「要約を見る」では論文の要約を、「全文PDF」では論文の全文をPDFで閲覧できます。

時流

就職氷河期世代がこれから直面する問題

東京大学社会科学研究所 教授 近藤 絢子

要約を見る要約を閉じる

要約

就職氷河期世代以降の世代は、若年期に非正規雇用が多く収入が低い状態が長く続いた。中には親に経済的に依存している者も少なからずおり、親が高齢となり頼れなくなれば生活が困窮するリスクがある。また、若年期に無業や非正規雇用が長く厚生年金に入れなかった期間が長ければその分年金給付が少なくなるため、高齢期の生活に不安がある者も多い。さらに雇用や収入が不安定な者ほど介護と仕事の両立に困難を抱えやすいという問題もある。こうした問題には従来の就労支援だけでは対処できず、介護保険を含む社会保障の拡充による対応が求められる。

特別寄稿

日本国債を巡る制度の変遷とそのインプリケーション-市場機能の発展と今後-

野村資本市場研究所 研究理事 齋藤 通雄

要約を見る要約を閉じる

要約
 

  1. 第二次世界大戦後の日本は、非募債主義を原則とする財政法の下、国債発行を行わずに財政運営をスタートしたが、1965年度に転機を迎えた。それから約60年に及ぶ国債発行の歴史を振り返ると、大きく4つの期間に分けて整理することができるように思われる。
     
  2. 第I期は、国債発行が始まった1965年度から1974年度までで、財政法第4条に基づく建設国債の発行が中心だった期間である。この間に、国債の発行方式として、募集取扱及び引受を行うシンジケート団による、シ団引受が確立するとともに、償還方式として、今日まで続く60年償還ルールが整備された。
     
  3. 第II期は、1975年度から1997年度までである。この期間においては、特例法に基づく赤字国債の発行を余儀なくされ(途中バブル期には赤字国債から一時脱却したが)、国債発行額が増大するとともに、その円滑な消化を図るため、新たな発行方式として公募入札等が導入され、年限の多様化も進展した。また、引受金融機関に要請されていた国債の売却自粛要請が緩和されるなど、流通市場の発展も進んだ。
     
  4. 第III期は、1998年度から2012年度までで、国債管理政策が市場機能重視に大きく舵を切った期間である。発行方式として、主要先進国と同様のプライマリー・ディーラー制度が導入され、シ団引受は廃止された。また、即時銘柄統合方式の導入や流動性供給入札の導入など、流通市場での流動性を意識した発行が進んだ。さらには、5年債、30年債等の導入により、発行の軸となる年限構成が主要国と同様となり、非居住者向け非課税制度も整備されるなど、発行・流通全般にわたりグローバル・スタンダードに即した制度が整えられた。
     
  5. 第IV期は2013年度以降で、金融政策の転換により、国債市場における日本銀行の存在感が極めて大きくなるとともに、流動性が低下したり、イールドカーブが歪んだりといった事象も発生した。
     
  6. 2024年後半は、金融政策の再転換に伴い、第Ⅳ期がまさに出口を迎えている。日本銀行に替わる国債の買い手となるのは誰か、流動性の回復や金利形成がどのように進むのか、市場の安定を維持できるかなど、引き続き注視していく必要がある。

特集1:ウェルス・マネジメントの方向性

ウェルス・マネジメント業界のインフラを目指すエンベストネット

橋口 達

要約を見る要約を閉じる

要約
 

  1. エンベストネット・インク(以下、エンベストネット)は、ファイナンシャル・アドバイザー(以下、FA)に対して、顧客投資家に投資アドバイスを行うために必要となるツールの提供や、外部の運用商品・サービスの発掘や精査などを通じて、リソースの少ない独立型FAが容易に投資一任サービスを顧客に提供することを可能にしたり、FAが所属する金融機関のミドル/バック・オフィス業務を効率化、代行したりする金融サービス会社である。
     
  2. エンベストネットは、FAが大手証券会社を退職して独立型FAを立ち上げるという構造的変化に事業機会を感じ取った大手資産運用会社の出身者により創業された。現在では、大手金融機関を含む11万人以上のFAにサービスを提供している。FAは、エンベストネットを利用することで、顧客との関係構築などにより多くの時間を割くことができるようになる。
     
  3. 足元で、エンベストネットは、退職プラン向けソリューション事業の展開や、金融商品プラットフォームの運営者との提携により、FAが顧客投資家に提案できる商品・サービスの幅を広げ、包括的なアドバイスを提供できるようにしている。また、資産運用会社との協力のもと、ウェルス・マネジメント人材を育成することで、業界全体の成長促進を図っている。
     
  4. 日本において、ウェルス・マネジメント業界が発展していくには、エンベストネットのように、業界全体の効率化と成長を目指す、インフラの役割を担う事業者の存在が重要になると考えられる。これにより、FAがアドバイスに注力する環境がさらに整い、顧客投資家の満足度が向上し、ひいては業界全体が持続的に成長していくことが期待される。

米国クリエイティブ・プランニングにおけるウェルス・マネジメントと本業支援とのシナジー創出戦略

佐々木 遼太

要約を見る要約を閉じる

要約
 

  1. 近年、米国の個人向け証券・資産運用業界において、独立系ファイナンシャル・アドバイザー(IFA)としての大手登録投資顧問業者(RIA)の台頭が目覚ましい。RIAとは、IFAの中でも、主に預かり資産残高に応じた手数料を取得するアドバイザリー・サービスを提供している業者である。特に、大手RIAは全米に店舗を配置し、自社でサービスを開発しており、個人向け資産運用サービスの提供に特化した金融事業者として存在感を増している。
     
  2. 米国最大級のRIAであるクリエイティブ・プランニングは、社内に擁する弁護士や会計士等の専門人材を通じて提供される富裕層向けのアドバイザリー・サービスと退職プランに関する基本的なオペレーションを網羅するリタイアメント・サービスを中核事業に据え、足元では積極的な買収により事業基盤の強化を図っている。
     
  3. 更に、クリエイティブ・プランニングは、顧客企業に対して、ビジネス・サービスを提供している。ビジネス・サービスとは、企業の事業運営・成長戦略・出口戦略に関するサービスの提供を通じて、顧客企業の成長及び企業価値の向上を支援し、経営者及び従業員の金融資産の増加を促すことを企図したサービスである。
     
  4. クリエイティブ・プランニングは3つの事業を組み合わせることでシナジーを創出し、成長を遂げている。翻って、日本の大手金融機関やIFAは、ウェルス・マネジメント事業の担当者の増員や商品ラインナップの拡充等に注力しているが、日本の富裕層の約3分の1が事業オーナーであることを踏まえれば、企業価値向上支援サービスの拡大を図ることで、より付加価値の高いウェルス・マネジメント事業が展開できるのではないだろうか。

特集2:アセットオーナーの運用高度化

日本のアセットオーナー・プリンシプルとオーストラリアの年金最大手AustralianSuper

野村 亜紀子、中村 美江奈

要約を見る要約を閉じる

要約
 

  1. 「資産運用立国実現プラン」の一環でアセットオーナー・プリンシプルが2024年8月に策定され、今後の焦点は、5つの原則がいかに有効活用されるかである。海外事例からの示唆を得るべく、オーストラリアの年金基金最大手であるAustralianSuper(AS)の資産運用と各原則の対比を試みた。
     
  2. ASは加入者数340万人、資産残高3,500億豪ドル超の大規模アセットオーナーである。グローバル投資とインハウス運用の拡大を並行して進めており、非上場資産への投資、アクティブ運用にも積極的である。オーストラリア経済への貢献も意識している。また、財務的リターン追求を前提に、自国のエネルギー・トランジションへのコミットメントを明示している。これらの取り組みは、日本の大規模アセットオーナーにとって参考になるものと思われる。
     
  3. ASは確定拠出型年金(DC)であり加入者が運用指図するが、9割がデフォルト・ファンドであるバランス型ファンドに投資している。デフォルト・ファンドを含む主要な運用商品の運用目標は、「消費者物価指数を○%超上回る」である。インフレーションに勝つことは、年金基金に限らず、長期運用を手掛ける日本の学校法人や財団法人などにとっても、運用目標上、外せない論点であろう。
     
  4. ASの資産運用に対する積極的な取り組み姿勢は、アセットオーナーが目的・目標の最低限を満たすのに留まらず、更なる努力をすることをどう考えるかという論点に繋がる。これは、全てのアセットオーナーが、フィデューシャリーとして真摯に検討し判断するべきことと言えよう。

米国OCIOによるアセットオーナーの運用支援

岡田 功太、佐々木 遼太

要約を見る要約を閉じる

要約
 

  1. 日本政府は2024年8月に、アセットオーナー・プリンシプルを公表した。アセットオーナー・プリンシプルは、アセットオーナーに対して、運用目的の明確化や分散投資等を通じたリスク管理等を適切に行うことを求めており、運用体制の整備に取り組む際には、必要に応じて、OCIO(Outsourced Chief Investment Officer)等の外部知見を活用すべきであるとしている。
     
  2. 米国のアセットオーナーは、運用人材不足に対処しながらも、先進的な運用手法を採用すべく、OCIOを活用している。OCIOは、OCIOプロバイダーと呼ばれる資産運用会社等が、アセットオーナーから、(1)資産配分の決定、(2)外部運用会社のファンドの発掘、(3)運用の実行等の運用関連業務の委託を請け負うサービスである。
     
  3. 米国におけるOCIOプロバイダーは、(1)マーサーのように、年金・福利厚生・人事のコンサルティング・サービスを提供している業者、(2)ゴールドマン・サックス・アセット・マネジメントのように、広範に伝統的資産及びオルタナティブ資産への投資を行っている資産運用会社、(3)マケナ・キャピタルのように、OCIOを専門的に提供している資産運用会社に大別され、他のOCIOプロバイダーを買収するなど事業の拡大に取り組んでいる。
     
  4. 今後、日本のアセットオーナーにとって、OCIOを活用し、広範な運用関連業務をアウトソースすることも有力な選択肢になり得よう。また、日本の資産運用会社ないし金融グループは、OCIO事業の付加価値の向上を図ることによって、日本のアセットオーナーの運用力の高度化に貢献できるのではないだろうか。

特集3:欧州の市場機能強化に向けた取り組み

大幅に改正された英国上場規則UKLRの導入-国際金融センターとしての市場活性化策-

林 宏美

要約を見る要約を閉じる

要約
 

  1. ロンドン証券取引所(LSE)の上場規則を設定している英国金融行為規制機構(FCA)は、2024年7月29日より、従来の上場規則(LR)を大幅に改正した上場規則(UKLR)を導入した。UKLR導入の背景には、LSEにおける新規株式公開(IPO)件数・調達金額の世界の主要証券取引所に占めるシェア等が大きく低下している状況に鑑み、国際金融センターの象徴であるLSEのプレゼンスを維持・向上させたい意図がある。
     
  2. 英国の新市場体制においては、上位に位置づけられていたプレミアム市場ならびにスタンダード市場というタテの構造を廃止し、上場商品の種類ごとに市場区分を分けたヨコの構造に変更された点が最大の特徴の一つといえる。また、米国をはじめとした主要国の証券取引所で容認されている複数議決権株式構造(DCSS)の活用や、特別目的買収会社(SPAC)をめぐる規則緩和等の手当ても講じられた。
     
  3. 翻って、2022年4月に市場区分の見直しを実施した東京証券取引所では、プライム市場、スタンダード市場、グロース市場というタテの市場区分を採用している。LSE、東京証券取引所の両者ともに、市場区分見直しの評価をするには時期尚早ではあるものの、市場区分の設定や上場規則は、証券取引所のあり方を決める重要な要素であるだけに、今後の展開が注目されよう。

英国「マンションハウス協定」の概要と進捗-個人投資家の非上場株式投資拡大に向けた取り組み-

関田 智也

要約を見る要約を閉じる

要約
 

  1. 近年、日本及び英国では、個人投資家による非上場株式投資の拡大に向けた取り組みが進められている。日本では、投資信託協会の自主規制規則改正に伴い、公募投資信託による非上場株式の組入が可能となり、一部の資産運用会社は非上場株式を部分的に組み入れた公募投資信託の設定に踏み切っている。
     
  2. 英国では、「マンションハウス協定」の下、確定拠出型年金(DC)を通じた非上場株式投資の推進に向けた取り組みが進展している。マンションハウス協定とは、署名機関たる年金プロバイダーが2030年までに、DCのデフォルトファンドに投資されている顧客資産につき、その5%以上を非上場株式投資に振り向けることを約束するものである。
     
  3. マンションハウス協定を受け、一部の年金プロバイダーは、DCを通じた非上場株式投資を推進するためのファンドにつき、既にローンチを完了、もしくはローンチ予定を公表している。リーガル・アンド・ジェネラルは、自社の運用機能を活用した新ファンドを立ち上げた一方で、フェニックス・グループは、シュローダーと提携して新たな運用会社を設立することを発表した。
     
  4. マンションハウス協定は、政府が民間プレイヤーに対して事業を巡るコミットメントを要請するものであり、民間側は是々非々のスタンスで対応している。政府・民間が各々の立場から本質的な議論を行うことの重要性を示唆していると言えよう。また、英国の保険会社は非上場株式投資に向けて、グループ外の運用会社を含むサードパーティー事業者のリソースも活用しており、日本の保険会社にとっても参考になる事例を提供していると言えよう。

証券決済期間T+1導入に向け動き出したEU

関田 智也

要約を見る要約を閉じる

要約
 

  1. 欧州連合(EU)において、証券決済期間短縮に向けた動きが活発化している。現状、EUでは、株式・社債等の金融商品の流通市場取引に係る証券決済期間はT+2(約定日の2営業日後に決済実行)となっている。欧州証券市場機構(ESMA)は2024年11月、この決済期間を1営業日分短縮し、T+1とすることをEU理事会及び欧州議会に対して提言した。
     
  2. EUにおけるT+1導入を巡っては、主に業界関係者より、T+1へ移行する際の課題およびT+2を維持する場合の課題がそれぞれ示された。前者については、決済期間短縮に伴うフェイルの増加をはじめ、時差が大きいアジアの投資家への影響等が指摘された。後者については、2024年5月に米国がT+1を導入したことにより生じた欧米の証券決済期間ミスマッチに伴う影響が強調された。ESMAが2024年11月に公表した最終報告書は、これらの課題を評価・整理した上で、EUにおけるT+1導入の便益がコストを上回ると結論している。
     
  3. ESMA及び業界関係者は、EUのT+1導入に向けたロードマップをそれぞれ公表している。両者の内容は、必要な関連法及び規制枠組みの改正や、業界慣行の確立を促しているという点において、概ね類似している。一方で、T+1への移行に伴うフェイルの増加については、業界関係者がその影響を懸念しているのに対して、ESMAはT+1導入がフェイル増加に繋がるとは言い切れないとの立場をとっている。
     
  4. T+1導入を巡りEUで提起されてきた諸論点は、日本においても一定の参考となり得る。例えば、日本の投資信託の設定・解約に係る受渡日と投資対象資産(米国株式等)の決済期間の間には、現状ミスマッチが発生している。また、日本では、T+1導入によって時差が大きい地域(北米等)からの投資が手控えられることが懸念されている。これらの点については、日本の証券決済期間短縮を巡る議論において、EUの対応やアプローチも踏まえた検討がなされ得るものと考えられる。

金融・証券規制

2023年の銀行混乱に関するバーゼル委員会・FSBのフォローアップ-ソーシャル・メディアとテクノロジーの預金取付けへの影響-

小立 敬

要約を見る要約を閉じる

要約
 

  1. シリコンバレー・バンクの破綻を契機とする2023年3月の銀行混乱からの教訓が国際的に検討されており、2023年10月にバーゼル委員会と金融安定理事会(FSB)からそれぞれ報告書が公表されている。その後のフォローアップ作業として2024年10月に、(1)バーゼル委員会が流動性リスクに関する報告書(BCBS報告書)を、(2)FSBが預金者行動および金融システムの金利リスク、流動性リスクに関する報告書(FSB報告書)を公表した。
     
  2. FSB報告書は、2023年3月の銀行混乱で生じた預金取付けが過去の事例と比較してかなりの速さと規模で生じたことを確認している。その上でソーシャル・メディアや金融におけるテクノロジーが預金者行動の変化を通じて、預金取付けに与える影響に関する考察を行っている。実証的分析が乏しいことから明確な結論を導くことが難しいとする一方、それらが将来的に預金取付けに重大な影響を与える可能性について警鐘を鳴らしている。
     
  3. また、FSB報告書は2023年の銀行混乱の背景として、長期に及ぶ低金利環境の後に急速な金利引上げが行われたために、様々な金融機関において金利リスクと流動性リスクが組み合わさった脆弱性が存在する可能性があるという認識の下、グローバル金融システムの脆弱性の点検を行っている。
     
  4. BCBS報告書は、流動性リスクに関するフォローアップの作業として追加的な分析を行ったものである。流動性カバレッジ比率(LCR)に考慮されていないリスク要因、LCRにおける適格資産の会計上の扱いやバリュエーションが流動性に与える影響を含む、論点の整理を行っている。ただし、LCRを含めた銀行混乱の教訓を踏まえたバーゼルIIIの見直しの有無については、バーゼル委員会によるさらなる検討を見定める必要がある。

バーゼルIII適格資本のAT1を廃止するオーストラリア-クレディ・スイスのAT1債の混乱を受けた対応-

小立 敬

要約を見る要約を閉じる

要約
 

  1. オーストラリア健全性規制庁(APRA)は2024年12月に、銀行の自己資本を構成するその他Tier1(AT1)について、クレディ・スイスのAT1債の混乱を受けて、銀行が危機に陥った際の自己資本の機能を簡素化し改善を図る観点から、2027年以降、適格資本から除外し、段階的に廃止する方針を表明した。
     
  2. 2023年3月に流動性破綻したクレディ・スイスのAT1債は、UBSとの合併に際して、普通株式は全損しなかった一方、元本削減が決定されたことから、AT1市場は機能不全に陥った。これに関してバーゼル委員会は、投資家や市場がAT1に損失をもたらすトリガー・イベントを完全には理解していなかったとする。一方、国際決済銀行(BIS)のスタッフ・ペーパーは、ゴーイングコンサーン・ベースで損失吸収するよう設計されたAT1の商品性について、目的に適っているかどうかを検討する余地があることを指摘している。
     
  3. APRAは2023年9月にAT1に関する課題の論点を整理したディスカッション・ペーパーを公表して、(1)商品設計の見直し、(2)自己資本上の役割の見直し、(3)投資家ベースの見直しという3つの政策オプションを提示した。フィードバックを受けてさらに検討を行った結果、2024年9月に、AT1の課題に対応するように規制要件を調整することは困難であるとして、AT1の廃止を提案するディスカッション・ペーパーを再び公表していた。
     
  4. APRAによるAT1の廃止はあくまでもオーストラリアとしての独自の判断であり、直ちにバーゼル基準に影響することはないだろう。AT1に関しては現在、バーゼル委員会がレビューを実施しており、まずはその中でどのような検討が行われるかに注目する必要がある。

投資家心理の改善を試みる中国の株式市場対策-中央銀行の介入及び企業価値管理策の導入-

関根 栄一

要約を見る要約を閉じる

要約
 

  1. 2024年9月24日、中国人民銀行、国家金融監督管理総局、中国証券監督管理委員会(証監会)は共同で記者会見を行い、金融緩和、中小企業向け融資条件緩和、不動産市場支援、株式市場対策から成る支援策を公表した。支援策のうち、株式市場では直近10年間で4回目の株価維持政策(PKO)の発動となり、同時に2年連続の株式市場対策の実施となった。
     
  2. 続いて9月26日の中国共産党政治局会議では、上記支援策に加え、財政分野も含める形で新たな経済対策の骨格を固めた。政治局会議が経済政策を検討するのは通常は4月、7月と12月の年3回に限られるが、2024年の成長率目標達成に向け、それだけ経済運営に危機感があることを示した格好になった。
     
  3. 新たな株式市場対策のうち、中国人民銀行が介入する二つの仕組みが導入された。一つ目は、「証券、基金、保険スワップファシリティ」(英文略称SFISF)と呼ばれるもので、中国人民銀行と適格証券会社等が保有する資産を交換して、株式を購入する資金枠を設定するものである。二つ目は、上場企業や主要株主による自社株買いの資金を対象に、政策性銀行、商業銀行向けに中国人民銀行が低利での再貸出枠を設定するスキームである。
     
  4. また、証監会は、上場会社の市場価値の向上を着実に推進し、投資家へのリターンを強化するため、9月24日に「上場会社監督管理指針第10号一市場価値管理」のパブリックコメントを募集した。その後、指針は11月6日に公布され(即日施行)、長期的な株価純資産倍率(PBR)1倍割れ上場会社に対して改善計画の策定・開示を求める内容ともなっている。
     
  5. 新たな株式市場対策では、機関投資家による株式市場での長期投資を奨励しようとしているが、上場会社の企業価値を投資家主導でモニタリングしていけるかが重要であろう。また、中国人民銀行による二つの株式投資支援スキームは合計で最大2兆4,000億元(時価総額の3.4%相当)が設定可能であるが、国務院の2024年版資本市場改革意見を踏まえ、機関投資家・個人投資家の株式運用を促す取り組みも継続的に行うことも重要であろう。

金融機関経営

中国証券大手の国泰君安証券及び海通証券の合併のインパクト-大型投資銀行の誕生と業界再編の背景-

関根 栄一、宋 良也

要約を見る要約を閉じる

要約
 

  1. 中国証券業界大手の国泰君安証券と海通証券は2024年9月5日に、両社の合併を含む大型の資本再編を計画していると発表した(以下、合併案)。合併案が実現すれば、総資産ベースで「空母型」と称される中国本土で最大手の証券会社が誕生することとなる。
     
  2. 両社の合併は、国泰君安証券が存続会社となる株式交換方式で進められる予定である。合併後の新会社は、総資産・純資産では業界トップとなるが、営業収益・純利益は中信証券に次ぐ第2位となる見通しである。新会社は、ウェルスマネジメント業務に関し国内では強者連合となり、合併によって規模の優位性を働かせる余地が生まれる。
     
  3. 今回の合併案が出てきた背景には、2023年から始まった当局による証券業界再編の後押しがある。中国政府は、自国の金融大国化を資本市場でも進めていくという目標を設定し、国際的な競争力を持つ一流の投資銀行を創出する方針を採っており、業界トップレベルの証券会社の合併を通じて、かかる目標・方針を実現しようとしている。
     
  4. これまでの中国証券業界再編の経過を見ると、当局の規制や政策の変動に伴う対応や、行政主導の下で行われてきたケースが多い。一方、今回の合併案の背景には、上海市の国際金融センター化への寄与や、国際業務で経営不振に陥った海通証券の救済という要素もある。
     
  5. 今後、両社の合併に際し、(1)傘下の資産管理会社の取り扱い、(2)人員リストラ及び重複する支店の統合、(3)国際業務のシナジー発揮、等の課題が想定される。そのため、合併によっていかに規模の経済を発揮するのか、同時にいかに不要なコストの削減及び横並びでの均質なサービス提供を回避できるのかがポイントとなろう。他の業界再編の動きも今後注目される。

中国証券業における外資企業の進出状況

塩島 晋

要約を見る要約を閉じる

要約
 

  1. 中国では、2001年の世界貿易機関(WTO)加盟を機に対外開放政策を一層加速する中で、証券業における外資企業への門戸が順次開放されてきた。具体的には、(1)2012年以降のマイノリティ出資比率の引上げ期(33%→49%)、(2)2018年以降のマジョリティ出資の容認期(49%→51%)、(3)2020年以降の外資出資比率の完全撤廃期(51%→100%)の3段階を経て、外資証券会社の進出が増加してきた。
     
  2. 中国における外資証券会社の業務ライセンスは、2018年に全面的に制限が撤廃され、中国の地場証券会社と同様となった。現在進出している11社は5社が独資、6社が合弁の会社形態をとっており、証券ブローカレッジ・トレーディングは9社、証券引受・スポンサーは9社、証券資産管理は4社がそれぞれ業務ライセンスを取得している。
     
  3. 近年では、外資企業による中国からの撤退が進んでいる中で、証券業においては、外資企業による新規参入の動きもみられる。今後、証券業務ライセンス及びその取得手続きの整理、越境データ規制の整備、その他政策面の更なる後押しも期待される中で、外資証券会社の中国進出がさらに進むか、注目される。

個人マーケット

個人金融資産動向:2024年第3四半期-8四半期ぶりに減少も、新NISAが貯蓄から投資へのシフトを促進-

大川 隼人

要約を見る要約を閉じる

要約
 

  1. 日本銀行「資金循環統計」によれば、2024年9月末の個人金融資産残高は2,179兆3,763億円(前期比1.5%減、前年比2.8%増)となり、8四半期ぶりに減少に転じた。2024年7~9月にかけて円高が大きく進んだことや8月の内外株式市場の急落により、「株式等」が前期比5.2%減、「投資信託」が同2.2%減となった。
     
  2. 2024年第3四半期(7~9月期)中の動きを見ると、「債務証券」が7四半期連続の資金純流入となり、市場金利の上昇に伴って個人向け国債の販売額も好調となっている。「投資信託」は18四半期連続での資金純流入となり、特にインデックス投信への資金流入が目立つ。一方で、「現金・預金」は純流出となっており、新NISAの導入によって、現預金からリスク性資産への資金シフトが拡大傾向にあると言えよう。
     
  3. 新NISAの口座数と買付額は順調に増加しており、市場へのリスクマネーの供給を加速させている。特に、若い世代を中心につみたて投資枠における口座数と買付額が増加している。また、2024年8月5日の日経平均株価の急落時には、下落局面を買付の好機と捉えた投資家が多かった。

確定拠出年金(DC)の拠出限度額7,000円引き上げの意義

野村 亜紀子

要約を見る要約を閉じる

要約
 

  1. 2024年12月20日に公表された自由民主党・公明党「令和7年度税制改正大綱」、及び同年12月27日に閣議決定された「令和7年度税制改正の大綱」に、確定拠出年金(DC)拠出限度額の月額7,000円の引き上げが盛り込まれた。実現すれば、2014年以来、10年ぶりの拠出限度額の引き上げとなる。
     
  2. 今回の税制大綱には、個人から見た私的年金税制の合理性・公平性、納得感を高める内容が盛り込まれており、定性的にも意義深いものと評価できる。具体的には、(1)企業年金のない従業員の個人型DC(iDeCo)拠出限度額を引上げ、企業年金加入者と同水準に揃えること、(2)企業年金とiDeCo併用者の拠出制約を改め「限度額から企業拠出を控除した残額」をiDeCoに拠出可能にすること、(3)企業型DCの加入者拠出(マッチング拠出)の制約も改め「限度額から企業拠出を控除した残額」を拠出可能にすること、などである。
     
  3. 今後の注目点としては、政令改正等の手続きと体制整備のスピード感が挙げられる。また、iDeCoの利用促進には分かりやすさが極めて重要なため、個人が拠出可能額を簡便に把握できるようにする支援体制もポイントとなる。さらに、拠出可能額の一層の拡大を含む大がかりな税制改正には、給付時課税の議論の準備が必要であろう。私的年金を通じて資産形成を行い、活発な消費力を有する高齢者を可能な限り大勢生み出すことは、超高齢化する日本の経済・社会の目指すべき方向性と言える。

インド資本市場において存在感を高める個人投資家-投資信託とデリバティブを中心に-

北野 陽平

要約を見る要約を閉じる

要約
 

  1. インドでは近年、株式市場を中心とする資本市場が急拡大している。ナショナル証券取引所(NSE)の時価総額は2019年末から2024年11月末にかけて2.9倍に増加、時価総額対GDP比率は同期間に77%から136%へと上昇した。個人投資家が急速に増加しており、株式等の証券を電子的に保有するためのDemat口座数は、2024年11月末に1.8億口座となった。
     
  2. 株式市場の成長を支える要因の1つとして、投資信託への投資拡大が挙げられる。個人の投資信託保有額は、2024年9月末に42.9兆ルピー(2014年末比8.2倍)となった。システマティック・インベストメント・プラン(SIP)と呼ばれる積立投資制度を通じた投資信託への資金流入が増加している。足元では、投資信託より柔軟でリスク・リターンの高い投資機会を提供する新カテゴリーのファンド導入に向けた準備が進められている。
     
  3. デリバティブ市場も、個人投資家の増加により取引が急増しており、取引高でインドは世界首位となっている。しかし、個人投資家は、投機目的で株式デリバティブ取引を行っており、大部分の投資家が損失を出している。インド証券取引委員会(SEBI)は、そうした状況に懸念を示しており、投資家保護及び市場の安定性向上を目的として、様々な施策を講じている。
     
  4. 今後、インド資本市場のさらなる発展を後押しし得る要因として、富裕層・超富裕層の増加が注目される。超富裕層の間では、オルタナティブ投資ファンド(AIF)の人気が高まっており、スタートアップに直接投資する動きも見られる。大手金融機関がウェルス・マネジメント事業を強化する中、より洗練された金融商品・サービスの提供が拡大することで、資本市場の深化・多様化につながっていくことが期待される。

コーポレートファイナンス

インドで活発化する資本市場からの資金調達-新規株式公開(IPO)と社債発行を中心に-

北野 陽平、大川 隼人

要約を見る要約を閉じる

要約
 

  1. アジア主要国の中で特に高い経済成長を遂げているインドでは、企業の資本市場からの資金調達が活発化している。昨今、新規株式公開(IPO)と社債発行による資金調達の拡大が目立っている。
     
  2. インドのIPO件数は米国や中国本土を上回って世界最多となっており、IPOによる資金調達額は国内で過去最大を記録している。IPO市場の拡大は、個人投資家等の旺盛な需要により支えられている。IPO件数の増加をけん引しているのは中小企業(SME)であり、SMEボードがIPO市場の発展に重要な役割を担っている。
     
  3. インド企業の社債市場からの資金調達は中長期的に拡大傾向にあり、2023年度の社債発行額は過去最大となった。社債発行を後押ししている要因として、金融規制当局等による市場整備が挙げられる。社債市場のさらなる発展に向けて、発行体の裾野拡大が課題と認識される中、個人投資家を含むより幅広い投資家の参加促進が重要となっている。
     
  4. 近年、投資家の間でサステナビリティ(持続可能性)に対する関心が高まる中、インド企業が資本市場から持続的に資金調達を行うためには、サステナビリティへの取り組み強化がより重要になると考えられる。資本市場からの成長資金の調達がより一層促進されることで、インドの中長期的な経済成長の下支えにつながることが期待される。

アセットマネジメント

米国保険会社が展開する年金バイアウト

岡田 功太、中村 美江奈

要約を見る要約を閉じる

要約

 

  1. 米国では年金バイアウト市場が活況を呈している。年金バイアウトは、保険会社が、事業主と年金保険(アニュイティ)契約を締結し、事業主から(1)保険料(プレミアム)を取得し、(2)確定給付型年金(DB)プランの債務・資産を引き受け、(3)事業主に代わってDBプラン加入者に年金バイアウト実施以前と同額の給付を行うスキームである。
     
  2. 事業主は、年金バイアウトを通じて、(1)DBプランの債務・資産のオフバランス化、(2)DBプランの運営にかかる負担の削減、(3)年金給付保証公社に支払う保険料の抑制を図ることができる。
     
  3. 他方で、保険会社は、年金バイアウトを通じて、事業主からプレミアムを取得し、DBプランの資産を受け入れ、特別勘定において運用する。保険会社にとって、年金バイアウトとは、DBプラン加入者に対して、団体向けアニュイティを提供する取り組みであり、アセットマネジメント事業の強化を図る手段でもある。
     
  4. 日本では、アセットオーナー・プリンシプルによって、運用体制の整備や分散投資、リスク管理等が求められている。DBプランの事業主にとって、確定拠出型年金プランの導入やDBプランにおけるOCIO(Outsourced Chief Investment Officer)の採用が有力な選択肢となるが、年金バイアウトについても、検討に値するのではないだろうか。

金融イノベーション

資産運用業におけるAIを活用したビジネス改革の可能性-JPモルガンAMとブラックロックのデジタル戦略-

坂上 聖奈

要約を見る要約を閉じる

要約
 

  1. 近年、様々な産業において、人工知能(AI)を活用する動きが進展している。国際決済銀行によれば、金融業は、AIの台頭がもたらす機会とリスクに直面しているという。本稿では、デジタル戦略の一環でAI活用に取り組む資産運用会社の代表的事例として、JPモルガン・アセット・マネジメント(JPモルガンAM)及びブラックロックを取り上げる。
     
  2. JPモルガンAMは、AIとクラウドを活用した投資サービス「スペクトラム」を展開している。スペクトラムは、5万件以上のリサーチ情報を学習し、ファンドマネージャーが投資判断に必要とする情報・分析を提供するなど、AIの活用を通じて、顧客、自社の双方において取引執行の拡大・迅速化を支援し、顧客体験と自社の収益性の向上を図っている。
     
  3. ブラックロックは、資産運用業を情報処理ビジネスと定義し、テクノロジー・サービス事業を強化している。その中核と位置づけられるAIプラットフォーム「アラディン」は、機械学習を強みに、パブリックとプライベートのアセットに関するデータ分析の自動化などを通じて、顧客の投資意思決定の迅速化を支援し、ポートフォリオのリスク分析に係る需要の高まりに応えることでビジネスを拡大してきた。
     
  4. 米国資産運用業界においてAI活用が拡大した背景として、作業代替を通じた業務効率化、生産性の向上、顧客エンゲージメントの向上等が挙げられる。JPモルガンAMやブラックロックのように、デジタル戦略の一環でAIを活用し、資産運用における付加価値向上を図る試みは、日本の資産運用会社のデジタル・トランスフォーメーション(DX)推進において参考になるものと考えられる。

財政・地方債

コロナ禍を機に変化する中国のサービス貿易収支構造-中国版デジタル黒字・赤字の内容と展望-

関根 栄一

要約を見る要約を閉じる

要約
 

  1. 2024年7月、日本の財務省が公表した「国際収支から見た日本経済の課題と処方箋」懇談会の報告書を機に、サービス収支面での「デジタル赤字」の存在が注目されている。サービス貿易とは、財貨(モノ)とは異なり、金融、運輸、情報通信、建設、流通等のサービスの国際取引を指している。主要国のうち、日本は米国に対してデジタル赤字となっている。
     
  2. 一方、世界第2位の経済大国である中国に対しては、サービス収支全体は黒字で、特に旅行収支は好調なインバウンドを反映して大幅な黒字であるものの、(1)研究開発サービス、(2)専門・経営コンサルティングサービス、(3)技術・貿易関連・その他業務サービスから成る「その他業務」は赤字で、日本がこれらのサービスを中国から超過購入している状態にある。
     
  3. 通信・コンピューター・情報でも、日本は中国に対し赤字となっている。中国のサービス貿易収支全体を見ても、2020年のコロナ禍以降、通信・コンピューター・情報、及びその他業務の黒字金額が増加基調にあることが分かる。この期間、中国側の入国制限措置等により、外資系企業としては、投資先の状況等を確認するため、現地のコンサルタントや会計・監査事務所への委託業務を増やしたことが上記の黒字増加の背景にあると考えられる。
     
  4. 中国政府は、第14次5ヵ年計画が始まった2021年以降、サービス貿易取引の拡大・強化に向けた政策・指針を相次いで公表し、赤字分野も意識した支援策を打ち出している。同時に、サービス分野の市場規制緩和や、経済全体のデジタル化も推進している。
     
  5. 経済のデジタル化の推進は、イノベーションの推進と不可分の関係にあり、証券当局は、企業の資金調達や機関投資家による資金運用の双方で、資本市場の活用を進めていく方針である。また、中国は2012年から国際サービス貿易交易会(北京市)を、2022年から世界デジタル貿易博覧会(浙江省杭州市)を開催し、サービス貿易収支の構造転換をビジネス面でも後押ししている。中国のサービス貿易分野の競争力の向上は、日本から見た対中デジタル赤字の継続や拡大にもつながり得る。

税・会計制度

デジタル経済の進展に伴う歴史的な国際課税改革-デジタル課税と最低法人税率導入の国際合意-

板津 直孝

要約を見る要約を閉じる

要約
 

  1. G20財務大臣・中央銀行総裁会議(G20)の、2024年7月のコミットメント表明を受けて、国際課税原則が、およそ1世紀ぶりに大きく変わろうとしている。国際課税の歴史的な見直しは、多国籍企業による「税源浸食と利益移転(BEPS)」の防止を目的とし、デジタル課税とも言われる「市場国への新たな課税権の配分」と、最低法人税率の導入を図る「グローバル・ミニマム課税」の2本の柱からなる。
     
  2. デジタル経済の進展により、物理的拠点がなくても事業活動を国外で行うことが可能となり、市場国での課税が困難になっている。また、デジタル化により重要性が増す無形資産とともに、国内企業が、国際的事業再編を通じて軽課税国へ移転するという事態が生じた。諸外国は、国外への利益移転の回避と自国への誘致を目的として、法人税率を継続的に引き下げ、税収基盤が弱体化していった。
     
  3. 147の国及び地域(2024年5月現在)は、国際課税の見直しを迅速に実施するために、国内法による法制化と多数国間条約による発効を進めている。日本では、グローバル・ミニマム課税の中核部分が法制化され、2024年4月1日以降に開始する事業年度から、外国子会社等の最低税率15%に対する不足税額が日本の親会社に対し課税される。
     
  4. 欧州連合(EU)の研究機関による試算では、グローバル・ミニマム課税の導入により、経済協力開発機構(OECD)諸国に親会社が所在する多国籍企業は、2017年度の国別データに基づくと、2,004億ユーロの法人税負担が増加する。同課税の実施により、外国企業を自国内に誘致する観点で講じられている税制優遇や軽課税措置は、政策効果が減殺される。進行中の国際課税改革は、各国政府の誘致政策とともに、一定の多国籍企業に大きな影響を及ぼすと言える。

グローバル・ミニマム課税の国際合意と日本の対応-影響を受ける多国籍企業が米国に次いで多い日本-

板津 直孝

要約を見る要約を閉じる

要約
 

  1. グローバル・ミニマム課税の国内法による法制化が、多くの国及び地域において進展している。導入国は、国際的に合意されたモデルルールに基づき、一定規模の多国籍企業を対象に、国ごとに国際最低税率15%の課税を確保する。グローバル・ミニマム課税の特徴は、国際最低税率を下回る軽課税国に対して、他の国が国際最低税率に至るまで課税できることにある。また、外国企業を誘致する観点で講じられている税制優遇や軽課税措置は、政策効果が減殺される。
     
  2. 日本では、グローバル・ミニマム課税の中核部分である、所得合算ルールが先行して法制化された。外国子会社等の最低税率15%に対する不足税額が、2024年4月1日以降に開始する事業年度から、日本の親会社に対し課税される。
     
  3. グローバル・ミニマム課税の国際的な導入は、各国及び地域に大きな影響を及ぼす。タックスヘイブン(租税回避地)を返上し法人税法を導入する措置や、税制優遇措置の見直しなどを講じる新たな動きが、国際的に活発化している。
     
  4. グローバル・ミニマム課税の対象となる一定規模の多国籍企業の最終親会社は、米国と日本に多く所在する。適用対象となる可能性がある多国籍企業は、外国子会社等が所在する国及び地域の新たな動きを把握し、モデルルールの適用プロセスを踏まえた体制整備を進め、早期に対応することが求められている。なお、米国では、共和党がグローバル・ミニマム課税の国内法による法制化に反対してきた経緯がある。しかし、同課税の相互に連動した租税回避措置により、アメリカ・ファーストの影響にも限りがあると推察される。

リサーチポータルに会員登録していただくと、全文をデジタルブックで無料で閲覧いただけます。