手法であるため、技術・法制面を含めて実現に至るまでには複数の課題を克服する必要があるとみられる。しかしながら、取組みのプロセス自体が地方公共団体のみならず、地域企業・社会と協働する形となっていることから、地方創生・地域活性化に寄与する効果もあると考えられる。
教育資金の一括贈与制度の現状と金融機関による取組み 宮本 佐知子
  1. 教育資金の一括贈与制度は、祖父母等(贈与者)が、子・孫(受贈者)名義の金融機関の口座等に、教育資金を一括して拠出し、その資金が一定の教育目的に使われる場合には受贈者ごとに贈与税が1,500万円まで非課税となる制度である。この制度は、わが国で初めての、教育資金に焦点を当てた贈与税非課税制度である。2013年4月1日に適用開始となり、利用者数は増え続けているが、その要因として、家計側で教育資金確保へのニーズが高いことや、2015年1月から相続税が改正され課税が強化されたことが指摘できる。
  2. 教育資金の一括贈与制度は、2019年3月末で期限切れを迎える。制度を主管する文部科学省と金融庁は、平成31年度税制改正要望として、制度の恒久化及び拡充を求めている。この制度を使いやすいものにするためには、改正すべき論点が二つあると考えられる。第一に、領収書確認・管理等の事務手続の簡素化、第二に、税制上の取扱いの改善である。
  3. 今般の税制改正で、制度の恒久化または再延長が決まったならば、認知度も高まり利用者数増が見込まれる。事務手続きの煩雑さにもかかわらず、金融機関が制度対応商品を提供しているのは、アプローチしたい顧客層との接触機会を作る上で有効と考えているためであるが、教育資金の一括贈与制度のような形での接触機会は、金融機関が顧客と長期にわたり世代をつないだ関係を築くために重要と考えられる。
  4. 金融機関では、この制度の事務手続や商品設計、サービス面において更に工夫する余地があり、それによって新たな利用希望者を開拓し、ビジネスチャンスを広げることもできよう。このような工夫により、教育資金の一括贈与制度対応の商品は、既に取扱いを開始している金融機関だけでなく、新たに参入する金融機関においても、顧客ファミリーとの関係を深める戦略商品になりうる。それだけに、この制度への今後の金融機関による取組みが注目されよう。
2018年の議決権行使状況と今後の注目点 西山 賢吾
  1. 2018年6月に実施されたRussell/Nomura Large Cap 構成企業の株主総会における主要議案の賛否状況を見ると、取締役選任議案において、初めて社内取締役の平均賛成比率が社外取締役のそれを下回った。特に、業績不振や資本効率の低迷が長期化している企業、不祥事のあった企業などで、経営トップの賛成率が低い事例が増えてきたことが特徴である。
  2. 買収防衛策関連議案の平均賛成比率は2017年の67.0%から62.4%に低下した。従来より機関投資家を中心に厳しい見方がされる議案であるが、2018年は議決権行使助言会社の助言方針の厳格化や、防衛策の発動等について検討する第三者委員会の独立性に対する見方が一段と厳しくなったことなどが要因と考えられる。
  3. 機関投資家の主要議案の賛否結果を見ると、取締役選任議案に対する反対が増えたところが一定数存在する。取締役、特に経営トップの取締役選任議案に対する行使基準を厳しくしながら、投資家の企業に対するスタンスを示そうとする動きが進んでいるように見える。
  4. 2018年6月に改訂されたコーポレートガバナンスコードの内容等から考えると、2019年以降、機関投資家の議決権行使ガイドライン改訂のポイントになると考えられる論点は、独立社外取締役の増員(例えば2人以上から取締役総数の3分の1以上など)、ダイバーシティへの対応(例えば、女性の取締役の選任に関する何らかの基準設定)、剰余金処分議案(例えは、現預金を多く有しながらも配当性向が相対的に低い企業に対し、当該議案に反対の意思表示を行う)などがあるだろう。
  5. その一方で、企業から「機関投資家の議決権行使が杓子定規になっている」との意見も聞かれている。議決権行使ガイドライン通りの対応を行うだけではなく、企業の見解を聞きつつ、それが真に議案の賛否を変える必要性がある理由であるか否かを丁寧に検討することも必要と考える。
公共施設等老朽化対策の一助となる地方公会計
-有形固定資産減価償却率を用いた組合せ分析-
江夏 あかね
  1. 地方公共団体は近年、公会計整備を進め、多くの団体が統一的な基準による2016年度の財務書類を公表している。地方公会計は、統一的な基準の導入により、長年の課題だった比較可能性が確保された結果、地方公共団体が賢く財政運営を進める上で、様々な用途に活用することが可能なツールとなった。
  2. 金融市場においては、健全化判断比率等の既存の財政指標に加え、統一的な基準において算定される公会計関連指標、特に地方公共団体の喫緊の課題である公共施設等の老朽化の状況を示唆する有形固定資産減価償却率に注目が集まっている。本稿で、都道府県及び政令指定都市の2016年度の財務書類を用いて、将来負担比率と公会計関連指標である有形固定資産減価償却率を用いた組合せ分析を行ったところ、各団体が抱える公共施設等の老朽化も含めた将来負担の相対的な位置付けが明らかになった。
  3. 今後、地方公共団体が、住民、議会、地方債投資家等のステークホルダーに対して財政に関する説明を行う際、組合せ分析等も活用し、自団体が置かれた広義の将来負担の状況を示すことが期待される。また、仮に他団体より数値が見劣りするようであれば、公共施設等の老朽化や財政健全化等に向けた対策及びそれを通じた数値の改善見通し等を、明確に伝える体制を迅速に整えることが望まれる。
大陸欧州の家計による投資行動の現状 神山 哲也
  1. 日本で必ずしも「貯蓄から投資へ」が容易に進んでいない中、大陸欧州諸国における家計の投資行動、商品・サービスはどのようになっているのかを確認した。
  2. 欧州連合(EU)全体の家計金融資産は33兆ユーロであり、30%ほどを占める預金が最も多い。投資信託は8%ほどとなっているが、ユーロ危機以降は超低金利もあって増加基調にある。また、金融商品の販売は、ユニバーサル・バンキングの下で銀行・保険が主要チャネルとなっている。
  3. 国ごとに見ると多様性がある。例えば、ドイツでは、家計金融資産に占めるリスク性投資資産(投資信託+上場株)の比率が高まっている。超低金利による銀行の役務収益拡大のニーズ、リースター年金の拡大が背景として挙げられる。
  4. フランスの家計では、超低金利環境下でより高収益を狙った個別株保有が増えている。また、株式貯蓄プラン(PEA)や確定拠出型の企業退職貯蓄プラン(PERCO)などの税優遇制度も整備されている。
  5. イタリアの家計では、伝統的な金融債保有が減少する一方、バランス型ファンドを中心に投資信託が増えている。2017年には税優遇措置の付いた個人貯蓄プラン(PIR)も導入された。
  6. スペインの家計でも投信投資は増加しており、家計金融資産に占める投信比率は独・仏・伊を上回っている。家計による投資信託の長期保有の傾向が強まっているのも特徴である。
  7. EUの資本市場同盟では「リテール投資家による投資の促進」が柱の一つとなっており、今後も投資貯蓄口座に係る施策等が打ち出されていくものと考えられる。また、欧州では、オープン・アーキテクチャーの進展や、プレーンな投資商品の浸透といった注目点もあり、日本にとっても参考になるものと思われる。
世界的なエネルギー政策の転換と気候関連財務情報開示 板津 直孝
  1. 低炭素経済への移行を目的としたエネルギー政策の転換が、世界的に広がっている。グローバルサプライチェーンの構築が進む企業に対しては、関係各国の気候変動対策が、国外関連会社の事業に影響を及ぼし始めている。そのような中、世界の機関投資家288機関は、2018年6月、気候関連財務情報開示の強化等をG7政府首脳へ要求する共同声明を発表した。企業にとっては、自社事業に影響を及ぼす低炭素経済への移行政策に関して、経営課題として対策を講じ、企業の持続的成長の可能性を機関投資家へ積極開示することが、ますます重要になってきている。
  2. 企業の気候関連財務情報開示に関するグローバル・スタンダードは、FSBが設置した気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)により公表されている。TCFDは、エネルギー政策の転換を、気候変動抑制の政策が企業にもたらす移行リスクに分類し、気候関連財務情報としての開示を提言している。具体的な移行リスクを想定するうえで、グローバル企業は、OECDが2017年5月に公表した「気候への投資、成長への投資」を活用することができる。日本国内の事業については、2018年7月に閣議決定された「第5次エネルギー基本計画」に、最新の気候関連のシナリオ分析がある。いずれもパリ協定で合意した気候関連のシナリオに基づいていることから、包摂的で実現性が高いとされる。
  3. 世界的な化石燃料から再生可能エネルギーへのシフトの影響は、化石燃料関連企業のみならず幅広い産業を巻き込んで加速しつつある。企業の持続的成長を損なうことなく低炭素経済への移行を実現するためにも、企業はその動向に同調した気候関連のシナリオ分析を進めることが重要である。その上で、企業は、経営戦略を気候関連財務情報として積極開示することにより、機関投資家の支持を集めることが期待できるといえよう。
中国における金融包摂実現の切り札となるフィンテック
-アント・フィナンシャルの取り組みを例として-
関 志雄
  1. 金融包摂とは、機会の平等とビジネスの持続的発展が可能であるという原則に基づき、コスト負担が可能であることを前提に、金融サービスの需要のある社会各層に適切で効果的なサービスを提供することである。中小零細企業、農民、都市・農村部の低所得層、貧困層、身体障害者、高齢者などは、その主な対象となる。中国政府は、金融包摂を積極的に推進しており、それに当たり、フィンテックの活用に強い期待を寄せている。
  2. 中国のフィンテック企業の中で、率先して金融包摂に取り組んでいるのは、アリババ系のアント・フィナンシャルである。同社は、オンライン決済のプラットフォームであるアリペイとマネー・マーケット・ファンドである余額宝(いずれも世界最大規模)を運営しながら、浙江網商銀行を通じて、中小零細企業や農村市場に融資を行っている。浙江網商銀行は、AIやビッグデータなどの最新技術を生かして、融資に伴うコストと不良債権比率を抑えている。
  3. 中国におけるフィンテックを生かした金融包摂への取り組みは、成果を挙げつつも、まだ緒に就いたばかりであり、今後さらに広がりを見せると予想される。その一つの方向性は、フィンテック企業と従来の金融機関が協力し、新しい商品・サービスを提供することである。両者の強みを生かせば、より多くの人々が、より安いコストで、金融サービスを受けられるようになるだろう。
中国におけるイノベーション型企業向け上場制度改革 関根 栄一
  1. 世界各国で、政府・企業ともに、イノベーションを促進する政策やビジネスへの取り組みが強化されている中、中国では、バイドゥ(Baidu)、アリババ(Alibaba)やテンセント(Tencent)(以上3社をBATと呼ぶ)に代表されるイノベーション型企業が台頭している。未上場で評価額10億ドル以上の「ユニコーン企業」も中国から多数生まれている。
  2. 中国のイノベーション型企業には、世界に先行して普及した非現金決済と組み合わせて、消費者に利便性の高いサービスを、モバイル上で、ワンストップで提供する業態が多いことが特徴である。シェアリングエコノミーも独自の発展を見せており、中国政府も振興と業界秩序の両面から政策を整備中である。
  3. 今後、イノベーション型企業が更に成長するためには、リスクマネーの供給が不可欠である。その際、BATのように海外上場ではなく、同企業の中国国内での上場を促すためには、上場条件の一部緩和などが求められる。このため、中国政府は、海外上場のイノベーション型企業の中国預託証券(CDR)の発行を含む上場制度改革を行った。
  4. CDRの発行は、中国国内の投資家に対し、事業は中国国内ながらも、海外に上場しているイノベーション型企業への投資機会を提供するものである。今後、海外上場の中国企業によるCDR発行や、海外未上場の中国企業の国内への上場誘致の動向が注目される。
中国年金制度における第三の柱の重要性と公募ファンドへの注目 宋 良也
  1. 中国の年金制度は、(1)基本養老保険(公的年金)という「第一の柱」、(2)企業年金・職業年金(公務員年金)という「第二の柱」、(3)個人向けの年金投資口座(商業年金)という「第三の柱」、の「三本の柱」で構成されている。少子高齢化に直面する中国は、将来的にいかに高齢者を支えていくかが課題であり、年金制度の改革も必要となっている。
  2. 第一の柱である基本養老保険は、確定給付型の社会プールと確定拠出型の個人口座の併用が大きな特徴である。ただし、財政負担の大きい社会プールに個人口座の積立資金が流用されるという「カラ口座」問題が生じており、持続的な制度運営に懸念が生じている。第二の柱である企業年金は、税制優遇が不十分であることや導入基準が厳しいことで、加入率が低いという問題がある。これらの補完役として、課税繰延の優遇措置を伴う第三の柱である、個人年金口座の制度構築に向けた動きが始まっている。
  3. 具体的には、2018年5月1日から始まった個人所得税繰延型商業養老保険のテストと、それに先立ち、中国証券監督管理委員会(証監会)が同年3月2日に公布した「養老目標証券投資基金(年金ターゲットファンド)指針(試行)」である。前者は個人年金口座であり税制優遇を伴う。後者は上述のテストが終了後、個人年金口座での運用対象となる可能性も高いと見られる。
  4. 今後、中国における年金制度の第三の柱の構築がどのように進展するか注目される。その過程で、例えば、上述の年金ターゲットファンドの個人年金口座への導入、同ファンドの投資対象の拡大など、課題を解消していくことが求められよう。
ASEAN域内における株式投資型クラウドファンディングによる資金調達の現状と展望 北野 陽平武井 悠輔
  1. 近年、ASEAN域内では株式投資型クラウドファンディング(ECF)による資金調達が拡大している。域内におけるECFによる資金調達額は2014年の400万米ドル未満から2016年には5,600万米ドル超へと増加し、国別ではシンガポールが8割超を占めた。ECFによる資金調達が拡大している背景として、(1)スタートアップ企業の増加、(2)規制枠組みの整備、(3)新規株式公開(IPO)以外の方法により資金調達を検討する企業の増加、が挙げられる。
  2. シンガポールでは2016年6月、ECFと貸付型クラウドファンディングを総称した証券型クラウドファンディングに関するガイドラインが発表された。主なECFプラットフォーム運営企業として、FundedHere、Crowdonomic Media、Fundnel、CapBridgeが挙げられ、各社は自身の戦略や強みを踏まえて支援対象企業を選定している。この結果、スタートアップ企業は成長段階に応じた柔軟な資金調達を行うことが可能となっている。
  3. マレーシアでは2015年2月にECFに関する規制が導入され、現在7社がECFプラットフォーム運営企業として登録されている。資金調達額は、2016年の1,040万リンギット(2.8億円)から2017年には2,234万リンギットへと倍増した。タイでは2015年5月にECFに関する規制が導入されたが、資金調達の目立った動きは見られなかった。しかし、2018年5月にスタートアップ企業向け資金調達プラットフォームであるLiVEがタイ証券取引所により導入され、今後LiVEの動向が注目される。
  4. ASEAN域内におけるECFはまだ発展初期段階にあるものの、スタートアップ企業の新たな資金調達手段として成長期待が高まっている。スタートアップ企業のエコシステムが発展しており、金融規制当局や取引所が協力的なシンガポールが、今後も域内で主導的な役割を担うと考えられる。また、金融機関とECFプラットフォーム運営企業の提携も、ECFによる資金調達を促す動きとして注目されよう。

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