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時流

気候変動に対する中央銀行・金融規制当局の対応

慶應義塾大学総合政策学部 教授 白井 さゆり

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要約
 

近年、気候変動がマクロ経済や金融システムに影響を及ぼすことへの理解が世界で進みつつある。これを受けて、世界の多くの中央銀行も急ピッチで対応を進めている。現時点では、主に金融システムに対するマクロプルーデンス政策を通じて監督体制を構築しつつあり、主要な銀行など金融機関に対して(金融規制当局と協力しつつ)気候シナリオ分析を実践する中央銀行が増えている。物価安定を目的として実施する金融政策を通じても気候変動への対応を進める中央銀行も少しずつ増えている。本稿では、バーゼル3合意にもとづく自己資本規制を含めてそうした最近の議論や現状と課題について展望する。

マイナスのパイを切り分ける-人口減少時代の地方自治-

元大津市長・三浦法律事務所 弁護士・OnBoard株式会社 CEO 越 直美

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要約
 

日本の最大の課題は、人口減少である。大津市長を務めた経験を基に、自治体が今何をすべきかを提言する。

まず、人口増加に向けた子育て施策等の充実は必須である。実はこれらの施策を実行に移すことは容易で、難しいのは財源をどう捻出するかである。既に、人口減少と少子高齢化により自治体の財政状況は危機的状態にあり、歳出削減と行財政改革に真正面から取り組まなければならない。さらに、自治体が財政難にある中でも、これまでに築いた空間と情報を開放することにより、民間主体のまちづくりが可能である。スマートシティを進める上でも、公民連携は欠かせない。最後に、これらを実現するためにも、デジタル・トランスフォーメーション(DX)を通じて、直接民主主義の実現を目指すべきである。

江戸時代の豪商に求められた社会的責任

神戸大学経済経営研究所 准教授 高槻 泰郎

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要約
 

江戸時代の富裕な商人は、飢饉の際に困窮者に対して多額の寄付を行っていたことが知られている。しかもその寄付金額はランキングされ、刷り物として刊行もされていた。富裕であると見なされた家は、困窮者に対して寄付を行うのが当然、という規範意識が背後にあったのである。このことを端的に示す例が、大坂随一と目された豪商・加島屋久右衛門(廣岡家)である。金融商であった加島屋は、飢饉に際して困窮者を救う社会的責任があると見なされていた。また文化活動のパトロンとしての役割も期待されていた。加島屋はそれに応える中で、豪商としての地位を確立していったのである。

気候変動政策の捉え方を理解する

国際通貨基金 財政局 局長補 エラ・ダブラ=ノリス
国際通貨基金 アジア太平洋地域事務所長 吉田 昭彦

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要約
 

気候変動への対応は根本的かつ喫緊の課題であり、全世界で生産と消費の様式を抜本的に転換しなければならない。気候変動の緩和政策に対する一般市民の支持を形成することが、脱炭素化とネットゼロの実現に向けて大きく前進するための重要な前提条件となる。28ヵ国を対象に実施された最新の調査では、気候変動がどの程度懸念されているのか、緩和政策がどのように認識されているのか、何が気候関連アクションを後押ししているのかが、明らかになった。また、気候変動への懸念だけでは、炭素税や排出量取引制度を始めとするカーボンプライシングの政策手法に対して、幅広い支持が形成されない状況が浮き彫りとなった。排出量削減効果の捉え方、分配における公平性の捉え方、コベネフィットの捉え方という、政策に対する3つの主要な見方が、カーボンプライシングが支持を受けるか否かを予測するための重要な判断材料となる。また、カーボンプライシングから得られる収入の使い道も、政策への支持を決定的に左右する。各国政府においては、一般市民が抱く懸念に対応することによって、緊急に必要な気候関連アクションへの支持を形成することが可能になる。さらに今回の調査では、集団的な行動が幅広く支持されていることや、国際的な合意形成のための共通の基盤が予想以上に大きいことが確認されている。本調査では、気候変動に伴う影響に関する情報提供の重要性、気候緩和政策がどのように機能するか、そして、気候政策を一般市民が受け入れるための政策のコベネフィットに関する認識が強調された。

(本内容は参考和訳であり、原文(Original)と内容に差異がある場合は、原文が優先されます。)

原文(Original)

Understanding How People Perceive Climate Change Policies

Era Dabla-Norris, Assistant Director, Fiscal Affairs Department, International Monetary Fund

Akihiko Yoshida, Director of the Regional Office for Asia and the Pacific, International Monetary Fund​​​​​​​​​​​


Tackling climate change is an urgent and fundamental challenge, but this requires a fundamental transformation of production and consumption patterns across the world. Building public support for climate mitigation policies is a key prerequisite to making meaningful strides toward decarbonization and achieving net zero. Novel surveys from 28 countries show how concerned people are about climate change, how they view mitigation polices, and what drives support for climate action. The surveys highlight that climate concern alone doesn’t translate into broad support for carbon pricing policies such as carbon taxes or emissions trading systems. Three key policy views are major predictors of whether people support carbon pricing: perceived effectiveness in reducing emissions, perceived distributional fairness, and perceived co-benefits. The way in which revenues from carbon pricing are spent also critically shapes support. By addressing citizen's concerns, governments can help build public support for urgently needed climate action. The surveys highlight the importance of providing information about climate change impacts, how climate mitigation policies work, and improving awareness of policy co-benefits for public acceptance of climate policies.

人口減少・少子高齢化とインフラ老朽化を乗り越えて-地方自治行政の構造的な課題-

野村證券 顧問 黒田 武一郎

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要約
 

人口減少・少子高齢化とインフラの老朽化という構造的な課題に対して、地方自治体においては、厳しい財政制約の中でデジタル改革も進めながら、創意工夫で地域の持続と発展を目指していくことが求められる。その際、子育て支援と地域包括ケアにあわせて、ユニバーサルデザインのまちづくりや地域産業の振興を官民が連携して進めることが更に重要である。

今後も、人口減少が続く中で、住民一人一人が人生100年時代を見据え、「一人複役」で地域と関わっていくことが求められるとともに、公共サービス等の対象となりうる全ての分野において自助・互助・共助・公助をどのように分担していくのかについて、地方自治体の地域経営力の発揮が期待される。

特別寄稿

ESGに起因する信用格付アクションの事例-公的関与の影響はポジティブ・ネガティブ両様-

野村證券IBビジネス開発部(野村資本市場研究所 野村サステナビリティ研究センター 客員研究員)今川 玄

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要約
 

  1. 外資系信用格付における環境・社会・ガバナンス(ESG)評価の浸透が進んでいる。Moody’s、S&Pが信用格付におけるESG評価の手法を公表・適用してから約2年が経ち、評価対象は民間の事業会社、金融機関にとどまらず、ソブリン、政府系機関、国際機関、ストラクチャード・ファイナンスまで広がっている。
     
  2. S&Pが公表した2022年のESGに関連する格付アクションの集計では、新型コロナウイルス感染症(コロナ)禍の収束に伴いSの要因がほとんどを占めた2020年に比べて、E、Gの要因の割合が増える傾向にある。また前年比ではコロナ禍の収束の影響でネガティブなアクションが減少する一方、ポジティブなアクションが増加した。全体の格付アクションの件数については、2022年は前年比で28.5%減少した。
     
  3. ESG要因がE、Gにも広がり、Sの要因もコロナ関連の「健康と安全」から「人的資本」等にも多様化するなかで、実際の個別発行体の格付アクションに即してESG評価と格付の関係の検証を試みた。対象とした発行体の格付アクションに関連したESG要因は物理的リスク、移行リスク、ガバナンス構造、健康と安全、人的資本と多岐にわたる。各アクションもESGスコアとの連動が比較的分かりやすい形で示されており、ESG評価が格付評価の運用面にも浸透し、スキルが積み上げられていることが推察された。また公的関与の在り方によってESG評価がポジティブにもネガティブにもなるケースが確認できたのは興味深かった。

脱炭素社会におけるコーポレート・ファイナンス戦略-事業ポートフォリオ・マネジメント、脱炭素投資の例示-

野村證券金融工学研究センター クオンツ・ソリューション・リサーチ部 ストラテジック・ソリューション・グループリーダー 杉下 裕樹

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要約
 

  1. 温室効果ガス(GHG)多排出セクターの代表例に鉄鋼業がある。弊社の鉄鋼セクターアナリストは、一部銘柄で目標株価算定にGHG排出量の多寡を織り込んでいる。鉄鋼セクター以外でも、GHG多排出企業の株価がディスカウントされている傾向が統計的に確認される。
     
  2. GHG排出量の多寡が企業価値に与える影響は、「売上高当りGHG排出量の差」を源泉としていると考えられる。脱炭素社会における企業価値評価フレームワークとして、本指標を利用した手法を提案する。
     
  3. 脱炭素社会における企業価値フレームワークにおける特有のパラメータとして、GHG排出量ベンチマークと炭素価格があり、それぞれの設定方法について論じる。特に炭素価格については、複数の参照価格例を示す。
     
  4. 脱炭素社会におけるコーポレート・ファイナンス戦略として、脱炭素投下資本収益率(脱炭素ROIC)を用いた事業ポートフォリオ・マネジメント手法を示す。本手法を利用することにより、GHG排出量削減と資本コストを意識した事業投資の実行・撤退を議論することが可能になる。
     
  5. またカーボンニュートラル早期対応メリットを定量化することによる脱炭素投資戦略を示す。早期達成メリットを企業価値の一部として定量化することで、企業価値向上のための脱炭素投資予算額の設定の妥当性評価が可能になる。

『気候関連の機会における開示・評価の基本指針』の論点と展望-GX経営の促進に向けて-

野村ホールディングス サステナビリティ企画部 VP 濟木 ゆかり

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要約
 

  1. 2022年2月に経済産業省が提唱した「GXリーグ基本構想」には670社以上の企業が賛同を表明し、グリーントランスフォーメーション(GX)への高い関心が示された。2022年度はGXリーグにおいて3つの取り組み(未来社会像対話〔GXスタジオ〕、市場ルール形成、自主的な排出量取引)が行われた。
     
  2. 市場ルール形成に向けた取り組みの一環として、脱炭素社会の実現に向けて企業が有する「気候関連の機会」が適切に評価される仕組みを構築することを目的として、事務局である経済産業省主導のもと、2022年9月に79社(リーダー企業6社、メンバー企業73社)によって、GX経営促進ワーキング・グループが設立された。
     
  3. GX経営促進ワーキング・グループでは、気候関連の機会について約半年間にわたり議論を重ね、国内外の投資家等による企業評価への浸透を目指して「気候関連の機会における開示・評価の基本指針」(以下、基本指針)を2023年3月に取りまとめた。
     
  4. 基本指針では、気候関連の機会を、社会へのインパクトの創出を通じてもたらされる企業価値の向上につながる要因として定義するとともに、国際的にも注目が高まっている削減貢献量については気候関連の機会を表す項目の一例として取り上げ、推奨される開示内容を整理している。
     
  5. 基本指針の発行は、機会を開示・評価するためのルール形成に向けたファーストステップと位置付けられる。削減貢献量をはじめとする気候関連の機会については、本指針を国内外に効果的に発信するとともに、今後も継続した議論が期待される。

特集1:米国のサイバーリスク規制の展開

サイバーセキュリティに関わるSECの開示規則案-広範囲に及ぶインシデントの懸念と情報開示-

板津 直孝

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要約
 

  1. デジタル技術と電子通信を通じた国際的な経済活動においては、サイバーセキュリティ・インシデントが、企業の財務やインフラに継続的かつ拡大するリスクをもたらしている。
     
  2. 米国のバイデン大統領は、2022年3月、「重要インフラに関するサイバーインシデント報告法(CIRCIA)」に署名し、サイバーセキュリティ・社会基盤安全保障庁(CISA)によって定められた米国の重要インフラ事業者に対して、重要なサイバーセキュリティ・インシデントが発生した場合は72時間以内に、ランサムウェア攻撃による身代金の支払を行った場合は24時間以内にCISAに報告することを義務付けた。
     
  3. CISAの動向と並行して米国証券取引委員会(SEC)は、2022年3月、「サイバーセキュリティに関するリスク管理、戦略、ガバナンス、及びインシデントの開示」の強化及び標準化のための規則案を公表した。同規則案では、サイバーセキュリティ・インシデントの財務的影響の範囲と大きさに関する情報が入手可能になった際に、その情報が適時に財務諸表に組み込まれる合理的な保証を提供できるように、企業が財務報告及びリスク管理システムを設計することを要請している。
     
  4. 日本でも、海外からのサイバー攻撃が増加している。日本企業においても、サイバーセキュリティのリスクが企業の財務に及ぼす影響について、SECの開示規則案も参考にしつつ、非財務情報と財務情報の連動性を考慮して、有価証券報告書等において開示を検討することが重要であると言える。

米国証券市場におけるサイバーセキュリティリスク対処に向けたSEC規則案の公表

江夏 あかね、門倉 朋美

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要約
 

  1. 米国証券取引委員会(SEC)は2023年3月15日、米国証券市場における特定関連組織に対してサイバーセキュリティリスクに対処することを義務付ける3つの規則案を公表した。具体的には、(1)市場関連組織をサイバー脅威から保護することを目的とした「規則10」(Rule 10)の制定、(2)主要な市場インフラの強度と回復力強化を目的とした「レギュレーションSCI」の改正、(3)データのプライバシーと顧客情報の保護を目的とした「レギュレーションS-P」の改正、を通じてサイバーセキュリティ関連要件を提案している。
     
  2. 世界的なサイバー攻撃の脅威の増大やG7、G20・金融安定理事会(FSB)等での国際的な議論も鑑みると、米国を含めて当局によるサイバーセキュリティリスクに対する規制・監督が厳格化する方向が近い将来に大きく変わることはないと想定される。
     
  3. 日本でも金融機関に対するサイバー攻撃・犯罪が近年増加しており、2014年11月に制定されたサイバーセキュリティ基本法も受け、金融庁が金融分野におけるサイバーセキュリティ取組方針の策定等、様々な対応を行っている。
     
  4. 日本の証券業界については、米国でビジネスを行っている証券会社のみならず、それ以外の証券会社あるいはインフラ運営者についても、顧客基盤や企業価値保全の観点からサイバーセキュリティ対策を強化することが喫緊の課題となろう。一方で、サイバー攻撃の複雑性や甚大な経済的インパクトを考慮すると、民間事業者が実行可能な対策や負担できるコストには限界があり、官民一体で検討を進めることが重要と言える。

特集2:非財務情報開示の進展

企業内容等の開示に関する内閣府令等の改正-サステナビリティに関する企業の取組の開示-

板津 直孝

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要約
 

  1. 金融庁は、2023年1月、「企業内容等の開示に関する内閣府令」等を改正した。同改正では、「サステナビリティに関する企業の取組の開示」などに関して、有価証券報告書及び有価証券届出書での記載事項について定めている。
     
  2. 欧米で優先して開示が要請される気候関連情報については、内閣府令等ではテーマ別開示要件としての定めがなく、トランジション・ファイナンスを強固に後押しするには不十分な開示内容となっている。岸田首相が掲げる「新しい資本主義」の実現に向けた、人的資本等の開示に焦点を当てているが、女性活躍推進法等に基づき具体的に示された指標は、サステナビリティに関する記載欄での実績値の開示が求められず、従業員の状況での開示となっており、サステナビリティ課題としての位置付けが不明確であると言える。
     
  3. 金融機関や金融監督当局が重視する温室効果ガス(GHG)排出量の指標については、内閣府令等では義務的な開示を見送り、重要性の判断を前提としつつ、積極的に開示することが期待される旨を記述するのに留めている。投資先からのGHG排出量は、金融機関にとって気候関連のリスクへのエクスポージャーを評価するための重要な指標であり、金融監督当局としても、気候変動から生じる金融システムへのリスクを監視、管理、軽減するために、重視している指標である。
     
  4. 相当程度多いGHGを排出する企業においては、気候関連のリスク及び機会が中長期的に企業の持続可能性や財務的価値に影響する可能性が高いことから、自社のGHG排出量について詳細に理解した上で、効果的な企業の気候変動戦略を策定し、有価証券報告書等で積極的に情報開示することが重要であると言える。

ESGファンド等に対するSECの情報開示規制案-ESGウォッシュの懸念と投資家保護-

板津 直孝

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要約
 

  1. 投資家のESG(環境、社会、ガバナンス)投資戦略への関心が急速に高まっており、ESG関連の投資商品やアドバイザリーサービスに多額の資金が流入している。しかし、ファンドやアドバイザーによってESGの定義は大きく異なり、ESG戦略の一部として使用されるデータ、基準、投資戦略にも大きな違いがある。
     
  2. ESG戦略を標榜するファンドやアドバイザーが、投資商品やサービスにおけるESG要因の考慮を実態以上に誇張する(ESGウォッシュ)、といった事態が懸念されている。実際、アドバイザーが投資プロセスに組み込むESG要因を正確に情報開示していない、又はESG投資の方針や手順に不備があったとして、米国証券取引委員会(SEC)が制裁金を科す事例も発生している。
     
  3. SECは2022年5月、ファンド及び投資顧問会社によるESG要因の組み込みに関して、一貫性があり、比較可能で信頼できるESG情報を投資家に開示するための規則及び開示様式の改正案を公表した。SECは、同改正案に加えてファンドの名称規則の改正案も公表している。
     
  4. ファンド及び投資顧問会社がESG評価を適正に実施し実効性を高めるためには、投資先からのESG情報が欠かせない。SECは、2022年3月に気候関連開示の強化と標準化を目的とした規則案を公表したが、ESGウォッシュなどに関する規制においては、まずは、投資先のESG情報開示の充実に繋がる同規則案の最終化が求められよう。

金融向け生物多様性共通会計を目指すPBAF基準-期待されるTNFD枠組み等との相乗効果-

林 宏美

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要約
 

  1. 自然資本や生態系サービスの礎をなす生物多様性が、企業の事業活動においても不可欠な要素との認識が近年急速に浸透している。こうしたなかで、事業活動が自然資本に及ぼすインパクトや依存度を踏まえ、自然資本のリスクおよび機会を評価・開示するためのツールの拡充や枠組みの構築を目指す取り組みが増えている。金融セクターが生物多様性にもたらすインパクトや依存度を算出し、評価する基準の標準化を目指す「金融向け生物多様性会計パートナーシップ(PBAF)」のイニシアティブもそれらの取り組みの一つである。
     
  2. PBAFが2022年6月に公表した「2022年版PBAF基準」では、投融資先企業が生物多様性に及ぼすインパクトの大きさを示す「生物多様性フットプリント」の算出プロセスが提示されている。PBAFの姉妹イニシアティブ「金融向け炭素会計パートナーシップ(PCAF)」では、金融機関が投融資を介して排出する温室効果ガス(GHG)排出量の算出基準が示されているが、PBAF基準はPCAFの生物多様性版である。
     
  3. PBAFは「2023年版PBAF基準」の作成も予定しており、その過程で自然への依存度の診断方法ならびに欧州連合(EU)の自然資本会計関連のアライン・プロジェクトにおける勧告を盛り込む方針を打ち出すなど、自然資本関連の評価・開示を標準化する流れへの期待も高まっている。こうした標準化は、自然資本の喪失に歯止めをかけ、回復に転じさせる「ネイチャーポジティブ」への資金シフトを目指す生物多様性ファンド等をはじめとした金融商品の組成を後押しすることにもつながる可能性があり、今後の展開が注目される。

ESG/SDGs

トランジション・ファイナンスの現状と脱炭素社会を生き抜くための企業金融

江夏 あかね

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要約
 

  1. トランジション・ファイナンスとは、脱炭素社会への移行を進めるに当たって必要な資金を金融資本市場から調達することである。企業は、トランジション・ファイナンスも活用しながら、世界的な脱炭素化の流れを踏まえた最適事業ポートフォリオの構築、すなわち、座礁資産化の回避を行うことが求められる。
     
  2. トランジション・ファイナンスは、世界的には2010年代終盤から発展の歴史を刻み始め、2020年12月には国際資本市場協会(ICMA)が「クライメート・トランジション・ファイナンス・ハンドブック」を公表した。日本では、トランジション・ファイナンスを支援・推進すべく、政府によりクライメート・トランジション・ファイナンスに関する基本指針や業界別のロードマップ等の支援策が重層的に講じられているほか、日本銀行による「気候変動対応を支援するための資金供給オペレーション」もトランジション・ファイナンスの浸透に寄与している。その結果、足元の世界のトランジションボンドの発行状況を見ると、日本の発行体による起債が中心になっている。
     
  3. 企業が脱炭素社会を生き抜くための企業金融であるトランジション・ファイナンスを効果的に活用する上での論点としては、(1)企業価値向上のツールとしての位置づけ、(2)質の確保、(3)ガバナンス強化、が挙げられる。
     
  4. トランジション・ファイナンスは、新しい資金調達手法だが、2050年のネットゼロ目標達成に向けた企業努力や、さらにその先の企業の成長を支えるための金融として、今後の発展が期待される。

期待される健康経営の普及・深化とESG評価の向上-米国におけるPDCAサイクル活用の好事例-

富永 健司

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要約
 

  1. 企業経営において、従業員等の健康管理を経営的な視点で考え、戦略的に実践する経営手法である健康経営は、従業員のパフォーマンス向上、人材の定着率向上、組織の活性化、企業価値向上等の経営課題の解決に資するとの見方が示されている。また、こうした取り組みには環境・社会・ガバナンス(ESG)評価に対するポジティブな影響も期待できる。
     
  2. 企業が健康経営に取り組むにあたっては、健康経営に係る経営課題を踏まえて健康投資を実施すると共にその効果を把握しながら、PDCA(Plan-Do-Check-Action)サイクルを回していくことが重要と言える。米国における健康経営等に係るPDCAサイクル活用の事例を見ると、事前に目標・課題が明確化された上で、健康サービスを提供するベンダー等との提携を通じて包括的な健康改善の取り組みが進められている。
     
  3. 従業員の健康・安全に係る取り組みがESG評価及び社会分野の評価に影響を与えているかを検討するため、S&P500構成銘柄を対象に、米国のチャールズ・エヴェレット・クープ・ナショナル・ヘルス・アワードの受賞企業についてESG評価に関する分析を実施すると、ESG評価機関毎に結果にばらつきが見られた。本分析からは、ESG評価の改善を目指すにあたり、開示拡充と共に、ESGリスクの対応等の観点から実質的な効果をもたらすような健康経営の取り組みが重要であることが示唆された。
     
  4. PDCAサイクルの効果的な活用を通じて健康経営がさらに普及・深化し、ESG評価を含めた金融資本市場からの評価の向上に繋がっていくことが期待される。

大量保有報告制度の見直しが始まる-ガバナンス改革「残された課題」への取り組み-

西山 賢吾

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要約
 

  1. 2023年3月2日、金融担当大臣より金融審議会に対し、「近時の資本市場における環境変化を踏まえ、市場の透明性・公正性の確保や、企業と投資家との間の建設的な対話の促進等の観点から、公開買付制度・大量保有報告制度等のあり方について検討を行うこと」が諮問された。
     
  2. 諮問を受けての主な検討内容としては、公開買付の実施が義務づけられる買い付けを市場内、市場外を問わず株券等保有割合の3分の1超とすることや、全部買付義務のある公開買付の閾値(現在は株券等所有割合の3分の2以上)の見直し(引き下げ)、大量保有報告制度における「特例報告制度」の適用範囲や「共同保有者」の対象範囲の明確化、などが挙げられる。
     
  3. 今回の諮問を受け、金融審議会内にワーキンググループなどの会議体が設置されて検討、審議を行い、対象となる金融商品取引法等の改正案を提言する形で答申が行われた後、国会で改正に関する法案審議等がなされるものとみられる。
     
  4. 今回の諮問内容は、日本のコーポレートガバナンス改革における「残された課題」への取り組みともいうべきものと考えられる。特に大量保有報告制度における「特例報告制度」の適用範囲や「共同保有者」の対象範囲の明確化については、機関投資家が今後協働エンゲージメントを積極化していく上でも重要と考えられ、金融審議会での議論の行方が注目される。

我が国上場企業の株式持ち合い比率(2021年度)-保有合理性とともに資産効率性が一段と注目される-

西山 賢吾

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要約
 

  1. 野村資本市場研究所で算出した2021年度の「株式持ち合い比率」は前年度比で3年連続低下し、過去最低水準を更新した。保有主体別にみると、上場事業法人、上場銀行は前年度比で低下、保険会社は横ばいであった。合理性の観点から保有株式の見直しが続いているのに加え、機関投資家の中で取締役選任議案に政策保有株式の保有量に関する基準を取り入れる動きが見えてきたことが、株式持ち合い解消、政策保有株式圧縮を促したと考えられる。
     
  2. 政策保有株式保有水準の議決権行使基準への反映については、2021年度頃より国内の機関投資家で行なわれるようになったが、2022年度以降も増えて、多数の機関投資家が同基準を採用するようになるであろう。数値基準については、「純資産対比で20%以上の政策保有株式の保有」が多くなると見られるが、純資産比と総資産比の併用や投下資本(純資産と有利子負債との和)比の利用、「保有の削減計画や実際の削減状況の勘案」も見られている。さらに、「保有水準が一定水準を上回り、かつROE(自己資本純利益率)が低迷している場合」という基準を採用する事例もあり、資産効率性への目配りもさらに進むと見込まれる。
     
  3. 企業にとって重要なのは、政策保有株式の保有合理性について定性的な説明だけに留まらず、不断に株式の保有意義や合理性の検証を行うこと、資産効率に影響を与えるような株式保有水準ではないことを定量的に投資家に示し、投資家の理解を求めていくことである。株式持ち合い比率は過去最低水準に達しているものの、機関投資家を中心に引き続き関心の高い株式持ち合い及び政策保有株式は、縮小が継続すると考える。

2023年6月株主総会の注目点-「資本効率性向上」への関心回帰とガバナンス改革の実質化-

西山 賢吾

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要約
 

  1. 機関投資家の議決権行使基準の改定内容などから考えると、2023年6月を中心とした今後開催の株主総会においては、取締役会の監督機能を高めるための社外取締役の増員と、取締役会の多様性の観点からの女性役員の設置が注目される。最近の株主総会の結果から見ると、これらへの対応は経営トップの取締役選任議案賛成率にも影響を与えている。
     
  2.  2023年6月開催の株主総会でも上程が見込まれる環境関連の株主提案については、地政学リスクや資源価格の高騰などを背景に、投資収益の獲得を相対的に重視する投資家、株主と、環境保護の重要性を強く意識する環境関連団体(株主提案者)との見解の違いが現れてきた印象もあるため、どの程度の賛同を集めるかが注目される。
     
  3. 新型コロナウイルス感染症拡大の企業活動への影響が小さくなるとともに、投資家の関心は企業の資本効率性や収益性の改善、向上へ回帰してきた。こうした中で、金融庁はコーポレートガバナンス改革実質化への課題、それらへの対応、施策をまとめたアクションプログラムの策定を打ち出した。また、日本版スチュワードシップ・コードとコーポレートガバナンス・コードの改訂の検討も、今後は改革の進捗状況を踏まえて適時実施される方向である。
     
  4. 東京証券取引所「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応について」は、特にPBR(株価純資産倍率)の継続的1倍割れ企業に対して状況改善に向けた対応を促すと見られ、コーポレートガバナンス改革の実質化を促す施策の1つとして注目される。
     
  5. 株主総会での会社側議案の否決が「異例」ではなくなる中で、企業は気候関連リスクへの取り組みとともに、中長期的、持続的な企業価値向上へも積極的に取り組み、それらに対する開示や説明を拡充させて投資家、株主との相互理解を深めることがさらに重要となる。

中国とEUのコモン・グラウンド・タクソノミーの概要

宋 良也

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要約
 

  1. サステナブル・ファイナンスに関する国際的な連携・協調を図るプラットフォーム(IPSF)は2021年11月に、欧州連合(EU)と中国の「コモン・グラウンド・タクソノミー(CGT)」を公表した。世界的にESG(環境・社会・ガバナンス)関連規則の制定が議論される中、異なる法域間における統一された分類体系(タクソノミー)の共通点を見出すCGTは、改めて注目に値するものと言える。
     
  2. CGTの背景にあるのは、EUで2020年6月に導入された「EUタクソノミー規則」と中国で2021年4月に公表された「グリーンボンド支援プロジェクト目録(2021年版)」(中国タクソノミー)である。これらは、環境配慮を装った「グリーンウォッシング」行為の防止や、真の持続可能な経済活動に資本の流れを転換させることを狙いとしている。
     
  3. CGTは、EUと中国のタクソノミーを比較・分析し、両者の共通点をまとめている。これにより、金融機関・投資家がCGTに準拠する持続可能な経済活動に投融資する際に、調査等のコストを削減できるようになることが期待されている。既に、中国建設銀行や中国銀行等による、CGTに準拠したグリーンボンドの発行事例がある。
     
  4. IPSFは今後、EUと中国以外の国・地域のタクソノミーをCGTに盛り込んでいくことを予定している。その範囲が広がっていけば、CGTは、持続可能な経済活動に関するグローバル・スタンダードとなり得る。今後、CGTがどのように更新されていくのか、また、それが各国のタクソノミー策定にどのように影響していくのか、注目に値しよう。

インドの脱炭素化に向けた取り組みの強化-グリーン国債発行と国内カーボン市場の創設を中心に-

北野 陽平

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要約
 

  1. 14億人以上の人口を抱えるアジアの大国であるインドは近年、政府主導で脱炭素化に向けた取り組みを強化している。インドは、高い経済成長を遂げる中、エネルギー消費の拡大に伴って温室効果ガス排出量が増加傾向にあり、同排出量は中国と米国に次いで世界で3番目に多い。
     
  2. インドは、2030年までの国が決定する貢献(NDC)として、GDP当たり温室効果ガス排出量を2005年比45%削減し、再生可能エネルギーを中心とする非化石エネルギー発電設備容量が総発電設備容量に占める割合を50%まで上昇させる目標を掲げている。また、インドは、2070年までに温室効果ガス排出実質ゼロ(ネットゼロ)を目指している。
     
  3. インド政府は、グリーン・インフラプロジェクト向けの資金調達を目的として、2023年1月と2月に計1,600億ルピー(2023年5月16日時点の換算レートで約2,653億円)のグリーン国債を発行した。投資家の旺盛な需要を反映し、発行条件が同じ通常の債券より利回りが低くなる、いわゆるグリーニアムが発生した。グリーン国債は、政府の資金調達コストを低減させるのみならず、国内企業のグリーンボンド発行を後押しする可能性も考えられる。
     
  4. インド政府は、国内カーボン市場の創設に向けて準備を進めている。インドは、京都議定書の下で開始されたクリーン開発メカニズム(CDM)に参加してきたことに加えて、省エネルギー達成認証(PAT)スキームと再生可能エネルギー証書スキームという独自の取引制度を運用している。新たな国内カーボン市場は、PATスキームから移行されるコンプライアンス市場と自主的なカーボンクレジット取引が行われるオフセット市場から構成される。
     
  5. インドが今後、グリーンボンド市場や国内カーボン市場の整備を含む脱炭素化に向けた様々な取り組みの強化を通じて、ネットゼロ実現に向けた進捗を加速させることができるか注目したい。

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