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時流

国債を通じて資本市場の現状と研究を繋ぐ

東京大学公共政策大学院 特任准教授 服部 孝洋

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要約

日銀の利上げが始まり、金利についての話題が増えつつあるが、国債市場は「円債村」と呼ばれるなどクローズドな世界とされており、債券市場を理解するための基礎的な文献が相対的に不足している分野ともいえる。筆者は財務省の政策広報誌『ファイナンス』などで債券市場に関する解説論文を定期的に執筆してきたが、本稿では筆者の経験を紹介しつつ、学術研究との関連性について言及する。

特集1:内外で進展をみせる確定拠出年金

確定拠出年金(DC)制度改革の新局面-実績・課題と2040年代に向けた展望-

野村 亜紀子

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要約
 

  1. 確定拠出年金(DC)は2001年の導入以降、度重なる制度改革を行ってきた。直近では、2024年12月の「令和7年度税制改正の大綱」に、実現すれば10年ぶりとなる拠出限度額の引き上げが盛り込まれた。遡れば、2016年の改正DC法によるiDeCo(個人型DC)加入対象拡大や、指定運用方法の導入などが挙げられる。
     
  2. DCの加入者数は着実に増加し、2024年3月時点で1,100万人を超え、確定給付型年金(DB)を上回った。同時点の資産残高は29兆円だった。加入者による運用指図は、当初は預貯金及び保険商品が6割を占めたが、徐々に投資信託比率が上昇し、2024年3月時点で約7割に達している。
     
  3. もっとも、現役世代に占めるDC加入者の割合は2割に満たない。個人金融資産に占めるDC資産の割合も僅か1.3%で、投信比率の上昇基調も定着するのか注視する必要がある。日本は2040年代に65歳以上人口が最大になり、それ以降も人口に占める割合は上昇し続ける。超高齢社会に突入するまでの今後20年間、自助努力の資産形成を最大限支援する体制整備が極めて重要であり、DC制度改革はその鍵を握る。
     
  4. 最終的には、DC制度の拡充を通じて、老後生活を不安なく過ごせる高齢者を、可能な限り大勢生み出すことが目標となる。将来不安の払拭が消費拡大に繋がれば、税収増や経済成長にも寄与し得る。私的年金が、個人のファイナンシャル・ウェルネス向上、そして社会・経済の安定に貢献する存在になることを目指したい。

米キャップトラストによる包括的なリタイアメント支援-富裕層顧客を創出する確定拠出型年金事業-

佐々木 遼太

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要約
 

  1.  米国では、確定拠出型年金(DC)プランの加入者が退職資産形成を行うにあたって、ファイナンシャル・アドバイザー(FA)からの投資アドバイスを活用している。米国の金融機関は、加入者のニーズに応えるべく、個別性の高い投資アドバイスを職域事業における主力サービスとして展開している。
     
  2. 米国最大の独立系投資顧問会社であるキャップトラストは、リタイアメント・プランの策定を含むDC加入者向け投資アドバイスを、退職プラン・スポンサー向けサービスの一環で提供している。退職プラン・スポンサー向けサービスとは、加入者が投資できる運用商品や運営管理サービス業者の選定等について、退職プランを運営する雇用主を支援するコンサルティング・サービスである。
     
  3. 更に、キャップトラストは、退職者等の個人に対して、投資一任契約に基づく家計の金融資産全体のポートフォリオ構築や退職後の資産の使い方・引き継ぎ方に関する税務アドバイスを中心としたアドバイザリー・サービスにも注力している。
     
  4. 日本の富裕層の1~2割程度は、主に40代後半~50代の会社員でDCやNISA、従業員持株会の活用を通じて、運用資産が1億円を超えた「いつの間にか富裕層」であるという。日本のDC市場が拡大傾向にあることを踏まえれば、日本においてもキャップトラストのようなビジネスが求められているものと考えられる。また、そのためには、DC加入者向けの投資アドバイスを容認する制度面での対応も求められよう。

米国401(k)プラン加入者の現状と増加する401(k)ミリオネア

橋口 達

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要約
 

  1. 米国における企業向け確定拠出型年金の代表格である401(k)プランは、米国人にとって不可欠な老後の資産形成手段となっている。
     
  2. 401(k)プランに関する調査を見ると、特に若年層でターゲット・デート・ファンドが浸透、自動加入や拠出率の自動引き上げを採用するプランの割合の増加、といった傾向がみられた。50歳以上を対象とするキャッチアップ拠出、マネージド・アカウント、401(k)プラン・ローンも利用されている。
     
  3. 更に、401(k)プランの資産残高が100万ドル以上である401(k)ミリオネアも増加している。他方、米国証券取引委員会(SEC)は、401(k)ミリオネアが私募証券に投資可能な基準を満たす点について、投資家保護の観点から懸念を示していた。
     
  4. 401(k)プランは、多様な加入者の資産形成を後押しするための様々な仕組みが施され、あらゆる所得層に対して資産形成の機会を与えるとともに、一部の富裕層を生み出すという新たな局面を迎えている。日本でも、老後に向けた資産形成における確定拠出年金の役割が重要になる中で、米国401(k)プランを巡る動向は参考になる点が多いと思われる。

特集2:模索が続くデジタル分野の規制

金融デジタル化とそのリスクに関する当局の視座-FSBとバーゼル委員会の報告書を読み解く-

小立 敬

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要約
 

  1. 近年、世界的に金融デジタル化が進展している。金融デジタル化は、金融機関や消費者に便益をもたらす一方、新たな脆弱性を生み出し、金融機関やその顧客、市場参加者、さらには金融の安定へのリスクを増幅させる可能性も想定される。そのため、金融デジタル化が金融機関や金融システムにもたらすリスクに関する議論も始まりつつある。
     
  2. 金融安定理事会(FSB)は2024年11月、人工知能(AI)が金融安定に与える影響に関するインプリケーションを議論する報告書を策定し、金融セクターにおけるAI導入をレビューした上で、AIが金融の安定に与える脆弱性として、①サードパーティへの依存とサービスプロバイダーの集中、②市場相関性、③サイバー、④モデルリスク、データの品質およびガバナンスという論点を指摘した。
     
  3. バーゼル銀行監督委員会(BCBS)は2024年5月に公表した報告書において、金融デジタル化に関するリスクとして、①戦略リスク、②レピュテーショナルリスク、③オペレーショナルリスク、④データ関連リスクを挙げた上で、新たなテクノロジーが金融の安定に与える脆弱性として、①相互連関性の増加、②規制アービトラージ、③感染、④金融リスクの増幅、⑤フラグメンテーションリスク、⑥集中リスクを指摘する。
     
  4. AI導入を含む金融デジタル化が金融の安定にもたらすリスクについて世界的に関心が高まりつつある中、国際基準設定者や各国・地域の金融当局が検討を進めた結果、どのような政策措置が講じられたり、金融機関にどのようなリスク管理やガバナンスの構築が要求されたりするのかについて、今後注目する必要があるだろう。

トランプ新政権で注目される暗号通貨規制の方向性-規制の明確化を図るFIT21法案を中心に-

橋口 達

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要約
 

  1. 2025年1月20日、共和党のドナルド・トランプ氏が第47代米国大統領に就任した。トランプ氏は2024年11月5日の大統領選挙に向けて暗号通貨への支持を打ち出してきたため、暗号通貨市場は選挙結果を受けて大きく上昇した。
     
  2. 2024年1月に解禁されたビットコイン現物ETFには、個人投資家を中心に、年金や大学基金も投資している。他方、米国にはこれまで、暗号通貨に係る包括的な規制枠組みが存在しなかった。商品先物委員会(CFTC)は暗号通貨市場の健全な発展を促進する姿勢を示してきたが、米国証券取引委員会(SEC)は投資家保護の観点から否定的な姿勢を継続してきた。
     
  3. 暗号通貨に係る包括的な規制枠組みとして注目されるのが、21世紀のための金融イノベーション法案(FIT21法案)である。超党派の支持を得て下院を通過した同法案は、新たな暗号通貨を「制限付きデジタル資産」として、SECによる厳格な規制・監督に服せしめることで投資家保護を確保し、ビットコインのように流通・記録管理のシステムが確立したものは「デジタル・コモディティ」としてCFTCが所管して比較的自由な流通を認める。
     
  4. トランプ氏が率いる新政権は、暗号通貨を促進する政策をとっていくものとみられる。FIT21法案は、2023~2024年の会期終了に伴い一旦廃案となったが、2025年からの新会期にて、再提出又は後継法案が提出される可能性は高い。その場合、暗号通貨の法的位置づけの明確化や伝統的な金融事業者の参入を促すといった方向性は維持されるであろう。

金融・証券規制

ノンバンク金融仲介(NBFI)のレバレッジに対する政策上の焦点-金融安定理事会(FSB)による分析と政策措置の提案-

小立 敬

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要約
 

  1. 金融安定理事会(FSB)は2024年12月、ノンバンク金融仲介(NBFI)のレバレッジが金融システムの安定に与えるリスクに対処する観点から、各法域の当局を対象に9つの政策勧告を提案する市中協議報告書を公表した。同報告書は、FSBが2023年9月に公表した、NBFIによるレバレッジが金融システムの安定に与える影響を分析したNBFIレバレッジ報告書が土台となっている。
     
  2. NBFIレバレッジ報告書は、NBFIのレバレッジがグローバル金融市場の脆弱性を生んだり、増幅させたりする事例が数多くあり、特に新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響から2020年3月に発生した金融市場の極度の流動性ストレスによってNBFIの強靭性の強化の必要性が明確になったとして、NBFIのレバレッジに焦点を当てて分析したものである。
     
  3. NBFIレバレッジ報告書は、NBFIのレバレッジのリスク波及経路として、ポジション清算とカウンターパーティというチャネルを挙げ、リスクを増幅させる要因として、相互連関性や集中、流動性インバランスを挙げる。その上で、ヘッジファンドとプライム・ブローカーの関係、年金基金や保険会社といった長期投資家のレバレッジに焦点を当てながら現状分析を行っている。さらに、NBFIによるレバレッジを把握する際の課題としてデータ・ギャップの存在を指摘している。
     
  4. 先般の市中協議報告書は、NBFIレバレッジ報告書の分析を踏まえてNBFIによるレバレッジに関連して9つの政策勧告を行うものである。監督・規制の関与が希薄か空白となっているNBFIセクターに対する従来の枠組みと比べると踏み込んだ提案であり、監督・規制のあり方によっては市場参加者に与える影響も大きくなるおそれがある。今後、最終文書において政策勧告がどのように整理されていくのかが重要な注目点であろう。

「開放の第2ステージ」となる可能性がある2025年以降の中国の金融・資本市場改革

関根 栄一

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要約
 

  1. 2025年1月20日、米国で第2次トランプ政権が発足した。追加関税など貿易・通商問題で対中圧力を強める米国に対し、中国当局は、第1次トランプ政権時代と同様に開放政策を堅持し、経済のグローバル化を後押しする姿勢を示している。
     
  2. 実際、第1次トランプ政権時代の中国政府は、第1段階の米中経済・貿易協定(2020年1月)に基づく証券業及び資産運用業への外資出資上限の撤廃(2020年4月)など開放政策を進めた経緯がある。結果的に、証券会社ではJPモルガン等の外資系7社が中国国内に新設され、基金管理(資産運用)会社ではブラックロックを筆頭に6社が外資持分100%で新設された。
     
  3. 対日関係でも、2018年に①人民元クリアリング銀行の東京市場での指定、②日本円・人民元通貨スワップ協定の締結、③人民元建て適格外国機関投資家(RQFII)の東京市場での運用枠の設定、という3点セットが進められた。同年10月には日中資本市場協力が始まり、2019年6月に日中両国の株式市場で上場投資信託(ETF)が相互に上場した。
     
  4. 2025年以降の中国金融・資本市場改革を占う上で注目される動きとして、2025年1月に第11回英中経済・財政金融対話が5年7カ月ぶりに開催されたことが挙げられる。①中国-英国ウェルスコネクトの新設、②英中年金研究会の定期的開催、③ロンドン市場での中国政府による人民元建てグリーン国債の発行、等の合意内容は、今後の二国間協議を通じた中国の市場開放路線を示唆していると言えよう。米国による第1段階の米中経済・貿易協定の履行状況の調査と、新たに設定される米中の戦略対話の枠組みも注視される。
     
  5. 日中関係では日中ハイレベル経済対話が2025年3月に再開され、日中ETFコネクティビティの制度最適化では適格国内機関投資家(QDII)運用枠の拡大が期待されている。証券・資産運用分野で、外資出資上限規制の緩和後も、実態上課せられてきた業務上の制約が緩和または撤廃されれば、2025年は「開放の第2ステージ」と中国国内外の市場関係者から評価される可能性もあろう。

金融機関経営

世界最大級の損害保険グループとなったチャブの成長戦略

橋口 達

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要約
 

  1. チャブは、世界最大の保険市場を形成する米国を中心にグローバルに事業を展開し、損害保険を中心に多様な保険事業、顧客層を擁している。1985年創業の保険会社エースを前身とするチャブは、積極的な買収によって、規模拡大と収益源・リスクの分散を両立させながら成長してきた。
     
  2. 米国では、業界首位を誇る企業向け損害保険を中心に、査定とコンサルティングを重視した富裕層向け損害保険というユニークな事業も構築している。損害の抑止により契約者満足度の向上と保険金の抑制を図るなど保険を高度化する一方で、一般的な個人自動車保険や外部資金を運用するアセットマネジメント事業には進出していない。
     
  3. 近年は、海外事業を再拡大している。アジアでは生命保険事業や第三分野保険事業に積極的に進出しており、各地域の大手金融機関と提携して複線的な販売網を活用している。また、テクノロジー企業の商品・サービスに保険を組み込む「組込型保険」によって、新興国の居住者や若年層を中心とした消費者が自然な導線で保険に加入できるようにもしている。
     
  4. チャブの、①保険商品、地域、契約者層の分散と成長戦略、②富裕層向け保険に見られる独自性、③組込型保険に見られる販売手法の創出、④保険事業への専念は、日本の保険会社にとっても参考になるものと思われる。

個人マーケット

個人金融資産動向:2024年第4四半期-2四半期ぶりに過去最高を更新-

大川 隼人

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要約
 

  1. 日本銀行「資金循環統計」によれば、2024年12月末の個人金融資産残高は2,230兆2,808億円(前期比2.3%増、前年比4.0%増)となり、過去最高を更新した。2024年8月の内外株式市場の急落以降、年末にかけて株価が回復し、円安が進行したことを背景に、株式は前期比4.4%増、投資信託は同8.2%増となった。
     
  2. 2024年第4四半期(10~12月)中の動きを見ると、「債務証券」が8四半期連続の資金純流入となった。市場金利の上昇に伴って個人向け国債および社債に対する個人投資家の関心が高まっている。「投資信託」は19四半期連続での資金純流入となり、引き続きインデックス投信への資金純流入が目立った。一方、「上場株式」は利益確定の売りが優勢となり純流出だった。
     
  3. 近年、人的資本経営への意識の高まりや法改正及び実務指針の改定を背景に、従業員向け株式報酬制度の導入が進んでいる。従業員向け株式報酬制度の導入拡大は、「いつの間にか富裕層」を一層増加させることで日本の富裕層構造に変化をもたらす可能性がある。また、株式報酬の供与が従業員の資産形成に対する意識を高め、実際に投資行動を起こすきっかけの一つになっている可能性もある。

「世代間の投資の継承」支援を目指す家族サポート証券口座

野村 亜紀子

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要約
 

  1. 長寿化が進む日本では、高齢者の認知判断能力低下後の資産管理をいかに支援するかが課題となっている。2025年2月、日本証券業協会(日証協)より、一つの新たな選択肢として「家族サポート証券口座」の制度要綱が公表された。
     
  2. 家族サポート証券口座は、高齢顧客(本人)が健常なうちに家族の1人を任意代理人(家族代理人)として指定し、本人の認知判断能力の低下・喪失後に代理取引を可能とする仕組みである。資産の売却・出金に加えて運用の継続も可能な点が特徴的である。本人が信頼する家族と管理・運用方針を定め、公正証書契約を作成し、口座申込みを行う。証券会社は準備段階から一貫して支援を提供する。
     
  3. 家族代理人は善良な管理者の注意をもって行動することが求められる。また、口座における代理権の範囲を制限し、新規資金の投資は不可とするなど、代理人の権限濫用によるリスクを抑制する工夫もなされている。他方、任意後見制度の監督人選任のような厳正な仕組みは不要として、利用者にとっての手軽さを追求している。
     
  4. 家族サポート証券口座の提供については2025年4月以降、各証券会社において、顧客ニーズや既存サービス等を踏まえ判断していくものと思われる。本人の高齢期のウェルビーイングを高め、結果的に円滑な「世代間の投資の継承」に繋げることができれば、社会的意義も大きいと言えよう。

アセットマネジメント

米国プライベート・エクイティ・ファームが展開する資産集約型再保険事業

岡田 功太

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要約
 

  1. 近年、米国大手プライベート・エクイティ・ファーム傘下の資産集約型再保険会社(以下、PE傘下資産集約型再保険会社)が台頭している。PE傘下資産集約型再保険会社は、①一般勘定の運用を親会社のPEファームに委託する、②外部の保険会社から保険を引き受けて、一般勘定の規模及び同PEファームへの運用委託額を増加させる、という事業を展開している。
     
  2. PE傘下資産集約型再保険会社は、外部の保険会社から保険を引き受ける際、規制・税制上の恩恵を享受しながら、一般勘定の増加を図るべく、バミューダの再保険子会社を活用している。その上で、一般勘定の運用にあたって、親会社(PEファーム)を通じて、証券化商品及びプライベート・クレジットに積極的に投資している。
     
  3. 米国規制当局は、PE傘下資産集約型再保険会社が、①低流動性資産への投資額を増加させていること、②他の金融機関等との相互連関性を強めていること等を踏まえた上で、マクロ・プルーデンスの観点から、PE傘下資産集約型再保険会社の潜在的なシステミック・リスクについて、モニタリングを行う必要性について言及している。
     
  4. PE傘下資産集約型再保険会社は、日本の保険会社からも受再している。PE傘下資産集約型再保険会社の潜在的なシステミック・リスクに係る米国規制当局の動向や、同リスクが顕在化した場合の日本への波及経路について、注視する必要があるといえよう。

米国ロックフェラー・ブラザーズ財団によるOCIO活用事例

岡田 功太、佐々木 遼太

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要約
 

  1.  内閣官房は2025年1月に、アセットオーナー・プリンシプルの受け入れ表明一覧を公表した。日本の年金基金、大学、保険会社に加えて、財団も同プリンシプルの受け入れを表明している。それに先立つ2024年11月に、内閣府は公益認定等ガイドラインの素案を公表し、財団等の公益法人の資産運用に関する規制枠組みを明確化する方向性を示した。
     
  2. 米国の中小規模の財団は、資産運用を行うにあたって、OCIO(Outsourced Chief Investment Officer)を活用する場合がある。OCIOとは、OCIOプロバイダーと呼ばれる資産運用会社等がアセットオーナーから、運用の実行や外部運用会社のファンドの発掘等の運用関連業務を受託するサービスである。
     
  3. OCIOを活用する米国の財団として、ロックフェラー・ブラザーズ財団がある。同財団は、セリティ・パートナーズというOCIOプロバイダーに全資産の運用を委託しており、プライベート・エクイティ・ファンド等への投資に加えて、ミッション・アラインド・インベスティングというインパクト投資プログラムを通じて、資産運用の高度化を図っている。
     
  4. 日本の財団は、国債、地方債、仕組債等に偏重したポートフォリオを構築していることが多いが、助成活動の原資を拡大させるには、OCIOプロバイダー等の金融機関に運用を委託し、多様な資産に分散投資する選択肢もあり得よう。財団が運用高度化を目指せば、インベストメントチェーンの機能強化にも繋がるのではないだろうか。

上海自由貿易試験区における公募基金データの越境移転の解禁

関根 栄一、宋 良也

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要約
 

  1. 中国の上海自由貿易試験区(FTZ)の中の臨港新エリア管理委員会は、2024年5月に「公募基金データ越境移転局面に適用する一般データリスト(試行)」を公布した。同リストにより、臨港新エリアに登記し活動している公募基金管理会社が作成するリサーチレポートの一部(産業リサーチ及びマクロ経済分析)について、中国本土外への越境配信が可能となった。
     
  2. 公募基金を含むデータ越境移転の規制緩和の背景には、近年、顕著になってきた外資の中国投資減少への当局の対応がある。中国におけるデータ越境移転に関する規則は2023年に確立された一方、データ越境移転に必要な事前管理監督手続きは企業のコンプライアンス上の負担となっていた。データ越境移転規制の緩和策は、企業のコンプライアンス負担を減らすことで、外資のビジネス環境を改善し、外資投資誘致の強化を図ろうとするものである。
     
  3. 具体的な緩和手法として、上海FTZをはじめとする各FTZにてポジティブリスト方式(限定列挙方式)またはネガティブリスト方式(禁止・制限以外は原則自由)を採用し、一部のデータ越境移転の事前監督管理手続きを免除する点が挙げられる。また、上海FTZのリストにおいて越境移転が可能となった公募基金データには、海外投資家に配信可能な前述のリサーチレポートに加え、公募基金管理会社の内部管理データも対象となり、母国の親会社との共有が可能になった。
     
  4. 直近の更なる緩和策として、中国人民銀行をはじめとする5つの金融当局は、金融データ越境移転の統一した規則を制定すると表明している。今後、①金融データ越境移転に係る制度整備がFTZから全国へ拡大する可能性、②他業態の金融機関も金融データ越境移転の適用対象機関となる可能性、③個別銘柄レポート等も越境配信される可能性、等の点が、注目されよう。

証券取引所

上場企業数減で変わる証券取引所の役割とその対応-「取引機会多様化」の米国、「質」向上の日本-

林 宏美、西山 賢吾

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要約
 

  1. グローバルな取引所間の競争と再編が起こる過程で、先進国を中心とした証券取引所では、新規公開、増資といった発行市場における「資金調達」の役割が低下し、株式の売買などの流通市場における「取引」の役割がより重視されるようになった。一方で有形無形のコスト負担増等に伴う世界的な上場企業数の減少が見られる中、存在感と競争力を高めるための取り組みが各国の取引所で行われている。
     
  2. 米国では、ニューヨーク証券取引所(NYSE)、Nasdaq、Cboeという三大証券取引所グループに属さない、第三極の証券取引所を設立する動きが複数見られる。投資家のニーズに応えることを追求する会員制組織のメンバーズ取引所(MEMX)、長期志向の企業と長期志向の投資家を結ぶ場を提供するロングターム証券取引所(LTSE)、高頻度取引(HFT)の影響を少なくする工夫をし、公正な取引所を目指すインベスターズ取引所(IEX)等がある。
     
  3. 日本では、東京証券取引所による「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応等に関するお願いについて」の公表や市場区分の見直しなどにより、グローバルな取引所間競争に打ち勝つとともに、日本企業の競争力も高めるという「ウインウイン」の達成に向けた、上場企業の「質」向上に対する働きかけの積極化が注目される。
     
  4. その一方で「ウインウイン」を達成するためには、独自の取り組みを進めている米国、さらにはここまで日本での取り組みにおいて参考としていた英国等、他国の動向にこれまで以上に注意を払いつつ、歩みを進めていく必要があるだろう。

金融イノベーション

AIエージェントの概念と金融分野における取り組み-ウェルス・マネジメントでの利活用のポテンシャル-

坂上 聖奈

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要約
 

  1. 自然言語処理の分野で大規模言語モデルが革新をもたらす中、AIエージェントに注目が集まっている。例えば、モルガン・スタンレーは、2025年から2027年にわたる中長期経営計画で技術戦略の重点領域として、AIエージェントの可能性を取り上げている。
     
  2. AIエージェントは、端的には、自律的に意思決定できるAIモデルである。本稿では、AIエージェントの活用事例として、ムーディーズとコインベースを取り上げる。両社は、事業戦略を背景としてAIエージェントに対するアプローチが異なるが、AIによる自律性を強化すべく取り組みを進めている面では共通しているといえる。
     
  3. ムーディーズは、AIエージェントを既存サービスの高度化に寄与するものと位置づけ、データに基づく意思決定の効率化による顧客体験の向上を提供している。一方、コインベースは、AIエージェントをブロックチェーン上で行われる取引手段として位置づけ、取引の自動化・自律化による顧客体験の向上を図るとともに、経済活動のあり方を変えていく可能性を提示している。
     
  4. AIエージェントは、顧客ニーズの多様化と、属人化していた業務プロセスの見直しや省人化・コスト削減の必要性を背景として、金融機関からの需要が拡大している。ウェルス・マネジメント事業での利活用も有力候補になると思われる。①特定の財務目標を達成するために顧客に最適な投資アドバイスの提供、②カストディ・サービスの高度化、③デジタルアセット取引の拡大に繋げていくことが考えられる。

シンガポールにおける官民連携の金融資産トークン化プロジェクトの進展

北野 陽平

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要約
 

  1. シンガポールでは昨今、シンガポール金融管理局(MAS)主導で2022年に開始された官民連携の金融資産トークン化プロジェクトである「プロジェクト・ガーディアン」が進展している。同プロジェクトの下では、伝統的な金融機関により、債券、資産運用、外国為替の3分野における資産トークン化のユースケースの開発・実験が進められている。
     
  2. MASは2024年11月、プロジェクト・ガーディアンの下で金融業界におけるトークン化の普及を促進すべく、債券と資産運用の各分野におけるトークン化の業界標準や最良慣行等を提供する枠組みを公表した。それらの枠組みは、国際的な業界団体の協力を得て策定され、トークン化のユースケースを拡充させる上で重要と考えられる。
     
  3. 債券のトークン化に関する「ガーディアン・フィクスト・インカム・フレームワーク」では、トークン化のメリット、運用モデル、設計原則、リスク及びリスク低減等が提供されている。ケーススタディの1つとして、レポ取引(買い戻し条件付き売却取引)を用いたクロスボーダーでのトークン化債券の発行が取り上げられており、デジタル資産に関する法律や規制が異なる法域間でも円滑な取引が可能であることが示されている。
     
  4. ファンド持分のトークン化に関する「ガーディアン・ファンド・フレームワーク」でも、トークン化のメリット、運用モデル、リスク等が提供されている。ケーススタディとして、マネー・マーケット・ファンド(MMF)持分トークン化のユースケースが取り上げられているが、既存のプロセスやワークフローの再設計が必要となる可能性も指摘されている。
     
  5. 今後シンガポールが、これまでに実験されてきたユースケースのスケール化に加えて、決済等の時間短縮及びコスト削減やスマートコントラクトによるプロセス自動化以外の追加的なメリットが得られる新たなユースケースの開発を進めることで、金融業界における資産トークン化の普及を実現できるか注目したい。

財政・地方債

個人投資家が支える米国地方債市場

江夏 あかね

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要約
 

  1. 日米の地方債の保有者構成は2024年12月末時点で、日本(証券分)では金融機関が全体の約8割を占める一方、米国では家計が全体の半分弱、ファンドが3割弱を占めるといった対照的な状況となっている。これは、日米の金融市場の構造や税制の違いが主因と考えられるが、発行体による個人投資家に対する優先販売の仕組みや地方債市場のインフラの存在等も、米国における個人投資家層の存在感を下支えしているとみられる。
     
  2. 個人投資家は、(1)証券会社から直接購入、(2)ファンド(ミューチュアル・ファンド、上場投資信託〔ETF〕)を通じて投資、といった方法により、米国地方債を保有することができる。証券会社は、米国地方債を購入する個人投資家に対して、主に、(1)ブローカレッジ口座、(2)アドバイザリー口座、(3)SMA(Separately Managed Account)等の管理口座、といった3つのサービスを提供している。
     
  3. 米国の地方公共団体は、投資家層の多様化等を目的として、個人投資家に対して地方債の優先販売を行うことがある。米国地方債市場の自主規制機関である地方債規則制定委員会(MSRB)では、証券会社が個人投資家向けの注文期間を公正かつ秩序ある方法で、発行体が意図する形の個人投資家による参加を実現すべく、各種規則を設けている。
     
  4. 米国地方債市場の主なインフラとしては、情報開示制度・仕組み及び地方債格付け等がある。これらは個人投資家向けに特化したものではないが、個人投資家が中心といった投資家構成も背景に整備・運営されており、市場のインフラとして米国地方債市場に根付いている。
     
  5. 今後も同市場における地方債の円滑消化に向けて、個人を含めた投資家を支援する仕組みの構築や様々な取り組みが進められると想定される。

中国関係当局の地方隠れ債務問題処理への取り組みと評価

関根 栄一

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要約
 

  1. 2024年7月に開催された中国共産党第20期中央委員会第3回全体会議(いわゆる「3中全会」)において、2029年まで実施期間を5年間と区切った改革プランが採択された。財政分野でも、中央政府と地方政府の関係を見直す方針が盛り込まれた。
     
  2. 中国の財政のうち、(日本の一般会計に相当する)一般公共予算の2024年の財政収入伸び率を見ると、新型コロナウィルスが世界的に流行した2020年以来のマイナスが年初から続いた。(日本の特別会計に相当する)政府性基金予算では、2022年以降、地方政府の土地使用権売却収入の大幅減が続いており、2024年は財政赤字に計上されない超長期特別国債の発行を通じて不足財源が賄われた。
     
  3. 第20期3中全会の改革プランでは、地方債務問題について、①隠れ債務を含む全ての地方債務のモニタリング及び管理監督システムを整備する、②隠れ債務リスクの発生防止及び解消に向けた長期的に有効な枠組みを構築する、③地方政府融資平台公司(LGFV)の改革及びモデル転換を加速する、との方針が盛り込まれた。
     
  4. 中国の2023年末時点の地方債の発行残高は40兆7,373億元(対GDP比で32.3%)で、中央債務を含めた政府債務残高は70兆7,598億元(同56.1%)と、国際的な警戒ラインの6割を下回っている。一方、国際通貨基金によると、LGFV残高(60兆元)を含む広義の政府債務残高は同時点で145.9兆元(同116.2%)と、国際的な警戒ラインの6割を超えている。
     
  5. 加えて、2023年末時点の地方の隠れ債務残高は14兆3,000億元に達しており、そのうち12兆元を2028年までに法定債務への借換等によって一括して整理・解消する方針が2024年11月8日に財政部から公表された。今後、地方での個別処理を含むLGFV改革とともに、地方特別債発行管理制度の最適化・整備、新たな財源としての資産課税制度の整備、超長期国債の発行が継続されるのであれば国債市場改革との連動、特別国債の発行を通じた金融面でのセーフティネットの整備が求められていくと言えよう。

税・会計制度

有価証券報告書の定時株主総会前提出をめぐる論点-基準日の柔軟化と法定開示書類の一体開示-

板津 直孝

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要約
 

  1. 金融庁は、2024年8月に公表した「2024事務年度金融行政方針」において、金融資本市場の機能向上の一環として、企業と投資家の建設的な対話の促進に向けて、有価証券報告書の定時株主総会前の開示の環境整備について、検討を進めるとした。
     
  2. 有価証券報告書の定時株主総会前の開示は、現行法上、既に可能となっている。しかし、日本の上場企業の多くは、欧米諸国と比較して、決算日から定時株主総会までの期間が短いことから、定時株主総会後に有価証券報告書を財務局長へ提出している。
     
  3. 旧商法に基づく利益処分の考え方などが実務慣行として続いているが、上場企業の多くは決算日を議決権行使基準日及び配当基準日として設定していることから、定時株主総会を決算日から3か月以内に開催する必要がある。しかし、2005年6月の会社法制定などにより、基準日を決算日とする必然性はなくなり、技術的には議決権行使基準日を決算日より後ろ倒しすることで、有価証券報告書提出後に定時株主総会を開催することが無理なく実現できる。
     
  4. 有価証券報告書の早期提出が困難なもうひとつの理由として、事業報告等と有価証券報告書の一元化が進展していないことがある。1つの法定開示書類である「有価証券報告書兼事業報告書」を作成して、定時株主総会前に一体開示することは、現行法下で既に可能である。
     
  5. 事業報告等と有価証券報告書の一体開示を企業の決算プロセスに定着させるとともに、議決権行使基準日を決算日より後ろ倒しすれば、有価証券報告書兼事業報告書を定時株主総会の概ね1か月以上前に、無理なくかつ効率的に提出できると思われる。日本の上場企業は、財務報告プロセスをグローバルな水準に揃えるためにも、議決権行使基準日の柔軟化や事業報告等と有価証券報告書の一体開示について、まずは検討を始めることが重要である。

グローバル・ミニマム課税に対応するシンガポール-外国企業誘致の確保と国際最低税率の両立-

板津 直孝

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要約
 

  1. シンガポールは、2024年10月、経済協力開発機構(OECD)が主導する「グローバル・ミニマム課税」を導入した。同課税は、一定規模の多国籍企業を対象に、国際最低税率15%の課税を確保する。
     
  2. シンガポールには適用対象となる多国籍企業が約1,800社あり、その大半の実効税率は、複数の税制優遇措置により国際最低税率を下回ることが予想される。国際最低税率に対する不足税額は、新たに課税されることになるため、シンガポールが外国企業を誘致するべく講じた、既存の税制優遇措置の政策効果は減殺される。それにも関わらず、シンガポールは、国際課税改革の方向性に協調するとともに、他のASEAN諸国に先駆けて、外国企業誘致政策と一見相反するグローバル・ミニマム課税との両立を図り始めた。
     
  3. グローバル・ミニマム課税は、法人税基盤をシフトさせるだけの有害な税制優遇措置を牽制するが、経済的実質を備えた海外進出企業や還付可能な税制優遇措置に対しては、国際最低税率未満の軽課税を認めている。シンガポールはこの点に注目し、2024年3月、新たな還付可能投資税額控除(RIC)を導入した。RICの導入は、多額の現金還付による財政負担を伴うが、高い信用格付けを維持するシンガポールの財政力を反映し、実施可能となっている。
     
  4. シンガポールは、外国企業誘致の確保と国際最低税率の両立を図っている。一定規模の多国籍企業は、シンガポールに所在するグループ企業が現在適用を受けている税制優遇措置の今後の取扱いに加えて、軽課税が認められる同企業の経済的実質要件について、グローバル・ミニマム課税による影響を検証することが重要となっている。

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