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武蔵大学経済学部 教授 大野 早苗
要約
歴史的な円安が進んでおり、円の実質実効為替レートは変動相場制移行前の水準にある。実質為替レートの長期トレンドは実体経済における構造要因によって決まると考えられ、たとえば、2国・2セクターの生産性格差から実質為替レートの決定を分析するバラッサ・サミュエルソン(BS)定理によれば、日本の貿易財産業、とりわけ情報通信技術(ICT)産業の生産性向上が米国との対比で劣勢にあり、これが円ドル実質為替レートの減価の背景にあると報告している。しかし、日本の貿易財産業の生産性が必ずしも劣位にあるとは言えない国の通貨に対しても円は減価しており、交易条件、付加価値の配分など、他の視点からも考察する必要がある。
小立 敬
要約
- 金融安定理事会(FSB)は、2026年5月6日に、プライベート・クレジットの脆弱性に関する報告書(以下、FSB報告書)を公表した。FSB報告書は、米国を始めとするメンバー法域では金融システム全体に及ぶストレスは生じていないという認識を示す一方で、最近は個別の事例として流動性の圧力や借り手のデフォルトが生じており、一部のプライベート・クレジットの貸し手や投資家に影響を与えているとの現状認識を明らかにしている。
- FSB報告書は、プライベート・クレジットにおける貸し手と借り手、投資家といった、その複雑なエコシステムを整理するとともに、銀行とプライベート・クレジットの関係に加えて、プライベート・クレジットと保険会社またはプライベート・エクイティとの関係、さらに借り手のプロファイルについて分析を行っている。
- その結果、プライベート・クレジットの潜在的な脆弱性として、①他のノンバンクとの相互連関性、②クロスボーダーの相互連関性、③複数階層のレバレッジ、④流動性ミスマッチ、⑤集中リスクといった点を指摘する。また、潜在的なストレス・シナリオとして、①景気後退局面におけるデフォルト増加と担保価値の下落を通じた信用収縮、②バリュエーションの不透明性と資産の非流動性に起因する解約を通じたストレス、③相互連関の大きさと市場の不透明性に伴う、銀行システムや投資家に対するストレスの波及を挙げる。
- FSB報告書は金融システム全体に及ぶストレスは生じていないとするものの、セミリキッド型ファンドにおける投資家からの解約圧力が今後も継続するようであれば、流動性の問題に帰着し、一部のファンドがさらなるストレス状況に置かれる可能性には留意が必要であろう。FSBおよび各法域の当局によるモニタリングについても引き続き注意が必要である。
小立 敬
要約
- 米国のプライベート・クレジット市場では、個人投資家向けの一部のファンドにおいて投資家の解約請求が継続しており、市場の警戒感が拭えない状況が続いている。もっとも、一部のファンドで生じているストレスについて米国内外の当局は、現時点においては金融システムの安定を損なうリスクとしては認識していない。
- ただし、金融当局はプライベート・クレジットに関して、いくつかの分野で脆弱性があると認識しており、その1つの分野として保険会社とプライベート・クレジットの関係に注目している。生命保険会社を中心としてプライベート・クレジットへの投資が進んでおり、その背景に、長期保険負債とのマッチングのしやすさというALMの観点に加えて、保険会社の自己資本規制における資本効率の向上という狙いがある。
- 特に注目されている論点がプライベート・エクイティ・ファーム(PEファーム)が影響力を有する生命保険会社において深化する、プライベート・クレジットとの関係性である。PEファームは現在、レバレッジド・バイアウト(LBO)を通じた買収やバランスシートを利用した所有、戦略的提携といった多様な関係性を保険会社との間に構築している。それらの中にはPEファームがオフショアに設置した再保険会社を通じた資産集約型再保険の利用も含まれる。
- 保険会社とプライベート・クレジットの多面的な関係における論点は、金融の安定を損なうシステミック・リスクというより、PEファームが影響力を有する保険会社のガバナンスやPEファームと保険会社の利益相反といった点にあるように窺われる。
関田 智也
要約
- 米国においてプライベート・クレジット(PC)市場の流動性リスクが表面化する中、欧州ではPC市場の成長加速が続いている。2025年には、欧州PCファンドが世界のPCファンド残高に占めるシェアが拡大した。欧州大手金融機関もPC関連ビジネスの拡大を相次いで表明しており、PC市場の状況は米欧で対照的な展開を見せている。
- 欧州PC市場が米国と大きく異なる展開を見せる背景には、同市場が有する以下の特徴がある。まず、自己資本規制の強化等により、信用供与主体が銀行からPCへシフトする現象が米欧の両地域でみられる中、米国対比で銀行依存度の高い欧州はPC市場の成長余地が相対的に大きくなっている。また、欧州主要国の倒産法制は経営者への厳格な規律を課す傾向があり、維持型コベナンツ等の債権者保護を企図した契約慣行も定着している。加えて、融資先のセクター構成は米国PC市場対比で分散されている。
- 一方で、欧州PC市場にも、米国と共通する潜在的リスクがある。個人投資家向けのセミリキッド型ファンドの普及に伴う流動性ミスマッチリスクや、独自モデルに基づくバリュエーションに起因する資産評価の不透明性は、両市場に共通する構造的なリスクといえる。また、2026年2月の英国のマーケット・ファイナンシャル・ソリューション(MFS)破綻事案は、PC市場の不透明な構造を悪用した事例として、貸し手側のデューデリジェンスの重要性を改めて浮き彫りにした。
- 今後の欧州PC市場を評価する上では、3つの注目点が挙げられる。第一に、個人投資家向けファンドの制度設計上の優位性が実際の市場ストレス局面で実証されるか否かである。第二に、バリュエーションの不透明性と市場の細分化により欧州PC市場の評価が困難であることが、当該市場に機会とリスクの両方をもたらし得ることである。第三に、PC市場のリスクが保険セクターへ波及するリスク経路の形成と、それに対する規制当局の対応である。
江夏 あかね、加藤 雅貴
要約
- 日本の社債発行残高は2025年12月末時点で約100兆円に達している。しかし、欧米に比して拡大の余地があり、発行体・投資家双方の多様化等の課題を抱える中、日本証券業協会が中心となり2000年代後半から社債市場活性化に向けた取り組みを続けてきた。
- 経済産業省は、2025年10月から「企業金融の高度化に向けた社債市場の在り方に関する研究会」(以下、研究会)において、企業の成長戦略の実現や資産運用立国の推進に焦点を当てて検討を進め、2026年4月に中間報告書を発表したほか、同年6月には「社債発行のガイドブック」と「社債活用好事例集」を公表している。
- 併せて、政府の日本成長戦略会議の中でも、分野横断的課題の1つである金融の文脈で社債市場活性化についても検討が進められてきた。同会議の2026年6月24日の会合では、主要な施策として、「厚みのある金融市場の実現(小口・低格付社債の発行を促すための規制の見直し等)」が挙げられた。さらに、自由民主党の資産運用立国議員連盟が2026年5月に示した提言でも社債市場の活性化に取り組むことが重要と言及されている。
- 社債市場活性化の議論は、従来の日本証券業協会中心の枠を超え、経済産業省、政府会議、自由民主党など多様な主体がコミットする形に広がっている。これは、日本成長戦略等で多額の投資が必要と見込まれる中、社債市場の発展が日本経済の成長力強化に直結する課題としての認識が高まってきたためとも考えられる。今後は発行体、投資家、金融機関、業界団体、関係省庁等のステークホルダーが連携し、社債市場の活性化のみならず、企業の資本構成の最適化や効率的な資金調達、投資家の資金運用高度化等も含めた幅広い視点で取り組みを進めることが重要と言える。
加藤 雅貴、江夏 あかね
要約
- 日本において近年、「金利ある世界」への回帰が見られるなか、社債市場への注目が高まっている。国内で発行される社債の約7割は最低投資単位が1億円であるが、100万円以下の社債も発行されており、これらが個人向け社債と称され流通している。2025年には、個人向け社債の発行額が2兆7,775億円と、過去最高水準に達した。
- 日本における個人向け社債は、1990年代にその歴史が幕開けした。低金利時代に高い利回りを求める個人投資家のニーズや、2000年代後半のグローバル金融危機時に調達手段を分散する発行体のニーズなども受け、発行額は概ね安定的に推移してきた。
- 個人向け社債の発行状況を見ると、発行体が特定の業種・企業に集中する傾向にある。また、機関投資家向け社債に比して、(1)発行条件(利率)は概ね同程度に、(2)償還年限はより短期に、(3)最低投資単位はより小さく、設定されているといった特徴がある。加えて、愛称や特典といった個人への販売促進や個人との関係構築を念頭においた個人向け社債ならではの工夫も特筆される。
- 政府の日本成長戦略会議の中でも、分野横断的課題の1つである「金融」の一環として、社債市場活性化が論点の1つとなっており、個人向け社債の発行がますます増加する可能性がある。
- 今後、個人向け社債が健全に発展するための主な論点としては、(1)発行体としての企業が、資金調達手段の検討にあたって個人向け社債を他の手段に並ぶ選択肢として捉えられるか、(2)投資家としての個人が金融経済教育等を通じて社債の特性、リスクへの理解を深められるか、が挙げられる。
小立 敬
要約
- 連邦準備制度理事会(FRB)などの連邦銀行当局は2026年3月に、バーゼルⅢ最終化の米国内適用、いわゆるバーゼルⅢエンドゲームを含む規則再提案を公表した。バーゼルⅢエンドゲームに関しては2023年7月に当初提案が示されたものの、銀行業界による強い反対もあり、その後、適用が不透明な状況が続いていた。
- 2023年の当初提案では、米国G-SIBs等において所要資本が2割も増えることが見込まれたが、規則再提案ではわずかな増加に留まることもあり、バーゼルⅢエンドゲームの最終化に向けてようやく着地が見えてきた。
- 米国G-SIBsを含む大手銀行は、信用リスクおよびオペレーショナル・リスクについて米国独自の拡張リスクベース手法(ERBA)によってリスクアセットを計測することになる。全体としては、概ねバーゼル基準に則している一方、①信用リスクでは内部モデルを廃止し、②マーケット・リスクにおいてはモデル適格ポジションと非適格ポジションとの間の分散効果を認識し、③オペレーショナル・リスクでは非金利という独自のコンポーネントを設けていることが主な相違点である。
- 現時点での銀行業界の反応からは、バーゼルⅢエンドゲームは今般の規則再提案をベースに最終化されることが予想される一方、バーゼル基準からの乖離が重要な論点となり得る。米国以外の法域がレベル・プレイング・フィールドを盾に米国と同様の措置を講じようとすれば、バーゼル基準からの乖離が他の法域でも生じるという懸念もある。バーゼルⅢエンドゲームが他の法域の適用に影響を与えるかどうかも、今後の重要な注目点であろう。
関根 栄一
要約
- 米国のドナルド・トランプ大統領は、2026年5月中旬に中国(北京市)を訪問し、2期目では2回目となる習近平国家主席との対面での首脳会談を行った。会談の経済分野での合意事項の1つが、両国間での投資委員会の設立である。貿易黒字に伴う相手国との摩擦を避けるため、中国企業の対外直接投資を支援している中国政府にとって重要な協議の場となろう。
- 中国企業が対外直接投資を行う場合の現行のルールでは、国家発展改革委員会や商務部が制定する個別規則に基づき審査を受け、届出を行う必要がある。また、投資資金は、国家外為管理局の管理を受ける。投資対象分野では、「奨励類」「制限類」「禁止類」といった業種指定があり、商務部の審査プロセスでは中国政府の在外公館も関与する。
- 2026年に入り、中国政府は、対外直接投資制度の再設計を始動した。再設計の1つ目は企業の投資拡大を促すエンジンで、投資の資本形態のうち、親子ローンの投資枠を拡大した。2つ目は、対外直接投資に対する安全審査制度の構築である。国務院(内閣)は2026年6月1日に対外投資関連規定を公布し(同年7月1日施行)、従来のルールの上位法に位置付けるとともに、海外の投資障壁に対する調査・対抗措置や、投資先の差別的取り扱いに対する対抗措置も設けた。また、これまで曖昧であった個人投資家の対外直接投資も適用対象とした。
- 米中間の直接投資フローを見ると、2012年から米国向けが中国向けを上回り、中国から見て純流出に転じた。一方、2017年のトランプ政権1期目以降、米国では、対米外国投資委員会(CFIUS)を中心に外資導入の規制が強化され、同2期目では(中国を含む)「外国の敵対者」との関係で、対内・対外双方の投資制限を強化した。
- 今回の国務院規定を受け、中国政府は、対外直接投資の指定業種の見直しを行う可能性があり、米中投資委員会でも双方の投資規制のあり方が議論され得よう。米中間の協議内容は、両国企業と関わる第三国の企業関係者にも影響が及ぶことが想定される。外資系金融機関の投資銀行業務でも、制度調査や個別案件のデューデリジェンスの重要性が増していこう。
橋口 達、三好 貴子
要約
- 米国最大級の個人向け金融サービス会社であるチャールズ・シュワブは、積極的に金融経済教育に取り組んできたことで知られている。チャールズ・シュワブは、系列のチャールズ・シュワブ財団が中心となり、米国の子供の金融リテラシー向上のため、助成活動や教材作成を行ってきたが、近年は、次世代の投資家とファイナンシャル・アドバイザーの双方を育成する取り組みも進めている。
- チャールズ・シュワブは、2026年3月に子供向けの証券口座であるシュワブ・ティーン・インベスター・アカウント(以下、ティーン・アカウント)の提供開始を発表した。ティーン・アカウントは、13~17歳の子供が実践を通じて投資を学習することができる設計になっている。
- チャールズ・シュワブは大学生への金融経済教育にも積極的であり、多くの学生がファイナンシャル・プランニングを学習し、ウェルス・マネジメント分野でのキャリアを築けるよう支援している。背景には、ファイナンシャル・アドバイザーの将来的な人手不足に対する危機感がある。
- 日本においても、金融機関が金融経済教育の強化を掲げている。投資を通じた子供の金融リテラシー向上のための施策や、学生への支援による将来的なファイナンシャル・アドバイザーの早期育成を通じて、より強固な事業基盤の構築を目指すチャールズ・シュワブの取り組みは、日本の金融機関にとって示唆に富むものといえる。
関田 智也、加藤 正大
要約
- プライベート資産への投資が世界的に拡大する中で、同資産の個人投資家への普及が進んでいる。こうした動きは、収益性の維持及び改善を図るべくプライベート資産関連ビジネスを重視する金融業界と、個人や年金の資産の一部をプライベート資産へと振り向ける政策を推進する各国政府により下支えされており、今後も継続することが見込まれる。
- 英国政府は、長期資産ファンド(LTAF)の推進と、年金を通じたプライベート投資促進策である「マンションハウス・アコード」によって、プライベート資産の個人投資家への普及を進めてきた。これらの施策では、米国で顕在化した流動性ミスマッチのリスクに対して一定の対策が講じられている。一方、プライベート資産に対する個人投資家の理解不足という本質的な問題が残るなか、金融機関によるディストリビューションの在り方が問われている。
- 英国のウェルスマネジメント会社ストーンヘイジ・フレミング(SF)は、顧客の資産を「4つの資本」に分類・定義するフレームワークを開発している。このフレームワークに基づき、SFはプライベート資産を単独の金融商品としてではなく、顧客の課題解決に向けた長期的なプロセスの一環として位置づけている。その結果、SFの顧客は、プライベート資産の複雑な商品性を自然な形で理解・受容し、ポートフォリオに組み込むことに成功している。
- SFの事例は、伝統的なウェルスマネジメント会社や資産運用会社を中心とする金融機関に対して、顧客の適切な理解を伴うプライベート資産のディストリビューションをいかに実現するか、またそれをいかに再現可能なものとするかについて再考を促すものと考えられよう。
関根 栄一
要約
- 2025年7月にブラジル(Brazil)、ロシア(Russia)、インド(India)、中国(China)、南アフリカ(South Africa)の頭文字を合わせたBRICSが設立した国際開発金融機関としての「新開発銀行」(New Development Bank、略称NDB)が、2015年7月の開業から10年目を迎えた。この10年間で加盟国はグローバルサウスにも分類される12ヵ国まで拡大し、2026年は新たに2ヵ国の加盟に向けた審査が進められている。
- NDBは、業務をインフラに特化し同じ中国でも北京市に本部を置くアジアインフラ投資銀行(AIIB)と比較すると、上海市に本部を置き、BRICS及び新興国・途上国におけるインフラに加え、持続可能な開発プロジェクトへの融資を行うために設立された。他の国際開発金融機関と同様に、総会、理事会、総裁等の機関設計・運営体制を有している。NDBのソブリン(国)向け及び非ソブリン(民間)向け等の2025年6月末時点の融資承認金額は累計349億米ドルとなっており、協調融資のために世界銀行等との協力協定も締結している。
- NDBの融資承認金額のうち、セクター別では運輸が全体の4割近くを占め、国別では中国・インドの2ヵ国で全体の5割強を占めている。NDBは、業務を行う国の現地通貨で資金提供を行うことも可能である。融資業務に必要な国際資本市場での債券発行のため、NDBはS&Pや日本格付研究所(JCR)等から信用格付けを取得している。NDBは、2016年より上海市場でパンダ債を発行し、他の通貨・市場での債券発行プログラムも設定している。
- 今後のNDBをめぐる主な注目点としては、(1)ホスト国である中国が期待している通りグローバルサウスに対する支援をどのように継続していくか、(2)2026年2月末から始まった中東情勢への対応と2027年以降の5ヵ年戦略の策定、(3)新たに中国で設立される上海協力機構(SCO)開発銀行との関係・役割分担、が挙げられる。2026年5月にロシア(モスクワ)で開催された年次総会での議論の動向も注視される。
中村 美江奈、加藤 雅貴
要約
- 日本銀行「資金循環統計」によれば、2026年第1四半期末(3月末)時点の個人金融資産残高は2,385兆6,622億円となり、前期比で減少に転じた(前期比0.4%減、前年同期比7.1%増)。2026年第1四半期(1~3月)において、現金・預金は前期比1.2%減で、個人金融資産残高に占める比率は47.2%となり、4四半期連続で50%を下回った。また、中東情勢を巡る不透明感等から株式市場が軟調に推移したことなどを背景に、株式等は前期比2.5%増と伸び率が鈍化し、投資信託は前期比0.5%減となった。
- 2026年第1四半期(1~3月)中の動きを見ると、「現金・預金」は13.5兆円の資金純流出となった。また、リスク性資産では「債務証券」が13四半期連続、「投資信託」が24四半期連続の資金純流入となり、有価証券への資金流入が継続している。「上場株式」は売りと買いが交錯する中で2,272億円の純流出となった。
- 昨今、個人によるプライベートアセットへの投資を促進する制度整備を進める動きが見られる。公募投資信託の分野においては、政府・与党は、欧州の制度等を参考にした、新たなリテール向け投資信託の枠組みの創設を検討している。
- 現状、プライベートアセットを組み入れた公募投資信託の2025年末の純資産総額は、1兆3,201億円に上り、2024年末時点から3.2倍に増加している。一方、認知度はまだ低く、投資経験者は少ない。制度整備にあたっては、投資家保護を十分に考慮すると共に、個人投資家が適切な投資判断を下すための金融経済教育も重要となろう。
加藤 雅貴、大川 隼人
要約
- 日本の家計金融資産を取り巻く環境は、人口動態や相続等の影響によって構造的変化に直面している。本稿では、既存統計を基に2020年を基準として2050年の家計金融資産を都道府県及び年齢階層別に推計し、人口動態や相続が家計金融資産に与える影響を考察する。
- 人口動態をみると、自然要因による減少が比較的小さく、社会要因による増加が大きい東京圏(東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県)への人口集中が加速すると見込まれる。また、高齢化の進行が顕著な都道府県は、人口減少の大きい都道府県と概ね一致している。
- 相続により生じる他の都道府県への資産移転についても、相続人が東京圏に居住するケースが多いことから、東京圏への家計金融資産の集中を加速させることが想定される。
- 2050年の家計金融資産は、①全国的な高齢世代保有割合の上昇、②東京圏への集中、という傾向が確認できる。高齢世代の保有割合は2020年の51.3%から59.1%へ、75歳以上の保有割合も25.0%から35.5%へ上昇する。また、東京圏のシェアは35.7%から42.1%へ上昇する。
- 都道府県別の家計金融資産の増減を、相続と人口等の要因に分解すると、①「相続リッチ×人口リッチ型」(東京圏等)、②「相続リッチ×人口プア型」(大阪府、京都府等)、③「相続プア×人口リッチ型」(愛知県、福岡県)、④「相続プア×人口プア型」(その他大半の道県)に分類され、都市圏のなかでも異なる特徴がみられる。
- 高齢化の影響は、推計以上に早いペースで顕在化する可能性もある。現預金から有価証券へのシフトも含め、今後も続く環境変化に伴い将来の家計金融資産がどのように変化していくのか、その動向が注目される。
大川 隼人、加藤 雅貴
要約
- 米国では、1935年より米国債の個人消化を目的とした貯蓄国債が発行されている。貯蓄国債は、個人投資家向けに少額単位で提供される非市場性国債であり、現在は、EEボンド(Series EE Savings Bond)とIボンド(Series I Savings Bond)の2種類が発行されている。
- EEボンドは、20年間保有すれば元本が2倍になることを政府が保証する貯蓄国債であり、固定金利が当初20年間適用される。Iボンドは、利率が固定金利とインフレ連動金利で構成される物価連動の貯蓄国債である。両者とも、利息は毎月発生し6か月ごとに複利で元本に組み入れられる。そのほか、高等教育費用の支払いに伴う税制優遇やギフト用の購入制度など、利便性の高い特徴も備える。
- EEボンドは、利回り水準等に見直しの余地はあるものの、個人投資家の視点において、利回りの将来変動リスクを回避できる点には一定の需要があると考えられる。また、Iボンドは、物価連動国債のなかでも、利率の見直しによって物価変動を反映させるわかりやすい商品性から個人投資家に馴染みやすいと言える。加えて、両商品は利息が都度課税されずに複利で積み上がるため、効率的な資産形成も可能となる。
- 米国政府の視点においても、国債の発行残高が年々増加傾向にあるなか、安定的な投資家層である個人に馴染みやすい多様な商品設計や仕組みを有する貯蓄国債を提供していることは、国債の個人消化を通して財政運営の安定性を維持する一助になり得ると考えられる。
竹下 智
要約
- スタートアップにおける「エンジェル投資家」という呼称は、上演継続が危ぶまれたブロードウェイの舞台に資金を提供した富裕層に由来するとされる。この事実が示すのは、不確実に見える商業演劇が、なぜ投資家にとって判断可能な投資対象となるのか、という問いである。
- 商業演劇投資を投資可能性(investability)の観点から整理すると、ブロードウェイでは、作品単位でSPV(特別目的事業体)を設け、資金と収支を切り分け、回収構造とウォーターフォールを可視化・定義することで、投資家がリスクと回収可能性を事前に点検できる構造が整えられている。
- また、The Broadway Leagueによる週次統計や情報開示が共通言語として機能し、市場参加者が同じ指標に基づいて比較・検討できる環境が整っている。さらに、非営利劇場等が新作開発・試演などの上流工程の不確実性を受け止めることで、商業側は回収可能性のある局面に資源を集中しやすくなる。こうした外部条件も、継続的な資金参加を支えている。
- ツアー、ライセンス、映像配信等の二次利用は成功例として語られやすいが、投資判断では本公演、すなわちブロードウェイでの商業公演から生じる週次キャッシュフローを主回収源とし、条件付きの上振れ要素として捉える必要がある。商業演劇投資の制度設計の本質は、不確実な対象をどこまで判断可能な形に変換できるかにある。
- 日本の商業演劇は、コンテンツや人材の厚みを持ちながらも、投資判断に必要な条件が十分に結び付いておらず、Design Deficiency(設計不足)の状態にある。整えるべき条件は、作品単位での損益とリスクの切り分け、進捗の可視化、配分順序の明確化、二次利用の整理、投資家コミュニケーションの五つである。まずは作品単位での切り分けと一定頻度での進捗共有を実務として置くことが、商業演劇投資を日本で現実のものにする第一歩となろう。
関田 智也、橋口 達
要約
- グローバルな資産運用業界では、運用報酬の低下やコンプライアンス・コストの上昇等を背景に、規模の拡大を通じた効率化や運用戦略の多角化を図るべく、M&Aが活発化している。2026年2月に発表された米国ヌビーン・インベストメンツによる英国シュローダー買収も規模の拡大を主な目的としており、こうした潮流を体現している。
- 英国スタンダード・ライフ・アバディーン(アバディーン)と米英ジャナス・ヘンダーソンは、いずれも2017年の合併により誕生した資産運用会社であり、両社ともM&A実施後に継続的な資金流出に直面した。対照的に、フランスのBNPパリバとアムンディは、M&A実施後も安定した資金流入を確保している。両社はM&Aと同時に資金流入経路を確保する施策を講じており、これが奏功したとみられる。
- 統合後に資金流出が続いたアバディーンおよびジャナス・ヘンダーソンも、近年では状況を改善させている。両社に共通するのは、M&A実施時には欠落していた資金流入経路を、事後的に確保したことである。
- 各事例は、今後再編の加速が見込まれるグローバルな資産運用業界に対して一定の示唆を持つ。すなわち、規模の拡大と同時に、資金流入経路を確保することの重要性である。この観点からは、ヌビーン・インベストメンツおよびシュローダーの統合過程において、どのように資金流入を維持・強化していくのかがポイントの一つとして注目されよう。
関 志雄
要約
- 2010年代後半以降、米中デカップリングに備えて、中国政府は産業政策を強化し、科学技術の自立自強を推進した。その一環としてベンチャーキャピタル(VC)/プライベートエクイティ(PE)市場への関与を深めた。同市場は、かつての海外資本主導から国有資本主導へと劇的に変貌し、運用会社も外資中心から国有資本中心へと移行した。
- 中国のVC/PE市場における国有資本の供給主体は、大きく分けて、政府誘導基金、政府投資プラットフォーム、国有事業会社の三つのタイプからなる。これらの主体の投資方針は、収益率の最大化よりも、半導体やAIといった戦略分野の育成に重点を置いている。特に政府誘導基金は母基金(ファンド・オブ・ファンズ)として機能し、民間資本その他の外部資本を呼び込みながら、複数の子基金(子ファンド)を通じてより多くの資金を動員している。
- VC/PE市場における国有資本の台頭は、戦略分野への強力な資金供給を可能にする一方、特有の構造的問題も生んでいる。地元への投資義務(地方政府が主導するファンドの場合)による資源配分の歪みや、国有資産の保全義務に伴う投資判断の保守化、さらに海外上場ルートの縮小などに起因する出口戦略の閉塞が深刻な課題となっている。これを背景に、民間資本の出資は限定的となっている。
- マクロ経済の面では、産業政策に沿った特定分野への集中投資や、地方政府主導の「横並び投資」が引き起こす生産過剰も懸念される。また、政策主導の投資は既存技術のキャッチアップには有効である一方、市場の淘汰と選別を経て生まれる破壊的イノベーションを抑制する可能性もある。
板津 直孝
要約
- 2025年の世界のスタートアップ資金調達は、前年比47%増の4,693億ドルとなった。しかし、日本は35億ドルにとどまり、スタートアップの成長資金となるリスクマネーの供給不足が大きな課題となっている。そのため、日本の大型調達では外国投資家への期待が高まりつつある。外国投資家は資金供給だけでなく、グローバルなネットワークへのアクセスや成長支援の面でも重要な存在とされる。
- 日本で外国投資家の参入を促すには、国内ベンチャーキャピタル(VC)ファンドを経由した投資の拡大が重要である。外国投資家にとっては、スタートアップへの直接投資に先立ち、日本市場の情報収集に加えて、ファンドにおける投資事業有限責任組合(LPS)の業務を執行する無限責任組合員(GP)や国内の有限責任組合員(LP)との関係構築などを図ることができる。LPS法改正により外国投資家の投資制限は緩和されてきたが、なお外国投資家の国内VCファンドへのLP出資は限定的である。
- その背景のひとつには、税制上の障壁がある。特に、外国投資家がLPSに出資すると日本に恒久的施設(PE)を有するとみなされ課税される可能性がある点や、事業譲渡類似株式の譲渡益課税が投資回収時の不確実性を高めている。一定要件の下で課税を軽減する特例が導入されたが、国際課税原則を踏まえると、なお課題は残る。
- 外国投資家の純投資まで日本国内で広く課税しないためには、事業譲渡類似株式の譲渡益課税の要件を見直すことが考えられる。例えば、譲渡割合要件を現行の5%から20%へ引き上げ、分割譲渡による租税回避を防ぐため、一定期間内の一連の譲渡を合算する。制度趣旨に沿った課税対象の絞り込みを図ることで、スタートアップ・エコシステムが国内に閉じている問題に対応し、現状を改善できると言える。
坂上 聖奈
要約
- 近年、デジタル・アセット市場が拡大する中、デジタル・アセットにも伝統的金融取引と同様のマネー・ローンダリング及びテロ資金供与対策(AML/CFT)規制を導入するべきではないかとの議論が出てきている。もっとも、伝統的金融機関と同水準の規制を導入した場合、それがデジタル・アセットのメリットにどのような影響を与えるのか、という論点もある。
- 米国では、ステーブルコインを中心としたAML/CFT規制の導入に向けた議論が進展している。ステーブルコイン事業者は、銀行秘密法(BSA)上の金融機関としてAML/CFTに関する連邦法の遵守義務を負うものとされている。
- 米財務省傘下の金融犯罪取締ネットワーク(FinCEN)と外国資産管理局(OFAC)によれば、ステーブルコインのAML/CFT規制への対応は、事業者にとってコスト増にはなるものの、人手を介する業務の削減や、AML/CFTに係る業界の共通基盤の整備・運用等を通じて、プラスの効果を生む可能性もあるという。
- 米国におけるステーブルコインに係るAML/CFT規制が投資家保護・市場の安全性とイノベーションの利便性を両立することができるか否かは、日本及びグローバルな基準設定の一つのベンチマークになるものと言えよう。
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