「要約を見る」では論文の要約を、「全文PDF」では論文の全文をPDFで閲覧できます。

時流

家計の証券投資は新たなステージへ

金融エコノミスト/西日本フィナンシャルホールディングス 取締役 宮本 佐知子

要約を見る要約を閉じる

要約
 

2024年は家計の証券投資が新たなステージを迎えた年である。政府の「新しい資本主義実現会議」では、新しい少額投資非課税制度(NISA)を一つの契機に今後、家計の資産運用収入の倍増も見据えている。これを実現させ、成長と分配の好循環を安定させるためには、そのメカニズムの中に家計が主要プレーヤーとして参加していることが重要である。その中で家計が長期投資を実践できるように知識の面でサポートしていくことも今後の大事な論点である。これらの施策によって目指すべきことは、日本市場を単なるマネーゲームの場ではなく、企業の事業と理念に共感し長期にわたって経営を支えたいと考える株主が中心となった層の厚い市場にすることである。これは、世界の中での日本市場の魅力になる。

特集1:求められる高齢投資家対応

高齢者の資産管理と持続的代理権-長寿化時代に求められる支援の拡充-

野村 亜紀子

要約を見る要約を閉じる

要約
 

  1. 長寿化が進む中で、多くの個人が、高齢期の資産管理により資産寿命の延伸を目指す必要性は高まっている。その際、誰にでも起こりうる認知判断能力低下に対する備えが重要であり、一つの選択肢として、事前に取引の代理人を指名し代理権を付与する方法がある。
     
  2. 日本では任意の代理権付与が可能だが、認知判断能力喪失後も代理権を持続させることには問題があるとも指摘されている。その点、米国では統一代理権法(UPOAA)の下で持続的代理権委任状(DPOA)の制度が整備されており、本人の能力喪失後も代理権の効力が持続する。本人が健常なうちに代理人を指名し、預金、証券、保険、不動産、信託など様々な資産について、本人の望む形で権限を付与することができる。代理人は受託者として本人の最善の利益追求等を求められる。
     
  3. DPOAを含む事前の備えの重要性は、米国の金融関連当局も認識しており、一般向けの情報発信等を行っている。一方で、代理人の権限濫用による不正という現実もある。不正を完全に防ぐ手立てはないものの、DPOAの有用性は支持されている模様である。
     
  4. 日本でも、高齢期の資産管理支援の拡充のため、任意代理の制度改善が求められる。米国UPOAAには、代理人の受託者責任の範囲と損害賠償責任、取引相手となる第三者(金融機関等)の保護、一般個人でも利用可能な法定書式の提示など、日本なりのDPOA検討に際して参照すべき論点が含まれている。

意思決定支援を受けた自己決定(SDM)の概念-高齢者支援における追加的な選択肢としての注目-

林 宏美

要約を見る要約を閉じる

要約
 

  1. 米国やカナダ、オーストラリア等の国々では、高齢者支援における追加的な選択肢の一つとして、意思決定支援を受けた自己決定(SDM)の概念が近年重視されるようになっている。サポーターが可能な限り高齢者本人の意思決定を支援し、本人によるスムーズな自己決定を可能にするというSDMの概念は、2006年12月に国際連合が採択した「障がい者の権利に関する条約(CRPD)」に端を発する。
     
  2. SDMに基づく自己決定は、(1)最終判断は高齢者本人、(2)裁判所は無関与、(3)サポーターの陣容や支援内容の変更等が可能、(4)サポーターはチーム制も取りうるし、支援内容に応じて別のサポーターを付けることも可能、といった特徴があり、後見制度と一線を画している。
     
  3. 米国では、2017年に「後見・保全その他の保護措置に関する統一法(UGCOPAA)」が制定されている。UGCOPAAでは、後見制度の利用を開始する前に、「より制約の少ない代替的な選択肢(less restrictive alternatives)」としてSDM等を検討すべきである、とされている。
     
  4. 少子高齢化社会の日本においても、高齢者支援ツールのラインアップ拡充の一つに、SDMの概念に基づく支援を含めることは、検討に値するのではないか。ニューヨーク州の事例では、SDMによる支援を利用しない場合に比べて、高齢者本人の生活の質(QOL)が向上し、より自立した生活を営むことになりうるという利点が指摘されている。また、地方自治体等の負担抑制につながる可能性も注目に値しよう。

米国における高齢者支援の新たな選択肢「SDM」と金融リテラシーの拡充

門倉 朋美、林 宏美

要約を見る要約を閉じる

要約
 

  1. 米国などでは、後見制度に加えた選択肢の一つとして、意思決定支援を受けた自己決定(SDM)という概念を基にした取り組みが重視されるようになっている。SDMにおいて、最終判断を行う主体は高齢者本人であり、高齢者本人による自己決定を支援する者(サポーター)は支援に徹する。サポーターによる支援内容は多岐にわたり、金融面に焦点を当てると、サポーターの金融リテラシー向上が鍵を握ることから、そのための取り組みも進められている。
     
  2. 米国保健福祉省(HHS)による支援のもとで設立された米国意思決定支援資源センター(NRC-SDM)は、ウェブサイトを通じてSDM関連法令や外部リソースの情報発信等に取り組んでいる。AARPやテキサス・アップルシード、米国州裁判所センターは、サポーターの金融面のリテラシー向上に資するツールとして、SDM契約におけるサポーター向けガイドやオンライン・トレーニングを提供する。
     
  3. 金融面に関するツールは、(1)サポーターの受託者責任、(2)経済的虐待に関する注意喚起、の内容が盛り込まれている点が特徴的である。SDMに基づく金融面の支援がうまく機能するか否かは、サポーターのSDMに対する理解及び金融リテラシーに依拠するところも大きい。
     
  4. 日本では高齢者の認知判断能力が低下し財産管理が困難になると、成年後見制度の利用が想定されるが、結果的に高齢者本人の判断する権限が限定される。高齢者支援の選択肢の一つとして、日本でもSDMの概念に通ずる取り組みができないか、検討に値するのではないだろうか。その際に、高齢者支援に携わる者が備えるべき金融リテラシーの具体化も重要と言えよう。

特集2:アセットオーナー改革への示唆

ビル&メリンダ・ゲイツ財団の資産運用戦略及び助成活動-日本に求められるアセットオーナー改革への示唆-

岡田 功太、船津 太佑

要約を見る要約を閉じる

要約

 

  1. 岸田文雄首相は2023年10月2日に、「受益者に適切な運用の成果をもたらすよう、アセットオーナーに求められる役割を明確化したアセットオーナー・プリンシプルを、来年夏を目途に策定」すると述べた。アセットオーナーとは、資金の運用等を受託し自ら企業等に投資を行う資産運用会社に対して、当該資金を出す資産保有者のことであり、年金基金、保険会社、大学基金、財団、美術館、博物館などが含まれる。
     
  2. 米国では、アセットオーナーの多くが積極的な資産運用を行っている。米国の財団の中でも最大の資産規模を有するビル&メリンダ・ゲイツ財団は、ビル・ゲイツ氏、メリンダ・フレンチ・ゲイツ氏、ウォーレン・バフェット氏から寄付を受け入れ、助成活動に必要な財政的資源を確保すべく、ビル・ゲイツ氏の資産管理会社カスケードから投資助言を受けて多様な資産への分散投資を行っている。
     
  3. 日本の財団の多くは、預貯金・債券に偏重したポートフォリオを構築しているが、今後は助成活動に必要な財政的資源を確保すべく、専門の資産運用会社等から投資助言を受け、多様な資産に分散投資を行う必要があろう。また、今後策定されるアセットオーナー・プリンシプルにおいては、アセットオーナーの運用高度化を図るべく、分散投資義務等を規定することを検討してもよいのではないだろうか。

ノルウェー政府年金基金グローバルによるアクティブ運用と開示を巡る取り組み

関田 智也

要約を見る要約を閉じる

要約
 

  1. 岸田文雄首相は2023年10月、「アセットオーナー・プリンシプル」を2024年夏を目途に作成し、その中で、最善の利益をもたらす資産運用会社の選択や、ステークホルダー等への運用内容の見える化などを求めるとしている。これらの論点に関して、ノルウェー政府年金基金グローバル(GPFG)が先進的な取り組みを進めている。
     
  2. GPFGは、株式ポートフォリオの外部委託運用について、将来良好なリターンを生み出すマネージャーを発掘すべく、アクティブ・サーチと呼ばれる独自のプロセスを活用している。具体的には、幅広い情報ソースに基づき、トラックレコードではなく、良好なリターンを生み出すマネージャーが備える共通の特性を重視した外部委託先の選定を行っている。
     
  3. また、GPFGは、最終受益者たるノルウェー国民をはじめ、投資先企業などを含む幅広いステークホルダーの信頼を得るため、透明性の向上を図っている。具体的には、パフォーマンスやコストを巡る開示強化のほか、議決権行使状況の詳細などを開示している。
     
  4. こうした取り組みを通じて、GPFGは幅広いステークホルダーの信頼を勝ち取ることに成功している。日本におけるアセットオーナー・プリンシプルの策定プロセスで議論されるとみられる論点につき、一つのモデルケースになるものと言えよう。

特集3:中銀デジタル通貨(CBDC)の進展

デジタルユーロ導入に向けたEUの動向

関田 智也

要約を見る要約を閉じる

要約
 

  1. 世界各国で、中央銀行デジタル通貨(CBDC)導入の検討が進んでいる。CBDCとは(1)デジタル化されていること、(2)円などの法定通貨建てであること、(3)中央銀行の債務として発行されていること、の3つを満たすものである。CBDCは、金融機関間の決済目的に発行されるホールセールCBDCと、企業や個人の決済にも利用可能なリテールCBDCに分類される。
     
  2. 欧州連合(EU)は、リテールCBDC導入に向けた取り組みを進めている。欧州中央銀行(ECB)は2023年10月、ユーロ圏におけるリテールCBDCであるデジタルユーロの導入プロセスを「準備フェーズ」へ移行させることを決定した。また、欧州委員会は2023年6月、デジタルユーロの法的枠組みを整備すべく、法案パッケージを公表した。デジタルユーロ導入を見据えた法整備が動き出したことは、EUが主要先進国におけるリテールCBDC導入の動きで一歩リードしている証左と言えよう。
     
  3. 一方で、デジタルユーロ導入の意義や備えるべき主要な特性に関して、EUにおけるコンセンサスは未だ形成されておらず、デジタルユーロの導入が既定路線になっているとも言い難い。目先は、デジタルユーロ導入を正式に決定するための必要条件と位置付けられる法案パッケージの採択に向けた動きが注目されよう。
     
  4. 日本においては、技術面における実証への取り組みを続ける傍ら、将来の決済システムのあり方、及びCBDCが果たし得る役割につき、EUを含む他の法域との共通点・相違点を踏まえながら議論を深めていくことが求められるだろう。

中央銀行デジタル通貨で先行するアジア主要国の取り組み-シンガポール、タイ、インドの事例-

北野 陽平

要約を見る要約を閉じる

要約
 

  1. 近年、中央銀行デジタル通貨(CBDC)を巡る動きが世界的に活発化している。CBDCの導入に向けた進展状況は国によって大きく異なるが、総じてアジア主要国がCBDCの取り組みで先行している。
     
  2. シンガポール金融管理局(MAS)は2016年、分散型台帳技術(DLT)活用の一環として、ホールセール型CBDCの取り組みを開始した。MASは、海外主要国の中央銀行等と協力し、クロスボーダー決済の効率化・高度化に向けた実験を進めているが、先行して国内銀行間決済向けCBDCの試験運用を2024年に開始する計画である。
     
  3. タイ銀行(BOT)は2018年、DLT活用の一環として、国内銀行間決済向けCBDCの取り組みを開始した。BOTはMASと同様に、海外主要国の中央銀行等と協力し、複数通貨でのクロスボーダー決済向けCBDCの実験に参加する一方、リテール型CBDCの試験運用も実施済みであり、ホールセール型CBDCとリテール型CBDCの両方を推進している。
     
  4. インド準備銀行(RBI)は2022年12月、リテール型CBDCの試験運用を開始した。RBIは、1日当たり取引件数を2023年末までに100万件へと増加させる目標を掲げた。3億人超の利用者を抱える国内決済システムとの相互運用が開始されたが、1日当たり取引件数は2023年10月時点で約2.5万件に留まったとされる。
     
  5. CBDCは、決済の効率化・高度化に貢献するのみならず、DLTの活用を通じて、金融・資本市場のデジタル化の促進という点でも重要な役割を担い得る。今後、他のアジア諸国においても、CBDCが金融・資本市場のデジタル化の促進につながることで、中長期的にアジア全体の金融・資本市場の持続可能な発展を下支えするか、注目したい。

金融・証券規制

2023年の銀行混乱に係るバーゼル委員会・FSB報告書-銀行監督・規制、破綻処理の枠組みの新たな課題-

小立 敬

要約を見る要約を閉じる

要約
 

  1. シリコンバレー・バンク(SVB)の破綻を契機にクレディ・スイス(CS)の実質破綻をもたらした2023年3月の銀行を巡る混乱の教訓として、バーゼル委員会が銀行監督・規制上の課題を整理した報告書を、金融安定理事会(FSB)が銀行破綻処理の枠組みにおける課題をまとめた報告書をそれぞれ2023年10月に公表した。
     
  2. バーゼル委員会の報告書は、監督上の課題として流動性監督強化を含む幅広い監督分野の課題を議論している。規制上の課題については、流動性カバレッジ比率(LCR)、銀行勘定の金利リスク(IRRBB)を含む規制のあり方に関する課題を指摘する一方、現行のバーゼルIIIを修正するかどうかはバーゼル委員会による今後のフォローアップ作業に委ねられた。
     
  3. FSB報告書の注目は、CSにベイルインが適用される可能性があったことを明らかにしたことである。スイス以外の関係当局はベイルインの実行が可能という確信を得たように窺われる。また、ソーシャル・メディアと金融のデジタル化という今日的環境を背景に高速のバンクランが生じたことを受けてFSB報告書は、預金保護の範囲の見直しや預金保護のための長期債発行という新たな論点を認識した。
     
  4. 今日的環境を踏まえた監督・規制や破綻処理における課題については、バーゼル委員会の報告書もFSB報告書も議論の出発点を示すものであって、現行の枠組みの修正を図るような具体的な方針を示していない。両報告書の流れを受けた今後のさらなる議論の帰趨に注目する必要があるだろう。

銀行勘定の金利リスク(IRRBB)に関するバーゼル委員会の提案-金利ショックに関連する見直し-

小立 敬

要約を見る要約を閉じる

要約
 

  1. バーゼル委員会は2023年12月に、銀行勘定の金利リスク(IRRBB)における金利ショックの水準の見直しを図るための市中協議文書を公表した。2016年に最終化されたIRRBB基準は、金利ショック水準を定期的に見直す方針を掲げており、市中協議文書が提案する見直しは、概ね既定路線に沿ったものとして捉えられる。IRRBB基準は、金利ショック・シナリオの生成に用いられる各通貨の金利ショック水準について、2000年から2015年までの時系列データを基に設定している。
     
  2. 市中協議文書は、時系列データを2022年まで拡張するとともに、金利ショック水準を設定するための新たな計測手法も提案している。金利がゼロに近いときに相対的に金利変化率が大きくなるという現行の手法に関わる課題に対応するものである。こうした見直しの結果、米ドルやユーロを含む一部通貨の金利ショック水準が引き上げられており、これらの通貨に関して計測されるIRRBBの値に影響を与えることが想定される。
     
  3. もっとも、円金利に関しては、現行の金利ショック水準が維持される見通しである。日本の銀行が計測するIRRBBの値は、その多くが円金利によるものであると考えられることから、市中協議文書における提案が最終化されてもIRRBBの全体的な値に大きな影響を与えないように窺われる。
     
  4. ただし、2023年3月のシリコンバレー・バンクの破綻を機にIRRBBのあり方が注目されるようになってきている。世界的に政策金利が引き上げられる金融環境において、銀行の金利リスクへの注目も高まってきている。今般の市中協議文書の提案とともにバーゼル委員会におけるIRRBBのあり方に関する議論の行方にも注意を向ける必要があるだろう。

中国株式市場における株価維持政策の動向-5年ぶりの市場介入の背景と評価-

関根 栄一

要約を見る要約を閉じる

要約
 

  1. 中国の2023年第3四半期(7~9月)の実質GDP成長率は前期比で1.3%増、1~9月で前年同期比5.2%増と、政府が設定した通年の5%前後という成長率目標を達成できる見込みが立った。一方、株式市場を見ると、A株(人民元建て株式)の代表的な指数である上海総合指数の終値は、10月20日に2,983.06ポイントとなり、2022年11月3日以来、約1年ぶりに心理的節目の3,000ポイントを下回った。
     
  2. 3,000ポイント割れ前の10月11日には、中国人民銀行傘下の政府系ファンドによる大手銀行株の買い支えが行われた。同ファンドによる株価維持政策(PKO)の発動は2015年夏以来、また、中国当局が株式市場に介入するのは2018年10月以来、5年ぶりとなった。その後、3,000ポイント割れが続いた10月23日の夜には、同ファンドから上場投資信託(ETF)を買い増したとの追加表明がなされた。
     
  3. 景気の減速を受けた2023年7月24日の中国共産党政治局会議以降、9月末まで、政府から内需の拡大に向けた対策が打ち出されてきたものの、相次ぐ株価下落は、財政出動を伴わない形での景気対策の効果や、個別企業を含む不動産セクターへの見通しについて、投資家の不安や不透明感が反映されたものと考えられる。
     
  4. この間、中国証券監督管理委員会としても、株価の動向を見ながら市場対策を打ち出し、8月18日には更に包括的株式市場活性化策を公表した。証券取引所の株式取引手数料の引き下げ、証券優遇税制措置の延長、証券取引印紙税の引き下げ等の市場対策や、自社株売却の制限、新規株式公開(IPO)・増資ペースの調整等の需給調整策が導入されている。
     
  5. 投資家の関心事項のうち、景気対策では10月24日に特別国債1兆元の発行が決定され、10月末の中央金融工作会議では不動産業界発展の新たなモデルを構築する方針が確認された。株式市場でも、更なる活性化に向け、投資家層拡大の重要性が高まっている。他に、株式市場活性化策の公表の仕方により、投資家の市場への信認を高めることもできると考えられる。

中国における社債市場の改革-管理監督の一元化と発行登録制の深化-

宋 良也

要約を見る要約を閉じる

要約
 

  1. 中国の社債市場(公司債・企業債)は、管理監督体制・発行取引市場ともに分断されている。こうした状況は、発行体・投資家に混乱を招くだけでなく、社債市場の価格形成に歪みをもたらすリスクもあると指摘されてきた。
     
  2. そこで中国政府は、社債市場の一元化に向けた施策を打ち出し、多様な発行体が資金調達しやすい社債市場の構築を目指してきた。直近の施策として、企業債の監督権限を証券監督管理委員会(証監会)に移管したことや、2020年から始まった債券発行登録制の深化に関する規則改正が挙げられる。
     
  3. 前者の移管措置は、企業債を公司債の管理監督と同じフレームワークの下に置くことで、社債の管理監督体制を一元化する動きとなっている。後者の発行登録制の深化は、情報開示の強化や審査・登録プロセスの効率化等を図るものであり、市場メカニズムが働く社債市場の構築を目指している。
     
  4. これらの施策により、中国の社債市場に、より多くの発行体が参入することが期待される。ただし、企業債については未だ銀行間債券市場と取引所市場を跨る取引が可能であり、社債市場の一元化は未完成と言えよう。また、将来的には、社債市場による民営企業の資金調達を支援する政策も講じられる可能性がある。中国における社債市場が今後どのように発展していくのか、注目される。

個人マーケット

米国の家計が教育資金を「貯める・増やす」ことを支援する税制優遇制度529プラン

岡田 功太、橋口 達、船津 太祐

要約を見る要約を閉じる

要約
 

  1. 日本では、高等教育費の負担や奨学金の返済などが少子化の一因として指摘されている。教育資金の確保を支援する制度として、教育資金に係る贈与税非課税措置が存在するが、同制度では長期分散投資をすることで資産を増加させることはできない。また、同制度は2026年に失効する予定である。
     
  2. 米国では、教育資金向けの税制優遇制度である529プランの利用が拡大している。全米最大の資産残高を誇るバージニア州の529プランはキャピタル・グループと連携し、それに次ぐニューヨーク州の529プランは主にバンガードと連携して運営されている。これら資産運用会社は、529プラン加入者向けのファンドの開発を進めている。
     
  3. 529プランに係る制度は、教育資金支援を主眼としつつも利便性向上の観点から度々見直されており、2024年以降は同プランの資産を一定額まで退職資産形成制度に移管することが可能となる。つまり、529プランは、個人を生涯にわたり支える資産形成制度の一部として位置づけられたといえる。
     
  4. 目下、岸田政権は、資産運用立国の実現を目指している。日本においても、教育資金を「貯める・増やす」ことを支援する税制優遇制度である「日本版529プラン」の創設を検討しても良いのではないだろうか。また、少額投資非課税制度(NISA)の利用方法の一つとして、教育資金の確保を目的とした資産形成を行うことも検討に値しよう。

英国のISA改革案-投資家の利便性向上と金融事業者の競争促進-

関田 智也

要約を見る要約を閉じる

要約
 

  1. 日本及び英国において、個人投資家向けの税制優遇策の改革が進んでいる。日本では、少額投資非課税制度(NISA)の抜本的な改定が盛り込まれた令和5年度の税制改正法が、2023年3月の参議院本会議で可決・成立した。新たなNISA制度(新NISA)により、家計の金融資産を貯蓄から投資へシフトさせることが企図されている。
     
  2. 2023年11月22日に英国財務省が公表した秋季財政報告(Autumn Statement)では、個人貯蓄口座(ISA)改革案が示された。主な内容は、同一カテゴリ/同一年度内で複数口座への入金を可能とし、異なる金融事業者へのISAの移転を柔軟化するほか、長期資産ファンド(LTAF)等をISAで投資可能とするものである。本改革案は、制度の柔軟化や投資対象の拡大により、投資家の利便性向上と金融事業者間の競争促進を図る内容であると評価できる。
     
  3. ISA改革案は、業界関係者から一定の評価を得ている一方で、家計の投資を大きく促進するためには、より本質的な制度改正が必要であると主張する向きもある。金融資産の保有額が少ない個人への投資アドバイスの担い手が不足している、所謂「アドバイス・ギャップ」改善を図る英国金融行為規制機構(FCA)の規則策定を巡る動向も注目されよう。
     
  4. 税制優遇策の創設や利用で先行する英国のISA改革案が、英国投資家によるISA利用の拡大や、投資家目線での制度の利便性向上にどのように寄与するのか、注目と言えよう。

アセットマネジメント

米国401(k)プランで普及するCIT型のターゲット・デート・ファンド

岡田 功太、中村 美江奈

要約を見る要約を閉じる

要約
 

  1. 岸田政権は2023年12月に、資産運用立国実現プランを公表した。同プランは、家計が老後の資産形成を行う上で重要な役割を果たす企業型の確定拠出年金(DC)の課題を指摘した。すなわち、企業型DC加入者は、インフレリスクを十分に考慮して運用する必要があるが、同加入者の約3割が元本確保型商品のみで運用していることを踏まえると、適切な商品選択が行われているとは言い難いという指摘である。
     
  2. 米国の401(k)プランでは、ターゲット・デート・ファンド(TDF)が主要な投資対象として拡大している。米国のTDFは、ミューチュアル・ファンド型で組成されることが多かったが、足元では、コレクティブ・インベストメント・トラスト(CIT)型へシフトしている。CITとは、銀行が運営する退職プラン加入者向けのファンド形態の一種であり、ミューチュアル・ファンドよりも経費率が低くなる傾向がある。
     
  3. 米国のリタイアメント業界を取り巻く環境は、伝統的なミューチュアル・ファンド中心の市場から、CITを中心とした市場に変わろうとしており、TDFへのシフトは象徴的な事象といえる。バンガードなどの大手資産運用会社はCIT型TDFを提供し、市場を席巻し始めている。
     
  4. 米国においては、401(k)におけるファンド形態も含めた創意工夫が、資産運用業界の進化や家計の資産形成の促進を支えている。CIT型TDFを巡る動向は、特色ある運用商品の多様化などを通じて、資産運用業の高度化を目指す日本にとって示唆に富むものであるといえよう。

米国SECによる公募ファンド開示規制の改革

橋口 達

要約を見る要約を閉じる

要約
 

  1. 米国では、個人投資家にとっての利便性・わかりやすさの向上を企図した、公募ファンドの情報開示に係る規制改革が進展している。
     
  2. 米国証券取引委員会(SEC)が2022年10月に採択した規則は、ファンドの投資家報告書について、シリーズ/シェアクラス毎の作成・交付の義務化等により分量を大幅に削減した。同規則は、ファンド広告における手数料表示についても、表記法を標準化するなど厳格化した。
     
  3. SECが2023年9月に採択したファンド名称規則は、ESG(環境・社会・ガバナンス)やグロース/バリューなどの名称を持つファンドに対しても、資産の80%以上をファンド名に冠した資産に投資するよう義務付けた。ESGについては、いわゆるグリーンウォッシングへの懸念が背景にある。
     
  4. いずれも個人投資家を念頭に置いた規制改革であるが、資産運用会社の負担増という側面もある。運用会社・販売会社のビジネス戦略や家計のファンド選択にどのような影響を及ぼすか、注視していきたい。

金融イノベーション

スイスの地方公共団体によるデジタル地方債の発行と日本への示唆

江夏 あかね

要約を見る要約を閉じる

要約
 

  1. スイスでは、ティチーノ州ルガーノ市が2023年2月、バーゼル・シュタット準州及びチューリッヒ州が同年12月、デジタル地方債を発行した。
     
  2. スイスでは、(1)魅力的な税制と立地条件、(2)行政によるブロックチェーン技術の活用や産業支援、(3)ブロックチェーン技術に精通する人材の創出、(4)法的基盤の確立、の要因等を背景に、ブロックチェーン産業が発展し、デジタル地方債の発行に至った。
     
  3. スイスの地方公共団体によるデジタル地方債は、発行体によるデジタル化の推進や資金調達の多様化といった目的も背景に発行された。また、デジタル化に伴う信用格付けへの影響がない形での起債、スイス証券取引所(SIX)とSIXデジタルエクスチェンジ(SDX)への重複上場及びスイス国立銀行(SNB)のレポ取引の適格担保としての位置付け等を背景に、投資家にも円滑に受け入れられた。
     
  4. 日本では2023年12月時点で、法律の手当が行われていないこともあり、デジタル地方債の発行実績はないものの、発行を可能とする法令上の措置等を含めて必要な調査・検討が行われている。仮に、日本でデジタル地方債の発行が可能となった場合、スイスの事例を踏まえると、(1)デジタル地方債に特化した投資家向け広報(IR)の実施、(2)デジタル地方債の発行に伴う新たなリスクの回避と第三者による見解の取得、(3)流動性支援策の検討、が円滑な資金調達につなげるカギになると考えられる。

税・会計制度

米国上場企業の財務報告の修正と役員報酬の返還-クローバック制度の導入を義務付けるSEC-

板津 直孝

要約を見る要約を閉じる

要約
 

  1. 米国証券取引委員会(SEC)は、2023年6月、取引所による、クローバック制度に係る上場基準の改正案を採択した。クローバック制度とは、役員報酬算定の基礎となった財務報告について、財務報告の修正を行うことが必要となった場合に報酬の返還を求めるものである。同改正により上場企業は、クローバック方針の導入と年次報告書等での情報開示が求められることとなった。
     
  2. 米国におけるクローバック制度は、2002年7月にサーベンス・オクスリー法(SOX法)によって初めて定められた。SOX法第304条では、CEO及びCFOに限定して12か月以内に受領した報酬等の返還を求めているのに対して、改正された上場基準では、現職及び退職したすべての役員を対象とし、報酬の返還期間もより長期の3年間としている。同上場基準は、財務報告の修正と役員報酬との連動性を高め、財務報告についての不正を抑止し、企業から役員への不当な財産の移転を是正し、株主との関係における公平性を確保することを目的としている。
     
  3. 日本では、2015年6月に導入されたコーポレートガバナンス・コードの適用以降、役員報酬について、業績に連動するインセンティブ報酬の重要性が指摘されるようになった。インセンティブ報酬の導入の促進については、法人税法上でも対応が進められた。
     
  4. 日本ではクローバックを直接規定した法令はないが、グローバル企業の中には、報酬体系を米国上場企業並みに整備する企業も増え始めている。日本企業が、役員報酬と中長期的な企業価値との整合性を図るべく報酬体系を整備し、役員報酬に占めるインセンティブ報酬の割合を高める過程で、SECによるクローバック制度の導入の義務付けからは、一定の示唆を得ることができると言える。

無形資産ファイナンスを推進するシンガポール-無形資産開示フレームワークの公表-

板津 直孝

要約を見る要約を閉じる

要約
 

  1. シンガポール知的財産庁(IPOS)とシンガポール会計企業規制庁(ACRA)は、2023年9月、無形資産ファイナンスを推進する一環として、「無形資産開示フレームワーク(IDF)」を公表した。シンガポールの無形資産戦略の長期目標は、企業の無形資産の管理と商業化を支援し、信頼できる無形資産の評価及び情報開示を通じて、大きな利益構造を構築することにある。
     
  2. 無形資産は、企業が長期的に持続可能な方法で価値を創造するための重要な経営資源であり、近年、企業価値の大半を無形資産が占める企業が増加している。国際的には、無形資産の評価と情報開示が未だ初期段階にあることから、シンガポールでは、無形資産に特化した情報開示の枠組みであるIDFが策定された。
     
  3. IDFの主要な開示原則は、戦略、識別、測定及び管理の4つの柱に基づいて、企業が無形資産をどのように開示すべきかについて推奨される開示事項を具体的に定めており、いわゆる細則性を有している。
     
  4. 無形資産の投資及び活用については、日本においても課題が指摘されている。現状、基本的な原則を示したガイドラインが提供されているが、それに留まらず、細則性を有する無形資産開示のフレームワークが欠かせない。
     
  5. 投資家は、中長期的な投資戦略において投資先の無形資産投資をより一層重視しており、企業による無形資産に関する情報開示への期待を強めている。国際的に先行するシンガポールのIDFは、日本企業にとっても投資家からの評価につながる無形資産関連の情報開示をする上で、有用なフレームワークであると言える。

リサーチポータルに会員登録していただくと、全文をデジタルブックで無料で閲覧いただけます。