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時流

SDGsの限界と展望

東洋大学大学院 教授 公民連携専攻長 根本 祐二

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要約
 

新型コロナウイルス感染拡大やロシアによるウクライナ侵攻により、Sustainable Development Goals(SDGs)の中の健康・平和といった目標が大きな影響を受けている。東洋大学では、2022年11月に第17回国際PPPフォーラム「SDGsの限界と展望」を開催し、SDGsを普遍的なものとするための制度的な革新や、リスク発生に備えた事前対応計画の重要性などを議論した。また、同フォーラム終了後に学生向けにアンケートを実施したところ、総じていえば、SDGsに対して肯定的であり、自分で行動したいと考える人が半数を占める一方、国家間の利害対立から実現困難とする見方も3割を占めた。また、企業・自治体による取り組みを「ファッション」と捉えている人は9割以上となった。若者はクールに捉えているとともに、大人の責任が問われていると言える。

「ネット炭素税」による最適ポートフォリオの再構築とグリーンボンド

慶應義塾大学経済学部 名誉教授 吉野 直行

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要約
 

環境問題、グリーンボンド、環境・社会・ガバナンス(ESG)投資など、活発な議論が行われている。現状のグリーンボンドの定義では、資産配分の歪みを発生させる可能性を指摘し、「ネット炭素税」により資産配分の最適化がなされることを説明し、中央銀行の中立性を維持するためには、従来のような国債購入による金融調節が望ましいことを述べたい。

サステナビリティ情報の法定開示-分析(Analysis)と統合(Synthesis)-

東京都立大学大学院 経営学研究科 教授 松田 千恵子

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要約
 

サステナビリティ情報の開示が、2023年3月31日以後に終了する事業年度から届け出される有価証券報告書及び有価証券届出書の記載事項の変更として義務化される。しかし、記載事項の内容についてはまだ十分に理解が深まっていないようにも思われる。また、要請されている事項について形式的な対応に留まってしまえば、企業と投資家との間の建設的な対話に資することも無いだろう。本稿では、義務化の内容を概観しつつ、開示情報をより分析(Analysis)する必要性、および企業の将来像として統合(Synthesis)してみる必要性のそれぞれについて考察する。

ルールを編み出すEUと気候変動対策

関西大学 商学部 教授 高屋 定美

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要約
 

欧州連合(EU)加盟国は、ロシアによるウクライナ侵攻の影響を受け、エネルギー問題が一挙に吹き出している。それまでEUは欧州グリーンディールを軸に新型コロナ感染拡大からの経済回復が期待されていた。侵攻後、EUでの従来のエネルギーへの依存を低めることが優先課題となってはいるものの、移行期のエネルギーをどのように調達するのかが最優先課題でもある。はたしてEUの脱炭素社会への移行という壮大な構想が今後、実現可能となるのか、2023年はその岐路と位置づけられる。また、EUは気候変動対策においてルールメイカーとしての役割を担おうとしているものの、原子力や天然ガスをブラウン産業としなかったことが、このルールへの信頼を揺るがしかねない。今後、この信頼が維持されるのか注視する必要がある。

IPCC報告書と環境ファイナンス-求められる社会システムの変革-

国立研究開発法人森林研究・整備機構 森林総合研究所 主任研究員 森田 香菜子

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要約
 

2022年4月に発表され、気候変動に関する最新の科学的知見をまとめた、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第6次評価報告書の第三作業部会(気候変動の緩和)は、気候変動の緩和策だけでなく、気候変動への適応策や持続可能な開発との関係も記述としており、世界全体の平均気温上昇を産業革命以前に比べて1.5℃に抑える努力を求める「1.5℃目標」に向けた大幅な温室効果ガス排出削減とそのための社会システム変革の必要性について記述している。本原稿では投資とファイナンス章を含めIPCC新報告書のメッセージについて紹介する。

気候変動及び脱プラスチックによる世界経済の変化

杏林大学総合政策学部 教授 斉藤 崇

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要約
 

近年、気候変動や海洋プラスチック問題への関心の高まりを背景として、国内外でさまざまな取り組みが強化されてきている。こうした取り組みにおいて、欧州連合(EU)の存在が重要性を増してきている。EUの環境政策や関連する概念・ルールなどが、結果的にグローバルスタンダードになる状況も見られている。EUでは、環境政策を経済政策や産業政策として位置付けているところもあり、そうした総合的な観点からの取り組みが重要になってきている。気候変動や脱プラスチックへの取り組みを進めることは、化石燃料の利用のあり方を大きく変える可能性がある。そのことは、従来の産業構造や、世界経済及び国際貿易等にも、大きな変化をもたらしうるものであり、そうした世界経済の変化に向けた準備が必要となってきている。

マレーシアにおける環境・社会・ガバナンス(ESG)投資-課題と機会-

マレーシア資本市場研究所(ICMR)アソシエイト・ディレクター ゴピ・クリシュナン K.K ヴィジャヤラガヴァン
マレーシア資本市場研究所(ICMR)データ・アナリスト ジュリアナ・ロスラン

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要約
 

新型コロナウイルス感染症のパンデミック下で、各国政府はサステナビリティ関連の成長戦略を見直す機会を得ることになった。マレーシアではPerkukuh Pelaburan Rakyat (PERKUKUH)イニシアティブが導入され、政府系の投資会社や政府系企業(GLC)や政府系投資会社(GLIC)の投資判断及び政策決定プロセスに的を絞ってESGの原則を取り入れる方針が打ち出された。その一方で、ESGの実務導入に際してさまざまなステークホルダーが段階的なアプローチを採用した結果、対応の進捗状況(報告ベース)にギャップが生じていることが、業界関係者との話し合いを通じて判明した。このギャップは、グローバル・ネットワークの存在やサステナビリティ報告の複雑性などの要因によって、さらに拡大することになった。また、サステナビリティへの移行に際して、関連するコストとリスクが阻害要因となってきた。その一方で、国内にサステナブル資産が存在しないことに対する懸念の声が、ステークホルダーの間で聞かれている。そうは言っても、企業が市場において存在感と競争力を維持するために、サステナビリティへの移行は欠かせないものとなっている。機会は非常に大きいとは言え、すべての当事者は潜在的な移行リスクを認識しなければならない。円滑な移行に向けて、明確な政策の方向性、スケジュール、意識向上プログラムが求められる。

(本内容は参考和訳であり、原文〔Original〕と内容に差異がある場合は、原文が優先されます。)
 

原文(Original)

Environmental, Social and Governance (ESG) Investment in Malaysia: Challenges and Opportunities

Gopi Krishnan K.K. Vijayaraghavan, Associate Director, Institute for Capital Market Research Malaysia
Julianna Roslan, Data Analyst, Institute for Capital Market Research Malaysia


Covid-19 provided an opportunity for countries to realign their growth strategies towards sustainability. Malaysia has undertaken the Perkukuh Pelaburan Rakyat (PERKUKUH) initiative, which emphasises on embedding ESG principles specifically focusing on the GLCs (Government Linked Companies) and GLICs (Government Linked Investment Companies) as well as at a government policy level. However, discussions with industry players revealed that the various stakeholders had taken a phased approach towards integrating ESG into their practices, creating a gap in the level of readiness reported. The gap was widened by factors including the existence of global networks and complexity of sustainability reporting. Transition costs and risks have also acted as hindrances to moving towards sustainability. Meanwhile, stakeholders voiced concerns regarding a lack of domestic sustainable assets. Nonetheless, the transition towards sustainability has become a necessity for businesses to remain relevant and competitive in the market. Opportunities abound, but all parties must be aware of the potential transition risks. Clear policy direction, timeline and awareness programmes are necessary to ensure seamless transition. 

サステナブル・ファイナンスの次の局面

ノムラ・インターナショナル 野村グループ・サステナビリティ・ストラテジー マネージング・ディレクター アンドリュー・ボウリー

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要約
 

2022年は、環境・社会・ガバナンス(ESG)とサステナビリティのテーマにとって困難な年となり、過去2年間に醸成された楽観的な見方が後退した。しかし、近年、このテーマのモメンタムを保つのに十分な進展が見られ、注目度は依然として高い。
 

現在のESGの位置付けを理解するために、本稿では3つの主要な分野について考察する。最初は、国際連合気候変動枠組条約第27回締約国会議(COP27)と、戦争および関連するエネルギー危機を背景とするより広範な政治力学である。次に、ネットゼロ目標へのコミットメントに関連するメッセージと高まる苦境に注目する。最後に、ESG規制と会計要件の世界的な状況の進展に目を向ける。

(本内容は参考和訳であり、原文〔Original〕と内容に差異がある場合は、原文が優先されます。)

原文(Original)

Next Phase of Sustainable Finance

Andrew Bowley, Managing Director, Nomura Group Sustainability Strategy, Nomura International Plc

 

2022 was a challenging year for the themes of environmental, social, and governance (ESG) and Sustainability, and optimism generated during the previous two years has been knocked back. However, sufficient progress has been made on this topic in recent years to keep momentum, and focus remains high.
 

In order to help understand where ESG now sits, we consider three key areas: Firstly Conference of the Parties 27 (COP27), and the broader political dynamics under war and the related energy crisis. Secondly we look at the messaging and growing nerves in relation to Net Zero commitments. Lastly we take a look at the developing global landscape for ESG regulations and accounting requirements.

ガバナンスの一環としてのサプライチェーンマネジメント-企業価値向上のために不可欠な経営戦略へ-

野村證券 エクイティ・リサーチ部 ESGチームヘッド 若生 寿一

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要約
 

サプライチェーン(供給網)の効率化を目指すサプライチェーンマネジメント(SCM)は、コロナ禍と地政学的リスクの顕在化も経て、意味合いが変わってきた。SCMを通じた効率的な製品やサービスの供給はもとより、着実にScope3の温室効果ガス(GHG)削減が進められ、人権リスクへの対処もスムーズに行われることなどにより、安定した企業経営が継続できれば、企業に対する評価も高まりやすくなる。その意味では、SCMは企業価値向上のために不可欠な経営戦略と位置付けられるのではないだろうか。

特集1:金融機関のサステナビリティ経営の焦点

重要性の概念が異なるGHGプロトコルとPCAF-投資先のGHG排出量を開示する目的の明確化が重要-

板津 直孝

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要約
 

  1. 投資先の温室効果ガス(GHG)排出量は、一般的に、金融機関における総排出量の最大の構成要素になることから、金融機関は「GHGプロトコル」に基づき、投資先の排出量の測定及び開示を進めている。近年、「金融向け炭素会計パートナーシップ(PCAF)」が同基準を補完する目的として新たな基準を公表したが、同基準の重要性の概念は特徴的である。
     
  2. 金融機関が「GHGプロトコル」を適用する目的は、原則として、気候関連のリスク及び機会が中長期的に投資先の財務に及ぼす影響を把握し、金融機関のバランスシート上の炭素関連資産の集中度に関する理解を深めることにある。一方でPCAFは、投資先の排出量が、金融機関の財務に及ぼす影響だけではなく、環境に与えるインパクトも重視しており、財務上の重要性と環境上の重要性の両方を重視する、ダブル・マテリアリティの概念を採用していると言える。
     
  3. 金融機関がGHGプロトコルとPCAFの基準のいずれかを適用するに当たって考慮すべき点は、開示媒体に適用されるサステナビリティ関連の開示基準との適合性である。有価証券報告書において適用が予定されている「IFRSサステナビリティ開示基準」に対しては、GHGプロトコルとの適合性が高い。一方、「企業サステナビリティ報告指令(CSRD)」が年次報告書のマネジメントレポートにおいて適用基準と定める「EUサステナビリティ報告基準」に対しては、PCAFが適合する。
     
  4. 金融機関は、投資先のGHG排出量を測定及び開示するに当たって、開示媒体における排出量の開示目的を明確にすることが重要となる。

気候関連金融リスクの監督・規制の現状と課題-政策ツールの開発における初期的な知見-

小立 敬

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要約
 

  1. 気候関連金融リスクが金融機関の健全性や金融システムの安定に与える影響について国際的な関心が高まっており、金融機関がどのように気候関連金融リスクを把握し管理するかがプルーデンス監督・規制上の重要な課題となりつつある。
     
  2. 国際基準設定者は、国際基準の中で気候関連金融リスクを対象とする際に生じるギャップについて分析を始めた。各法域の監督・規制当局も能力構築とともに、気候関連金融リスクに対する監督・規制政策の整備に向けた検討を進めており、金融機関のリスク管理やガバナンスに対して監督上の期待を提示するようになっている。
     
  3. 監督当局や金融機関は、気候関連金融リスクの測定とその影響を評価するためのツールの開発に取り組んでいる一方、政策ツールの開発は初期段階にある。特にシナリオ分析やストレス・テストは、リスク・エクスポージャーまたは物理的リスクや移行リスクが金融機関や金融システムに与える影響について初期的な特定・評価を可能にしており、気候関連金融リスクを把握するための主なツールとして各法域で幅広く利用されている。
     
  4. 気候関連金融リスクへの対応は今後、リスク管理手法や政策ツールの開発を含め日進月歩で進んでいくことが予想される。「2050カーボンニュートラル」を宣言する日本としても、気候関連金融リスクへの対応を図っていくことは、金融当局や金融機関にとって不可欠の課題であろう。

特集2:米国におけるESGの潮流

米国年金プランのESG投資を巡る政策-ESGファンド事業に伴う政治的リスクの増大-

岡田 功太、中村 美江奈

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要約
 

  1. 近年、米国では、年金プランによるESG(環境、社会、ガバナンス)投資に係る政策に注目が集まっている。連邦レベルでは、米労働省が企業年金プランによるESGファンド投資の促進を目的とした規則(ESG投資規則)を策定した。しかし、米国では、過去に政権交代が実現する度に、同プランによるESG投資に係る政策が見直されてきたことを踏まえると、ESG投資規則も将来的に見直される可能性がある。
     
  2. 州レベルでは、ブルー・ステート(民主党寄り)で公務員年金プランによるESG投資促進策を公表する動きがある一方、レッド・ステート(共和党寄り)では同プランによるESG投資を事実上禁止する法律(反ESG投資法)を成立させる動きがある。そうした中、ESG投資へのコミットメントを明示してきたブラックロックが、一部のレッド・ステートの州政府から公務員年金プランとの取引禁止対象に指定されるような動きも出ている。
     
  3. 日本の年金基金にとっても、投資プロセスにおけるESG要素の考慮が加入者の最善利益に適うのか否かをめぐる米国の議論は参考になろう。日本の資産運用会社のESGファンド事業の戦略も併せて、米国における今後の展開が注目される。

ESG/SDGs

インパクト投資の国際的な潮流-受託者責任とインパクト測定に有用な枠組み-

板津 直孝

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要約
 

  1. 投資収益の確保に止まらず、環境的・社会的課題の解決を目指す「インパクト投資」に高い関心が寄せられている。
     
  2. インパクト投資は、市場競争力のある経済的リターンを生みながらも、環境や社会の課題解決を図る投資スタイル(ESG投資の一部と重なる)から、環境や社会へのポジティブな変化をより重視することで、マーケットレートよりも低い経済的リターンを許容する、一般的な寄付に近い投資スタイルまで多岐にわたる。インパクト投資には、受益者の経済的利益以外の要素を重視する投資スタイルが含まれることから、機関投資は、インパクト投資に当たって、受託者責任の観点から投資スタイルの見極めが重要となる。
     
  3. 投資スタイルを整理し、投資の意思決定に環境的・社会的インパクトを考慮する上で基礎となるのが、投資先が開示するサステナビリティ報告である。サステナビリティ報告に採用される枠組みは、環境的・社会的インパクトと企業の財務インパクトの焦点の当て方によって、設計思想が異なる。サステナビリティ報告は多様化してきたが、異なるインパクトの概念に従って、受託者責任の規律化において有用な「IFRSサステナビリティ開示基準」と、インパクト投資全般に有用な「EUサステナビリティ報告基準」の2つの国際的な基準に集約しつつある。
     
  4. 両枠組みでは基準の最終化に向けて、サステナビリティ要因ごとのインパクト測定に有用な定性的及び定量的な指標と、特定の金融セクターに対する、環境的・社会的インパクトを投資戦略へ組込む上で参考になる、開示項目と指標の策定を進めている。

近年浮上した生物多様性ファンド設定の動き-生物多様性関連データ整備やツール拡充が必須-

林 宏美、松永 典子(NHIサステナビリティ推進室)

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要約
 

  1. 2022年12月に採択された、生物多様性のグローバルな目標である「昆明・モントリオール2030年目標」において、金融機関による生物多様性へのリスク、依存度、影響の評価・開示を求める目標が盛り込まれたことで、生物多様性への取り組みの本格化が期待される。
     
  2. 近年、相次いで設定された生物多様性や自然資本に焦点を当てたファンドを概観すると、以下の特徴が挙げられる。第一に、ファンドに組み込む銘柄を生物多様性や自然の観点による基準に絞って選定したファンドが多い点、第二に、ファンド設定前から、生物多様性の課題に取り組み、ファンド運用の素地を予め整備している点、第三に、自然資本関連の専門機関との連携である。第三の専門機関には、企業の生物多様性フットプリント(CBF)を算出するツールを提供するアイスバーグ・データ・ラボ(IDL)や金融機関用の生物多様性フットプリント(BFFI)、世界自然保護基金(WWF)等がある。
     
  3. 生物多様性ファンドの活用が進むためには、自然にもたらすインパクトを計測し、包括的かつ標準的な開示を可能とするツール、ならびに企業によるデータの整備が進展することが求められる。
     
  4. 「昆明・モントリオール2030年目標」の採択を受け、2023年は生物多様性ファンドの設定・運用をめぐる環境整備が後押しされる流れとなる可能性も出ており、今後の展開が注目される。

健康経営がもたらす効果と市場評価の改善の好循環-国内企業の健康経営への取り組みの現状と課題-

富永 健司

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要約
 

  1. 昨今、企業経営において、従業員等の健康管理を経営的な視点で考え、戦略的に実践する経営手法である健康経営の重要性が高まっている。健康経営は、2022年6月に閣議決定された、「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」においても人への投資に係る柱の中に位置づけられた。
     
  2. 健康経営を通じて、個人の生活習慣の改善が図られると共に、業務パフォーマンスを向上させる効果が期待されている。また、企業が従業員の健康増進・活力向上に取り組むことは、医療費の適正化、生産性の向上、さらに企業イメージの向上にもつながり得る。
     
  3. 企業による健康経営の取り組みを評価・調査する枠組みとして、企業の環境・社会・ガバナンス(ESG)に係る取り組みをスコアや格付で評価するESG評価や、経済産業省による健康経営度調査が挙げられる。
     
  4. 企業による健康経営への取り組みは、新型コロナウイルス感染症の感染拡大を契機として、ESG投資の観点からも注目度が高まっており、機関投資家等が従業員の健康・安全を重視する動きがでている。
     
  5. 高齢化が進展する日本において、企業が健康投資により従業員の健康増進・活力向上を促すことは、究極的には国民の健康寿命の延伸にもつながる社会的意義のある取り組みである。投資家の関心も高まる中、健康経営を通じた従業員のパフォーマンスや人材定着率の向上等が、市場における評価の改善につながるという好循環も期待される。

2022年6月株主総会議決権行使結果と今後の注目点-不祥事とサステナビリティへの高い関心-

西山 賢吾

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要約
 

  1. 2022年6月に開催された株主総会では、全体的には大きな波乱は見られなかったものの、不祥事が発生した企業や、取締役の構成(社外取締役の数や女性取締役の設置)が投資家の要請する基準を満たさない企業の会長や社長など経営トップの取締役選任議案で、賛成率が50%台や60%台に留まる事例が2021年に比べ増加した。
     
  2. 近年注目されている環境関連の株主提案については、その多くで賛成率が20%程度に達しており、概ね一定の賛同が集まったと考えられる。その一方で、ウクライナ情勢やエネルギー価格の高騰などを受け、さらに一段水準の高い環境への対応を求める環境関連団体等の株主提案側と、企業価値や投資収益への影響する機関投資家との間で意見の相違も見られ、賛成率は伸び悩んだように見受けられる。
     
  3. 個人投資家の議決権行使においては、議決権行使への関心の高まりと、保有先企業へのロイヤルティの高さという近年見られる傾向には大きな変化はなかった。
     
  4. 今後の議決権行使を巡る注目点としては、(1)取締役の構成(社外取締役の増員、女性取締役の設置)、(2)政策保有株式に対する数値基準導入拡大の動き、(3)投資家を中心とした、環境などサステナビリティ関連の開示や説明の拡充への要請、(4)「ウィズコロナ」や「アフターコロナ」を受けた企業の保有する現預金の使途(キャッシュのアロケーション)に対する投資家の関心の高まり、などを挙げることができるであろう。

2022年は個人投資家のESG、ESG投資への関心の高まりに一巡感-若年層や短期志向投資家では関心が高まる-

西山 賢吾

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要約
 

  1. 野村證券が実施した日本の個人投資家に対するESG(環境、社会、ガバナンス)、ESG投資に関するアンケート調査(2022年12月公表)の結果を見ると、『この1年でESG投資を重視するようになった』と回答割合が前回調査(2021年12月)の38.8%から36.5%に低下した。また企業のESGへの取り組みに対する質問では、「関心がある」との回答割合が前回の53.3%から47.5%に低下する一方、「関心がない」は40.6%から45.8%に上昇した。
     
  2. 他方、ESG投資と投資収益率に関する質問では、『投資収益率が重要なのでESG要因を考慮する必要はない』との回答割合が前回の7.2%から13.5%に上昇する一方、『投資収益率が重要ではあるが、ESG要因もある程度考慮する必要がある』との回答割合は51.2%から45.7%に、『投資収益率以上にESG要因を考慮する必要がある』も20.9%から19.2%に、それぞれ低下した。さらに、ESG関連金融商品への関心についての質問では、『ESGに関連した金融商品に関心はない』との回答割合が38.5%から40.6%に上昇した。
     
  3. 個人投資家のESG、ESG投資に対する関心はこれまで漸進的に高まってきたが、今回の調査結果からは一巡感がうかがえる。背景要因として、地政学上の問題やエネルギー価格の高騰などが影響した可能性が考えられる。その一方で、過去当該調査では相対的にESG、ESG投資に対する関心の低かった若年層(39歳以下)や短期志向の投資家において、ESG投資への重視度合いや企業のESG活動への関心が高まるという新しい動きも見られている。今後個人投資家へESG、ESG投資の一段の浸透を図る上では、彼らへの訴求がこれまで以上に重要であると考えられる。

2023年度地方債計画-世界初のグリーン共同発行地方債発行と起債運営に向けた論点-

江夏 あかね

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要約
 

  1. 2023年度地方債計画や地方財政対策では、財政健全化の継続が示されるとともに、地域の脱炭素化の推進についても重層的に施策が掲げられた。特に、2023年度後半に10年債として発行予定である地方団体におけるグリーンボンドの共同発行は、世界初のグリーン共同発行地方債発行になる可能性がある。
     
  2. 2023年度の地方債市場を見据えると、国内金利の動向を含めて金融市場環境の先行きを見通すのが難しい状況が続くとみられる。このような中、2023年度の起債運営に向けた全体の論点としては、柔軟性の確保や投資家への丁寧な対応が挙げられる。グリーン共同発行地方債を含めた持続可能な開発目標(SDGs)への貢献を意図した債券(SDGs債)における起債運営の論点としては、SDGs債としての主目的を軸にした資金調達がカギになり得る。
     
  3. 特に、SDGs債の発行に当たっては、主目的である地域課題を軸に据えた起債運営が大切と言える。投資家が着目する可能性のある論点(地域のマテリアリティ〔重要課題〕への焦点、インパクトの追求及び開示、追加性の創出)を把握し、適切に対応することが求められる。加えて、財投機関、事業会社、金融機関等の地方公共団体以外によるSDGs債にも投資している投資家からも賛同を得られるように、各発行体による持続可能な社会の実現に向けた取り組みを把握し、必要に応じて対応を行うことが重要である。

香港取引所によるカーボンクレジット市場の創設-グレーターベイエリア統合カーボン市場構築への一歩-

北野 陽平

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要約
 

  1. アジアを代表する国際金融センターの1つである香港では、2022年10月28日にカーボン(炭素)クレジット市場が創設された。香港は、グリーンファイナンスの域内ハブになる目標を掲げており、グリーンファイナンスの促進に向けた様々な取り組みを進めている。今般、香港取引所が「コア・クライメート(Core Climate)」と呼ばれるボランタリー(自主的な)カーボンクレジット市場を創設したのは、その一環である。
     
  2. コア・クライメートは、カーボンクレジットをワンストップで調達、保有、売買、決済、無効化する機会を提供する。主な参加者には、中国企業、香港上場企業、多国籍企業、金融機関が含まれる。当該市場で取引されるカーボンクレジットは、世界中の森林や再生可能エネルギー発電プロジェクト等から創出され、国際的な認証基準に基づいて発行されたものである。
     
  3. コア・クライメートでは、カーボンクレジットの現物取引のみ行われているが、今後、カーボンクレジットに連動する指数や上場投資信託(ETF)が開発される可能性が示唆されている。もしそうした指数やETFが導入された場合、伝統的な資産運用会社を含む新たな参加者の参入につながると考えられる。他方、カーボンクレジット取引は香港証券先物条例の下で明確に規制されておらず、今後の規制動向に留意することが求められる。
     
  4. 香港は、広東省9都市、マカオとともにグレーターベイエリア(粤港澳大湾区)という経済圏を構成しており、グレーターベイエリア統合カーボン市場の構築に向けて、中国本土との連携を強化する方針である。香港のカーボンクレジット市場は、先行して開始されたシンガポールのカーボンクレジット市場と一定の競合関係にあると言えるものの、参加者の棲み分けや政府の政策の違いを踏まえると、各市場が独自の経路を辿って発展していく可能性が考えられよう。

少子高齢化が加速する中国-日本との比較を中心に-

関 志雄

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要約
 

  1. 中国では、一人っ子政策の実施などにより出生率が長期にわたって低下している一方で、平均寿命が延びていることを受けて、少子高齢化が進んでいる。日本は中国より一歩先に少子高齢化の段階に入っており、2020年の中国の人口の年齢構成は1990年前後の日本に近い。日本の経験が示しているように、少子高齢化は労働力の減少と貯蓄率(引いては投資率)の低下を通じて成長率を抑える要因となる。成長率を維持するためには、出生率と労働参加率に加え、生産性を高めることが求められる。
     
  2. 出生率と労働参加率の向上について、日本は出産奨励や、定年延長、そして女性の雇用促進に努めてきた。その中で、出産奨励は出生率の低下に歯止めをかけるに至っていないが、女性の雇用促進と定年延長は一定の効果を上げている。一方、中国では女性の労働参加率がすでに高く、それ以上上昇する余地が限られており、産児制限の緩和と定年延長が労働力不足を解消するための最も重要な政策手段となる。
     
  3. 生産性の向上については、イノベーションの加速と産業の高度化がカギとなるが、日本の場合、構造改革が挫折した結果、経済の低迷は長引いている。日本の轍を踏まないために、中国は更なる改革開放を進め、民営企業の活力を生かすと同時に、海外からの技術導入を通じて、後発の優位性を発揮しなければならない。

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