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時流

個人と社会の両方からデキュムレーションを考える

フィンウェル研究所 代表 野尻 哲史

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要約

超高齢社会におけるデキュムレーションは、個人のお金との向き合い方であるとともに、日本社会の生き残りの戦略でもある。個人にとっては、退職後の生活を豊かにするために「資産水準の安心感」を維持しつつ、必要資金を引き出すことで「生活の満足感」を高めることであり、まさしく資産活用である。そのカギは、退職後の「使いながら運用する時代」にあり、運用と取り崩しのバランスが求められる。社会貢献の目線では、資産の部分売却を強化することで「貯蓄から投資へ」に貢献する。使うことへのアドバイスで金融機関は顧客満足度を高め、高齢層の消費の拡大につながる。相続による地方から都会への資産の流れも抑制し、地方経済に貢献する力も秘めている。

特集1:投資アドバイスの新展開

独立系アドバイザーの課題解決を支援するRIAアグリゲーター-米ハイタワー・アドバイザーズの事例研究-

佐々木 遼太

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要約
 

  1. 近年、米国のウェルス・マネジメント業界では、独立系投資顧問会社(RIA)が大手証券会社と並び立つ存在感を示している。RIAとは、独立系アドバイザー(IFA)の中でも、主に預かり資産残高に応じた手数料を取得する残高フィー型サービスを提供している業者を指す。他方で、中小規模のRIAは、競争激化や創業者の後継者問題を背景に再編を迫られている。そうした中、主な買い手として「RIAアグリゲーター」が注目を集めている。
     
  2. RIAアグリゲーターとは、一般的に、多数のRIAに出資し、それらを傘下に収めるRIAを指す。その中でも、近年、急速な成長を遂げているのがハイタワー・アドバイザーズである。同社は、傘下にある144社のRIA(パートナーRIA)の企業価値向上や持続的成長をサポートし、パートナーRIAに所属するアドバイザーを通じて顧客投資家にサービスを提供することで、事業基盤の拡大に成功している。
     
  3. ハイタワー・アドバイザーズは、パートナーRIAに所属するアドバイザーが顧客投資家に提供できるサービスの幅を広げる「アドバイザリー事業支援サービス」と、パートナーRIAの経営上の課題を解決する「経営支援サービス」を中核事業に据えている。また、足元では投資コンサルティング会社への出資を通じて、資産運用サービスの高度化に取り組んでいる。
     
  4. ハイタワー・アドバイザーズのようなRIAアグリゲーターの台頭は、様々な課題を抱えながらも、残高フィー型サービスの提供者として、米国のウェルス・マネジメント業界に欠かせない存在となっているRIAに対して、包括的な支援を提供するビジネスモデルの有用性を示しているといえよう。

英国FCAによる「ターゲット型サポート」の提案-中間層向け投資アドバイスの展開と課題-

加藤 雅貴、大川 隼人

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要約
 

  1. 英国では、中間層を中心に一部の投資家層がファイナンシャル・アドバイザー(FA)から投資アドバイスを受けることができない「アドバイス・ギャップ」問題が継続している。金融行為監督機構(FCA)は、アドバイス・ギャップの解消に向け、コア投資アドバイスなど新たな投資アドバイスの枠組みを模索してきたが、担い手の負担軽減と収益化が課題となってきた。
     
  2. こうした実情を踏まえ、2025年6月、FCAは新たな枠組みとなるターゲット型サポート(targeted support)に関する市中協議文書を公表した。ターゲット型サポートでは、①アドバイスの既製化、②緩和的な適合性基準の新設、③内部相互補助(cross-subsidisation)の容認、という3点の特徴を以って、担い手の負担軽減及びサービス提供に係る原資確保が試みられている。
     
  3. ターゲット型サポートに対し、業界からはアドバイス・ギャップの解消に繋がると期待する声がある一方で、コスト負担や投資アドバイスの枠組みの複雑化を懸念する向きもある。
     
  4. 日本においても中間層の資産形成への関心は高まりを見せているが、金融事業者が投資アドバイスに係るコストを回収することが難しいのが実情である。今後のわが国における中間層への資産形成支援の在り方を考えるうえでも、英国の枠組みが持続的に機能し得るのかどうかは注目に値しよう。

拡大するインドのウェルス・マネジメント市場-富裕層の資産運用ニーズの多様化・高度化-

北野 陽平、大川 隼人

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要約
 

  1. インドでは、富裕層向けに資産管理・運用サービスを提供するウェルス・マネジメント市場が拡大している。近年、スタートアップの増加に伴って若い富裕層が増加していることに加えて、大都市以外においても富裕層の増加が顕著である。
     
  2. インドの富裕層は、投資先を多様化する一環として、オルタナティブ投資ファンド(AIF)への関心を高めている。また、パーソナライズされた資産運用サービスであるポートフォリオ・マネジメント・サービス(PMS)の利用が拡大している。
     
  3. また、超富裕層の増加や世代交代の進展を背景に、一族の資産管理・運用等を支援するファミリーオフィス設立の動きが広がりつつある。ファミリーオフィスは、一族の長期的な資産保全から資産拡大に軸足を移しており、オルタナティブ資産や海外への投資を拡大させている。
     
  4. 大手地場銀行は富裕層向けのプライベート・バンキング事業を強化しており、外資系金融機関は超富裕層やファミリーオフィス向けの事業を拡大している。また、地場金融機関と外資系金融機関が提携し、多様化・高度化する富裕層のニーズに対応する動きも見られる。
     
  5. 今後、外資系金融機関にとってインドにおけるウェルス・マネジメント事業の機会は拡大すると考えられる。同国内の既存事業との相乗効果の最大化、他社のウェルス・マネジメント事業の買収、地場金融機関との提携を通じた非居住インド人(NRI)向けサービス強化等の選択肢もある中、自社にとって最適な戦略の採用が求められよう。

中国におけるフィンフルエンサーの投資アドバイスに係る規制強化

宋 良也

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要約
 

  1. 近年、中国における金融情報を発信するインフルエンサー(以下、フィンフルエンサー)がソーシャル・ネットワーク・サービス(SNS)上でのライブ配信で投資アドバイス等を提供することが増えている。ライブ配信による投資アドバイスは、リアルタイムでの情報取得や双方向のコミュニケーションが取れる等のメリットがあり、若年層投資家を中心に人気を集め、投資家の裾野拡大にも繋がっている。
     
  2. 一方で、一部のフィンフルエンサーによる市場操縦や投資詐欺等の違法行為への懸念から、中国の規制当局は、フィンフルエンサーの投資アドバイスに係る規制を強化してきた。具体的には、①ライブ配信を含む公共媒体での個別株推奨が一律に禁止され、②フィンフルエンサーのライブ配信による投資アドバイスに証券投資顧問の資格が必要とされた。加えて、SNSプラットフォーマーの自主規制ルールにより、③フィンフルエンサーの一般的な金融情報の発信でも関連業務の資格が必要とされた。
     
  3. 他方、こうした規制強化の結果、投資アドバイス及び金融関連情報に対する投資家のニーズが充たせなくなる恐れもある。一般的な金融情報のライブ配信についても関連業務の資格を求める厳格な自主規制ルールの緩和なども考えられよう。その際、並行して投資教育の強化を行っていくことも重要と考えられる。

特集2:拡大するステーブルコイン市場

トランプ政権が推進するデジタル資産政策

橋口 達

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要約
 

  1. 米国では、ドナルド・トランプ大統領率いる共和党政権がデジタル資産政策を急速に推進している。トランプ氏は、2025年1月23日に署名した大統領令において、デジタル資産やブロックチェーンの責任ある成長を支援することが政府方針であることを示した。また、各金融当局は、トランプ政権の発足直後から、バイデン政権下のデジタル資産に対する抑圧的な規制アプローチを180度転換させている。
     
  2. 2025年7月18日には、決済用ステーブルコインを連邦レベルで規制する初の法律となるGENIUS法が成立した。GENIUS法 は、主に発行者の要件を整備することで消費者保護と金融安定を図りつつ、規制の明確化によるステーブルコイン市場の活性化やイノベーションの促進、基軸通貨としての米ドルの維持を目指すものである。
     
  3. 2025年7月17日には、包括的な暗号資産市場構造を規制するClarity法案も連邦議会下院を通過した。Clarity法案は暗号資産の法的位置づけ並びに証券取引委員会(SEC)と商品先物取引委員会(CFTC)の所管の明確化を図っている。
     
  4. 多様な主体が暗号資産を保有するようになり、デジタル資産に関する法規制の枠組みが徐々に整備される中で、米国の金融機関はブロックチェーン上で金融取引が完結する将来をも見据えた取り組みを加速させている。デジタル資産市場は未だ黎明期にあると言えるが、トランプ政権の政策により、デジタル資産が金融資本市場のメインストリームとして定着するか、注視していきたい。

ステーブルコインの可能性を探求する米金融機関

坂上 聖奈

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要約
 

  1. ステーブルコインとは、特定の資産の価値に連動し、価値の安定性を実現するよう設計された暗号資産を指す。ステーブルコイン市場は拡大しており、2025年7月時点の時価総額は2,600億ドルを超えている。
     
  2. 米国では、金融機関におけるステーブルコインをめぐる動きが活発化している。ステーブルコイン発行者と協業するBNYメロン、トークン化預金に取り組みつつステーブルコインの共同発行に向けて議論するJPモルガンやシティ、分散型金融(DeFi)の一環でステーブルコインの発行を検討するゴールドマン・サックスの事例などが挙げられる。
     
  3. 米国金融機関のステーブルコインへの参入をふまえて、ステーブルコイン発行大手サークルは、自社のステーブルコインのチャネル拡大に取り組む一方、国際的なステーブルコイン決済ネットワークの構築の一環で、大手金融機関と協業する動きもみせている。
     
  4. ステーブルコインに対しては厳しい見方もあるが、GENIUS法にみられるように、規制が整備されつつある。今後、ステーブルコインをめぐる制度整備が進む中、金融機関によるステーブルコインへの取り組み、投資家によるステーブルコインの利用が進むのか、注目される。

中国本土で始まった人民元建てステーブルコインの制度設計を巡る議論

関根 栄一

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要約
 

  1. 2025年8月20日、中国政府が人民元建てステーブルコインの発行承認を検討している旨が報じられた。ステーブルコインとは、一般的に、特定の資産の価値に連動し、価格の安定性を実現するよう設計された暗号資産を指す。報道について、中国政府からの発表は無いが、もし検討を始めたとすると、従来の暗号資産に対する禁止政策を転換することを意味する。
     
  2. 中国本土では、米国や香港でのステーブルコイン法令制定を機に、政府元高官や学者、研究者の間でステーブルコインの発行に関する議論が活発化している。香港での人民元建てステーブルコイン発行の実験の提言や、上海での海外決済シーンを想定したホールセール型ステーブルコイン発行の実験の提言まで出ている。
     
  3. かかる提言に対し、中国人民銀行(中央銀行)・周小川元総裁は、人民元建てステーブルコイン発行を検討する際に必要な6つの視点を指摘している。本人確認(KYC)や、マネー・ローンダリング対策(AML)、テロ資金供与対策(CFT)面での課題を指摘すると同時に、アリペイなど第三者決済(民間デジタル決済)との関係で、人民元建てステーブルコインがどのようなエコシステムを構築するのか、という問題提起も行っている。
     
  4. 中国本土で人民元建てステーブルコイン発行を検討する場合、個人に課している年間5万米ドル相当の外貨交換枠・海外送金規制との関係や、海外送金の実験を行っているホールセール型デジタル人民元(wCBDC)との機能分担も、制度設計上の論点となろう。
     
  5. ステーブルコインの発行計画で先行する香港では、当局が市場に冷静な対応を呼びかけ、また、保有者の実名登録を導入するとした。香港でステーブルコインが実際に発行された場合、中国本土からの投資を禁ずるのか、逆に容認して管理するのかの検討もいずれ必要になろう。今後、中国本土で人民元建てステーブルコインが発行された場合でも、既存の第三者決済やデジタル人民元と併存するシナリオが想定されよう。

特集3:プライベート・マーケットへのアクセス拡大

プライベート投資のすそ野拡大に向けた米国の取り組み-確定拠出年金(DC)への組み入れ論議と工夫-

林 宏美

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要約
 

  1. 米国では、大半が非上場である中小企業による雇用創出や経済成長への寄与度が大きい。上場企業の大規模化が進むなか、米国資本市場の機能としても非上場企業の資本形成という側面が重視されつつある。
     
  2. 政策的にも2012年の新規産業活性化法(JOBS法)以降、中小企業の資本形成支援策が講じられてきたが、近年、自衛力認定投資家以外の一般投資家にもプライベート投資のすそ野を拡大すべきとする提言や取り組みが活発化している。すでに解約に一定の制約を付けたインターバルファンドなどが開発されてきたが、直近で最も注目されているのは、確定拠出年金(DC)プランを通じたプライベート投資のための仕組みづくりである。
     
  3. 米国証券取引委員会(SEC)登録が不要でコストが低いコレクティブ・インベストメント・トラスト(CIT)の採用や上場投資信託(ETF)を活用したターゲット・デート・ファンド(TDF)など、DCプラン加入者の資産規模やリスク許容度に配慮した工夫が実践されつつある。現在検討されているDCによるプライベート投資は、TDFとマネージド・アカウントの運用ポートフォリオの一部に限られる形であり、加入者本人がプライベート投資においてファンド選択や配分比率の決定をするわけではない点に留意が必要である。
     
  4. ミレニアル世代・Z世代による資産形成本格化を見据え、プライベート投資業界がDC市場に寄せる期待も大きい。折しも、2025年8月7日、DCプランによるプライベート投資を促す大統領令が発出されたなかで、今後の実務上の対応や普及の行方に注目したい。

米国確定拠出型年金におけるオルタナティブ投資を促進する大統領令

橋口 達

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要約
 

  1. ドナルド・トランプ大統領は2025年8月7日、「401(k)プラン投資家によるオルタナティブ資産へのアクセスの民主化」と称する大統領令(以下、8月7日大統領令)に署名した。労働省に対して、雇用主がプライベート・エクイティなどのオルタナティブ資産を含むファンドを確定拠出型年金(DC)プランで採用する際の受託者としてのプロセスを明確化することで、より多くの米国民がオルタナティブ投資の恩恵を享受できるようにする狙いがある。
     
  2. 8月7日大統領令は、米国証券取引委員会(SEC)に対しても、DCプランにおけるオルタナティブ資産の投資を促進するよう指示している。SECは、DCプランでの私募ファンド投資に係る要件の見直しを通じて、加入者によるオルタナティブ投資を後押しする可能性がある。
     
  3. 8月7日大統領令におけるオルタナティブ資産には、デジタル資産も含まれている。デジタル資産市場を推進していこうとする現政権の取り組みの一環としても位置付けられる。
     
  4. 8月7日大統領令は、資産運用会社による、プライベート・エクイティやプライベート・デット、暗号資産などのオルタナティブ資産を組み込んだDCプラン向けターゲット・デート・ファンド等の商品開発のさらなる活性化と、オルタナティブ投資の民主化につながる可能性がある。日本においても、DCにおける運用高度化についての議論が進む中、8月7日大統領令を受け、米国DC市場がどのように変化していくかは、注視していくべきであろう。

個人投資家のプライベート市場へのアクセス向上に向けて新たなファンドの枠組みを導入するシンガポール

北野 陽平

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要約
 

  1. シンガポールでは、プライベート・エクイティやプライベート・クレジット等の市場発展に向けた取り組みが強化されている。その一環として、シンガポール金融管理局(MAS)は2025年3月、一般個人投資家(retail investor)のプライベート市場へのアクセスを向上させるための枠組み導入に係るコンサルテーション・ペーパーを公表した。
     
  2. 新たな枠組みは、「長期投資ファンド(LIF)」と呼ばれ、2つのファンド構造が提案されている。1つはプライベート市場に直接投資する「ダイレクト・ファンド」、もう1つは組入資産や投資戦略等が異なる複数のプライベート市場ファンドを投資対象とする「長期投資ファンド・オブ・ファンズ(LIFF)」である。
     
  3. MASは、ダイレクト・ファンドとLIFFのそれぞれに関して、ファンド運用会社、ファンド、情報開示の3分野で要件を提案している。例えば、ファンドについては、投資対象、リスク分散、資産評価、利害関係者取引、レバレッジ、償還等に係る要件が示されている。MASは、プライベート市場投資のリスク特性を考慮して、投資家保護により重点を置いているように見える。
     
  4. MASの提案に対して、業界関係者からは総じて肯定的な反応が示されており、LIFはプライベート投資の大衆化という点で重要な役割を担い得ると期待されている。LIFの導入は、これまでの取り組みと相まって、中長期的にシンガポールの資産運用業界のさらなる発展のみならず、資金調達ハブとしての地位向上の一翼を担う可能性があると考えられよう。

金融・証券規制

ノンバンク金融仲介(NBFI)の監督・規制を巡る金融安定理事会(FSB)の包括的な取組み

小立 敬

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要約
 

  1. 金融安定理事会(FSB)は2025年7月に、ノンバンク金融仲介(NBFI)のレバレッジから生じる金融安定リスクに対処する9つの政策提言を示した最終報告書を公表した。COVID-19の影響による2020年3月の金融市場の混乱といった最近の金融市場にみられた主要なストレス・イベントは、NBFIのレバレッジを一因としていることが背景にある。
     
  2. 2020年3月の金融市場の混乱を受けてFSBは、NBFIのレジリエンス(強靭性)強化を図るべく、その脆弱性を評価し、適切な政策対応を図るためのNBFI作業プログラムを整備して、国際基準設定者とともに取組みを進めている。NBFIレバレッジに関する最終報告書もNBFI作業プログラムの一環として策定されたものである。
     
  3. NBFI作業プログラムは、流動性需要の過度な急増を抑制することを狙いとしている。NBFIレバレッジの他にも、マネー・マーケット・ファンド(MMF)のレジリエンスの強化や、オープン・エンド・ファンド(OEF)の流動性ミスマッチへの対応、市場参加者の証拠金慣行の強化といったNBFIの脆弱性に対する政策提言がすでにいくつも提示されている。
     
  4. NBFI作業プログラムにおいて予定された作業は概ね完了しており、今後は各法域における政策ツールの導入により焦点が当てられることが想定される。日本を含む各法域においてNBFIのレジリエンス強化を図る措置がどのようなかたちで導入されるのか、金融商品の商品性や金融取引の方法に影響するのかどうか、注意を要する。

ノンバンク金融仲介(NBFI)の脆弱性に対する政策当局の焦点-銀行とNBFIの関係、ノンバンク商業用不動産投資家-

小立 敬

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要約
 

  1. バーゼル委員会は2025年7月、銀行セクターとNBFIセクターの間の相互連関性を検証する報告書を公表した。銀行とNBFIの相互連関性の背景には、銀行がNBFIに提供している様々なサービスがある。具体的には、①融資、②流動性管理、③集中清算市場における清算サービス、④マーケット・メーキングと引受、⑤信用力および資産価値の保証、⑥資産運用業務、⑦オーナーシップとスポンサーシップが挙げられている。
     
  2. 当該報告書は、NBFIから銀行へのリスク波及経路として、①NBFIのストレスが銀行その他の市場参加者に信用損失や流動性圧力をもたらす場合、②NBFIの破綻が親銀行グループの安定性に影響する場合、③NBFIが銀行からのリスクテイクを止める場合、④NBFIが銀行に対する資金供給を止める場合という4つのストレス・シナリオを整理している。
     
  3. 一方、FSBは2025年6月に、足もとの高金利環境における金利リスクと流動性リスクという観点からノンバンク不動産投資家の脆弱性が認識されたことを踏まえて、商業用不動産(CRE)市場のモニタリングとともに、ノンバンクCRE投資家の脆弱性として、①流動性ミスマッチ、②財務レバレッジ、③バリュエーションの不確実性および損失認識の遅れ、④銀行セクターとの相互関係と波及効果について分析した報告書を策定している。
     
  4. 両報告書ともに、政策当局者がNBFIセクターに関する懸念を示したものとして重要である。グローバル金融危機以降、NBFIは銀行を上回る速さで成長しており、銀行のNBFIに対するエクスポージャーは増大して、NBFIとの相互連関性も強まっている。銀行の経営やリスク管理にとっては、両報告書の指摘を踏まえながらNBFIセクターに起因するリスクに対してどのように備えていくのかが重要な課題となる可能性がある。

米国G-SIBsのレバレッジ規制の緩和を提案するFRB-トランプ政権下での最初の銀行規制の見直し-

小立 敬

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要約
 

  1. 連邦準備制度理事会(FRB)を含む連邦銀行当局は、米国のグローバルなシステム上重要な銀行(G-SIBs)に対する厳格な追加的レバレッジ比率(eSLR)の修正を図る規則提案を2025年6月に提案し、パブリックコメントの募集を開始した。
     
  2. 今般の規則提案は、バーゼル基準を超えるeSLRの要件をバーゼル基準並みに引き下げるものであり、 eSLRの2%のレバレッジバッファーについてG-SIBサーチャージ(1.0~2.5%)の50%に相当する水準に変更することを提案している。また、従来は6%の水準を求めてきた米国G-SIBsの銀行子会社に対しても持株会社と同様にeSLRを適用することを提案する。
     
  3. eSLRを修正する狙いは、リスクベース自己資本規制のバックストップというレバレッジ規制の本来の役割に反して、eSLRが拘束力のある資本規制となってしまっているため、バックストップとしての役割を回復することにある。具体的な焦点としては、米国債市場が急速に拡大している中で、米国債市場において最大のディーラーとなっている米国G-SIBsのブローカーディーラー子会社の仲介機能を支援することにあるように窺われる。
     
  4. 一方、米国ではバーゼルⅢエンドゲームと称されるバーゼルⅢ最終化の国内適用が未だ着地していない。規則提案によるeSLR修正の目的はバーゼル基準と同等にすることではなく、米国債市場の機能改善を図ることである。eSLRの修正をもってバーゼルⅢエンドゲームがバーゼルⅢ最終化と完全に平仄を合わせたものになると見込むのはまだ早計であろう。

設立から10年を迎えたアジアインフラ投資銀行(AIIB)の融資活動の特徴と総裁交代後の展望

関根 栄一

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要約
 

  1. 2025年6月24~26日、中国主導でアジア地域のインフラ開発支援を目的に設立されたアジアインフラ投資銀行(AIIB)の第10回年次総会が、同行の本部のある北京市で開催された。北京総会は、AIIBが2016年1月に設立されてから10年の節目の総会となり、金立群・初代総裁と同じ中国財政部出身の鄒加怡・次期総裁への交代(2026年1月就任)も発表された。
     
  2.  AIIBの加盟メンバーは、設立当初の57ヵ国・地域から、2025年5月時点で110ヵ国・地域まで拡大している。設立過程では、中国が最大出資国になること等によるガバナンス上の懸念が国際金融界から示された。設立後は、理事会の議事録は毎回公開され、融資審査・実行面の環境基準も公表・更新されるなど、運営の透明性確保に向けた配慮もなされている。
     
  3.  AIIBの理事会は、2025年3月末までに583億米ドルの融資を承認した。AIIBの同時点の融資残高454億米ドルのうち、インド向けが91.9億米ドルと最大で、かつ中国・インド2ヵ国で全体の28%を占めている。インドは、中国政府が提唱する「一帯一路」構想には参加していない。AIIBの金総裁は、同行の融資業務と同構想との関係について、インフラ整備や地域間協力の後押しで結びつきがあるが、互いに独立して実施している、と説明している。
     
  4. AIIBは、アジア開発銀行(ADB)等の国際開発金融機関との協力協定を締結し、協調融資も進めている。AIIBの融資対象プロジェクトに必要な機材・土木の調達では加盟メンバー以外の企業にも入札機会が開かれているが、今後の参加企業の拡がりが注視される。融資の原資として、AIIBは格付けを取得した上で2019年から外債を発行しており、デジタル債券の発行も試みられている。借入国の通貨に合わせた資金調達や融資の拡がりも課題である。
     
  5. 今回の北京総会を機に、AIIBは2030年までの戦略を見直し、気候変動関連融資の年間承認額や割合を引き上げた。新総裁の下、AIIBが将来像を実現するには、2020年のパンデミックリスク対応の際に取り組まれたADB等との協調の深化や、途上国間協力と先進国・途上国間協力の橋渡しへの積極的な貢献が問われているといえよう。

個人マーケット

個人金融資産動向:2025年第2四半期-株式市場の回復を背景に2四半期ぶり過去最高-

大川 隼人

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要約
 

  1. 日本銀行「資金循環統計」によれば、2025年6月末時点の個人金融資産残高は2,238兆7,250億円となり、2四半期ぶりに過去最高を更新した(前期比1.8%増、前年同期比1.0%増)。2025年4~6月において、賞与支給月を含むため全体で11.2兆円の資金純流入があったほか、株式市場の堅調を背景に、株式等が前期比5.7%増、投資信託が同7.4%増となった。
     
  2.  2025年第2四半期(4~6月)中の動きを見ると、「現金・預金」は6.6兆円の資金純流入となったが流入規模は直近2年の同期比で見て縮小傾向にある。その一方で、「債務証券」は10四半期連続、「投資信託」は21四半期連続の資金純流入となり、有価証券への資金のシフトは継続していると見られる。「上場株式」は株価上昇局面での利益確定売りが優勢となり資金純流出となった。
     
  3. 高齢化の進展に伴い世代間資産移転が注目される中、贈与税の申告納税方式の一つである相続時精算課税制度の利用が増加している。特に住宅取得資金や教育資金の援助ニーズの高まりや、老老相続の増加が本制度の利用を後押ししており、今後も利用がさらに拡大する可能性が高い。政府が「資産移転の時期の選択に中立的な税制の構築」を進める中で、世代間資産移転の前倒しが一層進行するものと考えられる。

文化芸術支援:社会の豊かさを築く力-「共創と循環」モデルによる新たな仕組み-

竹下 智

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要約
 

  1. 文化芸術は社会の創造性や精神的豊かさを育むと同時に、経済や地域活性化にも寄与する重要な社会資本である。しかし日本の文化芸術支援は、公的資金・民間寄付ともに国際的に低水準で、富裕層や企業の潜在力が十分に活用されていない。本レポートでは、文化芸術支援を促進する政策的枠組みとして「三本柱」を提示する。すなわち①寄付市場を可視化するデータ基盤の整備、②市民・富裕層・企業の類型に応じた戦略的参画、③文化団体の人材基盤強化を目指すとともに、優れた支援の成果を見える化し、次の支援へとつなげていく「循環の仕組み」を整備すべきである。
     
  2.  国際比較も示唆を与える。米国は税制優遇を基盤に、エンダウメントやドナー・アドバイズド・ファンド(DAF)、専門人材や中間支援組織を組み合わせた「統合モデル」を発展させ、巨額の民間資金を循環させている。英国はアーツ・カウンシルと国営宝くじ基金を軸に、Gift Aidやマッチング制度を活用し「公民連携型モデル」を確立した。韓国は文化を国家戦略に位置づけ、政策金融やデジタル寄付を活用し、映画・音楽・ドラマなどの「コンテンツ産業」の育成に集中した。その成果がK-cultureの世界的ブランド化と、専門人材・クリエイターの裾野拡大を同時に実現している。
     
  3. 日本の制度と社会構造に適するのは、「共創と循環」モデルであろう。具体的な施策は、恒常的な寄付データ収集・公開、企業類型に応じた制度設計、成功した支援事例を共有・活用して次の活動へとつなげる成果循環の仕組み、人材育成・配置の強化が「三本柱」となる。その上で寄付税制の拡充、日本版DAFや基金制度の整備、中間支援組織の強化を組み合わせれば、文化芸術支援は単なる慈善ではなく、資金循環や人材育成を通じて「社会の豊かさを築く力」となり、未来を拓く戦略的社会貢献へと再定義できる。

アセットマネジメント

米国資産運用業界の主戦場となるETF-進展する商品性の多様化と規模拡大への取り組み-

橋口 達

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要約
 

  1. 米国のETF市場の純資産総額は、継続的な資金流入を背景に、2024年末に10兆ドルを超過した。近年のETF市場の拡大には、個人投資家への浸透、米国ウェルス・マネジメント業界におけるフィー型サービスへの移行が密接に関係している。
     
  2. 従前、ETFはインデックス型を指すことがほとんどであったが、足元ではアクティブ型ETFの伸びが著しい。米国の資産運用会社は、プレーンバニラなインデックス型ETFでは成長機会を見出しづらい状況下において、アクティブ型ETFの開発に注力しつつ、ミューチュアル・ファンドからの転換も進めている。
     
  3. ETFの運用以外の業務を担うことで、ETF市場への参入を図る中小規模の資産運用会社を支援するホワイトレーベルETFプロバイダーという業態も登場し、ETF市場に一層の多様化をもたらしている。
     
  4. 目下の注目点は、米国証券取引委員会(SEC)が、ミューチュアル・ファンドにおけるETFのシェアクラス(シェアクラス型ETF)発行を承認するか否かである。シェアクラス型ETFにより、資産運用会社はより迅速・低コストにETFをローンチすることができ、ETF市場の更なる拡大につながる可能性がある。
     
  5. ETFは今や、資産運用業界の主戦場となり、個人投資家向けの資産運用サービスにおいて欠かせないプロダクトとなった。米国でみられる、アクティブETFの台頭、ミューチュアル・ファンドからETFへの転換、シェアクラス型ETFを巡る動向は、ETFが資本市場のメインストリームとして定着し、様々なイノベーションを経て発展・拡大していく過程にあることを示唆しているものとみることができよう。

社会全体で子供の資産形成を支援するトランプ・アカウント

橋口 達、佐々木 遼太

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要約
 

  1. 日本では、子供の資産形成を巡る議論が活発化している。内閣府が2025年6月13日に閣議決定した「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画2025年改訂版」では、若い世代から資産形成を促進するための環境整備の必要性が指摘されている。
     
  2. 米国では、2025年7月4日に成立した「大きくて美しい一つの法案(One Big Beautiful Bill Act)」に、子供向け資産形成制度「トランプ・アカウント」の創設が盛り込まれた。トランプ・アカウントの下で開設される口座は、運用益に係る課税が繰り延べられ、その投資対象は米国株式で構成されるインデックス・ファンドに限定される。拠出者には、親だけではなく、子又は親の雇用主や公益法人も対象に含まれ、2025年から2028年にかけて出生した新生児の口座に対しては、政府が1,000ドルを拠出する。
     
  3. トランプ・アカウントは、「全ての子供が米国のアップサイドを共有する権利がある」という理念がベースにある。この理念は、連邦議員に加え、デル・テクノロジーズ創業者のマイケル・デル氏を始めとする米国を代表する企業のトップからも支持されてきた。
     
  4. 日本では、NISA(少額投資非課税制度)のつみたて投資枠における対象年齢の見直しが検討されているが、その際、トランプ・アカウントにおいて採用された、政府から新生児に対して給付金を拠出する点、親の雇用主や財団などの公益法人からの拠出を認める点などは、より多くの子供に資産運用のきっかけを与えるための施策として、参考になろう。

金融イノベーション

ドイツにおけるデジタル債市場の進展-KfW及びシーメンスの事例を中心に-

富永 健司

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要約

 

  1. 近年、欧米の金融市場でブロックチェーンの利用が進んでいる。米国ではトランプ政権がデジタル資産促進策を進めているが、欧州において金融市場における分散型台帳技術(DLT)の利用を積極的に推進している国の一つがドイツである。ドイツでは、2021年6月に電子有価証券に関する法律(以下、電子有価証券法)が施行され、ブロックチェーンを利用した債券(以下、デジタル債)の発行に関する法的基盤が整備された。
     
  2. ドイツでは電子有価証券法の施行を受けて、デジタル債の発行事例が徐々に積み上がっており、2025年7月末時点で、10件のデジタル債が発行されている。2024年には、ドイツ連邦銀行(ブンデスバンク)による、中央銀行口座におけるデジタル資産の決済を実験・試行する「トリガーソリューション」を通じて、デジタル債を発行する動きが見られた。
     
  3. ドイツにおけるデジタル債の代表的な発行体であるドイツ復興金融公庫(KfW)やシーメンスは、デジタル債の発行を通じて資金調達・管理のデジタル化を進めている。KfWはフィンテック企業との協働により資金調達プロセスの効率化を図っており、シーメンスはJPモルガンが提供する資金調達・管理の各種ソリューションによって財務業務の効率性向上を実現している。
     
  4. 日本でも、デジタル社債の発行は徐々に増えているものの、普及余地は依然として大きい。特にホールセール債の発行は僅少に留まっている。ドイツにおけるホールセール債を中心とした、中央銀行口座を用いた決済手段の整備や、デジタル証券の中央銀行適格担保化といった議論は、日本のデジタル債市場の発展を考える上でも示唆に富むと思われる。

税・会計制度

米国の国際課税改革からの離脱-報復税は撤回されたが根本的問題は未解決-

板津 直孝

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要約
 

  1. ドナルド・トランプ大統領は2025年7月、減税・歳出法案に署名し、同法案が成立した。同法案には内国歳入法第899条「不公正な外国税に対する救済措置の執行」が含まれていたが、成立直前に撤回された。同条は、経済協力開発機構(OECD)による一定のグローバル・ミニマム課税を推進する国の投資家に、高税率の報復税を課すことを意図しており、対米投資へ大きな影響を及ぼす可能性が指摘されていた。
     
  2. グローバル・ミニマム課税は、各国ごとに国際最低税率15%以上の課税を確保するものである。米国は多国籍企業による国外への利益移転が最も進む国であることから、ジョー・バイデン前政権は同課税を含む国際課税改革に国際合意した。ところがトランプ政権下で同枠組みから離脱したため、第899条が代替財源のひとつと位置付けられた。米国議会調査局(CRS)は、同条が撤回されなかった場合、日本は報復税の影響を大きく受けたと分析している。分析時点の米国における外国直接投資(FDI)残高は、日本が最大であった。
     
  3. 2025年5月に開催されたG7財務大臣・中央銀行総裁会議(G7)では、グローバル・ミニマム課税に関する声明が発出された。米国は同枠組みから離脱するものの、グローバル・ミニマム課税の枠組みの参加国が得た重要な成果は、将来にわたり維持されるとした。
     
  4. OECDによる国際課税改革の参加国は、主要な新興国・途上国も含まれ、2024年5月現在、147の国及び地域に拡大している。グローバル・ミニマム課税は、既に多くの国及び地域において導入に向けた国内法の整備が進展しており、アメリカ・ファーストの影響に一定の歯止めをかけることになるのか注目される。

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