特集:巨大IT企業への金融規制

アント・グループの上場延期とその背景
-中国の金融系プラットフォーマーへの規制強化を巡る議論-

関根 栄一、宋 良也

要約

  1. 中国のアリババグループ(阿里巴巴集団)傘下のアント・グループの上海・香港での同時上場計画が、上場予定日の2020年11月5日の直前3日に延期され、市場関係者の間で話題を呼んでいる。
  2. 延期の理由として、同グループは、最近、フィンテックに対する管理監督環境に変化があり、業務構成や収益モデルに重大な影響が発生しうるためと説明した。延期の背景には、同グループの実質支配者である馬雲氏の講演内容があるとの見方もあるが、上場延期決定前から、同グループの営業収益(2020年1~6月)の4割を占めるインターネットや証券化を活用した貸付業務への規制強化が始まっていたことも挙げられる。金融当局は、フィンテック企業の「新たなトゥー・ビッグ・トゥ・フェイル(TBTF; 大きすぎてつぶせない)」リスクの存在を指摘している。
  3. 上場延期決定後は、中国共産党のトップレベルで「独占禁止の強化及び資本の無秩序な拡張の防止」が重要政策の一つとして求められ、プラットフォーマーに対する競争政策上の規制強化が始まり、過去の法令違反案件の調査・取り締まりも始まった。利用者のデータ保護の規制強化も着手された。
  4. アント・グループは、2020年6月に過去6年間使用してきたアント・フィナンシャルから名称変更を行っている。これは、同社が、金融機関ではなく、テック企業として、またテクノロジーのイノベーションを支えるプラットフォーマーとしての発展戦略に基づいて行ったものであるが、上場延期決定後、金融当局は、同社が決済業務を中心とした本業に回帰し、金融事業のライセンスを整理して金融持株会社に移行するよう求めている。
  5. アント・グループは、金融当局からの要請に基づく改善案とその実施スケジュールの策定作業に既に入っており、同社の金融事業に対する規制強化は、中国の他の金融系プラットフォーマーの成長モデルにも少なからぬ影響を与えていくこととなろう。