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時流

ウーマノミクスが日本のマクロ経済と財政問題に与えたインパクト

一橋大学経済研究所 所長 祝迫 得夫

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要約
 

90年代末にキャシー松井氏らによって提唱された「ウーマノミクス」は、2010年代中盤以降、アベノミクスの一環として、高齢化時代に突入した日本における労働力人口の減少に歯止めをかけることに貢献した。さらに、ウーマノミクスと高齢者の就労増加は、年金財政の改善に大きく貢献し、貯蓄減少・経常収支の赤字化のトレンドを遅らせることにも寄与している。財政リスクが解消したわけではないが、本格的な財政破綻のタイミングは、かなり先送れたかも知れない。今後のウーマノミクスのいっそうの推進に向けては、女性と高齢者の従業員のパフォーマンス評価に関し、日本企業が伝統的な人事制度を能動的に変革していくことが求められている。

特集:資本市場とAI

欧州の証券監督当局が注視する証券市場におけるAIリスク-ESMAによる調査分析結果と今後のリスク対応の論点-

江夏 あかね

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要約
 

  1. 人工知能(AI)が世界で急速に発展・普及が進む中、各国・地域の証券監督当局が証券市場におけるAIの潜在的なリスクへの対応を進めている。2023年に入って、(1)欧州連合(EU)では、欧州証券市場監督局(ESMA)が2月にEUの証券市場のAIリスクに関する調査分析結果、(2)米国では、米国証券取引委員会(SEC)が7月にブローカー・ディーラー等に対して、AI等の予測データ分析を利用する際に生じ得る利益相反への対応を義務付ける規則案、をそれぞれ公表した。
     
  2. ESMAによるEUの証券市場のAIリスクに関する調査分析結果では、証券市場参加者や各取引プロセスの観点からAIの利用状況を調査し、5つの潜在リスク(説明可能性、集中・相互連関・システミックリスク、アルゴリズム・バイアス、オペレーショナル・リスク及びデータの質とモデル・リスク)を特定した。ただし、「AIの開発を監視し、関連する重大なリスクを分析した上で、これらが十分に理解され、考慮されるようにする」として、厳格な規制の導入といった結論は導き出さなかった。
     
  3. 世界の証券市場で今後、ますますAI利用が進んでいくと想定される中、証券市場におけるAIリスクへの対応をめぐる主な論点としては、(1)各国・地域における証券監督当局や国際組織等による取り組み、(2)リスク管理・ガバナンス体制の拡充、が挙げられる。
     
  4. 特に、リスク管理・ガバナンス体制は、AIリスク対応に向けて新たな仕組みを構築するより、既存の体制を継続的に見直し、AIの利活用にも耐えうるような形に拡充していくことが多いと推察される。

予測データ分析やAIの利活用に関する規制強化を図る米国SEC規則案-金融事業者と投資家間の利益相反への対応-

橋口 達

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要約
 

  1. 近年、資本市場における人工知能(AI)等の利用に関する議論が進展している。そうした中、米国証券取引委員会(SEC)は2023年7月26日、金融事業者に対し、予測データ分析並びにそれに類似する技術を利用する際、投資家との利益相反に対応するよう求める規則案 (以下、SEC規則案)を公表した。
     
  2. SEC規則案の背景には、金融事業者がAI等のテクノロジーを利用して、投資家の利益を犠牲にして自社の利益を高めているのではないかというSECの問題意識がある。
     
  3. SEC規則案は、金融事業者が対象となるテクノロジーを投資家とのやり取りにおいて利用する場合に、利益相反への対応を義務付けるものである。特徴として、対象とするテクノロジーの範囲が広範にわたること、利益相反を開示するのではなく、利益相反の排除又は中和という対応策を求めている点が挙げられる。
     
  4. SEC規則案に対しては、金融事業者に過度な負担を強いる、イノベーションを抑制するといった批判が出てきている。急速に進展するテクノロジーの利点を尊重しつつ、どのように規制当局や金融事業者が投資家保護を図っていくのか、今後の議論が注目される。

金融・証券規制

米国における大手銀行の規制強化案-バーゼルⅢ最終化の適用と大手地銀の破綻への対応-

小立 敬

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要約
 

  1. FRBを含む連邦銀行当局は2023年7月に、総資産1,000億ドル以上の大手銀行を対象とする自己資本規制の規則改正案を明らかにした。規則改正案は、バーゼル銀行監督委員会によるバーゼルⅢ最終化の適用と、2023年3月のシリコンバレー・バンク(SVB)を含む大手地銀の破綻を受けたバイデン大統領の指示に従った大手地銀の規制強化という2つの狙いを有する。
     
  2. 米国のバーゼルⅢ最終化の特徴は、オペレーショナル・リスクだけでなく信用リスクについても内部モデル手法を廃止することである。また、バーゼルⅢ最終化ベースのアウトプット・フロアとともに米国独自の資本フロアが二重に課される。バーゼルⅢ最終化に伴い大手銀行に必要なコモンエクイティTier1(CET1)が16%も増えると推計され、特に米国G-SIBsへの影響が大きいとみられる。一方で、大手地銀の自己資本規制の強化としては、その他の包括利益累計額(AOCI)の自己資本への反映に加えて、ダブルギアリング規制の強化を含めバーゼルⅢベースの定義に合わせるべく自己資本が厳格化される。
     
  3. バイデン大統領の指示の下、2023年8月には大手地銀に破綻時の損失吸収力の確保を図る長期債務(LTD)に関する規則提案と、大手地銀の破綻処理計画の策定に関する規則提案も公表された。前者は、破綻処理の多様な選択肢の確保および預金保険基金(DIF)のコスト最小化が目的であり、後者は、大手地銀の破綻処理計画の強化と合理化を図るものである。
     
  4. SVBにおいてソーシャル・メディアの影響から高速の預金取り付けが発生するデジタル・バンクランという新たな脅威が生じたことを踏まえると、大手地銀に対するLTDの適用が非保険対象預金者の預金引出しを抑えられるか否かが鍵になる。デジタル・バンクランという銀行の存続可能性への新たな脅威が認識された今、日本も新たな課題に目を向ける必要があるのかもしれない。

英国・EUにおけるリサーチ・アンバンドリング規制の見直し

神山 哲也、関田 智也

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要約
 

  1. 英国及び欧州連合(EU)において、第2次金融商品市場指令(Mifid Ⅱ)リサーチ・アンバンドリング規制の大幅な見直しが行われている。背景には、中小型株を中心にリサーチ・カバレッジが縮小するという同規制の副作用があり、資本市場活性化策の一環として、英国では投資リサーチ・レビュー、EUでは欧州連合理事会のMifid Ⅱ改正案に盛り込まれている。
     
  2. 具体的には、義務としてのアンバンドリングを廃止し、①資産運用会社の自己資金からの支払い、②顧客資産からの支払い、③売買執行の対価とバンドルした支払い、の3つから選択できるようにすることが提案されている。他方で、リサーチ対価の支払いに関して、資産運用会社に適用される新たな開示規制の導入も提案されている。
     
  3. 加えて、英国・EUでは、中小型株のカバレッジ拡充策として、発行体スポンサード・リサーチを促進するべく、行動規範の策定が提案されている。英国では、証券取引所等が中小型株のカバレッジを補完するリサーチ・プラットフォームの創設も提案されている。
     
  4. 折しも米国では、セルサイドが従前の体制でMifid Ⅱ顧客にリサーチ提供することを容認する証券取引委員会(SEC)のノーアクション・レターが失効したところであるが、今般の制度改正案が実現すれば、アンバンドリングの域外波及の懸念も後退するものと考えられる。
     
  5. 英国・EUにおいては、Mifid Ⅱ後にセルサイド・バイサイドともに体制整備を進めているため、大きな影響はないとみる向きもある一方、中小型株カバレッジ等で一定の効果を見込む向きもある。今後、英国で金融行為監督機構(FCA)が規則改正を進めていくと同時に、EUで欧州連合理事会と欧州議会の協議が行われることになり、その行方が注目される。

金融機関経営

金利上昇局面での米銀保有債券の情報開示-過去の金融危機での対応と未実現損失の対処-

板津 直孝

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要約
 

  1. 米国連邦準備制度理事会(FRB)は、2022年3月、事実上のゼロ金利政策を解除した。2022年中の政策金利の引き上げは4.25ポイントとなり、米銀が保有する債券価額は大幅に下落した。本稿は企業会計という切り口で、米銀の保有債券の情報開示の動向を分析する。
     
  2. 米銀が保有する債券の未実現損失は、2022年12月には6,204億ドルとなった。預金流出による流動性リスクの高まりと金利の急上昇による投資損失を抱えた大手米銀は、投資ポートフォリオにおける債券の保有目的と未実現損失に対して、企業会計上、特徴的な開示を行った。
     
  3. 大手米銀の多くは、債券の取得時点では売却可能証券に分類し、各事業年度において売却可能証券の評価差額を自己資本に反映させていた。急激な金利上昇局面では、保有債券の未実現損失に対処するために、債券の分類の適正性を再評価し、一部を満期保有証券へ振り替えた。
     
  4. 他方、2023年5月に事実上の破綻となった米地銀ファースト・リパブリック・バンク(FRC)は、高水準の預貸率の状況で、過年度より保有債券の大半を満期保有証券として分類していた。同行は、流動性リスクに対して、保有債券の売却の可能性を想定していなかったことになる。FRBは、米地銀の破綻は、経営者が同行を流動性リスクと金利リスクにさらし、リスクをヘッジしなかったことにあるとした。
     
  5. 過去の金融危機で国際的に参照された米国会計基準では、保有債券に対して、厳格な債券の分類と分類の再評価を規定している。銀行において保有債券の分類と分類の再評価は、流動性リスクと金利リスクに対する重要なリスク管理手法のひとつとして位置付けられる。保有債券の未実現損失に起因する必要以上の信用不安を招かないためにも、監査報告書を含む銀行の情報開示が果たす役割は大きいと言える。

コーポレートファイナンス

個人投資家のニーズを踏まえて進展する種類株式の多様化-社債型種類株式の発行とその意義-

橋口 達

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要約
 

  1. 2023年6月20日、ソフトバンク株式会社の株主総会において、「社債型種類株式」の発行に向けた定款の一部変更が可決された。本件社債型種類株式は、議決権や配当などに関して普通株式の保有者に配慮しつつ、個人投資家を含めた幅広い投資家層のニーズに応えるべく高水準の利回りと限定的な値動き、一定程度の流動性を目指す設計がなされている。
     
  2. 近年、海外諸国では種類株式が積極的に活用されている。米国ではスタートアップ企業が迅速な経営判断を継続するために多議決権種類株式を発行しているのに対して、欧州では伝統的企業の創業家一族などが支配力を維持するために無議決権優先株を発行している例が多い。
     
  3. 一方、日本における近年の種類株式活用例においては、特に個人投資家による保有を念頭に置いた商品設計が意識されている。
     
  4. 日本の個人金融資産を見ると、その過半が現金・預金に滞留している。個人の資産運用を後押しするには、普通株式より限定的な値動きと、普通社債より高水準のインカムゲイン、ある程度の流動性といった特性を持つ金融商品は有力な選択肢となり得る。具体的には、個人が投資可能な種類株式を拡充することも検討されてよいのではないだろうか。
     
  5. 発行体にとっては、脱炭素化などの昨今の潮流の中で、資金調達の手法を多様化する重要性は今後ますます高まってくる可能性があり、種類株式の活用も候補になり得ると思われる。より多様な種類株式が存在することで、発行体と投資家の潜在的なニーズをつなぎ合わせられるかどうか、また国民の資産形成をさらに促せるかどうか、今後の展開が期待される。

自社株買い規制を強化する米国の動向-開示要件の拡大と自社株買い課税-

板津 直孝

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要約
 

  1. 米国証券取引委員会(SEC)は、2023年5月、発行体の自社株買いに関連する既存の開示要件を拡大する改正案を採択し、米国内の発行体、外国民間発行体、上場クローズドエンド型ファンドに対して、自社株買いに関連する新たな情報開示を義務付けた。
     
  2. 自社株買いは、通常、株主価値の最大化に沿った形で採用されることが多いが、人為的に株価を上昇させる側面もあるため、長期的な株主価値の最大化以外の要因によって動機付けられている可能性もある。SECはこの点を考慮し、開示要件の拡大により、発行体と投資家の情報の非対称性の緩和を図った。
     
  3. 発行体の自社株買いの背後にある動機については、米国税制でも、自社株買いに対する課税という観点で議論が進められた。2022年8月の「インフレ抑制法」では、自社株買いに対する1%の課税が定められたが、気候変動対策や医療保険制度改革などの歳出に対する財源確保の色彩が強かったと言える。同法に基づき、米国の財務省及び内国歳入庁(IRS)は、2022年12月、自社株買い課税が適用される2023年1月1日を前に、暫定的なガイダンスを公表した。
     
  4. 自社株買い課税は、原則として、米国内の上場会社に関連して適用されるが、一定の場合、外国の上場会社の米国内の特定関連者に対しても適用される。2023年1月1日以降に自社株買いを実施する予定の日本企業においては、グループ資金の移動など、米国子会社から配当以外の方法で資金の提供を受ける取引を行っている場合、みなし規定の適用による自社株買い課税の影響に留意する必要がある。

アセットマネジメント

職域退職プラン未提供企業の従業員向け普及促進策-米国州政府スポンサー制度の進展-

岡田 功太、中村 美江奈

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要約
 

  1. 岸田政権の「経済財政運営と改革の基本方針2023 加速する新しい資本主義~未来への投資の拡大と構造的賃上げの実現~」(骨太方針2023)には、確定拠出年金の利用促進に向けた、必要な支援の検討を行う旨の記述が盛り込まれた。
     
  2. 米国においては、州政府スポンサー退職プラン制度を通じて、401(k)プランや個人退職勘定(IRA)などの退職プランの普及を促進している。同制度は、退職プランを提供していない企業の従業員に、州政府が退職プランを提供する仕組みである。
     
  3. 州政府スポンサー退職プラン制度の中でも、カリフォルニア州のカルセーバーズが最大の加入者数及び運用資産総額を誇っている。カルセーバーズは、退職プランを提供していない事業主に対し、従業員のカルセーバーズへの自動加入を義務付ける。その際、事業主拠出を不可とすること等で、事業主負担の軽減を図っている。従業員は非加入(オプトアウト)を選択することも可能だが、結果的にIRAへの加入を促すことで退職資産形成を推進している。
     
  4. 日本においても、退職プランの普及に向けて、これまで様々な施策が講じられてきた。今後、確定拠出年金の飛躍的な拡大を実現するには、企業やサービス提供者の自主的な工夫、取り組みを引き続き追求するのと同時に、確定拠出年金の自動化制度のような手法を検討し始める時期が来ているのではないだろうか。

資産運用業の発展に貢献するアジアのアセットオーナー-シンガポールGICとマレーシア従業員積立基金の事例-

北野 陽平

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要約
 

  1. アジアでは、政府系ファンドや年金基金等のアセットオーナーが、国内外の資産運用業の発展に重要な役割を担っている。多様なアセットクラスへの国際分散投資や資産運用力の向上等により長期的に良好なリターンを獲得してきた主な機関として、シンガポール政府系ファンドのGICやマレーシアの年金基金である従業員積立基金(EPF)が挙げられる。
     
  2. 外貨準備を運用するGICは、強固な運用体制を構築・維持するため、長期的な成果に応じて相応の報酬を支払う枠組みにより、豊富な投資業務経験を有する経営陣を保持している。そうした経営陣の下で、資産運用の高い専門性を有する人材をグローバルに採用するとともに、新卒等の採用を通じて将来有望な若い人材を育成している。また、リターンの向上を目的として外部委託運用を行う中、シンガポールに拠点を置く既存の資産運用会社の事業拡大や外国からの新たな資産運用会社の誘致に貢献してきた。
     
  3. 加入者の積立金を長期安定運用するEPFは、リターンの向上及びリスク分散を目的としてこれまで外国資産への投資を拡大しており、プライベート・エクイティ投資も拡大する方針を示してきた。また、インハウス(自家運用)の資産運用力を補完するために外部委託運用を行っており、相応の運用委託手数料を支払うとともに、運用パフォーマンスが優れた資産運用会社を毎年表彰し、資産運用会社間の健全な競争を促進している。
     
  4. 日本では2023年6月、資産運用立国を実現する政府の方針が示された。その取り組みの一環として、アセットオーナーや資産運用会社のガバナンスや資産運用力等を向上させるための資産運用業の抜本的な改革が検討されている。GICとEPFの体制や取り組みは、日本にとって参考になる部分もあると思われる。

金融イノベーション

AgeTech:エイジテック(高齢者×テクノロジー)-日本の最も深刻な社会課題を「産官学+高」で戦略資産に変える-

竹下 智

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要約
 

  1. 急速な高齢化の進展を背景に、高齢化する社会の様々な課題をテクノロジーの力で解決しようとする「AgeTech(エイジテック)」に対する関心が高まっている。エイジテックは、加齢により不自由になった身体機能をテクノロジーで支援することにとどまらず、健康で活動的な高齢者のより良い生活を支援するためのものである。
     
  2. 日本は世界で最も高齢化率の高い国の一つであると同時に、エイジテックの潜在市場規模でも世界トップクラスであり、成功したビジネスモデルや製品・サービスを将来、他国に展開するという観点でも有望な市場である。
     
  3. 高齢化がもたらす多くの課題のなかから、介護士の人材不足、介護による離職防止、社会的孤立と孤独、高齢者の移動サポート、癒し系ロボット、引退後のデキュミュレーションに取り組むエイジテック・スタートアップが生まれてきている。
     
  4. フランスの「Silver Valley(シルバーバレー)」およびカナダの「CABHI(カビー)」は国をあげたエイジテック・スタートアップ育成への取り組みである。注目すべき点は、高齢者向けの新しい商品・サービスの開発に関して、実際の利用者となる高齢者およびその介護者が参加するコミュニティを構築している点にある。
     
  5. 高齢化社会が新市場創出やイノベーションの機会でもあるという考え方は、深刻な社会課題が戦略資産に転化するという逆転の発想を生む。急速な高齢化に直面する日本がエイジテックの世界的なハブを目指すことは、超高齢化社会であっても成長を維持できる可能性を示すものといえよう。国・地方自治体、大学、企業そして高齢者が協力してイノベーション促進や社会実装を目指す「日本版シルバーバレー」のような仕掛けが検討されるべきであろう。

財政・地方債

英国バーミンガム市による財政危機通知と財政再生計画

江夏 あかね

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要約
 

  1. 英国ロンドンに次ぐ人口規模を抱えるバーミンガム市は、男女同一賃金に関する巨額の支払義務等を背景に極めて厳しい財政状況に陥り、2023年9月5日に1988年地方財政法第114条に基づく通知(以下、財政危機通知)を行った。そして、同市議会は同月25日、財政再生計画を公表した。
     
  2. 財政再生計画に基づくと、歳出削減・歳入確保策、資本戦略及び資産の見直し、同一賃金達成と支払義務に係る債務増加抑制策に加え、中央政府からの例外的財政支援(EFS)の適用について検討を進めることになる。今後数ヵ月以内にバーミンガム市を取り巻く財政面・ガバナンス面の課題がより具体的に明らかにされると想定される。
     
  3. バーミンガム市を含めた英国の地方公共団体の資金調達は、いわゆる公的資金に該当する公共事業資金貸付協会(PWLB)からの借入が中心であることなどから、ムーディーズやDBRSモーニングスターが債務不履行(デフォルト)リスクは低いとの見解を公表している。そのため、英国の債券市場でバーミンガム市をめぐる動向による金利等への影響は特に観察されていないようである。
     
  4. 英国と日本の地方財政制度には共通点もみられる。しかしながら、日本の場合、英国と異なり銀行等引受や市場公募といった民間等資金による地方債の消化割合が6割近くを占めているほか、中央政府の財政状況が英国に比して厳しい。その意味では、日本の地方公共団体については、財政運営の手腕やガバナンス体制の強化がより必要とも考えられる。個別事情や制度の異なる英国の事例ではあるものの、バーミンガム市による財政再生に向けた今後の展開が将来の財政運営に向けて参考になる可能性がある。

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