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時流

警戒すべきキンドルバーガーの罠-リーダーシップの不在で混迷する国際秩序-

関 志雄

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要約
 

  1. キンドルバーガーの罠とは、自由貿易、金融の安定、通貨の信認といった国際公共財を既存の覇権国が提供しなくなり、新興国もそれを代替できない場合に、国際秩序が不安定化する状況を指す。その起源は、戦間期の混迷が覇権的リーダーシップの不在によって引き起こされたというチャールズ・キンドルバーガー教授の分析に遡る。ジョセフ・ナイ教授は、この分析を現代に適用し、「キンドルバーガーの罠」という概念を提唱した。
     
  2. 今日の国際社会は、この罠の再来という危機に直面している。米国はトランプ政権の再登場により、保護主義の強化、国際機関からの脱退、気候変動問題に対する軽視姿勢などを通じて、国際公共財の提供責任を放棄しつつある。他方、台頭する新興国である中国も、経済・通貨・政治制度・安全保障の面における制約により、リーダーシップを発揮するには限界がある。その結果、国際秩序は揺らいでいる。
     
  3. キンドルバーガーの罠を回避するためには、まず、米国は既存の覇権国として、国際公共財提供の責任を再認識する必要がある。また、先進国だけでなく、中国をはじめとする新興国も国際秩序の安定に貢献すべきである。さらに、各国は、多国間主義に基づく協調体制を再構築し、対話による地政学的緊張の緩和や、自由で公正な貿易体制を中心に経済連携を強化すべきである。

特別寄稿

インパクト投資・インパクト志向経営におけるインパクト測定・管理(IMM)の現状と展望

ニッセイアセットマネジメント株式会社 サステナブル投資リサーチヘッド(前・金融庁金融研究センター 特別研究員)林 寿和

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要約
 

  1. 近年、インパクト投資やインパクト志向経営への注目が急速に高まる中、IMMImpact Measurement & Management)への関心も高まっている。IMMは、投資収益と社会・環境的効果の実現を企図する投資、そして利潤と社会・環境的効果の実現を企図する経営の双方にとって重要な要素と見なされている。
     
  2. 本稿では、筆者らの調査に基づき、IMMの現状について次の4点を述べている。第一に、IMMには「投資家主体・ポートフォリオレベル」と「企業主体・個社レベル」の2つのレイヤーが存在し、それぞれが社会・環境的効果の実現において重要な役割を担う相互補完的な関係にある。第二に、これら2つのレイヤーにおける有益なインパクト関連指標は必ずしも一致せず、前者は結果指標(アウトカム指標)、後者は事業に関する重要業績評価指標(KPI)が重視される傾向がある。第三に、企業におけるインパクト関連指標測定の狙いや効果は多岐にわたり、投資家以外の多様なステークホルダーへの訴求やアカウンタビリティの観点からも実施される場合がある。しかし、測定が事業の管理・企画・改善のために活用されなければ、IMMのための測定とは言えない可能性がある。第四に、インパクト志向経営とは言っても一定の利潤追求を伴うものであるため、通常の経営管理であるCPMMCommercial Performance Measurement & Management)も必須である。実際、インパクトスタートアップと呼ばれる企業では、IMMCPMMが一定程度統合的に運用されている。
     
  3. さらに本稿では、IMMの今後についても展望している。投資家主体・ポートフォリオレベルのIMMについては、投資家(またはファンド)としての社会・環境的効果の実現に向けた具体的な目標設定と戦略策定の重要性への認識が広がっており、それを担う専門人材育成も重要になっている。企業主体・個社レベルのIMMについては、管理会計やマネジメントコントロールといった専門領域における、いわゆる非財務指標を含む指標の測定と経営管理への活用等に関する豊富な知見を参照することが、今後のIMMの発展にとって有効であると考えられる。

特集1:持続可能なデジタル社会の実現に向けた潮流

デジタル技術の活用とサードパーティリスク管理-日米欧における制度対応の進展状況-

富永 健司

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要約
 

  1. 昨今、金融市場でデジタル技術の活用が進む中、サードパーティに関連するリスク(TPR)管理への関心が高まっている。この背景には、金融サービスにおけるAI(人工知能)の活用拡大に伴うサードパーティへの依存度の増加がある。
     
  2. TPR管理を巡っては、19801990年代の情報技術(IT)の発展に伴うアウトソーシングの一般化を契機に注目され始め、近年ではオペレーショナル・レジリエンス強化の観点から、金融監督当局による国際的な議論が一層活発化している。
     
  3. こうした状況を踏まえて、日米欧ではTPR管理に関する制度対応が進展している。加えて、生成AIの導入によって、TPR管理に関する課題がより複雑かつ高度化する傾向にあり、欧州を中心に金融監督当局による重要なサードパーティに対する監督や対話の枠組みを構築する動きが進んでいる。他方、金融監督当局からは、デジタル技術の活用において、少数のサービスプロバイダーに市場シェアが集中する構造は、ビジネスにおける規模の経済性の観点から、一定程度避けがたい傾向であるとの見解も示されている。
     
  4. こうした状況下で、デジタル技術の恩恵を最大限に享受するためには、リスクが顕在化した際のシステム障害や業務中断といった影響を最小限に抑えるべく、リスクを適切に管理するための体制を整備・強化していくことが重要だと言える。今後、AIの活用が一層普及していくことが見込まれる中で、金融市場において、効率的かつ効果的なTPR管理がどのように進展していくのか注目される。

AI法の成立と日欧米の現在地

江夏 あかね

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要約
 

  1. 人工知能(AI)の研究開発と活用を推進するための法律「人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律」(以下、AI法)が2025528日に成立し、同年64日に公布された。
     
  2. 日本のAI法は、基本法的な性質を有し、AI戦略本部の設置、基本計画の作成、指針の整備を始めとして多くの条項が国を対象とするものとなっている。民間セクターに関係し得る活用事業者については、国と地方公共団体が実施する施策に協力しなければならない等の責務が掲げられたほか、国が活用事業者等に対して状況に応じて指導・助言を行う旨が示された。一方で、欧州連合(EU)のAI規則で設けられているような活用事業者に対する罰則規定は含まれなかった。
     
  3. 主要国のAI関連規制の動向を見ると、EUでは他地域に先駆けて20248月にAI規則が発効した一方、米国ではバイデン政権下で公布された大統領令がトランプ政権下の20251月に撤回され、規制緩和の方向となっている。
     
  4. AI関連規制は、国・地域によってスタンスが異なるものの、AIの急速な発展・普及に伴い、個々の企業にとって潜在的機会・リスクが拡大していることは言うまでもない。金融資本市場の観点からも、米議決権行使助言会社のグラス・ルイスが2025年の日本向けの助言方針において、AIに関する取り組みを取締役選任議案の考慮要素の1つに加えたように、企業がAIを適正に利活用し、リスクを管理しているか、また、取締役会で適切に監督しているかといった点が投資判断の要素として重要性が増していくことが想定される。

中国における生成AI関連規制-金融資本市場分野における新たな可能性-

宋 良也、塩島 晋

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要約
 

  1. 中国では近年、人工知能(AI)技術の開発・応用が加速している。国家インターネット情報弁公室など7政府部門が20237月に公布した「生成AIサービス管理暫行弁法」(以降、管理弁法)は、同時点で世界初の生成AIに特化した規制として位置付けられる。
     
  2. AI全般に対する包括的な国家レベルの法律は20257月末時点で定められていないものの、管理弁法のような特定の分野・業種におけるAI規制は複数制定されている。管理弁法では生成AIの規制対象、適用範囲、サービスの提供・使用に関する原則、サービス提供者の義務等が定められている。主な特徴としては、①奨励策と罰則の併用、②分類・等級付けの管理監督方針の適用、が挙げられる。
     
  3. 中国の金融分野におけるAI規制の進展状況を見ると、法的拘束力を持たないガイドラインを中心とする銀行業向けのAI規制が制定されている一方、証券業では限定的なAI規制導入に留まっている。このように金融業におけるAI規制の整備は道半ばであるものの、各金融機関では既に、内部運営及び顧客へのサービス向けに、幅広い場面でAIを活用している。
     
  4. 中国におけるAI規制の進展に関する今後の論点としては、①包括的なAI全般に関する法律・規制の制定、②金融業におけるAIの分類・等級付け管理の進め方、③外資系企業のAI利活用の対応、が挙げられる。

投資家とのエンゲージメントの道を拓くデジタル社債-資金調達とDX戦略の統合がもたらす機会-

富永 健司、大川 隼人

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要約
 

  1. 近年、国内社債市場においてブロックチェーン等の分散型台帳技術(DLT)を活用したデジタル社債の発行事例が徐々に積み上がっている。同社債は、企業が投資家との関係強化を図るためのエンゲージメント手段として注目されている。
     
  2. デジタル社債の発行にあたっては、投資家情報をタイムリーに把握・管理することができるという特徴を踏まえた検討が必要となる。特に重要と考えられるのが、発行目的の検討段階における、「自社のデジタルトランスフォーメーション(DX)戦略の一環として、デジタル社債を発行し、本業支援や持続可能な開発目標(SDGs)に関する取り組みを展開する」という、資金調達とDX戦略を統合する視点である。また、発行目的に加えて、(1)リターンの設計、(2)募集方式、(3)発行プラットフォーム、等の検討が必要となる。
     
  3. 具体的には、丸井グループはDX推進を経営戦略の中心に据えて、デジタル社債を通じて金融とマーケティングを融合させている。日立製作所は、従来のグリーンボンドにおける、発行体及び投資家の課題を、デジタル社債によって解決を図った。また、将来的には、ファン投資家層の拡大に向けたさらなる動きが出現する可能性もある。
     
  4. 今後、デジタル社債の普及に向けて、(1)デジタル社債に関する意義の明確化と社内横断的な連携推進、(2)発行体と投資家のエンゲージメント深化、(3SDGsラベル付きデジタル社債の進化、が論点となることが見込まれる。

特集2:カーボンプライシングをめぐる近況

世界のカーボンプライシングの概況-世界銀行の年次報告書を読み解く-

江夏 あかね

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要約
 

  1. 世界銀行は2025610日、「カーボンプライシングの現状と動向2025年版」と題した年次報告書(以下、年次報告書)を公表した。
     
  2. 年次報告書では、カーボンプライシングの導入・拡充が世界的に進展し、202541日時点で43の炭素税と37の排出量取引制度(ETS)が運用され、カバー率は世界の温室効果ガス(GHG)の3割近くに達している旨が紹介された。その一方で、政治経済状況を踏まえて制度が廃止に至ったケースもあるほか、足元の排出量加重平均炭素価格(2025年=19米ドル/二酸化炭素換算トン〔tCO2e〕)が脱炭素化に向けて依然として不十分な水準と指摘された。
     
  3. カーボン・クレジットについては、全体的には需要が増加傾向にあるものの、分野や取引所を介すか否かによって価格水準に差があることや、未償却のクレジットのうち大部分が何年も前に発行された「レガシー」クレジットに関連していること等が取り上げられた。
     
  4. 日本では、カーボンプライシング政策の一環として、排出量取引制度(GX-ETS)の本格稼働が2026年度に控えている。今後、日本におけるGX-ETSを含むカーボンプライシング政策が脱炭素社会への移行に真に貢献するものとなるためには、日本の政策のみならず、経済社会環境が同一ではないものの、世界各国・地域のカーボンプライシングの動向も把握し、政策全体の最適化に継続的に取り組んでいくことが大切と言える。

改正GX推進法の成立-2026年度からの排出量取引制度(GX-ETS)の本格稼働に向けて-

江夏 あかね

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要約
 

  1. 「改正GX(グリーン・トランスフォーメーション)推進法」(脱炭素成長型経済構造への円滑な移行の推進に関する法律)が2025528日、成立した。本法律は、二酸化炭素(CO2)の排出量が一定規模以上の事業者に対して、2026年度から本格稼働予定の排出量取引制度(GX-ETS)への参加を義務付けること等が柱となっている。
     
  2. 改正GX推進法には、対象事業者の範囲、排出枠の無償割当、排出枠取引市場、価格安定措置、移行計画の策定に関する内容が盛り込まれたが、2025年度末までに策定が予定される経済産業大臣による実施指針にて詳細が明らかになる見込みである。金融資本市場において、実施指針に関して注目が集まる可能性がある点としては、(1)ベンチマーク対象業種及び削減水準、(2)上下限価格の範囲、(3)移行計画に含まれる内容、が挙げられる。
     
  3. 排出量取引制度が2050年カーボンニュートラル目標達成に向けて意義のある仕組みとなるための主な論点としては、(1)市場参加者、企業、国民に対する理解可能性の促進、(2)制度の信頼性確保、(32050年カーボンニュートラル目標との整合性の維持、が挙げられる。
     
  4. 理解可能性の促進の観点から、金融資本市場においても、また日本の社会全体においてもカーボンプライシングの考え方が正しく理解されていけば、投資家がカーボンプライシングも意識しながら脱炭素化社会に向けて最適な事業ポートフォリオの構築にコミットする企業を、投資先として選好する流れがより鮮明化する可能性がある。また、そのような動きが広まれば、資金の流れが脱炭素化を後押しすることも期待される。

ESG/SDGs

最終化されたバーゼル委員会による気候関連金融リスクの開示-各法域に適用が委ねられた自発的な枠組み-

小立 敬

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要約
 

  1. バーゼル委員会は20256月、気候関連金融リスクに関する開示の枠組みを最終化させた。202311月のバーゼル委員会による市中協議文書では、バーゼルⅢの枠組みの中で開示を通じて市場規律を促す「第三の柱(Pillar3)」として位置づけられていたが、最終化された枠組みは、各法域が適用の要否を判断する自発的な開示の枠組みとして位置づけられている。
     
  2. 気候関連金融リスクの開示が第三の柱から後退した背景として、トランプ政権誕生後の米国が気候関連の取組みを完全に撤回するようバーゼル委員会に圧力をかけたことが指摘されている。また、気候関連金融リスクの複雑さや気候関連金融リスクの変化する性質に起因する課題も指摘されてきた。
     
  3. バーゼル委員会によって最終化された気候関連金融リスクの開示の枠組みについては、特に欧米において導入される見込みが低いことが想定される。今後、金融庁が気候変動リスクの開示を巡る海外の状況を受けて、国内適用の要否についてどのような判断を下すのかが注目される。

G7重要鉱物行動計画の公表-サステナブルファイナンスに関する論点-

五島 佐保子

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要約
 

  1. 主要7カ国首脳会議(G7サミット)が20256月に開催され、「G7重要鉱物行動計画」(以下、行動計画)が採択された。重要鉱物とは、一般的に、ある国や地域にとって経済的・産業的に不可欠でありながら、供給リスクが高い鉱物資源を指す。重要鉱物をめぐっては、エネルギー安全保障の観点から、安定供給確保・供給の多様化が喫緊の課題となっている。
     
  2. 行動計画は、重要鉱物の供給多様化の促進等を目的として策定され、(1)重要鉱物のサプライチェーンにおける、環境・社会リスク基準の策定、及び基準に基づく市場の構築、(2)責任ある重要鉱物プロジェクトへの投資拡大のための、各国間のパートナーシップや民間投資の促進の奨励、(3)重要鉱物のリサイクルや循環経済等におけるイノベーションに関する課題の解決、を推進することが明記された。
     
  3. サステナブルファイナンスの観点からは、2025年中に策定予定とされた環境・社会リスク基準の内容が注目されるところである。今後、サステナブルファイナンス市場において、重要鉱物サプライチェーンにおける環境・社会リスクが一層重視されていくとみられるとともに、同基準が将来的に、環境・社会デュー・ディリジェンス、エンゲージメント、株主提案、等における判断基準として参照される可能性がある。

ICMA、ネイチャーボンドの実務者ガイドを公表-ネイチャーポジティブの実現に向けて-

江夏 あかね

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要約
 

  1. 国際資本市場協会(ICMA)は2025626日、「ネイチャーボンドに関する実務者ガイド」(以下、実務者ガイド)を公表した。同ガイドは、自然関連プロジェクトの資金調達に、資金使途を特定した(UoP)債券(グリーンボンド、サステナビリティボンド)と資金使途を特定しない債券(サステナビリティ・リンク・ボンド〔SLB〕)において活用することを想定している。
     
  2. 実務者ガイドは、資金使途が自然関連プロジェクトに限定される場合、発行体の裁量で「ネイチャーボンド」という呼称を付与することを認めている。加えて、「昆明・モントリオール生物多様性枠組」(GBF)の2030年に向けたグローバルターゲットや「自然関連財務情報開示タスクフォース」(TNFD)に基づく情報開示に向けた自社評価等も考慮する形で設計されており、産業界・金融資本市場にとっても比較的馴染みやすいといった観点で意義があると言える。
     
  3. 世界及び日本におけるグリーンファイナンスの資金使途をめぐっては、カーボンニュートラルに資するものが中心となる傾向が続いている。ネイチャーポジティブに関しては、アジア開発銀行(ADB)による「生物多様性・自然保護債」(バイオダイバーシティ・ネイチャー・ボンド)や東急不動産ホールディングスによる「広域渋谷圏生物多様性グリーンボンド」等の事例を除き、グリーンファイナンスの資金使途の一部として自然関連プロジェクトが含まれているケースがほとんどとみられる。
     
  4. 今後、実務者ガイドの活用も通じて、(1)ネイチャーポジティブに資するファイナンスがどの程度拡大するか、(2)「ネイチャーボンド」との呼称で発行される銘柄がどの程度出現するか、が注目される。

福利厚生制度を通じた人的資本拡充と職場つみたてNISA-従業員1万人アンケートの示唆-

野村 亜紀子

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要約
 

  1. 多くの企業が人的資本経営の観点で従業員のウェルビーイング(幸福な状態)に着目する中、その構成要素であるファイナンシャル・ウェルネス支援の重要性も認識されつつある。資産形成関連の福利厚生制度の新たな選択肢として注目されるのが、職場つみたてNISAである。従業員が職場経由でNISAを利用する制度で、企業が奨励金を付与することもできる。
     
  2. 野村資産形成研究センターの「第4回ファイナンシャル・ウェルネス(お金の健康度)アンケート」によれば、職場つみたてNISAの認知者は全体の10.7%で、利用者は同3.9%だった。利用者の特徴を見たところ、調査対象全体に比べてファイナンシャル・ウェルネスが高く、勤務先への帰属意識や、生産性に関する自己評価も高かった。企業としては、人的資本拡充の観点から、同制度の導入を検討する余地が十分にあると言えよう。
     
  3. 勤務先に職場つみたてNISAがあると認知しながら利用していない人(認知・非利用者)も存在する。利用者に比べてファイナンシャル・ウェルネスや帰属意識、生産性の自己評価が低く、換言すれば、認知・非利用者を減らすことはこれらの向上に寄与しうる。企業の積極的な働きかけにより行動変容する可能性もあり、利用率の向上は、導入企業が早急に取り組むべき事項と言えた。
     
  4. 米国の第2次トランプ政権による関税政策等の影響を受け、20254月初旬以降、内外株式市場が変動するといったことも起きている。NISAの利用者においては、長期・積立・分散投資の考え方を改めて確認することが重要だが、従業員目線での効果的な情報発信など、職場経由であることの長所が発揮される局面もあるだろう。職場つみたてNISAの導入・利用が進み、安定的な資産形成の一翼を担う存在になるのか、引き続き注目していきたい。

地方創生2.0基本構想と地域課題解決のためのインパクト投資の推進

江夏 あかね

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要約
 

  1. 政府は2025613日、「地方創生2.0基本構想」(以下、基本構想)を閣議決定した。基本構想では、地方創生2.0の目指す姿として14個の定量的な目標が掲げられるとともに、政策の5本柱が示された。また、国の役割の1つとして、「地域等における課題解決と企業価値向上を目指す企業への投資(インパクト投資)の担い手育成と実践の後押しを行う」と挙げられた。
     
  2. 日本で2009年から続く総人口の減少や急速な少子高齢化は、経済・社会面において様々な困難をもたらす可能性がある。基本構想にも示された施策を通じて、人口規模が縮小しても経済成長し、社会が機能する未来、すなわち「地方創生2.0」を実現することが、国としての日本の持続可能性において不可欠であることは言うまでもない。
     
  3. 国・地方公共団体のリソースに限りがあることに鑑みると、地域の多様なステークホルダーも「地方創生2.0」の実現に向けて大切な役割を果たすと想定されるとともに、インパクト投資の活用も地域課題解決の一助になり得ると考えられる。
     
  4. 「地方創生2.0」の実現に資するインパクト投資の推進に向けた主な論点としては、(1)ニーズに基づくインパクト投資の推進、(2)複数地域による協働の模索、(3)地域課題に関するデータの拡充、が挙げられる。
     
  5. 特に、各地域が抱える課題で行政が担うことが難しい分野を改めて特定し、その分野を中心にインパクト投資を推進することで、地域課題対応(=インパクトの創出)と(地域における)インパクト投資の発展という2つのメリットの発現を期待することが可能になると考えられる。

5年連続で2桁純減した親子上場-支配株主や持分法適用にも議論対象が拡大へ-

西山 賢吾

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要約
 

  1. 野村資本市場研究所が調査した2024年度末時点での日本の親子上場企業数は、2023年度末から11社純減して179社となった 。親子上場企業数の2桁純減は5年連続である。ピークであった2006年度に比べ親子上場企業数は4割強まで減少し、1991年度、1992年度(ともに180社)の水準に並んだ。
     
  2. 親子上場企業数の増減を見ると、減少については完全子会社化による上場廃止と、親会社が他の企業やファンド等に売却する持分の低下がほぼ拮抗しており、その手法が多彩になってきていることが分かる。一方、増加ではTOB(公開買付)等による既上場企業の子会社化の事例が2023年度に比べ増加しており、企業グループベースでの事業再編、事業ポートフォリオの見直しが積極的に行われたことがうかがわれる。
     
  3. 日本の親子上場の特徴の一つとして、長期にわたる親子上場関係の継続が指摘される。実際に2024年度末の親子上場企業のうち、少なくとも40年以上その関係が継続している企業が10社以上存在する。また、全体の3分の1の企業では少なくとも20年関係が継続している。
     
  4. 親子上場を巡る議論に関し注目されるのは、その対象範囲が上場企業同士の親子関係から上場、非上場を問わない支配株主、親子関係までには至らない持分法適用にまで拡大してきた点である。東京証券取引所はグループ経営に関する開示対象を、親子関係だけではなく支配的な関係を有する企業にまで拡大する方向である。また、親子上場の解消手法が多様化する中で、少数株主保護やガバナンス体制の高度化も従来以上に重要になる。こうした議論の進展は日本企業が企業価値を高め、国際競争力を一段と強化していく上で非常に重要であるため、引き続き注目したい。

政策保有比率が初の30%割れ-金融、非金融とも政策保有圧縮が加速する中、新たな論点も-

西山 賢吾

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要約
 

  1. 野村資本市場研究所が算出した2024年度の政策保有比率は2023年度に比べ1.4%低下して29.4%、純投資比率は1.4%上昇して70.6%となった。政策保有比率が30%を割り、純投資比率が70%を超えたのは、データを遡及することが出来る1990年度以降で初めてである。
     
  2. 2024年度は、金融、非金融とも2023年度に比べ1社あたりの政策保有株式の純減少幅が拡大した。特に非金融では伝統的に多くの政策保有株式を有する企業グループで株式保有、資本関係の見直しが始まったこと、金融では不祥事に端を発した損害保険会社(グループ)の政策保有株式の見直しが進められたことが、政策保有株式の純減少額拡大の主要因となった。
     
  3. 2023年度に話題となったいわゆる「政策保有株式ウォッシュ」に関しては、20253月期決算の有価証券報告書より、保有目的を純投資以外(政策保有株式)から純投資に変更しても5年間は個別開示を継続するなどの改正が行われたことから、懸念は軽減されると見られる。一方で、取引の縮減等を示唆することで政策保有株式の売却を妨げる、いわゆる「政策保有株式を売らせない」問題については、2026年にも予定が見込まれるコーポレートガバナンス改訂の検討項目として挙がっており、今後対応が議論されると考えられる。
     
  4. 機関投資家の議決権行使基準において政策保有に関する数値基準の厳格化が進むと予想されることなどから、2025年度以降も政策保有株式の見直し、圧縮は続くであろう。また、政策保有先企業への議決権行使や取引先持株会の状況についても注目を集めると見られる。一方で保有合理性に関する議論(例えばスタートアップ企業への投資)の必要性が高まるなど、政策保有を巡る議論が新しい局面を迎える萌芽も見られている。

財務諸表への影響が大きいリース会計基準の改正-オンバランスされる借手の全てのリース取引-

板津 直孝

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要約
 

  1. 企業会計基準委員会(ASBJ)は、20249月、リース会計基準を改正した。同改正により、202741日以降開始する事業年度から、借手の全てのリース取引がオンバランスされる。資産の取得に他ならないリース取引が貸借対照表において認識されないことは、経済的実質に基づいて判断すると、投資家等に有用な情報を提供しているとは言えないからである。
     
  2. リース会計基準の改正による影響は、不動産業、小売業、物流業など、多方面の業界に及ぶ。これまで賃貸借取引に係る方法に準じて、オフバランスであったリースについては、借手の財務諸表に大きな変化があると予想される。最も重大な財務諸表への影響は、リース取引に係る資産及び負債の増大である。日本経済新聞社による試算では、同改正により、日本の上場企業の総資産が約25兆円増加する。
     
  3. これまで認識していなかった資産及び負債の増加は、総資産利益率(ROA)、投下資本利益率(ROIC)、自己資本比率などの財務指標や関連する経営指標に、直接的な影響を与える。
     
  4. これまでオフバランスであったリースに重要性がある企業については、リース会計基準の改正による財務諸表への影響を事前に把握し、投資家等へ適切に情報開示する必要がある。経営指標への影響については、有価証券報告書のMD&A(経営者による財政状態及び経営成績の検討と分析)において、非財務情報として開示することが重要になる。
     
  5. 折しも金融庁が20253月に、全上場企業に対して「有価証券報告書の定時株主総会前提出」を要請しており、情報開示のタイミングに関する注目度が高まっていることにも留意しておく必要があろう。

高齢期の金融リテラシーの優先課題-次世代との対話を始める行動力-

野村 亜紀子

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要約
 

  1. 日本では長寿化により「高齢期」の年数が延伸している。一定の運用の継続も含めた、資産寿命延伸の重要性も認識され始めている。一方で、高齢者の金融詐欺被害も後を絶たない。高齢者の特性を踏まえた金融リテラシー向上の取り組みは、重要性を増している。
     
  2. 金融経済教育推進会議の「金融リテラシー・マップ」は、世代別に最低限身に付けるべき金融リテラシーを整理したものである。高齢者は一つのカテゴリーとして特定されており、一般社会人と異なる内容も盛り込まれている。
     
  3. 高齢者の金融リテラシーの現状を見ると、正誤問題の正答率は若年世代より高い傾向にある。これは日本だけでなく米国や経済協力開発機構(OECD)の調査でも同様である。一方、高齢化の進む日本では、より適した尺度の開発が必要という問題提起や、金融リテラシー・マップの高齢者に関する記述の拡充が必要という指摘もなされている。
     
  4. 高齢期の金融リテラシーをめぐる優先課題としては、まず、平均余命や長寿化に関する知識と、加齢に伴う心身機能低下の認識の向上が挙げられる。そして、機能低下に備えるための事前準備について、高齢者の方から次世代との対話を始めることである。高齢期には学校や職場といった標準的なプラットフォームが存在しないため、これらのメッセージ伝達については、発想を広げた官民連携の模索が重要となろう。

米モルガン・スタンレーの職域事業を通じたドナー・アドバイズド・ファンドの取り組み

佐々木 遼太

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要約
 

  1. 米国企業では、福利厚生の一環として、寄附・慈善活動を促進する制度を導入することが一般化している。そうした中、ドナー・アドバイズド・ファンド(DAF)を勤務先経由で利用する「職域DAF」が注目を集めている。DAFとは、寄附者(ドナー)から受け入れた資産を運用し、ドナーの指示に基づき非営利団体への助成を行う基金である。職域DAFの機能は一般のDAFと変わらないが、給与天引きによる寄附が可能となる等の特徴を有する。
     
  2. 職域DAFに注力している米国の金融機関として、モルガン・スタンレーがある。同社は従前、主に富裕層顧客を対象にDAFを紹介していたが、202310月にモルガン・スタンレー・アット・ワークと呼称される職域事業の一環で寄附サービスの提供を開始した。当該寄附サービスは、職場という身近な場を通じて、従業員が多様な価値観を表現する、あるいは寄附税制の優遇措置を活用するために、職域DAFを提供するサービスである。
     
  3. モルガン・スタンレーから紹介を受けたドナーのDAFを運営するのは、モルガン・スタンレー・グローバル・インパクト・ファンディング・トラスト(MS GIFT)という財団である。MS GIFTは、職域DAFを運営するにあたって、DAFプラットフォーマーのティフィン・ギブと連携することで、DAFの寄附・運用・助成にかかる業務効率化を図っている。
     
  4. 日本においても、若年層を中心に寄附文化が浸透しつつある。そうした中、今後ますます、寄附ニーズを有する従業員や寄附を福利厚生制度に位置づけたいという企業が増加していくことも十分に考えられよう。これらの状況を踏まえれば、日本の金融機関も、富裕層向けの紹介に留まらず、職域事業としてもDAF事業を展開することで、顧客満足度の向上、更には顧客基盤の拡大に繋がるのではないだろうか。

拡大の動きが活発化する欧州防衛セクター投資-ESG投資における位置付けの再検討-

関田 智也、中村 美江奈

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要約
 

  1. ロシアによるウクライナ侵攻やトランプ政権の外交政策といった世界情勢の変化に伴い、欧州は防衛政策の方針を大きく転換している。各国政府は「自力防衛」の実現に向け大幅な防衛費引き上げの方針を示し、欧州連合(EU)も8,000億ユーロ規模の防衛力強化策等を打ち出した。
     
  2. EU及び欧州各国政府は、公的資金のみならず民間資金も防衛セクターへ導入すべく、環境・社会・ガバナンス(ESG)投資における防衛セクターへの投資の後押しを図る等、積極的な取り組みを行っている。取引所グループのユーロネクストも独自の支援策を展開している。
     
  3. こうした状況下、従来は防衛セクターへの投資を抑制してきた欧州のアセットオーナーも、方針転換を迫られている。欧州大手年金基金の中には、防衛力強化を支持する社会的な価値観の変化や、防衛セクター銘柄が生み出すリターン確保の観点から、責任投資の再定義を通じて防衛セクターへの投資制限の緩和を図る動きが見られる。
     
  4. 主にレピュテーションリスク等の観点から防衛セクターへの投資制限を課してきたアセットマネージャーの間でも、顧客たるアセットオーナーの方針転換等を背景に、ESG投資における防衛セクターへの投資方針を再検討し、これを緩和方向に修正する動きが広がりつつある。
     
  5. 欧州における防衛セクター投資を巡る方針転換は、未だ端緒についたばかりであると考えられる。欧州のESG投資における防衛セクター投資の位置付けや議論がどのように収束していくのかは、日本を含む欧州域外にも重要な示唆を持つだろう。

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