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時流

GXにおける水素の役割と金融への期待-我国の総意で早期に水素社会の実現を-

愛知工業大学 総合技術研究所 教授 近藤 元博

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要約
 

脱炭素、経済成長、エネルギー安定供給の3つの同時成立を目指すGX実現に向けて「2024年はGX経済移行元年」と称される年になりそうである。特にこの中でも水素、合成燃料などの脱炭素燃料は化石資源に代わるグローバル資源として、脱炭素、エネルギーセキュリティ、経済成長などの観点から今後普及拡大が期待されている。我国も「水素社会推進法」の制定を機に国内外での水素事業の展開を進めようとしている。この法律には、水素の商用規模のサプライチェーンを構築するため、供給事業者に対する価格差支援と、大量の水素を安定・安価に供給できる環境を整備する拠点支援の2つの支援制度が盛り込まれている。しかし水素社会の実現には、まだまだ障壁が多く、研究開発や技術開発から事業化並びにそのための資金援助など中長期視点での官民総意による多面的な取組が必要である。

サステナブル投資の健全な発展に必要な用語共有化とその重要性-PRI・CFA協会・GSIAによるサステナブル投資用語統一の背景-

NPO法人日本サステナブル投資フォーラム(JSIF) 会長 荒井 勝

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要約
 

PRI、CFA協会、GSIAの3団体が協力し、「サステナブル投資アプローチの定義」を共同作成した。日本サステナブル投資フォーラム(JSIF)は同レポートを日本語に翻訳している。日本でも用語の使用に混乱が生じている。サステナブル投資用語や定義の共有化は、投資家の投資商品や戦略の理解促進と混乱の回避につながる。適切な比較可能性の向上、グリーンウォッシングの防止、市場の信頼性と透明性の向上にもつながる。また、各国・地域で整合性のある定義の使用により、国際的な規制への対応も容易になる。用語の共有化と正しい理解はサステナブルな市場の発展と持続可能な経済への移行を支援する重要な要素である。

サイバーセキュリティ経営における取締役の責務

株式会社サイリーグホールディングス 取締役・情報セキュリティ大学院大学 客員研究員 大越 いづみ

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要約
 

近年の地政学リスクやコロナ禍により、サプライチェーン強靭化とサイバーセキュリティ対策が求められている。それに対応するため、2022年以降、米国立標準技術研究所(NIST)や経済産業省は「サイバーセキュリティ経営」のガイドラインを発出したが、そこでは取締役のリーダーシップが重要視されている。サプライチェーン強靭化のための多元化戦略は、一方でサイバー攻撃リスクの増加につながるが、企業の公開情報に基づく調査から、それらの統合的なリスク評価と対策が不十分であるという示唆を得た。サイバーセキュリティ経営の推進において、取締役はリスク評価の適切性を注視し、サイバーセキュリティの統合的な対策を指示するとともに、情報開示にも備えておきたい。

事業会社のサイバーセキュリティ体制と課題

情報セキュリティ大学院大学 博士前期課程2年 坂井 武

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要約
 

  1. 本稿では、事業会社におけるサイバーセキュリティ確保のための体制、その具体的な業務内容、そして課題について述べる。
     
  2. サイバーセキュリティ専門組織を有する割合、人員数は企業規模・業種業態によって様々だが、その機能は経営層、戦略マネジメント層、実務者・技術者層の3層で整理される。
     
  3. 経営層は意思決定を、戦略マネジメント層はセキュリティ戦略の立案を、実務者・技術者層は技術的なセキュリティ対策を担う。
     
  4. セキュリティ人材不足の解決策として、短期的には外部委託や中途採用が考えられるが、長期的には自社への愛着と誇りを持つ人員をセキュリティ人材として育成し、他社に見劣りしない待遇を提供することが重要である。

今、企業に求められるサプライチェーンリスク管理-効果的/効率的なサードパーティリスクマネジメントの実践-

SecurityScorecard株式会社 代表取締役社長 藤本 大

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要約
 

大企業が直接標的になるのではなく、そのグループ会社や取引先が狙われるサイバー攻撃が増えている。経済産業省等も注意喚起する中、各企業においてサプライチェーンリスク管理の重要性は理解されているが、十分な対策が実施できている企業は少ない。
 

本稿では、サプライチェーンリスク管理(=サードパーティリスクマネジメント〔TPRM〕)が注目されている背景/現状と、日本国内でも既に数百の大企業及び中堅企業が活用しており、TPRMの有効な対策の1つとなりうる、セキュリティ リスク レーティングの概要を紹介する。

サイバーセキュリティと財務パフォーマンス/リスクとの重要な関連性

ビットサイト 投資管理パートナーシップ ディレクター ニコル・パスター・マツセク

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要約
 

サイバーリスク管理のリーダーであるビットサイト(Bitsight)は、従来のサイバーセキュリティ・アプリケーションといった位置付けのみならず、投資管理の領域にまで活動範疇を拡大している。2011年に設立されたビットサイトは、包括的なデータセットを開発し、最大4,000万の組織に対して日々格付けを付与している。これらの格付けは、外部から観察可能なデータに基づき、組織のサイバーセキュリティ体制を評価するとともに、リスクの定量化が可能な尺度で情報を提供している。サイバー・ガバナンスは、経済のデジタル化が進むにつれて、コーポレートガバナンス全体の中でもますます重要となっている。ビットサイトのデータは、技術的な評価といった側面のみならず、コーポレートガバナンスにおけるロスタイムの短縮、有害なサイバーイベントに関する早期警告シグナル、サイバーリスクのプライシング、投資におけるアルファ機会の特定、投資ポートフォリオのリスク管理等を支援している。ビットサイトによるプラットフォームによる分析は、デューデリジェンス、保険商品の引き受け、長期的な投資管理を強化するために不可欠と言える。ムーディーズ、グラスルイス、S&Pグローバル等の金融リーダーとのパートナーシップは、ビットサイトのデータが金融資本市場における戦略に織り込まれつつあることを示唆している。サイバーセキュリティが財務パフォーマンスと規制遵守の重要な要素になるにつれて、ビットサイトによる洞察が、進化するサイバーリスクの状況をより良く見極めることを通じて、投資家の意思決定の強化やポートフォリオの価値保全等に寄与すると考えられる。
 

(本内容は参考和訳であり、原文〔Original〕と内容に差異がある場合は、原文が優先されます。)
 

原文(Original)

The Critical Connection between Cybersecurity and Financial Performance and Risk

 

Nicole Pastor Matusek, Director, Investment Management Partnerships, Bitsight

Bitsight, a leader in cyber risk management, extends its impact beyond traditional cybersecurity applications to the realm of investment management. Founded in 2011, Bitsight has developed a comprehensive dataset, offering daily ratings for up to 40 million entities. These ratings, based on externally observable data, assess the cybersecurity posture of organizations and provide a quantifiable measure of risk. As the economy increasingly digitizes, cyber governance is increasingly critical to, and indicative of, corporate governance. Bitsight's data transcends technical assessments, as a low latency of broader corporate governance and a downside early warning signal of adverse cyber events, aiding investment managers in pricing cyber risk, identifying alpha opportunities, and managing portfolio risk. The platform's analytics are crucial for enhancing due diligence, underwriting, and long-term investment stewardship. Partnerships with financial leaders like Moody's, Glass Lewis, and S&P Global underscore the integration of Bitsight's data into capital market strategies. As cybersecurity becomes a critical factor in financial performance and regulatory compliance, Bitsight's insights enable investors to enhance decision-making, protect portfolio value, and navigate the evolving landscape of cyber risk.

特別寄稿

サイバーセキュリティのインシデントの情報開示規制に関する米国の動向

東京大学 名誉教授 神田 秀樹

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要約
 

  1. 米国連邦証券取引委員会(US Securities and Exchange Commission、SEC)は、2023年10月30日に、サイバーセキュリティのインシデントへの対応等に関し、SolarWinds社と同社の最高情報セキュリティ責任者(CISO)に対し、連邦証券法及び連邦証券取引所法に違反したとして、違反の是正や民事制裁金の賦課等を求める訴訟を連邦地方裁判所に提起した。この事案はサイバーセキュリティ関連の対応が証券詐害(securities fraud)に該当するとSECが主張して提訴した初めての事案であり、また、内部統制の不備を理由として会社のCISOを提訴した初めての事案である。実務界での反発も強かったが、2024年7月18日に裁判所はSECの請求の一部だけを認める判決を言い渡した。
     
  2. 上記のインシデントが2020年に発生したことを重視して、SECは、2023年に開示規制の改正を行った。その主な内容は、米国の上場会社等に対し、(ア)サイバーセキュリティのインシデントがあった場合には、会社は遅滞なくそれが重要な(material)ものか否かを判断しなければならず、重要なものと判断した場合には、一定の例外的な場合を除き、重要と判断した日から4営業日以内に臨時報告書においてそのインシデントの内容と対応、会社の事業への影響などを開示しなければならないとすることと、(イ)年次報告書においてサイバーセキュリティに関するリスク管理等とガバナンス体制整備とに関する情報開示を求めることである。
     
  3. SECは、2024年に、SECが監督権限を有する証券業者に対し顧客情報の保護等に関する規則の改正を行った。その内容は、対象となる証券業者は顧客情報への不正なアクセスや使用等のインシデントを評価し、統制し、影響を及ぼしうる顧客に通知することを含んだインシデント対応プログラムを策定して実施しなければならない等である。
     
  4. 上記の米国の動向に鑑みると、サイバーセキュリティに関し、日本でもガバナンスの観点からの対応の強化が今後の課題となるように思われる。

サイバーセキュリティのために必要な人材-DX推進と安全・安心の確保-

情報セキュリティ大学院大学 教授 藤本 正代

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要約
 

  1. 企業等の組織におけるサイバーセキュリティは、情報の機密性、完全性、可用性を確保する情報セキュリティマネジメントに取り組むことが基本である。そのために参照できるものとして、国際標準化機構(ISO)と国際電気標準会議(IEC)が定めた国際標準であるISO/IEC27001や米国国立標準技術研究所(NIST)サイバーセキュリティフレームワーク、クレジットカード業界のセキュリティ基準であるPCI DSS(Payment Card Industry Data Security Standard)等がある。サイバーセキュリティ人材は、リスクマネジメントプロセスについての基礎知識やセキュリティ技術の最新動向等、幅広い知識と経験が要求される。
     
  2. 近年のサイバー攻撃の激化やその影響の大きさから、サイバーセキュリティ人材の確保は企業等の組織にとって重要な経営課題になったといえる。しかしながら、日本における人材不足は深刻な状況にあり、必要な人材確保を実現するには早めに戦略的な取組をする必要がある。
     
  3. サイバーセキュリティ人材育成は、社会的課題である。政策的な推進施策もあり、教育機関や団体等で教育プログラムが作成され展開されている。企業等の組織は、人材育成のためにこのような外部のサービスを効果的に活用するとともに、社内での人材育成について計画的に取り組むことが重要である。
     
  4. デジタルトランスフォーメーション(DX)を推進する企業等の組織では、特に組織内にサイバーセキュリティに関して中核的な役割を果たす専門家人材を有することが望ましい。サイバーセキュリティ人材は、スキルによって、大きくサイバーセキュリティマネージャーとサイバーセキュリティエンジニアに分けられる。そのような中核的人材は、経営層をはじめとした従業者全員の間に、サイバーセキュリティの重要性についての意識の醸成を図ることも重要な役割である。

企業の観点からのサイバーセキュリティ-サイバーセキュリティは情報技術の問題ではなく、企業経営の課題-

PwCコンサルティング合同会社 パートナー 丸山 満彦

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要約
 

  1. 2021年9月に閣議決定された「サイバーセキュリティ戦略」において、「経済社会の活力の向上及び持続的発展」として「DX (Digital Transformation) with Cybersecurityの推進」が謳われている。企業の情報技術、デジタル技術の活用と情報セキュリティ対策の同時実施は当然のことであり、経営陣は経営課題として情報セキュリティ対策をとらえる必要がある。つまり、サイバーセキュリティはガバナンスの要素であるという認識が重要である。
     
  2. サイバーセキュリティリスクに対して、経営陣としてすべきことは、サイバーセキュリティリスク対策を企業全体のリスクマネジメントの一環として組み込むことであり、経営者が自らのリーダーシップのもとで対策を進めることが重要である。また、ビジネスがサプライチェーンに支えられていることを鑑み、サプライチェーン全体への目配せも重要となる。
     
  3. サイバーセキュリティリスクが組織活動に大きな影響を及ぼすことから、多様なステークホルダーとの平時、有事のコミュニケーションは重要となる。特に、米国ではすでに証券取引委員会(SEC)が新たな規則を設け、投資家へのリスク情報の開示を強化している点は、日本企業も注視しておく必要があるだろう。

米国投資家は「投資先企業のサイバーセキュリティ開示情報」の何を評価しているのか

PwCコンサルティング合同会社 マネージャー 愛甲 日路親

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要約
 

  1. 今日、投資先企業におけるサイバーリスク懸念が高まり、米国証券取引委員会(SEC)をはじめ海外では上場企業においてサイバーセキュリティおよびプライバシーに関する情報開示の法規制強化が進んでいる。一方、企業のサイバーセキュリティ管理体制を適切に評価することは難しい。PwCコンサルティング合同会社では、世界的にサイバーセキュリティ業界を牽引する米国の投資家が企業のどのようなサイバーセキュリティ開示情報を評価するかを把握すべく、アンケート調査を実施した。米国投資家203名(および日本投資家123名)から回答が得られ、有識者6名のインタビュー調査も踏まえ、日米投資家間で意識や着眼点が異なることが明らかになった。
     
  2. 本アンケート調査では、米国投資家全体の9割がサイバーセキュリティ評価は投資判断に影響すると回答したが、日本投資家の割合(同6割)よりも高い背景として、規制強化と損失顕在化があることが読みとれる。米国投資家の多くは、米国SECがサイバーセキュリティ情報開示を義務化した2022年からサイバーセキュリティ評価を採用している。そして、直近半年間に投資先企業のサイバーリスクやセキュリティ事故の情報開示不備による損失経験を有する米国投資家は全体の9割に上り、うち3割は100万米ドル(約1.6億円)を超える損失を経験するなど、無視できない状況と言える。
     
  3. 米国投資家が最も重視する企業のサイバーセキュリティ評価項目は、取締役会の関与状況で全体の約6割(日本投資家は同約3割)、また平時において最も確認するとした情報源は「Form 8-K、6-K」が同約5割(日本投資家は同約2割)と、評価材料が日本投資家と必ずしも共通していないことが読みとれる。また、米国投資家の場合、チームにセキュリティ有識者がいる割合は全体の約6割(外部有識者を含むと約9割)に対して、日本投資家の場合、残念ながら同1割(外部有識者を含むと同5割)にとどまり、日本は適切な評価のための体制が整っていないという実態が浮き彫りとなった。
     
  4. 今後、特にサステナビリティ投資家においては、サイバーセキュリティ評価を投資判断に反映させなければならないことは明らかである。セキュリティ情報開示が義務化されていない国内上場企業の開示情報や取材を基に浮き彫りとなった課題は、セキュリティ有識者が不在のチームで「企業のセキュリティ取組を適切に評価できるか」という点である。近い将来、日本投資家においてもサイバーセキュリティ評価の力量の強化およびセキュリティ評価者の力量の標準化は重要な検討事項となるだろう。

インパクト測定の標準化と企業価値の関係性-エンゲージメントに資するインパクトの定量化-

野村證券 クオンツ・ソリューション・リサーチ部 クオンツアナリスト 倉持 純太、野村證券 金融工学研究センター長 太田 洋子

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要約
 

  1. PBR(株価純資産倍率)の向上には、財務戦略によるROE(自己資本利益率)向上と、非財務戦略によるPER(株価収益率)向上の両方に取り組むことが重要と考えられる。近年、ポジティブインパクトをアウトカム(施策の成果・効果)で説明する企業が増えているが、投資家からは個社性が強く、横比較が難しい点が指摘されている。また、インパクトを財務諸表に反映させるインパクト加重会計の導入を試みる日本企業も出てきているが、企業価値向上に結び付けたと示せる事例はまだない。
     
  2. インパクトの横比較を可能にするため、生成AI(人工知能)を活用してインパクト測定ツールIRIS+(アイリスプラス)のストラテジックゴールを拡張・整理し、アウトカム・ラベルを再定義する。各企業の有価証券報告書において、再定義した183のアウトカム・ラベルに関する開示があるか生成AIで判定することで、従来難しかった客観的な横比較が容易になると考えられる。
     
  3. PBRを推計する定量モデルを構築した。具体的には、予想ROE、予想DOE(自己資本配当率)、売上高成長率、財務レバレッジの4ファクターとGICS(世界産業分類基準)セクターに加え、183のアウトカム・ラベルに関する開示有無をファクターとして使用した。ソニーグループを例として、PBRを要因分解し、「リーダーシップ教育の推進」等の一部のアウトカム・ラベルがPBRにポジティブに寄与する可能性が示唆された。
     
  4. 本アプローチは、プロンプトの改善や今後の生成AIの発展で精度が向上する可能性が高い。企業には、インパクトの定量化改善を推し進めるとともに、ポジティブインパクトが期待されるアウトカム・ラベルを中心に、価値創造ストーリーと紐づけた開示が望まれる。そして、定量化された情報を投資家との対話にも活用することで、持続的な価値創造に対する投資家の期待が高まり、株価の向上が期待される。

特集1:サイバーセキュリティに関する諸論点

サイバーセキュリティの概念と世界及び日本の現状

江夏 あかね

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要約
 

  1. 世界では、2010年代後半頃から、デジタル・トランスフォーメーション(DX)の推進、人工知能(AI)の発展、サイバー攻撃者の多様化も背景に、サイバー攻撃が複雑化、巧妙化、甚大化し、直接的な攻撃対象である企業等に被害が及ぶのみならず、社会経済全体に及ぼす影響が懸念されている。日本でもサイバー攻撃が年々増加しており、特に2022年4月に施行された改正個人情報保護法により、被害者本人への通知が必要となり、公表されるケースが増加しているようだ。
     
  2. 金融資本市場の観点からは、(1)2019年3月にサイバー攻撃を受けたものの、情報開示も背景に対応が好意的に受け止められたノルウェーのノルスクハイドロ、(2)2020年12月にサイバー攻撃を受けたことを公表し、その後2023年11月に米国証券取引委員会(SEC)により提訴されたほか、SBOM(Software Bill of Materials)という概念の広がりのきっかけとなった、米国のソーラーウィンズ、の事例が注目される。
     
  3. 今後も世界的にサイバー攻撃に伴うリスクの拡大傾向が続くと想定されるが、その勢いや内容を見据える場合、主に、(1)AIの進展に伴うサイバーリスクとセキュリティへの影響、(2)地政学リスクの状況、(3)人材確保・育成、が注目点になり得ると言える。特に、サイバーセキュリティに関する人材の観点からは、外部人材の採用が難しい現状を踏まえると、当面においては、企業内部での育成強化のみならず、企業間連携、政府や業界団体等による支援等も、企業のサイバーリスク軽減の観点からカギになると考えられる。

金融資本市場における当局・金融機関によるサイバーリスクへの対処

門倉 朋美、江夏 あかね

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要約
 

  1. 金融機関は大量の機密情報や取引を取り扱うことから、サイバー攻撃の標的になることが多いと指摘されている。金融資本市場、特に証券市場は資金の効率的な配分や利用を促す機能を担っており、特定の市場や証券会社等の金融機関に対するサイバー攻撃の被害は甚大になり得ることが想定される。
     
  2. 金融セクターの国際的な枠組みにおいては、金融安定理事会(FSB)や証券監督者国際機構(IOSCO)等が各国の金融当局や金融機関等を対象としたサイバー・レジリエンスの強化を図る施策を推進している。
     
  3. 一方、各国金融当局は自国の金融機関に対してサイバーセキュリティの確保に資する取り組みを推進している。日米金融当局による近年の主な施策として、米国証券取引委員会(SEC)による証券市場関連組織に対する規制強化と日本の金融庁による金融機関に対するセルフアセスメントの促進が挙げられる。
     
  4. 今後、日本の金融資本市場や金融機関がサイバーリスクの脅威に対応し、健全な発展を遂げるためには、(1)海外当局の動向の把握、(2)金融機関のサイバーセキュリティリスク評価の普及、が重要になると考えられる。

重要性が高まるサイバーセキュリティに関する金融商品の役割

富永 健司

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要約
 

  1. 近年、サイバー攻撃の被害が深刻化し、多様化している。企業及び投資家がサイバーセキュリティのリスクに対応し、関連する機会を捉えていくにあたり、金融商品の役割の重要性が増している。金融資本市場における、サイバーセキュリティ関連の主要な金融商品として、サイバーファンド、サイバー保険が挙げられる。
     
  2. 米国では2014年に世界初のサイバーファンドであるピュアファンズISEサイバーセキュリティ上場投資信託が上場された。日本においても、サイバーセキュリティ関連の投資信託が提供されているが、米国におけるサイバーファンド同様、投資先企業は米企業が中心となっている。また、兼松等が2024年2月に設立を発表したサイバーファンドは、国内のサイバーセキュリティ関連企業を主要な投資対象として想定していると見られ、こうした取り組みが日本企業全体のサイバーセキュリティ対策の強化に寄与していくのか注目される。
     
  3. 他方、サイバー保険に関しては、米国で利用が浸透しているのに比べ、日本では依然として普及余地があると見られている。サイバー保険の加入率向上に向けて、サイバーセキュリティに対する意識向上、サイバー保険の認知度向上等の課題に取り組んでいくことが重要である。
     
  4. 今後、(1)サイバーセキュリティに係る金融商品の開発努力、(2)官民の連携強化による技術革新へのファイナンス支援、等に取り組んでいくことで、サイバーセキュリティに関する金融商品のさらなる発展が期待される。

特集2:日中におけるサステナビリティ情報開示

日本におけるサステナビリティ開示基準案の公表-IFRSサステナビリティ開示基準を基礎とするSSBJ-

板津 直孝

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要約
 

  1. サステナビリティ基準委員会(SSBJ)は2024年3月、日本におけるサステナビリティ開示基準の公開草案を公表した。同公開草案は、プライム上場企業における有価証券報告書での開示を想定する。同公開草案に基づく非財務情報は、国際財務報告基準(IFRS)のほかに、日本会計基準や米国会計基準及び修正IFRSに基づいて作成された財務諸表に対しても、補完することができるとしている。公開草案の最終化後、金融庁が法定開示への適用を検討する予定であるが、日本の基準の位置付けが明確になったことを踏まえ、投資家及びグローバル企業は、先行する欧米の開示要請との違いを整理することが重要となる。
     
  2. 公開草案の基準構成や開示要件は、概ねIFRSサステナビリティ開示基準と同様であるが、日本の法令等を踏まえた公開草案独自の規定を定めている。独自に追加した開示は、IFRS サステナビリティ開示基準に基づく開示情報作成の過程で入手する情報の範囲内で、作成可能なものに限定されている。
     
  3. 公開草案は、情報利用者として投資家を想定し、財務上の重要性を概念としている。連結子会社などからの温室効果ガス(GHG)排出量の開示では、財務会計で用いられている連結基準と同じ基準を適用することが、GHGプロトコルが推奨する排出量報告の目的適合性を満たすことになる。現行のIFRSなどの連結基準を踏まえると、経済的実質を優先して適用する持分割合アプローチが相当すると言える。
     
  4. ただし、公開草案ではアプローチの選択適用を認めている。そのため、選択したアプローチが連結財務諸表に含まれる事業体の範囲と異なる場合は、排出量の測定と財務会計との結合性、さらには連結財務諸表との整合性と比較可能性も損なわれる懸念に、留意する必要がある。

中国における上場会社のサステナビリティ強制開示規制の導入

宋 良也

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要約
 

  1. 中国の上海・深圳・北京証券取引所は2024年4月12日、「上場会社自主規制指針―サステナビリティ報告(試行)」(以降、サステナビリティ開示規則)を各々公表した。同規則は、中国にて初めて導入された上場会社のサステナビリティ強制開示規制であり、2025年12月31日に終了する会計年度から適用し始め、強制開示が適用される上場会社は2026年4月末時点までにサステナビリティ報告を開示する必要がある。
     
  2. 中国では従来、上場会社のサステナビリティ開示に関する統一的な基準がなかった。各当局はそれぞれ個別の規則を制定していたものの、具体性に欠けていたほか、定量的な開示要件が規定されていない等の課題があった。今般のサステナビリティ開示規則は、これらの課題を解決することを目的としている。
     
  3. サステナビリティ開示規則の下では、合計450社超の上場会社がサステナビリティ強制開示の対象となる。環境・社会・ガバナンス(ESG)の各分野における開示項目(トピック)では、国際的なサステナビリティに関する基準に共通する部分が多い一方、「農村の振興」といった中国特有なトピックも設けられている。また、上場会社は各トピックに対し、財務的マテリアリティとインパクトマテリアリティのどちらに特定できるかを判断し、財務的マテリアリティに特定された場合は、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)による提言の最終報告書での開示フレームワークに沿って開示しなければならない。
     
  4. 今後、中国におけるESG情報の強制開示は、上場会社のみならず、一般企業にも適用される予定となっており、当局が関連規則を制定中である。中国財政部は、一般企業にも適用するサステナビリティ開示規則のパブリックコメント募集を開始した。将来的には、サステナビリティ開示の義務化が徐々に広まるにつれ、サステナビリティ開示を早期から行い、開示内容が適切かつ充実している上場会社が、投資家に選好される可能性も考えられる。投資家のスタンスの変化も含めて、中国企業におけるサステナビリティ開示の動向は注目に値しよう。

ESG/SDGs

証券引受業務とファシリテイティッド・エミッション-資本市場仲介を通じた脱炭素への貢献-

磯部 昌吾

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要約
 

  1. 株式や債券などの証券引受業務を、発行体の温室効果ガス排出と結び付けた「ファシリテイティッド・エミッション」に関する国際的な議論が広がりつつある。
     
  2. 金融向け炭素会計パートナーシップ(PCAF)が公表した計測・開示基準では、引受額や発行体の排出量を元にファシリテイティッド・エミッションを計算する算式が示されている。また、バーゼル銀行監督委員会は各国裁量での開示義務を提案し、ネットゼロ・バンキング・アライアンス(NZBA)は削減目標の設定を加盟銀行に求めている。
     
  3. もっとも、ファシリテイティッド・エミッションを巡っては、(1)排出量と無関係の市場要因に左右される、(2)グリーン/トランジションボンド向けの計算式が未開発である、(3)経済活動に対して重層的に炭素会計を適用することになるという課題がある。
     
  4. 資本市場仲介が果たす役割は、発行体と投資家のニーズをマッチングし、投資案件を成立させることにある。各国・地域の考え方に違いがある中で、経済全体の脱炭素という目標に向かって資本市場の資金仲介機能を発揮させていくにあたり、ファシリテイティッド・エミッションが、実際にどのように活用されるものなのかが問われていると言えよう。

地域間格差が顕在化するサステナブルファイナンス-欧米日におけるSDGs債の発行状況を中心に-

江夏 あかね

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要約
 

  1. 世界のサステナブルファイナンスは、2020年代に入って、金利水準の変化、地政学リスク、政治的反発等を背景に、国・地域間で格差が顕在化している。
     
  2. 世界における持続可能な開発(SDGs)に資する債券(SDGs債)の国・地域別で見た2023年の発行額は、欧州、米国ともに、2021年のピークに比してそれぞれ約22%減、約33%減となった。欧州では信頼性(credibility)向上を目指す取り組みと新型コロナウイルス感染症問題への対応の収束、米国では政治や規制・監視面からの逆風が発行額停滞の背景にある。一方、日本については、政府支援策も背景として、2023年の発行額が2021年比約81%増と、堅調に増加した。
     
  3. 欧州、米国と日本のSDGs債の発行傾向は対照的だが、サステナブルファイナンスにおいて信頼性や質の確保が重要と認識され、取り組みが進められていることが共通点として挙げられる。
     
  4. サステナブルファイナンスが本質を追求する段階に入る中、SDGs債が信頼性と質を確保するためには、(1)同債券を通じてどの程度インパクトが創出されたかを計測、(2)透明性及び比較可能性を確保した上で投資家を始めとしたステークホルダーに情報開示、(3)投資家等とのエンゲージメントも通じて、環境・社会インパクトが確実に創出されているかを検証、(4)発行体の次のサステナビリティ関連のアクションにいかす、といった、個々の発行体や投資家の取り組みが大切と言える。

「踊り場」から、「高度化」「多様化」を伴う「安定成長」へ-日本のサステナブル投資残高(2023年)-

西山 賢吾

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要約
 

  1. NPO法人日本サステナブル投資フォーラム(JSIF)が公表した2023年の日本のサステナブル投資残高は、537.6兆円となった。2022年は前年比で減少に転じ、これまで順調だったサステナブル投資が踊り場を迎えた印象であった。しかし、2023年は2022年に比べ8.9%増と再び上昇に転じ、日本におけるサステナブル投資への関心は引き続き高いことが示された。
     
  2. 運用手法別にみると、国際規範に基づくスクリーニングは前年比で減少したが、他の運用手法は前年を上回った。運用残高の大きなESGインテグレーションで前年比9%増と安定して増加したほか、ネガティブ・スクリーニングやエンゲージメントも前年比2桁の増加となった。また、規模は小さいものの、インパクト投資が2022年に比べ約3.3倍に拡大したことが目を引いた。
     
  3. 運用資産別にみると、すべての資産クラスで残高は前年を上回った。最も伸び率が高かったのはプライベートエクイティの53.1%増であり、これに不動産(28.1%増)、債券(26.0%増)が続いた。一方、外国株式は0.5%増とほぼ横ばいであったが、米国など海外株式市場の状況や円安などを勘案すれば、海外への投資も着実に増加したとJSIFでは分析している。
     
  4. 日本の投資活動においてESG(環境、社会、ガバナンス)の重要性と関心は引き続き高い状況である。一方、サステナブル投資残高がほぼ日本のGDP(国内総生産)額に匹敵するまでに拡大したことや、いわゆる「ウオッシュ」の問題、情報開示の厳格化、海外のサステナブル投資の動向などもあわせて勘案すると、日本のサステナブル投資は以前ほどの高成長は見込みにくいものの、内容の高度化や多様化を伴いつつ、踊り場から安定成長のフェーズに入ると考えられる。

親子上場の状況(2023年度末):随所に「潮目の変化」-親子上場企業数200社割れ、親会社の持分減少が解消の主要因に-

西山 賢吾

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要約
 

  1. 野村資本市場研究所が調査した2023年度末(2024年3月末)時点での日本の親子上場企業(親会社も上場企業である企業)数は190社となり、17年連続で前年度末比の純減となった。また、親子上場企業数が200社を下回ったのは1993年度末以来30年ぶりである。
     
  2. 今回特に注目されるのは親子上場の減少要因である。これまで(データを遡及できる2008年度末以降)は、親会社による上場子会社の完全子会社化が親子上場の減少要因として最も多かった。しかし、2023年度末は、親会社の株式保有の減少により親子関係に該当しなくなる事例が初めて最も多くなった。他の上場会社やファンドへの売却を通じた企業グループによる価値向上策など、従来より多様な施策がとられるようになってきた証左と考えられる。さらには、親会社による売却に際し、当初想定していた企業(グループ)ではなく、いわゆる「同意なき買収提案」側企業に売却する事例も見られるなど、親子上場を取り巻く環境の随所に潮目の変化が見られるようになってきたことも特筆される。
     
  3. 現状の親子上場を巡る議論としては、2000年代後半を中心に見られたような「親子上場の禁止ないしは規制」議論ではなく、少数株主保護を観点ベースにしたグループ経営における親子上場の意義や重要性、体制整備と、それらに関する情報開示の拡充で対応することが基本的な考えとなっている。親子上場を見る株主や投資家の「目」が厳しくなるとともに、日本の企業グループにとって、国際的な競争力とその存在感を高めることは喫緊の課題であることから親子上場の見直し、純減は今後も継続が見込まれる。これとともに、グループ経営戦略の観点から、これまで以上に親子上場の戦略的な活用も併せて期待される。

削減ペースが加速した政策保有株式-政策保有にも求められる「緊張感を孕んだ相互信頼関係」構築-

西山 賢吾

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要約
 

  1. 野村資本市場研究所が算出した2023年度の純投資比率は前年度に比べ0.7%上昇して69.2%に、政策保有比率は同0.7%低下して31.2%となった。機関投資家による保有株式量を基準とした議決権行使基準設定が一段と進んだことや、損害保険会社で発生した企業不祥事において政策保有株式の問題が指摘されたことなどが政策保有比率低下の要因と考えられる。
     
  2. 政策保有が減少する中で注目されるのは「取引先持株会」と「投資株式の保有目的変更」である。取引先持株会は全体として規模は小さいものの、企業によっては筆頭株主になるなど一定の存在感を有している。取引先持株会の設置目的や意義や取引先持株会を通じた保有の合理性などについて、機関投資家等から説明を求められる機会も今後増えると見込まれる。
     
  3. 投資株式の一部の保有目的を「純投資目的以外」から「純投資目的」に変更する事例が散見される。投資家が懸念するのは、保有目的を変更しただけで実態には何ら変化がない「保有株式削減ウォッシュ」である。保有目的を純投資に変更するのであれば、株式運用を行うのに適切な体制の構築や、任意開示も含めた、保有目的が純投資目的以外の投資株式以上に広範で丁寧な情報開示が必要と考える。
     
  4. 政策保有株式を巡る環境が厳しさを増す中、さらなる削減と純投資の増加は今後も継続するであろう。一方、政策保有株式についても、保有の合理性の検証や議決権行使など保有先企業を適切にウォッチすることが求められるようになり、「政策保有イコール安定株主」ではなくなりつつある。企業と株主・投資家との新しい関係「緊張感を孕んだ相互信頼関係」の構築は、純投資だけでなく政策保有にも求められてきている。

欧州監督機構が公表したSFDRの改正に向けた提言-「サステナブル」と「トランジション」商品カテゴリーの創設-

富永 健司

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要約
 

  1. 欧州連合(EU)の金融監督を担う欧州監督機構(ESAs)は2024年6月、欧州委員会(EC)宛のサステナブルファイナンス開示規則(SFDR)の改正に向けた提言を公表した。EUでは、SFDRが2021年3月に施行された後、ECのメイリード・マクギネス委員(金融サービス・金融安定・資本市場同盟担当)が2022年12月に規則の改正について言及し、ECがSFDRの見直しに向けた動きを進めてきた。
     
  2. ESAsによる提言におけるSFDRの主要な提案の一つとして、金融商品に関してサステナブル及びトランジションという新たな分類カテゴリーの創設が挙げられる。これは、金融商品の開示規則であるSFDRが、実質的に金融商品のラベリングの枠組みとして利用されてきたことを受けたものであり、サステナビリティの特徴を示す新たな分類カテゴリーの導入が、利用者の理解度の向上に資するとの見方が示されている。
     
  3. ESAsによる今回の提言においては、新たな金融商品の分類カテゴリーにおける具体的な基準等の詳細は示されていない。なお、SFDRの改正についての具体的なスケジュールについては公表されていないが、ECは現状、SFDRの実施に関するステークホルダーの意見を基に、新たな仕組みの詳細を検討しているとみられる。今後、ESAsによる提言を受けて、ECがSFDRの見直しをどのように具現化していくのかが注目される。
     
  4. EUのサステナブルファイナンスで、相応の存在感を有するSFDRが見直されることを通じて、今後、欧州におけるサステナブルファイナンスの金融商品、同ファイナンスに関わる金融市場参加者の取り組みがどのように変貌していくのか目が離せない。

「新質生産力」の発展を目指す中国-カギとなる先端技術と産業の融合-

関 志雄

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要約
 

  1. 習近平総書記が提唱する「新質生産力」とは、従来の経済成長モデルから脱却し、革新(イノベーション)が主導的役割を果たし、高度な技術、高効率、高品質という特徴を備えた先進的な生産力の形態を指す。中国において、新質生産力を向上させることは、持続可能な発展を実現し、厳しさを増す内外環境の変化に対応するための重要な手段として位置付けられている。
     
  2. 新質生産力を高める原動力は、科学技術革新、産業の高度化、生産要素の質と配置の改善と、三者の相乗作用である。中国は、科学技術革新を加速すべく、挙国体制の下で、科学技術の自立自強を目指しており、特に独創的で破壊的なイノベーションの創出に注力している。また、産業高度化に向けて、先端技術を生かした旧来産業の改造・レベルアップと新興産業・未来産業の育成に加え、サプライチェーンの強化とデジタル経済の推進に取り組んでいる。さらに、生産要素の質と配置の改善のために、生産要素の流動化を促す市場化改革と、教育・科学技術・人材の三位一体改革に加え、新しい生産要素としての「データ」の活用を進めている。
     
  3. 新質生産力の発展を反映して、中国は科学技術大国として浮上し、産業の高度化とグリーン転換も進展している。その一方で、米中デカップリングの影響や、挙国体制の限界、ベンチャー企業への資金提供の不足など、克服しなければならない課題も多い。これらの課題を解決するためには、市場化改革と対外開放の推進や、法治と私有財産の保護の強化などの制度改革を通じて、ビジネス環境の改善に努めなければならない。

トランジション・ファイナンスの促進に向けたASEANの取り組み

北野 陽平

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要約
 

  1. 世界的に温室効果ガス排出量実質ゼロ(ネットゼロ)に向けた取り組みが強化される中、温室効果ガス排出量が多く石炭等の化石燃料への依存度が高いアジアでは近年、トランジション(移行)への関心が高まっている。排出削減が困難な企業が多く低炭素技術が十分に確立していないASEANは、より重要な役割を担っていく可能性があると考えられている。
     
  2. ASEANでは、総じてトランジション・ファイナンス市場は発展初期段階にある。しかし、近年、ASEAN資本市場フォーラム(ACMF)によりトランジション・ファイナンス促進に向けた取り組みが強化されており、「サステナブル・ファイナンスのためのASEANタクソノミー」や「ASEANトランジション・ファイナンス・ガイダンス」等が策定されてきた。
     
  3. ASEANトランジション・ファイナンス・ガイダンスでは、信頼できるトランジションの要素が明確化されるとともに、トランジションを進める事業体を分類する枠組みが示された。今後、ASEANトランジション認証制度の導入やトランジションのラベルが付与された金融商品に関するガイダンスの策定等が検討される可能性がある。
     
  4. 国別では、シンガポールが主導的な役割を担っている。シンガポール金融管理局(MAS)は、トランジション・ファイナンスを促進する上で官民連携の重要性を認識し、2023年12月にアジア開発銀行(ADB)及び人と地球のためのグローバル・エネルギー同盟(GEAPP)との間で、ブレンデッド・ファイナンスに係る協力覚書に署名した。
     
  5. 翻って、日本でも、トランジション・ファイナンスの促進に向けた様々な取り組みが進められている。中長期的な観点で、ASEANと日本の協力・連携が強化され、ASEANにおけるトランジション・ファイナンス市場の成長を通じて、アジア全体が脱炭素社会に確実に移行できるか、注目したい。

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