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東洋大学 名誉教授 石井 晴夫
要約
2024年元日に発生した能登半島地震や2025年1月末の埼玉県八潮市で発生した下水道管の破損に起因する道路陥没事故等の教訓を踏まえ、災害や事故発生時に社会的影響が極めて大きい上下水道施設の耐震化・老朽化対策等の強化が喫緊の課題となっている。特に、人口減少下においても必要不可欠な上下水道サービスを維持していくため、システムの分散化によるコンパクトなインフラ整備、市町村域を超えた事業運営の一体化、料金の適正化、DX(デジタル・トランスフォーメーション)の推進、官民連携への積極的な取組など、様々な経営基盤の強化策が求められている。本稿では、こうした課題に対する国や地方公共団体などの取組を多面的に考察することとする。
慶應義塾大学総合政策学部 教授、アジア開発銀行研究所(ADBI) フェロー 白井 さゆり
要約
- 洪水、暴風雨、熱波などの気候関連の物理的リスクは、近年、その発生頻度と深刻度を増しており、インフラ、家計、金融システムに対する負荷を高めている。とりわけ新興国において、その影響は顕著である。
- 本稿は、こうした気候関連リスクに対応するファイナンスを、相互に補完する二つの柱として整理する。第一は、気候ショック発生前に脆弱性を低減するための適応・レジリエンス投資へのファイナンスであり、第二は、災害発生時の財務的影響を管理するためのリスク移転および災害リスクファイナンスの仕組みである。
- これら二つの柱を同時に強化することが不可欠である。適応・レジリエンス投資は、長期的に期待損失を低下させる一方、リスク移転ツールは、極端な事象発生時に迅速な流動性供給を可能とし、公共財政の安定化に寄与する。本稿は、適応・レジリエンスファイナンスにおける資金ギャップの構造的要因を整理した上で、データ分類やタクソノミーの役割を検討し、さらに大災害債券(CATボンド)を中心とするリスク移転ツールの意義と限界を論じる。
(本内容は参考和訳であり、原文〔Original〕と内容に差異がある場合は、原文が優先されます。)
原文(Original)
Adaptation and Resilience Finance and Risk-Transfer Instruments for Physical Climate Risks:
Data Classification, Taxonomies, and the Role of CAT Bonds
Sayuri Shirai, Professor of Economics, Faculty of Policy Management, Keio University Asian Development Bank Institute (ADBI) Fellow
- Climate-related physical risks such as floods, storms and heatwaves are becoming more frequent and severe, placing growing pressure on infrastructure, households, and financial systems, particularly in developing economies.
- This paper examines two complementary pillars of climate-risk finance. The first is adaptation and resilience investment and the second is risk-transfer and disaster-finance mechanisms.
. - The paper argues that strengthening both pillars is essential: adaptation can lower expected losses over the long term, while risk-transfer instruments support faster recovery and help stabilize public finances when extreme events occur.
愛知工業大学 総合技術研究所 教授 近藤 元博
要約
- 2025年2月に我が国は新たな「国が決定する貢献(NDC)」を提示し、2035年脱炭素目標を達成すべく、GX2040ビジョンと第7次エネルギー基本計画にバイオ燃料の利用を織り込み、脱炭素の重要な燃料として位置付けた。バイオ燃料は植物、廃食油や廃棄物から製造され、原料の植物等が成長過程で大気中の二酸化炭素(CO2)を吸収するため、化石燃料と比べ低炭素な燃料であり、自動車分野に留まらず航空機、船舶まで幅広い輸送分野で脱炭素効果が期待できる。
- 我が国の運輸部門が排出するエネルギー起源のCO2は約1.9億トン(2023年)あり、国内全体の約20%を占めている。従来の運輸分野の脱炭素化への取組は、例えば乗用車では、ハイブリッド車の導入拡大、燃焼改善などによるガソリン使用量の抑制、車両の軽量化や空力抵抗の低減による燃費向上などが主流であった。電気自動車や燃料電池車の普及も期待されているが、普及にはまだ時間がかかるが、既存インフラ活用ができるバイオ燃料は即効性がある。
- 既に多くの国々でバイオエタノール混合ガソリンであるE10、E20(最大濃度10%、20%)の利用が進んでいる。我が国も2028年度に沖縄本島においてバイオエタノールを直接混合したガソリンの先行導入を行い、2030年度からガソリンE10の供給開始を目指す。その後、2030年代のできるだけ早期に乗用車の新車販売におけるバイオエタノール20%対応車の比率を100%にし、2040年代からは最大濃度20%の低炭素ガソリンE20の供給開始を追求するというロードマップを提示した。
- 一方、バイオエタノール混合ガソリンの普及には、燃料品質や車両規格などの安全性確保など制度的課題と、エタノール混合ガソリン特有の性状に合わせた技術的、設備的課題の克服が必要である。
- 加えて、食料生産とエネルギー生産を高い次元で両立するための農業事業者の支援、事業者が減少する中小ガソリン販売事業者の支援など、事業維持から事業成長につながる金融支援が求められている。さらに持続可能燃料の環境価値の可視化と、価値流通制度など新たな政策支援、金融支援の検討が必要である。
- 自動車分野は他の脱炭素領域とは異なり、一般消費者が最大のユーザーとなるため、社会的認知が普及の鍵となる。産学官が連携し、バイオ燃料の価値や性能を訴求し、国民の理解を促進することが、普及の条件となる。
脱炭素成長型経済構造移行(GX) 推進機構 上級研究員、信州大学 特任准教授 博士(経済学) 天達 泰章
要約
- 我が国の二酸化炭素(CO2)排出量の変動要因を分析すると、①経済活動の拡大が排出量の増加要因となっている一方、②省エネルギーの進展や、③再生可能エネルギーの導入拡大等による電源構成の低炭素化が排出量抑制に寄与してきたことが明らかにされる。特に、省エネルギーの進展がCO2排出量の減少に大きく寄与してきた。
- 「2050年カーボン・ニュートラルの実現」に向けて、CO2を排出する火力発電からCO2を排出しない太陽光発電や風力発電、原子力発電へのシフト、火力発電を活用した水素・アンモニア混焼・専焼発電等の燃料転換などによってGX(グリーン・トランスフォーメーション)を強力に進める必要がある。そのため、CO2排出量の最も多い電力会社は、原子力発電の再稼働等を資金使途としたトランジション・ボンドの発行をこれまで増加させており、今後も一層拡大することが見込まれる。
- 本稿は、GX推進に伴い発行増加が見込まれる電力債のトランジション・ボンドを対象に、起債運営上の示唆を得ることを目的として、電力債におけるグリーン・ボンド及びトランジション・ボンドのグリーニアムの市場特性について分析を行う。
- 定量分析の結果、同一発行体・同一償還月の普通電力債に比べてグリーン・ボンドとトランジション・ボンドは利回りが低く(=グリーニアムが発生している)、投資家がこれら債券を相対的に評価していることを明らかにした。また、①残存年数が長いほど、発行額が小さいほどグリーニアムが顕著になることや、②クレジット市場環境が良好な局面でグリーニアムが相対的に大きくなる傾向があること、更に、③環境・社会・ガバナンス(ESG)スコアの向上に向けた取り組みや積極的なIR(投資家向け広報)活動もグリーニアムを拡大する効果があることなどを示した。
野村アセットマネジメント 債券サステナブル・インベストメント・ヘッド ジェイソン・モーティマー
要約
- サイバーセキュリティはマクロ経済に関するリスクであると同時に、持続可能な成功とデジタルトランスフォーメーションを可能にする基盤でもある。サイバーセキュリティの強靱性は、デジタルトランスフォーメーションを通じて堅固で持続可能な成長を実現するために不可欠である。デジタル化には、生産性とイノベーションを促進する一方で、デジタル攻撃の対象領域を広げる側面がある。その結果、システム、データの完全性、市場の信頼を損なうサイバーインシデントに伴う経済被害が増加することとなる。サイバーリスクは価格に織り込まれていない負の外部性である。企業は、サイバーインシデントの社会・経済コストを内部化していないため、サイバーレジリエンスへの投資が過小となっている。また投資家は、企業のサイバーリスクへの対応を評価するための透明性の高いデータをこれまで入手できていなかった。
- サイバーセキュリティ対応に関する規制を、技術的な側面に限定して構築するのは実践的ではなく、政策当局は、的を絞った開示要件の策定、責任の明確化、市場メカニズムの推進などの措置を、総合的に実施することに注力すべきである。サイバーセキュリティの分野にサステナビリティ分析を応用することで、インセンティブの整合化、サイバー対策および人材育成への投資促進、デジタルサービスに対する信頼の維持が可能になる。
- 世界各国のサイバーセキュリティ対応を定量的に評価する指標においては、各業種のパフォーマンスが示されると同時に、日本が抱えるサイバーセキュリティ上の課題が浮き彫りになった。投資家は「アウトサイド・イン(外部)」のサイバーセキュリティリスク・レーティング(CRR)を活用することによって、企業のサイバー対策の健全性を比較した上で、資本配分にサイバーリスク指標を反映することが可能になる。本稿では、このボトムアップ・データを用いて、企業のサイバー対策の健全性に関するグローバル・ヒートマップを作成し、地域・業種に関する洞察を提供する。日本では、エネルギー、テクノロジー、公益事業、素材の各業種が、国際平均を顕著に下回っている。投資分析に定量的なサイバーセキュリティ指標を取り入れることで、織り込まれていない重要なリスクを可視化し、エンゲージメントの判断に活用するとともに、市場におけるサイバーセキュリティのより適切なプライシングに寄与することが可能となる。
(本内容は参考和訳であり、原文〔Original〕と内容に差異がある場合は、原文が優先されます。)
原文(Original)
The Macroeconomic Risk and Opportunity of Cybersecurity
Jason Mortimer, Head of Sustainable Investment - Fixed Income, Nomura Asset Management
- Cybersecurity is a macroeconomic risk and enabler of sustainable growth and digital transformation: Robust cybersecurity is essential for resilient and sustainable growth through digital transformation. Digitalization drives productivity and innovation but expands the digital attack surface. This increases the economic harm from cyber incidents that disrupt systems, data integrity, and market trust. Cyber risk is an unpriced negative externality: firms underinvest in cyber resilience because they do not internalize the full set of socio-economic costs of cyber incidents, and investors have lacked transparent data to price corporate cyber preparedness.
- Because regulation of cybersecurity performance with technical mandates alone is impractical, policy makers should focus on a combination of targeted disclosure requirements, clarified liabilities, and promotion of market-based mechanisms. Applying sustainability analysis to cybersecurity can align incentives, encourage investment in cyber controls and workforce development, and preserve trust in digital services.
- Quantitative measures of global cybersecurity show industry sector performance and reveal Japan’s cybersecurity challenge: “Outside-in” cybersecurity risk ratings (CRR) enable investors to compare firms’ relative cyber hygiene and incorporate cyber risk indicators into capital allocations. We present a global heat map of corporate cybersecurity from this bottoms-up data with insights into regional and sectoral cyber hygiene performance. In Japan, the energy, technology, utility, and materials sectors exhibit notable performance gaps versus global averages. Integrating quantitative cybersecurity metrics into investment analysis can reveal material, unpriced risks, inform engagement, and help markets better “price” cybersecurity.
西山 賢吾、橋口 達
要約
- ドナルド・トランプ大統領は2025年12月11日、大手議決権行使助言会社のISSとグラス・ルイスの米国における影響力抑止を企図する「海外資本が所有し、政治的な動機に基づき行動する議決権行使助言会社から米国投資家を保護する(Protecting American Investors from Foreign-Owned and Politically Motivated Proxy Advisors)」と称する大統領令に署名した。
- 今回の大統領令では、①議決権行使助言会社に対する直接的な規制強化、投資顧問会社登録の義務付けや開示規制強化の検討の要請、②株主提案や投資顧問会社による議決権行使助言の利用に関する見直しや分析の要請、③議決権行使助言会社を従業員退職所得保障法(ERISA)に基づく投資助言の受託者と規定するための検討の要請、が特に注目される。これらが実現すれば、対応コストの増大につながり、運用会社をはじめとした機関投資家等が議決権行使助言会社の利用を手控えるインセンティブが働くことも考えられるため、今後の議論の進展や帰趨を注視しておく必要がある。
- 議決権行使助言会社では批判へ反論しつつも、グラス・ルイスによる議決権行使助言の複数提示(2027年より)など、現実的な対応を併せて進めることで影響力の「過大視」の修正を図っていくであろう。一方で、世界的に見ればサステナビリティ(持続可能性)の推進等グローバル課題解決に向けた投資家や企業の活動が大きく変わるとも想定しにくい。コーポレートガバナンス改革を成長戦略の中核とする日本では、企業価値の持続的拡大実現に向けた企業と株主・投資家の協働を目的とした「緊張感を孕んだ信頼関係」構築の重要性がさらに高まる。
西山 賢吾
要約
- ウォールストリート・ジャーナル等の複数報道によると、米国の金融大手JPモルガン・チェース(以下JPモルガン)の資産運用部門は今後、株主総会における個別議案の賛否の判断において、議決権行使助言会社による賛否助言などの議決権行使プラットフォームの利用を取りやめる。同社は、独自の人工知能(AI)技術を用いた独自のプラットフォームを内製化し、議案の判断に必要なデータの収集や運用者(議決権行使者)への助言を独自に行うとのことである。
- 米国を中心に議決権行使助言会社の影響力に対する批判、及び規制検討の動きが高まる中、グラス・ルイスが株主総会議案に対する単一の賛否助言を取りやめるなど、助言会社側では既にビジネスモデル転換を図る動きも進められている。今回のJPモルガンの動きは、機関投資家側から議決権行使助言会社との関係変更を意図するものとして注目される。
- JPモルガンのように、議決権行使プロセス全般をAI技術において内製化できる機関投資家は現状では限られると思われるが、議決権行使助言会社に対する規制議論の進行とともに、同様の動きを検討するところは着実に増えると想定される。一方、日本の機関投資家の多くは既に独自の議決権行使方針を構築しており、議決権行使プロセス効率化のためのAI活用は進むであろうが、全プロセスを内製化する動きはまだ限定的であろう。
- 議決権行使助言会社の影響力低下が発行会社にとって「望ましい」結果をもたらすことを期待する向きがあるが、AI技術活用の進行は議決権行使における助言会社の実質的な影響力が既に小さいことを明らかにするとともに、企業と投資家、株主間で積極的な対話を行なって相互信頼関係を構築し、協働することの重要性を再認識させると考える。
宋 良也
要約
- 中国政府はこれまで、二酸化炭素(CO2)の排出削減目標の達成に有効なカーボンプライシングに対し、炭素排出権取引(ETS)市場とカーボンクレジットである中国国家認証自主削減量(CCER)市場を中心に注力してきた。前者のETS市場では、2011年に地方ETS市場の試験運用から始め、2021年に全国ETS市場の創設に至った。後者のCCER市場では、2017年に持続的な運営が難しい等の課題で一時中断されたが、2024年に再開された。
- 各市場の動向を見ると、全国ETS市場では2025年に、従来の電力に加え鉄鋼、セメント、電解アルミニウムが新たに対象産業となった。炭素排出権の取引価格も制度開始時の40元台からピーク時の100元台へと上昇基調にある。再開されたCCER市場では、削減量算定の方法論(メソドロジー)の登録制から認可制への移行等、管理体制の厳格化が見られる。
- 足元では、中国国務院が2025年8月に炭素市場の構築強化に関する初の国レベルのガイドラインを公表し、両市場の中長期的なロードマップを示している。具体的には、全国ETS市場では、2027年までに主要排出産業を全面的にカバーし、2030年に総量規制(キャップ&トレード)への移行と有償割当の導入が掲げられた。CCER市場では、2030年までに国際基準と整合する統一的な方法論を構築する方針等が固められた。
- 中国のカーボンプライシングが効果的に機能するための今後の論点として、以下の3つが挙げられる。第1に、金融機関の参入やマーケットメイカー制度導入による流動性の向上である。第2に、連続排出監視システム(CEMS)の活用や情報開示強化による透明性・信頼性の確保である。第3に、国際的な炭素市場連合への参加を通じた国際調和の可能性である。これらの試みは、日本で2026年度より本格稼働予定の排出量取引制度(GX-ETS)にも何らかの参考になる可能性がある。
北野 陽平
要約
- シンガポール金融管理局(MAS)は2025年11月、アジアにおける石炭火力発電所の早期閉鎖を加速させるためのカーボンクレジット(以下、「トランジション・クレジット」)の利用に関する最終報告書を公表した。同報告書は、日米欧の大手銀行、アジア開発銀行、ネットゼロのためのグラスゴー金融同盟(GFANZ)、国際エネルギー機関を含む30機関以上が参加する「トランジション・クレジット連合」により作成された。
- 同連合の参加メンバーが主導する形で、約2年間にわたって試験的プロジェクトが実施されてきた。そのうちの1つが、フィリピンにおける石炭火力発電所の早期閉鎖と再生可能エネルギー発電への移行であり、トランジション・クレジットの利用により、当初計画の2040年から10年前倒しでの閉鎖が目指されている。
- 最終報告書では、トランジション・クレジットの実用化に向けて、①信頼性の高いクレジットの供給、②取引の実行可能性を向上させるための手段、③クレジット購入者の需要促進、④公正な移行の確保、が重要な要素として挙げられている。これらの点を考慮した上で、より多くの試験的プロジェクトを実施していくことが不可欠と認識されている。
- トランジション・クレジットを普及させていくためには、その土台となるカーボンクレジット市場全体が健全に発展していくことも重要と考えられる。しかし、近年、世界的にカーボンクレジット市場の成長は鈍化している。そうした中、シンガポールで導入された、金融機関のカーボンクレジット市場への参加を促進するための補助金制度は注目に値する。
- 今後、シンガポールのこうした取り組みが、信頼性の高いカーボンクレジットの供給及び需要の拡大につながれば、石炭火力発電所の早期閉鎖により創出されるトランジション・クレジットも、より幅広く受け入れられるようになる可能性がある。ひいては、より長期的な観点で、アジアのみならず世界における脱化石燃料の動きも後押しされ得ると考えられよう。
江夏 あかね
要約
- 「テーマ債」とは、一般的に、発行体が重視する特定の環境・社会課題(テーマ)への対応を資金使途として限定し、そのテーマを名称/ラベルとして示す形で発行する債券を指す。
- サステナブルファイナンス市場では、2000年代後半頃から国際機関等がテーマ債を発行するようになった。2010年代半ば頃から国際資本市場協会(ICMA)が主導する形で、グリーンボンド原則に代表されるような原則策定の動きが進み、テーマ債の種類も、一旦はICMAの原則・ガイドラインが存在するものに集約化されていった。しかし、2020年代に入る頃から、トランジション、ブルー、ジェンダー、オレンジ、ネイチャー、レジリエンス等のテーマを掲げて発行される債券の多様化が見られるようになって現在に至る。
- 2020年代に入って進んだテーマ債の多様化をめぐって、2025年11月末時点では、市場規模が大きく拡大するほどのインパクトは観察されていない。しかし、投資家や発行体のニーズに応え、サステナブルファイナンス市場におけるステークホルダーが重要視する課題を可視化し、資金の流れを作っているといった意義があると言える。
- 今後、テーマ債がサステナブルファイナンス市場の健全な発展に貢献するためには、(1)共通する問題意識を有する発行体と投資家をどの程度有機的につなげられるか、(2)テーマ債の発行を通じて追加的なインパクトを創出し、テーマに掲げた環境的・社会的課題の解決にどの程度貢献できるか、が論点になり得る。
江夏 あかね、五島 佐保子
要約
- 金融庁の金融審議会に設置されたサステナビリティ情報の開示と保証のあり方に関するワーキング・グループは2026年1月8日、サステナビリティ情報開示の方向性をまとめた報告を公表した。
- 必要な法改正を経て、有価証券報告書におけるサステナビリティ情報開示が、プライム市場上場の時価総額の大きな企業から2027年3月期より順次義務化される予定となった。適用対象企業は、(1)SSBJ基準への準拠、(2)4つの構成要素(ガバナンス、戦略、リスク管理、指標及び目標)について開示、(3)義務化の翌年から保証を取得、することが求められることになる。
- 日本企業のサステナビリティ情報開示は近年、人的資本、気候変動等のテーマを中心に充実化してきた。一方、企業のサステナビリティ情報開示体系に課題があるとの見方をする投資家も存在するようだ。
- サステナビリティ情報開示が今後、効果的かつ実効性のあるものになるための主な注目点としては、(1)2つ(構成要素同士、サステナビリティ情報と財務面)のつながりの確保、(2)開示体系の精査、(3)読み手を意識した継続的な質の改善、が挙げられる。特に、主要読者と想定される投資家は、サステナビリティ要素が損益等を通じて企業価値にどのような影響を及ぼす可能性があるかを中心に、開示情報を読むと想定される。そのような中、開示内容の説得力を上げるためには、構成要素同士のつながりに加え、サステナビリティ情報と財務のつながり、すなわちサステナビリティへの取り組みが財務の数字につながることをしっかりと確保する形で見せることが大切になると考えられる。
西山 賢吾
要約
- NPO法人日本サステナブル投資フォーラム(JSIF)が発表した2025年のサステナブル投資残高は2024年に比べ7.4%増えて671.8兆円になった。運用手法別や投資資産別の内訳の変化の多くは一時的な特殊要因と考えられ、全体的にはここ数年の傾向を踏襲しつつ安定した成長を達成したといえる。
- 一方で、これまでアンケート調査を基にサステナブル投資の資産残高を世界規模で集計してきたThe Global Sustainable Investment Alliance(GSIA)は、国際的な定義の多様化、商品性や情報開示に関する規制厳格化等でアンケート集計が困難になったとしてこれを取りやめ、代わってMorningstarのデータに基づく集計を公表した。
- Morningstarは公募投信等の開示公表情報をベースとしているが、年金基金などの投資一任勘定分のデータが取得できなくなったことなどにより、GSIAベースに比べ対象運用資産額が大きく減少した。この影響は日本で特に大きく、従来通りの国際比較が困難となった上に、日本がサステナブル投資に後ろ向きとの誤解を与えかねない状況が想定される。JSIFベースの結果の積極的利用などで、日本の状況を世界に向け丁寧に説明していく必要があるだろう。
- Morningstarベースへの変更は、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)に代表される公的年金の資産規模の大きさに起因する日本のサステナブル投資に対する影響力の大きさと、サステナブル投資に関連した公募投信の規模の小ささを改めて浮き彫りにした。安定成長期に入ったと見られる日本においては今後、環境や社会課題の解決と投資家の運用ニーズを的確にとらえた運用手法や商品開発等でサステナブル投資を多様化するとともに、サステナブル投資に関連する公募投信の育成や普及も併せて課題となる。
富永 健司
要約
- 欧州委員会(EC)は2025年11月、サステナブルファイナンス開示規則(SFDR)の改正法案(以下、改正法案)を公表した。2021年3月にSFDRが施行された後、ECは2022年12月に同規則の包括的な評価を行うことを公表し、ステークホルダーとの協議を続けてきた。
- 改正法案においては、サステナビリティ金融商品の分類カテゴリーとして、トランジション、ESG(環境・社会・ガバナンス)ベーシックス、サステナブルの3種類が創設され、各カテゴリーに、最低基準、除外基準、主な悪影響の開示要件が定められた。また、現行のSFDRで求められている開示項目について削除や簡素化が図られた。特に重要なものとして、エンティティ単位で求められている、サステナビリティ要素に関する主な悪影響についての開示項目が削除された点が挙げられる。
- さらに、改正法案では現行のSFDR上のサステナブル投資の定義が削除され、サステナビリティ金融商品の分類カテゴリーにおける投資の種類が欧州連合(EU)タクソノミーやEUベンチマーク規則を参照する形とされるなど、関連規則との整合性が高められた。
- 今後の注目点として、(1)サステナビリティ金融商品のカテゴリーに基づいてどのようにファンドが分類されていくか、(2)トランジション商品カテゴリーに該当する金融商品の提供がどの程度拡大していくか、が挙げられる。特に、世界的にトランジション投資の重要性が高まっていることを踏まえると、今後トランジション商品カテゴリーの最低基準や除外基準の内容とその影響が重要な論点となることが見込まれる。
江夏 あかね
要約
- 2026年度地方債計画及び地方財政対策は、金利上昇局面で公債費の増加が見込まれる中でも、臨時財政対策債償還基金費(仮称)の当初予算段階での創設をはじめとして地方財政の健全化が意識された内容となったほか、水道管路耐震化事業「重点対策分(仮称)」の創設を含めた上下水道等のインフラ老朽化対策や高等学校教育改革等推進事業債(仮称)の創設を柱とした高等学校教育改革等の推進といった、喫緊の地域課題に対応するための各種地方財政措置が盛り込まれた。
- 2025年の全国型市場公募地方債市場は、引き続き日本銀行の金融政策や海外市場に翻弄されて推移した。地方公共団体は、20年債や30年債よりも5年債や10年債を選択して発行するケースが多い傾向にあった。また、持続可能な開発目標(SDGs)に貢献する事業に充当されるSDGs債、特にテーマ債の発行に取り組むケースも見られた。
- 2026年の地方債市場は、引き続き金利上昇圧力の中で資金調達コストを抑えつつ、起債額に見合う投資需要を確保するために一段の工夫が必要な状況が続くと予想される。起債運営における主な論点としては、(1)適切な年限の選択、(2)SDGs債/テーマ債の活用、が挙げられる。
- 適切な年限の選択については、投資家や金融機関とのコミュニケーションを通じて投資需要のある年限を模索することに加え、地方債市場の中で発行が集中していない年限での発行を検討することも意義がある。SDGsに寄与し得る地方債に対しては一定の投資需要が続いている状況であり、該当し得る資金使途がある場合、SDGs債/テーマ債での起債を選択することも安定的な資金調達に寄与する可能性があると言える。
江夏 あかね
要約
- 国際資本市場協会(ICMA)は2025年11月6日、「クライメート・トランジション・ボンド・ガイドライン」(CTBG)を公表した。ICMAが2020年12月に公表した「クライメート・トランジション・ファイナンス・ハンドブック」(CTFH)は、補完的なガイダンスとして位置付けられていた。しかし、今回発出されたCTBGは、グリーンボンド原則(GBP)と同様にプロダクト基準として位置付けられ、「クライメート・トランジション・ボンド(CTB)」を独立したラベルとして導入する旨が示された。
- CTBGは、4つの中核要素と重要推奨事項が提示されるなど、GBPと共通する内容が多いが、調達資金の使途や債券フレームワークの部分では独自の文言が記された。また、クライメート・トランジション(CT)プロジェクトの予備的な例示カテゴリーも提示された。
- 今般、国際的な組織であるICMAがCTBGを通じてトランジション・ボンドを独立したラベルとして導入したことで、どの程度トランジション・ボンドの発行体の国・地域や業界の多様化が進み、投資家層が拡大するかが注目される。
- 日本についてはこれまで、トランジション・ボンドの発行国として残高ベースで首位を維持してきた。今後もトランジション・ボンドに関して国際的なプレゼンスを維持・向上するためには、(1)政府、発行体、投資家、金融機関、外部評価機関といった各ステークホルダーによる、CTBGを織り込んだファイナンスへの対応体制の迅速な構築、(2)「脱炭素成長型経済構造移行債」(GX経済移行債)を始めとした官民双方の発行体によるトランジション・ボンドの継続的な発行、(3)脱炭素社会への移行に真に寄与する起債事例の創出、等がカギになると考えられる。
西山 賢吾
要約
- 国際標準化機構(ISO)は2025年8月25日、人的資本に関する報告と開示の国際規格であり、2018年に公表されたISO30414を7年ぶりに改定し、第2版を発表した。ISO30414の第1版は人的資本報告の「指針」という位置づけであったが、第2版では開示が必須である指標を含んだ人的資本報告・開示に関する「要請事項」に位置づけられた。
- 第2版では、①人的資本の項目が再編されるとともに、測定指標の数が58項目から、14の必須開示要請項目を含む69項目に増加した、②人的資本ROIの定義式が見直され、総労働コストの内訳に外部労働力や採用、学習、開発コストを含むより広範なものとなった、③推奨される開示フォーマットとしてTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)に準拠した形式が示され、国際的な開示の流れに平仄を合わせるものとなるとともに、④人的資本報告、開示に対するAIのもたらす諸影響(リスクや機会など)についての考察が示された。
- 人的資本への関心が国際的に高まる中、今回発表された第2版では、IFRS(国際会計基準)に統合されたTCFDの枠組みに基づいた報告や開示が推奨されるなど、これまで以上に国際的な人的資本開示を意識したものとなった。国際規格であるISO30414が取り上げている指標には併せて定義式(計算方法)も示されており、これらを利用することにより人的資本の可視化や比較可能性の向上、ひいては人的資本に対する深い理解にも結び付く。例えば、企業側では経営戦略と人材戦略を結び付けるため、また、投資家は企業とのエンゲージメントを深めるために、ISO30414の戦略的な活用が期待される。
野村 亜紀子、中村 美江奈
要約
- 人的資本経営の進展に伴い、従業員のウェルビーイング(幸福な状態)の重要性に対する認識が高まっている。健康面では企業の健康投資が経営的価値を持つという健康経営®の考え方が浸透しており、健康経営優良法人認定制度による企業努力の見える化も行われている。その金融版に当たる「ファイナンシャル・ウェルネス認定制度」を創設すれば、従業員のファイナンシャル・ウェルネス支援に注力する企業の後押しに繋がりうると考えられる。
- ファイナンシャル・ウェルネス認定制度の論点を整理すると、まず、制度の目的は「企業の取り組みの見える化による後押し」と規定できる。また、評価項目は、経営理念への位置付け、組織体制、具体的施策の実行、評価・改善の有無等が考えられる。当初は支援提供の有無の評価から始める考え方もあろう。実施面では、認定・運営主体の中立性・客観性の確保、人員・資金面で持続可能な体制の構築、制度の認知・利用促進の工夫、認定企業の効果的な発信等が挙げられる。
- 海外では、公的主体による認定制度は見られないものの、退職プランやファイナンシャル・ウェルネスにフォーカスした表彰制度、ウェルビーイング全般や健康に関わる認定制度等の、興味深い事例が散見される。こうした制度が、企業の取り組みの見える化を通じて、更なる取り組みの促進、そして企業を支援するプロバイダー等の業界全体の活性化に寄与していると考えられる。
- ファイナンシャル・ウェルネス認定制度は、ファイナンシャル・ウェルネス支援が費用ではなく人的資本投資の一環であるという認識にも繋がりうるのではないだろうか。企業、従業員、サービス提供者、認定・運営主体の候補先など、様々な関係者による議論が期待される。
五島 佐保子、西山 賢吾
要約
- コーポレートガバナンスの更なる実質化を目的に金融庁、東京証券取引所共催で2015年に制定されたCGコードの第3次改訂に向けての議論が2025年10月に始まった。現預金の活用や有価証券報告書の株主総会前開示と並ぶ主要論点である取締役会の機能強化について、取締役会事務局の機能強化が必要との認識から、コーポレートセクレタリーが今回の改訂議論において取り上げられたことが注目される。
- コーポレートセクレタリーは、取締役会の議題設定を戦略的に行い、取締役に対して適時に適切な情報を報告するなど、監督と執行をつなぐ結節点であり、全社のコーポレートガバナンスを統括する存在である。従来の取締役会事務局よりも自律的・積極的に機能し、取締役会の監督機能の強化、ひいては企業価値の向上にも貢献する。よって、その導入意図や期待される役割に関して、企業側、投資家側とも理解を深める必要があるだろう。
- コーポレートセクレタリーは、船長(経営陣)の助言者という立場で船舶(会社)を正しい方向(持続的な企業価値向上)に導く「水先案内人」に例えることが出来るであろう。従来の取締役会事務局から想起されるイメージとは異なる、企業価値向上に積極的に資する重要な役割・機能として、今後日本においてコーポレートセクレタリーに対する理解が進み、その導入に関する議論が深まることが期待される。
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