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信州大学経法学部 教授 大野 太郎
要約
日本の家計貯蓄率は低下傾向にあるが、その一つの要因としては高齢化の影響が挙げられる。その理論的背景にはライフサイクル仮説があるが、日本の状況は常に仮説の想定と整合的であったわけではない。マクロの貯蓄率低下の原因としては高齢化よりも高齢層の貯蓄率そのものの低下が大きく寄与しており、またそれは財産収入や年金収入といった収入環境の変化によって生じている。他方、2010年代半ば以降、近年の貯蓄率はやや持ち直しており、その背景には高齢者や女性の就業率上昇が指摘されている。今後の家計貯蓄率を展望するにあたっては金利や労働市場の動向にも注目していく必要がある。
野村資本市場研究所 研究理事 齋藤 通雄
要約
- 国債の保有者別内訳や売買取引高内訳に占める海外の比率のデータが示すように、日本国債市場で海外投資家のプレゼンスは継続的に上昇してきた。
- しかし、データ(保有、売買高)を短期国債とそれ以外(広義の長期国債)に分けると、海外投資家の動きが大きく異なっていることが示される。すなわち、短期国債については、売買において買付がほとんどで、保有者に占める海外投資家の比率も大きく上昇している一方、長期国債については、売買双方で海外投資家の比率が上昇している中で、保有はそれほど大きく増加しているわけではない。
- このような海外投資家の二つの行動類型は、筆者が国債のインベスター・リレーションズ(IR)での接触を通じて確認した海外投資家の投資動機と対応していると考えられる。すなわち、(1)安全性・流動性の高さに着目して日本国債に投資するか、或いは、(2)収益の観点から日本国債に投資するか、である。
- このように、海外投資家にも複数の類型が存在し、類型によって投資動機や投資手法も異なることから、海外投資家の分析に当たっては、「海外」ということで一括りにしてしまうとミスリードする恐れがあることに留意が必要である。
- なお、長期国債市場で観察される海外投資家のこれまでの行動パターンを考えると、日本銀行に替わる長期国債の安定的な保有者となる可能性については懐疑的に考えざるを得ない。
小立 敬
要約
- 米国のバーゼルⅢ最終化、いわゆるバーゼルⅢエンドゲームの適用が混迷の度合いを深めている。特にトランプ政権が2025年1月から始動し、国際的に合意された金融規制への米国の対応に不透明性が生じており、バーゼルⅢエンドゲームの適用がますます見通せなくなっている。このような不確実性から各国・地域の当局は新たな対応を講じつつある。
- 英国は2025年1月に、バーゼルⅢ最終化(バーゼル3.1)の適用を2027年に1年延期した。すでにバーゼルⅢ最終化を適用しているカナダでは、内部モデル手法に適用されるアウトプット・フロアの段階的な引上げが2025年2月に停止されている。
- EUではバーゼルⅢ最終化の適用が2025年に始まったが、マーケット・リスクの資本賦課の枠組みの改定、いわゆるトレーディング勘定の抜本的改定(FRTB)については、2026年に適用を延期している。さらに、2025年3月に米国や英国における適用の遅れを踏まえて、欧州委員会がFRTBの適用についてEUとしての対応を検討する市中協議を行った結果、FRTBの適用を2027年まで1年間の再延期を行う方針を2025年6月に明らかにした。
- トランプ政権の下、バーゼルⅢエンドゲームを推進してきたバーFRB副議長が退任した一方、ボウマンFRB理事が後任に就任し、バーゼルⅢエンドゲームの検討が再開できる環境になったように窺われる。もっとも、トランプ政権下で金融規制見直しを企図するベッセント財務長官は、米国にとっての利益の観点から、バーゼルⅢ最終化の適用は根拠が検証されたものに限定しようという考え方を示しており、その見解が反映されると、米国のバーゼルⅢエンドゲームは国際合意から逸脱していくことも想定される。バーゼルⅢ最終化の完全かつ整合的な適用に対する不確実性はさらに高まっているように窺われる。
小立 敬
要約
- 米国の連邦準備制度理事会(FRB)は2025年4月に、銀行が行う暗号資産およびドル建てトークン業務に関して、過去に提示していたガイダンスを撤回し、監督上の期待を変更する旨を公表した。暗号資産を推進するトランプ政権の方針を踏まえて、FRBが銀行による暗号資産関連業務について慎重かつ保守的であった従来の姿勢を転換させたものである。
- トランプ大統領は米国を「世界の暗号資産の首都」とする考えを表明しており、大統領就任直後の2025年1月には、暗号資産を含むデジタル金融テクノロジーを推進する大統領令を発出している。3月には、連邦政府が押収し保有するビットコイン等を管理・備蓄するための大統領令を発出し、ホワイトハウスの主催で「デジタル資産サミット」を開くなど、暗号資産を積極的に推進する方針を打ち出している。
- FRBの上記の公表は、すでに方針転換を明らかにしていた連邦預金保険公社(FDIC)や通貨監督庁(OCC)に続くものである。今後、銀行が行う暗号資産関連業務に関し米国当局がどのような監督・規制措置を打ち出すのかが注目される。特に重要な論点となり得るのが、バーゼル委員会が定めている暗号資産エクスポージャーのバーゼルⅢにおける扱いである。一定の要件を満たさないグループ2暗号資産には、エクスポージャーの制限や厳格なリスクウェイトの適用が規定されており、米国当局との間で対応の相違が生じる可能性がある。
- すでに、米国のバーゼルⅢ最終化の適用(バーゼルⅢエンドゲーム)については着地が見通せない状況となっており、米国以外の当局は適用延期などの対応を図りつつある。2026年の適用が予定されるバーゼル委員会による暗号資産エクスポージャーのバーゼルⅢにおける扱いに関しても、規制のフラグメンテーション(分断)が生じることが懸念される。
関根 栄一
要約
- 2025年4月21日、(証券当局以外の)中国金融当局と上海市政府は共同で、合計5分野から成る「上海国際金融センターにおける国境を越えた金融サービスの利便性向上に向けたアクションプラン」(以下、アクションプラン)を公表した。
- アクションプランは、米国トランプ政権による相互関税の中国経済への負の影響を回避するため、中国企業の海外進出に際し、上海をハブとして金融面で支援するものとなっている。また、アクションプランの実施に当たっては、中国金融当局の上海出先機関を含む特別チームが上海市政府内に組成され、トップダウンで総合的に取り組む体制が構築される。
- アクションプランのうち、2番目の為替分野では、第1に、海外進出企業の全ての取引シーンでの人民元利用の「ユーザー体験」を高めるとした。第2に、「人民元優先」理念の啓発を強化し、海外進出する中央・地方の国有企業が優先的に人民元を使って対外決済するよう奨励する。第3に、中国の広域経済圏構想である「一帯一路」沿線国での人民元の利用を促進し、上海をハブとして、人民元がグローバルに循環・使用される取引体系を構築する。他に、アクションプランは、人民元建て金取引価格体系の海外への普及も目指している。
- 上海は、越境人民元決済の中国国内シェア4割強を占め、直接投資や証券投資といった資本取引を中心に、香港向け人民元クロスボーダー決済の中国本土のセンターとなっている。この上海の優位性を受け、アクションプランでは、銀行外貨業務、デジタル人民元の多国間決済、適格国内有限責任組合(QDLP)の投資規制緩和など計8項目の新たな実験を行う。
- 中国政府はアクションプランと同じタイミングで、サービス取引や自由貿易試験区での規制緩和策を公表した。証券分野では適格海外有限責任組合(QFLP)の投資規制緩和を行う。今後、企業や銀行による人民元建て資本輸出に加え、中国証券監督管理委員会も関与する形で、双方向のクロスボーダー投資を促すアクションプランの証券版も作成されれば、外国の金融機関や投資家にとっても、上海での金融ビジネスを再評価することにもつながろう。
橋口 達
要約
- 米国の資産運用業界では、アセット・ベースド・ファイナンス(以下、ABF)への注目が高まっている。ABFは、複数の貸付債権等から成るポートフォリオを構築するプライベート・デット・ファンドの運用戦略の一つであり、定期的なキャッシュフローを生み出す特定の資産(原資産)プールをリターンの源泉とするものである。
- ABFの資産運用会社は、オリジネーターたる銀行やフィンテックとの提携等を通じて、原資産の買い取りルートを確保している。結果的に、銀行の資本賦課の軽減や、消費者に資金を融通するフィンテック企業の事業活動にもつながっている。ABFには近年、公務員年金や大手生命保険会社も投資を開始している。
- ABFは、投資家の分散投資の促進に繋がり、より多様な主体による資金調達の経路強化に寄与し得るものと考えられる。トランプ政権もプライベート資産への投資を後押しするスタンスを示している。他方、ノンバンク金融仲介の拡大は、グローバルな規制当局の警戒するところとなっている。ABFの拡大による金融システムの複線化がどのような展開を迎えるのか、その中で、プライベート資産への投資促進や国際協調路線から距離を置くトランプ政権の方向性がどのように影響していくのか、今後が注目される。
竹下 智
要約
- 世界のスポーツ市場は2023年時点で4,849億米ドルに達し、2028年には6,510億米ドルに拡大すると予想される。北米4大プロリーグを中心にチーム価値が急上昇し、過去10年で年平均15.1%の投資収益を記録した。また、伝統的資産との相関が低く、景気循環耐性も高いため、ポートフォリオ分散効果も期待できる。
- スポーツチーム投資は「超富裕層の趣味」から「プロフェッショナル投資」へと変貌した。2019年以降、北米4大リーグすべてがプライベートエクイティ(PE)ファンドの参入を段階的に承認し、現在63チームにPE資本が参入している。専門ファンドの台頭に加え、中東ソブリン・ウェルス・ファンドも戦略的投資を拡大している。
- スポーツチームの価値上昇の最大要因は放映権収入の安定的拡大である。スポーツコンテンツ特有のリアルタイム視聴の希少性と予測不能により、ストリーミング時代においても高い商業価値を維持している。テック企業の参入により放映権獲得競争が激化し、長期契約による収益の安定化も進展している。
- 一方で、スポーツチーム投資には特有のリスクが存在する。エグジット手段は戦略的売却が主流で株式上場は非常に限定的であり、買い手プールの制約により流動性リスクが常に存在する。また、リーグ規制や利害関係者間の対立等の構造的制約により、投資回収のタイミングや手段が制限される場合がある。
- 日本では米国型モデルの直接適用は困難である。根本的課題としてビジネスモデルの転換が進んでいないことが挙げられ、加えて市場規模の限定やチーム価値上昇の不透明さも問題となっている。米国の事例を参考にしつつ、地域の投資家開拓、公的支援の活用、社会的価値を重視した独自投資モデル構築が必要である。
中村 美江奈
要約
- 英財務省は2025年5月15日、非上場株式取引プラットフォーム「周期的・非上場の証券・資本取引システム(Private Intermittent Securities and Capital Exchange System: 以下PISCES)」の創設に係る規則を公表した。同規則は6月5日に発効し、早ければ2025年秋にも取引が開始される。
- PISCES創設の背景には、ロンドン証券取引所(LSE)のIPO件数や上場企業数、取引量の減少といった、英国資本市場の競争力低下がある。一方で、IPOまでの期間が伸び、非上場企業のセカンダリー取引への需要は増加しているという事情もある。
- PISCESは非上場株式のセカンダリー取引のみを対象とする、多角的取引システムである。取引は、流動性の集中や有効な価格形成を促進するべく、周期的に限られた期間で行われる。また、発行体は、取引価格や取引時期、取引に参加する投資家を選択する権限が与えられる一方、情報開示や市場操作の監視といった公開市場の機能も持ち合わせる「プライベート・プラス」市場が企図されている。
- 日本においても非上場企業の市場活性化は長年の課題であり、様々な議論や制度整備が行われてきた。直近では金融庁と日本証券業協会が共同で「スタートアップ企業等への成長資金供給等に関する懇談会」を開始し、さらなる取り組みへの検討が進められている。そうした中、PISCESのような取組みは注目に値しよう。
小立 敬
要約
- シリコンバレー・バンク(SVB)の破綻を契機とする2023年銀行混乱では、影響を受けた銀行の預金流出が過去に例を見ない速さで生じた。そこから得られた教訓として、中央銀行からの借入に関連するオペレーションの準備の検討、特に銀行が中央銀行に担保を差入れるための事前準備としての「プリポジショニング」の重要性が認識されつつある。
- 担保のプリポジショニング手続については、イングランド銀行(BOE)がすでに融資担保のガイダンスを策定している。それによると、BOEからの借入に備えて銀行は融資担保が適格要件を満たしていることの確認とともにヘアカットの決定に必要な情報を予めBOEに提供することが必要になる。
- 過去に例を見ない速さのバンクランに対応するべく、中央銀行の流動性支援に備えるため、資金流出が生じ得る負債に応じてプリポジショニングの量的要件を銀行に求めるべきという議論も行われている。実際に、連邦準備制度理事会(FRB)は大手銀行を対象に量的要件を適用する検討を行っている。さらに、国際決済銀行(BIS)の金融安定研究所(FSI)は、流動性規制とプリポジショニングを統合したアプローチを提案している。
- 2023年銀行混乱を踏まえて銀行自身に流動性を確保させる自己保険型の流動性規制の限界が認識される一方で、中央銀行の流動性支援の役割が改めて注目されている。その結果、銀行のオペレーション準備に焦点が当てられ、その一環として担保のプリポジショニングに関する議論が行われている。プリポジショニングの量的要件に関しては、アイデアの段階に留まっていると認識される一方、仮に実現されると銀行に大きな影響を与える可能性が予想される。今後、政策当局者の間でこれらの議論がどのように展開されるのか注視することが必要であろう。
北野 陽平
要約
- アジアを代表する国際金融センターであるシンガポールでは、株式市場の活力が低下している。そうした中、シンガポール金融管理局(MAS)が立ち上げた株式市場レビューグループ(以下、レビューグループ)は2025年2月、株式市場の競争力強化に向けた第1弾となる包括的な施策を公表した。レビューグループの提言は、①質の高い企業の上場促進、②投資家の需要喚起、③規制枠組みの合理化、が柱となっている。
- 質の高い企業の上場促進に関して、シンガポール取引所(SGX)に新たに上場する成長企業は5年間、法人税の税額控除を受けることができる。他にも、シンガポール政府は、高成長企業の資金調達支援を強化すべく、従来よりも投資期間が長い新たなファンドを設立し、2億シンガポールドルを出資する。
- 投資家の需要喚起に向けて、MASは優れた投資実績・能力を持つ資産運用会社のファンドに50億シンガポールドルを出資する株式市場開発プログラムを開始する。他にも、シンガポール上場企業に投資する資産運用会社は、運用資産残高や投資専門家の雇用等の要件を満たす場合、資産運用及び投資助言からの手数料収入に対する法人税が5年間免除される。
- 規制枠組みの合理化として、上場審査機能を担う機関をSGX子会社のシンガポール・エクスチェンジ・レギュレーション(SGX RegCo)に一元化することや、SGXの上場審査基準、目論見書での情報開示要件、上場プロセスの合理化が提言された。
- レビューグループは、シンガポール株式市場の競争力強化に向けた追加策を検討しており、2025年末までに公表する予定である。具体的な成果が得られるまでには時間を要すると考えられるが、シンガポールが中長期的な観点で資金調達ハブとしてのプレゼンスを高め、ひいては国際金融センターとしての地位向上につなげられることに期待したい。
関根 栄一
要約
- 2025年2月17日、北京市で、習近平国家主席が主催する形での民間企業座談会が、2018年11月以来、6年3ヵ月ぶりに開催された。座談会には民間企業31社の創業者・経営者が招待され、そのうち通信機器大手の華為技術(ファーウェイ)等6社から発言が行われた。また、招待者には、人工知能(AI)開発の深度求索(ディープシーク)の創業者・梁文鋒氏や、阿里巴巴集団(アリババグループ)の創業者・馬雲氏も招かれ、市場関係者の話題を呼んだ。
- 3月上旬の全国人民代表大会終了後の3月28日には、北京市で、習主席主催の外資系企業経営者40名超との対話が行われ、日本企業2社も招待された。民間投資や外資導入金額が減少し、世界的に保護主義の動きが強まる中で、2つの会合は民間企業・外資系企業の非公有制経済の中国経済への役割を再評価し、中国政府の支援の姿勢を明確にする機会となった。
- 今回の民間企業座談会に招待された企業の起業地を見ると、杭州市の5社を含む浙江省の6社が最大で、北京市が5社、深圳市が4社、上海市が1社となっている。「杭州の6つの小さなドラゴン」(杭州六小龍)と呼ばれる新興民間テック系企業6社を生み出した杭州市のエコシステムには、①民間主導の企業・投資、②新製品開発力、③国内ベンチャーキャピタルの主要投資先といった特徴がある。浙江省及び杭州市政府も、独自のロボット産業政策や、浙江大学での人材育成、政府系ファンドによる支援で民間企業の成長を支えてきている。
- 2023年以降、中央レベルでは、①民間企業支援の司令塔組織の設立、②「民間経済促進法」の制定、③テック企業の社債発行審査の迅速化等の措置が講じられている。2025年に入ると、1兆元規模の中央主導の「国家創業投資誘導基金」の設立計画が発表されている。
- 2024年後半から中国企業の海外上場が進んでいるが、中国国内では新興市場としての上海・科創板での上場再開が課題である。中国証券会社のリサーチレポートの海外配信の解禁も、外国人投資家による中国発テック企業への再評価を加速できるかどうかの鍵である。社債市場での「科技板」創設計画では、外国人投資家を呼び込める制度設計も重要である。
大川 隼人
要約
- 日本銀行「資金循環統計」によれば、2025年3月末時点の個人金融資産残高は2,194兆6,516億円となり、前期比で減少した(前期比1.9%減、前年同期比0.3%増)。2025年1~3月において、米国関税政策を巡る不透明感から内外株式市場が軟調に推移したことや円高が進行したことを背景に、株式が前期比3.7%減、投資信託が同4.1%減となった。
- 2025年第1四半期(1~3月)中の動きを見ると、「現金・預金」はコメ価格をはじめとする物価上昇の影響により、15.0兆円の資金純流出となった。その一方で、「債務証券」は9四半期連続、「投資信託」は20四半期連続の資金純流入となったほか、「上場株式」も株価下落局面での押し目買いが優勢となったため資金純流入となり、有価証券への資金のシフトは継続していると見られる。
- 足元で株主優待制度の導入が再び拡大している。株主優待制度は企業の安定株主の確保やファン株主の育成、個人投資家の資産形成あるいは株式投資への第一歩といった役割を果たしている。株主優待制度の拡大は、個人投資家の裾野拡大と同時に、政府が掲げる「成長と分配の好循環」の実現にも繋がり得るものと言える。
野村 亜紀子
要約
- 2025年6月13日、年金制度改正法案が成立した。2024年の財政検証に基づく公的年金改革などが盛り込まれている。少子高齢化の下での社会保障制度改革は何らかの負担増の議論が避けられず、少数与党という状況を踏まえれば、様々な課題を残しながらも、法案が成立したこと自体が成果だったとも言えよう。
- 確定拠出年金(DC)法の改正も、併せて実現することとなった。①企業型DCのマッチング拠出(加入者拠出)の企業拠出以下要件の廃止、②個人型確定拠出年金(iDeCo)の加入可能年齢の上限引き上げ、③DCの運用の「見える化」、などが含まれる。いずれも意義深い内容を伴う。
- 2024年12月の「税制改正の大綱」に盛り込まれたDC拠出限度額の引き上げは、法律ではなくDC法施行令の改正事項だが、今後順次実施されるものと思われる。2024年の新NISAの順調な滑り出しに続き、今般のDC制度改正により、個人の資産形成の機運がさらに高まることが期待される。
宋 良也
要約
- 中国における確定拠出型の私的年金である「口座型」個人年金制度は、2024年12月15日から全国に展開された。「口座型」個人年金は、少子高齢化が進展する中、公的年金と職域年金を補完するものとして、当局や国民から期待されている。
- 「口座型」個人年金制度はこれまで、36都市・地域で2年超の試験運用がされてきた。加入者数は2024年11月末時点で7,200万人超に拡大されてきたものの、掛金の拠出者数が低位に留まっているほか、運用の内容が保守的になっている等の課題がある。
- 上記の課題を解決すべく、当局は「口座型」個人年金制度の全国展開に際し、従来の規則を一部改正している。その中で、運用指図がない加入者の拠出金を予め設定された運用商品に投資する「デフォルト商品制度」の導入や、金融機関による投資アドバイス提供の容認といった施策がポイントとなっている。
- 今後の「口座型」個人年金制度を巡る論点として、投資一任サービスの導入や、証券会社における個人年金資金口座開設の容認等が挙げられる。また、日本のiDeCo+(中小事業主掛金納付制度)に相当する、企業年金未実施の事業主による従業員の個人年金への掛金拠出に関する提言もなされている。
関田 智也
要約
- 欧州連合(EU)では、主要なファンド規制においてファンド・マネジメント・カンパニー(以下FMC)の設置が義務付けられており、近年、このFMCを通じて「運用」と「運用以外」の分業が進展するというトレンドが見られている。FMCは、ファンドのミドル・バックオフィス業務を自身で提供、ないしアドミニストレーターやトランスファーエージェントといった専門事業者に委託する一方、ファンドの運用業務を資産運用会社に委託することで、「運用」と「運用以外」の分業を可能としている。
- 欧州の大手資産運用会社では、インハウス(自社及び自社グループ)でFMCを設置・運営するケースが主流となっている。一方で近年、中小規模の資産運用会社がサードパーティのFMCを利用し、「運用」に集中する(「運用以外」の業務をアウトソースする)事例が増加している。この背景には、資産運用会社による業務効率化に向けた意識の高まりがある。
- ルクセンブルクの有力なサードパーティFMC事業者にみられる共通点として、①ワンストップでサービスを提供していること、②基本的なミドル・バックオフィス業務の支援に加えて、特徴的・付加価値の高いサービス(FMC事業者グループ内のプライベートバンク・カストディアンとの連携や、ミドル・バックオフィス業務を一元的に支援するデジタル・プラットフォーム等)を提供していること、が挙げられる。これらは、日本において欧州のサードパーティFMCに類似するサービスを現在提供している、もしくは今後提供を検討している事業者にとり、参考になると考えられる。
- 個別の資産運用会社における「運用」と「運用以外」の分業の促進、新興資産運用会社の参入促進、更には資産運用業界の発展・効率化にも貢献し得るサービスが日本においても広がるか、今後の展開が注目されよう。
北野 陽平、大川 隼人
要約
- ASEANでは近年、政府系ファンド(ソブリン・ウェルス・ファンド、以下SWF)が資本市場の発展に貢献する取り組みを強化しており、特にプライベート市場への投資とサステナビリティ(持続可能性)の推進に重点を置いているように見える。
- シンガポールのテマセクは、大学と連携してディープテック分野のスタートアップの資金調達を支援するとともに、傘下の資産運用会社を通じてスタートアップに投資している。また、テマセクは、脱炭素投資に特化した子会社や戦略的パートナーを通じて、全ての成長段階の企業を対象にサステナビリティ投資を行う体制を構築している。
- マレーシアのカザナ・ナショナルは、スタートアップの資金調達を支援するため、新興運用会社促進プログラム(EMP)等の様々なプログラムを運営している。また、カザナ・ナショナルは、持続可能な責任投資(SRI)スクークの発行において重要な役割を担ってきた。
- インドネシア投資庁は、プライベート・デットの分野で、日本政策投資銀行を含む海外金融機関との提携を強化している。また、2025年2月に設立されたダナンタラ・インドネシアは、非上場株式やサステナビリティ分野を含む資本市場に投資すると見られている。
- ASEANのSWFは、自身が資本市場への投資を行うのみならず、日本を含む海外投資家を誘致するという点でも重要な役割を担っている。今後、同域内のSWFが、資本市場の発展への貢献を高め、長期的に持続可能な経済成長を促進することができるか注目したい。
坂上 聖奈
要約
- 日本において、暗号資産の規制を巡る議論が活発化している。背景として、米国でのビットコイン現物ETFの承認を契機に、有価証券投資の形態で暗号資産エクスポージャーを得るための手段として、暗号資産ETFに対する関心が高まりつつあることが挙げられる。
- 米国では、投資対象としての暗号資産への関心が一層高まる中、2025年1月に発足したドナルド・トランプ大統領の新政権が暗号資産支援の方向性を打ち出しており、暗号資産に係る制度整備に向けた動きが活発化している。
- ビットコイン現物ETFは、ビットコイン現物市場における資金流入増に影響し、また、伝統的な金融資産との相関が低く、ポートフォリオの分散効果に寄与するとされている。
- 日本における暗号資産ETFとしては、①投資信託及び投資法人に関する法律に基づく投資信託として組成する場合、②外国籍ファンドを持ち込む場合、③信託法に基づく受益証券発行信託として組成する場合、が考えられる。また、暗号資産とETFの税務上の取り扱いについても留意する必要があろう。
- 暗号資産ETFは、投資家にとって、有価証券投資を通じた暗号資産へのアクセスを可能とする。日本においても、暗号資産への投資家ニーズが増加する中、暗号資産ETFの実現に向けた今後の議論の動向が注目される。
江夏 あかね
要約
- 地方公共団体は、「金利がある世界」の下、財政運営にこれまで以上に高度な対応力が求められる状況となっている。地方公共団体の財政運営において、金利上昇に伴う潜在的な影響としては、調達金利の上昇に伴う公債費の増大や、基金運用における評価損失の発生やパフォーマンスの向上、が挙げられる。
- 起債運営の観点から、仮に金利が上昇しても、急騰するような状況でない限り、公債費の増大により即座に地方財政の安定性が脅かされることはないと考えられるが、従来以上に工夫が求められることが示唆される。
- 地方公共団体の基金は、現状では大部分が現金・預金で、残りは国債を始めとした有価証券等で運用されている。今般の金利上昇局面では、保有債券の時価が低下し、一部の団体で評価損失が発生していると報じられている。しかし、債券は満期保有の場合、基本的に額面で償還される。また、新たな預金預け入れ、債券投資を通じて過去に比して高い運用パフォーマンスを得られる機会につながることもある。
- 起債運営においては、将来に亘って安定的かつ有利な資金調達を実現するために、(1)金融市場動向の把握、(2)発行年限の見極め、(3)金融機関との対話、(4)投資家向け広報(IR)の充実化、がカギになり得る。
- 基金運用の観点からは、「確実かつ効率的に運用」すべく、(1)基金の性質に見合った運用期間や方法の選択、(2)基金等の一元的な管理及び一括運用、(3)各種リスク管理の強化、が論点となり得る。
板津 直孝
要約
- 金融庁は、2025年3月、定時株主総会前の有価証券報告書の提出について、全上場企業に対する要請を行った。有価証券報告書は、企業情報の開示の質と適時性を高める観点から、本来、定時株主総会の3週間以上前に提出されることが最も望ましい。しかし、上場企業の9割以上が、定時株主総会の同日又は数日後に提出している。金融庁は現状を踏まえ、まずは、有価証券報告書を定時株主総会の前日ないし数日前に提出することを要請した。
- 有価証券報告書の定時株主総会前提出は、現行法上、既に可能となっている。しかし、決算日を議決権行使基準日とする旧商法に基づく実務慣行が続いているため、決算日から定時株主総会までの期間が短い。また、会社法に基づく事業報告等と金融商品取引法に基づく有価証券報告書の一元化が進展していないため、報告企業にとって法定開示書類の作成及び監査のための時間的余裕を確保することが難しく、実務上の課題となっている。
- 金融庁は段階的に実現可能な方法として、「現行実務の拡大」、「有価証券報告書の前倒し提出」、「定時株主総会の後倒し開催」、「決算期の前倒し」を示した。「現行実務の拡大」は、金融庁が今般要請した暫定的な方法である。他の3つは、定時株主総会の3週間以上前に提出する方法であり、事業報告等と有価証券報告書の一体開示が重要なポイントとなる。
- 有価証券報告書には、投資家が高い関心を寄せる「監査上の主要な検討事項(KAM)」などの情報が含まれている。定時株主総会前提出が実現すれば、情報の透明性が向上し、株主提案内容がより明確になることなどが期待される。報告企業は、有価証券報告書の定時株主総会前提出によりさまざまな影響を受けると考えられるため、財務報告プロセスや定時株主総会の運営などについて、総合的に社内体制を評価することが重要である。
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